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京都地方裁判所 平成16年(ワ)145号 判決 2008年4月23日

主文

1  被告は,原告Iに対して55万円及び平成16年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告Iのその余の請求,その余の原告らの各請求をいずれも棄却する。

3  原告Iと被告との間に生じた費用は15分し,その2を被告の,その余を原告Iの,その余の原告らと被告との間に生じた各費用は同各原告らの各負担とする。

4  この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,各原告に対し,別紙請求金額目録記載の各金員及びこれらに対する平成16年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言が付されるときは担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告らが被告に対し,①被告が設置する京都市立小学校若しくは中学校で勤務する教職員である原告らに対して,平成15年4月から同年12月まで(8月を除く)の間,平成15年法律第117号による改正前の国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)ないし同法の条項も受けた「職員の給与等に関する条例」(以下「本件条例」という。)で設定された例外的時間外勤務以外の時間外勤務を違法な黙示の職務命令等に基づいて行なわせた,また,健康保持のための時間外勤務を防止しなければならないという安全配慮義務違反があったとして国家賠償法1条に基づき別紙請求金額目録記載の金額に相当する各損害賠償金の支払,②もしくは給特法が予定する範囲を超える時間外勤務をしたとして,労働基準法37条又はワークアンドペイの原則等に基づき別紙請求金額目録記載の金額に相当する各未払賃金等の支払並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成16年2月4日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実(但し,文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)

(1)  当事者等

ア 被告は,普通地方公共団体であるところ,原告らは,被告が設置する別紙原告ら一覧表記載の各原告らに対応する小学校及び中学校で同表記載のとおりの内容で平成15年4月から同年12月の間(以下「本件当時」という。)勤務していた。

なお,同勤務当時の同各小学校及び中学校の校長は同表の各原告に対応する校長欄記載のとおりである。

イ 原告らは,それぞれ担当する授業(授業準備を含む。),テストの実施・採点,成績評価(通知表の作成),児童・生徒に対する生活指導(給食指導,生活相談,進路指導等),学級事務(ただし,担任),部活動事務,校務分掌業務,研修への参加,職員会議や学年会等の会議への出席,地域との連携,各種報告書の作成等をその役割・地位に応じて行っていた。

(2)  原告らを含む職員の給与,勤務時間その他の勤務条件は条例で定められる(地方公務員法24条6項)ところ,府費負担教育職員である原告ら(弁論の全趣旨)の給与,勤務時間及び勤務条件は給特法の外,本件条例を含む京都府条例によって定められることになる。

(3)  給特法には以下の規定がある。

(趣旨)

第1条 この法律は,国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき,その給与その他の勤務条件について特例を定めるものとする。

(定義)

第2条 この法律において,「義務教育諸学校等」とは,学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,盲学校,聾学校,養護学校又は幼稚園をいう。

2 この法律において,「教育職員」とは,校長(園長を含む。),教頭,教諭,養護教諭,助教諭,養護助教諭,講師(以下省略)

(国立の義務教育諸学校等の教育職員の教育調整額の支給等)

第3条 国立の義務教育諸学校等の教育職員(一般職の職員の給与に関する法律〔昭和25年法律第95号。以下「給与法」という。〕別表第6の教育職俸給表(二)又は教育職俸給表(三)の適用を受ける者に限る。

第3項及び第7条において同じ。)のうちその属する職務の級がこれらの俸給表の1級又は2級である者には,その者の俸給月額の100分の4に相当する額の教職調整額を支給する。

2 前項の教職調整額の支給に関し必要な事項は,人事院規則で定める。

3  国立の義務教育諸学校等の教育職員(俸給の特別調整額を受ける者を除く。第7条において同じ。)については,給与法第16条及び第17条の規定は,適用しない。

(第4条ないし第6条は省略)

(国立の義務教育諸学校等の教育職員の正規の勤務時間を超える勤務等)

第7条 国立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間(かっこ内省略)を超えて勤務させる場合は,文部科学大臣が人事院と協議して定める場合に限るものとする。この場合においては,教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならない。

2 次に掲げる日において前項の教育職員を正規の勤務時間中に勤務させる場合も,同項と同様とする。

(1) 勤務時間法第14条に規定する祝日法による休日及び年末年始の休日

(2) 給与法第17条の規定により休日給が一般の職員に対して支給される日(前号に掲げる日を除く。)

(公立の義務教育諸学校等の教育職員の教職調整額の支給等)

第8条 公立の義務教育諸学校等の教育職員については,第3条及び第4条に規定する国立の義務教育諸学校等の教育職員の給与に関する事項を基準として教職調整額の支給その他の措置を講じなければならない。

第9条省略

(公立の義務教育諸学校等の教育職員に関する読替え)

第10条 公立の義務教育諸学校等の教育職員については,地方公務員法第58条第3項本文中「第2条,」とあるのは「第33条第3項中「官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)」とあるのは「別表第一第12号に掲げる事業」と,「労働させることができる」とあるのは「労働させることができる。この場合おいて,公務員の健康及び福祉を害しないように考慮しなければならない」と読み替えて同項の規定を適用するものとし,同法第2条,」と,「第32条の5まで」とあるのは「第32条の5まで,第37条」と,「第53条第1項」とあるのは「第53条第1項,第66条(船員法第88条の2の2第3項及び第88条の3第4項において準用する場合を含む。)」と,「規定は」とあるのは「規定(船員法第73条の規定に基づく命令の規定中同法第66条に係るものを含む。)は」と読み替えて同項の規定を適用するものとする。

(公立の義務教育諸学校等の教育職員の正規の勤務時間を超える勤務等)

第11条 公立の義務教育諸学校等の教育職員(管理職手当を受ける者を除く。)を正規の勤務時間(勤務時間法第5条から第8条まで,第11条及び第12条の規定に相当する条例の規定による勤務時間をいう。以下この条において同じ。)を超えて勤務させる場合は,国立の義務教育諸学校等の教育職員について定められた例を基準として条例で定める場合に限るものとする。(以下省略)

(4) 地方公務員法24条6項に基づき,また,給特法の条項も受けて定められた本件条例には以下の規定がある(乙3)。

第1条省略

(用語の意義)

第2条

第1項ないし第5項省略

6 義務教育諸学校等

学校教育法(昭和22年法第26号)に規定する小学校,中学校,高等学校,盲学校,聾学校又は養護学校をいう。

7 教育職員 校長,教頭,教諭,養護教諭,助教諭,養護助教諭,講師,実習助手及び寄宿舎指導員をいう。

第3条ないし第7条の1省略

(義務教育諸学校等の教育職員の教職調整額の支給等)

第7条の2 義務教育諸学校の教育職員(別表第3の教育職給料表(2)又は教育職給料表(3)の適用を受ける者に限る。第22条の5第2項並びに第37条第2項及び第3項において同じ。)のうちその属する職務の級がこれらの給料表の2級又は1級である者には,その職務と勤務態様の特殊性に基づき,その者の給料月額の100分の4に相当する額の教職調整額を支給する。

2 前項の教職調整額の支給を受ける者に係る第12条の2,第12条の4,第12条の5,第14条の2から第14条の5まで,第20条,第21条,第22条の3及び第22条の4の規定の適用については,同項の教職調整額は,給料とみなす。

第3項省略

(時間外勤務手当)

第15条 時間外勤務手当は,職員が正規の勤務時間以外の時間において勤務することを命じられたとき,正規の勤務時間以外の時間において勤務した全時間に対して支給する。

2 前項に規定する時間外勤務手当の額は,同項の勤務1時間について第25条に規定する勤務1時間当たりの給与額に正規の勤務時間以外の時間においてした次に掲げる勤務の区分に応じてそれぞれ100分の125から100分の150までの範囲内で人事委員会規則で定める割合(その勤務時間が午後10時から翌日の午前5時までの間である場合には,その割合に100分の25を加算した割合)を乗じて得た額とする。

(1) 正規の勤務時間が割り振られた日(第18条第1項の規定により正規の勤務時間中に勤務した職員に休日勤務手当が支給されることとなる日を除く。次項において同じ。)における勤務

(2) 前号に掲げる勤務以外の勤務

第3項省略

4  第1項に定めるもののほか,時間外勤務手当は,職員が第33条の規定により,あらかじめ第31条第2項又は第32条の規定により割り振られた正規の勤務時間(以下この項において「割振り変更前の正規の勤務時間」という。)を超えて勤務することを命じられたとき,割振り変更前の正規の勤務時間を超えて勤務した正規の勤務時間中の全時間(再任用短時間勤務職員にあっては,人事委員会規則で定める時間を除く。)に対して支給する。

5  前項に規定する時間外勤務手当の額は,同項の勤務1時間について第25条に規定する勤務1時間当たりの給与額に100分の25から100分の50までの範囲内で人事委員会規則で定める割合を乗じて得た額とする。

第16条ないし第17条省略

(休日勤務手当)

第18条 休日勤務手当は,職員が祝日法に基づく休日等(第31条第1項及び第32条の規定により毎日曜日を週休日と定められている職員以外の職員にあっては,祝日法に基づく休日が同条及び第33条の規定よる週休日にあたるときは,人事委員会規則で定める日)及び年末年始の休日等において,正規の勤務時間中に勤務することを命じられたとき,正規の勤務時間中に勤務した全時間に対して支給する。これらの日に準じるものとして人事委員会規則で定める日において勤務した職員についても,同様とする。

2 休日勤務手当の額は,前項の勤務1時間について,第25条に規定する勤務1時間当たりの給与額に100分の125から100分の150までの範囲内で人事委員会規則で定める割合を乗じて得た額とする。

第19条ないし第22条の4省略

(特定の職員についての適用除外)

第22条の5

第1項省略

2 第15条及び第18条の規定は,義務教育諸学校等の教育職員

(管理職員を除く。第37条第2項及び第3項において同じ。)には適用しない。

第23条ないし第29条の2省略

(1週間の勤務時間)

第30条 職員の勤務時間は,休憩時間を除き,4週間を超えない期間につき1週間当たり40時間とする。

第2項以下省略

(週休日及び勤務時間の割振り)

第31条 日曜日及び土曜日は,週休日とする。ただし,任命権者は,再任用短時間勤務職員については,これらの日に加えて,月曜日から金曜日までの5日間において,週休日を設けることができる。

第2項以下省略

第32条,33条省略

(休憩時間)

第34条 任命権者は,1日の勤務時間が,6時間を超える場合においては45分,8時間を超える場合においては1時間の休憩時間を,それぞれ勤務時間の途中に置かなければならない。

2 前項の休憩時間は,一斉に与えなければならない。ただし,公務の運営上の事情により一斉に与えることが困難である公署で人事委員会規則で定めるものについては,この限りでない。

(休息時間)

第35条 任命権者は,所定の勤務時間のうちに,人事委員会の定める基準に従い,休息時間を置くものとする。

第36条省略

(正規の勤務時間以外の時間における勤務)

第37条

1 任命権者は,公務のため臨時又は緊急の必要がある場合には,正規の勤務時間以外の時間において職員に前条に掲げる勤務以外の勤務をすることを命じることができる。

2 義務教育諸学校等の教育職員については,前項の規定にかかわらず,原則として時間外勤務(正規の勤務時間以外の時間における勤務をいい,祝日法に基づく休日等,年末年始の休日等及び第18条第1項後段の人事委員会規則で定める日における正規の勤務時間中の勤務を含むものとする。次項において同じ。)はさせないものとする。

3 義務教育諸学校等の教育職員に対し時間外勤務をさせる場合は,公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(昭和46年法律第77号)第6条第1項に規定する政令で定める基準に従い定めた次に掲げる業務に従事する場合で,臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限るものとする。

(1) 校外実習その他生徒の実習に関する業務

(2) 修学旅行その他学校の行事に関する業務

(3) 職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務

(4) 非常災害の場合,児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務(以下,上記4項目を単に「限定4項目」という場合がある。)

第4項省略

第37条の2,第37条の3省略

(休日)

第38条 職員は,祝日法に基づく休日には,特に勤務することを命じられる者を除き,正規の勤務時間においても勤務することを要しない。年末年始の休日についても,同様とする。

第39条以下省略

(5) 「京都市立小学校,中学校及び養護学校の教職員の勤務時間等に関する規則」(昭和50年6月4日教育委規則第3号,最終改正平成14年4月第1号)には,以下の規定がある(乙16)。

第1条省略

第2条 職員の勤務時間の割り振りは,月曜日から金曜日まで1日8時間とし,職員の勤務時間は,午前8時30分から午後5時15分までとする。

第2項以下省略

第3条 前条第1項の場合における条例第34条に規定する職員の休憩時間については,午後0時15分から午後1時までの時間を基準として,校長が定めるものとする。

第4条 職員の休息時間は,勤務時間4時間について15分間の割合で,校長が定めるものとする。

第5条 条例(本件条例)第37条第3項の規定による職員の時間外勤務,条例第41条から第44条までの規定による職員の休暇,職務に専念する義務の特例に関する条例第2条の規定による職員の職務に専念する義務の免除並びに職員の給与,勤務時間等に関する規則(京都府人事委員会規則6-2)第49条第4号の規定による職員の欠勤等の処理については,別に定めるものを除くほか,校長が行う。

(6) 厚生労働省通達「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日,基発339号。以下「本件通達」という。)には,以下の記載がある(甲6)。

ア 柱書

労働基準法においては,労働時間,休日,深夜業等について規定を設けていることから,使用者は,労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有していることは明らかである。

(中略)

こうした中で,中央労働基準審議会においても平成12年11月30日に「時間外・休日・深夜労働の割増賃金を含めた賃金を全額支払うなど労働基準法の規定に違反しないようにするため,使用者が始業,終業時刻を把握し,労働時間を管理することを同法が当然の前提としていることから,この前提を改めて明確にし,始業,終業時刻の把握に関して,事業主が講ずべき措置を明らかにした上で適切な指導を行う等,現行法の履行を確保する観点から所要の措置を講ずることが適当である。」との建議がなされたところである。

このため,本基準において,労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置を具体的に明らかにすることにより,労働時間の適切な管理の促進を図り,もって労働基準法の遵守に資するものとする。

イ 適用の範囲

本基準の対象事業場は,労働基準法のうち労働時間に係る規定が適用される全ての事業場とすること。

また,本基準に基づき使用者(使用者から労働時間を管理する権限の委譲を受けた者を含む。以下同じ。)が労働時間の適正な把握を行うべき対象労働者は,いわゆる管理監督者及びみなし労働時間制が適用される労働者(事業場外労働を行う者にあっては,みなし労働時間制が適用される時間に限る。)を除くすべての者とすること。

なお,本基準の適用から除外する労働者についても,健康確保を図る必要があることから,使用者において適正な労働時間管理を行う責務があること。

ウ 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置

(ア) 始業・終業時刻の確認及び記録

使用者は,労働時間を適正に管理するため,労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し,これを記録すること。

(イ) 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法

使用者が始業・終業時刻を確認し,記録する方法としては,原則として次のいずれかの方法によること。

① 使用者が,自ら現認することにより確認し,記録すること。

② タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し,記録すること。

(ウ) 自己申告制により,始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

上記(イ)の方法によることなく,自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合,使用者は次の措置を講ずること。

① 自己申告制を導入する前に,その対象となる労働者に対して,労働時間の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。

② 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて,必要に応じて実態調査を実施すること。

③ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。また,時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が,労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに,当該要因となっている場合においては,改善のための措置を講ずること。

(エ) 労働時間の記録に関する書類の保存

労働時間の記録に関する書類について,労働基準法109条に基づき,3年間保存すること。

(オ) 労働時間を管理する者の職務

事業場において労務管理を行う部署の責任者は,当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し,労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること。

(カ) 労働時間短縮推進委員会等の活用

事業場の労働時間管理の状況を踏まえ,必要に応じ労働時間短縮推進委員会等の労使協議組織を活用し,労働時間管理の現状を把握の上,労働時間管理上の問題点及びその解消策等の検討を行うこと。

3 争点及び争点に対する当事者の主張

(1) 被告に給特法及び本件条例の趣旨に反して原告らに違法に超過勤務をさせたという義務違反があるか,また,原告らに対する安全配慮義務違反があるか。

(原告ら)

ア(ア) 給特法及び本件条例は,時間外勤務が許容される場合を4項目に限定し,かつ緊急やむを得ない必要のある場合に備えて教職調整額を支払,かかる場合を除いて時間外労働を行わせないという制度を採用し,同制度に沿う限りにおいて労働基準法37条並びに本件条例15条及び18条の適用を除外している。

(イ) ところで,原告らは,被告の教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)及び各原告らに対応する各校長らから適切な教員の加配や授業時間数の弾力化といった特別の措置がとられないまま授業日数や授業時間数を厳密に管理された上で指導要領案や指導計画書の作成・提出を通じて教育課程の編成等の教育内容の細部まで指示を受け,個々の教員の裁量が著しく狭められる中で校務分掌,校外活動,総合学習の実施,校内・校外の研修への参加,各種文書の作成等を職務上指示される等,事実上拘束を受けて平成15年4月から同年12月までの間(ただし,同年8月は除く。),別紙原告ら超過勤務及び請求額一覧表の推計超過勤務時間(下段は分)欄記載のとおりの時間外勤務をしてきた。原告らが現に行った時間外勤務は①客観的に見て正規の勤務時間内ではなされ得ない場合で,その内容も校務分掌で担当する職務,授業準備,テスト等の採点,職員会議・学年会等の・※会議,研修,指導要録の作成,就学援助事務,集金事務等,教師としての職務内容であった。

被告教育委員会及び各原告らに対応する各校長らは,給特法及び本件条例の上記規定に反して違法にも原告らに対して少なくとも黙示で時間外勤務を命じて行わせた。

(ウ)① 給特法及び本件条例は教育職員について時間外勤務手当の支給を定めた労働基準法37条並びに本件条例15条及び18条の適用を除外しているが,上記趣旨を超えて一般的に同除外をしているとすると,給特法及び本件条例の同各規定は私立学校における教職員に対しては時間外労働に対して時間外手当が支給されることとの比較において憲法14条に反し無効である。

② また,給特法立法当時の国会での議論によると,立法者は,給特法の意義,内容やその運用について①教育職員の時間外勤務問題を時間外勤務を少なくする方向で解決し,その待遇を改善するために給特法を制定する,②給特法は,時間外勤務命令ができる場合を限定し,原則として教員には時間外勤務をさせない,③時間外勤務の命令には,指示や依頼,黙示のものも含まれるので,時間外勤務命令ができる場合以外には,このような方法によっても時間外勤務の命令を行わない,④給特法によって,教員に無定量で長時間の時間外勤務が発生することはあり得ず,仮に時間外勤務が強いられたときには,教職員組合や野党の批判,行政措置要求制度によって比較的容易に是正される,⑤例外的に教員に時間外勤務を命ずることに対して支給される教職調整額は基本給の4パーセントとするが,4パーセントの根拠は,昭和41年度に文部省が実施した教職員勤務実況調査の結果,1週平均1時間48分の時間外勤務が行われていたことを踏まえていた。

ところが,原告らは,給特法立法時に時間外勤務時間として想定されていた所定の勤務時間をはるかに超える時間外勤務を現に行っているところ,その勤務は自主的,創造的な側面があったとしても,その部分は少なく既定の事実として与えられた課題を処理するために余儀なくされたものである。

現状は給特法の立法者が考えていた給特法の制定による教育職員に無定量,長時間の時間外勤務を是正するという目的は達成されず,かえって,立法当時危惧された無定量,長時間の時間外勤務が拡大し,立法事実から大きく乖離した違法状態となっている。このような立法事実から大きく乖離した原告らの時間外勤務の状態を教職調整額の支給によって合法化することはできない。

(エ) そうすると,立法事実から大きく乖離した原告らの時間外勤務は違法な時間外勤務というべきである。

イ(ア) 使用者は,労働者(被用者)に対して信義則上安全配慮義務を負っているところ,労働者を業務に従事させるに際し,労働基準法及び労働安全衛生法上,始業・終業時間の確認及び記録等の措置を講じるとともに労働者の労働時間を正確に把握し,可能な限り超過勤務に陥らないよう,少なくとも長時間労働を解消して業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう配慮すべき注意義務を負っている。

具体的には,被告は,原告らに対して,①勤務時間把握義務(就業時間の内外を問わず,勤務時間を正確に把握する義務),②時間外勤務解消,軽減義務(勤務時間の割り振り,限定4項目以外の時間外勤務の禁止,臨時性,緊急性の要件の遵守,業務量の調整,分掌の見直し等の積極的措置を講ずることにより長時間の時間外勤務をなくすか,少なくとも月45時間を超えないようにすべき義務),③健康福祉配慮義務(やむを得ず長時間の時間外勤務をさせた場合は教育職員の健康と福祉を害さないよう勤務の実情について十分な配慮をする義務)を負っている。

(イ) それは,以下のことからも明らかである。

厚生労働省は,本件通達,「脳血管疾患及び虚血性疾患等の認定基準について」(平成13年12月12日付け基発第1063号)及び「過重労働による健康障害防止のための総合対策」(平成14年2月12日基発第0212001号)により使用者に対して,労働者の始業,終業時刻を確認,記録することを義務付け,時間外労働を月45時間以下とするように指導している。

また,X文部科学省初等中等教育局長は,平成13年5月24日,参議院文教科学委員会において,本件通達が公立学校教育職員にも適用される旨述べ,同年10月30日,同委員会において,労働時間の適正な把握の問題については,①始業,終業時刻の記入及び記録の項目,②記録,確認の原則的な方法,③労働時間の記録に関する書類の保存,④労働時間を管理する者の職務の項目等が適用されること,始業,終業時刻については命令のない時間外勤務についても始業,終業時刻の確認及び記録義務の中に含まれること,部活動等についても始業終業時刻に入ること等を述べている。

(ウ) ところで,給特法は,教育職員の時間外勤務を厳しく制限するとともに,時間外勤務をさせる場合にも「教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がなされなければならない。」と定める等の配慮義務を定めており,労働基準法の労働時間制限及び労働安全衛生法の規定の適用を除外するものではない。したがって,給特法は使用者の安全配慮義務を軽減したり,免除したりするものではない。

(エ) 被告は,原告らの労働時間を把握すること,時間外労働の解消のために積極的な措置を講ずること及び原告らの恒常的な長時間勤務に対して,健康や福祉に配慮することを行わなかった。そのため,原告らは,恒常的な態様で別紙原告ら超過勤務及び請求額一覧表の推計超過勤務時間(下段は分)欄記載のとおり時間外勤務を余儀なくされた。

なお,本件条例第34条は「6時間を超えた勤務には,途中に45分の休憩を付与すること」「一斉に付与すること」を定めている。同条は,教育職員にも適用されるから,原告らに対する職務命令は同条にも反し違法である。

(被告)

ア(ア) 原告らの給特法等に違反する超過勤務があるとの事実は否認する。

仮に原告らの主張するとおり原告らに時間外勤務があるとしてもそれらはいずれも給特法が予定した自主的・自発的,創造的勤務であって,違法というべきものではない。

給特法及び本件条例によって時間外勤務は限定4項目に限定されているが,それは職務命令に基づく時間外勤務が限定4項目に限定されているだけであって,教員の自主性,自発性,創造性に基づく時間外活動までは否定されていない。

教育職員の職務は児童生徒との間の直接の人格的接触を通じて児童生徒の人格の発展と完成を意図するものであるため,その遂行に当たっての手法,頻度,時間,内容等が自主性,自発性,創造性に委ねられている部分が多い。給特法は,教育職員の処遇を定めるに当たり,教育職員の職務の上記特質を踏まえてその職務には時間的管理になじまないとして,勤務時間の内外を問わず再評価したものである。仮に教育職員の自主的,自発的,創造的活動による時間外の活動まで否定するとすると,各教育職員の自主的,自発的に行おうとしている教育実践内容に細かく干渉してどのような内容を削るかを命じることになるが,そのようなことは教育職員の上記職務の特質になじまないものである。

給特法及びそれを受けて定められた本件条例部分は黙示の時間外勤務命令という概念にはなじまないというべきである。

(イ) 各原告らに対応する各校長は,同各原告らに時間外勤務を命じていない。

なお,持ち帰り仕事も各原告らの自主性に基づいてなされたものであって,上記のとおりそれは勤務時間に含まれない。

(ウ) 給特法及び本件条例の労働基準法37条の適用を排除する旨の規定は,憲法14条に違反しない。公立学校の教育職員は基本的には契約によって給与,勤務時間等の労働条件が定まる私立学校の教育職員とは異なり地方公務員法の適用があり,給与,勤務時間,休日,休暇等の勤務要件は法律及び条例によって規定されるところ,そのような相違に着目して給特法及び本件条例の同規定は設定された。したがって,給特法及び本件条例の同規定は合理性があり有効である。

(エ) 被告における新規教員の採用は増加傾向にあり,また,国や京都府の学級編成基準が40人である中,被告は,平成15年度から小学校1年生に35人学級を,平成16年度から小学校2年生に35人学級を導入するため同時予算で常勤講師を採用し,また,被告全市の小学校で専科教育を実施するため独自予算で専科教育担当の非常勤講師を任用する等している。

イ(ア) 原告の安全配慮義務に係る法律上の主張は争う。

被告に原告らに対する安全配慮義務違反はない。

(イ)① 持ち帰り仕事は上記のとおり勤務時間の把握対象とすることはできない。

② 文部科学省は,平成14年1月23日,「文部科学省初等中等教育局所管事項説明会」において,本件通達のうち,基準2(1)始業・終業時刻の確認及び記録,基準2(2)始業及び終業時刻の確認及び記録の原則的な方法(使用者の現認又はタイムカード等の客観的な記録)については,公立学校教育職員についても基本的に適用があるとしたが,基準2(3)始業又は終業時刻の確認等については,教育職員は勤務時間があらかじめ明確に割り振られ,出勤簿による確認・記録が行われるとともに,時間外勤務等についても教頭等の管理職が直接確認していることが一般的であることから,基準2(3)の要件を満たしている,したがって,自己申告制に基づく措置は一般的に適用されず,自己申告制に基づく措置について実態調査を行う必要はないとしている。

なお,本件通達は,冒頭に「使用者が講ずべき措置を具体的に明らかにする」と記載されているように,労働基準法に基づく責務について,具体的な措置の方法を明示したものに過ぎず,基準により新たな義務が生じたものではない。また,措置を講じる期限等も定められていない。

③ 学校長を含む管理職は,限定4項目による時間外勤務についてその内容,従事時間を把握しており,また,限定4項目の範囲外である学校内での教員の自主的・自発的活動については学校長,教頭のいずれかが通常最後に学校を出るため,把握ができていた。したがって,被告が本件通達以後に新たな調査等を行わなかったとしても,そのことは違法ではない。

(ウ) 被告には時間管理違反の事実はない。ところで,本件通達の趣旨であるが,「労働時間の把握が曖昧となり,その結果,割増賃金の未払いや加重な長時間労働の問題も生じている。このため,これらの問題の解決を図る目的で,本基準において労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき具体的措置を明らかにした。」ことである。しかし,原告ら教育職員は,給特法のもと教職調整手当が支給されるため,「割増賃金の未払」が生じる余地はなく,したがって,この観点から原告らの勤務時間を把握する必要性はなかった。また,被告は,上記(イ)②で記載した文部科学省の見解をふまえて,教育職員の自主申告に基づく勤務時間の実態調査等を実施していない。そして,管理職は,上記(イ)③記載のとおり通常最後に退校するため,遅くまで残っている教育職員がいれば把握している。なお,そのような場合,当該教育職員の活動が過重にならないよう管理職が注意を促しており,過重といった状況は生まれていない。各教育職員が正規の勤務時間を超えて自主的,自発的な活動を行っている事実はあるが,青天井の時間外勤務を放置している事実はない。

(エ) 被告は,原告らを含む教員に対し,以下のとおり十分な健康管理を行っている。

学校保健法8条に基づき,定期健康診断を実施しているほか,公立学校共済組合が人間ドックや各種検診事業,健康診断事業等を実施している。また,健康診断や人間ドックで再検査が必要となった場合には,年次休暇(有給休暇)を取得することなく,病院での再検査を受けることができるように,職務専念義務を免除する等教育職員の健康維持に向け積極的な措置を行っている。

(2) 上記(1)の各義務違反による損害について

(原告ら)

ア 時間外勤務手当相当損害金

原告らは,被告の職務命令による違法な時間外勤務により又は安全配慮義務違反により,時間外勤務手当の支給を受けることなく,別紙原告ら超過勤務及び請求額一覧表の推計超過勤務時間(下段は分)欄記載のとおり時間外勤務を行った。よって,原告らは,被告の違法な時間外勤務命令により又は安全配慮義務違反により,それぞれ,時間外勤務の手当に相当する金員(同一覧表の超過勤務手当相当損害金(8か月分)欄記載の金員)の損害を被った。

イ 慰謝料

原告らは,被告の職務命令による違法な時間外勤務により又は被告の安全配慮義務違反により,精神的苦痛をそれぞれ被った。原告らが各被った精神的苦痛を慰謝するには同一覧表の慰謝料欄記載のとおり各100万円が相当である。

ウ 弁護士費用

原告らは,本件訴訟の提起,遂行を本件原告ら訴訟代理人らに委任した。

被告の上記義務違反と相当因果関係のある弁護士費用としては,各原告の損害額の1割相当額(同一覧表の弁護士費用欄記載の金額)が相当である。

(被告)

ア 原告の損害に係る主張は否認ないし争う。

イ(ア) 原告らは,法律上,時間外勤務手当を請求できない。したがって,時間外勤務手当に相当する損害は存在しない。仮に時間外勤務手当相当額を損害として認めるとあたかも超過勤務手当の支給を認めたこととなり,労働基準法37条の適用を排除した給特法の趣旨を没却することになる。

(イ) 給特法は,所定勤務時間を超えた勤務を措置の対象としたものであるから,慰謝料の名目であっても,正規の勤務時間を超えた勤務の存在を理由に金員の請求を認めることは,給特法の措置対象としたものについて,重複した利益を付与したことになる。

(ウ) また,原告らが主張する時間外勤務は,授業やその他の校内活動をより充実させ,教育の効果を上げるために原告らが自主的,自発的に取り組んだものであり,校長がその具体的内容や場所,時間を指示したものではなく,原告ら自らが考え,実践しているものであるから,精神的損害は発生しない。

(3) 原告らに労働基準法37条もしくはワークアンドペイの原則に基づく時間外勤務手当請求権があるか。

(原告ら)

ア 給特法及び本件条例は,限定4項目に該当しかつ緊急やむを得ない必要のある場合に限り時間外労働を命じうるとし,その場合に対応して教職調整額を支払それ以外の場合には時間外労働を命じ得ない構造となっている。以上のような構造を踏まえて労働基準法37条の適用を排除している。

イ したがって,仮に限定4項目に該当しない,あるいは該当しても緊急やむを得ない必要のある場合でない職務を時間外に行うことが命じられた場合には,労働時間法制の本則に立ち返って労働基準法37条が適用され,労働基準法の割増賃金支払請求権が発生すると解するのが相当である。仮に同場合に労働基準法37条並びに本件条例15条及び18条の適用を認めず,時間外の割増賃金請求権が発生しないとしても,同場合には時間外労働が存在するため,ワークアンドペイの原則(公平の原則)に基づいて,時間外労働に対応する賃金請求権が発生する。

ウ 原告らは,授業準備,テスト問題作成,ノート類やテストの添削,校舎パトロール,補習,学年・学級通信作成,実習生指導,職員会議等の諸会議の実施,教科打合せ,教室整理,教育相談に関わる準備及び実施,休日の部活動引率指導,テスト前学習計画用紙等の様々な書類の作成,日曜参観の準備,週案の作成,校務分掌処理業務,成績処理,体育行事のための準備,養護学校や地域学習施設での指導等の業務にあたったところ,これらの業務は,客観的にみて正規に勤務時間ではなされ得ないと認められる状況の中で,教師としての職務内容に属する活動として時間外に行われたものであり,勤務評定制度のもとで事実上拘束され,あるいはその成果を学校が受け取ることによって黙示的に命令を発していると認められる状況下で行われているものである。そして,これらの業務は,限定4項目に該当せず,臨時又は緊急のやむを得ない場合の業務に該当するものでもない。

また,原告らが行った上記時間外勤務は,その中に自主的,創造的な側面があったとしても,与えられた課題を処理するために余儀なくされたものであるから,一般職員と同様,時間外勤務となることは明らかである。

エ そうすると,時間外に行われたこれらの業務に対しては労働基準法37条もしくはワークアンドペイの原則に基づき時間外手当もしくは時間に見合った賃金が支払われるべきである。

また,時間外勤務を余儀なくさせたのであるから,上記(2)(原告ら)記載の慰謝料及び弁護士費用の損害を賠償すべきである。

(被告)

ア 給特法は,公立義務教育諸学校等の教育職員について,労働基準法37条の適用を排除し,本件条例も同様に同条の適用を排除しているため,公立小中学校の教育職員である原告らが時間外勤務手当を請求できる法的根拠はない。そのことは最高裁判所平成10年9月8日第三小法廷判決(乙9)でも明らかである。

イ 原告らは,違法な時間外勤務に対して時間外勤務手当の支給を主張しているが,仮に給特法に反する違法な時間外勤務命令が存在したとしても,地方公務員法25条により条例に基づかない金銭の支給が許されないこと,本件条例22条の5で,時間外勤務手当についての同条例15条の適用が除外されていること,労働基準法37条の規定が原告ら公立学校教育職員には適用されないこと,給特法の趣旨が,教育の職務は,時間的計測のもとに支払われる時間外勤務手当の制度もなじまないという点にあることから,時間外勤務命令の適法,違法を問わず,原告らに時間外勤務手当を支給することは,その根拠がなく許されない。

給特法の趣旨が,教育職員の勤務を勤務時間の内外を問わず,包括的にとらえ,また,教育職員の職務は時間的計測になじまないから,給特法の下では,そもそも教育職員の職務には,時間的計測に基づく時間外勤務の観念を入れる余地はない。

ウ(ア) 原告らは,6月と12月の2回の各2週間の自己調査による時間外勤務時間数を,機械的に8か月に換算して時間外勤務の総時間数を算出しているところ,かかる算出の妥当性の根拠について具体的な主張はない。なお,6月には教育相談があったり,12月には期末テストがある等,それ以外の時期と比べて仕事量が多い。

(イ) また,本件通達によっても,持ち帰り仕事は勤務時間に含まれないのであるから,請求金額の算定にあたっては,持ち帰り仕事を控除すべきである。

エ 原告らに時間外勤務手当請求は認められない以上,慰謝料及び弁護士費用の損害賠償請求についても認められない。

第3当裁判所の判断

1  事実認定

前提事実並びに証拠(甲A15ないし18,28ないし30,37,甲B8,13,14,18の②,甲C1の①ないし③,8ないし11,13,甲D4ないし6,甲E3ないし5,17ないし19,甲F1,2の①②,甲G1,2,21ないし23,25,29,30,41の①②,42の①ないし⑤,43ないし45,46の①ないし③,47,甲H1ないし3,5ないし7,8の①②,甲J6ないし13,33ないし35,36の②ないし⑫,乙1,2,20ないし25,乙C3,証人J,証人O,原告A,原告B,原告C,原告D,原告E,原告F,原告G,原告H,原告I)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(1)  給特法の制定に至る経緯等

ア 昭和43年以来,教育職員の時間外勤務手当請求訴訟が全国的に提起され,これらの訴訟の判決の中には教育職員に時間外勤務の観念を認めることはその労働の性質と相容れないものではなく,時間外勤務に対しては時間外勤務手当を支給すべきである旨判示するものがあった。

人事院は,昭和39年8月の給与勧告の附属報告書において,教育職員の時間外勤務手当の問題について,「現行制度のもとに立つかぎり,正規の時間外勤務に対しては,これに応ずる時間外勤務手当を支給する措置が講ぜられるべきは当然であるが,他方,この問題は,教員の勤務時間についての現行制度が適当であるかどうかの根本にもつながる事柄であることに顧み,関係諸制度改正の要否については,この点をも考慮しつつ,さらに慎重に検討する必要があると考える。」と指摘した。

イ 文部省は,昭和41年,教育職員勤務状況調査を行ったところ,8月を除く11か月の平均週当たりの時間外勤務時間は小学校で2時間36分,中学校で4時間3分であり,そこから服務時間外に報酬を受けて補習を行っていた時間及び服務時間まで勤務する業務がある一方において,服務時間内において社会教育関係団体等の学校教育関係等の学校関係団体の仕事に従事した時間を差し引くと,小学校で1時間20分,中学校で2時間30分,平均で1時間48分であった。

同平均時間が年間44週(年間52週から,夏休み4週,年末年始2週,学年末始2週の計8週を除外)にわたって行われた場合の時間外勤務手当に要する金額は給与に対し,約4パーセントに相当するものであった。

(乙1の111頁)

ウ 文部大臣は,昭和42年9月4日の参議院文教委員会において,「超過勤務を解決するというのは,超過勤務を支給する形にするか,あるいは勤務の態様において,私は先ほど申しましたかねての希望でございますように,そういう超過勤務というものを考えないで済むような教員の給与体系というものができるかどうか,その二つのうちだと思います。そういう,もし超過勤務を考えないで済むような特殊の給与体系ができますれば,その際はこれはもちろん超過勤務というものを考えないでいくべきではなかろうか。」と述べた。

エ 人事院は,昭和46年2月8日,国会および内閣に対して国家公務員法23条に基づき「義務教育諸学校の教諭等に対する教職調整額の支給等に関する法律の制定についての意見の申し出」を行った。同意見の内容は,義務教育諸学校等の教諭等について,その職務と勤務態様の特殊性を踏まえ,新たに教職調整額を支給するという制度を設ける一方で時間外勤務手当制度を適用しないというもので,その概要は①義務教育諸学校等の教育職員には,俸給月額100分の4に相当する額の教職調整額を支給する,②教職調整額は俸給相当の給与として,給与法に基づく調整手当,特地勤務手当,期末手当,勤勉手当等の算定の基礎とする,③教諭等には,その職務と勤務態様の特殊性に基づき時間外勤務手当および休日給はなじまないので支給しない,④教諭等に対し,時間外勤務を命ずる場合については,時間外勤務が教諭等にとって過度の負担となることのないよう,文部大臣は人事院と協議して時間外勤務を命ずる場合の基準を定めるものとすること等であった。(乙1の41頁以下)

政府は,昭和46年2月16日,同意見内容に沿った給特法の政府案を閣議決定し,国会に提出した。

文部大臣は,昭和46年2月17日の衆議院文教委員会において,給特法の提出趣旨について,それまで多数の訴訟にもなっていた教育職員の時間外勤務問題の解決に役立つものであり,人事院の勧告に沿った方向で所要の立法措置を講ずるべく提出する旨の説明をし,同年4月14日の衆議院文教委員会において,「教育界によき人材を得るということが教育を進める上に非常に大事である。そのためには,やはり相当の待遇改善ということを行っていかなければならない。」旨,また,「文部省は教育職員の待遇及び教育条件の改善に努めており,給特法が成立したからといって教育職員に無理矢理労働を強いることはない。」旨の説明をした。

また,当時の人事院総裁は,同日の衆議院文教委員会において,「教育職員の時間外勤務について,時間的な計測のもとに支払われる時間外勤務手当の制度というのはなじまず,教員の勤務の特殊性を根拠に正規の勤務時間の内と外にまたがって包括的にとらえて再評価し,教職調整額を支給する制度にした。」旨,また,同月23日の衆議院文教委員会において,「教育職員が過重な勤務を強いられた場合には,公務員法上の行政措置要求をすることができる。」旨の説明をした。

(乙1,2)

オ 被告は,教育職員も含めて職員の給与は,本件条例(地方公務員法24条6項)に基づかずに支給をすることができない(同法25条)ところ,給特法10条が労働基準法37条の適用を除外し,給特法の条項を受けて設定された本件条例の22条の5(乙3)は教育職員に対しては時間外勤務について定めた同条例15条の適用を排除している。その他,給特法制定後,同規定を踏まえて,原告らを含む教育職員の時間外手当の支給を認めることを規定した法令(条例を含む。)はない。

カ ところで,給特法で定められた給与の約4%に相当する教育調整額(同法3条)は,諸手当にはねかえることとされているため,実質的には約6%の手当措置に相当するものとなる。

(2)  原告らの勤務等

ア 被告は,土曜日,日曜日,休日の部活動指導に対して,特殊勤務手当(1日8時間相当1700円,6時間相当1500円,4時間相当1200円)を支給していた(甲A28の5頁,原告H14頁,証人O21頁)。

イ(ア) 原告Aは,本件当時,P中学校に勤務していたところ,1年3組(生徒数39名)の担任で,1年生7クラス,3年生3クラスの保健体育,選択教科としての1年生後期及び3年生前後期の各1クラス,育成学級1クラスの体育授業を担当していた(甲A28,原告A1頁)。

原告Aが受け持っていた授業時限数は,1年生の授業が10.4時限,選択科目が0.6時限,3年生の授業が5.2時限,選択科目0.85時限,育成学級を1時限,学級担任の持ち時限が4.3時限で年間を通じた平均は22.35時限であった(甲A28の3頁,原告A1頁)。

(イ) 原告Aは,別紙原告ら一覧表の原告Aに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた他,P中学校では,午前8時15分から同8時25分まで,当番制で原告Aを含む教員が登校指導を行っていて,週に1度はその当番として登校指導を行っていた。また,完全下校時間である部活動終了15分後には,生徒を全員下校させるため,校内に残っている教育職員全員によって下校指導が行われていた。また,授業時間中に授業時間のあいた教育職員が校内パトロールを行っていた。(甲A15,16,18,28の3頁,甲B8,18,原告B4頁,証人J15頁)

(ウ) 原告Aは,平成15年6月16日から同月27日まで及び同年11月10日から同月21日までの間,概ね別紙原告A勤務表1及び2のとおり職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として前半の期間にはテストの作成,採点,それを踏まえた成績評価があり,後半の期間には教育相談があった。(甲A28ないし30,原告A)。

ウ(ア) 原告Bは,本件当時,P中学校に勤務していたところ,3年3組(生徒数36名)の担任で,2年生3クラス,3年生7クラス,育成学級1クラスの美術科の担任をし,その授業時間数は,年間平均週20.5時限であった(甲B13・1頁)。

原告Bは,別紙原告ら一覧表の原告Bに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) 原告Bは,平成15年6月16日から同月29日までの間概ね別紙原告B勤務表のとおりの職務等を行った。なお,同調査時期特有の職務として同期間の直前にはチャレンジ体験業務があり,同調査期間にはテストの作成,採点,それを踏まえた成績評価があった。(甲B13,14,18の②,原告B)。

エ(ア) 原告Cは,本件当時,Q小学校に勤務していたところ,5年1組(児童数36名)の担任で,受持ち授業時限数は26時限であった。

原告Cは,別紙原告ら一覧表の原告Cに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当した。

(イ) 原告Cは,平成15年6月16日から同月29日までの間及び同年12月1日から8日までの間概ね別紙原告C勤務表1及び2のとおりの職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として,後半の期間には保護者懇談会,社会見学があった。(甲C8ないし10,原告C)。

(ウ) 原告Cは,週案を作成していたところ,毎週の提出期限である金曜日ではなく,翌月曜日に校長等の管理職に提出することが多かった(甲C8,乙C3)。提出された週案について,校長等が点検・添削していたところ,原告Cの平成15年5月5日から同月9日の週案には「みさきの家にむけての諸々の準備ありがとうございます。」等との書き込み,同月12日から同月16日の週案には「みさきの家でのご指導本当にお疲れ様でした。大変に感謝しています。きちっとした指導でした。」との書き込み,平成16年1月26日から同月30日の週案には,原告Cが担当した公開授業について「いよいよ発表本番ですね。毎日遅くまでありがとうございます。」との教頭による書き込みがなされ,K校長及び教頭の各認印がある。(甲C1の①ないし③,8の3頁,乙C3)。

オ(ア) 原告Dは,本件当時,R小学校に勤務していたところ,3年生(児童数,当初は31名,その後30名となった。)の担任で,受持ち授業時限数は週27時限であった。

原告Dは,別紙原告ら一覧表の原告Dに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) 原告Dは,平成15年6月16日から同月29日までの間及び同年12月1日から同月14日までの間概ね別紙原告D勤務表1及び2のとおりの職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として前半の期間には日曜参観,後半の期間には保護者懇談会,テスト作成,採点,テスト採点等を踏まえた成績評価があった。(甲D4ないし6,原告D)。

カ(ア) 原告Eは,本件当時,R小学校に勤務していたところ,6年生(児童数,当初は29名で,その後27名となった。)の担任で,受持ち授業時限数は週28時限であった。

原告Eは,別紙原告一覧表の原告Eに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) 原告Eは,平成15年6月19日から同年7月2日までの間及び同年12月1日から同月14日までの間概ね別紙原告E勤務表1及び2のとおりの職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として,前半の期間にはまつり参加への活動,後半の期間には宝ヶ池駅伝の準備,保護者懇談,成績評価があった。(甲E3ないし5,17ないし19,原告E)。

キ(ア) 原告Fは,本件当時,S小学校に勤務していたところ,1年生(児童数31名)の担任で,受持ち時限数は週24時限であった。

原告Fは,別紙原告ら一覧表の原告Fに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) 原告Fは,平成15年6月23日から同年7月6日までの間及び同年12月1日から同月14日までの間概ね別紙原告F勤務表1及び2のとおり職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として,前半の期間には就学援助事務,後半の期間には成績評価があった。(甲F1,2の①②,原告F)。

ク(ア) 原告Gは,本件当時,T中学校で勤務していたところ,3年2組(生徒数40名)の担任で,3年生4クラスの理科の教科担任もしていた。受持ち時限数は前期週19時限,後期週18時限であった。(甲G1,2,21)

原告Gは,別紙原告ら一覧表の原告Gに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) 原告Gは,平成15年6月16日から同月29日までの間及び同年12月1日から同月14日までの間概ね別紙原告G勤務表1及び2のとおりの職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として前半の期間には教育相談,テスト作成,採点,後半の期間には進路指導対策会議,テスト作成,採点,テスト採点等を踏まえた成績評価があった。(甲G21ないし23,29,30,41の①②,42の①ないし⑤,43ないし45,46の①ないし③,47,原告G)

ケ(ア) 原告Hは,本件当時,T中学校で勤務していたところ,3年1組(生徒数39名)の担任で,3年生5クラスの国語の教科担任をしていた。受持ち時限数は,国語15時限,総合学習2時限,学級活動,道徳各1時限の合計週19時限であった。(甲H5の1頁)

原告Hは,別紙原告ら一覧表の原告Hに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) T中学校では,休み時間パトロール表が作成され,同表に従って同校の教育職員によって当番制で校内パトロールが行われていた(甲H13,原告H5頁)。

(ウ) 原告Hは,平成15年6月16日から同月29日までの間及び同年12月1日から同月14日までの間概ね別紙H勤務表1及び2のとおりの職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として,前半の期間には教育相談,後半の期間には,テストの作成,採点,それを踏まえた成績評価があった。(甲H5ないし7,8の①②,原告H)。

コ(ア) 原告Iは,本件当時,U中学校で勤務していたところ,3年生の音楽の教科担任をしていた。受持ち時限数は音楽18時限,総合2時限,学活1時限,道徳1時限の週22時限であった(甲J33の1頁)。

原告Iは,別紙原告ら一覧表の原告Iに対応する校務分掌欄記載のとおりの校務分掌を担当していた。

(イ) 原告Iは,平成15年6月16日から同月29日までの間及び同年12月1日から同月14日までの間概ね別紙原告I勤務表1及び2のとおりの職務等を行った。なお,同各調査期間のうち,その時期特有の職務として,前半の期間にはテストの作成,採点,成績評価,後半の期間にはテストの作成,採点,それを踏まえた成績評価があった。(甲J6ないし13,33ないし35,36の②ないし⑫,原告I)。

(ウ) 原告Iは,校区にあったV施設で指導を行うことがあったが同施設での指導は被告教育委員会が主催しているもので,そこでの指導をした場合,4000円程度の謝金が支給されていた(乙24,証人Oの9,24頁)。

2  被告に給特法及び本件条例の趣旨に反して原告らに違法に超過勤務をさせたという義務違反があるかについて

(1)  給特法の内容とその目的等

給特法及び本件条例は,義務教育諸学校等の教育職員(ただし,校長及び教頭等の管理職を除く。)に対し,職務と勤務態様の特殊性に基づき,給料月額の100分の4に相当する額の教職調整額を支給するとした上で,労働基準法の適用除外を定めた地方公務員法58条3項の除外範囲を拡大して労働基準法37条(時間外勤務等による時間外手当の支給等)の適用を排除するとともに教育職員については限定4項目の範囲でかつ必要性が認められる場合という範囲を除いて時間外勤務を命じないこととした。

ところで,給特法は,上記1(1)で認定したとおり教育職員の時間外勤務が社会的に問題となり,同実態を踏まえて時間外勤務手当の支払を求める訴訟が多数提起されたことを背景に同問題を解消することもその目的の一つとして立法されたものである。

(2)  給特法制定の趣旨等

給特法が上記(1)のような定めをしたのは,上記1(1)で認定された事実に証拠(乙1)を総合すると以下の事情を踏まえたものと解される。

ア 教育は教師と児童生徒との間の直接の人格的接触を通じて,これからの次代を担う児童生徒達の人格の発展と完成を図るという人間の心身の発達という基本的価値にかかわるものであって,その職務を遂行する教育職員がその職責を果たすためには高度な学問的修練を必要とし,その実践的場面では児童生徒の個性の発達に即する的確な判断に基づく指導力が要請されているところ,職務遂行による成果は時間等目に見える結果等によっては計測できないという性質を持っている。

イ 教育職員の労働時間は,教育ないし教育職員の職務の上記特質からして,同職員の自主性,自発性,創造性に基づく職務遂行に期待する面が大きいこと,また,勤務形態が春季,夏期,冬季の学校休業期間における勤務実態が通常の行政職員とは大きく異なった形態であること,職務の内容も授業活動のように教育職員の本来の職務であることが明らかなものから教職員会議への出席や研修への参加等本来の職務に付随するもの,部活動の指導等必ずしも本来の職務か否か明確でないもの,PTA活動等広義では教育活動といえるものの直ちには本来の業務ないし職務行為と言い難いものまで千差万別であり,また,時間管理ができるものと,それが困難なもの(例えば,自宅でのテストの採点や授業の準備等本来の職務であることは明らかであるが,勤務時間中に比して職務遂行の密度は高くはなく,仮に同時間を自己申告させたとしてもそのまま使用者の指揮監督下にある労働時間として扱うことはできない。)等,教育職員の仕事のうちどこからどこまでが本来の業務ないし職務であるのか,拘束されるべき時間ないし勤務なのか,単に教育職員の自発的,自由意思に基づいて行われているのか等明確に割り切ることが困難であるという特殊性を有していることを踏まえると,その勤務のすべてにわたって一般の行政事務に従事する職員と同様な時間管理を行うことは必ずしも適当でない。

とりわけ,教育職員に対する超過勤務手当制度は教育職員にはなじまない。

ウ 教育職員の職務と勤務の上記特質から時間外勤務を命ずることができる場合を例外的な場合に限定して,原則としてこれを禁止するとともに,労働基準法37条の適用を排除して(超過勤務手当制度に替わるものとして),勤務時間の内外を問わず,包括的に評価することとして,上記教育職員の自主性,自発性・創造性に基づく特殊な職務を遂行している教育職員に対して支払われるべき給与の金額として,適切な水準が定められているかどうかという観点から従前の俸給体系に再検討を加え,同職務等の特殊性を踏まえて給与の約4%に相当する教職調整額という俸給相当の性格を持つ給与を支給する。

(3)  自主的,自発的時間外勤務

上記(1)(2)のとおりの給特法及び本件条例の立法趣旨,立法経緯を踏まえると,教育職員が上記教育の趣旨を踏まえて自主的,自発的,創造的に正規の勤務時間を超えて勤務した場合にはたとえその勤務時間が長時間に及んだとしても時間外勤務手当は支給されないものと解するのが相当である。

しかし,教育職員の当該時間外勤務が自主的,自発的,創造的になされたものではなく,同職員が当該時間外勤務を行うに至った事情,従事した職務内容,勤務の内容,実態等を踏まえて,校長等から時間外に強制的に特定の業務をすることを命じられたと評価できるような場合,すなわち,同職員の自由意思を強く拘束するような状況下でなされ,しかも,給特法7条,11条ないし本件条例37条において時間外勤務を原則として禁止し,それを命じうる場合を限定した趣旨(同限定して命じる場合でも教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について充分な配慮がなされなければならないとしている。〔給特法7条1項後文〕)を没却するような場合には違法となるが,それ以外の当該時間外勤務は同職員の自主的,自発的,創造的な職務遂行として違法になることはないと解される。

(4)  憲法14条との関係

原告らは,給特法及び本件条例が教育職員について時間外勤務手当の支給を定めた労働基準法37条並びに本件条例15条及び18条の適用を除外しているところ,同定めをした各規定は私立学校における教育職員に対しては時間外労働に対して時間外手当が支給されることとの比較において憲法14条に反し無効である旨主張する。しかし,給特法及び本件条例において労働基準法37条並びに本件条例15条及び18条の適用を除外した趣旨は上記(1)(2)で説示した趣旨に基づくものであって合理性があるというべきである。そうすると,原告らの同主張は採用できない。

(5)  本件の原告らの場合の時間外勤務について

そこで,原告ら各自の時間外勤務が原告らによって自主的,自発的,創造的になされたものではなく,同職員が当該時間外勤務を行うに至った事情,従事した職務内容,勤務の内容,実態等を踏まえて,校長等から時間外に強制的に特定の業務をすることを命じられたと評価できるような場合,すなわち,同職員の自由意思を強く拘束するような状況下でなされ,しかも,給特法7条,11条ないし本件条例37条において時間外勤務を原則として禁止し,それを命じうる場合を限定した趣旨(同限定して命じる場合でも教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について充分な配慮がなされなければならないとしている。〔給特法7条1項後文〕)を没却するような場合と認められるか検討する。

ア(ア) 証拠(乙20,証人J1頁,24頁,30頁)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

① 本件当時,P中学校のJ校長は,原告A及び原告Bを含むP中学校の教育職員に対し口頭及び書面で時間外勤務命令をしたことはなかった(証人J1頁)。

② 原告Aは,職員会議の中で,教育職員が午前8時25分以前の登校指導,下校指導,土日の部活動の指導等をするのは時間外勤務ではないかと質問したことがあった。登・下校指導に対して当時の同中学校の生徒指導部長Z教諭からP中学校では平成9年,10年以降の生徒指導の困難さの中で,安定した教育活動,学習活動を成立させていくために登校指導,下校指導を行っている旨それに協力して欲しい旨の説明があり,土日の部活動の指導についてもJ校長から特に強制ではない旨の説明があった(証人J1ないし4頁)。

③ 原告Aは,平均して午後7時ころ退校していたところ,一所懸命教育実践に取り組んでいた(乙20,証人J24頁,30頁)。

④ J校長は,原告Aに対して班ノートの作成等も含めて授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人J9頁)。

⑤ J校長は,原告Aは比較的負担とならない校務分掌を担当していたとの認識を有していた(乙20)。

⑥ 原告Aは,陸上部の顧問をしていたところ,陸上部の顧問は原告Aの希望どおりであった(乙20)。

⑦ P中学校では,概ねJ校長もしくは教頭等の管理職が最後に退校することになっていた

(イ) 原告Aは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,6月16日から同月29日までの間及び11月10日から同月20日までの間は上記1(2)イで認定したとおり概ね別紙原告A勤務表1及び2のとおりの勤務をしたことがあった。ところで,本件当時も含めてJ校長は,原告A及び原告Bを含むP中学校の教育職員に対し口頭及び書面で時間外勤務命令をしたことはなかったこと,原告Aは,一所懸命教育実践に取り組んでいたこと,その一環として班ノートの作成,点検や学級通信の発行等を行っていたが,かかる行為は原告Aの自主的・自発的な取り組みであること,陸上部の顧問は同原告の希望どおりであったこと,登下校指導や校内パトロールは学校の取組みとして行われていたが職員会議で管理職以外の教諭からその必要性を説明されていること,その他,原告Aが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののJ校長からの具体的な指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの時間外勤務が原告Aの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Aの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

イ(ア) 証拠(甲B13,乙20,証人J,原告B)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

① 原告Bは,平均して午後7時ころ退校していたところ,テストの内容については工夫を凝らしたり,一所懸命教育実践に取り組んでいた(乙20,証人J24頁,30頁)。

② 原告Bは,芸術部の顧問をしていたところ,同部の顧問は原告Bの希望どおりであった(乙20)。

③ J校長は,原告Bに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人J,弁論の全趣旨)。

J校長は,原告Bが比較的負担とならない校務分掌を担当していたとの認識を有していた(乙20)。

④ 原告Bは,P中学校に着任した平成13年ころ定期健康診断でC型肝炎に罹患していることが判明したこともあって医師からインターフェロン治療を勧められたが,同治療の副作用を抱えながら仕事をすることは耐えられないと自ら判断し,同治療をしないまま定期的に検診を受けながら勤務を継続してきた(甲B13,原告B26頁)。

(イ) 原告Bは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月16日から同月29日までの間は上記1(2)ウで認定したとおり概ね別紙原告B勤務表のとおり勤務したことがあったうえ,C型肝炎に罹患しながらも職務を継続してきたことが窺われる。ところで,本件当時も含めてJ校長は,原告A及び原告Bを含むP中学校の教育職員に対し口頭及び書面で時間外勤務命令をしたことはなかったこと,原告Bは,一所懸命教育実践に取り組んでいたこと,芸術部の顧問は同人の希望に基づいたものであること,登下校指導や校内パトロールは学校の取組みとして行われていたが職員会議で管理職以外の教諭からその必要性を説明されていること,その他,原告Bが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を踏めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののJ校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Bの時間外勤務が原告Bの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Bの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

ウ(ア) 証拠(甲C8,乙22,乙C3,証人K,原告C)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

① 本件当時,K校長は,午前8時40分の職員朝礼よりも早く来て勤務するように指示したことはなかったし,また,原告Cを含めて教育職員に対して書面のみならず口頭でも超過勤務をして欲しい旨命じたことはなかった(乙22,原告C)。

② Q小学校では,K校長もしくは教頭が最後まで残り,門を閉めて退校していた(証人K・2頁)。

K校長は,午後8時から8時半ころ,学校に残って仕事をしている教育職員に対して,早く帰るように声をかけたこともあった(証人Kの1頁)。

③ 原告Cは,Q小学校が平成15年度の研究発表校(総合学習の「21世紀の学校作り推進事業」という研究発表の対象校)として被告教育員会から指定されたところ,研究主任(校務分掌)としてその成功のためかなりの時間と労力を費やした。同作業を含めて同人の平成15年度の指導時間は,文部科学省の学習指導要領で定められた年間の945時間を大幅に上回る1100時間あまりであったところ(乙C3),Q小学校での指導時間数を最終的に決定していたのはK校長であった(証人Kの20頁,21頁,38頁)。

④ K校長は,原告Cに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人K,弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Cは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月16日から同月29日まで及び同年12月1日から同月8日までの間,上記1(2)エで認定したとおり概ね別紙原告C勤務表1及び2のとおり勤務したことがあった。ところで,K校長は,原告Cを含めて教育職員に対して書面のみならず口頭でも超過勤務をして欲しい旨命じたことがないこと,原告C作成の週案(乙C3)について,同期間外であるが,5月及び1月の欄外には「毎日遅くまでありがとうございます。」「きちっとした指導でした」等との記載がある等,原告Cの自主的な取り組みに対してその労に報いる旨の記載がされていること,その他,原告Cが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののK校長からの具体的な指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Cの時間外勤務が原告Cの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Cの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

エ(ア) 証拠(甲D4,乙21,証人L,原告D)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

① 本件当時,L校長は,原告D及び原告Eを含む教育職員に対して,持久走大会の早朝練習や遠足等の学校行事の場合には午前8時40分よりも早くきて勤務するようお願いすることはあったが,それ以外の場合には同時刻より早く来て勤務するよう具体的に促したことはなく,また,同各原告も含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかった(証人L,原告D,原告E)。

② 原告Dは,午後6時まで学校に残っていることはほとんどなかったところ,L校長もそのような認識を持っていた。

ところで,L校長は,自身あるいは教頭を通じて午後7時過ぎころまで残って勤務している教員に終わりにしようか等と声をかけたりすることがあった。(証人L)

③ R小学校では,L校長及び教頭のいずれかが教育職員も含めて職員が全員帰るまで学校に残り最後に門を施錠していた(証人L・2頁)。

④ L校長は,原告Dに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人L,弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Dは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月16日から同月29日まで及び同年12月1日から同月14日までの間,上記1(2)オで認定したとおり概ね別紙原告D勤務表1及び2のとおり勤務したことが窺われる。ところで,L校長は,同原告も含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかったこと,その他,原告Dが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののL校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Dの時間外勤務が原告Dの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Dの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

オ(ア) 証拠(甲E3,9ないし15,乙21,証人L,原告E)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

① 原告Eは,通常,午後6時くらいまで学校に残って勤務をしていたところ,L校長もそのような認識を持っていた。

② 原告Eは,平成15年度,前年度学級崩壊状態であった学級を引き受けたが,その際,受け持った児童の小学生としての最後の1年を自信をもって,また,楽しい1年を過ごさせてやりたいと考え授業の他,クラスの運営や保護者との関係にも意を用いた工夫をしたりしていた。また,廃部もやむを得ない状況にあったバレーボール部についても子供達のことを踏まえてやむなくではあるが自ら顧問となって指導に当たったりした。L校長は,原告Eの同各行動から学校全体の子どもたちのために積極的に指導をしてくれている,また,校務分掌の仕事においても常に前向きに取組んでくれ,先頭に立って学校運営を行ってくれている旨認識していた。(甲E3,9,乙21,証人L,原告E)。

③ L校長は,原告Eに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人L,弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Eは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月19日から同年7月2日まで及び同年12月1日から同月14日までの間,上記1(2)カで認定したとおり概ね別紙原告E勤務表1及び2のとおり勤務したことが窺われる。ところで,L校長は,同原告も含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかったこと,原告Eは,崩壊したクラスの運営について上記のとおり工夫をし,また,廃部直前であったバレーボール部を自ら顧問になる等して救済をしたり,そして,積極的に学年全体のことや校務分掌にも関与していたこと,その他,原告Eが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののL校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Eの時間外勤務が原告Eの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Eの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

カ(ア) 証拠(甲F1,24,乙25,証人M,原告F)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

① 本件当時,M校長は,教育職員に対し,午前8時40分から始まる職員朝礼よりも早く来て勤務するように指示したことはなく,その他,原告Fも含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかった(乙25,証人M,原告F)。

② M校長は,原告Fに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人M,弁論の全趣旨)。

③ 原告Fは,午後5時ころから午後6時ころの間に退校することが多かったところ,M校長もそのような認識を持っていた。

④ S小学校では,概ねM校長もしくは教頭等の管理職が最後に退校することになっていた

(イ) 原告Fは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月23日から同年7月6日まで及び同年12月1日から同月14日までの間,上記1(2)キで認定したとおり概ね別紙原告F勤務表1及び2のとおり勤務したことがあった。ところで,M校長は,原告Fも含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかったこと,その他,原告Fが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののM校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Fの時間外勤務が原告Fの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Fの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

キ(ア) 証拠(甲G21,35の①ないし・※,52,乙23,証人N,原告G)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

① 本件当時,N校長は,原告Gを含む教育職員に対して午前8時25分よりも早く来て勤務するように指示したことはなく,口頭及び書面も含めて時間外勤務命令を出したことはなかった(証人,N,原告G・28頁)。

② 原告Gは,学級の子供達のつながりを持たせたり,先生と生徒との信頼関係を作ったり,担任と保護者と連絡を密にして子供達の様子を家庭に知らせるという意図をもって内容にも工夫がなされた「なかま」という表題の学級通信をできる限り発行していた。なお,同僚の原告Hは,学級通信を発行していない。

③ 原告Gは,午後5時30分ころ退校することが多く,N校長もそのころ退校していたとの印象を持っている

④ T中学校では,概ねN校長もしくは教頭等の管理職が最後に退校することになっていた(乙23)。

⑤ また,N校長は,原告Gに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人N,弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Gは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月16日から同月29日まで及び同年12月1日から同月14日までの間,上記1(2)クで認定したとおり概ね別紙原告G勤務表1及び2のとおり勤務したことがあった。ところで,N校長は,原告Gも含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかったこと,原告Gは,クラスの子供達のことを考えて工夫を凝らした学級通信をかなりの程度発行する等自主的,自発的に職務の遂行をしていること,その他,原告Gが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののN校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Gの時間外勤務が原告Gの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Gの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

ク(ア) 証拠(甲H5,乙23,原告H,証人N)によれば,以下の事実が認められる。

① 本件当時,N校長は,原告H,原告Gも含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかった(証人N,弁論の全趣旨)。

② 原告Hは,平均して午後6時30分ころ退校していたところ,教職員組合の会議に出た後に学校に戻って勤務していたこともあった(乙23)。

③ 原告Hは,生徒指導の課題の多い生徒が数人いる学級を任されていたところ,その中の一人が児童自立支援施設であるW学校に送致されたこともあって,同人の様子を見るため,同学校に出張に行ったりした。なお,T中学校では当時,同人を含めて3名の子が同学校に送致されていた。(原告H,証人N)。

④ また,学校が荒れていたことや平成15年10月に先生が生徒から目を殴られて公務災害で長期休暇にはいるという事件があった後,同じことを繰り返してはだめだとの思いから話し合いをして特に3年生担当の教育職員だけで校内パトロールを強化したりした(原告H)。

⑤ T中学校では,概ねN校長もしくは教頭等の管理職が最後に退校することになっていた(乙23)。

⑥ また,N校長は,原告Hに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人N,弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Hは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等行っているところ,平成15年6月16日から同月29日まで及び同年12月1日から同月14日までの間,上記1(2)ケで認定したとおり概ね別紙H勤務表1及び2のとおり勤務したことがあった。ところで,N校長は,原告Hも含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかったこと,原告Hは,W学校に送られた子供の様子を見に行ったり,自主的に校内パトロールを強化したりしていること,その他,原告Hが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののN校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Hの時間外勤務が原告Hの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Hの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

ケ(ア) 証拠(甲J5ないし33,37,乙24,原告I,証人O)によれば,以下の事実が認められる。

① 本件当時,O校長は,原告Iを含む教育職員に対して,午前8時25分より早く来て勤務するように指示したことはなく,原告Iを含む教育職員に対して口頭及び書面で時間外勤務命令を出したことはなかった(乙24,証人O1頁)。

② 原告Iは,U中学校が被告教育委員会から研究発表校として指定され,その際21世紀の学校づくり推進事業の一環で,「心の教育の充実を目ざして」と題した研究発表について,冊子としてのまとめ作業を行った(甲J37,証人O35頁)。

③ 原告Iは,音楽の授業を進めるに当たって子供達の歌の意味がわかるように歌詞カードを作成して子供達に渡したり,また,音楽のテストは,期末テストだけで中間テストはなかったが同テストの作成に当たっても音楽の特質を考慮して聞き取りテストも行うこととし,それに戸惑わないために事前に練習のためのプレテストも作成して行わせる等の工夫を凝らしていた。(証人O46頁,原告I)。

また,顧問をしていた吹奏楽部の子供達への集中的な指導のため,時間がとれる休日に出勤したり,また,日頃の成果をコンクール等に参加して子供達に達成感を味あわせたい等の思いからコンクール等への参加をした。

④ 原告Iは,平均して午後8時ころ退校していたところ,一所懸命教育実践に取り組んでいた(乙24,証人O,原告I)。

O校長は,原告Iの仕事量について,上記のとおり午後8時ころまで残って仕事をしても終わりきらないほどであったとの認識を持っていたし,また,原告Iから,テストの聞き取り問題のテープを徹夜して作成したこともあると聞いたことがあった(証人O30頁,38頁)。

⑤ U中学校では,概ねO校長もしくは教頭等の管理職が最後に退校することになっていた(乙24)。

⑥ また,O校長は,原告Iに対して授業の内容や進め方,学級の運営等も含めて個別の個々具体的な事柄について具体的な指示をしたことはなかった(証人O,弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Iは,担当する授業(準備も含めて),それにともなうテストの採点等の本来の職務のほか,学校全体や学年の運営等を円滑に進めるための職員会議や学年会の会議への出席,また,校務分掌で定められる職務の遂行等を行っているところ,平成15年6月16日から同月29日まで及び同年12月1日から同月14日までの間,上記1(2)コで認定したとおり概ね別紙原告I勤務表1及び2のとおり勤務したことがあった。ところで,O校長は,原告Iも含めて教育職員に対して口頭や書面で時間外勤務命令を出したことはなかったこと,原告Iは,音楽の授業内容,音楽のテスト内容,その実施方法,部活動の指導等自主的にその職務を行っていること,その他,原告Iが行った授業内容やその進め方,担任するクラスの運営の仕方等を含めた職務遂行の仕方等は学校全体や学年全体との調整という側面はあるもののO校長からの具体的指示はなく,自主的,自発的な側面が認められることを踏まえると,平成15年4月から12月までの原告Iの時間外勤務が原告Iの自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるには足りない。

その他,原告Iの勤務がその自由意思を極めて強く拘束するような形態で行われていたと認めるに足りる証拠はない。

コ 以上によれば,原告らの時間外勤務は原告らが各勤務した学校の校長等から時間外に強制的に特定の業務をすることを命じられたと評価できるような場合,すなわち,同職員の自由意思を強く拘束するような状況下でなされ,しかも,給特法7条,11条ないし本件条例37条において時間外勤務を原則として禁止し,それを命じうる場合を限定した趣旨(同限定して命じる場合でも教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について充分な配慮がなされなければならないとしている。〔給特法7条1項後文〕)を没却するような場合とまではいえない。そうすると,原告らの各自の時間外勤務について各原告らに対応する校長らの行為に違法な行為があったとまでいうことはできない。

したがって,原告らの違法に超過勤務をさせてはならないとの義務違反の主張は採用できない。

3  安全配慮義務違反について

(1)  安全配慮義務ないしその内容

ア 特定の法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務の1つとして,地方公共団体は公務員に対し,公務員が地方公共団体もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)を負うと解するのが相当である(参照・最高裁判所昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁)。

イ 前提事実記載のとおり給特法(10条)は教育職員に対して労働基準法32条の適用を除外しておらず,本件条例も教育職員に対して職員の勤務時間を定める条項の適用を除外していない。

ところで,前提事実記載のとおり本件通達により定められた使用者において労働者の労働時間の適正な把握のために講ずべき基準は管理監督者及びみなし労働時間制が適用される労働者を除くすべての労働者に適用される(なお,同通達は同除外される労働者についても,健康確保を図る必要があることから,使用者において適正な時間管理を行う責務がある旨記載している〔甲6〕。)ところ,本件通達は教育職員にも適用がある旨の文部科学省の国会答弁のとおり公立の教育職員にも適用があるものと解される。しかし,給特法及び本件条例は,教育職員が自主的,自発的に正規の勤務時間を超えて勤務した場合にはこれに対して時間外勤務手当を支給しないものとしていることは前記2で説示したとおりであるうえ,教育職員の職務遂行のうち,その職務の特質に照らしてどこからどこまでが指揮監督の下での労働と評価されるのかについても一義的に明確な基準を見いだすことが困難なことを考慮すると,教育職員について時間外・休日・深夜労働の割増賃金を支払うという点から正確な時間管理が求められているとまで解することはできない。そうすると,公立学校の設置者にタイムカード等を用いて教育職員の登校及び退校の詳細な時刻を記録することまで求められていると解することは相当でない。

しかし,上記基準の適用を除外された管理監督者やみなし労働時間制を採用された労働者と同様,少なくとも教育職員についても生命及び健康の保持や確保(業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないように配慮すること)の観点から勤務時間管理をすべきことが求められていると解すべきであるため,原告らが勤務する公立学校の設置管理者である被告は,教育委員会や校長を通じて教育職員の健康の保持,確保の観点から労働時間を管理し,同管理の中でその勤務内容,態様が生命や健康を害するような状態であることを認識,予見した場合,またはそれを認識,予見でき得たような場合にはその事務の分配等を適正にする等して当該教育職員の勤務により健康を害しないように配慮(管理)すべき義務(以下「本件勤務管理義務」という。)を負っていると解するのが相当というべきである。そのような場合で,教育職員が従事した職務の内容,勤務の実情等に照らして,週休日の振替等の配慮がなされず,時間外勤務が常態化していたとみられる場合は,本件勤務管理義務を尽くしていないものとして,国家賠償法上の責任が生じる余地がある。

もっとも,前記2(3)に説示した点を踏まえれば,春季,夏季,冬期における休業期間との関係等を包括的に考察した結果,週休日の振替等によって対応したとしても賄えないほどに時間外勤務が常態化していることが関係証拠によって認定(推認も含む。)できなければ,国家賠償法上も違法になるものとは評価し難いし,管理上の配慮(管理)をしなかった不作為について,何らかの作為義務が発生したとまでは認め難く,国家賠償法上の責任を肯定することはできないものと解される。

ウ ところで,原告らは,安全配慮義務の内容として一般論の他,被告は①勤務時間把握義務(就業時間の内外を問わず,勤務時間を正確に把握する義務),②時間外勤務解消,軽減義務(勤務時間の割り振り,限定4項目以外の時間外勤務の禁止,臨時性,緊急性の要件の遵守,業務量の調整,分掌の見直し等の積極的措置を講ずることにより長時間の時間外勤務をなくすか,少なくとも月45時間を超えないようにすべき義務),③健康福祉配慮義務(やむを得ず長時間の時間外勤務をさせた場合は教育職員の健康と福祉を害さないよう勤務の実情について十分な配慮をする義務)を負っている旨主張する。しかし,いわゆる安全配慮義務は上記アで説示したとおり労働者が使用者もしくは上司の指示のもとに遂行する職務の管理にあたって,労働者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務をいうところ,それによって保護の対象とされる保護法益との関係で上記イで説示した内容の他,原告らが同主張するような具体的な内容までの義務があるのか,疑問があるといわなければならない。

そうすると,原告らの同主張は採用しがたい。

(2)  本件での安全配慮義務違反の成否等

ア(ア) 原告らは,平成15年4月から同年12月までの期間のうち8月を除く期間における時間外勤務の総時間数に基づいて時間外勤務手当の請求をしているところ,その基礎資料として,同時間外勤務の総時間数を本件訴訟等も意図した教職員組合(労働組合)から指示を受け,平成15年の6月と12月の2回の各2週間の自己申告調査(甲A29,30,甲B14,甲C9,10,甲D5,6,甲E4,5,甲F2の①②,甲G22,23,甲H6,7,甲J34,35)を行い,その調査資料を前提としてそれをもとに機械的に8か月分に換算して時間外勤務の総時間数を算出している。しかし,同調査は労働者側の立場にある労働組合の指示に基づくもので本件訴訟等も意図した一方的なものであって,また,平成15年の6月と12月のわずか4週間という短期間の調査内容をもって8か月全体を敷衍したものであるが,そのように敷衍できるのか疑問が残るところである。この点について原告らは,各本人尋問の中でこの調査をした時期について「この時期は,それ以外の時期と比較して,特段仕事量が多いわけではない。多い時期を取り上げれば,もっと超過勤務時間が増加することになる。」旨供述する(例えば,原告Fの33頁等)。しかし,同各調査期間中の原告らの勤務を見ると上記1(2)のイ(ウ),ウ(イ),エないしクの各(イ),ケ(ウ),コ(イ)の各なお書き部分で記載したとおり同調査をした時期に特有の職務,すなわち,ルーティンの職務とは言い難い事情がある。また,同請求期間の中には春休み(4月上旬の一部),夏休み(7月下旬の一部),冬休み(12月下旬の一部)等が含まれているが,そのような各時期は少なくとも時間外勤務は特段の事情でもない限り考えがたい。

そうすると,上記原告らが時間外勤務時間を調査した期間の時間外勤務の実態をもって,直ちに平成15年4月から12月までの各原告らの時間外勤務が少なくとも同程度ないしそれ以上にあったとまで認めることはできない。

(イ) また,被告は,学校保健法8条に基づき,原告らを含む教育職員に対して定期健康診断を実施しているほか,公立学校共済組合が人間ドックや各種検診事業,健康診断事業等を実施している。また,健康診断や人間ドックで再検査が必要となった場合には,年次休暇(有給休暇)を取得することなく,病院での再検査を受けることができるように,職務専念義務を免除する等教育職員の健康維持に向け積極的な措置を行っている。

イ(ア) 上記アの事情及び上記2(5)アで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,J校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Aに対して,J校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたとは認め難いことを考慮すると,原告Aの労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしJ校長に安全配慮義務違反があったとの原告Aの主張は採用できない。

(イ) 上記アの事情及び上記2(5)イで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,J校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Bに対して,J校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたと認めるに足りる証拠はない。また,原告Bは,平成13年ころの定期健康診断でC型肝炎に罹患していたが,J校長が同人の同状況をどこまで認識していたのか,また,原告Bが同状況についてJ校長にどれだけ説明等していたのか,インターフェロン治療をしなかったことが時間外勤務を余儀なくされたことに主な原因があったのか,本件全証拠によるも必ずしも明らかでない。そして,J校長に対して同治療の申し出をした,また,同申し出をしたがそれを拒絶された等の事情はなかった(証人J,弁論の全趣旨)。これらの点に,J校長は,原告Bの上記病状を正確に認識していたものではないがそれを踏まえた校務分掌を担当するよう配慮し,同分掌業務が比較的負担とならないものを担当していたとの認識を抱いていたことを考慮すれば,J校長が原告Bの労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしJ校長に安全配慮義務違反があったとの原告Bの主張は採用できない。

(ウ) K校長は,調査期間外であるが,原告C作成の週案(乙C3)の5月及び1月の欄外に「毎日遅くまでありがとうございます。」「きちっとした指導でした」等との記載をしていること,また,同週案の指導時間表の記載(なお,この記載をK校長は見落としていた可能性がある〔証人K・39頁〕。)からすると,原告Cの時間外勤務が極めて長時間に及んでいたことを認識,予見できたことが窺われるが,それに対してそれを改善するための措置等は特に講じていない点において適切さを欠いた部分があるというべきである。しかし,上記アの事情及び上記2(5)ウで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,K校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Cに対して,K校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたこと,また,原告Cの状況ないし労働状況からして健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしJ校長に安全配慮義務違反があったとの原告Cの主張は採用できない。

(エ) 上記アの事情及び上記2(5)エで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,L校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Dに対して,L校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたとは認め難いこと,また,L校長は,原告Dが午後6時まで残っていることがほとんどなかったと認識していたところ,原告Dについて,労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしL校長に安全配慮義務違反があったとの原告Dの主張は採用できない。

(オ) 上記アの事情及び上記2(5)オで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,L校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Eに対して,L校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたことまで認めるに足りる証拠はない。また,L校長は,原告Eが学級の運営の他,学校,学年の諸行事にも意欲的に取り組み,午後6時ころに退校していたことを認識していたが,原告Eについて,労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしL校長に安全配慮義務違反があったとの原告Eの主張は採用できない。

(カ) 上記アの事情及び上記2(5)カで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,M校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Fに対して,M校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたことまで認めるに足りる証拠はない。また,M校長は,原告Fが午後5時ころから午後6時ころの間に退校していたと認識しており,原告Fについて,労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしM校長に安全配慮義務違反があったとの原告Fの主張は採用できない。

(キ) 上記アの事情及び上記2(5)キで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,N校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Gに対して,N校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたことまで認めるに足りる証拠はない。また,N校長は,原告Gが午後5時30分ころ退校していたと認識しており,原告Gについて,労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしN校長に安全配慮義務違反があったとの原告Gの主張は採用できない。

(ク) 上記アの事情及び上記2(5)クで認定,説示したことの他,このような態様で足りるとは思えないが,少なくとも,N校長は,基本的に自身ないし教頭が最後に学校を出ることにして教育職員の労働状況を把握していたうえ,原告Hに対して,N校長が勤務時間内に処理できないことを認識しながら特定の業務を命じたことまで認めるに足りる証拠はない。また,N校長は,原告Hが課題の多い生徒が数人いる学級を任され,平均して午後6時30分ころ退校していたと認識していたが,原告Hについて,労働状況が健康を害するような状況にあると認識,予見できたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告ないしN校長に安全配慮義務違反があったとの原告Hの主張は採用できない。

(ケ) O校長は,原告Iが平均して午後8時ころ退校していたこと,また,吹奏楽部の指導のため土・日に出勤したりしていたこと,被告教育委員会の指定を受けた研究発表の冊子のまとめ作業等その仕事量が多かったことを認識していたところ,原告Iの時間外勤務が極めて長時間に及んでいたことを認識,予見できたことが窺われるが,それに対してそれを改善するための措置等は特に講じていない点において適切さを欠いた部分があるというべきである。

原告Iは,上記のとおり平日は平均して午後8時ころまで勤務する他,吹奏楽部の指導のため休日にも出勤したりしていてその時間外勤務の時間は少ないとはいえない時間であり,包括的に評価しても,配慮を欠くと評価せざるを得ないような常態化した時間外勤務が存在したことが推認でき,O校長は,同一の職場で日々業務を遂行していた以上,そうした状況を認識,予見できたといえるから,事務の分配等を適正にする等して原告Iの勤務が加重にならないように管理する義務があったにもかかわらず,同措置をとったとは認められないから同義務違反があるというべきである。

ウ 以上によれば,原告らのうち,原告Iについて安全配慮義務違反が認められ,その余の原告らについては同義務違反は認められない。

エ そこで,原告Iが被った損害について検討する。

原告らは,被告らの安全配慮義務違反によって原告らが被る損害について労働基準法37条で認められる時間外手当相当分である旨主張する。しかし,原告らに対する安全配慮義務によって保護されるべき保護法益は上記(1)アで説示したとおり原告らの健康ないしその保全である。そうすると,原告らの上記主張は採用できない。しかし,上記2(2)アで説示したとおり教育職員の職務が児童生徒との直接の人格的接触を通じて児童生徒の人格の発展と完成を図る人間の心身の発達という基本的価値に関わるという特殊性を有するほか,児童生徒の保護者からの多様な期待に適切に応えるべき立場にも置かれていることを考慮すると,過度な時間外の勤務がなされた場合には肉体的のみならず精神的負荷が強いと推認できるところ,上記2(3)で説示したとおり,教育職員には時間外勤務手当は支給されないこともあってその勤務時間管理が行われにくい状況にある上に,原告Iが上記健康の保持に問題となる程度の少なくない時間外勤務をしていたことを踏まえると,それによって法的保護に値する程度の強度のストレスによる精神的苦痛を被ったことが推認される。

原告Iが被った同精神的苦痛を金銭的に評価すると50万円が相当である。

また,原告Iは,本件訴訟の提起,遂行を同原告ら訴訟代理人に委任して行っているところ,同原告らに対する安全配慮義務違反と相当因果関係のある弁護士費用としては,上記認容額,同訴訟の経緯等を踏まえると同認容額の1割相当の5万円をもって相当とする。

4  労働基準法37条もしくはワークアンドペイの原則に基づく時間外勤務手当の請求について

(1)  原告らは,給特法ないし本件条例が時間外勤務として例外的に許容する限定4項目に該当しない,あるいは該当しても緊急やむを得ない必要のある場合でない職務を時間外に行うことが命じられた場合には,労働時間法制の本則に立ち返って労働基準法37条が適用され,労働基準法の割増賃金支払請求権が発生する旨,仮に同場合に労働基準法37条並びに本件条例15条及び18条の適用を認めず,時間外の割増賃金請求権が発生しないとしても,同場合には時間外労働が存在するため,ワークアンドペイの原則(公平の原則)に基づいて,時間外労働に対応する賃金請求権が発生する旨主張する。

しかし,上記2(5)で認定したとおり原告らが勤務していた学校の校長が原告らに対して特定の業務について時間外の職務を命じたと認められないことからすると,原告らの同主張は採用できない。また,上記2(1)ないし(3)で認定,説示した給特法ないし本件条例の趣旨(給特法は包括的に職務を再評価し,給与水準が,前記のような特殊な職務を遂行する立場にある者にとってふさわしい水準に達しているかどうかという観点から,時間外手当を支給するという方法によってではなく,一律に調整給を加算することによって対処している。)からしても原告らの同主張は採用できない。

(2)  ところで,原告らは,上記主張の前提として原告らの期間外の勤務時間について実際に時間的計測をすることができた旨主張して,前記のような特段の事情がある場合は,労働基準法37条,本件条例15条及び18条に基づき時間外勤務手当請求権が発生すると解すべきである旨主張する。

しかし,原告らが原告ら自身の尺度で労働時間と考えた時間を計測できたとしても,前記に説示したとおりの教育職員の職務の特殊性を考慮すると,原告ら自身の尺度から労働時間と考えた時間帯における労働の全てを使用者である被告の拘束下における労働とまで評価してよいか,疑問を差し挟む余地がある。特に,原告らが時間外労働と主張する持ち帰り仕事は,原告らそれぞれの自宅でなされるものであって,使用者である被告の指揮監督の下にあるとまでいうことができないうえ,同職務の遂行の程度は勤務時間中に比して密度は高くはなく,仮に同時間を自己申告させたとしてもそのまま使用者の指揮監督下にある労働時間として扱うことはできないし,上記3(2)アで記載したような事情がある。以上のようなことを踏まえると,原告らの時間外勤務の労働実態について,原告らが主張する原告ら各自の時間外勤務について的確な時間的計測をなし得るとはいえず,その他,的確な時間外勤務時間を認めることはできない。

(3)  そうすると,原告らの労働基準法37条に基づいて時間外勤務手当の請求ができるとの上記主張は採用できない。

(4)  また,原告らはワークアンドペイの原則により時間外勤務手当相当額が支払われるべき旨主張する。しかし,その原則自体,どのような労働について,どの程度の賃金が支払われるべきかということを具体的に明らかにした原則ではなく,給付請求権の具体的な内容を導くことができるような裁判規範として援用できるような内容を備えているとまではいえないから,同主張は採用できない。

(5)  したがって,原告らの上記各主張は採用できない。

(6)  ところで,原告らは,上記時間外手当の請求の外,同請求を踏まえて上記安全配慮義務違反の場合の請求と同額の慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を時間外勤務を違法に余儀なくさせたなどとして求めている。しかし,同時間外手当の請求は上記説示したとおり認められない以上,さらに原告らが主張する損害賠償請求が認められる余地はない。

5  結論

以上の次第で,原告Iの請求は主文1項の範囲で理由があるからその範囲で認容し,原告Iのその余の請求,その余の原告らの請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,仮執行宣言については同法259条1項をそれぞれ適用し,被告の仮執行免脱宣言の申立てはこれを認めることが相当ではないから却下することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 和久田斉 裁判官 波多野紀夫)

裁判長裁判官中村哲は転補のため署名押印することができない。裁判官 和久田斉

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

別紙請求金額目録

1 原告A 318万0646円

2 原告B 407万3581円

3 原告C 422万5270円

4 原告D 330万9366円

5 原告E 305万7283円

6 原告F 364万8982円

7 原告G 363万7747円

8 原告H 386万3946円

9 原告I 417万3164円

以上

別紙一部省略

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