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京都地方裁判所 平成16年(わ)1234号 判決 2005年3月08日

主文

被告人を懲役2年に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,京都弁護士会所属の弁護士であり,京都地方裁判所第1刑事部に係属していた被告人A,同Bおよび同Cにかかる強盗致傷,窃盗被告事件における上記Aら3名の弁護人であったところ,同被告事件について,真実は,Aら3名が,平成15年2月7日,Dに対し暴行脅迫を加えるなどして,同人管理にかかるキャッシュカードを強取し,同キャッシュカードを使用して△△信用金庫××支店に設置された現金自動支払機から同支店支店長管理にかかる現金2079万円を窃取したものであるという事実を知りながら,D,E,F,GおよびHらと共謀の上,上記被告事件についてDが偽証することを企て,同年9月9日,京都市中京区菊屋町所在の同裁判所第205号法廷における上記被告事件の公判期日において,刑事訴訟法の規定により宣誓した証人であるDが,「自動車の運転をめぐってBとトラブルになり,同人とけんかになったが,同人から一方的に暴行を受けたわけではない。Aは仲裁に入ったのであり,同人とCからは暴行を受けていない。キャッシュカードは,強取されたのではなく,自分からAに交付し,同人に出金を要請した。現金2079万円は,窃取されたのではなく,Aが経営する金融業に出資したものである」などと自己の記憶に反した虚偽の陳述をし,もって偽証したものである。

(証拠の標目)

【省略】

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法65条1項,60条,169条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

1  本件は,弁護士である被告人が,弁護人を務めていた強盗致傷,窃盗被告事件において,その被告人らの罪責を免れさせ,あるいはこれを軽減させることを企図して,同事件の被害者やその関係者である暴力団組員らと共謀の上,同被害者が京都地方裁判所の法廷で証人として尋問された際,同人に虚偽の証言をさせたという事案である。

2  本件における一連の事実の経緯は,以下のとおりである。

(1)  平成15年2月7日午前2時20分ころ,自動車の走行方法をめぐり,暴力団J組織委員長であるBが,Dに因縁をつけて,同人に対し,その顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加えた。その後,J本部長であるAおよび同若頭補佐であるCが順次加わり,Dに対し,こもごも,その顔面を手拳で殴打し,頭部を足蹴にするなどの暴行を加え,「お前の命は何ぼや。何ぼや言うてみい」などと申し向けて脅迫するなどした。更に,Bらは,DをJの事務所に連行し,その顔面等を足蹴にし,手拳で殴打するなどの暴行を加え,「こいつの耳を切り落としてしまえ」などと申し向けて脅迫し,同人が所持していた同人経営の会社名義のキャッシュカードを奪い,AおよびBが,同キャッシュカードを使用して,現金自動支払機から現金2079万円を引き出した。このBらの上記一連の暴行により,Dは,全治約1か月間を要する左眼窩吹き抜け骨折等の傷害を負った。

(2)  Dは,同人が経営する会社の親会社の社長であるHに上記一連の事実を打ち明けた。Hは,これを契機に,自己の経営する会社がJ関係者ら暴力団組員に干渉され,その事業等に支障が生ずることを懸念し,同業者のGに相談した。その結果,Gから,その知人であるFに依頼して,Fが知っている暴力団関係者を紹介してもらい,その者を通じて事態の解決を図ろうということになった。そして,Fは,名古屋市内に拠点を置く暴力団E会の会長であるEにJ側との間の仲裁と事態の収拾を依頼した。Eは,これを引き受けて,J側との交渉に当たり,その結果,J側が,Dに1000万円を返還し,今後同人らに対し一切関わりを持たないという内容のいわゆる「手打ち」が成立し,J側からDに1000万円が返還された。なお,この返還された1000万円のうち500万円は,Eらが手数料等として取得したため,実際にDの手元に返還された金額は500万円であった。

(3)  こうして,上記「手打ち」の限りにおいて一応の事態の収拾が図られたものの,その後,Dは,自己の手元に戻らなかった約1500万円を税務処理上損金として申告する必要に迫られ,上記強盗致傷,窃盗の被害について,京都府田辺警察署に被害届を提出した。これを受けて,同警察署において捜査が進められた結果,同年6月2日,AおよびBが逮捕され,その後,Cも逮捕されることとなった。

(4)  そこで,Jの若頭であるIは,被告人にA,BおよびCの弁護を依頼し,これを承諾した被告人は,同月3日,AおよびBの弁護人として選任され,同月6日,Cの弁護人として選任された。

(5)  上記「手打ち」がなされたにもかかわらず,Aらが逮捕されたことについて,J側は,「手打ち」を仲介したEに対し強く抗議し,Eは,Dの上記被害届を取り下げさせることなどをJ側に約束した。Iは,被告人に対し,そうした状況の概略を伝えた上,逮捕,勾留中のAらに取調べで黙秘するよう伝えて欲しいなどと依頼し,被告人は,Aらと接見した際,被疑事実の内容を確認するとともに,そうしたIの意向を伝え,取調べに際しては黙秘することを確認するなどした。他方,Fらは,Eの体面を守るため,Dを軟禁状態に置き,上記被害届を取り下げるよう迫るなどした。

(6)  同月23日,AおよびBは,強盗致傷,窃盗被告事件の被告人として京都地方裁判所に公訴を提起され,同月25日,Cが,同じく強盗致傷,窃盗被告事件の被告人として同裁判所に公訴を提起された。そして,上記3名に対する上記被告事件は同裁判所第1刑事部に係属し,併合して審理されることとなった(以下上記3名に対する上記被告事件を「本件強盗致傷等被告事件」という)。Iは,AおよびBが起訴された同月23日,EおよびFを伴って被告人の事務所を訪れ,本件強盗致傷等被告事件および手打ちの経緯等の概略を説明し,Eが,被告人に対し,「強盗の『強』の字を取ってもらいたいんですけど」「Dは,今,何とでも言いますし,Dに何でも言わせますので,何とか話を組み立ててもらえませんか」などと言い,Dに何らかの働きかけを行うことを前提に,Aらの罪責を免れさせ,あるいはこれを軽減させることを依頼した。その際,被告人は,Fから現金20万円を手渡され,これを受領した。

(7)  同年7月17日,被告人は,京都市内の料理屋でE,F,G,Hと会食した。その席で,Fが,被告人に対し,同年2月7日の出来事についてDに虚偽の証言をさせる内容として「DとBとがけんかとなったが,Dは,その仲裁に当たったAに好感を覚え,話をするうちに,DがAの事業に出資することとなり,2079万円をAに任意に交付した」などという筋書を記載した原稿を渡した。被告人は,その原稿に目を通してからFに返し,Fらに対しDがどんな人物であるかを尋ねるなどした。会食が終わるころ,被告人は,現金50万円を手渡され,これを受領した。

(8)  被告人は,本件強盗致傷等被告事件について,その公訴提起後間もなく,検察官請求予定証拠の謄写を依頼していたところ,同月18日,その証拠の写しを入手した。そして,被告人は,その謄写された証拠の中にDの検察官調書が存在しないことに気付いた。

(9)  同月31日,FおよびGが,被告人の事務所を訪問し,被告人に対し,本件強盗致傷等被告事件の証拠の写しを見せてくれるよう依頼した。被告人は,同事件の証拠の写しのファイルを取り出して,これをFおよびGに見せ,FおよびGは,そのファイルに目を通し,Dの警察官調書の写しを読んで,Dが警察官に対して供述している内容等,重要であると判断した部分を適宜メモにとるなどした。

(10)  同年8月上旬ころ,Fが,被告人に電話をかけ,Aら3名が何か商売をしていないかを尋ねたところ,被告人は,Aとの接見において,同人が,いわゆる闇金融業を「ステップ」という名称で経営していることを聞き及んでいたことから,その旨をFに伝えた。

また,J側がDに返還した金額は,前述のとおり1000万円であるところ,この金額ではAのもとに1000万円が残っていることになり,この額では,闇金融業への出資金としては多過ぎることから,FとAは,被告人を介して,互いの意向を伝え合い,Dの偽証の内容としては,同人に1500万円を返還したことにすることとした。

(11)  Dは,同年9月9日,本件強盗致傷等被告事件の第2回公判期日に証人として出廷し,刑事訴訟法の規定により宣誓した上で,検察官からの主尋問および被告人からの反対尋問に対し,Fらが作成した前述の筋書に従って虚偽の証言をした。その後,被告人は,Dの証人尋問調書の謄写を請求して,その写しを入手し,Aら3人にそのコピーをそれぞれ差し入れた。

(12)  その後,Dは,Fらの監視下から逃れ,平成16年1月7日,京都府田辺警察署に出頭し,それまでFらに軟禁されていた状況や上記の偽証状況等について申告し,同年3月12日,大津地方裁判所で行われた本件強盗致傷等被告事件の証人尋問期日に再度証人として出頭し,上記偽証の事実を告白した上,平成15年2月7日Aらから暴行脅迫を加えられて,キャッシュカードを奪われ,自己の意に反してAらに現金を引き出されたことなど,自己の記憶に従った内容を改めて証言した。

(13)  被告人は,平成16年7月5日に行われた本件強盗致傷等被告事件の第9回公判期日において,第2回公判期日でDが証言した内容こそが真実であり,上記大津地方裁判所でのDの証言内容は虚偽であるから,Aらには強盗致傷罪や窃盗罪が成立しないなどとする弁論を行った。

3  本件に関する経緯は,以上のとおり要約することができる。

被告人は,EとFが,Iに伴われて被告人の事務所を訪れた際,Dに偽証させることを匂わせるEの発言を耳にしながら,Fから現金20万円を受け取っている。そして,その数週間後,被告人は,Eらから飲食の接待を受けたのみならず,その席で,偽証の筋書を記載した書面を示され,Dに偽証させることをEらが計画していることを確定的に認識したにもかかわらず,再度,現金50万円を受け取り,その後も何ら偽証に関与することを拒絶していない。

このような経緯に照らせば,遅くとも上記接待がなされた平成15年7月17日の時点において,被告人が,共犯者らとの間で本件偽証の共謀を遂げたことは明らかである。

4  当然のことながら,裁判の前提となる事実の認定は証拠に基づいてなされるところ,事実認定に用いる証拠の中でも証人は特に重要な役割を有しており,ひとたび意図的に虚偽の証言がなされれば,適正を旨とする裁判所の事実認定が,誤りに導かれる危険性が極めて高いことはいうまでもない。偽証という行為は,積極的に虚偽の証拠を作出し,裁判所の判断を誤らせるおそれの大きい行為であって,そのような行為がまかり通ることとなれば,司法の根幹を揺るがしかねず,本件は,まさに司法に対する挑戦ともいうべき,まことに悪質な犯行である。

特に被告人は弁護士であるところ,弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とし,その使命に基づき,誠実にその職務を行い,社会秩序の維持に努力しなければならないとされている。そして,刑事事件においては,弁護人は弁護士の中から選任しなければならないところ,弁護人の最も重要な使命の一つが,捜査および公判の各段階において適正な手続の確保に努めることであるとされている。弁護士である被告人が,本件犯行に関わり,適正な手続が行われることを妨げたことの責任は,余りにも重大であり,被告人の本件犯行において果たした役割には,以下に述べるとおり,まことに重要なものがある。

①  弁護人に訴訟記録の謄写権が認められているのは,弁護人としての訴訟活動を適正かつ円滑ならしめるための便宜であり,検察官請求予定証拠の謄写ができるのも,同様の趣旨である。また,被疑者や被告人との立会人なしでの自由な接見交通権が弁護人に保障されているのは,被疑者や被告人と率直な打合せを行い,弁護方針を決定し,適正な防御権を行使するためには,それが不可欠の要請であると考えられるが故である。これらの弁護人の権利は,いずれも,公的な立場を併せ持つ弁護士に課された職責の重さと,弁護士に対する高度の信頼が,その基礎にあるものである。

それにもかかわらず,被告人は,謄写した本件強盗致傷等被告事件の証拠の一部を,Fらが偽証の筋書を作成する際に利用することを認識しながら,その閲覧に供し,また,Aとの接見を通じて知り得た闇金融業の名称をFに伝え,接見の機会を利用して,DがJ側から返還を受けた金額を偽る話を仲介するなどして,本件偽証の筋書がより具体的なものとなるよう協力しており,かかる行為は,弁護人としての記録の謄写権または検察官請求予定証拠を謄写できる立場や自由な接見交通権を不正に利用して犯行に加担するものであり,弁護士に対する高度の信頼を裏切り,その立場を悪用したものであるとの誹りを免れない。

②  被告人は,本件強盗致傷等被告事件の検察官請求予定証拠の写しを入手した段階で,同事件については,捜査段階において,Dの警察官調書は作成されているものの,検察官調書は作成されておらず,Dが,公判廷において上記警察官調書の内容とは異なる内容の偽証をしたとしても,刑事訴訟法321条1項2号によって,Dの捜査段階での供述が証拠となる余地がないことを十分認識していたものである。そして,被告人は,Dの偽証した内容を録取した証人尋問調書の写しをAらのもとに差し入れ,同人らが,その内容に従って,それぞれの被告人質問の際に供述したことにより,同人らの供述は,Dの証言内容と概ね合致し,その信用性を増す結果となっている。したがって,仮に,Dが,その後再び証人として裁判官の前で供述し,その偽証にかかる従前の証言を翻し,真実を証言していなければ,本件偽証が功を奏していた可能性は高いと考えられる。被告人は,多数の刑事事件を手掛けていたのであるから,その経験に基づき,当然,そのような状況を熟知した上で,一連の経過に加担していたものであって,刑事弁護人としての豊富な経験や知識を悪用したものである。

③  被告人は,公判廷において,Dが,検察官の主尋問に対し,Fらの作成した筋書どおりの虚偽の内容を証言していることを明確に認識しながら,何食わぬ顔で,自らもその偽証の筋書に沿ってDに対する反対尋問を行い,その虚偽の証言内容を固めているのであり,この点は,その尋問内容等に照らし,弁護人が主張するように,単にDの主尋問にGれた内容を確認したに過ぎないなどと評価することは到底できない。また,被告人が,偽証の共犯者として法廷に臨み,Dに対する証人尋問に弁護人として立ち会っているということ自体,同人の法廷における精神的負担を軽減し,偽証することを支援する結果となっているというべきである。その上,被告人は,Dが,再度証人として出頭して真実を証言し,既に偽証行為の存在が白日の下に晒される状況に至ってもなお,Dの真実の証言を臆面もなく論難し,Dが偽証した証言内容こそが真実である旨の主張をして弁論を展開しているのであり,そこにはもはや一片の良心すら感じられない。本件犯行が,これら被告人の弁護人としての訴訟活動なくしては,もとより成立し得ない犯行であったことは明らかである。

5  被告人らが本件偽証を行い,その後,幸いそのことが発覚したとはいえ,かかる異常な審理経過を辿ったことにより,本件強盗致傷等被告事件の審理は約半年間の遅延を余儀なくされており,刑事訴訟は,常に,刑罰法令の適正かつ迅速な適用実現が求められていることにかんがみると,本件において生じた結果も到底看過することができない。いわんや,弁護士という重責を担う立場にある被告人が,本件のような犯行に及んだことは,国民の弁護士に対する信頼のみならず,司法に対する信頼をも著しく失墜させるものであり,まことに強い非難に値する。

6  本件は,強盗致傷等被告事件という極めて重大な事件について,不正な方法により,その被告人らの罪責を免れさせ,あるいはこれを軽減させようとしたものである。被告人にそのような意図はなかったにせよ,被告人の行為は,結果的には,健全な市民生活に多大な害悪をもたらす暴力団の活動に加担していたことにもなるのであり,かかる意味においても,暴力団組織の根絶が強く求められている昨今の社会情勢にあって,本件は,まことに悪質かつ反社会的な犯行である。

7  ところで,弁護人は,①本件当時,被告人は,多数の刑事事件を受任しており,日々,京都府のみならず近隣府県の警察署等に接見に赴き,あるいは公判に出廷していたものであり,共犯者らと接触していた時間は短く,また,偽証の予行演習にも関与していないことなどから,被告人の関与の程度は,主観的にも客観的にも消極的かつ断片的なものに過ぎず,そのような被告人に対しては幇助犯に準じた量刑が相当である,②本件強盗致傷等被告事件は,一旦は,加害者側と被害者側との間でいわゆる「手打ち」が成立した事案であり,その被害者側の関係者から本件偽証の働きかけがなされたため,被告人の警戒心が緩み,正常な判断ができないまま,共犯者らに安易に加担する結果となったなどと主張している。

①  たしかに,本件一連の経緯において,被告人が共犯者らと接触した時間は短い。しかし,そのことが直ちに被告人の本件犯行への関与の程度が低いということに結びつくものでないことはいうまでもない。本件犯行への被告人の関与の程度は,その果たした役割に即して判断すべきであるところ,上記のように,本件は被告人の関与なくしては行い得ない点が多々あったものであることにかんがみれば,被告人の果たした役割は,まことに大きいものがあり,幇助犯に準じた量刑が相当であるなどとは到底いえない。

被告人の本件犯行への関与の程度が低いと認識しているとすれば,それは事の本質を見誤るものであり,第2第3の同種の事件を招きかねないといわざるを得ない。

②  本件強盗致傷等被告事件は,一旦は「手打ち」が成立した事案であるという事情が本件における重要な背景をなしていることは,弁護人主張のとおりである。しかしながら,そもそも,暴力団が介入して紛争を解決する「手打ち」などという考え方それ自体が,暴力団特有の論理に基づく法秩序を無視したものであり,被害者側からの申し出であったとはいえ,暴力団の関与は明らかであったのであるから,その「手打ち」が,果たして被害者の真意に基づくものであったかについては,当然に疑念を抱いて然るべきである。仮に「手打ち」が被害者側の意向によるものであったとしても,その意向を審理に反映させるのであれば,被害者を情状証人として取調請求する,被害者との間で示談書を作成する,被害者から嘆願書を提出してもらうなどの方法によるべきである。また,いかなる理由があるにせよ,被害者側の者から趣旨不明の現金を受領するがごときは,それ自体,弁護人として余りにも不用意かつ不適切な行為というほかない。

一旦は「手打ち」が成立したという事情も,本件犯行に加担した責任を軽減する理由とはなり得ない。

8  本件を現時点で振り返ってみると,被告人が,本件犯行への加担を思い止まる機会が,何回かあったように思われる。

その最初は,AおよびBが起訴された当日,EとFが,Iに伴われて被告人の事務所に来たときである。このとき,Eは,Dに偽証させることを匂わせるような発言をしているところ,その発言を聞いたとき,直ちに,そのようなことに協力することは弁護士としてできないと言うことができなかったのであろうか。また,Fが,被告人に現金20万円を渡そうとしたとき,その領収証を書くかどうかを考えることなどを通じて,それが受けとって良い金員であるかどうかを判断できなかったのであろうか。平素から,金銭の授受についてけじめを付け,趣旨が曖昧な金銭は受領しないようにしていれば,この時点で,犯行への加担を拒むことができたのではなかろうか。

次に,料理屋で会食した翌日,本件強盗致傷等被告事件の検察官請求予定証拠の写しを入手した時点でも,本件犯行への加担を止めることができたのではないかと思われる。被告人は,その前日,偽証する内容の筋書の原稿を見せられ,自分も協力するような姿勢を示したばかりではあるものの,検察官請求予定証拠を検討したところ,Dの警察官調書がある以上,たとえ同人の検察官調書が存在しないとしても,偽証をして,そのまま押し通すことは困難であるとでもいうような理由を付けて,犯行への加担を断わることができたのではなかろうか。

また,Dが,大津地方裁判所で真実を証言したのを機に,それまでの方針を変更することも,選択肢としてはあったのではないかと考えられる。

ところが,これらの時点や,その他の場面において,被告人が,本件犯行への関わりをどうするかについて,思い迷ったり苦悩したりしたというような様子は窺われない。被告人は,刑事事件を多く扱う弁護士として,それなりの実績も上げていたのであるから,その自分が偽証に加担するということについては,相当の葛藤があってしかるべきであると考えられるのに,被告人が,そのような葛藤のもとで何度も思い悩んだとは認められないのは,当裁判所としても理解に苦しむところである。

9  以上のほか,本件の共犯者らのうちFとEは,実刑判決を受けていることも併せ考えると,被告人に対しては実刑をもってのぞむことも十分考えられる。

10  しかし,被告人のために斟酌すべき事情として,以下の事情がある。

①  刑法170条は,偽証罪を犯した者が,その証言をした事件について,その裁判が確定する前に自白したときは,その刑を減軽または免除することができる旨規定しており,これは,偽証に基づき誤った裁判がなされることを未然に防止しようとする規定であると解されている。そして,本件強盗致傷等被告事件においては,その審理が終結する前に,偽証したDが,再度証人として出頭し真実を証言したほか,被告人はもとより,F,Eら,本件偽証の共犯者全員が,本件強盗致傷等被告事件の判決がなされる前に自白している。Dをはじめとする被告人らの自白は,上記法条の趣旨に照らして評価判断すべきである。

②  本件において,被告人が果たした役割は大きいものの,被告人は,主導的立場にあったものではない。本件犯行は,Eの体面を保つために,同人の意向を受けて,Fが,偽証の筋書きを考え,Dを指導して偽証すべき内容を覚えさせるなど,Fが中心となって行ったものであり,共犯者らが様々な行為に及ぶ中で,被告人は,主としてFから依頼されることに応える形で関わっていたものであり,見方によっては,利用されていたという側面があることも否定できない。

③  被告人は,捜査段階の当初から一貫して本件犯行について素直に自白し,本件に至る一連の経緯,何故,偽証に加担する一連の過程の中で立ち止まり,また,引き返さなかったのかなど,自らの認識や心中等について,未だ十分な整理がなされているとはいえない面があるにせよ,被告人なりにありのままを率直に吐露し,説明責任を果たそうと努めていることが窺われる。そして,所属弁護士会に自ら退会届を提出し,日本弁護士連合会に弁護士名簿登録取消を請求するなど,反省の態度を示している。

④  被告人は,本件に関連して受領した金額に相当する70万円を贖罪寄付した。

⑤  被告人は,これまで熱心に刑事弁護に取り組んでおり,その弁護活動の内容も一定の評価ができるものであった。被告人は,本件犯行に関わったことを別とすれば,これまで弁護士として,それなりに誠実に行動してきたということができる。その意味では,本件は,平素から問題のある行動を重ねていた弁護士が,そのような問題行動の一つとして偽証に加担したというものではなく,格別の問題のない普通の弁護士が,たまたま本件犯行に巻き込まれてしまったという面があることは否定できない。

⑥  本件で有罪となれば,たとえ刑の執行を猶予されたとしても,被告人は,弁護士法の規定により,弁護士となる資格を失い,弁護士名簿の登録を抹消されることになる。そして,執行猶予の場合であれば,その猶予期間が経過するまでの間,実刑に処せられて服役した場合は,刑法34条の2第1項所定の期間が経過するまでの間,その資格は回復されない。本件のような罪を犯した者にとって,その法曹資格を剥脱され,法曹界から追放されることは,服役する場合ほどの厳しさはないとしても,相当程度の制裁であるということができるところ,以上説示したところに照らすと,本件の制裁として,被告人の弁護士資格を剥脱するほかに,被告人を矯正施設に収容するまでの必要があるというには,若干の躊躇を覚えざるを得ない。もっとも,執行猶予期間は最大でも5年間であるから,刑の執行を猶予した場合,被告人が弁護士資格を失う期間は,最も長い場合でも5年間である。これが本件の制裁として妥当な期間であるかについては疑問なしとしないものの,より長期間弁護士資格を失わせるために,実刑に処するというのは本末転倒であるといわざるを得ない。

⑦  本件犯行における被告人,EおよびFの各立場や果たした役割の違いのほか,FおよびEは,Dを長期間軟禁状態に置き捜査機関と接触できないようにして,本件強盗致傷等被告事件の捜査を妨害した上,被害届の取下等をさせるなどしていること,EおよびFと被告人とでは,これまでの経歴や前科前歴等が全く異なることなどにかんがみると,FおよびEが実刑に処せられたからといって,必ずしも,被告人も実刑に処さなければ共犯者間の刑の均衡がとれないというものでもない。

11  以上の事情を総合考慮して,被告人の責任はまことに重大ではあるものの,被告人のために酌むべき事情にかんがみ,被告人に対しては刑の執行を猶予することとした。

(裁判長裁判官 楢崎康英 裁判官 神田大助 裁判官 佐々木隆憲)

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