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京都地方裁判所 平成16年(ワ)2834号 判決 2006年8月30日

主文

1  本件訴えのうち,本判決確定日の翌日以降の賃金の支払を求める部分を却下する。

2  原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被告は,原告に対し,平成16年5月10日から本判決確定の日まで,毎月15日限り,月額32万2675円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。

6  この判決は,3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告が,被告のA校に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを確認する。

2  主文2項同旨

3  被告は,原告に対し,平成16年5月10日から毎月15日限り,32万2675円及びこれに対する各支払日より各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告の営業にかかる語学教室「B」の英会話講師としてC校に勤務していた原告が,被告から平成15年7月24日に同年8月1日付けでなされたA校への配転命令(以下,同配転を「本件配転」といい,同配転命令を「本件配転命令」という。)及び平成16年4月9日になされた解雇(普通解雇)(以下「本件解雇」という。)は,いずれも権利の濫用もしくは不当労働行為にあたるから無効であるなどと主張して,被告に対し,雇用契約に基づき,①A校に勤務する雇用契約上の義務のないことの確認,②雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認,③本件解雇後である平成16年5月10日から毎月15日限り,32万2675円及びこれに対する各支払日より各支払済みに至るまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。

2  基礎となるべき事実(文章の末尾に証拠などを掲げた部分は証拠などによって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)

(1)  当事者など

ア 原告は,アメリカ合衆国の国籍を有し,平成9年5月5日以降,日本に滞在している。

原告は,アメリカ合衆国ハワイ州及びベラウ(パラオ)共和国の弁護士資格,アメリカ合衆国カリフォルニア州の中学・高校・短期大学の英語の教師の資格を有している(原告の教師資格の科目が英語である点につき原告本人〔1頁〕)。

原告は,下記(2)アのとおり同月13日から被告に英会話の講師として雇用され,同日以降本件配転命令によりA校で勤務するまでの間,C校で勤務してきた。

イ 被告は,語学教室及び学習塾の経営などを目的とする株式会社である。

被告は,日本全国に「B」の名称で約550校の語学教室を開設,運営しているが,京都地区においては,C校,A校など22校の語学教室を開設,運営している。

被告には,外国語を母国語とする外国人講師として,原告のようなフルタイムの講師が約5280名,それ以外にパートの講師が約920名いる(乙6)。

ウ Dは,被告の京都地区におけるリージョナル・アシスタント・エリアマネージャーという地位にあり,京都地区の責任者として同地区内の講師の異動を決定する権限を有していた。また,Dは,原告が被告の講師となり,C校に勤務するようになった当時から,C校を含めた地区のアシスタント・エリアマネージャーを務めており,それ以降原告の直接の上司という関係にあった。(証人D,弁論の全趣旨)

(2)  雇用契約の締結及び毎年の新契約締結など

ア 原告は,平成9年5月13日,被告との間で以下のとおりの内容を含む雇用契約を締結した。

(ア) 職種 英会話の講師

(イ) 期間 同日から1年

(ウ) 賃金の支払 毎月15日

なお,被告は,原告の勤務場所について,同契約の際,C校と指定した(甲2〔第4条5項〕,弁論の全趣旨)。

イ 原告と被告との雇用契約は,その後,雇用期間を1年として毎年新たに締結されてきたが,平成15年4月30日に締結された同契約の期間も同年5月13日から平成16年5月12日までの1年となっていた(後段につき甲2)。

ウ 原告は,毎月15日,賃金の支払を受けてきたところ,本件解雇前の3か月の原告の平均賃金は32万2675円であった。

(3)  原告に対する本件配転命令など

ア 原告は,被告に採用されて以降,C校で勤務してきたが,平成15年7月24日,Dは,原告に対し,同年8月1日付けでA校に勤務するよう命じた(本件配転命令)。

原告は,本件配転命令に異議を留めつつも,同年10月7日からA校で勤務をするようになった。

なお,C校とA校の距離は約600メートルである(弁論の全趣旨)。

イ(ア) 原告と被告の間の雇用契約書(インストラクター契約書)には以下のとおりの規定がある(甲2)。

第3条

甲(被告)は,正当な理由がある場合,乙(原告)の最終勤務日の30日前までに,書面による予告通知を乙(原告)に行った上で破棄することができる。

第4条

6) 勤務地は甲(被告)の業務上の必要により変更できるものとする。

(イ) また,被告の講師就業規則には以下のとおりの規定がある(乙10)。

第9条1

人事異動とは、職務変更、昇進資格、配置転換、転勤、基本勤務スケジュール及び人事上の変更を言う。

会社は、業務上必要があるときは、講師に異動を命じる。

第12条

定期異動は毎年数回実施する。ただし臨時に必要あるときは、その都度行う。

第14条

転勤を命じられた講師は,指定された日時に新任地に赴任しなければならない。

第15条

講師は、会社から配置、異動、転勤、出向、留学、出張、派遣、駐在、応援、職場変更、職務変更、社外勤務、宿日直などを命じられたときは、これに従わなければならない。

第72条

懲戒の種類は以下のとおりとする。

譴責

減給

出勤停止

降職・降級

懲戒解雇

(4)  原告に対する本件解雇など

被告は,平成16年4月9日,原告に対し,別紙文書(以下「本件解雇通知書」という。)(甲38の①,②)により具体的解雇事由を記載して同日付けで解雇する旨の意思表示をした(本件解雇)。

(5)  原告の組合活動など

ア 原告は,平成13年3月ころ,労働組合であるゼネラルユニオン(以下,単に「組合」という。)に加入し,同年10月21日,組合の被告支部の大会で支部長に選任され,その後,原告作成にかかる平成14年3月12日付け文書で原告が組合の被告支部長になった旨記載した文書を被告に提出している(甲6,原告本人,弁論の全趣旨)。

イ 組合は,平成14年9月19日及び同年12月19日,被告との間で原告の昇給額が低額にとどまったことなどについて,不当労働行為にあたるなどと主張して団体交渉を行った。

ウ(ア) 組合は,平成15年2月28日,原告の上記昇給額が低額にとどまった件について,被告を相手として大阪地方労働委員会に救済申立を行った。

なお,組合は,後記(6)アのとおり原告が本件配転命令が無効であることを前提とする仮の地位を定める旨の仮処分の申立を行ったことから,大阪地方労働委員会に対する救済申立の必要性がなくなったと判断し,同申立を取り下げている(弁論の全趣旨)。

(イ) 原告及び被告の講師であったEは,同年2月28日,被告が外国人講師に対し社外における生徒とのあらゆる接触を禁止していることなどについて,大阪弁護士会の人権擁護委員会に対して人権救済の申立をした(甲5)。大阪弁護士会は,平成16年2月24日,被告に対し,生徒との交際禁止規定の削除などを勧告した(甲35)。

(6)  本件配転命令及び本件解雇に関する仮処分など

ア 原告は,平成15年10月14日,京都地方裁判所に対し,本件配転命令が不当労働行為にあたるため無効であるとして,A校に勤務する義務のない地位にあることを定める旨の仮処分を求める申立を行った(当庁平成15年(ヨ)第791号)。同裁判所は,平成16年3月25日,原告の申立を認め,原告が被告のA校に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを定める仮処分決定をした。同仮処分決定を受け,組合は,同年4月8日,被告に対し,文書により原告をC校に戻すよう要求した。

なお,被告は,同仮処分決定に対して不服申立をしていない(弁論の全趣旨)。

イ 原告は,京都地方裁判所に対し,本件解雇が不当労働行為にあたるため無効であるとして,原告が雇用契約上の権利を有する地位にあること及び賃金の支払を定める旨の仮処分を求める申立を行い(当庁平成16年(ヨ)第271号),同裁判所は,平成16年9月14日,原告の申立を認め,原告が被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることなどを定める仮処分決定をした(甲73)。

3  争点

(1)  本件配転命令が無効であるか否か(争点(1))。

(2)  本件解雇が無効であるか否か(争点(2))。

(3)  原告に対する雇止めが無効であるか否か(争点(3))。

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件配転命令が無効であるか否か)について

(原告の主張)

本件配転命令は,以下の理由により権利の濫用もしくは不当労働行為にあたるため,無効である。

ア 原告を異動させる業務上の必要性がなかったこと

(ア) 原告に対する苦情には理由がないこと

被告は,本件配転命令の業務上の必要性の根拠として,原告に対するいくつかの苦情を挙げる。しかし,被告の主張する苦情は,いずれも事実無根であるか,正当な苦情といえるものではなく,したがって,被告の主張する苦情は本件配転命令の業務上の必要性を根拠づけるものではない。

平成15年6月に原告に対する苦情を寄せた生徒は,原告や他の講師らから問題のある生徒と見られており,同人による同苦情は原告に対する嫌がらせ行為か,もしくは妄想にすぎず,全くの事実無根である。したがって,これをもって本件配転命令の業務上の必要性の根拠とすることはできない。

(イ) 原告とC校の他の講師及び日本人スタッフ(以下,単に「スタッフ」という場合がある。)との関係は良好であったこと

被告は,原告が女性講師もしくはスタッフに対して性的不快感を与えるような行為を行ったという苦情があったと主張する。しかし,そのような事実は全く存在せず,苦情の存在自体が疑わしい。

また,被告は,原告がスタッフに対して非常に批判的で攻撃的であったと主張する。しかし,スタッフが明らかに原告の授業に支障をきたすようなミスを犯した際に,それを指摘し,業務を改善していくことは当然のことであって,これをもって本件配転命令を正当化することはできない。

したがって,原告とC校の他の講師及びスタッフとの関係が悪化していたことを理由とする本件配転命令には業務上の必要性があったとはいえない。

(ウ) 被告においては原告のようなベテラン講師が配転されることは極めて例外であること

被告において,管理職的立場にあるトレーナーやアシスタントトレーナーもしくは経験の浅い講師は,配転されことがあるが,講師と生徒との信頼関係が重視される英会話教室業界の特質からすると,原告のようなベテラン講師の場合は,特に講師自身に問題がある場合でない限り本人の意思に反して配転が行われることはない。

イ 本件配転命令により原告が多大な不利益を被ること

(ア) 組合活動上の不利益について

原告は,組合の被告支部の支部長として積極的に組合活動を行っていたものであり,C校において組合員の拡大に努めていた。しかし,A校に配転させられたことによって原告は,C校の組合員と接触する機会を奪われることとなって,組合員の団結を図ることが著しく困難となった。実際にも一部の組合員が組合から脱退するという事態が生じた。ところで,原告が配転を命じられたA校はC校に比べると組合を敵視するエリアマネージャーらの支配力が強く,そのこともあって同校には組合員が一人もいない。

したがって,原告の組合活動はA校に配転させられたことにより著しく阻害された。

(イ) 業務上の不利益について

原告は,ベテラン講師でありながら,その意思によらず本件配転命令に基づき配転させられたため,他の講師や生徒らからは「問題を起こした講師」と捉えられ,同人らとの信頼関係が大きく損なわれた。

また,A校では子どもの生徒が多いところ,原告は,子どもに対して講義をした経験がなく,その講師資格も有していないうえに,それまで担当していたTOEICやTOEFLのレッスン担当から外されるなど,本件配転によってこれまで築いてきた経験が無駄になり,一からのやり直しを余儀なくされた。

さらに,本件配転命令までは自由に使用できた補助教材の使用が禁止され,充実した授業を行うことができなくなった。

ウ 本件配転命令が不当労働行為にあたること

原告は,平成13年8月ころからC校内で組合活動を行うようになったが,その後である同年10月の評価で原告に対する成績評価は不当に下げられ,その際,原告に交付された査定結果の文書には,欄外に職場で組合の文書を配布することについて警告する旨記載されていた。

同年12月11日,Dは,原告が出勤していない日に突然C校を訪れ,複数の講師の目の前で,掲示されていた組合の資料を無断で剥がし,私物文書などが自由に置かれている講師の個人用テーブルから組合の資料のみを撤去した。

本件配転命令は,平成14年9月19日及び同年12月19日の被告と組合との団体交渉や,原告が平成15年2月に行った大阪弁護士会に対する人権救済の申立及び大阪労働委員会に対する不当労働行為救済申立などの組合活動に対する報復もしくは妨害の目的でなされたもので,上記のような被告の組合に対する攻撃がエスカレートした結果なされたものである。

被告では原告のようなベテラン講師が配転することは極めて例外であるのに,あえて原告が配転されたことも本件配転命令が不当労働行為にあたることを示している。

(被告の主張)

本件配転命令が権利の濫用もしくは不当労働行為にあたるということはなく,以下のとおり本件配転命令は正当なものである。

ア 本件配転命令に業務上の必要があること

平成15年6月,当時のC校の生徒が原告のレッスンに対し苦情を申し立て,結果として被告が同生徒に対し受講料を返金して契約を解除せざるを得なくなったことがある。また,原告は,他の講師及びスタッフのミスに対して,ときに感情的になり厳しい対応をする傾向があって,もともと原告と他の講師及びスタッフの関係は良好でなかった。

被告は,このようなことから,平成15年6月27日,原告に対する上記苦情などへの対処をテーマとして原告とミーティングをもったが,原告は,その後も,ネガティブな態度をとり,自己防衛のためには他の講師及びスタッフにストレスを与えても意に介さないような振る舞いをしたため,当時,講師,スタッフをあわせて15名程度(但し,多少時期によって変遷はある。)の小規模組織であったC校では緊張感に満ちた状態となった。被告は,このような同校の職場環境の改善とネガティブな態度をとる原告の職場環境を改善するために,原告を同校からA校に配転させることとしたのであり,したがって,本件配転命令には業務上の必要性があった。

イ 本件配転が原告に不利益とはならないこと

(ア) 原告は,本件配転によりC校での組合活動に支障が出ると主張する。しかし,このような主張が正当とすると,組合員を異動させることは常に不利益処分だということになりかねない。

組合活動は本来就労時間外になすべきであり,就労時間中にC校で組合活動を行うことはできないので,仮に本件配転により原告の組合活動に不利益があるとしても,同校において従前通りの組合活動を行うのに約600メートルほど異動しなければならないということだけで,それ以上のものではない。

(イ) また,原告は,本件配転によって様々な不利益を被ると主張するが,そもそも配転は対象となった労働者の就労環境に変化をもたらすものではあるが,その変化の状況と配転命令が法的に無効とするほどの不利益と評価されるかとは別個の問題である。

本件配転はC校からA校へと距離にしてわずか600メートル前後の異動であって,原告の通勤時間に変更はなく,原告の私生活にも何ら不利益を与えるものではない。

ウ 本件配転命令が不当労働行為ではないこと

本件配転命令は業務上の必要性があって行われたもので不当労働行為にあたらない。

被告で勤務する外国人講師が労働組合に加入する組織率は極めて低く,そのような状況の中で原告ないし組合に対して不当労働行為を行う理由がない。

(2)  争点(2)(本件解雇が無効であるか否か。)について

(被告の主張)

ア 本件解雇理由について

(ア) 被告が原告を解雇した事由は本件解雇通知書に記載したとおりであるが,特に重要な点は,①原告は,苦情を言った生徒の名前と日付を明らかにしない限り,生徒からの苦情を「自動的に拒否する」とかねてから主張していること,②原告のレッスンに対する被告からの改善のための指導,ミーティングを拒否していたこと,③原告は,平成15年11月4日に被告からレッスンにおいては被告のテキストを使用するようにという指示を受けたが,それに対して反抗的態度をとるなど,被告の指示について,およそ聞くつもりがないという対応であったこと,④原告が平成16年7月24日,Dとのミーティングの中でスタッフとの関係改善を求められたが,これを拒否したこと(乙19),⑤原告は,被告の店舗から自身が担当した生徒個人のレッスンに関するカルテを私的に持ち出し,コピーをとって本件配転命令にかかる仮処分事件の中で疎明資料として提出したことなどである。

(イ) 被告が行っている語学教室事業はサービス業であるため,生徒すなわち顧客から出された苦情や意見については,それがどのようなものであれ被告の提供するサービスの改善に役立てるべきである。そして,仮に生徒が講師から不興を買うことを恐れて正当な苦情を申し立てることを躊躇するようなことがあれば,被告は,サービス向上のための重要な契機を失うことになる。したがって,被告は,講師に対し,原則として苦情を言ってきた生徒の氏名などは明らかにしないようにしている。しかし,原告は,上記のとおり,苦情を言った生徒の氏名を告げない限り苦情として受け付けない旨述べており,仮に原告に苦情を言った生徒の名前を告げると,原告が当該生徒に対して苦情が事実ではないという書面への署名を強要するというおそれがあった。そして,原告は,被告から苦情対応のためのミーティングを求められると,苦情そのものをねつ造であるなどという極端に防御的な対応をとり,あたかも,苦情が原告に対する訴追行為であるかのような対応をとり,頭から指導を拒否した。原告が真摯に自己の行ったレッスン内容を説明することなく,このような態度に出る以上,レッスンの改善,苦情の再発防止などの対策はおよそ不可能となり,被告は,原告のレッスンを「B」のレッスンとして生徒に提供できないと判断せざるを得なかった。

なお,原告は,生徒からの苦情について,それがいつ誰からなされたものか明らかにしない限り,当該苦情を「reject automatically」すると述べている(甲74)が,この言葉は,「自動的に拒否する」というのが一番素直な翻訳であり,原告の自己防御的態度を示すものである。

(ウ) また,原告は,被告の被用者として自らの行為によりC校の職場環境を悪化させておきながら,被告(D)に対して,スタッフとの関係改善を拒否すること(乙19)は不当な行為といわなければならない。そして,被告は,生徒のファイルを私的に利用するためにコピーすることを認めていないし,被告との訴訟に利用するための証拠資料をコピーするため,被告のコピー機などを使用することも認めていない。さらに,講師の持ち出しにより生徒に関する個人情報がコピーの形であれ被告の管理していないところに存在することも認めていない。しかるに,原告は,何の権限もなく,正規の手続きをふむこともなく,生徒の個人情報を,被告のコピー機を使用し,被告の用紙にコピーして持ち帰った。

イ 本件解雇は本件配転命令に関する仮処分決定と何の関係もないこと,また,不当労働行為にもあたらないこと

被告は,平成16年3月ころ,原告との同年5月13日からの新しい雇用契約を締結するか否かを検討していたところ,被告は,上記(2)(被告の主張)ア(ア)で挙げた原告の度重なる被告としては容認できない振る舞いから,新しい契約の締結に躊躇していた。

そのような状況において,被告の取締役Fは,原告との間で新契約を締結するか否かを判断するため,本件配転命令に関する仮処分決定が送達される前の,平成16年3月26日付けのファックスで原告に対し,レッスンの方法や原告がとった生徒のカルテのコピーの返還などについての質問を行い,誓約を求めた(乙4)。これに対し,原告は,同月31日付けの文書(乙5の①)により,上記Fの質問及び誓約を無視あるいは拒否する旨の回答をした。

以上のような事情により,被告は,原告を引き続き雇用しておくことができないと判断し,雇用期間満了直前であったにもかかわらず原告を解雇した。したがって,本件解雇は本件配転命令に関する仮処分決定とは何の関係もなく,また,原告ないし組合の組合活動とも何の関係もない。本件解雇が不当労働行為にあたるということはできない。

なお,同年3月25日予定の原告に対する観察授業の延期は上記のとおり被告において原告との同年5月12日からの新契約締結については方向性を出しかねていたためなされた。

(原告の主張)

被告が主張する解雇理由は,以下のとおりまったく事実と異なるか,あるいは解雇を正当化する理由とはならないものであって,本件解雇はやむを得ざる事由なくしてなされ(民法628条),また,解雇権を濫用したものであり(労基法18条の2),そして,不当労働行為にもあたる(労組法7条)ため,無効である。

ア 本件解雇理由が事実と異なるかあるいは正当な解雇理由とならないこと

(ア) 原告が苦情を自動的に拒否すると主張したとの点について

原告は,平成15年12月10日付けでD宛に送った手紙において,それまでに被告が原告に対する苦情をねつ造してきた経緯を踏まえ,被告が示す苦情や報告について,その日付と申立人を明らかにするように求めたものであり,生徒からの苦情を「自動的に拒否する」と述べたものではない。

苦情が真実のものでない場合には,その苦情に基づいてなされた指示は根拠を欠くものとなるから,苦情の日付と申立人を明らかにするよう求める行為は,指示を受けた者としては当然の行為である。

被告は,「reject automatically」を「自動的に拒否」すると翻訳しているが,あまりに独断的な翻訳で正確ではない。「当然に真実であるとは認められません」と翻訳すべきである。

(イ) 原告がミーティングを拒否していたとの点について

原告は,被告とのミーティングを拒否したことはなく,Dとの間で何回ものミーティングを行った。

平成16年4月に行われる予定になっていた原告に対する観察授業に基づく評価面談は,当初4月1日に予定されていたものが,原告に無断で,4月2日,3月31日,4月8日と3度も変更され,ついには直前になってキャンセルされた。ミーティングを一方的に変更し,キャンセルしたのはむしろ被告のほうである。

(ウ) 原告がテキスト使用に関する指示を拒否していたとの点について

平成15年11月4日のミーティングにおいて,Dは,原告に対し,「公式」ではないテキストの使用を一切禁止した。原告は,「公式」のテキストだけでは授業を充実させるには不十分であり,他の講師は使用が認められていると主張したが,それでも,同日以降,指示に従い「公式」以外の教材は一切使用していない。

レッスン中に,生徒から「公式」テキストである「Quest」が退屈であるとの申し出がなされたことが何度かあり,これに対して原告が「私は,Bから公式テキスト以外の使用を禁じられている。」と説明したことはあったが,「Quest」について「非常につまらないレッスンをする」と話したことはない。

(エ) 原告が生徒の個人情報に関する資料をコピーしたことについて

原告は,被告が主張する生徒からの原告に対する苦情が真実に反することを明らかにするため,必要な範囲に限って資料をコピーし裁判所に提出したが,その資料は講師であれば誰でもいつでも閲覧できるものであり,使用後,原本はきちんと元に戻しているし,コピーを訴訟における防御の目的以外に使用したことはない。

原告の行為は,被告の虚偽の主張及び同主張に沿う陳述書に対する防御のためにやむを得ず行ったものであり,解雇の理由とはならない。

イ 本件配転命令についての仮処分決定が出たことにより本件解雇が行われたこと

平成16年3月26日に,本件配転命令を無効とする仮処分決定が出たことを受けて,同年4月8日,組合は,被告に対し,原告のC校への復帰をFAXで要求した。そして,被告が原告を解雇したのがその翌日である同年4月9日である。

また,原告に対する評価面談は,当初,同月1日に予定されていたが,後に同月2日,同年3月31日,同年4月8日と3度も変更され,同日の面談も最終的には直前にキャンセルされた。

以上のような被告の原告に対する対応からすれば,本件解雇は,被告が本件配転命令を無効とする京都地方裁判所の仮処分決定により原告をC校へ復帰させることを余儀なくされたため,これを阻止しようとして突如決行されたものであることは明らかである。このような事実は,本件解雇が正当な理由がなく,不当労働行為にあたることを示している。

(3)  争点(3)(原告に対する雇止めが無効であるか否か)について

(被告の主張)

原告と被告との雇用契約は1年の期間を定めたものであり,最後に締結された雇用契約は,平成15年5月13日から平成16年5月12日までとなっている。したがって,原告と被告との雇用契約は期間満了により終了した。

ところで,被告と外国人講師との雇用契約においては,すべて1年間の期間が定められていて,新たに雇用契約が成立する場合でも例外なく改めて契約書が作成されていること,外国人講師の採用は,それ以外の期間の定めなく採用される職員と比べると極めて簡易に行われること,被告の外国人講師として2年を超えて勤務する者は全体の約15から20パーセントに過ぎないこと,外国人講師との契約においては終身雇用という日本の社会的文化的背景は当てはまらないことなどからすると,個々の期間を定めた雇用契約は期間満了により終了することが予定されている。したがって,原告との雇用契約においても原告には雇用継続の期待に合理性を認める余地がない。

(原告の主張)

被告においては,多くの外国人講師が雇用契約を反復継続しているのであり,勤務能力や勤務成績に特に問題がない以上,本人が望む限り契約は更新されている。また,原告も,実際に平成9年5月の採用以降,7年にわたって更新を繰り返してきているところ,被告は,原告との契約継続を前提として,平成16年3月23日に観察授業の実施とともにこれに基づく評価面談を同年4月1日に予定していた。このようなことからすると,原告の雇用契約は,期間の定めのない雇用契約というべきであり,仮に,期間の定めがあるとしても雇用継続に対する期待には合理性がある。上記のような雇用関係にある原告に対する雇い止めには解雇権濫用法理が類推されるところ,被告の原告に対する平成16年5月の雇用契約の更新拒絶は濫用といわざるをえない。したがって,原告は引き続き雇用契約上の権利を有している。

第3当裁判所の判断

1  上記基礎となるべき事実及び証拠(甲6,14ないし19,26ないし28,32,34,41,63ないし72,74,85,86,90,乙2ないし5,7,12,19,22ないし29,証人D,証人G,原告本人〔ただし,書証は枝番を含む〕)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告に対する評価など

ア 被告では年2回,タイトルド・インスタラクターによる講師の勤務査定が行われるところ,原告に対する同査定にかかる評価(評価項目は①生徒のニーズに対する認識/レッスン準備,②生徒の参加を最大限に引き出す能力,③全般的な言語の適切さ,④記述されたコメントの質,⑤ティーチングテクニック/レッスンの進め方に対する認識,⑥自己分析/自己啓発,⑦英語の知識,⑧特別な生徒のティーチング能力,⑨デモレッスンでの営業能力,⑩生徒間の人気度,⑪勤怠と時間厳守,⑫生徒に対する,プロとしてのふさわしい態度,⑬スタッフや他のインストラクターとの協力,⑭プロとしてのふさわしい身だしなみ,⑮特別な生徒の指導に対する積極的姿勢,⑯VOICEへの貢献,⑰愛社精神/顧客関係である。)の推移は以下のとおりである。

なお,被告における評価は,上からE(Excellent),G(Good),S(Satisfactory),P(Poor)の順となっている。

評価年月日

〔E〕

〔G〕

〔S〕

〔P〕

平成10年

9月8日

11年

9月18日

11

12年

3月28日

9月29日

11

13年

3月9日

15日

11

10月10日

14年

3月19日

10

15年

3月17日

11月11日

ただし,平成10年9月8日の評価については,上記のほかに「G→E」,「S→E」と評価されている項目が1つずつあり,平成11年9月18日の評価については,上記のほかに「E/G」と評価されている項目が1つあり,平成13年3月15日の評価は,同月9日の評価を更新したものである。

また,同年10月10日の評価については「全般的な言語の適切さ」という項目に記入がなく,同日及び平成14年3月19日の評価における2項目のS評価は「スタッフや他のインストラクターとの協力」及び「愛社精神/顧客関係」という項目である。

さらに,原告がA校で勤務を開始してから初めての評価である平成15年11月11日の評価では,「生徒の参加を最大限に引き出す能力」,「自己分析/自己啓発」,「生徒間の人気度」という3項目にSが,「生徒に対する,プロとしてのふさわしい態度」,「スタッフや他のインストラクターとの協力」,「愛社精神/顧客関係」という3項目にPがつけられている。

そして,スタッフや他の講師との関係については,平成10年9月8日の「愛社精神/顧客関係」欄に「営業スタッフには巨大なプレッシャーがあることを理解し,できるだけ柔軟かつ協力であることが重要です。」との,平成12年3月28日の「スタッフや他のインストラクターとの協力」欄に「スタッフルームでの時折の対立に気をつけてください。」との,平成13年3月9日の同欄に「全体的に非常に良いですが,スタッフは巨大なプレッシャーにさらされていることを心に留めて下さい。彼らがミスをしたときに露骨に嫌がるのは,助けになりません。」との,同年10月10日の同欄に「これは「P」にもなりえましたが,貴殿は最終的に改善しました。しかし,私は貴殿が特定のインストラクターに対し冷淡だと思います。」との,同日の「愛社精神/顧客関係」の欄に「インストラクターたちとの関係をさらに良くしていってください」とのコメントが記載されていた。また,平成14年3月19日の評価においては,欄外に組合の資料に注意すべき旨のコメントが記載されていた。

(甲14の①ないし⑩,85,86,乙12の①ないし⑧)

イ 原告の昇給額は,平成10年,同11年及び同12年が各1万5000円,同13年が1万円,同14年及び同15年が各5000円である(甲14の①②,弁論の全趣旨)。

(2)  Dが組合の資料を撤去したこと

Dは,平成13年12月11日ころ,C校の講師控室に掲示してあった組合の機関誌をはがし,机上に置いてあった組合のパンフレットを持ち去った(甲6,28の①②,証人G,証人D〔14頁〕,原告本人〔4頁〕)。

(3)  平成15年6月27日に行われたミーティング及びその後の原告の行動などについて

ア 被告のアシスタント・エリアマネージャーであるHは,平成15年6月27日,原告との間で,①平成15年6月14日に行われた原告のレッスンの内容が,過度に性的な内容を含むものであったという苦情に関するもの,②日本人ブロックマネージャーから被告に報告された原告が女性スタッフ及び女性講師のお尻や胸を触ったという苦情に関するものについてミーティングを行った。

原告は,同ミーティングの中で,レッスンにおいて過度に性的な表現を使用したという事実及び女性スタッフ,女性講師の体に触れたという事実を否定した。

ところで,原告の同月14日のレッスンの際,隣室でレッスンをして原告の授業内容を聞くことができたGは,聞くことができた限りでは,原告が同レッスンの最中に不適切な表現をしたという認識を持たなかった。

なお,Hは,原告が当時勤務していたC校の担当アシスタント・エリアマネージャーであるDが休暇中であったため,同各苦情について速やかに対応するため,同人に代わってミーティングを行った。

(甲27の①②,乙2の①②,証人G)

イ 同月14日のレッスンにかかる苦情を申し立てた生徒は,原告を含むC校の講師らの間では,対応が難しい生徒であると認識されていたが,同苦情内容を契機として被告を辞めている。その際,被告は,授業料の返還などをしている。

(甲15,16の①②,90)

ウ 原告は,同月27日のミーティングが行われた後,同日から同月29日にかけて,C校1階にあるスタッフルームに同僚講師らを連れて行き,合計4人の日本人女性スタッフに対し,「私(原告)はあなたに触ったことがありますか?」といった質問を行い,これに対し日本人女性スタッフらは全員が「いいえ」と回答した。原告は,以上の事実を英文で記載した文書を作成し,同僚講師らにその記載が事実である旨の署名を求め,同僚講師のうち4名が原告作成の文書に署名した。ただし,タイトルド・インストラクターであったI及びアシスタント・トレーナーであった講師は同文書に署名しなかった。

さらに,同年7月12日,原告は,再び同僚講師らをスタッフルームに連れて行き,日本人女性スタッフ2名に対し上記と同様の質問を行ったところ,日本人女性スタッフは2名とも「いいえ」と回答した。そして,その場に立ち会った同僚講師4名全員が原告が作成した文書に署名した。

また,同日,原告は,Iを含む同僚女性講師4名に対し,原告が胸を触ったことがあるかという質問を行ったところ,同僚女性講師らは,4名全員が原告に触られたことはない旨回答し,原告の求めに従って文書に署名した。

(甲17の①②,18の①②,19の①②)

エ 原告は,同年6,7月ころ,他者を信用せず,C校の講師控え室内を含めて自分の持ち物を全て自分の鞄の中に入れ,薬物を仕掛けられないよう同鞄に鍵をかけたり,被告が原告を陥れようとしている旨同僚の一部の講師に述べたりしていた(乙25の①②,原告本人)。

(4) 原告が生徒のファイルをコピーして持ち帰ったこと

原告は,被告保管にかかる生徒の情報が記載された複数の資料を被告に無断でコピーし,これを本件配転命令に関する仮処分事件の際,裁判所に疎明資料として提出した(甲32の①②,41の①②)。

ただし,同資料は講師であれば誰でも閲覧をすることが可能なものであった(弁論の全趣旨)。

(5)  平成15年7月24日に行われたミーティングについて

Dは,平成15年7月24日,C校において,原告に対し,レッスン中に不適切なトピックを使用しないこと及びスタッフと良好な職場関係を保つことを誓約する文書を提出するようにというFからのメッセージを伝え,その際,同年8月1日付けで原告にA校への転勤を命じる旨伝えた。

原告は,Dとの同ミーティングの際,レッスン中に不適切なトピックを使用したことはなく,スタッフとは常に良好な関係を保つよう努力していると述べ,提出を要請された文書の提出を拒否した。さらに,原告は,Dに対し,同年7月27日付けの文書により,同提出を要請された文書の提出を拒否するとともにA校への転勤も拒否する旨通知したうえ,同年8月9日付けのファックスにより,同年6月27日にテーマとされた同月10日のレッスンにかかる苦情内容及びスタッフなどに対する性的行為を否定するとともに転勤を拒否する旨述べた。

(甲26,32の①及び②,34,乙3の①及び②,乙19,22)

(6)  A校における原告に対する苦情について

原告は,本件配転命令後,病欠を経て平成15年10月7日からA校での勤務を開始したが,同校において,原告に対し,以下のような報告,意見,苦情が出された(乙7,26)。

ア 同年10月22日

原告のレッスンが難しすぎる。離婚についてのテーマでまったく答えられなかった。人間が生き埋めになるというテーマは道徳的にどうかと思う。

イ 同年11月1日

戦争をテーマにしたレッスン及び離婚についての会話において違和感を感じた。

ウ 同月5日

カウンセリングの際に原告が被告と裁判をしていることが話題になった。

エ 同年12月5日

原告からセクハラじみた言動をされるので,原告を当てて欲しくない。また,この苦情は本人には伝えて欲しくない。

オ 平成16年3月6日

原告がカルテに自分のことを「レベル3ではないレベル5くらいだ」と書いたことを見てしまい,非常にショックを受けた。

カ 同月26日

原告には拒否反応が出る。とにかく苦手。

キ 同年4月1日

原告に外見などについてほめられたが,度が過ぎていて気持ち悪かった。原告の言動を不快に感じたことがある。

先日,レッスン後に原告が生徒に署名を頼んできた。口調は非常に丁寧だったが,署名しなければ殺されると思った。

(7)  平成15年11月4日に行われたミーティングについて

DとA校のトレーナーであるJは,同月4日,原告との間でミーティングを行い,原告が同校で勤務した後の事情として,生徒から原告のレッスンのトピックなどについて苦情が出ている旨伝え,被告の公式テキスト(Quest)など被告が指定するテキスト以外の教材の使用を禁止する旨命じた。

原告は,その際,これまでは自由に補助教材として被告の公式テキスト以外の教材を使用できたこと,他の講師は指定テキスト以外の使用を禁止されていないことなどを述べ,自分だけが禁止されることについて強い不満を示したが,最終的には指定テキスト以外の教材を使用しない旨承諾し,同ミーティング以降,公式テキストのみを使用してレッスンを行った。

(乙23の①②,24の①②,原告本人〔17頁〕,証人D〔17,18頁〕)

(8)  平成15年11月27日に行われた評価フィードバック・セッションについて

Jは,同月27日,原告との間で評価フィードバック・セッションと呼ばれるミーティングを行った。Jは,このミーティングにおいて,原告に対し,レッスンの中で「離婚」や「死」などのトピックを使用しないことを考慮するよう指導した。

原告は,その際,「離婚」や「死」などといったトピックは,被告の公式テキストにも多く含まれているのでどうしても出てきてしまうなどと述べたが,最終的には,レッスンの中でこれらのトピックをそれほどたくさん取り上げないことを考慮する旨述べた。

(甲41の①②)

(9)  原告が,生徒からの苦情について,それがいつ誰からなされたものか明らかにしないと「reject automatically」すると述べたことなど

ア Dは,平成15年12月2日付け文書により,原告に対し,生徒との間で,被告との紛争,訴訟及び生徒からの原告に対する苦情についての会話をしないこと,レッスンにおいて生徒に不適切,あるいは,動揺させるようなトピックを使用しないことを要請した(乙27の①②)。

原告は,同日付け文書に対して,同月10日付け文書により,Dに対し,いつ行われたか,誰が行ったかという情報が伴わない苦情やレポートは,「reject automatically」する旨応答した(甲74の①②)。

イ また,Dは,同月17日付け文書により,原告に対し,原告の行動が気に障り,性的嫌がらせと感じて二度と原告のレッスンを受けたくないなどとする生徒から苦情がさらに出されていることを伝え,生徒に精神的苦痛を与えるようなトピックを導入したり,そのような発言をしないようレッスン中の発言について注意するよう要求した(乙28の①②)。

原告は,同日付け文書に対して,平成16年1月4日付け文書により,生徒からの苦情は事実ではない旨,仮に苦情が事実であると主張するのであれば,苦情を述べた生徒の名前,苦情のあった日付,問題となったレッスンの日付,苦情の写しを提出するよう要求した(乙29の①②)。

ウ さらに,Fは,同年3月26日付け文書により,原告に対し,処分をするかどうか,処分をする場合,どのような内容の処分をするか,また,新契約締結をするか考慮するため,レッスンの中での不適切な発言,具体的には被告から指示された公式テキストのみの使用では退屈なレッスンしかできないなどのコメントをしないよう誓約するか,また,レッスンにおいて不適切なトピックを使用しないようにという被告からの変更や改善を要請にどう対応するのか,既にコピーして持ち出した生徒のカルテコピーについて返却するのか,今後,以前にしたような生徒のカルテのコピーとらないこと,持ち出さないことに同意するのか,さらに,原告が行ったレッスンを録音した録音物を返却するか,質問などをした(乙4の①②)。

原告は,同日付け文書に対し,同月31日付け文書により,不適切な教材やトピックを用いてレッスンを行ったことはないこと及び,コピーは被告からの行為に対する自己防衛及び本件配転命令に対する仮処分や訴訟での立証を目的としたものであり,同目的以外のために使用する意思は一切ないことを応答するとともに,裁判所の決定に従って直ちに自分をC校に復任させるよう応答した(乙5の①及び②)。

(10)  原告に対する評価面談が変更されたことなど

原告に対する平成16年5月13日以降の新契約締結のための観察授業は何度か変更された後,被告のA校のアシスタント・トレーナーであるKは,同年3月23日,原告のレッスンについて同契約締結のための観察授業を行った。

観察授業が行われた際,それから間もない時期にアシスタント・トレーナーとの評価面談が予定されていたところ,Kによる原告との同観察授業を踏まえた評価面談は,当初,同年4月1日に予定されていたが,その後,同月2日,同年3月31日,同年4月8日と3度変更され,同月9日,本件解雇の意思表示がなされるなどして,最終的にキャンセルされ,実施されることがなかった。

ところで,原告は,実施が予定されていた同評価面談にKの外,アシスタント・エリアマネージャーであったIが参加することに異議を述べていた。

(甲63ないし69,70ないし72の各①②,弁論の全趣旨)

(11)  被告は,本件解雇を原告にするまでの間,原告に対し,譴責や減給などを含めた懲戒処分を行ったことはない(弁論の全趣旨)。

2  上記基礎となるべき事実及び上記1で認定した事実を踏まえて争点(1)(本件配転命令が無効であるか否か)について検討する。

(1)  被告の原告に対する配転命令権限について

ア 労働契約,就業規則その他に使用者が業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり,労働契約締結の際に勤務地を限定する旨の合意がなされなかった場合,使用者は,個別的同意なしに従業員の勤務場所を決定し,転勤を命じて労務の提供を求める権限を有する。しかし,使用者の配転命令権も無制限に行使できるわけではなく,配転命令に業務上の必要性が存しない場合,配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合もしくは,業務上の必要性がある場合であっても,従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には,当該配転命令は権利の濫用となる。この判断において労働者の生活上の不利益が転勤に伴い通受甘受すべき程度のものである場合には,業務上の必要性は余人をもって替え難いという高度のものであることを要せず,労働力の配置転換,業務の能率増進,労働力の能力開発,勤労意欲の高揚,業務運営の円滑化などのためでもよいと解するのが相当である。(参照・最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決判時1198号149頁)

イ そこで,本件であるが,上記基礎となるべき事実(3)イで認定したとおり,原告と被告との雇用契約書(甲2)及び被告の就業規則(乙10)には被告が業務上の都合により講師に転勤を命ずることができる旨の定めがあり,他方,本件全証拠によるも原告が被告との間で雇用契約締結の際,原告の勤務地をC校など勤務地を限定する旨の合意がなされたと認めることができない。

したがって,被告は,原告の同意なくしても同人の勤務場所を決定し,転勤を命じて労務の提供を求める権限を有しているというべきである。そこで,本件配転命令について上記業務上の必要性があったかなどを検討することとする。

(2)  業務上の必要性について

配転命令における業務上の必要性は,上記説示したとおり当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定されるわけではなく,労働者の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤労意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められれば,その必要性が肯定される。

ところで,原告は,原告とC校のスタッフとの関係が非常に良好であった旨主張する。しかし,平成10年9月8日,平成12年3月28日,平成13年3月9日及び同年10月10日の原告に対する各評価において,スタッフらとの関係に注意すべき旨のコメントが度々なされていたことは上記1(1)アで認定したとおりであるうえ,原告自身,原告とスタッフとの関係はとてもよい関係であったとはいえない旨供述しているし(原告本人〔30頁〕),原告の同僚講師であるG及びLも,原告とスタッフとの関係について何らの制限を付け加えないで良好であったと証言するわけでなく,あえて「プロフェッショナルな」関係であった旨証言していること(証人G〔9頁〕,証人L〔8頁〕)も踏まえると,本件配転命令以前ないしその当時も原告とスタッフとの関係は必ずしも良好ではなかったことが推認される。

そして,原告とスタッフとの関係がもともと良好ではなかったことに加え,原告とHとの間で行われた平成15年6月27日のミーティングの後,原告は,同ミーティングのテーマとなった女性スタッフとの性的疑惑に対して,同僚講師らを連れて,女性スタッフに対して署名を求めるなどの行為をしたりして,原告とスタッフとの関係が更に緊張したものになった可能性も否定できない。以上の事情を踏まえとると,C校での原告とスタッフとの職場の人間関係の改善を図り,同校での業務運営を円滑にするため,原告を同校からA校へ転勤させることには企業の合理的運営に寄与する点が認められる。したがって,本件配転命令には業務上の必要性がなかったとはいえず,その必要性があったというべきである。

なお,原告は,被告において,原告のようなベテラン講師が配転を命じられることは極めて稀であるから本件配転命令には業務上の必要がない旨主張する。しかし,仮に被告において原告が主張するような職場慣行があったとしても,本件配転命令には,職場の人間関係改善という業務上の必要性がないとはいえないことは上記説示したとおりである。したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3)  原告が被る不利益について

原告は,本件配転命令によって組合活動上及び業務上の多大な不利益を被るから同配転命令は無効である旨主張する。しかし,C校とA校は約600メートルしか離れていないことは上記基礎となるべき事実(3)アで認定したとおりであって,同配転によって原告に転居や通勤経路ないし通勤時間の大幅な変更をもたらすものではなく,同配転命令によって原告の通勤にかかる環境にはほとんど影響はないといわなければならない。また,両校の位置関係からすると,A校の勤務時間終了後,速やかにC校に移動するなどして,同校で組合活動を行うことも可能である。以上のことを踏まえると,同配転命令により原告が不利益を被るとしても,それが通常甘受すべき程度を著しく超えるものとまでは認めることはできず,その他,それを認めるに足りる証拠はない。また,原告は,C校とA校との顧客層の相違や補助教材の質の相違などを指摘するけれども,仮にC校とA校とでそのような相違があるとしても,それは配転により通常生じると考えられる職務環境の相違の範囲を超えるものではないというべきであって,これをもって,原告に著しい不利益が生じているということも困難である。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(4)  不当な動機・目的が存するか否かについて

原告は,原告が組合活動を活発に行うようになって以降,原告に対する評価が下がり,昇給額が低額にとどまったことをもって不当労働行為にあたる旨主張し,本件配転命令は不当労働行為がエスカレートした中で行われた旨主張する。確かに,被告のタイトルド・インスタラクターによる平成13年10月以降の原告に対する評価は,それまではほとんど見られなかった「S」や「P」の項目も上げられるようになってきたこと,最上位である「E」の項目が減少し,第2位の「G」の項目がやや増加する傾向にあったことは上記1(1)アで認定したとおりである。しかし,証拠(甲85,乙12の⑦⑧)によれば,上記「S」や「P」として低い評価がされているのは,主として他の講師やスタッフとの関係についてであることが認められ,他方,そのころ原告とスタッフらとの関係がそれほど良好なものでなはかったことは上記1(1)ア,2(2)で認定したとおりであること,また,原告は,被告の主張にかかる生徒からの苦情はすべて被告のねつ造である旨の主張するが,原告のC校でのレッスンについて生徒から苦情があり,結果的に同生徒が辞めたことは上記1(3)イで認定したとおりであって,被告がこれらの事実をねつ造したと認めるに足りる証拠がないことを踏まえると,原告に対する上記評価が根拠なくなされたものということはできない。そうすると,原告に対する上記評価の推移から,被告が原告の組合活動を嫌悪していたと推認することはできず,その他,被告が原告の組合活動を嫌悪して本件配転命令をしたと認めるに足りる証拠はない。

また,確かに,Dが,平成13年12月11日ころ,C校の講師控室に掲示してあった組合の機関誌をはがし,机上に置いてあった組合のパンフレットを持ち去ったこと,原告が平成13年3月ころに組合に加入し,同年10月21日,組合の被告支部の大会で支部長に選任され,同支部長になったことを記載した原告作成に係る平成14年3月12日付け文書を被告に提出していること,同年9月19日及び同年12月19日,組合が被告との間で団体交渉を行ったこと,同年3月19日の評価において,欄外に組合の資料に注意すべき旨のコメントが記載されていること,平成15年2月28日,組合が,被告を相手として大阪地方労働委員会に原告に対する不当労働行為などにかかる救済申立を行ったこと,同日,原告らが大阪弁護士会の人権擁護委員会へ人権救済を申し立てたこと,平成16年2月24日,大阪弁護士会が被告に対し,生徒との交際禁止規定の削除などを勧告したことは上記基礎となるべき事実(5)及び上記1(1),(2)で認定したとおりであるが,本件配転命令に至るまでの原告とスタッフらとの関係など,その業務上の必要性に関する上記認定,説示を踏まえると,これらの事実のみから同配転命令が不当労働行為にあたるとまで認定することはできず,その他,それを認めるに足りる証拠はない。

(5)  以上によると,本件配転命令は,業務上の必要性があり,原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものではないし,不当な動機・目的をもってなされたものでもないから,権利の濫用と認める余地はなく,また,不当労働行為にもあたらないから,これを無効ということはできない。

3  次に,上記基礎となるべき事実及び上記1で認定した事実を踏まえて争点(2)(本件解雇が無効であるか否か)について検討する。

(1)  使用者の解雇権の行使は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効となる(労基法18条の2)。

(2)  被告は,本件解雇理由について,原告が,苦情を言った生徒の名前と日付を明らかにしない限り,生徒からの苦情を「自動的に拒否する」と主張していること,被告の指導,ミーティングを拒否し,被告の指示についてはおよそ聞くつもりがないという対応であったこと,原告が平成16年7月24日,Dとのミーティングの中でスタッフとの関係改善を求められたが,これを拒否したこと,生徒の個人情報を被告の承諾を得ることなくコピーし,持ち出したことなどを主張する。

そこで検討するに,原告が被告からの苦情改善要請について応答した「reject automatically」という言葉をどう訳するかはともかくとして,確かに,原告は,被告からの各種要請に対して過剰に反応し,被告のマネージャーなどから生徒より苦情があったことを聞いた際,苦情を述べた生徒の名前,苦情のあった日付,問題となったレッスンの日付,苦情の写しを提出することを要求したこと,平成15年7月24日,同年11月4日及び同月27日に行われたDなどとのミーティングにおいて,原告が苦情にかかる事実関係を否定し,被告の指導,改善要請に不満を述べるとともに,レッスン中に不適切なトピックを使用しないこと及びスタッフと良好な職場関係を保つことを誓約する旨の文書の提出を拒否したこと,原告が,生徒の情報が記載された個人カルテをコピーして本件配転命令にかかる仮処分手続きの中で疎明資料として裁判所に提出したことは,上記1(4),(5),(7)ないし(9)で認定したとおりである。また,被告の事業が語学教室というサービス業であって,生徒は顧客で,顧客の意思や機嫌を無用に損ねる行為は慎まなければならないところ,被告は,レッスンの仕方など,講師に対する苦情についていつ誰が苦情を言ってきたのかを当該講師に対しても原則的に明らかにしないという扱いをしていた(証人D,弁論の全趣旨)が,苦情を申し立てた生徒が,そのことを講師に知られることを望んでいない場合(本件でも上記1(6)エで認定したとおりそのような事例があった。)には,同人の意思を尊重する必要性があり,それ以外の場合でも,仮に苦情を申し立てた者の氏名を当該講師に明らかにした場合,同講師からそれ以降のレッスンなどで同講師からどうして苦情申立をしたのか追求されたり,レッスンの中で報復などされたりして,生徒が同講師から不当に不興を買う可能性があったことを踏まえると,被告の上記扱いには一応の合理性が認められる。

しかし,原告は,強い不満を示しつつも,被告が原告の意見を聞く機会などを設けたミーティングには全て応じ,最終的には被告の指示に従って,被告の公式テキスト以外の教材は使用しないことを承諾するとともに同承諾以降,公式テキストのみを使用してレッスンを行い,また,被告から要請のあった不適切なトピックとしての「離婚」や「死」などをそれほどたくさん取り上げないことを考慮する旨対応したこと,また,原告の被告から述べられた苦情への対応,具体的には,苦情を述べた生徒の名前,苦情のあった日付,問題となったレッスンの日付,苦情の写しを提出して欲しいなどの意見もその原因が明らかになればより苦情改善の実が上がる可能性が高いことを考慮すると,苦情改善という側面のみからみれば一応,考慮に値する意見であったことなどを踏まえると,たとえ原告が,いつ誰が苦情を言ってきたのかということを明らかにするよう要求し,被告の要求する誓約書などの提出を拒んだとしても,それらをもって直ちに,被告が解雇理由において主張するように,原告が被告の指示を明確に拒否してきたとまで認めることはできない。また,原告がスタッフと良好な職場関係を保つことを誓約する旨の文書の提出を拒否したことは,事実であるが,そのことは本件配転命令によって問題が一応解消されている。そして,原告が無断で生徒の情報をコピーし,持ち出した行為についても,原告がコピーした資料は,講師であれば誰でも閲覧可能であったこと,原告が,コピーは訴訟を目的としたものであり,現にその限度で使用しているうえ,同目的以外のために使用する意思は一切ないことを表明していることなどからすると,そのことをもって直ちに解雇せざるを得ないほどの非難に値する行為とまでいうことはできない。

さらに,被告の取締役であるFは,平成16年3月26日付け文書で原告への処分を検討するという趣旨で原告に質問などをしているが,同措置は,本件配転命令に対する京都地方裁判所の仮処分の審尋手続,同仮処分決定の内容,同仮処分決定が出された時期からすると,同仮処分決定のような本件配転命令を無効とする判断が十分予想されるとともに,同仮処分決定が出されると予想された時期になされていること,同月23日,同年5月13日からの原告との新契約締結のため,A校のアシスタント・トレーナーであるKによる原告のレッスンについて観察授業が行われたこと,本件解雇は懲戒処分としてなされたものではないが,同解雇までに就業規則に定められた譴責,減給,出勤停止など懲戒処分をとっていないことを踏まえると,同仮処分決定に対するけん制ともとらえられるうえ,真実,その時点で解雇までの処分を想定していたのか疑問が残る。しかも,被告は,同配転命令の有効性を認めた仮処分決定に対し不服申立てを行うことなく,同仮処分決定後,同仮処分決定に基づいて原告をC校へ復帰させることもなく,同仮処分決定を踏まえた組合から原告のC校への復帰要求をした翌日に本件解雇を行っていること,同月23日,原告のレッスンについて,上記したとおり同年5月13日からの新契約締結のため,A校のアシスタント・トレーナーであるKによる観察授業が行われ,同観察授業に基づく原告との評価面談が当初同年4月1日に予定されていたこと,また,本件解雇までに就業規則に定められた譴責,減給,出勤停止など懲戒処分をとっていないことを踏まえると,本件解雇は,同仮処分決定の効力を妨害する意図の下に行われたことが推認されるというべきである。

ところで,被告は,本件解雇は,Fの平成16年3月26日付け文書による質問などに対する原告の回答によって行った旨主張するが,同文書の趣旨について疑問があることは上記説示したとおりであって,その他,同主張を認めるに足りる証拠はない。

(3)  以上をことを総合すると,本件解雇は,その余の点(本件解雇が不当労働行為にあたるかなど)について判断するまでもなく,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ず,その権利を濫用したものとして無効というべきである。

4  次に,上記基礎となるべき事実及び上記1で認定した事実を踏まえて争点(3)(原告に対する雇止めが無効であるか否か)について検討する。

(1)  期間の定めのある雇用契約は,たとえ期間の定めのない労働契約と実質的に同視できない場合であっても,雇用継続に対する労働者の期待に合理性がある場合は,解雇権濫用法理が類推され,解雇が無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しようとしなかった場合,期間満了後における使用者と労働者の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となると解するのを相当とする(参照・最高裁判所昭和61年12月4日第一小法廷判決労判486号6頁)。

(2)  そこで検討するに,確かに,原告と被告との雇用契約は,1年間の期間の定めがあり,毎年契約更新の手続が行われ,その都度契約書の作成も行われていたこと(甲2,弁論の全趣旨)からすると,実質的に期限の定めのない契約と異ならない状態にあったとまでいうことは困難である。

しかし,原告は,平成9年5月の採用以降,7年間,特に問題もなく1年毎の新契約の締結を繰り返してきていること,平成16年5月13日からの新契約締結のため,同年3月23日A校のアシスタント・トレーナーであるKによる観察授業が行われ,同観察授業に基づく原告との評価面談が当初同年4月1日に予定されていたことは上記認定のとおりであることからすると,原告の同年5月13日以降の雇用継続に対する期待には合理性があるというべきである。したがって,被告の同新契約の締結の拒否には解雇権濫用の法理が類推される。

ところで,被告は,上記3で認定,説示した本件解雇と同様の理由及び意図の下に同新契約締結を拒否していると考えられるから,同3で認定,説示したとおり,本件解雇は被告がその権利を濫用したものと評価されるものであって,そうすると,原告と被告との労働契約に期間の定めがあることを前提としても被告の原告に対する雇止めは無効であり,原告と被告間においては,従前の雇用契約が更新されたと同様の法律関係が成立しているとするのが相当である。

5  本判決確定後の給与などの支払請求について

原告は,給与の支払について,終期を定めることなく本判決確定後もその請求をする。しかし,雇用契約上の地位の確認とともに将来の給与の支払を請求する場合,地位を確認する判決の確定後も被告が原告からの労務の提供の受領を拒否してその給与請求権の存在を争うことが予想されるなどの特段の事情でもない限り,給与請求のうちの本判決確定後に係る部分については,予め請求をする必要がないと解するのが相当である。

そこで,本件であるが,被告に同特段の事情を認めるに足りる証拠がないから,原告の本判決確定後における給与の支払を求める訴えは,訴えの利益がなく不適法というべきである。

また,原告は,各給与の支払日からの遅延損害金の支払も請求するかのようであるけれども,確定期限のある債務は,支払期の経過によりその翌日から遅滞に陥るから,原告の遅延損害金の支払請求のうち,各支払日の当日について支払を求める部分は理由がない。

6  結語

以上の次第で,本件訴えのうち,本判決確定後の給与の支払請求は,訴えの利益を欠くからこれを不適法として却下し,原告のその余の請求は主文第2項及び第3項の限度で理由があるからこの限度で認容することとし,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条を,主文第3項の仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村哲 裁判官 竹内努 裁判官 酒井智之)

別紙省略

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