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京都地方裁判所 平成15年(行ウ)21号 判決 2005年2月24日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,別紙目録記載1の者に対し,2億0286万3585円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

2  被告は,別紙目録記載2の者に対し,2億0286万3585円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償を命令せよ。

第2事案の概要等

1  本件は,京都市(以下「市」という。)の住民である原告が,京都市長(以下「市長」という。)である被告に対し,市が行った平成14年度分の自立促進援助金(以下「援助金」という。)の支出が違法であり,これにより市が損害を被ったとして,その当時の市長の職にあった者(別紙目録記載1の者。以下「A」という。)に対しては地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき損害賠償を請求することを,市の副市長(以下「副市長」という。)の職にあった者(別紙目録記載2の者。以下「B」という。)に対しては同号ただし書に基づき賠償命令をすることを,それぞれ求める事件である。

2  争いのない事実等

(1)  原告は,市の住民である。

(2)ア  Aは,平成14年度分の援助金の支出当時,市長の職にあった。

イ  Bは,平成14年度分の援助金の支出当時,副市長の職にあった。

(3)  市は,自立促進援助金支給要綱(以下「本件要綱」という。)に基づき,京都市地域改善対策奨学金貸与規則の規定による奨学金(以下「同和奨学金」という。)又は京都市地域改善対策就学奨励金貸与要綱の規定による就学奨励金(以下「就学奨励金」といい,これと同和奨学金とを合わせて「同和奨学金等」という。)の貸与を受けた者(以下「借受者」という。)に対し,貸与終了後,援助金を支給している(以下,本件要綱に基づき援助金を支給する制度を「本件制度」という。)。

(4)  本件要綱には,次の趣旨の規定がある(甲1)。

ア 援助金は,同和奨学金等の借受者のうち,その属する世帯の所得,就労等の生活実態から貸与を受けた同和奨学金等を返還することが困難であると市長が認めた者に対し支給される(2条1項)。

イ 援助金の支給を受けようとする者は,援助金支給申請書を,市長が必要と認める書類を添えて,市長に提出しなければならない(3条)。

ウ 援助金は,援助金の支給を受ける者がその年度に返還すべき同和奨学金等の額の範囲内において市長が定める(5条)。

エ 援助金は年1回に限り支給する(6条)。

オ 市長は,借受者が援助金の支給を辞退したとき又は同和奨学金等の返還の債務を免除されたときは,援助金の支給を廃止する(6条の2)。

(5)  平成14年度分の援助金2億0286万3585円(以下「本件援助金」という。)については,平成15年3月7日,支出決定が発せられ,同月31日,これに基づく支出がされた(甲8)。

援助金の支出決定については,市長が法令上本来的な権限を有するが,平成14年度分についてはBが代決処理をした。

(6)  原告は,市監査委員に対し,平成15年4月16日,本件援助金の支出が違法であると主張して,関係職員にその支給総額を市に返還させるよう必要な措置を採ることを求める趣旨の監査請求をした。

市監査委員は,原告に対し,同年5月17日,上記監査請求を棄却する旨の同月16日付け監査結果を通知した(甲7)。

なお,その際,市監査委員は,同和奨学金等の借受者の現状を把握した上で,すべての借受者を対象に,支給に係る基準を定めること,客観的な証明に基づいて所得判定を行うことについて,早急に対応するよう要望する旨の意見を付記した。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  争点1(本件援助金の支出は,違法であるか否か。)

(原告の主張)

ア 本件援助金は,本件要綱2条1項所定の支給要件について何ら審査をせずに支出されており,これは,以下の理由から,違法というべきである。

(ア) 同和奨学金等は,国庫補助の対象を貸与制度の奨学金とした法令を受けて,関係規則において,貸与制度であることが明確に規定されているものであり,本件要綱も,これを前提としている。

しかるに,市は,同和奨学金等の借受者から援助金の支給申請を受ける際,所得,健康状態等に関する書類の提出を求めず,本件要綱2条1項所定の支給要件について具体的審査を一切しないまま,申請者全員について,その属する世帯の所得や家庭状況にかかわりなく一律に,同和奨学金等を返還することが困難であると認め,援助金の支給を決定している。

(イ) 同和奨学金等の返還は,最長20年の分割払で行われるが,市は,借受者に対し,返還初年度に援助金の支給を決定すると,以後20年間にわたり,何ら追加審査をすることなく支給を継続している。

(ウ) 市内の同和地区における生活実態は大きく変化しており,平成3年時点では,年収500万円以上を得ている世帯が40.4%に上り,有業者の36.2%が市職員であるなど,同和地区の生活基盤が一様に脆弱であるとはいえなくなっている。

(エ) 市は,同和奨学金等の貸与希望者を募集する文書に,同和奨学金等が貸与制度であることを記載しないばかりか,本件制度により,借受者に負担がかからないようにしている旨記載した案内文まで配布している。

このような運用は,返還能力のある者についてまで,行政が返還を肩代わりするものであるから,行政に対する依存心を増長させ,同和関係者の子弟の自立を阻害しかねない。

イ 本件制度の運用は,本件要綱が定める支給申請,決定,通知等の手続に違反しているものであり,違法というべきである。

(ア) 援助金は,年度ごとに支給申請をしなければならない(本件要綱6条)のに,返還2年目以降については,援助金の支給を受ける者からの申請がされていない。

(イ) 本件援助金については,客観的資料に基づかずに,一括審査により,申請者に対し一括して支給決定がされており,各申請者に対する支給決定の通知もされていない。

(ウ) 申請者は,援助金に係る請書を提出することにより,援助金の受領,同和奨学金等の返還等に関する手続を行う権限を20年分一括して市文化市民局同和対策室長に委任しているが,この委任は,有効な意思表示とはいえない。

(被告の主張)

ア 以下の諸事情を考慮すると,本件制度は,公益上必要があるものであり,本件援助金の支出は,違法とはいえない。

(ア) 市は,同和問題の解決を,市政における最重要課題の一つとして位置付け,特に,就職の機会均等及びその前提である教育の機会均等を保障するための諸施策に取り組んできた。

その一環として,市は,全国に先駆けて,高等学校(以下「高校」という。)又は高等専門学校に在学する者(以下「高校生」という。)については昭和36年度から,大学(短期大学を含む。以下特にことわらない限り同じ。)に在学する者(以下「大学生」という。)については昭和38年度から,同和関係者の子弟を対象とした奨学金の給付制度を創設した。そして,国も,地域改善対策高等学校等進学奨励費補助金交付要綱を制定し,昭和41年度から高校生について,昭和49年度から大学生について,地方公共団体が実施する奨学金の給付制度を対象とする国庫補助の制度を創設した。

ところが,昭和57年以降,国庫補助の対象となる奨学金が,順次給付制度から貸与制度へと変更されたため,市は,国庫補助を継続して受けるべく,給付制度の奨学金を貸与制度の同和奨学金に変更せざるを得なくなった。その一方,市は,実質的には従前の給付制度を維持するため,同和奨学金の借受者全員を対象として,独自の援護措置として,本件制度を創設し,その後,その対象が就学奨励金にも拡大されたものである。

(イ) 同和奨学金等の貸与対象者は,低所得世帯に属し,不安定な就労等の生活実態から就学が困難であると認められる者であるところ,援助金の支給により,同和奨学金等の返還に対する不安が解消されることとなった。その結果,進学を希望する者が増え,高校進学率は全市(市全体。以下同じ。)とほぼ格差のない状況となり,大学進学率も大きく向上した。

また,職業分類別有業者数の若年層の分布をみると,かつては労務作業者が中心であったのに対し,多様な進路選択が可能となり,事務従業者や専門的・技術的職業従事者にも進出するようになってきた。

このように,本件制度は,同和問題を解決するために効果があったものである。

イ 市は,本件要綱の決定当時から,本件要綱2条1項について,具体的な基準を設けず,原則として,同和奨学金等の借受者全員を,その返還が困難であると認められるものと解釈し,返還初年度に援助金の支給申請をすれば,その後,返還が終了するまで無審査で援助金の支給を継続するという運用をしてきた。

このような解釈運用は,以下の事情に照らせば,市長の裁量権の行使として合理的な範囲内にあるものというべきである。

(ア) 援助金の対象者は,低所得世帯に属し,不安定な就労等の生活実態から就学が困難であると認められた奨学生である。

(イ) 本件要綱の決定当時,家計収入別での生活保護受給率は,全市では1.4%であるのに対し,同和地区では17.1%であるなど,同和地区における生活基盤は脆弱であった。

(ウ) 国は,昭和57年4月21日文部省大学局長通知により,地域改善対策高等学校等進学奨励費補助金(大学)交付要綱9条に定める返還免除の規定に関する留意事項を提示したが,昭和58年度に大学に在学していた同和奨学金の借受者のほとんどが,国が示す「返還が著しく困難であると認められる」者に該当していた。

(エ) 奨学金に対する国庫補助は,3分の2という大きな割合を占めており,国庫補助が打ち切られることとなれば,それに伴う歳出の増加により市の財政に与える影響は少なくなかった。

一方,引き続き国庫補助を受けることにより,市は,当該年度の歳出を削減し,奨学金の返還が20年間の分割償還になるという経済的利益を享受することができた。

(オ) 市が,援助金の支給決定後,20年間,何ら審査をしていないのは,①本件要綱に支給対象者の状況を追跡調査する旨の規定がないこと,②支給対象者の同和地区外への転出が増え,同和地区内外の婚姻も進む中で,同和奨学金等の借受者に定期的な所得申告を義務付け,20年間にわたり追跡調査をするとすれば,その社会的立場等に悪影響を与えかねないことによるものである。

(カ) 市は,援助金の支給申請時に,奨学金制度及び本件制度の趣旨を十分に説明するなど,同和関係者の子弟の自立意識の阻害にならないように対応している。

ウ 市は,社会情勢の変化等の事情にかんがみ,平成7年度以降,同和奨学金の貸与基準の見直しに着手し,段階的に所得基準を引き下げ,平成10年度以降は日本育英会の基準とほぼ同様の基準で運用しており,同和奨学金を支給するか否かという入口の部分で対象を絞り込むことにより,できる限り適正に運用するよう努めてきた。

また,平成8年11月に京都市同和問題懇談会から提出された「今後における京都市同和行政の在り方について」という意見具申においては,「高校,大学の奨学金に関しては,大学進学率の格差などに見られるように,同和地区の子供たちの進路実態になお課題がある」として,直ちに一般施策へ移行することは難しいと指摘されており,平成8年当時においても,なお,同和関係者の子弟に対する奨学金として,特別な施策を行う必要性が存在していた。

さらに,平成12年度の京都市同和地区住民生活実態把握事業においても,家計収入別での生活保護受給率は,全市では3.1%であるのに対し,同和地区では17.9%であるなど,同和地区における生活基盤の脆弱な状況は,解消されていない。

以上のような諸事情にかんがみれば,同和奨学金等の借受者全員が,同和奨学金等を返還することが困難であると認められるものとして解釈運用することについて,合理性が失われたとはいえない。

エ 本件制度の運用に,原告の主張するような手続違反はない。

(ア) 本件要綱には,援助金の支給申請は年度ごとにしなければならない旨定めた規定はない。

(イ) 申請者の市文化市民局同和対策室長に対する委任の意思表示を,無効と解する理由はない。

オ 市監査委員が平成14年11月に平成9年度分から平成13年度分の援助金の支出に関して意見を述べた後,平成16年3月に本件要綱が改正されるまで,約1年4か月を要しているが,その間,市は,対象者の追跡調査等の事実調査を実施し,その内容等も踏まえ,現時点での諸事情を考慮した合理的内容となるよう慎重に制度設計を考える必要があったこと,議会の賛同等を得る手続を要したこと,制度の性格上,制度の適用を年度途中とするのは困難であること等の事情を考慮すると,上記期間は,本件要綱の改正のために必要かつ合理的であったものである。

(2)  争点2(市の損害及びその額)

(原告の主張)

本件援助金の違法な支出により,市には,支出された公金に相当する損害が生じた。

(被告の主張)

仮に,本件援助金の支出が違法であるとしても,同和地区の高校進学希望者の世帯の収入が年収100万円以下という低所得世帯が依然として全体の約4分の1程度に及び,このような世帯に対して援助金を支給することは相当であることを考慮すると,支出された援助金全額に相当する額が市の損害となるとはいえない。

同和奨学金等の借受者のうち,援助金を支給する者と支給しない者とを区別する客観的かつ合理的な基準が一義的に存在しているわけではなく,原告は,損害について,具体的な主張立証をしていない。

(3)  争点3(市長及び副市長の責任)

(原告の主張)

ア 副市長の職にあったBは,同和奨学金等の借受者全員に対し,無審査で援助金を支出していることを認識しており,市会本会議において,このような運用の見直しを繰り返し求められていた。

しかも,市監査委員は,平成14年11月20日,平成9年度分から平成13年度分までの援助金の支出に関する監査請求に対し,本件制度のより一層の公平性,平等性の確保の観点から,客観的な証明に基づき,申請者一人一人について,適時に支給要件を満たすか否かを判断していくことが望ましく,それが本件要綱の規定の趣旨にもより合致すると考えるので,事務の改善について検討を行われたいとの意見を付記した。

にもかかわらず,Bは,従前の運用を是正することなく本件援助金の支出決定を代決処理したものであるから,故意があったことは明らかである。

イ 市長は,同和奨学金等の借受者全員に対し,無審査で援助金を支出していることを認識しており,市会本会議において,このような運用の見直しを繰り返し求められており,市監査委員からも前記アのような意見が付記されたにもかかわらず,従前の運用を是正しなかったものであるから,補助職員である副市長に対する指揮監督上の義務を懈怠したものというべきである。

(被告の主張)

ア Bは,本件要綱の決定当時からの解釈運用を踏襲し,合理的な裁量の範囲内の適法な援助金の支出であるとの認識の下に,援助金の支出決定の代決処理をしたものであるから,故意又は重過失は認められない。

イ 前記アのとおり,Bが援助金の支出決定の代決処理をしたことに故意又は重過失は認められないから,市長には,Bに対する指揮監督上の義務違反は認められない。

第3争点に対する判断

1  争点1(本件援助金の支出決定の違法性)について

(1)  地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最小の経費で最大の効果を挙げるようにする責務を負っているものであり(法2条14項),地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて,これを支出してはならないものとされている(地方財政法4条1項)。

したがって,市は,上記の法及び地方財政法の関係規定の趣旨に沿って,適正な経費の支出に努めるべきであり,その合目的性・合理性を検討するに当たっては,普通地方公共団体が寄附又は補助をするについて公益上の必要性があることを要求した法232条の2の規定の趣旨をも考慮することが相当というべきである。

そこで,上記のような観点から,本件援助金の支出決定が違法であるかどうかについて検討する。

(2)  本件要綱の決定の経緯及びその運用状況

証拠(甲1,甲4,甲7,乙1,乙3,乙5,乙22,乙23,乙33,乙34)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 市は,昭和27年「今後における同和施策運営要綱」を策定し,これにより,同和問題の解決を市政の最重点課題の一つに位置付け,同和地区の住環境と同和地区住民の生活実態の改善に取り組むようになった。

そして,そのための教育対策として,昭和27年度には,特別就学奨励費を計上し,長期欠席,不就学対策を制度化し,昭和29年度には,同和地区において補習教育を実施することとした。

イ 市は,同和関係者の子弟が経済的な理由により高校等への進学が困難である実情を踏まえ,教育の機会均等に向けて経済的に支援するための施策として,昭和36年4月,全国に先駆けて,京都市同和就学奨励資金給付制度を設けた。

この制度は,当初,対象が高校生に限られていたが,昭和38年4月,京都市同和奨学資金給付制度(以下「奨学資金給付制度」という。)に改められ,その対象も上級の学校に在学する者に拡大された。

ウ 市は,昭和38年度,同和教育方針を策定し,同和地区の児童の学力向上対策,進路保障対策及び保健管理対策の3分野から総合的に取組を開始し,進路保障対策として,各種支度金も支給するようになった。

エ 同和対策審議会は,昭和40年,同和問題においては,市民的権利・自由のうち,職業選択の自由,すなわち就職の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である旨の答申をした。

オ 国は,昭和41年から高校生について,昭和49年から大学生について,給付制度の奨学金に係る国庫補助を開始し,奨学資金給付制度は国庫補助の対象となった。

カ 国は,昭和57年10月,地域改善対策高等学校等進学奨励費補助金(大学)交付要綱において,同年4月1日以降に入学した大学生を対象とする奨学金に係る国庫補助について,その対象を給付制度から貸与制度に変更した。

このような状況にあって,市は,同年,従前の奨学資金給付制度を,高校生に対する京都市地域改善対策奨学資金制度と,大学生に対する京都市地域改善対策大学奨学金制度に,それぞれ改めた。そして,市は,大学生に対する奨学金が引き続き国庫補助の対象となるようにするため,昭和58年3月31日,京都市地域改善対策大学奨学金の貸与等に関する規則を公布し,これに基づく奨学金を,返還期間を20年以内とする貸与制度とし,同年4月1日現在,大学1,2年生として在学している者から適用した。

キ 他方,市は,昭和59年3月27日,本件要綱を決定し,同年4月1日から,本件制度の運用を開始した。

本件制度は,京都市地域改善対策大学奨学金の貸与を受けた者のうち,その属する世帯の所得,就労等の生活実態から貸与を受けた奨学金を返還することが困難であると市長が認めた者に対し,本件要綱に基づき援助金を支給するというものであったが,実質的には,これまでの奨学資金給付制度を後退させないようにするため,本件要綱2条1項については,支給基準,認定方法等の具体的な基準は定められず,申請者全員を奨学金の返還が困難であるものと認め,一律に援助金を支給することとされた。

そして,申請者が初年度に援助金の支給申請をしたときは,収入等の審査をせずに支給を決定し,その後も,奨学金の返還が終了する年度まで,申請者から支給の辞退の申出がされるなどの事情がない限り,毎年度援助金を支給するという運用がされた。

ク 昭和62年,地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(以下「地対財特法」という。)及び同法施行令が施行され,同年10月から,同年4月1日以降に入学した高校生に対する奨学金に係る国庫補助の対象についても,給付制度から貸与制度に変更された。

このような法令を受けて,市は,同年12月26日,京都市地域改善対策奨学資金給付規則を廃止し,京都市地域改善対策大学奨学金の貸与等に関する規則を京都市地域改善対策奨学金等貸与規則に改め,高校生の奨学金についても貸与制度に変更した。

また,市は,昭和63年3月31日,京都市地域改善対策奨学金等貸与規則において貸与基準を設定した。

ケ 市は,昭和62年12月,京都市地域改善対策就学奨励金等貸与要綱を定め,上記貸与基準を超える者についても就学奨励金を貸与することとした。そして,市は,昭和63年3月31日,本件要綱を改正し,就学奨励金の借受者についても援助金の支給の対象とすることができるものとした。

(3)  本件要綱の決定当時までの同和地区の生活実態

証拠(乙22,乙27,乙34)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 昭和25年・26年京都市同和地区実態調査によれば,16歳以上の人口の学歴分布は,不就学が23.9%,小学校卒が53.1%,中学校卒が15.1%,高校卒が6.1%,大学卒が1.1%であり,同和関係者の子弟の学歴は,全般的に低いものであった。

そして,同調査によれば,不就学の理由は,「貧困」によるものが35ないし38%と最も多く,これに「働かせるため」,「家事手伝い」という理由を含めると,6ないし7割に達していた。

イ 昭和45年京都市同和地区住民生活実態調査によれば,不就学者数は,男子4.73%,女子8.11%と,前記アの調査結果に比べて大幅に減少した。

一方,学歴については,高校卒の割合は,全市の平均では,男子が45.99%,女子が45.98%であるのに対し,同和地区では,男子が20.8%,女子が14.94%であり,大学卒(短期大学卒を除く。)の割合は,全市の平均では,男子が11.35%,女子が1.92%であるのに対し,同和地区では,男子が2.3%,女子が0.24%であった。

ウ 昭和45年から昭和57年までの高校進学率の推移は,以下のとおりであり,同和地区では,昭和48年を除き,全市の平均と比較して数%以上低い割合であった。

同和地区

全市

昭和45年3月

74.6%

89.7%

昭和48年3月

92.8%

93.9%

昭和51年3月

85.7%

93.6%

昭和54年3月

86.7%

93.0%

昭和57年3月

85.0%

92.0%

エ 家計収入別の生活保護受給率を見ると,昭和55年国勢調査によれば,全市では1.4%であったのに対し,昭和59年度京都市同和地区住民生活実態把握事業の調査によれば,同和地区では17.1%であり,同和地区における生活基盤は,なお脆弱であった。

また,昭和58年ころ,地域改善対策大学奨学金の借受者の属する世帯について調査したところ,所得が国の奨学金の返還免除の基準以下であった世帯は,全体の87%に達していた。

(4)  本件要綱の決定後の事情

証拠(乙33から乙35までのほか,各項の末尾に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 市は,昭和58年9月17日,京都市地域改善対策大学奨学金等の返還の債務の免除に関する条例を制定したが,その際,「京都市地域改善対策大学奨学金の貸与制度については,対象地区住民の修学奨励と自立促進に役立つよう活用するとともに,本条例の債務免除に関する規定の運用については,厳正にすべきである」との附帯決議がされた。

イ 市文化市民局人権文化推進部(旧同和対策室)は,数年に1度,同和地区の生活実態調査を実施しているところ,この調査結果によれば,同和地区における世帯ないし有業者の年収等は,以下のとおりである。

(ア) 平成3年度京都市同和地区生活実態調査の結果

世帯年収は,0円から99万円までの世帯が12.3%,100万円から199万円までの世帯が17.3%であるのに対し,500万円から699万円までの世帯が18.5%,700万円から999万円までの世帯が15.0%,1000万円以上の世帯が11.3%であり,2極化傾向にあった。なお,平成4年就業構造基本調査によれば,全市における世帯年収は,500万円から699万円までの世帯が17.5%,700万円から999万円までの世帯が15.2%,1000万円以上の世帯が12.8%であり,高所得世帯の割合については,同和地区と全市との間に,それほど大きな差はなかった。

有業者の年収は,700万円から999万円までの者が5.5%,1000万円以上の者が1.0%であり,総有業者の36.2%が市関係職員であった(甲5)。

(イ) 平成5年度京都市同和地区生活実態調査の結果

有業者の年収は,500万円から699万円までの者が16.2%,700万円から999万円までの者が6.1%,1000万円以上の者が1.0%であり,総有業者の41.9%が官公庁に勤務していた(甲5,甲11)。

(ウ) 平成12年度同和地区住民生活実態把握事業・中間集計の結果(甲5)。

世帯年収は,500万円から699万円までの世帯が7.9%,700万円から999万円までの世帯が9.1%,1000万円以上の世帯が6.2%であった。

有業者(ただし,家族従業者を除く。)の年収は,500万円から699万円までの者が11.4%,700万円から999万円までの者が12.4%,1000万円以上の者が1.5%であり,総有業者の34.5%が市関係職員であった。

他方,生活保護受給率は,17.9%であった。

なお,平成4年以降,結婚,住宅取得等を理由として,241人が同和地区外に転出していた。

ウ 前記生活実態調査等の結果によれば,同和地区における教育状況は,以下のとおりである。

(ア) 高校進学率は,昭和59年以降,ほぼ9割以上で推移し,全市との間に有意的な差はなくなってきており,平成5年3月,平成6年3月及び平成10年3月には,むしろ同和地区の方が全市を上回った(乙27)。

もっとも,全日制国公立高校への進学希望の達成状況をみると,平成6年度における達成率は,全市では70.4%であるのに対し,同和地区では53.7%にとどまっていた。

また,平成7年3月における高校進学の内容は,同和地区では公立が28.7%,私立が56.7%であるのに対し,全市では公立が53.4%,私立が35.7%であった。

(イ) 高校中退率は,以下のとおり推移している。

同和地区

全市

昭和56年3月

18.2%

8.2%

昭和61年3月

13.5%

5.7%

平成3年3月

19.7%

6.0%

平成6年3月

17.7%

6.1%

(ウ) 大学進学率は,以下のとおり推移している。

同和地区

全市

昭和56年3月

25.8%

41.3%

昭和61年3月

22.8%

41.0%

平成3年3月

14.8%

41.2%

平成7年3月

30.6%

49.2%

(エ) 以上のような状況を踏まえ,京都市同和問題懇談会は,平成8年11月,市に対し,「今後における京都市同和行政の在り方について」意見具申した。同懇談会は,この意見具申の中で,教育の課題について,「学年が進むに連れて学力分布が低学力層に偏る傾向にある。こうした学力の問題から,公私比率に特に顕著に表れている志望校以外への高校進学の実態や,これに起因する高校中退率の高さ,更に,大学進学率の低さなどに課題が見られる。」との指摘をした。その上で,同和地区住民の生活実態が大きく改善され,格差の是正が進んできた状況を踏まえると,特別措置としての同和対策事業は,終息を視野に入れるべき時期にあるとしつつ,「高校,大学の奨学金については,受皿となる日本育英会奨学金制度などとのかい離が大きいことや,大学進学率の格差などにみられるように,同和地区の子供たちの進路実態になお課題があることを踏まえると,直ちに一般施策に移行することは難しいと考える。この場合にあっても,国の動向なども踏まえ,一般施策への移行に向けて,具体的な考え方を示す必要がある。」とした。

エ このような同和地区の住民の生活実態の改善等を踏まえ,市は,同和関係者の子弟に対する各種進路支援事業について,所得基準の設定を検討し,平成7年3月1日から,その適用対象者を世帯所得によって判定することとし,所得基準を段階的に引き下げていき,平成10年度以降,日本育英会の奨学金の基準とほぼ同様の基準により判定されるようになった(甲6)。

また,市は,平成10年12月,京都市地域改善対策就学奨励金等貸与要綱を京都市地域改善対策就学奨励金貸与要綱に改め,就学奨励支度金の貸与を廃止し,平成11年2月4日,京都市地域改善対策奨学金等貸与規則を京都市地域改善対策奨学金貸与規則に改め,通学用品等助成金の貸与を廃止した(乙10,乙13)。

さらに,市は,同年11月,中学校卒業進学・就職支度金,高校卒業生進学支度金,高校卒業生・大学卒業生就職支度金等を廃止した。

オ 本件制度の運用状況については,市会本会議の一般質問でしばしば取り上げられ,収入に応じた厳密な対応や本件制度の見直しが必要ではないかとの指摘がされ,副市長Cは,平成10年5月13日及び平成11年2月25日の市会定例会において,本件制度については平成13年度末の廃止に向けて検討を行っている旨の答弁をした(甲18から甲21まで)。

カ 平成14年1月,市が同和問題の早期解決に向けた平成14年度以降の取組の在り方をまとめた「特別施策としての同和対策事業の終結とその後の取組」は,同和行政の成果として,教育及び就労に関し,高校進学率は全市とほぼ格差のない状況となり,大学進学率についても大きく向上したこと,こうした教育保障施策の成果等により,住民の就労状況は若年層を中心に幅広い分野への進出が見られるようになってきたことを指摘し,教育に関しては,過去のおしなべて低位な実態が大きく改善されてきたとはいうものの,高校進学の内容,高校中退率及び大学進学率の格差等の課題が残されている旨を述べた(乙36)。

キ 地対財特法は,平成14年3月31日をもって失効し,同日,京都市地域改善対策奨学金貸与規則が廃止された(乙12)。

他方,教育に関しては高校中退率や大学進学率に課題が残っているとの認識に基づき,京都市地域改善対策就学奨励金貸与要綱に基づく就学奨励金については,所得基準や貸与金額を見直した上,経過措置として,平成14年度から5年間継続されることとなった。

これに伴い,就学奨励金と一体となって運用されてきた本件制度についても,将来の返還についての不安を取り除くため,平成13年以降も存続されることとなった。

ク 原告は,平成9年度分から平成13年度分までの援助金の支出に関する監査請求をしたところ,市監査委員は,平成14年11月18日付け監査結果において,本件制度のより一層の公平性,平等性の確保の観点から,客観的な証明に基づき,申請者一人一人について,適時に支給要件を満たすか否かを判断していくことが望ましく,それが本件要綱の規定の趣旨にもより合致すると考えるので,事務の改善について検討を行われたいとの意見を付記した(甲4)。

さらに,市監査委員は,本件援助金の支出に関する監査請求に対する平成15年5月16日付け監査結果において,同和奨学金等の借受者の現状を把握した上で,すべての借受者を対象に,支給に係る基準を定めること,客観的な証明に基づいて所得判定を行うことついて,早急に対応するよう要望する旨の意見を付記した(甲7)。

ケ 市は,前記クの各監査結果を受けて,同和奨学金等の対象者のいる世帯の所得状況等を調査した結果,世帯収入が700万円以上の世帯の割合は,平成13年度が48.8%,平成14年度が51%であるのに対し,世帯収入が100万円以下の世帯の割合は,平成13年度が22%,平成14年度が20%であった。

市は,この調査結果を踏まえて本件要綱の見直しを行い,同和奨学金等の返還に係る援助金の支給については,毎年度,申請者から所得証明書等の資料を提出させ,これに基づき支給判定を行い,市長が別に定める基準により算定した所得が本件要綱2条1項別表に定める世帯員数の区分に応じた基準額以下である場合に,援助金を支給することとした。なお,この改正後の要綱は,平成16年4月1日以後に貸与された同和奨学金等の返還に係る援助金について適用することとされた(甲16,乙30)。

(5)  以上の事実を基に,本件援助金の支出決定について検討する。

ア 前記(2)で認定したとおり,市の同和対策事業は,同和問題の解決の重要性にかんがみ,一般施策を補完する特別施策として実施されてきたものである。そして,本件要綱は,同和問題の解決を図ることを目的として,市内の同和地区に居住する同和関係者の子弟の自立を促進するため,当該子弟に対する援助金の支給に関し必要な事項を定めるものであり(1条),援助金の支給により,当該子弟が高校,大学等に進学しようとする際の学資面における不安を取り除き,進学率を向上させ,多様な進路の選択を可能にするなど,一定の成果を挙げてきたものと認められる。

しかしながら,法令の規定により,国庫補助の対象となる奨学金が給付制度から貸与制度に変更されたのを受けて,同和奨学金等は,関係規則において,無利子で貸与すること,借受者又は保証人は貸与を受けた同和奨学金等を返還しなければならないことが定められ,貸与制度であることが明確に規定されたものである。そして,本件要綱も,同和奨学金等が貸与制度であることを前提とした上で,2条1項において,援助金は,同和奨学金等の借受者のうち,その属する世帯の所得,就労等の生活実態から貸与を受けた同和奨学金等を返還することが困難であると市長が認めた者に対し支給される旨を規定している。

そして,援助金の金額は,援助金の支給を受ける者がその年度に返還すべき同和奨学金等の範囲内で定められる(本件要綱5条)。

このような本件制度の仕組み,本件要綱の規定の趣旨に,同和奨学金等の借受者ないしその属する世帯の所得,就労等の生活実態は年々変動するものであって,ある年度において同和奨学金等の返還が困難であったとしても,別の年度においては,返還が困難ではなくなったり,あるいは,その逆の事態が生じることも通常あり得ることであることを考慮すると,前記のような同和奨学金等の目的や役割を勘案しても,援助金の支給に当たっては,本来,支給する年ごとに(少なくとも,援助金の支給を受ける者に事情の変更の有無を報告させ,その報告の都度),各申請者ごとに,収入,家族状況等に関する客観的資料に基づき,同和奨学金等の返還が困難であるかどうかを審査することが求められているものと解するのが相当である。

もっとも,前記(2)及び(3)で認定したとおり,昭和58年当時の同和地区の住民の生活実態は,奨学資金給付制度が発足した昭和38年当時と基本的状況に変わりはなかったものであり,なお教育の機会均等を保障するための施策が必要であると認識されていたこと,実際上,同和奨学金の借受者の属する世帯の大部分が,国の奨学金の返還免除のための基準に該当していたこと,その一方,市の財政事情を考慮すると,同和奨学金に対する国庫補助が打ち切られるとすれば,その影響は少なくなかったこと等の事実関係の下では,少なくとも,本件要綱が決定された昭和59年当時においては,従前の奨学資金給付制度を後退させないため,具体的な支給基準,認定方法等を定めずに,援助金の申請者全員を同和奨学金の返還が困難であると認め,一律に援助金を支給する解釈運用をしたことをもって,直ちに,法令上許容される裁量権の逸脱又は濫用があったとまでは認められないものというべきである。

イ しかしながら,社会・経済情勢,同和地区における生活実態等,諸般の状況等が変化しているにもかかわらず,これに即した具体的な支給要件を定めず,何ら審査をしないという従前の解釈運用を継続することは,本件要綱の本来の趣旨を逸脱するものといわざるを得ないところ,前記(4)認定の事実によると,本件要綱の決定後,同和地区における生活実態はしだいに改善され,生活基盤の安定した世帯も一定割合存在するようになり,同和地区内外の格差の是正が進んでいたというべきである。このように同和地区における生活実態が全体としては改善されていることからすると,同和奨学金等の借受者であって,過去にはその返還が困難であったが,高校あるいは大学卒業後相当の年数が経過することによって,その返還が必ずしも困難ではなくなった者も一定割合で生じてきていることも推認することができる(なお,上記認定のとおり,同和地区外に転出した者も少なくない。)。そうすると,同和奨学金等の借受者であることをもって一律にその返還が困難であるものと認めることの合理性を基礎付けるに足りる事実は失われてきたものといわざるを得ない。

そして,市は,平成7年ころから,同和関係者の子弟に対する各種進路支援事業について,適用対象者を世帯所得によって判定することとし,平成11年ころからは,本件制度の見直しをも視野に入れた検討を進めていたものであるから,遅くとも平成13年度以降の援助金については,本件要綱の本来の規定の趣旨に沿って,各申請者ごとに厳正な審査をした上で支給を決定する必要があったものと認めるのが相当である。

しかるに,市は,依然として,本件要綱2条1項の支給基準,認定方法等について具体的な基準を定めず,各申請者から収入,家族状況等に関する客観的資料の提出も求めないまま,申請者を一律に同和奨学金等を返還することが困難であるものと認め,返還が終了するまで20年間にわたり何ら審査をせずに援助金の支給を継続しているものであり,このような解釈運用は,法令上許容される裁量権の行使としての合理性を認めることができないものといわざるを得ず,本件援助金の支出決定は違法というべきである。

ウ なお,被告は,同和奨学金等に所得基準を設けることにより,対象者を限定している旨主張する。

しかし,同和奨学金等と援助金とは,あくまで別個の制度であり,同和奨学金等を貸与するかどうかの審査と,借受者に対して援助金を支給するかどうかの審査とは,これを実施する時期や対象が異なるものであるから,同和奨学金等に所得基準を設けたことをもって,援助金については一切審査をしないという運用が許容されることにはならない。

また,被告は,借受者に対して追跡調査を行うとすれば,その社会的立場等に悪影響を与えかねない旨主張するが,もともと援助金は,同和奨学金等を返還することが困難であると認められた場合に支給する旨規定されているものであり,一般には,高校・大学卒業後の年数が経過することに伴い所得水準の向上が見込まれることに照らすと,被告が主張する諸事情を勘案しても,適時,その収入状況等が把握される必要性があることは否めない。

したがって,被告の上記各主張は,採用することはできない。

2  争点2(市の損害及びその額)について

市は,本件援助金として2億0286万3585円を支出しているところ(前記第2の2(5)。なお,これは,高校生分・1917人に対する1億0532万5250円,大学生分・783人に対する9753万8335円の合計である。甲8),前記1(4)イ(ウ)認定の事実からすると,本件援助金の支給を受けた者の中には,高校あるいは大学卒業後相当の年数が経過するなどして,平成14年度までには相当額の収入を得ており,平成14年度においては,同和奨学金等を返還することが困難ではない者が一定数いることは,容易に推認し得るところである。したがって,市が,平成14年度において,これらの者に対しても援助金を支給することによって,ある程度の損害を被ったことも,また,容易に推認し得る。

一方では,前記1(4)イ認定の事実によると,平成14年度においても,同和奨学金等の借受者であって,その返還が困難な者が相当数いることも容易に推認することができる。そして,これらの者に対して援助金を支給することは,本件要綱が本来予定していたことであるから,これらの者に対して支給された援助金相当額については,市は損害を被っていないというべきである。

また,市は,本件要綱決定後,一貫して,同和奨学金等の借受者の全員を返還初年度に本件要綱2条1項にいう返還困難な者と認定し,その後は,機械的に返還金相当額の援助金を支給しており,平成14年度においては,以前の借受者の中には,市においてその所在等を把握することが困難になっており,そのため,改めて援助金の支給を申請させること,あるいは支給要件の審査のため資料を提出させることが必要になったとしても,その申請等を事実上し得ない者が相当数いることも予想し得る(これらの者は,同和奨学金等の返還が完了するまでは援助金が支給されるものと思っており,自発的に申請等をすることも期待し得ない。)。そして,これらの者について,申請等がないとして援助金の支給をしなければ,市のその分の支出額は減少するものの,一方では同和奨学金等の返還を事実上受けられないこともあり得るのであって,援助金を支給しないことによって,直ちに市がその分の損失を免れるということもできない。

これらに照らすと,市が平成14年度に援助金として支出した金額の全額が市の損害となるとはいえないところ,市が被った損害の額は,原告において主張,立証することを要するが,原告は,裁判所から釈明を受けても,支出した金額全額が損害となると主張するのみで,その他の基準等に基づく損害額の主張立証をしない。

そうすると,本件においては,結局,損害額についての立証がないというほかはない。

3  結論

以上の次第であるから,原告の本件援助金の支出に関する請求は,争点3について判断するまでもなく,理由がないので,これを棄却し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 森田浩美 裁判官 斗谷匡志)

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