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京都地方裁判所 平成15年(ワ)2865号 判決 2005年7月27日

原告

甲野花子

訴訟代理人弁護士

村井豊明

大島麻子

秋山健司

被告

学校法人洛陽総合学院

代表者理事

乙山次郎こと

乙山太郎

訴訟代理人弁護士

俵正市

小川洋一

主文

1  被告は,原告に対し,金313万8774円及びこれに対する平成15年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

主文と同じ。

第2  当事者の主張

1  請求原因

(1)  被告は,洛陽総合高等学校(以下「本件高校」という。)を経営する学校法人であり,原告は,昭和41年4月,本件高校の前身である洛陽女子高等学校の家庭科担当の教師(専任職員)として就任して以来同校において勤務し,平成14年度は同校の2年3組を担任していたが,平成15年3月31日,同校を退職した。

(2)  被告の就業規則は,専任職員が1年以上勤務した後退職した場合には,その基本給に1000分の16を乗じたものに勤務年数の二乗を乗じた額の退職金を支給する旨規定している(第62条第3項)。

(3)  原告の退職時の基本給は57万3200円であり,勤務年数は37年であるから,これを上記算定式に代入すると,原告の退職金額は1255万5099円(1円未満切り下げ)である。原告は,平成15年3月26日,被告からこのうち941万6325円の支払いを受けた。

(4)  よって,原告は,被告に対し,労働契約に基づく退職金支払請求権により,上記退職金額から原告が支払いを受けた額を控除した残額である313万8774円及びこれに対する退職金支給日の翌日である平成15年3月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

3  抗弁(退職金減額事由)

(1)  被告の就業規則は,懲戒解雇又は解雇以外でも迷惑退職により退職したものは,退職金の一部を支給しないことがある旨規定している(第62条第6項)ところ,上記迷惑退職とは,定年又は自己退職を承認されたものの,退職直前に懲戒の理由又は解雇に該当する事由等の不都合な行為があって,被告に迷惑をかけた場合を指す趣旨である。

(2)  被告は,平成14年12月2日に就業規則を変更して上記規定を設けた(以下,この就業規則の変更を「本件変更」ということとする。)ものであるところ,仮に本件変更が就業規則の不利益変更には当たるとしても,本件変更は,平成13年度末に退職した教諭のうち2名について,退職前に被告に迷惑を及ぼすような不都合な行為があったものの懲戒事由や解雇事由には至らないことから退職金を全額支給せざるを得なかったことや,勤務年数は28年で定年までは約10年あるけれども,平成13年度から平成14年度にかけて不都合な行為が目立った教諭がいたことなどからなされたものであって,その変更には合理的な理由がある。

(3)  原告は,(4)のとおり,上記「退職直前に懲戒の理由又は解雇に該当する事由等の不都合な行為」に該当する事由(以下「不都合行為」という。)があったことから,被告は,上記規定を適用し,被告から支払われる退職金1255万5099円のうち,4分の1である313万8774円を減額した。

(4)  原告の不都合行為

ア 職務改善のための特別指導

原告は,平成14年7月19日,以下の(ア)ないし(ウ)の事由があったことから,「職務改善のための特別指導書」により職務の改善を指示された。

(ア) 平成14年6月14日に行われた英語検定試験について,担任するクラスの生徒のうち4名分の受験料を受け取りながら3名分しか申込みをしなかったため,1名が受験することができなかった。

(イ) 原告は,平成14年度前期分のクラス費は徴収しないという指示にもかかわらず,2名分のクラス費を徴収した上,これを適切に処理せず,手元に保管していた。

(ウ) 平成14年度前期中間考査の成績処理において,データの読み合わせを2人で行うようにとの指示にもかかわらず,これを一人で行った結果,担任する2年3組の生徒1名について,成績は69点であったのに669点と入力するミスがあった。

イ 懲戒戒告処分

原告は,アのとおり職務の改善を指示されていたのにもかかわらず,以下の(ア)及び(イ)のような行為を行ったため,被告は,これらの行為が本件高校の名誉・信用を失墜する行為であってアの事由と併せて懲戒事由に該当すると判断し,平成15年3月7日,原告を懲戒戒告処分にした。

(ア) 原告は,平成14年度の前期に担当した「家庭一般」及び「被服製作基礎」の講座について合計56名の生徒の出席日数の処理を誤り,また,同年度の後期に担当した「染色」の講座についても8名の生徒の出席日数の処理を誤った。このうち,前期分の誤処理については,既に出席日数を記載した通知表を配布済みであったため,平成15年2月ころには,それを訂正して謝罪する文書を生徒の父兄宛に送付しなければならなかった。

(イ) 原告は,上記(ア)の誤処理が判明した後である平成15年2月17日,本件高校の丙川春子教頭(教務部長。以下「被告代表者丙川」又は「丙川教頭」という。)に対し,教務部の作成した上記訂正文書が間違っている旨大声で誤った指摘をしたり,教務部の仕事を非難したりするなど,上記誤処理に対する真摯な反省の態度が見られなかった。

ウ 退職直前の不都合行為

原告は,平成15年3月1日から退職金を算定した同月26日までの間に,以下のような不都合行為をした。これらの行為は,本件高校の名誉・信用を失墜する行為等であって懲戒事由(就業規則第60条第7号後段等)にも該当する。

(ア) 原告は,同月3日,生徒の「総合学習」の成績評価のためのデータが入力されたフロッピーディスクを,データ持出禁止の指示にもかかわらず,被告に無断で持ち帰った。

(イ) 原告は,同月7日,期限に間に合わせるようにとの丁木三郎年次主任(以下「丁木主任」という。)の指示があったのにもかかわらず,担任クラスの「総合学習」の後期の成績を入力すべき同日の期限に間に合わなかった。

(ウ) 原告は,同日,担任クラスの生徒4名について,後期の欠席日数の入力を誤った。

(エ) 原告は,同月10日,2年次終了の時点において修得単位が45単位未満の生徒を対象とした判定会議の資料において,2名の家庭謹慎処分を受けていた生徒について謹慎中の講座の欠席を出席扱いとしても,評定が1であるために単位の修得ができないのに,これを誤り,単位を修得したものとして報告しようとして,丁木主任に指摘された。

(オ) 原告は,同月11日,担任クラスの「総合学習」の成績の入力作業が終わらず,平成14年度の三者面談日の初日である同月12日までに通知表を完成することができなかった。

(カ) 原告は,同日,平成15年度分の教科書及び教材費の申込み書類を1名の生徒について提出しなかった。

(キ) 原告は,同月12日,三者面談の際に生徒に配布するよう丁木主任から指示されていた資料のうち「進路に関する資料」の配布を失念していた。

(ク) 原告は,同日,平成15年度の教科書の申込書類を平成14年度末で退学予定の者の分まで提出した。

(ケ) 原告は,同月13日,成績不振の生徒に対する校長面談を行う際,当該生徒の保護者の来校を年次副主任に報告すべきところ,これを怠った。

(コ) 原告は,同月14日,土曜日に出勤する際には直属の上司である丁木主任に許可を申し出ることとなっているのに,これを直接教頭に申し出た。

(サ) 原告は,同日,家庭謹慎処分の解けた生徒に対して間違った登校時間を指示し,これにより生活指導部主任による指導に支障を来した。

(シ) 原告は,同月15日から18日までの間,判定会議にかけるべき生徒1名を見落としていたため,丁木主任が休日である同月15日に出勤して当該生徒及び保護者宛の呼出状を作成し,既に同月11日に終了していた判定会議を同月17日に行い,更に既に同月14日に終了していた成績不振の生徒に対する校長面談を,当該生徒に対して終業式の前日である同月18日に行わなければならなかった。

4  抗弁に対する認否

(1)  抗弁(1)ないし(3)の事実のうち,被告の就業規則に懲戒解雇又は解雇以外でも迷惑退職により退職した者は,退職金の一部を支給しないことがある旨の規定があること,被告が原告の退職金の4分の1を減額の上支給したことは認めるが,同規定が原告に対して効力を有することは否認する。本件変更は就業規則の不利益変更に当たり,その変更に合理性のない限り原告に対しては効力を有しないというべきである。また,被告は不都合な行為をしたが退職金を減額することができない教職員がいたために本件変更をした旨主張するけれども,その主張にかかる不都合な行為の内容は明らかではなく,これによる本件変更の必要性は認められない。

(2)  同(4)で被告が主張する各不都合行為についての認否は以下のとおりである。被告が指摘する原告の行為は,いずれもミスとはいえないものか,仮にミスであったとしても日常業務上誰でも生じ得る単純なミスにすぎないものであって,これにより退職金を減額することのできないものである。

ア 職務改善の特別指導について

(ア) 同(4)のアの(ア)の事実は,原告が,平成14年7月19日,被告から「職務改善のための特別指導書」を交付されたことを含めて,おおむね認める。英語検定の受検に関しては,当初3名の生徒が受験の申込みをしたものの,後にうち1名が受験料の納付をしないまま不登校となってしまい,更にその後にもう1名の生徒が遅れて申込みをした上受験料を持参してきた。原告は,これを当初に受け付けた3名分の受験料を徴収したものと勘違いして処理したため,後に受験料を持参した1名の生徒が受験できなかったものである。しかしながら,原告と丁木主任とが当該受験できなかった生徒の自宅に謝罪に行き,保護者や生徒との関係を修復したため,その後には特に問題は起こっていない。

(イ) 同(4)のアの(イ)の事実のうち,原告が前期に2名分のクラス費を受領し,これを保管していたことは認める。原告は,被告の指示に従って,担任クラスの生徒に対して「前期分のクラス費は集めない」旨のプリントを配布し,その旨教室でも説明していたが,2名の生徒がクラス費を持参してきた。原告は,これを返そうとも考えたが,当該生徒の保護者から後期まで預かってほしい旨の申し出を受けたので,そのまま職員室の引き出しに保管していたのである。

(ウ) 同(4)のアの(ウ)のうち,被告からデータの読み合わせは2人で行うよう指示があったこと,69点と入力すべきところ669点と入力するミスのあったことは認めるが,その余は否認する。勤務時間内に読み合わせをする時間がなかったため,持ち帰って各自で読み合わせをしていたのである。原告は,上記ミスには気付いていたものの,丙川教頭に「この中間成績はすぐに消してしまいます。期末で正式に入力して下さい」と言われたことから,あえて訂正をしなかったのである。

イ 懲戒戒告処分について

(ア) 同(4)のイの(ア)の事実のうち,被告が平成15年3月7日,原告を懲戒戒告処分にしたこと,原告の担当した平成14年度の前期の講座について,合計56名の生徒の出席日数処理に誤りがあったこと,当該生徒の保護者宛に通知表に記載された出席日数の訂正・謝罪文書を送付したことは認めるが,その余は否認する。被告は,原告のミスを知って,わざわざ通知表の送付から4か月も経過した平成15年1月28日になって,平成14年度の前期の講座について出席日数処理の確認を行わせたものと思われる。そもそも上記平成14年度前期の講座については,原告を含めて15名の教員について生徒の出席日数処理に誤りがあったのであって,ひとり原告のみがミスをしたものではないし,むしろ総合学科の複雑な時間割を各教諭が手計算で処理しなければならない授業管理・成績管理の仕方に問題があるというべきである。

(イ) 同(4)のイの(イ)の事実のうち,原告が,上記訂正・謝罪文書への署名に際し,教頭に対して「教務だって間違いはあるじゃない」と発言したことは認めるが,その余は否認する。原告は,訂正の内容について,上記訂正・謝罪文書には生徒ごとの出席日数が記載してあったのを授業回数が記載されているものと勘違いし,それが生徒によって異なるのはおかしいと思ってこれを指摘したのであるが,その後に上記勘違いに気付き,教務部及び校長に対して詫びた。

ウ 退職直前の不都合行為について

被告の主張にかかる「不都合行為」は,原告の退職金減額処分時には減額事由として告知されたことはなく,原告の退職後である平成15年8月18日に行われた協議の際に初めて被告が指摘したものであって,いわば「後付けの理由」であるから,そもそも退職金を減額する理由とはならないものとして排斥されるべきである。

(ア) 同(4)のウの(ア)の事実は否認する。成績評価のためのデータ入力は,期末考査最終日から2日以内に行うこととされていたものの,原告は,他の平成14年度末の業務との関係から上記作業を勤務時間内に行うことは無理な状況であったため,上記データを入力するためのフォーマットをフロッピーディスクに保存して持ち帰り,自宅で入力作業を行おうとしたものである。したがって,原告がデータ自体を持ち帰ろうとしたことはない。

(イ) 同(4)のウの(イ)の事実は認めるが,上記のとおり,平成14年度末の業務との関係から,全生徒の成績を期限までに入力することは不可能な状況であった。

(ウ) 同(4)のウの(ウ)の事実は認める。しかし,生徒の出欠については,担任だけではなく最終的には年次主任が出席簿によりチェックすることになっていたのに,丁木主任は締切までにその点検をしなかったのであって,丁木主任の過誤でもある。しかも,上記誤りについては,生徒に通知表を渡す前に発見されたのであって,対外的には問題は生じていない。

(エ) 同(4)のウの(エ)の事実のうち,原告が当初作成した資料に誤りのあったことは認める。しかし,結局,判定会議自体には,丁木主任が最終チェックをした上で資料を訂正して提出しており,何の問題も発生していない。

(オ) 同(4)のウの(オ)の事実は認める。後期の成績処理は,年度末業務の中で行うため締切までの処理が困難な状況であったことは上記のとおりであるけれども,その中でも原告は,総合学習の成績入力を3月10日に終えることができれば同月11日に通知表を完成することは可能であった。しかしながら,丙川教頭は,原告に対し,上記総合学習の成績入力作業を同月10日と11日に分けて行うよう不可解な指示をし,原告は,これに従って入力作業を行った結果,11日の締切には間に合わなかったのである。しかし,結局三者面談までには通知表は完成しており,生徒との関係では問題は生じていない。

(カ) 同(4)のウの(カ)の事実は認める。しかし,原告が担任クラスの不登校の生徒について教科書及び教材費の申込書類を自宅に届けようとしたところ,丙川教頭からこれを禁止されたため,これを渡すことができなかったのである。

(キ) 同(4)のウの(キ)の事実は認めるけれども,原告が配布を忘れたのは大学や各種学校の宣伝用の冊子にすぎず,三者面談自体には何の問題も生じていない。

(ク) 同(4)のウの(ク)の事実は認めるが,ささいなミスにすぎないし,教科書の販売に支障が生じることもなかった。

(ケ) 同(4)のウの(ケ)の事実は否認する。原告は,当該生徒の保護者の来校が遅れる旨の連絡を受けてこれを丁木主任に告げていたし,当該保護者が来校した際には,これを丁木主任に報告した。

(コ) 同(4)のウの(コ)の事実は認めるが,原告は,休日出勤についてその可否を決定するのは校長であると判断していたので,これをまず丙川教頭に申し出たのである。

(サ) 同(4)のウの(サ)の事実は否認する。原告は,あらかじめ丁木主任らに対し,当該生徒のスケジュールを連絡しており,これに対して丁木主任らからは,登校時間が間違っている旨の指摘はなかった。

(シ) 同(4)のウの(シ)の事実は認める。原告は,判定会議の資料の作成について,各生徒の成績をコンピューターのモニター画面から手元のノートに写す作業をしていたが,その際,誤って1名の生徒を見落としてしまった。原告は,このミスを自ら発見し,校長及び丙川教頭にこれを詫びて,判定会議を再度実施してもらったのである。

5  再抗弁(就業規則の不利益変更及び変更についての合理性の評価障害事実)

(1)  被告は,原告の退職直前である平成14年12月2日に本件変更をしたものであるところ,本件変更は,退職金の減額又は不支給事由を懲戒事由に至らない不都合行為にまで拡大するものであって,就業規則の不利益変更に当たる。

(2)  そして,以下の事情からすれば,上記不利益変更には合理性がないから,当該変更部分は,原告に対しては効力を有しないというべきである。

ア 本件変更は,懲戒事由に至らない程度の不都合行為により,被告から支給される退職金のみならず,京都府私学退職金財団から支給される退職金も減額又は不支給の対象とするものであって,従業員にとって著しく不利益な労働条件の変更である。

イ 本件変更は,長年労働組合(京都私学単一労働組合洛陽女子学園分会)の活動に取り組んできた原告に対する報復として,平成14年度限りで被告を退職することになっていた原告をねらい撃ちにして同労働組合を弱体化させるために(同年度に退職したのは原告のみである。)なされたものである。

ウ 本件変更に際しては,これに対応する労働条件の改善が行われていない。

エ 就業規則の変更に必要な従業員の「過半数代表者」の選出も,被告が一方的に適任であると判断した教職員を選出したものにすぎず,労働基準法施行規則第6条の2第1項第2号に違反している。

6  再抗弁に対する認否

(1)  再抗弁(1)の事実は否認する。本件変更は,迷惑退職や直前退職に該当するような退職者本人に責に帰すべき事由がある場合にのみ退職金の減額ないし不支給があり得るものであって,いわば一般に認められている使用者が従業員の服務規律を維持するための措置にすぎず,退職金の額や算定方法を一律に切り下げ又は削減するものではないから,就業規則の不利益変更には当たらない。

(2)  再抗弁(2)の事実は否認ないし争う。本件変更は,迷惑退職や直前退職に該当するような退職者本人の責に帰すべき事由がある場合にのみ退職金の減額ないし不支給があり得るものであって,一般に認められている使用者が従業員の服務規律を維持するための措置にすぎず,退職金の額や算定方法を一律に切り下げ又は削減して労働条件を直接に変更するものではないし,また,もちろん軽微な不都合行為を理由として退職金を不支給とすることができないなどの解釈上,運用上の限界が存するのであるから,規定の文言上減額又は不支給が定められているからといって,著しく不利益な労働条件の変更ということはできない。また,本件変更については,労働基準法第90条第2項所定の従業員の意見書を届け出ており,変更手続上の過誤はない。そして,もともと従業員の過半数代表者の意見は,これを聴取することで足り,就業規則を変更するための効力要件ではないというべきである。

第3  当裁判所の判断

1  請求原因について

請求原因事実は,当事者間に争いがない。

2  抗弁及び再抗弁について

(1)  証拠(甲1)によれば,抗弁(1)の事実(本件変更)が認められる。

(2)  抗弁(2)の事実及び再抗弁事実(本件変更の不利益変更の有無及びその合理性)について

ア  新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されない。しかし,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒むことは許されない。そして,当該規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻二号705頁,最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2075頁参照)。

イ  これを本件について見ると,証拠(甲1,3,乙57,58)及び上記当事者間に争いのない事実によれば,本件変更は,従前,被告の就業規則に従業員に対する退職金の不支給又は減額事由として「懲戒解雇または解雇により退職したものは,退職金,退職記念品料の全部または一部を支給しないことがある。」と定められていた規定(第62条第6項)を,原告が被告と労働契約を締結した後である平成14年12月2日付けで「懲戒解雇または解雇並びに迷惑退職・直前退職(14日以内退職)により退職したものは,退職金,退職記念品料の全部または一部を支給しないことがある。」と変更したものであること,被告は,原告が上記「迷惑退職」をしたものであると判断し,本件変更にかかる上記規定を適用して,被告が原告に対して支払うべき退職金のうち4分の1を減額して支給したものであることが認められ,そうすると,本件変更は,従前は懲戒解雇又は解雇の場合にしか認められていなかった従業員に対する退職金の減額又は不支給を「迷惑退職」又は「直前退職」の場合にまで拡大するものであるとともに,原告は,本件変更にかかる上記規定を適用された結果,被告から支払われるべき退職金を減額されたのであるから,本件変更は,原告の労働条件を実質的に不利益に変更するものというべきである。

ウ(ア)  そこで,本件変更が上記合理性を有するか否かを検討するに,確かに,退職金は,従業員に対する賃金の後払いの性質を有するものであるから,その支給の有無及びその額が重要な労働条件の一つであることはいうまでもないところであるし,本件変更にかかる上記規定が適用された場合には,従業員に対しては退職金がまったく支給されないこともあり得るのであって,その意味では本件変更により被告の従業員が被る不利益は著しいということもできないではない。しかしながら,本件変更は,従業員に対する退職金の支給基準や支給額そのものを変更するものではなく,解雇の場合以外に,従業員について「迷惑退職」又は「直前退職」に該当する事由がある場合に限って退職金を減額又は不支給とするものであり,上記事由がない場合には,従前どおりの基準及び額に従った退職金が支給されるものであると解されるし,加えて証拠(甲1,乙86,78)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成15年1月7日の職員会議において,上記「迷惑退職」又は「直前退職」に該当する事由とは,「① 自己退職にあたっては,30日以上前に申出て学院の承認を得るべきであるにもかかわらず,退職予定日の14日以内という直前に申出て,学院に迷惑をかけた場合。② 定年又は自己退職を承認されたものの,退職直前に懲戒の事由(60条)又は解雇に該当する事由(48条)等の不都合な行為があって,学院に迷惑をかけた場合。」であると説明していることが認められ,そうすると結局,本件変更は,従業員の側に一定の責に帰すべき事由が存在し,それにより被告が迷惑を被った場合に限って退職金を減額又は不支給とする趣旨のものにすぎないと理解されることをも考慮すると,本件変更により従業員の被る不利益がことさらに大きいものとまでいうことは困難である。

(イ)  他方,証拠(乙71,被告代表者乙山次郎こと乙山太郎本人(以下「被告代表者乙山」又は「乙山校長」という。))によれば,被告は,平成13年度末に退職した2名の従業員(教諭)について,授業に遅れたり,行かなかったりするなどの行為があったため一度クラス担任から外したものの,平成13年度に再度クラス担任をさせたところ,更に生徒に会社見学の日時を誤って伝えるなどの不都合な行為があったことや,年度末であり,既に次年度の時間割や講座担当教諭も決まっている平成14年3月11日に突然退職を申し出るなどの行為があったこと,しかし,当時の就業規則では退職金の減額又は不支給を懲戒解雇又は解雇の場合に限っていたため,被告は,上記2名の教諭に対しても退職金を全額支払わざるを得なかったこと,また,戊谷夏子教諭について,平成13年度以降,入学試験の受験料を返還すべきでない生徒に返還してしまったことや生徒の自転車通学に関するプリントについて全員の生徒に配布すべきところを自転車通学を希望する生徒のみに配布してしまったなどの不都合行為があったものと被告が認識していたこと,そこで,被告は,従業員の行為や当該従業員に対する退職金について上記のような事情があるものと認識していたことから,従業員に対する綱紀を粛正する趣旨もあって本件変更を行ったものであることが認められ,加えて,一般に,使用者は,労働契約関係に基づいて企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権限を持ち,他方,従業員は企業秩序を遵守すべき義務を負っていることをも考慮すると,被告が上記認識に基づいて行った本件変更には,その必要性を認めることができるというべきである。更に,本件変更の内容を見ても,被告の上記認識に沿って,「迷惑退職」の場合と「直前退職」の場合に限って退職金の減額又は不支給事由を追加するものであることや,上記文言の内容について,被告は従業員に対しこれを説明する機会を設け,その意味内容を自らある程度限定していることは上記認定のとおりであることからすれば,本件変更の内容である退職金の減額又は不支給事由が上記必要性に照らして過大に過ぎるということも困難である。

(ウ)  そうすると,本件変更は,被告の従業員の退職金という重要な労働条件を実質的に不利益に変更するものであることを考慮しても,それによって被告の従業員が被ることとなる不利益の程度が上記(ア)の程度に止まるものであることや,上記変更の必要性及び内容に照らすと,なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであるというべきである。

エ(ア) これに対し原告は,本件変更は,長年労働組合の活動に取り組んできており,平成14年度末に退職することとなっていた原告をねらい撃ちにしたものである旨主張する。

証拠(甲1,5,14,15,18,20,24ないし27,42,58,60,原告本人,被告代表者乙山本人)及び上記当事者間に争いのない事実によれば,原告は,昭和41年4月,本件高校の前身である洛陽女子高等学校の家庭科担当の教師に就任し,同年被告に京都私学単一労働組合洛陽女子学園分会を結成して,以後37年間にわたって労働組合の活動を継続してきており,うち35年間は同労働組合の執行委員長を務めていたこと,その間原告は,「分会ニュース」を作成して上記労働組合の活動を伝えたり,昭和47年ころには被告について不当労働行為救済命令の申立てをするなどして活動していたところ,平成14年3月ころには,被告が戊谷夏子教諭に対して行っていた退職勧奨に対してこれに抗議し,弁護士を紹介してこれを止めるよう要請するなどし,また,同年11月ころには,被告の全教職員に宛てて上記労働組合への加入を呼びかける手紙を送付し,更に同年12月ころには,被告に対し,教職員に対する退職勧奨を止めるなど身分保障を図ること,考課査定を止めることなどを内容とする要求書を提出していたこと,被告の就業規則の変更は概ね4月1日に行われてきたところ,本件変更は平成14年12月2日付けで行われていること,同日の属する平成14年度に退職したのは原告のみであって,原告は,本件変更の行われた約4か月後である平成15年3月31日に退職していることが認められ,そうすると,確かに,本件変更は,被告に就職して以来労働組合活動を継続してきた原告が退職する直前になされたものであるとはいえるけれども,他方,被告が本件変更を行ったのは上記認定にかかるような趣旨からであって,それ自体は一般的抽象的な規定であることや,被告が,原告の退職後に本件変更にかかる退職金減額又は不支給規定を再度撤廃したりしたこともないこと(弁論の全趣旨),被告が指摘する「退職直前の不都合行為」(第3の2の(3)のエの各行為)は,実質的には本件変更の後である平成15年3月3日から同月18日までの間の原告の行為を指摘して主張するものであることにも照らすと,本件変更の時期について上記のような事情があることを考慮しても,本件変更が平成14年度末に退職する原告をねらい撃ちにしたものとまでいうことは困難であって,その他に,本件変更が原告をねらい撃ちにしたことを認めるに足りるような的確な証拠はないといわざるを得ない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

(イ) 原告は,本件変更は,その手続が労働基準法施行規則第6条の2第1項第2号に違反しているから効力がない旨主張する。証拠(甲22,23,被告代表者乙山本人)によれば,なるほど,本件変更に当たっては,労働基準法第90条第1項所定の「労働者の過半数を代表する者」として己田秋子及び壬村冬子が選出されたものの,同人らは,乙山校長が適任として選出した者であって,労働基準法施行規則第6条の2第1項第2号所定の投票,挙手等の方法により選出された者ではないことが認められ,そうすると,被告の「労働者の過半数を代表する者」の選出方法は上記規則に照らして適切ではないというべきであるけれども,同法第90条第1項が「労働者の過半数を代表する者」の意見を聴取することを要求しているに止まり,その者の同意を得ることまでを求めているものではないことに照らすと,上記事情をもって,直ちに,本件変更の効力に影響を及ぼす事情とまでいうことは困難というほかない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

オ 以上から,抗弁(2)の事実が認められ,再抗弁事実を認めることはできない。したがって,本件変更は,原告に対しても効力を有するというべきである。よって,次に,被告の主張する原告の行為が本件変更にかかる退職金減額事由に該当するか否か(抗弁(3)及び(4)の事実)を検討する。

(3)  抗弁(3)及び(4)の事実(退職金減額事由の有無)について

ア(ア)  被告の就業規則は,専任職員に対する退職金を基本給に1000分の16を乗じたものに勤務年数の二乗を乗じた額とする旨定めていることは上記当事者間に争いのない事実のとおりであるから,本件変更により「迷惑退職」や「直前退職」が退職金の減額又は不支給事由とされたことを考慮しても,被告の専任職員に対する退職金は,その制度上,功労報奨的なものというよりもむしろ賃金の後払い的性格の強いものというべきである。そして,上記「迷惑退職」に含まれる場合を広く解釈するときは,被告の独自の判断により上記性格を有する退職金の減額又は不支給が行われるおそれがあることとなって相当ではないから,本件変更にかかる退職金減額又は不支給事由である「迷惑退職」とは,単に当該従業員が不注意などにより被告に迷惑をかけた上で退職した場合を指すものではなく,当該従業員に,その長年の勤続の功労を減殺ないし抹消してしまうほどの背信行為や不信行為が存在し,これにより被告が相当程度の被害を受けた場合を指すものと解すべきである。そこで,このような観点から,被告の主張する退職金減額事由を検討する。

(イ) なお,原告は,被告が「退職直前の不都合行為」として主張する下記エの各事由は,原告の退職金減額処分時には減額事由として告知されたことはなく,原告の退職後である平成15年8月18日に行われた協議の際に初めて被告が指摘したものであって,いわば「後付けの理由」であるから,そもそも退職金を減額する理由とはならず,これをすべて排斥すべきである旨主張する。証拠(甲3,乙28ないし30,35,37,71,被告代表者乙山本人)によれば,なるほど,被告は,平成15年3月18日,原告に対して退職金を減額する旨を退職金目録を元に告知したものの,減額の事由については説明をしなかったこと,被告は,同年8月18日に行われた原告や労働組合との協議の際に,上記「退職直前の不都合行為」の一覧表を作成して説明したことが認められるけれども,他方,上記「退職直前の不都合行為」は,具体的には同年3月3日から上記退職金の減額を告知した同月18日までの行為を指摘するものであるところ,原告は,同月7日,後記エの(イ)の事実について「お詫び申し上げます」と題する書面を作成して,これを乙山校長に手渡していたこと,原告は,同月10日及び11日,後記エの(ウ)の事実について「講座出欠変更願」を作成し,乙山校長がこれに押印していること,原告は,同月15日,後記エの(エ)の事実について「お詫び申し上げます」と題する書面を作成し,乙山校長がこれに押印していること,原告は,同月5日,後記エの(カ)の事実のうち教科書申込み書類を提出しなかった生徒の家庭訪問について,「お伺い申し上げます」と題する書面を作成し,乙山校長がこれに押印していることが認められ,また,後記エの(ケ)の事実は,校長面談を行う際の保護者の来校を報告しなかったことを指摘して主張するものであるし,後記エの(シ)の事実は,既に同月14日に終了していた校長面談を同月18日に行わなければならなかったことを指摘して主張するものであることからすれば,上記のような事情を考慮したとしても,乙山校長が,同日,原告に退職金の減額を告知した際には,上記「退職直前の不都合行為」については,その概要を認識していたものと推認するのが相当であって,これをすべて「後付けの理由」として排斥すべきであるとする原告の上記主張は,採用することができない。

イ 「職務改善のための特別指導書」記載の事由について

(ア) 英語検定の申込み漏れについて(抗弁(4)のアの(ア)の事実)

抗弁(4)のアの(ア)の事実のうち,平成14年6月14日に行われた英語検定試験について,原告の担任するクラスの生徒は4名が受験の申込みをしていたのに,原告が受験料を3名分しか納付せず1名について受験手続を失念していたため,1名の生徒が受験できなかったことは当事者間に争いがなく,以上の事実については,原告は職務怠慢を問われてもやむを得ないものというべきである。しかしながら,他方,証拠(甲60,84,乙7,8)によれば,原告は,上記の事実について誤りを認め,同日付けで「お詫び申し上げます」との反省文を被告に提出するとともに,同日,丁木主任とともに当該生徒の自宅を訪問して本人と保護者に対して謝罪したこと,当該生徒は,こうした原告の対応について,「2年生の一回目の英語検定を受けられなかった日,最初はショックでしたが,だんだん私も落ち着いてきていました。夜になって甲野先生が私の家へ謝りに来られました。電話でも謝ってくれたのにと,母と恐縮していたら,驚いたことに,丁木先生まで一緒に来られました。帰られた後,「私らそんなに気にしとらへんのに,ご丁寧な学校やな。」と母と話しました。」とこれを評価する陳述をしていることが認められ,そうすると,原告の上記行為が職務怠慢であることは上記判断のとおりであるとしても,上記原告の対応も考慮すると,これをもって原告の勤続の功労を減殺してしまうほどの背信行為とはいい難く,原告の退職金を減額すべき不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

(イ) 平成14年度前期分のクラス費の誤徴収について(抗弁(4)のアの(イ)の事実)

抗弁(4)のアの(イ)の事実のうち,原告は,平成14年度前期分のクラス費は徴収しないという指示をされていたのにもかかわらず,担任するクラスの生徒のうち2名分のクラス費を徴収したこと,これを保管金扱いとせず手元で保管していたことはいずれも当事者間に争いがなく,以上の事実については,原告のクラス費管理のずさんさを問われてもやむを得ないというべきである。しかしながら,他方,証拠(甲60,乙11,12)によれば,上記2名分のクラス費は,原告が生徒に指示して徴収したものではなく,当該生徒に対しては「クラス費の徴収について」と題する書面を配布して,平成14年度は後期分のみを同年9月に徴収する旨連絡したのにもかかわらず,当該生徒がこれを失念して持参したものであること,原告は,当該生徒が遅刻,欠席が多く提出物も遅れがちであったため,後期での集金の遅れを懸念して,当該生徒の保護者の了解も得た上,これを保管していたものであること,原告は,丙川教頭から上記誤りを指摘された後,同年6月24日には上記保管していたクラス費を当該生徒に返却するとともに,「お詫び申し上げます」との反省文を提出していることが認められ,そうすると,原告の上記クラス費管理がずさんであることは上記判断のとおりであるとしても,このような事情も考慮すると,これをもって原告の勤続の功労を減殺してしまうほどの背信行為とはいい難く,原告の退職金を減額すべき不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

(ウ) 平成14年度中間考査の誤入力について(抗弁(4)のアの(ウ)の事実)

a 抗弁(4)のアの(ウ)の事実のうち,原告が,平成14年度前期中間考査の成績処理において,担任する2年3組の生徒1名について,成績は69点であったのに669点と入力するミスをしたことは当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙16)によれば,原告は,上記成績の入力期限は平成14年6月19日であったのに,これを経過した同年7月3日に訂正を申し出たものであることが認められ,これらの事実に,生徒の成績を正しく入力することは,当該教科を担当する教諭の基本的な責任であると思われることも考慮すると,原告の上記行為は職務の怠慢といわれてもやむを得ないものというべきである。しかしながら,他方,証拠(乙15,16)及び弁論の全趣旨によれば,原告のなした上記の誤りは,満点が100点であることを考慮すると,「講座別成績一覧表」上でも一見して誤りであることが明白であって,発見やその訂正が困難な性質のものではないこと,入力の期限後ではあるけれども,原告の申し出に従って,同月4日には成績が正しく訂正されていることが認められ,これらの事実にも照らすと,確かに職務の怠慢ではあるけれども,これをもって原告の勤続の功労を減殺してしまうほどの背信行為とはいい難く,原告の退職金を減額すべき不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

b なお,原告は,丙川教頭から,「この中間成績はすぐに消してしまいます。期末で正式に入力してください」と言われたことから,あえて訂正をしなかった旨主張するけれども,原告と同じく家庭科を担当する辛浜季子教諭が,「期末成績処理の前の会議において,入力画面には前期成績と後期成績を入力する欄しかないため,前期中間成績は入力締め切り後にデータを引き上げ,前期期末考査終了後に期末成績を同じ欄に入力するという説明は」あったものの,原告の主張にかかるような上記説明があったことを否定する陳述をしていること(乙82)に照らし,採用することができない。

(エ) 以上からすると,原告は,平成14年7月19日,上記(ア)ないし(ウ)の事由により「職務改善のための特別指導書」により職務の改善を指示されたことは当事者間に争いがなく,上記事由は,いずれもある程度原告の職務の怠慢や懈怠を問われてもやむを得ないというべきであることは上記判断のとおりであるけれども,原告の退職金事由としてその経緯や背景も含めて考察するときは,いずれも,あるいはこれを総合しても,原告の勤続の功労を減殺するほどの背信行為又は不信行為ということまではできないものであって,したがって,これを原告の退職金を減額すべき事由である「不都合行為」として考慮することはできないというべきである。

ウ 懲戒戒告処分事由について

(ア) 平成14年度前期の出席日数の誤処理について(抗弁(4)のイの(ア)の事実)

a 抗弁(4)のイの(ア)の事実のうち,原告は,平成14年度の前期に担当した「家庭一般」及び「被服製作基礎」の講座について合計56名の生徒の出席日数の処理を誤り,また,同年度の後期に担当した「染色」の講座についても8名の生徒の出席日数の処理を誤ったこと,そのうち前期分の上記誤処理については,平成15年2月ころにこれを訂正して謝罪する文書を生徒の保護者宛に送付することとなったことは当事者間に争いがなく,加えて証拠(甲60,乙4,17の2及び4,乙2の1及び2,乙18,25の1及び2,乙84の1ないし43)によれば,本件高校は,平成11年度から単位制による卒業認定をしており,特定科目の単位を修得するためには,総授業回数の3分の2以上の授業に出席し,履修が認められることが前提の要件となっていること,本件高校の授業の時間割は,1限75分の授業を4時限実施することとするが,そのうち4時限目は,1時限ないし3時限と同じ授業を実施することとし,どの時限と同じ授業を実施するのかは週によって異なるものとされていたこと,原告は,平成14年度の前期に担当した「家庭一般」について,同年5月13日に3年1組で2時限実施された授業のうち,3時限又は4時限のいずれかの出欠をとるのを失念したこと,また,原告は,同年度の前期に担当した「被服製作基礎」について,同月9日に2年生を対象に2時限行われた授業のうち,4時限の出欠をとるのを失念したこと,「家庭一般」は本件高校の必修科目であり,3年1組の生徒は43名であったこと,また,「被服製作基礎」に登録していた2年生の生徒は13名であったことから,結局原告は合計56名の生徒の出欠を失念したこととなったこと,上記失念が判明したのは,平成15年1月27日であり,既に平成14年度前期分の通知表は生徒に配布済みであった上,3年生は卒業前の家庭学習期間で上記通知表の回収が困難であったことなどから,上記の出欠の訂正については各生徒の保護者に宛てて訂正文書を送付することとなったことが認められ,以上の事実に照らすと,原告は,まず出席回数により科目の履修の有無が決定される制度の下,2回にわたって生徒の出欠をとることを失念した上,その旨の訂正文書を送付することにもなったというのであるから,科目の担任教諭として職務懈怠の責任を問われてもやむを得ないものというべきである。

しかしながら,他方,証拠(甲1,乙70,84の1ないし43)によれば,上記原告の誤処理が判明したころに,平成14年度に授業の出欠について誤処理のあったことが判明した教諭は原告を含めて15名いたこと,そのうち12名については,原告と同様に前期に実施した授業の出欠に関する誤処理であったため,訂正文書を送付しなければならなかったこと,上記15名の教諭の中には2講座について誤処理をした教諭も4名おり,原告と同様に3講座について誤処理をした教諭も1名いたこと,そのうち原告の誤処理は,生徒数で見ると上記15名の教諭の中では56名(後期「染色」分の8名も加算すると64名)と最も多い数であるものの,それは結局,当該講座に何名の生徒が登録していたかによる比較にすぎないと思われること,原告は上記行為について懲戒戒告処分(就業規則上の懲戒処分)を受けたけれども,他の14名の教諭については,最も重い処分でも厳重注意に止まっていることが認められ,これらの平成14年度における本件高校の出欠誤処理の状況とそれに対する被告の対応等も考慮すると,原告自身の職務懈怠は否めないことは上記判断のとおりであるとしても,原告の上記行為が原告の勤続の功労を減殺してしまうほどの背信行為または不信行為とまではいい難いというべきであって,これを原告の退職金を減額すべき事由ということは困難である。

b 被告は,原告が平成15年2月24日に乙山校長が56名の誤処理について注意した際,「え,2件です」と平然と言い,反省の様子がなかった旨主張する。証拠(乙71)によれば,確かに上記経過が認められ,それ自体は,上記職務懈怠について乙山校長から注意を受けた際の発言としては必ずしも適切ではないというべきであるけれども,誤処理の数の多寡については,生徒数は結局当該講座に登録していた生徒数を示すものにすぎず,原告の上記主張にも理由がないではないことは上記認定のとおりであることにも照らすと,原告の上記発言をもって,必ずしも原告に反省の様子がみられなかったということは困難である。

(イ) 丙川教頭に対する言動について(抗弁(4)のイの(イ)の事実)

a 抗弁(4)のイの(イ)の事実のうち,原告が,平成15年2月17日,上記出欠誤処理に関する訂正・謝罪文書に署名している際に,丙川教頭に対し,「教務だって間違いはあるじゃない」と発言したことは当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙2の1及び2,乙25の1及び2,乙70,79,80,82,84の1ないし43)によれば,上記訂正・謝罪文書は,生徒ごとに作成し,当該生徒に複数の誤処理がある場合には,教諭が連記して署名する形式とされていたこと,原告は,上記(ア)の出欠誤処理について,同月13日に56名の生徒の保護者に対する「前期通知表記載事項訂正について」と題する書面に署名をし終えたものの,その後に3名の教諭が担当する授業に出欠の誤処理があったことを申し出たため,当該教諭が担当する授業を上記訂正・謝罪文書に書き加えなければならない生徒が生じたこと,上記書き加えなければならない生徒は,3年1組に1名及び「被服製作基礎」を受講する2年生には6名の合計7名いたため,丙川教頭は,原告が既に署名した56名分の訂正・謝罪文書のうち7名分を新たに印刷した上,原告に対して再署名を依頼したこと,その際,原告は,訂正事項として出席数が記載されているのに,これを授業回数と誤解したため,これが生徒によって異なっているのはおかしいと早合点して上記発言をしたものであること,その際,原告は,第一職員室内の他の複数の教諭に聞こえるような声を出したものであることが認められる。

この点原告は,被告は原告に対してはことさらに56名分全員について再署名をさせた旨主張するけれども,そもそも原告が再署名をする必要が生じたのは,3名の教諭が後に訂正の申し出をしたためであるから,原告にとって再署名の必要のある文書は上記教諭らと誤処理が重複していた上記7名の生徒のみのはずであることに加えて,証拠(乙84の1ないし43)によれば,上記訂正・謝罪文書のうち3年1組の43名中,原告のみが署名しているものは14名分あることが認められ,そうすると,仮にこれらにも再署名を求められていたとすれば,原告がその事務の要否について疑問を感じないはずがないと思われること,更に証拠(乙88,被告代表者丙川)によれば,丙川教頭は,3年1組分については事務処理の混乱防止のために43名分を一括して原告に渡し,その中から再署名の必要な分を選んで行うよう依頼したこと,原告と同様に再署名の必要のあった癸畑四郎非常勤講師は,再署名のために丙川教頭から30枚から40枚程度の訂正・謝罪文書を手渡され,そのうちから必要のある2,3枚を抽出して再署名を行ったことが認められることにも照らすと,原告が再署名をしたのは,上記7名分であったものというべきであり,原告の上記主張は,採用することができない。

b 以上の事実に照らすと,原告は,自らの早合点で,他の複数の教諭のいる前で上司である丙川教頭や上記訂正・謝罪文書を作成した教務部の事務を非難するような発言をしたのであるから,これを不適切な発言としてとがめられてもやむを得ないというべきである。しかしながら,他方,証拠(甲60,乙3)によれば,原告は,上記発言の当日,誤解に気付いた後には丙川教頭及び乙山校長に謝罪するとともに,その翌日には,「教務部の先生方へ。昨日は大変申し訳ありませんでした。」とする書面を作成していることが認められること,加えて,原告の上記発言の内容も,上発言以外に丙川教頭や教務部の職員に対して誹謗や中傷にわたるような発言をしたというものではないことをも考慮すると,発言自体は不適切であるとしても,原告の上記行為が原告の勤続の功労を減殺してしまうほどの背信行為または不信行為とまではいい難いというべきであって,これを原告の退職金を減額すべき事由ということは困難である。

(ウ) 以上からすると,原告は,上記イの「職務改善のための特別指導書」記載の事由に加えて,上記(ア)及び(イ)の事由により懲戒戒告処分を受けたことは当事者間に争いがなく,いずれも原告の職務懈怠や不適切さを問われてもやむを得ない事由ではあることは上記判断のとおりであるけれども,原告の退職金事由としてその背景等も含めて考察するときは,いずれも,あるいはこれを総合しても,原告の勤続の功労を減殺するほどの背信行為又は不信行為ということまではできないものであって,したがって,これを原告の退職金を減額すべき事由である「不都合行為」として考慮することはできないというべきである。

エ 退職直前の不都合行為について

(ア) 成績評価データの持ち帰りについて(抗弁(4)のウの(ア)の事実)

証拠(甲1,乙58,72の1,乙78)によれば,原告は,平成15年3月3日ころ,担当する「総合学習」について,成績の入力に必要となる本件高校の校内ネットワーク上に設置された「生徒別総合学習評価表」を自己のフロッピーディスクにダウンロードした上,自宅において上記「総合学習」の成績の入力を行うためにこれを持ち帰ったこと,上記「生徒別総合学習評価表」には,生徒の氏名と評価項目が記載されていること,被告の就業規則は,本件高校の学事資料を持ち帰る場合には理事長等の承認事項とする旨定めていることが認められ,以上の事実に照らすと,原告が理事長等の承認を受けないで上記「生徒別総合学習評価表」を持ち帰ったことは適切な行為ではないというべきである。

しかしながら,他方,証拠(甲60,乙72の1,乙77,原告本人)によれば,上記「生徒別総合学習評価表」は生徒の氏名と評価項目は記載されているものの,評価の内容までは記載されておらず,したがって,特定の生徒についてどのような評価がされているのかまではそれ自体からは判明しない性質のものであること,平成14年度の前期までは,「総合学習」の成績入力用のファイルはフロッピーディスクに保管されていたものであって,それ自体の持ち帰りは可能であったこと,原告は,平成15年3月7日が上記「総合学習」の成績の入力期限であることからこれに入力を間に合わせるために上記持ち帰り行為をしたものであって,上記「生徒別総合学習評価表」を他の用途に用いるなど不当な目的を有していたなどとはうかがわれないこと,結局,被告の設置したセキュリティシステムにより,原告がフロッピーディスクにダウンロードした情報のみでは成績を入力することはできなかったのであって,実害の発生には至らなかったことが認められ,このような事実をも考慮すると,原告の持ち帰り行為が適切ではなかったことは上記判断のとおりであるとしても,これをあえて退職金減額事由としての不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

(イ) 成績入力の遅滞について(抗弁(4)のウの(イ)の事実)

a 抗弁(4)のウの(イ)の事実のうち,原告が,平成15年3月7日,担任クラスの「総合学習」の後期の成績を入力すべき期限に間に合わなかったことは当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙28,72の1及び2,乙77)によれば,総合学習の成績入力は,同年1月7日から可能な状態であったこと,原告の平成14年度後期の最後の「総合学習」の授業は,平成15年2月14日であったから,成績の評価としてはそれ以後は入力が可能であったこと,「総合学習」の成績の入力は,上記「生徒別総合学習評価表」の各評価項目に対して顕著な努力が見られた場合には○印を入力し,○印を付した評価項目については,「総合学習評価項目表」の文例から1つを選択して入力することによりなされること,原告は,上記期限の遅滞について「お詫び申し上げます」と題する書面を作成し,「本日終了しておくべき学事処理のうち「総合学習」のデータ(出欠以外の)を本日中でなくてよいと一人合点して,終了しませんでした。」と記載していたことが認められる。

これに対し原告は,期末考査の最終日から成績入力期限までが2日間しかなく,期限に間に合わせるのは物理的に無理であった旨主張する。証拠(甲4,30,60,原告本人)によれば,なるほど,原告の担任する家庭一般の期末考査は成績入力期限の2日前である平成15年3月5日に行われていること,同科目は必修科目であることから受験者数は270名と相当数に上ることが認められ,以上の事実に照らすと,原告が上記成績入力の期限である同月7日には多忙であったことがうかがわれるものの,「総合学習」については,最後の授業は同年2月14日であったことは上記認定のとおりであること,証拠(乙83)によれば,原告は,その後同月10日及び11日の2時間半程度の時間で上記成績入力を終えていることが認められることからすれば,原告の上記繁忙状況を考慮したとしても,成績入力を期限に間に合わせることが物理的に無理であったとまでいうことは困難である。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

b 以上認められる事実に照らすと,「総合学習」の成績入力が期限に間に合わなかったことについては,原告の職務懈怠を問われてもやむを得ないというべきである。しかしながら,他方,証拠(甲60,乙70,72の1及び2,乙73,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,上記「生徒別総合学習評価表」への成績の入力は,主として通知表作成のためのものであるところ,原告は,上記のとおり期限に遅れはしたものの,同年3月11日には「総合学習」の成績の入力を終了し,三者面談の日程に応じて,順次通知表の「総合的な学習の時間評価」欄に上記「生徒別総合学習評価表」の評価項目を転記してこれを完成させた結果,各生徒にも通知表を交付することができたことが認められ,このような事実も考慮すると,原告の上記行為については,その職務懈怠を問われるべきであることは上記判断のとおりであるけれども,なお原告の勤続の功労を減殺するような背信行為又は不信行為とまでいうことは困難であって,これを退職金の減額事由として考慮することは相当ではないというべきである。

(ウ) 平成14年度後期の欠席日数の誤入力について(抗弁(4)のウの(ウ)の事実)

a 抗弁(4)のウの(ウ)の事実のうち,原告が,平成15年3月7日,担任クラスの生徒4名について,平成14年度後期の欠席日数の入力を誤ったことは,当事者間に争いがなく,加えて証拠(甲4,乙29,30,31の1及び2,乙70,78,79,90の2,5及び6)によれば,平成15年3月7日は,平成14年度後期の欠席日数及び遅刻,早退日数の入力の期限であったこと,丁木主任は,同日,原告の提出した「後期出欠確認一覧表」及び「遅刻,早引確認一覧表」を点検したところ,「後期出欠確認一覧表」において4名の生徒の欠席日数の記載を誤っていること,「遅刻,早引確認一覧表」において1名の遅刻と2名の公遅刻の日数の記載を誤っていることがそれぞれ判明したため,原告に対してこれを指摘したこと,原告は,そのうち「遅刻,早引確認一覧表」の1名の遅刻と1名の公遅刻については,同日に訂正してこれを正しく入力したものの,「後期出欠一覧表」において誤りを指摘された4名については,同月10日に3名分の,同月11日に1名分のそれぞれ訂正を申し入れたこと,その際原告は,丙川教頭に対し,上記訂正が期限より遅れた原因について,「コピーがずれた」,「点検して発見したが訂正を抜かした」,「集計間違い」などと説明していたことが認められる。

原告は,同日に丁木主任に上記各一覧表の点検を依頼したのに,丁木主任がこれを怠ったために訂正が期限後になった旨主張するけれども,原告が丁木主任の点検の結果判明した「遅刻,早引一覧表」の1名の遅刻と1名の公遅刻については,同日に訂正の入力をしていたこと,原告は,同月10日及び11日に欠席日数等の訂正を申し入れた際には,「コピーがずれた」等と説明しており,丁木主任の点検が遅れたなどと主張したことはなかったことはいずれも上記認定のとおりであることに照らすと,原告の上記主張を採用することはできないというべきである。

b 以上認められる事実からすると,原告は,丁木主任から同月7日に「後期出欠確認一覧表」の誤りについて指摘を受けたのに,その訂正を失念ないし怠っていたものというほかはなく,その職務懈怠を問われてもやむを得ないものというべきである。しかしながら,証拠(乙70,73)によれば,欠席日数や遅刻及び早退日数は,通知表に記載されて三者面談の際に生徒及び保護者に配布されることとなるところ,三者面談の開始日は同月12日であったことが認められることからすれば,原告は,通知表が配布される予定である同日までには上記失念に気が付き,自ら訂正を申し出たものであって,通知表の訂正までを要したわけではなかったのであり,このような事情も考慮すると,原告の行為が職務懈怠を問われてもやむを得ないものであることは上記判断のとおりであるとしても,上記行為が原告の勤続の功労を減殺するような背信行為又は不信行為とまでいうことは困難であって,これを退職金の減額事由として考慮することは相当ではないというべきである。

(エ) 判定会議資料の誤りについて(抗弁(4)のウの(エ)の事実)

抗弁(4)のウの(エ)の事実のうち,原告が,平成15年3月10日,家庭謹慎処分を受けていた生徒の単位の修得の判断を誤って判定会議の資料を作成したことは,当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙18,74の1,乙78)によれば,本件高校においては,一つの科目について総授業回数の3分の2以上出席していることが当該科目の履修が認められるための要件であり,更に当該科目の修得が認められるためには,上記履修が認められた上その評定が2以上であることが必要であること,原告は,上記同日に行われた判定会議の際,担任クラスで上記判定会議の対象となった生徒のうち,家庭謹慎処分を受けていた2名の生徒について同謹慎期間中の授業の欠席を補充授業によって補った場合には科目の修得が認められるか否かについて報告書を作成するよう指示を受けたこと,しかし,原告は,丁木主任に対し,上記科目について補充授業を行った場合には,同科目の履修が認められるが評定が1であるために修得は認められないのに,これが認められるかのように記載した報告書を提出したこと,仮に同報告書に従って判定会議が実施されていた場合には,当該生徒は科目の修得に必要な追加認定考査の受験の機会を逸するおそれがあったことが認められ,以上の事実に照らすと,原告は科目の履修と修得の判断を誤ったもので,その行為は判定会議の結果にも影響を及ぼすおそれがあるものであったというべきではある。しかしながら,他方,証拠(甲60,乙78,原告本人)によれば,上記報告書は丁木主任がその誤りに気付いて原告が訂正したため,判定会議には提出されず,判定会議自体は正しい資料に基づいて行われたことが認められるから,原告の上記行為についてはその不注意をとがめられるべきであるけれども,退職金減額事由としての不都合行為としてまでは,あえて取り上げるべき性質のものではないというべきである。

(オ) 通知表を完成できなかったことについて(抗弁(4)のウの(オ)の事実)

a 抗弁(4)のウの(オ)の事実のうち,原告が,平成14年度の三者面談の初日である平成15年3月12日の朝ころまでに通知表を完成させることができなかったことは,当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙70,73,79)及び弁論の全趣旨によれば,本件高校の通知表は,同月12日から始まる三者面談の際に生徒及び保護者に手渡すことになっていたこと,通知表は,入力の期限までに各授業の担当教諭又はクラス担任が各科目の成績や出欠及び日次出欠等を入力したものを印刷し,更にクラス担任の教諭が「総合的な学習の時間評価」及び「所見欄」を手書きで記入して完成するものであること,上記「総合的な学習の時間評価」は「生徒別総合学習評価表」に記入した「総合学習評価項目表」の評価項目を転記するものであって,「所見欄」はあらかじめ丁木主任が確認した内容のものを転記してこれを完成させるものであること,原告が上記期限までに通知表を完成させることができず,その後も数回にわたって担任クラスの生徒分の通知表を己田秋子年次副主任(以下「己田副主任」という。)に提出したため,通知表の整理事務に支障が生じたことが認められる。

この点原告は,通知表を平成15年3月12日の朝ころまでに完成させることができなかったのは,丙川教頭が総合学習の成績入力を同月10日と11日に分けて行わせたためである旨主張する。証拠(乙70,83,被告代表者丙川)によれば,なるほど,丙川教頭は,同月7日ころ,原告に対し,総合学習の成績入力は同月10日及び同月11日の午前中に分けて行うよう指示したことが認められるものの,他方,丙川教頭が上記指示をしたのは,原告から総合学習の成績入力には2時間半程度を要する旨聞いていたところ,同月10日の午後には判定会議が予定されており,原告を含めてクラス担任は判定会議の資料を作成する事務があったことから午前中に上記2時間半を確保するのは困難であると判断したこと,原告が上記指示に従って上記成績入力を終了したことから,庚町花江教務主任は,それぞれの日に成績入力を完了した通知表についてはこれをプリントアウトして原告に手渡していたことが認められ,これらの事実に照らすと,丙川教頭が成績入力を2日に分けて行うよう指示したことに理由がないとはいえないし,原告が同月11日の成績入力完了後には全員分の通知表を受け取っていたことに比して,「総合的な学習の時間評価」及び「所見欄」への記入が上記認定にかかる程度の事務に止まることをも考慮すると,丙川教頭の上記指示のために通知表を上記日時ころまでに完成させることができなかったということは困難である。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

b 以上認められる事実を考慮すると,原告が期限までに通知表を完成させることができなかった行為は,その事務の内容や生徒にとっての通知表の重要性に照らし,職務懈怠を問われてもやむを得ないものというべきである。しかしながら,他方,証拠(甲60,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,期限に遅れはしたものの,三者面談の日程に応じて通知表を完成させたため,各生徒の三者面談については支障は生じておらず,各生徒にも通知表を交付することができたことが認められ,そうすると,原告の上記行為についてはその職務懈怠を問われるべきであることは上記判断のとおりであるけれども,被告における退職金の上記性質にもかんがみるときは,なお原告の勤続の功労を減殺するような背信行為又は不信行為とまでいうことは困難であって,これを退職金の減額事由として考慮することは相当ではないというべきである。

(カ) 教科書申込書類の不提出について(抗弁(4)のウの(カ)の事実)

a 抗弁(4)のウの(カ)の事実のうち,原告が,平成15年3月11日,平成15年度分の教科書及び教材費の申込書類を1名の生徒について提出しなかったことは当事者間に争いがなく,証拠(乙35,70,78)によれば,原告が上記書類を提出しなかったために,各クラスからの教科書申込書類を取りまとめる教科書係の事務に支障を来していたことが認められるけれども,他方,原告は,同月5日,丙川教頭に対し,病気で期末考査を欠席した上記生徒に対して上記書類を届ける等するための家庭訪問の許可を求めたところ,丙川教頭はこれを許可せず,同月13日の三者面談の日にこれを渡すよう指示したことが認められる。そうすると,原告が上記書類を同月11日に提出することができなかったことについては理由がないではないと思われるものの,更に証拠(乙32ないし34,36,70)によれば,丙川教頭が原告の上記生徒に対する家庭訪問を許可しなかったのは,同年1月22日に上記生徒の保護者から,原告の上記生徒に対する対応について苦情の電話がかかったことや,その後上記生徒は同年2月から欠席が続き,同月26日及び27日に原告が家庭訪問に行った際にも原告には面会しなかったことなどから,原告が同年3月11日に上記生徒の家庭訪問をすることは適当でないと判断したからであることが認められ,上記の経過に照らすと,丙川教頭の上記判断が不適当であったということもできない。以上の経緯にかんがみると,結局,原告としては,1名の生徒については同日に教科書申込書類の提出ができないこととなったことについて,教科書係等関係部署に連絡をするなどして事務処理の混乱を防止すべきであったというべきであり,これを怠り,上記事務処理に障害を来した限度において,職務懈怠を問われてもやむを得ないというべきである。しかしながら,原告は,教科書申込書類の提出の期限を認識し,上記生徒の分についてもこれに間に合わせるよう努力していたことは上記認定のとおりであることに照らすと,原告の上記行為をもって原告の勤続の功労を減殺するような背信行為又は不信行為とまでいうことはできないというべきであって,したがって,これを退職金の減額事由として考慮することは相当ではないというべきである。

b 被告は,更に原告が平成15年2月26日に至るまで上記生徒の家庭訪問もしないで放置したことを指摘する。確かに,上記生徒の保護者から同年1月22日に原告に対する苦情の電話がかかり,その後同年2月に入って欠席が続くようになったこと,原告は,同年2月26日及び27日に家庭訪問に行ったことは上記認定のとおりであり,その間に原告が上記生徒の家庭訪問を行ったことを認めるに足りる証拠はないけれども,他方,証拠(甲60,88,乙32ないし34)によれば,上記生徒は,平成14年度の前期は特に欠席の目立つ生徒ではなく,同年10月ころから欠席がちになったものの,同年12月ころからは再び欠席が減っている状態であったこと,平成15年2月に入って欠席が続いている間も,保護者からは熱や風邪等の欠席の原因については一応の連絡がなされていたことが認められることに加えて,一般に教師の生徒に対する教育的対応や指導には,当該生徒の個性や人間性,生活環境等に応じた教師の教育的裁量に委ねられる部分があり得ると考えられることにも照らすと,必ずしも上記事情をもって,原告が上記生徒の欠席に対応しないで放置していたともいい難い。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。

(キ) 三者面談資料配布の失念について(抗弁(4)のウの(キ)の事実)

抗弁(4)のウの(キ)の事実のうち,原告は,平成15年3月12日,三者面談の際に配布するよう指示を受けていた資料のうち,「進路に関する資料」の配布を失念したことは当事者間に争いがなく,証拠(乙77)によれば,丁木主任は,上記同日の2,3日前,2年生のクラス担任に対して「三者面談のときに生徒に一冊ずつ配って,面談の資料にしてください。」との配布の指示をしていたものであること,上記資料は,京阪神地方の大学や専門学校等の紹介をするための資料であることが認められ,そうすると,原告は,丁木主任の上記指示にもかかわらず進学用資料の配布を失念したのであって,進路の相談や指導という三者面談の目的にもかんがみると,原告の職務懈怠を問われてもやむを得ない行為であるとはいうべきである。

しかしながら,他方,証拠(甲60,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,平成14年度の2年生の生徒に対する三者面談は,平成15年3月12日から同月18日までの間に行われることとなっていたところ,原告は,初日である同月12日の午前中に行われた4名の生徒に対して上記資料の配布をしなかったものにすぎないこと,上記資料は,一般的な進学用の情報誌であって個々の生徒の具体的な進路希望に応じた資料ではなく,その性質上,三者面談の資料とはなり得るものの,それに不可欠の資料とまではいい難いと思われるものであること,原告は,上記配布を失念した生徒に対しては,後日に上記資料を配布していることが認められ,これらの事実に照らすと,原告が上記資料の配布を失念したこと自体は職務懈怠を問われてもやむを得ないことは上記判断のとおりであるとしても,原告の上記行為を退職金減額事由としての不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

(ク) 教科書申込書類の誤提出について(抗弁(4)のウの(ク)の事実)

a 抗弁(4)のウの(ク)の事実のうち,原告が,平成15年3月12日,同年度の教科書の申込書類を,平成14年度末で退学予定の生徒の分まで提出したことは当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙78)によれば,丁木主任は,各クラス担任の教諭に対し,年度末で退学予定の生徒について翌年度の教科書申込書類を提出すると事務が混乱するため,これを提出しないよう指示していたことが認められ,そうすると,原告の行為は,丁木主任の上記指示に反するものであって,教科書申込みの事務に混乱を生じるおそれのあるものでもあるというべきではある。しかしながら,他方,証拠(甲60,88,乙97,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,上記生徒は退学予定ではあり,実際に平成15年4月1日付けで転学したものの,原告が上記書類を提出した当時は未だ本件高校に在籍していたこと,原告は,上記退学予定の生徒が自ら翌年度の教科書申込書類を提出してきたため,退学の意思を翻意して翌年度も在籍する可能性がないではないことを考慮して,担任するクラス分に「退学予定1名」と附記した上,丁木主任に提出していたことが認められ,また,実際に平成15年度の教科書申込事務に支障が生じたことを認めるに足りる証拠もないことに照らすと,原告の上記行為を退職金減額事由としての不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

b 被告は,原告が教科書申込書類を提出してきたのは男子の退学予定者なのに,原告は女子生徒である旨主張しており,その陳述又は供述には信用性がない旨の主張もしているところ,確かに,証拠(乙97,101)によれば,原告の担任する2年3組には平成14年度末で退学予定の生徒として男子生徒1名,女子生徒1名の合計2名がいたこと,原告は,そのうち男子の退学予定者について教科書申込書類を提出し,女子の退学予定者についてはこれを提出していなかったことが認められる。そうすると,教科書申込書類を提出したのが女子生徒分であった旨の原告の陳述又は供述はこれを直ちには信用することはできないというべきであるけれども,これが男子生徒の分であったとしても,上記認定にかかる提出の経緯については,原告の陳述(甲60,88)又は供述と矛盾するものではなく,内容としても自然であるから,その信用性は否定されないというべきである。

(ケ) 保護者来校の不報告について(抗弁(4)のウの(ケ)の事実)

証拠(乙78,79)によれば,なるほど,原告は,平成15年3月13日に行われた成績不振の生徒とその保護者に対して判定会議の結果を伝えるなどするための校長面談の際,時間に遅れてきた保護者の来校について,同面談に同席することとなっていた己田副主任に報告しなかったことが認められ,原告のこの行為は,校長面談の円滑な実施に影響を与え得るものであるということはできるけれども,他方,原告は,上記以前に,上記保護者が遅刻して来校する予定であることについては己田副主任に報告していたことが認められることからすれば,原告が上記報告をしなかったのが故意によるものとまでいうことはできない上,実際に上記生徒の校長面談が円滑に実施されなかったことを認めるに足りる証拠もないことにも照らすと,原告の上記行為を退職金減額事由としての不都合行為としてまで取り上げるのは相当ではないというべきである。

(コ) 土曜出勤の許可を教頭に申し出たことについて(抗弁(4)のウの(コ)の事実)

抗弁(4)のウの(コ)の事実のうち,原告が,平成15年3月14日,土曜日の出勤の許可を丁木主任ではなく丙川教頭に申し出たことは当事者間に争いがなく,証拠(乙70,被告代表者丙川本人)によれば,本件高校においては,クラス担当の業務については,まず当該クラス担当教諭の直属の上司である年次主任に申し出ることとなっていることが認められる。そうすると,原告は,土曜日の出勤について誤った上司にその許可を申し出たということになり,組織としての現実の意思決定過程を考慮した場合には,その判断は適切ではなかったというべきであるけれども,他方,証拠(甲1,60,乙70,原告本人)によれば,休日出勤を命ずるのは所属長(校長)の権限とされていること,丙川教頭は校長代行としての権限を有していたこと,丁木主任も丙川教頭もいずれも第一職員室内において勤務していることが認められるから,原告が丁木主任ではなく丙川教頭に土曜日の出勤許可を申し出たとしても,権限のない者に申し出をしたというものではない上,時間的場所的な点を考慮しても,原告が再度丁木主任に申し出をすることで対処し得る程度の事柄であるというべきである。

したがって,上記事実を原告の上記行為を退職金減額事由としての不都合行為として取り上げるのは相当ではないというべきである。

(サ) 登校時間の誤指示について(抗弁(4)のウの(サ)の事実)

a 証拠(乙75,78,79)によれば,原告が担任するクラスには,平成15年2月26日から同年3月13日までの間は家庭謹慎,同月14日から同月18日までの間は校内謹慎処分とされた生徒1名がいたこと,被告は,同年2月26日付けで,同生徒に対し,「生徒に対する特別指導書」を交付し,家庭謹慎処分が終了する同年3月14日の午前8時に登校するよう指示していたこと,しかし,原告は,同月13日ころ,同生徒に対し,同月14日の登校時間を午前8時30分と連絡したこと,そのため,同生徒は,同日午前8時には登校せず,丁木主任が行う予定であった指導は,己田副主任が代わって行うこととなったことが認められる。

原告は,登校時間の連絡が間違っていた旨丁木主任や己田副主任から指摘を受けたことはないから,原告の連絡した時間が誤っていたとはいえない旨主張し,これに沿う陳述(甲60)をする。しかしながら,己田副主任は,同日の職員会議後に登校時間を変更してもらっては困る旨注意したとの陳述をする(乙79)ところ,丁木主任が行う予定であった指導を急きょ己田副主任が行った経緯は上記認定のとおりであることを考慮すると,己田副主任の上記陳述はその内容が自然であって信用することができ,したがって,原告は上記連絡時間の点で注意を受けていたというべきであるし,上記「生徒に対する特別指導書」には登校時間は午前8時と記載されていることに照らすと,原告の連絡した登校時間は誤ったものであったというほかない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

b 以上の事実に照らすと,原告は不注意により誤った登校時間を連絡し,これにより家庭謹慎処分を受けた生徒に対する指導に支障を来したというほかなく,職務懈怠を問われてもやむを得ないというべきである。しかしながら,原告の上記不注意による結果は,当該生徒の家庭謹慎処分解除の際に丁木主任による指導の機会を失ったというにとどまり,己田副主任による指導は行えていること,不注意の程度も登校日時ではなく時間を30分遅く連絡した程度のものに止まっていることからすれば,原告の上記行為をもって,原告の勤続の功労を減殺するような背信行為又は不信行為とまでいうことはできないというべきであって,これを退職金の減額事由として考慮することは相当ではないというべきである。

(シ) 判定会議にかけるべき生徒の見落としについて(抗弁(4)のウの(シ)の事実)

a 抗弁(4)のウの(シ)の事実のうち,原告が,判定会議の対象とすべき生徒を1名見落としていたことは当事者間に争いがなく,加えて証拠(乙18,74の2及び3,乙78)によれば,本件高校においては,2年生時までに修得した科目が45単位未満である生徒については,3年生での卒業の可否について判定するため判定会議の対象として議論することとしていたこと,原告は,2年生時までに36単位しか修得していない(2年生時に修得した単位は7単位)生徒1名について,誤って2年生時に修得した単位を19単位,合計単位数を48単位と計算し,その旨の誤った「組別成績不振者一覧表」を作成し,平成15年3月10日に提出したため,同生徒は同日行われた判定会議の対象とはならなかったこと,原告は,同月15日に上記誤りに気付き,丁木主任に連絡したため,丁木主任は同月17日に上記生徒のみのための判定会議を開催する手続をとるとともに,同月18日に校長面談を予定して,同月15日にその旨の保護者に対する呼出状を直ちに発送したことが認められる。

原告は,同月7日ころに上記「組別成績不振者一覧表」を作成するためにクラス別成績一覧表をプリントアウトしようとしたが,丁木主任の言葉からこれができないものと思い込んで手書きで生徒の成績を写し取っている際に未修得科目数を誤ったものである旨主張する。証拠(甲76,78,乙78)によれば,なるほど,原告は,手書きで担任クラスの生徒の成績の手控えを作成する際に,上記生徒の未修得科目4科目を失念したものであることが認められるけれども,他方,同日にクラス別成績一覧表のプリントアウトができなかったことはないことが認められるし,仮に原告が上記一覧表のプリントアウトができないと思い込んでいたものとしても,成績判定資料の重要性にかんがみるときは,単に写し取る際の失念という理由によって,職務懈怠の責めを免れることは困難である。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

また,原告は,他の高等学校では,「組別成績不振者一覧表」のような成績判定資料は,クラス担任一人の責任では作成していない旨主張し,これに沿う証拠(甲71ないし75,79)を提出するけれども,仮に他の高等学校において原告の主張するような事務処理が行われているところがあるとしても,本件高校における事務処理の方法の当否の問題は別として,直ちに本件高校における原告の責任を軽減するものではないというべきであるから,原告の上記主張は,採用することができない。

b 以上の事実に照らすと,原告は判定会議の対象とすべき生徒を失念した上,判定会議の事務にも支障を及ぼしたのであるから,職務懈怠を問われてもやむを得ないというべきである。しかしながら,原告は自ら上記誤りに気付き直ちに丁木主任に連絡したため,予定された日程外ではあるけれども判定会議及び校長面談を行うことはできたのであるし,証拠(乙37)によれば,原告は,上記誤りに気付くとともに,直ちに「お詫び申し上げます。」と題する書面を作成して謝罪のため登校した(同日は休日であった。)ことが認められることからすれば,原告の上記行為についてはその職務懈怠を問われるべきではあるけれども,なおこれをもって原告の勤続の功労を減殺するような背信行為又は不信行為とまでいうことはできないというべきであって,これを退職金の減額事由として考慮することは相当ではないというべきである。

(ス)  以上の検討によれば,被告の主張にかかる「退職直前の不都合行為」には,原告の職務懈怠や不注意を問われてもやむを得ない行為であって被告にとって不都合な行為であるといえなくはないものが含まれているものの,その経緯や背景及び結果の重大性等について子細に考察するときは,いずれも,あるいはこれらを総合したとしても,原告の勤続の功労を減殺するほどの背信行為又は不信行為とまでいうことはできないものである。そうすると,結局,これらの行為を,原告の退職金減額事由としての「不都合行為」として考慮することはできない。

オ したがって,被告の主張にかかる事由(上記イないしエの事由)は,上記アの(ア)の観点から考察するときは,いずれも被告の就業規則所定の「迷惑退職」に該当するべき不都合行為には当たらないから,結局,抗弁(3)及び(4)の事実を認めることはできない。そうすると,被告が減額した部分の退職金の支払いを求める原告の請求は認容されるべきものであるところ,被告が平成15年3月26日に原告に対して退職金の一部である941万6325円を支払ったことは当事者間に争いがなく,したがって,上記減額部分についても同日に弁済期が到来したものというべきであるから,これに対する遅延損害金の起算点は,上記支払いの翌日である同月27日となる。

第4  結論

よって,原告の請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第61条を,仮執行の宣言につき同法第259条第1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官・竹内努)

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