京都地方裁判所 平成16年(行ウ)38号 判決 2008年1月29日
主文
1 被告は,別紙相手方目録記載1の者に対し,1898万3857円並びに内金815万8111円に対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金1082万5746円に対する平成17年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。
2 被告は,別紙相手方目録記載2の者に対し,815万8111円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
(主位的請求)
1 被告は,別紙相手方目録記載1の者に対し,4億5711万6670円並びに内金2億2141万3665円に対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金2億3570万3005円に対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。
2 被告は,別紙相手方目録記載2の者に対し,2億2141万3665円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
(予備的請求)
1 被告は,別紙相手方目録記載1の者に対し,1億6893万4243円及び内金7719万2308円に対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員並びに内金9174万1935円に対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。
2 被告は,別紙相手方目録記載2の者に対し,7719万2308円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
第2事案の概要等
1 本件は,京都市の住民である原告が,京都市が行った平成15年度分及び平成16年度分の自立促進援助金(以下,「本件援助金」という。また,自立促進援助金のことを「援助金」と略し,支出年度ごとに,平成15年度分については「平成15年度援助金」,平成16年度分については「平成16年度援助金」などともいう。)の支出が違法であり,これにより京都市が損害を被ったとして,被告に対して,両年度の支出決定時に京都市の市長の職にあった者(別紙相手方目録記載1の者。以下「A」という。)を相手方として,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,本件援助金支出額並びに平成15年度援助金支出額に対する京都市の支払日の翌日である平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金及び平成16年度援助金支出額に対する支出決定日の翌日である平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について損害賠償を請求することを求めるとともに,平成15年度援助金の支出決定時に京都市の副市長の職にあった者(別紙相手方目録記載2の者。以下「B」という。)を相手方として,同号ただし書に基づき,平成15年度援助金支出額及びそれに対する京都市の支払日の翌日である平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について,地方自治法243条の2第1項に基づく損害賠償命令をすることを求める事案である。
2 基礎となる事実(争いのない事実並びに末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 原告は,京都市の住民である。
(2)ア Aは,本件援助金に係る支出決定当時,京都市の市長の職にあった。
イ Bは,平成15年度援助金に係る支出決定当時,京都市の副市長の職にあった。
(3) 京都市は,全国に先駆けて,高等学校(以下「高校」という。)又は高等専門学校に在学する者(以下「高校生」という。)については昭和36年度から,大学(短期大学を含む。)に在学する者(以下「大学生」という。)については昭和38年度から,同和関係者の子弟を対象とした奨学金の給付制度を創設した。
(4) 国は,地域改善対策高等学校等進学奨励費補助金交付要綱を制定し,昭和41年度から高校生について,昭和49年度から大学生について,地方公共団体が実施する奨学金の給付制度に対する国庫補助の制度(以下「高等学校等進学奨励費補助事業」という。)を創設した。
また,国においては,昭和44年に,10年間の時限法として「同和対策事業特別措置法」(以下「同対法」という。甲38)が制定され,全国的に本格的な同和事業が取り組まれることとなった。
同対法は3年間延長されたが,その後,同対法の枠組みを基本的に引き継いだ「地域改善対策特別措置法」(以下「地対法」という。甲39)が昭和57年に5年間の時限法として制定された。
さらに,昭和62年には,5年間の時限法として「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(以下「地対財特法」という。甲10)が制定された。地対財特法は,平成4年と平成9年にそれぞれ5年間延長された後,平成14年3月31日をもって失効した。
これらの時限立法の制定に伴い,国庫補助の対象となる奨学金は,大学生を対象とした奨学金については昭和57年度以降,高校生を対象とした奨学金については昭和62年度以降,給付制度から貸与制度へと変更された。
国庫補助の対象となる貸与制奨学金については,その返還は20年間を超えない範囲内の分割払いによるものとされたが,経済的事情により奨学金の返還が困難な者のために,5年ごとに所得審査をして奨学金の返還を免除する措置を採ることが認められていた。
(5) 京都市は,同和関係者の子弟を対象とした奨学金制度を,随時,国庫補助の対象となる事業に改め,昭和58年4月1日から,京都市地域改善対策大学奨学金の貸与等に関する規則(甲11ないし21。当初は大学生のみが対象であったが,昭和63年2月には高校生にも対象が拡大され,京都市地域改善対策奨学金等貸与規則に改正された。甲13。)を定め,同和関係者の子弟の就学を奨励するために,同和関係者の子弟に対して,奨学金並びに入学時における通学用品及び学用品の購入のための資金である通学用品等助成金を貸与し,入学金を給付してきた。また,京都市は,平成11年2月4日に,同規則を京都市地域改善対策奨学金貸与規則に改め,奨学金の貸与のみをその事業対象とし,平成14年度をもって,同規則を廃止した(甲20及び甲22。以下,本項記載の規則の規定により貸与された奨学金等について,単に「同和奨学金」という。)。
(6) また,京都市は,昭和63年度から,京都市の独自の制度として,京都市地域改善対策就学奨励金等貸与要綱を定めて,京都市の同和地区に居住する生徒,学生に対して,上記(5)記載の規則に基づく奨学金等の所得基準を満たさない者にも,より緩やかな基準で,就学奨励金並びに入学時における通学用品及び学用品の購入のための資金である就学奨励支度金を貸与していた。なお,就学奨励支度金の貸与は平成11年度から廃止され,要綱も「京都市地域改善対策就学奨励金貸与要綱」との名称に変更された(甲23ないし甲27。以下,本項記載の要綱の規定により貸与された就学奨励金等について,単に「就学奨励金」といい,同和奨学金と就学奨励金を合わせて「同和奨学金等」という。)。
(7) 京都市は,昭和59年3月27日に,自立促進援助金支給要綱(以下「本件要綱」という。)を定め,同年4月1日から,本件要綱に基づき,同和奨学金又は就学奨励金の貸与を受けた者に対し,貸与終了後,同和奨学金等の返還に係る援助金を支給する制度(自立促進援助金制度。以下「本件制度」という。)を設けている。
(8) 本件要綱は平成16年3月12日に改正され,同日施行されたが,同改正前の本件要綱(以下,特に「改正前要綱」ともいう。)には,次の趣旨の規定があった(甲1)。
ア 援助金は,同和奨学金等の借受者のうち,その属する世帯の所得,就労等の生活実態から貸与を受けた同和奨学金等を返還することが困難であると市長が認めた者に対し支給する(2条1項)。
イ 援助金の支給を受けようとする者は,援助金支給申請書を,市長が必要と認める書類を添えて,市長に提出しなければならない(3条)。
ウ 援助金は,援助金の支給を受ける者がその年度に返還すべき同和奨学金等の額の範囲内において市長が定める(5条)。
エ 援助金は年1回に限り支給する(6条)。
オ 市長は,借受者が援助金の支給を辞退したとき又は同和奨学金等の返還の債務を免除されたときは,援助金の支給を廃止する(6条の2)。
(9) 京都市は,改正前要綱2条1項に規定する「その属する世帯の所得,就労等の生活実態から貸与を受けた奨学金等を返還することが困難である」場合を判定する基準について,本件制度の発足当時から具体的な基準を設けていなかった。
また,本件制度においては,京都市が,同和奨学金等の借受者から,最初に同和奨学金等を返還する年度(返還初年度)に援助金の支給申請を受ける際,支給申請書の外に,20年間の分割払いで同和奨学金等を返済する返還計画書及び請書の提出も受け,以降の年度は,京都市が借受者に代わって支給申請手続を行い,支給された援助金を同和奨学金等の返済に充てるという運用が行われていた(甲9,乙23)。
そして,京都市は,同和奨学金の借受者からは,返還初年度において同和奨学金の返還免除制度(返還初年度に免除となれば,その後5年間は同和奨学金の返還が免除される。)の適用があるか否かの判定を行うため,所得証明願の提出を受けるなどして,その所得を把握していたが,援助金の支給申請手続においては,援助金の支給申請者に対して所得証明や源泉徴収票などの提出を求めて,支給対象者を決めることはせず,支給申請者全員に対して援助金を支給していた(甲9)。
(10) 平成16年3月12日改正後の本件要綱(以下,「改正後要綱」ともいう。)には,次の趣旨の規定がある(乙9)。
ア 平成16年4月1日以後に貸与される同和奨学金等の返還に係る援助金は,借受者のうち,市長が別に定める基準により算定した所得(以下「認定所得金額」という。)が改正後要綱で定める別表の基準額以下である者に対し,支給する(2条1項,平成16年3月12日付け附則2条)。
イ 平成16年4月1日以後に貸与される同和奨学金等の返還に係る援助金の支給を受けようとする者は,援助金支給申請書に①申請者の世帯全員の住民票,②申請者及び申請者と同一の世帯に属する者の所得を証する書類③その他市長が必要と認める書類を添えて,市長に提出しなければならない(3条,平成16年3月12日付け附則2条)。
ウ 平成16年3月31日以前に貸与された同和奨学金等の返還に係る援助金については,すべての援助金申請者に対して支給する(平成16年3月12日付け附則3条)。
エ 平成16年3月31日以前に貸与された同和奨学金等の返還に係る援助金の支給申請手続は,なお従前の例による。この場合,申請者に対する支給決定の通知は行わない(平成16年3月12日付け附則4条)。
(11) Bは,平成16年3月25日,市長の代決者として,改正後要綱に基づき,平成15年度援助金2億2141万3665円について支出決定をし,同月31日,これに基づく支出がされた(乙34,35)。
(12) Bは,平成17年3月31日,市長の代決者として,改正後要綱に基づき,平成16年度援助金2億3570万3005円について支出決定をし,同年5月20日,これに基づく支出がされた(乙36,37)。
(13) 原告は,京都市監査委員に対し,平成16年6月15日,本件援助金の支出が違法であると主張して,平成15年度援助金についてその支給総額を京都市に返還させるよう必要な措置を採ること及び平成16年度援助金についてその支出を差し止めることを求める趣旨の住民監査請求をした(甲2)。
京都市監査委員は,原告に対し,上記住民監査請求を棄却する旨の同年8月11日付け監査結果を通知した(甲3)。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 争点1 本件援助金の支出の違法性
(原告の主張)
ア 同和奨学金の根拠法令違反
(ア) 同和奨学金は,国庫補助の対象を貸与制度の奨学金とした地対財特法等の法令を受けて,関係規則・要綱において,貸与制度であることが明確に規定されている。本件制度は,国庫補助の奨学金制度を前提としたものであるから,奨学金制度の関係規則・要綱に拘束される。
(イ) しかるに,京都市は,昭和57年以降平成16年3月31日以前までの間に同和奨学金等を貸与された借受者から援助金の支給申請を受ける際,所得,健康状態等に関する書類の提出を求めず,改正前要綱2条1項所定の支給要件について具体的審査を一切しないまま,申請者全員について,その属する世帯の所得や家庭状況にかかわりなく一律に,同和奨学金等を返還することが困難であると認め,本件援助金の支給を決定している。
これは,本件制度に基づく援助金の支出により,国庫補助を受ける同和奨学金等の貸与に係る制度を実質的給付制として運用するものである。
(ウ) このように,同和奨学金等につき,返還を全く受けずに実質的給付制として運用することは,国の定めた法令に違反することになり,かつ,違法に国から補助金の給付を受けていたことになるため違法である。
イ 公益性を支える条件の欠如
援助金は,同和事業として,個人を対象に,補助金を支給するという形で行われているところ,下記事情からすれば,本件援助金の支出に補助金の支出に必要とされる「公益上の必要性」(地方自治法232の2)がないことは明らかである。
(ア) 同和事業の目的と手法について
そもそも同和事業とは,部落差別の一因である同和地区の劣悪な実態を改善することで,部落問題の解決を図るものであり,特定の地域や人を対象に,期限を区切って一般施策を補完する形で行われる特別施策である。したがって,もともと,同和地区内外の格差の是正という同和事業の目標が達成されれば,速やかに一般施策へ移行させることが予定されているものである。
そして,補助金の支出に必要とされる公益上の必要性は,それが同和事業として行われる場合,まさしく同和地区内外の格差是正のために必要性が認められるかという形で判断されることとなり,格差が是正されてなお継続すれば,「公益上の必要性」が認められず,裁量権を逸脱することとなる。
また,同和事業は,同和地区に住んでいる人あるいは同和関係者を対象として実施される(属地属人主義ともいう。)ため,同和事業を実施するためには,必ず,対象者の認定を行うこととなる。
そうすると,同和地区内外の格差が是正されてなお同和事業を継続すれば,それは単に必要のないことにお金を使っているというレベルで問題となるだけでなく,特定の人だけを優遇するという平等原則違反を行政がおかすこととなり,さらに,解消された部落差別を行政が再生復元するという重大な問題を引き起こすこととなる。
(イ) 同和事業見直しの経緯について
昭和57年に制定された地対法は,国及び地方公共団体は地域改善対策事業の推進に際して「対象地域とその周辺地域との一体性の確保を図り,公正な運営に努めなければならない」(2条2項)ことを規定し,「地域改善対策事業はもとより地方公共団体が独自に実施する関係施策についても,その事業の内容及び運営に関して十分に検討を加え,その適正化及び効率化を図るとともに,広く住民一般のコンセンサスを積極的に得るよう努めること」,「個人給付的事業については,行政の主体性を確保しつつその運営の公平の確保を図るよう努めること」(昭和57年4月1日付総地第1号通知)の注意喚起がされた。すでにこの時点で,同和事業が同和地区内外の格差是正を目的とし,必要以上に行うことの弊害が強調されていた。
また,昭和61年12月11日,地域改善対策協議会は,地対財特法の制定に先立って「今後における地域改善対策について」と題する意見具申を行い,①現行事業は,可能な限り一般対策へ移行することを基本とすること,②既に事業目的を達成している事業や事業実施について一般的なニーズの乏しい事業は廃止すること,③一般対策と比べ過度に優遇した内容となっている事業については,廃止するか是正措置を講ずることにより,一般対策との均衡に十分配慮すること及び④個人給付的事業については,原則として廃止し,同和関係者の自立,向上に真に役立つものに限定すること。自立,向上に真に役立つものについても,段階的に一般対策へ移行できるよう検討すること等の観点から,同和地区や同和関係者に対し講じてきた特別施策について基本的な見直しを行うよう提言している(甲40)。
さらに,平成7年に発表された平成5年度全国同和地区実態把握等調査により,同和地区内外の格差が平成5年の時点ですでに著しく改善され,地区内外の社会的交流も進み,同和地区に対する誤った認識偏見も急速に薄らいできていることが明らかにされた(甲41・総務省関係資料(3),(4))。
上記経緯を踏まえ,政府は,平成8年7月26日,「同和問題の早期解決に向けた今後の方策について」と題する閣議決定をし,5年後に同和行政を完全終結させるための具体的な手順を示した。その中で,奨学金事業について,次のとおり述べられている。
「個人給付的事業のうち,特に利用度が高く,激変緩和的な措置を講ずる必要がある次の事業(ここに,高等学校等進学奨励費補助事業が挙げられている。)については,5年間の経過的措置を講じて終了することとし,所要の法的措置を講ずる。なお,高等学校等進学奨励費補助事業については,5年経過時に現に貸付を受けて在学している者について,当該者が当該学校を卒業又は中退するまでの間,引き続き所要の法的措置を講ずる。また,経済的理由による返還免除制度及び貸付金額について他の奨学資金制度との整合性を考慮し,適正化を図ることとする。」(甲41・総務省関係資料(7))
このように,平成8年の時点で,貸与制の同和奨学金にして,平成14年3月末までに一般施策へ移行させなければならない旨が確認されていたのである。
以上のとおり,昭和57年に本件制度ができて以来,国では,同和事業の終結と一般施策への移行について注意喚起が繰り返されてきている。平成8年には,平成14年3月末に同和事業を全面終結させるためのロードマップまで示されている。さらに,平成12年以降,国は同和事業終結についての説明会を繰り返している(甲42,43の1・2)。
(ウ) 京都市の本件制度の特異な経緯について
a 同和地区内外の進学率格差の解消
本件制度は,高校進学率や大学進学率において,同和地区内外で差が存在することを前提として,制度が創設され,運用されてきたものである。
しかし,同和地区内外における高校進学率については,同和奨学金が給付制から貸与制に移行した頃には,同和事業先進地域であった京都においては,既に格差是正が達成されていた。したがって,本件制度は,導入当初から,公益上の必要性が認められなかったものと考えられる。
また,被告は,大学進学率について,現在でも格差があると主張する。しかし,被告のいう大学進学率の格差は,同和関係者については同和奨学金受給者を母集団とした低所得者層の進学率を用いているのに対し,全市については奨学金を受給していない者も含むすべての生徒の進学率を用いているものである。両者は性格を全く異にしており比較対照することが適当ではない。大学進学率の格差については,そもそも裏付けを欠くものと言わざるを得ない。
b 同和地区内外の経済格差の縮小
さらに,京都市は,同和施策が本格化して以降,同和地区住民を積極的に市職員として採用してきたため,平成5年度の調査によれば,同和地区の総有業者数の実に41.9%が公務員で占められ(甲7),平成12年度での調査によれば同和地区の総有業者数の34.5%が市関係職員である(甲4・35頁)。
そして,公務員が非常に多いため,同和地区の有業者個人の年収は,500万以上700万未満に集中している。このように,同和地区に居住する同和奨学金受給者の属する世帯のかなりの部分は,世間的にもかなり高位で安定した収入を得ているものと考えられる。
c 以上のとおり,本件制度を基礎づける社会的事実は存在せず,本件制度ができた当初から,本件制度に基づく補助金の支出はすべて公益上の必要性は認められない。
(エ) 京都市における見直しの懈怠
京都市においても,同和地区を対象とする実態調査が行われ,審議会が本件制度を含めた同和行政についての見直しの必要性を指摘していた。
京都市同和問題懇談会は,平成8年,「今後における京都市同和行政の在り方について(意見具申)」(乙18,以下「平成8年意見具申」という。)において,京都市の同和事業について「これまでの取組の結果,一部に課題を残しながらも,地区の住環境や住民の生活実態がかつてのおしなべて低位な状態から大きく改善をみている現状を踏まえ,特別措置としての同和事業を終息させ一般施策へ移行することが適当であり,これを取組の基本的な考え方とすべきである」との認識を示している。さらに,同和奨学金等については,「高校,大学の奨学金については,受け皿となる日本育英奨学金制度などとのかい離が大きいことや,大学進学率の格差などにみられるように,同和地区の子どもたちの進路実態になお課題があることを踏まえると,直ちに一般施策に移行することは難しいと考える。この場合にあっても,国の動向なども踏まえ,一般施策への移行に向けて,具体的な考え方を示す必要がある。」,「高校,大学奨学金など,当面は特別措置として継続を必要としているものにあっても,できるだけ速やかに特別措置としての同和対策事業を終結させていくよう努めるべきである。」と述べ,速やかな同和事業終結を目指すべきとの意見を述べている。
京都市は,平成14年1月,「特別施策としての同和対策事業の終結とその後の取組」(乙19,以下「平成14年報告」という。)をまとめ,教育については,「児童,生徒の学力及び進路の実態は大きく改善され,高校進学率は全市とほぼ格差のない状況となっており,大学進学率についても大きく向上しています。」(9頁)と判断している。
以上のとおり,少なくとも平成14年1月当時においては,京都市においても実態調査の結果を踏まえて本件制度を見直す契機が存在した。
(オ) 上記(イ)記載のとおり,本件制度が開始された当初から,全国的に,同和地区住民を対象とした事業を一般施策に吸収させる方針がとられており,上記(ウ)記載のとおり,本件制度においては,画一的かつ一律の全面的な実質給付制度を維持すべき社会的,経済的基盤が失われているのであるから,同和奨学金等を給付制度として維持することは公共団体の裁量の範囲を逸脱し違法であるというべきである。
京都市は,平成16年3月,ようやく本件要綱を改定したが,この要綱改定は,改定までに貸与が済んでいた奨学金については,一律無審査支給を従前どおり続けるものであり,その条項自体が違法無効なものである。
そうすると,本件制度は,遅くとも本件で問題となっている平成15年度及び平成16年度に至っては,制度自体に公益上の必要性が認められず本件援助金の支出はその全額につき違法であり,仮にすべての支出が違法であるとまではいえない場合にも,少なくとも,経済的に困窮しておらず自ら貸与制の奨学金の返還をすることができた者を対象にされた援助金の支出に,公益上の必要性が認められないことは明らかである。
(カ) なお,被告は,同和奨学金受給者の中には,自分が同和関係者であることを知らない者もおり,返還を請求することで不都合な事態を引き起こすおそれがある,などと主張している。
しかし,同和奨学金は,少なくとも平成11年までは,同和地区に設置され同和行政を行う京都市の出先窓口が置かれていた隣保館において,同和奨学金受給者が出頭の上,交付を受ける運用がされていた(甲45の4)のであるから,同和奨学金受給者が,自分が同和関係者であることを知らなかったなどの事態は,まず考えられない上,京都市が同和奨学金受給者に連絡をすることは,通常の行政事務であり,人権問題になどなり得ない。
被告も,今後は,奨学金を受ける者に対しては,毎年収入資料の提出を求める扱いをするというのであり,また,同和奨学金の免除の審査においても5年毎に収入資料を提出させて審査するとの扱いがされているのであって(甲9・35頁),被告の主張は失当である。
(キ) また,被告は,同和地区の生活状況の変化等から公益上の必要がなくなったとしても,従前から実質給付制度であると説明を受けていた奨学金受給者の信頼保護も考慮して暫時制限していくことは行政庁の裁量の範囲であると主張する。
しかし,①もともと同和奨学金の根拠となる国の法令は奨学金が貸与制であることを明記していること(甲10),②この法令を受けて京都市地域改善対策大学奨学金の貸与等に関する規則(平成11年2月4日に「京都市地域改善対策奨学金貸与規則」に題名変更。甲11ないし甲20,甲22)及び京都市地域改善対策就学奨励金貸与要綱(甲23ないし甲27)を制定し,同和奨学金等が貸与制であることを明記していること,③改正前要綱も同和奨学金等が貸与制であることを前提として「奨学金等を返還することが困難」という経済的困窮を支給要件としていること,④同和奨学金等の申請者に対し配布した文書(乙14)でも同和奨学金等は給付制から貸与制に変わったことを明記していること,⑤京都市の担当者が実質給付制度であると説明してきたと主張するが,その説明に法的根拠がなく,しかも担当者による説明の実態・全貌は不明であること,⑥仮に実質給付制として運用されてきたとしても,これは貸与制という法制度に反した極めて恩恵的な給付にすぎないこと,⑦実質給付制として支給されてきた援助金は,公益上の理由があればいつでも剥奪され得る内在的制約を伴うこと,⑧実質貸与制に移行しても,これまで特別に与えられた利益を剥奪して同和地区外の人と同様に扱うにすぎないものであって,特にその者に特別の犠牲を負わせるものではないことから,同和奨学金等の借受者が援助金の支給を受けることに対する信頼を持っていたとしても,そのような信頼は法的保護に値しない。
したがって,法的保護に値しない信頼を理由に実質給付制度を維持するのは行政庁の裁量の範囲を超えたものであり違法である。
(被告の主張)
ア 本件制度は,国庫補助の対象となる奨学金制度とは独立した補助金制度であるから,援助金の支給に当たり,京都市が国が定める国庫補助の対象となる奨学金の返還免除の趣旨,基準等に拘束される関係にはない。
イ 援助金は,地方自治法232条の2に規定する補助金であるが,補助金の交付が認められる「公益上必要がある場合」とは,当該普通地方公共団体の住民全体の福祉に対する寄与貢献があることであり,また,客観的に公益上必要であると認められなければならないとされ,その判断に当たっては,補助金交付の趣旨及び目的,支出の相手方の性格及び活動状況,補助金が地方公共団体の公益を増進する程度,交付手続の公正等の諸事情を総合して判断されなければならないと解されている。
そして,その決定は,事柄の性質上,当該地方公共団体の地理的・社会的・経済的事情及び各種の行政施策の在り方等の諸般の事情を総合的に考慮した上での政策的判断を要するものであるから,公益上の必要性に関する判断に当たっては,補助の要否を決定する地方公共団体の長に広範な裁量権があるものと解され,一次的にはその判断が尊重されるものであり,補助金の交付について公益上の必要性という要件を課した趣旨は,恣意的な補助金等の交付によって当該地方公共団体の財政秩序を乱すことを防止することにあると解されるから,この面において特に不合理又は不公正な点のない限り,これを尊重すべきものである。
そして,下記(ア)ないし(エ)の事情からすれば,本件援助金の支出は「公益上必要がある場合」にされた補助金の支出として適法である。
(ア) 本件制度創設の経緯
京都市は,同和問題の解決を,市政における最重要課題の一つとして位置付け,特に,就職の機会均等及びその前提である教育の機会均等を保障するための諸施策に取り組んできた。
前記基礎となる事実記載のとおり,昭和57年以降,国庫補助の対象となる奨学金が,順次給付制度から貸与制度へと変更されたため,京都市は,国庫補助を継続して受けるべく,昭和58年度から給付制度の奨学金を貸与制度の同和奨学金に変更せざるを得なくなった。この変更は京都市の同和施策の明らかな後退を意味するものであったが,当時の同和地区の生活状況は昭和38年と基本的に変わりなかったため,京都市においては,引き続き,奨学金の給付制を維持する必要があった。
例えば,本件要綱の制定当時,家計収入別での生活保護受給率は,全市では1.4%であるのに対し,同和地区では17.1%であるなど,同和地区における生活基盤は脆弱であり,その中でも援助金の対象者は,低所得世帯に属し,不安定な就労等の生活実態から就学が困難であると認められた同和奨学金等の借受者である。また,国は,昭和57年4月21日文部省大学局長通知により,地域改善対策高等学校等進学奨励費補助金(大学)交付要綱9条に定める返還免除の規定に関する留意事項を提示したが,昭和58年度に大学に在学していた同和奨学金の借受者のほとんどが,国が示す「返還が著しく困難であると認められる」者に該当していた。
京都市は,上記事情を踏まえて,従前市が独自の制度として実施していた完全給付制の奨学金制度と実質的に見て同一のものを維持するための手段として,本件制度を創設したものである。
そして,全額給付の奨学金制度を維持・継続する本件制度の制度趣旨や創設経過に鑑みれば,改正前要綱2条1項の規定の本来の趣旨は,形式的には貸与制度を採用している奨学金制度に対応しつつも,内容的には実質給付制度を維持できるようにしたところにあると解すべきである。そうすると,京都市は,援助金の支給を各年度毎に審査する必要性はないのであり,支給開始時に所得要件等を審査すれば後は支給済みの奨学金を20年に亘り分割して返済するという手法は国の補助金事業が給付制から貸与制へ移行することに対応すべく合理的に考案された仕組みであり,本件制度には相応の必要性と合理性があったというべきである。
そして,同和奨学金等の貸与対象者は,低所得世帯に属し,不安定な就労等の生活実態から就学が困難であると認められる者であるところ,援助金の支給により,同和奨学金等の返還に対する不安が解消されることとなった。その結果,進学を希望する者が増え,高校進学率は全市(市全体。以下同じ。)とほぼ格差のない状況となり,大学進学率も大きく向上した。
このように,本件制度は,同和問題を解決するために効果があったものであり,公益上必要がある制度であったことは明らかである。
(イ) 平成14年度以降に本件制度を継続させた経緯(乙1 被告準備書面(8))
a 京都市は,平成8年意見具申(乙18)を受け,平成9年度から,平成14年度当初を目標に,廃止,一般施策への移行など特別施策の見直しを進めてきた。
平成9年度には,同和対策事業の見直し,改革に取り組み,それ以降,教育の機会均等を保障する施策については,小学校入学支度金,中学校入学支度金,高校入学金・支度金,予備校生奨学金・入学金,大学入学金・支度金等を廃止した。また,奨学金制度についても,画一的,一律的な制度の運用は,かえって同和地区住民の自立を妨げ,奨学金制度本来の趣旨に反するものであるため,日本育英会基準を基に算定した市所得基準を設け,平成7年3月から平成9年4月にかけて,段階的に改定を行った。
そして,平成14年報告(乙19)において,残された課題として位置付けられたものに係る一部の施策を除き,財政的な面において特別施策を継続する根拠である地対財特法が失効する平成13年度末をもって特別施策としての同和対策事業をすべて終結した。
b しかしながら,同和地区においては,高校進学の内容,高校中退率及び大学進学率の格差などの課題が残されていることや,同和奨学金等と受け皿となるべき日本育英会奨学金制度との間で成績要件,所得要件,貸与額についてのかい離が大きいことから,一般施策である日本育英会制度に円滑に移行するため,従来の制度内容を大幅に見直し,平成14年度から5年間の経過措置を設けることとした。
援助金については,将来的な不安を解消することで,教育の機会均等を図り,これによって就職の機会均等を目指す奨学金制度の趣旨を補完する制度であり,同和奨学金等制度と本件制度を一体的に活用することにより,学校・隣保館での積極的な進路指導が可能になったことは否定できないものであり,また住民の間でも本件制度が同和奨学金等の制度と一体のものとして定着し,同和奨学金等の返還に当たっては援助金の給付がされるものとの理解があることから平成14年度以降も本件制度を継続することとした。
これは,同和問題解決のためには,特に就職の機会均等につなげるため,引き続き教育の機会均等のための施策を継続する必要があると判断したことによるものである。すなわち,実質給付制度を維持することで,同和奨学金等の返還に係る不安を払拭し,もって進学意欲の喚起,進学率の向上につなげるとともに,同和地区住民のこれまでの制度に対する信頼を踏まえた激変緩和措置を設け,これまでの成果が急激に後退しないようにすべきであり,このことには十分な合理性があると判断したのである。
c 両制度を経過措置として存続させることの必要性及びそのように判断したことの合理性を基礎付けるものとして,当時,教育に係る格差が存在しており,課題が残されていたことを示す客観的事実が,なお以下のとおり存していた。
(a) 平成12年度の実態把握事業(甲4)における家計収入別での生活保護受給率は,市全体で3.1%に対し,同和地区は17.9%であり,生活基盤の脆弱な世帯が多いことは明らかであった。
(b) 同和地区内の有業者は,中学生を除く15歳以上のうち半分にも満たない42.6%にすぎない(甲4・26頁)。一方,市全体の有業者は,54.8%(平成12年度国政調査)であり,同和地区の就業状況は改善されてきたとはいえ,依然として低い水準にあった。
(c) 当時においても,同和地区住民の就業率は,全市に比して明確に低いものとなっており,また,有業者においても,市職員の割合が総有業者の34.5%(甲4・35頁)と,高いものと考えられた。これは市の選考採用の職種の一部に主として同和地区住民を採用する,いわゆる「雇用」による効果とも考えられるところ,いわゆる「雇用」については,平成13年度にかけて採用枠が縮小され,平成13年度末で廃止された。平成14年度からはすべて一般公募されており,同和地区住民が市の一部職種に主に採用されるということは,今後は期待しえない状況となった(乙18・7頁,8頁及び17頁)。そのようなハンデを超えて就職するためには,より高い教育を身に付けることが求められており,同和地区においては,その他の地区に比べて教育を受けるための環境の整備がより強く求められていた。
(d) 平成14年報告においても,同和問題を解決するうえでの残された課題として,教育の課題が明確に位置付けられ,両制度については,平成14年度以降も5年間に限って移行措置として継続されることが,「経済的側面からの支援策である進路支援事業については,現行制度の抜本的な見直しを行った上で,5年間に限っての一般施策への移行措置を設けます。」(乙19・19頁)と明記されていた。
(e) 以下の調査においても,平成13,14年当時,全市と同和地区における進学に関する格差が存していたことが裏付けられる。
①中学卒業生の進路決定状況の推移(乙20)
②高校進学後の非卒業率の推移(全日制・定時制)(乙21)
③高等学校卒業生奨学資金受給者の進路決定状況の推移(乙22)
d そして,京都市監査委員が,平成14年11月に,平成9年度分から平成13年度分の援助金の支出に関する住民監査の結果,京都市長に本件制度の事務改善を求める意見を述べたことを受け,京都市は平成16年3月に本件要綱を改正した。
なお,本件要綱の改正には約1年4か月を要しているが,その間,京都市は,対象者の追跡調査等の事実調査を実施し,その内容等も踏まえ,現時点での諸事情を考慮した合理的内容となるよう慎重に制度設計を考える必要があったこと,議会の賛同等を得る手続を要したこと,本件制度の性格上,本件制度の適用を年度途中とするのは困難であること等の事情を考慮すると,上記期間は,本件要綱の改正のために必要かつ合理的であったものである。行政施策には,継続性や安定性を一定程度尊重する必要があることや,対象者の理解を得る努力が必要であることなどを踏まえれば,仮に,奨学金を実質給付制度として維持する必要性が地域の生活実態に照らせば薄れてきていたとしても,違法性を帯びるほど見直しが遅きに失したとはいえない。
(ウ) 改正後要綱の合理性
そして,本件要綱の改正に当たり平成16年3月31日以前に同和奨学金等の貸与を受けた申請者全員に対して,援助金の支出を行うこととしたことも以下の理由により合理性があり,京都市の裁量権の範囲内である。
a 行政の相手方の信頼保護について
平成15年度までの同和奨学金等の借受者は,同制度が援助金を併用した実質給付であると理解して,将来,返還を求められるものではないとの期待の下に同和奨学金等を借り受け,将来の生活設計を立てているものである。
また,実際の事務手続は,借受者が卒業後に提出した請書に基づき,京都市の文化市民局が,毎年度,返還事務を行っているため,借受者は,直接,返還に関与していない。このことから,借受者は,卒業時点で援助金の支給申請書を提出することによって,返還手続は終了したものと認識しており,卒業後,20年間にわたって援助金の支給により同和奨学金等の返還が続いていると認識している者はほとんどいないと考えられる。
このような借受者に対して,現時点における状況の変化等を理由として返還を求めることは,借受者にとって予測できない制度の不利益変更となり,借受者の法的安定性を害するものになる。この信頼を保護する必要がある。
b 同和奨学金等につき借受者に返還要求をすることは本件制度の施策目的に合致しないこと
また,京都市が,援助金の支給決定後,20年間,何ら審査をしていないのは,①改正前要綱に支給対象者の状況を追跡調査する旨の規定がないこと,②支給対象者の同和地区外への転出が増え,同和地区内外の婚姻も進む中で,同和奨学金等の借受者に定期的な所得申告を義務付け,20年間にわたり追跡調査をするとすれば,その社会的立場等に悪影響を与えかねないことによるものであった。
そして,平成15年12月に,援助金の支給対象者(2387人)の所在を調査したところ,住民票で確認できた1598人のうち,55.4%は,地区外に転出していた。また,地区外転出者のうち,約20%が京都市外に転出していた。
このことから,援助金の支給対象者に対して同和奨学金等の返還を請求するために連絡を取ることは,今日においても,なお身元の調査が行われるなどの同和問題の残された課題や地区内出身者であることを配偶者にも明かしていない方がいることが推察される現状を踏まえると,実社会で自立している本人の社会的立場や家庭状況等に深刻な影響を与えると考えられる。
c 本件援助金の支出は京都市の財政に危機的状況をもたらすものではないこと
援助金は,その支出された額が,同和奨学金等の返還金としてすべて京都市の収入とされるので実質的に新たな金銭負担を伴うものではない。また,市は,本件要綱制定後,一貫して借受者全員(同和奨学金に係る市の例規による免除を受けた者を除く。)に対し援助金を支給している。
これらの者の中には,平成15年度及び平成16年度においては,市においてその所在等を把握することが困難になっており,改めて援助金の申請手続等をさせることができない者もいる。また,同和奨学金等の貸与の時点で実質給付との説明を受けている借受者から京都市が貸し付けた同和奨学金等を回収することができる見込みは低い。
こういったことから,返還対象者について,援助金の支給をしなければ,市のその分の支出額は減少するものの,一方では,同和奨学金等の返還を受けられないのであるから,援助金を支給しないことによって,市がその分の損失を免れるということもない。
(エ) 改正後要綱並びに本件援助金に係る決算及び予算が京都市議会で審議され,可決・承認されていること
そして,本件制度の見直しにより,改正後要綱上も,平成16年3月31日以前に貸与した同和奨学金等の返還金に係る援助金については,一律に支給する取扱いが明記されるに至っているのであるから,同和地区の生活実態に改善の兆しが現れてきたことにより,結果的に改正前要綱2条1項の規定が,当該規定が当初目的としていた実質給付を維持するための規定としては適切でなくなってきていたという瑕疵についても,事後的に議会の承認も得て治癒されている。
また,改正後要綱に基づく本件援助金の支出を含む予算,決算は,市議会で,特に本件要綱の改正内容に触れられた上で,審議され,承認,議決されてきている(乙11ないし乙13)。
(2) 争点2 京都市の損害及びその額
(原告の主位的主張)
本件援助金の違法な支出により,京都市には,支出された公金に相当する損害が生じた。
(原告の予備的主張)
ア 仮に,本件援助金の支出について全額が違法な支出とはいえないとしても,同和奨学金等の返還が困難とはいえない世帯に属する借受者に対して支出された部分については本来支給対象外とするべき者に対してされた違法な支出であるといえる。
そして,本件援助金について,本来支給対象外とするべきであった借受者の割合については,同和奨学金の返還初年度についてされる所得判定の結果から割合的に計算することが合理的である。
すなわち,同和奨学金の返還初年度に当たる者(以下同和奨学金及び就学奨励金の借受者のうち,その返還の初年度に当たる者を「返還初年度者」という。返還初年度を迎えた年に応じて,例えば平成14年度が返還初年度であった同和奨学金の借受者について「平成14年度同和奨学金返還初年度者」,平成15年度が返還初年度であった就学奨励金の借受者について「平成15年度就学奨励金返還初年度者」などと記載することもある。)について行った資力調査の結果,実際に援助金の支給対象とされた件数のうち,仮に改正後要綱に基づく資力審査を行えば,援助金の支給対象外となる件数の割合が,実際に援助金が支給された件数のうち,本来支給対象外とするべき借受者に対して支出された件数の割合とみなすことができる。
具体的には,被告が本件訴訟で提出した試算結果(乙4)に基づくと,平成15年度援助金については78件中27件が,平成16年度援助金については31件中12件が,改正後要綱の所得基準によると,援助金の支給対象外となる可能性があるのであるから,下記計算式のとおり,平成15年度援助金については7719万2308円,平成16年度援助金については9174万1935円が違法に支出された額として推計できる。
平成15年度援助金
約2億2300万円×(27件/78件)=7719万2308円
平成16年度援助金
約2億3700万円×(12件/31件)=9174万1935円
イ なお,被告は,原告の推計方法に合理性がないと反論するが,原告の損害額の算定は,被告が明らかにした資料から,合理的な経験則に基づき推計したものである。また,資料の収集が困難な中,下記(ア)及び(イ)のとおり,損害額を控えめに推計しているものであるから,違法な支出の額は上記ア記載の額を下回ることはない。
(ア) 上記推計は,就学奨励金より貸付け時の資力要件が厳格な同和奨学金の返還初年度における援助金の不支給率を基準としている。同和奨学金受給者の返還初年度における援助金の不支給率は,就学奨励金受給者の返還初年度における援助金の不支給率より間違いなく小さいのであり,上記推計においても就学奨励金受給者の援助金の不支給率は,真実の損害よりかなり控えめに推定されている。
なお,被告は,返還初年度の所得に基づく援助金の不支給率を推計の根拠とする原告の推計方法に対し,返還初年度の世帯最多所得が返還義務者の将来20年間の世帯最多所得のピークであると主張するが,結婚等による世帯分離までの期間は様々であり,かなりの世帯の親(世帯の最多所得者)の収入は,子どもの学卒後も相当期間増加するケースも少なくないことからすれば,根拠が無い決め付けにすぎない。
(イ) さらに,同和奨学金の返還免除制度については,初年度の後も5年毎に申請の機会が与えられていたところ,京都市においては,所得調査をして申請するのは初年度だけとされ,それ以降は免除申請自体が懈怠されてきた。すなわち,返還初年度に免除となれば5年間免除の扱いを受けるが,その後15年間は,当然免除を受けられる者も,誰一人免除されていないのである。免除されるべきケースは,免除の申請をすれば確実に援助金の支給対象外となるわけであるから,その全額が丸々損害となる。同和奨学金制度の通常の扱いどおり5年毎に免除制度を利用していれば,初年度における割合と同じ割合で,返還の免除を受けることができたものと考えられる。原告の損害主張は,これを考慮せずに算定しており,この点でも控えめである。
ウ 被告の損害算定式の誤り
被告は,損害算定に当たって,支給対象外となるはずの額に,京都市の同和奨学金借受者の住所確認率66.9%を乗じて,さらに日本学生支援機構の奨学金返還金の回収率である77.9%を乗じている。
しかし,まず,日本学生支援機構における奨学金返還金回収率の中にも住所確認ができずに回収できないケースが考慮されており,これを二重に考慮することになっており失当である。
さらに,そもそも回収できなくても債権は直ちに消滅しないから,損害を回収可能な範囲に限定することには理由がない。
以上,被告の損害算定式は,こうした技術的な点においても誤っている。
エ 民事訴訟法248条の適用について
民事訴訟法248条にいう「損害が生じたことが認められる場合」というのは,損害発生の事実及び行為と損害との因果関係の存在が自由心証主義の一般原則に従って認定される場合であるとされている。
本件は,一般住民である原告が住民訴訟という方法によって違法な公金支出の是正を図ろうとしているものであって,原告には全くの第三者である奨学金返還対象者の所得を調査できる手段・方法は存在しないのであるから,まさに本件における京都市の損害は,損害の性質上,立証が極めて困難な場合に該当し,法248条が適用されるのである。
そして,調査権限を有している被告が返還初年度の支給対象外額を明らかにしていない以上,一般住民である原告はその金額を調査すべき手段が存在しないのであるから,被告が明らかにした返還初年度の支給対象外率を基にして損害額を算出することは,法248条の認めるところである。
(被告の主張1 原告の主位的主張に対する反論)
本件援助金の支出は適法な支出であるから,京都市に損害は生じていない。仮に本件援助金の支出に違法があるとしても,京都市の損害は,下記被告の主張2のカ記載の範囲に限定される。
(被告の主張2 原告の予備的主張に対する反論)
原告は,被告が,同和奨学金の返還初年度者について,仮に行った援助金の支給判定結果を基に,その他の援助金給付申請者に対して支給した援助金に係る損害額を推計するが,原告が主張する損害額の計算は,下記アないしオ記載のとおり,その内容に合理性があるとは考えられず,原告の主張する損害が生じたと認めることはできないというべきである。
ア 返還対象者の属する世帯の世帯構成,最多所得者の所得,就労等の援助金支給判定において判定の基礎となる生活実態は,常に一定のものではなく,各々が不確定な要因に基づき年々変動する。
すなわち,援助金の支給判定は,世帯の独立・世帯構成の変化・所得の変動といった,相互に相関関係がなく,しかも年々変動する多数の不確定要素を基礎とするものである。
これに対し,原告は上述のような多数の変動する不確定要素が20年間全く固定化して変動しないとの立論に基づき,同和奨学金の返還初年度に当たる援助金支給申請者のうち支給対象外となる者の割合を,すべての援助金支給申請者に当てはめて損害額を推計しているが,かかる手法はあまりにも乱暴であり,それ自体,不自然かつ不合理なものであり,原告の主張する損害額の推計方法が採用し得ないことは明白である。
イ さらに,被告が行った試算の対象となった同和奨学金の返還初年度者は,前年度は学生であったため,前年度は所得がないか,あってもわずかな額であるのが通常である。そして,改正後要綱に係る基準では,援助金の支給判定は,本人の所得ではなく,本人の属する世帯の最多所得者の所得で行うものとされているため,同和奨学金の返還初年度者については,本人ではなくその親の所得で判定することになる。
ところが,返還2年度目以降の対象者に関しては,就職や結婚によって子供が親の世帯から独立して別世帯となることが予想されるなど,いつまでもこのような前提条件が維持されているわけではない。
このように,返還初年度は,我が国の賃金体系上,生涯のうちでも高い所得を得ている時期にある親の所得を基準として援助金の支給判定を行っているわけであるから,統計学的に言えば,同一年度の返還対象者のグループを追跡検証した場合,全体で20年にわたる返還期間の中で返還初年度は,支給対象外となる金額が一,二を争う高額となる年度であると認められるというべきである。
そして,返還の初期段階を過ぎている返還対象者について,平均的な世帯像を仮定し,各年齢別に仮想的に所得判定を行ってみると,各年齢すべてで支給対象と判定されるように(乙16),平均的な世帯であれば,十分,援助金が支給されるものである。
したがって,仮に京都市に損害が生じていると仮定したとしても,親の所得を基準として援助金の支給判定を行っている返還初年度のデータを,その後の20年の返還サイクルのすべての期間において固定化して用いるという原告らの推計手法は,実際に生じた損害以上に誇大な金額を算定していることとなることは明らかである。
ウ 就学奨励金の返還初年度者に係る支出額推計について
また,同和奨学金制度と就学奨励金制度のどちらが適用されるかの判断は,大学卒の返還対象者の場合,4年前の大学入学前,又は,進学により返還を猶予されていた場合7年前の高校入学前の親の所得を基に行っている。このため,その期間内に返還対象者が属する世帯の生活実態が変動することは充分考えられる。また,判定に当たっては,特別控除要件も多岐にわたって存在している。これらの事情は,同和奨学金返還初年度者においても同様である。4年ないし7年の間に,両制度に係る者それぞれについて,所得や世帯の状況は,支給対象又は支給対象外となる方向のどちらにも流動している。
したがって,就学奨励金の返還初年度者に係る支出について,援助金を支出する時点において,就学奨励金返還初年度者支給対象外率のほうが,同和奨学金返還初年度者支給対象外率より高いとは,必ずしもいえず,同和奨学金返還初年度者に係る支給対象外率を損害算定の指標として使うことを適切な算出方法とすることはできない。
エ 原告が算定の基礎とする同和奨学金返還初年度者における判定資料自体の不確定さ
原告が損害額推計の前提とする被告による試算は,仮に改正後要綱に基づく支給判定を行ったものであるが,本来であれば,各申請者について,自立促進援助金支給基準第6条に規定する算定方法の特例の該当事由の有無,同基準別表に規定する長期療養者のいる世帯,同基準別表に規定する火災,風水害,盗難等の被害を受けた世帯かどうかといった事情を考慮しなければならない。しかし,これらの事情は,被告が保有している資料からは判明しないため,仮の支給判定には反映させていないため,支給対象外額が多めに算出されている可能性がある。
このように,仮の支給判定において対象外となった者の中にも,本来,支給対象となるべきはずであった者がいないとはいえない。
このように,単に数式的に見ても,同和奨学金返還初年度に係る件数ベースで求めた支給対象外率を,その他の支給申請者に対して支出した援助金の総額に乗じて,支給対象外額を求めることはできない。
オ また,損害額の算定に当たっては,市においてその所在等を把握することが困難になっており,改めて援助金の支給を申請させること,あるいは支給要件の審査のため資料を提出させることが必要になったとしても,その申請等を事実上し得ない者が相当数いることも予想し得る。そして,これらの者について,申請等がないとして援助金の支給をしなければ,その分の支出額は減少するものの,一方では同和奨学金等の返還を事実上受けられないこともあり得るのであって,援助金を支給しないことによって,直ちに市がその分の損失を免れるということもできない。
カ 一部違法な支出とされた場合の損害額について
(ア) 改正後要綱の規定に基づいて損害額を推計するためには,個々の申請者ごとに,具体的な基準に基づいて,支給対象か否かを判定し,支給対象外となった者に係る援助金の支給額を積み上げることが必要である。
また,その他返還者の範囲における損害額を同和奨学金返還初年度者における支給対象外率などから求めることはできないことや,イにおいて述べたとおり,その他返還者の範囲においては,そもそも,支給対象外となる者が類型的に見て少ないと思われることなどから,少なくとも現実に損害が発生していると合理的に認定できる額は,同和奨学金返還初年度者における範囲に限定すべきである。
(イ) このようなことから,損害額は,第1次的には,以下のとおりとなる。
a まず,京都市の試算によれば,仮に平成15年度援助金及び平成16年度援助金に改正後要綱の所得基準を導入した場合に支給対象外となる額は,平成15年度は230万3150円,平成16年度は85万2000円である(乙4,5,7。なお,保有資料からは該当の有無が判明しないため,算定において考慮できていない特別控除要件があり,同和奨学金返還初年度者において支給対象外となる金額はこれよりさらに少なくなる可能性もある。)。
b 平成15年度に京都市が行った調査において住民票で所在が確認できたものは,2387人中1598人である。この率(以下「住所確認率」という。)は66.9%である。ただし,同和奨学金返還初年度者に限れば,全員,住民票で所在が確認できる者であるから,この範囲においては,100%となる。
c 日本学生支援機構の奨学金返還金の回収率(以下「支援機構回収率」という。)は,77.9%(平成17年3月時点)である。
そして,a記載の金額にそれぞれ住所確認率(100%)及び支援機構回収率(77.9%)を乗じた金額が,実際に回収可能な金額である。
したがって,それぞれ179万4153円及び66万3708円が,平成15年度及び平成16年度の損害額であると考えられる。
(ウ) 仮に,就学奨励金返還初年度者の範囲も損害額算定に当たって加味するならば,就学奨励金返還初年度者の範囲における損害額は次の式で求めることができる。
(就学奨励金返還初年度者に係る援助金支給額)×(同和奨学金返還初年度者支給対象外率(金額ベースで求めたもの))×(住所確認率)×(支援機構回収率)
a 就学奨励金返還初年度者に係る援助金支給額
平成15年度 564万4470円
平成16年度 604万1350円
b 同和奨学金返還初年度者支給対象外率(金額ベース)
金額ベースの同和奨学金返還初年度者支給対象外率は,以下の式により求めることができる。
{(返還初年度に係る免除者における支給対象外額)+(同和奨学金返還初年度者における支給対象外額)}/{(返還初年度に係る免除者に対し免除した金額)+(同和奨学金返還初年度に係る非免除者に対し援助金を支給した額)}
① 返還免除者に対しては援助金を支給することがないのであるから,返還初年度に係る免除者における支給対象外額は0円である。
② 同和奨学金返還初年度者における支給対象外額は以下のとおりである。
平成15年度 230万3150円
平成16年度 85万2000円
③ 返還初年度に係る免除者に対し免除した金額は以下のとおりである。
平成15年度 567万6385円
平成16年度 318万6685円
④ 同和奨学金返還初年度に係る非免除者に対し援助金を支給した金額は以下のとおりである。
平成15年度 884万9870円
平成16年度 384万5800円
上記①ないし④から,金額ベースの同和奨学金返還初年度者支給対象外率は,平成15年度につき15.9%,平成16年度につき12.1%となる。
c 住所確認率
66.9%(上記(イ)b)
d 支援機構回収率
77.9%(上記(イ)c)
上記aないしdから,就学奨励金返還初年度者の範囲における損害額は次のとおりとなる。
平成15年度 46万4470円
(564万4470円)×15.9%×66.9%×77.9%
平成16年度 38万0963円
(604万1350円)×12.1%×66.9%×77.9%
したがって,被告の第2次的主張における損害額は,上記⑷の同和奨学金返還初年度者の範囲における損害額に,本項の就学奨励金返還初年度者の範囲における損害額を加えた以下の額となる。
平成15年度 226万1871円
平成16年度 104万4671円
キ 民事訴訟法248条が本件に適用できないことについて
民事訴訟法248条が適用されるためには,当該事案において損害が生じたことが認められる場合でなければならず,損害の発生の点については,通常の証明が要求されているものと解される。
そして,本件事案において原告が主張する損害は,援助金の支出のうち新基準によれば支給対象外であった部分を損害とするものであり,損害額の算定はイコール損害の発生を意味している。
このように,本件では損害の発生と損害額の算定は不可分一体の関係にあるというべきであり,損害額を算定できないということは,それはすなわち損害が発生したという点の証明がされていないことを意味するというべきであり,同法248条を本件に適用することは許されない。
(3) 争点3 A及びBの責任
(原告の主張)
ア Bは,同和奨学金等の借受者全員に対し,無審査で援助金を支出していることを認識しており,京都市会本会議において,このような運用の見直しを繰り返し求められていた。
しかも,京都市監査委員は,平成14年11月20日,平成9年度分から平成13年度分までの援助金の支出に関する住民監査請求に対し,本件制度のより一層の公平性,平等性の確保の観点から,客観的な証明に基づき,申請者一人一人について,適時に支給要件を満たすか否かを判断していくことが望ましく,それが本件要綱の規定の趣旨にもより合致すると考えるので,事務の改善について検討を行われたいとの意見を付記した。
にもかかわらず,Bは,従前の運用を是正することなく平成15年度援助金及び平成16年度援助金の支出決定を行ったものであるから,平成15年度援助金の支出決定を行う上で,法令の規定に違反して支出負担行為をすることにつき故意があったことは明らかである。
イ Aは,京都市長として,同和奨学金等の借受者全員に対し,無審査で援助金を支出していることを認識しており,京都市会本会議において,このような運用の見直しを繰り返し求められており,京都市監査委員からも,客観的な証明に基づき,申請者一人一人について,適時に支給要件を満たすか否かを判断していくことが望ましく,それが本件要綱の規定の趣旨にもより合致すると考えるので,事務の改善について検討を行われたいとの意見が付記されていたにもかかわらず,本件援助金の支出決定に際して,従前の運用を是正しなかったものである。
よって,平成15年度援助金及び平成16年度援助金の支出決定に際して,補助職員である副市長に対する指揮監督上の義務を懈怠したものというべきである。
(被告の主張)
Bは,平成15年度援助金及び平成16年度援助金の支出決定に際して,改正後要綱附則3条及び同附則4条の規定に基づき,本件要綱の制定当時からの解釈運用を踏襲し,合理的な裁量の範囲内の適法な援助金の支出であるとの認識の下に,援助金の支出決定の代決処理をしたものであるから,故意又は重過失は認められない。
Bが援助金の支出決定の代決処理をしたことに故意又は重過失は認められないから,市長には,Bに対する指揮監督上の義務違反は認められない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件援助金の支出の違法性)について
(1) 原告は,地対財特法が国庫補助の対象として規定する地域改善対策特定事業は,「高等学校,中等教育学校の後期課程,高等専門学校,短期大学又は大学に在学する者に対する奨学金の貸与」と規定されていること等をもって,国庫補助を受ける同和奨学金について,実質的給付制として運用する裁量は,京都市には認められておらず,本件制度は同和奨学金の根拠法令違反であると主張する。
しかし,国庫補助の対象事業が貸与制の奨学金に限られていることをもって,給付制の奨学金の公益性が直ちに否定されるわけではなく,地方自治体が独自に一般財源から給付制奨学金制度を実施することや,独立した補助金事業として奨学金の返還を補助するなどの施策を行うことが直ちに禁止されると解することはできない。
よって,地対財特法等が国庫補助の対象として貸与制の奨学金制度を規定していることをもって,直ちに,本件援助金に係る支出が,違法な支出であるとは認められない。
(2) 次に,援助金の性質について検討するに,援助金の支給は地方自治法232条の2に規定する「補助」に該当するものと解される。そして,一般に,地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最小の経費で最大の効果を挙げるようにすべき責務を負っているのであり(地方自治法2条14項),地方財政の健全な運営を確保するためには,単に収支の形式的な均衡を保持することだけではなく,経費の支出に当たっては,その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えてはならないものとされている(地方財政法4条1項)ところ,補助金の支出については,「公益上必要がある場合において」することができる(地方自治法232条の2)のであるから,本件援助金の支出について,同法232条の2にいう「公益上の必要性」があるかを検討することとする。
そして,上記の補助金の支出に係る公益上の必要性の存否は,地方公共団体の議会あるいは執行機関において,社会的,地域的諸事情を総合的かつ合理的に勘案して判断すべきであって,その裁量の範囲は相当広範なものというべきであり,当該裁量権の行使が恣意的であってその逸脱の程度がもはや法の内在的目的に適合しない程の域に達したという場合に,違法の問題が生じるに至るものと解すべきである。
(3) 文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件要綱の制定当時までの同和地区の生活実態につき,以下の事実が認められる。
ア 昭和45年から昭和57年までの高校進学率の推移は,以下のとおりであり,同和地区では,昭和48年を除き,全市の平均と比較して数%以上低い割合であった(乙1・2頁,乙20)。
同和地区
全市
昭和45年3月
74.6%
89.7%
昭和48年3月
92.8%
93.9%
昭和51年3月
85.7%
93.6%
昭和54年3月
86.7%
93.0%
昭和57年3月
85.0%
92.0%
イ 世帯年収の推移を見ると,昭和59年度京都市同和地区住民生活実態把握事業の調査によれば,同和地区では世帯年収が0円から99万円の世帯が12.4%,100万円から199万円の世帯が21.5%であり,同和地区における生活基盤は,なお脆弱であった(乙18)。
また,昭和58年ころ,地域改善対策大学奨学金の借受者の属する世帯について調査したところ,所得が同和奨学金の返還免除の基準以下であった世帯は,全体の87%に達していた(甲9・6頁)。
(4) また,文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件要綱の制定後の事情として,以下の事実が認められる。
ア 進学率の推移等
京都市文化市民局人権文化推進部(旧同和対策室)は,数年に1度,同和地区の生活実態調査を実施しているところ,この調査結果によれば,本件要綱制定後の同和地区における教育状況は,以下のとおりである(乙18,20)。
(ア) 高校進学率は,昭和59年以降,ほぼ9割以上で推移し,全市との間に有意的な差はなくなってきており,平成5年3月,平成6年3月及び平成10年3月には,むしろ同和地区の方が全市を上回った。
もっとも,全日制国公立高校への進学希望の達成状況をみると,平成6年度における達成率は,全市では70.4%であるのに対し,同和地区では53.7%にとどまっていた。
また,平成7年3月における高校進学の内容は,同和地区では公立が28.7%,私立が56.7%であるのに対し,全市では公立が53.4%,私立が35.7%であった。
(イ) 高校中退率は,以下のとおり推移している。
同和地区
全市
昭和56年3月
18.2%
8.2%
昭和61年3月
13.5%
5.7%
平成3年3月
19.7%
6.0%
平成6年3月
17.7%
6.1%
(ウ) 大学進学率は,以下のとおり推移している。
同和地区
全市
昭和56年3月
25.8%
41.3%
昭和61年3月
22.8%
41.0%
平成3年3月
14.8%
41.2%
平成7年3月
30.6%
49.2%
イ 前記生活実態調査によれば,平成3年度,平成5年度及び平成12年度の同和地区における世帯ないし有業者の年収等は,以下のとおりである。
(ア) 平成3年度京都市同和地区生活実態調査の結果
世帯年収は,0円から99万円までの世帯が12.3%,100万円から199万円までの世帯が17.3%であるのに対し,500万円から699万円までの世帯が18.5%,700万円から999万円までの世帯が15.0%,1000万円以上の世帯が11.3%であり,2極化傾向にあった。なお,平成4年就業構造基本調査によれば,全市における世帯年収は,500万円から699万円までの世帯が17.5%,700万円から999万円までの世帯が15.2%,1000万円以上の世帯が12.8%であり,高所得世帯の割合については,同和地区と全市との間に,それほど大きな差はなかった(乙18)。
また,同和地区の総有業者の36.2%が市関係職員であった(甲4・35頁)。
(イ) 平成5年度京都市同和地区生活実態調査の結果
有業者の年収は,500万円から699万円までの者が16.2%,700万円から999万円までの者が6.1%,1000万円以上の者が1.0%であった(甲4・31頁)。
(ウ) 平成12年度同和地区住民生活実態把握事業・中間集計の結果
世帯年収は,500万円から699万円までの世帯が7.9%,700万円から999万円までの世帯が9.1%,1000万円以上の世帯が6.2%であった(甲4・18頁)。
有業者(ただし,家族従業者を除く。)の年収は,500万円から699万円までの者が11.4%,700万円から999万円までの者が12.4%,1000万円以上の者が1.5%であり,総有業者の34.5%が市関係職員であった(甲4・35頁)。
他方,生活保護受給率は,17.9%であった(甲4・18頁)。
(5) 文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,京都市が行った本件制度についての説明内容について,以下の事実が認められる。
ア 京都市は,就学奨励金を貸与するに当たり,「京都市地域改善対策就学奨励金等のしおり」と題する書面を申請者に交付するなどして,就学奨励金の制度を説明した。その際,平成15年度の新規借受者までには「貸付金の返還に当たっては,自立促進援助事業の実施により,貸与を受けた方に負担がかからないようにしております。」(乙39,41)といった説明文を設け,京都市が同和奨学金等を実質的に給付制で運用することを説明していた。
特に,大学生を対象とした同和奨学金等が貸与制に移行した直後には,同和奨学金の返還免除制度と京都市独自の援護給付を併用して,「今までの奨学金給付制度から後退させない」ことを明示していた(乙14)。
イ また,京都市は,毎年2月ころに,同和奨学金等の借受者が卒業等する際に,同和奨学金等についての返還方法を説明する機会を設け,進学しない者には,同和奨学金等の返還計画書,援助金の支給申請書及び援助金に係る請書の提出を求め,また同和奨学金の借受者には返還初年度に係る返還免除申請に関する書類を提出するよう求め,進学する者には,同和奨学金等に係る返還猶予申請書を提出するよう求める扱いをしていた(証人C,乙23,38)。
その際,京都市は,同和奨学金等が京都市から貸与されたものであることを説明すると同時に,その「返還に当たっては,返還免除制度の活用と自立促進援助事業の実施により,貸与を受けた方に負担がかからないようにしております。」などと説明しており,平成15年2月まで,援助金が同和奨学金等の返還が困難な者に対して支給される制度であることを援助金の給付申請をする者に対して明示的に説明していなかったが,平成15年2月の説明ではその内容を明示して説明した(証人C,乙23,38)。
他方,京都市は,返還免除制度や援助金の支給を受けるための手続と関連して,返還期間中の生存の有無,氏名,住所,世帯構成の変動の確認を行うために書類の提出等の手続を要求することもあることは一応説明していた(乙23,38)。
ウ 上記ア及びイ記載の京都市の説明により,平成16年3月31日以前に同和奨学金等の貸与を受けた者は,同和奨学金等が貸与制であり,自らが将来京都市に対して返還債務を負うことは認識したものの,同時に,京都市の援助金給付事業等によって,自らは奨学金の返還を行わなくてもよい,という期待を抱いて同和奨学金等を受給していた。
(6) 基礎となる事実並びに文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,京都市における関連制度の見直し状況について,以下の事実が認められる。
ア 昭和44年に制定されて同和奨学金制度に対する国庫補助の根拠となった同対法は昭和57年に期間満了のため失効した。
そして,その後,昭和57年に5年間の時限法として制定された地対法は,国及び地方公共団体は地域改善対策事業の推進に際して「対象地域とその周辺地域との一体性の確保を図り,公正な運営に努めなければならない」(2条2項)ことを規定している。
イ また,昭和62年には地対法が失効して,地対財特法が制定されたが,地域改善対策協議会は,昭和61年12月11日,地対財特法の制定に先立って「今後における地域改善対策について」と題する意見具申を行い,①現行事業は,可能な限り一般対策へ移行することを基本とすること,②既に事業目的を達成している事業や事業実施について一般的なニーズの乏しい事業は廃止すること,③一般対策と比べ過度に優遇した内容となっている事業については,廃止するか是正措置を講ずることにより,一般対策との均衡に十分配慮すること及び④個人給付的事業については,原則として廃止し,同和関係者の自立,向上に真に役立つものに限定すること。自立,向上に真に役立つものについても,段階的に一般対策へ移行できるよう検討すること等の観点から,同和地区や同和関係者に対し講じてきた特別施策について基本的な見直しを行うよう提言していた(甲40)。
ウ 政府は,平成8年7月26日,「同和問題の早期解決に向けた今度の方策について」と題する閣議決定をし,5年後に同和行政を完全終結させる方針を示した。その中で,高等学校等進学奨励費補助事業は,個人給付的事業のうち,特に利用度が高く,激変緩和的な措置を講ずる必要がある事業とされ,5年間の経過的措置を講じて終了することとし,所要の法的措置を講ずることとされた一方で,経済的理由による返還免除制度及び貸付金額について他の奨学金制度との整合性を考慮し,適正化を図ることとされた(甲41・総務省関係資料1(7))。
京都市同和問題懇談会も,平成8年意見具申(乙18)において,上記(4)ア記載の進学率の推移等を踏まえ,京都市の同和事業について,「特別措置としての同和事業を終息させ一般施策へ移行することが適当であり,これを取組の基本的な考え方とすべきである」との認識を示した上で,同和奨学金等については,「高校,大学の奨学金については,受け皿となる日本育英奨学金制度などとのかい離が大きいことや,大学進学率の格差などにみられるように,同和地区の子どもたちの進路実態になお課題があることを踏まえると,直ちに一般施策に移行することは難しいと考える。」とする一方で,「この場合にあっても,国の動向なども踏まえ,一般施策への移行に向けて,具体的な考え方を示す必要がある。」,「高校,大学奨学金など,当面は特別措置として継続を必要としているものにあっても,できるだけ速やかに特別措置としての同和対策事業を終結させていくよう努めるべきである。」との意見を述べている(乙18)。
エ 京都市も,上記(4)ア及びイ記載の同和地区の住民の生活実態の改善等を踏まえ,同和関係者の子弟に対する各種進路支援事業について,本件制度を含めて,地対財特法の期限である平成14年3月31日をもって廃止する方針で検討を開始した(乙1・4頁)。
上記方針の下,京都市は,同和奨学金等の貸付け判定に係る所得基準の設定を見直し,平成7年3月1日から,その適用対象者を世帯所得によって判定することとし,所得基準を段階的に引き下げていき,平成10年度以降,日本育英会の奨学金の基準とほぼ同様の基準により判定することとした。
また,京都市は,平成10年12月,就学奨励支度金の貸与を廃止し(甲23),平成11年2月4日,通学用品等助成金の貸与を廃止した。
オ 京都市が作成した平成14年報告は,同和行政の成果として,教育及び就労に関し,高校進学率は全市とほぼ格差のない状況となり,大学進学率についても大きく向上したこと,こうした教育保障施策の成果等により,住民の就労状況は若年層を中心に幅広い分野への進出が見られるようになってきたことを指摘し,教育に関しては,過去のおしなべて低位な実態が大きく改善されてきたとはいうものの,高校進学の内容,高校中退率及び大学進学率の格差等の課題が残されている旨を述べた(乙19)。
カ 京都市は,地対財特法が失効した後も,教育に関しては高校中退率や大学進学率に課題が残っているとの認識に基づき,就学奨励金について,所得基準や貸与金額を見直した上,経過措置として,平成14年度から5年間継続することとした。これに伴い,就学奨励金と一体となって運用されてきた本件制度についても,平成14年度以降も存続することとした。
キ 平成14年には,平成9年度分から平成13年度分までの援助金の支出につき,京都市民から住民監査請求がされ,京都市監査委員は,平成14年11月18日付け監査結果において,本件制度のより一層の公平性,平等性の確保の観点から,客観的な証明に基づき,申請者一人一人について,適時に支給要件を満たすか否かを判断していくことが望ましく,それが本件要綱の規定の趣旨にもより合致すると考えるので,事務の改善について検討を行われたいとの意見を付記した(乙3)。
さらに,京都市監査委員は,本件援助金の支出に関する住民監査請求に対する平成15年5月16日付け監査結果において,同和奨学金等の借受者の現状を把握した上で,すべての借受者を対象に,支給に係る基準を定めること,客観的な証明に基づいて所得判定を行うことついて,早急に対応するよう重ねて要望する旨の意見を付記した。
ク 市は,前記キの各監査結果を受けて,同和奨学金等の対象者のいる世帯の所得状況等を調査した結果,世帯収入が700万円以上の世帯の割合は,平成13年度が48.8%,平成14年度が51%であった。他方で,世帯収入が100万円以下の世帯の割合は,平成13年度が22%,平成14年度が20%であり,世帯の所得水準が二極化する傾向が見られた(甲9・19頁)。
(7) 判断
ア 市の同和対策事業は,同和問題の解決の重要性にかんがみ,一般施策を補完する特別施策として実施されてきたものである。
そして,本件要綱は,同和問題の解決を図ることを目的として,京都市内の同和地区に居住する同和関係者の子弟の自立を促進するため,当該子弟に対する援助金の支給に関し必要な事項を定めるものであり(1条),援助金の支給により,当該子弟が高校,大学等に進学しようとする際の学資面における不安を取り除き,上記(3)ア及び(4)ア記載のとおり同和地区の進学率を向上させ,多様な進路の選択を可能にするなど,一定の成果を挙げてきたものと認められる。
ただ,京都市における同和地区内外の教育格差の問題に関しては,高校進学率について,同和地区と京都市の全体との間に有意な差が見られなくなるなど,大きく改善されてきたとはいうものの,平成8年度においても高校進学の内容,高校中退率及び大学進学率の格差等の課題が残されていると指摘されるなど,依然として同和地区と京都市の全体との間に教育上の問題が解決されたとまでは断じ難い状態であった。
以上のような事情に加え,給付制の奨学金制度が,貸与制の奨学金制度と比べて,それ自体が公益性を欠く不適切な制度ということはできないことに鑑みれば,平成8年度以降も,依然として,同和地区の中で経済的事情から進学について困難が生ずるおそれのある世帯に対して,日本育英会(当時)等が貸与する貸与制の奨学金とは別に,就学奨励金と援助金を組み合わせることで給付制奨学金を実質的に維持する運用を続けるという判断も,一概に合理性を欠くということはできないとも考えられるところである。
イ しかしながら,法令の規定により,国庫補助の対象となる奨学金が給付制度から貸与制度に変更されたのを受けて,京都市においても,昭和58年4月以降,同和奨学金等は,関係規則において,無利子で貸与すること,借受者又は保証人は貸与を受けた同和奨学金等を返還しなければならないことが定められ,貸与制度であることが明確に規定されたものである。
そして,昭和59年3月に制定された本件要綱も,同和奨学金等が貸与制度であることを前提とした上で,改正前要綱2条1項において,援助金は,同和奨学金等の借受者のうち,その属する世帯の所得,就労等の生活実態から貸与を受けた同和奨学金等を返還することが困難であると市長が認めた者に対し支給される旨を規定している。
京都市は,この改正前要綱2条1項を前提とした上で,実質的な給付制奨学金制度を維持するために,同和地区において住民がおしなべて経済的に低位にある状況も踏まえて,同和奨学金等を借り受けた者については全員が同和奨学金等の返還が困難な者であるとみなす運用を行ってきたものである。
この運用については,前記(3)ア及びイで認定したとおり,昭和58年当時の同和地区の住民の生活実態は,教育面でも経済面でも同和地区内外の格差が解消されるに至っておらず,なお教育の機会均等を保障するための施策が必要であると認識されていたこと,実際上,同和奨学金の借受者の属する世帯の大部分が,同和奨学金の返還免除のための基準に該当していたこと,その一方,市の財政事情を考慮すると,同和奨学金に対する国庫補助が打ち切られるとすれば,その影響は少なくなかったこと等の事実関係の下では,少なくとも,本件要綱が制定された昭和59年当時においては,従前の給付制の奨学金制度を後退させないため,具体的な支給基準,認定方法等を定めずに,援助金の申請者全員を同和奨学金の返還が困難であると認め,一律に援助金を支給する解釈運用をしてきたことをもって,直ちに,法令上許容される裁量権の逸脱又は濫用があったとまでは認められないものというべきである。
しかしながら,前記(4)イ認定の事実によると,本件要綱の制定後,平成8年に至る状況を見ると,同和地区における生活実態はしだいに改善され,生活基盤の安定した世帯も同和地区外と遜色のない割合で存在するようになり,同和地区内外の格差の是正が進んできたというべきである。そして,このように同和地区における生活実態が全体としては改善されてきていたことなどからすると,同和奨学金等の借受者であって,過去にはその返還が困難であったが,高校又は大学卒業後相当の年数が経過することによって,その返還が必ずしも困難ではなくなった者も一定割合で生じてきていたことも推認することができる。
そうすると,同和奨学金等の借受者であることをもって一律にその返還が困難であるものと認めることの合理性を基礎付けるに足りる事実はこの間に次第に失われてきていたといわざるを得ない。
そして,平成8年,国においては,特別施策としての同和対策事業について,地対財特法の延長期限である平成13年度末をもって完全に終結することとし,これを受けて京都市においても,本件制度を含む各種進路支援事業についても,特別措置を平成13年度末をもって廃止する方針で検討をしていたのであるから,本件制度についても,遅くとも平成13年度末である平成14年3月31日までには,これまでの運用を見直し,申請者ごとに,収入,家族状況等に関する客観的資料に基づき,同和奨学金等の返還が困難であるかどうかを審査する必要が生じていたものと認めるのが相当である。
このように,本件制度について,遅くとも平成14年3月31日までには,京都市は,申請者に対して援助金の給付を認めるか否かについて,客観的資料に基づき,審査を行うべきであったのであるから,京都市が,平成14年度以降の援助金支出についても,援助金の給付要件につき何ら審査を行わずに,申請者全員に対して漫然と援助金を支給したことは,行政の裁量を逸脱し,違法であったと評価すべきである。
ウ その後,京都市は,平成16年3月12日に本件要綱を改正し,平成16年3月31日以前に貸与を受けた同和奨学金等については,申請者の属する世帯に属する者の所得にかかわらず,無条件に援助金の給付を認めることとして,申請者全員に対して所得を審査せずに本件援助金を支給している。
しかし,上記説示のとおり,京都市が,平成14年4月以降もなお援助金を給付要件の審査を行わずに支給することは,その裁量を逸脱した運用であり,違法と評価されるべきであるから,違法な運用をその後に本件要綱を改正して明文化しても,その違法性が当然に治癒されると解することはできない。
エ 違法な援助金支出の範囲
上記(6)キ認定のとおり,平成14年11月18日付けの監査結果及び平成15年5月16日付けの監査結果において京都市監査委員からも,本件制度については,客観的な証明に基づき,支給の申請のあった一人一人について,適時に支給要件を満たすか否かを判断していくことが望ましいとされ,事務の改善について要望が出されているところである。
もっとも,上記(5)で認定したとおり京都市は同和奨学金等の借受者に対し,奨学金が実質的には給付制で運用していることを説明している。そして,行政機関の裁量による行政運営が長期間にわたり積み重ねられてきた場合に,行政がその行政実務から著しく乖離した施策を実行するときは,受益者に予測外の不利益を与えることがあり,このような不利益に対して行政として一定の配慮をすることは行政裁量として許容されるべきであることに鑑みれば,資力審査を行う範囲については,すべての申請者に対して資力審査を行わなければ裁量の逸脱となるとまではいい難い。
しかし,前述のとおり,京都市は遅くとも平成14年3月31日までに援助金の給付要件につき審査をする制度を整えるべきであった。そして,上記(5)で認定したとおり,京都市は,援助金を支給するに当たり,毎年2月ころに,同和奨学金等の借受者に援助金給付申請書を出すよう説明しているのであるから,平成14年3月31日までに援助金の給付要件につき審査をする制度を整える一環として,遅くとも平成14年2月ころには,平成14年度に交付する援助金について,本件制度の給付要件についての説明が可能であり,また,援助金支給申請者の連絡先を把握し,毎年,申請を求めることは十分に可能であったと認められる。
そうすると,少なくとも平成14年度以降新規に援助金を支給することとした借受者に係る援助金について,その資力審査を行わないことは,行政裁量の逸脱があり違法であると解するのが相当である。
オ これに対して,被告は,行政の相手方の信頼保護の必要性,同和奨学金等の借受者に返還請求を行うことの弊害並びに改正後要綱並びに本件援助金にかかる決算及び予算が京都市議会で審議され可決・承認されていることなどの事情を挙げて,平成16年3月31日以前に同和奨学金等を借り受けた者については全員に対して援助金を支給することとする扱いにも合理性があると主張する。
しかしながら,行政実務の積み重ねによる市民の当該行政実務に対する期待については,その期待につき,行政が尊重することは必要であるものの,当該行政実務が違法である場合,これに対する市民の期待は法的保護に値するものであるとはいえない。また,同和奨学金等とは別の制度であることが明確に説明されていた援助金の支払について支給要件が見直され,一定の所得基準を上回る者に対して援助金が支払われなくなったとしても,それ自体が不合理な行政上の取扱いであるとまではいえない。
また,上記説示のとおり,京都市は,適切に本件制度を見直して,資力審査要件を整えていれば,少なくとも14年度援助金の給付について新規に申請を受ける時点からは,京都市において,同和奨学金等の借受者に対して本件制度の変更を説明可能であり,同時に,個々の申請者の連絡先を把握し,申請者に対し,毎年申請を求めることは十分可能であったのである。京都市が,本件要綱の改正に向けて援助金の支給要件の見直しを行った時点において,平成14年度ないし平成16年度の新規援助金支給申請者に対して資力審査を設けることの説明ができず,そのため,当該援助金支給者に対して京都市から連絡することが困難になったとしても,それは京都市の見直しが遅れたために生じた問題であり,上記違法を治癒するものではない。
他方で,京都市において,本件制度について資力要件を求めるべき必要性が生じていたことは,上記(4)認定の事情及び(6)認定の経緯からも明らかである。
そして,違法な運用を本件要綱を改正して明文化しても,その違法性が当然に治癒されると解することはできないことは前述のとおりである。
そうすると,被告の主張する上記各要素は,それを十分に斟酌しても,平成14年度以降新規に援助金を受給した借受者に対して,資力審査を行わずに本件援助金を支給したことについて,京都市に裁量逸脱の違法があるという認定を覆すものではないというべきである。
2 争点2(京都市の損害及びその額)について
(1) 以上に判断してきたところから,平成15年度援助金の支出に関しては,平成14年度同和奨学金等返還初年度者に交付された援助金(同和奨学金につき544万4200円,就学奨励金につき889万4340円,甲32)及び平成15年度同和奨学金等返還初年度者に交付された援助金(同和奨学金につき884万9870円,就学奨励金につき564万4470円)のうち,本来援助金の支給対象外とすべき借受者に対して支給された援助金(以下「15年度支給対象外額」という。)をもって,京都市の損害額とするのが相当である。
同様に,平成16年度援助金の支出に関しては,平成14年度同和奨学金等返還初年度者及び平成15年度同和奨学金等返還初年度者に交付された援助金並びに平成16年度同和奨学金等返還初年度者に交付された援助金(同和奨学金につき384万5800円,就学奨励金につき604万1350円)のうち,本来援助金の支給対象外とすべき借受者に対して支給された援助金の額(以下「16年度支給対象外額」という。)をもって京都市の損害額とするのが相当である。
(2) そして,改正後要綱によれば,援助金は,申請者の認定所得金額が改正後要綱で定める別表の基準額以下である者に対して支給されるとされている(改正後要綱2条1項,乙9)。
京都市長が定めた「自立促進援助金支給基準」(乙10)によると,認定所得金額とは,前年1年間の所得金額(ただし,給与所得者については一定額の控除が認められる。)であり,援助金支給要件の判定に当たっては,援助金支給申請者の属する世帯の中で最も認定所得金額の多い者の認定所得金額により判定するものとする,とされている。また,母子・父子世帯,就学者のいる世帯,障害者のいる世帯等については,一定額が特別に控除される。
また,改正後要綱で定める別表記載の額は以下のとおりである。
別表第1
(高校生対象)
別表第2
(大学生対象)
世帯員数
基準額
基準額
1人
2人
3人
4人
5人
6人
7人
143万円
229万円
264万円
286万円
307万円
325万円
341万円
178万円
282万円
328万円
355万円
382万円
402万円
422万円
8人以上(1人増すごとに)
16万円加算
20万円加算
援助金の支給対象外とすべき額については,その判断基準の設定は市長の裁量に委ねられているものとみるべきであり,その設定が明らかに制度の趣旨を逸脱するものでない限り,違法との評価はし難いものであるところ,本件において,認定所得金額の計算方法及び改正後要綱別表の基準額の設定については,京都市が,親から独立した世帯につき,平均的な世帯像を仮定し,各年齢別に所得判定を行った結果,各年齢すべてで援助金の支給対象となる(乙16)など,改正後要綱の所得基準が極めて緩やかであることはうかがわれるものの,上記事情をもって,必ずしも本件基準が明らかに不合理であり制度の趣旨を逸脱する違法があるとまでは評価し難いので,以下,15年度支給対象外額及び16年度支給対象外額を算出する上で,上記改正後要綱に基づく基準を前提として推計を行うこととする。
(3)ア 甲32,乙4,乙5,乙7,乙26及び弁論の全趣旨によれば,平成15年度援助金及び平成16年度援助金の支出額の内訳について,以下のとおり認められる。
①平成14年度援助金において,平成14年度同和奨学金返還初年度者に支給された援助金の額
544万4200円
②平成15年度援助金において,平成15年度同和奨学金返還初年度者に支給された援助金の額
884万9870円
③平成16年度援助金において,平成16年度同和奨学金返還初年度者に支給された援助金の額
384万5800円
④平成14年度援助金において,平成14年度就学奨励金返還初年度者に支給された援助金の額
889万4340円
⑤平成15年度援助金において,平成15年度就学奨励金返還初年度者に支給された援助金の額
564万4470円
⑥平成16年度援助金において,平成16年度就学奨励金返還初年度者に支給された援助金の額
604万1350円
イ そして,上記①ないし③については,京都市が,同和奨学金の返還免除に当たるか否かを算出するために,各援助金支給申請者から申告を受けた個人情報に基づき,援助金支給申請者の属する世帯の中で最も認定所得金額の多い者の認定所得金額を計算し,特別控除要件に該当することが判明したものを控除して,改正後要綱で定める別表記載の額と比較して,返還初年度において,援助金の支給対象となるか否かを試算した結果,支給対象外となる額が算出されている(乙4,5,7,26)。
すなわち,上記①については,そのうち233万7105円が,上記②については,そのうち290万4350円が,上記③については,そのうち143万5200円が,その年度において仮に資力審査が行われていた場合に支給対象外とされた額であると推計できる。
なお,京都市は,資料から明らかには確認できないものの特別控除要件に該当する可能性のある者を対象とした支給対象外となる額も試算しているが,推定の域を出ないものであり,採用しない。
ウ 次に,④ないし⑥については,就学奨励金制度は京都市独自の奨学金制度であり,貸与された就学奨励金の返還を免除する制度もないため,京都市において借受者の個別情報が把握されておらず,改正後要綱の基準を直接当てはめて,本来支給対象外とされるべき額を算出することはできない。
しかしながら,これらの者に支給された援助金についても,改正後要綱の基準を当てはめれば,相当の割合で本来その年度において支給対象外とされるべき額が算出されることは明らかである。
そして,同和奨学金の借受者のうち援助金の支給対象となる者は,そもそも返還免除の対象とならなかった一定水準以上の所得を有する者に限定されているのに対し,就学奨励金の借受者のうち援助金の支給対象となる者については上記のような限定が加えられていないことからすれば,就学奨励金の借受者については,返還初年度の支出額に被告が争点2についての主張カ(ウ)bにおいて主張する支給対象外率を乗じて算出すべきである。
もっとも,支給対象外率を算出する際の支給対象外額については上記イで認定した額を用いることとし,また,平成14年度についての支給対象外率については,本件の証拠関係によればその直接の算定資料が存在しないため,平成15年度及び平成16年度についての資料から,両年度に同和奨学金の返還初年度者を合わせて平均的な支給対象外率を求め,これを仮の支給対象外率として算出することとする。
そうすると,各年度の支給対象外率は,以下のとおりとなる。
平成14年度 20.1%
{(290万4350円)+(143万5200円)}/{(567万6385円)+(884万9870円)+(318万6685円)+(384万5800円)}
平成15年度 20.0%
(290万4350円)/{(567万6385円)+(884万9870円)}
平成16年度 20.4%
(143万5200円)/{(318万6685円)+(384万5800円)}
よって,上記④ないし⑥の支出については,それぞれの額に上記支給対象外率を乗じることにより,上記④については,そのうち178万7762円が,上記⑤については,そのうち112万8894円が,上記⑥については,そのうち123万2435円が,仮にその年度に資力審査が行われていた場合に支給対象外とされた額であると推計できる。
エ 以上のとおり,平成14年度の援助金を支給する際に支給要件の審査が行われていたとすれば,平成14年度においては,平成14年度同和奨学金返還初年度者について233万7105円,平成14年度就学奨励金返還初年度者について178万7762円の合計412万4867円が本来支給対象外となるべき額であったと推認できる。
また,平成15年度援助金を支給する際に支給要件の審査が行われていたとすれば,少なくとも,平成15年度同和奨学金返還初年度者について290万4350円,平成15年度就学奨励金返還初年度者について112万8894円の合計403万3244円が本来支給対象外となるべき額であったと推認できる。
さらに,平成16年度援助金を支給する際に支給要件の審査が行われていたとすれば,平成16年度同和奨学金返還初年度者について143万5200円,平成16年度就学奨励金返還初年度者について123万2435円の合計266万7635円が本来支給対象外となるべき額であったと推認できる。
オ そして,同和奨学金等は20年間に渡り分割して返還される奨学金であり,援助金はその年度に返還を要する額が支出されるのであるから,平成15年度援助金及び平成16年度援助金においても,それぞれ平成14年度同和奨学金返還初年度者には①と同額が,平成14年度就学奨励金返還初年度者には④と同額が,また,平成16年度援助金においても,平成15年度同和奨学金返還初年度者には②と同額が,平成15年度就学奨励金返還初年度者には⑤と同額が支給されたといえる。
また,同和奨学金の返還免除審査が5年に一度判定されるとおり,ある程度安定的に収入を得ている世帯であれば,ある年度において所得が支給基準を超えているとして援助金の支給対象外と判定された援助金申請者については,翌年度も同様に援助金の支給対象外となる蓋然性が高いといえるのであるから,民事訴訟法248条に基づき損害額を算定する上では,ある年度において一定の母集団について支給対象外とされるべきであった金額は,次の年度において同一の母集団において支給対象外とされるべき金額と近似するものとして扱うことは許されると解すべきである。
そうすると,15年度支給対象外額は,平成14年度の同和奨学金等の返還初年度者について平成15年度においても本来支給対象外となるべき額と推認できる412万4867円,平成15年度の同和奨学金等の返還初年度者について本来支給対象外となるべき額と推認できる403万3244円の合計815万8111円であると解するべきである。
また,16年度支給対象外額は,平成14年度及び平成15年度の同和奨学金等の返還初年度者について平成16年度においても本来支給対象外となるべき額と推認できる上記815万8111円に平成16年度の同和奨学金等の返還初年度者について本来支給対象外となるべき額と推認できる266万7635円を加えた1082万5746円であると解すべきである。
なお,被告が主張するとおり,返還初年度において援助金の支給対象外とされた者であっても,世帯の独立や所得の変動等が生ずることから,翌年度に援助金を申請すれば支給判定の結果が異なることは一定割合で生じ得るものではあるが,被告の試算において最多所得者と認定されているものはほとんどが給与所得者であり一般的には安定した収入が見込めること(乙5,乙7),上記推認の基礎となる資料は,古くとも申請者の2年前の所得及び世帯構成に関する資料であり未だその有用性が失われたとまでは言い難いこと及び平成14年度以降は本来京都市が申請者に対して支給判定の基礎となる所得等に関する客観的な資料を提出させて,その変動を把握した上で援助金の支給判定をする義務があったのに,京都市が当該義務を怠ったため上記の所得変動が補足されていないこと等を総合的に考慮すると,上記推計も許されるというべきである。
カ 上記判断に反する損害額の推計方法に係る原被告の主張は,いずれも当裁判所の採用するところではないが,以下の2点につき念のため付言する。
まず,就学奨励金にかかる援助金について本来支給されるべきでない額の算出手法についてであるが,就学奨励金の貸付けが同和奨学金の貸与に係る資力要件を満たさない者に対してのみ行われるものであっても,援助金申請時には,同和奨学金等の貸与申請から通常3年ないし7年の期間が経過しているのであるから,就学奨励金に係る援助金申請者の世帯の所得状況を,全員が返還免除非該当との判定を受けた者である同和奨学金に係る援助金支給申請者の世帯の所得状況に近似するとして,援助金の支給対象外となる件数の割合を用いる原告の推計方法は,これを採用することはできない。
次に,損害算定に当たっては,本来支出すべきでなかった額に住所確認率66.9%を乗じて,さらに支援機構回収率77.9%を乗じて算出すべきとする被告の主張についてであるが,本件援助金の支出は,そもそも,住民に対する補助金の給付として,公益上の必要性のない支出を行ったものであるから,奨学金等の回収が可能かどうかは,本件援助金の支出により京都市が被った損害の算定においては考慮する必要がないものであるため,これを採用することはできない。
(4) 以上のとおり,本件援助金の支出により京都市に生じた損害は,平成15年度援助金に係る支出として815万8111円,平成16年度援助金に係る支出として1082万5746円の合計1898万3857円である。
なお,遅延損害金は,各援助金が現に支出された日の翌日から生じるものと解すべきである。
3 争点3(A及びBの責任)について
(1) Aの責任
前記認定のとおり,京都市は,一貫して同和奨学金等の借受者の全員を返還初年度に,改正前要綱2条1項にいう返還困難な者と認定し,その後は機械的に返還金相当額の援助金を支給しており,本件援助金の支給に当たっては,本件要綱を改正して,平成16年3月31日以前に貸与された同和奨学金等の返還に係る援助金についてはすべての申請者に対して支給することと定めて,従前の援助金支給の運用を追認した。
Aは,普通地方公共団体である京都市の長として,その事務の全般について統轄する責任と権限を有する者であって(地方自治法147条),援助金についても,本来,支出決定及び支出命令を行う権限を有しており(同法149条2号),市長の補助機関たる副市長として代決を行ったBを指揮監督する権限を有し,義務を負っている(同法154条)。
本件において,前示のとおり,Aは,改正前要綱を従前どおり運用することを是認するに足りる事実が失われており,京都市として,借受者から所得証明書等を提出させるなどして,援助金の支給の可否について審査を行う必要が明らかに生じていたことを認識し得たにもかかわらず,また,仮に援助金の支給の可否について審査を行えば,相当数の者につき援助金を支給する必要がないことを容易に知り得たにもかかわらず,漫然と,副市長であるBが,従前の運用を追認した改正後要綱の附則3条及び同4条に基づき,本件援助金につき支出決定及び支出命令をすることを阻止することなく,これに代決させたのであるから,京都市に対して,地方自治法242条の2第1項4号所定の損害賠償責任を負うものと解すべきである。
(2) Bの責任
また,Bは市長の補助機関にすぎないとはいえ,前示のとおり,改正前要綱を従前どおり運用することを是認するに足りる事実が失われており,京都市として,借受者から所得証明書等を提出させるなどして,援助金の支給の可否について審査を行う必要が明らかに生じていたことを認識し得たにもかかわらず,また,仮に援助金の支給の可否について審査を行えば,相当数の者につき援助金を支給する必要がないことを容易に知り得たにもかかわらず,漫然と,従前の運用を追認した改正後要綱の附則3条及び同4条に基づき,平成15年度援助金につき,支出決定を代決したのであり,この点について重過失があったといえるので,京都市に対して地方自治法243条の2所定の賠償責任を負うといわざるを得ない。
第4結論
以上のとおり,原告の請求は,Aを相手方として,1898万3857円並びに内金815万8111円に対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金及び内金1082万5746円に対する平成17年5月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するよう求める部分並びにBを相手方として,815万8111円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うよう賠償命令するよう求める部分について理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 谷口園恵 裁判官 向健志)