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京都地方裁判所 平成16年(ワ)3420号 判決 2007年2月23日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする

事実及び理由

第1請求

被告は,原告ら各自に対し,1500万円及びこれに対する平成17年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,我が国の国籍を有さず,外国人登録原票上,その国籍が韓国又は朝鮮とされている原告らが,国民年金法の制定に際し国籍条項が設けられ,老齢年金及び老齢福祉年金の被保険者から原告らが除外されていたことが国際人権規約,憲法14条1項及び国際慣習法に違反することを前提に,同法の改正により国籍条項が削除された際に,原告らに対し,経過措置及び救済措置をとらなかったことが,国際人権規約及び憲法14条1項に反し,ひいては,国家賠償法上の違法行為にあたるとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,原告ら各自に,損害金1500万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成17年1月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  基礎となる事実

(1)  原告ら

ア 原告Aは,1926年(昭和2年)a月b日,現在の大韓民国のcで生まれ,1928年(昭和4年)ころ,我が国に渡り,その後,我が国において暮らす者である。同原告は,現在,日本国籍を有さず,外国人登録原票上,その国籍は朝鮮とされている。

(甲D1,F1,原告A本人,弁論の全趣旨)

イ 原告Bは,1918年(大正7年)d月e日,現在の大韓民国のfで生まれ,1937年(昭和12年)ころ,我が国に渡り,その後,我が国において暮らす者である。同原告は,現在,日本国籍を有さず,外国人登録原票上,その国籍は韓国とされている。

(甲D1,F2,原告B本人,弁論の全趣旨)

ウ 原告Cは,1921年(大正10年)g月h日,現在の大韓民国のiで生まれ,1934年(昭和9年)ころ,我が国に渡り,その後,我が国において暮らす者である。同原告は,現在,日本国籍を有さず,外国人登録原票上,その国籍は朝鮮とされている。

(甲D1,F3,原告C本人,弁論の全趣旨)

エ 原告Dは,1921年(大正10年)j月k日,現在の大韓民国のlで生まれ,1935年(昭和10年)ころ,我が国に渡り,その後,我が国において暮らす者である。同原告は,現在,日本国籍を有さず,外国人登録原票上,その国籍は韓国とされている。

(甲D1,F4,原告D本人,弁論の全趣旨)

オ 原告Eは,1928年(昭和3年)m月n日,現在の大韓民国のoで生まれ,1931年(昭和6年)ころ,我が国に渡り,その後,我が国で暮らす者である。同原告は,現在,日本国籍を有さず,外個人登録原票上,その国籍は朝鮮とされている。

(甲D1,F5,原告E本人)

(2)  国民年金制度及びその概要等

ア 国民年金法(昭和34年法律第141号)は,農業者,自営業者等を対象とした制度として,昭和34年11月1日に施行された(以下,難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律<昭和56年法律第86号>による改正前のものを「旧法」という。)。

イ 国民年金は,老齢,障害又は死亡という給付事由となる事故に関して,必要な給付を行う社会保険制度であり,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の日本国民が原則として被保険者とされ(旧法7条1項),被保険者が保険料を納付し,それを主な財源として拠出するという拠出制を前提としていたが,国庫も,毎年度,国民年金事業に要する費用に充てるため,旧法に定められた額を負担することとされていた(旧法85条)。

旧法による給付は,老齢年金等(旧法15条1項),障害年金(同条2項)及び母子年金等(同条3号)などであった。

そのうち老齢年金は,保険料納付済期間が25年以上である者(制定時の国民年金法26条1号)又は保険料納付済期間が10年以上であり,かつ,その保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が25年以上である者(同条2号)が65歳に達したときに支給されることとされた(同法26条)。ただし,制定時の国民年金法76条は,昭和5年3月31日までに生まれた者(保険料の支払開始時である昭和36年4月1日の時点で31歳を超える者)につき,その年齢に従い,上記の支給要件を緩和した。

ウ また,貧困のために保険料の免除を受け,そのため拠出制の年金給付に結びつかない者や,制度発足のときに,既に高齢の者,身体障害を有する者などは,保険料を納付する機会がないまま年金給付を受けることができないこととなることから,これらの者について,経過的・特例的に救済するため,無拠出の年金である福祉年金が給付されることとされた。

そのうち,老齢に関する福祉年金につき,①制定時の国民年金法53条は,保険料免除期間又は保険料免除期間と保険料納付済期間とを合算した期間が30年を超える者が70歳に達したときに老齢福祉年金を支給すると,②同法80条は,イ)その1項で明治22年11月1日以前に生まれた者(昭和34年11月1日において70歳以上である者)については昭和34年11月1日から老齢福祉年金を,ロ)2項で明治22年11月2日から明治44年3月31日までの間に生まれた者(昭和34年11月1日において70歳未満である者のうち,昭和36年4月1日において50歳を超える者)についてはその者が70歳に達したときから老齢福祉年金をそれぞれ支給すると,それぞれ定めていた。

エ 国民年金制度は,国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号。以下「昭和60年改正法」という。)により,被保険者の範囲,年金給付の算定方法などについて大幅な改正がなされ,国民年金の適用は全国民に拡大されて,全国民共通の基礎年金を国民年金制度から支給することとし,その上に厚生年金や共済年金の被用者年金制度から所得比例等の年金を上乗せするという「2階建て」の体系に公的年金制度が再編,統一された。

昭和60年改正法による改正後の国民年金法(以下「新法」という。)15条は,給付の種類につき,老齢基礎年金,障害基礎年金及び遺族基礎年金等を定めていた。そのうち,老齢基礎年金は,保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が25年以上の者に対し,65歳から支給されることとされた(新法26条)。

ただし,新法は,昭和61年4月1日当時,60歳以上の者には適用されず,その者らについては,原則として昭和60年改正法による改正前の国民年金法が適用されることとされた(昭和60年改正法附則31条1項)。

(以上,(2)につき,甲B8,乙1,2,弁論の全趣旨)

(3)  経過措置及び救済措置等

ア 国民年金法制定時

保険料の支払開始時である昭和36年4月1日時点で,既に35歳を超える者については,その後,保険料を納付したとしても,老齢年金の支給要件を充たさず,老齢年金を受けとることができないから,上記(2)イ,ウのとおり,制定時の国民年金法76,80条は,昭和36年4月1日時点で既に35歳を超える者のうち,同時点で50歳を超える者については,老齢福祉年金を給付することとし,その余の者については,25年である支給要件を緩和することとした。

イ 小笠原諸島復帰時等

①小笠原諸島が我が国に復帰した際,小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律(昭和43年法律第83号)及び小笠原諸島の復帰に伴う厚生省関係法令の適用の暫定措置に関する政令(昭和43年政令第204号)により,上記法律が施行された際現に小笠原諸島に住所を有する者につき,②沖縄が我が国に復帰した際,沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律(昭和46年法律第129号)及び沖縄の復帰に伴う厚生省関係法令の適用の特別措置等に関する政令(昭和47年政令第108号)により,沖縄の厚生年金保険法又は沖縄の国民年金法による被保険者であった者等につき,③中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律(平成6年法律第30号)及び中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律施行令(平成8年政令第18号)により,永住帰国した中国残留邦人等につき,④北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律(平成14年法律第143号)及び同法施行令(平成14年政令第407号)により,拉致された被害者につき,それぞれ一定の経過措置及び救済措置が定められた。

(以上,(3)につき,乙1,2,弁論の全趣旨)

(4)  在留外国人に対する対応等

ア 旧法7条1項は,被保険者の資格につき,「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の日本国民は,国民年金の被保険者とする。」とし,日本国籍を有しない在留外国人を,老齢年金の支給対象から除外していた(以下,旧法7条1項を「国籍条項」ともいう。)。また,制定時の国民年金法53条1項ただし書は,「ただし,その者が,70歳に達した日において,日本国民でないとき,又は日本国内に住所を有しないときは,この限りでない。」と規定していたところ,同法80条各項は,同法53条1項ただし書の適用を除外しなかったから,同法80条各項は,70歳に達した際に日本国籍を有しない在留外国人を,老齢福祉年金の受給者から除外していた。

イ 難民の地位に関する条約(昭和56年10月15日条約第21号,以下「難民条約」という。)を批准したことに伴い制定された,難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律(昭和56年法律第86号。以下「整備法」という。)により,旧法7条1項中,「日本国民」との文言が,「者」との文言に改められた。

そして,整備法附則4項は,「施行日においてこの法律による改正後の国民年金法第七条の規定に該当している者(日本国民である者を除く。)についてのこの法律による改正後の同法第八条の規定の適用については,同条中『二十歳に達した日又は日本国内に住所を有するに至つた日』とあるのは,『難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律の施行の日』とする」と規定し,整備法により,国籍条項が改正された効果が遡及しないことを明記した。加えて,老齢福祉年金につき,同附則5項は,「この法律による改正前の国民年金法による福祉年金が支給されず,又は当該福祉年金の受給権が消滅する事由であつて,施行日前に生じたものに基づく同法による福祉年金の不支給又は失権については,なお従前の例による。」とした。

他方で,整備法による改正の際,国籍条項により国民年金の被保険者とされていなかった在留外国人につき,何らの経過措置及び救済措置は執られなかった。

ウ 昭和60年改正法による改正の際,同法附則8条5項10号,国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令(昭和61年3月28日号外政令第54号) 12条は,国籍条項により国民年金の被保険者から除外されていた在留外国人のうち一定の者につき,国籍条項により国民年金の被保険者とならなかった期間も,老齢基礎年金の支給要件の合算対象期間に算入されるとした。

もっとも,上記期間を給付される年金額の根拠として考慮することとはされなかったし,その外に,整備法による改正の際,国籍条項により国民年金の被保険者とされていた在留外国人につき,経過措置,救済措置は執られなかった。

また,昭和60年改正法附則31条は,新法施行日において60歳以上の者につき,老齢基礎年金を規定した新法第3章第2節の規定等が適用されないことを明記した。

(以上,(4)につき,甲B8,乙1,2,弁論の全趣旨)

(5)  原告らの年金不加入等

ア 原告らは,それぞれ,制定時の国民年金法が施行された当時,国籍条項によって,国民年金の被保険者の資格要件を充たさず,国民年金に加入することができなかった。

イ 原告B,原告C及び原告Dは,それぞれ,整備法の施行日である昭和57年1月1日当時及び新法の施行日である昭和61年4月1日当時,20歳以上60歳未満という被保険者の資格要件を充たさなかったために,国籍条項の改正後も,国民年金に加入することができなかった。

ウ 原告A及び原告Eは,それぞれ,整備法の施行日である昭和57年1月1日当時及び新法の施行日である昭和61年4月1日当時,35歳以上60歳未満であったから,国籍条項の改正後,国民年金の被保険者資格を有しており,国民年金に加入することができた。また,昭和60年改正法により,国籍条項により国民年金の被保険者から除外されていた期間を,老齢基礎年金の支給要件に合算することが可能となったから,同期間は年金額の決定の際に考慮されないものの,保険料の支払如何によっては,老齢基礎年金を受給することが可能となった。

(以上,(5)につき,甲F1から5,原告ら本人尋問,弁論の全趣旨)

(6)  国際人権規約の批准等

昭和41年12月17日,国連総会において,経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和54年条約第6号,以下「A規約」という。),市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号。以下「B規約」という。)並びに個人通報に関する選択議定書(第一選択議定書)が採択され,我が国は,昭和54年6月21日,これらのうち,A規約及びB規約のみ(以下,A規約及びB規約を総称して「国際人権規約」という。)を批准し,国際人権規約は,同年9月21日,発効した(昭和54年外告187)。

第3争点

1  国際人権規約違反について

2  憲法14条1項違反について

3  国際慣習法違反について

4  国家賠償法上の違法行為の有無について

5  原告らの損害額

第4当事者の主張

1  国際人権規約違反(争点1)について

(原告らの主張)

(1) 国際人権規約について

ア 国際人権規約の効力と解釈

(ア) 国際人権規約の国内的実施

A規約及びB規約の効力は,特別の国内法を制定する必要はなく,条約が公布されることによって当然に国内法的力を有する。そして,A規約及びB規約は,その内容に鑑み,原則として裁判規範として直接適用が可能である。

(イ) 国際人権規約の解釈

規約人権委員会の公表する一般的意見や,個人からの通報に対して送付される見解は,国際人権規約に関する委員会からの有権的解釈を示すものであり,条約法に関するウィーン条約32条がいうところの解釈の補足手段となるべきものである。

よって,我が国の裁判所が国際人権規約を解釈適用する場合,上記解釈原則に従って,その権利の範囲を確定する必要がある。

イ A規約

A規約2条2の差別禁止条項は,即時実施義務があり,即時執行力を有する。また,A規約9条は,「この規約の締結国は,社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定する。

このように,A規約の場合も,差別禁止条項については,その即時実施義務及び直接適用可能性において,B規約と異なるところはない。

また,A規約の性質上,国の積極的措置なしには社会権の実現は望めないから,国に積極的措置義務が存するのは明白である。すなわち,社会保障が漸進的達成義務にとどまるとしても,一旦特定の社会保障立法を行った場合に,その内容に差別禁止条項に抵触する部分があれば,これを是正すべき積極的義務が生じる。

ウ B規約

(ア) B規約26条

B規約26条中の「他の地位」に,国籍は含まれるから,同条により,国籍の相違による差別は禁じられているところ,同条は,自由権のみならず,社会保障に関する権利についても差別を禁止する趣旨である。

そして,同条で禁止される「差別」に該当するか否かは,「基準が合理的であり,かつ客観的である場合であって,かつまたB規約の下での合法的な目的を達成するという目的で行われた」か否かが基準となる。

さらに,B規約違反の事実が,同規約の発効以前に生じたものであったとしても,同規約発効後もそれが引き続き継続している場合には,それはB規約違反を構成する。

(イ) B規約2条2

B規約2条2は,締約国は「すべての個人に対し(中略)この規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する」と定めている。ここでいう「尊重」は,国家が個人の権利に干渉しないといういわば消極的義務であり,「確保」は,国家が個人の権利を積極的に実現しなければならないという,積極義務である。差別立法をすることは「尊重義務」に違反し,差別立法を放置することは「確保義務」に違反する。

(2) A規約及びB規約違反について

ア 原告らは,日本の植民地支配の結果,日本での生活を余儀なくされた者であり,そして,かつては日本国籍を有していたが,戦後,被告により,自己の意思によらずして一方的に日本国籍を剥奪された。しかし,今日に至るまで納税の義務を初め,日本国籍を有する者と同等の義務を果たしてきた。このように,一方的に日本国籍を剥奪しておきながら,日本国籍がないことを理由に,国民年金制度から原告らを排除することは,国際人権規約(B規約2条2,26条,A規約2条2,9条)上,禁止されている国籍による差別に当たることは明らかである。

したがって,被告は,国際人権規約発効後,直ちに旧法の国籍条項を削除するとともに,原告ら在日韓国・朝鮮人が置かれている差別状態を是正すべき積極的措置を講じる義務があった。

しかるに,被告は,差別是正の措置を何ら執らないばかりか,整備法の改正により国籍条項を撤廃した後も,あえて,整備法附則5項を設けて,従来の法律関係に影響を及ぼさないものとし,原告らを排除する旨を明文で積極的に規定し,さらにその内容は昭和60年改正法による改正時にも同趣旨のまま維持された。

イ 以上のとおり,国際人権規約発効後,原告ら在日韓国・朝鮮人に対し,国民年金制度における差別を是正しなかったことは,「確保義務」どころか「尊重義務」にも反し,B規約2条2,26条並びにA規約2条2,9条に違反する。

(3) 被告の主張に対する反論

ア 以上に対し,被告は,国籍条項が,国際人権規約に違反しないと主張するが,次のとおり,国籍条項には,何ら正当性はないし,仮に,同目的が正当であるとしても,その目的と手段との間に比例関係はなく,その外,被告は国籍条項による不利益取扱いにつき具体的な立法事実を示していないから,被告の同主張には理由がない。

(ア) 在日韓国・朝鮮人は,日本に長期間残留し,日本に確固たる生活基盤を置いているが,他方で,朝鮮半島における生活基盤を喪失していることからすると,1959年(昭和34年)の時点で,在日韓国・朝鮮人の日本における在留が不安定であるとの事実が存在するかは疑問であるし,遅くとも,1979年(昭和54年)の時点で,在日韓国・朝鮮人が,その生活の本拠を朝鮮半島に移す現実的可能性は殆どない。したがって,在日韓国・朝鮮人が,本国に帰国する可能性があり,国民年金法の定める25年という資格期間を充たす期間,日本国内に滞在して保険料を負担するとは限らないことを理由に,在日韓国・朝鮮人を国民年金の被保険者から除外することは,正当ではない。

このことは,同じく拠出制年金制度でありながら,厚生年金にあっては外国人を含む者すべてが強制加入とされていることからも明らかである。

(イ) 社会保障は,社会構成員の共同連帯の精神に基づきその者が生活基盤を有する国で実現されるべきものであり,世界人権宣言も「社会構成員として」社会保障の権利を有するとしている(同宣言22条)のは,この趣旨である。そして,在日韓国・朝鮮人は,日本に長期間残留し,日本に生活基盤を有し,かつ,税金を負担しているが,他方で,在日韓国・朝鮮人は本国政府により生活を保護されているわけではない。したがって,日本が,在日韓国・朝鮮人の社会保障を受ける権利を実現するべきである。

また,大韓民国等の本国政府が,在日韓国・朝鮮人につき社会保障を行うべきことを理由に,同人達を国民年金の被保険者から除外することは,社会連帯としての社会保障というA規約9条の理念に抵触するおそれがある。

加えて,外国人登録原票上,在日韓国・朝鮮人の国籍は,正確に表現されている訳ではないから,在日韓国・朝鮮人につき,その者の社会保障の実現は,その者の属している国家が負うと考えることは,現実に基づかない空虚な議論である。

以上からすると,在日韓国・朝鮮人につき,その者の社会保障の実現は,その者の本国政府が負うことを理由に,在日韓国・朝鮮人を国民年金の被保険者から除外することは,正当ではない。

なお,日本は,在日韓国・朝鮮人につき,その者の社会保障の実現は,その者の本国政府が負うとして,在日韓国・朝鮮人を国民年金の被保険者から除外するが,他方で,昭和60年改正法による改正まで,在外邦人は,国民年金の被保険者から除外しており,日本の態度は矛盾している。

(ウ) 在留外国人一般につき,日本におけるその在留が不安定で永住帰国の可能性が否定できず,それを理由として,在留外国人を国民年金の被保者から除外することが正当であるとしても,上記(ア)のとおり,在日韓国・朝鮮人は,その本国に永住帰国する可能性は殆どないから,在留外国人一般の日本における在留が不安定で永住帰国の可能性が否定できないことを理由に,在日韓国・朝鮮人を国民年金の被保険者から除外することには,目的と手段の比例関係が存しない。

(エ) なお,原告ら在日韓国・朝鮮人の中には,老齢福祉年金の受給資格を欠くことにより,介護保険制度,京都市の実施する高齢者保健福祉サービス等につき,不利益を被っている者がいるから,原告ら在日韓国・朝鮮人を老齢福祉年金制度から排除することは,明らかに合理性を欠いている。また,京都市等の各地方自治体は,在日韓国・朝鮮人につき,その生活実態及び救済の必要性を認識した上で,給付支給制度等を実施しているが,これは,原告ら在日韓国・朝鮮人が日本社会の構成員であり,これらの者に対し救済措置を講じる必要性が極めて高いこと及び在日韓国・朝鮮人につき,国が一定の給付を行うのが相当であることを示している。

イ また,被告は,整備法及び昭和60年改正法による改正の際の各立法措置が,国際人権規約に違反しないと主張するが,上記アの事実及び次の各理由から明らかなとおり,国籍条項を撤廃後,在留外国人につき,何らの経過措置・救済措置を講じないことに,正当な目的はない。

(ア) 難民条約が社会保障における内外人平等主義を認めた以上,日本に在留する外国人も日本の社会構成員としての地位が明確になったのであり,社会的構成員の共同連帯の輪の中に入ったのであるから,在留外国人の社会保障を実現するべきは,日本であって,その在留外国人の本国ではない。したがって,在留外国人の社会保障の実現につき責任を負うのがその本国政府であることを理由に,国籍条項の改正後も,在留外国人につき,経過措置・救済措置を講じないことには正当な目的がない。

(イ) 日本は,日本国民につき,第2の2(3)のとおり,無拠出制の老齢福祉年金を設けるなどして,年金を受給できない者が生じないように経過措置及び救済措置を設けたが,国籍条項が改正されても,経過措置・救済措置を設けない限り,制度上,在留外国人の中に年金を受給できない者が生じるにもかかわらず,在留外国人につき,経過措置及び救済措置を設けなかったのであり,かかる区別は正当ではない。

ウ なお,被告は,国民年金法は,社会保障に関する規定であるから,その内容につき立法裁量が大きいと主張する。

しかし,社会保障立法であるとしても,一旦成立した以上は,その差別禁止は絶対的かつ即時的なものであり,そこに立法裁量という観念が入りこむ余地がないし,国民年金制度は,社会構成員の共同連帯の思想から社会共同体の構成員すべてに年金をあまねく行き渡らせることを理念としているから,その年金を社会構成員たる対象者すべてに及ぼすという意味では拠出制であるか無拠出制であるかを問わず,そこに立法裁量の幅がないから,被告の上記主張には理由がない。

(被告の主張)

(1) 国際人権規約の解釈

ア 国際人権規約の解釈

自由権規約委員会及び社会権規約委員会による一般的意見は,各国にA規約及びB規約の解釈及び実施にあたって参考とされることが期待されているにすぎず,締約国に対する法的拘束力を持たないことはもちろんのこと,何ら法的な性格を有するものでもないから,原告らが主張するように極めて重要な解釈の補足手段となるものではない。また,我が国は,A規約及びB規約を批准したが,B規約選択議定書を批准しておらず,B規約41条に基づく規約人権委員会の審議権限の受託宣言をしていないから,選択議定書やB規約41条に基づく規約人権委員会の意見については,我が国に対する法的拘束力が問題となる余地はなく,我が国と規約人権委員会との関係で問題となるのは,権利実現のために執った措置等についての定期報告義務のみである。さらに,個人の通報に対する自由権規約委員会の見解は,選択議定書に基づく個人からの通報に対し,当該通報の内容たる具体的事例について示されるものであり,当該通報を行った者と関係国のみを対象とする通報の対象とされた具体的事案限りのものであって,B規約40条4の一般的意見のような一般性を持たないことから,何ら法的な性格を有するものでないことはもちろん,我が国が参考とすることを期待されているものでもない。

イ A規約

A規約は,同規約2条1の文理から明らかなように,各締約国に対しては権利の漸進的実現が要請されているにすぎず,この条項は,締約国において,その権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって,A規約上の権利については,これをどのように実現するのかについては,その時期や態様を含めて,締約国における立法機関の裁量に委ねられている。また,締約国各国において,社会保障政策を実現するには,それぞれ様々な政治的,社会的,経済的事情があり,一律かつ即座にこれを行うことは困難であるため,その実現に際し法的拘束力のある制約を課すことは,各国の社会保障政策実現にとって必ずしも好ましいものではない。したがって,A規約に,自動執行力(裁判規範性)は認められない。

ウ B規約

国際人権規約は,A規約において社会権について定め,B規約において自由権について定める。したがって,社会権に属する国民年金の受給権についてB規約26条が適用されないことは明らかである。

(2) A規約及びB規約違反について

ア 上記のとおり,A規約は裁判規範性を有しないし,B規約26条は社会権に適用されないことは明らかであるから,整備法及び昭和60年改正法の立法措置が,A規約及びB規約に抵触することはない(なお,A規約及びB規約が我が国において効力が生じたのは,昭和54年9月21日であるから,これら条約違反が問題となり得るのは,同日以降の立法措置である。)。

イ 仮に,整備法及び昭和60年改正法の立法措置が,A規約及びB規約の平等原則との関係で問題があるとしても,A規約及びB規約の定める平等原則は,区別的な取扱いをすべて禁止する趣旨ではなく,合理的な区別は許容されるのであり,合理的な理由による区別であるか否かの判断については,我が国の裁判所が憲法14条の解釈の際,権利の性質等をも考慮して判断しているのと同趣旨の基準によって行うことが合理的である。この点,A規約9条については,上記のとおり,権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであり,A規約上の権利については,もともと各国の立法政策に委ねられていることに留意すべきである。

そして,後記2「被告の主張」のとおり,国民年金制度における支給対象者及び外国人の取扱いについて,立法府に広い裁量権が存在し,在日韓国・朝鮮人を含む在留外国人を支給対象者から除外して日本国民を優先的に取り扱うことには合理性が認められるところ,この理はA規約2条2及びB規約26条の平等原則にも当てはまるというべきであるから,国籍条項,整備法及び昭和60年改正法の各立法措置が各規約の平等原則にも反するものではない。

ウ なお,A規約が我が国において効力が生じた昭和54年9月21日以後,難民条約への加入に伴う昭和56年の国民年金法の改正により,国民年金法から国籍要件が撤廃され,漸進的な達成が実現されているのであり,この点について,ILO102号条約68条1は,「外国人居住者は,自国民居住者と同一の権利を有する。ただし,専ら又は主として公の資金を財源とする給付又は給付の部分及び過渡的な制度については,外国人及び自国の領域外で生まれた自国民に関する特別な規則を国内の法令で定めることができる。」と定められていることにも現れているとおり,老齢福祉年金のような全額国庫負担の無拠出年金について国籍要件を設けることは,国際的にも許容されている。

2  憲法14条1項違反(争点2)について

(原告らの主張)

(1) 憲法14条1項の解釈について

憲法14条1項後段の列挙事由を理由とする別異取扱いが,憲法上許されるには,その扱いにつきやむにやまれぬ必要不可欠な利益があるか,又は立法目的が重要なものであることが必要であり,手段審査もなされるべきである。そして,在日韓国・朝鮮人における国籍は,本人の意思ではいかんともし難いものであり,憲法14条1項後段の「社会的身分」にあたる。

(2) 憲法14条1項違反の有無について

ア 国民年金制度は,その制定当初から,社会構成員の共同連帯を基礎とし,社会構成員の皆年金を実現するものであるところ,社会構成員の共同連帯からは,在留外国人を区別する合理性は全くない。

イ また,整備法により国籍条項が改正され,国籍条項が撤廃されたにもかかわらず,拠出制によれない者に対し皆年金の実現を図るため補完的・経過的福祉年金を設けず,国籍による差別を残存させたことの合理性は全くない。

(3) 被告に対する反論

被告は,国籍条項並びに整備法及び昭和60年改正法の立法措置が,憲法14条1項に違反しないと主張するが,上記1「原告らの主張」(2),(3)からすると理由がない。

(被告の主張)

(1) 憲法14条1項の解釈について

憲法14条1項は,絶対的な法の下の平等を保障したものではなく,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に対する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限り,何ら上記規定に違反するものではない。そして,立法府が法律を制定するにあたり,その政策的,技術的判断に基づき,各人についての経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異又は事柄の性質上の差異を理由としてその取扱いに区別を設けることは,それが立法府の裁量の範囲を逸脱するものでない限り,合理性を欠くということはできず,憲法14条1項に違反するものではない。

(2) 憲法14条1項の違反について

ア 国籍条項について

(ア) 我が国の公的年金制度は,明治初年の軍人を対象とした恩給制度に始まり,約90年後の昭和34年に国民皆年金の理念に基づいた国民年金制度が創設されるまで,当時の社会的諸事情等を反映しながら,結果的には長い時間を欠けて少しずつ同制度に係る対象者を拡大してきた。そして,公的年金制度の対象者を拡大していく中で,当時の社会情勢を踏まえて,それまで公的年金制度から取り残されていた国民に対しても年金の保護を及ぼし,国民皆年金体制を確立するために,昭和34年に国民年金制度が創設されたのであり,当時の立法政策としては,まずは,日本国民に対し十分な保障を行うことが急務とされたため,外国人にまで保障を拡大することはなかった。

(イ) 国民に対する福祉について,外国在住の国民に対する生活擁護の責任は,元来,その本国政府が担うものであり,このことは,基本的には現在においても世界各国に普遍的な思想であって,在日韓国・朝鮮人に対する年金の保障についても,日本政府が当然のごとく責任を負うものではない。したがって,日本政府の外国人に対する福祉,救済措置は,飽くまでも人道的な見地から行われるものである。整備法による改正により国籍条項が撤廃されたのも,飽くまでも難民条約への加入に伴う人道的措置を目的とするものであって,過去の国籍要件の設置そのものが不合理であったことを理由とするものではない。

(ウ) 日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との協定は,その1条により永住許可を有する韓国人に関し,日本における教育,生活保護及び国民健康保険に関する事項について,日本政府が妥当な考慮を払うことを定めているが,国民年金については,その対象から除外されている。

(エ) 国民年金制度の設計にあたっては,保険料負担額,給付の水準,拠出対象者の範囲,国庫の負担等幅広い観点から検討しなければならず,その一部として,外国人の負担と給付のあるべき姿を検討すべきものである。そして,国民年金制度は,拠出性の社会保険方式を基本とするものであり,その拠出を行う被保険者についても,国籍条項により,日本国民に限られていたが,これは,長期間にわたる保険料の拠出を要する年金制度において,我が国への在住期間が必ずしも安定しない在留外国人をその適用対象とすれば,これらの者については,保険料の負担のみを求められ,本国への永住帰国等により,原則25年の受給資格期間を充たすことができなくなるおそれがあり,かえって不利益をもたらすこととなり得ることから,拠出性の対象者から外国人を除くとしたものであり,このことは,制定当時の政策的判断として不合理なものではない。

また,福祉年金については,その対象者を,国民年金制度がもっと前から発足していれば拠出制の対象者となったであろう者を経過的福祉年金として救済しようとしたものであり,拠出と給付の関係を無視して給付対象者の範囲を設定しているものではないから,拠出制の対象者と同様,外国人を除外することは,合理的な区別というべきである。

さらに,いわゆる在日韓国・朝鮮人や他の定住外国人といっても,我が国に居住するに至った事情,あるいは将来の帰国予定の有無等は様々であり,一般的には将来出国する可能性を否定できないのであって,日本国内に居住する日本国籍を有する者とは類型的に異なるから,他の定住外国人や在日韓国・朝鮮人についても,国民年金制度の対象外とした上記理由が当てはまる。

(オ) いわゆる在日韓国・朝鮮人といっても,我が国に居住するに至った事情は様々であって,もし仮に在日韓国・朝鮮人すべてについて特別に日本に在住する他の外国人と区別して国民年金制度の適用対象とすれば,日本に在住する外国人の中で不公平を生ずることになり,かえって,不当な結果を招くこととなる。

(カ) 以上からすると,在日韓国・朝鮮人を含めて外国人が国民年金の適用対象とされなかったとしても,当時の立法政策としては,十分に合理性が認められるというべきである。

イ 整備法及び昭和60年改正法の立法措置について

(ア) 整備法は,国籍要件を撤廃したものの,整備法附則5項は,老齢福祉年金を含む福祉年金の不支給については,従前の例によると規定し,国籍要件の撤廃について遡及適用をしなかったが,そもそも国民年金制度において在日韓国・朝鮮人を含む外国人を国民年金の対象としていなかったことについては,合理性が認められ,また,整備法による改正は,飽くまでも難民条約への加入に伴う人道的措置を目的とするものであって,過去の国籍要件の設置そのものが不合理であったことを理由するものではない。したがって,整備法が国籍要件の撤廃について遡及適用をしなかったことについても,十分合理性がある。なお,我が国の年金制度においては,一般に,制度の改正にあたり,改正の効果は将来に向かってのみ効力を有することとし,過去の法律関係を改めないよう措置されているところであり,国籍要件の撤廃を遡及適用させなかったことは,非難の対象とはなり得ない。

(イ) また,在日韓国・朝鮮人だけ国籍要件の撤廃を遡及して適用し,老齢福祉年金を受給できるとすることは,上記ア(オ)で述べたのと同様の理由から,他の外国人と比較して不公平であることは明らかである。

(ウ) さらに,福祉年金について国籍要件の撤廃を遡及適用することは,具体的には,整備法による改正時において高齢となっていたため,被保険者となり得ず,又は保険料納付済期間等が25年以上という受給要件を充たし得ない外国人について,保険料納付にかかわらず,一律に老齢福祉年金を支給することになるが,そのような措置は,当該外国人と同じ老齢の日本人であっても,保険料を納付していなかった者が,老齢年金及び老齢福祉年金を受給できないことと比較して,不当に外国人を優遇する結果となり,不公平を生ずる。

(エ) したがって,整備法による国籍要件の撤廃を遡及適用しなかったことに合理性が認められることは明らかであり,むしろ,遡及適用することの方が不合理な結果を招く。

ウ 原告らの主張に対する反論

(ア) 第2の2(3)の日本国民に対する経過措置は,本来,日本国民として国民年金制度による保障体系の枠内に位置づけられる者に対して行われたものであるから,制度発足当初から明確に国民年金制度の適用対象外とされた在日韓国人等の場合とは本質的に事情を異にする。上記各措置は,国民の福祉を図り生存権の保障をなすことが第一次的にはその者の属している国の責任であるという普遍的原理に立脚し,日本国籍の有無に応じて執られた合理的な措置ということができる。したがって,これらの上記措置との対比において,在日外国人に対し執られた措置の合理性を検討すること自体適切ではないし,そのような対比をしても,在日外国人に対する措置が著しく合理性を欠き,立法府に与えられた裁量権を明らかに逸脱・濫用したような事情は存在しない。

(イ) 在日韓国・朝鮮人であっても,我が国に居住するに至った事情は様々である上,いわゆる戦後補償責任として一般に主張されている内容自体一義的なものではないし,法的な根拠を欠くものである。したがって,在日韓国・朝鮮人への日本への定住の歴史的経緯・国籍に関する措置等の点から,国民年金創設当時に在日韓国・朝鮮人について他の外国人と区別して国民年金の対象者とすべきであったという結論を直接導くことはできない。

(ウ) 原告らは,介護保険法に基づく介護保険料の減額又は免除につき,老齢福祉年金の受給者より多額の保険料の支払義務を課せられている旨主張するが,介護保険における保険料の減額又は免除の要件は,各市町村ごとに異なるものであって,これを一律に論ずることはできないし,かかる介護保険制度上の措置があることをもって,直ちに在日韓国・朝鮮人に対して老齢福祉年金を支給すべきことの根拠とすることはできない。

(エ) 各地方公共団体は,日本国籍を有しない住民に対して独自の給付金制度を備えているが,これらの措置があるからといって,国において原告ら主張に係る施策を執るべきであると直ちにいえないことはもとより,これら給付金制度の存在が,本件における整備法による改正及び昭和60年改正法による改正の際の立法不作為の違法性を基礎付けるものでもない。

3  国際慣習法違反(争点3)について

(原告らの主張)

国民年金法が制定された昭和34年当時,既に世界人権宣言において,すべての人が基本的人権としての社会保障を受ける権利を有していること及びすべての人がいかなる差別もなしに法の下の平等な保護を受ける権利を有することが確認されていた。

後に,これを受けて制定された国際人権規約の解釈上,国政の上で,あるカテゴリーに属する者と,これとは別のカテゴリーに属する者との取扱いを設けた場合,その基準が合理的であり,かつ客観的である場合であって,かつまた国際人権規約の下での合法的な目的を達成するという目的で行われたということが,国の側において立証できない限り,当該別異取扱いは,違法な差別として禁止されると解されている。この合理的かつ客観的な基準は,国際人権規約のみならず,ヨーロッパ人権条約など,他の国際条約においても採用されており,今日の国際社会では普遍的な条理として確立された国際法規と理解されている。それだけではなく,基本的人権が元来不可侵のものであることから,この別異取扱いは,たとえ国家の正当な目的を達成するために選ばれた手段であったとしても,その目的達成のために必要最小限度のものでなければならないと解されている。

したがって,ある別異取扱いが,このような合理的かつ客観的な基準を充たさない限り,差別として国際慣習法上違法な取扱いになると解するべきところ,国籍条項は,この合理的かつ客観的な基準を何ら充たすものではなく,国際慣習法上違法である。

(被告の主張)

原告らは,結局,国籍条項が,世界人権宣言7条に違反すると主張していると解されるが,世界人権宣言は,その性質としては,国際連合の加盟各国に対し人権保障についての考え方を表したものであって,厳密には勧告的性質の域を出ないものであり,加盟国に対して法的拘束力を有するものではない。したがって,世界人権宣言を基に,昭和34年当時の個別具体的な制度の適否を検討することはできないというべきであり,世界人権宣言に違反し違法であるという主張は失当である。

4  国家賠償法の違法の有無(争点4)について

(原告らの主張)

(1) 違法となるための要件

①国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,②それが明白であるにもかかわらず,③国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合には,当該立法不作為は,国家賠償法上違法となる。

(2) 本件へのあてはめ

ア 憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であることについて

(ア) 原告らが,日本国籍を持たないが故に国民年金をはじめ社会保障のあらゆる分野で不当な差別を受けてきたことは,国際人権規約及び憲法14条1項に違反する。そして,その違反の程度も,生活保護を受給することなしには健康で文化的な最低限度の生活もままならないという程度に達しており,形式的に平等原則違反である状態を超え,重大な平等権侵害状態を招来しており,その平等権侵害の程度は深刻である。

(イ) 法は不可能を強いるものではないから,本国の助力を受けることが難しい外国人の保障は,第一次的にはその属する社会が行うべきなのであって,原告らの人権侵害状態を除去するのは日本をおいて外ない。

ことに,今日,多くの在日韓国・朝鮮人が存在することの責任は,日本国の植民地支配にある。戦後補償としての意味が大きいのは論を待たないが,自らの都合で原告らの日本移住を余儀なくしてきた日本国は,先行行為に基づく責任として,条理上,原告らの社会保障を実現する立法措置を行う義務を負う。日本の国会の立法措置による現実の救済の必要性が極めて高いことは明らかである。

(ウ) 以上から明らかなように,本件で,原告らに憲法上保障されている平等権の侵害状態を除去し,当該権利行使の機会を確保するためには,所要の立法措置を執ることが必要不可欠である。

イ 立法措置が必要不可欠であることが明白であることについて

これまでなされた日本の国会における当該厚生大臣の答弁や質疑,両議院における附帯決議及び各地方自治体担当部局等から要望が提出されていることに照らすと,整備法及び昭和60年改正法による改正時に,当時の国家議員は,国籍条項の違憲・違法性を認識していたのであって,立法措置が必要不可欠であることは明白であった。

ウ 国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠ったことについて

(ア) 第2の2(3)の日本国民に対する経過措置からすれば,国籍条項により,国民年金の被保険者から除外されていた者に対し,経過措置等の救済措置を設けることは容易であったし,それは何ら不合理な措置ではなかった。

(イ) 日本の国会は,どんなに遅くとも,1985年(昭和60年)から,20年以上の長きにわたって所要の立法措置を怠ってきている。

(ウ) 以上から,日本の国会は,立法が可能であり容易であったのに,何ら正当な理由なく,長期にわたって立法措置を怠ってきたといる。

エ 以上から,整備法及び昭和60年改正法による改正の際,従前国籍条項により国民年金の被保険者資格を有しなかった者につき,何らの救済措置を講じなかった立法不作為は,国家賠償法上違法である。

(被告の主張)

(1) 違法となるための要件

立法行為又は立法不作為が違憲であるか否かと国家賠償法上の違法性の有無とは明確に区別されるべき問題であり,立法行為又は立法不作為が国家賠償法の適用上違法となるのは,少なくとも,国会議員の立法行為(立法不作為)が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白な場合や,憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠で,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠るなどの例外的場合でなければならない。

(2) 本件へのあてはめ

ア 整備法及び昭和60年改正法の立法措置は,上記1,2「被告の主張」のとおり,合理的な理由に基づくものであるから,国民年金法の制定や各法改正の際,原告らが主張するような立法措置を講じないことが,原告らに憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であったり,そのような立法措置を執ることが,憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために必要不可欠で明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠ったなどの事情はない。

したがって,国家賠償法上の違法性は認められない。

イ なお,原告らは,国会議員らが,どんなに遅くとも,1985年には,明確に国民年金法の違憲違法性を認識していたと主張するが,それは,事実を歪曲するものである。

5  原告らの損害額(争点5)について

(原告らの主張)

(1) 国民年金法制定当時に国籍要件が設けられず,正しく国民年金制度が構築され,原告らがこれに加入できていれば,納付を要すべき保険料を差し引いても,本件訴え提起までに,およそ800万円から900万円の年金が支給されていた計算になる。

(2) そうでなくとも,1982年(昭和57年)の時点で完全に国籍要件が撤廃され,原告らに老齢福祉年金が支給されていたならば,原告らはおよそ200万円から600万円の年金を受給できたはずである。

(3) 原告らは,いずれも,日本による植民地支配の下で渡日を余儀なくされ,植民地下で一方的に押し付けられた日本国籍を一片の通達で一方的に剥奪され,戦後の辛酸をなめてきた,旧植民地出身の在日韓国・朝鮮人一世らであり,日本はこういった者達の救済を殊更に放置し続けている。最も苦労してきた在日韓国・朝鮮人の一世達の多くが老齢年金すら受給できないまま亡くなっているが,日本政府はまるでそれを待っているかのようである。

被告は,原告らの困窮した生活状況を自らもたらした責任を度外視し,殊更にこれらを公的年金制度から排除してきた。これによって,原告らが被った精神的苦痛を金銭的に評価するのは極めて困難であるが,少なくとも原告一人当たり1500万円をもってするのが相当である。

(被告の主張)

原告らの主張事実は,否認する。

第5当裁判所の判断

1  国際人権規約違反(争点1)について

(1)  国際人権規約の解釈等

ア まず,A規約につき検討する。

A規約2条2は,「この規約の締約国は,この規約に規定する権利が人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」と,同規約9条は,「この規約の締約国は,社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」とそれぞれ規定している。しかし,A規約2条2,9条の規定は,同2条1において,「この規約の各締約国は,立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため,自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより,個々に又は国際的な援助及び協力,特に,経済上及び技術上の援助及び協力を通じて,行動をとることを約束する。」と規定していることから明らかなとおり,その性質上,締約国において,社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し,その権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものにすぎないというべきである(最一小判平成元年3月2日判例時報1363号68頁参照)。したがって,A規約2条2,9条は,自動執行力を有さず,裁判規範性も有さないから,A規約2条2,9条に違反することを理由に,我が国の立法行為及び立法不作為行為が違法であると評価することはできない。

これに対し,原告らは,A規約2条2,9条が裁判規範性を有すると主張するが,A規約には同規約が自動執行力を有する旨が明記されておらず,また,A規約が認める社会保障の実現は,立法措置を待たず,司法的に実現可能な権利ではないから,A規約が,一般的に,国内立法を経ずに直ちに国内的に適用し国民に法的規制を及ぼし得る内容の条約(いわゆるセルフ・エクゼキューティング)であると解することは相当ではない。また,A規約2条1には「漸進的」と明記されているのに対し,A規約2条2,9条にはかかる文言が明記されていないが,A規約2条2,9条も同規約2条1項と同様に社会保障等に関する規定であることを考慮すると,同規約2条2,9条につき自動執行力を有すると解することも相当ではない。加えて,原告らは,原告らの主張に沿う,経済的,社会的及び文化的権利に関する委員会による第2回日本政府報告書に対する最終意見書(甲A18)を提出するが,上記説示に加え,同意見書が我が国に対し法的拘束力を有すると解することはできないことに照らし採用しない。したがって,原告らの上記主張は採用しない。

イ 次に,B規約につき検討する。

(ア) B規約26条は,「すべての者は,法律の前に平等であり,いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため,法律は,あらゆる差別を禁止し及び人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定する。また,B規約2条2は,「この規約の締約国は,立法措置その他の措置がまだとられていない場合には,この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置をとるため,自国の憲法上の手続及びこの規約の規定にしたがって必要な行動をとることを約束する。」と規定し,締約国に,B規約が認める権利を実現するための措置をとることを義務づけている。

以上によれば,B規約の締約国が,B規約26条が締約国に保障するよう求める権利を侵害する立法を行うか,あるいは権利侵害を放置する行為は,B規約2条2,26条違反を構成するところ,上記規定には自動執行力があり,我が国においても裁判規範性を有すると解されるから,上記規定に違反する被告の作為ないし不作為は我が国の国内法上も許されないといわなければならない。そして,国籍は,B規約26条にいう「他の地位」に当たると解されるから,同条は,各締約国が同国に在留する外国人につき,国籍を理由として差別することを禁止しており,被告がこのような差別をすることは我が国の国内法上も許されない。

(イ) 次に,B規約26条が,本件で問題となる国民年金の受給資格について適用があるか否かを検討する。この点,確かに,国民年金は社会保障の一内容であるところ,締約国がいかなる社会保障立法をするべきかについてはA規約が規定しており,直接B規約が規定するところではない。しかし,B規約26条が,その文言上,適用対象をいわゆる自由権に限定していると解することはできないから,これを整合的に解釈するならば,B規約は,締約国がいかなる内容の社会保障立法をするかについて規定するものではないものの,締約国が特定の社会保障制度が制定した場合には,その適用において差別をすることはB規約2条2,26条の禁止するところであり,我が国の国内法上も許されないと解するべきである。

(ウ) ただし,B規約26条は,その文理上も,締約国に対し,同条の適用対象となる者の事実上の差異をすべて捨象して,これを一律に取り扱うことを求めているものとは解されず,この点は,締約国内に在留する者の国籍についても同様である。換言すれば,B規約26条は,締約国が同国に在留する外国人と自国民を別異に扱うことも一定の限度で許容しているといえる。

また,国民年金は社会保障の一内容であるところ,社会保障立法は,立法当時の経済,社会情勢や当該国家の人的,物的制約等に由来する立法府の裁量を必然的に考慮する必要があるものであり,社会保険その他の社会保障についてすべての者に権利を認めるよう求めるA規約においても,その権利の実現については締約国に漸進的に達成するよう政治的義務を課すに留めている。したがって,締約国の社会保障立法において,同国に在留する外国人と自国民を区別することが,B規約2条2,26条に違反するか否かを判断する際には,以上の点を踏まえ,社会保障立法について立法府に裁量権があることを前提に,当該区別を設けることが立法裁量の逸脱であり,合理性のない不当なものであるか否かとの観点から検討する必要がある。

(2)  国籍条項が,B規約2条2,26条に違反しているか。

ア 国民年金制度は,憲法25条2項の規定の趣旨を実現するために,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的として発足したものである(旧法1条)。そして,被保険者が保険料を拠出し,それを主な財源として給付するという保険方式をとる制度であり,給付の前提として,被保険者となるべき者の範囲を定め(旧法7条),被保険者には原則的に保険料を納付することを義務づけ(旧法88条),一定期間以上の保険料の納付という負担を要求するとともに,国庫において,毎年度,国民年金事業に要する費用に充てるため,旧法に定められた額を負担することとされていた(旧法85条)。このように,国民年金制度は,その財源の一部を国庫で負担することにより,憲法25条2項に従い,社会保障を実現するための制度であるが,上記(1)のとおり,いかなる社会保障立法を行うかは,原則として,締約国の裁量事項であると解される以上,国民年金の被保険者の範囲をいかなるものとするのかも,原則として,我が国の立法府の裁量事項であると解される。

加えて,後記2のとおり,日本国民の社会保障につき第一次的に責任を負っているのは我が国であるのに対し,我が国に在留する外国人の社会保障につき第一次的に責任を負っているのはその者らの本国である一方で,我が国の社会保障政策上,在留外国人をどのように処遇するかは,国内の社会,経済情勢や当該国との外交関係とを総合的に考慮して立法府がその裁量により決することができると解されるから,国際人権規約上も,我が国が,社会保障立法を行い,その限られた財源の下で福祉的給付を行うに際し,在留外国人に比して日本国民を優先的に取り扱うことを立法府の裁量の範囲内の事項として許容していると解される。

したがって,被告が,国籍条項を設け,あるいはこれを廃止しないことが,我が国の立法府が有する裁量権の範囲を逸脱するものとはいえないから,B規約2条2,26条に違反しない。

イ 以上に対し,原告らは,国籍条項が,B規約2条2,26条に違反すると主張するので,以下,検討する。

(ア) まず,原告らは,B規約26条が禁止する「差別」に該当するか否かは,「基準が合理的であり,かつ客観的である場合であって,かつまた本規約の下での合法的な目的を達成するという目的で行われた」か否かが基準となることを前提に,国籍条項が,B規約26条に違反すると主張し,上記区別の基準につき原告らの主張に沿う規約人権委員会の一般的意見18(甲A4)を提出する。

しかし,原告らが引用する基準を前提としても,我が国が,国民年金の被保険者を,我が国がその社会保障の実現につき第一次的に責任を負っている日本国民に限定し,在留外国人を除外したことは,立法裁量の範囲内であり,国際人権規約に抵触しないといわざるを得ないから,結局,B規約26条違反は認められず,原告らの上記主張は採用できない。

(イ) また,原告らは,在日韓国・朝鮮人に関する歴史的経緯を挙げるなどして,在日韓国・朝鮮人の社会保障の実現につき責任を負っているのは,その者らの本国ではなく日本であるから,在日韓国・朝鮮人を国民年金の被保険者から除外することは許されないと主張する。

しかし,社会保障は,その社会を構成する者に対し,実施されるべきであるとの一面を有しているが,そのことをもって,国籍の有無に関係なく,在留外国人も自国民と全く同一内容の社会保障を受ける権利を有しているとまではいえない。また,仮に,在日韓国・朝鮮人が,その本国政府から何らの救済措置を講じられていないとしても,そのことをもって,我が国が,原告ら在日韓国・朝鮮人に対し日本国民と全く同一の社会保障を与える法的義務があると解する理由とはならず,このことは,原告ら在日韓国・朝鮮人の帰属する国籍が,外国人登録原票上,明らかではないことを考慮に入れても覆るものではない。さらに,原告らは,自らが日本国籍を喪失した経緯を問題とするが,原告らの主張を前提としても,原告ら在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失したこと自体が無効であるとはいえないから,そのことをもって,我が国が,原告ら在日韓国・朝鮮人に対し日本国民と全く同一の社会保障を与える法的義務があると解する理由にはならない。

加えて,在日韓国・朝鮮人が,我が国に対し,租税を支払っているとしても,租税は,国又は地方公共団体が,その課税権に基づき,特別の給付に対する反対給付としてではなく,これらの団体の経費に充てるための財源調達の目的をもって,法律の定める課税要件に該当するすべての者に対し,一般的標準により,均等に賦課する金銭給付であり,租税の支払と社会保障の享受とは直接の対価関係にはないから,租税を支払っていることをもって,我が国が,在日韓国・朝鮮人に対し日本国民と全く同一の社会保障を与える法的義務があるということはできない。

なお,原告らは,昭和60年改正法による改正まで,在外邦人が国民年金の被保険者から除外され,任意加入もできなかったことを挙げるが,そのことは,在日韓国・朝鮮人に日本国民と同一の社会保障を与える法的義務がある理由とはならない。

(ウ) その外,原告らは,介護保険制度における不利益,我が国の地方自治体の取組等を理由として,国籍条項がB規約2条2,26条に違反すると主張するが,いずれも採用できない。

(エ) 以上から,国籍条項が,B規約2条2,26条に違反するとの原告らの主張は採用できない。

(3)  整備法及び昭和60年改正法による改正の際,第2の2(4)イ,ウのとおり,一部を除き,経過措置及び救済措置を設けなかったことが,B規約2条2,26条に違反しているか。

上記のとおり,国民年金制度は,憲法25条2項に従い,社会保障を実現するための制度であり,また,整備法及び昭和60年改正法による改正の際に,国籍条項により国民年金の被保険者から除外されていた者らに対し,経過措置及び救済措置を設けることは,結局,保険料を納めていない者らに対し,その財源の全部又は一部を国庫が負担することにより年金給付を行うことであるところ,上記(1)のとおり,いかなる社会保障立法を行うかは,原則として,締約国の裁量の範囲内であり,国際人権規約に抵触しないと解されるから,国民年金の被保険者の範囲を拡大する際に,それまで被保険者から除外していた者につき,経過措置及び救済措置を設けることは,我が国の立法府の裁量事項であると解される。

そして,国籍条項は国際人権規約2条2,26条,憲法14条1項及び国際慣習法に違反してはいない(国籍条項が,憲法14条1項及び国際慣習法に反していないことは,後述する。)から,我が国の立法府が,同条を是正する義務を有していなかったと解されるところ,証拠(乙1,9)及び弁論の全趣旨によると,国籍条項が改正されたのは,難民条約が,社会保障につき,難民に自国民に与える待遇と同一の待遇を与えることを要求しており(24条),同条約に加入するためには,難民に対し国民年金法を適用することが必要であったが,難民に限って国民年金法を適用することは,公平の観点から適当ではないことに鑑みなされたものであると認められるのであり,かかる国籍条項の改正の経緯に鑑みれば,国籍条項により国民年金の被保険者から除外されていた在留外国人につき,一部を除き,経過措置及び救済措置を設けなかったとしても,立法裁量からの逸脱があるとはいえない。

加えて,上記(2)のとおり,我が国が,社会保障立法を行い,その限られた財源の下で福祉的給付を行うに際し,在留外国人に比して日本国民を優先的に取り扱うことは締約国の裁量事項として国際人権規約に抵触しないと解されるところ,我が国が,日本国民につき,国民年金制度を創設し,又は,国民年金の被保険者の範囲を拡大した際,それに沿う形で,日本国民につき,何らかの経過措置及び救済措置を設ける一方で,在留外国人につき,国民年金の被保険者の範囲を拡大した際に,特段の,経過措置及び救済措置を設けなかったとしても,それは,上記裁量の範囲内であるといえる。

以上からすると,整備法及び昭和60年改正法による改正の際,一部を除き,経過措置及び救済措置を設けなかったことは,我が国が有する立法裁量を逸脱したものではないから,それは,B規約2条2,26条に違反しない。

2  憲法14条1項違反(争点2)について

(1)  国籍条項が,憲法14条1項に違反しているか。

ア 憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は,権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き,我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきである(最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁参照)ところ,憲法14条1項も,その保障の対象となる権利等の性質上特段の事情が認められない限り,少なくとも我が国に在留する外国人に対してもその保障が及ぶものと解される。ただし,憲法14条1項は,絶対的平等を保障したものではなく,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存在する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けても,その区別が合理的な根拠に基づくものである限り,憲法14条1項に反するものではないと解される(最大判昭和39年5月27日民集18巻4号676頁参照)。

他方,国民年金制度は,上記のとおり,その財源の一部を国庫で負担することにより,憲法25条2項に従い,社会保障を実現するための制度であるところ,憲法25条2項の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない(最大判昭和57年7月7日民集36巻7号1235頁)。したがって,その性質上,我が国の立法府は,国民年金の被保険者の対象者の決定につき,広範な裁量権を有しているものというべきである(前記最一小判平成元年3月2日参照)。

以上のとおり,立法府は,国民年金の被保険者の決定につき,広範な裁量を有するから,国民年金の被保険者から在留外国人を除外することが憲法14条1項に違反するか否かは,かかる差異的取扱いが,何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いか否かを基準として決するべきである(最三小判平成13年3月13日判例地方自治215号94頁参照)。

そして,憲法25条2項は,その性質上,我が国の在留外国人にも一定の限度で適用され得るものであるが,他方で,日本国民の社会保障につき,第一次的に責任を負っているのは我が国であるのに対し,我が国に在留する外国人の社会保障につき,第一次的に責任を負っているのは,その者らの本国であるから,社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては,我が国は,特別の条約の存しない限り,当該外国人の属する国との外交関係,変動する国際情勢,国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら,その政治的判断によりこれを決定することができるのであり,その限られた財源の下で福祉的給付を行うにあたり,日本国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されると解される(前記最一小判平成元年3月2日参照)。

したがって,国民年金制度の制定にあたり,その被保険者を我が国がその社会保障の実現につき第一次的に責任を負っている日本国民に限り,在留外国人を被保険者から除外したことに立法裁量の逸脱があるとは言い難いから,国籍条項は,憲法14条1項に違反しない。

イ 以上に対し,原告らは,国籍条項が,憲法14条1項に違反すると主張する。

(ア) 原告らは,原告ら在日韓国・朝鮮人が来日した経緯,原告ら在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失した経緯を理由として,国籍条項が憲法14条1項に違反すると主張するが,仮に,原告らの主張を前提としても,それをもって,我が国が,憲法上,原告ら在日韓国・朝鮮人について,日本国民と同一の社会保障を与える法的義務があるとまで解することはできないし,原告ら在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失したこと自体が無効であるとはいえないから,原告らの上記主張には理由がない。

(イ) 加えて,原告らは,国民年金制度の目的を理由に,国籍条項が憲法14条1項に違反すると主張するが,旧法1条1項,7条1項の文言に照らすと,国民年金法が在留外国人を含むすべての社会構成員の皆年金を実現することを目的としているとはいえないから,国民年金制度の目的を理由に,国籍条項が憲法14条1項に反するということはできない。

(ウ) その外,介護保険における被る不利益,我が国の各地方自治体の対応等を理由に,国籍条項が憲法14条1項に違反すると直ちに評価することはできない。

(エ) 以上から,国籍条項が憲法14条1項に違反するとの原告らの主張は採用しない。

(2)  整備法及び昭和60年改正法による改正の際,経過措置及び救済措置等を設けなかったことが,憲法14条1項に違反するか。

上記のとおり,国民年金制度は,憲法25条2項に従い,社会保障を実現するための制度であり,また,整備法及び新法による改正の際に,国籍条項により国民年金の被保険者から除外されていた者らに対し,経過措置及び救済措置等を設けることは,結局,保険料を納めていない者らに対し,その財源の全部又は一部を国庫が負担することにより,無拠出制の年金を設けることであるところ,上記(1)に説示のとおり,憲法上,いかなる社会保障立法を行うかは,原則として,立法府の裁量事項であると解されるから,国民年金の被保険者の範囲を拡大する際に,それまで被保険者から除外していた者につき,経過措置及び救済措置等を設けるか否かは,憲法上,立法府の裁量事項であって,整備法により,国籍条項が改正された後,国民年金の被保険者から除外されていた在留外国人につき,何らの経過措置及び救済措置を設けなかったことが,憲法14条1項に違反するか否かは,かかる取扱いが,何ら合理性のない不当な差別的取扱いか否かを基準に判断すべきである(前記最三小判平成13年3月13日参照)。

そして,上記1(3)に説示の,国籍条項改正の経緯に照らすと,国籍条項の改正後,経過措置及び救済措置を講じなかったことをもって直ちに合理性がないと断ずることはできない。また,上記(1)に説示のとおり,憲法上,限られた財源の下で福祉的給付を行うにあたり,日本国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるところ,これを前提とする限り,我が国が,第2の2(3)のとおり,その社会保障の実現につき第一次的に責任を負っている日本国民につき経過措置及び救済措置を設けたのに対し,国籍条項を撤廃した後に,在留外国人につき,特段の経過措置及び救済措置を設けないことも憲法上許容されるというべきである。

以上からすると,整備法及び昭和60年改正法による改正の際,原告ら在留外国人に対し,経過措置及び救済措置を講じなかったことが,何ら合理性のない不当な差別的取扱いであるとはいえないから,憲法14条1項に違反すると解することはできない。

3  国際慣習法違反(争点3)について

世界人権宣言7条は,「すべての人は,法の下において平等であり,また,いかなる差別もなしに法の平等な保護を受ける権利を有する。すべての人は,この宣言に違反するいかなる差別に対しても,また,そのような差別をそそのかすいかなる行為に対しても,平等な保護を受ける権利を有する。」と規定するが,世界人権宣言は,飽くまでも,国際連合の考え方を表明したものにすぎず,加盟国に対し法的拘束力を有するものではない(前記最一小判平成元年3月2日参照)から,我が国の立法行為又は立法不作為が,世界人権宣言に違反し,違法であると評価することはできない。また,本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても,国籍条項が我が国の国内法上効力がある国際慣習法に違反すると認めるに足りない。

以上から,国籍条項が,国際慣習法に違反していると解することはできない。

4  国家賠償法上の違法行為の有無(争点4)について

(1)  国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである(最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁)。

(2)  本件においては,上記説示のとおり,国籍条項は,憲法14条1項,国際人権規約及び国際慣習法に違反しないし,また,整備法及び新法による改正の際に経過措置又は救済措置を設けなかったことが憲法14条1項及び国際人権規約に違反するものでもないから,これらに関する国会議員の立法行為及び立法不作為が,原告らとの関係で,国家賠償法上違法と評価することはできない。

5  結語

以上の次第で,原告らの本件請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 衣斐瑞穂 裁判官 脇村真治)

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