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京都地方裁判所 平成16年(行ウ)42号 判決 2007年12月26日

主文

1  被告は,Aに対し,631万2670円の賠償の命令をせよ。

2  被告は,Bに対し,690万6560円の賠償の命令をせよ。

3  被告は,Cに対し,19万円の賠償の命令をせよ。

4  被告は,Dに対し,7168万1401円を請求せよ。

5  原告らのその余の主位的請求及び予備的請求のうちEに対して2566万3266円の請求をするよう求める部分を棄却する。

6  訴訟費用はこれを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主位的請求

(1)  被告は,Eに対し,5827万2171円を請求せよ。

(2)  主文1項ないし4項と同じ。

2  予備的請求

(1)  被告は,Eに対し,2566万3266円を請求せよ。

(2)  被告は,Dに対し,2566万3266円を請求せよ。

(3)  被告は,Aに対し,125万円の賠償の命令をせよ。

(4)  被告は,Bに対し,495万6560円の賠償の命令をせよ。

(5)  被告は,Cに対し,19万円の賠償の命令をせよ。

第2事案の概要

本件は,原告らが,F,A,B及びCが,平成14年度及び平成15年度に京都市の教職員との間で締結した研究委託契約に係る委託費について,同契約が教職員らの本来業務について雇用契約と別に締結されていたものであるにもかかわらず,支出決定をし,その結果,上記教職員らに対して地方公務員法25条1項及び地方自治法204条の2に反する支出(給与の実質的な二重払)をして,京都市に損害を生ぜしめた等と主張して,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき,被告に対し,Eを相手方として,EはFが行った支出決定の本来の決裁権者でありながら代決を行ったFの監督を怠った債務不履行に基づく損害賠償として5827万2171円の請求を行うことを求め,また,同条同項同号ただし書に基づき,被告に対し,A,B及びCを相手方として,それぞれ,各自が支出決定を行った額と同額(順に,631万2670円,690万6560円,19万円)について,地方自治法243条の2所定の損害賠償命令をするよう求めるとともに,Dが,京都市教育委員会教育長として調査研究委託に係る事業の実施を決定し,違法な政策決定により,京都市に損害を与えたにもかかわらず,被告はDに対し,損害賠償請求を怠っているとして,原告らが同法242条の2第1項4号本文に基づき,被告に対し,Dを相手方として不法行為に基づく損害賠償として7168万1401円の請求をするよう求める住民訴訟である。

原告らは,さらに,予備的に,仮にF,A,B及びCのした支出決定の全額が違法であるとは認められない場合であっても,要綱に違反した契約等に係る支出は違法であるとして,地方自治法242条の2第1項4号ただし書に基づき,被告に対し,一部違法な支出決定をしたA,B及びCを相手方として損害賠償命令をするよう求めるとともに,要綱に違反した契約や会計手続に不適切な点がある契約に係る支出について,Eは市長として契約の無効主張又は契約の解除などをして不当利得返還請求又は損害賠償請求をすべき財産管理の義務があるにもかかわらずこれを怠っているとして,同条同項同号本文に基づき,被告に対し,Eを相手方として損害賠償請求をするよう求め,かつ,Dは違法な政策決定により,京都市に,要綱に違反した契約や会計手続に不適切な点がある契約に係る支出額に相当する損害を与えたにもかかわらず,被告はDに対し,損害賠償請求を怠っているとして,同条同項同号本文に基づき,被告に対し,Dを相手方として不法行為に基づく損害賠償請求をするよう求めている。

1  基礎となる事実(争いのない事実並びに末尾記載の各書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは京都市の住民である。

イ 被告は京都市長であり,地方自治法242条の2第1項4号の執行機関として,京都市が受けた損害について,賠償請求,賠償命令及び不当利得返還請求等をするべき権限を有する。

ウ Eは,平成13年度から現在まで京都市長であり,後述の教育改革パイオニア調査研究(個人)事業(以下「本件調査研究事業」という。),教育改革パイオニア実践研究(個人)事業(以下「本件実践研究事業」といい,「本件調査研究事業」と併せて「本件各事業」という。)に基づく委託契約において京都市を代表する者であり,また,平成14年度及び平成15年度にされた計3回総額5827万2171円の委託費の支出決定に係る本来の決裁権者であった。

エ A,B及びCは,普通地方公共団体である京都市の一般職の公務員であり,Aは,平成14年度京都市教育委員会総務部長として計5回総額631万2670円の支出につき,Bは平成15年度京都市教育委員会総務部長として690万6560円の支出につき,Cは同年度京都市教育委員会総務部総務課長として19万円の支出につき,それぞれ本件各事業に基づく委託費支出の決裁権者であった。

オ Dは,京都市教育委員会教育長として本件各事業実施の責任者であり,平成13年7月13日,京都市教育委員会教育長として,「教育改革パイオニア調査研究(個人)事業実施要綱」を定め,同月16日,本件調査研究事業の実施を決定した(甲15,甲16)。

(2)  本件各事業の概要

ア 平成14年5月9日に改正された本件調査研究事業の実施要綱は,概ね以下のとおりである(甲16,21)。

(ア) 子どもたち一人一人に豊かな学校生活を保障するため,個人・グループ研究及び教育研究団体活動を核とした本市(京都市)における研究・研修活動を一層推進し,新教育課程の確実な定着を図ることを目的とする。

(イ) 京都市立学校・幼稚園に勤務する教諭・養護教員で,学校長,幼稚園長の推薦に基づき,教育委員会において選考した者(以下「対象教職員」という。)を対象として,対象教職員に教育委員会が奨励する調査研究を委託する方法により実施する。奨励する調査研究とは,新教育課程等に関する調査研究とする。

(ウ) 対象教職員は,調査研究に関する事業計画書及び予算書を作成して,教育委員会に提出し,その事業計画書等をもとに,その内容を勘案の上,予算の範囲内で委託料が決定される。

(エ) 委託期間は委託決定の日からその日が属する年度の3月31日までとする。

(オ) 委託期間終了後,対象教職員は,事業実施報告書及び収支決算報告書を教育委員会に提出する。

(カ) 委託期間終了後,対象教職員は,校(園)内・支部研修や研究会活動などにおいて発表するなど,広く研究成果を全市に還元することとする。

イ また,実施要綱改正の京都市立学校・幼稚園長に対する通知に付された「教育改革パイオニア調査研究(個人)事業の実施にあたって」という文書には,概ね以下の内容が記載されていた(甲16,21)。

(ア) 奨励する調査研究は,新教育課程の定着に向けた調査研究等で,以下に示すものとする。

① 「教育課程編成」に関する研究

② 「評価・評定」に関する研究

③ 「教科学習における基礎・基本,発展教材」に関する研究

④ 「総合的な学習の時間」に関する研究

⑤ 「学力実態」に関する研究

⑥ 「人権教育」に関する研究

⑦ 「心と体の健康」に関する研究(「道徳教育」「生徒指導」「健康教育」)

(イ) 学校長・幼稚園長の推薦基準は,教育委員会が奨励する調査研究について意欲を持ち,効果があげられると学校長・園長が認めた者であり,推薦人数は,各校園1~3名を基準とする。

原則として,前年度に推薦し,委託決定を受けた者については,今年度の推薦は行わない。人材育成の観点から,積極的な若手教員の推薦も考慮することが望ましい。

(ウ) 1人あたり5万円を上限に委託金額を支出する。

委託料は,教育委員会が奨励する研究(新教育課程等に関する研究)に要する経費に充てるものとする。

経費には,大学等の講座受講料,博物館等の入館料,パソコンのソフト購入費用等も含むが,研究を主目的とし,研究の補助として活用する場合に限り,資格取得を主目的とする場合は含まない。先進校視察などの管外出張にかかる経費については,委託金額の1/2を超えない範囲で充当することができる。

(エ) 対象教職員に委託する事項は,「新教育課程等に関する調査研究」とし,京都市長と各教職員個人とで委託契約を行う。

委託契約締結後,各教職員個人からの請求に基づき,前金払いで委託料を支出する。

(オ) 対象教職員は,委託料を適切に管理・執行することとし,予算差引簿などを用い,委託料の使途を明らかにしておくこととする。

(カ) 委託期間終了後,対象教職員は,事業実施報告書及び収支決算報告書を校園長を通じて教育委員会に提出することとする。なお,本事業の経費に関する証拠書類(領収書)及び成果物等研究資料については,各教職員個人において,整理・保管することとする。

ウ 平成15年4月23日,京都市は,要綱の改正に伴い,本件調査研究事業を本件実践研究事業に改め,規模を拡大して行うことを決定した。

本件実践研究事業の実施要綱は「子どもたち一人一人に豊かな学校生活を保障するため,個人・グループ研究及び教育研究団体活動を核とした本市における研究・研修活動を一層推進する」ことを目的として,委託内容を「調査研究」から「実践研究」に変更し,「奨励する実践研究」を「教育課程及び喫緊の教育課題等に関する研究」と改めたものである(甲17,23)。

エ また,実施要綱改正の京都市立学校・幼稚園長に対する通知に付された「教育改革パイオニア実践研究(個人)事業の実施にあたって」という文書(本件調査研究事業について作成された上記イ記載の文書と併せて「学校通知文書」という。)には,概ね以下の内容が記載されていた(甲17,23)。

(ア) 奨励する研究は,新教育課程及び喫緊の教育課題に関する研究で,以下に示すものとする。

・ 教育課程に関する研究

① 「発展的な学習内容の充実」を図る授業の改善・工夫

② 「基礎・基本の確実な定着」を図る授業の改善・工夫

③ 「習熟度別授業」「教科担任制」などの効果的な指導形態

④ 「指導と評価の一体化」

⑤ 「総合的な学習の時間」の充実

⑥ 「選択教科」の充実

⑦ 「人権教育」に関する研究

・ 喫緊の教育課題に関する研究

① 「英語が使える日本人」の育成

② 「特別支援教育」

③ 「道徳教育」の充実

④ 「企業家教育」

⑤ 「情報(IT)教育」

(イ) 学校長・幼稚園長の推薦基準は,「教育委員会が奨励する研究について意欲を持ち,効果があげられると学校長・園長が認めた者」であり,推薦人数は,各校園1~5名とする。

原則として,前年度に推薦し,委託決定を受けた者については,今年度の推薦は行わない。校内研修の推進の観点から,少なくとも1名を推薦するほか,人材育成の観点から,積極的な若手教員の推薦も考慮することが望ましい。

(ウ) 委託金額の上限は,以下のとおりである。

・ 夜間や通信制の大学院に就学し研究を行う場合

1人当たり15万円を上限

・ 大学の聴講や民間のセミナー,通信教育を利用して研究を行う場合

1人当たり10万円を上限

・ その他

1人あたり5万円を上限

委託料は,教育委員会が奨励する研究(新教育課程等に関する研究)に要する経費に充てるものとする。

ただし,経費には,博物館等の入館料,パソコンのソフト購入費用等も含むが,研究を主目的とし,研究の補助として活用する場合に限り,資格取得を主目的とする場合は含まない。先進校視察などの管外出張にかかる経費については,委託金額の1/2を超えない範囲で充当することができる。

(エ) 対象教職員に委託する事項は,「新教育課程等に関する実践研究」とし,京都市長と各教職員個人とで委託契約を行う。

委託契約締結後,各教職員個人からの請求に基づき,前金払いで委託料を支出する。

(オ) 対象教職員は,委託料を適切に管理・執行することとし,予算差引簿などを用い,委託料の使途を明らかにしておくこととする。

(カ) 委託期間終了後,対象教職員は,事業実施報告書及び収支決算報告書を校園長を通じて教育委員会に提出することとする。なお,本事業の経費に関する証拠書類(領収書)及び成果物等研究資料については,各教職員個人において,整理・保管することとする。

(3)  本件各事業における委託料の支出に際して,京都市は,各教職員から提出された「事業計画書・予算書」の中の,研究用図書購入費,印刷費消耗品費,管外視察費などの必要経費の見積書に基づいて,全額を地方自治法施行令163条2項に基づき,委託料として前金払いで支出することとした。

(4)  京都市は,上記要綱に基づき,平成14年度及び平成15年度に,京都市の教職員との間で,調査研究委託契約,実践研究委託契約を個別に締結した(以下,併せて「本件各委託契約」という。甲3ないし12)。

(5)  本件各事業により,京都市は,平成14年度に教職員ら611名に対して委託料3019万6185円,平成15年度に教職員ら814名に対して委託料4148万5216円を支出し,2年間では,合計1425名の教職員に対して,合計7168万1401円の委託料を支出した(以下,併せて「本件支出」という。)。

本件支出についての,支出決定日,支出金額及び決裁権者は下表のとおりである(甲3ないし12)。

支出決定日

支出金額

決裁権者

14

7月18日

1234万0268円

10月 7日

1154万3247円

11月20日

374万3437円

11月25日

87万5410円

12月16日

70万0000円

1月 6日

34万3823円

2月28日

65万0000円

3019万6185円

15

8月22日

3438万8656円

10月30日

690万6560円

1月16日

19万0000円

4148万5216円

合計

7168万1401円

注:Eはいずれも副市長であるFの代理決裁による。

(6)  原告らは,平成16年6月30日付けで,京都市監査委員に対し,平成14年度及び平成15年度の本件各事業について,地方自治法242条1項に基づき,E,D,A,B,Cに,連帯して京都市に本件各事業に要した費用7193万円の損害賠償金を支払うことを勧告することを求める住民監査請求をしたところ,同監査委員は,同年8月26日付けで同請求を棄却した。

2  争点及び争点についての当事者の主張

(本案前の争点)

(1) Dを相手方として損害賠償請求をするよう求める訴えの適法性

(被告の主張)

京都市教育委員会教育長であるDは,財務会計上の行為を行う権限を法令上有するとされている者ではなく,また,本件支出の支出決定についても決裁権を有しておらず,支出決定に関与していない。

とすれば,Dは地方自治法242条の2第2項4号の当該職員たり得ず,Dに関する請求は,法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして不適法である。

(原告らの主張)

Dは,京都市教育委員会教育長として,違法な本件各事業の実施を最終決定したことにより,京都市に違法な本件支出を行わせて,京都市に本件支出額と同額の損害を生じさせたのであるから,京都市に対して不法行為責任を負う。にもかかわらず,京都市長である被告は,Dに対し,不法行為に基づく損害賠償請求の請求をすることを怠っているのであるから,Dは地方自治法242条の2第1項4号の怠る事実に係る相手方に該当する。

(2) Eを相手方として損害賠償請求をするよう求める訴え(予備的請求に係る部分)の適法性

(被告の主張)

原告は,Eに関する請求について,予備的に,Eが財産管理を怠ったことを主張するが,契約が無効又は取り消し得ることを理由とする不当利得返還請求や損害賠償請求を怠る事実は,本件訴訟に先立つ住民監査請求の内容とはされていない。

当該事実を理由としてEに対する請求を求める訴えは,住民監査を経ていないので却下されるべきである。

(原告らの主張)

本件においては,住民監査請求は,本件各事業に際して受託者が違法に受領した委託料を問題としたものであり,原告が予備的に主張するEが財産管理を怠った事実は,原告らが住民監査請求において違法と主張した財務会計上の行為及び怠る事実と同一の社会的事件について,賠償を求める相手方を追加したものにすぎず,適法に住民監査を経ている。

(本案に係る争点)

(1) 本件各事業に係る支出が給与条例主義に反して違法であるか

(原告らの主張)

ア 地方公務員法25条第1項,地方自治法204条の2により,市の職員の給与は条例に基づいて支給されなければならず,また,これに基づかずには,いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。

そして,教育公務員は,教育公務員特例法(平成15年法律第117号による改正前のもの。以下同じ)19条1項が「教育公務員は,その職責を遂行するために,絶えず研究と修養に努めなければならない。」と定めているなど,その労働,勤務には,現場での教育活動のみならず,研究,修養も含まれているところ,本件各事業において研究に必要な経費として支出された費用は,教員が,教育公務員としての本来の職務として行うべき研究・修養の費用として自己負担すべきものにすぎない。

また,本件各委託契約には,定められた実施要綱にも基づかず,会計処理が杜撰で,提出された領収書や成果品に疑問のあるものが多く,実質は特定の教職員に委託費名目で金銭を支給することが目的であった。

このように,本件各事業に係る支出は,教職員が本来自費で行うべき業務につき,教職員に「第二の給与」を支給するものと評価すべきであり,地方公務員法第25条1項,地方自治法204条の2に定められた給与条例主義に反する違法な支出である。

イ 本件各事業の研究内容について

本件各事業で各教職員に委託された研究テーマは,教職員としてのごく通常の業務に関するものである。

その成果の内容も,学習指導案や公開授業の報告,他校視察や講演会・セミナーへの参加など,教職員としての本来の職務範囲のものにすぎない。

ウ 要綱違反

また,本件各事業には,下記のとおり,京都市が自ら定めた要綱に反する違法な契約が多数されている。これらの事実は,本件各事業が,被告が主張するような委託事業としてではなく,教職員に対する単なる金銭の支給に過ぎないものであったことを推認させるものである。

なお,被告は指導主事らの推薦により研究委託したものについては,要綱は適用していない旨を主張するが,要綱は,「教育改革パイオニア調査研究事業」「教育改革パイオニア実践研究事業」の要綱と明記されており,これらの事業のうち「学校向け」だけの場合に特定されたものではない。また,本件各委託契約は,それぞれ契約締結に係る決定書に,「事業実施要綱に基づき,教職員個人に対し下記のとおり調査研究を委託する」と,あくまでも要綱に基づくと明記されている(甲3ないし12)。

(ア) 校長の推薦のない教職員との委託契約

本件各事業とも,対象者は,実施要綱で「学校長,幼稚園長の推薦に基づき,教育委員会において選考する」と規定されている。しかし,平成14年度には総件数611件のうち169件,平成15年度には総件数814件のうち268件,合計437件が,校長の推薦がない教職員らとの間で委託契約が締結されている(甲2・9頁)。

(イ) 要綱に定めのない校長や事務職員らとの委託契約

本件各事業の対象者は,要綱等では,平成14年度は「教諭・養護教員」,平成15年度は「教諭・養護教員等」とされている。平成15年度の要綱の「等」の範囲については,平成15年4月23日の決定文書(甲17)記載の学校通知文書では,「教諭,養護教員,栄養職員,事務職員・事務員,定数内常勤講師」と決められているが,実際に同年5月26日に各校園長に配布された学校通知文書(甲23)では,「教諭,養護教員,栄養職員」とされ,事務職員らは含まれていない。

しかし,平成14年度には,総件数611件のうち,校長との委託契約が3件,事務職員との委託契約が2件あり,平成15年度にも,総件数814件のうち,教頭との委託契約が1件,事務職員との委託契約が2件されている(甲2)。

(ウ) 研究テーマが「教育委員会が奨励する研究」とは認められないもの

本件各事業において,京都市が委託した研究内容は,全く自由なものではなく,教育委員会が奨励する調査研究でなければならないとされ,上記基礎となる事実記載のとおり,平成14年度は「新教育課程等に関する調査研究」として7項目が,平成15年度は「教育課程及び喫緊の教育課題等に関する研究」として12項目が定められている。

しかし,原告らが確認した351件の契約(別表本件各委託契約一覧表記載のとおり。)のうち下記記載の17件の契約に係る86万1662円の支出は,上記7項目又は12項目に該当するとはいえず,違法な公金の支出である。

契約番号

研究テーマ

30

校内ネットワークの場の設定と有効な活用

50

「フォトショップ」を使ったビデオ編集

51

エクセルの使い方

54

財務会計等電算化後の学校事務職員のあり方についての調査・研究

59

大学進学のための化学の個別指導

61

普通科進路集計システムの改善

68

副教頭としての職務のあり方について

114

自己英語能力の向上

119

よりよい人間関係の形成をめざす保健室指導

140

自己の英語力の向上

142

実用英語技能検定1級に合格する

201

学校図書館と読書ボランティアの連携のあり方について

265

進路指導のあり方とIPSの構築

268

進路指導

354

総合養護学級(北)の教育課程及び指導実践の研究(平成16年1月16日に,6件が同一の研究テーマで委託を受けているが,これは平成16年4月に開設された北養護学校の開設準備作業である。)

375

自らの英語力向上と新しい教授法の研究

376

自らの英語力向上と創造的な授業の研究

(エ) 管外視察費を全体経費の1/2以上支出しているもの

要綱等では,管外視察費について,管外視察費(旅費・宿泊費・参加費・施設利用料)を計上する場合については,全体経費の1/2以下とすると定めている。

しかしながら,実際は,原告らが確認した351件の契約のうち,管外視察費が,要綱等に違反して,委託費全体経費の1/2を超えているものは,その6割以上を占める223件である。そのうち,21件は,委託費の全額が管外視察費となっている。

(オ) 同一人と複数の契約をしたもの

本件各事業による受託者は,学校通知文書でも,各校園1~3名(平成14年度),1~5名(平成15年度)とされており,そもそも一人で何件もの事業を契約することは想定されていないはずである。

しかし,実際には,一人で複数の契約を締結している事例(9例)や,前年度に契約したにもかかわらず,翌年度に再度,契約を締結している事例(9例)もある。

エ さらに,本件各事業に係る委託料の支出は,以下のとおり,その一部については教職員が提出する見積書に基づかずに額が決定されているほか,契約書上領収書や成果物の提出が求められていないため,支出が実際に委託事業の経費として適切に使われたかどうかの確認が一切行われていないなど,極めて杜撰な会計処理が行われている。

このように,自治体の財務処理としてはあり得ないような,あまりに杜撰で不適切な会計処理がされている事実は,本件各事業が,被告が主張するような委託事業ではなく,教職員に対して単に金銭を支給する制度であることを推認させる。

(ア) 予算書記載の見積書以上の金額で委託契約をしたもの

京都市監査委員会の監査結果及び原告らの調査によると,予算書記載の見積金額が5万円以下であったにもかかわらず,一律に5万円で契約している事例が,少なくとも13件ある(12件につき,甲2・7頁,15頁。その余の1件につき,乙A321の1)。このように,本件各委託契約の一部については,対象教職員が提出した予算書の見積り以上の金額で委託契約が締結されている。

(イ) 契約金額をすべて使っておらず,剰余金があるのに放置しているもの

京都市監査委員会の監査結果によれば,本件各委託契約のうち8件は,収支決算報告書の執行額が契約金額より少ないにもかかわらず,そのまま放置されている(甲2・16頁)。これは不当利得として京都市に返却されるべきものが不適切な会計処理により放置されているものである。

被告は,記載漏れがあったが全額執行されたというが,契約をした年度末には指摘しておらず,原告らが住民監査請求を行うまで放置されていたのである。

(ウ) 研究に要する経費とは認められない支出(不適切な支出項目)

本件各事業で受領した委託金は,委託した研究に要する経費にのみ充当することができ,それ以外の費用に使用することができない。また,被告らが作成した学校通知文書において,「本研究を主目的とし,研究の補助として活用する場合に限る」,「資格取得を主目的とする場合は含まない」と明記されているから,TOEICの受験料,大学院受験料,英検の検定料等は認められない。

他にも,図書カードの購入や,食料費など,研究に要した経費とは認められない支出が原告らが確認した351件の中でも21件あるなど,支出した内容や金額に疑問があるものが多数見られる。

(エ) 契約日以前に支出した経費を決算金額に入れているもの

業務委託契約においては,契約日前の経費が発生することはあり得ない。ところが,提出された領収書の日付を調べてみると,契約日以前に支出された経費を決算金額に入れているものが,原告らが確認した351件の中だけでも74件ある。

(オ) 領収書に不備があるもの

原告らが確認した351件の中で,領収書が保管されていない例が161件あり,すべての領収書がそろっていないものも合わせると264件に及ぶ。また,日付のない領収書を含む契約が48件,宛名のない領収書を含む契約が27件もある。このような領収書は,受託者の経費支出を裏付けるものとしては認められない。

被告は,一般的な委託契約の例にならい,事後的に領収書の提出は求めなかったというが,本件各事業は,成果物の提出が契約上義務付けられないなど,研究の結果よりも各教職員の研修を目的としたものであり,研修に要した費用を立証する領収書は,本件各委託契約にとっては最も重要なものである。

(カ) 事業実施・収支決算報告書と領収書の間に矛盾のあるもの

原告らが確認した351件のうち,領収書等と事業実施・収支決算報告書との間に,矛盾のあるものが10件あり,これらは受託者による経費支出の裏付けを欠くものであり,適法な支出とは認められない。

(キ) 研究テーマが変わってしまっているもの(契約時の研究テーマと提出された成果物のテーマが異なるもの)

事業終了後に提出された報告書等の書類の研究テーマが,契約の際の研究テーマと全く異なってしまっているものも多く,原告らが確認した351件の中だけでも21件ある。

契約締結の際の研究テーマは,契約の重要な要素であり,契約と異なる研究に対する支出は,契約の変更手続がない限り,適法な支出とは認められない。

(ク) 契約前に既に作成されていた成果品を提出しているもの

成果品の中には,契約期間よりも以前に作成された学習指導案,公開授業報告などの書類を委託事業の成果品として提出しているものが多く,原告らが確認した351件の中だけでも35件ある。これらは教員としての通常の業務の中で作成している文書であって,本件委託事業の成果品といえるものではなく,このような委託事業に対する支出は,適法な支出とは認められない。

(被告の主張)

ア 原告らは,教育公務員は現場での教育に従事するだけでなく,研究,修養を義務としているのであり,その労働,勤務には研究,修養も含まれていると主張するが,原告らがその主張の根拠とする教育公務員特例法19条1項は,研究,修養への努力義務を規定したにとどまり,教育公務員の労働,勤務におよそすべての研究と修養が含まれているということはできず,教員の研究,修養,研修は,必ずしも勤務性を付与されているものではない。したがって,給与とは別に,教員の研究,修養,研修に対して書籍,教材費,資料作成等の実費を支給することは,教育公務員特例法に違反するものではない。

そして,研究費を京都市の職員に支給する場合において,その研究費が結果的に勤務に対する報酬となり得る性質のものでない場合は,地方自治法204条の2に規定する給与その他の給付に含まれない。

本件支出は,本件各委託契約に基づいて行われる研究に必要な経費として,受託者が直接負担した書籍・教材費,資料作成費等の実費について支出しているものであり,労働の対価として支払われる報酬,又は勤務に対する報酬として支払ったものではない。

したがって,この事業による支出は「報酬」に当たらず,地方公務員法25条1項,及び地方自治法204条の2の規定に違反するものではない。

また,下記イないしエ記載のとおり,本件各事業によって委託された研究テーマ及び本件各事業の運用の実状からは,本件各事業に基づく支出が教職員への給与の二重払いであるとは評価できない。

イ 研究内容について

本件各委託契約の研究テーマは,各教職員が,直面する喫緊の教育諸課題の中から,自ら設定したものであり,日々の教育実践の中でその研究を進めることにより,教職員一人一人の資質・実践的指導力を高め,その力が授業改善や教育課題の解決などにつながり,ひいては,全市の教育活動の水準を高めることを内容としている。

その研究の成果は,「教職員としての本来の職務範囲」に止まらず,「カリキュラム編成」や「具体的な指導方法・内容」(新教育指導要領下での学習指導案,評価方法等)が,全市実践交流会(平成15年8月,平成16年8月実施)や教育委員会直営の研修講座で発表されるなどして,各学校の他の教員の大いなる参考となって実践に生かされている。

ウ 要綱違反の事実について

(ア) 原告らが主張する支出の大半は,そもそも要綱の適用外の委託及び要綱の規定の趣旨に反しない内容での委託であり,形式的に要綱に反した委託がされていたとしても,その事実をもって,本件各事業が教職員への給与の二重払いを目的としたものであるとは認められない。

すなわち,要綱及び学校通知文書は,委託に当たり学校長からの推薦があることを前提として,学校向けに作成したものである。本件各委託契約において,校長の推薦とは別に,事業実施者の裁量により,政策的に,指導主事の推薦に基づき研究の委託を決定した者については,学校向けに示した要綱や要綱の説明資料を適用していない。

指導主事は事業実施者たる教育委員会の教員であるから,指導主事が本事業の趣旨・目的を十分に理解した上で受託者を推薦していることは,明らかなことであり,あえて教育委員会内部用の要綱を定める必要性はなかった。

以上のとおり,原告らの主張(ア),(イ),(オ)及び(ウ)のうち下記記載の5件を除く12件については,そもそも要綱の適用対象外の契約であり,要綱違反は問題とならない。

(イ) 原告らの主張(ウ)のうち,要綱の適用がある5件(契約番号30,50,51,59,119)については,原告らの主張を否認する。いずれも事業計画書記載の研究内容を確認すれば,教育委員会が奨励する研究テーマに該当するものである。

(ウ) 原告らの主張(エ)については,そもそも,要綱の説明資料における管外出張費にかかる経費が委託金額の2分の1を超えないようにする旨の制約は,管外出張自体が研究の目的となってはならず,その出張の成果が教育実践に生かされることが本事業の趣旨であるという観点から設けたものである。

そして,管外出張費に係る経費が,委託金額の2分の1を超えている「事業実施・収支決算報告書」が提出されているケースについては,総合教育センターの職員が提出者本人(本人が在校していない場合には,提出者の属する学校の校長等)に電話で連絡して,管外出張費に係る経費が,委託金額の2分の1を超えないようにするように,と指示した上で,なお,①事業実施・収支決算報告書及び成果物から契約内容の研究が確実に履行され,本事業の趣旨が達成されていることが確認され,②管外視察自体が,研究の目的とはなっておらず,規定を設けた趣旨には反さないと認められる,といった理由により,要綱の趣旨を逸脱していないと判断した場合に,「事業実施・収支決算報告書」を受理したものである。

エ 委託契約に係る会計処理については,以下のとおり,会計上問題がないか,軽微な問題であり,このような会計処理上の問題により,本件各事業が,教職員への給与の二重払いを目的とする事業であるとは認められない。

(ア) 予算書記載の見積書以上の金額で委託契約をしたとする件について

原告ら指摘の13件については,委託契約を締結する際,予算書の見積金額に不明な点があったため,校長等を通じて,口頭で本人に確認し,見積額を確定した後,契約金額を決定している。

したがって,口頭で予算見積りが契約金額以上になることを確認している。

(イ) 契約金額をすべて使わず,剰余金があるとする件について

事業実施・収支決算報告書において記載漏れがあったものであり,実際に委託金額を執行している。

(ウ) 研究に要する経費とは認められない不適切な支出項目があるとする件について

英語科教員との委託契約に係る事業実施・収支決算報告書には,あたかも資格取得,個人の利益取得が目的であるかのように見えるものがあることは認める。しかし,京都市では,英語科については,特に効果的な英語の学習方法の研究を委託し,英語科教員自身の英語力をも高めるような学習方法を身をもって体験させ,その体験をすることによって生徒に対する英語の授業力を身に付けさせ,他の教員の模範となる「授業」ができることを期待していたのである。英語科教員自身の英語力向上の手法である「自己の英語能力の向上」とか,「TOEFL講座を受講することにより英語能力の向上を目指す」といったことを,事業実施・収支決算報告書の研究テーマとして記載してしまったものについても,本来の研究テーマとしては「生徒の英語力の向上に資する研究」等であり,誤ってその手段である手法を記載してしまったものに過ぎず,京都市としては,資格取得,個人の利益目的だけを目的に委託したのではない。

また,図書券は,委託した研究に関連する本を購入する手段として予め支出したものにすぎない。その他,原告らが主張する支出については研修に行った際の社会的儀礼の範囲に含まれる土産代や,低額の昼食費などであり,受託者が本来自費で購入するのが適切であるが,金額も低額であることからやむを得ない支出として考えている。

(エ) 契約日以前に支出した経費を決算金額に入れているとする件について

受託者から事業計画書が送付された後,本件各事業に係る多数の契約を締結するまでには,事務手続にそれ相応の時間を要し,そのために,受託者が申請後,契約締結前に支出をしてしまっていたことがある。被告においても,適正な処理ではないことは承知しているが,どうしても多数の契約を締結しているため,事務手続に時間がかかり,このような現象が生じたものである。

(オ) 領収書に不備があるとする点について

一般的に委託契約においては,委託内容とその対価としての「委託料」の額については契約事項であるが,受託者の「委託料」の使途は契約事項ではない。「委託料」の使途が契約事項でない以上,使途を明らかにするための証拠書類である領収書の提出を求めないのが通例である。本件各事業においても,一般的な委託契約の例にならい,領収書の提出は求めていなかった。

京都市としても,より適正な経費執行を確保するため,研究内容等に疑義が生じた場合,支出内容・研究内容を確認することができるよう,領収書の本人保管を要件としたが,保管期間は明示していなかった。そのため,多くの受託者が,事業終了後,領収書を1年間保存すれば十分であろうと考え,翌年の年度末や異動の際の書類整理などの時に破棄したものである。

(カ) 事業実施・収支決算報告書と領収書の間に矛盾があるとする件について

受託者から事業実施・収支決算報告書及び成果物が提出された際,事業実施・収支決算報告書と領収書等との間に矛盾がある点については,受託者から領収書や領収書紛失届の提出を受けた際に確認している。その上で,教育委員会として,研究内容が確実に履行され,本事業の趣旨が達成されていることが確認されたため,受理したものである。

(キ) 研究テーマが変わってしまっているもの(契約時の研究テーマと提出された成果物のテーマが異なるもの)とする件について

委託契約は事業計画書・予算書に基づき締結しているが,受託者が研究を進めるうえで当初の予定から方向性が変わることはあり得ることであり,教育委員会として,報告書の内容及び成果物から本事業の趣旨から逸脱することなく研究が行われ,経費においても適切な支出であることを確認している。

(ク) 契約前に既に作成されていた成果品を提出しているとする件について

受託者の中に契約前に既に作成されていた成果品を提出している者がいることは認めるが,これは契約期間中に作成した成果物に,契約期間以前に作成された成果物を加えて提出しているものである。

その理由としては,受託者が契約締結までの期間においても日々研究を積み重ねており,その研究が,契約内容たる研究と密接に関連するため,研究内容が分かりやすいように添付したことや,受託者から事業計画書が送付された後,本件各事業に係る多数の契約を締結するまでに,事務手続にそれ相応の時間を要したために,受託者が契約締結期間までの間に研究を行い,結果として成果物の一部が契約前の研究となってしまったことが挙げられる。

(2) 本件各事業に係る支出をするに当たり委託料の支出という形式を採ったことが違法であるか

(原告らの主張)

ア 地方公共団体が「委託料」として支出できるのは,当該団体が直接実施するよりも,他の者に委託して実施させることのほうが効果的であるもの,すなわち,特殊の技術,設備等を必要とする,あるいは高度の専門的な知識を必要とする事務事業,調査,研究といったものである場合や,直営のコストと対比した場合より安価な経費でサービスを受けることが可能となる場合などとされている。

このように,地方自治体が行う委託契約は,そもそも外部との委託を前提としており,内部の職員への委託は想定されていない。

また,本件各事業は平成17年度まで継続され,委託契約を締結する教職員数が最終的に総教職員数の3分の1を越えるものである。このように受託者数が総教職員に対してあまりに大きな割合を占める状況に鑑みても,本件各事業についての調査研究は特殊あるいは高度の専門的知識を必要とするものではない。

イ 被告は本件支出につき委託料の形式を採る必要性を主張するが,実費経費の支払のための支出なら費目の特定は容易であり,また,研究中に特定の費目に過不足が生じる場合の処理については,経費の前渡しの扱いにして事後に精算すればよい。

ウ よって,本件支出は,地方自治法施行規則が定めている委託料の支給対象に該当せず,違法な支出である。

(被告の主張)

ア 本件各事業は,教育公務員特例法19条1項において,その職責と責任の特殊性から研修の義務が課され,かつ自主的な研修が奨励されている教員を対象とする事業であるから,受託教員が研究テーマを自ら設定することにより,研修の自主性を尊重するとともに,委託の形式により,委託目的の範囲内において,その研究の実施方法を当該教員の裁量に委ねることで,自ら創意工夫を凝らした研究を可能とし,そうした研究を進めることを通じて,教員に求められる自己研さんの実効性を高めようとするものである。

イ また,本件各事業の支出は,教員の研究のための実費経費の支払のためにされるものであるが,このような費用を経費として支出しようとすると,研究内容が多岐にわたっているため,すべての教員について統一的に費目(節)ごとの金額を整理することが難しい。仮に,委託料ではなく,旅費・需用費・通信運搬費等といった費目で支出しようとすると,研究前にこういった旅費・需用費・通信運搬費等の費目(節)ごとの経費について確定させておく必要があるが,研究前に経費を確定してしまうと,研究中にある特定の費目に過不足が生じた場合にこれを変更することが困難となり,創意工夫をこらした研究に大きな支障が出る。また,原告らが主張する経費を前渡しして事後に精算する方法については,法令上資金前渡又は概算払という方法があるが,法令上資金前渡又は概算払が認められる経費は旅費など一部に限定されている。

ウ 以上のとおり,本件各事業においては,研究委託の形式を採用し,委託料として経費を支出する理由があるところ,普通地方公共団体は,本質的に公共団体が行わなければならないものは別として,それ以外の事務事業については,他の機関,或いは特定の者に委託して行わせることができるとされており,例えば,調査・研究といったものが委託の対象となる。本件各事業は研究を委託するものであり,委託料として支出することに違法な点はない。

(3) 違法な事業の実施に基づき京都市に生じた損害

(原告の主張)

本件各事業により,本来は通常の勤務の範囲内で教員の自費で行われる研究・修養に対して,委託契約が締結され,支出が生じたものである以上,教員による研究・修養の成果が生じたとしても,支出額全額が損害となる。

被告は,本件各事業により,受託者が対価に見合った有用な研究成果を京都市に提供しているとして,京都市に損害は生じていないと主張するが,本件委託料は,研究成果の内容にかかわらず,京都市は本来支払う必要のなかったものであるから,本件支出の全額が京都市の損害となることは明らかである。

(被告の主張)

本件各事業は適法であり,また,仮に本件各委託契約に基づく支出の全部又は一部に,原告らが主張する違法があるとしても,受託者は委託契約に基づいて,その対価に見合った有用な研究成果を挙げ,これを京都市に提供しているのであるから,京都市に損害は生じていない。

(4) 賠償請求又は賠償命令の相手方が本件支出について負う責任

(原告らの主張)

ア 違法な本件各事業の実施を決定したDは,京都市に対して,委託料の名目で違法な支出をさせて損害を負わせたことにつき,不法行為責任を負うにもかかわらず,京都市長である被告がその請求を怠ることにより損害賠償責任を免れている。

よって,Dは,地方自治法242条の2第1項4号の「怠る事実に係る相手方」として,本件支出の全額につき,京都市に対して,京都市に生じた損害を賠償する義務がある。

イ Eは,本件支出の支出決定を,副市長Fに代決させているが,本来の決裁権者である以上,同条同項同号の「当該職員」として,京都市に対して損害賠償責任を負う。

本件各事業については,E京都市政の看板の一つとして,E自身もその適法性につき判断できる立場にあったので,Eは,Fに違法な支出決定を代決させたことについて,監督上の過失が認められる。

ウ 違法な本件支出を裁決したA,B,Cは,同条同項同号ただし書の「当該職員」として,各自が裁決した違法な支出額につき,地方自治法243条の2に基づく京都市長の損害賠償命令にしたがい,京都市に対して,京都市に生じた損害を賠償する義務がある。

(被告の主張)

ア 本件各事業は適法であるから,Dは,そもそも京都市に対して,不法行為上の責任を負わない。

そして,適法な本件各事業に係る本件支出も適法であるから,EもA,B及びCも地方自治法上の賠償責任を負わない。

イ 仮に,本件支出の全部が違法であっても,以下のとおり,D,E,A,B及びCは京都市に対して賠償責任を負わない。

(ア) Dが本件事業実施の責任者であっても,本件事業を実施することは政策的判断によるものであり,また行政上の裁量の範囲内の行為であるから,京都市に対して不法行為上の損害賠償責任は負わない。

(イ) また,A,B及びCには,243条の2に基づく損害賠償命令の要件である故意又は重過失があったとは認められない。

(ウ) さらに,住民訴訟において,首長が損害賠償責任を負うのは故意又は重過失がある場合に限られるところ,Eには,故意又は重過失があったとは認められない。

地方公共団体の長の教育に関する職務権限は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律24条に定めるものに限られており,Eは,本件各事業の実施についての職務権限はなく,また,本件各委託契約の締結に際しても,委託契約の事務は教育委員会の補助職員が補助執行しており,Eはその指揮・監督にも故意・過失はないからである。

(5) 予備的請求に係る本件支出の違法性等

(原告らの主張)

ア 仮に,本件支出の全額が違法な支出であるとはといえない場合であっても,少なくとも,明確に実施要綱に違反した契約は,自ら定めたルールに違反した違法な支出であり,違反部分についての支出は無効であって,受託者は不当利得として京都市に返還すべきものである。

要綱に違反した委託契約のうち,違法な支出を生ぜしめたものとして特定できるものは,上記(1)原告らの主張ウ記載のうち,(ア)校長の推薦のない教職員との委託契約,(イ)要綱に定めのない校長や事務職員らとの委託契約,(ウ)研究テーマが「教育委員会が奨励する研究」とは認められないもの及び(エ)管外視察費を全体経費の1/2以上支出しているものである。

イ また,会計処理・領収書の内容等に問題があり,委託料として支給された額の全額あるいは一部を受託者が実際に研究に使用した事実が認められない支出は,受託者が委託料を違法に受領したものであるから,契約違反により,債務不履行に基づく損害賠償として,また,京都市の契約事務規則(甲476)58条(3)の「契約の締結又は履行に当たり不正の行為があったとき」に該当するものとして,委託料の返還を求めるべき支出である。

会計上不適切な事務処理がされた委託契約のうち,違法な支出を生ぜしめたものとして特定できるものは,上記(1)原告らの主張エ記載のうち,(ア)予算書記載の見積書以上の金額で委託契約をしたもの,(イ)契約金額をすべて使っておらず,剰余金があるのに放置しているもの,(ウ)研究に要する経費とは認められない不適切な支出項目があるもの,(エ)契約日以前に支出した経費を決算金額に入れているもの,(オ)領収書に不備があるもの,(カ)事業実施・収支決算報告書と領収書の間に矛盾のあるもの及び(キ)研究テーマが変わってしまっているものである。

ウ さらに,本件各委託契約の中には,本件訴訟中に,その会計処理に係る領収書が偽造されたものが複数ある。

すなわち,原告らが確認した351件の契約のうち,少なくとも21件について46枚の領収書が偽造されていることが確認されている。

このような領収書の偽造行為は京都市契約事務規則58条(3)の「契約の締結又は履行に当たり不正の行為があったとき」に該当するものであり,京都市は,その分の委託料の返還を求めるべきである。

(被告の主張)

ア 上記(1)被告の主張ウ(ア)記載のとおり,原告らが要綱違反の支出と主張する支出の大半は,そもそも要綱の適用対象外の契約に係る支出である。そして,当該支出は,事業実施者たる教育委員会に属する教員である指導主事が推薦して研究を委託したものであるから,本件各事業の趣旨に即した支出がされていることは明らかであり,当該支出は違法とはいうことはできない。

その他,上記(1)被告の主張ウ(イ)及び(ウ)記載のとおり,原告が違法であると主張する支出は,そもそも要綱に違反していないものであるか,形式上は要綱に違反しているように見える契約であっても実際には本件事業の趣旨に反しない契約であるから,これらの委託契約に係る支出が違法であるということはできない。

イ また,原告らが主張する会計上の問題点は,そもそも理由がないか,不適切な点があったとしても当該委託契約に基づく本件支出の一部が違法となる原因とは認められないものである。

ウ さらに,原告が指摘する領収書が仮に偽造されたものであるとしても,受託者は領収書を作成した業者以外の業者から,適法に受任事務に必要な物品を購入し,受任事務に必要な費用を支出している。よって,事後的に領収書が偽造されたことで本件支出の一部が違法となることはない。

(6) 違法な事業の実施に基づき京都市に生じた損害(予備的請求)

(原告らの主張)

ア 受託者が不当利得として京都市に返還すべき,明確に実施要綱に違反した違法な契約に係る支出は,以下のとおりである。

(ア) 校長の推薦のない教職員との委託契約

本件各事業において,平成14年度及び平成15年度において校長の推薦によらない教職員と締結された契約は合計434件であり,その契約に支出された金額は2152万0401円(平成14年度844万3786円,平成15年度1307万6615円)である。

そのうち,原告らが特定できる別表本件各委託契約一覧表記載の152件に係る支出の総額は755万5987円である。

(イ) 要綱に定めのない校長や事務職員らとの委託契約

平成14年度にされた校長との契約3件及び事務職員との契約2件,並びに平成15年度にされた教頭との契約1件は要綱に反する契約であり,計30万円が違法な支出である。

なお,そのうち,原告らが特定できる別表本件各委託契約一覧表記載の4件に係る支出の総額は20万円である。

(ウ) 研究テーマが「教育委員会が奨励する研究」とは認められないもの

(1)ウ(ウ)に記載された17件に係る86万1662円の支出は,要綱で定められた7項目又は12項目に該当するとはいえない違法な公金の支出である。

(エ) 管外視察費を全体経費の1/2以上支出しているもの

原告らが確認した351件の契約のうち,別表本件各委託契約一覧表記載の223件に係る221万7423円が要綱に違反する違法な支出である。

イ 会計処理・領収書等の内容に問題があり,契約の無効又は契約違反を原因として,受託者に委託料の返還を求めるべき支出は以下のとおりである。

(ア) 予算書記載の見積書以上の金額で委託契約をしたもの

京都市監査委員会が指摘した12件及び原告らが特定した契約(契約番号321)の合計13件であり,そのうち,原告らが特定できる別表本件各委託契約一覧表記載の3件について,余分に支出された額,すなわち契約金額と見積書で申告された金額との差額は合計で1560円である。

(イ) 契約金額をすべて使っておらず,剰余金があるのに放置しているもの

本件各事業で結ばれた委託契約のうち,収支決算報告書の執行額が契約金額より少ないにもかかわらず,そのまま放置されているものとして原告らが特定できる別表本件各委託契約一覧表記載の4件に係る支出のうち,不当利得として本来京都市に返還されるべき額の総額は9890円となる。

(ウ) 研究に要する経費とは認められない不適切な支出項目があるもの

原告らが研究に要した経費とは認められない支出である又は支出内容の金額に疑問があると主張する委託契約のうち,原告らが不適切に支出されたとして特定する別表本件各委託契約一覧表記載の32件に係る支出の総額は62万2409円である。

(エ) 契約日以前に支出した経費を決算金額に入れているもの

これらの違法な支出のうち,原告らが特定する別表本件各委託契約一覧表記載の74件に係る支出の総額は249万7543円である。

(オ) 領収書に不備があるもの

本件支出のうち,上記領収書の不備により,受託者の経費支出の裏付けが認められない別表本件各委託契約一覧表記載の57件に係る支出の総額は169万3394円である。

(カ) 事業実施・収支決算報告書と領収書の間に矛盾のあるもの

領収書等と事業実施・収支決算報告書との間に矛盾のある別表本件各委託契約一覧表記載の10件のうち,領収書の矛盾により,受託者の経費支出の裏付けが認められないと原告らが確認できる別表本件各委託契約一覧表記載の8件に係る支出の総額は32万8125円である。

(キ) 研究テーマが変わってしまっているもの

事業終了後に提出された報告書等の書類の研究テーマと契約の際の研究テーマと変わってしまっている別表本件各委託契約一覧表記載の21件に係る支出の総額は105万円である。

ウ 領収書が偽造されたもの

教員が領収書を偽造したことを自認した別表本件各委託契約一覧表記載の21件につき,偽造領収書の額面の総額は59万8244円である。

エ 上記アないしウ記載の個別損害額につき,重複を除いて,支出決定者ごとに金額を整理すると,F支出決定分で1867万2143円,A支出決定分で171万5008円,B支出決定分で508万6115円,C支出決定分で19万円,合計2566万3266円となる。

オ また,支出決定を行う者が,支出決定時に判断できたと考えられる「校長推薦のない教職員との委託契約」「校長・事務職員との契約」「見積書以上の金額で締結された委託契約」についての違法な支出額のうち,重複を除いて,支出決定者ごとに金額を整理すると,F支出決定分で1517万3841円,A支出決定分で125万円,B支出決定分で495万6560円,C支出決定分で19万円となる。

(被告の主張)

ア 本件各事業は適法であり,また,仮に本件各委託契約に基づく支出の一部に,原告らが主張する違法があるとしても,受託者は委託契約に基づいて,その対価に見合った有用な研究成果を挙げ,これを京都市に提供しているのであるから,京都市に損害は生じていない。

イ なお,原告らの主張アないしオについては,別表本件各委託契約一覧記載の契約番号200の契約に係る偽造領収書記載の金額(8000円が正しい。)及び契約番号277に係る損害額(0円が正しい。)を除き,原告らが別表本件各委託契約一覧表にて特定する契約とその契約に係る支出のうち原告らの主張に対応する支出の額とが対応していることは争わない。

(7) 賠償請求又は賠償命令の相手方が本件支出について負う責任(予備的主張)

(原告らの主張)

ア Dは,本件各事業の実施を決定し,また,実施の責任者として適切な監視を怠ることによって,京都市に上記(6)アないしウ記載の違法な支出分に相当する損害を負わせたことにつき不法行為責任を負うにもかかわらず,京都市長である被告がその請求を怠ることにより損害賠償責任を免れている者である。

よって,Dは,地方自治法242条の2第1項4号の「怠る事実に係る相手方」として,少なくとも上記(6)エ記載の2566万3266円について,京都市に対して損害賠償責任を負う。

イ また,Eは,上記(6)アないしウ記載の違法な支出分について,支出決定を誰が行ったかにかかわらず,契約の無効を主張し,又は受託者の債務不履行を理由として契約を解除するなどして,受託者から不当利得の返還を請求し,又は損害賠償を請求すべきところ,違法にこれを怠っている。

よって,Eは,上記(6)エ記載の2566万3266円について,財産管理を怠る「当該職員」として,京都市に対して損害賠償責任を負う。

ウ 違法な本件支出を裁決したA,B,Cは,同条同項同号ただし書の「当該職員」として,各自が裁決した違法な支出額につき,京都市長の損害賠償命令にしたがい,京都市に対して,京都市に生じた損害を賠償する義務がある。

なお,同人らは,少なくとも,校長推薦のない契約,校長・事務職員との契約,見積書以上の金額でされた契約に係る支出決定額については,その支出決定に際して契約の違法性に気付くべきであり,上記(6)オ記載の違法な支出部分に係る損害を賠償する義務を負う。

(被告の主張)

ア 本件各事業は適法であるから,Dは,そもそも京都市に対して,不法行為上の責任を負わない。そして本件支出も適法であるから,EもA,B及びCも地方自治法上の賠償責任を負わない。

イ 仮に,本件支出の一部が違法であっても,Dは,これらの支出を実際に行った職員に対する指揮・監督につき過失はなく,また,地方自治法243条の2の適用外の職員であるDは故意・重過失がない限り,不法行為上の責任を負わない。

また,A,B及びCには,地方自治法243条の2に基づく損害賠償命令の要件である故意又は重過失があったとは認められない。

さらに,住民訴訟において,首長が損害賠償責任を負うのは故意又は重過失がある場合に限られるところ,Eには,故意又は重過失があったとは認められない。

地方公共団体の長の教育に関する職務権限は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律24条に定めるものに限られており,Eは,本件各事業の実施についての職務権限はなく,また,委託契約の契約者になっている点についても,委託契約の事務は教育委員会の補助職員が補助執行しており,Eはその指揮・監督にも故意・過失はないからである。

第3争点に対する判断

1  本案前の争点(1)(Dを相手方として損害賠償請求をするよう求める訴えの適法性)について

(1)  被告は,本案前の主張として,Dが地方自治法242条の2第1項4号の「当該職員」たり得ないと主張する。

しかし,原告らは,Dのことを「怠る事実に係る相手方」と主張するものであり,代位訴訟の形式を採用していた平成14年3月30日法律第4号による改正前の地方自治法の下においても,「訴訟の原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体法上の請求権を履行する義務があると主張されている者」であれば,「怠る事実に係る相手方」としての被告適格を有すると解されていた(昭和53年6月23日最高裁判所第三小法廷判決,裁判集民事124号145頁)のであるから,原告らが,Dが不法行為に基づき京都市に損害賠償債務を履行する義務があると主張する以上,Dを「怠る事実に係る相手方」として,被告に,京都市が有する損害賠償請求権を行使するよう求める訴訟は,その形式上,地方自治法242条の2第1項4号の訴訟類型上予定された請求である。

よって,被告の上記主張には理由がない。

2  本案前の争点(2)(Eを相手方として損害賠償請求をするよう求める訴え(予備的請求に係る部分)の適法性)について

(1)  本件訴訟に先立つ住民監査において,原告らが提出した監査請求書には,京都市長が本件各委託契約の無効主張又は解除をせず,不当利得の返還又は損害賠償の請求をしていないことが違法・不当に財産の管理を怠る行為であるとは明示されておらず,原告らが書面の上で監査対象として特定している財務会計上の行為は,本件支出に係る支出決定である。

しかし,本件支出に係る支出決定が違法・無効であれば,京都市は本件各委託契約が違法・無効であることに基づいて発生する,受託者に対する不当利得の返還請求や当該職員に対する損害賠償の請求又は損害賠償命令を行うことができるのであるから,原告らが本件訴訟に先立って行った住民監査請求は,本件各委託契約が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権を京都市において行使しないことが違法・無効であるという財産の管理を怠る事実についての住民監査請求をもその趣旨として含むものであったと解するのが相当である。

また,甲1によると,原告らは住民監査請求書において,本件支出が給与条例主義に反して違法であること,本件各委託契約においては委託事業の経費に関する証拠書類(領収書)の提出が求められておらず,実際に委託料が委託事業の経費として使われたかどうかの確認がされていないなど本件各委託契約の適正な履行を確保するため必要な監督等が怠られていることについて主張しており,単に本件支出の無効を主張するだけではなく,本件各委託契約の会計手続上の違法等も重ねて主張している。

さらに,甲2によると,原告らの住民監査請求に対して,京都市監査委員は判断中で,委託事業の執行管理や履行の確認という観点からみると不十分であり適切さを欠く旨指摘し,財務会計上の取扱いを改善するよう意見を付している。

そうすると,原告らが,本件支出が全部無効でないと判断された場合に備えて,予備的に,会計手続上の不備等により契約の有効性が事後的に問題となるとして,市長に,当該契約の解除並びにそれに伴う不当利得の返還及び損害賠償の請求を求める請求をすることは,住民監査において対象とされた財務会計上の行為である本件支出から派生するものであるということができる。

よって,原告の予備的請求は住民監査の前置を欠くものであるとまでいうことはできず,被告の上記主張には理由がない。

3  本案に係る争点(1)(本件各事業に係る支出が給与条例主義に反して違法であるか)について

(1)  証人H,証人G,甲2,甲469の1ないし10,甲470ないし甲473によれば,以下の事実が認められる。

ア 京都市は,教職員の自主的な研究活動を推進すべく,本件各事業実施以前から,京都市総合教育センター(以前は永松記念教育センター)で教職員研修・研究事業を実施している。

そして,京都市は,本件各事業とは別に,昭和63年4月1日から研修指導員制度実施要綱(甲472)を定め,京都市の教育目標の具現化を目指し,教職員の資質及び実践的指導力の向上を図るため,教育研修の内容の充実及び教育研究団体等の活動の活性化に向けて,その先導的役割を果たす者として,京都市総合教育センター研修課に研修指導員を置いている。

同要綱によれば,研修指導員の職務は「教育委員会が主催する教職員研修(以下「直営研修」という。)の内容の充実を図るための調査及び研究」「直営研修における実践発表,指導助言等」と定められており,京都市は,研修指導員に,京都市総合教育センターが実施する研修での研究発表及び各校で行われる校内研修の講師等の業務を委嘱している。

また,京都市教育委員会が作成した「研修指導員について」と題する書面(甲473)によれば,研修指導員の手当は「無し」とされている。

イ 本件各事業に基づく委託事業の手段として受託者が研修会に参加する際,学校から出張命令が出ている事案が複数あり(証人G,甲469の2ないし10),他方,本件各事業に基づく委託事業の手段として,受託者が研修会などに参加するため,所属する学校の長から職務専念義務免除を受けた事例は一例もなかった。

ウ 京都市の教育委員会は,本件訴訟に先立つ住民監査請求に基づく監査に際して,一度関係書類を提出した後,委託件数の約1割に相当する件数に係る領収書及び成果品などの関係書類の一部に記入漏れ等があったとして追加報告を行った。

これらの報告の中には,見積書記載の金額よりも高い委託料で委託契約が締結されていた事例が12件,事業実施・収支決算報告書の決算金額が委託料に満たないものが8件含まれていた(甲2)。

エ 京都市は,受託者に委託料の適切な管理・執行を求めていたが,実際に提出された収支決算報告書を審査するに際し,受託者に領収書等の証拠書類を提出させる取扱いは行わなかった(証人H)。

オ 提出された成果品は,各校で行われている校内研修や総合教育センターで行われる研修講座等の成果と同様,教育委員会の総合教育センター内に設置されたカリキュラム開発支援センターに蓄積されている(証人H,証人G)。

(2)  普通地方公共団体は,法律上,その常勤職員等に対して,給料,手当及び旅費を支給することとされ(地方自治法204条),いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには,常勤の職員等に支給することができないとされている(同法204条の2)。

そして,地方自治法にいう「その他の給付」とは,常勤職員に対する旅費,非常勤職員に対する職務上の費用弁償といった,職務の執行等に要した経費を償うために支給する費用を含む概念である。

よって,地方公共団体が職員個人が行った事務の対価として金員の支出を行う場合には,たとえ必要な経費の実費補填という趣旨であっても,当該支出対象が「給与その他の給付」の対象である当該公務員の本来的職務と区別できなければ給与条例主義に違反することとなる。

特に,本件各事業は京都市と京都市の常勤職員である教員等が委託契約を締結し,京都市が教員等に対し,委託料を支出するという法形式を採用しているところ,委託費は,費目を問わずに,委託事務の対価として包括的に支払うものである以上,本件各事業において,委託事務と給与,手当及び旅費の支給対象となる職務が明確に区別されない限り,委託費は,結果的に勤務に対する報酬と区別し難い支出であるといわざるを得ない。

そうすると,本件各委託契約に係る委託事務の対価である本件支出は,本件各事業において,委託契約に係る委託事務の内容と,給与,手当及び旅費の支給対象となる教職員の本来的職務が明確に区別できる形で委託が行われていない限り,地方自治法204条の2に反する違法な支出になるというべきである。

(3)  以上の観点から,本件各事業の運用を検討するに,まず,学校通知文書により本件各事業で奨励されている研究テーマは「教育課程編成」,「評価・評定」に関する研究や,「学力実態」「教科学習の基礎・基本,発展教材」「習熟度別授業」に関する研究,「総合的な学習の時間」「人権教育」など,新教育課程に移行する時期において,新教育課程の推進に向けられたテーマが大半を占めることが認められる。そして,新教育課程に対応すべく,新たな評価方法や学習指導案等を検討すること,特に,新設された「総合的な学習の時間」について新たなカリキュラムを開発・編成することは,一般的には,通常の授業の準備又は校内で行う各教員の職務上の研修等の教員の本来的職務としても当然に行われる行為であるということができる。

そうすると,これらの新教育課程への対応についての準備,特に,自らが行う通常の授業や公開授業に係る学習指導案の作成等の研究といったものは,給与,手当及び旅費の支給対象となる日常の職務や職務上の研修との区別が困難なものといわざるを得ず,特段の事情がない限り,上記研究の対価としての委託費は,結果的に勤務に対する報酬と区別し難い支出というべきである。

また,前認定のとおり,本件各事業に基づく委託事業の手段として受託者が研修会に出席する際,学校長から出張命令を得て研修に参加した例が存在する。管外視察が本件各事業に係る委託事務である研究の手段として行われることは本件各事業の説明文書にも予定されているところであるが,学校長から出張命令を受け,管外視察を行い,研修を積み,その成果を教育現場に還元することは,まさに教職員の職務の遂行そのものであるというべきである。他方で,前認定のとおり,学校長から職務専念義務の免除を受けて,教職員としての業務と明確に区別された形で研修に参加した例は一例もない。

(4)  また,京都市は,京都市総合教育センターが実施する研修での研究発表及び各校で行われる校内研修の講師等の業務を研修指導員に委嘱しているところ,これらの委嘱内容は,京都市に指導力等が優れていると認められた教員が,その職務に関する研究の成果を総合教育センターでの研究発表や校内研修等を通じて,全市に還元するものであるから,新教育課程の導入過程に当たる本件各事業実施時において,当該研究の対象は,当然新教育課程に対応する京都市の教育に関する喫緊の課題についてされることが推認できる。

そして,本件各事業の成果物も,まさに京都市総合教育センターでの研究発表や校内研修等を通じて,各学校の他の教員の参考となることが予定されているのであるから,研修指導員として委嘱される業務と本件各委託契約の委託事務は概ねその内容が合致するものであると認められる。

そうすると,本件各委託契約のうち,研修指導員をその対象として締結されたものについては,その委託業務は当該教員の研修指導員として委嘱された職務の範囲内であり,両者の区別は困難であると認められる。

(5)  さらに,本件各事業は,要綱上,委託事業の成果品について,対象教職員が校(園)内・支部研修や研究会活動において発表するという形態で,委託事業の成果を全市に広く還元することを予定しており,実際に,これらの成果物は,教育委員会が主催する研修において発表されたり,京都市教育委員会が所管するカリキュラム開発センターに保管されている。

しかし,成果品を校(園)内研修で発表するのであれば,委託事業でされた研究が各校における職務上の研修を兼ねることとなり,両者の区別は著しく困難となる。また,カリキュラム開発センターには,本件各事業の成果品だけではなく,京都市の教職員が職務上の研修又は自主的な研修の成果として教育委員会に提出した1万3000点以上に及ぶ指導案その他の研修成果品も一緒に保管されているのであり,京都市が,本件各事業の成果品と教職員の職務上の研修の成果品とを区別して別個の取扱いをしているとは認められない。

(6)  上記(3)ないし(5)記載のとおり,本件各事業の実施に際して,対象教職員の職務と委託事業が明確に区別されずに本件各委託契約が締結されていることは明らかであり,本件各事業の運用状況からすれば,本件各事業は,教員の給与,手当及び旅費の支給対象となる本来的業務との区別が困難な委託事務について,条例で定められた報酬及び経費の支出方法以外の方法である委託料名目で支出したものと認めざるを得ない。

そうすると,本件支出は,結果的に対象教職員の勤務に対する報酬と区別し難い支出といわざるを得ず,給与条例主義を定めた地方自治法204条の2に反する違法な支出というべきである。

(7)  これに対し,被告は,本件各委託契約においては,委託料は,研究事業委託の対価ではなく,あくまで研究事業に必要な経費に充てるために支払うものであり,教職員の研修に当たって,必要な費用を前払いするための手法として委託契約という形式が用いられたものであると主張し,本件支出は職員に対する職務の対価ではないと主張する。

しかしながら,本来的には京都市の経費に充てるための費用であっても,常勤職員に対して,職務に関連して,条例に定められた方法以外で金員を交付している以上,形式的には給与条例主義に違反するものであることは否定できない。

加えて,証拠によれば,本件支出は,上記(1)ウ及びエ記載のとおり,原告らから住民監査請求がされるまで,委託費の使途は契約事項とは関係ないものであるとして,その支出が委託業務の経費として適正に使われたかについては十分な確認も行われていなかったことが認められることに照らすと,本件支出が研究事業の経費に充てられることを予定されていたことをもって,本件支出が給与条例主義に反しないとする被告の主張には理由がない。

4  争点(3)(違法な事業の実施に基づき京都市に生じた損害)について

本件支出は給与条例主義に違反する支出であり,本来請求権を有しない者に対する金員の支払であるから,本件支出全額が京都市に生じた損害となる。

5  争点(4)(賠償請求又は賠償命令の相手方が本件支出について負う責任)について

(1)  A,B及びCの責任について

A,B及びCは,本件各委託契約の締結及び本件支出の支出決定について決裁を行っているところ,支出負担行為は,法令又は予算の定めるところに従いこれをしなければならないとされている(地方自治法232条の3)。

とすれば,A,B及びCは,京都市の内部職員である教員に委託料として金銭を交付する支出決定を行う際には,財務会計職員として,本件支出が地方自治法上に明文のある給与条例主義に反しないかどうか審査を行うべき義務があったということができる。

そして,甲3ないし12によれば,A,B及びCは,決裁書類に添付された(案1)及び(案2)の記載内容から,本件支出が「教育課程及び喫緊の教育課題等に関する研究」を京都市の内部職員である教員に委託する際の委託料として支出されることは明らかであり,また,(案1)には,各委託契約ごとにその研究テーマが記載されているのであるから,教育委員会の職員として,本件各事業の目的が実質的には教職員の研修について費用を支給するものであること及び委託事業の内容が教員の本来的職務と密接に関連し区別が困難であることといった事情を容易に認識し得たといえる。

特に,Bは教育委員会の総務担当として本件調査研究事業の要綱作成の決裁に関わっていることが認められ(甲15),上記事情の認識は更に容易であったと推認できる。

以上の事情を踏まえれば,A,B及びCは,本件支出が給与条例主義に反する違法なものであることを容易に認識し得たのであり,それぞれ,自らが決裁した本件支出について,違法な支出決定を行ったことについて重過失があると認められる。

(2)  Eの責任について

地方公共団体の長の教育に関する職務権限は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律24条に定めるものに限られており,Eには,本件各事業の実施についての職務権限があるとは認められない。また,甲15ないし18によれば,本件調査研究事業の要綱は,Dが,京都市教育委員会教育長として最終的に決裁を行い,その後の本件各事業に関する要綱の改正に当たっては,総合教育センター長が決裁を行っていることが認められ,Eが,本件各事業の実施に実際に関与した事実も認められない。

そして,甲3ないし12によれば,本件各委託契約の締結及びそれに伴う本件支出決定は,すべて副市長による代決又は事務分配上教育委員会の総務部長若しくは総務課長による裁決がされているのであって,Eが,本件支出について自ら決裁を行う機会があったとは認められない。

上記のようなEの本件各事業及び本件支出決定に対する権限及び関与の程度を前提にすると,本件全証拠によっても,Eが,本件各事業に基づく委託料支出が給与条例主義に反して違法であることにつき具体的な疑いを持つ機会があったとは認められず,Eが代決者であるFに対し,本件支出の支出決定を差し控えるよう注意するなど具体的な指導監督を行う義務があったとは認められない。

よって,Eには,本件支出決定につき,監督を怠った過失は認められず,Eは京都市に対して損害賠償債務を負わない。

(3)  Dの責任について

Dは,京都市教育委員会教育長として,平成13年7月13日に本件調査研究事業の開始に関する要綱について決裁しているところ,その添付書類において,本件調査研究事業の事業趣旨が「平成14年度からの新教育課程の完全実施を控え,基礎・基本の確実な定着を図る授業改善,総合的な学習の時間の展開などにおいて教員の指導力の向上が一層求められている。特に今年度においては指導計画の策定,目標に準拠した評価の在り方,発展学習への対応など,年度内に完遂しなければならない重要課題が山積している。これらの取組は,いずれも確実な成果として,学校・幼稚園に具体的内容を提示することが必要である。したがって,平成13年度・14年度を新教育課程への円滑な移行とその定着を図る教育課題に焦点を絞った集中取組期間と位置付け,従来の取組に加え,研究研修活動を積極的に推進し,市立学校・幼稚園の教育活動の一層の活性化を図る。」と記載され,その内容が新教育課程に対応するための個々の教員の研究研修活動への助成であることが明記されている(甲15)。

また,証人Hによれば,Dは本件調査研究事業の制度設計に当たり,総合教育センター(当時は永松記念教育センター)の事務局から適宜報告を受けていた事実も認められる。

上記事情からすれば,Dは,本件各事業の施行を決定するに際して,本件各事業が予定する委託事業の内容が教員の研修であり,受託者たる教員の業務と委託事業との区別が困難であることは認識していたと認められる。すなわち,Dは,少なくとも,本件各事業の実施に際して受託者たる教職員に払われる委託料につき,給与条例主義違反の問題が生じるおそれがあることを認識し得る状況であったというべきである。

そうすると,Dは,教育委員会の教育長として,本件各事業を実施するに際し,委託事務と教員の職務との区分を明確化する,個別の教員を相手方として委託料を支給する方式を改めるなど,教職員の研修を助成するに当たり,給与条例主義違反が生じないような方法を採るべきであったのに,漫然とこれを怠り,本件各事業を実施させることにより,京都市に給与条例主義に反する違法な本件支出をさせたのであるから,京都市に対して,支出決定者と連帯して本件支出額相当の損害賠償責任を負うものというべきである。

そして,原告らは,本件訴訟に先立つ住民監査請求において,本件各事業に係る支出が給与条例主義に反する旨を主張するとともに,京都市に対してDを相手方として損害賠償請求をするよう求めているのであるから,被告は,遅くとも,原告らが本件訴訟に先立って住民監査請求をした時点から,京都市が,Dに対して,損害賠償請求権を有することを知り得たと認められる。そうすると,少なくともその時点からは,被告は,Dに対して,上記損害賠償請求権の行使をすべきであったということができ,被告は,上記損害賠償請求権の行使を行わないことにより,京都市の財産の管理を違法に怠っていると認められる。

6  争点(7)(予備的主張に係る賠償請求又は賠償命令の相手方が本件支出について負う責任)について

(1)  以上のとおり,原告らの主位的請求については,Eの責任を除いて認容されたものであるところ,原告らの予備的請求のうち,原告らの主位的請求が認められない部分である,被告に対してEを相手方として損害賠償を請求するよう求める請求についても,一応検討しておく。

なお,この請求については,原告らは,本件訴訟を提起した当初から一貫して,Eが本件支出の支出決定に際して副市長Fの監督を怠ったことの責任を追及して被告にEを相手方として損害賠償請求することを求めていたのであり,原告らが,Eが市の財産の管理者として受託者に対して本件各委託契約の一部について無効主張又は解除をする義務を負うとの予備的主張を行ったのは,本件訴訟提起後3年近くが経過し,証人調べも完了して弁論終結が予定されていた平成19年9月12日の第20回口頭弁論期日が初めてであることからすれば,そもそも時機に後れた主張であるとも解し得るところである。

(2)  原告らは,予備的主張として,本件各委託契約のうち要綱違反による契約が無効であり,また本件各委託契約の一部については会計手続の不備により契約が解除できるものであることを前提として,京都市長であるEは,無効な契約について受託者に対して契約の無効主張をして又は契約を解除して,受託者から委託料の返還を求める財務会計上の義務があり,Eは上記義務を違法に怠る当該職員であると主張する。

しかしながら,本件支出は,地方自治法204条の2に違反する違法な支出であり,京都市は,市長が違法な支出決定をしたA,B及びCに損害賠償命令を発し,又は,違法な支出を生じさせる本件各事業の実施を決定したDに損害賠償請求をするなどしてその財産を回復することができることは上記1ないし3で判示したとおりである。

このように,京都市は,原告がEの財産管理を怠る行為によって生じたと主張する損害について,損害賠償請求権を有していることは明らかである。

そして,本件全証拠によっても,Eの過失によりその回収が見込めなくなったなどという特段の事情は認められないのであるから,Eが,現時点で,本件各委託契約のうち原告らが特定する契約について,受託者に対して契約の無効を主張し又は解除をしていないことをもって,京都市に損害を生じさせているとは認められない。

そうすると,その余の争点について判断するまでもなく,Eが,違法に京都市の財産管理を怠り京都市に損害を与えているということはできず,Eが市に対して損害賠償責任を負うとは認められない。

7  結論

以上によれば,原告らの請求のうち,Aを相手方として631万2670円の損害賠償命令をするよう求める部分,Bを相手方として690万6560円の損害賠償命令をするよう求める部分,Cを相手方として19万円の損害賠償命令をするよう求める部分及びDを相手方として7168万1401円の損害賠償請求をするよう求める部分についてはいずれも理由があるのでこれを認容し,その余の主位的請求及び予備的請求のうちEを相手方として損害賠償を請求するよう求める部分については理由がないのでこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 谷口園恵 裁判官 向健志)

(別紙省略)

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