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京都地方裁判所 平成15年(行ウ)19号 判決 2005年10月20日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対してした平成13年6月21日付け生活保護変更決定を取り消す。

2  被告が原告に対してした平成13年7月30日付け費用返還決定を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,生活保護を受給している原告が,障害基礎年金(国民年金法15条2号,30条)をさかのぼって受給することになったところ,被告が,原告の受給する障害基礎年金を全額収入と認定し,生活保護費のうち年期相当額を減額することを内容とする保護変更決定(以下「本件変更決定」という。)を行い,また,既に支給されていた生活保護費のうちさかのぼって受給した障害基礎年金に相当する金額から電子レンジ及び洗濯機の購入費用に相当する金額のみを控除した金額の返還を命じる決定(以下「本件返還決定」という。)を行ったことについて,本件変更決定及び本件返還決定はいずれも違法であるとして,それらの取消しを求める事件である。

2  争いのない事実等

(1)  原告の生活保護受給状況等

ア 原告(昭和○年○月○日生)は,平成9年11月1日に被告から生活保護開始決定を受け,現在に至るまで生活保護(生活扶助,住宅扶助,及び医療扶助)を受けている。

イ 被告は,生活保護法(以下「法」という。)による保護の実施機関である京都市長から委任を受けて保護等を実施する機関である。京都市南福祉事務所における本件各決定前及び決定当時の原告の担当ケースワーカーは,Aであり,Bは,同福祉事務所保護課保護第4係長として,Aの上司であり,担当の係長であった。

(2)  保護基準

ア 保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とするもので,その基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これをこえないものでなければならないとされている(法8条)。

イ それを受けて,厚生労働大臣は,「生活保護法による保護の基準」(昭和38年4月1日厚生省告示第158号(乙1)。以下「保護基準」という。)によって,保護の基準を定めている。

保護基準では,生活扶助について,その地域を1級地-1(京都市は1級地-1に属する。)から3級地-2までの6地域に分けた上で,それぞれの地域ごとに,年齢別の基準額(第1類),世帯人員別の基準額(第2類)を定めている。また,障害者については,その障害の程度を2つに分けた加算額を定めており,平成13年当時,京都市在宅者について,障害がより重度の程度に該当する者については月額2万7140円,より軽度の程度に該当する者については月額1万8090円の障害者加算がされるものとされていた。

ウ 被告は,平成13年6月分の原告の生活扶助費について,保護基準に基づき,10万9660円(第1類費3万8610円,第2類費4万3910円,障害者加算2万7140円)と算定した。それに加えて,原告の受給する住宅扶助費は5万円であった。

(3)  収入認定についての運用

ア 保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われ(法4条1項),厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとされている(法8条1項。)。

イ 厚生労働省は,生活保護の実際の内容について,昭和36年4月1日発社第123号厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」(乙2,乙15,乙16。以下「次官通知」という。),昭和38年4月1日社発第246号厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」(乙3。以下「局長通知」という。)等から成る保護の実施要領を定め,さらに,昭和38年4月1日社保第34号厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」(乙6)によって具体的な指針を示している。

ウ これらによると,保護の要否及び程度は,原則として,当該世帯につき認定した最低生活費と認定した収入との対比によって決定するものとされ(次官通知第8),就労に伴う収入及び就労に伴う収入以外の収入(恩給,年金等の収入,仕送り,贈与等による収入,財産収入,その他の収入)があれば,収入と認定するものとされている(次官通知第7)。

また,国民年金法による給付で,6か月以内の期間ごとに支給される年金については,実際の受給額を原則として受給月から次回の受給月の前月までの各月に分割して収入認定し,それ以外のものについては,原則として,その全額を当該月の収入として認定するものとされている(局長通知第7)。

(4)  身体障害者手帳の交付

ア 原告は,平成11年10月4日,腰椎椎間板ヘルニア,坐骨神経障害,頸椎症による右上肢及び両下肢機能障害により,障害等級2級の身体障害者手帳の交付を受けた。

イ 原告は,平成13年5月10日,上記障害について,国民年金法施行令別表の2級の障害に当たるとして国民年金障害基礎年金の支給決定を受け,同年1月にさかのぼって年額80万4200円の障害基礎年金の支給を受けることになった。

(5)  本件各決定に至る経緯

ア 原告は,平成13年5月22日に京都市南福祉事務所を訪れ,障害基礎年金を受給することになった旨をAに伝えた。Aは,原告に対して,障害基礎年金が収入認定されること,さかのぼって支給される年金相当額については返還を求められることを説明した。

イ 原告は,同年5月28日及び同月29日,書面及び口頭で,BあるいはAに対し,障害基礎年金は収入認定から除外されるべきであるとの意見を表明した。

ウ 原告は,同年6月11日,京都市南福祉事務所に訪れ,BとAに対して,電子レンジが欲しい旨を述べた。また,同年6月18日に,原告はBに電話をかけ,洗濯機が壊れたので,その購入費用も返還金額から免除してほしいと申し出た。

(6)  本件変更決定

被告は,平成13年6月21日,原告が受給することになった上記障害基礎年金の月額6万7016円とし,その全額を収入として認定し(6月に受領する4月分の障害基礎年金を6月の収入とする),それまでの生活保護費の額から障害年金の月額を減額した上で,同年6月1日からの生活保護費(生活扶助と住宅扶助の合計額)を月額9万2644円(15万9660円-6万7016円)に減額することを内容とする保護変更決定を行った(本件変更決定)。

(7)  法63条の返還の控除についての運用

ア 法63条は,「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施期間の定める額を返還しなければならない。」と定めている。

イ 厚生省社会・援助局保護課監修の「生活保護手帳(別冊問答集)」(乙5,以下「生活保護手帳」という。)には,当該世帯の自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものであって,地域住民との均衡を考慮し,社会通念上容認される程度として実施機関が認めた額について,法63条に規定する保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害すると認められる場合には,その額を本来の要返還額から控除して返還額と決定する取扱いをして差し支えないと記載されている。

(8)  本件返還決定

被告は,平成13年7月30日,上記のとおり原告に障害基礎年金が同年1月1日にさかのぼって支給されたことを理由に,既に支給された同年1月分から3月分までの保護費である20万1048円(6万7016円×3)から電子レンジ及び洗濯機の購入費用4万7775円を控除した金額である15万3273円(20万1048円-4万7775円)の返還を命じる決定を行った(本件返還決定)。

(9)  審査請求等

原告は,被告の本件減額決定及び本件返還決定を不服として,平成13年8月16日,法64条に基づき,京都府知事に対し審査請求をした。これに対し,京都府知事は,平成13年10月1日,原告の審査請求を却下する旨の裁決をした。

原告は,同年10月24日,厚生労働大臣に対し,法66条に基づき,再審査請求をしたが,現在まで,これに対する裁決はされていない。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  障害基礎年金の全額を収入として認定することの可否

(被告の主張)

ア 法4条(補足性の原理)からすれば,障害基礎年金を含め,現実に要保護者が受け取った金員は,原則として,すべて収入として認定すべきものである。そして,収入認定は,法の目的から一義的に判断し得るものではない上,文化の発達や国民生活の進展についても考慮する必要があるから,専門性・技術性があり,その反面として,広範な裁量が認められるというべきである。したがって,収入認定が違法とされるのは,裁量権の逸脱・濫用がある場合に限られる。

また,障害基礎年金は,障害者の所得保障の趣旨で支給されるものであって,障害を持つことによって生じる特別な出費に対する一定の補てんや,障害者自らの能力や関心に応じた自己実現を遂げていく上で必要不可欠な事柄を行う際に必要とされる特別の出費などに対する一定の経済的保障というような他の性質を含むものではない。そうすると,障害基礎年金の性質は,生活保護の保護費と変わらないから,障害基礎年金を収入認定し,保護費から年金の月額相当額を減額した本件変更決定は,適法である。

そして,障害者基本法が制定されたことによっても,障害基礎年金が所得保障のためのものであるという性質が変わるものでもなく,また,障害基礎年金が所得保障のためのものであるとしても,何ら障害者基本法に反するものではない。

イ 原告は,障害者加算の額が障害者の社会参加等の特別の需要を考慮すると低額に過ぎ,そのような状況の下で,障害基礎年金を全額収入認定することが違憲,違法であるとか,障害者加算額自体が憲法25条に違反するなどと主張する。

しかし,障害者加算を含む保護基準をどのように設定するかは,厚生労働大臣の合目的的な裁量にゆだねられており,裁量権の逸脱又は濫用がない限り,違法とされることはない。

障害者加算については,必ずしも個別の費用を具体的に算定して決めているわけではないが,加算対象経費としては,障害等のハンディキャップに対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費など,更に具体的にいえば,車いす,義足等の使用に伴う増加エネルギーの補てん,居住環境,家具,被服等の改善等の費用,自助具,点字新聞等の購入費用等を想定している。したがって,障害者加算を含む現行の保護基準の設定については,厚生労働大臣に裁量権の逸脱又は濫用はなく,何ら違憲,違法なものではない。

障害基礎年金を全額収入認定した場合も,障害基礎年金と保護費とを併せると,被告が受け取る金額には障害基礎年金の受給前と変動はなく,原告の最低生活費は確保されており,本件変更決定は何ら憲法25条に違反したり,違法であったりするものではない。

(原告の主張)

ア 収入認定は,法4条(補足性の原理)及び法8条(基準及び程度の原則)に基づくが,補足性の原理を強調する余り,最低生活の原理(法3条)がないがしろにされてはならないのは当然である。最低生活保障の意義を没却する収入認定が許容され得ない。

障害基礎年金は,当該被保険者が障害のために社会生活を補い,健康を維持し,社会生活を送るために必要となる経費に充てるために支給されているものであり,障害のある者の生存及び社会参加を保障するためのものであるから,障害基礎年金を収入認定することは許されない。

障害基礎年金は,①障害を持つことによって生じる稼得能力の低下ないし喪失に伴う所得の中断,減少ないし喪失に対する適切な所得援助,②障害を持つことによって生じる特別な出費に対する一定の補てん,③障害者自らの能力や関心に応じた自己実現を遂げていく上で必要不可欠な事柄を行う際に,必要とされる特別の出費に対する一定の経済的保障という三つの意義を有している。

また,障害者基本法が制定され,国民年金法の障害基礎年金に関する規定の解釈,運用は,優越的な性格を有する障害者基本法に誘導されることになり,同法の趣旨に即した解釈,運用が求められるようになったところ,同法1条の目的規定や同法4条,13条などに照らせば,障害基礎年金は,障害者の特別の需要,障害者の社会参加の実現による自立助長の意義を含んでいる。

このような,障害基礎年金の意義にかんがみると,障害基礎年金の全額を収入として認定することは,生活保護法における障害者に対する十分な代替的措置を前提としない限り,障害者の最低限度の生活を侵害することになり許されないが,生活保護法における障害者加算は,到底そのような代替的措置となり得るものではないから,障害基礎年金を全額収入認定してされた本件変更決定は違法である。

イ 原告のように重度の障害を抱え,就労不可能な者にとって,「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するために社会参加は不可欠である。そして,原告のように車いすを利用せざるを得ない者にとって,社会参加のための移動交通費の負担は大きい。

ところが,現行の障害者加算額は,原告の場合で月額2万6900円にすぎず,障害者の特別需要,特に社会参加のための移動交通費などにこたえ切れていない。現に原告は社会参加を実現するために高額のタクシー料金を負担せざるを得ない状態にあり,これでは障害者の最低限度の生活は実現し得ない。

このような状況の下で,障害基礎年金の全額を収入認定し,保護費を減額すれば,原告としては,移動交通費等の社会参加のための費用を工面するために食費が削られるか,社会参加の権利を否定されることになる。障害基礎年金が収入認定されなければ,これを移動交通費等の社会参加のための費用に充て,健康を保持しながら十分な社会参加を実現することができるはずであり,このような不十分な障害者加算の現状の下で,障害基礎年金を収入認定し,保護費を減額することは,原告に「健康で文化的な最低限度の生活」以下の生活を強いるものであり,憲法25条,法1条(目的規定),3条(最低生活の原理),9条(必要即応の原則)に違反する。

また,現行の障害者加算は,障害者の特別の需要を満たすものではなく,憲法25条に違反する状態にあるから,その違憲状態を是正しないまま障害基礎年金の全額を収入認定することを是認するのであれば,本件変更決定は,憲法に違反する障害者加算を前提とするものとして違法である。

ウ 重度の身体障害を抱える原告は,移動のために多額の交通費の負担を強いられている。本来,原告は,障害基礎年金を移動交通費等の社会参加の費用に充てて,健康を保持しながら十分な社会参加を実現することができるはずであったのが,生活保護を受給したために,健康を犠牲にしての社会参加を強いられている。ところが,障害を持たない者が生活保護を受けてもこのような問題は生じないから,原告は,障害者であるが故の不合理な差別を受けたことになる。また,原告が,一定の資産,収入があって,生活保護を受けずに生活しておれば,やはり障害基礎年金を移動交通費等の社会参加の費用に充てることができたが,就労不能のため生活保護を受けざるを得なくなり,その結果,障害基礎年金を移動交通費等の社会参加の費用に充てることができなくなった。これは,原告と生活保護を受給していない障害者との間で不合理な差別を認めたものである。

障害基礎年金を収入認定することは,これらの差別をもたらすものであるから,憲法14条,障害者基本法3条に反する。

(2)  被告が,本件返還決定に当たって室内用車いす等の物品の購入費用を控除しなかったことの適否

(被告の主張)

ア 返還決定についての被告の義務

法63条の「その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額」については,被告の専門的・技術的な判断を要するから,その反面,広範な裁量が認められると解するべきである。

被告には,法63条に基づく返還額の範囲を決定するに当たり,被保護者に対して,調査及び助言勧告をすべき法的義務を定めた法令上の規定はない。法63条に基づく返還決定を行うに当たり,要返還額から控除すべき費用は,被保護者の自立更生という観点から判断されるべきところ,いかなる物品が自立更生のために必要であるかについては,千差万別であるから,当該被保護者自身が一番よく知り得る反面,保護の実施機関が職権で調査して分かるというものではない。

生活保護手帳によれば,法63条の返還に関しては,「原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきである。」とされているが,これは,生活保護の前提条件として,生活に困窮する者は,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものをその最低限度の生活のために活用することを要件としているという補足性の原則に基づくものであり,かかる理念にかんがみれば,要保護者からの申請行為がないのにもかかわらず,被告において積極的に控除対象となるべきものを調査して助言,勧告すべき法的義務が存在すると解することは困難である。

法25条2項は,「保護の実施機関は,常に,被保護者の生活状態を調査し,保護の変更を必要とすると認めるときは,すみやかに,職権をもってその決定を行わなければならない。」としているが,これは,保護の変更に当たっての調査義務を定めたものにすぎないから,保護の程度,種類及び方法を変更することなく,費用の返還のみを求める法63条の決定に当たり,法25条2項を根拠に,調査義務を認めることはできない。また,同項の調査義務は,申請保護の原則(法7条)の例外として,申請によって保護申請権を行使することが不可能又は困難な者に対して,必要な保護を受けさせるために設けられた規定であると解されるところ,本件における原告のように,自ら申告が可能な知識と能力を備えており,申告の機会が存在したような場合には,被告としては,その適否を判断すれば足りる。

また,法27条1項は,「保護の実施機関は,被保護者に対して,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」としているが,これは,保護の実施機関の権限を定めたものであるから,同条項を根拠に,実施機関の義務を導き出すことには無理があるし,法63条の決定に関して「保護の目的達成に必要な指導又は指示」があり得るかにも疑義があるから,被告の説明義務を認める根拠とはならない。

イ 返還控除の必要性

原告にとって,室内用車いす,トイレの手すり,洗浄機能付き便座等の物品が本当に必要であったのであれば,原告からそれ以前にも何らかの相談があってしかるべきであるが,Aは,原告を担当していた平成12年5月から平成14年4月までの間,家庭訪問等の際,原告から,室内用車いす,トイレの手すり,洗浄機能付き便座等がなくて困っているなどと相談を受けたことはない。また,原告は,書面作成のためにノートパソコンが必要であると主張するが,平成13年当時,原告は,ワープロ打ちの書面(甲39の1の24)を自ら作成しており,書面作成のためにノートパソコンを必要としていたのかは疑問が残る。

ウ 被告担当者の行為の合理性及び違法性の有無

被告の担当者は,原告に対し,自立更生のために必要と認められる費用については費用返還額からの控除が認められることを伝え,当該費用の控除を希望する物品を申し出るよう求めていたところ,原告から,電子レンジ及び洗濯機の購入費用については控除の申出があったが,その余の物品については控除の申出がなかったことから,かかる事情をも考慮して,電子レンジ及び洗濯機の購入費用についてのみ控除額と認めたものであり,本件返還決定についての判断は合理的なものである。

B及びAが原告に対して返還免除に関する説明を行ったのは,平成13年6月11日であり,障害基礎年金が最初に振り込まれたのは同月15日であるから,B及びAは,現実に年金等が支払われる見通しが立った時点で,返還免除に関する説明をしたものであり,これは通常の取扱いであって,適切なものである。

また,原告が返還免除に関する説明を受けた同月11日から,Bに対して洗濯機の購入代金を返還免除の対象とするよう要望した同月18日までは1週間の期間があり,原告としては,その間に自立更生のために必要と思われる物品を熟慮し,その購入費を返還免除の対象として申し出る時間的余裕は十分にあったと認められるのであり,B及びAが原告に対し返還免除に関する説明を行ったことについては,その内容及び説明時期のいずれについても何ら違法はない。

Bが,原告に対して,「一つか二つ」と購入費が返還免除の対象となる物品の個数を,最大二つまでであるなどと制限する趣旨の発言をした事実はない。また,BやAが,原告に対して,「早く欲しい物を言ってくれ。そうせんともらえなくなるぞ。」と申出を急がせた事実もない。

Bは,平成13年6月11日,原告に対し,返還免除に関して,「あれもこれもはあかんで」というような発言をしたが,それは,原告が同年5月23日に,Bに対して,「おれやっていろんなもん食いたいし,返還がちゃらにならへんのか」というような言い方をしたため,単なる生活費等では返還免除の対象とならないという返還免除の趣旨について誤解がないよう,返還免除は飽くまで自立助長すなわち原告自身の生活の中で実際に必要な物品について認められるということを分かりやすく説明する趣旨でしたものである。

(原告の主張)

ア 被告の義務の内容

被告は,法63条に基づき,さかのぼって支給された年金相当額の返還を決定する際には,法1条,3条,憲法25条を無視することはできないのであるから,原告の生活実態を顧みて,年金のさかのぼって支給された分によって原告の健康で文化的な最低限度の生活を維持するために必要不可欠というべき日用品の購入を認めるべきである。

法25条2項は,「保護の実施機関は,常に,被保護者の生活状態を調査し」なければならないと定めているから,被告は,法63条に基づく返還決定をするに際しても,原告の生活状況を調査する義務がある。

また,法27条1項は,「保護の実施機関は,被保護者に対して,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」と定めており,原告は,高校卒業後,建設労働者などとして就労し,たまたま障害を負い就労不能となったことから保護を利用するようになったものであり,生活保護法やその実施のために発せられた通知通達等を知る立場になく,自立の需要としてどのような物品の購入が是認され,あるいは認められているかについて全く知らなかったのであるから,被告の担当者は,原告の障害の状況や居住環境などの生活実態を十分に把握し,その上で原告の自立助長,最低生活の維持,向上にとって必要な物品,あるいは有用な物品を原告に教示すべきであった。

イ 返還控除の必要性

原告は,室内用の車いすを有していないため,室内でははって移動しなければならない状態である。また,トイレに入るための手すりの設置も不可欠であるし,洗浄機能付き便座も必要不可欠な設備である。さらに,原告が第三者とコミュニケーションを図り,あるいは必要な情報を入手するためには,パソコン及びファクシミリ機も不可欠な日常生活道具である。これらの購入費用ないし設置費用は,法63条の返還決定において控除されるべきものである。

ウ 被告担当者の行為の合理性及び違法性の有無

原告は,本件返還決定によって,本来ならば購入及び設置が認められるべき室内用車いすやパソコン及びファクシミリ機や手すりの設置や階段の段差解消の設備,洗浄機能付き便座について,その費用が控除されなかったため,現在に至るも健康で文化的な最低限の生活を実現することができていない。原告は,被告が十分な実態調査を行い,原告に十分な説明をしていれば,自立助長のための需要を満たす物品を購入できた。

被告の担当者は,原告の自宅に赴き,原告の生活実態をつぶさに見ることが容易にできたにもかかわらず,これを怠っていたし,原告のような車いす使用者の生活上の困難を把握するための努力も怠っていた。また,被告の担当者は,原告が生活保護を利用するようになってから本件返還決定が行われるまでのケース記録を見ることすらしていなかったため,以前の担当ケースワーカーが把握し,ケース記録に記載されていた原告の生活実態や原告の生活改善のために必要とされていた手すりなどの必要性についても把握することを怠っていた。それは,原告が重度障害者加算されるべきであるのに,それがされていなかったことに端的に表れている。

また,被告は,保護利用者に生活保護制度の仕組みを十分に理解させ,保護利用者の権利と義務を十分に理解させるための説明義務があるのに,これを怠った。Aは,原告に対し自立助長のための需要を満たす物品の購入が認められることについて一切説明していない。Bも,本件返還決定の約20日前に一度限り,しかも不十分ないし不正確な説明をしたにすぎない。

さらに,Bは,原告に対し,「自立更生として生活にどうしても必要な物を一つか二つ選んで申請するように」と通告した。すなわち,Bは,平成13年5月29日,京都市南福祉事務所に赴いた原告に対し,「あれもこれもはあかん。一つか二つだけ選んでくれ。」,その後,同福祉事務所から原告に電話があり,「早く希望を出さないと品目なしで処理する。」と告げられた。そのため,原告は,やむなく電子レンジと洗濯機のみを申請したものである。

本件返還決定は,憲法25条,法1条(目的規定),3条(最低生活の原理),9条(必要即応の原則),63条(費用返還義務)に違反する。

エ 不合理な差別の有無

京都市内においても原告のようなケースで室内用車いすや手すりの設置や段差解消のための設備やパソコン等の購入が認められていること,あるいは認められる可能性があることを考えれば,原告に対する本件返還決定は,不当でかつ不合理な差別的取扱いであるから,憲法14条に反する。

第3当裁判所の判断

1  本件変更決定の適法性について

(1)  障害基礎年金は,法4条の「資産」又は法8条の「金銭又は物品」に当たるか否か(障害基礎年金の収入認定の可否)。

ア 障害基礎年金は,日本国憲法25条2項に規定する理念,すなわち,国の社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上,増進義務に基づき,障害によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し,健全な国民生活の維持,向上に寄与すること(国民年金法1条)を目的とし,原則として保険料を納付した被保険者が国民年金法施行令別表の障害等級1級又は2級の障害の状態になったときに支給されるものであり(同法30条),年金額は,保険料の納付状況にかかわらず定額であって(2級の障害の場合,老齢基礎年金の満額と同一の金額。同法27条,33条1項),基礎年金について併給調整,すなわち,他の年金給付又は被用者年金各法による年金たる給付を受けることができるときは,その間,支給が停止される(同法21条)。これらのことからすると,障害基礎年金は,障害という定型的な事由により稼得能力が減少又は喪失され,所得が減少又は喪失した場合に,その所得の一部を補てんするためのもの(所得保障)という性質を有するものと解するのが相当であって,この点は,老齢基礎年金が,老齢という定型的な事由によって稼得能力が減少又は喪失され,所得が減少又は喪失された場合に,減少又は喪失した所得を補てんする性質を有するのと同様である。

これに対して,原告は,障害者基本法が障害者の自立及び社会参加の支援のための施策を要求していること(同法1条,4条,13条など)を指摘し,障害基礎年金の性質についても,障害者の社会参加の費用など障害者であることによる特別の需要に充てるためのものという意義を有するものと解釈すべきと主張する。

しかし,同法は,障害基礎年金及び生活保護法のみにより,障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策のすべてを満たすことを要求しているものではなく,障害基礎年金及び生活保護も含めて,総合的かつ計画的な施策を求めているものと解すべきである。障害基礎年金が,障害者の自立及び社会参加の前提たる障害者の所得保障を目的とするものと解しても,障害者基本法に何ら反するものではなく,障害基礎年金を被保護者の最低限度の生活の維持以外の自立助長等の目的で活用することが定型的に予定されているものと解することができない。

なお,障害基礎年金受給権者は,不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,被害者の得べかりし障害年金額を逸失利益として請求することができる(最高裁平成9年(オ)第434号,第435号同11年10月22日第二小法廷判決・民集53巻7号1211頁)のであるが,このことも障害基礎年金が,少なくとも,原告の主張するような障害者であることによる特別の需要に充てるためのものではないことをうかがわせるものである。

イ もっとも,障害基礎年金は,被保険者の障害の程度に応じ,1級の障害の状態になった場合の年金額は,2級の障害の場合の年金額(老齢基礎年金の満額と同一額)から25パーセント増額された額を支給するものとされている(国民年金法33条2項,30条2項)が,その趣旨については,障害が重い者の稼得能力が類型的により低いこと(老齢の場合には,稼得能力が類型的により低い者を想定することは容易ではない。)も考慮されていると考えることができるものの,障害がより重度の程度に該当する者に支給する額が老齢基礎年金と同一の額から増額されていることからすれば,その増額分については,障害の程度が重いことによる需要についてもある程度は考慮されていると解する余地もないではない。

しかし,保護費についての基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類の応じて必要な事情を考慮して決するものとされており(法8条2項),保護基準では,障害者については,その障害の程度に応じた加算額を定めていることに照らせば,生活保護法において予定される最低生活費は,障害者等の個別の需要も考慮した実質的なものというべきであるから,障害基礎年金(特にその増額分)において障害者の特別の需要が考慮されているとしても,それは,生活保護において障害者の最低生活費を算定するに当たって考慮されている障害者の特別の需要の範囲内ということができる(原告が受給している障害基礎年金は,上記の増額がされていない額であるところ,その額は,平成13年当時80万4200円であるから,上記増額される額は20万1050円である。これに対し,生活保護において,京都市の在宅者についての障害者加算の額は,重度の障害者で月額2万7140円(年32万5680円),それに至らない者が月額1万8090円(年21万7080円)である。)。

したがって,障害基礎年金が障害者の特別の需要も考慮したものであることであるとしても,生活保護法にいう最低限度の生活についても,障害者の特別の需要が考慮された実質的なものであり,障害者加算の額,障害基礎年金の加算額などを考慮しても,障害基礎年金が,最低限度の生活の維持(障害者の特別の需要も考慮したもの)以外の目的で活用することが予定されているものということはできない。

ウ 以上のほか,障害基礎年金が保険料を拠出したことに基づく給付という性格を有するものであることも併せ考慮すると,障害基礎年金は,障害はあるものの一定の稼得を有する者あるいは障害の状態になる前の稼得による預貯金を有する者の当該稼得あるいは預貯金等が,法4条1項にいう「資産」ないし法8条にいう「金銭又は物品」に当たるのと同様に,原告が支給を受けた障害基礎年金も,上記「資産」ないし「金銭又は物品」に当たるというべきである。

(2)ア  原告は,現行の生活保護の障害者加算を前提とすれば,障害基礎年金を全額収入認定し,保護費を減額することは,原告に「健康で文化的な最低限度の生活」以下の生活を強いることになるから憲法25条,法1条,3条,9条に違反するとか,障害基礎年金を全額収入認定することが是認されても,現行の障害者加算は憲法25条に違反するものであり,これを前提とする本件変更決定は違法である旨主張する。

イ  厚生労働大臣の定める保護基準は,法8条2項所定の事項を遵守したものであることを要し,結局には憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならないが,健康で文化的な最低限度の生活なるものは,抽象的な相対概念であり,その具体的内容は,文化の発達,国民生活の進展に伴って向上するのはもとより,多数の不確定的要素を総合考慮して初めて決定できるものであるから,何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は,一応,厚生労働大臣の合目的的な裁量にゆだねられており,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法及び生活保護法の趣旨,目的に反し,法律によって与えられた裁量権の限界を超えた場合又は裁量権を濫用した場合を除いては,その判断は,当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあっても,直ちに違法の問題を生ずることはない(最高裁昭和42年5月24日大法廷判決・民集21巻5号1043頁参照)。

そして,保護基準における障害者加算については,加算対象経費として,障害等のハンディキャップに対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費など,さらに,車いす,義足等の使用に伴う増加エネルギーの補てん,居住環境,家具,被服等の改善等の費用,自助具,点字新聞等の購入費用等を想定しているものと考えることができるのであり,これらの経費に照らして上記障害者加算の額が著しく低額とする理由はなく,厚生労働大臣の裁量権の逸脱ないし濫用があったとすることはできない。

原告は,原告自身が社会参加のために要するタクシー代などの移動費用が,原告の受給する障害者加算では賄えないと主張するが,憲法25条は,厚生労働大臣の定める保護基準にかかわらず実際に必要とする最低限度の生活を満たすことができる生活保護を受給する権利を保障するものとはいえないし(上記最高裁大法廷判決参照),車いすの利用者が社会参加のために一定程度のタクシー代の支出を余儀なくされることを考慮しても,保護基準で定める障害者加算の額が,原告の受給している上記額に照らし,障害者の需要を考慮したものとして,著しく低額ということもできないから,原告の主張は採用できない。

したがって,厚生労働大臣の定めた保護基準は適法というべきであり,被告が保護基準に従って算定した額を基準に原告に支給する額を決めたことも適法というべきである。

ウ  そして,前記のとおり,障害基礎年金の全額を収入認定し,保護費のうち年金相当額を減額しても,原告は,障害基礎年金と合わせると障害基礎年金を受給する前に支給を受けていた保護費の額と同額を得ることができ,原告の生活の程度に変化をもたらすことはないから,本件変更決定が違法となることもない。

(3)  不当な差別

原告は,本件変更決定により,障害者であるために不合理な差別を受け,また,生活保護を受けずに障害基礎年金を受給する障害者との間で不合理な差別を受けたと主張する。しかし,上記のとおり,本件変更決定は,原告が障害基礎年金を受給したことを理由とするものであり,また,障害基礎年金を全額収入認定することは合理的といえるから,原告主張の不合理な差別があるとはいえない(なお,前記のような性質を有する障害基礎年金を収入認定せず,生活保護費を減額しないで,従前の額の保護費と障害基礎年金の双方を取得することを認めると,障害基礎年金の受給を受けられない障害者との不均衡が生じる。)。

したがって,本件変更決定が,憲法14条,障害者基本法3条に反して違法であるという原告の主張は採用できない。

(4)  以上によれば,被告が障害基礎年金の全額を収入認定した本件変更決定は適法であるから,本件変更決定の取消しを求める原告の請求は理由がない。

2  本件返還決定の適法性について

(1)  認定事実

証拠(甲30,31,34の1ないし34の24,35,39の1の8,39の1の24,39の1の25,39の1の26,39の2の1,39の2の3,39の3の1,39の3の2,40,45,乙13,14,証人B,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 原告は,高校卒業後,大阪府内及び京都府内などでとび職などとして働いていたが,平成8年6月ころ,仕事中に椎間板ヘルニアを発症し,両足に神経障害が残ったことから,仕事ができなくなり,平成9年11月から生活保護を受けるようになった。また,原告は,平成9年ころから,ホームレスを支援する活動に参加し,平成11年6月からは,知人らと「福祉都市京都を実現する会」というサークルを結成して社会的弱者の生活不安に対する相談にのる活動をし,また,大学の講座に参加するなどしている。原告は,歩行が困難であり,移動には車いすを利用しており,大学の講座に参加するなどの際には,移動にタクシーを利用することが多い。

原告は,複数の薬を処方されており,治療のため2病院にそれぞれ週1回程度と月1回程度通っており,その際,タクシーを利用することが多い。病院への通院費については,平成15年7月分より,原告の申請により,医療扶助の移動費として支給されているが,それ以前は原告の申請はなく,支給されていない。また,週に4日程度,原告宅をヘルパーが訪問し,掃除,洗濯,買物,入浴介助などをしている。

イ 原告は,従前の賃借物件が手狭であったことなどから,平成11年10月に現在の住所地に転居した。もっとも,現在の部屋は,ユニットバスのため風呂に入りにくく,当初,当時の担当のケースワーカーは,手すり等の設置が可能か検討したが,その後立ち消えになった。部屋のトイレには洗浄機能付き便座は付いていない。また,現在の賃借建物全体の正面玄関には段差があり,車いすで移動する際に,原告はいったん車いすを降りて横の花壇の縁に腰掛け,車いすを下に移動させる必要がある。

原告は,平成15年12月ころ,福祉課から室内用の車いすを無料で支給され,その後,それを利用しているが,それ以前は,室内用の車いすがなく,床をはうようにして室内を移動していた。

ウ 原告は,平成13年5月22日に京都市南福祉事務所を来訪し,障害基礎年金の受給決定をAに伝えた。Aは,原告に対して,受給する障害基礎年金が収入認定されること,さかのぼって支給される分については返済すべきものであることなどを説明し,原告が分割返済を求めたのに対し,Aは一括返済を求めることを説明した。

エ 原告は,同月28日,再度京都市南福祉事務所を訪れ,対応したBに対し「障害基礎年金に関する見解」と題する文書(甲39の1の24)を手渡して帰った。同書面には,障害基礎年金が収入認定されるべきではないこと,また,一括返済を求めるのであれば,8月以降にすべきことなどの意見が記載されている。

オ 原告は,翌29日,京都市南福祉事務所を訪れ,持参した生活保護手帳を開きながら,障害基礎年金も収入認定から除外されるべきであるとの意見を述べた。これに対し,BとAが,障害基礎年金については収入認定除外が認められないこと,老齢年金と同じく収入認定がされることを説明した。

カ 原告は,同年6月11日,京都市南福祉事務所を訪れ,BとAに対して,障害基礎年金の全額を収入認定することについての不満を述べたほか,電子レンジが欲しいが何とかならないかと尋ねた。その際,Bが自立更生のためにやむを得ない物の購入費は法63条の返還金額から控除されることなど説明した。その際,Bは,「あれもこれもはあかんで」という趣旨の発言をした。また,Bは,電子レンジの購入費用は返還額から控除することが検討できることを伝えた。

キ 原告は,同月18日,Bに電話をかけ,洗濯機が壊れたので,その購入費用も返還金額から控除してほしいと申し出た。Bは,原告のヘルパーにも洗濯機の状況を確認し,原告に対し,他に控除を希望する物はないかを確認した上,洗濯機も含めてこれから検討を開始する旨を告げた。原告は,「ああ分かった。」と答え,他の品目は特に挙げなかった。

ク 被告は,同月19日,原告についてのケース診断会議を開き,洗濯機と電子レンジの購入費用については,法63条の返還対象額から控除することとした。Aは,同月21日,原告に対し,電話で同会議の結果を伝えたが,その際にも,原告からは電子レンジと洗濯機の購入費用以外の免除の申出はなかった。

ケ 原告は,同月26日に電子レンジと洗濯機を合計4万7775円で購入した。

コ 原告は,その後も,本件返還決定がされるまで免除の追加申出をしなかった。

(2)ア  被保護者は,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,速やかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない(法63条)。そして,生活保護法による保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件とし,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行われるものであり,最低限度の生活の需要を満たすのに十分であって,かつ,これをこえないものでなければならない(法4条1項,8条)ところ,障害基礎年金は上記の法4条1項にいう「資産」ないし法8条にいう「金銭又は物品」に当たることからすれば,障害基礎年金のうちさかのぼって受給した分に相当する金額は,全額返還されるのが原則というべきである。

しかし,法は,「その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない」(法63条)としており,返還させる金額について保護の実施機関の裁量を定めている。これは,保護金品が被保護者の自立及び更生等に資する形で使用された場合には,その返還を免除することが,被保護者の自立及び更生という生活保護法の趣旨目的にかなうという趣旨からと解される。生活保護手帳には,当該世帯の自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものであって,地域住民との均衡を考慮し,社会通念上容認される程度として実施機関が認めた額について,法63条に規定する保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害すると認められる場合には,その額を本来の要返還額から控除して返還額と決定する取扱いをして差し支えないとの方針が示されているところ,その取扱いは不合理とはいえず,それに従った運用は是認できるというべきである。

もっとも,保護の実施機関の上記裁量については,全くの自由裁量というべきではなく,当該世帯の自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものかどうか,地域住民との均衡を考慮し,社会通念上容認される程度であるかどうか,法63条に規定する保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害するかどうかについては,保護実施機関の判断に合理性がなく,その判断について,裁量権の逸脱ないし濫用がある場合には違法というべきである。

イ  これを本件について見るに,上記認定のとおり,BあるいはAは,原告に対して,自立更生のためにやむを得ない物の購入費は法63条の返還金額から控除されること,電子レンジの購入費は免除として検討できることを説明しており,被告は,原告から申出のあった電子レンジ及び洗濯機について,その購入費を控除した金額について法63条の返還決定をしたものである。通常,それがやむを得ないものの購入費として認められるものであるかどうかは別としても,自立更生のためにどのようなものを必要としているかについては,被保護者自身が最も分かり得る地位にある。そして,原告は,上記認定のような原告の活動内容,A及びBとの折衝の内容及び態度からすると,自立更生のためにどのようなものを必要としているのか及びその必要性の程度を被告に申し出ることを期待することができない事情もなかったということができる。

そして,上記認定のとおり,B及びAは,遅くとも,平成13年6月11日までに,原告に対して,法63条による返還額の控除の説明をしている。原告が同年5月22日に障害年金の受給決定をAに伝えていることからすれば,上記の説明をした時期が遅い感はあるが,原告が同年6月18日に希望した洗濯機の購入費も返還金額から控除していることからすれば,物品の考慮期間としては,1週間程度あったことになる。法63条の返還免除のための物品については,日常において支障を感じていた物品が基本となると解されるところ,通常,日常において支障を感じる物品を挙げるについて,それほど時間がかかることではなこと,原告が特に思考能力などに劣っているという事情もないことなどからすれば,1週間という考慮期間は,決して短いものではなく,原告が法63条の返還免除の説明をした時期が遅かったために原告が法63条の返還免除の物品を申し出ることができなかったということはできない。

そうすると,被告が,本件返還決定に当たって,原告から申出のあった洗濯機及び電子レンジのみを自立更生のためにやむを得ないものと判断したことは,その判断方法及び内容において合理的なものということができる。

ウ  なお,原告は,室内用車いす,玄関前の段差解消設備,トイレの手すり,洗浄機能付き便座,パソコン,ファクシミリ機などが必要であったのであるから,被告は,これらの購入費用等を免除すべきであったと主張する。しかし,これらの物品について,原告がAやBに対して相談があったという事実も認められない上,室内用車いすは,生活保護法以外の制度により支給される可能性があること,玄関前の段差解消設備やトイレの手すりについては家主の同意などの障害があること,洗浄機能付き便座,パソコン,ファクシミリ機などの物品は,一般家庭において必須のものとはいえないことなどからすれば,原告の申出がないにもかかわらず,被告がそれらの購入費用等を当然に法63条の返還額から控除すべきであったとはいえない。

また,原告は,Bが,「一つか二つ」と制限したと主張し,原告本人はこれに沿う供述をする。しかし,Bが上記認定の「あれもこれもはあかん」という趣旨の説明をした以上に,返還免除の対象となる購入物品を一つか二つに制限する発言があったとは認められない(上記原告本人の供述は採用しない)し,Bの上記認定の発言も,日常において支障を感じる物品が広いものではなく,通常,何個もあるものではないという趣旨と解される。確かに,この発言は,説明としては,不十分なものであり,どのような物品の購入費が返還免除の対象となるのかについて原告の生活実態に即したより丁寧な説明をすることが望まれ(証人B自身,申出がなくても,被保護者に対して,返還免除の対象物品を指摘する場合がある旨の供述している。),法63条による返還額の控除の説明の時期が遅い点とも併せ,AやBの原告への対応は,不親切で不相当なものであったと評価することはできる。しかし,自分の必要とする物品が何であるかを判断し,これを被告に申し出る能力を有している原告に対する説明が,上記のようなものであったとしても,それをもって,本件返還決定が裁量権を逸脱ないし濫用したものということはできない。

(3)  これに対して,原告は,被告が法63条の返還決定をするに当たって,法25条2項,法27条1項などを根拠に,被保護者に対する調査義務,説明義務を満たすことが法63条の一般的な処分要件であるかのように主張するが,いずれも,法63条の返還決定について直接に定めた規定ではなく,法63条の返還決定が例外的であることを考慮すれば,被保護者に対する調査及び説明を法63条の返還決定についての一般的な処分要件と解することはできない。

また,原告は,本件返還決定が憲法25条に違反するとも主張するが,被告の算出した最低保護費が適法であることは上記のとおりであり,本件返還決定は,原告が最低保護費を超えて受給した金品の返還に関するものであるから,本件返還決定が憲法25条に反する性質のものとはいえない。

(4)  さらに,原告は,京都市内においても原告のようなケースで室内用車いすや手すりの設置や段差解消のための設備やパソコン等の購入が認められていること,あるいは認められる可能性があることを考えれば,原告に対する本件返還決定は,不当でかつ不合理な差別的取扱いであるから,憲法14条に反すると主張する。しかし,京都市内において,法63条の返還決定をするに当たり,室内用車いすや手すりの設置や段差解消のための設備やパソコン等の購入などの費用を申請がなくても控除することが一般的と認めることはできない。また,福祉事務所の担当者が,申出を待つことなく,被保護者に対して,返還免除の対象物品を指摘する場合がある(証人B)としても,福祉事務所の担当者の対応は,被保護者の状況に応じて異なることは不合理ではなく(保護者が高齢で判断能力が低いなどの事情がある場合には上記のような対応がされるべきであり,自分の必要とする物品が何であるかを判断し,これを被告に申し出る能力を有している原告に対して,そのような取扱いがされなかったとしても,その差は不合理ではない。),原告に対する取扱いを差別的取扱いとすることはできない。

(5)  したがって,本件返還決定についての被告の判断は合理的なものであり,かつ,裁量権の逸脱ないし濫用があるとも認められないから,適法というべきであり,本件返還決定の取消しを求める原告の請求は理由がない。

第4結論

以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 下馬場直志 裁判官 斗谷匡志)

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