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京都地方裁判所 平成16年(ワ)1568号 判決 2004年8月09日

原告

甲野春男

上記訴訟代理人弁護士

荻原卓司

被告

乙山秋子

上記訴訟代理人弁護士

出田健一

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

訴外亡甲野夏子が年月日不詳になした別紙(写)の自筆証書遺言は無効であることを確認する。

第2  事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,訴外亡甲野夏子(以下「亡夏子」という)が作成した別紙(写)の自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)が無効であることの確認を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  亡夏子は,平成5年9月20日に死亡した。

(2)  相続人は,原告と被告の2人である。

(3)  その後,被告は,亡夏子の自筆にかかる本件遺言を発見し,大阪家庭裁判所堺支部に検認の申立てを行い,平成6年2月15日に検認手続がなされた。

2  争点及び当事者の主張

本件の争点は,本件遺言は,民法所定の自筆証書遺言の方式に従っておらず(争点1),そうでないとしても,遺言事項でない事項を記載したものとして(争点2),無効といえるかどうかである。

(1)  争点1について

(原告の主張)

ア 氏名の記載,押印の不存在

本件遺言の3枚目の末尾部分には,亡夏子の署名及び押印がなされていないので,民法968条1項の方式に従っていない。

イ 日付の記載の方式違背

本件遺言の1枚目には「H4,11.―12日」,2枚目に「H4,11,12日」という記載はあるが,このような記載だと作成日が平成4年11月12日を指すのか,平成4年のある月の11日ないし12日を指すのか不明である。

したがって,日付の記載としては具体性を欠き,民法968条1項の方式に従っていない。

ウ 変更の方式違背

本件遺言の2枚目の「家はこの場合」の直後に亡夏子の署名・押印がされ,さらに矢印で「引取るといっても」以下の加筆がされているが,変更場所への押印等がなく,民法968条2項の方式に従っていない。

そして,加筆がないものとすれば,上記「家はこの場合」の後はなく,文章は途中で終わっており,全文自署とはいえないことになるから,民法968条1項の方式に従っていない。

(被告の主張)

ア 遺言書が数葉にわたる場合でも1通の遺言書として作成されているときは,日付,署名及び押印はそのうちの1葉にされていれば足り,必ずしも1葉ごとになされる必要はない。

したがって,署名及び押印の方式違背はない。

イ 1枚目及び2枚目の日付の記載をみれば,それが「平成4年11月12日」を意味することは明らかである。

したがって,日付の記載に方式違背はない。

ウ 遺言者が遺言書の余白に書き入れをすることは「加入」に当たらず,また,仮に「加入」に当たるとしても,それが遺言書中の僅少部分にすぎず,それを除外しても遺言の主要な趣旨が表現されておれば,遺言は有効である。

(2)  争点2について

(原告の主張)

本件遺言は亡夏子の死後の法律関係を定める意思表示を記載したものではないから,そもそも法律上の遺言に該当しない。

(被告の主張)

本件遺言の記載内容は,亡夏子の保険・株式・預貯金・不動産等の全財産について,原告,被告及び訴外乙山冬男(被告の子)の3人で分けるべきこと,すなわち訴外人に3分の1の割合で包括遺贈する趣旨であることは明らかである。

第3  争点に対する判断

1  争点1について

(1)  原告の主張アについて

遺言書が数葉にわたる場合でも1通の遺言書として作成されているときは,日付,遺言者の署名及び押印はそのうちの1葉にされていれば足り,必ずしも1葉ごとになされる必要はない。

本件遺言の3枚目には1枚目,2枚目と異なり,「(3枚の3)」との記載はないが,3枚全体の記載の体裁及び内容並びに甲5によれば3枚がホッチキスで綴じられていることを考慮すれば,3枚で1通の遺言書であることは明らかである。そして,2枚目に亡夏子の署名及び押印があるから,方式違背があるとはいえない。

(2)  原告の主張イについて

本件遺言の1枚目及び2枚目の「H4,」以下の記載が平成4年11月12日を指すことは容易に認められる。

なお,3枚目には日付の記載はないが,前記(1)で判示したように本件遺言は3枚で1通の遺言書であるから,3枚目に日付の記載がないからといって,方式違背があるとはいえない。

(3)  原告の主張ウについて

自筆証書遺言中の加除その他の変更が民法968条2項の方式に従っていないとしても,当該変更がなかったことになるだけであり,遺言自体が方式違背になるものではない。

また,変更についての方式違背のために,文章が途中で終わってしまい,意味をなさなくなったとしても,当該部分が遺言としての効力を生じないだけであり,全文自署の方式違背があるとはいえない(民法968条1項の「全文」は,遺言書の文面全部を意味するものであり,文章として途中で欠けることなく,完結していることを意味するものではない。)。

(4)  以上によれば,本件遺言に方式違背があるとはいえない。

2  争点2について

遺言によってもなし得る事項及び遺言によってのみなし得る事項(以下「遺言事項」という。)は民法に定められているが,本件遺言の記載内容がすべて遺言事項でないとすれば,本件遺言は民法上の遺言とはいえないから,遺言の有効無効の問題はそもそも生じない。

したがって,本件遺言の記載内容がすべて遺言事項でないことは本件遺言の無効事由とはいえない。

なお,本件遺言には証券会社や貯金を分けることについての記載があり,本件遺言の記載内容がすべて遺言事項ではないとはいえない。

もっとも,上記記載を被告の主張するように解釈できるかどうかは意思表示の解釈の問題であり,解釈によっても亡夏子の意思表示の内容が遺贈と認定できなければ,結局,遺贈の事実は認められないことになるが,これは遺言の有効無効とは別の問題である。また,上記記載が遺贈と認定された場合,その内容が公序良俗・強行法規に反すること,亡夏子の無能力,錯誤,又は民法966条1項,996条本文等の規定する無効事由があれば遺贈は無効であるが,本件は,上記記載が遺贈であることを前提として,その無効であることが争われている事案ではない。

3  以上によれば,原告の主張はいずれも採用できず,本件遺言は無効であるとはいえない。

第4  結論

したがって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官・田中義則)

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