京都地方裁判所 平成15年(行ウ)30号 判決 2005年8月31日
主文
1 被告が平成15年9月11日付けで参加人A株式会社に対してした,別紙物件目録(1)記載の建物における風俗営業(ぱちんこ屋)を許可した処分(京都府公安委員会指定第X-XXX号)を取り消す。
2 被告が平成15年9月11日付けで参加人有限会社Bに対してした,別紙物件目録(1)記載の建物における風俗営業(ぱちんこ屋)を許可した処分(京都府公安委員会指定第Y-YYY号)を取り消す。
3 訴訟費用中,参加によって生じた費用は参加人らの負担とし,その余は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,被告が平成15年9月11日付けで参加人らそれぞれに対してした別紙物件目録(1)記載の建物(以下「本件営業所」という。)における風俗営業(ぱちんこ屋)を許可した各処分(以下「本件各許可処分」という。)に対して,本件営業所から100m以内に位置する別紙物件目録(2)記載の建物(以下「本件建物」という。)において診療所を営む原告が,本件各許可処分が違法であるとして,その取消しを求めるものである。なお,参加人らは,行政事件訴訟法22条に基づき,本件訴訟に参加した。
2 基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び末尾記載の各証拠により容易に認められる事実)等
(1) 風俗営業の許可に関する規制
ア ぱちんこ屋の営業は,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)上の風俗営業であり(風営法2条1項7号),これを営もうとする者は,営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならず(風営法3条1項),公安委員会は,許可申請の営業所が,良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令に定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内にあるときは,許可をしてはならない(風営法4条2項2号)。
イ 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行令6条1号ロは,風営法4条2項2号の政令で定める基準として,制限地域の指定は,「学校その他の施設で学生などのその利用者の構成その他のその特性にかんがみ特にその周辺における良好な風俗環境を保全する必要がある施設(以下「保護対象施設」という。)として都道府県の条例で定めるものの周辺の地域」とすることを,同令6条2号は,保護対象施設の指定を行う場合には「当該施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲おおむね100mの区域を限度と」することを,同令6条3号は,その指定は,「風俗営業の種類及び営業の態様,地域の特性,第1号ロに規定する施設の特性,既設の風俗営業の営業所の数その他の事情に応じて,良好な風俗環境を保全するため必要な最小限度のものであること」をそれぞれ規定している。
ウ 京都府の風俗営業法施行条例(昭和34年3月25日京都府条例第2号。以下「本件条例」という。)3条1項は,公安委員会は,第2種地域(都市計画法8条1項1号の規定により指定された商業地域,準工業地域等)においては,病院及び診療所(医療法1条の5第2項に規定する診療所のうち患者を入院させるための施設を有する診療所をいう。以下「有床診療所」という。)から100m以内の地域でぱちんこ屋の営業を許可してはならない旨規定している。
エ 医療法1条の5第2項は,診療所とは,医師又は歯科医師が,公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であって,患者を入院させるための施設を有しないもの又は19人以下の患者を入院させるための施設を有するものをいうと規定している。(なお,平成12年12月法律141号改正前の同項では,「患者を入院させるための施設」は,「患者の収容施設」とされていた。)
(2) 名義貸し等についての規定
ア 風営法は,風俗営業の許可を受けた者による名義貸しを禁止(風営法11条)しており,その違反については罰則規定(風営法49条1項3号)を設けている。
イ 風営法26条1項は,公安委員会は,「風俗営業者若しくはその代理人等が当該営業に関し法令若しくはこの法律に基づく条例の規定に違反した場合において著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるとき」は,当該風俗営業の許可の取消しを命ずることができると規定している。
(3) 京都府公安委員会事務専決規程
京都府公安委員会事務専決規程(昭和34年3月20日公安委員会訓令第1号,以下「本件専決規程」という。)2条本文は,警察本部長は,風営法3条1項の規定による営業の許可は又許可に疑義のある場合の決定の事務を専決することができると規定しており,同条ただし書は,異例に属するものについては,公安委員会の決済を受けて処理しなければならないと規定している。
(4) 本件各許可処分に至る経緯等
ア 当事者等
(ア) 被告は,警察法38条1項に基づき,京都府知事の所轄の下に設置され,風営法3条1項により風俗営業の許可権限を付与された京都府の機関である。
(イ) 参加人A株式会社(以下「参加人A」という。)は,平成11年9月16日に設立された遊技場の経営等を目的とする株式会社であり,参加人有限会社B(以下「参加人B」という。)は,平成11年10月14日に設立された遊技場の経営等を目的とする有限会社である。
イ 本件建物
本件建物は,本件営業所の所在地から100m以内の距離にある。
医師C(以下「C医師」という。)は,本件建物について,有床診療所を開設するための医療法27条に基づく構造設備の使用の許可(以下「構造設備使用許可」ともいう。)を得た上で,平成11年3月8日,C医院という名称の診療所(以下「旧診療所」という。)を開設した。旧診療所の開設届には患者収容定員1室2床と記載されていた。
京都地方裁判所は,平成12年2月3日,参加人A外1名の申立てにより,①本件営業所におけるぱちんこ遊技場新規開業につき,被告から風俗営業等の許可が得られるまで(ただし,同年8月末日をその限度とする),本件建物内において患者収容施設を設置することを仮に禁止する,②C医師は,本件建物2階内の患者収容施設(ベッド2台)を仮に搬出せよ,との仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)をした。同年2月23日,本件仮処分決定の執行により本件建物2階の病室(9.72m2)にあったベッド2台が本件建物から搬出され,本件建物には入院患者用のベッドはなくなった。
ウ 営業許可申請
参加人らは,平成12年2月28日,被告に対し,本件営業所の東側及び西側にぱちんこ屋を開設するため,営業許可申請(以下「本件各営業許可申請」という。)をそれぞれ行った。なお,本件営業所所在地及びその周辺地域は,本件条例3条1項記載の第2種地域に属している(乙6の2)。
エ 不許可処分及びその取消判決
被告は,同年5月25日,本件各営業許可申請について,本件営業所の所在地から100m以内の本件建物に旧診療所が存在することを理由に,不許可とする処分をした(以下「本件各不許可処分」という。)。
参加人らは,本件各不許可処分の取消しを求める訴訟を提起し,京都地方裁判所は,平成14年1月25日,同事件(同裁判所平成●●年(行ウ)第●●号)について,参加人らの請求をいずれも認容する旨の判決を言い渡した。これに対して,被告が控訴したが(大阪高等裁判所平成●●年(行コ)第●●号),同裁判所は,平成14年11月13日,被告の控訴を棄却する旨の判決(以下「本件取消判決」ともいう。)を言い渡した。被告が上告及び上告受理申立てをしたが,最高裁判所は,平成15年7月11日,被告の上告を棄却し,上告審として受理しない旨の決定をし(同裁判所平成●●年(行ツ)第●●号,平成●●年(行ヒ)第●●号),本件取消判決は確定した。
オ 原告による診療所の開設
原告は,平成14年3月7日,医療法44条に基づき,京都府知事により設立許可された医療法人であり,代表者はC医師である(乙8の1,2)。原告は,同年7月12日,本件建物について有床診療所を開設するための構造設備使用許可を受けた上で,同年7月15日,本件建物において,患者入院施設を2床とする医療法人社団D医院という名称の診療所(以下「本件診療所」という。)を開設した(甲1,2,乙10の1,2)。なお,旧診療所は,同月14日,廃止されている。
カ 本件各許可処分
被告は,平成15年9月11日,本件各営業許可申請について,本件営業所における風俗営業(ぱちんこ屋)を許可する旨の処分(本件各許可処分)をした。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件各許可処分は,本件条例3条1項所定の有床診療所に該当する本件診療所があるのにされたものとして違法か(本件取消判決の拘束力の範囲を含む。)か(争点1)。
(原告の主張)
ア 行政庁は,取消判決の拘束力によって,判決の趣旨,すなわち判決理由中の判断に従って処分等をしなければならないとの拘束を受けるが,申請を認めるべき拘束力まで受けるものではない。
また,取消訴訟における違法判断の基準時は,処分時であるから,取消判決を受けて改めてする処分時には,前の処分時とは事情が異なっておれば,取り消された処分と同一の処分をすることも許される。
イ 本件診療所は,以下のとおり,本件各許可処分がされた平成15年9月11日の時点において,本件条例3条1項所定の有床診療所に該当するから,本件診療所から100m以内の距離にある本件営業所におけるぱちんこ屋の営業を許可した本件各許可処分は違法である。
ウ 本件診療所において診療を受けた患者は,開設から平成14年12月末までは,延べ5441名,平成15年の1年間には延べ1万0762名に及び,その合計は1万6203名に及んでいる。
本件診療所においては,C医師以外に4名の医師(うち3名は他病院の勤務医)が1週間に1回の割合で患者の診療に当たっている。看護師等の人的態勢も,治療・検査のための物的設備も整えられている。本件診療所には,1室2床の患者入院施設があり,病状の比較的重い患者については病状の経過や疾患の確定を観察したり,病状の変化を観察したり,併発症の発現の有無を確認し,観察して治療をするため,一定時間入院させており,2時間以上にわたり入院治療した患者は,開設から平成15年末までの間に延べ100名以上に達し,そのうち7人は,重篤な症状に発展すると判断し,E病院,F病院等に紹介入院させている。なお,患者の入院時は,C医師又は4名いる他の医師,3名いる看護師のうち1名がその安全を管理しており,また宿泊を伴う入院となる場合は,医師,看護師が当直,夜間・休日勤務をする態勢をとっている。
このように,本件診療所は,患者をその診療と治療のために入院させるか,又は一定時間その施設で安全に管理することのできる人的,物的な態勢は日常的に整えられており,本件条例3条1項所定の有床診療所に該当する。
(被告の主張)
ア 行政事件訴訟法33条の取消判決の拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものである。
そこで,本件取消判決が旧診療所が本件条例3条1項所定の有床診療所に該当しないとした事実認定及び法律判断を踏まえると,本件不許可処分後の事情を考慮しても,次のイのとおり,本件診療所は,旧診療所と実態において変わりがないことから,本件取消判決の趣旨に従い,本件診療所は有床診療所に当たらないと判断し,その他許可基準に抵触する事由がなかったことから,本件各許可処分をしたものであり,本件各許可処分は適法である。
イ(ア) 本件診療所も旧診療所も本件建物における診療所であり,その構造も同一である。
(イ) 旧診療所の開設者はC医師であり,本件診療所の開設者の代表者もC医師であるから,開設者も実質的に同一であり,医業を行う医師は,いずれも,C医師で同一である。
(ウ) 本件診療所の診療報酬請求にも入院の実績はない。
また,本件診療所は,夜間及び休日において無人の状態であるから,看護師が夜間に勤務する態勢も,医師が夜間の緊急事態に対応する態勢も,患者を大病院に送る態勢も整ってはいない点において旧診療所と同様である。
(参加人らの主張)
本件取消判決の結果,行政事件訴訟法33条1項,2項により,被告は,本件各営業許可申請に対して,本件取消判決を前提として,速やかに許可処分をしなければならない。その場合,本件取消判決の効果として,処分の判断基準時は,本件不許可処分がされた平成12年5月25日であり,その時点の状態を前提に要件具備の判断がされなければならない。
本件診療所の開設は平成14年7月15日であり,本件診療所が仮に有床診療所に該当する実体を備えているとしても,もはやその存在を理由に再度不許可処分をすることはできない。
(2) 参加人らは,本件営業所におけるぱちんこ屋の営業を参加人の名前で他人に営ませているか(名義貸しの有無)(争点2)。
(原告の主張)
株式会社G(以下「G」という。)は,平成15年7月11日,本件営業所の所有権を取得しており,本件営業所におけるぱちんこ屋の営業は,Gが参加人らの名義を借りて,その計算で行っている。すなわち,参加人らは,自己の名義をもってGに営業を営ませているのであるから,風営法11条に違反する。そして,Gは自ら被告の許可を受けていないのにもかかわらず,本件営業所でのぱちんこ屋を営んでいるのであるから,無許可営業に該当する。
(被告及び訴訟参加人両名の主張)
ア 風営法11条の名義貸し禁止の規定は,同法3条1項により営業許可処分を受けたものに関する禁止行為を定めた規定であって,原告の権利利益を保護する趣旨を全く含まない。したがって,名義貸しの主張は,原告の法律上の利益に関係のない違法というべきであり,原告は,行政事件訴訟法10条1項により,これを理由に本件各許可処分の取消しを求めることはできない。
イ 本件営業所におけるぱちんこ屋の経営主体は,参加人らであって,Gは,本件営業所の所有者であって,本件営業所を参加人らに賃貸しているだけで,参加人らの名で営業を営んでいるものではない。
(3) 京都府警察本部長が本件各許可処分を専決したことは違法か(争点3)
(原告の主張)
本件各許可処分は,「異例に属するもの」であるから,本件専決規程2条ただし書により,警察本部長が専決できず,被告の決裁を受けて処理しなければならない事案であるのに,京都府警察本部長が本件専決規程に基づいて専決処分したものである。したがって,本件各許可処分は,その手続に重大な瑕疵があり,取り消されるべきである。
(被告の主張)
ア 本件各営業許可申請については,本件取消判決の主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断の判断枠組みに従った上,本件不許可処分後の事情を併せて考慮すれば足り,複雑かつ高度な判断を要するものでなく,その意味で「異例に属するもの」とはいえない。
イ また,平成15年8月21日に全委員が出席して開かれた被告の定例会において,被告の担当者から,本件取消判決が確定後,改めて行った各種の調査結果の報告を受け,本件各営業許可申請について協議が行われた。その結果,被告は,本件取消判決の趣旨に従い,本件診療所は保護対象施設に該当しないと判断するとともに,その他の許可要件に係る調査結果からも,不許可とすべき事由が認められなかった。そのため,以後の事務手続については,本件専決規程によって,警察本部長の決裁をもって行うことを了承した。
その後,被告の担当者は,本件各営業許可申請について改めて審査を行い,本件診療所と旧診療所が実態において変わりがないことから,本件取消判決の趣旨に従い,原告が開設する診療所を患者の入院施設を有する診療所に当たらないと判断するとともに,その他許可基準に抵触する事由がなかったことから,警察本部長は,同年9月11日,専決により本件各許可処分をしたものであり,また,同日の被告定例会において,本件各許可処分が報告され,各委員の了解を得た。
したがって,本件各許可処分は,被告の意思に基づくものであり,手続的にも実質的にも適法である。
第3当裁判所の判断
1 本件各許可処分は,本件条例3条1項所定の有床診療所に該当する本件診療所があるのにされたものとして違法か(争点1)について
(1) 本件取消判決は,大要次のとおり認定判断して,旧診療所は本件条例3条1項所定の有床診療所に当たらないと判断した(乙1,乙2)。
ア 本件条例3条1項所定の有床診療所か否かの判断に当たっては,その診療所の開設者がこれを設けた動機,目的のいかんによってその判断が左右されるものではなく,あくまでも「患者の収容施設を有する」(「患者を入院させる施設を有する」)実体があるか否かによって判断すべきものであるが,このような実体を有する診療所といえるためには,診療と治療のため患者をその施設に収容し(入院させ),安全に管理することのできる人的,物的な態勢が日常的に整えられていることを要する。
イ 旧診療所の構造は,別紙平面図のものとおおむね同一であって,2階には看護婦控室,当直医寝室という名目の部屋がそれぞれあるが,いずれも相当狭く,看護婦控室は睡眠をとるスペースをとることが困難である。
ウ 旧診療所は,平成11年6月から平成12年3月までの期間に係るものとして,京都府国民健康保険団体連合会に対し,延べ356件の通院分の診療報酬等の請求を行ったほか,京都府社会保険診療報酬支払基金に対しても,平成11年6月分から平成12年2月までの期間に係るものとして延べ272件分の外来の診療報酬請求をしたが,入院分の請求は行っておらず,旧診療所に平成11年8月20日から平成12年5月24日までの間,入院患者はなかった。
エ 本件仮処分の執行以前においても,もともと,本件建物においては,看護師が夜間に勤務する態勢も,患者を大病院に送る態勢も整っておらず,実際にも,入院の実績は1件もなかったと推認できる。
オ 本件仮処分の執行後の状態は,もともと2階の病室に2つあったベッドも撤去されて床の上に直接布団が敷かれた状態となり,他に入院患者用のベッドは全くない状態となった。被告が処分をするに当たって,本件仮処分による執行後の状態は,前提としなければならない。
カ 京都市保健福祉局長は,平成12年8月9日付けで,保健福祉局としては,旧診療所が医療法上の患者収容施設を有する診療所に該当しなくなったものと判断しており,医療法27条に基づく許可の効力は存続し得ないものと解する旨を京都府警察本部生活安全課長に回答している。
キ 旧診療所が平成11年3月に開設されて以来,平成12年4月までの間の診療日数は315日であり,その間の経過観察や検査,治療などのため,延べ5005人の患者があり,患者が数時間ベッドで安静にしているよう促された例と経過観察のためベッドに横になった例を併せると100件を超えるとの主張があるが,これらの事実を裏付けるに足りる客観的な証拠はなく,仮に,このような事実があったとしても,本件仮処分の執行後の状況についての認定を左右するものではない。
ク 上記に加えて,本件仮処分決定に至る経緯に照らしても,本件不許可処分がされた平成12年5月25日の時点においては,現在の社会通念上も,旧診療所は,診療と治療のため患者をその施設に収容し(入院させ),安全に管理することのできる人的,物的な態勢が日常的に整えられている状態でもなかった。
(2) これに対し,前記のとおり,本件診療所は,原告が,平成14年7月12日に,患者入院施設2床の診療所として構造設備使用許可を得た上で,同月15日に,開設したものであるが,証拠(甲1,甲2,甲42,甲43,乙11ないし乙17(枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によると,本件許可処分時の本件診療所の実態等について以下の事実が認められる。
ア 本件診療所の平面図は,おおむね別紙平面図のとおりであり(ただし,受付カウンターの向きが異なる。),旧診療所とほぼ同一であるが,本件建物2階の病室(9.72m2)に患者入院用のベッド2台が設置されている。
イ 本件診療所は,心療内科,整形外科,皮膚科,消化器科を標ぼうし,C医師ほか1名の医師が診療を担当し,月曜日から土曜日まで毎日10時から13時までのほか,14時から18時まで(月,火,水,金)又は14時から16時まで(木・土)を外来診療時間として開設届が提出されたものである。そして,本件診療所においては,実際にも,日曜日,祝日等の休日を除くほぼ毎日診療が行われていたが,夜間に医師や看護師などが常駐する態勢はとられておらず,通常,午後6時30分ころには消灯した上,無人の状態となる。
ウ 原告は,本件診療所の平成14年7月から平成15年7月までの期間の診療分として,京都府国民健康保険団体連合会に対して毎月約100件の入院外分の診療報酬を,京都府社会保険診療報酬支払基金に対して,毎月約50件の通院分の診療報酬を請求したが,入院分の診療報酬の請求は皆無であった。
エ 本件診療所の患者には,高齢者が少なからずおり,全身倦怠感などを訴える患者に対しては,上記ベッドにおいて,2時間前後,点滴静注をしながら,経過観察する場合もあった。また,患者の必要に応じて,F病院,E病院,H病院等の病院に診療情報を提供して,入院治療等を依頼することがあった。
(3) 前記(2)の事実によると,本件診療所は,「病室」に2台のベッドが設置され,入院としての診療報酬を請求した実績はないものの,旧診療所よりも多数の患者の診療をしており,夜間には及ばないものの一定の時間,そのベッドで治療,経過観察を受けた患者もいるというのであるから(診療所に患者が日を超えて収容されている場合でなければ入院には当たらないということもできない。),本件処分時においては,有床診療所に当たるということができる。
(4) ところで,行政処分は,原則として処分時の法令に準拠してされるべきものであるから,行政処分が違法なものであるかどうかは,処分時を基準に判断すべきものである(最高裁昭和25年(オ)第220号同27年1月25日第2小法廷判決・民集6巻1号23頁,最高裁昭和26年(オ)第412号同28年10月30日第二小法廷判決・行裁集4巻10号2316頁,最高裁昭和29年(オ)第132号同37年7月15日第二小法廷判決・民集13巻7号1062頁,最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。そして,風営法,本件条例等には,本件条例3条1項に該当する事実の存否の判断基準時について特段の定めはないから,その要件の存否は,処分時を基準に判断すべきものである。このことは,ぱちんこ屋の営業許可の申請に対する不許可処分が取消訴訟において当初の不許可処分が取り消され,その取消判決を受けてされる処分についても変わりはなく,改めてされた処分時が基準になるものと解される。
この点,参加人らは,当初の不許可処分が取り消され,その取消判決を受けてされる処分については,当初の処分時を基準に適法性を判断すべきであると主張する。
確かに,このように解しないと,当初の不許可処分時に取消判決の趣旨のとおり正しく判断されていれば許可を受けられた者が,その不許可処分が取り消されても,その後の事情の変化のために,許可を受けられないという結果が生じることになる。しかし,当初の処分時を基準に,改めて処分をするべきと解すると,その時点では,許可をする要件がなかったり,法令上することができない許可処分がされ,当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている公益が害されることになり相当ではない。これを本件に即していえば,風営法4条2項2号が,法施行令6条に定める基準に従い,条例で定められた地域に営業所があるときには,風俗営業の許可をしてはならない旨規定し,同号によって具体的地域指定をゆだねられた本件条例3条1項が,有床診療所等の保護対象施設から100mの範囲内においてぱちんこ屋等の営業を許可してはならないとしているのは,当該地域の風俗環境を良好な状態に保つことを目的としているというべきであり,当該保護対象施設の設置者の善良で静穏な環境の下で業務を運営するという個別的利益をも保護しているとはいえ,上記の公益目的を軽視することはできない。本件診療所が本件各許可処分の時点では,客観的には有床診療所に当たるにもかかわらず,本件各不許可処分時には有床診療所がなかったとして,風俗営業の許可をすることになれば,本件診療所から100mの範囲内にあるぱちんこ屋の営業を許可しないことによって,風営法4条2項2号が,当該地域において風俗営業の営業所の設置を許可しないことによって達成しようとする当該地域の良好な風俗環境を保全という公益を害することになって相当ではない。
なお,このように解しても,当初の不許可処分で理由とされた不許可事由以外の不許可事由があり,当初の不許可処分の取消訴訟においては,後者の事由が主張されていなかった場合に,当初の処分時以後の事情の変更によって,後者の事由が消滅し,あるいは,不許可事由ではなくなった場合には,当初の処分時を基準にすれば,再度不許可となるときでも,新処分時を基準にするときには許可されることになり,申請人に不利益とばかりはいえない。参加人らの上記主張は採用することができない。
(5) ところで,行政庁は,取消判決に拘束され(行政事件訴訟法33条1項),不許可処分の取消判決があった場合には,当該取消判決の趣旨に従い,改めて許可申請に対する処分をする必要がある(同条2項)。そして,本件取消判決は,本件各不許可処分時(平成12年5月25日)においては,上記のとおり,旧診療所は,本件条例3条1項の有床診療所には当たらないとして,本件条例3条1項の有床診療所に当たる旧診療所が本件営業所から100m以内に存在することを理由としてされた本件各不許可処分を取り消したものであるから,本件各不許可処分時には旧診療所が本件条例3条1項の有床診療所には当たらないとの判断につき拘束力が生じることは明らかである。この点では,本件診療所が,本件各許可処分時に本件条例3条1項の有床診療所に当たると判断することは,本件取消判決のこの点での拘束力に反するものではない。
さらに,本件取消判決は,旧診療所が,診療と治療のため患者をその施設に収容し(入院させ),安全に管理することのできる人的,物的な態勢が日常的に整えられている状態ではなかったことを本件条例3条1項にいう有床診療所とは認めない理由としている。本件取消判決の判断枠組みで,本件診療所について,本件取消判決が旧診療所について指摘したのと同様な事情の有無を検討し,診療と治療のため患者をその施設に入院させて,安全に管理することのできる人的,物的な態勢が日常的に整えられている状態にあるかどうかで有床診療所に当たるか否かを判断することが,本件取消判決の拘束力に含まれるとしても,本件診療所は,以下の点で,本件取消判決が上記判断の考慮要素とした事情とは同一とはいえず,これを考慮すると,上記のような意味での拘束力を認めるとしても,本件診療所が条例3条1項の有床診療所に当たると判断することが上記意味での拘束力に反するとはいえない。
ア 旧診療所については,本件仮処分決定がされ,その執行がされたことによって,入院患者用のベッドが全くない状態となったのに対し(被告は,入院施設という点ではベッドと布団とは同一であると主張するが,本件取消判決が入院患者用のベッドが全くなく,床の上に直接布団が敷かれた状態となったことを,有床診療所に当たらないと判断した考慮事由としていることは明らかである。),本件診療所には,病室に2床のベッドがある。
イ 事後的にではあるが,京都市保健福祉局長が,本件各不許可処分当時の旧診療所について,有床診療所に該当せず,医療法27条に基づく許可(構造設備使用許可)の効力は存続し得ないものとの判断を示していたのに対し,本件診療所については,そのような事情はない。
ウ 旧診療所については,平成12年4月までに,経過観察や安静のためにベッドに横になった患者がいるとの事実が認定されなかったが,本件診療所については,前記(2)エの事実が認められる,
(6) 以上によると,本件各許可処分の違法判断の基準時である処分時(平成15年9月11日)の時点では,本件診療所は,本件条例3条1項にいう有床診療所に当たり,本件営業所から100m以内に有床診療所があるから,本件各営業許可申請については,本件条例3条1項の不許可事由があることになる。そうすると,本件各許可処分は,上記の不許可事由があるのにされたものであるから,その余の点について判断するまでもなく違法である。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は,いずれも理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条,66条に従い,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 下馬場直志 裁判官 斗谷匡志)