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京都地方裁判所 平成16年(行ウ)40号 判決 2006年6月20日

主文

1  原告らの被告京都府知事がした京都府地方労働委員会第39期労働者委員の各任命処分の取消しを求める訴えをいずれも却下する。

2  原告らの被告京都府に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告京都府知事が平成16年6月25日付けでした別紙1「労働者委員名簿」記載の5人に対する京都府地方労働委員会第39期労働者委員の各任命処分を取り消す。

2  被告京都府は,原告A及び原告Bに対し,各500万円及びこれに対する平成16年10月6日から,原告Cに対し,715万6000円及びうち100万円に対する同日から,うち615万6000円に対する平成17年3月29日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告らが,被告京都府知事(以下「被告知事」という。)において,京都府地方労働委員会(以下「京都府地労委」といい,地方労働委員会を「地労委」という。)第39期労働者委員(定数5人)について,原告Aに加盟する原告Bが推薦した原告Cを任命せず,Dの加盟労働組合が推薦した別紙1「労働者委員名簿」記載の5人を任命した平成16年6月25日付け処分(以下「本件任命処分」という。)には,裁量権を逸脱又は濫用した違法がある旨主張して,被告知事に対し,本件任命処分の取消しを求めるとともに,被告京都府(以下「被告府」という。)に対し,被告知事の上記の違法な公権力の行使によって原告らが社会的信用や名誉を毀損されたなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償及び訴状ないし請求の趣旨拡張申立書の送達の日の翌日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。

2  基礎となる事実(争いのない事実並びに括弧内に掲記した書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告Aは,昭和25年に日本労働組合総評議会(以下「総評」という。)が結成されたのを受けて,昭和26年5月27日,京都府内の労働組合をもって結成され,平成元年から,全国労働組合総連合(以下「全労連」という。)に加盟する地方組織(以下「ローカルセンター」という。)である。

原告Bは,原告Aに加盟する労働組合である。

原告Cは,平成16年6月25日当時,原告Aの事務局長及び原告Bの特別執行委員の職にあった者であり,京都府地労委斡旋員候補者及び京都労働者福祉協議会副会長の立場にもあった。

イ Dは,平成元年に結成された日本労働組合総連合会(以下「連合」という。)の京都府におけるローカルセンターである。

ウ 被告知事は,労働組合法(以下「労組法」という。なお,以下,特に断らない限り,平成16年第140号による改正前のものをいう。)19条の12第3項に基づき,京都府地労委の労働者委員を任命する権限を有している。

(2)  京都府内の労働運動の状況

労働運動は,戦後間もない時期に,路線や運動方針をめぐる対立により,複数の潮流に別れた。そして,各潮流ごとに,中央組織の下に全国の加盟労働組合が組織化され,系統化が図られてきたが,平成元年,総評等が解散し,連合が結成される一方,全労連が結成されたことにより,上記の潮流及び系統は,連合対非連合という形で再編成された(甲13,甲69)。

京都府内においても,平成元年,Dが結成されたが,原告Aは,連合には加盟せず,全労連に加盟する旨決議し,以後,京都府内の労働組合の加盟するローカルセンターはDと原告Aとに大きく分かれている(甲14,甲69)。平成15年6月30日当時の組合員数は,Dが約10万人であるのに対し,原告Aは約7万人であった。

(3)  本件任命処分に至る経緯等

ア 被告知事は,京都府地労委第38期労働者委員5人の任期満了に伴い,平成16年2月10日付け京都府公報第1533号をもって,京都府地労委第39期労働者委員の定数5人(労組法施行令25条の2別表第3)の候補者について,推薦期間を同日から同年3月12日までとし,京都府の区域内のみに組織を有し,労組法2条及び同法5条2項に適合する労働組合から推薦を求める旨の公告を行った(乙1)。

イ 原告Bは,原告Aの推薦決定を得て(甲45),平成16年3月12日,京都府府民労働部労政課に対し,原告Cを労働者委員候補者とする推薦書を提出した。

前記推薦期間内に労働組合から推薦された候補者の数は,7人であった。

ウ 被告知事は,平成16年6月25日,別紙1「労働者委員名簿」記載の5人を京都府地労委第39期労働者委員に任命する旨の処分(本件任命処分)を行い,原告Cを任命しなかった。

任命された上記5人は,いずれもDの加盟労働組合から推薦された者であり,Dあるいはその加盟労働組合の役員であった。

(4)  京都府地労委労働者委員の従前の任命状況

京都府地労委において,第31期労働者委員までは,複数のローカルセンターから労働者委員が任命されていたが,平成元年,第32期労働者委員全員が,Dの加盟労働組合が推薦した候補者の中から任命された。そこで,原告Aらは,京都地方裁判所に対し,平成元年12月20日,上記任命処分の取消し及び損害賠償を求める訴え(平成元年(行ウ)第20号)を提起したが,平成4年4月16日,これを取り下げた。

第33期から第38期までの労働者委員も,全員,Dの加盟労働組合が推薦した候補者の中から任命されている。

第3争点及びこれについての当事者の主張

1  本件における争点は,以下のとおりである。

(1)  被告知事に対し本件任命処分の取消しを求める訴え(以下「本件任命処分取消しの訴え」という。)について

ア 本案前の争点

原告らは,原告適格を有するか否か(以下,この点を「争点1」という。)。

イ 本案の争点

本件任命処分は,違法であるか否か(以下,この点を「争点2」という。)。

(2)  被告府に対し損害賠償を求める訴え(以下「本件損害賠償の訴え」という。)

ア 本案前の争点

本件損害賠償の訴えは,独立の訴えとしての要件を欠き,違法か否か(以下,この点を「争点3」という。)。

イ 本案の争点

(ア) 本件任命処分は,違法であるか否か(争点2)。

(イ) 原告らの被侵害利益ないし損害(以下,この点を「争点4」という。)

2  争点1(原告らの原告適格)について

(被告知事の主張)

(1) 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)9条1項は,処分の取消しの訴えは,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができる旨定めるところ,同項の法律上の利益とは,特定個人の権利又は法律上保護された利益を意味するのであって,単なる公益はこれには含まれない。

労組法19条1項は,労働委員会は使用者委員,労働者委員及び公益委員の各同数をもって組織する旨,同法19条の12第3項は,地労委の労働者委員は労働組合の推薦に基づいて都道府県知事(以下「知事」という。)が任命する旨,同法施行令21条1項は,地労委の労働者委員を任命しようとするときは,当該都道府県の区域内のみに組織を有する労働組合に対して候補者の推薦を求め,その推薦があった者のうちから任命する旨,それぞれ定めている。

これらの規定に照らすと,労組法は,労働組合の推薦した候補者の中から労働者委員を任命することを知事に義務付けているものの,特定の労働組合が推薦した候補者の中から労働者委員を任命することを義務付けているわけでも,被推薦者が必ず労働者委員に任命されることを保障しているわけでもない。上記各規定が所期しているのは,特定の労働組合及び被推薦者の個別具体的利益を保護することではなく,地労委が,労働者一般の利益を踏まえ,その権限を公平適正に行使することにあるというべきである。

このような労働者委員候補者の推薦制度(以下「推薦制度」という。)の趣旨に照らすと,労働組合の推薦の権限なるものは,特定の労働組合の利益のために認められたものではなく,労働者一般の利益という公益の保護を目的として認められたものというべきである。

したがって,特定の労働組合が推薦した候補者が労働者委員に任命されなかったからといって,当該労働組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者の権利又は法律上保護された利益が侵害されたということはできない。

(2) 行訴法9条2項所定の事項を考慮しても,労組法19条の12第3項及び同法施行令21条1項が,労働者一般の利益を保護することを超えて,労働者委員候補者を推薦した労働組合(以下「推薦組合」という。),その加盟するローカルセンター及び被推薦者の個別具体的利益を保護しているものと解することはできない。

(3) 以上によれば,原告らは,いずれも本件任命処分について法律上の利益を有する者には該当せず,原告適格を有しないから,本件任命処分取消しの訴えは,不適法である。

(原告らの主張)

行訴法9条2項は,処分の取消しの訴えにおいて,処分の相手方以外の者の原告適格について実質的拡大を図るため,その全体的解釈指針及び必要的考慮事項を新設したものである。

すなわち,同項によれば,処分の相手方以外の者について法律上の利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである。

同項に基づいて解釈すると,原告らは,以下のとおり,原告適格を有するというべきである。

(1) 全体的解釈指針

本件任命処分取消しの訴えにおいては,労組法19条の12第3項だけでなく,憲法28条が勤労者の団結権を保障した趣旨及び目的,労組法が不当労働行為救済制度を設けた趣旨及び目的,地労委が果たしている役割及び機能,地労委における労働者委員の権限及び役割等も含めて,原告らの法律上の利益の有無について判断しなければならない。

(2) 当該処分の根拠となる法令の趣旨及び目的並びに当該法令と目的を共通にする関係法令の趣旨及び目的

ア 労組法は,憲法28条が保障する勤労者の団結権を具体化するため,「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること」,「労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し,団結することを擁護すること」等を目的とするものであり(1条),不当労働行為を禁止し(7条),不当労働行為等の救済等の機関として,使用者委員,労働者委員及び公益委員をもって組織される労働委員会を設けている(19条)。

労組法19条の12第3項及び同法施行令21条1項は,地労委の労働者委員については,労働組合の推薦があった候補者のうちから知事が任命する旨定めている。そして,労組法は,地労委の労働者委員の資格について,上記の労働組合の推薦以外には,一定の欠格条項(19条の12第4項,19条の4)及び失職・罷免要件(19条の12第4項,19条の7)のほか,特段の規定を設けていない。

このような労組法の規定に照らすと,労働者委員候補者として推薦された者は,労働組合から推薦があったという事実をもって,「労働者を代表する者」という労働者委員としての資格を有するとみなされるというべきである。すなわち,労働組合の推薦は,形式的・手続的要件にとどまらず,労働者委員の資格を認証する実体的な利益を伴うものであり,労働組合は,推薦により,自らの価値判断に基づく労働者委員を選別するという利益を有するというべきである。

したがって,推薦制度は,労働組合に労働者委員候補者の推薦権を認めたものであり,その趣旨及び目的は,単に抽象的な労働者一般の利益を保護するものではなく,個々の推薦組合の利益をも保護するものというべきである。

イ 労働運動が,路線や運動方針の違いによって複数の潮流に別れて相互に対立し,労働者一般の正しい利益についての解釈も激しく争われている現状にかんがみると,地労委を構成する労働者委員について,その所属系統が特定の系統に偏することなく,各系統から適正な比率で任命されて初めて,全体としての労働者委員の構成が労働者を代表していることとなり得る。

しかも,労組法が制定・施行された当時から,労働運動において複数の潮流が存在し,労働組合が複数の系統に別れて対立していたことにかんがみると,推薦制度は,地労委の救済機能を十分に発揮させるため,複数の潮流・系統の存在という社会的事実を労働者委員の構成に反映させることを予定していたものと解される。

したがって,特定の系統に所属する労働組合は,労組法上,推薦権を行使することによって,当該系統に所属する候補者を「労働者の代表」として労働者委員とする可能性が認められているものであり,系統別労働組合の組合員数の比率を労働者委員の構成に反映させる形で労働者委員の任命がされるべき権利ないし法律上保護された利益を有するというべきである。

旧労働省が知事に対して発した「地方労働委員会の委員の任命手続について」と題する労働省事務次官通牒(昭和24年7月29日付労働省発第54号。以下「54号通牒」という。)においても,労働者委員の選考に当たっては,系統別労働組合の組合員数に比例させることを明確に指示しており,このような系統別労働組合の利益を保護しているものである。

(3) 当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質

ア 任命された労働者委員が地労委の審理及び運営に関与する利益

地労委は,労働組合や労働者の救済のために設けられた制度であり,労働者委員は,地労委の主要な構成員として,不当労働行為救済申立事件の審査,判定,和解等の各段階で重要な役割を果たしている。

労働者委員がこのような役割を十分に発揮するためには,労働組合や紛争の実情に通じ,かつ,申立人との間で信頼関係を形成維持することが不可欠である。特に,組合間差別事件等においては,申立労働組合の所属する系統の労働者委員であるか否かが,審理の帰すうに大きな影響を与えることとなる。

また,労働者委員には,公益委員の任命に関する同意権(労組法19条の12第3項),地労委の会議に参加する権限(同法21条)等,地労委の運営に関与する権限も認められている。

したがって,推薦組合及び被推薦者は,労働者委員候補者の推薦権を行使することにより,推薦した候補者が労働者委員に任命され,労働者委員として労使紛争の解決や地労委の運営に関与することが期待できるという利益を有している。

イ 公正に扱われるべき利益

推薦組合及び被推薦者は,以下のとおり,知事の任命権行使の過程において,推薦した候補者が公正で差別のない選考手続によって適正な判断を受ける利益を有している。

(ア) 差別的な取扱いをされない利益

知事が労働者委員を任命するに当たり,労働組合による労働者委員候補者の推薦は,単なる一資料にとどまるものではない。上記候補者は選考の対象となるものであり,知事の任命権は,労働組合の推薦権に拘束され,推薦されていない者を任命することはできない。その際,知事が特定のローカルセンターの加盟労働組合が推薦した候補者を差別的に取り扱うことは,憲法上許されない。

したがって,推薦組合及び被推薦者は,特定のローカルセンターに加盟していることをもって,選考の対象から除外されず,他の労働組合から推薦された候補者と差別されることなく,公正な選考手続によって適正な判断を受ける利益を有する。

(イ) 推薦権に内在する公正公平原則

地労委は,判定的機能や調整的機能を有する独立行政委員会であり,その構成は,公正公平でなければならないから,労働者委員の構成も,できる限り労働組合の多様性を反映させなければならない。

労組法は,申立人が労働者委員と信頼関係を形成維持することによって労使紛争の解決を図ることを予定しているところ,労働組合は様々な運動方針を有するから,労働組合の多様性をできる限り労働者委員の構成に反映することが推薦権に内在して求められている。

また,労組法は,公益委員の構成に多様な政治的意見を公正公平に反映させるため,公益委員は一定数以上の者が同一政党に所属することとなってはならない旨定めている(19条の12第4項,19条の3第5項)が,労働者の利益代表である労働者委員については,一層,その構成に労働者の多様な意見を公正公平に反映させる必要がある。

なお,平成16年法律第140号による改正後の労組法が,公益委員の除斥及び忌避の規定(27条の2から27条の5まで)を設けたが,労働者委員にこれを設けなかったのは,労働者委員については,推薦制度を通じて,多様な立場が反映され,対立的な利害関係当事者に該当しない者が任命されるという信頼が基礎にあるものと解される。

このように,労働組合の推薦権は,労働組合の多様性を労働者委員の構成に反映させるために認められたものであり,労働組合は,公正公平原則に基づき労働者委員が任命されることを求める利益を有する。

ウ ローカルセンターの利益

我が国の労働運動は,系統を異にする労働組合が複数存在して対立しており,労働組合による労働者委員候補者の推薦は,当該労働組合を代表するだけではなく,当該労働組合の加盟するローカルセンターにおいて推薦が決定され,ローカルセンター全体の代表として推薦が行われているのが実情である。

したがって,上記各利益は,推薦組合の加盟するローカルセンター自体の利益にも当たるというべきである。

(4) 違法な処分がされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度

違法な任命処分により,推薦した候補者が労働者委員に任命されなかった場合には,推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者は,推薦した候補者が労働者委員に任命されて地労委の審理及び運営に関与することが期待できる利益や,公正に扱われるべき利益が侵害されることとなる。

とりわけ,労働者委員が対立する系統の加盟労働組合が推薦した者によって独占された場合には,推薦組合及びその加盟するローカルセンターの構成員にとっては,安心・信頼して地労委を利用することができず,団結権の侵害につながりかねない。また,特に組合間差別等の事案においては,不当労働行為救済申立ての手段が失われ,使用者や対立する労働組合による組合干渉を許し,ひいては当該労働組合を弱体化させ,まさに団結権が著しく侵害される。現に,京都府地労委においては,労働者委員がDの加盟労働組合が推薦した者に独占されているため,原告Aの加盟労働組合は,労働者委員に不信感を抱いており,それが救済申立件数の減少の一要因にもなっている。

なお,本件任命処分が取り消された場合には,被告知事は改めて推薦された労働者委員候補者の中から任命をしなければならなくなるから,原告Cが労働者委員という法律上の地位を取得する可能性が生じるのであって(後記の本件任命処分の違法事由及び原告Aに加盟する労働組合から推薦された者が原告Cのみであることを考慮すると,その可能性は大きい。),このような可能性の回復自体が,原告らの原告適格を基礎付けるものといえる。

3  争点2(本件任命処分の違法性)について

(原告らの主張)

被告知事による本件任命処分は,以下のとおり,連合のローカルセンターであるDを偏重し,原告Aを排除するという不平等,不公正な意図を有しており,その裁量権を逸脱又は濫用したものであり,違法である。

(1) 法の下の平等(憲法14条)違反

本件任命処分は,D及びその加盟労働組合と原告A及びその加盟労働組合とを差別するものであり,法の下の平等(憲法14条)に違反する。

(2) 団結権(憲法28条)侵害

本件任命処分は,原告A及びその加盟労働組合を弱体化させ,地労委の機能低下や変質をもたらすものであり,原告らの団結権(憲法28条)を侵害する。

(3) ILO87号条約違反

複数の労働組合が存在する場合に,少数派組合の組合員の職業上の利益を擁護するために不可欠な手段を奪う結果になるような区別は,労働者の労働組合選択に不当な影響を及ぼすものであって,ILO87号条約2条に違反すると解され,同条の例示として,「個々の苦情申立ての場合に彼らを代表すること」が挙げられている。

本件任命処分は,原告Aの加盟労働組合及びその組合員にとって,不当労働行為救済申立ての場合に,自らを代表する者を有する利益を奪うものであるから,同条に違反する。

また,本件任命処分は,原告らが地労委を利用することにより団結を維持することを阻害するものであるから,団結権を保障したILO87号条約に違反する。

(4) 国際人権規約B規約2条1項,22条,26条違反

本件任命処分は,労働組合を結成し,これに加入する権利を保障した国際人権規約B規約22条及び法の下の平等を定めた同規約2条1項,26条に,それぞれ違反する。

(5) 地労委の機能低下をもたらす違法

地労委は,労働組合の正当な活動を保護するとともに,公正な立場で労使紛争を迅速,円満に解決して労使関係の安定を図るため,独立の権限を持った行政委員会として創設されたものであり,労働組合の資格審査,公益事業の争議行為義務違反に対する処罰請求,不当労働行為救済申立事件の審査,労働争議のあっ旋,調停及び仲裁,労働協約の拡張適用の決議等の権限を有している。

労働者委員は,地労委の主要な構成員として,上記の各手続に関与し,重要な役割を担っている。労働者委員がこのような役割を果たすためには,申立人との信頼関係が極めて重要であるところ,系統の異なる労働組合及びその組合員との間で信頼関係を築くのは困難である。

本件任命処分においては,原告Aと系統の異なる労働組合が推薦した候補者のみが労働者委員に任命されたため,原告Aの加盟労働組合及びその組合員が当該労働者委員との間で信頼関係を築くのは困難であるから,本件任命処分は,地労委の機能を弱体化させる違法なものというべきである。

(6) 労働者委員のあるべき選任基準違反

地労委において,公益委員は主に判定的機能に参与し(労組法24条1項),あっ旋,調停及び仲裁といった調整的機能は,本来的には労働者委員及び使用者委員が行うこと,労働者委員及び使用者委員には公益委員の任命に関する同意権が与えられていることなどに照らすと,労組法は,労使紛争を基本的には労使の自主的な解決にゆだねているものと解される。

このような地労委制度の趣旨に照らすと,労働者委員の任命に当たっては,系統の異なる労働組合が併存する場合には,系統別労働組合の組合員数,過去の救済申立件数等の比率に応じて,系統ごとに労働者委員を任命するのが合理的かつ合目的解釈であるというべきである。

54号通牒も,労働者委員の選考に当たり,系統別労働組合の組合員数に比例させることを指示しており,上記のような選任基準を規定したものといえる。

本件任命処分当時,京都府内には原告AとDという二つのローカルセンターが併存し,原告Aの組合員数は約7万人,Dの組合員数は約10万人であったのであるから,この組合員数に比例させると,原告Aの加盟労働組合が推薦した候補者から二人の労働者委員が任命されるべきであったのに,被告知事はこのような選任基準に違反した。

(7) 行政における公平原則違反

労働者委員の任命は,現実には路線を異にして併存するローカルセンターそれぞれの労働者委員を確保するという利害を調整する性質を有するものであり,公平原則に基づいて対応すべきであるのに,被告知事はこれに違反した。

(8) 本件任命処分に当たっての差別意思の存在

京都府地労委の第32期から第39期までの労働者委員に任命された者の所属するローカルセンターの内訳は,別紙2記載のとおりである。

京都府地労委の労働者委員は,平成元年以前は,54号通牒に沿って,ローカルセンターの構成人数比に応じて任命されていた。ところが,平成元年,連合が結成される一方,全労連が結成され,全国的に労働組合の潮流が連合対非連合という形に再編成された状況にあって,京都府知事にEが就任して以来,第32期以降8期連続して15年にわたり,労働者委員全員が,原告Aの加盟労働組合が推薦した候補者から任命されず,Dの加盟労働組合が推薦した候補者のみから任命されている。

のみならず,平成14年,Dの政治団体であるFが政治資金収支について架空の個人寄附を含む虚偽報告をし,寄附者とされていた者が所得税の不正還付を受けていたという事件が発覚し,第32期以降の労働者委員全員がD関係者としてこれに関与していたことが判明したにもかかわらず,被告知事は,第38期労働者委員1名の退任に伴う補欠委員の任命に際し,原告Aの加盟労働組合が推薦した候補者を任命せず,Dの加盟労働組合が推薦した候補者を任命した。

しかも,Dは,被告知事が初当選した平成14年の京都府知事選挙において,被告知事を推薦するなど,被告知事とDとの間にはなれ合いの構図が生じている。また,①被告府が交付するメーデー行事補助金の額は,Dと原告Aとの間で3倍以上の差がある,②被告知事は,Dの主催するメーデーや定期大会のみに出席している,③被告府は,D及びその加盟労働組合の定期大会に祝い金を支出している,④被告府は,京都府中小企業相談所の相談員をDの出身者で独占させている,⑤被告府は,京都行労使雇用創出・対策会議への参加をDに対してのみ要請している,⑥Dからの予算要請に対しては,被告知事自身が対応しているなど,被告府の労働行政全般にわたり,Dと原告Aとの間で様々な差別的な取扱いが行われている。

さらに,被告知事が選考の基礎にしたという資料を見ても,原告Cを他の候補者と比較して劣位に評価することはできず,むしろ,斡旋員等の実績に照らせば,原告Cの方が労働者委員として優れた適格性を有しているにもかかわらず,被告知事は,原告Cを任命しなかったものである。

原告Aらは,被告知事に対し,一貫して,系統別労働組合の組合員数に比例させた公正公平な任命を要請し続けており,全国的に見ても,連合独占といった事態が克服されるきざしが生じているにもかかわらず,被告知事は,D独占という姿勢を変えようとしない。

以上の諸事情にかんがみれば,被告知事は,原告Aの加盟労働組合が推薦した候補者を労働者委員から排除することを意図して,原告Aの加盟労働組合が推薦した候補者であるという理由だけで,原告Cを労働者委員に任命せず,本件任命処分を行ったというべきである。

(被告らの主張)

労働者委員の任命は,その職務を適正に果たせるか否かという観点から候補者を評価する場合,判断要素が複雑多岐にわたり,多様な価値判断が要求され,あらかじめ判断基準を定立することが困難であることから,住民の直接選挙により選出され,都道府県を代表する地位にある知事の広範な裁量にゆだねられたものである。

原告らの主張は,以下のとおり,いずれも理由がなく,被告知事の裁量権の

行使に逸脱又は濫用があったとはいえない。

(1) 法の下の平等違反の主張について

被告知事が,特定の労働組合又は系統に所属する労働者委員候補者を排除する意図をもって本件任命処分をしたという事実はない。

また,推薦制度は,労働者一般の利益を図るためのものであり,推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者の個別具体的利益を代表させるためのものではないから,定数を超える被推薦者の中から労働者委員を任命した結果,特定の労働組合が推薦した被推薦者が任命されなかったからといって,差別や平等原則違反という問題は生じない。

(2) 団結権侵害の主張について

本件任命処分は,原告A及びその加盟労働組合に対して何らの処分を行うものではなく,これらを弱体化させるということはあり得ない。

また,特定の労働組合が推薦した候補者が任命されず,他の系統に所属する候補者のみが任命されたとしても,任命された労働者委員は,労働者一般の利益を代表する者として,自己の所属する系統や推薦組合の個別具体的利益を離れて公務を行うのであるから,当然に地労委の機能低下や変質をもたらすものとはいえない。

(3) ILO87号条約違反の主張について

労働者委員は,飽くまで労働者一般の利益に従って職務を行う特別職の公務員であり,苦情申立ての場合に個別の労働組合や労働者を代表するものではないから,本件任命処分は原告らの指摘するような例示事項には該当せず,ILO87号条約違反にも当たらない。

(4) 国際人権規約B規約2条1項,22条,26条違反の主張について

本件任命処分は,労働組合の結成権・加入権を侵害するものではなく,差別や平等原則違反を生じるものでもない。

(5) 地労委の機能低下をもたらす違法の主張について

労働者委員は,推薦組合等の個別具体的利益を離れて,労働者一般の利益に従って職務を行うのであるから,他の系統に所属する候補者のみが任命されたとしても,当然に地労委の機能低下をもたらすとはいえない。

(6) 労働者委員のあるべき選任基準違反の主張について

労組法は,労働者委員の任命について,労働組合の推薦のない候補者を任命してはならないというほかに何ら制約を設けておらず,知事の広範な裁量にゆだねたものであり,原告らの主張する選任基準を認めることはできない。

54号通牒は,知事が労働者委員等を任命する際の考慮要素に関する指針にすぎず,地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律の施行に伴い,地労委の委員の任命事務が,国の機関委任事務から都道府県の自治事務になったことに照らしても,法的拘束力を有するものではない。

(7) 行政における公平原則違反の主張について

被告知事は,労働組合の推薦した候補者の中から適任者を労働者委員に任命すべきであるが,複数のローカルセンターが併存する場合に,それぞれの推薦に係る候補者を任命すべき義務はない。

(8) 本件任命処分に当たっての差別意思の存在の主張について

被告知事は,第39期労働者委員の選考に当たっては,労働組合から推薦のあった候補者7人全員を対象として,地労委の運営に理解と実行力とを有し,京都府における労働者一般の利益を代表して,労使紛争の円満な解決のために積極的に活動してもらうために最も適した者を任命するという考え方に基づき,候補者の経歴(年齢,学歴,職歴,勤務先,公職),労働組合役員歴,候補者が所属する労働組合の規模,産業分野,京都府内での分布状況,加盟労働組合の企業規模等について総合的に検討したものである。

原告Cが任命されなかったのは,定数を超える候補者の推薦があった中で,定数に従って労働者委員を任命した結果にすぎないのであって,被告知事が,特定の労働組合や系統を排除する意図をもって,原告Cを選考の対象から除外したという事実はない。

4  争点3(本件損害賠償の訴えの適法性)について

(被告府の主張)

本件損害賠償の訴えは,関連請求として,本件任命処分取消しの訴えに併合提起されたものであるところ,本件任命処分取消しの訴えは,前記のとおり原告適格を欠き却下されるべきものであるから,本件損害賠償の訴えは,併合要件を欠くこととなる。

抗告訴訟と併合提起された関連請求に係る訴えが併合要件を満たさないため不適法な併合の訴えとなる場合において,関連請求の併合が抗告訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし,専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認めるべき特段の事情が存するときは,関連請求に係る訴えは不適法なものとして却下されるのが相当である。

本件損害賠償の訴えにおいて,原告らが主張する損害は具体性を欠くものであり,当該訴えは,抗告訴訟の付随的なものにすぎず,抗告訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし,専ら併合審理を受けることを目的としてされたものというべきであるから,上記の「特段の事情が存するとき」に該当する。

したがって,本件損害賠償の訴えは,不適法である。

(原告らの主張)

前記のとおり,本件任命処分取消しの訴えは適法であるから,被告らの主張はその前提を欠く。

また,本件損害賠償の訴えは,原告らが,違法な本件任命処分によって生じた損害を回復することを目的とするものであって,原告らの意図はもとより,客観的にも,取消訴訟に付随してのみ意味を持つなどというものではない。

したがって,本件損害賠償の訴えは,適法である。

5  争点4(原告らの被侵害利益ないし損害)について

(原告らの主張)

(1) 原告A及び原告Bは,本件任命処分により,その社会的信用と名誉を毀損され,京都府地労委を通じての正当な権利擁護活動に重大な支障が生じさせられ,団結権が違法に侵害された。しかも,原告Bは,労組法で認められた推薦権をも侵害された。

これにより原告A及び原告Bが被った精神的損害を慰謝料として評価すれば,それぞれ500万円を下らない。

(2) 原告Cは,本件任命処分により,自分が任命されなかったことにより,他の候補者と比べて能力が低いと評価されたこととなり,労働組合幹部としての名誉が毀損され,労働者委員として果たし得るはずの権利擁護活動の機会を不当に奪われたばかりか,労働者委員の任期2年間の報酬請求権を侵害された。

これにより原告Cが被った精神的損害を慰謝料として評価すれば,100万円を下らない。これに加えて,原告Cは,上記報酬相当額615万6000万円の経済的損害を被った。

(被告府の主張)

原告らの主張する被侵害利益ないし損害については,争う。

推薦制度は,個々の推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者の個別具体的利益の保護を目的とするものではなく,労働者一般の利益という公益の保護を目的とするものであるから,個々の推薦組合等が労働者委員の推薦につき有する利益は,事実上の利益にすぎず,法律上の権利あるいは法律上保護された利益ということはできない。

したがって,本件任命処分の結果,特定の推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者に何らかの不利益が生じたとしても,これらについて,法律上保護された個別具体的利益が侵害されたということはできず,具体的な現実の損害が生じたということもできない。

また,労働者委員候補者となることによって,労働者委員の報酬を得る地位を取得するわけではないから,原告Cが報酬相当額の経済的損害を被ったということもできない。

第4当裁判所の判断

1  本件任命処分取消しの訴えについて

(1)  争点1(原告らの原告適格)について

ア 行訴法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個人的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。

そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)(最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・裁判所時報1401号2頁)。

イ そこで,前記の見地に立って,原告らが本件任命処分の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。

(ア) 地労委(労組法19条の12第1項)は,使用者委員,労働者委員及び公益委員の各同数をもって組織される(同法19条の12第2項)独立の行政委員会であり(地方自治法180条の5第2項2号),労働組合の資格審査及び証明(労組法5条1項,同法11条1項。なお,同法24条1項参照),労働争議のあつ旋,調停及び仲裁(同法20条。なお,労働関係調整法11条,19条,21条参照),不当労働行為救済申立事件の調査,審問及び救済命令等の発付(労組法27条。なお,同法24条1項参照)等の権限を有するなど,準司法的機能や調整的機能を営むものである。

地労委の委員は,特別職の地方公務員であり(地方公務員法(平成16年法律第140号による改正前のもの)3条3項2号),使用者委員は使用者団体の推薦に基づいて,労働者委員は労働組合の推薦に基づいて,公益委員は使用者委員及び労働者委員の同意を得て,知事が任命する(労組法19条の12第3項)。知事は,使用者委員又は労働者委員を任命しようとするときは,当該都道府県の区域内のみに組織を有する使用者団体又は労働組合に対して候補者の推薦を求め,その推薦があった者のうちから任命し(同法施行令21条1項),公益委員を任命しようとするときは,使用者委員及び労働者委員にその任命しようとする委員の候補者の名簿を提示して同意を求め,その同意があった者のうちから任命する(同条2項)。

禁錮(こ)以上の刑に処せられ,その執行を終わるまで,又は執行を受けることがなくなるまでの者は,地労委の委員となることができず(同法19条の12第4項,同法19条の4第1項),委員がこの事由に該当するに至った場合には,その職を失う(同法19条の12第4項,同法19条の7第1項前段)。また,知事は,地労委の委員が心身の故障のために職務の執行ができないと認める場合又は委員に職務上の義務違反その他委員たるに適しない非行があると認める場合には,地労委の同意を得て,その委員を罷免することができる(同法19条の12第4項,同法19条の7第2項)。

なお,公益委員は,そのうち一定数以上が同一の政党に属することとなってはならないと定められており(同法19条の12第4項,同法19条の3第5項),公益委員が政党に加入あるいは脱退等をしたときは,直ちに知事にその旨を通知しなければならない(同法施行令22条)が,使用者委員及び労働者委員については,このような制限はなく,他にこれらの委員の任命について特段の規定はない。

(イ) 前記(ア)のとおり,労組法が,地労委を使用者委員,労働者委員及び公益委員の3者構成とした趣旨は,労使紛争の解決には高度な専門的知識経験を必要とするため,労使内部の実情に詳しい者や高い識見を有する者を委員とすることによって,公益及び労使の利害を適切に調和させ,労使紛争の自主的解決の促進を図ろうとしたことにあると解される。

また,労組法が,労働者委員の任命を労働組合の推薦にかからしめたのは,その任命に労働者の意思を反映させ,労組法の目的に沿った適正妥当で公正な任命を保障することにあると解される。

そして,知事は,労働者委員の任命に当たり,労働組合の推薦を受けていない者を任命することはできないという消極的な制約を受けるものの,労組法(附属法令を含む。(イ)及び(ウ)において同じ。)において,候補者の推薦に関する詳細な規定は設けられておらず,労組法施行令21条1項所定のすべての労働組合から候補者の推薦を受けなければならないというわけでも,各労働組合が推薦する候補者の数に制限が設けられているわけでもない。また,労組法及び関係法令において,推薦された候補者について選考手続が開始された後,推薦者の立場から手続に関与することを認めた規定や,関与することを前提とした規定も設けられていない。

さらに,労働者委員は,労働者を代表する者(労組法19条1項)と定められているのであって,いったん任命された以上,自己の所属する労働組合やその加盟するローカルセンターの利益を超えて,労働者全体を代表して,客観的に妥当な解決を図る職責を負うものと解される。

(ウ) 以上のような,労組法が定める地労委の機能及び権限,推薦制度の仕組み,労働者委員の職務の性質等を考慮すれば,推薦制度の趣旨及び目的は,労働者全体の代表としてその利益を擁護するのに適した労働者委員を任命し,当該委員の地労委における活動を通じて,労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進し,労働者の地位を向上させ,適正な労使関係を形成するという公益の実現を図るということにあって,特定の労働組合及びその組合員の利益を反映させるということではないと解するのが相当である。そして,労働組合を労働者委員候補者の推薦主体としたのは,労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織された労働組合(労組法2条)が候補者を推薦することによって,知事によるし意的な任命手続に歯止めをかけ,労働者一般の意思を労働者委員の任命手続に反映させることを制度的に担保したものと解される。

しかも,前記のとおり,労組法において,推薦組合が選考手続に関与することを認めた規定等はないから,推薦組合に労働者委員の選考手続上何らかの権利又は利益が認められていると解することはできない。

したがって,各労働組合及びその加盟するローカルセンターには,個別の労働者委員の任命に具体的に関与するための権利としての推薦権が付与されているわけではなく,任命の前提手続である推薦制度を通じて,一般的に労働者の代表を選出するための手続に参加するにとどまり,それ以上に,具体的な労働者委員の任命について関与することのできる権利ないし法律上保護された利益を有するとはいえない。そのため,たとえ特定の労働組合の推薦した候補者の中から労働者委員が任命されず,他の労働組合の推薦した候補者の中から労働者委員が任命されたとしても,特定の労働組合及びその加盟するローカルセンターの権利ないし法律上保護された利益が侵害されたということはできない。

この理は,個々の被推薦者についても同じというべきであり,被推薦者が労働者委員に任命されなかったからといって,知事に対して任命を求め得る法的地位にあるわけではなく,その者の権利ないし法律上保護された利益が侵害されたということはできない。

(エ) その他,労働者委員候補者の推薦及び労働者委員の任命に関する労組法の規定を検討しても,推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者の具体的利益を保護する趣旨を含むと解すべき規定は見当たらないし,上記のように解釈すべきことの参考となる労組法と目的を共通にする関係法令も見当たらない。

ウ これに対し,原告らは,推薦制度の趣旨及び目的を労働者一般の公益に解消して理解すべきではなく,原告適格を拡大した行訴法9条2項の趣旨に照らしても,原告らは原告適格を有する旨主張するので,この点について検討する。

(ア) 原告らは,推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者には,労働者委員候補者の推薦権を行使することにより,当該候補者が労働者委員として地労委の審理及び運営に関与することが期待できるという利益を有する旨主張する。

地労委は,不当労働行為の救済申立てについては,調査,審問等を実施して事実認定を行い,救済命令等を発するほか(労組法27条),適時適切な解決策を模索し,和解案を提示するなどの準司法的機能や調整的機能を有しており,使用者委員及び労働者委員は,審問に参与する(同法24条)のであるから,地労委の委員は,使用者委員,労働者委員又は公益委員のいずれであるかを問わず,使用者及び労働者の正しい利益を踏まえ,公平適正にその権限を行使することが期待されている。このことは,労働争議のあつ旋,調停及び仲裁(同法20条)等の権限の行使においても同様である。すなわち,労働者委員は,いったん任命された以上,推薦組合やその加盟するローカルセンターの利益にかかわりなく,労働者一般の利益という公益的見地における役割を果たすことが期待されているのであって,特定の労働組合やローカルセンターの利益のために権限を行使すべきものではない。労働者委員がそのような性質であるからこそ,労働者委員には,労働者であることや特定の労働組合に所属することが求められていないものといえる。

このような地労委や労働者委員の性質等に照らすと,推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者が,上記の利益を有するということはできない。

(イ) 原告らは,労組法19条の12第3項は,憲法28条が保障した勤労者の団結権の具体化として,労働組合に対し,地労委の労働者委員候補者の推薦権を付与したものであり,推薦組合,その加盟するローカルセンター及び被推薦者は,労働者委員の任命について,公正で差別のない選考手続によって適正な判断を受ける利益を有する旨主張する。

しかしながら,前記判示の推薦制度の趣旨に照らせば,労組法は,労働者委員の任命資格として労働組合の推薦を規定しているものの,いかなる者を労働者委員に任命するかは,労組法の趣旨,地労委の機能及び役割,社会的状況,推薦された候補者の経歴等の諸般の事情を総合的に考慮してされる知事の広範な裁量にゆだねているものであるから,原告らが上記の権利ないし法律上保護された利益を有するということはできない。

(ウ) 原告らは,労働運動に異なる潮流が併存して対立している現状に照らすと,労働者委員は,その所属する系統が特定の系統に偏することなく,各系統から適正な比率で選任される必要があり,労働組合ないしローカルセンターは,系統別労働組合の組合員数の比率を労働者委員の構成に反映させる形で労働者委員の任命がされるべき利益を有する旨主張する。

確かに,労働運動が,路線や運動方針の違いによって複数の潮流に分かれ,連合系と非連合系とが厳然と対立している現状にかんがみれば,地労委における労使紛争の解決の過程には,系統間の利益対立が持ち込まれないよう配慮しつつも,多種多様な意見等を幅広く公平適正に反映させることが望ましいものともいえる。

しかしながら,労組法は,労使紛争においては労働者と使用者という利害の対立した立場があることを前提として,双方に対等な立場を認めた規定を種々設けているが,労働運動内で生じている潮流の分裂,系統間の対立等の調整に関する規定を設けてはいない。

そして,前記の地労委や労働者委員の性質等に照らしても,推薦組合及びその加盟するローカルセンターが,系統ごとに労働者委員の構成比率を適正に配分すべき利益を有するということはできない。

(エ) 原告らは,54号通牒は,労働者委員の構成を系統別労働組合の組合員数に比例させるという選考基準を明確に指示したものであり,系統別労働組合の利益を保護している旨主張する。

ところで,54号通牒は,地労委が3者構成の合議体である性格にかんがみ,委員はその運営に理解と実行力を有し,申立人の申立内容等をよく聴取し,判断して,関係者を説得し得るものであり,自由にして建設的な労働運動の推進に協力し得る適格者であることを求めるとともに,労働者委員については,労働組合数及び労働組合員数の比率のみならず,産業分野,場合によっては地域別等を十分考慮すること,すべての労働組合が積極的に推薦に参加するよう努めるとともに,推薦に当たっては,なるべく1組合から委員定数の倍数を推薦させるよう配意することなどをも指摘している。このように,54号通牒は,全体としてみると,労働者委員の構成比率を各系統の勢力関係の比率に見合うように選任すべきことのみを定めているわけではない。

これに加えて,前記の推薦制度の仕組み及び労働者委員の職務の性質等にかんがみると,54号通牒の趣旨そのものは,今日においても,一つの考慮要素となり得るとしても,これをもって,系統別労働組合の利益を保護しているとまでは認めることができない。

(オ) また,原告らは,本件任命処分が取り消されると,原告Cは労働者委員に任命される可能性が生じ,その可能性の回復が原告らの原告適格を基礎付ける旨主張するが,そのような可能性は,前記の労働者委員の任命についての労組法の規定に照らすと,単なる事実上の期待にすぎず,原告適格を基礎付ける原告らの具体的利益ということはできない。

(カ) したがって,原告らの主張は,いずれも採用することができない。

エ 以上によれば,原告らには,本件任命処分によって害される具体的利益があると認めることはできないから,本件任命処分の取消しを求める原告適格を有すると解することはできない。

(2)  よって,本件任命処分取消しの訴えは,争点2について判断するまでもなく,いずれも不適法として却下すべきこととなる。

2  本件損害賠償の訴えについて

(1)  争点3(本件損害賠償の訴えの適法性)について

ア 原告らは,本件任命処分取消しの訴えの関連請求に係る訴えとして,本件損害賠償の訴えを提起しているところ,前記1のとおり,本件任命処分取消しの訴えは,原告適格を欠き不適法であるから,本件損害賠償の訴えは,併合提起の要件を欠くこととなる。

ところで,取消訴訟に別の請求に係る訴えが併合提起され,取消訴訟が不適法として却下された場合においても,併合提起された訴えが取消訴訟と同一の手続内で審判されることを前提とし,専ら併合審理を受けることを目的としてされたものと認められる特段の事情がない限り,併合提起された訴えを独立の訴えとして取り扱うのが相当というべきである。

本件損害賠償の訴えは,それ自体,独立の訴えとしての訴訟要件を備えたものである。また,原告らは,本件任命処分により権利侵害を受けたと主張して損害賠償を請求しているのであって,その実質的な目的が原告Cを労働者委員として任命することのみを求めることにあるとはいえず,上記の特段の事情があるものとは認められない。

イ 以上によれば,本件損害賠償の訴えは適法である。

(2)  争点4(原告らの被侵害利益ないし損害)について

ア 被告知事の公権力の行使について国家賠償法上の賠償義務が認められるためには,被告知事が原告らの権利を侵害し,原告らに損害を与えたことが必要である。そして,この場合の被侵害利益は,厳密な意味で権利といえなくても,法律上保護されるべき利益であれば足りるが,事実上の利益では足りないと解される。

イ ところで,前記のとおり,労組法が地労委を使用者委員,労働者委員及び公益委員の3者構成とした趣旨や推薦制度の趣旨に照らせば,労働者委員の任命に当たっては,多種多様な意見等が公平適正に反映されるよう配慮されることが望ましいものともいえる。そして,全国の労働運動において,路線や運動方針をめぐり連合系と非連合系との対立が生じ,特に京都府内においては,Dと原告Aとの各加盟労働組合の組合員数がほぼ拮抗している状況にあることにかんがみると,労働者委員が専らDの加盟労働組合が推薦した候補者の中から任命されるという事態が長期間にわたって継続すれば,偶然の結果によるものとはにわかに認め難く,労働者委員の任命が公正公平に行われているかどうかについて疑念が生じかねないともいわざるを得ない。

しかしながら,前記1で判示したとおり,推薦制度は,個々の推薦組合,ローカルセンター及び被推薦者の具体的利益を保護するものではなく,労働者一般の利益という公益の保護を目的とするものであるから,個々の推薦組合や被推薦者が労働者委員の推薦について有する利益は,事実上の利益にすぎず,法律上保護されるべき利益ということはできない。

また,労働者委員の任命は,知事の広範な裁量にゆだねられているのであって,知事に対し,推薦組合及びその加盟するローカルセンターが,自ら推薦した者を労働者委員に任命することを要求する権利や,被推薦者が自己を労働者委員に任命するよう要求する権利が認められているということもできないし,任命されなかったことによって,被推薦者の社会的な評価が低下させられることもない。

これらにかんがみると,本件任命処分の結果,原告Aの意思決定に基づき,これに加盟する原告Bの推薦した原告Cが労働者委員に任命されなかったことにより,原告Cが労働者委員に任命される可能性があるといった意味での期待が害され,原告らに何らかの不利益が生じたとしても,これらは事実の不利益にとどまるといわざるを得ないのであって,原告らの法律上保護された個別的利益が侵害されたということはできず,原告らに具体的な現実の損害が発生したと認めることもできない。

ウ 以上によれば,本件損害賠償の訴えに係る請求は,争点2について判断するまでもなく,いずれも理由がないこととなる。

第5結論

以上の次第で,本件任命処分の取消しの訴えはいずれも不適法であるから却下し,本件損害賠償の訴えに係る請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民事訴訟法61条,同法65条1項本文に従い,主文のとおり判決する。

(裁判官 森田浩美 裁判官 豊田里麻)

裁判長裁判官水上敏は,転補のため署名押印することができない。裁判官 森田浩美

別紙省略

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