京都地方裁判所 平成16年(ワ)2009号 判決 2005年12月22日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,連帯して,原告湊川誠生に対し,2億4480万円及びこれに対する被告中河原正明は平成16年8月5日から,被告長峰巖は同年9月5日から,その余の被告らは同年8月4日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
2 被告らは,連帯して,原告境保に対し,4億0320万円及びこれに対する被告中河原正明は平成16年8月5日から,被告長峰巖は同年9月5日から,その余の被告らは同年8月4日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 本件は,被告佐川急便株式会社(以下「被告会社」という。)の取締役であった原告らが,
(1) 被告会社に対し,退職後,被告会社が原告らに対して退職慰労金を支給しないのは,①原告らと被告会社との支払約束に違反する,②同不支給は権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反に該当する,③被告会社は,被告栗和田榮一(以下「被告栗和田」という。)の原告らに対する不法行為又は債務不履行を理由とした機関責任(商法<平成17年7月26日法律第87号による改正前のもの。以下同様。>261条3項,78条2項,民法44条)を負うなどと主張し,
(2) 被告栗和田,被告平間正一(以下「被告平間」という。),被告長峰巖(以下「被告長峰」という。),被告辻尾敏明(以下「被告辻尾」という。)及び被告中河原正明(以下「被告中河原」という。なお,以下,被告会社を除く被告らを「被告ら個人」という。)に対し,①被告ら個人が被告会社の株主総会に対し原告らに退職慰労金を支給しない旨の議案を提出したことは取締役としての善管注意義務又は忠実義務に反する,②同提出が原告らと被告ら個人との支給約束に違反する,③同提出が原告らの有していた条件付法律行為による利益を侵害する,④被告ら個人には原告らに対する共同不法行為があったなどと主張して,
2 原告湊川誠生(以下「原告湊川」という。)は,被告らに対し,連帯して,損害金2億4480万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求め,
3 原告境保(以下「原告境」という。)は,被告らに対し,連帯して,損害金4億0320万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求めた事案である。
4 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告湊川は,昭和47年11月,被告会社に入社し,平成4年5月,被告会社の代表取締役副社長及び財務本部長兼中京支社長に就任し,平成12年6月,それらの職を離れた。
イ 原告境は,昭和39年10月,被告会社の前身である「飛脚便の佐川」に入社後,平成4年7月,被告会社の代表取締役副社長に就任し,平成12年6月,その職を離れた。
ウ 被告会社は,貨物自動車運送事業その他の運送業を主たる目的とする株式会社である(甲1)。
エ 被告栗和田は,平成4年5月及び平成12年6月3日,被告会社の代表取締役社長に就任し,平成14年6月18日,同会長に就任した。
オ 被告平間は,平成12年6月3日及び平成14年6月18日当時,被告会社の取締役副社長兼営業本部長の地位にあった。
カ 被告長峰は,平成12年6月3日当時,被告会社の常任監査役の地位にあり,同月19日,専務取締役財務本部長に就任し,平成14年6月18日当時も,その職にあった。
キ 被告辻尾は,平成12年6月3日当時,被告会社の取締役総務部長の地位にあり,同月19日,専務取締役業務本部長兼総務部長に就任し,平成14年6月18日当時も,その職にあった(弁論の全趣旨)。
ク 被告中河原は,平成12年6月3日当時,被告会社の取締役東京支社長営業統括の地位にあり,平成14年6月18日も,その職にあった。
(2) 事実経過
ア 被告会社の平成12年6月3日開催の取締役会(以下「本件取締役会」という。)において,当時代表取締役であった被告栗和田,原告境及び原告湊川の代表取締役及び役付の解任決議が可決され,その後,佐川光の代表取締役選任決議が否決され,被告栗和田の代表取締役選任決議が可決された(以上の決議が有効か否かについては,当事者間に争いがある)。
イ(ア) 被告会社の平成14年6月18日開催の定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)において,以下の議案(以下「本件議案」という。)が提出され,被告栗和田は,議長として,本件議案の承認を求めた(甲3)。
a 佐川光,田中恵二,被告中河原,富樫数司,稲木善也,本城能和及び上岡亨に対し,退職慰労金を支払うこと,その金額については被告会社における一定の基準に従い算定すること並びにその具体的金額,支払の時期及び方法等については被告会社の取締役会に一任すること。ただし,佐川光,富樫数司,稲木善也及び本城能和に対する退職慰労金の金額は,平成12年6月19日から平成14年6月18日までの期間をその金額算定の基礎とすること。
b 原告湊川,原告境,島田昇及び小澤通夫に対する退職慰労金は,不支給とすること。
(イ) 本件議案は,本件株主総会において,原告湊川を除く出席株主の全員の賛成により,原案のとおり承認可決された(甲3)。
(3) 役員退職慰労金支給取扱内規
被告会社においては,別紙の「役員退職慰労金支給取扱内規(案)」と題する書面(以下「本件内規」という。)に従い,退職慰労金が支給されている(甲6,7,原告境と被告会社との関係で,検証)。
第3 争点
1 被告会社に対する損害賠償請求の可否
(1) 支給約束違反の有無
(2) 機関責任の有無
(3) 権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反の有無
2 被告ら個人に対する損害賠償請求の可否
(1) 善管注意義務又は忠実義務違反の有無
(2) 支給約束違反の有無
(3) 条件付法律行為による利益の侵害の有無
(4) 共同不法行為の有無
3 損害の額
第4 争点に対する当事者の主張
1 被告会社に対する損害賠償請求の可否(争点1)について
(1) 支給約束違反の有無(争点(1))について
(原告らの主張)
ア 被告会社は,原告らに対し,本件内規を作成・制定することにより,同内規に従って算出された退職慰労金の支払を約束した。
原告湊川は,退職慰労金の管轄部署である総務部の上部組織であった財務本部長をしていた際には,取締役が退任するときに,実際に,被告会社における本件内規に従い,申請どおりに,自動的に退職慰労金の支給を決裁していた。
イ また,被告ら個人は,後記2(2)「原告らの主張」記載のとおり,被告会社の代表権を有する被告栗和田を中心として,その指揮・指示の下で,原告らに対し,本件内規に従って算出された退職慰労金を支給すると約束をしていたことからすると,被告会社は,原告らに対し,本件内規に従った退職慰労金の支給を約束していた。
ウ したがって,原告らは,被告会社に対し,債務不履行に基づき,損害賠償を請求することができる。
(被告らの主張)
ア 退任取締役が株式会社に対し,会社内部の内規に従って退職慰労金の支給を請求することができるのは,あくまで,退職慰労金の支給について定款の規定や株主総会の決議又はこれに代わる全株主の同意がある場合に限られる。本件では,そのいずれもが存在しないから,原告らの主張は理由がない。
イ また,被告ら個人は,原告らに対し,退職慰労金の支給を約束したことはない。
(2) 機関責任の有無(争点(2))について
(原告らの主張)
民法44条1項は,機関個人の債務不履行等の損害賠償責任の原因となる行為についても適用されるところ,原告らは,後記2(1)「原告らの主張」記載のとおり,被告栗和田に対し,債務不履行に基づく損害賠償を請求することができるから,被告会社に対しても,商法261条3項,78条2項,民法44条に基づき,損害賠償を請求することができる。
(被告らの主張)
原告らは,後記2(1)「被告らの主張」のとおり,被告栗和田に対し,債務不履行に基づく損害賠償を請求することはできないから,原告らの主張は理由がない。
(3) 権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反の有無(争点(3))について
(原告らの主張)
被告会社が原告らに対し,退職慰労金を支払わないことは,その目的の違法性,不支給決定手続の悪質性,これまでの被告会社の退任取締役に対する退職慰労金の支払状況との一貫性の欠如,他の退任取締役との公平性の欠如,その正当性の欠如及び退職慰労金の不支給決定をする根拠規定の欠如からして,権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反に該当する。
原告らは,被告会社が退職慰労金を支払わないことにより,本来受領できたはずの退職慰労金を受領できなかったのであるから,原告らは,被告会社に対し,本件内規に従って算出された退職慰労金相当額の損害の賠償を請求することができる。
(被告らの主張)
被告らには,権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反と評価されるべき行為はない。
また,仮に権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反があったとしても,そのことから,原告らの被告会社に対する退職慰労金の支払請求権が発生するものではない。
2 被告ら個人に対する損害賠償請求の可否(争点2)について
(1) 善管注意義務又は忠実義務違反の有無(争点(1))について
(原告らの主張)
ア 取締役は,善管注意義務違反又は忠実義務の一環として,退任取締役と会社との間の契約関係に違反することがないように,退任取締役に対し適正な退職慰労金を支払う義務を負担している。したがって,取締役がこれらの義務に違反して,退職慰労金不支給の議案を提出したり,著しく低額な支給の議案を提出した場合には,退任取締役に対し,商法266条の3に基づく損害賠償責任を負う。
イ 被告ら個人は,取締役としての任務を懈怠し,株主総会に向けて自己がなすべき努力をしなかったし,かえって,被告栗和田らに対決姿勢を見せたことを理由として,積極的に本件議案を株主総会に提出した。その結果,原告らは,退職慰労金を受領できなかった。
ウ したがって,原告らは,被告らに対し,商法266条の3に基づく損害賠償請求をすることができる。
(被告らの主張)
ア 取締役自体は,退任取締役に対し退職慰労金を支給する義務を負っていない。また,取締役会が会議の目的たる議題についてどのような議案を株主総会に提案しようと,それ自体は取締役会の経営判断に任せるべきことである。
イ したがって,原告らは,被告ら個人に対し,本件議案を株主総会に提出したことをもって,商法266条の3に基づく損害賠償を請求することはできない。
(2) 支給約束違反の有無(争点(2))について
(原告らの主張)
ア 次の各事実から明らかなように,被告ら個人は,原告らに対し,退職慰労金を支払うことを約した。
(ア) 被告長峰は,平成12年6月5日,原告境に対し,退職慰労金を支払うことを条件に,被告会社の同月3日付け取締役会議事録に押印するよう求め,原告境は,これに応じて,同議事録に押印した。
(イ) 被告中河原は,平成12年6月,原告境に対し,同月「14日開催の臨時取締役会までに辞任届を提出したらどうか。解任なら退職慰労金が出ない可能性があっても辞任なら必ず出ます。」などと説明し,辞任届を提出すれば,同取締役会で原告境に対する退職慰労金支給の決定がなされる旨の説明をした。そこで,原告境は,同月14日,被告平間,同辻尾及び同中河原に対し,原告境の辞任届を見せると,上記被告ら3名は,原告境に対し,これで原告境に円滑に退職慰労金を支払うことができる旨話した。その後,原告境は,被告栗和田に対し,同辞任届を提出した。
(ウ) 原告境は,平成12年6月14日以降,被告辻尾に対し,退職慰労金の支払を催促したところ,被告辻尾は,原告境に対し,「被告会社が退職慰労金を必ず支払うから支給を待って欲しい。」と伝えた。
(エ) 被告長峰及び同辻尾は,平成12年11月,原告境に対し,被告会社の原告境に対する6200万円の貸付金を弁済すること,その弁済方法としては原告境が所有する佐川航空,佐川車体,佐川サポート及び佐川建設の各株式を被告会社に売却し,その代金で上記債務と相殺することを求め,そのようにすれば原告境に対する退職慰労金を円滑に支払うことができると説明した。その際,原告境は,同被告らに対し,原告境の退職慰労金の額を尋ねたところ,同被告らは,3億0250万円程度であると告げた。なお,原告境は,平成13年1月,被告会社に対し,上記各会社の株を売却した。
(オ) 原告湊川は,平成12年11月,被告栗和田に対し,被告会社の臨時株主総会において,「退職慰労金を早急に支給して頂きたい。」と質問したところ,被告栗和田は,原告湊川に対し,「速やかに対応しますが,もう少し時間を頂きたい。」などと説明した。
(カ) 原告境は,平成13年1月以降,被告辻尾に対し,「退職慰労金が3億0250万円であると金額まで決めているのに,何故原告境に対し退職慰労金が支払われないのか。」などと質問をしたところ,被告辻尾は,原告境が言及した退職慰労金の金額を一切否定することなく,「もう少し待って欲しい。」と回答した。
(キ) また,原告境が,平成13年5月25日,被告辻尾に対し,福岡において,上記(カ)と同趣旨の質問をした上,「被告会社は退職慰労金を支払わないつもりではないのか。」と尋ねたところ,被告辻尾は,「被告栗和田はそんな人ではない。必ず約束を守る人である。」などと回答し,被告会社が原告境に対し必ず退職慰労金を支払うと確約した。
(ク) 被告辻尾は,平成12年又は平成13年に,原告湊川に対し,同原告が保有する佐川物流そのほかの株式を被告会社に売却すれば,被告会社が退職慰労金を支払う旨説明した。これを受けて,原告湊川は,平成13年9月末,被告会社に対し,その保有する株式を売却した。
(ケ) 被告栗和田は,被告辻尾及び同長峰に対し,同被告らが原告らに対し,被告会社が退職慰労金を支払う旨を約束するよう指示していた。
イ いわゆる退任取締役に対し退職慰労金の支給を約束した取締役は,退職慰労金の支給議案を取締役会及び株主総会に提出し,自分自身が同議案に賛成すると同時に他の取締役も同議案に賛成するよう説得する民法上の義務を負い,同義務の履行を懈怠した場合には,契約違反を理由として,同退任取締役に対し,損害賠償義務を負う。
にもかかわらず,被告ら個人は,同義務に違反し,本件議案を本件株主総会に提出したのであるから,原告らは,被告ら個人に対し,商法266条の3又は民法415条に基づき,損害賠償を請求することができる。
ウ なお,上記のとおり,原告らは,具体的な金額を示して退職慰労金の支給を約束した被告辻尾及び同長峰に対し,商法266条の3に基づき,損害賠償を請求することができるところ,被告会社の取締役会において本件議案の決定を行った以上,原告らは,被告辻尾及び同長峰を除く被告ら個人に対し,商法266条の3第3項,266条2項・3項により,損害賠償を請求することができる。
(被告らの主張)
被告ら個人は,原告らに対し,被告会社が原告らに対し退職慰労金を支払うことを約束していない。原告ら主張の上記各事実は否認する。
(3) 条件付法律行為による利益の侵害の有無(争点(3))について
(原告らの主張)
ア 条件付法律行為の当事者は,条件成就により相手方の得る利益を侵害してはならない(民法128条)。
そして,取締役が退職慰労金の支給を約束したのに被告会社が原告らに対し退職慰労金を支給する旨の議案を提出しないことは,株主総会の決議,取締役会の決議(条件)を得れば退職慰労金を受領できるという退任取締役の利益を侵害する行為であるから,当該取締役は,民法128条の類推適用により,退職慰労金相当額の損害賠償責任を負担する。
イ 被告ら個人は,上記(2)「原告らの主張」のとおり,原告らに対する支払約束をしたのに,原告らが条件成就によって得る利益を積極的に侵害しているから,原告らは,被告ら個人に対し,民法128条の類推適用により,退職慰労金相当額の損害賠償を請求することができる。
(被告らの主張)
被告ら個人は,上記(2)「被告らの主張」のとおり,原告らに対し,退職慰労金を支給することを約束していない。また,本件株主総会が原告らに対する本件議案を承認している以上,原告らは,被告ら個人に対し,民法128条の類推適用によって,退職慰労金相当額の損害賠償を請求することはできない。なお,退職慰労金の支給に関する株主総会決議は,退職慰労金請求権の効力発生要件であって,「条件」(民法127条以下)ではない。
(4) 共同不法行為の有無(争点(4))について
(原告らの主張)
被告辻尾及び同長峰は,上記(2)「原告らの主張」のとおり,原告らに対し,具体的金額を示して退職慰労金の支払を約束していたが,それは被告栗和田の指示に従ったものであること,その余の被告らもそれぞれが自らの役割に応じて当該支給約束に関与していたことからすれば,被告辻尾及び同長峰の当該支給約束は被告ら個人全員の行為と評価される。
にもかかわらず,被告ら個人は,この約束に反したのであるから,原告らに対し,共同不法行為に基づく損害賠償義務を有している。
(被告らの主張)
被告ら個人は,原告らに主し,退職慰労金の支給を約束したことはない。
また,退職慰労金請求権は,株主総会決議があって初めて成立するところ,本件では,株主総会決議がなく,退職慰労金請求権は成立していないから,仮に原告ら主張の共同不法行為があったとしても,それによって原告らに損害は発生していない。
3 損害の額(争点3)について
(原告らの主張)
原告らは,各自,被告らの各行為により,本件内規により算出される退職慰労金を受領することができず,同退職慰労金相当額の損害を被った。本件内規によって計算される,原告らの退職慰労金相当額は次のとおりである。
(1) 原告湊川の退職慰労金相当額 合計2億4480万円
ア 被告会社の役員としての退職慰労金相当額 1億1520万円
(ア) 月額報酬額 400万円
原告湊川は,少なくとも月額400万円の収入を得ていた。
(イ) 支給率 8
原告湊川は,平成4年5月から平成12年6月までの間,被告会社の代表取締役副社長であった。
(ウ) 役位係数 3.6
(エ) 計算式
400万円(退職時の報酬月額)×8(在任期間に対応する支給率)×3.6(役位係数)=1億1520万円
イ 被告会社の子会社の役員としての退職慰労金相当額 1億2960万円
(ア) 月額報酬額 400万円
原告湊川は,少なくとも月額400万円の収入を得ていた。
(イ) 支給率 9
原告湊川は,昭和58年4月に被告会社の子会社の代表取締役に就任してから平成4年5月までの間,被告会社の子会社の代表取締役であった。
(ウ) 役位係数 3.6
合併前の被告会社子会社の代表取締役としての任期が6年以上の場合,役位は被告会社の副社長と同等の扱いをすることになっていた。
(エ) 計算式
400万円(退職時の報酬月額)×9(在任期間に対応する支給率)×3.6(役位係数)=1億2960万円
(2) 原告境の退職慰労金相当額 合計4億3020万円
ア 被告会社の役員としての退職慰労金 1億1520万円
(ア) 月額報酬額 400万円
原告境は,少なくとも月額400万円の収入を得ていた。
(イ) 支給率 8
原告境は,平成4年7月から平成12年6月までの間,被告会社の代表取締役副社長であった。
(ウ) 役位係数 3.6
(エ) 計算式
400万円(退職時の報酬月額)×8(在任期間に対応する支給率)×3.6(役位係数)=1億1520万円
イ 被告会社の子会社の役員としての退職慰労金 2億8800万円
(ア) 月額報酬額 400万円
原告境は,少なくとも月額400万円の収入を得ていた。
(イ) 支給率 20
原告境は,昭和47年3月から平成4年7月までの間,被告会社の子会社の代表取締役であった。
(ウ) 役位係数 3.6
合併前の被告会社の子会社の代表取締役としての任期が6年以上の場合,役位は被告会社の副社長と同等の扱いをすることになっていた。
(エ) 計算式
400万円(退職時の報酬月額)×20(在任期間に対応する支給率)×3.6(役位係数)=2億8800万円
第5 当裁判所の判断
1 被告会社に対する損害賠償請求の可否(争点1)について
(1) 支給約束違反の有無(争点(1))について
ア 原告らは,被告会社が本件内規をもって原告らに退職慰労金の支払を約束したにもかかわらず,この約束に反し,退職慰労金を支給しない旨主張する。
しかしながら,退職慰労金は当該退任取締役の在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り商法269条にいう「報酬」に該当するから(最二小判昭和39年12月11日民集18巻10号2143頁参照),定款又は株主総会の決議によりその額を定める必要があり,また,被告会社においては,株主総会の決議を経ることなく本件内規に従い退職慰労金が支払うとの慣行があったとも認められないこと(その旨の慣行があったとの原告ら本人の供述及び陳述<甲16,17,26>)は,これらと相反する原告らの記名押印のある被告会社の株主総会議事録(乙7)並びに被告長峰本人及び同辻尾本人の各供述と対比して,採用しない。)に照らすと,本件内規は,取締役会において退任取締役の退職慰労金に関する決議事項を株主総会に提出する際にその算定基準として用いるものか,あるいは,株主総会において,本件内規に基づいて退職慰労金の額を計算すべき旨の決議があった場合に適用されるべき算定基準にすぎないというべきであり,本件内規が存在することをもって,株主総会が退職慰労金の支給を承認せず,又は,退職慰労金の不支給を決定した場合においても,被告会社が退任取締役に対して具体的な退職慰労金の支払請求権が発生することを約束するものではないと解される。
したがって,原告らの上記主張は理由がない。
イ 次に,原告らは,被告ら個人が原告らに対し,被告会社が原告らに退職慰労金を支払うことを約束していることから,被告会社が原告らに対し,退職慰労金の支払を約束したと主張する。
しかしながら,後記2説示のとおり,そもそも,被告ら個人が原告らに対し,上記約束をしたと認めることはできない。
また,仮に被告ら個人が原告らに対し上記約束をしたとしても,商法269条が強行法規であることや,本件各証拠を検討しても,被告会社の全株主が被告ら個人に対し退職慰労金の支払やその金額等の決定権限を委ねていたとの事情が認められないことに照らすと,被告ら個人は被告会社が原告らに対し退職慰労金を支払うことやその金額等を決定する権限を有していたとはいえないから,被告ら個人が原告ら主張の約束をしたとしても,被告会社はこれに拘束されないというべきであり,被告ら個人の約束をもって,被告会社が原告らに対して退職慰労金の支払を約束したと評価することはできない。
したがって,いずれにしても,原告らの上記主張は理由がない。
ウ 以上の次第で,原告らの争点(1)に関する主張は理由がない。
(2) 機関責任の有無(争点(2))について
原告らは,原告らが被告栗和田に対し損害賠償を請求することができることを前提として,被告会社に対し,損害賠償を請求する。
しかしながら,後記2説示のとおり,原告らは被告栗和田に対し,損害賠償を請求することはできないから,原告らの争点(2)に関する主張は理由がない。
(3) 権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反の有無(争点(3))について
原告らは,被告会社が原告らに対し退職慰労金を支給しないことは,権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反に該当すると主張する。
しかしながら,本件各証拠によっても,本件株主総会が原告らに退職慰労金を支給しない旨の決議をしたことが,権利濫用,信義則違反及び公序良俗違反に該当することを基礎づける事実を認めることはできない。
したがって,原告らの争点(3)に関する主張も理由がない。
2 被告ら個人に対する損害賠償請求の可否(争点2)について
(1) 善管注意義務又は忠実義務違反の有無(争点(1))について
ア 原告らは,被告ら個人が被告会社の取締役として,原告らに対し,適正な退職慰労金を支払う義務を負っている旨主張する。
しかしながら,そもそも,株式会社は,定款の定め又は株主総会の決議がなければ退任取締役に退職慰労金を支給することはできないから,被告会社の取締役である被告ら個人は,原告らに対し,直接には,適正な退職慰労金を支払う義務を負うものではない。
もっとも,原告らと被告会社が,原告らの退任時に退職慰労金を支給する旨約していた場合には,原告らは,退任時に,被告会社に対し,株主総会決議等によって具体化する抽象的な退職慰労金請求権を有しており,被告ら個人は,被告会社の取締役として,原告に適正な退職慰労金が支払われるように,株主総会に原告らの退職慰労金に関する議題を提出することを取締役会で決議する義務があると解する余地もある。しかしながら,上記1説示のとおり,被告会社が原告らに退職慰労金を支払う旨の約束をしたと認めるに足りないことに照らすと,被告ら個人が原告らに対し,被告会社の取締役として,原告らの退職慰労金に関する議題を株主総会に提出する義務を負っていると解することもできない。
したがって,いずれにしても,原告らの上記主張は理由がない。
イ なお,仮に被告ら個人に原告ら主張の義務違反があったとしても,本件株主総会が本件議案を承認していること,被告会社の株主総会の意思決定と被告ら個人や被告会社の取締役会の意思決定とは法律上別個独立のものであることからすると,原告らにその主張の損害が発生したと評価することはできないし,仮に損害が発生したと解し得るとしても,被告ら個人の上記義務違反と原告ら主張の損害の発生との間に相当因果関係があると認めることはできない。したがって,この点からも,原告らの上記主張は理由がない。
ウ 以上のとおりであるから,原告らの争点(1)に関する主張には理由がない。
(2) 支給約束違反の有無(争点(2))について
原告らは,被告ら個人が原告らに対し,被告会社が原告らに退職慰労金を支払うことを約束したと主張し,これに沿う原告ら本人の陳述書(甲16,17号証)及びその各供述並びに伊藤稔の陳述書(甲18号証)がある。
しかしながら,原告ら及び伊藤稔の各供述を裏付けるとされる原告湊川作成の手帳(甲19号証)は,同原告の認識を記載したものにすぎないし,そのほかには上記供述及び陳述を裏付ける客観的な証拠がなく,上記供述及び陳述は,これと相反する被告平間本人,同長峰本人及び同辻尾本人の各供述・陳述と対比して,採用できない。そして,本件各証拠を検討しても,ほかに原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告らの争点(2)に関する主張は理由がない。
(3) 条件付法律行為による利益の侵害(争点(3))について
原告らは,被告ら個人が被告会社株主総会の決議を得れば退職慰労金を受領できるとの原告らの利益を侵害したと主張する。
しかしながら,原告らは,被告会社や被告ら個人が,原告らに対し,被告会社が原告らに退職慰労金を支給することを約束したことを前提として,上記主張をするところ,上記説示のとおり,そのような事実は認められないから,原告らの主張はその前提を欠いているといわざるを得ない。
また,仮に被告会社や被告ら個人が原告主張の約束をしたとしても,本件においては,本件株主総会は原告らに退職慰労金を支給しない旨の決議をしており,かつ,被告会社株主総会の意思決定と被告ら個人の意思決定とは法律上別個独立のものであるから,原告らに退職慰労金に相当する利益が発生し得たとはいえないし,利益が発生しないことが確定したことと被告ら個人の行為との間に相当因果関係があるということもできない。
したがって,いずれにしても,原告らの争点(3)に関する主張は理由がない。
(4) 共同不法行為の有無(争点(4))について
原告らは,被告ら個人が原告らに対し,退職慰労金を支払うことを約したことを前提として,被告らが原告らに対し共同不法行為を行ったと主張する。
しかし,上記説示のとおり,被告ら個人が原告らに対し退職慰労金の支給を約したとは認められないし,本件株主総会で本件議案が承認されており,かつ,被告会社の株主総会の意思決定と被告ら個人の意思決定とは法律上別個独立のものであるから,被告ら個人の行為と原告らの被告会社に対する退職慰労金請求権が発生しなかったこととの間に相当因果関係があるということはできない。
したがって,原告らの争点(4)に関する主張は理由がない。
3 結語
以上の次第で,原告らの本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
別紙
平成18年(ネ)第305号事件仮名処理一覧表<省略>