京都地方裁判所 平成16年(ワ)1386号 判決 2006年7月19日
滋賀県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
木内哲郎
加藤進一郎
茶木真理子
福岡市<以下省略>
被告
オリエント貿易株式会社
同代表者代表取締役
A
大阪市<以下省略>
被告
Y1
上記2名訴訟代理人弁護士
後藤次宏
主文
1 被告らは,原告に対し,各自297万9520円及びこれに対する平成15年4月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の,その余を被告らの各負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,各自1604万7602円及びこれに対する平成15年4月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被告オリエント貿易株式会社(以下「被告会社」という。)との間で商品先物取引委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した原告が,同契約に基づいて商品先物取引を行うにあたって,被告Y1(以下「被告Y1」という。)ら被告会社外務員による以下のとおりの違法な勧誘行為などにより多額の損害を被ったとして,被告らに対し,不法行為(被告会社については使用者責任)に基づく損害賠償請求権として,1604万7602円(内訳・預託金額と返還金額の差額1354万7602円,精神的損害に対する慰謝料100万円,弁護士費用150万円)及び遅延損害金(起算日は同契約に基づく一連の取引〔以下「本件取引」という。〕の最終日)の支払を求める事案である。
(1) 取引開始段階での違法な勧誘行為
ア 不招請・迷惑・誤認勧誘
イ 適合性原則違反(不適格者の勧誘)
ウ 断定的判断の提供・不実告知
エ 説明義務違反
(2) 取引継続段階での違法な勧誘行為
ア 一任売買
イ 適合性原則違反
ウ 「直し」などの無意味な反復売買・特定売買(直し,途転,日計り,両建,手数料不抜けなど)
エ 説明義務違反
オ 因果玉の放置
カ 不当な増し建玉(利乗せ)
キ 無敷・薄敷
ク 取組高均衡
2 基礎となる事実(文章の末尾に証拠などを掲げた部分は証拠などによって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和26年○月○日生まれの男性で,大学を卒業した後,約19年前から家具インテリアの販売会社に勤務し,本件取引当時は同社の営業部長の職にあった(甲18)。
イ 被告会社は,商品取引所法に基づき,商品取引所に上場されている各商品の先物取引,現金決済取引,指数先物取引,オプション取引の受託などを業とする株式会社であって,東京工業品取引所などの商品取引員である(弁論の全趣旨)。
被告Y1は,本件取引当時,被告会社に勤務する外務員で,平成14年4月以降,原告との取引を担当した(乙43)。
(2) 原告の株式会社小林洋行における取引について
原告は,平成12年10月18日から平成13年12月5日にかけて,被告会社と同じ商品取引員である株式会社小林洋行(以下「小林洋行」という。)との間で商品先物取引委託契約を締結して,東京工業品取引所においてガソリン及び灯油の商品先物取引を行った。原告は,小林洋行を通じた同取引で合計3523万7917円を預託したが,手仕舞いなどにより合計387万5577円の返還を受けるにとどまり,その差額である3136万2340円相当の損失を被った。(後文について,乙20,21。)
(3) 本件取引の経過
ア 原告は,平成13年12月4日,原告の勤務場所を訪れた被告会社の外務員B(以下「B」という。)から商品先物取引の勧誘を受け,同月10日,被告会社との間で商品先物取引委託契約(本件契約)を締結した(乙3,42,証人C)。
原告は,同月11日から平成15年4月28日まで,被告会社に委託して,別紙建玉分析表「約定日付」,「商品名」,「場節」,「限月」,「値段」,「約定金額」,「売数」及び「買数」欄記載のとおり,東京工業品取引所や関西商品取引所などにおいて,ゴムや冷凍エビなどの先物取引(本件取引)を行った(甲1)。なお,東京工業品取引所でのゴム取引を以下「東工ゴム」という。
イ 本件取引において,原告は,被告会社との間で以下のとおり金員を預託し,また,返金を受けている。
(ア) 平成13年12月11日 240万円 預託
(イ) 平成14年6月18日 100万円 預託
(ウ) 同年7月3日 200万円 預託
(エ) 同月8日 100万円 預託
(オ) 同月9日 100万円 預託
(カ) 同月12日 500万円 預託
(キ) 同月29日 314万3675円 預託
(ク) 同年12月9日 110万円 返金
(ケ) 平成15年5月6日 89万6073円 返金
なお,上記預託金額と返還金額との差額は1354万7602円である。
ウ 被告会社は,本件取引の結果,原告から合計1071万2840円の手数料を徴収した(甲1)。
3 争点及び当事者の主張
(1) 被告Y1ら被告会社外務員による原告に対する本件取引の勧誘行為などが不法行為を構成するか。
ア 取引開始段階での違法な勧誘行為
(ア) 不招請・迷惑・誤認勧誘
(原告の主張)
本件取引において,Bは,原告が希望したわけでもないのに,突然,一方的に原告の勤務場所を訪問するという不招請勧誘を行い,しかも原告が小林洋行との商品先物取引で損害を被っていることを知ったうえで,「その損を取り戻すことができます。」などと断定的判断の提供を伴う迷惑・誤認勧誘を行った。
(被告らの主張)
Bは,飛び込みで原告を初訪問したが,原告から被告会社とは取引をしないなどと言われたりしていない。また,平成13年12月10日は,あらかじめ電話をかけて初訪問時と同じく原告の勤務場所を訪問し,その際,契約締結に至っている。本件契約に至るまでの経過は極めて円滑であって,原告が被告会社との商品先物取引を断った様子はない。したがって,Bらの勧誘行為に不招請・迷惑・誤認勧誘の違法はない。
(イ) 適合性原則違反
(原告の主張)
原告は,本件取引開始当時,小林洋行との間で約1年2か月の商品先物取引経験を有していたものの,それによって3000万円以上の損失を被り,本件取引開始当時の手持資金は小林洋行との取引を手仕舞いして返還を受ける予定の約240万円程度しかなかった。そのことを被告の従業員であるB及び同人と一緒に原告を訪問したC(以下「C」という。)も原告から聞いて知っていた。したがって,Cらは原告が資産的に商品先物取引に適合しない者であることを知っていた。
また,原告は,小林洋行との商品先物取引において,具体的に売買の指示を出したことは一度もなく,一任売買を行っていたのみであって,商品先物取引に習熟していたものでない。それどころか,本件取引終了後である本件訴訟提起時においても,商品先物取引に参加できるような知識・能力を備えていなかった。したがって,原告は,1350万円以上もの損失が発生した本件取引について,能力的にも不適格者であった。
そうすると,Bらの原告に対する本件取引開始時の勧誘行為は適合性原則に違反する。
(被告らの主張)
原告は,本件取引開始当時,年収500万円以上の所得を有し,本件取引開始の1年以上も前である平成12年10月18日から小林洋行を通じて商品先物取引を行っている。
また,原告は,a社という民間会社に長期間勤務し,営業部長の職にある。民間会社は,物事の理解能力や判断能力を有しない者は通常,採用しないし,ましてや営業部長という職に就けることもない。
そうすると,原告が商品先物取引を行うことについて資産的にも能力的にも不適格者ということはできない。
したがって,Bらの原告に対する本件取引開始時の勧誘行為は適合性原則に反しない。
(ウ) 断定的判断の提供・不実告知
(原告の主張)
本件取引を開始するにあたって,Bは,原告に対し,原告が小林洋行を通じた商品先物取引で被った損害を「取り戻すことができます。」などと言い,被告会社を通じて取引を行えば必ず利益が出る旨の断定的判断の提供・不実告知を行った。
また,被告Y1は,原告に対し,原告が1200万円以上の金銭を預託した後である平成14年7月に,「最終6000万円まで利益を出します。」との断定的判断の提供・不実告知をして勧誘を行った。
(被告らの主張)
Bや被告Y1は,原告に対し,原告が上記主張するようなことは言っていない。仮に,Bらが原告に対し,「信頼してくれ。」という趣旨のことを言っていたとしても,それは外務員としての心構えを言ったにすぎず,断定的判断の提供とはいえない。
ところで,原告は,小林洋行を通じた取引において,既に3000万円以上の損失を出していたところ,同取引の過程でおそらく小林洋行の外務員から相場観の提供を受け,それが外れて3000万円以上という多額の損失を被ったものと思われるから,同取引によって外務員の提供する相場観が当たるとは限らないことを熟知していた。したがって,Bらの原告に対する相場観の提供が断定的判断の提供となることはない。
(エ) 説明義務違反
(原告の主張)
本件取引の勧誘段階において,Bや被告Y1は,原告に対して断定的判断の提供・不実告知を行っただけであり,原告が自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託するか否か判断できるために必要な実質的な情報を一切説明していない。
(被告らの主張)
原告は,小林洋行を通じて1年以上も商品先物取引を行っていたのであるから,商品先物取引の仕組み,危険性は本件取引開始以前から十分知っていた。加えて,Bは,本件契約の際,原告に対し,商品先物取引の仕組みを商品先物取引の委託ガイド(乙1の①②)に従って説明したところ,原告は,商品先物取引の仕組みを理解している旨記載した原告の署名押印のある取引確認書(乙5)を作成している。さらに,被告会社は,一般的に,商品先物取引開始にあたって,委託者には商品先物取引の仕組み,同取引の危険性について説明した内容を収録したビデオテープを必ず見せるようにしているところ,原告にもこのビデオテープを見せた。原告は,同ビデオテープを見た旨の確認書を被告会社に差し出している(乙6)。したがって,Bらに説明義務に違反した違法な勧誘行為などがない。
イ 取引継続段階での違法な勧誘行為
(ア) 一任売買
(原告の主張)
原告は,被告Y1らに対し,委託証拠金(以下「証拠金」ともいう。)を交付したのみで,本件取引の中で具体的に売買の指示を出したことは一度もない。
本件取引の全ての取引は被告Y1ら被告会社外務員による一任売買であって,個々の取引にあたって事前の承諾すら取られることがなかった。そのため,およそ原告が承諾するはずもない無意味な直しや反復売買が繰り返されたり,証拠金の委託をせずに取引が行われたりした。
(被告らの主張)
本件取引は一任売買ではない。
ところで,一任売買が禁止される趣旨は外務員が儲けると言ったから任せたのに損を出したということで後日紛争が発生することがあるため,それを防止する,また,外務員によって手数料稼ぎの取引が行われ,委託者が不利益を被る危険性があるため,それを防止することにある。原告は,3000万円以上の損失を出した小林洋行における1年以上の商品先物取引によって外務員の相場観があたるとは限らないことを熟知していたのであるから,外務員に任せれば必ず儲かると思うことはあり得ないし,また,本件取引を分析してみても,専ら手数料を稼ぐこととしか見ることができない取引もない。したがって,本件取引は,原告の知識からしても,その形態からしても,被告Y1らによって一任売買が行われたことはない。
(イ) 適合性原則違反
(原告の主張)
被告Y1らは,原告が借金により預託資金を調達していることを知り又は容易に知り得る状態にありながら,漫然と取引を継続させた。仮に,同被告らが,原告が借金をしていることを知らなかったとしても,同被告らには原告が本件取引開始後,その取引規模が資産的に商品先物取引に適合しているか否かを調査する義務及び原告の資産と対比して過大な取引を継続させないようにすべき義務があるのに原告の投資可能資金などに配慮することなく本件取引を継続させ,それらを怠った。したがって,被告Y1らの勧誘行為は,本件取引の開始段階のみならず,原告が借金をしてまで行った個々の建玉についての勧誘行為についても,適合性原則に違反する。
(被告らの主張)
原告は,小林洋行において3000万円以上の損失を出しているから,商品先物取引の危険性を熟知しているのであって,借金をして商品先物取引を行うことが論外であることを十分認識していた。また,原告が借金をして預託したと主張している時期(平成14年7月当時)は追証など必要に迫られた時期ではなく,同時期における預託は全く新たな取引のためのものであった。被告Y1は,この時期,原告にとって入金(預託)すべき必要に迫られたものでなかったことから,原告が借金してまで入金(預託)しているとは思いもよらず,原告の入金(預託)が借金によるものであることを知らなかった。
ところで,原告のように商品先物取引のリスクを十分に認識し,借金をする必要もない状況で借金をして入金をした結果については,全て委託者(原告)が自己責任を負うべき範囲の問題であって,外務員がそのことで批判されるいわれはない。
(ウ) 「直し」などの無意味な反復売買・特定売買
(原告の主張)
本件取引においては,直し売買を始め,途転,両建,日計り及び手数料不抜けという原告にとって無意味ないわゆる特定売買が繰り返し行われている。すなわち,別紙建玉分析表「直し」,「途転」,「両建」,「日計り」及び「不抜け」欄記載のとおり,新規59件のうち,直しが21件(減玉直しが5件,同枚数直しが1件,増玉直しが7件,損切り直しが4件,利食い直しが4件),途転が18件,両建が36件,仕切130件のうち日計りが4件,手数料不抜けが11件となり,異常なまでの多数回の特定売買が繰り返されている(ただし,1つの売買が他種複数の特定売買に該当する場合を重複してカウントする。)。このような被告会社による無数の特定売買の繰り返しによって,本件取引における特定売買比率は63%にもなり,違法性判断の基準値とされる20%を大きく上回っている。
その結果,被告会社が原告から得た委託手数料合計は,1071万2840円と,全損失の約79%が手数料損で占められている。違法性判断の基準値とされる手数料化率は10%であるが,本件取引はそれを8倍近くも上回っている。
そして,建玉を繰り返すと委託者にとってはリスクが大きくなる反面,商品取引員は手数料を稼げることになるため,月間回転率が3回を上回る場合には違法と判断されるところ,本件取引における売買回転率は10.3回/月となっている。
なお,被告は,同時両建,因果玉の放置,常時両建以外の両建は禁止されていないなどと主張する。しかし,被告の主張する指示事項及び指導基準は既に廃止されているし,両建は損切りに比べて有益な点は皆無であるから,被告の主張は失当である。
(被告らの主張)
無意味な手数料稼ぎか否かは,そもそも全国商品取引所連合会の定めた商品取引員の受託業務に関する指示事項及び受託業務指導基準(以下「指導基準等」という。)に従って判断すべきである。したがって,原告の主張する売買がすべて特定売買にあたるわけではない。
例えば,直しとは,既存建玉を仕切ると「同時」に新規に同じ建玉を行うものであるが,指導基準等によれば,この場合の「同時」とは,同場,同節のことをいい,同一日の意味ではない。
また,指導基準等によれば,途転が不適切な取引というためには,同場,同節の途転であり,これを繰り返しているという要件を満たしている必要がある。
さらに,不適切な両建とは,同時両建(売りと買いを同時に建てること),常時両建(どの時点を見ても両建が繰り返し行われその取引に投機目的がうかがわれないもの),因果玉の放置(引かされ玉を仕切らず反対玉を継続反復して建てているもの)に限られ,全ての両建が不適切とされるわけではない。
日計りについては,同一日内で,日計りの繰り返しがあるか否か,手数料金が考慮されているか否かという要件に該当するかどうかを検討する必要がある。
純損,純益なら非難されないのに,その中間なら手数料不抜けといって非難されるというのはおかしい。
そして,例えば利益金の受領,増玉,定時増証拠金出金の回避,その他の事情がある場合は直しにも合理性があり,前場各節,後場各節など時間の経過によって相場の様相は変化するし,委託者の資金状況など具体的事情を考慮すれば途転や両建にも合理性があるから,たとえ特定売買といえる取引があったとしても,それをもって直ちに手数料稼ぎの無意味な取引ということはできない。
外務員は,今後委託者が何回取引をするか,どのような相場の変化があるかは分からないから,将来,特定売買が何回なされるかも全く分からないのであり,個々の取引の適否を検討せずに特定売買比率から取引の違法性を判断することはできない。
特定売買や手数料化率が何%になれば違法となるというような基準はどこにも定められていない。したがって,そのような数字から取引の違法性を判断することはできない。
(エ) 説明義務違反
(原告の主張)
商品取引員に課せられた説明義務は勧誘段階に尽きるものではなく,委託者が個々の売買をする際にも,その売買の意味,必要な金銭の種目及びその金額,リスク,他の有効な方法の有無などについて十分な情報を提供し,委託者がこれを理解したうえで自らの判断によって取引を行うことができるよう説明を尽くすべき義務を負っている。
本件取引は,原告にとって無意味な多数の特定売買が繰り返されるなど,このような取引経過からすると,原告に対して取引継続中の説明義務が尽くされていなかったことが明らかである。
(被告らの主張)
原告の上記主張は否認ないし争う。
(オ) 因果玉の放置
(原告の主張)
安値で売った後に相場が上がるか,高値で買った後に相場が下がって損計算となって,決済できなくなっている建玉を因果玉という。これを放置して損が増えるに任せる一方,これと反対の建玉(すなわち両建)をして表面上利益を出すことは,委託者の損勘定に対する感覚を誤らせるだけであって,商品取引員に課せられた誠実公正義務に違反する行為である。
本件において,平成14年6月25日に建てた関西冷凍エビ100枚の買玉の最終決済日が165日後の同年12月6日と,同年7月24日に建てた東工ゴム60枚の売玉の最終決済日が140日後の同年12月21日と,同年8月6日に建てた東工ゴム17枚の売玉の最終決済日が171日後の平成15年1月23日と,平成14年9月9日に建てた東工ゴム53枚の買玉の最終決済日が141日後の平成15年1月27日と,長期間放置された因果玉が複数存在し,それによって原告に多額の損失を発生させた。
上記因果玉が放置されていた間,無数の反対建玉(両建)が行われているが,いずれも原告の損勘定に対する感覚を誤らせるものであって,被告会社には誠実公正義務に違反して因果玉を放置した違法がある。
(被告らの主張)
冷凍エビの取引には両建はなく,因果玉の放置との批判はあたらない。また,原告の主張する建玉は常時分割して落とされ,放置などされていない。さらに,原告が上記主張する建玉を維持したのはすべて原告の判断である。したがって,被告会社外務員に何ら責任はない。そして,たとえ建玉から損が出てもそれは単に相場変動に起因するものであって,そのことで被告会社外務員が非難されるいわれはない。
(カ) 不当な増し建玉(利乗せ)
(原告の主張)
そもそも先物取引は余裕資金の10分の1,多めにみても3分の1の範囲内にとどめるべきであって,取引で利益が発生したときはそれを委託者に返還するか,仮に,証拠金を増額して増玉するにしても,せいぜい利益額の10分の1,多くても3分の1を証拠金に振り替えるにとどめるべきである。また,取引で利益が発生したときは,商品取引員は委託者に対して発生した利益の額を正確に説明し,委託者から返還の要請があればそれに応じなければならない。
本件取引において,被告会社は,原告に対して利益発生の事実を告げることなく,平成14年6月25日,204万2283円の利益を証拠金に振り替え,翌26日に東工ゴム31枚の新規買建の増玉を行っている。また,同年7月23日,24万4000円の利益を,翌24日,10万2000円の利益をそれぞれ証拠金に振り替え,同日,東工ゴム2枚の買建の増玉を行っている(実際には145枚を仕切り,147枚を建てている。)。以上の取引は,商品取引員である被告会社に課せられた誠実公正義務に違反する不当な増玉(取引)である。
(被告らの主張)
利益を証拠金に振り替えて増玉することは,委託者の意思に基づく限り何ら違法ではない。利益を証拠金に振り替えた場合,委託者に対し,振替え金額を新たに加算した新預り証を必ず交付するとともに,振替通知書が発行されて,委託者に通知される。
被告会社外務員は,原告に無断で利益を証拠金に振り替えたことはなく,原告が上記主張する各振り替えについても,原告に対し,新預り証が交付され,振替通知書が発行されているうえ,原告から同各振り替えについて異議を言われたこともない。
(キ) 無敷・薄敷
(原告の主張)
委託者から証拠金を徴収することなく建玉させることを無敷と,証拠金の一部を徴収しないで建玉させることを薄敷という。
無敷・薄敷による取引は,商品取引所法(平成16年法律43号による改正前のもの。以下同じ。)97条1項に違反する行為で,委託者に多大な損失を被らせる危険性があるうえ,委託者を先物取引に引き込み,また,仕切られて客が逃げないようにするための引き留め工作にすぎず,商品取引員の無断売買を客観的に明らかにするものであって,違法である。
本件においては,平成14年6月17日に原告から証拠金の徴収をすることなしに,証拠金不足の状態のままで関西冷凍エビ100枚が原告に無断で建てられている(薄敷)。また,同年7月26日の東工ゴム60枚の新規建玉も原告からの証拠金の徴収なしに,証拠金不足の状態のままで原告に無断で建てられている(薄敷)。
(被告らの主張)
証拠金は商品取引員の委託者に対する債権担保の手段であることからすると,商品取引員が証拠金の入金時期に猶予を与えることは社会一般の取引通念からみればそれほど非難されることではないし,相場変動に機敏に対応すべき必要性を踏まえると,委託者との関係で証拠金の入金を必ず先行させることは実際上困難である。また,無敷・薄敷は取締法規違反ではあるが,その違反によって私法取引として当然に無効となることはなく,私法取引としては有効である。
平成14年6月17日の取引は,翌日入金するとの原告との約束の下で建玉されたもので,実際にも原告から翌日に100万円の証拠金が入金されている。また,同年7月26日の取引も3日後の同月29日に原告から314万3675円の証拠金が入金されている。いずれの取引も原告が速やかな入金を約束したため建玉をしたものであって,実際にも入金によって証拠金不足は解消されている。したがって,同各取引は違法な証拠金不足下でなされた取引ではなく,有効である。
(ク) 取組高均衡
(原告の主張)
商品取引員は,取引所との間で日々取組高上の値洗精算をすべきところ,取組高の売り枚数と買い枚数とを均衡させれば,取引所との精算関係がゼロないしそれに近い状態となり,その場面で委託者が損を出して取引を終了させれば,結局その取引損は商品取引員の自己玉の利益となる。この取組高均衡手法は顧客から手数料のみならず取引損をも収奪する「客殺し」商法の土台である。原告が本件取引を行っていた平成16年2月9日における被告会社の東工ゴムの取組高をみると,売り2926枚に対して買い2916枚と,その差がわずか10枚と被告会社が取組高均衡手法を採用していたことが推認される。
(被告らの主張)
原告の上記主張は否認ないし争う。
(2) 損害
(原告の主張)
ア 経済的損害
原告は,被告らの不法行為により,少なくとも預託金額と返還金額の差額である1354万7602円の損害を被った。
イ 精神的損害に対する慰謝料
原告は,被告らの不法行為により多大な精神的苦痛を被ったが,これに対する慰謝料としては少なくとも金100万円が相当である。
ウ 過失相殺
本件取引による原告の損害の発生及び拡大は,いずれも被告Y1ら被告会社外務員の違法な勧誘行為を原因とするものであって,原告には単なる倫理的・社会的な「落ち度」を超えて法的な過失相殺事由となりうる事情は存在しない。
原告は,小林洋行を通じた取引により数千万円の損失を出し,心理的なパニック状態に陥っていたのであるから,小林洋行における商品先物取引経験があることを過失相殺事由とすることは許されない。
エ 弁護士費用
原告は,本件訴訟を弁護士に依頼し,弁護士費用として150万円の支払を約したが,これは被告らの不法行為と因果関係のある損害である。
(被告らの主張)
原告の上記主張は否認ないし争う。
仮に,被告らに本件取引に起因して賠償責任が認められるとしても,原告には同取引によって生じた損害の発生ないし拡大について多大な責任があるため,過失相殺がなされるべきである。
第3当裁判所の判断
1 上記基礎となる事実及び証拠(甲1,2,4,11ないし18,乙1,3ないし11,14ないし18,21,25,42,43,証人C,被告Y1〔ただし,書証は枝番を含む〕)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件取引開始当時の原告の資産状況など
原告は,本件取引開始当時,a社という家具インテリアの販売を目的とする会社で営業部長として勤務し,そこからの給与などの収入として年500万円以上1000万円未満の収入を得ていた他,自宅土地,建物及び田畑を所有していた。
原告は,1年2か月程度の小林洋行における商品先物取引経験の他,それ以前に株式の現物取引の経験があった。(甲18,乙4)
(2) 本件取引の勧誘の経緯など
ア 平成13年12月4日,被告会社外務員のBは,原告の上記勤務場所に電話をかけて商品先物取引の勧誘をし,同日,原告の勤務場所を訪問して,商品先物取引の勧誘を行った。その際,原告は,Bに対し小林洋行との間で取引中であることなどの話をしたが,原告の仕事の都合で一旦打ち切られた。
Bは,同日の原告の勤務時間終了後,被告会社外務員のCとともに改めて原告の勤務場所を訪問し,引き続き商品先物取引の勧誘を行った。その際,原告は,Cらに対し,原告から小林洋行との取引において約3000万円の損失が出ていること,同取引では両建で失敗したこと(証人C)などを話し,他方,Cは,ゴムの先物取引を行うことを勧誘した。
最終的に,原告は,Cらの勧誘を受けて小林洋行との取引を打ち切り,被告会社との間で商品先物取引を行うことを決めた。(甲18,乙42,証人C)
イ 同月10日,B及びCは,再び原告の勤務場所を訪問した。
(ア) その際,Cは,原告に対し,商品先物取引委託のガイド(乙1の①及び②)を使用して,追証など商品先物取引の仕組みについて説明を行った。また,Bは,商品先物取引のルールや注意点を説明した新規委託者用ビデオテープを放映して原告に見せた。原告は,それを見た旨の記載のあるビデオ放映確認書に署名押印してBに交付した。(乙1の①及び②,6,7,42,証人C)
そして,原告は,約諾書及び通知書に署名押印などして被告会社との間で本件契約を締結した(甲18,乙3,42,証人C)。
本件契約に際して,原告は,Cに対し,投機に回せる資金は小林洋行との取引を決済した分くらいしか出せない旨述べた(証人C)。
(イ) 原告は,本件契約締結の際,先物取引口座設定申込書に氏名,生年月日,勤務先などを記入して押印した他,次のとおりチェックもしくは記入し,C及びBに交付した。ただし,預貯金及び投下可能額の欄は空欄であった。(乙4,42,証人C)
① 年収 500万円以上1000万円未満
② 所有不動産 土地,建物,田畑
③ 投資の経験 a 小林洋行において,1年2か月,ガソリン,灯油の商品先物取引経験あり,投下資金3800万円
b エース証券株式会社において,10年,トヨタ自動車,日産自動車の現株取引経験あり,投下資金500万円
(ウ) また,Cは,原告に対し,取引確認書(乙5)に記載している「商品先物取引は投機取引であって利益保証や元本保証はなく,預託した証拠金を超える多額の損失が発生する危険性があることを十分にご理解いただけていますか。」,「委託追証拠金の仕組みや計算方法についてご理解いただけていますか。」などといった商品先物取引についての理解に関する質問を行い,原告は,そのほとんどの質問に対し「大体理解した」と回答し,同書面に自らそのとおりチェックし,署名押印したうえでCに交付した。(乙5,42,証人C)
(エ) 本件契約の成立した日で,同契約後間がない同日午後7時30分ころ,被告会社の管理部から原告に電話で連絡があり,同契約をすることについて原告の意思確認をするとともにその際,原告から聞き取りした内容を新規確認事項書(乙11)に記載した。同書面には,「入金額の確認」の欄に「2,400,000」と,「投下可能額の確認」の欄に「15,000,000」との各記載がある。また,「資金は余裕の中でやってますか?」,「元本保証の無い事はご存知ですか?」,「利益保証の無い事はご存知ですか?」,「追証に対する理解」,「売・買の区別の理解」,「期間を限定した勧誘はございませんでしたか?」,「手数料の確認」といった項目について,「Yes」にチェックがされている。さらに,「ビデオ放映」について「有」にチェックがされている。(乙11,42,証人C)
ウ 同月11日,被告会社の従業員が原告を訪問し,原告に「お客様のための取引実践ビデオ」及び小冊子を交付した(乙8,9,証人C)。
(3) 本件取引の経過など
ア 原告は,小林洋行との取引を終了させることとし,小林洋行から平成13年12月6日,100万円の,同月10日,137万5577円の返還を受けた(乙21)。
イ 原告は,同月11日,Cらに本件契約の際,本件取引に投資できると言っていた小林洋行から返還を受けた237万5577円に手持ちの現金を加え合計240万円を被告会社に預託した(甲2,18)。
本件取引開始当時の原告の担当者はCであった(乙42,証人C)。
ウ 同日,東工ゴムの20枚の売玉が建てられ,本件取引は開始された。なお,同取引に係る必要証拠金は90万円(4万5000円×20枚)であった。(甲1,18,証人C)
ところで,東工ゴムの値段は予想に反して上がり続け,平成14年1月10日までに3回の追証がかかり,その都度,当初に預託した240万円の中から証拠金に当てられて対処されていたところ,同日,4回目の追証がかかりそうになったが,同じ東工ゴムの買玉15枚が建てられ,一部両建とされたため,その時点では追証とはならなかった。(甲1,18,乙42,証人C)
エ その後も被告会社との間の本件取引は継続され,原告の担当者はCから一時Dになり,同年4月ころからは被告Y1となった(甲18,乙42,43)。
オ 同年6月中旬ころ,被告Y1は,関西商品取引所で冷凍エビの新規上場がなされることから,原告に対し,冷凍エビの取引の勧誘をした(甲18,乙43,被告Y1)。
その結果,同月17日に冷凍エビ100枚の買玉が建てられ,冷凍エビの取引が開始された。同取引に係る必要証拠金は60万円(6000円×100枚)であった。(甲1,乙43)
ただし,原告が被告会社に同取引に係る証拠金を預託したのは翌18日であった(甲2,18)。
カ 同年7月26日,東工ゴム60枚の売玉が建てられたが,その時点で証拠金を徴収されることはなかった。実際に同証拠金314万3675円が入金されたのは3日後の同月29日であった。(甲1,2,被告Y1)
キ 原告の借金と被告会社への預託について
(ア) 原告は,実母から100万円の借金をし,同年6月18日,被告会社に100万円を預託した(甲2,18)。
(イ) 同年7月2日,原告は,○○農業協同組合(以下「農協」という。)から200万円の借金をし,翌3日,被告会社に200万円を預託した(甲2,11,18)。
(ウ) 同月8日,原告は,農協から100万円を借り入れ,同日,被告会社に100万円を預託した(甲2,12,18)。
(エ) 同月9日,原告は,消費者金融であるGEコンシューマー・クレジット株式会社から70万円を,アットローン株式会社から30万円をそれぞれ借り入れ,同日,被告会社に100万円を預託した(甲2,13,14,18)。
(オ) 同月12日,原告は,実妹であるEから500万円を借り入れ,同日,被告会社に500万円を預託した(甲2,15,18)。
(カ) 同月19日,原告は,農協から200万円を,同月29日,モビットから70万円を,アットローンから170万円をそれぞれ借り入れた(甲4,14,16ないし18)。
そして,同日,原告は,被告会社に上記カ記載のとおり314万3675円を預託した(甲2,18)。
また,原告は,同日,被告Y1に対し,自己資金の範囲内で取引を行う旨自筆で記載した申出書を署名捺印したうえで提出した(乙10)。
ク 売買報告書及び残高照合通知書などの交付
被告会社は,本件取引において,個々の売買などの取引を行った日ごとに,原告に対し,約定年月日,場節,数量,約定値段及び総取引金額などが記載された売買報告書及び売買計算書を交付した(乙14の①ないしfile_2.jpg。なお,本件では平成14年9月4日の取引についての売買報告書及び売買計算書は提出されていないが,弁論の全趣旨により同日の売買についても同書面は交付されたと認められる。)。
また,被告会社は,本件取引において,原告に対し,月1ないし3回程度,現在の建玉の内訳及び委託証拠金額,差引損益金通算額,返還可能額などが記載された残高照合通知書を交付した(乙15の①ないし⑯,16の①ないし⑪)。そして,原告は,概ね上記残高照合通知書の交付を受ける度に,被告会社に対し,「通知書の通り相違ありません。」という項目にチェックをした残高照会回答書を送付している(乙17の①ないし④,18の②ないし⑫)。
原告は,本件取引の期間中,被告会社から上記売買報告書及び残高照合通知書の交付を受けた際,被告会社ないし同会社の担当者に対し,同報告書などに記載された個々の売買を含め,本件取引について原告の指示と異なる取引であるなどといった異議,苦情を申し出たことがなかった(弁論の全趣旨)。
ケ 振替通知書の交付
本件取引において利益が発生し,これが証拠金に振り替えられた場合,また,証拠金から帳尻に振り替えられた場合,被告会社は,直ちに,原告に対し振替通知書を発行している(前者について乙25の②ないし⑧,後者について同25の①,⑨ないし⑭)。
原告は,本件取引期間中,上記前者の振替の通知を受けた際,被告会社や同会社の担当者に対し,異議,苦情を申し出たことはなかった(弁論の全趣旨)。
コ 平成15年4月28日,原告によってすべての建玉が仕切られ,本件取引は終了した(甲1,弁論の全趣旨)。
2 争点(1)(被告Y1ら被告会社外務員による原告に対する本件取引の勧誘行為などが不法行為を構成するか。)について
上記基礎となる事実及び上記1で認定した事実を踏まえて,争点(1)について検討する。
(1) 取引開始段階での違法な勧誘行為について
ア 不招請・迷惑・誤認勧誘について
原告は,本件取引を開始するにあたり,Bは,原告が希望したわけでもないのに,突然,一方的に原告の勤務場所を訪問し,断定的判断の提供を伴う違法な勧誘行為を行った旨主張する。
しかし,Bは,原告の勤務場所を訪問する前に,電話でまず原告と連絡を取り,その際,商品先物取引の勧誘である旨を告げて訪問を依頼していることは上記1(2)で認定したとおりであって,原告は,Bの訪問の目的が商品先物取引の勧誘であることを十分に認識し,同連絡を受けた際,訪問を断ることも可能であったにもかかわらず,あえてB及びCとの面会を行ったものというべきである。したがって,Bの勧誘を違法な勧誘行為ということはできない。
また,仮に,Bらが,原告に対し,「小林洋行での損を取り戻すことができます。」旨の発言をしたとしても,原告は,小林洋行を通じた取引において3000万円以上もの損失を出した経験を有しているうえ,上記1(2)イで認定したとおりCらは,小林洋行での従前の経験もあった原告に対し,さらに商品先物取引委託ガイドを使用して追証などを含めた商品先物取引の仕組みの説明をし,その際,同仕組みととともに危険性についてもわかりやすく説明した新規委託者用ビデオテープを見せたこと,原告は,それらの説明などを踏まえて商品先物取引がハイリスク・ハイリターンの特質を有する商品であることを再認識したことがあるところ,以上の事実を踏まえると,Bらの同セールストークをもって直ちに違法な勧誘行為ということはできない。
したがって,原告の上記不招請・迷惑・誤認勧誘に係る主張は理由がない。
イ 適合性原則違反について
原告は,小林洋行との取引によって多大の損失を被っていたことから,資産的にも,また,同取引が小林洋行の外務員による一任取引であったため,自分には先物取引ができるような知識・能力がなく,したがって,商品先物取引をするには不適格者であった旨主張する。
確かに,原告は,小林洋行での取引を通じて3000万円以上の多額の損失を被っていた。しかし,上記基礎となる事実(1)及び上記第3の1(1)並びに同(3)ア,イで認定したとおり原告は,大学を卒業後,a社という家具インテリア会社に長期間勤務し,本件取引開始当時には営業部長の職にあり,少なくとも500万円以上1000万円未満の年収があり,その他,自宅である土地,建物のみならず田畑も所有していたこと,本件契約時に,少なくとも小林洋行からの返還金について同契約による取引に投資できる旨述べ,同金員を被告会社に預託していることがあるところ,以上の事実を踏まえると,原告は,本件取引開始時点において資産的に不適格者であったとまでいうことはできず,その他,資産的に不適格者であったとまで認めるに足りる証拠はない。
また,原告の商品先物取引に対する知識・能力であるが,原告は,上記のとおりの職歴があること,本件取引を開始する前に小林洋行を通じて1年以上商品先物取引を行っていたこと,小林洋行において商品先物取引をする以前から株式の現物取引を行っていたこと,上記1(2)イで認定したとおりCらは,原告が本件取引以前に小林洋行での取引経験もあったが,初めて商品先物取引をする人と同様に追証なども含めて商品先物取引委託ガイドを使用して商品先物取引の仕組みを説明し,その際,同仕組みとともに危険性についてもわかりやすく説明した新規委託者用ビデオテープを見せていること,原告は,それらの説明などを踏まえて取引確認書に記載している商品先物取引についての理解に関する質問に対し「大体理解した」旨回答していることがあるところ,これらの事実を総合すると,原告は,本件取引開始当時,商品先物取引に関与できるような知識・能力がなかったとはいえず,その他,同知識や能力がなかったことを認めるに足りる証拠はない。
ところで,原告は,小林洋行を通じて行った商品先物取引は外務員に一任して行っていたものであるから,原告が同社と取引していたことをもって,原告の商品先物取引に関する知識・能力を判断することはできない旨主張する。しかし,本件全証拠によるも,原告の小林洋行における商品先物取引がそのようなものであったと認めることができない以上,原告の同主張は理由がない。
したがって,原告の取引開始段階での適合性原則違反に係る上記主張は理由がない。
ウ 断定的判断の提供・不実告知について
原告は,本件取引において,Bや被告Y1が,被告会社を通じて商品先物取引を行えば必ず利益が出るなどといった断定的判断の提供・不実告知を行った旨主張する。
しかし,原告は,上記基礎となる事実(2)で認定したとおり小林洋行を通じた商品先物取引で3000万円以上の損失を出しているが,同取引の中で原告は,小林洋行の外務員から相場観の提供を受けていたと思われるところ,その経験からすると,外務員の相場観が必ずしも的中することがないとの認識を持っていたことが容易に想像できる。したがって,原告は,本件取引開始当時,外務員の相場観が必ずしも的中するわけでないことを痛感していたと思われる。また,原告は,上記1(2)イで認定したとおりCらから追証なども含めて商品先物取引委託ガイドを使用して商品先物取引の仕組みの説明を受け,その際,同仕組みとともに危険性についてもわかりやすく説明した新規委託者用ビデオテープを見せられている。
そうすると,仮に,Bや被告Y1が,原告に対して,同人が上記主張するような発言をしていたとしても,原告が,その発言により,被告会社を通じて商品先物取引を行えば必ず利益が出ると信用したなどと認めることができず,Bや被告Y1らが原告に対し,不法行為を構成するような断定的判断の提供や不実の事実を告知したとまでいうことはできず,その他,原告の同主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の断定的判断の提供・不実告知に係る上記主張は理由がない。
エ 説明義務違反について
原告は,本件取引において,Bや被告Y1から,商品先物取引を主体的に行うことができるために必要な実質的な説明を一切受けていない旨主張する。
しかし,本件取引開始にあたって,上記1(2)イで認定したとおりCらは,原告が本件取引以前に小林洋行で商品先物取引の経験を有していたが,初めて商品先物取引をする人と同様に追証なども含めて商品先物取引委託ガイドを使用して商品先物取引の仕組みを説明し,その際,同仕組みとともに危険性についてもわかりやすく説明した新規委託者用ビデオテープを見せていること,原告は,それらの説明などを踏まえて「商品先物取引は投機取引であって利益保証や元本保証はなく,預託した証拠金を超える多額の損失が発生する危険性があることを十分にご理解いただけていますか。」,「委託追証拠金の仕組みや計算方法についてご理解いただけていますか。」などといった商品先物取引についての理解に関する質問を受け,そのほとんどの質問に対し「大体理解した」と取引確認書に自らそのとおりチェックして回答したうえ,Cに交付したこと,契約成立後,被告会社内部で作成された新規確認事項書にも,「元本保証の無い事はご存知ですか?」,「利益保証の無い事はご存知ですか?」,「追証に対する理解」,「売・買の区別の理解」,「期間を限定した勧誘はございませんでしたか?」,「手数料の確認」といった項目について,「Yes」にチェックがされており,「ビデオ放映」について「有」にチェックがされていること,後日,被告会社の従業員が原告を訪問し,原告に「お客様のための取引実践ビデオ」及び小冊子を渡したことがあるところ,以上の事実に加えて原告は,本件取引以前に小林洋行において1年以上の商品先物取引の経験を有していたことを踏まえると,Cらからは,原告に対し,商品先物取引を開始するにあたって,必要な説明がなされているといえ,その他,原告が上記主張する事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記説明義務違反に係る主張は理由がない。
(2) 取引継続段階での違法な勧誘行為について
ア 一任売買について
原告は,本件取引において,被告Y1ら被告会社外務員に対し,委託証拠金を交付したのみで,具体的に個々の売買の指示を出したことは一度もないから,同外務員らには一任売買を行った違法がある旨主張する。
しかし,上記1(3)クで認定したとおり被告会社は,本件取引において,売買など取引を行った日ごとに,原告に対し,約定年月日,場節,数量,約定値段及び総取引金額などを記載した売買報告書及び売買計算書を交付していたこと,月1ないし3回程度,現在の建玉の内訳及び委託証拠金必要額などを記載した残高照合通知書を交付していたこと,原告は,概ね上記残高照合通知書の交付を受ける度に,被告会社に対し,「通知書の通り相違ありません。」という項目にチェックをした残高照会回答書を送付していたこと,本件取引期間中,原告は,上記売買報告書及び残高照合通知書に対し,異議や苦情を申し出たことがなかったことがあるところ,以上の事実を踏まえると,本件取引において,原告が事前に本件取引に係る具体的内容を知らなかったとまで認めることができないうえ,仮に,原告が個々の取引に先だって積極的に売買の指示をしていなかったとしても,被告Y1ら被告会社外務員による売買の提案を受け,最終的にはその提案を承諾して本件取引を行ったものと推認され,同認定を覆すに足りる証拠はない。
したがって,被告Y1ら被告会社外務員に一任売買の違法があったということはできず,原告の上記一任売買に係る主張は理由がない。
イ 適合性原則違反について
(ア) 原告は,被告Y1ら被告会社外務員は,原告が借金により資金を調達し,資金的に商品先物取引の不適格者であることを知り又は容易に知りうる状態にありながら,漫然と取引を継続させた違法がある旨主張する。
商品価格の相場が変動することによって委託者が大きな利益を得ることもあるが,他方,損失を被る場合にはその額は時として莫大なものになる可能性もある商品先物取引を一般消費者が委託者として行う場合,注文を受託する商品取引員は,外務員の説明などによって委託者が先物取引の危険性を認識していたとしても,委託者が相当程度の借金をしてまで投資していることないしその可能性があることを知った場合には,委託者が資金的に余裕があり,また,積極的に取引を依頼するなどの特段の事情でもない限り,その時点で取引を停止させるべき義務を負っていると解するのが相当である。したがって,商品取引員である受託者がそのような事由があるにもかかわらず当該委託者との取引を漫然と継続させた場合には,委託者の資力に適合した受託業務の処理ということができず,委託者に対して不法行為を構成するというべきである。
そこで,本件であるが,原告は,「先物取引口座設定申込書」に500万円以上1000万円未満の年収がある旨記載している。しかし,原告は,本件取引以前に行っていた小林洋行との商品先物取引で3000万円以上の多額の損失を被っていたところ,上記1(2)ア,イの(ア)で認定したとおり本件取引開始時点において,Cに対し,同取引において3000万円以上の損失を出した旨,また,同取引で手仕舞いし決済して返還を受ける金員くらいしか被告会社を通じた取引(投機)に回せないと言っていたことがあること,原告の投資可能額は原告にとっても,また,被告会社にとっても重大な事柄であって,本件取引開始前に原告をして明示させるべきであるにもかかわらず,本件契約の際作成された原告作成に係る先物取引口座設定申込書の投下可能額欄は敢えて空欄になっていたことがあるところ,以上の事実を踏まえると,Cは,その時点で原告に同決済資金以外に資金的余裕がないことを十分に認識し得たものと推認される。そして,被告Y1も,Cから原告の担当を引き継いで同人との取引を担当することとなった外務員として,同引継の際に原告の投資傾向や投資見込額などを聞いていたはずであって,原告が同決済資金以外に資金的余裕がないことを当然認識していたことが窺えるうえ,また,実際にも,平成14年6月17日の冷凍エビ100枚の買建玉をするにあたって,原告は,同建玉前に必要な60万円の証拠金を用意することができず,建玉先行で取引を行わざるを得なかったことがある。以上の事実を踏まえると,被告Y1は,遅くとも同取引当時,原告に資金的余裕がないことは十分認識していたことが推認される。加えて,原告は,平成13年12月11日の本件取引開始時点において既に上記のような資産状態にあったのにもかかわらず,上記1(3)キで認定したとおり平成14年6月18日から同年7月29日までのわずか1か月半あまりの期間に消費者金融からの借入も含めて合計で1300万円余りの借金をしたうえで,同金員を被告会社に対し,商品先物取引のために預託していることを併せると,被告Y1は,その内容や程度はともあれ,原告が何らかの借金によって投資資金を捻出している可能性があることを認識していたものと推認される。
(イ) この点について,被告らは,原告が次々と現金を預託した時期は,追証など入金の必要に迫られていたわけではないから,被告Y1は,原告が借金をしていることなど思いもよらなかった旨主張し,被告Y1もそれに沿う証言をする。しかし,たとえ必要に迫られた入金でなかったとしても,被告Y1が原告に資金的余裕がないことを認識していたことは同(ア)で認定したとおりであり,それにもかかわらず,被告Y1は,本件の証言の中でなぜ原告に資金的余裕があったと考えたのかについては何ら合理的な説明ができていないことからすると,同主張に沿う被告Y1の上記証言部分は採用することはできない。したがって,被告らの上記主張は理由がない。
また,原告から確認した内容を記載したものとして被告会社内部で作成された新規確認事項書(乙11)の「投下可能額の確認」の欄に「15,000,000」との記載があることは上記1(2)イ(エ)で認定したとおりである。しかし,同確認事項書は原告がその作成に関与したことはなく,被告会社の内部で作成されているものにすぎないうえ,かえって,本件契約の際,原告自身の作成に係る先物取引口座設定申込書の投下可能額欄が空欄であったことに本件取引開始時点における原告の資産状況(小林洋行における商品先物取引で3000万円以上の多額の損失を出し,その当時の投資可能資金としては小林洋行との決済で返還される資金がそのほとんどであったこと)を踏まえると,同新規確認事項書の投下可能額の記載はにわかに信用できず,その他,同(ア)で認定した事実を左右するに足る証拠はない。
(ウ) 以上のことを踏まえると,被告Y1は,原告が借金をして投資資金を捻出していることを認識していたにもかかわらず漫然と取引を継続させていたものというべきであるから,取引継続段階において,適合性原則に違反した違法がある。
ウ 「直し」などの無意味な反復売買・特定売買
原告は,本件取引においては無意味な特定売買が繰り返され,その割合(特定売買比率)は63%になり,さらに,全損失に占める手数料損率が79%となり,売買回転率が10.3回/月となるから,本件取引は手数料稼ぎ目的の違法な取引である旨主張する。
原告が主張する特定売買は,その定義はさておき,利益金の確保目的,時間の経過による前場各節,後場各節の相場の様相,委託者の具体的資金状況などにより,その全てが不合理な取引ということはできないが,その客観的取引態様からすると,当該取引が経済的に合理性を有する局面は限られているといわざるを得ないし,これが商品取引員により濫用される場合は,取引の回数自体が多くなり,その結果,委託者の手数料負担が増加するのに比例して受託者である商品取引員の利益が増加することとなる(委託者と受託者利害が対立する。)うえ,同手数料増加に伴い委託者が商品先物取引によって利益を得る蓋然性が低くなるという側面を有している。そのうち,両建は委託者が身動きできなくなり,手仕舞いを困難にする側面を有していることは否めない。
以上のような特定売買の性質に鑑みると,仮に,特定売買と考えられる取引が存在したとしても,そのことをもってその取引が直ちに手数料稼ぎの違法な取引だということはできない。しかし,特定売買が繰り返され,その回数が多くなればなるほど,個々の取引の合理性を説明することが困難となる可能性が高くなり,その結果,取引全体における手数料稼ぎの意図が事実上推認される可能性が高くなるというべきである。また,手数料化率についても,取引の期間や回数によって変動するものであるから,その数字のみによって取引の違法性を判断することは困難であるが,損失の中に手数料が占める比率が著しく高率となったような場合は,商品取引員の手数料稼ぎの意図を推認させる一事情となり得る。したがって,取引を全体として観察した結果,その比率が箸しく高く,手数料稼ぎと推定されるような事情が認められるときは,受託者たる商品取引員において,当該取引を行ったことが当時の相場などの状況からして合理的であったことを立証しない限り,当該取引は受託者としての義務に反したものと評価されてもやむを得ないというべきである。
そこで,本件取引であるが,被告らの主張によっても,新規59件のうち,直し9件,両建15件,途転5件の,仕切130件の内,日計り4件,手数料不抜け11件のいわゆる特定売買がある。そうすると,新規取引のうち,約49.1%(29÷59×100≒49.1),総取引にすると約23.3%(44÷189×100≒23.3)が特定売買に該当し,特定売買が上記のような不合理性を含んだ取引形態であることを考慮すると,上記回数及び割合は決して少ないとはいえないうえ,損失に占める手数料化率も約79%(10,712,840÷13,547,602×100≒79.07)と,そのほとんどが手数料により占められていることがあるところ,以上の事実からすると,被告会社外務員による手数料稼ぎの意図が推認されるというほかない。
これに対して被告らは,原告の主張する特定売買についての合理性を縷々主張し,本件取引はあたかも全て原告の方から積極的に指示したものであるかのように主張する。しかし,被告Y1は,その証言の中で個々の取引についてその合理性の説明ができていないが,そのことからすると,被告が本件で主張する個々の取引の説明は後に当時の相場情報と照らし合わせながら辻褄を合わせたものというほかなく,また,原告が売買報告書などにより本件取引について事後的に承認していたことは上記認定のとおりであるとしても,原告の方から積極的に売買の指示をしたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,被告らの上記特定売買などに係る主張は理由がない。
エ 説明義務違反について
原告は,取引継続段階において,被告会社外務員が個々の取引を行うにあたっての説明義務を尽くしていない違法がある旨主張する。
確かに,本件全証拠によるも,被告Y1ら被告会社外務員は,原告に対し,本件取引の中で例えば両建以外にも損切りなど他の対処法があるなどそれぞれのメリットとデメリットを具体的に説明したうえ,選択を求めたと認めることができないが,原告は,売買報告書及び売買計算書並びに残高照合通知書の送付を受け,これに対して「通知のとおり相違ありません。」と記載して残高照会回答書を送付していたこと,本件取引期間中,売買報告書及び残高照合通知書に対し,原告の指示と異なる取引であるなどと異議や苦情を申し出たことはなかったことを踏まえると,本件取引における被告会社外務員らの行為が,社会通念上許されないほどの違法な説明義務違反を構成するとまで認めることができず,その他,それを認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記説明義務違反に係る主張は理由がない。
オ 因果玉の放置について
原告は,本件取引において,最終決済日までの期間が百数十日に及んだ建玉が複数存在し,その間,それに対応する無数の両建がなされて原告の損勘定に対する感覚が鈍らされたとして,被告会社外務員には因果玉を放置した違法がある旨主張する。
確かに,上記基礎となる事実(3)アで記載したとおり本件取引の中で建玉をした後,最終決済日までの期間が百数十日に及ぶ取引が複数存在する。しかし,建玉をいつ仕切るかは,その時々の相場の状況によるものであるし,損が出たとしても,それは単に相場の変化による結果ともいえるから,単に長期間仕切られていない建玉が存在するからといって,それでもって被告会社が手数料稼ぎなどの意図をもってした違法な取引とまでいうことはできない。
したがって,原告の上記因果玉放置に係る主張は理由がない。
カ 不当な増し建玉(利乗せ)について
原告は,被告会社が,原告に対し利益発生の事実を告げることなく利益を証拠金に振り替え,増玉を行った旨主張する。
利益を証拠金に振り替えて増玉することは委託者の意思に基づく限り何ら違法とはいえないところ,上記1(3)ケで認定したとおり本件取引の中で顕在化した利益が証拠金に振り替えられた場合,被告会社は,原告に対し,直ちに振替通知書を交付していること,同通知内容に対して原告は,被告会社に異議,苦情などの申し入れをしていないことがあり,以上の事実を踏まえると仮に,原告から積極的に振替の指示がなされていなかったとしても,原告は,最終的には自己の意思に基づいて顕在化した利益を証拠金に振替えることを承諾したというべきである。
したがって,原告の上記不当な増し建玉に係る主張には理由がない。
キ 無敷・薄敷について
原告は,被告会社が,平成14年6月17日及び同年7月26日に証拠金不足の状態で建玉したこと(薄敷)が商品取引所法にも違反する違法な勧誘行為である旨主張する。
確かに,無敷・薄敷は,商品取引所法97条1項によって禁じられているところ,同年6月17日及び7月26日の各取引は原告から事前に証拠金を徴収することなく建玉が行われた(薄敷)。しかし,同条は取締法規であって,同条に違反したからといって直ちに私法上の無効となるわけではない。ところで,無敷・薄敷が禁止されるのは,それらが委託者の資金的能力を超えた取引になりやすいためであって,委託者保護の面からすると,商品取引員の担当者は,それらの取引を勧誘することは可能な限り避けるべきである。しかし,委託証拠金は,商品取引員の委託者に対する債権担保の手段といえるから,商品取引員がその徴収を猶予したとしても,直ちに社会通念上許されない違法な行為であるとまでいうことはできない。
本件取引の中では,薄敷は上記2回にすぎず,必ずしも頻繁に薄敷が行われたということはできないこと,同2回の薄敷も翌日もしくは3日後に入金がされて証拠金不足が解消されていることがあるところ,以上の事実を踏まえると,同2回の薄敷取引が社会通念上許されない違法な勧誘行為とまでいうことはできない。
したがって,原告の上記薄敷に係る主張は理由がない。
ク 取組高均衡
原告は,平成16年2月9日の東工ゴムの取組高から,被告会社は取組高均衡手法を採用している旨主張する。
確かに,証拠(甲6)によれば,被告会社における平成16年2月9日の東工ゴムの取組高は,売り2926枚に対し,買い2916枚と,取組高が均衡していることが認められるが,このことのみから,本件取引期間中においても,被告会社が取組高を均衡させ,原告に対して違法な客殺しを行っていたと推認することは困難であり,その他,被告会社が原告の主張するような手法を用いていわゆる「客殺し」商法を行っていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記取組高均衡に係る主張は理由がない。
(3) まとめ
以上によれば,Cら被告会社外務員には本件取引開始段階において,適合性原則違反,説明義務違反などの違法な勧誘行為を認めることができない。しかし,被告Y1は,取引継続段階において,原告が借金をしてまで入金していることを認識しながら漫然と取引を継続させ,また,本件取引の経過からすると本件取引のうち,いわゆる特定売買について手数料稼ぎの意図を推認させるため,被告Y1ら被告会社外務員の同取引継続段階における一連の勧誘行為は,社会通念上是認することができない違法なものというほかない。そして,被告Y1らの上記行為は,使用者である被告会社の業務の執行について行われたものであることが明らかである。したがって,被告Y1は,民法709条に基づき,被告会社は,同法715条に基づき,被告Y1らの上記違法な勧誘行為によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。
なお,被告Y1が原告の担当となったのは,平成14年4月以降であるが,本件取引は一連の取引としてその取引全体を通じて不可分一体のものと評価されるため,原告が被った損害全体が被告Y1の行為などと相当因果関係のある損害というべきである。
3 争点(2)(損害)について
(1) 経済的損害
原告は,被告会社への預託金額のうち,同会社からの返還金額を除いた差額1354万7602円の返還を受けていないところ,以上の事実を踏まえると,原告は,被告らの上記不法行為により同差額に相当する1354万7602円の損害を被ったことが推認され,同認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 精神的損害に対する慰謝料
原告は,被告らの不法行為により精神的苦痛を被ったところ,同苦痛を金銭的に評価すると100万円が相当であると主張する。しかし,本件全証拠によるも,原告に財産的損害の回復によっては慰謝されないほどの精神的損害が発生したと認めることができない。
したがって,原告の上記精神的損害に係る主張は理由がない。
(3) 過失相殺
原告は,本件取引以前に小林洋行を通じた商品先物取引により3000万円を超える損失を出していたので,外務員の相場観などは必ずしも的中するわけではないことや,商品先物取引の危険性を十分に認識していたといえるにもかかわらず,漫然と本件取引を開始したこと,本件取引を開始するにあたっても,CやBから追証など商品先物取引の仕組みについての説明を受け,商品先物取引のルールや注意点を説明した新規委託者用ビデオテープを見せられることによって,先物取引の危険性を再認識し得たこと,被告から売買報告書,売買計算書及び残高照合通知書の交付を受けておきながら本件取引期間中,個々の取引を含めて本件取引について何ら異議や苦情を申し出たことはなく,残高照合通知書の交付を受ける度に,被告会社に対し,「通知書の通り相違ありません。」という項目にチェックをした残高照会回答書を送付していたことなどの事情を総合すると,本件取引による損害の発生及び拡大について,原告にも責めに帰すべき大きな事由があったといわざるを得ない。
ところで,原告は,小林洋行における取引により,3000万円以上の損失を被り,心理的パニックに陥っていたため,原告に過失相殺を認めるに足る帰責性はない旨主張する。しかし,本件全証拠によるも本件取引開始当時,原告が正常な判断が不可能なほどの心理的な異常を抱えていたことを認めることができない。
したがって,原告の上記過失相殺に係る主張は理由がない。
以上のことからすると,被告らが賠償すべき損害額の算定にあたっては過失相殺をすべきであり,本件事案に現れた上記各諸般の事情を考慮すると,原告の過失割合は8割とするのが相当である。
そうすると,被告らが原告に賠償すべき損害額は1354万7602円の2割に相当する270万9520円となる。
(4) 弁護士費用
原告は,本件訴訟を提起し,本件訴訟追行を本件の原告訴訟代理人である弁護士に委任した(顕著な事実)ところ,上記(3)で認定説示した認容額その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば,被告の行為と相当因果関係がある損害として弁護士費用は27万円とするのが相当である。
第4結論
以上の次第で,原告の被告らに対する本件請求は,主文第1項の限度で理由があるからこの限度で認容することとし,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村哲 裁判官 竹内努 裁判官 酒井智之)
<以下省略>