京都地方裁判所 平成16年(ワ)3331号 判決 2005年5月25日
主文
1 被告は,原告に対し,116万0250円及びこれに対する平成16年11月6日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,146万0250円及びこれに対する平成16年11月6日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者の主張
1 請求原因1
(1) 被告は,リフォーム工事の有償役務提供や活水器・浄水器の販売等を目的とする有限会社である。
(2) 被告は,以下のとおり,原告に対し,政令に定める指定商品の販売ないし有償役務の提供を原告宅において行った。
ア 平成16年7月17日,被告は原告に対し,金5250円で水道の洗浄作業を行うことを約し(以下「本件契約1」という。),被告は洗浄作業を行った。
イ 同日,被告は原告に対し,磁気機能付セラミック活水装置A-400型(以下「A-400」という。)の売買及び取付工事を金47万2500円で約した(以下「本件契約2」という。)。
同月20日,被告従業員らは原告宅でA-400の取付工事を行った。
ウ 同月20日,被告は原告に対し,浄水器アクアドリーム(以下「アクアドリーム」という。)の売買及び取付工事を金36万7500円で約した(以下「本件契約3」という。)。
同月21日,被告従業員らは原告宅でアクアドリームの取付工事を行った。
エ 同月21日,被告は原告に対し,高性能磁化装置マグネドリーム(以下「マグネドリーム」という。)の売買及び取付工事を金31万5000円で約した(以下「本件契約4」という。)。
同月23日,原告宅でマグネドリームの取付工事を行った。
オ 同月23日,被告は原告に対し,床下換気工事等を金71万4000円で約した(以下「本件契約5」という。)。
(3) 原告は,本件契約1に基づき,同月17日,被告に対して5250円を,本件契約2ないし4に基づき,同月23日,被告に対して計115万5000円,合計116万0250円を支払った。
(4) 契約の無効ないし取消
ア クーリングオフ
本件契約1ないし5に際し,被告は,原告に対し,申込書面兼契約書面の交付を行っているものの,その記載事項には以下のとおり重大な誤りないし不備・欠落がある。
(ア) 本件契約1の書面(甲第1号証)について
① 事業者の住所(特定商取引に関する法律(以下「法」という。平成16年法律第44号による改正前の特定商取引に関する法律については,「旧法」という。)4条5号,特定商取引に関する法律施行規則(以下「省令」という。平成16年経済産業省令第87号による改正前の特定商取引に関する法律施行規則については,「旧省令」という。)3条1号)「西宮市a町b-c」と記載されており,虚偽記載である。
② 法人代表者名(法4条5号,省令3条1号)
全く記載がない。
③ 契約申込・締結担当者の氏名(法4条5号,省令3条2号)「A・B」という氏しか書かれておらず,名が書かれていない。
④ クーリング・オフの要件及び効果(法4条4号,旧省令6条)役務提供契約であるのにも関わらず,「既に当該役務提供契約に基づき役務が提供されたときにおいても,当該役務提供契約に係る役務の対価その他の金銭の支払を請求することができないこと」(旧省令6条1項表3ニ),「当該役務提供契約に関連して金銭を受領しているときは,役務提供事業者は,速やかに,その全額を返還すること」(同表3ホ),「当該役務提供契約に係る役務の提供に伴い申込者等(旧法9条第1項の申込者等をいう。)の土地又は建物その他の工作物の現状が変更されたときは,当該役務提供事業者に対し,その原状回復に必要な措置を無償で講ずることを請求することができること」(旧省令6条1項表3ヘ)の記載がない。
(イ) 本件契約2の書面(甲第2号証)について
① 法人代表者名(法4条5号,省令3条1号)
全く記載がない。
② 契約申込・締結担当者の氏名(法4条5号,省令3条2号)全く記載がない。
③ 商品名および商品の商標または製造者名(法4条5号,省令3条4号)「磁気機能付セラミック活水装置」という普通名詞の記載しかなく,固有名詞や商標,製造者名の記載がない。
④ 代金・対価の支払方法(法4条2号)
抽象的に「ローン」との記載があるだけで,支払開始日や,回数,ローン会社名などの欄は空欄である。
⑤ クーリング・オフの要件及び効果(法4条4号,旧省令6条)
役務提供契約であるのにも関わらず,「既に当該役務提供契約に基づき役務が提供されたときにおいても,当該役務提供契約に係る役務の対価その他の金銭の支払を請求することができないこと」(旧省令6条1項表3ニ),「当該役務提供契約に関連して金銭を受領しているときは,役務提供事業者は,速やかに,その全額を返還すること」(同表3ホ),「当該役務提供契約に係る役務の提供に伴い申込者等(旧法9条第1項の申込者等をいう。)の土地又は建物その他の工作物の現状が変更されたときは,当該役務提供事業者に対し,その原状回復に必要な措置を無償で講ずることを請求することができること」(旧省令6条1項表3ヘ)の記載がない。
(ウ) 本件契約3の書面(甲第3号証)について
① 法人代表者名(法4条5号,省令3条1号)
全く記載がない。
② 契約申込・締結担当者の氏名(法4条5号,省令3条2号)
全く記載がない。
③ 商品の型式(法4条5号,省令3条5号)
全く記載がない。
④ 商品・権利の代金,役務の対価(法4条1号)
「350,000円」とのみあり,商品・役務の価格の内訳の記載がない。
⑤ 代金・対価の支払方法(法4条2号)
「ローン」とのみ記載がある。
⑥ クーリング・オフの要件及び効果(法4条4号,旧省令6条)
役務提供契約であるのにも関わらず,「既に当該役務提供契約に基づき役務が提供されたときにおいても,当該役務提供契約に係る役務の対価その他の金銭の支払を請求することができないこと」(旧省令6条1項表3ニ),「当該役務提供契約に関連して金銭を受領しているときは,役務提供事業者は,速やかに,その全額を返還すること」(同表3ホ),「当該役務提供契約に係る役務の提供に伴い申込者等(旧法9条第1項の申込者等をいう。)の土地又は建物その他の工作物の現状が変更されたときは,当該役務提供事業者に対し,その原状回復に必要な措置を無償で講ずることを請求することができること」(旧省令6条1項表3ヘ)の記載がない。
(エ) 本件契約4の書面(甲第4号証)について
① 法人代表者名(法4条5号,省令3条1号)
全く記載がない。
② 契約申込・締結担当者の氏名(法4条5号,省令3条2号)
全く記載がない。
③ 商品・権利の代金,役務の対価(法4条1号)
「300,000円」とのみあり,商品・役務の価格の内訳を表示していない。
④ 代金・対価の支払方法(法4条2号)
「ローン」との記載のみである。
⑤ クーリング・オフの要件及び効果(法4条4号,旧省令6条)
役務提供契約であるのにも関わらず,「既に当該役務提供契約に基づき役務が提供されたときにおいても,当該役務提供契約に係る役務の対価その他の金銭の支払を請求することができないこと」(旧省令6条1項表3ニ),「当該役務提供契約に関連して金銭を受領しているときは,役務提供事業者は,速やかに,その全額を返還すること」(同表3ホ),「当該役務提供契約に係る役務の提供に伴い申込者等(旧法9条第1項の申込者等をいう。)の土地又は建物その他の工作物の現状が変更されたときは,当該役務提供事業者に対し,その原状回復に必要な措置を無償で講ずることを請求することができること」(旧省令6条1項表3ヘ)の記載がない。
(オ) 本件規約5の書面(甲第5号証)について
① 法人代表者名(法4条5号,省令3条1号)
全く記載がない。
② 契約申込・締結担当者の氏名(法4条5号,省令3条2号)
「B」という氏のみ記載があり,名の記載がない。
③ 商品名および商品の商標または製造者名(法4条5号,省令3条4号)
「床下換気扇 撹拌型」「オゾナイザー」「床下調湿材」という普通名詞の記載しかなく,固有名詞や商標,製造者名の記載がない。
④ 商品の型式(法4条5号,省令3条5号)
全く記載がない。
⑤ 商品・権利の代金,役務の対価(法4条1号)
床下換気扇240,000円とのみあり,商品・役務の価格の内訳を表示していない。
⑥ クーリング・オフの要件及び効果(法4条4号,旧省令6条)
役務提供契約であるのにも関わらず,「既に当該役務提供契約に基づき役務が提供されたときにおいても,当該役務提供契約に係る役務の対価その他の金銭の支払を請求することができないこと」(旧省令6条1項表3ニ),「当該役務提供契約に関連して金銭を受領しているときは,役務提供事業者は,速やかに,その全額を返還すること」(同表3ホ),「当該役務提供契約に係る役務の提供に伴い申込者等(旧法9条第1項の申込者等をいう。)の土地又は建物その他の工作物の現状が変更されたときは,当該役務提供事業者に対し,その原状回復に必要な措置を無償で講ずることを請求することができること」(旧省令6条1項表3ヘ)の記載がない。
(カ) 原告は,被告に対し,平成16年9月18日,本件契約2ないし5につき解除の意思表示をし,本件契約1についても,平成16年11月4日,解除の意思表示をした。
イ 錯誤無効,詐欺取消及び消費者契約法4条に基づく取消
(ア) 本件契約1の締結の際,被告従業員らが「水道の点検です。」と言って,事業者名・商品販売ないし役務提供の目的を告げないまま一方的に作業を行い,原告も市の水道局の職員によると思いこみ,それを受忍した上で,本件契約1を締結した。
(イ) 本件契約2の締結の際,被告従業員らが同日行った水道洗浄作業の結果を誇張して原告の誤認を惹起し,またその不安を煽って勧誘して契約を成立させた。
(ウ) 本件契約4の締結の際,原告が明確に契約を締結しない旨を表示したにもかかわらず,被告従業員らは退去せずに勧誘を続けた上,既に購入させた2点の商品とのセット販売であるから購入しなければいけない旨虚偽の事実を告げ,原告にその旨誤認させるなどして契約を成立させた。
(エ) 本件契約5の締結の際,被告従業員らは,原告宅でマグネドリームの設置工事を行う際,工事のためと称して部屋の中の畳をめくりあげて床下に入り,原告に対し,今にも床が落ちそうであり,必ず工事をしなければならないなど,事実に反することにつき断定的判断を提供し,原告にその旨誤認させるなどして契約を成立させた。
(オ) 原告は,平成16年11月5日,本件契約2,同4,同5を取り消すとの意思表示をした。
ウ 公序良俗違反
本件契約1ないし5は,以下の事実から公序良俗に違反する。
(ア) 被告従業員は,「水道の点検です。」と言ってあたかも市の職員であるかのように装って原告の警戒心を解き,また5250円という比較的少額の役務を行って,さらに水道管の汚れを強調することによって,後に続くA-400,アクアドリーム等の高額商品の購入勧誘の足掛かりとしていた。
(イ) 被告従業員らは,本件契約1の後も商品の契約と設置工事の時期を故意にずらすことによって,工事時に別の商品の購入を勧誘する機会を作出していた。
(ウ) 被告従業員らは,断定的判断の提供,旧法3条規定の氏名等明示義務違反,訪問販売業者の最低限の義務である法5条が定める正当な法定書面の不交付,旧法6条1項規定の不実告知禁止違反,法6条2項規定の威迫行為禁止違反を何度も繰り返していた。
被告従業員らは,このような手段を駆使し,原告の判断力を麻痺させて連鎖的に多数の同種類似商品を購入・取付させたものであり,これら被告従業員らの一連の行為は社会的許容性を大きく逸脱したいわゆる過量販売ないし次々商法に他ならず,全ての契約は公序良俗に反し無効である。
2 請求原因2-不法行為
(1) 被告従業員らによる請求原因1の一連の行為により,原告は,上記支払済金員の他,多大なる精神的苦痛を被った。
(2) 原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては30万円を下らない。
3 よって,原告は,被告に対し,本件契約1ないし5の不成立,無効,取消又は解除に基づく不当利得返還請求及び不法行為に基づく損害賠償(慰藉料)請求として,146万0250円及びこれに対する同契約の解除又は取消の意思表示をなした後である平成16年11月6日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。
4 請求原因に対する認否
(1) 請求原因1(1)(2)(3)は認める。
(2) 請求原因1(4)は否認ないし争う。
(3) 請求原因2は否認ないし争う。
理由
1(1)請求原因1(1)(2)(3)は当事者間に争いがなく,成立に争いのない甲第1ないし第5号証によれば,請求原因1(4)ア(ア)ないし(オ)の事実が認められ,成立に争いのない甲第6,7号証によれば,請求原因1(4)ア(カ)の事実が認められる。
(2) かかる事実からすれば,原告の主張するとおり,被告が原告に交付した水道管洗浄作業請負契約書(甲第1号証)及び工事請負契約書(甲第2ないし第5号証)は,法5条2項,1項1号,4条1号,2号,4号,5号に定める記載事項に不備があることが認められる。
すなわち,本件契約1については,水道管洗浄作業請負契約書(甲第1号証)において,役務提供契約にもかかわらず,法4条4号に定める事項の記載がなされていないし,本件契約2については,工事請負契約書(甲第2号証)において,法4条4号の記載を欠いているだけでなく,支払方法について単に「ローン」とあるのみであり,法4条2号の記載も欠いている。また,本件契約3及び4の工事請負契約書(甲第3及び第4号証)においては,法4条2号,4号だけでなく,代金及び対価の内訳が不明であり,法4条1号の記載を欠いているし,本件契約5の請負契約書(甲第5号証)も同様に,法4条1号及び法4条4号の記載を欠いている。さらに,甲第1ないし第5号証は,法4条5号,省令3条及び旧省令6条の記載も欠いている。
(3) したがって,被告が原告に交付した前記書面は,法5条の書面に該当しないというべきである。
この点,被告は本件契約を特定するに充分な記載がなされている旨主張しているが,上記認定した事実からすれば,本件契約について購入者等が正確な認識を得るのに不充分な記載であるといわざるを得ず,かかる被告の主張は認められない。
(4) そうすると,旧法9条1項に基づく解除の期間は進行していないから,原告の行った解除は有効である。
2 請求原因2については,旧法9条1項に基づく解除により,本件各契約は効力を失い,原告は,すでに支払った116万0250円は返還請求できるのであるから,原告が被った経済的損失は填補されると解するのが相当である。
したがって,経済的損失が填補される以上,原告に金銭的評価が可能な精神的苦痛による損失は認められない。
3 以上のことから,原告の本訴請求は116万0250円及びこれに対する平成16年11月6日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法64条ただし書,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 中村隆次)