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京都地方裁判所 平成16年(わ)1329号 判決 2006年2月27日

主文

被告人を懲役18年に処する。

未決勾留日数中350日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯等)

被告人は,昭和48年○月,父A,母Bの長男として出生して,京都市伏見区内で両親らと暮らし,地元の中学校を卒業後,すぐに稼働し始めたが,どの職場でも長続きせず,職を転々としながらも,日常生活上特に問題を起こすことなく過ごしていた。ところが,平成12年11月ころ,自宅階下の一人暮らしの住民から物音がうるさいなどと執ように抗議を受けた際に,激しく立腹し,それ以降,次第に仕事に行かなくなって,一日中自宅に引きこもるようになり,平成14年夏ころから,外にいる人が自分を睨んでいるなどと言って,実母Bの制止も聞かず,自宅内から窓の外に向かって,エアガンでBB弾を発射するという行動をとるようになり,精神病の疑いがもたれたことから,平成15年2月20日にa病院に措置入院され,その際,広汎性発達障害との診断を受け,同年3月20日に退院した。しかし,同年5月3日,自宅の外にいた近隣住民に向かってエアガンでBB弾を発射し,同月15日暴行罪で逮捕され,再び同年6月4日から同年8月4日まで同病院に措置入院されることとなった。

そして,Bは,被告人が再び屋外に向けてエアガンでBB弾を発射したりするのを心配し,被告人に対し,京都市<以下省略>所在の被告人の祖母C方で暮らすように勧め,被告人もこれに従い,同年9月9日から,同所で生活するようになった。なお,被告人の祖母方は,Dが所有する駐車場を間に挟んで同人方の西向いにあり,被告人は,同年10月ころ,Dから同駐車場の一画を月額1万円で賃借し,自動車を駐車して使用するようになった。被告人は,祖母方で,早朝に就寝して昼ころに起床するという生活ではあったものの,散歩をしたり,テレビを見,あるいは音楽を聞いたりし,深夜にドライブをするなどして,引越当初は落ち着いた生活を送っていたが,平成16年3月になって,様子がおかしくなり,部屋のカーテンの透き間から外をのぞくといった行動をとり,同年4月ころからは,近隣住民が自分の悪口を言っているなどと言い出し,他人の玄関チャイムを鳴らすなどの嫌がらせをするようになった。

このような中で,被告人は,同年4月中旬ころから,自分がドライブから帰ってきたときにDの息子が「チェッ。」と言ったり,同人が盗聴をしているとか,家をのぞきに来ているなどとBに言い始め,嫌がらせを受けていると思い込んで,悪感情を抱き始め,同年5月ころから,D方の玄関チャイムを鳴らしては逃げるといったことをするようになり,同月12日午前8時半ころには,同人方玄関から2階まで無断で上がり込み,同人から,「人の家に何を上がり込んできたんや。」などと叱責された。

Bは,このような被告人の行動から,被告人の精神状態が悪化していると考え,同日,被告人をb大学付属病院精神科へ連れて行き,医師の診察を受けさせ,上記のような被告人の行動を説明したところ,診察にあたった医師は,すぐには入院させる必要まではないが,一応統合失調症の疑いがあるとして,精神安定剤を処方し,2週間後に来院するように指示したが,被告人はその薬を定期的に服用しないこともあって,その精神状態は改善することはなかった。

被告人は,同月21日午後10時ころ,バットを携行してD方に赴き,玄関ドアを強くたたくなどし,それを同人方2階から見ていた同人から「何してるんや。」などと怒鳴られた。その際,Bが騒ぎを聞いて謝罪のためにD方に駆けつけたが,同人から,被告人との間の上記駐車場使用契約の解約を求められ,同女もそれに納得して,被告人にもその旨を伝え,さらに,同女方で生活するよう述べ,被告人もこれに従った。

そこで,Bは,同月27日,再度,被告人にb大学付属病院精神科での診察を受けさせ,医師に上記の被告人の行動を説明したところ,医師からは,a病院の主治医の診察を受けることを勧められ,その医師の診察を受けた後に同医師と相談して入院治療も含めた治療について考えたい旨言われた。そのため,Bは,同月31日,被告人に対し,a病院の主治医の診察を受けるよう勧めたが,被告人は,「今日はちょっと行かへん。でも,1回は行きたい。」「金曜日(同年6月4日)には行く。」などと言って,同年5月31日に診察を受けることを拒否した。

ところが,被告人は,同年6月1日午後1時ころ,自車をD方前で停めて同人方の様子を見たり,玄関ドアをたたくなどし,同日午後10時過ぎころには,バットを携行して同人方前へ赴き,応対した同人に対し,「お前,Eの親父か。」などと申し向けながら,バットを振りかざした。Dが,「うちにはそんな者おらんで。勘違いしてるんやないか。そんなことして何になるんや。」と諭したところ,被告人は,自車に乗車して走り去った。

このように,被告人は,D方の家族から嫌がらせを受けていると思い込んで,悪感情を抱き,自らも同人方家族に上記のような嫌がらせをしていたものであるところ,その度にDから叱責を受けるなどしたことにより,同人方家族を逆恨みし,その感情をより強めるに至った。

そして,被告人は,同月2日午前1時45分ころ,友人Fと共に自車でドライブに出掛け,途中D方付近で自車を停止させるなどし,同日午前3時45分ころ,自宅付近でFと別れたが,同人とドライブをする中で,D方家族に対して報復する決意を固め,同日午前4時10分ころ,自車を同人方西隣の駐車場に停め,金属バット,サバイバルナイフを携行して同人方に赴き,同人方南東付近に設置の通用口から同人方敷地内に入り込み,東側通路を通り,同人方北東角にある長男Gの部屋の窓ガラスをたたくなどした後,D方1階北西寝室の無施錠のサッシ窓を開けて侵入した。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  平成16年6月2日午前4時10分ころ,京都市伏見区<以下省略>

所在のD方1階寝室において,同人(当時54歳)に対し,殺意をもって,所携の金属バット(平成17年押第12号の1)でその頭部を強打し,さらに,同人方2階食堂兼居間において,多数回にわたり,所携のサバイバルナイフ(刃体の長さ約24.2センチメートル,同号の3)でその頭部,顔面を切り付け,その胸部等を突き刺すなどし,そのころ,同所において,同人を心臓右心室貫通刺切創により失血死させて殺害した,

第2  上記第1記載の日時ころ,上記D方2階食堂兼居間において,H(当時21歳)に対し,殺意をもって,上記サバイバルナイフでその右頸部,左手,右前腕を切り付けるなどしたが,同人が逃走したため,同人に対し加療約2か月間を要する頸部,右前腕切創,左小指屈筋腱断裂の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった,

第3  業務その他正当な理由がないのに,上記第2記載の日時場所において,刃体の長さ約24.2センチメートルの上記サバイバルナイフを携帯した,

第4  業務その他正当な理由がないのに,同日午前4時56分ころ,同区<以下省略>付近路上において,刃体の長さ約15センチメートルのサバイバルナイフ(同号の2)を携帯した

ものである。

(証拠の標目) 省略

(事実認定の補足説明)

1  被告人は,公判廷において,「判示第1記載の日時ころに金属バットを持ってD方を訪れたものの,サバイバルナイフは持っておらず,同所内に立ち入ってはいないのであり,判示第1ないし第4の各犯行について身に覚えがない。」旨供述しており,弁護人も被告人はこれらの各犯行を行っておらず,仮にこれらの犯行を行っていたとしても,その当時,被告人は統合失調症による妄想に支配されており心神喪失の状態にあったから,いずれにしても被告人は無罪である旨主張するので,当裁判所が上記のとおり認定した理由を補足して説明する。

2  判示第1ないし第3の各犯行について

(1)  まず,関係各証拠によって認められるDの受傷状況(成傷器は鋭器あるいは鈍器によるもので,前額部から前頭部及び顔面に12か所,胸部及び左腋窩に4か所,上肢に11か所,下肢に2か所,背面に4か所見られ,そのうち,左胸部下部から肋骨を刺切し心臓右心室を貫通し,肝臓にまで至るまでの深い刺切創が致命傷であり,前額部の受傷は,頭蓋骨の損傷や,硬膜下,くも膜下出血を伴う,かなりの強度の打撃によるとみられるものを含む。),Hの負傷状況(頸部,右前腕切創,左小指屈筋腱断裂であり,そのうち,頸部の受傷は,頸動脈の約4センチメートル横の,長さ約6センチメートル,深さ約1センチメートルのものである。),現場の血痕の付着状況(1階寝室床面等に飛沫血痕等が付着し,2階食堂兼居間の床面の大量の貯留血痕,壁面に飛沫血痕等が付着している。)等の客観的事実によれば,D方において,同人が,極めて強固な確定的殺意の下,全身にわたり,鈍器で殴打されたり,鋭器で切り付けられたり,突き刺されるなどして殺害されたこと,Hが,右頸部,左手,右前腕を鋭器で切られて判示第2記載の傷害を負ったことは容易に認めることができ,弁護人も,何者かによって判示第1及び第2の犯行がなされ,その犯人に判示第3の罪が成立することについて争っているものとは解されない。

また,判示第1記載の日時ころ,被告人が金属バット(平成17年押第12号の1)を持ってD方を訪れており,そのころ,被告人以外の人物がD方に立ち入っていないこと,しかも,同バットは同人の血液型と同じA型の血痕が付着し,同人方から押収されたものであって,判示第1の犯行に使用されたと推定されること,被告人の着衣にD及びHの血液型と同じA型の血痕が付着しており,被告人の靴にも血痕が付着していることなどの客観的事実等から,被告人が判示第1ないし第3の各犯行の犯人であることはほぼ推認できるというべきである。

さらに,本件犯行時D方にいた妻I,二男H及び長男G並びに本件犯行直後にD方を訪れた被告人の実母Bの各公判供述は,D方内における被告人の行動等を内容とするもので,いずれも,判示第1の犯行については直接目撃したという内容ではないものの,真実であれば被告人の犯人性を決定的とするものであり,また,犯人のD方内での行動や,犯行状況の詳細は,I,H,Gの各公判供述に依拠するものであることから,上記4名の供述の信用性を検討の上,判示第1及び第2の各犯行状況及び被告人の犯人性について,更に検討を進める。

(2)  Iの公判供述の要旨は以下のとおりである。

「本件犯行当日午前1時ないし午前2時ころに就寝したが,午前3時半ころ,Hがレコードを聴いている音で目が覚め,寝室の東側出窓の外に被告人が立っているのを見た。部屋の明かりで,すぐに被告人であると分かり,被告人はたばこを吸っていた。そして,被告人はバットを右手に持ち,淡々とした低い声で「お前が警察に言うたんか。」などと言いながら,寝室に入ってきた。私は次の瞬間に部屋の外に逃げていた。寝室内では,主人の悲鳴のような声が聞こえた。主人は,出血している額の辺りを手で押さえながら寝室から出て,2階への階段を上っていった。バットでやられたのだと思った。続いて被告人が寝室から出てきたので,私は悲鳴を上げてとっさにHの部屋に逃げ込んだ。その直後,ダンダンダンという音がして,ドアを内側に開こうとしてきたので,部屋の中にいたHと一緒に,ドアを必死で押し返した。被告人がドアをバットでたたいているのではないかと思った。その音は10回以上あった。音がしなくなり,被告人が2階への階段を上っていく音が聞こえた。私が「お父さんを助けてあげて。」と言うと,Hが2階に上がり,その後,私も様子を見ようと思って,階段の中腹あたりから2階の部屋を見ると,被告人がものすごく大きな刃物をぶらっと持っていた。被告人が振り上げた刃物を振り下ろそうという瞬間に,Hが「うわあ。」と言って,ドアの方に倒れ込んでくる姿を見て,もうやられると思い,「H,逃げ。」と叫んだ。私は,部屋から出てきたHと一緒に1階に下りて,玄関の外に出た。玄関の外から家の方を見ていると,Gが「おれの親父になんていうことしてくれたんや。」などと言いながら,2階に上がっていくところを見た。そのころ,Bが家の中に入り,2階に上がっていき,被告人を支えるようにして1階に下りてきた。その時,被告人の手とBの手は黒い布のような物が巻いてあり,何かを隠そうとしているように見えた。」

(3)  Hの公判供述の要旨は以下のとおりである。

「本件犯行当日午前4時過ぎころ,コンコンと軽い感じで窓をたたく音が聞こえ,そちらの方にたばこを吸っている人影が見えた。2階にいる兄を呼びにいき,兄と一緒に私の部屋で窓を確認すると,四,五回,窓をコンコンとたたく音がした。その音がしなくなってから,まもなく,母の悲鳴が聞こえてきた。ドアを開けて,両親の寝室の方を見ると,悲鳴が聞こえ,母に続き,父が頭から血を流して逃げてくるのが見えた。父は右手で頭を押さえながら,2階に走っていった。その男は全身黒ずくめで,右手で引きずるような感じで真っ黒のバットを持っていた。母が私の部屋に逃げ込み,ドアを閉めると,「おらぁ。」などと言いながらすごい音が五,六回鳴っていたので,その男がバットでドアをたたいているのかと思った。私は母と一緒にドアを閉めていた。その音が聞こえなくなった後,2階で,ガラスが割れるような音が聞こえた。私は父を助けるため,2階へ上がり,居間に行くと,父は,全身血みどろでふらふらになっていた。全身黒ずくめの男がバットを肩の高さぐらいまで振り上げており,私は,その男の後ろから,左手で犯人の顔をつかんで,右手で右の頬を殴った。その男はバットを落とし,どちらかの手を斜め上から斜め下へ動かし,その瞬間,私の右首筋の後ろ側に冷たい感触があった。右手で確認すると,血が付いており,刃物で刺されたと思った。その男はどちらかの手に包丁のような刃物を持っていた。私は,首筋の傷を確認した後しりもちをつき,その男は,刃物を私の顔の前あたりに突き出してきた。私が刃物の刃の部分を左手でつかむと,その男は,斜め下の方に激しく刃物を引き抜き,さらに,顔のあたりを八の字を描くような感じで切り付けようとし,顔を防ごうとして目の前あたりにかざした右前腕を切り付けられた。私は,殺されるのではと思い,母のいる1階の玄関まで逃げた。すると,結構年をとった女性が駆け足で家の中に入っていって,全身黒ずくめの男と一緒に引っ付いて出てきた。」

(4)  Gの公判供述の要旨は以下のとおりである。

「本件犯行当日午前4時過ぎころ,Hが人がいると言って呼びに来たので,同人の部屋に行き,窓の外を見ると,被告人がたばこを吸っており,窓ガラスをドンドンドンとたたいてきた。その音がやむと,急に被告人の姿が消え,しばらくして「ギャー。」という母の声が聞こえてきた。部屋から出ると,母に続いて父が寝室から出てきた。父は,右手で右の額のあたりを押さえていた。被告人は全身黒っぽい服を着ており,バットを右手に持っていた。父が2階に上がってから,被告人がバットを振り上げてこちらに向かってきたので,母を部屋に入れ,ドアを閉めると,ドアの外で,ものすごい力でガンガン鳴っていたので,被告人がバットでドアをたたいているのかと思った。その音が静かになってから,Hが2階に上がり,その後少しして,私は,玄関あたりにいた母に声をかけ,傘を持って2階に上がった。台所と食堂がある部屋にガラスの破片が散らばっており,血みどろの父が倒れており,バットが床に転がっていた。私は傘で被告人の肩を数回たたいたが,被告人は何もしてこなかった。そのころ,年がいったおばあさんみたいな人が来て,私がバットを拾い上げ,右手でたたこうとした瞬間,涙を流しながら,すいませんと言い,被告人に近づき,肩をぽんぽんとたたいていた。」

(5)  Bの公判供述の要旨は以下のとおりである。

「本件犯行当日,上記被告人の祖母方で題目を唱えていると,午前4時10分か15分ころ,D方から,Iの悲鳴が聞こえてきた。ああ,遅かった,やはり被告人が何かやったと思い,D方の2階に飛んでいった。2階にはDが倒れており,Gがバットを持って,「どないしてくれんねん。」などと叫んでいた。被告人はソファーの方を向いて立っており,ソファーの上にナイフが,部屋のどこかにそのナイフのケースがあった。遅くとも平成16年に入ったときには,被告人はそのナイフを持っていた。そのナイフ(平成17年押第12号の3)は危ないからすぐ懐に入れ,警察官に渡した。現場は血の海で,ガラスが割れており,Dは身動き一つしなかったから,もう亡くなっていると思った。私は,「ぎゃあ,ぎゃあ。」と悲鳴を上げていた。そして,被告人の背中をばんばんとたたくと,被告人は,はっと我に返ったような表情を見せ,「何があったんや。」か「何でこんななったんや。」といった趣旨の言葉を発し,次いで,何度も「殺してくれ。」「殺してくれ。」と言っていた。私は,被告人を連れて1階へ下り,上記被告人の祖母方に帰った。」

(6)  以上のとおり,上記4名の各供述は,いずれも具体的かつ詳細で,体験した者でなければ語り得ない迫真性と臨場感を備えており,とりわけ,被害を受けたI,H,Gの3名の各供述は,D及びHの受傷状況,同人方内部の状況,上記金属バットとナイフ,さらに被告人の着衣や靴の血痕の付着状況等の客観的な状況とも良く整合しており,格別不自然なところもない上,各自が目撃,体験した部分についてほぼ符合し,強力に互いの信用性を補強し合っている。そして,Bが子である被告人に不利な内容の虚偽供述をする動機が存するとはおよそ考え難いことも考え併せると,上記4名の各供述はいずれも信用に足りるものであり,これらによれば,被告人が判示第1ないし第3の各犯行を行ったことについて疑念の余地は存しないというべきである。

なお,弁護人は,Dが血まみれといった尋常ではない事態に遭遇したことによって,Iらは過度の興奮状態にあったことがうかがわれ,それによって正確に記憶していない可能性が十分に考えられるので,同人らの供述に信用性は認められない旨主張するが,上記説示したところによれば,同人らの供述は十分に信用性を肯認することができ,弁護人の上記主張は採用できない。

その他,弁護人がるる主張する点を検討しても,被告人が判示第1ないし第3の犯人であるとの認定は何ら左右されない。

(7)  次に,殺意の有無及びその内容について検討するに,まず,上記のとおり,判示第1の犯行が極めて強固な確定的殺意に基づくものであることは明らかである。

そして,判示第2の犯行についてみるに,刃体の長さ約24.2センチメートルと,かなり長大で高度の殺傷能力を有するサバイバルナイフを用いていること,とりわけ頸部の負傷は,治療を担当した医師Jの警察官調書(甲14)によれば,頸動脈からわずか4センチメートルしか離れていない部位であり,切り付ける方向や部位に多少のずれがあれば,頸動脈を切断し,同人を死に至らしめる危険は十分にあったもので,しかも,躊躇することなく切り上げるように切り付けられたものであると認められること,Hの公判供述によれば,被告人は,Hの頸部を切り付けた後,なおも同人の顔面を狙って切り付けたと認められることなどからすれば,被告人は,Hに対し,致命傷を与えようという意欲の下,頸部や顔面等,生命に危険を及ぼす部位を狙って攻撃を繰り返したものとみるべきであるから,判示第2の犯行もまた,確定的殺意に基づいてなされたものと認められる。

3  判示第4について

判示第4のサバイバルナイフ(平成17年押第12号の2)を被告人が所持していた状況については,警察官である証人K及び同Lが公判廷において供述している。すなわち,証人Kの公判供述の要旨は,「L警察官と共に警ら中,本件犯行当日午前4時10分ころ,詳細な住所地までははっきりしないが,c橋の下の方の橋,それの南詰めを西の方に行った付近で,1名は意識不明の重体,もう一人も重症,凶器はサバイバルナイフであり,現場に遺留されており,被疑者の名前はXで,黒色の上下の服装をしているといった内容の緊急配備指令を受けた。その約30分後,D方南西方向に約1キロメートルの地点で,左手に缶ジュースを持って普通の速度で歩いている被告人を発見した。着衣が黒色で,右腕の付近と右胸の付近に染みのようなものが見えたことなどから,手配中の人物であるとの直感で,いったん被告人を通り過ぎてからパトカーを止め,パトカーを降りた。すると,被告人はUターンをし,普通に歩くよりも若干速い速度で,反対方向に歩いていったので,再びパトカーに乗り,被告人に接近して,私とL警察官がパトカーを降り,同警察官が,被告人に対し,「散歩ですか。」と声をかけた。被告人は,やにわにズボンの右ポケットか右の後ろのポケットから右手でナイフを取り出し,ナイフを腰のあたり,やや斜め上に構え,二,三歩こちらの方に歩み寄って,威嚇するような体勢をとった。私は,L警察官に後ろに下がるよう指示し,府警本部に被疑者発見の至急報を送った。約30名の警察官が応援に駆けつけ,被告人を挟み撃ちにするような形で配置された。被告人はパトカーの方に歩み寄り,右手でブロック片を持ったのは見た。その後,被告人がそれを投げつけたと他の警察官から聞いた。他の警察官らが「ナイフを捨てろ。落ち着け。」などと言って説得していたが,被告人は,「おれは人を刺してきたんや。おれはどうなってもいいんや。けん銃で撃ってくれ。殺してくれ。」というようなことを言っていた。私は見ていないが,おそらく被告人がブロック片を投げつけたのをきっかけにして,警察官が一斉に飛びかかり,被告人を制圧した。上記指令の第一報から約15分後である。」というものであり,L警察官の公判供述もおおむね同旨である。この証人2名の各公判供述は,内容が具体的かつ詳細であり,十分な迫真性を備えており,格別不自然なところもなく,互いに信用性を補強し合っていることなどから,その信用性に疑念を容れる余地はない。

なお,弁護人は,現行犯人逮捕手続書の記載内容との差異等を根拠に,その信用性は全体として低いなどと主張するが,弁護人の挙げる差異はおよそ供述全体の信用性を左右するものとは到底考えられない些細な事柄であり,弁護人の主張は失当である。以上によれば,被告人が判示第4の犯行に及んだことも優に認められる。

4  以上のとおり,被告人が判示第1ないし第4の各犯行に及んだことは明らかである。これに対する被告人の公判廷における弁解は,「悪魔が,声とか,エアガンで撃ってくる音とか,戸をたたくような音を作り出し,これによってHが私に嫌がらせをしていると勘違いさせられた。悪魔に罠にはめられ,私もD方で車につばを吐いたりして嫌がらせをした。私は,バットを持ってD方に侵入しようとしたが,玄関からGとHではないGの連れの男が出てきて,もみ合いとなり,バットを落とし,車を乗り捨てて逃げた。Dを殺害し,HにけがをさせたのはGであるから,再捜査してほしい。」などという,それ自体不合理極まりないものである上,被告人は,本件による逮捕当日及び翌日には,「人を刺した。」(弁解録取書(乙1)),「暴れたろうと思ってDの家に行った。バットを振り回してただひたすら暴れた。人がいたのでナイフで刺した。2階でDの親父を刺した。血を流して倒れた。もう一人の男もナイフで刺した。倒れ込んでからどっかへ行った。」(警察官調書(乙4)),「Dの家にいる若い男と,Dの親父に腹が立っていた。金属バットでDの親父の頭を殴った。相手と勝負してやろうと思って,自分も相手も死んでもええと思っていたので,Dの親父をボコボコにしてやろうと思って殴った。自分が探していた若い男とは別の若い男が出てきたので,その男の顔をめがけて,ナイフで突いた。」(弁解録取書(乙2))などと,犯行の概要あるいはその一部を認める供述をしていたが,その後は,バットで殴ったり,ナイフで刺したことはないと否認してはいるものの,D方に入ったことは認めていたのであって,このような供述の変遷を見てみても,被告人の上記弁解は到底信用できず,その弁解によって上記認定はいささかも揺るぐことはない。

5  責任能力について

(1)  被告人は,上記のとおり,公判廷において,「悪霊にとりつかれている。」「全関係者がコントロールされている。」などと供述しているところ,これまで,平成15年2月20日と同年6月2日の2回にわたってa病院に措置入院しており,その後もb大学付属病院精神科に通院していたことが認められるが,1回目の措置入院の指定医は,被告人に「人が自分の相手をするために通ったりする」などの関係念慮や妄想気分様の発言があり,家人や警察官に「見張っている人がいる。」と話すが診察は拒否するので,これ以上の病的体験は判然としないとして,「統合失調症の疑い」と診断し,入院先のa病院の主治医は,「発達遅滞」,「広汎性発達障害」あるいは「特定不能の広汎性発達障害」と診断しており,また,2回目の措置入院の指定医の1人は,「主たる精神障害は反社会的行為,従たる精神障害は広汎性発達障害の疑い」と,他の1人の指定医は,「主たる精神障害は人格障害,従たる精神障害は妄想の疑い(ただし,質問に対し,「用がないんじゃ。ワレ。」と繰り返し,被告人が机をばんばん叩き,診察を中断・終了せざるを得なかったとしている。)とそれぞれ診断し,入院先のa病院の主治医は,「広汎性発達障害の疑い」あるいは「広汎性発達障害」と診断しており,被告人の通院先であるb大学付属病院精神科外来医師は,「統合失調症の疑い」と診断しており(ただし,5月12日と同月27日の2回被告人を診察しているが,薬を処方する関係で,一応統合失調症としましたが,これはあくまで一応のもので,断定したものではありません,としている。),このように,被告人を診断した精神科医は診断にばらつきを見せながらも,被告人が統合失調症の疑い,あるいはそれに近いと思われる何らかの精神障害に罹患していると判断している。

そして,被告人は,捜査段階で精神科医師Mの診察を受けているが,同医師作成の精神鑑定書(甲50)及び公判供述(以下これらをまとめて「M鑑定」という。)の要旨は,以下のとおりである。

「被告人は,ロールシャッハテストでは,統合失調症や知的障害を示す所見は見いだせなかった。PFスタディ(絵画欲求不満テスト)では社会性の発達の遅れが指摘できた。WAIS-Rでは,IQ86で,社会規範や社会常識は平均程度有している。このように,3つの心理テストでは,知的障害,統合失調症を思わせるものはなかった。そして,精神及び行動の障害の国際分類(ICD-10)の基準に則ると,被告人は薬物治療を受けていたが,それに対する反応が見られないこと,妄想等の症状は現れていないこと,上記心理テストの所見などから,被告人は統合失調症ではないと判断した。また,広汎性発達障害は,幼少期から発症するのが普通であって,被告人は20数年間フリーターとはいえ運転資格をとり中古車を買い車友達がいて普通に過ごしてきていること,ロールシャッハテストの結果が普通の発達をした人のものと見られること,広汎性発達障害では,妄想性傾向はあっても,それが長期にわたることはないことなどから,被告人が広汎性発達障害であるとは考えられない。被告人は,ICD-10のF21統合失調症型障害に罹患していると考える。同障害は,分裂病にみられるものに類似した奇異な行動と,思考,感情の異常を特徴とする障害であるが,いずれの段階においても,明瞭で特有な分裂病性の異常を認めないものである。とくに,支配的な障害や典型的な障害はないが,以下のaないしiのいずれかが存在するとされている。すなわち,a不適切な感情あるいは制限された感情(患者は冷たくよそよそしくみえる。)。b異様な,奇異な,あるいは風変わりな行動や容姿。c他者との疎通性の乏しさ及び社会的ひきこもりの傾向。d下位文化的規範に矛盾し,行為に影響を与えるような奇妙な信念や神秘的な考え。e猜疑的,妄想的な観念。fしばしば醜形恐怖的,性的,あるいは攻撃的な内容を伴う,内的抵抗のない強迫的な反復思考。g身体感覚的(身体的)あるいは他の錯覚,離人症あるいは現実感喪失を含む異常な知覚体験。h奇妙な会話やその他の仕方で表現される,著しい滅裂はないが,曖昧で回りくどく比喩的で凝りすぎた常同的な思考。i強度の錯覚,幻聴や他の幻覚,及び妄想様観念を伴った精神病様エピソードが時折,一過性に通常外的な誘発なしに生ずる。そして統合失調症型障害という用語を用いる場合には,上記の典型的な特徴の三,四項が少なくとも2年間は持続的あるいはエピソード的に存在していなければならないとされている。これを被告人について見るに,同障害のaないしiのうち,gを除き当てはまるのである。まず,①被告人の交友関係がごく限られており,社会的引きこもりが数年間続いていたのは明らかであり,それはcに該当すること,②エアガンを発射するというbの「異様,奇異,風変わり」な行動(以下「エアガン事件」という。)を起こしていること,③エアガン事件及び本件事件について,反省的言質が全くなく,このことは被告人の感情の冷たさを示すものであり,aの「感情の不適当ないし限定的」という文言の端的なものであると考えられること,④エアガン事件やD方における嫌がらせは,eの「猜疑心」や「妄想的観念」に基づくものといえること,⑤「Dの息子が「おいで,おいで。」と呼んでいた」とiにいう,一過性ではあるが,「幻聴」があったかのような説明をしていること,⑥仕事をやめ,自宅に引きこもって以来,武将の本を読み,バイオレンス映画を好み,エアガンと戦闘機と武将フィギュアを収集するという,fにいう「攻撃的内容を伴った反復的思考」ととれる行動が見られたこと,⑦Fとドライブしているときに,被告人の「守護してくださっている」という発言は,dにいう,「行動に影響する奇妙な確信あるいは魔術的思考」と見られること,⑧医師に打ち解けて話をしないので,「凝りすぎた常同的思考」は把握できないが,会話でも事件前に被告人が書いたと思われるメモでも「支離滅裂」は見られず,hに一部該当すること,さらに,これらの点は社会的引きこもり以来のものであり,「2年以上の持続的あるいはエピソード的な存在」という時間条項をも満たしている。また,被告人は,本件犯行時には,是非を弁別し,かつ,それにしたがって行動する能力を有しており,その否定ないし著しい減弱を考えさせる所見はなかったが,被告人を心神耗弱とみることについて異議を申し立てるものではない。」

(2)  M医師が40年以上精神科医として従事し,約100件の刑事事件における精神鑑定を行ってきたという豊富な経歴を有すること,精神及び行動の障害の国際分類(ICD-10)の基準に従って被告人の面接時の言動,一件記録によって認められる被告人の行動等を比較的詳細に検討していることなどから,M鑑定における被告人の精神状態の分析過程は,基本的に信頼に足りるものであると考えられること,法廷での被告人質問では,被告人は十分な疎通性を有しており,支離滅裂な言動は全くなかったことなどからすると,被告人の精神障害としては,統合失調症,精神発達遅滞及び広汎性発達障害は否定されると解される。

しかしながら,これまで被告人につき統合失調症型障害と判定した医師はいないこと,M医師自身,公判廷において,統合失調症型障害はこれまで症例がなく,統合失調症の周辺の精神障害については,診察する医師によっては診断病名が異なる可能性がある旨供述していること,ICD-10でも,統合失調症型障害の診断は,単純型分裂病,分裂病質性あるいは妄想性の人格障害から,明確に区別し難いので,一般的な使用は勧められないとされていることなどを考慮すると,被告人が統合失調症の周辺領域の精神障害に罹患していることは間違いないとしても,それがM鑑定にいうところの統合失調症型障害であると断定することはためらわれるところである。

なお,被告人が「悪霊にとりつかれた。」などと言い始めたのは,Bの公判供述によれば,平成16年12月ころからであって,M鑑定時にはこのような発言は現れていなかったのであり,被告人が真にこのような認識を有していたのであれば,被告人の精神障害はかなり進んだものと考えられる余地があり,M鑑定の妥当性に少なからぬ影響を及ぼす可能性もあり得るところである。

しかし,被告人は,公判廷において,「悪魔や悪霊について述べると,自分が精神病と思われ,「悪魔に罠にはめられた」という自分の説明が事実に反することとなり,したがって,自分が本件各犯行を行ったことになる。」などと供述しているが,このように,かなり論理的な思考に基づいて自己の利害を考慮した上で,これを述べる機会を選択するというのは,真に精神障害に基づいて認識したところを述べたにしては,著しく不自然であり,本件公訴提起後に初めてかかる供述をするに至った理由もまた不可解というほかない。そして,被告人が「悪魔」に関連する文献を所有し,拘置所内においてもBからこれらの差し入れを受け,閲読していることも考え併せると,「悪魔に罠にはめられた」旨の上記被告人の公判供述は,真に精神障害に基づくものではなく,刑責を免れ,あるいは軽くする目的で,本件公訴提起後に殊更付け加えられた弁解である疑いが強く,かかる供述をもって,被告人が統合失調症に至らない状態にあるという評価に差異が生じることはない。

(3)  そうすると,被告人は,D方から見られているといった思い込みから,同人方に玄関ドアをバットでたたくといった攻撃的態度を現したところ,同人から上記のような対応を受け,これに過剰に反応して同人方の住民に対する敵意をより強め,本件各犯行に至ったものであり,とりわけ判示第1の犯行態様にかんがみても,本件各犯行は,上記のような思い込み,及び,社会的適応性が不十分で,些細なことに対して激情を抱き,これにかられて行動を起こすという,被告人の人格上の問題が一因をなしていることは明らかであって,本件各犯行に当たり,被告人の是非弁別能力及び行動制御能力は,上記精神障害の影響を受けていたものであることは否定できない。

しかしながら,①Fの公判供述によれば,被告人とは十数年前からの知り合いで,平成15年5月22日ころに再会し,その後,数回一緒にドライブに行っているが,ドライブの際に,被告人からD方に立ち入った旨を聞いたので,被告人に対し,「手を出したのか。」と尋ねたところ,被告人は「手は出してへん。そんなことしたら捕まるやんけ。」と述べたこと,Bの公判供述によれば,D殺害後,被告人がBに対し,何度も「殺してくれ。」と述べていたこと,K警察官及びL警察官の各公判供述によっても,逮捕の際に,被告人が「けん銃で撃って殺してくれ。」などと述べたことがそれぞれ認められるのであって,被告人は,人に手を出すことが悪いことであるという認識を有していたことは明らかである。また,②Dから駐車場を解約されたり,叱責を受けたりして,同人方家族に深い悪意を抱き,同人らの殺害を思い至るという動機は,精神的な未熟さを十分にうかがわせるものではあるものの,一応了解が可能である。そして,③バット及びサバイバルナイフという複数の凶器を準備し,D方の住民が寝静まるとみられる深夜に,無施錠の出窓から侵入するなど,犯行の遂行を確実なものとするため,状況に応じた,合理的な判断に基づく行動をとっているのである。しかも,④被告人の公判廷における言動に照らしても,受け答え自体に特に支障は見受けられず,しかも,上記のとおり,「自分が精神病と認められると,「悪魔に罠にはめられた」という自己の供述が事実に反するものであり,したがって,自分が犯行を行ったことになってしまう」旨供述するなど,供述それ自体は,かなり筋道だった思考に基づいているとみられること,Fの公判供述によれば,被告人と会って話しているときに,返答がやや遅れるということが数回あったものの,被告人の自動車の運転には何ら問題がなく,共にドライブをして趣味の自動車や格闘技の話をし,同人がたばこを吸っているときに灰皿を差し出すなど,同人を気遣う面もみられ,同人との交友関係が十分に成立していたことが認められ,日常生活上大きな支障はみられなかったのである。さらに,⑤逮捕の際「人を刺してきた。」などと発言しており,上記のとおり,本件で逮捕された当日及び翌日の取調べや弁解緑取の際にも,金属バットとナイフを持ってD方に侵入し,金属バットでDをぼこぼこにしようと殴ったことや,自分が探していたのとは違う若い男性の顔面をナイフで突いたことなど,犯行の概要やその一部について認める供述をしており,犯行時の意識はほぼ清明で記憶も概ね保持されていたと認められる。

もっとも,弁護人は,Bの公判供述によると,同人がD方2階で被告人の背中を叩くと,被告人ははっと我に返ったような表情をして,「何があったんや。」といった言葉を発したというのであるから,それは当時被告人が正確に現実を認識しておらず,解離状態にあった可能性が高い旨主張するが,Bの公判供述は,同女が被告人の背中を叩いたときに,被告人が「何があったんや。」と言ったのか,「何でこうなったんや。」と言ったのかはっきりしないというものであって,しかも,上記のとおり,被告人は,本件で逮捕された直後の取調べなどでは,犯行の概要やその一部を認めており,一応の記憶は保持されていたと認められるので,解離状態になかったことは明白である。

その他,弁護人がるる主張する諸点を検討しても,被告人が統合失調症による妄想に支配されて本件各犯行に及んだとは到底認められない。

(4)  以上によれば,被告人は,統合失調症の周辺領域の精神障害に罹患し,本件各犯行時,是非善悪を弁別する能力及びそれに従って行動する能力がある程度減退していたと認められるが,それらを全く欠くような状態になかったし,著しくは減退していなかったことは明白であり,完全責任能力を有していたと認めるのが相当である。したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は,平成16年法律第156号による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)199条(行為時においては同条に,裁判時においてはその改正後の刑法(以下「新刑法」という。)199条によることとなり,刑の長期についても,行為時においては旧刑法12条1項に,裁判時においては新刑法12条1項によることとなるが,これらは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条によりいずれも軽い行為時法の刑による。)に,判示第2の所為は,同法203条,旧刑法199条(行為時においては同条に,裁判時においては新刑法199条によることとなり,刑の長期についても,行為時においては旧刑法12条1項に,裁判時においては新刑法12条1項によることとなるが,これらは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条によりいずれも軽い行為時法の刑による。)に,判示第3及び第4の各所為は,いずれも銃砲刀剣類所持等取締法違反32条4号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1及び第2の各罪についてはいずれも有期懲役刑を,判示第3及び第4の各罪についてはいずれも懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重をし(刑の長期については,行為時においては旧刑法14条の規定を,裁判時においては新刑法14条2項の規定を適用することになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の規定を適用する。),その刑期の範囲内で被告人を懲役18年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中350日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,(1)深夜,民家の住人に対し,その身体を金属バットで殴打したりサバイバルナイフで切り付けるなどして同人を殺害したという殺人1件(判示第1),(2)同人の二男に対しても,殺意をもって,同ナイフで切り付けるなどして傷害を負わせるも,殺害の目的を遂げなかったという殺人未遂1件(判示第2),(3)上記(1),(2)の犯行の際及びその後付近の路上で,それぞれ別個のサバイバルナイフを所持したという銃砲刀剣類所持等取締法違反2件(判示第3,第4)からなる事案である。

被告人は,(1)の被害者の息子から嫌がらせを受けていると思い込み,(1)の被害者方の玄関ドアをバットで強打したり,同人方に入り込むといった行為を繰り返していたが,その都度同人から叱責を受けたり,駐車場使用契約を解約されたため,逆恨みし,同人を含めた一家に対する報復を決意して,(1)ないし(3)の各犯行に及んだものであって,その短絡的,身勝手かつ自己中心的な犯行動機に酌量の余地は皆無である。

(1)の犯行は,深夜,いきなり被害者の寝室に入り込み,金属バットで被害者の頭部を強打した上,2階に逃げた同人を追いかけ,同所で多数回にわたり,かなり強い力を込めて,サバイバルナイフで同人の頭部,顔面を切り付け,その胸部,腹部を突き刺したものであり,強固な殺意に基づく,執ようで,残虐かつせい惨なものというほかなく,犯情は悪質極まりない。被害者は,本来最も安心して休息することのできるはずの自宅寝室において,深夜,突然バットで襲いかかられ,自分を救出しようとした二男が,被告人からナイフで切り付けられているのを目にして,被告人が落とした同バットを手に取って反撃するなど,家族及び自己の生命を守るために必死の抵抗を試みるもむなしく,全身をナイフで傷付けられ,致命傷となった,肋骨を刺切し心臓右心室を貫通して肝臓にまで至る刺切創を含め,30か所以上に及ぶ重大な傷害を負わされ,急激に血液を失って死亡したのであって,同人が受けた肉体的苦痛,恐怖感や絶望感等の精神的苦痛は筆舌に尽くし難く,自ら立ち上げた会社の経営が軌道に乗り,3人の子の将来を楽しみにするなど,充実した生活を送っていたのに,何ら落ち度もなかったにもかかわらず,突然その生涯を終えることとなったのであって,その無念さも察するに余りある。遺族は,深夜に突然一家に襲いかかった被告人の常軌を逸した行動によって大きな恐怖を味わわされた上,血まみれの無惨に変わり果てた被害者の姿を目の当たりにしており,絶大な信頼を寄せていたかけがえのない一家の大黒柱と平穏な家庭生活を,一瞬にして奪い取られたのであり,被告人には死刑あるいは二度と社会に出られないような処罰を望む旨供述しているように,その衝撃と悲嘆は誠に深く,被告人に対する処罰感情が峻厳を極めているのも当然である。

(2)の犯行は,実父を助けようと果敢に立ち向かった被害者に対し,上記ナイフで不意に頸部を切り付け,同人が,自己の生命を守るため同ナイフの刃を左手でつかむという必死の抵抗を見せると,冷酷にもその刃を力任せに引き抜いて左手を深く切り付け,その後も,何度も同人の顔面付近を狙ってナイフで切り付けて攻撃を続けたものであって,やはり,強固な殺意に基づく,危険で,執ようかつ残忍なものである。被害者の受けた頸部の損傷は,頸動脈からわずか約4センチメートルしか離れておらず,一歩間違えば頸動脈を切断し,生命に危険を及ぼす可能性も高かったのであり,左小指も屈筋腱が断裂し,2度にわたる手術と懸命なリハビリを経て,奇跡的に第2関節が動くまでに回復したものの,完全に回復する見込みのない重篤な後遺症が残っている上,実父の死を目の前にし,自らも死に対する恐怖感等を味わったものであり,その精神的苦痛も甚大である。

さらに,(3)の各犯行におけるサバイバルナイフは,刃体の長さ約24.2センチメートルあるいは約15センチメートルと,いずれもかなりの長さで,高度の殺傷能力を有するものであり,そのうち1本は(1)及び(2)の犯行で使用され,人命を奪うという最悪の結果を生じさせており,やはり犯情は悪質である。

そして,住宅街で深夜に起こった本件のような惨劇が付近住民に大きな衝撃,恐怖,不安を与えたことは想像に難くなく,その社会的な影響も甚大である。

しかも,被告人は,(1)の被害者の長男が(1)及び(2)の犯人であるなどといった不合理極まりない弁解に終始しており,反省の態度は微塵もうかがわれない。

このような事情に照らすと,被告人の刑責は極めて重大である。

そうすると,(2)の犯行は,被害者が左手で上記ナイフの刃をつかんだり,顔面を両腕で防御するなど必死の抵抗をし,せめて同人が殺害されることはなんとしても防ごうと考えた実母が,被害者に対し逃げるよう告げたことなどにより,幸いにして未遂に終わったこと,被告人が統合失調症の周辺領域の精神障害に罹患していることにより,本件各犯行当時,是非善悪を弁する能力又はこの弁識に従って行動する能力がある程度減退した状態にあったこと,これまで2度にわたる措置入院や医師の診察を受けており,被告人の精神障害の症状を改善する機会があったのに,不幸にもその治療が奏功しなかったという経緯があること,前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,上記の刑責の重大さ,とりわけ,(1)の殺人及び(2)の殺人未遂の犯行態様の悪質さ,結果の重大性等の事情にかんがみると,被告人に対しては,主文掲記の懲役刑に処することが相当であると考えた。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑・懲役20年)

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