京都地方裁判所 平成15年(ワ)3268号 判決 2005年9月02日
京都府<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
中隆志
同
加藤進一郎
東京都中央区<以下省略>
被告
株式会社コーワフューチャーズ
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
山下幸雄
主文
1 被告は,原告に対し,2468万1322円及びこれに対する平成15年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,4926万2645円及びこれに対する平成15年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,商品先物取引の受託業務等を目的とする株式会社である被告に対し,被告の被用者らによる違法な勧誘,取引継続等により,別紙建玉分析表記載のとおり,金及び灯油の商品先物取引(以下「本件取引」という。)を行った結果,損害を受けたと主張して,不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき,本件取引による損害4476万2645円及び弁護士費用450万円並びにこれらに対する不法行為時(損害確定時)である平成15年2月20日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基礎となる事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認定することができる事実。)
(1) 原告は,昭和18年○月○日生(本件取引開始当時59歳)で,a高等学校(以下「a高校」という。)を卒業後,b株式会社(以下「b社」という。)に入社し,以後平成15年3月に同社を定年退職するまで●●●製造工として勤務してきた給与所得者である。
(2) 被告は,農産物,砂糖,乾繭,生糸,ゴム,綿糸,人造綿糸及び毛糸の売買,売買の仲介,取次又は代理等を目的として昭和30年1月12日に設立(平成3年10月18日商号変更)された,資本金6億1672万円の株式会社であり,国内公設商品先物取引市場の取引員である。
(3) 本件取引の概要
原告の本件取引における建玉状況は,別紙建玉分析表記載のとおりである。
原告の損害額(出捐と返金額との差額)は,4476万2645円であり,そのうち,1635万4900円が手数料損である。
(4) 被告において,本件取引を担当した外務員は,大阪支店のB,C,D及びEであり,いずれも被告の被用者である(以下,順に,それぞれ,「B」,「C」,「D」,「E」という。)。
3 争点
(1) 本件取引勧誘段階での不法行為の存否
ア 無差別電話勧誘について
イ 適合性原則違反について
ウ 断定的判断の提供について
エ 新規受託者の熟慮期間確保義務違反について
オ 説明義務違反について
(2) 本件取引継続段階での不法行為の存否
ア 新規受託者保護義務違反について
イ 利乗せ満玉について
ウ 無断・一任売買について
エ 無敷・薄敷について
オ 無意味な頻回特定売買について
(3) 仕切段階での不法行為の存否
(4) 前記(1)ないし(3)の不法行為の成立が肯定される場合,不法行為と相当因果関係にある原告の損害額
(5) 過失相殺の可否及び割合
第3争点に関する当事者の主張
1(1) 争点(1)ア(無差別電話勧誘)について
ア 原告の主張
(ア) 委託者保護及び委託者の自由な取引参加を確保するために,迷惑,執拗な勧誘,目的不告知,誤認勧誘をすることは,商品取引所法(平成16年法律第43号による改正前のもの,以下「法」という。)施行規則(以下「省令」という。)46条5号ないし7号及び受託等業務に関する規則5条1項2号等により禁止される。
(イ) Bは,平成14年12月中旬,原告が卒業したa高校の後輩を名乗り,無差別電話勧誘を行った。
イ 被告の主張
(ア) Bが,平成14年12月中旬,原告の卒業したa高校の後輩を名乗り,電話勧誘を行ったことは認め,これが違法であるとの主張は争う。
(イ) 法では,電話での勧誘そのものは禁止されておらず,無差別電話勧誘が違法であるとの法令上の根拠はない。
(2) 争点(1)イ(適合性原則違反)について
ア 原告の主張
(ア) 法136条の25第1項4号,受託等業務に関する規則3条・5条1項1号等は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる者の勧誘を行うことを禁止する。先物取引の受託契約においては,かかる規則は,信義則上,顧客に対し,先物取引のリスクにつき適切に説明し,理解させ,理解した者以外は勧誘してはならない義務として観念しうる。
(イ) 原告は,先物取引はおろか証券取引についての知識経験もなく,経済・金融関係の職についたこともなく,経済関係の新聞や雑誌を購読したこともなかった。また,携帯電話も所持しておらず,相場の変動状況の入手,時機に応じた取引注文を行うことができない状況にあった。
イ 被告の主張
(ア) 原告主張(ア)は争う。
(イ) 原告主張(イ)は不知。
(ウ) 原告は,本件取引開始時には,東証1部上場のb社に勤務しており,独身で自宅を所有しており,年収は500万円以上で,預貯金は1800万円,投下可能資金も1000万円であった。また,原告は,Cの説明を聞いた上で,約諾書と口座設定申込書を差し出している。したがって,先物取引や証券取引の経験がないことだけで適合性原則に反することはない。
また,経済・金融関係の職に就いていない者も先物取引を行うことができる以上,その職に就いたことがないことが適合性原則違反にはならない。
経済紙等を購読をしたことがないこと,携帯電話を所持していないことは,自己責任に基づく努力を原告自ら放棄していることであって,それを理由に適合性原則違反というのは本末転倒である。
原告は,すべて自己資金で取引を行っており,適合性原則に反する事実はない。
(3) 争点(1)ウ(断定的判断の提供)について
ア 原告の主張
(ア) 先物取引は,極めて投機性の高い危険な取引であり,また,取引価格は,需要と供給の関係だけで決まるのではなく,政治的動向,為替の変動,投機家の思惑等多様な要素が複雑に絡み合って形成されるから,「必ず上がる」等の取引勧誘は虚偽の勧誘であり,このような断定的な取引の勧誘は,法136条の18第1号,省令46条8号等で禁止されている。
(イ) B及びCは,平成14年12月18日,原告に対し,「先物取引は儲かります。」,「金は今1300円くらいですが,イラク戦争が始まったら必ず1600円くらいまで上がります。」との断定的判断の提供を行い,先物取引に勧誘した。
イ 被告の主張
(ア) 原告主張(ア)は認め,同(イ)は否認する。
(イ) 原告は,BやCが,原告に対し,「先物取引は儲かります」,「イラク戦争が始まったら必ず1600円くらいまで上がります」との断定的判断の提供をし,原告に取引を勧誘したと主張しているが,そのような事実は全くない。
Cは,商品先物取引がハイリスク・ハイリターンな取引であることから,利益も損失も大きいと説明しただけである。また,イラク戦争が始まれば,金の価格は上昇するという説明はしたが,必ず1600円ぐらいまで上がるなどとは言っていない。
(4) 争点(1)エ(新規受託者の熟慮期間確保義務違反)について
ア 原告の主張
(ア) 被告の受託業務管理規則(甲8)第7条は,約諾書を差し入れた日を含む3日間を新規委託者の熟慮期間として,その期間を経過した以降でなければ,新規委託注文を受託できないとしている。
(イ) 被告は,原告が約諾書を差し入れた平成14年12月18日に,新規委託注文を行った。
イ 被告の主張
(ア) 原告の主張(ア)は認める。
(イ) 同(イ)について,本件取引が,被告の受託業務管理規則に違反して,3日間の熟慮期間をおかなかったことは認める。
しかし,原告のように明確に取引の意思を表示している者に対しては,形式的に3日間の熟慮期間をおく必要はない。
さらに,すべての商品先物会社でこのような熟慮期間の規定を定めているわけではないので,このような規定に違反したとしても,違法でないことは明らかである。
(5) 争点(1)オ(説明義務違反)について
ア 原告の主張
(ア) 商品取引員が顧客に取引の委託を勧誘するに当たっては,その者が商品先物取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成した上で,その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託するか否かを決することができるように配慮する信義則上の義務を負っている(民法644条,法136条の17,受託等業務に関する規則5条1項4号,4条1項3号・2項)。
(イ) 先物取引の知識・経験のない原告に対し,被告の被用者は,ただ,「儲かる」,「必ず上がる」といった点のみを強調し,取引の仕組みや危険性等に関して原告が的確な理解を形成した上で自主的な判断に基づいて取引に参入し委託するか否かを決することができるようになるために必要な説明をしなかった。
イ 被告の主張
(ア) 原告主張(ア)は概ね認め,同(イ)は否認する。
(イ) Cは,原告に対し,パンフレット,日本経済新聞の記事,時事通信の金取引の日足表,金のチャート,委託のガイドなどを使って,金を例にして商品先物取引の仕組み,取引方法及びリスクについて説明した。
具体的には,用紙に追証や両建の図を書き込みながら,商品先物取引の仕組み,特に,商品先物取引と現物取引の違いを説明し,商品先物取引が証拠金取引であること,すなわち,少ない証拠金でその何倍もの取引ができること,そのために商品先物取引はハイリスク・ハイリターンな取引であることを説明しているのであり,説明義務違反の事実はない。
また,金価格の動向についても,Cは,「戦争が始まれば,過去の例ではほとんどの場合金価格は上昇しています。現在のイラク情勢では戦争が始まる可能性も高く,仮にイラクで戦争が始まれば,金の価格は上昇すると思います。」と言って,今後の金相場の動向を説明した。
原告は,Cの説明を聞いて納得した上で,約諾書と口座設定申込書を差し出しているものである。
2(1) 争点(2)ア(新規委託者保護義務違反)について
ア 原告の主張
(ア) 平成2年商品取引所法改正前は,昭和53年の主務省による「受託業務改善の検討項目」,同年の全国商品取引所連合会の「受託業務の改善に関する協定書」に基づき,新規委託者保護管理規則,取引所指示事項が定められていた(新規委託者保護管理協定による。)。同協定3項では,新規委託者については,一定の保護育成期間(最低3か月)及び受託枚数の管理基準を設けることとし,これに基づくひな形である「新規委託者保護管理規則」でも,4条の新規委託者保護育成期間は3か月としている。
昭和60年9月の受託業務指導基準もⅣにおいて,「新規受託者(新たに取引が開始した受託者につき,3か月を保護育成期間とする)からの売買取引の受託に当たっては,原則としてその建玉枚数が20枚を越えないこと」を定める。平成2年の法改正以後は,新規受託者保護規定は,日本商品取引員協会の自主規制に移行し,平成10年9月以後は,各社が各様の受託業務管理規則を定め,新規委託者保護規定を設けているというのが現状ではあるが,かかる規制の流れからして,新規委託者保護義務は,各取引員に課せられた一般的な注意義務である。被告は,受託業務管理規則(甲8)第9条において,「投機的取引未経験委託者等の取引に係る管理措置」を定め,投機的取引未経験者の習熟期間を3か月とし,その期間内の実質投下資金限度額を500万円又は受託者が口座設定申込書に記入した投下可能資金額の7割相当額のいずれか小さい額と定める。
(イ) 本件では,原告は,被告から,取引開始日の平成14年12月18日にいきなり80枚,取引開始後わずか2日後の同月20日に212枚もの建玉を建てさせられている。平成15年1月16日には,624枚もの建玉をさせられている。また,原告は,被告から,取引開始後2日後の平成14年12月20日の時点で既に1080万円を出捐させられ,平成15年1月20日には2300万円,同月29日には1000万円の金銭を預託させられており,取引終了時までに4480万円の現金を拠出させられた。
イ 被告の主張
(ア) 原告の主張(ア)は認める。
従来は,社団法人全国商品取引所連合会の受託業務指導基準において,新規に取引を開始した委託者の保護育成期間を3か月と定め,同期間内の建玉枚数を原則として20枚を超えないものとしていた。しかし,平成11年4月1日からは,このような制限はなくなり,各社の社内規定に委ねられることになった。かかる制限が無くなったのは,新規委託者の中には取引に習熟している者があることや,20枚という枚数よりも証拠金の金額を制限した方が妥当であることから,こうした制限の必要性が無くなり,各社の社内規定(受託業務管理規則)でこれを定めることにした。
本来,3か月20枚という制限も上記の受託業務指導基準で定められていただけのことであるから,仮に社内の受託業務管理規則に違反したからといって法その他の法令に違反するものではない。
(イ) 原告主張(イ)のうち,平成14年12月18日に80枚,同月20日に212枚の建玉をしたことは認め,平成15年1月16日に624枚の建玉をしたことは否認する。624枚というのは建玉の残額であり,同日建玉したのは176枚である。
また,原告が,証拠金として,平成14年1月20日には2300万円,同月29日には1000万円の金銭を預託し,取引終了時までに4480万円の現金を拠出したことは認め,その余は否認する。
(ウ) 確かに,本件でも,当時の被告の受託業務管理規則では,原則として,新規委託者保護の観点から,当初3か月は委託証拠金を500万円の範囲内に限っている。
しかし,従来から,この制限を超えても,新規受託者の保護を損なわれないと考えられるような場合には,一定の要件のもとで,社内決裁を得た場合には,この制限を超えることは許されており,本件でもこうした社内決裁の手続を経て,原告の承諾のもと取引が行われているのであり,違法とはいえない。
(2) 争点(2)イ(利乗せ満玉)について
ア 原告の主張
(ア) 利乗せ満玉は,取引で発生した利益をすべて証拠金として用いて増玉し,建玉数の拡大を行う手法である。商品取引員は,取引で利益が発生したときは,顧客に対して発生した利益の額を正確に説明し,顧客から返還の要請があればそれに応じなければならず,かかる義務に反する行為は,商品取引員に課せられた誠実公正義務(法136条の17)に反する。
(イ) 被告は上記義務に反して,原告に対して,正確な利益額を説明することなく,損益金勘定にプラスが発生したときに必ず利乗せ満玉を行った。
具体的には,平成14年12月20日に帳尻益金192万6400円全額を証拠金に振り替え,平成15年1月10日に帳尻益金75万6960円全額を証拠金に振り替え,同月23日に帳尻益金294万5920円全額を証拠金に振り替え,それぞれその時点での証拠金勘定の範囲内で可能な限りの建玉を建てさせたが,これらの利乗せ満玉が,原告に帳尻益金額の説明をすることなく,平成14年12月24日ないし25日ころの原告の返金要求を無視した上で行われた。いずれも,損益金勘定がプラスになっている場合にその全額を証拠金に振り替えて満玉しており,平成15年1月23日の利乗せ以後証拠金勘定類型がプラスに転じることが無くなっている。
イ 被告の主張
(ア) 商品取引員が,取引で利益が発生したときは,顧客に対して発生した利益の額を説明し,返還の要請に応じなければならないことは認め,その余は不知。
商品先物取引は投機的な取引である。外務員が一任売買や無断売買でなした取引であればともかく,委託者が建玉を増す手段とし,確定利益金を委託証拠金に振り替えて,次の取引の委託証拠金に充てることは,何ら問題はない。そもそも,委託者は少額の資金で大きな利益を得ようとする目的で商品先物取引を行っているのであるから,「利乗せ」取引は,本来的に合理的な取引手法である。
(イ) 平成14年12月20日に帳尻益金192万6400円を,平成15年1月10日に帳尻益金75万6960円を,同月23日に帳尻益金294万5920円をそれぞれ振り替えていることは認め,その余は否認ないし争う。
(3) 争点(2)ウ(無断・一任売買)について
ア 原告の主張
(ア) 商品取引員が委託者に無断で建玉をすることは,委託者が食い物にされるおそれが強く,委託者の自由な意思が取引に反映されず,公正な価格が形成されたとはいえないので,法136条の18第3号,省令46条3号,受託契約準則24条等で禁止される。
(イ) 被告は,原告に無断で,平成15年1月15日に224枚の売建,翌16日の176枚の売建,同月27日の300枚の買建,同月31日午後から同年2月5日の各取引を行った。
イ 被告の主張
原告主張(ア)は概ね認め,同(イ)は否認する。
(4) 争点(2)エ(無敷・薄敷)について
ア 原告の主張
(ア) 証拠金の全額を徴収しないで建玉させることを無敷,一部を徴収しないで建玉させることを薄敷といい,法97条1項,受託契約準則9条,10条で禁止されている。
(イ) 被告は,原告から証拠金の預託を受けない無敷の状態で,原告に無断で,平成15年1月15日の224枚の売建,翌16日の119枚の売建,同月27日の300枚の買建をそれぞれ行った。
イ 被告の主張
(ア) 同(ア)は否認ないし争う。
法97条1項は「受託者から担保として委託証拠金の預託を受けなければならない」旨規定しているだけであって,証拠金を受けないで取引することを違法としているわけではない。
無敷に関しては,「証拠金は商品取引員に対する担保であり,商品取引員が証拠金を徴収するのは権利であって義務ではないから,証拠金未徴収でも委託契約は有効である。」とするのが最高裁判所が繰り返し判示しているものである(最判昭和42年9月29日,同43年2月20日,同44年10月28日,同49年7月19日,同57年10月16日,同57年11月16日等)。そもそも,無敷や薄敷それ自体で,顧客が損を蒙ることはないのであって,損を蒙るとすれば,商品取引員である。
(イ) 同(イ)は否認ないし争う。
(5) 争点(2)オ(無意味な頻回特定売買)について
ア 原告の主張
(ア) ①「直し,途転,日計,両建,手数料不抜」という特定売買(以下「特定売買」という。)の占める比率が20%以下,②月間回転率が3回以内,③手数料化率10%以下という数値を基準に,手数料稼ぎが目的の違法な特定売買が行われたか否かを検討し,これらの数値のいずれかを超えれば違法というべきである。
(イ) 本件取引では,無意味な頻回特定売買が反復され,その結果,特定売買比率は約64%,手数料化率は約37%,月間回転率は約29回もの高率に及ぶものである。
イ 被告の主張
(ア) 原告主張(ア)は否認ないし争い,同(イ)は争う。
(イ) 原告は,特定売買(直し,途転,日計,両建,不抜)比率が約64%,手数料化率が約37%,月間回転率が約29回であることを理由に違法性を主張している。しかし,原告のいう特定売買比率や手数料化率は,農林水産省の旧チェックシステムや通商産業省のミニマムモニタリングなどを根拠にしていると思われるが,そもそも,そうしたチェックシステムなどが存在したかも疑問があり,少なくとも現在では行政官庁がそうした基準の指導をしていないことは確かである。
こうした算定方法は,どのような取引を特定売買とするのかによって数値が異なるために,あいまいな基準でしかない。
さらに,実質的に考察すれば,特定売買の中にも合理的な取引方法があり,一概に違法でないことは明らかであって,特定売買=違法というのは明らかに誤った議論であり,それを前提とした特定売買比率は,違法性の根拠としてきわめて脆弱なものである。
また,原告の主張する手数料化率についても,その前提が考察されていない。手数料は主務大臣が告示して定めるのであり,商品取引員が手数料を稼ぐこと自体は何ら違法ではない。
さらに,手数料化率の定義自体も問題である。手数料化率は,損金を分母とし,手数料を分子として計算するものであるが,手数料の中には,益金の手数料も含まれているから,それ自体,どのような意味があるのか疑わしい。
3 争点(3)(仕切段階での違法性,返金拒否,返還遅延)について
ア 原告の主張
(ア) 商品取引員は,委託者から委託証拠金の返還請求を受けた場合には,その請求があった日から起算して4営業日内に返還する義務を負っている(受託契約準則11条)。
(イ) にもかかわらず,被告は,平成14年12月24日か25日ころの原告の返金請求を拒否した違法がある。
イ 被告の主張
原告主張(ア)は認め,同(イ)は争う。
4 争点(4)(損害)について
(1) 原告の主張
(ア) 原告は,本件取引において,上記違法行為により,出捐額と返金額の差額である4476万2645円(うち1635万4900円が手数料損)の損害を被った。
(イ) 本件訴訟は,高度に技術的専門的であるから,弁護士への依頼が必要不可欠であるところ,被告の不法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべき弁護士費用は,金450万円が相当である。
(2) 被告の主張
争う。
5 争点(5)(過失相殺)について
原告の主張
本件取引において,被害者である原告は,損害の発生及び拡大に何ら寄与していない以上,過失相殺はすべきではない。
第4当裁判所の判断
1 前記基礎となる事実,証拠等(各項末尾等に掲げる。証拠等を示さないものは当事者間に争いがない。)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。
(1) 原告の身上,経歴,資産等
ア(ア) 原告は,昭和18年○月○日生(本件取引開始当時59歳)で,a高校を卒業後,b社に就職し,以後平成15年3月に同社を定年退職するまで,43年間●●●製造工として勤務してきた給与所得者である。
(イ) 定年前の4年間は事務的な作業も行い,56歳の時点では,約7人の職場の職場長の地位にあった。
(甲32,証人B,原告本人)
イ 原告は,35歳の時に離婚して以降独身で,扶養すべき親族はいなかった(原告本人)。
ウ(ア) 原告は,本件取引当時,年収は500万円以上700万円未満,流動資産は1000万円以上あり,自宅を所有していた(乙2,原告本人)。
(イ) 原告は,本件取引当時,4500万円以上の預金を保有しており,本件取引はすべて上記預金によって行い,本件取引終了時には70万円余りの預金が残った(甲10の1ないし3,甲11の1・2,甲15,原告本人)。
(ウ) また,原告は,b社を退職する際,退職金を受領した(原告本人)。
エ 原告は,被告から本件取引を勧誘されるまで,商品取引,証券取引,金融先物取引等の経験をしたことは全くなく,経済新聞や経済雑誌などを購読したこともなかった(甲32,乙2,原告本人)。
オ 原告は,これまで,携帯電話を保有したことはなく,本件取引の途中での原告と被告従業員間のやりとりは,原告が勤務していたb社か原告の自宅の電話で行われていた。
(2) 本件取引開始の経緯
ア(ア) Bは,平成14年11月13日ころ,出身高校であるa高校の名簿を使って原告に電話をかけ,自分が同校の後輩であることを話したり,商品先物取引の仕組みや商品の動向などをごく簡単に10分程度説明したりした(乙19,証人B)。
(イ) なお,原告は,Bから最初の電話を受けたのは平成14年12月ころであると主張するが,その記憶はあいまいであり(原告本人),他方,被告は,一貫して平成14年11月13日ころと主張し,Bもそのように述べていることからすると(証人B),同日ころ電話したものと認めることができる。
イ Bは,上記電話の終わりかけに,原告に対し,会社案内や金の資料を郵送してもよいか否かを尋ねたところ,原告は送ってもらって構わない旨返事をした。
ウ 原告は,Bから送付されてきた上記資料を開封し,ざっと目を通したが,十分には読まなかった(原告本人)。
エ Bは,その後,1か月ほど,原告に対して一切電話をせず,原告も被告に対して何ら連絡取っていなかったが,平成14年12月18日朝,Bは,原告に電話をして,商品先物取引について詳しく説明するため,原告の自宅を訪問させてほしい旨述べた(甲14,甲32,乙19,証人B,原告本人)。
オ(ア) これに対して,原告が了承したので,Bは,Cとともに,原告に対し金の先物取引の勧誘をするため,同日,午前11時ころから午前12時ころまで,原告の自宅を訪問した(乙15,乙16,乙19,乙20,証人B,同C)。
(イ) 原告の自宅では,主にCが原告に対し,Bが原告に事前に送付していた会社案内等のパンフレット,日本経済新聞の記事,時事通信の金取引の相場表(日足表),金価格のチャート,委託のガイド(乙3の1・2)などを使って,金を例として,商品先物取引の仕組み,取引方法及びリスクについて説明した。
Cは,その際,会社の便箋を8枚程度用いて,追証や両建,途転の図を書き込みながら(乙8参照),原告に対し,商品先物取引の仕組みを説明した。
Cは,原告に対し,証拠金取引と現物取引の違いを説明し,商品先物取引が差金取引であること,少ない証拠金でその何倍もの取引ができるためハイリスク・ハイリターンな取引であることを説明した。
具体的には,売買金額と証拠金の関係について,1グラム1300円の金を1キログラム購入する場合には,1300円の1000倍である130万円の資金が必要であるが,1枚当たりの証拠金6万円で取引ができるとの説明をするとともに,商品先物取引は儲かる取引であるが,損をする場合もあることを説明した。
Cは,また,金の市況について,ちょうどアメリカ軍がイラクに侵攻するかしないかという緊迫した状況であるから,過去の金の値動きからして,経験則上,仮に戦争になると安全資産の金に資金が集まるので金の価格が上昇するであろうという説明をした。
具体的には,Cが,原告に対し,被告の社便箋に,右側方向に日時,上側方向に金の値段の座標軸を記載し,現在金の価格が約1300円であるところ,イラク戦争が始まると1600円まで上昇する旨,右肩上がりのグラフを図示しながら説明した。
(乙3の1・2,乙5ないし乙8,乙17,乙19,乙20,証人B,同C,原告本人)
(ウ) Cは,その後,「お取引を始める前に」と「口座設定申込書」とそれぞれ題する書面が一体となった書面(乙4。以下「説明書兼口座設定申込書」という。)を原告に示しながら,同書面の「予想が外れた場合の売買対処説明」の部分を用いて,決済,追証,難平,両建,途転等の売買対処法を説明した(証人B,同C)。
(エ)a Cは,原告が,上記説明に対し,当初ややこしい取引である旨感想を述べていたので,重ねて説明するなどした。原告は,先物取引の内容について,損失が発生するおそれのある取引であるなど危険性のある取引であることを一応理解したが,原告は,証拠金取引の意味などについて十分理解することはできないまま,同じ高校の後輩であるBの成績向上に役立ちたいとの気持ちもあり,Cに商品先物取引の内容を理解できた旨告げて,先物取引を開始することを承諾し,約諾書(乙1)及び口座設定申込書(乙2。投下可能資金額には,原告が1000万円と記入した。)を作成した。
上記約諾書には,不動文字で,「私は,貴社に対し,商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との記載が,上記口座設定申込書には,「私は,貴社との「口座設定申込書」を提出するに当たり,「委託のガイド」並びに「予想が外れた場合の売買対処説明」についての書面の交付及び説明を受け理解致しましたので,口座設定を申請致します。」との記載がそれぞれあった。
b 約諾書(乙1)は,その下に約諾書(お客様控え)(甲6)が複写式で綴られており,Cは,日付部分は空欄にしておくように原告に指示し,お客様控えを分離した後,約諾書(乙1)の日付欄に,「平成14年12月12日」と記入した。
また,口座設定申込書の日付欄も,その余の部分について原告が記入した後に,Cが「平成14年12月12日」と記入した。
c Cは,初回建玉前の顧客に対しては,通常,1時間半から2時間程度の説明を行っていたが,原告に対しては,30分程度の説明をしたのみであった。
(証人B,同C,原告本人)
(オ) 原告は,Cに対し,金50枚(金の委託証拠金は1枚につき6万円であるので,50枚で300万円となる。)の取引をする旨を述べた。
その後,Cは,原告に対し,原告の免許証のコピーを取る必要がある旨告げ,Cと原告とは一緒に,近くのコンビニエンスストアにコピーを取りに行った。
コピーを取る前に,Cが,Dに対し自らの携帯電話で連絡を取り,金の相場を確認した上で,原告に対し,80枚(委託証拠金480万円)の買い建玉を勧めたところ,原告はこれを承諾した。
(甲32,乙19,乙20,証人B,同C,原告本人)
(カ) 原告は,同日午後1時30分ころ,原告の預金口座から,被告に対して上記取引の委託証拠金480万円を振り込んだ(甲10の1)。
(キ) Cは,同日午後2時30分ころ,被告の大阪支店に戻り,管理部に原告との取引について報告した。管理部の審査は,同日午後2時40分ころ終了し,そのころ,管理部担当者は,原告の自宅に電話をかけ,原告が商品先物取引を行うことの意思確認と,商品先物取引についての注意事項の説明を行った。
(乙20,証人C)
(ク) Cは,同日午後3時30分ころ,原告の委託に基づき,東京工業品取引所にて,金80枚の買い建玉を,成行で注文した(別紙建玉分析表No1の取引。甲1,乙20,証人C)。
カ 平成14年12月18日の経過について,原被告主張の事実のうち,上記認定事実以外の事実及びこれに反する事実は,上記記載の各証拠等に照らし認定することができないが,その主な点については以下のとおりである。
(ア) まず,原告は,Cとの間で,金の価格が300円も上がらなくてもいいから,40円か50円上がったところで,その利益分を原告の口座に振り込む旨の約束をした旨主張し,これに沿う供述もする(甲32,原告本人)。
しかしながら,原告は,金の価格が300円上昇した場合と40円ないし50円上昇した場合の各場合において,原告にどの程度の利益が生じるのかは分からなかったとも供述しているところ(原告本人),具体的な利益の金額が不明であるのに40円ないし50円という具体的金額を指示した上で原告の口座に振り込むように指示すること(原告本人)は不自然であって,上記原告の供述は採用できない。
(イ) 次に,原告は,上記オ(ウ)のような説明を受けたことは記憶がない旨供述する(原告本人)。
しかしながら,原告が,説明書兼口座設定申込書(乙4)の右半分の口座設定申込書に所定事項を記入した上,同書面左半分に記載された説明書部分との境目に割印を施していること(乙2)からすると,その左半分の記載の説明を全く受けていないということは不自然である上,原告本人もCから上記説明を受けたことを明確に否定はしておらず(原告本人),かえってB及びCが説明した旨明言していること(証人B,同C)からすると,上記オ(ウ)のとおりの説明があったものと認めることができる。
(ウ) さらに,原告は,上記オ(キ)に関し,同日,被告へ振込送金後管理部から確認の電話を受けていない旨供述する(原告本人)。
しかしながら,原告は,本人尋問において,同日自宅に戻っていないと述べたり,夕方には自宅に戻ったと述べたりして供述が変遷し,その記憶もあいまいであることに照らすと,管理部から自宅へ確認の電話を受けていない旨の原告本人の供述は信用できない。
(3) 別紙建玉分析表No2ないし8の取引について
ア(ア) 平成14年12月19日,原告が建玉した金は利益が出ていたので,Cは,同日,原告の会社に電話をかけ,利益が出ているので一度仕切って利益を確定させて買い直しをするとともに,さらに証拠金600万円が必要になるが100枚ほど追加することを勧めたところ,原告はこれに同意した(乙20,証人C)。
(イ) 原告は,翌20日午前9時6分,原告の預金口座から上記取引の委託証拠金600万円を被告に振込送金した(甲10の2,証人C,原告本人)。
(ウ) Cは,同日午前9時34分,原告が買い建玉している金80枚を仕切って,同額で同一限月の金80枚を買い建玉するとともに(直し。別紙建玉分析表No2ないし6の取引),仕切った80枚の利益が192万6400円であることを確認した後,この利益分で32枚は建てることが可能であるので,同日午前9時42分,32枚プラス100枚の合計132枚を1344円で買い建玉した(別紙建玉分析表No7,8の取引。32枚分については利乗せ満玉)。
(甲1,甲3,乙20,証人C)。
この時点で,原告の買い玉の建玉は,合計212枚となった。
(エ) 原告は,上記振込送金後,同日,自分が建てた金に利益が出ていることを,Bから教えられた京都新聞の商品取引欄で確認し,同日以降もも同新聞の商品取引欄を時々見るようになった(原告本人)。
イ これに対して原告は,平成14年12月19日に原告の会社に電話をかけてきたのはCではなくBであり,Bからストップ高である旨の電話を受けたと主張し,これに沿った供述もする(甲32,原告本人)。
しかし,被告の部署の分担として,Bは新規受託を専門として取引管理の仕事は行っていなかったのに対し,Cは,新規受託のほか初回の買増し等も行っていたこと(証人B,証人C),前日の原告に対する説明も,BではなくCが専ら行っていたことに加え,原告の記憶が専ら原告が聴き取った声のみに基づくことを併せて考慮すると,同年12月19日に原告に電話をしたのは,BではなくCであるとするのが自然であり,同日,Bから受けた説明,勧誘に関する原告の供述(甲32,原告本人)は採用できない。
(4) 別紙建玉分析表No9ないし17の取引について
Dは,平成15年1月9日午前9時ころ,原告に対し電話をかけ,前回(平成14年12月19日,20日)と同様に,利益が出たらその利益で枚数を増やしていく話をしたところ,原告はこれを承諾したので,翌1月10日13時11分,Dは,金212枚を1360円で仕切って,同値で212枚を買い建玉し(直し。別紙建玉分析表No9ないし16の取引),仕切った際の利益(75万6960円)を確認した後,あと12枚を買い建てることが可能であると確認して,この利益金を証拠金に振り替え,同日13時26分,金12枚を1358円で買い建てた(別紙建玉分析表No17の取引。利乗せ満玉。)
(甲1,甲3,乙12,乙21,証人D)。
この時点で,原告の買い建玉は,合計224枚となった。
(5) 別紙建玉分析表No18の取引について
ア(ア) 金(平成15年10月限)は,平成15年1月10日(金)には,1361円まで値を上げていたが,週明けの同月14日((火),13日は祝日)には,1348円で取引が始まった(乙18)。
(イ) そこで,Dは,同年1月15日午前8時40分ころ,原告に電話をかけ,金は基調的には上昇相場であるが,いったん1348円まで下がってしまうと,非常に中期的,短期的にその相場が読みにくくなっていることから,値段が逆に動いた場合の対処法の話をした。
Dは,いくつかある上記の対処法の中で,両建がリスクが少なくベターであること,しかし,両建の場合,新たな証拠金が必要であることを説明したところ,原告は両建の方法を承諾した。
そこで,Dは,同日午前9時10分,平成15年12月限の金224枚を1337円で売り建て,この時点で,原告は,売り・買いとも金224枚の両建の状態となった。
なお,上記224枚の売建は,証拠金のない無敷の状態で行われていた。
(甲3,甲4,乙12,乙21,証人D,原告本人)
イ これに対して,原告は,同日,Dから,「マイナスが出ました。金額は2400万円です。支払って下さい。」と電話がかかってきた旨主張し,原告もこれに沿う供述をする(甲32,原告本人)。
しかしながら,Dはかかる発言の事実を否定している上に(証人D),この時点で,原告に2400万円の損が生じているわけではなく,また,同日行われた金224枚の売建に必要な証拠金は1344万であることからして,これら客観的取引経過とも異なる発言をDが行ったとする原告の上記供述は採用できない。
(6) 別紙建玉分析表No19,20の取引について
ア 原告は,平成15年1月16日午前10時23分ころ,原告の預金口座から100万円を被告の預金口座に振り込んだ(甲10の3)。
イ 原告は,同日14時30分ころ,Dに電話をかけた。
Dは,その際,原告に対し,金の相場が下げ基調になっている旨の自己の相場観を述べた上で,現在,売りと買いが同じ枚数建っているところ,売りの比率を増やしていった方がいいと述べた。
原告は,これを承諾し,その後金額の話をする中で,224枚に176枚(平成15年12月限)を追加して合計400枚を売り建玉する話が原告とDとの間でまとまった。
(乙12,乙21,証人D)
ウ Dは,同日15時15分,金119枚を1330円で売り建て,その後様子を見ていたが値が上がらなかったので,同日15時31分,金57枚を1329円で売り建てた(甲3,乙21)。
これらの取引は,証拠金のない無敷の状態で行われた(甲4)。
この時点で,原告の金の建玉は,買いが224枚,売りが400枚の状態であった。
エ 原告は,イの話で出た400枚の証拠金(2400万円)のうち,平成15年1月16日に振り込んだ100万円の残りの2300万円を,同月20日,会社の年休をとって,c信用金庫の定期預金口座を解約し,被告の預金口座に振込送金した(甲11の1,甲14,甲32,原告本人)。
(7) 別紙建玉分析表No21ないし32の取引について
ア 原告は,平成15年1月21日午前11時10分ころ,Dに電話をしたところ,Dは,原告に対して市況説明を行った(乙12,乙21,証人D)。
イ 金の値は,Dの予想とおり,同年1月16日には1328円まで下がっていたが,そこから再び値を上げ始め,同年1月22日には1368円まで値を上げていた(乙11,乙21)。
ウ そこで,Dは,同月23日午前9時20分ころから35分ころまでの間,原告に電話をし,金の相場動向からして,再び金の値段を下げる旨の自らの相場観を述べた上で,原告と今後の対処の方法について相談した。
その結果,新たに証拠金を拠出するのではなく,買い建玉224枚を仕切って,利益を出した上で,新たに49枚を売建てすることで話がまとまり,Dはそのとおり,金224枚の買い建玉を仕切り(別紙建玉分析表No21ないし24,27,30,31の取引),利益金294万5920円全額を証拠金に振り替え,金49枚の売り建玉(別紙建玉分析表No25,26,28,29,32の取引)を行った(利乗せ満玉,途転)。(甲1,甲3,乙12,乙21)。
この時点で,原告の建玉は,売りのみ449枚の状態であった。
(8) 別紙建玉分析表No33ないし40の取引について
ア ところが,Dの予想とは逆に金の値は平成15年1月23日,1394円まで上昇し,翌24日も金は1373円にまでしか下がらず,結果的にDの相場観は外れることになった。
イ そこで,Dは,原告は同年1月24日,原告に電話し,改めて金の市況説明と,1400円まで金が上がればこれは新たな相場に入ったと思われるので,そうなれば売りを何枚か仕切って,買いを建てた方がよいとの自らの相場観を述べるとともに,結果的に自己のアドバイスが外れたことを謝った。
(以上ア,イについて,乙11,乙21,証人D)
ウ 平成15年1月27日,金の初値(平成15年12月限)は,1400円であったので,Eは,午後3時20分ころ,原告に電話して,現在449枚の売建てのみの状態であるところ,売りと買いの建玉数を合わせて安全策をとっていくこと,すなわち,建てている売り建玉を149枚仕切って,買玉を300枚建てることを勧めたところ,原告の承諾が得られた。
そこで,Eは,同日午後3時30分ころ,売玉を149枚仕切り(別紙建玉分析表No33ないし35,No37ないし40の各取引),買玉を300枚建てた(別紙建玉分析表No36の取引)(途転)。Eは,同日午後4時10分ころ電話をかけてきた原告に対し,取引成立値段の報告をした。
上記300枚の買建は,証拠金のない無敷の状態で行われた(甲4,証人E)。
この時点で,原告の建て玉は,売り・買いとも300枚の状態であった(両建)。
(甲3,甲4,乙11,乙13,乙22,証人E)。
(9) 別紙建玉分析表No41ないし53の取引について
ア Eは,平成15年1月28日午前10時50分ころ,原告に電話をかけ,朝からの金の値段の動きやこれからの予想等の市況説明を行った。また,翌29日にも,午前10時50分ころ,午後2時10分ころ及び午後4時ころの3回,電話で,原告に対し市況説明を行った(乙13,証人E)。
イ Eは,原告から2300万円の支払を受ける必要がある旨Dから引き継ぎを受けており,平成15年1月27日ころ,原告に対して,同額を振り込むように要求したので,原告は,同月29日,定期預金解約のため仕事を休み,c信用金庫の定期預金を解約し,委託証拠金1000万円を被告の預金口座に振り込んだ(甲11の2,甲14,甲16,甲32,証人E,原告本人)。
ウ(ア) Eは,平成15年1月31日午後1時48分ころ,原告に電話をかけ,金の値段が1425円になったのは,平成10年来の高水準であること,これからどのような展開になるかは被告らにも予想困難であることを述べた上で,「現在金の値段が1416円前後であるので,いったん売りも買いも何枚か仕切って建て玉の枚数を減らす。それで,1420円を超えるようであれば天井であると思うので,その時に買いを何枚か仕切り,売りを何枚か建てる。しかし,その後,さらに急騰した場合には,すべて仕切っていく。」という相場観と取引手法を述べたところ,原告は,これを承諾し,Eに任せる旨述べた。
(イ) また,Eは,上記電話の最後に,枚数は証拠金の範囲内で日計りで灯油の取引を行うこと,日計りは利益が出ることも損が出ることもありうることを話をしたところ,原告は,利益が出るならやっていいという話をした。
(乙11,乙13,乙22,証人E)
エ そこで,Eは,同日午後2時3分に,売り建玉159枚を仕切り,すぐ買い建玉190枚を1417円と1416円で仕切った。しかし,さらに,金の値段が1421円まで上昇したので,午後3時20分に買い建玉50枚を1421円で,午後3時30分に買い建玉35枚を1425円でそれぞれ仕切った。
また,別紙建玉分析表のとおり,同日午後3時13分から午後3時30分にかけて,金80枚を1421円で,36枚を1425枚でそれぞれ売り建てた(別紙建玉分析表No42の159枚の売り建玉の仕切りと,No47,48,51,52の合計116枚の売り建玉が減玉直し。上記50枚及び35枚の買い建玉(別紙建玉分析表No49,50,53の取引)と上記116枚の売り建玉が途転)。
(甲3,乙22,証人E)。
(10) 別紙建玉分析表No54ないし62の取引について
ア 金の値段は,平成15年2月3日,1441円の高値をつけ,翌4日には,1461円の高値をつけていた。
イ そこで,Eは,同年2月3日,金の買い建玉5枚を1435円で,金の買い建玉4枚を1437円でそれぞれ仕切った。
また,Eは,翌4日,金の買い建玉5枚を1448円で,11枚を1450円でそれぞれ仕切り,金の売り建玉45枚を1449円で,11枚を1450円でそれぞれ仕切った。
(甲3,甲29の1・2,乙22)
(11) 別紙建玉分析表No63ないし85の取引について
ア 平成15年2月5日,金の始値は,1466円まで急騰していた。
イ そこで,Eは,同日午前9時30分に金99枚を1475円で,午前9時31分に金5枚を1477円で,午前10時25分に金33枚を1479円で,午前11時1分に金15枚を1482円でそれぞれ売り建玉し,いずれも日計りで仕切っていった。
また,Eは,同日午前9時31分,追証回避のため売り建玉198枚を仕切り,また,金5枚を1478円で買い建玉した。
上記午前9時31分の合計198枚の売り建玉の仕切り(別紙建玉分析表No66ないし71の取引)と上記午前9時30分の合計104枚の売り建玉は,同一限月(平成15年12月限)の金の取引の減玉直しであり,金5枚の買い建玉(別紙建玉分析表No65の取引)は途転である。
ウ Eは,同日,灯油についても31枚売り建玉し,いずれも日計りで仕切っていった。
エ Eは,同日午後5時ころ,1月31日以来の電話を原告にかけ,日計りの結果報告とともに,損切りの話をした。
(甲3,乙11,乙14,乙22,証人E)
(12) 別紙建玉分析表No86ないし89の取引について
Eは,平成15年2月7日から同月20日にかけて,原告の残りの建玉を売り買いともすべて仕切り,同日をもって原告との先物取引を終了させた。
(13) なお,本件取引における各売買については,その都度,委託売付・買付報告書及び計算書(以下「売買報告書」という。)が,それぞれ,原告あてに送付されていた(乙26の1ないし14)。
原告は,これに対して,平成14年12月20日付け売買報告書(甲35,乙26の2。別紙建玉分析表No2ないし6の80枚の買い建玉の直しの分)についてのみ残高照合回答書を被告に返送した(乙9)。
(14) 以上の事実を認定することができ,これに反する原告本人,各証人らの陳述書の記載,供述,各証言等のうち上記認定に反する部分は,上記認定に供した各証拠に照らし採用することはできず,他に上記認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
2 争点(1)(本件取引勧誘段階での不法行為の存否)について
(1) 争点(1)ア(無差別電話勧誘)について
ア 省令46条5号ないし7号及び受託等業務に関する規則5条1項2号は,委託をしない旨の意思を表示した者に対する勧誘(執拗な勧誘),顧客に迷惑を覚えさせるような時間に行う勧誘その他の迷感を覚えさせるような仕方での勧誘(迷惑勧誘),及び,自己の商号及び商品市場における取引の勧誘である旨を告げないで勧誘すること(誤認勧誘)を禁止しているところ,上記省令等は,無差別の電話,訪問,ダイレクトメール等での勧誘そのものを禁止するものではなく,これらの勧誘が上記態様である場合に初めて違法になるものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると,平成14年11月13日ころのBの原告に対する電話での勧誘は,原告の出身高校の名簿を使って電話をしたもので,無差別での電話勧誘であるが,通話時間が10分程度であり,その内容も,原告の後輩であると名乗り,金の商品先物取引の内容を説明したほか,会社案内等のパンフレットを送付することの承諾を求めたというもので,原告の承諾を得た上でパンフレットを送付することになっていること,電話をかけた時間帯も日中で深夜等迷惑な時間帯ではないと推認されること,平成14年12月18日の被告従業員らの原告宅往訪についても原告は特に拒絶していないこと等の事情を総合考慮すると,法令等で禁止される執拗,迷惑,誤認勧誘とはいえず,違法とはいえない。
ウ よって,無差別電話勧誘の点は不法行為を構成しない。
(2) 争点(1)イ(適合性原則違反)について
ア 法136条の25第1項4号は,商品市場における取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護を欠けることとなっており,又は欠けることとなるおそれがある場合に,主務大臣が,当該商品取引員に対し改善命令や取引停止処分ができると定め,受託等業務に関する規則5条1項1号は,知識,経験及び財産の状況に照らして商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘することを禁止している。
また,被告は,受託業務管理規則3条において,余裕資金を持たない者等一定の者に対しては,商品先物取引の勧誘及び受託を行わないものとしている(甲8)。
ところで,上記各規定の趣旨は,商品先物取引が,少額の委託証拠金によって多額の取引を行うことができる投機性の高い取引であって,わずかの値動きによって多額の差損益を生じ,短期間のうちに預託した委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生することも少なくなく,しかも,その商品先物取引市場における相場は,需要と供給のバランスのみならず,政治,経済,為替相場等に複雑な要因で変動するという極めてリスクの高い取引であることを考慮し,商品先物取引を行うために必要な判断能力,資金能力等から,客観的,類型的に,上記のような取引に参入する適格性を有しない者(不適格者)が商品先物取引に参入することを防止し,もって,不適格者が損失を被ることを未然に防止しようとする趣旨に基づくものと解される。
とすると,商品取引員及びその被用者が,顧客に対して商品先物取引の委託を勧誘するに当たって,当該顧客が商品先物取引を行うために必要な判断能力及び資金力を備えないと認められる場合は,当該顧客に対して商品先物取引の委託を勧誘してはならない注意義務を負うというべきであり,上記注意義務に違反した場合には,違法性を帯びるものというべきである。
イ(ア) これを本件についてみると,原告は,普通高校卒業後,取引時まで工員として勤務してきた給与所得者であり,本件取引開始当時,商品先物取引や証券取引等の経験が全くなかったものであることが認められる。
(イ)a しかしながら,他方,原告は,本件取引開始当時,59歳の男性であり,b社に40数年勤務し,職場長という立場にあって,通常の社会人としての理解,判断能力を有していたと考えられる。
これに加えて,原告は,Cの説明を受けて,商品先物取引が損失の発生するおそれのある危険性のある取引であること等は一応理解した上で約諾書及び口座設定申込書を作成提出していること,Bからの説明を受けて,京都新聞の商品取引欄において,自らが建玉した金に利益が出ていることを確認し,その後も同欄を時々確認していたこと等も併せて考慮すると,原告は,商品先物取引を始めるに当たり必要な理解,判断能力を有していたものと認めることができる。
b また,原告は,本件取引当時年額500万円ないし700万円程度の収入を得,独身で扶養すべき親族もなく,その収入はすべて原告のみで使用できていたこと,借入れを行うことなく本件取引に総額4500万円を投資する程度の預金を有していたほか,不動産を所有していたこと,上記預金は老後の生活資金の予定ではあったが,本件取引終了時にも70万円ほどの預金が残り,一部上場企業で43年間勤めた後定年退職していることから相当程度の退職金を受領していると考えられること等を考慮すると,原告は資産的に余裕がなかったものとはいえない。
確かに,原告の有する上記預金は,投機取引に充てるにふさわしい預金というよりも老後に備えての蓄えというべき性格をうかがうことができるが,その資産状態に適合する範囲での商品先物取引ですらおよそ行うことができないとまでは言い難い。
(ウ) これに対して,原告は,仕事が忙しく時間的余裕がなかったことや,原告が携帯電話を保有していなかったことから必要な情報収集をできなかったことを適合性の原則違反の問題にすべきと主張する。
確かに,原告は仕事が忙しい状況にはあったものの,被告の従業員らが会社に電話をかけたときには,すぐに電話に出て又は直ちに折り返す等して被告従業員らから市況説明や取引の説明等を受けていたこと(甲32,原告本人)等からすると,先物取引に対応できないほど仕事に忙殺されていたとまでは認めることはできない。
また,情報収集の点についても,前記認定のとおり,DやEが原告に電話をし,また,原告からもD,Eに対して電話をするなどして,原告は,被告従業員らから適宜市況や取引の説明等を受けるとともに,原告自身も京都新聞の商品取引欄を確認するなどしていたことも併せ考慮すると,携帯電話を保有していなかったことをもって,直ちに,原告に情報収集能力がなく,適合性原則にいう不適格者に当たるとまではいえない。
(エ) なお,原告が,本件取引の中で,商品先物取引の内容を十分理解していなかったことは前記認定のとおりであるが,それは,主として原告の理解,判断能力に応じた被告従業員らの説明の不足によるものであると考えられ,後記のとおり説明義務違反の余地はあるとしても,適合性原則における理解,判断能力についての前記判断を覆すものではない。
ウ 以上によれば,原告は,商品先物取引を行うために必要な判断能力及び資金力を備えていたといえ,B及びCが,原告に対して,商品先物取引の勧誘をしたことが,適合性原則違反として違法ということはできない。
(3) 争点(1)ウ(断定的判断の提供)について
ア 先物取引は,前記(2)アのとおり,極めて投機性の高い危険な取引であり,また,取引価格は,政治的動向,為替の変動,投資家の思惑等多様な要素が複雑に絡み合って形成されるものであるから,「必ず上がる」という取引勧誘は虚偽の勧誘であり,このような断定的な取引の勧誘は,先物取引の本質に反し,法136条の18第1号,省令46条8号で禁止されているところ,このような法の趣旨に照らすと,商品取引員ないしその被用者が,このように顧客に対する断定的判断により勧誘を行うことは違法と解するのが相当である。
イ(ア) これを本件についてみると,Cは,平成14年12月18日,原告に対し,「イラク戦争になれば金の価格は1600円まで上がる」旨説明していること,戦争の発生と金の価格高騰自体に因果関係を直ちに認めることがでないこと(証人B)をそれぞれ認めることができ,これらによれば,Cは,同日,原告に対して断定的判断の提供を行ったようにも思われる。
(イ) しかしながら,過去の金の相場からして,戦争が間近の状態においては,安全資産である金の購入が集中し金の価格が上昇することは,いわゆる「有事の金買い」として経験則に基づく一定の合理性のある説明であること(乙5,証人B,同C,同E),実際,いわゆるイラク戦争は平成15年3月20日に勃発しているところ(公知の事実),平成14年12月中旬から平成15年2月初めにかけて金の価格は上昇基調にあったこと(甲29の1・2,乙17,乙18)を考慮すると,イラク戦争になれば1600円まで上昇するとのCの説明は必ずしも合理的根拠に基づかない虚偽の説明とまではいえない。
また,Cは,平成14年12月18日,原告に対し,商品先物取引が,ハイリスクハイリターンの取引であり,金の価格が下がって損をする取引であること等の説明を行い,その点について原告も了解していること,原告自身も,金の価格は40円ないし50円程度上昇すれば足りると考えており(原告本人),1600円まで上昇すると信じていたわけではないと考えられること等を考慮すると,同日のCの勧誘は,原告に,金の価格が必ず1600円まで上昇するとの誤解を生じさせるものとまではいえない。
ウ そして,他に,Cの説明が断定的判断の提供であると認めるに足りる証拠はなく,Cの上記勧誘が,断定的判断の提供による違法性を有するものとは認められない。
(4) 争点(1)エ(新規受託者の熟慮期間確保義務違反)について
ア 被告の受託業務管理規則(甲8)第7条には,約諾書を差し入れた日を含む3日間を新規委託者の熟慮期間として,その期間を経過しなければ,新規委託注文を受託できないと定められていることは当事者間に争いがないところ,かかる規則が定められた趣旨は,前記のとおり先物取引が投機性の高い極めて危険性のある取引であることに照らし,顧客が約諾書を差し入れてすぐに取引を開始したい場合であっても,なお,顧客に取引を開始するか否かを熟慮させることが望ましいとの趣旨に基づくものと解される。このような趣旨からすれば,顧客の意向如何にかかわらず,被告の被用者とすれば,上記規則の熟慮期間を遵守すべきである。
イ(ア) これを本件についてみると,原告が約諾書を差し入れた平成14年12月18日に,被告が新規委託注文を行ったことは前記認定事実のとおりであり,被告は,3日間の熟慮期間をおかず,上記規則に違反している。
(イ) これに対して,被告は,原告のように明確に取引の意思表示をしている者に対しては,上記規定を形式的に適用して,3日間の熟慮期間をおく必要はない旨主張し,Cは,原告が,即日取引を開始したい旨述べたので,原告とCとの間で約諾書は空欄にしておく旨の合意ができた旨証言する。
しかしながら,Cと同席したBは,そのような合意ができた記憶がない旨証言していること(証人B),仮にCから原告に対して熟慮期間の説明があった上で日付を空白にする旨の合意ができていたというのであれば,「お客様控え」(甲6)にも日付を遡らせた日付を記入すれば足りるところこれをせず,「会社控え」(乙1)のみ日付を遡らせていること(証人B)を併せて考えると,原告が即日取引を開始したいから原告とCとの間で約諾書を空欄にする旨の合意ができた旨の前記Cの証言は採用できない。
(ウ) なお,受託業務管理規則7条ただし書は,上記規則の例外として,「ただし,来店してきた者あるいは商品先物取引又は証券・金融・債権等の信用取引,先物取引の経験がある者により,期間短縮に係る本人直筆の依頼書あるいは売買報告書等の写しの差入れがあり,管理責任者が認めた場合,熟慮期間を経ずに新規委託注文を受託することができるものとする。」と定めている(甲8)。
前記のとおり,Cが,わざわざ,約諾書の日付を遡らせていることからも,熟慮期間を3日間おく必要があることは,被告従業員らが遵守すべきものと認識しているところであり,また,上記アの趣旨からすれば,上記規則の例外は厳格に解すべきであって,平成14年12月18日の原告に対する勧誘は原告が被告支店へ来店した場合ではなく,原告が商品先物等の経験がある者でもないことからすると,上記規則の例外にも該当しないと認められる。
(エ) また,被告は,他の先物取引業者は,このような規定をおいていないから違法でない旨も主張するが,他の業者の規定の有無が前記判断を左右するものではない。
ウ 以上によれば,Cが,平成14年12月18日に行った,本件取引の新規委託の注文は,新規委託者の熟慮期間確保義務違反に該当する。
(5) 争点(1)オ(説明義務違反)について
ア 商品先物取引は,自己責任が原則であるが,前記のとおり,同取引は極めてリスクの高い取引であることに加えて,商品取引員は,商品先物取引の受託業務を独占し,一般消費者が商品先物取引をするためには,商品取引員に取引を委託するほかないこと(法77条,126条参照),顧客は,商品先物取引に関して専門的な知見を有する商品取引員を信頼して取引を委託していることなどを考慮すると,商品取引員及びその被用者は,顧客に対して商品先物取引の委託を勧誘するに当たっては,商品先物取引の仕組みや危険性に関する十分な情報を提供し,顧客がこれについての的確な理解を形成した上で,その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託することができるように配慮する信義則上の義務を負っているというべきであり,かかる義務に違反した場合には,違法性を帯びると解するのが相当である。
イ(ア) これを本件についてみると,前記認定(1(2)オ)のとおり,B及びCは,本件取引を開始するに当たって,原告に対し,委託のガイド,金価格のチャート,新聞記事等を交付し,あるいは社便箋に図示するなどして,商品先物取引がハイリスクハイリターンな取引であることや,予想が外れた場合の対処説明等に関して一通りの説明をしたこと,原告は,平成14年12月18日,被告に対し,前記1(2)オ(エ)aの記載がある約諾書及び口座設定申込書を提出したこと,及び,原告は,商品先物取引に危険性があることについて一応の理解を得ていたことをそれぞれ認めることができる。
(イ) しかし,Cの平成14年12月18日の原告に対する取引説明時間は30分程度であり,原告が,その内容を十分理解していないのに理解していた旨の空返事を行っていたとの点を考慮しても,通常の説明時間(1時間半ないし2時間)よりもかなり少ない上に,原告は,これまで商品先物取引の経験が全くなく,上記Cの説明では証拠金制度等商品先物取引の基本的な仕組みについて実際には十分には理解していなかったものであって,後記3(5)のとおり,原告が,経済的合理性の認められない直しや両建を行っていることは,商品先物取引の仕組みについて的確な理解を形成していなかったことの裏付けといえる。
(ウ) そして,他に,上記認定を覆し,原告が,商品先物取引の仕組みについて,その自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託するか否かを決することができる程度の理解を得ていたと認めるに足りる証拠はないから,B及びCが,原告に対し説明義務を十分に履行しなかった点に違法性が認められる。
(6) 以上により,本件取引の勧誘段階においては,新規受託者の熟慮期間確保義務違反の事実(争点(1)エ)が認められ,説明義務(争点(1)オ)については,被告従業員らの違法行為が認められる
3 争点(2)(取引の継続段階での不法行為の存否)について
(1) 争点(2)ア(新規委託者保護義務違反)について
ア 従来,社団法人全国商品取引所連合会の受託業務指導基準において,新規に取引を開始した委託者の保護育成期間を3か月と定め,同期間内の建玉枚数を原則として20枚を超えないものと定めていたが,その後,このような制限は無くなり,各社の社内規定に委ねられるようになり,被告は,本件取引当時,その受託業務管理規則(甲8)第9条において,商品先物取引等投機的取引未経験者の習熟期間を3か月とし,その期間内の実質投下資金限度額を500万円又は委託者が口座設定申込書に記入した投下可能資金額の7割相当の額のいずれか小さい額と定めていた(争いがない)。
そして,このような新規委託者保護義務により,取引未経験者の保護を図っている趣旨は,商品先物取引の投機性,複雑性に加え,未経験者にとっては,相場観等の判断が困難であることなどの事情から,未熟者に大量の取引をさせ万一損失が生じた場合には,損失額が多額になり,未熟者にあってはこれを取り返そうとする余り,深みにはまる事例がしばしば生ずるところから,こうした事態を回避し,商品先物取引の投機性,危険性を理解させ,自己責任原則が適用できる基盤を確保するためであると理解される。
このような趣旨からすると,商品取引員及びその被用者は,少なくとも,期間,枚数,資金等を上記規則の趣旨に沿って新規の委託者を保護すべき一般的注意義務があり,これに違反した場合には違法性を帯びると解するのが相当である。
イ(ア) これを本件についてみると,前記認定のとおり,B及びCは,原告が約諾書を差し入れた平成14年12月18日(取引開始日),原告に対して480万円を預託するように請求し,同日,東京工業品取引所において金80枚を買い建て,3か月で20枚以上の建玉をすること禁じた従来の新規委託者保護義務に反する行為を行っている。
(イ) また,Cは,取引開始日2日後の同月20日には,原告に対し,600万円を預託させ,預託金総額の1080万円及び帳尻からの利乗せ分192万6400円をすべて使って,建玉を合計212枚まで膨らませており,3か月の習熟期間について,投下資金の限度額を「500万円または口座設定申込書記載の投下資金可能額の7割相当額の何れかの小さい額」(本件では500万円)とする受託業務管理規則に反する行為を行っている。
(ウ) さらに,Dは,Cから原告の取引を引き継いだ時点で既に新規委託者保護義務に違反していることを認識し,取引を縮小すべき委託者であることを認識しながら(証人D),平成15年1月15日朝の時点で既に224枚の買い建玉(必要証拠金1344万円)を有していた原告に,同数の売り建玉を建てる両建(必要証拠金2688万円)を行わせ,さらに,翌16日には,追加の売り建玉を176枚建てさせており,上記規則を大幅に逸脱している。
(エ) そして,原告に,平成15年1月16日には100万円,同月20日には2300万円,同月29日は1000万円を預託させ,本件取引終了時まで,合計4480万円を出捐させたもので,上記規則を大幅に逸脱していることが明らかである。
ウ これに対して,被告は,一定の要件のもとで,社内決裁を得た場合には,この制限を超えることも許されており,本件でもこの社内決裁の手続を経ているから違法ではないとし,Eも同旨の証言をするが(証人E),被告の規定にはそのような例外規定はない上(甲8),C及びDは,同規則に違反する旨証言していることからして,上記Eの証言は採用できない(また,前記アの趣旨からすると,この例外は安易に認めるべきではなく,厳格に解するべきであり,この点からも被告の主張は採用できない。)。
エ 以上により,上記イ(ア)ないし(エ)の被告従業員らの行為は,新規委託者保護義務違反として違法である。
(2) 争点(2)イ(利乗せ満玉)について
原告は,利乗せ満玉が違法であると主張し,本件取引では,前記認定のとおり,平成14年12月20日,平成15年1月10日,同月23日に利益金全額を証拠金に振り替えて建玉するという利乗せ満玉が認められる。
しかしながら,受託者が利益金を証拠金に振り替える利乗せは,それだけでは委託者に損害が発生するものではないから,直ちに委託者である原告との関係で不法行為を構成するとはいえない。
なお,原告は,被告との間で利益金の返金約束があった旨主張するが,前記1(2)カ(ア)で検討したとおり,そのような返金約束があったと認めるに足りる証拠はない。
(3) 争点(2)ウ(無断・一任売買)について
ア 商品取引員が委託者に無断で建玉をすることは,委託者の自由な意思が反映されず,公正な価格が形成されたとはいえないことから,法136条の18第3号,省令46条3号,受託契約準則24条等で禁止され,これに違反した場合には,違法と解するのが相当である。
以下,原告主張の取引について無断取引・一任売買の有無を検討する。
イ 平成15年1月15日の224枚の金の売り建玉(両建)について
(ア) 同日の取引について,Dが原告の承諾を得て行っていることは前記認定(1(5))のとおりである。
(イ)a この点,原告は,同日,Dからは2400万円の支払の請求を受けたのみで,売買の連絡は一切なかった旨(無断売買)主張し,同旨の供述もする(原告本人)。
しかしながら,Dの平成15年1月15日の管理者日誌(乙12の3枚目。なお,乙12の3枚目「平成14年1月15日」とあるが,1枚目は「自 平成15年1月6日」とあり,3枚目の「平成14年」は「平成15年」の誤記である。証人D)には,午前8時40分に原告から金224枚の売建て受けるとの記載があり,原告自身も,Dとの電話の中で両建という言葉が出たこと自体は認めているところ(原告本人),Dが原告に電話した30分後の午前9時10分には,上記日誌及び原告本人の記憶に沿う,224枚の売建(両建)の取引がなされていることを考慮すると,Dから,同日売買(224枚の売建(両建))の連絡がなかったとの前記原告の供述は採用できない。
b さらに,原告は,あえて追加資金を投入して必要性も緊急性もない予防的な両建を行うことを承諾するはずがなく,Dが取引額を拡大するために行った取引である旨も主張するが,前記1(5)の認定に供した証拠及び原告が同日の売買報告書を受領しながら(乙26の4,弁論の全趣旨),何ら無断売買である旨の異議を被告に述べずに取引を継続したことに照らすと,原告主張の上記事情は,争点(2)オの無意味な頻回特定売買や争点(1)オの説明義務違反を推認する余地があることは格別,原告の承諾がなかったことを推認させることはできない。
(ウ) そして,同日の取引について,無断で行われたことを認めるに足りる証拠は他にない。
ウ 平成15年1月16日の金176枚の売り建玉について
(ア) 同日の取引について,Dが原告の承諾を得て行っていることは前記認定(1(6)イ)のとおりである。
(イ) この点,原告は,Dから売買の説明を受けていない旨の無断売買の主張をし,同旨の供述もする(原告本人)。
しかしながら,Dの平成15年1月16日の管理者日誌(乙12の4枚目)には,午後2時30分に原告から電話があり,金176枚の売建を受ける旨の記載があること,実際,その電話の直後の午後3時15分及び午後3時31分に合計176枚が売り建玉されていること,本件において2400万円の数的根拠としては金の400枚の証拠金(6万円×400枚)しか考え難いところ,原告が224枚プラス176枚の400枚の建玉の証拠金であるとの説明を受けずに2400万円もの大金を拠出をすることは不自然であること,原告は,同日の取引について売買報告書の送付を受けているが(乙26の5,弁論の全趣旨)何ら無断売買である旨の異議を被告に述べずに取引を継続したこと等の諸事情を考慮すると,原告がDから176枚の売り建玉の説明を受けていなかったとの前記原告の供述は採用できない。
(ウ) なお,平成15年1月16日の取引に関し,Dは,同日午後2時30分の電話において,原告から2400万円の証拠金を用意できる旨の発言があり,2400万円の証拠金で,前日の224枚プラス176枚の売り建玉を行った旨供述するが(乙21),原告からは同日10時23分の時点で既に100万円の振込があり,その後に同月20日に2300万円の振込があるのであって,上記午後2時30分の電話の時点で原告が2400万円用意できるとの旨発言したとのD供述は不自然であり,上記Dの供述は信用できない旨原告は主張する。
しかしながら,他方,Dは,平成15年1月15日の時点で一部金として100万円の支払を求めた旨証言しているところ(証人D),原告はDから要求がないのに証拠金の100万円を支払う根拠はないと考えられることからすると,Dは,同日時点で,224枚の証拠金1344万円をすぐに準備できないのであれば,100万円を支払うよう原告に要求し,翌日午前中に原告は同額を被告に支払ったとの事実経過を推認することができる。
したがって,Dの前記供述部分は信用できないとしても,他のDの証言及び関係証拠に照らすと,上記事実経過を推認できるのであり,原告の承諾を得て取引を行ったとの前記認定を覆すものではない。
(エ) そして,同日の取引について,原告に無断で行われたと認めるに足りる証拠は他にない。
エ 平成15年1月27日の金300枚の買い建玉について
(ア) 同日の取引について,Eが原告の承諾を得て行っていることは前記認定(1(8))のとおりである。
(イ) これに対して,原告は,Eから売買の説明を受けていない旨の主張し(無断売買),同旨の供述もする(原告本人)。
しかしながら,同日Eから電話を受けたことは原告も認めているところ,その電話に関するEの平成15年1月27日の管理者日誌(乙13の2枚目。なお,「平成14年1月27日」は,「平成15年1月27日」の誤記である。乙22)には,午後3時20分に原告に電話をし,金149枚買落,金300枚の買建との記載があること,実際,その電話の直後の午後3時30分ころ同記載とおりの建玉の取引がなされていること,原告は,同日の取引内容について,同日午後4時10分,Eから報告を受けるともに,後日,売買報告書の送付を受けているが(乙26の7,弁論の全趣旨),何ら無断売買である旨の異議を被告に述べずに取引を継続したこと等の諸事情を考慮すると,Eから300枚の買い建玉の内容について説明を受けていない旨の前記原告の供述は採用できない。
(ウ) なお,原告は,Eが,枚数を軽減させる目的であると説明しながら(証人E),実際は,総建玉枚数を449枚(売り建玉449枚)から,600枚(売り・買い各建玉300枚ずつ)に増加しており(甲3)に,客観的取引と食い違っていることからして原告の承諾は得られていない旨主張する。
しかしながら,Eは,同日,原告に対し,安全策をとって買い・売りが300枚ずつに合うようにすることも説明しているのであり,また,買い玉の枚数は軽減していることからして,Eの説明が客観的取引と違いが生じているから原告の承諾が得られていない旨の原告の主張は採用できない。
(エ) また,原告は,同日の取引は無意味な取引であり,原告から少しでも多額の資金を拠出させるためにEが勧誘した旨も主張するが,かかる主張は,争点(2)オの無意味な頻回特定売買等を検討する余地があることは格別,無断売買か否かの上記判断を左右するものではない。
(オ) そして,同日の取引について,原告に無断で行われてと認めるに足りる証拠は他にない。
オ 平成15年1月31日午後から同年2月5日までの各取引について
(ア) 被告は,上記期間内の取引について,無断売買との原告の主張を争い,Eも,平成15年1月31日午後1時48分の電話の時点で事前に原告の承諾を得ていた旨証言する(証人E)。
(イ) しかしながら,別紙建玉分析表NO.42の取引が同年1月31日の午後2時3分に行われていることからすると,Eの原告への上記電話での説明時間は10分程度であるところ,同年1月31日午後から同年2月5日までの取引は,別紙建玉分析表のNO.42からNO.85まで44回にも及んでおり,その取引内容も,同表記載のとおり,売り及び買いの双方で建玉及び仕切り,日計り等複雑なものであって,このような複雑かつ多数の取引内容について,10分程度の時間で説明し原告の承諾を得ることは不可能であると考えられ,これら客観的な事実経過は,これらの取引が無断売買であったことを強く推認させるものである。
また,Eの上記電話に関する管理者日誌にも「任せる」との記載があり(乙13の6枚目),前記認定のとおり原告は同時点での金の取引をEに任せていること,灯油の取引についても,原告はEに対し,「利益が出るならやっていい」という話をし,リスクを取った取引まで委託していないこと等の事情からすると,実質的に一任売買であったことを強く推認する。
(ウ) 他方,Eは,同年2月5日午後5時ころ,上記取引内容について結果報告し,原告は,売買報告書(乙26の8ないし11)が送付されているにもかかわらず何ら異議を述べていないが,上記事情に照らすと,上記推認を覆すものとはいえない。
(エ) 以上のとおりであるから,平成15年1月31日午後から同年2月5日までの各取引については,Eが原告に無断で行った無断売買ないし原告がEに実質的に任せた一任売買であると推認するのが相当であって,これを覆すに足りる証拠はない。
よって,この取引については違法である。
カ 以上により,平成15年1月31日午後から同年2月5日まで,別紙建玉分析表のNO.42からNO.85まで44回の取引については,無断・一任売買であり違法であるが,その余については無断・一任売買とはいえない。
(4) 争点(2)エ(無敷・薄敷)について
原告は,無敷・薄敷を委託者との関係で違法になる旨主張し,前記認定のとおり,平成15年1月15日の224枚の売建,同月16日の176枚の売建,同月27日の300枚の買建はいずれも無敷の状態で行われている。
しかしながら,法97条1項及び受託契約準則が無敷・薄敷を禁止している第一義的な趣旨は,商品取引員の委託者に対する債権を担保し,もって商品取引員の経営基盤を健全にするためにあるのであって,仮にそれが委託者の過大な取引を防止させる機能があるとしても,あくまで副次的な効果にとどまり,無敷・薄敷が直ちに委託者との関係で不法行為を構成するものではない。
(5) 争点(2)オ(無意味な頻回特定売買)について
ア 直しについて
前記認定事実のうち,平成14年12月20日,平成15年1月10日,同月31日,同年2月5日に行われた直しは,既存の建玉を仕切りながら,すぐにそれと同一の(ないしその一部の)建玉をするというのであるから,委託者である原告にとっては単に手数料の負担が増えるだけで,およそ合理性の認められない取引であって,原告の自由な意思判断のもとで行われていない違法な取引であると解するのが相当である。
イ 途転について
本件取引には,前記認定のとおり,平成15年1月23日,1月27日,1月31日,2月5日の4回の途転があり,原告はこれが違法であると主張する。
途転については,相場の状況や相場観によっては,それ自体をもって直ちに違法であると断じることができないが,それが多数回にわたり繰り返されている場合には,投資家の自由な判断による取引ではなく商品取引員の手数料稼ぎの取引であると推認できるにとどまると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件取引当時,①金の価格は上昇基調にあったものの,②1か月の値動きや,平成10年来の高水準ということなどから,値下がりする可能性もあり,今後の相場の動向が読みにくいという状況になっており(乙18,乙21,乙22,弁論の全趣旨),かかる状況及び本件全新規取引件数に占める途転の割合も特段大きいとまではいえないことなどからすると,これらの途転が直ちに経済的合理性がなく,被告の手数料稼ぎのために行われた取引であるとまでは推認できず,違法とは解されない。
ウ 日計りについて
本件取引では,前記認定のとおり,平成15年2月5日,金及び灯油において日計りが行われているが(別紙建玉分析表No63,64,72ないし85の取引),本件全仕切り件数に占める日計りの割合は特段大きいものではなく,被告の手数料稼ぎのためのみに行われた取引とまではいえず,違法とは解されない上,いずれも,差引差益金はプラスになっており,原告に損害が発生していない(手数料不抜けでもない。)以上,これが不法行為になることはない。
エ 両建について
(ア) 本件取引については,前記認定のとおり,平成15年1月15日の金224枚の売り建玉,同年1月27日の金300枚の買い建玉の際に,両建の状態が生じている(同日以後も,両建の状態は続いている。)。
(イ) 両建は,既存建玉に対応して反対建玉を立てるものであり,相場の変動によっては,手数料を負担しても両建をして相場の様子をみる必要がある場合も考えられるが,両建をしてなお利益を得るためには,相場変動を見極め,一方の建玉をはずす時期を的確に判断するなど,相当高度の商品先物取引に関する知識と経験,相場観と判断力を要するものであって,また,さらなる委託保証金及び委託手数料を負担する取引であることも考えると,上記知識,経験,相場観等がない者にとっては,合理性を見出すことはできない取引というべきである。
(ウ) 本件原告は,前記認定のとおり,商品先物取引の経験が本件取引以前に全くなく,上記相当高度の知識,経験,相場観は有していないのであって,このような原告に対する両建の勧誘は違法というべきである。
オ 手数料不抜けについて
原告は,平成15年1月31日の買い建玉の仕切りについて手数料不抜け(売買損益では利益だが委託手数料を支払えば差引損金が生じる取引)であると主張し,確かに,別紙建玉分析表No43ないし46の買い建玉190枚の仕切りは手数料不抜けの状態にある。
しかし,不抜けは,途転と同様,相場の状況や相場観によっては,それ自体をもって直ちに違法であると断じることができないが,ただ,それが多数回にわたり繰り返されている場合に,投資家の自由な判断による取引ではなく商品取引員の手数料稼ぎの取引であると推認できると解するのが相当である。
本件では,前記イの途転のところで検討したように当時の相場の行方が難しい状況であったこと,本件全仕切り件数に占める割合は特段大きいものではなく,被告の手数料稼ぎのためにのみ行われた取引とまでは推認できないことに加えて,同日の買い建玉50枚の仕切り(別紙建玉分析表No49,50の取引)ないし35枚の仕切(別紙建玉分析表No53の取引)と併せてみると同日の差引損益金がプラスになっていることをも考慮すると,上記原告主張の手数料不抜けが,直ちに違法であるとまではいえない。
カ 以上によれば,商品取引員である被告の被用者が,経済的合理性のない直しと両建を顧客である原告に対して勧誘したことは違法と認められるが,その余の原告主張の特定売買は違法とまではいえない。
(6) 以上より,取引継続段階においては,新規委託者保護義務違反,無断・一任売買(平成15年1月31日午後から同年2月5日までの取引)及び頻回特定売買(直し,両建)に関し,被告従業員らの違法行為が認められる。
4 争点(3)(仕切段階での違法,返金拒否,返金遅延)について
(1) 商品取引員は,委託者から委託証拠金の返還請求を受けた場合には,その請求のあった日から起算して4営業日内に返還する義務を負っていることは当事者間に争いがなく(受託契約準則11条),商品取引員である被告は,委託者である原告に対して上記義務を負っているところ,被告がかかる義務に違反した場合には,その行為は違法であると解するのが相当である。
(2)ア これを本件についてみると,原告は,平成14年12月24日か25日ころ,Bに対して,本件取引についての利益分の返還を要請したが拒否されたとし,これに沿う供述もする(甲32,原告本人)
イ しかしながら,原告が主張するように,同年12月18日に,原告と被告との間で,本件取引で利益が出た段階で返金する約束はなされていないこと(前記1(2)カ(ア)),年が明けて平成15年になっても,原告は,被告に対して返金を求めるような行動を何ら取っていないこと,Bは平成14年12月18日以降は原告と電話でも面会でも接触しておらず,そのような返還拒否をした記憶がない旨証言していること(証人B)等を併せて考慮すると,原告は,被告から返金されるであろうと安心していたに過ぎず(原告本人),アの原告本人の供述も含めて,Bが,平成14年12月24日か25日ころ,原告からの返還請求があったのに,これを拒否したことを認めるに足りる証拠は他にない。
(3) よって,被告の返金拒否が違法であるとの原告の主張は理由がない。
5 損害について
(1) 争点(4)(損害額)について
以上より,本件取引において,被告従業員らには,勧誘段階における新規委託者の熟慮期間確保義務及び説明義務違反行為が,取引継続段階における新規委託者保護義務違反,無断・一任売買及び頻回特定売買(直し,両建)の違法行為がそれぞれ認められ,本件取引開始から終了に至る一連の被告従業員らのこれらの行為を全体として評価すると,不法行為に該当するというべきである。
そして,被告従業員らの上記行為が,被告の事業の執行に付き行われたことは明らかであるから,被告は,これによって生じた損害を賠償すべきところ(使用者責任),上記不法行為と本件取引により原告が被った4476万2645円(損害額については争いがない。)との間には相当因果関係を認めることができる。
(2) 争点(5)(過失相殺)について
前記のとおり,被告従業員ら(B及びC)は,原告に対し,商品先物取引の仕組み及び危険性について,十分なものではなかったとはいえ,一応の説明をするとともに,商品先物取引委託のガイド等の資料を交付していたこと,原告は,前記認定のとおり,地方紙の商品相場欄で金の値動きを確認したことがあるなど,商品先物取引を始めるに当たり一応の判断能力を備えていたことからすれば,原告は,被告従業員らから交付された上記資料等を熟読吟味し,不明な点については,被告従業員などに質問等をすれば,商品先物取引の仕組みや危険性について必要な理解を得ることが十分に可能であったといういうべきである。
しかるに,原告は,上記資料等を十分検討することがなく,取引開始に当たり,商品先物取引の仕組みについて十分理解できていなかったのに理解した旨空返事するなどして,自ら取引開始に当たり十分な説明を受けるべき機会を放棄し,また,本件取引途中においても,被告従業員に取引内容を確認したり,取引を途中で打ち切ったりすることができた(これが可能であり,そうすべきであったことは原告自ら供述する(原告本人)。)のにこれをせず,取引の都度送られてくる売買報告書にも特段異議を述べることなく本件取引を続けたのであるから,損害の発生及び拡大について相当の落ち度があったといわざるを得ない。
その他,本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すると,原告の過失割合を5割として,これを被告が支払うべき損害賠償額から控除するのが相当であり,そうすると,過失相殺後の損害額は,2238万1322円となる。
(3) 弁護士費用について
本件事案の内容,損害賠償額等の諸般の事情を考慮すると,本件において,被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては230万円を認容するのが相当である。
6 なお,被告は,自己責任の原則を主張しているが,上記認定のように違法行為が認められる以上,自己責任の原則によって被告の不法行為責任が否定されることにはならない。
第5結論
そうすると,原告の本訴請求は,上記過失相殺後の損害額及び弁護士費用の合計金2468万1322円及びこれに対する本件不法行為時(損害確定時)である平成15年2月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの範囲で認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条,64条本文,仮執行宣言について同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 福井美枝 裁判官 国分進)
<以下省略>