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京都地方裁判所 平成16年(ワ)1910号 判決 2006年3月31日

主文

1  被告A及び同Bは,原告に対し,連帯して,9456万6018円及び内金9006万6018円に対する平成14年10月8日から,内金450万円に対する平成16年7月28日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の,被告A及び同Bに対するその余の請求及び被告Cに対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は,原告と被告A,同Bとの間においては,原告に生じた費用の3分の2を被告らの負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告Cとの間においては,全部原告の負担とする。

4  この判決の第1項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,各自金1億5266万4152円及び内金1億4266万4152円に対する平成14年10月8日から,内金1000万円に対する平成16年7月28日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告A及び未成年者である被告Bらが,平成14年10月8日,D(当時16歳の男子)に対し暴行を加え,よって,同月14日,同人を傷害により死亡させたとして,Dを相続した原告が,暴行等を行った被告A及び被告Bに対しては上記行為の共同不法行為(民法709条,719条),被告Bの親権者である被告Cに対しては被告Bを指導監督する注意義務違反を根拠とする不法行為(同法709条,719条)による損害賠償請求権に基づき,連帯して,金1億5266万4152円及び内金1億4266万4152円(弁護士費用を除いた部分)に対する不法行為の日である平成14年10月8日から,内金1000万円(弁護士費用)に対する本件各訴状送達後の日である平成16年7月28日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

2  基礎となる事実(争いのない事実及び各項末尾記載の証拠等により容易に認定可能な事実)

(1)  傷害致死事件の発生

被告A,E,被告B(昭和61年2月27日生),F及びGの5名(以下「被告Aら5名」という。)は,共謀して,平成14年10月8日午前零時30分から同日午前3時40分ころまでの間,京都市a区b町c番地先dにおいて,Dに対して,こもごもその顔面,頭部,腹部,背部等を鉄パイプ,丸太,手拳,自転車のサドル等で多数回殴打又は足蹴にし,自転車に乗ってその腹部に乗り上げ,その身体に自転車を投げ付けて命中させ,その身体を持ち上げて背部からアスファルトの路面に叩きつけるなどの暴行を加え,Dに頭部,顔面,胸腹部,左手打撲等の傷害を負わせ,よって,同月14日午後5時33分,上記傷害に基づく外傷性ショックによる多臓器不全により死亡させた(以下「本件事件」という。)。

(2)  当事者等

ア Dの相続人は,Dの母である原告と,Dの父であるHであったが,遺産分割協議により,本件事件によるDの損害賠償請求権は原告1人が取得した(甲3の1・2)。

イ 被告Bは,被告Cの子であり,本件事件当時16歳であった。

被告Cは,被告Bの母親であり,親権者である。 (甲5)

(3)  被告Aらの不法行為責任

被告Aら5名は,いずれも,故意による前記暴行によりDを死亡させたことから,本件事件について,民法709条,719条に基づき,Dの死亡による原告の損害(Dの損害の相続分も含む。)を賠償する義務を負う。

(4)  損害の賠償

ア Fは,原告に対し,本件事件についての損害賠償債務の履行として,平成15年2月19日,250万円を支払った(乙D2)。

イ G及びその母親のIは,原告に対し,本件事件についての損害賠償債務の履行として,平成15年3月4日に300万円,平成17年10月27日及び同年11月28日に各3万円の合計306万円を支払った。

ウ E及びその母親のJは,原告に対し,平成17年11月5日,本件訴訟上の和解成立の席上で本件事件の和解金として80万円,同和解の条項に基づき,平成17年11月末日までに4万円の合計84万円を支払った。

3  争点

(1)  被告Bの親権者である被告Cの責任の有無

ア 原告の主張

(ア) 被告Cの過失

a 被告Cは,住居地に,被告Bのほか,K(本件事件当時20歳,無職),L(同18歳,製菓業),M(同14歳,中学三年生),N(同13歳,中学一年生)の6人で生活していた。

b 被告B及びM(以下「被告Bら」ともいう。)は,平成13年夏ころから夜遊びをするようになったが,被告Bらは注意しても聞き入れず,しかも注意しても「お母さんがいないときしか帰らへんのや」と言って笑っており,到底監督したと言えないような甘い態度であった。

c その後も,被告BがO宅に寝泊まりしたり,被告AやEとも交遊し,平成14年5月ころには,その交遊関係において暴力沙汰もあったが,そのような状況であっても,被告Cは,被告Bらへの監督態度を変えることはなかった。

d 本件事件前日の平成14年10月7日深夜午前0時30分,被告BもMも家にいなかった。被告Cは,Mの携帯電話にかけて居場所を聞いたが,「Dのアパートの前でDが帰って来るのを待っているんや。Dを探してんのや。BやEも一緒や」と言ったことから,被告Bと一緒であればいいやと思って風呂に入り,その後,Mに電話したが通じなかったので布団に入り横になっていた。

同日午前3時過ぎころ,被告BとEが血だらけのMを連れてきて,病院に行き,Mから「階段から転んだ。」との説明を受けたが,嘘とわかりながら特段追及することもなかった。

e 被告Cは,本件事件当日深夜3時ころ,被告Bが帰ってきても,被告Bの行動を黙認していた。しかも,被告Bのジーパンの尻部分に血がついていたのに,「けんかしたんや」という被告Bの説明を聞いて,特段追及することはなかった。

f 京都地方検察庁から京都家庭裁判所への送致書においても,「家庭は,両親離婚後,実母が養育しているものであるが,少年が日頃から不良交友を重ね,深夜徘徊し自宅に寄りつかない等,非行化が顕著であったにもかかわらず,無関心であり,監護能力がない」と指摘されている。

また,「傷害致死被疑少年の接見禁止付き勾留の必要性について」と題する京都府警察本部刑事部捜査第一課司法警察員司法巡査作成の書類においても,「日頃から自宅に寄りつくこともなく,深夜徘徊し,知人宅に泊まり歩くなどの非行行為が頻繁に繰り返されている状況があり,実母も比較的子どもに対する係累も乏しく実母の監督に服さないことから逃亡のおそれがある」と指摘されている。

さらに,京都府九条警察署から京都地方検察庁への関係書類追送書添付の身上調査票の「非行の動機・原因」欄中,「母親」の態度は,「放任」と記載されている。

g 以上のとおり,被告Cは,被告Bの母親(親権者)であり,被告Bの性格や行状を的確に把握して,その問題行動を監視し,その生活態度全般の適正化を図り,交友関係にも留意し,殊に暴力の使用を固く戒めるなど,被告Bを常日頃から指導,監督する注意義務があるのにこれを怠り,親として,被告Bの深夜徘徊や暴力行為等の問題行動の状況を知りながら,これらの行為が有する意味について深く考えることなく,事実関係について慎重に確認することも,これに基づく対策を講じることもせず,表面的な理解に基づき,被告Bの問題行動を黙認するか或いはその場限りの表面上の注意をしたに過ぎず,被告Bの,DやMに対する本件前の暴行を看過していたのであり,これによって本件によるDの死亡という最悪な事態に至ったものである。

したがって,被告Cには,日頃から被告B及びMが深夜遊びをし,被告らとの交友関係において暴力事件にしばしば関与しており,そのことを十分知っていたのに,生活態度の適正化を図るよう努力せず,暴力沙汰にも黙認,容認する態度をとるなど,被告Bを常日頃から指導,監督する注意義務があるのにこれを怠り,その結果,被告Bが本件事件に関与してDを死亡させた過失がある。

(イ) 被告Cの主張に対する反論

被告Cは,被告Bの動静には相当の注意を払い,真実を知って適切な対応を取るべく,限られた時間の中で可能な限り努力していた旨主張するが,14歳や16歳の子どもが深夜徘徊しているのを黙認していたこと,階段から落ちたけがではないことが明らかであるにもかかわらず,Mの言葉をそのまま受け入れてそれ以上の追及をしていないことからすると,可能な限り努力をしていたとは言えない。

被告Cは,被告B自身が他者に暴力を振るう立場になったことは,本件事件以前に一度もなかったことを主張するが,本件事件では,自身が自主的に暴力を振るう立場にあったか否かが問題となるのではなく,たとえ従属的であっても暴力事件が起きるような交友関係・環境にあったか否かが問題である。

本件事件では,まさに,被告Bは暴力沙汰がいつ起きても不思議ではない交友関係を続け,しかも,被告Bは,他者の影響を強く受けやすい資質があった。そして,オートバイ盗・不良交友・深夜徘徊・外泊などの非行化は顕著であった。

イ 被告Cの主張

原告主張の(ア)について

(ア) 同aは認める。

(イ) 同bのうち,平成13年夏ころから被告Bらが夜遊びするようになった事実は認め,その余は否認ないし争う。

被告Cの平成14年10月15日付け司法警察員面前調書には,原告主張の記載があるが,供述調書にしばしば見られるように事実の一部が抽出されたに過ぎず,被告Bが被告Cの注意を聞き入れて行動を改めたことは数え切れないのであって,被告Cが監督を怠っていた訳ではない。

(ウ) 同cは争う。

(エ) 同dについては,事実経過は概ね認めるが,Mの説明を容認していたわけではなく,また,これが被告Cの監督義務違反であるとの主張は争う。

平成14年10月7日未明,被告Cは,M,被告B及びEが帰宅した際,Mのけがを見て驚いたが,上記3名に何度問いただしても「階段から転んだ。」との説明を繰り返すのみで,それ以上の回答は返ってこなかった。

まずは,治療を最優先させなければならなかったため,被告Cは,Mを九条病院に連れて行き治療を受けさせたが,帰宅したときには既に夜が明けており,被告Bは就寝していた。

その後,被告Cは,午前9時から工場勤務に出かけたが,休み時間にはMの携帯電話に電話をかけ,けがの具合,理由と被告Bの動静を確認した。被告Cは,被告Bが熟睡している旨Mから聞かされたため,すぐには起こさないことにし,午後5時の就業時刻後直ちに帰宅したが,そのときには既に被告Bは家を出た後であり,Mに事情を聞くも,「けがは階段から転んだ」「兄ちゃんは出て行った」と答えるのみであった。

以上のとおり,被告Cは,M及び被告Bの動静には相当の注意を払い,真実を知って適切な対応を取るべく,限られた時間の中で可能な限りの努力をしていた。

(オ) 同eについては,被告Cが被告Bの行動を黙認していたとする部分は争う。

被告Cは,被告Bの憔悴した様子を見て,その場ではなく後刻落ち着いた状態で確認した方がよいと思ったに過ぎない。

(カ) 同fについては,原告摘示の各記載が存在することは認めるが,当該各記載は,何らの証拠に基づかないものであって到底信用に値せず,京都地方検察庁から京都家庭裁判所宛送致書には,「非行歴無い」と「非行化が顕著」とが同一文章中にあるなど,文章自体も意味不明かつ破綻している部分がある。

(キ) 同gは争う。

被告Cは,被告BらがOなどから殴られることを非常に心配し,暴力を強く憎んでいた。また,実際に暴力事件に巻き込まれた際(平成14年10月7日未明など)には,子どもたちの心を自身の心ない言葉によって傷つけないように細心の注意を払ってもいた。

被告Bは,本件事件直前まで,その生活態度において暴力傾向は全く見受けられず,前歴はおろか検挙歴もなかったのであって,被告C自身,被告Bが傷害致死事件の加害者になることは夢にも思っていなかった。

被告Cには,本件事件の予見可能性がなかったというべきである。

(2)   損害額

ア 原告の主張

(ア) 死亡による逸失利益 6111万9152円

Dは,本件事件がなければ,死亡時の年齢である16歳から67歳に至るまで,平成14年賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計による男性労働者の全年齢平均年収555万4600円を得られたのであるから,生活費控除率を40%として,Dの逸失利益を算定すると,以下のとおりとなる。

555万4600円×(1-0.4)×18.3389(16歳から67歳までの51年間のライプニッツ係数)=6111万9152円

(イ) Dの死亡慰謝料 4000万円

本件は,被告Aら5名が共謀の上,Dに集団で暴行を加えて死亡させたという悲惨かつ痛ましい事案である。

Dは,被告Aら5名から暴行されなければならない理由がないにもかかわらず,被告Aがねつ造した身勝手かつ幼稚な理由のため,D自身には到底理解できない不可解な言いがかりを付けられ,3時間余りもの長時間にわたって執拗な暴行を受けたものである。

また,その暴行態様は,基礎となる事実(1)に記載のとおり,残忍かつ悲惨なものであって,被告A,E及び被告Bは,Dとは旧知の間柄であり,特にE及び被告Bは,Dとは友人といってもよい関係であったにもかかわらず,上記のような残忍かつ執拗は暴行をDに加えたものである。

被告Aら5名から長時間にわたり不条理かつ残忍な暴行を加えられ続けたDの精神的苦痛の程度は想像を絶するものであり,また,16歳という若さで生命を絶たれたDの無念さは察するに余りあり,Dの死亡による精神的慰謝料は4000万円を下らない。

(ウ) 原告固有の慰謝料 4000万円

原告とDは母1人,子1人の二人家族であり,原告にとってかけがえのない存在である1人息子のDを上記のような悲惨な形で失ったこと,被告らから相当の慰謝の措置を受けていないこと等に照らせば,原告の慰謝料は4000万円を下らない。

(エ) 付添看護費・入院雑費(京都第一赤十字病院分) 4万5000円

{6000円(付添看護費)+1500円(入院雑費)}×6日(入院期間)=4万5000円

(オ) 葬儀費 150万円

(カ) 弁護士費用 1000万円

(キ) (ア)ないし(カ)の合計 1億5266万4152円

イ 被告Aの主張

被告Aの損害賠償義務の存在は認め,損害額は争う。

ウ 被告B及び被告Cの主張

原告に損害が生じていることは認め,個々の額については不知ないし金額の相当性を争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(被告Bの親権者である被告Cの責任の有無)について

(1)  事実認定

前記基礎となる事実,争いのない事実,証拠等及び弁論の全趣旨(各項末尾等に掲げる。)によれば以下の事実を認めることができる。

ア(ア) 被告Bは,幼稚園から,小学校,中学校時代を含めて,本件事件発生まで,家及び学校等で問題行動を起こしたことや,けんかをしたこと,人を殴ったりしたことはなく,補導歴,非行歴,検挙歴は全くなかった(ただし,本件事件についての京都地方検察庁から京都家庭裁判所への送致書には,平成14年9月にオートバイ盗を敢行して捜査中との記載がある(甲9)。)。

(イ) 被告Bは中学校を卒業後,その年の4月から12月まで仕事をしていたが,その後仕事を辞め,本件事件当時は無職であった。 (甲11,乙C2ないし4,被告C本人)。

イ(ア) 被告BとMは,平成13年夏ころから,Dらと夜遊びをするようになった。被告Cは,被告Bらに対して,夜遊びをしないように,また,夜遊びした際も被告Cに電話をかけて,居場所を伝えて,すぐに戻ってくるように再三注意したが,被告Bらはこれを聞かず,夜遊びを続けていた。

(イ) 被告Bらは,平成13年ころから,Oの家に行き,夜遅くまでそこにいたり宿泊したりしていた。これに対して,被告Cは被告Bらに対し,夜きちんと自宅に帰ってくるように注意していたが,被告Bらはこれを聞かず,Oの家に出入りしていた。

平成14年5月ころ,被告BがO方で同人らに顔を殴られるという事件が発生し,Oからの連絡によりこれを知った被告CがO方に駆けつけたところ,被告Bは,顔が腫れて,熱を出して寝ていた。その場には被告A外2名もおり,被告Cは,救急車を呼ぶように頼んだが,周囲に大丈夫と説得され,1人帰宅した。被告Cは,被告Bが殴られた原因について,Oには聞かず,被告Bに聞いたところ,被告Bは,本当のことを言ったらまた殴られるなどとして詳細には言わなかった。

(ウ) その後,被告Cが,被告Bに対して,O宅には行かないように言ったところ,被告BはO宅には行かなくなったが,被告A方に行くようになった。 (甲8ないし甲10,乙C4,被告C本人)

ウ(ア) 平成14年10月7日午前零時ころ,被告Cは,帰宅した際に被告Bらがいなかったので心配になり,Mの携帯電話に電話をかけ所在を尋ねたところ,Mは,Dのアパートの前でDが帰ってくるのを待っていること,Dを捜していること,被告BとEと一緒にいること等を述べた。被告Cは兄弟が一緒であれば安心と考え,風呂に入って横になっていたところ,同日午前3時ころ,被告BとEが,被告Aらの暴行を受けて頭を切って大きな傷を作り血だらけの状態になったMを連れて帰宅した。被告CはMを京都九条病院に連れて行き,診察を受けさせた。被告Cは,Mからけがの原因として「階段から転んだ」と聞いたが,それが嘘とわかりつつそれ以上追及しなかった。

(イ) 平成14年10月8日午前零時30分ころから午前3時40分ころ本件事件が発生したが,本件事件は,被告Aが交際相手のEに嘘を言いこれを隠すために架空の人物を考え出すなどしたことに端を発し,被告Aが主導して行われたもので,被告Bは,被告Aらに誘われて従属的な立場で本件事件に関与した。

(ウ) その後,被告Bが1人で帰宅したが,被告Cはそのまま寝ていた。被告Cは,同日午前7時ころ,被告Bのジーパンの尻部分に血がついているのを発見したが,「けんかしたんや」との被告Bの説明を聞いて特段追及しなかった。 (甲1,甲8,乙C4,被告C本人)

エ(ア) 被告Cは,被告B(本件事件当時16歳)の母親であり,住居地に,被告Bのほか,K(本件事件当時20歳,無職),L(同18歳,製菓業),M(同14歳,中学三年生),N(同13歳,中学一年生)の6人で生活していた(原告と被告Cとの間で争いがない。)。

(イ) 被告Cは,ほとんど毎日日中パート勤務しており,これと生活保護とで生計を立てていた(甲11,被告C本人)。

(ウ) 本件事件の捜査を担当した捜査官は,被告Cの被告Bに対する監護態度・能力について,深夜徘徊して家に寄りつかない被告Bに無関心で監護能力がない,被告Bは被告Cの監督に服さない,本件事件(非行)の原因に被告Cの放任がある旨述べた(甲9ないし甲11)。

(2)  検討

ア(ア) 責任能力のない未成年者が不法行為によって他人に損害を与えても未成年者自身は賠償の責任を負わず(民法712条),その未成年者を監督すべき法定の義務がある者が,その損害を賠償する責任を負う(民法714条)。したがって,未成年者が責任能力を有する場合には監督義務者は責任を負わないのが原則であるところ,未成年者が責任能力を有する場合であっても,監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めるときは,監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当である(最高裁昭和49年3月22日第二小法廷判決・民集28巻2号347頁)。

(イ) そして,責任能力のある未成年者の加害行為について,民法709条により当該未成年者の監督義務者に過失を認めるには,一般的な監護教育義務違反の懈怠があるだけでは足りず,加害行為の予見可能性を前提とした具体的過失が必要であり,また,因果関係についても,一般的包括的監護義務違反と損害との因果関係があるだけでは足りず,個別具体的な監督義務違反と損害の発生事実との間に相当因果関係が存在することが必要であると解するのが相当である。

イ(ア) そこで,まず,被告Bの責任能力についてみると,被告Bの年齢,学歴等からして,被告Bが責任能力を有することは明らかである。

(イ) 次いで,被告Cについて被告Bに対する監督義務違反の有無をみると,まず,被告Cは,本件事件当時,未成年者(当時16歳)である被告Bの親権者として,被告Bを監督し,教育すべき義務を負っていたものである。

(ウ) そして,前記認定のとおり,被告Cは,被告Bらに対して夜遊びをやめて早く家に帰ってくるように再三注意をし,深夜帰ってこない被告Bらに対して携帯電話で居場所等を確認したり,被告Bらが暴行を受けた原因について一応被告Bらに尋ねるなどのことは行っているものの,被告Bらは被告Cの上記注意をほとんど聞き入れず,平成13年以降本件事件当時まで,Oや被告A方に深夜の徘徊を続けていたことが認められ,また,被告Bらが暴行を受けた原因の追及やその対策等についても被告Cが十分に行っていたとは必ずしも言い難い。

(エ) 取り分け,被告Cは,平成14年5月ころには,被告Bが被告Aもその場にいたO方で暴行を受けていたことを確認しており,前記認定事情からして本件事件前日にはMが階段からの転落以外の事情で大けがをしたことを認識していたのであるから,被告Cとしては,被告Bらが暴行事件等に関与するおそれのある深夜徘徊をすることをやめさせるべき監督義務があったと考えられるところ,生計を立てるために日中勤務する必要があったにせよ,なお,前記(ウ)や前記認定からすると,上記義務を十分に果たしていたとは言い難い面がある。

ウ(ア) しかしながら,平成14年5月ころ及び本件事件前日の暴力事件は,いずれも被告BやMが被害者となっているものであること,被告Bは,本件事件まで,問題行動を起こしたり,けんかや暴力を振るったことはなく,補導歴,非行歴,検挙歴はオートバイ盗を除き全くなかったことをみると,被告Cにおいて,本件事件当時,このように粗暴的性向のない被告Bが,他の少年らと一緒になって傷害致死事件の加害者になることを予見すべき状況にあったとは言い難い。

(イ) また,本件事件は被告Aが発想し,被告Aの主導の下に敢行されたもので,従属的な立場であった被告Bにとってはいわば突発的な犯行であったと考えられること,その具体的態様も,前記基礎となる事実(1)記載のとおり,反復執拗になされたという異常かつ特異なものであること,及び,被害者であるDは被告Bとの遊び友達であったことをみると,被告Cにおいて,被告Bが,Dを被害者とする本件事件ような傷害致死事件に加害者として関与することを予見することは困難であった言わざるを得ない。

(ウ) してみると,被告Cが本件事件の発生を予見していなかったことが,保護者として当然なすべき監督義務を怠っていたことによるとまでは認めることができず,他に被告Cの監督義務違反を裏付ける具体的過失を認めるに足りる証拠はない。

そして,被告Bにとって本件事件が突発的であったことや本件事件態様の異常性・特異性を考えると,仮に被告Cに被告Bらに深夜徘徊を中止させたり,自らの子らが受けた暴行の原因を追及したりする点において親権者としての監督義務違反が認められたとしても,本件事件の具体的な結果との相当因果関係までは認めることができない。

(3)  以上によれば,争点(1)について,被告Cの不法行為責任は認めることができない。

2  争点(2)(損害額)について

(1)  Dの死亡による逸失利益 5492万2218円

Dは,本件事件当時16歳で無職の男子であったことから,Dの逸失利益算定の基礎収入は,平成14年賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計による男性労働者の全年齢平均年収555万4600円とするのが相当であり,生活費控除率を40%として,本件当時16歳であったDの満18歳から満67歳までの逸失利益を計算し,ライプニッツ方式により年5%の割合による中間利息を控除し,逸失利益の本件当時の原価を計算すると下記計算のとおりの金額になる。

(計算式)

555万4600円×(1-0.4)×16.4795(16歳の者に適用する18歳から67歳までの49年間のライプニッツ係数)=5492万2218円

(2)  Dの死亡慰謝料 3000万円

ア 争いのない事実及び証拠(甲1)によれば以下の事実が認められる。

本件は,被告Aら5名が,共謀により,Dに対し,集団で3時間余りの長時間にわたり暴行を加え,死亡させたという悲惨かつ痛ましい事案であり,その暴行の態様は,基礎となる事実(1)記載のとおり,執拗で残忍かつ凄惨なものである。

本件事件は,被告Aが発想した自己中心的かつ身勝手で幼稚な発想に端を発しており,D自身にとっては,到底理解できない不可解な言いがかりを付けられた上,Dは,被告Aら5名から暴行されなければならない理由がないにもかかわらず,上記のような暴行を受けたものである。

イ このように,本件事件の結果は重大であること,被告Aらから長時間にわたり不条理で執拗かつ残忍な暴行を加えられ続けたDの精神的肉体的苦痛の程度は想像を絶するものであること,及び,16歳という若さで生命を絶たれたDの無念さは察するに余りあること等諸般の事情を考慮すると,Dの死亡による精神的慰謝料は3000万円とするのが相当である。

(3)  原告固有の慰謝料 1000万円

証拠(甲14)によれば,原告とDは,本件事件当時,母1人,子1人の2人家族であったと認められるところ,原告にとってかけがえのない存在である1人息子のDを上記のような悲惨な形で失った原告の精神的苦痛は筆舌に尽くしがたいものがあり(原告本人),原告固有の慰謝料としては1000万円とするのが相当である。

(4)  付添看護費・入院雑費 4万3800円

証拠(甲2,甲14,原告本人)によれば,Dは,本件事件発生日である平成14年10月8日から,死亡した同月14日まで6日間,京都第一赤十字病院に入院し,原告がこれに付き添い看護したことが認められるところ,下記計算式による付添監護費及び入院雑費が,本件事件と相当因果関係にある損害と認めることができる。

(計算式)

{6000円(付添看護費/1日))+1300円(入院雑費/1日)}×6日(入院期間)=4万3800円

(5)  葬儀費 150万円

葬儀費として被告らに負担させるべき相当額は150万円と認めることができる。

(6)  弁護士費用 450万円

弁論の全趣旨によれば,原告は,本件訴訟を弁護士である原告訴訟代理人らに委任し報酬の支払を約束していることが認められるところ,本件事案の性質,困難性等に照らすと,本件訴訟と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は,450万円と認めるのが相当である。

(7)  なお,基礎となる事実(4)記載のとおり,本件事件の加害者らの一部は,原告に対し,本件事件に関し合計640万円(=250万円+306万円+84万円)の損害賠償を行ったと認めることができるから,弁護士費用を除く原告の損害額は,上記(1)ないし(5)の金額の合計金額9646万6018円から上記賠償済みの金額640万円を控除した9006万6018円と認めることができる。

3  結論

以上によれば,原告の請求は,被告A及び被告Bに対し,連帯して,9456万6018円(上記2(6)(7)の合計金額)及び内金9006万6018円に対する本件事件発生日(不法行為日)である平成14年10月8日から,内金450万円に対する平成16年7月28日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める範囲で理由があるからこの範囲で認容することとし,被告A及び被告Bに対するその余の請求並びに被告Cに対する請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条,65条,仮執行宣言について同法259条1項に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 福井美枝 裁判官 国分進)

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