京都地方裁判所 平成16年(ワ)261号 判決 2006年11月30日
原告
A野太郎
同訴訟代理人弁護士
拾井美香
同
戸田洋平
同
武田信裕
同
三野岳彦
被告
国
同代表者法務大臣
長勢甚遠
同指定代理人
奥岡直子
他7名
当事者参加人
C川竹夫
他1名
上記二名訴訟代理人弁護士
北口雅章
同
岩井羊一
主文
一 被告は、原告に対し、三九二九万七七四四円及びこれに対する平成一三年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告と当事者参加人両名との間で、平成一三年一二月一〇日及び同月一三日、受刑者A野梅夫を収容中の名古屋刑務所保護房内で実施された、消防用ホースを使用した同受刑者に対する各放水行為に関する当事者参加人両名の被告に対する求償債務が存在しないことを確認する。
三 被告と当事者参加人C川竹夫との間で、平成一三年一二月一四日、受刑者A野梅夫を収容中の名古屋刑務所保護房内で実施された、消防用ホースを使用した同受刑者に対する各放水行為に関する当事者参加人C川竹夫の被告に対する求償債務が三九二九万七七四四円及びこれに対する平成一三年一二月一五日から被告が原告に対し損害賠償債務として同額を支払った日まで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。
四 被告と当事者参加人B山松夫との間で、平成一三年一二月一四日、受刑者A野梅夫を収容中の名古屋刑務所保護房内で実施された、消防用ホースを使用した同受刑者に対する各放水行為に関する当事者参加人B山松夫の被告に対する求償債務が三九二九万七七四四円及びこれに対する平成一三年一二月一五日から被告が原告に対し損害賠償債務として同額を支払った日まで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。
五 当事者参加人両名の原告に対する請求をいずれも却下する。
六 原告のその余の請求及び当事者参加人両名の被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。
七 訴訟費用は、原告と被告との間で生じた費用は、これを二五分し、その一一を原告の負担とし、その余は被告の負担とし、原告と当事者参加人両名との間で生じた費用は、当事者参加人両名の負担とし、被告と当事者参加人C川竹夫との間で生じた費用はこれを二五分し、その一四を当事者参加人C川竹夫の負担とし、その余は被告の負担とし、被告と当事者参加人B山松夫との間で生じた費用はこれを二五分し、その一四を当事者参加人B山松夫の負担とし、その余は被告の負担とする。
八 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
ただし、被告が原告に対し四〇〇〇万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告は、原告に対し、八八一七万二九六八円及びこれに対する平成一三年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
(1) 原告は、当事者参加人両名に対し、平成一三年一二月一〇日、同月一三日及び同月一四日、受刑者A野梅夫を収容中の名古屋刑務所保護房内で実施された、消防用ホースを使用した同受刑者に対する各放水行為につき、当事者参加人両名が、原告に対し損害賠償義務を有しないことを確認する。
(2) 被告は、当事者参加人両名に対し、平成一三年一二月一〇日、同月一三日及び同月一四日、受刑者A野梅夫を収容中の名古屋刑務所保護房内で実施された、消防用ホースを使用した同受刑者に対する各放水行為につき、当事者参加人両名が、被告に対し求償義務を有しないことを確認する。
第二事案の概要等
一 事案の概要
(1) 甲事件は、亡A野梅夫(以下「A野」という。)の相続人である原告が、被告である国に対し、平成一三年一二月一四日午後二時二〇分ころ、名古屋刑務所(以下「本刑務所」という。)の刑務官であった当事者参加人C川竹夫(以下「参加人C川」という。)及び同B山松夫(以下「参加人B山」という。)らがA野の臀部を露出させた上、A野に対し消防用ホースを用い肛門部めがけて高圧の水を放水する暴行を加え、その結果、翌一五日午前三時一分ころA野を直腸裂開に基づく細菌性ショックにより死亡させたとして、国家賠償法一条一項に基づき、損害金八八一七万二九六八円及びこれに対するA野の死亡日である同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 乙事件は、参加人両名が、原告に対し、参加人両名が平成一三年一二月一〇日、同月一三日及び同月一四日に消防用ホースを使用したA野に対する各放水行為について、参加人両名には、原告に対する損害賠償債務が存在しないことの確認、また、被告に対し、上記各放水行為について、参加人両名には、被告に対する求償債務が存在しないことの確認をそれぞれ求めた事案である。
二 争いがない事実
(1) 当事者
ア A野は、昭和○年○月○日生まれの男子であり、平成一〇年二月二三日、強盗罪により懲役五年五月に処せられ(刑期満了日は平成一五年七月五日の予定)、府中刑務所に入所後、平成一一年一一月一一日に本刑務所に移送されたが、平成一三年一二月一五日、本刑務所で死亡した。
イ 原告は、A野の弟であり、同人の相続人である。なお、原告の外に、A野の相続人はいない。
ウ 平成一三年一二月一四日当時、本刑務所に、参加人C川、D原春夫(以下「D原」という。)及びE田夏夫(以下「E田」という。)は、副看守長として、参加人B山及びA田秋夫(以下「A田」という。)は、看守部長として、それぞれ勤務していた。
(2) 事実経過(年の記載がないものは、すべて平成一三年である)
ア 一二月一四日までの経緯
(ア) A野は、平成一三年ころから、本刑務所の保護房に収容されるようになり、しばしば革手錠も施用されていた。
加えて、A野は、刑務官を罵る、上記保護房内に差し入れられた食事等で房内を汚染する、汚物等を投げる、食物等を監視用カメラのレンズに貼り付けて房内の視察を不能にするなどの態度をとっていた。
(イ) A野が、収容されている保護房内を食物等で汚染すれば、そのまま放置できず、同人を転房させて保護房を清掃する必要があるが、汚染がひどいことから、本刑務所の職員らは、こびりついた汚れを落とすことに苦労していた。そのため、B野冬夫次首席矯正処遇官(以下「B野」という。)は、一一月二七日ころ、C山一郎看守長(以下「C山」という。)らに対し、水を放水してA野を威嚇し、房内の清掃等を妨害させないようにしつつ、房内の汚れを効率的に落とすため、消防用ホースを利用して清掃することを指示した。
(ウ) C山らは、B野の上記指示を受け、参加人C川らに対し、消防用ホースを用いてA野の保護房を清掃するように指示を出し、一一月二八日ころから、A野を保護房から転房させる際に、消防用ホースによる放水が行われた。
(エ) その後、数回、A野が所在する保護房内に、消防用ホースを利用した放水が行われたが、そのうち一二月一〇日及び同月一三日にはA野の身体に向けて放水が行われた(その目的等について争いがある。)。
(オ) 消防用ホースを利用した放水が行われる際に、A野の保護房に行く刑務官は、勤務体制により一、二人の変動はあるものの、D川二郎看守長(以下「D川」という。)、D原、E田、A田及び参加人両名であった。
イ 一二月一四日の放水及びその後の経緯
(ア) D川、D原、E田、A田及び参加人両名らは、一二月一四日午後二時二〇分ころ、A野が所在する保護房に赴き、その後、参加人C川は、A野の臀部に向けて消火用ホースを用いて放水を行った(以下「本件放水」という。)。
(イ) 本件放水直後、A野の肛門部付近から出血が認められたので、参加人B山らは、本刑務所内の法務技官医師であるE原三郎(以下「E原医師」という。)に連絡をした。
(ウ) 保護房に駆けつけたE原医師は、A野を診察したところ、肛門部の止血と縫合の必要性を認め、その処置のためにA野を医務棟に搬送した。
(エ) A野は、一二月一四日午後四時一五分から午後五時五分ころまで、直腸肛門部の縫合手術を受けた(以下「本件手術」という。)が、その後血圧、体温が降下するなどして容態が急変し、同月一五日午前三時一分ころ、死亡した。
第三争点
一 本件放水及び同放水とA野の死亡との因果関係の有無
二 被告の責任
(1) 国家賠償法一条一項による損害賠償請求権の成否
(2) 損害額
三 参加人両名の責任等の有無
第四当事者の主張
一 本件放水及び同放水とA野の死亡との因果関係の有無(争点一)について
(原告の主張)
(1) D原、E田、A田及び参加人両名は、平成一三年一二月一四日午後二時二〇分ころ、A野の転房及び房内の清掃のため保護房へ向かった。
A田は、他の職員とともに消防用ホースを準備し、D原、E田及び参加人B山は、同保護房内に入室して、布団の中にいたA野を、同保護房の床に引き下ろし、同保護房奥に頭を向け、房扉側に足を向けた格好になるよう、うつ伏せの状態にして制圧し、また、E田及び参加人B山は、A野のズボン、パンツ、メリヤス下を引き下ろし、臀部を露出させた。
そして、参加人C川は、A野に対し、懲らしめの目的で、ノズルの先端とA野の臀部との距離が一ないし一・五メートルくらいの位置で、ノズルを右腰辺りに構え、A野の肛門部付近に狙いを定めて、ノズルの先端部をひねり全開にして、水を直線状(一か所に集中するように調整されていた。)に出し、約一〇ないし二〇秒間放水し、放水された水は、A野の肛門部付近に当たった。
(2) 本件放水により、A野は、肛門部裂創及び直腸裂開等の傷害を負い、直腸裂開に基づく細菌性ショックにより死亡した。
(被告の主張)
(1) 原告の主張(1)のうち、平成一三年一二月一四日午後二時二〇分ころ、D原、E田、A田及び参加人両名がA野の転房及び房内の清掃のため保護房へ向かったこと、D原、E田及び参加人B山がA野をうつ伏せにするなどしたこと、A田が消防用ホースを準備したこと、E田及び参加人B山がA野のズボン及び下着を膝付近まで引き下ろし、臀部を露出させたこと、参加人C川がA野に対し放水を行ったことは認めるが、その余の認否は留保する。
(2) 原告の主張(2)のうち、本件放水によりA野が死亡した点を除きおおむね認める。
(参加人両名の主張)
(1) 原告の主張(1)のうち、平成一三年一二月一四日午後二時二〇分ころ、D原、E田、A田及び参加人両名がA野の転房及び房内の清掃のため保護房へ向かったこと、A田が他の職員とともに消防用ホースを準備したこと、D原、E田及び参加人C川がA野を保護房奥に頭を向け房扉側に足を向けた格好になるよう、うつ伏せの状態にして制圧したこと、A野の下半身の下着が引き下ろされて、同人の臀部が露出した状態になったこと、参加人C川が、A野の臀部に向けて放水したことは認めるが、その余は否認する。
本件放水により、直腸裂開及び肛門部裂創が生じ得ないことは、①A野の肛門部裂創及び直腸裂開の創傷の特徴、具体的には、A野の肛門部裂創の形状、肛門部負傷の深さ等、②本件放水の水圧、放水の角度と肛門部から直腸の走行方向との関係、③A野の身体ないし遺体の状況から判断される受傷時から本件手術時あるいは死亡時までの経過時間等に加え、平成一三年一二月一〇日に実施された放水時にはA野が負傷していないことからも明らかである。
(2) A野は、プラスチック製水筒(ポット)を破壊して、プラスチック片を作出し、同プラスチック片をA野の肛門に挿入したが、同行為により、A野の直腸が裂開し、当該裂開創から直腸内の糞便等が腹腔内に流出して、A野は、糞便性腹膜炎を発症し、敗血症性ショックにより死亡した。
二 被告の責任(争点二)について
(1) 国家賠償法一条一項による損害賠償請求権の成否(争点(1))について
(原告の主張)
ア 本件放水は、受刑者たるA野の懲罰ないし制圧として行われているから、刑務官の職務執行である。
イ(ア) 参加人両名らは、本件放水当時、A野が刑務官による清掃・転室を妨害するおそれがなく、清掃・転室を実施するために実力行使を行う必要性は全く存しなかったにもかかわらず、一「原告の主張」記載のとおり、A野に対し、高圧の水を放水したのであるから、本件放水は違法行為である。
(イ) これに対し、参加人両名は、後記のとおり主張するが、イ)A野の身体を洗浄するために消防用ホースを用いて洗浄する必要性はないし、ロ)本刑務所の幹部は、参加人両名に対し、A野の身体に向けて直接放水することを容認するような指示をしておらず、また、仮に、同幹部が、参加人両名らに対し、A野の身体に向けて直接放水することを容認するような指示を出していたとしても、同指示自体違法であるから、参加人両名の主張には理由がない。
ウ そして、D原、E田、A田及び参加人両名は、本件放水行為によりA野の生命・身体が害されることを意図して、又は、害されることを認識ないしは予見しながらそれを容認して、本件放水を行っているから、同参加人らには故意が認められる。
仮に、D原、E田、A田及び参加人両名に故意が認められないとしても、同参加人らは、本件放水行為によりA野の身体・生命が害されることを容易に予見することが可能であったから、同参加人らには過失が認められる。
エ よって、D原、E田、A田及び参加人両名らは、被告の公権力の行使に当たる公務員であり、その職務を行うことについて、上記のとおり、故意又は過失により本件放水行為をなし、A野を死亡させたのであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づく責任がある。
(被告の主張)
原告主張の本件放水行為が、職員が職務を行うに際してなされたものであることは認めるが、その余の原告の主張は争う。
(参加人両名の主張)
平成一三年一二月当時、A野の身体やA野が所在していた保護房内は清掃等が必要であり、かつ、A野が参加人両名ら本刑務所職員に対して暴行ないし暴行気勢を示す中で、参加人両名ら本刑務所職員がA野の下半身等をちり紙で拭き取るといった作業を行うことが現実的でなかったところ、参加人両名らは、D川の指示に従い、A野の身体、同保護房内の清掃等を目的として、広がりを持った放水態様となるようノズルを調整した上で、A野に対し放水を行ったのであるから、同行為は適法である。
(2) 損害額(争点(2))について
(原告の主張)
A野は、次のとおり、合計八八一七万二九六八円の損害を被った。
ア 逸失利益 四〇一七万二九六八円
A野は、高校中退後、建築作業員、クラブの従業員、トラックの運転手等の職に従事していた。また、A野に婚姻歴はなく、死亡当時四三歳であった。したがって、A野の死亡による逸失利益は、次のとおり、合計四〇一七万二九六八円である。
四八五万二三〇〇円(平成一三年賃金センサス中卒男子全年齢平均)×(一-〇・四<控除率>)×一三・七九八六(労働喪失期間二四年のライプニッツ係数)=四〇一七万二九六八円
イ 慰謝料 四〇〇〇万〇〇〇〇円
本件は、受刑者を正しく処遇し、社会復帰を援助すべき国家の刑務官が懲らしめ目的で、受刑者の臀部を露出させ、その肛門部目掛け消防用ホースで高圧の水を放水するという常軌を逸した行為により受刑者の死亡という重大な結果を惹起した事案であり、本件の行為者たる刑務官は特別公務員暴行陵虐致死罪により起訴され、刑事責任を追及されている。このような重大な人権侵害事案において、被告の責任は極めて重いというべきである。
また、連日の放水により生命・身体の危険に曝されつつ、最終的には高圧の水を至近距離で肛門部目掛けて直撃させるという極めて屈辱的かつ残忍な暴行により、四三歳の若さで生命を奪われたA野の精神的苦痛は計り知れない。これを強いて金銭的に評価すれば、四〇〇〇万円をもって慰謝するのが相当である。
ウ 弁護士費用 八〇〇万〇〇〇〇円
本件は、多数の公務員が事件に関与しており、事実関係が極めて複雑かつ難解で、証拠収集、事実関係の分析等のアドバイスを得ることなどを含めて、法律専門家である弁護士にその訴訟手続等を依頼することが必要であった。上記の逸失利益及び慰謝料の合計八〇一七万二九六八円を請求する民事訴訟における標準的な弁護士費用は、九二〇万円と見積もられるところ、原告は本件訴訟手続を弁護士に委任するにあたり、その標準額に従って弁護士費用を支払う旨約している。このうち、本件違法行為と相当因果関係のある損害として被告が賠償すべき金額としては、八〇〇万円と認めるのが相当である。
(被告の主張)
ア 原告の主張アは争う。
A野は、生前約一〇年間暴力団組織に所属していたほか、昭和六三年以降強盗罪等により三回にわたり懲役刑に処せられた上、第二の二(1)のとおり、死亡時も刑に服しており、かつ、その余の期間も定職に就いていないし、死亡前のA野の具体的な職務内容や、A野がその生活費を超えて収入を得ていたか否かは明らかではないから、A野が生前得ていた収入を確定することはできず、A野の逸失利益の発生を認めることは困難である。
また、上記の事実に照らすと、A野が将来的に生涯を通じて賃金センサスと同程度の収入を得られる蓋然性があるとは予測し得ないから、賃金センサスはA野の逸失利益算定の基礎資料とはなり得ない。
なお、原告は、A野の労働喪失期間が二四年であることを前提としているが、A野の刑期満了日は、第二の二(1)のとおり、平成一五年七月五日であり、死亡後一年六か月余りは就労不能であったから、この期間を就業可能年数に含めるのは相当ではない。
イ 原告のその余の主張は争う。
(参加人両名の主張)
原告の主張は争う。
三 参加人両名の責任等の有無(争点三)について
(参加人両名の主張)
(1) 原告は、現時点では、参加人両名に対し、損害賠償を請求していないが、原告は、参加人両名の行為をもって特別公務員暴行陵虐致死罪・同幇助罪の構成要件に該当するとの検察庁の判断に依拠して、被告に対し損害賠償の支払を求めているのであるから、その前提において、参加人両名らの行為責任追及の姿勢を示しているといい得るし、また、仮に、被告が、甲事件において原告に敗訴すれば、事件の性質上、参加人両名に対し求償権を行使する可能性が高いといい得るから、参加人両名には、乙事件を提起することにつき、確認の利益がある。
(2) 上記一、二「参加人両名の主張」記載のとおり、本件放水行為は適法であり、また、参加人らが平成一三年一二月一〇日、同月一三日にA野に対し行った放水行為は、A野がその特異な性癖から、自らの身体・着衣等を糞尿まみれで不衛生な状態にしていたこと等の事情により、洗浄目的で行われたものであり適正・適法な行為であるから、参加人らは、原告に対し、上記各行為につき何らの損害賠償債務を負わず、また、被告に対し、同各放水行為につき求償債務を負うものでもない。
(原告の主張)
(1) 参加人両名の確認の利益の有無は、不知ないし争う。
原告が、参加人両名に対し、損害賠償請求をするかどうかは未定である。
(2) 参加人両名の主張(2)は否認ないし争う。
(被告の主張)
参加人両名が、乙事件につき、確認の利益を有することは認める。
第五当裁判所の判断
一 認定事実
(1) 第二の二の事実に、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。
ア 本件放水前のA野の状況等
(ア) A野は、暴行のおそれや大声を出す行為等を理由に、第二の二(2)アのとおり、本刑務所保護房に収容されるようになった者であり、本刑務所の刑務官から、粗暴性を理由に処遇困難な要注意者として把握されていた。
ただし、本刑務所の刑務官によりA野が自傷行為や自殺行為を行ったことが発見されたことはなく、また、本刑務所において作成された身分帳等にA野が同性愛的傾向を有しているとの記録がされた事実はない。
(イ) A野は、平成一三年一二月一〇日に本刑務所の保護房に収容された後、同月一四日までの間、上記保護房に継続して収容されていたが、同月一〇日から同月一三日までの間、連日、本刑務所保護房第一室と同第二室間で転房がされ、その際、A野の身体に向けた放水行為が行われた。
(ウ) A野は、平成一三年一二月一三日、本刑務所内の医師が診察を行った際、その顔色は良好であり、食事も摂取していた。
イ 本件放水の状況(本項の時刻は、平成一三年一二月一四日のものである。)
(ア) D原、E田、A田及び参加人両名は、午後二時過ぎころ、A野の転房のために、A野が収容されている保護房第二室に赴いた。
(イ) 遅くとも、保護房第二室前に参加人両名らが集まるまでの間に、参加人C川が、当日、放水を行うことが決まっていた。そして、そして、参加人C川は、A田らが消防用ホースを準備した後、午後二時二〇分ころ、D原が保護房第二室の扉を開けるや、同室内に向け、消防用のホースから放水をした。
(ウ) 参加人B山は、前項の放水がいったん終了した後、E田及びD原と保護房第二室に入り、E田及びD原と共に、A野を布団から出し、同室のほぼ中央付近でA野の頭を奥に、足を出入口に向けてうつ伏せにしてA野を制圧した上、同人のズボンやパンツ等を引き下ろし、その臀部を露出させた。
(エ) E田は、(ウ)の際、A野の臀部をのぞき込み、肛門等に便等の汚物等が付着していないかを確認したが、特に付着していた物は認めず、また、その際、A野が履いていたパンツ等に血が付着していることも認めなかった。
(オ) 参加人C川は、保護房第二室の出入口付近において、消防用ホースの筒先をやや下に向け、一〇ないし二〇秒程度、A野から約一ないし二メートルの距離から、直線上の放水を足を少し開き気味でうつ伏せになっていたA野の肛門部付近に直接当てたが、その際、A野は、特に抵抗をすることはなかった。
なお、本件放水時に消防用ホースの先に取り付けられていた筒先は、ダブルアクションノズルと称されるものであり、放水者の手元で噴霧の角度等を調節できるものであった。
(カ) A田、D原、E田及び参加人B山は、本件放水の状況を見ていたところ、E田及び参加人B山は、本件放水開始後間もなく、A野の肛門部付近から太腿内側にかけて筋状に血液が垂れているのを認め、本件放水をやめるように声を上げ、本件放水は止められた。
ウ 本件手術時のA野の状況等
(ア) E原医師は、本件手術時、A野の肛門部を確認すると、同部には、仰臥位五時方向及び一〇時方向に、それぞれ肛門部出口から約四センチメートルほど奥の直腸粘膜(歯状線)に達する裂創があると診断したが、視診可能な肛門部出口から六、七センチメートル奥までの範囲では、上記以外の傷を確認できなかった。なお、その裂創は、いずれも創面が不整で鈍的な外傷であり、刃物のような鋭利な凶器によるものとは異なる形状であった。
(イ) 本件手術に立ち会った本刑務所医務部保健助手(看守部長)A川四郎は、本件手術の直前、A野の肛門部の写真を撮影した(以下、同写真を「本件手術時の写真」という。)。
エ 死体解剖
(ア) 名古屋市立大学医学部法医学教室教授長尾正崇(以下「長尾教授」という。)は、平成一三年一二月一七日午後〇時一六分から午後四時四七分にかけて、A野の遺体を解剖した(以下「本件解剖」という。)。
(イ) 長尾教授は、本件解剖の結果、A野の腹腔内には一二〇〇ミリグラムの軟便を混じえた茶褐色粘液成分が存したこと、同人の直腸は肛門より約一一センチメートルの箇所で口側に向かい五センチメートル裂開し、腹腔内より裂開創が露見できるなどと診断した上で、A野の死因は、直腸裂開による汎発性腹膜炎であると鑑定した(以下、この際、撮影された写真を「本件解剖時の写真」という。)。
オ 動物実験
(ア) 名古屋地方検察庁検事葛西敬一は、平成一五年二月八日、帝京大学名誉教授石山昱夫(以下「石山教授」という。)及び同大学医学部助教授田村弘(以下「田村助教授」という。)の立会いのもと、次のとおり、豚を用いた実験を行った。
a 麻酔を施した豚Aをうつ伏せに寝かした上、その両足を簀の子の両端に固定した上、同豚の肛門部が見える状態にし、消防車の消防ホースと連結された筒先を地面と水平の状態にした上で、一〇秒間、同肛門部から一・五メートルの距離から、同肛門部付近に放水(水圧〇・六kg/cm2)を行った。
b 上記実験の後、前同様の条件で、三〇秒間、豚Aの肛門部付近に放水を行った。
c 前同様の条件で、一五秒間、麻酔を施した豚Bの肛門部付近に放水を行った。
(イ) 石山教授及び田村助教授は、上記実験に立ち会い、また、同実験後当該豚を解剖した上で、イ)一〇秒間放水を行った豚Aにつき同豚の肛門部がびらん状となり、肛門部分を全体として充血が認められること、ロ)さらに三〇秒間放水を行った豚Aにつき、同豚の肛門が脱肛するとともに、直腸前面の上部に約七センチメートルの裂開がみられること、その腹腔内に七リットル以上の水が存したこと、及びその直腸上端部に穿孔が存すること、ハ)豚Bにつき、その肛門部に直腸上皮の裂創二条が存すること、その直腸のやや左側に裂開部が存すること、及びその腹腔内に約三・五リットルの水が存することなどをそれぞれ確認した。
カ 放水実験
(ア) 平成一五年二月三日、本刑務所において、トヨタ防災株式会社消防設備士(現在、同社代表取締役)阿垣等(以下「阿垣」という。)の立会いの下、同所内に設置された屋外消火栓を用いて、放水実験並びに同放水に関する水圧及び水量測定が行われた(以下、同放水実験等を「本件放水実験」という。)。
(イ) 名古屋地方検察庁特別捜査部検察事務官小林匡之作成の捜査報告書(放水実験等)には、上記放水実験につき、次のとおりの結果であったとの記載がある(以下。同報告書を「本件報告書」という。)。
a 消水栓 第二工場前に設置されている屋外消火栓
使用した消防ホース 二本(二〇m×二=四〇m)
消水栓の状態 全開
使用ノズル ダブルアクションノズル
ノズル先端からの距離 一メートル
水圧(約kg/cm2) 〇・六
水量(約l/毎分) 二〇一・四
b 消火栓 第四舎前防災倉庫付近に設置されている屋外消水栓
使用した消防ホース 三本(二〇m×三=六〇m)
消火栓の状態 全開
使用ノズル ダブルアクションノズル
ノズル先端からの距離 一メートル
水圧(約kg/cm2) 〇・六から〇・七
水量(約l/毎分) 二〇一・四
(2)ア 上記イ(ウ)の認定に対し、参加人B山は、参加人両名の刑事裁判(名古屋地方裁判所平成一五年(わ)第四二二号特別公務員暴行陵虐致死被告事件<参加人C川>、同第五九〇号同幇助被告事件<参加人B山>。以下同様。)における被告人質問(丙三八から四二)において、同参加人が、本件放水直前、A野のズボン等を引き下ろしていない旨供述するが、①E田は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(甲七〇)、同人の刑事裁判(名古屋地方裁判所平成一四年(わ)第二九二一号、同平成一五年(わ)第五八九号特別公務員暴行陵虐致傷、特別公務員暴行陵虐致死幇助被告事件。以下同様。)における被告人質問(甲六七の一)又は同人の検察官に対する供述調書(甲一五、一七)において、参加人B山が、本件放水直前、A野のズボン等を引き下ろしたとの趣旨の供述をし、かつ、この供述の信用性を疑わせる事情は窺えないこと、②参加人B山は、検察官に対する供述調書(甲二三)において、E田の上記供述と同趣旨の供述をしたのに対し、上記被告人質問においては、供述を変遷させているところ、この変遷について合理的な説明をしていないこと、③《証拠省略》によると、参加人B山は、自身の刑事裁判の罪状認否において、同参加人が本件放水直前、A野のズボン等を引き下ろしたことを認めていたことが認められることなどに照らすと、E田の上記供述は採用でき、他方、同参加人の上記供述は採用できない。
イ また、参加人B山は、参加人両名の裁判における被告人質問(丙三八、四〇)において、上記イ(エ)の認定に反する趣旨の供述をするが、同供述は後述(二(2)ア(イ))のとおり採用しない。
ウ 次に、上記イ(オ)の認定に対し、参加人C川は、参加人両名の刑事裁判における被告人質問(丙四三から四六)又は同参加人の検察官に対する供述調書(甲三四)において、同参加人が、A野の臀部から二メートル以上離れた位置から、同臀部に対し、筒先の目盛りを(最も水圧の高い目盛一から落とした)二ないし三に調節し、筒先から出される水を直線上ではなく、広がりのある形にして、一、二秒間放水した旨供述し、参加人B山も、参加人両名の刑事裁判における被告人質問(丙三八ないし四二)において、参加人C川が、A野の臀部に対し、数秒間、広がりのある水であるけれども広角より直線状に近い水を放水した旨供述する。
しかし、①E田が、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(甲七〇)、同人の刑事裁判における被告人質問(甲六七の一)、又は同人の検察官に対する供述調書(甲一五、一七)において、大略、参加人C川が、A野の臀部から約一から二メートルの距離で、同部に対し、一〇秒ないし二〇秒程度、直線上の放水を行っていたとの趣旨の供述をし、A田も、同人の検察官に対する供述調書(甲二九)において、参加人C川が、A野の臀部から約一メートルの距離で、同部に対し、数十秒程度、直線状の放水を行ったとの趣旨の供述をし、かつ、E田及びA田の上記各供述の信用性を疑わせる事情は窺えないことに加え、②参加人B山も、同人の検察官に対する供述調書(甲二三)においては、参加人C川が、A野の臀部から一・五メートルの距離で、同臀部に対し、一〇秒程度、筒先から出される水が一か所に集中するように絞られた状態で放水を行っていた旨供述していることに照らすと、E田及びA田の上記各供述は採用でき、他方、参加人両名の刑事裁判における上記供述及び参加人C川の検察官に対する上記供述は採用できない。
二 本件放水及び同放水とA野の死亡との因果関係の有無(争点一)について
(1) 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実の存在を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものであるところ、①上記一(1)の認定事実、特に、イ)E田が、本件放水の直前、A野の臀部を確認した際に、同臀部に特段の異常を認めず、A野の下着にも特段の異常を認めなかったこと、ロ)A野の肛門部付近に向けて、一〇秒ないし二〇秒の間、直線状の放水がなされていたこと、ハ)本件放水開始後、参加人B山及びE田が、A野の肛門部付近から出血していることに初めて気付いたことなどを総合すると、本件放水と上記出血が時間的、場所的に極めて近接しているといえること、②上記一(1)オの動物実験の結果に、《証拠省略》を総合すると、人体の肛門部に水が浸入した場合には、その浸入した水の水圧の程度等の如何によっては、肛門部及び肛門部の奥に位置する直腸等に裂開等の傷害を負わせる蓋然性があると認められること、③本件全証拠をもってしても、平成一三年一二月一四日あるいはこれに近接した日時に、本件放水以外にA野の直腸裂開及び肛門挫裂創の発生原因となり得る事象があったとは窺えないこと(後述のとおり、参加人らが主張するA野の肛門部裂創及び直腸裂開の原因ないし機序は、単に推測を述べるものにすぎず、そのような行為があった蓋然性を窺わせる客観的な裏付けもない。)に照らすと、その具体的な発生機序は必ずしも明確でない点はあるものの、なお、本件放水によりA野の直腸裂開及び肛門部裂創が生じたと推認される。
(2) これに対し、まず、参加人らは、①A野の肛門部裂創及び直腸裂開の発生時期が本件放水時以前であること、②本件放水の水圧等に照らし、同放水によりA野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じ得ず、また、A野の本件手術時及び解剖時の身体ないし遺体の状況からして、本件放水によりA野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じたことはあり得ないことなどを挙げて、本件放水によりA野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じたのではないと主張し、長尾教授、名古屋大学大学院教授二村雄次(以下「二村教授」という。)、名古屋大学大学院教授武田邦彦(以下「武田教授」という。)及びE原医師は、それぞれ同主張に沿う意見を述べるので、以下、検討する。
ア まず、A野の肛門部裂創及び直腸裂開の発生時期の点から検討する。
(ア) この点、長尾教授は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙二八、三二、三三)において、イ)本件解剖時のA野の腹腔内の腹水の量、ロ)本件手術時の写真上、A野の肛門裂創部の創縁に浮腫が認められること、ハ)本件解剖時の写真上、線維素の析出が認められることを主な理由として、A野が肛門部裂創及び直腸裂開を受傷したのは、死亡時から約一日程度遡ったころであると証言し、二村教授は、イ)同人の参加人両名代理人に対する供述調書(丙五)及び同人作成の証明書(丙六)において、本件解剖時の写真上、線維素の析出所見が認められることを理由に、A野が直腸裂開の傷害を負ったのは死亡後約一日を遡ったころであると、ロ)同刑事裁判における証人尋問(丙二九、三四、四七)及び同人の上記供述調書において、本件手術時の写真上、A野の肛門部裂創の創縁部に浮腫が認められ、同浮腫は受傷後一、二時間では生じ得ないことを理由に、A野の肛門部裂創を受傷したのは本件放水以前であるとそれぞれ証言又は供述し、E原医師は、同人の参加人両名に対する供述調書(丙四九)において、イ)本件解剖時のA野の腹腔内の腹水の量、ロ)本件手術時の写真上、肛門部裂開創の創辺縁に浮腫が認められ、同浮腫は受傷後二、三時間では生じ得ないこと、ハ)同医師がA野を診察した際、A野の肛門部の創傷の受傷時期は、本件手術時から遡って四、五時間は経過しているとの印象を抱いたことを主な理由として、A野の肛門部裂創を受傷したのは本件放水以前であると供述する。
しかし、長尾教授らの上記供述を前提にしても、受傷者の個体差によって受傷時からその創縁部に浮腫が発生するまでの時間が前後する可能性は排斥できないことに加え、二村教授自身が、上記証人尋問(丙三四、四七)において、受傷の態様によって受傷後から浮腫発生までの時間が異なることを認める趣旨の説明をしているとおり、受傷の態様によってはその創縁部に浮腫が発生するまでの時間が変化し得るのであるから、仮に、A野の肛門部創縁に浮腫が認められたとしても、そのことのみから、同部裂開の受傷時期が本件手術時から二時間以上経過していると断ずることはできない。
また、二村教授は、上記証人尋問(丙二九、三四、四七)において、本件解剖時の写真上、線維素の析出所見が認められるところ、同所見からは直腸裂開から死亡時までは半日以上を経過していると証言しており、同証言を前提とするとA野の死亡時から半日ほど遡った本件放水時に直腸裂開が生じたと考えたとしても矛盾がないこと、また、石川教授が、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙四)において、一般に線維素の析出所見が肉眼で確認できるのは、受傷後三から四時間を経過する必要があると証言していることなどに照らすと、長尾教授らの上記供述を前提としても、線維素の析出所見と、A野の直腸裂開が本件放水により生じたと推認することは矛盾しない。
さらに、上記一(1)エのとおり、本件解剖時に、A野の腹腔内には一二〇〇ミリリットルの軟便を混じえた茶褐色粘液成分が認められ、かつ、この点について長尾教授が、同裁判における証人尋問(丙二八)において、上記茶褐色粘液成分は水で薄まった色調ではなかったと証言しているが、この点につき、石山教授は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙三)及び同人の鑑定書(甲五二)において、A野の腹腔内の液体の量は、確かに、一般に腹膜炎発症後半日を経過した際の腹水の量と比較して多量であると考えられるものの、本件放水により肛門部から浸入した水が腹腔内に進入した可能性を考慮すれば、当該腹腔内の液体の量から、A野の直腸裂開が本件放水により生じたと考えたとしても矛盾はしないと証言又は供述しており、この証言ないし供述内容自体は必ずしも不合理とはいえないことや長尾教授の上記証言も上記茶褐色粘液成分の色調を視認した結果を述べたものであり、当該粘液成分にA野の身体の外部から浸入した水分が含まれないことを何らかの方法で鑑別したものとは認められないことからすれば、本件解剖時にA野の腹腔内に一二〇〇ミリリットルの軟便を混じえた茶褐色粘液成分の存在した事実から、本件放水以前に直腸裂開が生じていたとまで認めることはできない。
以上の説示を総合すると、長尾教授らが指摘するその余の点を考慮に入れても、肛門部裂創の状況やその他A野の身体ないし遺体の状況から、肛門部裂創及び直腸裂開が本件放水以前に生じていたと断ずることはできない。
(イ) 次に、C山は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙三五)において、「平成一三年一二月一四日午後四時過ぎころ、本件放水が行われた保護房第二室に赴いたところ、同室内にA野が着用した衣類があり、同衣類には染みが付着していた。C山は、B原五郎副看守長に対し、同衣類を保管することを指示した。その後、A野が医務棟に収容された後に、回収されたA野の下半身の着衣を点検した際、ズボン及びメリヤスの股の付け根部分に直径一五センチメートルの黒みの強い茶褐色の染みがあった。」と供述し、参加人B山は、参加人両名の刑事裁判における被告人質問(丙三八、四〇)において、「本件放水時、A野のズボンが膝まで下がった状態で、A野が履いていたメリヤスの股間の部分が真っ黒になっていた。」と供述する。
しかし、参加人B山の検察官に対する供述調書(甲二〇から二六)には上記各証言ないし供述と同趣旨の記載がなく、逆に、参加人B山の検察官に対する平成一五年二月二八日付け供述調書(甲二三)には、本件放水直前にズボン等をA野の膝の辺りまで下げた際のことにつき、「私が見たところ、A野の尻やその周りには、大便など付いていませんでしたし、血も見当たりませんでした。」との記載がある上、仮に、C山及び参加人B山が証言するような着衣が存在していた場合には、同着衣が証拠として保存されていてしかるべきであるところ、同着衣は、現在、当裁判所に証拠として提出されていない。
また、C山及び参加人B山の上記証言に反し、E田は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(甲六九、七〇)、E田の刑事裁判における被告人質問(甲六七の一)、及び同人の検察官に対する供述調書(甲一五、一七)において、E田が本件放水直前のA野のパンツを見た際、同パンツに血が付着していることに気付かなかったと証言又は供述し、同供述には特段その信用性を疑う事情が認められない。
加えて、C山の上記証言に反し、B原五郎副看守長は、同人の検察官に対する供述調書(甲四三)において、同人は平成一三年一二月一四日午後三時四〇分までに保護房第二室等の清掃を終え、同室から退去した旨供述しており、この供述には特段その信用性を疑う事情が認められない。
以上の説示に照らすと、C山及び参加人B山の上記証言は採用できないから、同各証言を前提に、本件放水以前からA野が肛門部裂創等の傷害を負っていたと認めることはできない。
(ウ) よって、A野の肛門部裂創及び直腸裂開の発生時期の点を理由に、(1)の認定事実を覆すことはできない。
イ 次に、本件放水の水圧等に照らし、同放水によりA野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じ得ず、また、A野の本件手術時及び解剖時の身体ないし遺体の状況からして、本件放水により、肛門部裂創及び直腸裂開が生じたことはあり得ないといえるか否かにつき検討する。
(ア) この点、①二村教授は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙二九、三四、四七)及び同教授の参加人両名代理人に対する供述調書(丙五)において、腹臥位の人の肛門に向かい、斜め上方から放水を行った場合、放水の角度と肛門管の角度が逆方向になることから、肛門から直腸に水が浸入することはないところ、本件放水は、A野の肛門に斜め上方から行われていること、本件放水の際の水圧を前提にすれば、同人の肛門部の括約筋の働きにより肛門部から水が浸入しないことなどを理由として、②長尾教授は、上記裁判における証人尋問(丙二八、三三)において、A野の肛門周囲に表皮剥脱がなく、また、直腸裂開を引き起こす程度の放水がA野の肛門部に当たった形跡がないこと、例えば腹腔内に残存していた水の量など上記一(1)オの動物実験の結果とA野の状態が異なっていることなどを理由として、③E原医師は、同人の参加人両名代理人に対する供述調書(丙四九)において、腹臥位の人の肛門に向かい斜め上方から放水を行った場合、放水の角度と肛門管の角度が逆方向になることから、肛門から直腸に水が浸入することはないこと、A野の肛門の裂開創は、肛門管側にもあり、この創傷は肛門管内部から出口に向かって、内側から外側に掻き出すような力が加わらないとできないことなどを理由として、本件放水によりA野の肛門部裂創、直腸裂開は生じ得ないとそれぞれ証言又は供述をする。
しかし、長尾教授及び二村教授が、上記裁判における証人尋問(丙三三、三四、四七)において、肛門括約筋の力を上回る水圧があれば水が肛門部に浸入することがあり得ると供述していることや肛門括約筋がどれほどの水圧に耐え得るのかとの点に関する文献や資料を有していないと証言していること、上記一(1)イ(オ)認定のとおり本件放水時にA野が抵抗しなかったことなどからすると、A野が前日までの放水行為等により身体衰弱の状態にあった可能性も排斥できず、肛門括約筋の働きにより本件放水がA野の肛門部に浸入した可能性がないとは断言できない。
また、長尾教授が、上記裁判における証人尋問(丙三三)において、仮に、肛門括約筋に抗して水が入るだけの水圧が本件放水にあれば、本件放水の角度と直腸の走行角度にかかわらず、本件放水が肛門部に浸入した上で直腸部に浸入することはあり得ると証言していることからすると、本件放水の角度及び直腸の走行角度のみをもって、本件放水によりA野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じ得ないと考えることはできない。
さらに、《証拠省略》によると、本件手術前のA野の肛門部の周辺は充血しており、同充血が本件放水により生じたと考えることも十分可能であることや、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、A野に直腸裂開を生じせしめる程度の水圧により放水がなされ、同放水が同人の肛門に当たった場合に、必ず同人の肛門部に表皮剥脱が生じるとまで認めることはできず、このことは上記一(1)オの動物実験の結果を考慮しても左右されないことからすると、本件手術時及び本件解剖時のA野の肛門部の状態をもって、本件放水がA野の肛門部に直接当たっていないということはできない。
そして、上記一(1)オの動物実験の結果とA野の身体ないし遺体の状態を比較すると、腹腔内に残存した水分の量、表皮剥脱の有無等の肛門部の状態などの点で異なる点があるが、同動物実験に行われた放水と本件放水とでは消防用ホースの筒先から肛門部までの距離等の条件が異なるし、動物実験の対象となった豚とA野とでは当然身体の構造が異なるのであるから、上記動物実験の結果とA野の身体ないし遺体の状態が異なっていることを理由に、A野が本件放水により肛門部裂創及び直腸裂開が生じたことを否定することはできない。
(イ) また、以上の説示に加え、長尾教授、二村教授及びE原医師がその他指摘する点や、武田教授の意見書(丙四八)や阿垣等の参加人両名代理人に対する供述(丙五〇)等参加人両名が提出するその余の証拠を考慮に入れても、なお、本件放水によりA野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じ得ないとはいえない。
ウ よって、本件放水により、A野の肛門部裂創及び直腸裂開が本件放水により生じることがあり得ないとの参加人両名の上記主張は採用できない。
(3) 次に、参加人両名は、A野が、本件放水前にプラスチック製のポットを破損した上で、それによって生じたプラスチック片を自らの肛門部に挿入したことによって、A野の肛門部裂創及び直腸裂開が生じたと主張するので、以下、検討する。
ア まず、本件放水時及び同放水直後、保護房第二室にプラスチック片が存在していたか否かにつき検討するに、C山は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙三五)において、本件放水後、平成一三年一二月一四日午後四時過ぎころ、保護房第二室に赴いたところ、同室内に破損したプラスチック片が点在していた旨証言する。しかし、参加人B山は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙四一)において、本件放水当日である平成一三年一二月一四日当時を含め、A野が収容されていた保護房内にプラスチック片があることを見たことがないと供述し、B原五郎副看守長は、同人の検察官に対する供述調書(甲四三)において、本件放水当日、同放水後午後三時四〇分までに保護房第二室を清掃し終えたと供述している一方で、当時、プラスチック片が存在したとの供述はしていない。加えて、参加人両名が主張するプラスチック片が証拠として保存された形跡もないことからすれば、C山の上記証言は、少なくともB原五郎副看守長の上記供述と整合しないし、また、客観的な裏付けも欠くといわざるを得ない。以上に照らすと、C山の上記証言は採用することができない。
イ 次に、本件全証拠をもってしても、本件放水時及び同放水直後、保護房第二室に参加人両名が主張するようなプラスチック片が存在していたことを窺わせる証拠はない(なお、平成一三年一二月一三日の処遇表<甲四六号証添付資料二>の記載は、A野が大声を出していたり、あるいは物音がした旨を記載しているにすぎず、プラスチック製ポットの破壊行為があったことが記載されているものではないから、裏付けとはならない。)。
ウ また、上記一(1)ア認定のとおり、A野は、本件放水以前に、自傷行為や自殺行為を行ったことを本刑務所の刑務官に発見されたことがなく、また、本刑務所の身分帳等にA野が同性愛の傾向も有していたとの記載もないことからすれば、A野がプラスチック片を自らの肛門部に、自傷行為あるいは自慰行為の目的で挿入した可能性が高いとはいえない。
エ さらに、仮に、A野が何らかの目的で本件放水以前にプラスチック片を自らの肛門部に挿入し、これにより肛門部裂創及び直腸裂開が生じていれば、本刑務所の刑務官に対し、上記裂創による痛み等を訴えてしかるべきであるし、本件放水時に、参加人両名らが、A野の異常に気付く可能性が高いと思われるにもかかわらず、本件全証拠をもってしてもそのような形跡はなく、逆に、E田は、先述のとおり、本件放水直前のA野のパンツを見た際、同パンツに血が付着していることに気付かなかったと証言又は供述している。
オ そして、長尾教授は、参加人両名の刑事裁判における証人尋問(丙二八、三三)において、二村教授は、同裁判における証人尋問(丙二九、三四、四七)及び同教授の参加人両名代理人に対する供述調書(丙五)において、E原医師は、参加人両名代理人に対する供述調書(丙四九)において、プラスチック片をA野の肛門部に挿入することにより同部の裂創及び直腸裂開を生じさせることができると証言又は供述をするが、同証言又は供述を前提としても、それは、あくまで、一般論として、A野の肛門部裂創及び直腸裂開がプラスチック片の挿入により生じ得ることが認められるに止まり、それを超えて、A野の肛門部裂創及び直腸裂開の原因がプラスチック片の挿入であったと認めることはできず、また、その可能性が高いということもできない。
カ 以上の説示からすると、本件放水以前に、A野が、プラスチック製ポットの破損により生じたプラスチック片を自らの肛門部に挿入し、肛門部裂創及び直腸裂開が生じたと考えることはできないのであり、このことは、仮に、本件放水以前に、保護房第二室に収容中のA野に対し、プラスチック製ポットにより湯茶等の支給がなされていたことが認められたとしても左右されるものではない。
キ よって、参加人両名の上記主張は採用できない。
三 被告の責任(争点二)について
(1) 国家賠償法一条一項による損害賠償請求権の成否(争点(1))について
ア 原告は、D原、E田、A田及び参加人両名は、公権力の行使に当たる公務員であり、その職務を行うについて、故意又は過失により違法行為である本件放水行為をなし、A野を死亡させたのであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき賠償すべき責任があると主張するので、以下検討する。
イ 参加人C川について
(ア) まず、上記一及び二の認定事実によると、参加人C川は、本件放水行為をなし、その結果、A野を死亡させたと認められる。
(イ) 次に、本件放水行為が違法であるか否かにつき検討するに、上記一認定のとおり、参加人C川は、冬期である平成一三年一二月一四日、他の刑務官により制圧されていたA野の臀部をむき出しの状態にした上で、直線状の放水をA野の肛門部付近に直接当てたのであって、これは、仮に、同放水がA野の肛門部付近の洗浄を目的としたものであったとしても、明らかにその相当性を大きく逸脱する行為であって、違法であると評価せざるを得ず、このことは、本件放水の水温が摂氏一九度であり、当時の一般の水道水に比して高温であったとしても左右されるものではない。
これに対し、参加人両名は、D川の指示に従い、A野の身体や同保護房内の清掃等を目的として、広がりのある放水態様となるようノズルを調整した上で、A野に放水を行ったのであって、同行為は適法であると主張する。しかし、そもそも、本件放水行為の態様は、上記一認定のとおりであるから、参加人両名の主張はその前提を欠く。また、参加人C川は、参加人両名の刑事裁判における被告人質問(丙四三、四四)において、B野が、参加人C川らに対し、消防ホースを用いてA野の身体に放水して洗浄を行ってもよいとの指示をしたとの趣旨の供述をするが、仮に、同供述を前提としても、B野が、直線状の放水をA野の肛門部付近に直接当てることを許可したとは到底考えることができないし、このような許可があったとしても、当該許可により本件放水行為が適法になるというものでもない。加えて、参加人両名は、同裁判における各被告人質問(丙三八から四六)において、D川から参加人両名に対し、A野の身体に水をかけることを禁ずる指示はなく、逆に、A野の身体に放水を行うことにつきD川が注意等を行わなかったことから、A野の身体を放水により洗浄することが職務であると考えたと供述するが、同供述を前提にしても、前同様、D川が、直線状の放水をA野の肛門部付近に直接当てることを許可した又は容認していたとは到底考えることができないし、このような許可ないし容認があったとしても、当該許可ないし容認により本件放水行為が適法になるというものでもない。以上から、参加人両名の上記主張は採用できない。
(ウ) また、参加人C川は、上記説示のとおり、その相当性を大きく逸脱した本件放水行為を行ったのであるから、当然、同行為が違法行為であることを認識していたと推認することができる。したがって、参加人C川は故意によって違法行為である本件放水行為を行ったといえる。
(エ) 本件放水が、参加人C川の職務につき行われたことは、原告と被告との間では争いがなく、また、本件証拠上も明らかである。
(オ) よって、公務員である参加人C川は、その職務を行うにつき、違法行為である本件放水行為を行い、その結果、A野を死亡させたと認められる。
ウ D原、E田、A田及び参加人B山について
(ア) 上記一及び二の認定事実によると、D原、E田、A田及び参加人B山は、直接、違法行為である本件放水行為を行ったわけではないが、その程度は別として、参加人C川による本件放水を行うことを幇助したことが認められる。
(イ) 次に、D原、E田、A田及び参加人B山が、参加人C川が違法行為である本件放水を行うことを認識し、また、認容した上で、参加人C川が本件放水を行うことを幇助していたか否かにつき検討する。
この点、第二の二(2)の事実及び《証拠省略》によると、参加人C川は、平成一三年一二月一〇日、D原、E田、A田及び参加人B山の前で、また、同月一三日、D原、E田及びA田の前で、A野の股間又はその顔、胸等に、直線状の放水を行ったことが認められ、かつ、同行為は、仮にA野の身体の洗浄を目的として行われたとしても、その相当性を逸脱した違法行為であり、そのことをD原、E田、A田及び参加人B山は容易に認識できたと考えられること、上記一認定のとおり、参加人C川が同月一四日に放水を行うことは、放水が開始される前から決定していたこと、D原、E田、A田及び参加人B山は、本件放水の開始後も参加人C川を制止するなどの行動をとっていないことを総合すると、D原、E田、A田及び参加人B山は、参加人C川が違法行為である本件放水行為を行うことを認識し、また、認容していた上で、参加人C川が本件放水行為を行うことを幇助していたと推認される。
(ウ) そして、上記(ア)及び(イ)の認定事実によると、D原、E田、A田及び参加人B山は、参加人C川が違法行為である本件放水を行うことを認識し、また、認容した上で本件放水行為を幇助したのであるから、D原、E田、A田及び参加人B山は、参加人C川と共同して、違法行為である本件放水行為を行い、その結果、A野を死亡させたものと認められる。
(エ) 本件放水が、D原、E田、A田及び参加人B山の職務につき行われたことは、原告と被告との間では争いがなく、また、本件証拠上も明らかである。
エ 以上から、D原、E田、A田及び参加人両名は、共同して、その職務を行うにつき、故意により、違法行為である本件放水行為を行い、その結果、A野を死亡させたのであるから、被告は、A野の死亡結果につき、国家賠償法一条一項に基づき、責任を争う。
(2) 損害額(争点(2))について
本件放水により、A野は、次のとおり、合計三九二九万七七四四円の損害を被ったと認められる。
ア 逸失利益 五六九万七七四四円
A野は、京都市立C田中学校を卒業した者であり(甲一一)、死亡時、四三歳であったが、生前約一〇年間暴力団組織に所属していたほか、昭和六三年以降強盗等により三回にわたり懲役刑に処せられた上(甲一一)、平成一〇年二月二三日に懲役五年五月の判決を受け、平成一五年七月五日出所予定であり、また、生前、定職に就いていたとも認められないことに照らすと、逸失利益を算定するに当たっては、基礎収入を平成一三年賃金センサス産業計、小学・新中学卒業計男性労働者の四〇から四四歳の年齢賃金四七七万二三〇〇円の二割である年九五万四四六〇円とし、生活費控除を五〇%とし、就労可能年数を二四年(ただし、上記に判示した事情に照らせば、同人は、死亡時である平成一三年一二月一五日から約二年間は収入を得ることは困難であったと認められる。)と認めるのが相当である。
イ 以上を前提に、ライプニッツ方式により年五%の中間利息を控除すると、下記の計算により、逸失利益の額は、五六九万七七四四円となる。
九五万四四六〇円×(一-〇・五〇)×一一・九三九二〔二四年のライプニッツ係数から二年のライプニッツ係数を控除したもの〕=五六九万七七四四円(円未満切捨て)
ウ 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円
D原、E田、A田及び参加人両名は、故意により違法行為である本件放水行為を行い、A野を死亡させたこと、当該行為は、刑務所内部において行われたものであり、悪質な事案であることその他本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、その慰謝料額は三〇〇〇万円が相当と認められる。
エ 弁護士費用 三六〇万〇〇〇〇円
A野に生じた損害及び本件訴訟の経過、難易度等本件における一切の事情を考慮すると、被告が原告に対し賠償すべき弁護士費用は三六〇万円と認められる。
(3) 小括
よって、A野の唯一の相続人である原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害金三九二九万七七四四円を請求することができる。
四 参加人両名の責任等の有無(争点三)について
(1) 原告の参加人両名に対する請求について
参加人両名は、参加人両名が、原告に対し、平成一三年一二月一〇日、同月一三日及び同月一四日、A野に対し行われた各放水行為につき、損害賠償債務を負わないことの確認を求めている。
しかし、原告は、現在、参加人両名に対し、平成一三年一二月一〇日、同月一一日及び同月一四日、A野に対し行われた各放水行為によって生じた損害につきその賠償を求めていないし、今後も、その賠償を求めるか否かは未定である上、原告は、現に、甲事件を提起し、本件放水行為によって生じた損害につき、被告に対しその賠償を求めており、仮に、甲事件において、被告の損害賠償責任が認められ、それが確定した場合には、被告が裁判所により認容された損害賠償債務の履行を拒むことは考えられないことなどからすれば、現時点において、原告が、直接参加人両名に対し損害賠償請求権を有する旨主張していると解することはできない。また、この点に加え、公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責めに任じ、公務員個人はその責めを負わないと一般に解されていること(最三小判昭和三〇年四月一九日民集九巻五号五三四頁、最三小判昭和四七年三月二一日裁判集民事一〇五号三〇九頁等)に照らせば、原告が、参加人両名に対し、平成一三年一二月一〇日、同月一一日及び同月一四日、A野に対し行われた各放水行為によって生じた損害につき、その賠償を求める可能性は低く、現時点で、参加人両名に、上記損害賠償債務を負わないことの確認を求める利益があるとは認められない。
したがって、参加人両名の原告に対する請求は、確認の利益を欠き、不適法である。
(2) 被告の参加人両名に対する請求について
参加人両名は、参加人両名が、被告に対し、平成一三年一二月一〇日、同月一三日及び同月一四日、A野に対し行われた各放水行為につき、国家賠償法一条二項に基づく求償債務を負わないことの確認を求めている。
ア そこで、前提として、参加人両名の被告に対する上記確認請求につき、確認の利益があるか否かにつき検討するに、被告が参加人両名の被告に対する確認請求につき確認の利益があることを自認していることに加え、裁判所において被告の原告に対する損害賠償債務が認容され、これが確定した場合、被告が、原告に対し同債務を履行した上で参加人両名らに対し、同損害賠償債務につき求償権を行使する蓋然性が高いことからすると、参加人両名の被告に対する債務不存在確認請求については確認の利益が認められる。
イ 次に、平成一三年一二月一〇日及び同月一三日、A野に対し行われた各放水につき、参加人らが、被告に対し国家賠償法一条二項に基づく求償債務を負うか否かにつき検討するに、被告及び参加人両名との関係で被告と共同訴訟人に準ずる原告のいずれもが、平成一三年一二月一〇日及び同月一三日にA野に対し行われた各放水によりA野がいかなる損害を被ったかについての具体的な主張、立証をしていない以上、被告が、原告に対し、平成一三年一二月一〇日及び同月一三日の各放水につき、損害賠償債務を負うと認めることができず、したがって、参加人両名が、被告に対し、上記各日時の放水につき、求償債務を負担すると認めることもできない。
ウ また、平成一三年一二月一四日、A野に対し行われた放水につき、参加人両名が、被告に対し、求償債務を負うか否かにつき検討するに、参加人両名は、故意により本件放水を行い、その結果、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、A野の死亡結果につき責任を負うこととなったのであるから、同条二項に基づき、被告は、参加人両名に対し、求償債権を有する。
そこで、次に、被告が参加人両名に対して請求し得る求償金の範囲につき検討する。
この点、求償権の行使を受ける者が二名以上いる場合には、当該求償債務は分割債務であると考える見解もあり得る。しかし、本件のように、求償権の行使を受ける者がすべて故意による共同不法行為者(民法七一九条一項、二項参照)である場合には、これらの者は、本来、その発生した損害につき全額を賠償する責任を負担してしかるべきであり、そのことは、国家賠償法一条二項に基づき求償を受ける際にも異なるものではないから、当該求償債務を分割債務と解するのは相当ではない。
したがって、被告は、国家賠償法一条二項に基づき、参加人両名に対し、各自三九二九万七七四四円及びこれに対する平成一三年一二月一五日から被告が原告に対し損害賠償債務として同額を支払った日まで年五分の割合による金員を求償することができる。
なお、被告は、乙事件における関係で、国家賠償法一条二項の責任を基礎付ける事実を何ら主張していないし、裁判所の釈明に対しても、上記事実を主張しない旨答えているが、参加人両名との関係で、原告と被告は、共同訴訟人に準じる関係にあるところ、原告が甲及び乙事件において第四の一「原告の主張」のとおり主張する事実は、乙事件において被告の参加人両名に対る求償権を基礎付ける事実となる。したがって、民事訴訟法四七条四項、四〇条一項に基づき、原告の上記主張(攻撃防御方法の提出)は、被告のためにその効力を有し、これを乙事件における判断の基礎とする必要があると解されるから、上記の判断は、弁論主義に反するものではない。
五 結語
以上の次第で、原告の本件請求は、被告に対し、三九二九万七七四四円及びA野の死亡日である平成一三年一二月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、参加人両名の原告に対する請求は不適法であるから却下し、参加人両名の被告に対する本件請求は、参加人両名が被告に対し平成一三年一二月一〇日及び同月一三日の放水につき求償義務を有しないこと、平成一三年一二月一四日の放水につき参加人両名が各自三九二九万七七四四円及びこれに対する平成一三年一二月一五日から被告が原告に対し損害賠償債務として同額を支払った日まで年五分の割合による金員を超えて求償債務を負わないことの各確認を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項、三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 衣斐瑞穂 脇村真治)