京都地方裁判所 平成15年(ワ)928号 判決 2005年7月12日
主文
1 被告らは、両事件原告Aに対し、連帯して、2億1905万1230円及びこれに対する平成13年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、両事件原告Aに対し、連帯して、2000万円及びこれに対する、第1事件被告医療法人仁心会(社団)については平成14年5月10日から、第2事件被告Dについては平成15年5月3日から、第2事件被告Eについては平成15年5月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、両事件原告B及び両事件原告Cそれぞれに対し、連帯して、400万円及びこれに対する平成13年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、両事件原告B及び両事件原告Cそれぞれに対し、連帯して、40万円及びこれに対する、第1事件被告医療法人仁心会(社団)については平成14年5月10日から、第2事件被告Dについては平成15年5月3日から、第2事件被告Eについては平成15年5月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 第1事件被告医療法人仁心会(社団)は、両事件原告Aに対し、100万円及びこれに対する平成16年6月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は被告らの負担とする。
8 この判決の1項ないし5項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1(1) 被告らは、両事件原告Aに対し、連帯して、2億4702万7695円並びに内金2億2457万7695円に対する平成13年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金2245万円に対する各被告への訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは、両事件原告B及び両事件原告Cそれぞれに対し、連帯して、550万円並びに内金500万円に対する平成13年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金50万円に対する各被告への訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第1事件被告医療法人仁心会(社団)は、原告らそれぞれに対し、100万円及びこれに対する平成16年6月4日付け請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
(1) 前記請求1
蕁麻疹の治療のために第1事件被告医療法人仁心会(社団)(以下「被告仁心会」という。)が開設する宇治川病院(以下「本件病院」という。)の医師であった第2事件被告D(以下「被告D」という。)の診察を受けた両事件原告A(以下「原告A」という。)が、<1>被告Dが蕁麻疹に効能・効果がない塩化カルシウム注射液を静脈注射するよう看護師に指示したが、その際、投与に関する適切な指示をせず、かつ、被告Dは、後記コンクライト-Kの投与により原告Aが心肺停止となった後、速やかに蘇生措置をとらなかった、<2>本件病院の薬剤師であるF(以下「F薬剤師」という。)は、准看護師から投与される薬剤について質問を受けた際、被告Dの上記指示について確認を怠った、<3>被告Dの上記指示を受けた本件病院の准看護師であった第2事件被告E(以下「被告E」という。)は、注射すべき薬剤を塩化カリウム液であるコンクライト-Kと間違えた上、希釈した上で点滴投与する必要のあるコンクライト-Kを、原液のまま急速度で原告Aに静脈注射した、<4>被告仁心会は本件病院における組織的な事故防止策を怠っていた等の被告らの過失により、コンクライト-Kの静脈注射をされて急性心肺停止となり、その結果、低酸素脳症を発症し、後遺障害が遺ったとして(以下、上記注射に係る上記一連の事故を「本件医療事故」という。)、
ア 原告Aが、被告D及び被告Eに対しては共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告仁心会に対しては債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、治療費、後遺障害逸失利益及び弁護士費用等の損害賠償金2億4702万7695円及び遅延損害金(起算日は弁護士費用については各被告に対する訴状送達の日の翌日から、その余については本件医療事故の日である平成13年1月15日から)の連帯支払いを求め(前記請求1(1))、
イ 原告Aの両親である両事件原告B(以下「原告B」という。)及び両事件原告C(以下「原告C」という。)が、被告らの上記過失によって原告Aに常時介護が必要な重度の後遺障害が遺ったことにより、両親として精神的苦痛を被ったとして、被告D及び被告Eに対しては共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告仁心会に対しては債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ慰謝料500万円及び弁護士費用50万円の合計550万円及び遅延損害金(起算日は弁護士費用については各被告に対する訴状送達の日の翌日から、その余については本件医療事故の日である平成13年1月15日から)の連帯支払いを求めた(前記請求1(2))。
(なお、前記請求1のうち、原告らの被告仁心会に対する請求は第1事件における請求であり、原告らの被告D及び被告Eに対する請求は第2事件における請求である。)
(2) 前記請求2
原告らが、被告仁心会に対し、同被告の本件医療事故後の事故原因の調査・報告義務違反によって精神的苦痛を被ったとして、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、それぞれ慰謝料100万円及び遅延損害金(起算日は平成16年6月4日付け請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日から)の支払いを求めた事案である。
(なお、前記請求2は、第1事件における原告らの被告仁心会に対する請求の拡張分である。)
2 前提となる事実(当事者間に争いがない事実及び証拠により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 被告仁心会は、その所在地において本件病院を設置運営する法人である。
イ 平成13年1月15日当時、被告Dは本件病院に勤務し、産婦人科及び小児科の診療を行っていた医師であり、被告Eは本件病院に勤務していた准看護師であり、F薬剤師は本件病院に勤務していた薬剤師である。
ウ 原告Aは平成6年2月10日生まれの女児であり、原告B及び原告Cは原告Aの父母である。
(2) 本件医療事故前後の経過
ア 原告Aは、体中に赤い発疹のようなものが出たため、平成13年1月15日、本件病院において被告Dの診察を受けた。
被告Dは、原告Aの症状を蕁麻疹と診断し、本件病院のG看護師に対し、塩化カルシウム注射液20mlを原告Aに静脈注射するよう指示した。
G看護師は、被告Dの上記指示を受けて、同指示を診療録に記載した上で、処置室に診療録を持参して、被告Eに対し、静脈注射を行うよう申し送った。
イ 被告Eは、F薬剤師に薬剤名を確認の上、静脈注射すべき薬剤が塩化カリウム製剤であるコンクライト-Kであると認識して、外来処置室において、原告Aに対し、ベッドに横たわるよう指示して、コンクライト-Kを静脈注射した(以下、この静脈注射を「本件注射」という。)。
ウ 本件注射の途中で、原告Aは、「痛いからやめて。」等と叫び、そのうち、白目をむいて、ぐったりした状態になった。
原告Aは、心肺停止状態に陥り、救急措置室に運ばれ、しばらくの間、被告Dが原告Aの腹部あたりを押し上げる措置をとっていたが、その後、看護師の連絡により駆けつけた本件病院の医師らがアンビュー装着や心臓マッサージ等の蘇生措置を行った。
エ その後、原告Aは医療法人徳洲会宇治徳洲会病院に搬送された。
(3) 原告Aの後遺障害
原告Aは、本件医療事故により、急性心停止による低酸素脳症を発症し、両上肢機能全廃、両下肢機能全廃、体幹機能障害の後遺障害が遺り、身体障害1級の認定を受けた。
3 争点及び当事者の主張
(1) 本件医療事故についての被告D及び被告Eの過失及び原告Aの後遺障害との間の因果関係の有無(争点1)
(原告らの主張)
ア 被告Dの過失
(ア) 蕁麻疹に効能・効果がなく、かつ徐脈ないし心停止のおそれのある塩化カルシウム注射液の投与を指示した過失
医師が治療行為として薬剤を投与する場合、患者の傷病に応じその症状の治療又は改善に効能・効果のない薬剤を投与すべきではないし、副作用がある場合にはなおさら投与すべきではない。
厚生省薬務局安全課(当時)の所掌である日本薬局方では、昭和61年、塩化カルシウムの効能・効果について、「蕁麻疹、湿疹、薬疹、そう痒症」を削除した。その結果は、厚生省医薬局審査管理課により通知されている。したがって、塩化カルシウムは、昭和61年以降、蕁麻疹の治療又は改善に適応とされていない。また、塩化カルシウムは、輸液速度が速すぎると、ジキリタス中毒様の心調律異常(徐脈、期外収縮、心室細動)や収縮亢進作用を表し、また、血管を拡張させて低血圧を来したり、徐脈ないし心停止を来すことがある等の副作用がある上、そもそも通常小児には使用しない薬剤である。
しかるに、被告Dは、原告Aの発疹症状を蕁麻疹であると診断し、塩化カルシウム注射液20mlを注射するように看護師に指示した。
以上によれば、被告Dは、蕁麻疹に効能・効果がなく、かつ、徐脈、心停止等を来すおそれのある塩化カルシウム注射液の投与を指示した過失がある。
(イ) 塩化カルシウム注射液の投与に関する適切な指示を行わなかった過失
a 塩化カルシウム注射液には、20mlの1管中に塩化カルシウムを0.4g(2%)含有するものと、同1.11g(5.55%)含有するものとがあり、後者は必ず希釈して電解質補液に添加して点滴投与しなければならない。
しかるに、被告Dは、G看護師に対して塩化カルシウム注射液20mlの静脈注射を指示したが、塩化カルシウム注射液には、上記のとおり濃度の異なる2種類の製品があるところ、被告Dは濃度2%の塩化カルシウム注射液である「大塚塩カル注2%」を投与する意図であったから、その旨を明確に指示する必要があるが、被告Dは同指示を怠った(なお、本件病院には、過去数年間、「大塚塩カル注2%」が常備されたことはなかった。)。
b また、塩化カルシウム注射液は、輸液速度が速すぎると、徐脈、心停止等を来すおそれがあるから、分量及び輸液速度には十分注意しなければならない。
診療録上、被告Dが塩化カルシウム注射液20mlを5分かけて静脈注射するよう指示した旨の記載があるが、濃度2%の塩化カルシウム注射液を投与する場合でも、原告Aの体重(当時18.8kg)を前提とすると、7.5mlを5分から10分かけて注射する必要がある。しかし、本件病院には、濃度5.55%の塩化カルシウム注射液しか置かれていなかったから、被告Dの上記指示は明らかに急速な投与による副作用を来しかねない指示内容であったといえるが、このことは、仮に被告Dが濃度2%の塩化カルシウム注射液を念頭においていたとしても同様であり、「5分かけて」との指示は全く適切な指示ではない。
c さらに、塩化カルシウム注射液の前記副作用及び原告Aの当時の年齢からすれば、塩化カルシウム注射液を注射する場合、その投与速度を十分に緩徐に行うとともに、心電図視下に行うのが原則であり、少なくとも、脈拍数だけでも監視し、徐脈傾向の有無を確認しなければならない。
したがって、被告Dとしては、塩化カルシウム注射液の注射を被告Eに任せることなく自ら行うか、あるいは被告Eが注射する場に立ち会い(なお、看護師が静脈注射を業として行った場合、医師法17条に抵触するものとされている。)、塩化カルシウム注射液の種類や注射液の注入状況、原告Aの状態を厳重に監視し、徐脈傾向があれば直ちに輸液速度を落とすか、中止する注意義務があったのに、これを怠った。
d 以上によれば、被告Dは、塩化カルシウム注射液を注射するについて適切な指示をしなかったこと、被告Eに塩化カルシウム注射液の静脈注射を単独で行わせたこと、心電図での監視はもとより脈拍数の監視すら行わずに静脈注射を行わせた過失がある。
なお、被告Eが注射したのは塩化カリウム液であったが、被告Dが上記注意義務を果たしていれば、塩化カリウム液の誤投与は避けられたのであり、被告Eが薬剤を間違えたからといって、被告Dの過失が否定されることにはならない。
(ウ) 蘇生措置を怠った過失
被告Dは、塩化カルシウム注射液の投与を指示したが、塩化カルシウム注射液を急速投与したときは徐脈、心停止等を来すおそれがあるのであるから、原告Aの心停止、呼吸停止の容態をみれば、塩化カルシウム注射液の上記副作用である可能性にすぐ気付き、直ちに気管内挿管をして人工呼吸を行うとともに心臓マッサージを行うなど、心拍をできる限り速やかに再開させて脳の血流を回復させる注意義務があった(なお、本件においては、被告Eが注射したのは塩化カリウム液であったが、カリウムもカルシウムもいずれも電解質異常により心電図変化や不整脈を来し、ときには致死性不整脈を発生し心臓突然死の原因になり、結果として低酸素脳症を発症するのであるから、被告Dの意図していた薬剤と異なる薬剤が投与されたとしても、上記注意義務があることに変わりはない。)。
しかるに、被告Dは、原告Aの腹部あたりを押さえて横隔膜を下から上へ押し上げ、呼吸を助ける措置(ハイムリッヒ法)をとっただけで、気管内挿管等の蘇生措置をせず、G看護師が原告Aの生命の危険を感じて他の医師の応援を求めたほどであった。
以上によれば、被告Dは、蘇生措置を怠った過失があり、これにより原告Aの心拍の再開が遅れ(心肺停止時間は推定10分以上とされている。)、低酸素脳症が進行した。
イ 被告Eの過失
(ア) コンクライト-Kを誤投与した過失
被告Eは、塩化カルシウム注射液20mlを注射するよう指示されたのに、塩化カルシウムと塩化カリウムを混同してF薬剤師に尋ねたのであり、これ自体過失がある。また、被告Eが塩化カルシウムについてF薬剤師に尋ねたのに、同薬剤師が塩化カリウムと聞き間違えてコンクライト-Kのことだと指示したとしても、コンクライト-Kのアンプル及び外箱には「塩化カリウム液」と記載してあるし、「K」はカリウムの元素記号であって、カルシウムの「Ca」とは明らかに異なるのであるから、コンクライト-Kが塩化カルシウム注射液ではないことに容易に気付くことができた。
以上によれば、被告Eは、薬剤を十分に確認せずに投与した過失がある。
(イ) コンクライト-Kを原液のまま原告Aに急速投与した過失
コンクライト-Kの添付文書の使用上の注意欄には、重要な基本的注意として「本剤は電解質の補正用製剤であるため、必ず希釈して使用すること」と明記してあり、また、コンクライト-Kのアンプル及びアンプルが入っている外箱にも、「希釈・点滴」と表示してあるから、コンクライト-Kが必ず希釈して、点滴の方法で使用すべき薬剤であり、原液のまま注射してはならないことは明らかである。
したがって、被告Eは、コンクライト-Kが希釈して点滴投与すべき薬剤であることを容易に理解できたのであるから、少なくとも、被告Dに塩化カリウム液の静脈注射の適否、方法、速度等を確認すべき注意義務があった。
しかるに、被告Eは、上記注意義務を怠り、同剤を原液のまま、約13mlを原告Aに急速投与した。
以上によれば、被告Eは、コンクライト-Kを原液のまま静脈注射した過失がある。
ウ 原告Aは、被告D及び被告Eの上記過失により、心停止による低酸素脳症を発症し、その後遺症によって視床を含む両側大脳基底核に著名な損傷を受け、前記後遺障害が遺った。
(被告Dの主張)
ア 被告Dは、原告Aの症状について蕁麻疹と診断し、蕁麻疹に効用のあるポララミン及びペリアクチンを投与する必要があると判断し、その旨診療録に記載した。
しかし、原告Aが非常にかゆみを訴えていたため、これを和らげるため、塩化カルシウム注射液を静脈注射するよう、看護師に指示したのであり、被告Dの上記指示は適切であった。また、塩化カルシウム注射液は、ゆっくり注射する必要があるため、注射の方法について「5分かけてゆっくり」との指示をしており、この点も適切である。
仮に、被告Dの上記指示に誤りがあるとしても、本件医療事故は被告Eが上記指示に反して塩化カリウム液であるコンクライト-Kを静脈注射したことに起因するのであり、被告Dの上記指示と原告Aに生じた結果との間に因果関係はない。
イ 被告Dは、本件医療事故が発生した際、被告Eに対して「何を注射したのか。」と尋ねたところ、同人は「カルシウムをしました。」と答えたので、被告Dは、塩化カルシウム注射液が注射されたのであれば、一時的にショック症状を呈したとしても、自然回復の可能性があるとの判断のもと、原告Aの腹部から心臓に向けての圧迫刺激を数回行った。この際、3、4回の自発呼吸がみられたことから回復するかに見えたが、その後自発呼吸が止まってしまった。
被告Dは、原告Aの上記のような症状をみて、塩化カリウム液が注射されたのではないかとの疑念を抱き、原告Aの生命の危険を感じたことから、すぐさま外科医の応援を求め、外科医らと共に心臓マッサージ等の蘇生措置を講じた。
したがって、被告Dは、蘇生措置を怠った過失はない。
(被告Eの主張)
ア 被告Eが塩化カルシウム注射液を静脈注射するようにとの指示を受けながら、塩化カリウム液であるコンクライト-Kを原液のまま静脈注射したことは認める。
被告Eは、准看護師にすぎず、被告Dが既に用法や量について判断済みである投薬指示に対し、それを再検討する権限及び義務はない。本件では、被告Dから希釈の指示が出ていない以上、アンプルに「希釈・点滴」等の文言が記載されているからといって、被告Eが原液のまま注射したことを過失ということはできない。
また、注射速度についても、被告Eは、約10mlを2、3分かけて注射したのであり、被告Dの指示にしたがった投与方法をとったのであるから、この点も過失はない。
イ 被告Eが塩化カリウム液であるコンクライト-Kを誤投与したのは確かであるが、本件の場合、被告Dの指示どおりに塩化カルシウム注射液を投与していたとしても、希釈の指示がないこと及び本件病院に常備されていた塩化カルシウム注射液であるコンクライト-Caの濃度(5.5%)を前提とすれば、いずれにせよ本件医療事故は回避できなかった。
ウ 本件においては、被告Dが本件医療事故後直ちに適切な蘇生措置をとらなかったことが原告Aの後遺障害を重大なものにしたというべきである。
(2) 本件医療事故についての被告仁心会の責任の有無(争点2)
(原告らの主張)
ア 債務不履行責任
本件病院は、平成13年1月15日、原告Aが本件病院で受診し、発疹の治療を受けることとなった時点で、原告Aの親権者法定代理人である原告B及び原告Cとの間で、診療契約を締結した。
原告Aは、被告D、被告Eの過失及びF薬剤師の前記各過失により、前記後遺障害を負ったものであるから、本件病院は、原告Aに対し、債務不履行責任を負う。
イ 被告仁心会の過失による不法行為責任
被告仁心会は、医療機関として、本件病院において、組織的に同病院の医師、看護師、薬剤師等のミスやエラーを防ぐため、事故防止対策をとって医療事故の発生を防止する注意義務があるにもかかわらず、次のとおり注意義務を怠った過失がある。
(ア) 被告Dは、産婦人科の医師であったが、本件病院において産婦人科以外の診療行為を行っていた。そして、本件病院は、被告Dに対し、以前から産婦人科以外の患者を診療するのはやめるよう再三忠告していたから、本件病院は、被告Dに産婦人科以外の診療行為をさせるべきでないことを十分認識していた。
それにもかかわらず、本件医療事故後の平成13年11月から平成14年5月の間だけでも、産婦人科の患者とは考えられない男性患者22名に対して、外来で診療行為をしており、本件病院は、これについて診療報酬を請求しているのであって、被告Dに産婦人科以外の診療行為をさせないようにすべく対策をとったとはいえない。
(イ) 被告仁心会は、本件病院において投与される薬剤の効能・効果についての最新の情報や同病院に常備されている薬剤の種類について、所属する医師・薬剤師・看護師等に周知し、患者に対して疾病に応じた最適の薬剤を投与するよう、一般的に要求される医療水準を維持する体制をとる義務があった。
それにもかかわらず、本件において、被告Dは、昭和61年以降、蕁麻疹の治療又は改善に効能・効果があるものとはされておらず、しかも、本件病院には常備されていない塩化カルシウム注射液である大塚塩カル注2%を投与する意思で、塩化カルシウム注射液の投与を指示した。このこと自体、被告仁心会が上記体制をとる義務を怠っていたことを示すものである。
(ウ) さらに、看護師が患者に注射する際の誤投与による医療事故が多いことにかんがみれば、注射液の誤投与は、病院として医療事故防止上最優先して取り組むべき対象であり、被告仁心会としても、本件病院において、注射液の適応、投与量、指示の受け答え、確認内容等を適正・明確にする体制をとる必要があり、特に、塩化カルシウム注射液や塩化カリウム液のように、間違えやすい名称の薬剤については、その区別を明確にし、複数の看護師等によりダブルチェックする等の体制を整える必要がある。また、塩化カルシウム注射液や塩化カリウム液などのように誤投与により重大な結果を引き起こす可能性があるものについては、注射の際に医師が立ち会って心電図視下に監視する等の体制を病院として整える必要があった。
それにもかかわらず、本件病院においては、医薬品の管理に関する規定などは作成されておらず、混同しやすくかつ危険な注射液であるコンクライト-Kとコンクライト-Caを非常に近い場所に置いており、さらに、注射を行う看護師については、本件病院において常勤の正看護師はおらず、常勤の看護師はすべて准看護師であったなど、上記のような体制は全くとられていなかった。
そのため、本件においても、薬剤について被告E以外の看護師や薬剤師等によるチェックはなされなかった上、被告Dは、被告Eに単独で注射をさせ、心電図視下の監視はもとより脈拍数の監視すら行わなかった。
ウ 使用者責任
(ア) 被告D及び被告Eの前記各過失により、また、F薬剤師の後記過失により、原告Aに前記後遺障害が遺ったものであり、これら3名は不法行為責任があり、被告仁心会はこれら3名の使用者であるから、使用者責任がある。
(イ) F薬剤師の過失
薬剤師は、医師の処方により患者に投薬し、又は医師の指示を受けた看護師に医薬品の交付を行う場合、医師の処方箋又は処方命令を確認し、同処方に間違いがないか確認すべき注意義務がある。
本件では、塩化カリウムは、蕁麻疹に対して効能・効果がないのであり、かつ、必ず希釈して電解質補液に添加して点滴投与しなければならない薬剤であり、輸液速度が速すぎると、徐脈、心停止等を来すおそれがある薬剤であるから、被告Eに薬剤を尋ねられた際、単に塩化カリウム液がコンクライト-Kであると答えるのみでなく、その使用目的等を聞き、医師の処方箋を確認した上で、目的、用法に合った注射液を指示するとともに、その使用方法、速度等につき、被告Eに説明すべき注意義務があった。
しかるに、F薬剤師は、被告Eから塩化カリウム液の商品名について尋ねられた際にコンクライト-Kである旨返答しただけである。
以上によれば、F薬剤師は、上記処方箋の確認、指示を怠るとともに、被告Eに説明を怠り、蕁麻疹に効能・効果がなく、かつ徐脈、心停止等を来すおそれのある塩化カリウム液を投与させた過失がある。
(被告仁心会の主張)
ア 被告仁心会と原告らとの間で診療契約が締結されたとの点は否認する。
本件病院は小児科を診療科目に掲げていない。本件医療事故は、産婦人科の担当医である被告Dが、本件病院の再三の注意にもかかわらず、無断で担当科目外の小児科の診察をした際に発生した事故であり、本件病院は診療契約上の責任を負わない。
イ 被告仁心会の過失は否認ないし争う。
(ア) コンクライト-K、コンクライト-Caは、ともに劇薬指定されていない薬剤であり、病院外来処置室に置かれていても何ら違法ではない。また、本件病院における医薬品の管理については、毎年薬局より薬剤書を各医師と各外来診療場に交付して、その周知を徹底していた。なお、被告Eは、平成11年9月16日から本件病院外来に勤務し、外来処置室の内部を熟知しており、両薬剤の保管の配列についても十分知っていたはずである。
(イ) 本件病院における外来診療における看護体制は、原告ら主張のような非常勤看護師のみの体制ではなく、事故当日、H看護師長は外来勤務中であり、G看護師は、被告D専属として、産婦人科に固定配置された正看護師である。
ウ 被告D、被告E及びF薬剤師の各過失は否認ないし争う。
被告仁心会は、被告D、被告E及びF薬剤師の選任及び事業の監督につき相当の注意をなしていたものであり、使用者責任はない。
(3) 本件医療事故による原告らの損害(争点3)
(原告らの主張)
ア 原告Aの主張
原告Aは、本件医療事故によって、次のとおり合計2億4702万7695円の損害を被った。
(ア) 治療費92万1820円(内訳:入院分86万5290円、通院分5万6530円)
(イ) 付添看護費139万円(日額1万円として139日分)
(ウ) 入院雑費18万0700円(日額1300円として139日分)
(エ) 器具購入10万1124円
(オ) 衣服・紙おむつ等6万2529円(内訳:衣服7959円、紙おむつ等5万4570円)
(カ) 家屋改造費(原告Aの居宅用の車いす移動のためのバリアフリー工事費用)29万2000円
(キ) 専用車両購入費用(原告Aの通学、リハビリのための通院等移動用の専用車両の購入費用)98万4150円
(ク) 将来の介護費用1億3153万6510円(後記aとbの合計)
(算定根拠)
原告Aは、四肢麻痺、筋硬直傾向にあり、自力で体を動かすことはできない。食事、排泄、体位変換その他日常生活動作のすべてに介護を必要とする状態である。また、咳嗽反射が回復しないため気管切開を行っており、常時吸痰作業が必要である。日中は少なくとも20分に1回程度の吸痰を必要とし、夜間に原告Aが熟睡している間も少なくとも2時間に1回は吸痰が必要である。入浴時の介助も介護人1名では困難である。
原告Aの平均余命は77.98年(厚生労働省大臣官房統計情報部編平成12年簡易生命表による。)であり、原告Cが67歳までの間(29年間)は原告B及び原告Cによる介護を行い、原告Cが67歳に達した後は、職業付添人による介護が必要となる。
a 原告Cが67歳に達するまでの間(29年間)の介護費用
日額1万8000円(原告C分1万5000円、原告B分3000円)×365日×15.1410(7歳から36歳まで29年間のライプニッツ係数)=9947万6370円
b 原告Cが67歳に達した後の介護費用
日額2万円(職業付添人による介護費用)×365日×(19.5328[原告Aの平均余命77.98年間のライプニッツ係数]-15.1410[7歳から36歳まで29年間のライプニッツ係数])=3206万0140円
(ケ) 将来の雑費712万9472円
(算定根拠)
日額1000円(内訳:紙おむつ代500円、ガーゼ代等300円、お尻拭き100円、防水シート100円)×365日×19.5328=712万9472円
(コ) 後遺症逸失利益5035万9390円
(算定根拠)
平成13年4月17日症状固定(障害者手帳交付日)
等級1級
事故時年齢6歳
症状固定時年齢7歳
基礎収入497万7700円(賃金センサス平成12年産業計全労働者全年齢平均年収)
労働能力喪失率100%
497万7700円×1×(18.9802[6歳から67歳まで61年間のライプニッツ係数]-8.8632[6歳から18歳までの12年間のライプニッツ係数])=5035万9390円
(サ) 入院慰謝料162万円
(シ) 後遺障害慰謝料3000万円
(ス) 弁護士費用2245万円
イ 原告B及び原告Cの主張
原告B及び原告Cは、本件医療事故により、次のとおりそれぞれ合計550万円の損害を被った。
(ア) 原告Aに重度の後遺障害が遺り、将来にわたって常時介護を要する状態になったことによって被った精神的苦痛に対する慰謝料各500万円
(イ) 弁護士費用各50万円
(被告らの主張)
原告らの主張は争う。
(4) 本件医療事故後の本件病院の対応に関する被告仁心会の責任の有無及び原告らの損害(争点4)
(原告らの主張)
ア 被告仁心会の本件医療事故後の故意による調査・報告義務違反
(ア)a 本件医療事故後、被告Dが被告Eに注射された薬剤を確認したところ、同被告は塩化カルシウムを注射した旨答えたが、被告Dの指示を受けて、本件病院の看護師らが日常処置室で静脈注射を行った際に使用されたアンプルが捨てられるゴミ箱を集め、本件注射で使用されたアンプルを探したところ、コンクライト-Caのアンプルは見つからず、コンクライト-Kのアンプルが見つかった。
b 原告Aの症状は、塩化カリウム液を注射したとしても十分説明できるものであり、また、本件病院はF薬剤師からは塩化カリウムを注射したと思われる旨の報告を受けていた。
c 被告Eが持参したコンクライト-Caのアンプルは、本来使用済みであれば汚れているはずであるのに汚れておらず、被告Eが未開封のコンクライト-Caのアンプルの中身を捨てて持ってきたのではないかと疑われた。
d 本件医療事故後の検査の結果、原告Aの体からは基準値より高い量のカリウムが検出されたのに対し、カルシウム値は基準値より低かった。
e 本件医療事故の2、3日後には、被告Eが塩化カリウムを注射したのではないかという噂が病院内に広がった。
(イ) 上記のような状況下で、本件病院は、容易に残存注射液の検査等をすることができたにもかかわらず、外来の看護師らに対し、「余計なことは言うな。」、「根拠のない事実は軽はずみに口にしないように。」と指示しただけで、自ら詳細な調査を行うことなく、塩化カルシウムが注射されたものと考えていた。
(ウ) また、前記のとおり、塩化カルシウム注射液は、蕁麻疹に対する効能・効果はない上、原液のまま投与してはならないところ、本件病院院長は、コンクライト-Caの添付文書でこの点を確認していながら、宇治保健所に対し、「指示医師が投与薬剤を十分に認識し、慎重に投与の指示を出している。各部署での業務は慎重に行われ、過失、誤認が行われた事実はない。」とだけ報告し、また、京都府医師会に対する平成13年4月6日付け医療事故報告書においても、蕁麻疹に効能・効果のない補正用塩化カルシウム注射液を原液のまま注射したとの事実は記載されていない。原告B及び原告Cに対しても、平成13年4月10日付けで、被告Dの指示が妥当であったこと及び被告Eも被告Dの指示どおりに医療行為を行ったことを主張する書面を送付したのみであった。
さらに、本件病院は、平成14年3月23日、本件医療事故について、本件病院の医師らの措置に過失はないと記者発表した。
(エ) 本件病院は、診療契約に基づき、原告らに対し、診療行為や診療の顛末について調査・説明する義務がある。
本件病院は、前記のとおり、コンクライト-Caが蕁麻疹に対して効能・効果がなく、必ず希釈して投与すべき薬剤であること、また、投与の方法によっては心停止を引き起こす可能性のある薬剤であることを十分認識していたにもかかわらず、この点について原告らに対し何ら調査・報告をせず、かえって、塩化カルシウム注射液の投与に問題はなかった旨の説明に終始し、しかも、弁護士に相談して本件病院の責任は免れないとの説明を受けていたにもかかわらず、責任を回避する釈明をするばかりか、前記のとおり責任がない旨の記者発表さえ行った。
また、上記(ア)のような状況に照らせば、本件医療事故において注射されたのがコンクライト-Kである可能性が高いことも容易に認識できたはずであるのに、これについても何ら調査を行わず、コンクライト-Kが注射されたことが疑われたことについて原告らに報告もしなかった。
さらに、前記のとおり、被告Dが原告Aに対する蘇生措置を怠ったことは明白であるのに、この点についての調査も行わず、「速やかに心肺蘇生措置に最善を尽くしており」と記載した説明文書を原告らに送付した。
加えて、本件訴訟の提起後も、原告らの求釈明に対して誠実に回答しないなど、不誠実な対応に終始している。
以上によれば、被告仁心会は、本件医療事故について、原告らに対する事故原因の調査・報告義務を故意に怠ったといえる。
イ 損害
原告らは、被告仁心会の調査・報告義務違反によって多大な精神的苦痛を被り、これに対する慰謝料としては原告らそれぞれにつき100万円が相当である。
(被告仁心会の主張)
ア(ア) 本件病院としての本件医療事故に関する調査は、直接に原告Aの診療に携わった者の報告を重視して行ったものである。また、その際、診療に時間的に近い時点での報告から重視した。すなわち、注射の指示をした被告D、同指示を受けたG看護師、注射を行った被告E及び原告Aの蘇生措置を行ったI医師らの報告に重きを置き、被告Dに対しては、聴き取り調査を行うとともに、京都府医師会医療事故担当係あて医療事故報告書を作成させた。
原告ら主張の本件病院内で流れた噂などは調査に採用していない。
原告らが主張するF薬剤師の報告は同人が本件病院を退職する直前である平成15年2月に本件病院院長に述べられたものであるが、F薬剤師は事故直後の保健所からの聴き取り調査では塩化カルシウムについて尋ねられた旨話している。
原告Aのカリウム値が基準値より高かったことは、採取された血液が溶血していた上、心肺停止し、一時的に腎臓機能が低下した病態では参考にならない数値である。
(イ) 原告らが主張する本件病院の看護師らに対する指示は、職員間に種々の噂が一人歩きするのを戒めるために注意したものであって、事実を歪曲することを意図するようなものではない。
(ウ) 本件病院は、投薬方法につき、被告Dからの聴き取り調査において、同人が「塩化カルシウムを希釈せずに注射するよう指示をしたし、本件病院の塩化カルシウムがコンクライト-Caであることも知っており、当然、その濃度も知っていた。蕁麻疹の掻痒感に対して効果があるため、本件病院でもよく処方していた。」と話したため、実際に過去に塩化カルシウム注射液を処方し、投与した例を思い出して報告するよう指示したが、被告Dは報告しないまま、平成14年5月22日より無断で本件病院に出勤しなくなった。
平成14年3月23日の記者会見における本件病院院長の発言は、被告Dの医師としての見解を尊重して行ったものである。
(エ) 原告Aに注射された薬剤については、原告Aの診療に直接携わった者からは、一貫して注射されたのはコンクライト-Caであるとの報告がされており、注射器を任意提出して残存注射液の鑑定を京都府警に任せた本件病院としては、塩化カリウムが注射されたとの疑いを持つことはできなかった。
イ 原告ら主張の損害は争う。
第3争点に対する判断
1 争点1について
(1) 前記前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件医療事故発生の経過(甲49、55、61、67[4頁ないし6頁]、69[2頁]、72[3枚目ないし4枚目、11枚目ないし30枚目]、73、74、82、83、弁論の全趣旨)
(ア) 原告Aは、前日から全身に発疹が出て、掻痒感を訴えて、平成13年1月15日、本件病院で被告Dの診察を受けた。
(イ) 被告Dは、原告Aの症状をみて、蕁麻疹と診断した。
被告Dは、塩化カルシウムが蕁麻疹に効果があると考えており、大塚塩カル注2%を静脈注射する意図で、診療録に塩化カルシウム20mlを静脈注射するよう指示を記載した上、G看護師に対し、5分かけてゆっくり注射するよう指示した。
G看護師は、上記指示を受けて、診療録に「5分かけてゆっくり」と記載した上、注意を促すためにさらに文字の下部に赤色で波線を引いて、外来処置室にいた被告Eに対し、診療録の該当部分を示しながら、5分かけてゆっくり注射するよう申し送った。
(ウ) 被告Eは、G看護師に対し、塩化カルシウムが外来処置室北側の注射準備室においてあるか尋ねたが、G看護師が薬局で聞くように答えたため、本件病院の薬局へ行き、F薬剤師に対し、「塩化カリウムって何ですか?」と尋ねた。
F薬剤師が被告Eに対し、「カリウムですか?カルシウムですか?」と聞き返したところ、被告Eは、「塩化カリウムです。」と答えた。
そこで、F薬剤師は、「塩化カリウムであればコンクライト-Kですけども。」と教えた(なお、本件医療事故当時以前から本件病院には大塚塩カル注2%は常置されていなかった)。これを受けて、被告Eは、「あぁ、コンクライトか。」と納得して、外来処置室へ戻った。
(エ) 被告Eは、コンクライト-Kが被告Dの指示にある薬剤であると認識して、外来処置室で、原告Aに対し、コンクライト-K20mlを原液のまま、左手の甲に静脈注射した。このとき、被告Dは注射に立ち合っておらず、他の患者の診察を続けていた。
被告Eには、本件注射以前にも、コンクライト-Kやコンクライト-Caを患者に注射、点滴した経験があったが、これらを原液のまま注射したことはなく、コンクライト-Caが希釈して用いられるものであることを知っていたが、本件注射にあたって、被告DやF薬剤師等に希釈の要否等について確認することはなかった。
(オ) 被告Eが注射を始めて少したったころ、原告Aは左手を口元にあてて「うっ」とえづいたが、被告Eはそのまま注射を続け、その後2分程度のうちに、原告Aは「痛いからやめて。」と悲鳴を上げ、さらにその2、3秒後にはぐったりした状態となった。
本件注射によって原告Aの静脈に注入された塩化カリウム液は、約13mlであった。
(カ) その後、被告D及びG看護師が処置室に駆けつけたときには、原告Aは顔面蒼白で意識がない状態になっていた。
原告Aは救急処置室へ運ばれ、被告Dが原告Aの腹部あたりを押し上げる措置をとっていたが、さらにチアノーゼが強い状態になったため、G看護師は一刻を争う状態であると判断して、本件病院外科のJ医師に応援を頼み、同医師らによって人工呼吸、心臓マッサージ等の心肺蘇生措置がとられた。
(キ) 心肺蘇生措置を経た後、原告Aは、医療法人徳洲会宇治徳洲会病院に搬送され、以後、同病院において入院治療を受けた。
イ 本件医療事故後の被告らの対応
(ア) 本件医療事故発生後、原告Aの蘇生措置に従事していたJ医師は、本件病院の准看護師のKらに対し、本件注射に使用された薬剤のアンプルを探すよう指示し、同准看護師は外来処置室及び注射準備室にあるゴミ箱内を探したが、コンクライト-Caのアンプルは1本も見つからず、他方、コンクライト-Kのアンプルは複数本見つかった(甲68)。
(イ) その後、被告Eは、本件注射に使用した薬剤のアンプルとして、コンクライト-Caのアンプルをどこからか持ってきたが、そのアンプルが汚れていなかったことから、これを見たG看護師は、被告Eが新品のコンクライト-Caのアンプルの中身を捨てて持ってきたのではないかとも思った。また、被告Dも、当初から被告Eが本当に塩化カルシウムを注射したのか疑問をもっていた(甲61[11頁以下])。このような状況下で、本件病院内では、被告Eが注射したのは塩化カリウムだったのではないかとの噂が広まっていた(甲61、68)。
本件医療事故当日の夕方ころには、被告Dは、文献等を読んで、コンクライト-Caが補正用の塩化カルシウム注射液であること(したがって、静脈注射による原液投与が予定されていないこと)を確認した(甲61[14頁])。
さらに、F薬剤師は、本件医療事故の翌日である平成13年1月16日午後、本件病院の院長室で、院長らに対し、本件医療事故の起こる前に被告Eから塩化カリウムについて尋ねられたという事実を話した(甲67[12頁])。
本件病院内では、上記のように被告Eが注射したのは塩化カリウムだったのではないかとの噂が広まっていたが、本件病院の看護師らに対しては、「余計なことは言ってはいけない。」等と指示がされた(甲61[15頁])。
(ウ) 本件病院の院長は、平成13年3月9日、京都府宇治保健所所長にあてて、本件医療事故についての調査が終了したとして、事故の原因につき「指示医師は、投与薬剤を十分に認識し、慎重に投与の指示を出している。各部署での業務は慎重に行われ、過失、誤認が行われた事実はない。」等と報告した(甲15)。
(エ) 本件病院の院長は、平成13年3月23日午後、記者会見を開き、医師や看護師から事情聴取をした結果、「医師の診断、看護師への指示、カルシウム剤の注射までの一連のプロセスの中で、どこも間違っていたところはなかった。」と述べた(甲21)。
(オ) また、本件病院の院長は、平成13年4月6日付けで、京都府医師会医療事故担当係にあてて、医療事故報告書を作成したが、その報告書上の「医療機関の見解」欄に、蕁麻疹の治療として、塩化カルシウムの注射ですぐに効果があるという趣旨の被告Dの見解をそのまま記載している(甲17)。
(カ) その後、被告仁心会及び本件病院は、平成13年4月10日付けで、理事長及び院長の連名で、原告Bに対し、被告Dが指示を妥当であるとしており、被告Eも指示どおりの医療行為を行った旨述べていること及び本件医療事故の責任等は医事紛争調停委員会で話し合いを進めたいことを記載した「御連絡」と題する書面を送付した(甲18)。
(キ) その後、本件病院は、平成15年11月13日、報道機関に向けて「A様医療事故に対する病院見解」と題する書面を作成したが、その中で、初めて、塩化カルシウムが蕁麻疹を適応症例として認めていない薬剤である旨を明確に記載した(甲32)。
(ク) 本件病院は、上記経過の中で、上記塩化カルシウムの効能・効果についてすら原告B及び原告Cに対して明確に説明することはなかった(弁論の全趣旨)。
ウ 本件医療事故で問題となった薬剤の用法等
(ア) 塩化カルシウム注射液の用法、効能・効果
a 塩化カルシウム注射液は、昭和50年にその効能・効果について再評価の指定がなされ、その結果が昭和61年に通知されるまでは、蕁麻疹、湿疹、薬疹、掻痒症等に効能・効果があるものとされていたが、再評価の結果、上記症状に対して有効と判定する根拠がないものとされた(甲6の2・5・8)。
b コンクライト-Caは、塩化カルシウム製剤のひとつであり、1アンプル20ml中に塩化カルシウム1.11gを含有する塩化カルシウム製剤である。コンクライト-Caの添付文書には、効能又は効果として、電解質補液の電解質補正、低カルシウム血症が挙げられており、用法及び用量については、電解質補液の電解質の補正用として、体内の水分、電解質の不足に応じて電解質補液に添加して用いるものとされ、また、使用上の重要な基本的注意事項として、必ず希釈して使用することとの記載がある(甲4の3)。
また、コンクライト-Caのアンプルが入った箱及びアンプルのラベルには「希釈-点滴」との文字が印刷されている(甲5の1)。
c 塩化カルシウム製剤には、コンクライト-Caのほか、1アンプル20ml中に塩化カルシウム0.4gを含有する製品(大塚塩カル注2%など)があり、この濃度の塩化カルシウム製剤は、低カルシウム血症に起因するテタニー関連症状の改善のほか、鉛中毒症、マグネシウム中毒症、妊婦・産婦の骨軟化症におけるカルシウム補給等に効能・効果があるとされ、用法としては静脈注射が予定されている。また、静脈注射をする場合の基本的注意事項として、添付文書上、緩徐に注射することとされ、急速投与した場合には動悸、徐脈、血圧変動、熱感等の症状があらわれることがあるとされている(甲4の7・8、6の7)。
この点に関して、大塚塩カル注2%の医薬品インタビューフォームでは、「急激に血清カルシウム濃度を上昇させると、顔面紅潮、動悸、血圧の上昇及び低下、不整脈、心停止等が引き起こされることがあるため、カルシウム製剤の静脈内投与は緩徐に行わなければならない。また、投与に際しては心電図によるモニターと血清カルシウム濃度の測定を行うべきである。」と解説されている(甲6の7)。
d 本件病院においては、本件医療事故当時、塩化カルシウム製剤としてはコンクライト-Caしか置いておらず、大塚塩カル注2%等、他の塩化カルシウム製剤は常備していなかった(甲32、弁論の全趣旨)。
(イ) 塩化カリウム液の用法等
a 塩化カリウムは、低カリウム血症等に対するカリウムの補給用に広く用いられる薬剤であり、急速投与すると、高カリウム血症を起こす等の副作用がある(甲36添付の資料<2>)。
b コンクライト-Kは、塩化カリウム製剤のひとつであり、その添付文書上、効能又は効果として電解質補液の電解質補正が挙げられており、用法として、電解質補液に添加して点滴静脈内注射するか、腹膜透析液に添加して腹腔内投与するものとされているほか、重要な基本的注意事項として必ず希釈して使用することが求められている(甲36添付の資料<1>)。
また、コンクライト-Kの大量・急速投与による中毒症として、四肢麻痺、反射消失、呼吸麻痺、精神錯乱、脱力、低血圧、心性不整脈、心ブロック、心電図異常、心停止等が挙げられる(甲59)。
c コンクライト-Kのアンプルが入った箱及びアンプルのラベルには、いずれも「希釈-点滴」、「希釈-腹腔内」との文字が印刷されている(甲36添付の資料<6>-1、<6>-2、<7>)。
(2) 被告Dの過失
被告Dは、大塚塩カル注2%を投与する意図で塩化カルシウム注射液の静脈注射を指示した(前記(1)ア(イ))が、医師が看護師等に対して静脈注射等の行為を指示する場合、医師は、その注射すべき薬剤の種類、注射量、注射方法、速度等について、指示に誤解が生じないよう、的確に指示することはもちろん、薬剤の種類や危険性によっては医師自ら注射したり、あるいは少なくとも注射の場に立ち合うなどして、誤注射等の事故発生を防ぐべき注意義務を負っているから、大塚塩カル注2%の用法(前記(1)ウ(ア)c)からすれば、被告Eに単独で行わせるのではなく、自ら注射を実施するか、あるいは少なくとも注射をする場に立ち合い、注射事故の発生を防ぐべき注意義務を負っていたものというのが相当である(医療法人徳洲会宇治徳洲会病院のL医師が、京都府医師会の照会に対して、塩化カルシウムの静脈注射につき、「通常、この薬剤の副作用を熟知した医師による投与が要求される。」(甲20の4)としているのも、上記の点を指すものと認められる。)。
しかるに、被告Dは、本件注射に立ち合うことすらしなかった(前記(1)ア(エ))から、上記注意義務に違反した過失がある。
これに対して、被告Dは、本件医療事故は被告Eが被告Dの指示に反して塩化カリウム液であるコンクライト-Kを静脈注射したことに起因するものであり、自らの指示自体に問題はなかった旨主張するが、被告Dが上記注意義務を果たしていれば、被告Eが薬剤を混同していることはもとより、そもそも本件病院に大塚塩カル注2%が常置されていない(前記(1)ウ(ア)d)ことにも当然気付いたはずであるから、被告Dの上記過失と原告Aの後遺障害との間には因果関係があるといえ、被告Dの主張は採用できない。
(3) 被告Eの過失
前記(1)の認定事実のとおり、被告Eは、被告Dが指示をした塩化カルシウムとは異なる塩化カリウム液であるコンクライト-Kを、被告Dの指示した注射液であると誤解して(前記(1)ア(イ)、(ウ))、原告Aに対してコンクライト-Kを原液のまま静脈注射した(前記(1)ア(エ))が、准看護師が医師の指示に基づいて静脈注射を行う場合、准看護師は、薬剤の種類、量、投与方法等を十分確認の上投与することはもちろん、医師の指示内容に不明な点や疑問点等があれば、医師や薬剤師に再度確認する等して、薬剤の誤投与、誤注射を防ぐべき注意義務を負っているところ、本件の場合、コンクライト-Kの箱及びアンプルのラベルには、「希釈・点滴」との文字が印刷されている(前記(1)ウ(イ)b)のであるから、コンクライト-Kが希釈の上点滴投与されるべき薬剤であることは容易に認識し得たはずである上、被告E自身、本件注射以前にも、コンクライト-Caやコンクライト-Kの処方指示を受けたことがあるが、原液のまま静脈注射したことはなかった(前記(1)ア(エ))から、原液のまま静脈注射するようにとの被告Dの指示について、同被告に対して、その適否、希釈の必要があるのであればその程度、投与量、速度等について確認すべき注意義務があったといえる。
しかるに、被告Eは、被告Dに対して何らの確認をしないまま、コンクライト-Kを原液のまま静脈注射した(前記(1)ア(エ))から、上記注意義務に違反したといえ、過失があることは明らかである。
これに対し、被告Eは、<1>准看護師にすぎない被告Eが医師である被告Dの指示に対し、それを再検討する権限及び義務はない、<2>本件の場合、被告Dの指示どおりに塩化カルシウム注射液を投与していたとしても、希釈の指示がないこと及び本件病院に常備されていた塩化カルシウム注射液であるコンクライト-Caの濃度(5.5%)を前提とすれば、いずれにせよ本件医療事故は回避できなかった、<3>本件においては、被告Dが本件医療事故後直ちに適切な蘇生措置をとらなかったことが、原告Aの後遺障害を重大なものにした等と主張する。
しかし、准看護師といえども、現に患者に対して静脈注射等、侵襲を伴う措置を行う以上、その措置によって患者の生命・身体を害することを防ぐべき注意義務を負っているのは当然であり、医師の指示自体に疑問が生じたような場合には、医師に対して指示内容を再確認する等して、自らの行う投薬措置等に誤りの生じないようにする注意義務があるというべきであり、被告Eの上記<1>の主張は採用できない。
また、本件で被告Eが塩化カルシウム注射液であるコンクライト-Caを静脈注射していた場合、本件と同様あるいは類似の結果が生じていたか否かは不明ではあるが、被告Eが被告Dの指示どおりコンクライト-Caを注射したとしても、コンクライト-Caの箱及びアンプルのラベルにも、「希釈・点滴」との文字が印刷されている(前記(1)ウ(ア)b)上、被告E自身、本件医療事故以前にコンクライト-Caを原液のまま注射したことはないことを考慮すれば、この場合でも、被告Eは被告Dに対して再度指示内容を確認すべきであったことは変わりはなく、被告Eが被告Dに確認をしていれば、コンクライト-Caを原液のまま静脈注射することは避けられたことは容易に推認できるから、被告Eの上記<2>の主張は採用できない。
さらに、本件医療事故の経過(前記(1)ア(イ)ないし(カ))及びコンクライト-Kの薬理作用(前記(1)ウ(イ)a、b)によれば、被告Eの過失と原告Aの後遺障害との間に因果関係があることは明らかであり、被告Dが適切な蘇生措置を行わなかったことが原告Aの後遺障害の程度に相当程度影響しているとしても、これをもって、被告Eの前記過失と原告Aの後遺障害との間の因果関係がないとは到底いえないから、被告Eの上記<3>の主張は採用できない。
2 争点3について
前記1によれば、被告D及び被告Eは、原告らが本件医療事故により被った損害につき損害賠償責任があるから、以下、原告らが被った損害を検討する。
(1) 原告Aの損害
ア 原告Aの症状
(ア) 原告Aは、本件医療事故により、平成13年1月15日から同年6月2日まで139日間、医療法人徳洲会宇治徳洲会病院において入院治療を受け、その後も通院、リハビリ治療等を受け続けているが、急性心停止による低酸素脳症のため、視床を含む大脳基底核に著名な損傷が遺り、両上肢機能全廃、両下肢機能全廃、体幹機能障害の後遺障害が遺った。そして、平成13年4月17日ころ症状固定となり、同日、身体障害1級の認定を受けた(甲2、3、20の3・4、74、78、弁論の全趣旨)。
(イ) 原告Aは、上記後遺障害のため、現在に至っても、自発呼吸、自発的開閉眼、音刺激に対するわずかな反応は見られるものの、意思疎通は不可能な状態であり、経管栄養注入、体位変換、更衣、家屋内外でのバギー等での移動、入浴、排泄等、日常生活のあらゆる場面で介助が必要となっているが、これらの症状について回復の見込みはなく(甲74、甲78)、さらに、側湾症等、全身の体型変形が進行しており、骨格の成長に伴い骨折が生じたり、別途手術を受ける必要が生じるという状況にある(甲28ないし31、72[5枚目、31枚目]、78)。
イ 上記アを前提として検討すると、原告Aは、本件医療事故により次のとおり合計2億3905万1230円の損害を被ったと認められる(弁論の全趣旨)。
(ア) 治療費92万1820円
(イ) 入院中の付添看護費139万円
原告Aの上記症状の重大性、介助の困難性にかんがみれば、入院中の139日分の付添看護費としては日額1万円が相当である。
(ウ) 入院雑費18万0700円(日額1300円として入院中の139日分)
(エ) 器具購入費10万1124円
(オ) 衣服、紙おむつ代等合計6万2529円
(カ) 家屋改造費29万2000円
原告Aの居宅内での車いす移動のためには家屋改造が必要と認められ、上記金額は相当である。
(キ) 専用車両購入費98万4150円
原告Aの通学、通院等の移動のためには専用車両が必要と認められ、上記金額は相当である。
(ク) 将来の介護費用1億2601万0045円
原告Aの平均余命は症状固定時(7歳)から77.98年(平成12年簡易生命表による。)であるところ、原告C(昭和38年6月16日生まれ、本件医療事故当時38歳)が67歳に達するまでの29年間は、原告C及び原告Bによる介護が必要であり、原告Cが67歳に達した後は、職業付添人による介護が必要となると認められる。
a 原告Cが67歳に達するまでの間の介護費用
介護費用として主介護者である原告Cにつき日額1万5000円、補助者である原告Bにつき日額2000円が相当であるから、この間の介護費用は、日額計1万7000円×365日×15.1410(29年間のライプニッツ係数)の計算により、9394万9905円となる。
b 原告Cが67歳に達した後の職業付添人による介護費用
原告Aの後遺障害・症状に照らせば、職業付添人による介護費用としては日額2万円が相当であるから、この間の介護費用は、日額2万円×365日×(19.5328[77年間のライプニッツ係数]-15.1410[29年間のライプニッツ係数])の計算により、3206万0140円となる。
(ケ) 将来の雑費712万9472円
原告Aは、自立的に排便・排尿ができず、現在は、体型変形による便秘のため、連日浣腸を必要としており、また、気管切開部からの唾液流出のため頻回のガーゼ交換が必要な状況である(甲78)から、紙おむつ代、お尻拭き、防水シート、ガーゼ等の購入費用が将来にわたって必要と認められ、日額1000円が相当であり、この間の雑費は、日額1000円×365日×19.5328(77年間のライプニッツ係数)の計算により、712万9472円となる。
(コ) 後遺障害逸失利益5035万9390円
後遺障害逸失利益を算定する際の原告Aの基礎収入は平成12年賃金センサス産業計全労働者全年齢平均年収の497万7700円、労働能力喪失率は100%、稼働年齢は18歳から67歳までとするのが相当であるから、この間の逸失利益は、497万7700円×1×(18.9292[7歳から67歳まで60年間のラィプニッツ係数]-8.3064[7歳から18歳まで11年間のラィプニッツ係数])の計算によれば、5287万7111円となるが、原告Aの主張する5035万9390円はこの金額の範囲内であるから、原告Aの主張する金額は相当である。
(サ) 入院慰謝料162万円
原告Aの症状、139日の入院期間を考慮すれば、入院による慰謝料として原告Aの主張する162万円は相当である。
(シ) 後遺障害慰謝料3000万円
a 本件医療事故は、被告Dがそもそも蕁麻疹に効能・効果のない薬剤の注射を指示したことに端を発し、さらに、被告Eが注射すべき薬剤を取り違えるという、医療行為に従事する専門家としては通常考え難い経過をたどって生じたものであり、単に蕁麻疹の治療を受けに来ただけの原告Aが、数分間のうちに前記ア記載のような、死亡にも匹敵する重大な後遺障害を負ったのであり、その精神的苦痛は計り知れない。
b これに加えて、本件医療事故後、被告Dは、本件医療事故当日には、既に文献等で、自己が指示をした塩化カルシウム注射液について、コンクライト-Caが補正用の塩化カルシウム注射液であることを確認している(前記1(1)イ(イ))から、少なくとも、その時点では、自己の指示内容が適切なものではなかったことを認識していると考えられるところ、この点については原告らに対して明らかにすることなく、その後、事故後約3か月経過した平成13年4月になっても、「蕁麻疹に対して、塩化カルシウムの注射ですぐに効果があった。」等と当時の医療水準とは異なる自己の見解に固執する姿勢を続けた(前記1(1)イ(カ))。
また、被告Eは、本件医療事故後、注射したのは塩化カルシウムであると主張し続け、本件医療事故に係る刑事事件において初めて塩化カリウムを注射したことがわかった旨供述しているが(甲75[4頁])、認定のとおり、F薬剤師に対して「塩化カリウム」について尋ねていること(前記1(1)ア(ウ))及び他の看護師が探しても見つからなかったコンクライト-Caの空アンプルをどこからか持ってきていること(前記1(1)イ(イ))に照らせば、被告Eの上記供述は直ちに信用できず、むしろ、責任逃れのためにコンクライト-Caを注射したように偽装を図ったものであるとの疑いが払拭できない。
このような被告D及び被告Eの本件医療事故後の対応は、到底適切なものとはいえず、これによって原告Aの精神的苦痛はさらに増大することとなったというべきであるから、原告Aの後遺障害慰謝料の額を算定するにあたってはこれを斟酌するのが相当である。
c 前記a及びbの事情を考慮すれば、原告Aの後遺障害慰謝料としては3000万円が相当である。
(ス) 弁護士費用2000万円
(2) 原告B及び原告Cの損害
ア 慰謝料各400万円
原告B及び原告Cは、本件医療事故によって、本件医療事故当時6歳の将来ある娘が、ただ、蕁麻疹の治療のために本件病院で受診しただけで、突如として、前記(1)ア記載のような死亡にも匹敵する重大な後遺障害を負い、まさに身を削るような介護を強いられているのであり、これによって被った精神的苦痛は甚大である。
その上、前記のとおり、被告D及び被告Eの本件医療事故後の対応は、到底適切なものとはいえないところ、原告Aは当時6歳で、本件医療事故によって意思疎通も困難となったから、原告B及び原告Cは、原告Aに代わって、本件医療事故の原因について説明や謝罪を受けるべき立場にあったことを考慮すれば、被告D及び被告Eの本件医療事故後の対応の不適切さは、原告B及び原告Cの慰謝料の算定にあたっても斟酌するのが相当であるから、原告B及び原告Cの固有の慰謝料としては各400万円が相当である。
イ 弁護士費用各40万円
3 争点2について
前記1で判示した被告D及び被告Eの各不法行為は、被告D及び被告Eが被告仁心会の本件病院での事業の執行にあたってなされたものであり、被告仁心会は、被告D及び被告Eの本件医療事故当時における使用者であるから(前提となる事実(1)ア、イ)、被告仁心会は前記2で判示した原告A、原告B及び原告Cが被った各損害を賠償する責任がある。
これに対し、被告仁心会は、被告D及び被告Eの選任及び事業の監督につき相当の注意をなしていた旨主張するが、本件医療事故発生の経過及びその後の被告らの対応(前記1(1)ア、イ)によれば、被告仁心会が、被告Dや被告Eに対して十分な指導、監督をしていたとは到底認められないから、被告仁心会の上記主張は採用できない。
(なお、以上によれば、被告仁心会の債務不履行責任、同被告の過失による不法行為責任、F薬剤師の過失及びこれによる同被告の不法行為責任を検討する必要はない。)
4 争点4について
(1) 被告仁心会の事故原因の調査・報告義務
原告らは、被告仁心会が本件医療事故後の事故原因等の調査・報告義務を怠ったとして、診療契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、同被告に対し、慰謝料の支払いを求めるものであるが、原告Aの蕁麻疹の治療についての診療契約は、原告Aの法定代理人である原告B及び原告Cと被告仁心会との間で締結されたと認められる(弁論の全趣旨)。
これに対し、被告仁心会は、診療契約締結の事実を否認するが、原告Aは被告病院の受付を通じて被告Dの診察を受け、被告仁心会はこれについて診療報酬を請求しているのであり(甲24、弁論の全趣旨)、診療契約が締結されていることは明らかである。
受任者である医療機関ないし医師は、診療契約上の債務ないしこれに付随する債務として、患者の治療に支障が生じる場合を除き、委任者である患者に対し、診療の内容、経過及び結果を報告する義務があるといえ、このことから、委任者である患者について医療事故が起こった場合、委任者である患者に対し、医療事故の原因を調査し、報告する義務があるといえる。
本件においても、被告仁心会は原告Aに対して、上記診療契約に付随して、上記報告等をする義務を負っている。ただし、原告Aの本件医療事故当時の年齢(6歳)に照らせば、被告仁心会が上記報告等をする相手方は、実際上、原告Aの法定代理人である原告B及び原告Cということになると考えられる。
(2) 原告Aの請求
本件医療事故発生後の被告らの対応(前記1(1)イ)によれば、そもそも塩化カルシウム注射液が蕁麻疹に対して効能・効果を有しないことや、コンクライト-Caが静脈注射による使用を予定していない薬剤であることは、極めて単純な調査で直ちに判明する事柄であり、被告仁心会は、本件医療事故後間もなく、この事実を認識していたと推認できるところ、平成13年3月の京都府宇治保健所に対する報告や、同年4月の京都府医師会医療事故担当係あての医療事故報告書においても全く上記の点に触れることなく、原告らに対する説明も、平成13年4月10日付けの原告Bに対する書面(甲18)においても、被告Dが指示を妥当であるとしており、被告Eも指示どおりの医療行為を行った旨述べていることが記載されており、本件医療事故の事故原因の説明・報告としては誠意あるものとは到底いえない。
そして、被告仁心会は、本件医療事故から約2年10か月経過した平成15年11月13日になって、初めて、塩化カルシウムが蕁麻疹を適応症例として認めていない薬剤であることを認めるに至ったものである。
以上によれば、被告仁心会が、原告Aに対して、本件医療事故について、事故原因の調査・報告義務を怠ったといえる。
原告Aは、被告仁心会の上記義務懈怠により相当の精神的苦痛を被ったと認められ(弁論の全趣旨)、これに対する慰謝料としては100万円が相当である。
(3) 原告B及び原告Cの請求
原告B及び原告Cは、前記(1)のとおり、原告Aの法定代理人として、実際上、被告仁心会から前記報告を受ける立場にあるものというべきであるが、被告仁心会の前記調査・報告義務は、診療契約に付随する義務として、契約の相手方である原告Aに対して負うものであり、直接の契約関係にない原告B及び原告Cに対して負うものではない(原告B及び原告Cに対して適切な報告がなされなかった事実は、前記(2)のとおり原告Aに対する債務不履行の問題として検討したところである。)。
5 結論
(1) 前記請求1について
原告Aの(1)の請求は主文1項及び2項の限度で、原告B及び原告Cの(2)の請求は主文3項及び4項の限度で、いずれも理由があるが(なお、訴状送達の日は被告仁心会については平成14年5月9日、被告Dについては同月2日、被告Eについては同月8日であり、この点から、主文2項及び4項の各附帯請求の金額については、平成14年5月3日から同月8日までの分は被告Dの債務、同月9日分は被告D及び被告Eの連帯債務、同月10日以降の分は被告らの連帯債務となる。)、その余はいずれも理由がない。
(2) 前記請求2について
原告Aの請求は理由がある(なお、平成16年6月4日付け請求の趣旨拡張申立書の被告仁心会に対する送達の日は平成16年6月9日である。)が、原告B及び原告Cの請求はいずれも理由がない。
(3) よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中義則 裁判官 阪口彰洋 裁判官 大橋弘治)