京都地方裁判所 平成15年(ワ)3803号 判決 2004年5月18日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは各自,原告に対し,金13万4500円及びこれに対する被告Bは平成15年6月6日から,被告Aは同月8日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,被告Aに対しては,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃貸借契約に基づいて,同契約上の更新料及び更新手数料とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求し,被告Bに対しては,その保証債務の履行を請求する事件である。
2 基礎となる事実
(1) 原告は,平成14年2月24日,被告Aとの間で,本件建物を次の約定で賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」といい,そのうちのエの更新料等に関する約定を「本件更新料約定」という。)を締結し,被告Bは,同日,原告に対し,被告Aの債務について連帯保証する旨約した(争いがない。)。
ア 期間・同年3月1日から1年間
イ 賃料・1か月6万2000円
ウ 管理費・1か月8510円
エ 更新料等・契約更新時に更新料として新賃料の2か月分,更新手続料として1万0500円を支払う。
(2) 原告の代理人のD株式会社(以下「管理会社」という。)は,平成15年2月ころ,契約期間を平成15年3月1日から1年間,賃料・1か月6万2000円,共益費・8510円,更新料・改訂後賃料の2か月などの記載のある「建物賃貸借契約書継続及び改訂事項に関する覚書」(乙1。以下単に「覚書」ともいう。)という書面を送って,被告A及び被告Bに署名(ないし記名)押印を求め,さらに,同月,被告Aに対して,更新料12万4000円,更新手数料1万0500円の支払を請求した(甲3,乙2,乙3)。
(3) 被告Aは,同月ころ,管理会社に対し,覚書に,契約期間を平成15年3月1日から2年間,更新料はなしとし,本件賃貸借契約の契約書の特約条項中の本件更新料約定,原状回復に関する承諾条項を削除する趣旨の加除,訂正を加えたもの送付して,その内容での契約の更新を求めたが,管理会社は,同年2月28日付けで,これを拒絶し,同月7日までに更新料等を支払うか,解約することを求めた。これに対し,被告Aの母のCは,被告Aの代理人として,同月7日付けで,管理会社に対し,再考を求めるとともに,解約や本件建物を明け渡す意思のないことを通知した。被告Aは,同年3月1日以降も本件建物を使用しているが,原告は,使用について異議を述べていない(乙2ないし乙5,弁論の全趣旨)。
第3争点及び争点についての当事者の主張
1 本件更新料約定は,法定更新にも適用されるか。法定更新に適用される場合の効力
(1) 被告らの主張
ア 本件更新料約定は,更新後の賃料の2か月分を支払うこと,すなわち,新たに合意された新賃料の存在を前提とし,その2か月分を更新料として支払うことを内容とするものであるから,法定更新の場合には適用されない。そして,平成15年3月1日,本件賃貸借契約は,法定更新されているから,被告らは,更新料の支払義務がない。
また,更新手数料は,更新に当たっての手続費用であり,合意更新時には,契約書の新たな作成等のために手続費用が生じることもあるが,法定更新時には,そのような費用は生じないから,この支払の約定は,合意更新を前提としたもので,法定更新には適用がない。
イ 本件更新料約定は,法定更新にも適用されるとすれば,その点において,借地借家法30条によって無効である。
すなわち,貸主は,正当事由がない限り,更新を拒絶することができず(借地借家法28条),これに反する特約で,借主に不利なものは無効とされる(同法30条)ところ,本件更新料約定は,合理的な根拠もないのに,法定更新に当たって更新料等の支払を借主に義務づけるものであるから,借地借家法28条に違反し,借主に不利なものとして,無効である。
ウ なお,本件更新料約定が,合理的な根拠のないものであることは次のとおりである。
(ア) 更新料については,①賃料の前払,あるいは後払,②貸主が更新についての異議権を放棄する対価であるなどと説明されている。しかし,①の意義は,契約期間内に賃料水準が上昇することを前提とする考え方であるが,本件賃貸借契約は,契約期間は,1年という短期であるから,その間に賃料水準に変動が生じることは考えられない。また,本件賃貸借契約の締結時には,賃料水準は低下傾向にあったのであるから,①の意義での更新料は,前提を欠いており,不合理なものである。
また,本件賃貸借契約は,賃貸を業とする貸主による営業としての賃貸マンションの賃貸借であるから,契約更新時において貸主に借地借家法28条所定の正当事由が存することはありえず,むしろ,貸主において契約の継続を期待しているから,更新の異議権を放棄することによる借主の利益はなく,②の点も本件更新料約定の合理性を説明し得ない。
(イ) 更新手数料は,本来,貸主である原告が,本来の業務として自らの費用で行うべき更新手続の費用(管理会社に支払うもの)を借主である被告Aに負担させようとものであって,合理性を欠く。
(2) 原告の主張
本件更新料約定は,合意更新に限らず,法定更新にも適用されるものである。
すなわち,この約定は,当初の契約期間を超えて賃貸借契約が継続される場合には,更新料等を支払うことを内容とするものである。契約書上も単に「更新」として,合意更新と法定更新とを区別していない。更新料が「新賃料」の2か月分とされていることも,更新に際して,賃料の増減がされる場合があるため,その場合には,増減後の賃料の2か月分であることを明確にしたものであって,法定更新等の賃料の増減がない場合は,従前賃料額と同額が「新賃料」となるだけのことである。
そして,更新料の支払は,京都市及びその周辺においては,慣習となっており,更新料や更新手数料の性質を論じるまでもない。
2 本件更新料約定は有効か。
(1) 被告らの主張
ア 本件更新料約定は,消費者契約法10条によって無効である。
すなわち,本件賃貸借契約は,不動産の賃貸を業とする原告が,その事業として個人である被告Aと締結した契約であるから,同法にいう消費者契約に当たる。
そして,本件更新料約定は,更新に当たって民法や借地借家法の適用上は存在しない更新料の支払義務を借主(消費者)に課すものであって,上記1(1)のとおり合理性がない。そして,賃貸借の期間が1年であるのに2か月分の賃料相当額もの高額の更新料を課すという暴利的なものであり,貸主が一方的に作成した賃貸借契約書に記載されているものであるから,信義則の原則に反するものである。
なお,住宅金融公庫法に基づく融資を受け,あるいは,特別有料賃貸住宅法に基づく補助を受けて建設され,賃貸されているマンションについては,各法によって,家賃と家賃の3か月分を超えない額の敷金を受領すること以外に「賃借人の不当な負担になること」を賃貸の条件としてはならない旨が定められており,ここでいう「不当な負担」には更新料の支払も含まれる。
(2) 原告の主張
ア 原告は,事業として本件建物を賃貸している者ではないから,消費者契約法にいう事業者ではなく,本件賃貸借契約に消費者契約法の適用はない。
イ 仮に,本件賃貸借契約に消費者契約法が適用されるとしても,本件更新料約定は,1(2)で主張したとおり,根拠のあるものであって,民法等の任意規定の適用による場合に比べて消費者の義務を加重するものではないし,まして信義則に反するようなものではなく,消費者契約法10条に違反するものではない。
なお,被告らは,契約期間が1年間であるのに,更新料が2か月分の賃料相当額であることを,不当に高額であると主張するが,本件更新料約定の下では,本件建物を賃貸するのに賃料の14か月分の負担を伴うことは,被告らは,契約締結前に理解し得たものであり,そのような負担を伴うことを考慮した上で,契約を締結したはずである。そして,京都市及びその周辺地域では,更新料の支払が慣習となっていることも考慮すると,上記の負担は,決して不当なものではない。
第4理由
1 本件更新料約定は,法定更新の場合にも適用されるか,適用されると解しても有効か(争点1)
(1) 建物の賃貸借契約(借家契約)における更新料等を支払う旨の約定が,合意更新の場合のみならず,法定更新にも適用されるかどうかは,それぞれの契約において,契約書の文言のみならず,契約をめぐる様々な事情を考慮して,判断すべきものである。しかし,借地借家法26条,28条,30条の趣旨に照らすと,当事者の意思が,法定更新の場合にも更新料等を支払う旨の約定が適用されるものであることが明らかであったり,それについて合理的な理由がある場合を除いては,法定更新の場合にも適用を認めることには慎重であるべきである。
(2) 本件更新料約定は,上記のとおり,契約書上は,「一,更新する場合は,乙(被告A)は甲(原告)に対し更新料として金 標記金額 を支払うものとする。一,更新時に乙は更新手続料として甲に10,000円を支払うものとする。」(なお,「標記金額」は「新賃料2ヶ月」とされている。)というものであって(甲2),文言上は,合意更新と法定更新を区別していない(なお,「新賃料」との文言は,更新後の賃料の意味であって,合意更新であろうと法定更新であろうと,更新後の賃料額は更新時には一義的に定まり,更新料が「新賃料」の2か月分と定められていることが合意更新を前提としていることの表れということはできない。)しかしながら,本件更新料約定のうち更新料に係る部分と更新手数料に係る部分の「更新」は同一のものを指していると解すべきである。
ところで,更新手数料は,更新手続に要する費用の全部又は一部の負担を被告Aに求めるものであることは明らかである。しかし,合意更新の場合には,新たな契約書の作成等の一定の費用がかかることは容易に推認することができるが,法定更新の場合には更新手続に費用がかかるとは通常考えられない(合意更新のための協議を行う費用等は,法定更新に要する手続費用とは認め難い。なお,原告は,合意更新に応じない賃借人ほど手間がかかり,更新手数料の支払義務を認める理由は大きい旨主張するが,その手間なるものは,通常の賃貸借契約の管理に要する手数を指すものにすぎず,法定更新に要する費用とは認められない。)。したがって,本件更新約定のうち,更新手数料に関するものは,合意更新を前提とした約定と認めるのが相当であり,これと同一の「更新」の場合に約定である更新料に関する部分も合意更新を前提にしたものと認めるのが合理的である。
(3) 合意更新の場合には,更新料を支払うことによって,期間の定めのある賃貸借契約として,更新されるから,被告Aは,契約期間の満了までは明渡しを求められることがなく(1年という短期間のものであるから,原告は,更新後直ちに,次回の更新をしない旨の通知をすることができる(借地借家法26条1項)ものの,その場合でも,期間満了までは明渡しを求められないことに変わりはない。),次回の更新を拒絶された場合であっても,その正当事由の存否の判断においては,更新料が支払われていることが,正当事由の存在を否定する考慮要素となる。これに対し,法定更新の場合には,更新後の賃貸借契約は,期間の定めのないものとなり,賃貸人(原告)はいつでも解約を申し入れることができ,その分,賃借人(被告A)の立場は不安定なものとなるから,賃借人(被告A)にとっても,更新料を支払って合意更新する一定の利益は存することになる。
この点を考慮すると,合意更新の場合と法定更新の場合で,更新料の支払の要否について差が生じても,不合理とも賃借人間で不公平が生じるとも直ちには言い難く,むしろ,法定更新についても更新料の支払を要するとすることには,借地借家法26条,28条,30条の趣旨に照らしても合理性が少ないというべきである。
また,本件更新料約定が法定更新に適用がないとしても,合意更新することに賃借人側に一定の利益がある以上,賃借人は,合意更新に応じることはないとはいえない。現に,本件においても,前記第2の2(3)認定のとおり,被告Aは,合意更新の提案をしており,その案に基づいて合意更新がされた場合には,2年後の更新の際には,更新料及び更新手数料の支払はなくなるが,平成15年3月の更新時には,本件更新約定(それが消費者契約法10条に違反するものとして無効であるかどうかはさておく。)によって更新料及び更新手数料の支払を求めることができたことになる(なお,これに対し,法定更新された場合には,更新後は,期間の定めのない賃貸借契約となり,その後の更新はなくなり,いずれにしても,平成15年3月から後は,更新料及び更新手数料の支払を求められなくなり,被告Aの提案が,一概に原告に一方的に不利なものともいえない。)。
(4) 以上を総合考慮すると,本件更新約定は,全体としても,合意更新を前提としたものであって,法定更新には適用されないとするのが契約当事者の合理的な意思に合致すると認められる。
そして,上記第2の2(3)の事実によると,本件賃貸借契約は,平成15年3月には,法定更新がされたというべきであるから,その更新について本件更新料約定は適用されず,原告は,これに基づく,更新料及び更新手数料の支払を求めることはできない。
2 以上によると,その余について判断するまでもなく,原告の請求は,理由がないから,これを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条に従い,主文のとおり判決する。
(裁判官 水上敏)
別紙 略