京都地方裁判所 平成17年(わ)1583号 判決 2006年8月25日
主文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
その猶予の期間中,被告人を保護観察に付する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成17年8月28日午前2時40分ころ,京都府宇治市(以下略)所在のaマンションb号室のA方に,ベランダ掃出窓を開けて忍び込み,もって,人の住居に侵入した上,
1 そのころ,同女方において,同女(当時28歳)に対し,その目を手で覆い,その首を片手で絞めてベッド上に押し倒し,その頭髪をわしづかみにし,その頭部を同室内のテーブル等に打ち付けるなどの暴行を加え,同女に加療約7日間を要する頭部打撲の傷害を負わせた,
2 そのころ,同女方において,同女に対し,「声を出したら殺すぞ。」と申し向け,もって,同女の生命,身体に危害を加える旨を告知して脅迫した,
第2 同年9月30日午後9時ころ,京都市c区(以下略)dマンションe号室のB方において,同女(当時25歳)に対し,その顔面付近に包丁(刃体の長さ約13.6センチメートル。平成18年押第44号の1)を突き付け,「叫んだり声出したらおまえ刺すからな。おれとやり直せ。」などと語気鋭く申し向け,同女の生命,身体に危害を加えるかもしれない気勢を示し,もって,凶器を示して脅迫した
ものである。
(証拠の標目)
(省略)
(検察官及び弁護人の主張に対する判断)
なお,以下,「第△回公判調書中の証人□又は被告人の供述部分」も,単に「□又は被告人の公判供述」と略称する。
1 検察官は,判示第1の1及び2の事実に関し,訴因として,ほぼ上記認定事実と同旨の事実を掲げながら,被告人は強姦の犯意をもって強姦しようとしたがその目的を遂げなかった旨の主張(暴行と脅迫は強姦致傷の手段である。)をしており,これに対し,被告人は,判示第1のマンション(以下「本件マンション」という。)b号室のA方に侵入し,同女の口を押さえたこと,これによって同女に判示第1記載の傷害を負わせたことは間違いないが,強姦目的は有しておらず,その余の暴行及び脅迫を加えてもいない旨供述し,弁護人もこの供述に沿って,被告人には強姦致傷罪は成立せず,住居侵入及び傷害の各罪が成立するにとどまる旨主張している。また,被告人は,判示第2の事実について,Bの胸元辺りに包丁を突き付けたが,顔面付近には突き付けておらず,脅迫文言については記憶がない旨供述し,弁護人は,脅迫文言については争わないとするほかは,被告人の供述に沿った主張をしている。そこで,以下検討する。
2 判示第1の事実について
(1) 関係各証拠によると,被告人がA方(以下,同女を本項において「被害者」という。)に忍び込むに至る経緯等は,以下のとおりであると認められる。
ア 被告人は,3歳のころから,被告人方で両親と兄と暮らしており,京都府立の高校を中退後,アルバイトをしていたところ,18歳のときである平成7年9月,交通事故に遭い,意識不明の状態で病院に搬送され,脳挫傷,脳内出血,くも膜下出血等の病名で入院していたが,治療の結果,何とか一命をとりとめた。それから二,三年通院治療を受け,その間,平成9年3月に症状固定したとされ,自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書では,「脳のMRIでは,脳染部及び頭頂葉,後頭葉の萎縮により注意力,記銘力障害が持続している。WAISーRではIQ40未満。」とされていた。しかし,その後,被告人の上記症状は順調に回復し,平成14年か平成15年ころからは再び働き出したが,上記交通事故の後遺症で物忘れが少し残っていたこともあって,頭が悪いと言われて約1か月で辞めさせられたため,しばらく働きに行く気にもなれず,家でぶらぶらしていたものの,平成17年4月ころ,京都市f区にある弁当会社に就職し,準社員という立場で配達作業員として稼働していた。平成17年当時は,母親や会社の同僚等から見ても,上記交通事故の後遺症もほとんど感じられず,明るく,酒にも強く,飲酒してもトラブルを起こすといったことも全くなかった。
イ 被告人は,平成17年8月27日の夜,上記弁当会社の退職者の送別会がgホテルのビヤガーデンであったため,それに参加してビールをジョッキで10杯前後飲み,一次会の後,同僚と共に,二次会,三次会に出席し,翌28日午前2時5分ころ,国道9号線近くで,タクシーを停車させ,「(hまで)3000円で行ってくれ。」と頼んだのに対し,5000円前後はかかると思っていたタクシー運転手と話をした結果,結局,4000円で送ってもらうことになり,同僚と2人でそのタクシーに乗り込んだ。その後,京都市i区内のj橋近くで同僚が先に降り,それからは,被告人がタクシー運転手に走行すべき道を丁寧に指示をして,同日午前2時35分前後ころ,宇治市内のj病院付近にきたとき,「ここで結構です。」と言ってタクシーをとめ,タクシー運転手から4000円を支払うように言われたのに,「3000円しかありません。」と言うと,「近所やろ,家でもろてきてえな。」と言われたが,「親は寝ているので無理です。後で振り込むので住所と連絡先を書いてください。」と頼み込み,タクシー運転手にそれを承諾させて3000円を支払い,タクシー運転手から,タクシー会社名や電話番号等を書いた紙をもらうと,「すいません。すいません。」と言いながら,タクシーを降りて,しっかりとした足取りで歩いて行った。そして,歩いている途中,本件マンションの南側にある駐車場内に入り,同駐車場とマンションの間にある高さ約196センチメートルの塀を乗り越えて,被害者方のベランダ内に入り込んだ。
ウ 被告人方は本件マンションのほぼ北方に位置し,徒歩で1分くらいの距離にあり,被告人もそのマンションのことは知っていた。他方,被害者は,平成17年3月から本件マンションe号室に1人で居住していた。同室は,間口2.9メートル,奥行き7.3メートルのワンルームマンションで,玄関(北側)を入ると,台所等があり,その奥(南側)に板張りの6畳間があり,そこは,クローゼットが設置されており,その他,被害者の食器棚,机,テレビ,チェスト,座敷机等と,ベランダ側の窓にほぼ接して縦約1.96メートル,横約0.96メートルのベッドが置いてあった。
エ 本件マンションの上記駐車場の南北の幅は約5.3メートルで,その南側には幅員約5.1メートルの道路があるが,身長約154センチメートルの人物が上記ベランダに立っていた場合,身長約173センチメートルの人物が上記道路を歩いていると,その人物からは,上記ベランダの人物の肩付近から上を見ることができる。ちなみに,被害者の身長は約153センチメートル,被告人のそれは約175センチメートルである。
以上のとおりである。
(2) ところで,判示第1の事実に関する争点は,①被告人の強姦の犯意の有無,②被告人の被害者に対する暴行及び脅迫の有無及びその内容であるが,被告人は,上記①の点に関し,被害者方に侵入した目的は自分でも分からない旨供述するにとどまっているので,この点は,主に,上記②の点を含む被告人の同女方侵入前後の行動から判断する必要があるから,まず,上記(1)の事実関係を前提として,同女及び被告人の供述の信用性を検討の上,上記②の点を含む被告人の同女方侵入前後の行動について判断することにする。
ア 被害者の公判供述の要旨は以下のとおりである。
「本件被害前日午後11時半ころ,ベランダの窓の鍵をかけ忘れたまま就寝したところ,ベッドが面したベランダ側の窓がスルスルと開くような音が聞こえた。窓の方を見ると,人影と窓にかけた指が見え,窓の東側がゆっくりと開いてきた。私は,恐怖感を感じ,ベッドから起きあがって膝をついた状態で窓に手をかけ,窓を閉めようとしたが,力負けして,開けられてしまい,男に中に入ってこられた。道路側の外灯の光と室内の豆球の明かりで,男であることが分かった。男は,私の肩を押すようにして仰向けに押し倒し,片手の平で私の目を覆い,他方の手で私の首を正面から親指と他の指とでつかむようにして絞めた。男が私の口をふさいだことはない。私は大声を出したつもりだが,恐怖感でどのように出ていたかは分からない。必死で体を動かして抵抗した。夜中に侵入していきなり押し倒してきたので,強姦する目的だと思った。男は,私が声を上げたので,すぐにベランダの窓を閉め,髪をつかんで私の上半身を起こし,低く,押し殺したように,「声を出したら殺す。」と言った。私は,逃れようとして,手足等をばたつかせてベッドから下り,ベランダと反対側にある玄関の方へ逃げようとしたが,男は,ベッドの傍らで私の後に立ち,片手で目隠しをし,私の首を強く絞めた。そのとき,何か先端のとがった物が私ののど元に当たった。私は手を動かして逃げようとしたが,男は,私の髪をつかんで床に膝をつかせた上,ベッドの近くのテレビかテーブル,あるいはチェストか,何か硬い物に私の額をかなり強く上から下に振り下ろすようにして十数回連続して打ち付けた。とても痛く,途中から意識がもうろうとした。私は,「ちょっと待ってください。」というようなことを言ったが,男は,「はぁ。」という,何か聞き返すような言葉を発した。男は,また私の髪をつかんでベッドの上に引っ張り上げ,私の身体がベッドの置いてある向きと直角になるように仰向けに倒し,腹部の辺りに馬乗りになって,手で目隠しをした状態で肩等を押してきた。私が手足をばたつかせたり声を出したりして抵抗しているうちに,私はベッドとワイヤーのシェルフとの間に落ちた。落ちるときに,額がどこかにぶつかったということはない。男は,テレビの側に立ち,テレビの上に置いてあった私の携帯電話を取ろうとしていた感じだったので,私が携帯電話を取り返そうとして手を伸ばすと,その際に男と目が合ったので,男は,豆球を消して部屋のを真っ暗にした。しかし,外灯で少しは室内の様子が見える状態だった。男は,肩を強く押すようにして私をベッドに仰向けに押し倒し,腹部の辺りに馬乗りになり,片手で携帯電話を持ちながら,もう一方の手で私の首を強く絞めた。携帯電話のボタンを押すような動作をしていたので,電源を消したいのではないかと思った。その携帯電話は私のものだと思った。私は足をばたばたさせ,声も上げていたが,声が出ていたかどうかは分からない。そのうちに男の位置が足の方にずれたので,私は男の股間をけった。すると,男の手が少しゆるんだので,その隙に玄関から,長袖のTシャツとショーツの服装のまま,はだしで外に出て,近くの交番に行った。その途中,走って逃げていく男の後ろ姿を見た。男に襲われていた時間は10分から15分くらいと思う。男からたばこのにおいがしたが,酒のにおいはしなかった。男と向き合うような状態の時には,ずっと目をふさがれていたが,男の行動は気配とか,少しずれた部分から見えることもあった。見える範囲では,男が,私の胸や陰部を触ろうとしたり,シャツを脱がそうとして手を伸ばしたりすることはなかった。胸や陰部を触られていないが,それは,私が手や足を動かすなど必死で抵抗していたためにできなかったと思う。もし必死で抵抗しなければ強姦されていたと思う。男は,先に述べたこと以外に言葉を発しておらず,わいせつなことを求める発言もしていない。財布の入ったバッグを玄関を入ったところの机の足元かその近くの椅子の上に置いていた。それは男が部屋を見渡せばすぐに分かる位置である。男が逃げてからなくなっていた物はなく,男が金品を求める発言をしたこともない。」
イ 他方,被告人の公判供述の要旨は以下のとおりである。
「本件犯行前日の午後7時か8時ころから勤務先の送別会に出て飲食し,二,三時間で一次会が終わった。その後,別の店一,二軒に寄ったと,後になって聞いたが,全く覚えていない。何時ころかは分からないが,帰りのタクシーに乗ったことは覚えている。タクシーの運転手に対し,行き先の指示をしたり,料金交渉をした記憶はない。早く外の空気に触れたいと思い,自宅から北へ100メートル以上離れた場所でタクシーを降りた。家と反対方向の北へ歩いていることに途中で気付き,Uターンして南に歩き出したが,右折すべきところで右折せず,50メートルくらい先の交差点でそのことに気付き,そこで右折して家に帰ることにした。その後,被害者方のあるマンションの駐車場に入り,同女方ベランダの中にいたという記憶があるので,駐車場と上記マンションとの間の塀を乗り越えたことは間違いないと思うが,それを乗り越えたという記憶そのものはない。窓の外から被害者方の中を見ると,豆電球もついておらず,暗くて人がいるかどうかも分からなかった。窓を開けると,何の抵抗もなく,普通に開いた。土足のまま被害者方内に入った。窓を開けた瞬間か被害者方内に入った瞬間かは分からないが,「ぎゃあ。」というような,びっくりした声が聞こえた。男の声か女の声かは分からなかった。私は,その声を聞いて驚き,ベッドの上で上半身を少し起こしたような体勢の人影(被害者)が見えたので,膝をついて,同女の正面から覆い被さるようにしてその口(右頬の辺り)を押さえにいったところ,勢いで同女は左後方,あるいは左横の方向に頭の辺りがベッドから出るようにして倒れたと思う。そのとき,何か物にぶつけるような音というか,被害者の頭がどこか物に当たったような衝撃があった。私は,怖くて無我夢中で,その後も被害者の口を1分くらい押さえていた。口を押さえているとき,私もびっくりして我に返り,全然知らない人の家にいて怖くなり,窓が開いていたのが分かり,そこから入ってきたのかと思って外に出た。部屋の中では,私は,びっくりしていたので,「静かにしろ。」などと言ったと思うが,「声を出したら殺すぞ。」というようなことは言っていないと思う。被害者が助けを求める声を出したことはない。被害者の髪をつかんで,同女の頭を打ち付けたり,首を絞めたり,同女の携帯を触ったことはない。窓が15センチメートルくらい開いていて,ちょっと覗いてみようかという思いがあったのかもしれないが,どうしてベランダに入って窓を開けたのかよく分からない。わいせつなことをしたり,物を取ったりする気持ちは一切なかった。」
ウ そこで,まず,被害者の上記供述について見るに,(ア)体験した者でなければ語り得ない具体性,迫真性を備えており,額を強く十数回打ち付けられたという点は,同女の額に顕著な瘤ができている受傷状況(写真撮影報告書(甲14))とよく整合しており,本件の2日後に作成された診断書(甲12)の記載内容とも一致していること,(イ)被害者は,被告人から強姦されると思ったと供述する一方で,被告人が強姦の目的を直接的にうかがわせる行為や発言に出たことはない旨明言しており,同女には,被害を誇張するなどして,殊更被告人に不利な供述をしようという態度はうかがわれず,むしろ率直に体験した事実を述べていると見られることなどにかんがみると,高い信用性が認められる。
なお,弁護人は,被害者の供述する被告人との格闘状態を前提とすると,(ア)その着衣に損傷ができているはずであるのに,そのような状況は認められないこと,(イ)頭部に重大な傷害が生じるはずであるのに,瘤一つしかできていないこと,(ウ)大声を出し続けていれば,両隣の住民が気付いているはずであるのに,住民が誰も気付いていないことなどを指摘して,被害者の供述は,恐怖感から拡大され,かなり誇張した内容となっている旨主張するが,上記(ア)の点は,同女の当時の着衣は,長袖のTシャツとショーツ(パンティ)1枚だけであったのであるから,激しい動きがあったとしても損傷しないことも十分考えられること,上記(イ)の点は,硬い物に強く十数回連続して打ち付けられたとしても,それらは,同女も必死になって抵抗している中での出来事であるから,当然のことながら手で防御するなどしていると推測され,そうであるならば,同女の負傷が判示の程度のものであったとしても,さほど不自然,あるいは不合理であるとまではいえないこと,また,上記(ウ)の点については,同女は,大声を出し続けていたというものの,実際に声が出ていたかどうかは分からない旨供述しているところ,大声で助けを求めているつもりであったとしても,恐怖感から実際には声が出ていない,あるいは大声にはなっていないといったことも十分想定できるので,たとえ,同女の近隣住民が被害者方の出来事につき気付いていなかったとしても,それほど不自然とはいえないこと,以上からすると,弁護人の指摘する諸点は,いずれも同女の上記供述の誇張を疑わせ,その供述の信用性を減殺するものではない。
これに対し,被告人の上記公判供述は,(ア)その暴行態様を前提とすると,被害者が判示のような傷害を負う機会が存在しないことになり(なお,被告人は,同女の口を押さえようとしたときに,同女が勢いで自ら打ち付けてけがをしたのかもしれないなどと供述するが,このような状況で,上記のような顕著な瘤を伴う傷害を負うとは考え難いものがある。),不自然であること,また,(イ)被告人が被害者の口を押さえているときに我に返り,その後直ちに逃走したというのであれば,被害者は外に出ず,室内から110番通報するのが普通であると思われるのに,同女は下着姿のまま,はだしで外に飛び出し,交番に走って行ったということは,同女の方が被告人より先に外に出たと見るのが自然であること,そして,(ウ)被告人は,被害者方侵入後の同女とのやりとりについてはかなり詳細に供述し,自分が供述する以外の暴行脅迫を加えていないのは間違いない旨ほぼ断言しているにもかかわらず,同女方侵入までの状況については余り記憶に残っていない旨供述しており,このような供述状況は,本件当時飲酒の影響が残っていたことや以前の交通事故により一時は相当にひどい記憶障害があったことなどを考慮に入れても,余りに不自然,不可解であり,被告人が記憶のとおりに供述しているのか疑念を抱かせるものであること,以上の(ア)ないし(ウ)の諸点に照らすと,被告人が自らの行動を過小に述べることにより,刑責を免れ,あるいは軽減しようという態度がうかがわれるのであって,被告人の上記供述の信用性は乏しいといわざるを得ない。
エ 以上によれば,被害者方侵入時及びその前後の被告人の行動等は被害者の上記供述のとおりであって,被告人が同女に対し判示第1の1及び2記載の暴行及び脅迫に及んだことを優に認めることができる。
(3) 以上を前提に,上記①の点について検討を進める。
ア 被告人の被害者方侵入前後の一連の行動を見るに,被告人は,深夜,高さ約2メートル近い塀を乗り越えて,若い女性が1人で住むマンション一室のベランダに忍び込んだ上,ベランダ側の窓を開けようとして同女の抵抗に遭ったものの,力まかせにその窓を開けて,同女方に入り込むや,すぐに同女に襲いかかり,その髪の毛をつかんで「声を出したら殺す。」と脅したり,頭部を硬い物体に打ち付けたり,手で首を絞めるといった相当執ようかつ強度の暴行を加えているばかりか,2回にわたりベッドから離れることとなった同女の身体をその度に引っ張るなどしてベッドまで連れ戻し,3回にわたり同女をベッド上に押し倒し,2回にわたり腹部に馬乗りの体勢になっており,被告人がベッド上において同女の身体を制圧することに執着していると考えることもできることなどにかんがみると,被告人に強姦の犯意が相当程度疑われるところではある。
イ しかしながら,被告人の行動を仔細に見ると,本件において,強姦の犯意の存在を決定的とするほどの事情は必ずしも存しないのである。
すなわち,暴行が執ようかつ強度であることは,必ずしもそれ自体強姦の犯意を推認させるものではなく,被告人の強姦の犯意の疑いを生じさせるのは,被害者に対する,2回にわたるベッドへの連れ戻し,3回にわたるベッドへの押し倒し及び2回にわたる腹部への馬乗りといった行為が伴っていることによる面が大きいと考えられるところ,ベッドへの連れ戻しは,同女を姦淫しやすい場所にとどめようとしたと見ることができる一方で,被告人は同女をベッドまで引きずって行ったわけではなく,その傍で膝をついていたり,ベッドからテレビ等の家具の間に落ちたりした同女を元のベッド上に戻したにすぎず,ベッド上という位置に特にこだわりを持っていたわけではないとも見る余地もあるし,ベッドへの押し倒しや腹部への馬乗りについても,同女をそのまま姦淫することが可能な体勢に固定しようとしたとも見ることができる一方で,暴行の一環としてそのような態勢になったとも見る余地もあり,したがって,いずれの行為についても,被告人にとって,強姦の前提行為であったとは必ずしも断定し難いのである。
とりわけ,被害者の腹部への馬乗りは,その際に,身長約175センチメートル,体重六三,四キログラムと比較的大柄な男性である被告人が,体重を掛けて同女の身体を押さえ付けることにより,学生時代にスポーツ(バレーボール)の経験があるとはいえ,身長約153センチメートルと小柄な女性である同女の身体の動きをかなりの程度抑圧することが可能な体勢であると考えられるところ,もし,被告人が強姦の前提行為として腹部に馬乗りになったのであれば,その際に強姦の目的達成をより確実なものとするため,同女に徹底的な暴行を加えてその犯行を完全に抑圧することも可能であったのに,いずれの際にも,片手で首を強く絞める以上の暴行には及んでおらず,そのため同女がいずれも自力で脱しているのであって,これらのことは,腹部への馬乗りが,強姦の前提行為ではなかったと見る余地を残しているのである。
また,面識のない若い女性である被害者方に侵入した点については,上記のとおり,被害者方は被告人方と徒歩約1分圏内と近くであることや,同女方の視認状況(写真撮影報告書(甲17)及び捜査報告書(甲18,19))等から,被告人にとって,同女方に若い女性が居住するということを事前に認識することが可能な状況にあったと認められるものの,それは,あくまで可能性にとどまるのであり,このような認識を有していなかった可能性もまた存するのであるから,上記の位置関係や視認状況は,被告人の強姦の犯意を裏付ける有力な事情とは考えられない。
更には,被告人は,10分間ないし15分間という相当な時間のやりとりの中で,しかも,2回にわたり被害者の腹部に馬乗りとなっており,同女に対し,着衣を脱がせようとしたり,胸や陰部付近を触ったりしようとするなどの性的な行為に着手することは十分に可能であったのに,同女も供述しているように,そのような行為に出ようとした兆候すらなく,また,性的要求に関する言葉も全くなかったというのであるから,これらのことは,それ自体,被告人に強姦の犯意(あるいは強制わいせつの犯意)があったとの認定に疑念を抱かせる十分な事情と認められる。
ウ これに対し,検察官は,被害者が必死で抵抗したため,被告人が性的な行為に出る余地がなかったか,あるいは,ことごとく防御されたとして,被告人が性的な行為に着手しなかったことは,被告人の強姦の犯意の認定を妨げるものではない旨主張する。
しかし,被害者は,自分が見る限りでは被告人が性的行為に出ようとしたことはなかったと供述している上,被告人は上記イ記載のとおり比較的大柄な男性であり,小柄な女性である被害者がいくら必死になって抵抗したとしても,被告人が,上記のような性的行為に全く出ることすら不可能であったと見るには無理がある。
また,検察官は,被告人には被害者と面識がないから,殺人や傷害の目的は考え難いこと,被告人は金品を要求したりバッグに手を付けるなどしておらず,経済的に困窮していなかったことから,強盗の目的も考え難いこと,強制わいせつの目的にとどまるのであれば,同女をベッドに押し倒して馬乗りになったり,上記のような激しい暴行を加える必要はないことから,被告人の行為は強姦以外のほかの構成要件に該当する余地はないとし,そのことから強姦(致傷)が成立するかのような主張をしている。
しかし,そもそも住居侵入及び暴行の目的は,本件においても様々なものを想定することができ(例えば,弁護人の主張するように,飲酒の影響下で,覗き見の目的で侵入するという事態も否定することはできない。),これを殺人,暴行(傷害),強盗,強制わいせつ,強姦に限定して,推認の根拠とすること自体,問題があるといわざるを得ないし,本件においては,上記のとおり,被告人の暴行等を,強姦目的から出たものと断定するのをためらわせる事情のみならず,さらに,強姦の犯意の存在に疑念を抱かせる事情までも存するにもかかわらず,想定される住居侵入及び暴行の目的を,上記のものに限定し,そのうち強姦以外のものに該当するとは考え難いことをもって(この点,強盗の目的について,被害者が部屋から逃げ出したため,その通報で捕まることを恐れた被告人が物色することもせず,あわてて部屋から飛び出したという事態も考えられるところであって,このように物色行為に及んでいないことや,当時被告人が金銭的に必ずしも困っていなかったことをもって,強盗の目的が考え難いといい切れるかは疑問の余地がある。),強姦の犯意を推認するというのは,証拠の不足を合理的ともいい難い推論によって補おうとするものであって,このような消去法的な認定方法は,推論に推論を重ねるなどする余り,事実認定を誤るおそれがあるといわざるを得ず,採用することはできない。
(4) 以上の検討のとおり,被害者方侵入前後の被告人の行動を見るに,被告人に強姦の犯意が存在したとの相当の疑いはあるものの,強姦の犯意の存在を決定的なものとする事情は存しないばかりか,被告人が性的な行為や性的発言に一切及んでいないという強姦の犯意認定に疑念を抱かせる事情も存するのであって,結局のところ,証拠上認められる諸事情を総合しても,被告人の被害者方侵入及び暴行の各目的は,いずれも確定することはできず不明であって,被告人に強姦の犯意があったと認定するには,合理的な疑いが残り,確信を抱くには足りないというべきである(なお,被告人に強制わいせつの限度での犯意があったと認定するについても,ほぼ同様の理由から,合理的な疑いが残る。)。
したがって,被告人には,住居侵入罪のほかに,強姦致傷罪(あるいは強制わいせつ致傷罪)は成立せず,傷害罪及び脅迫罪の限度でそれらの罪が成立するにすぎないと解せられる(被告人の脅迫は,「声を出したら殺すぞ。」という,暴行により現実に被害者に加えた身体に対する害悪のみならず,生命に対する害悪の告知をも内容とするものであるから,傷害罪とは別個に脅迫罪が成立すると解するのが相当である。)。
3 判示第2の事実について
(1) 争点である被告人のB(以下,本項において「被害者」という。)に対する脅迫の内容について検討する。
(2) 被害者の公判供述及び供述調書(検察官調書(甲22))の要旨は以下のとおりである。
「本件被害当日の午後8時ころ自宅に帰ると,被告人が玄関ドアを開けて入ってきた。被告人は,私に対し,被告人からの電話やメールを拒否していたことを責め,美術展に一緒に行く約束をしていたCに電話をして,その約束を断るように言ってきた。私は,台所の前辺りで,言われたとおりにCに電話をして,美術館に行けなくなったと言って,同人の了解を得て電話を切ったが,被告人は,さらに,Cに,もう連絡しないよう言うように言ってきた。私は,言われたとおりにCに電話をし,もう連絡してこないようにと言うと,同人から,「言わされてるんやろ。」と言われた。このとき,被告人は,私の携帯電話に耳を当てるくらいの距離まで近づいており,Cの言葉を聞いて逆上し,私の携帯電話を取り上げ,洗い物の桶から包丁(平成18年押第44号の1)を取り出し,包丁を私の顔に向けて突き出し,刃先を上下に振る感じで,「動いたり,声を出したり,変な行動をとったら刺すぞ。」と言った。包丁の刃は下向きで,私の顔との間は約30センチメートル離れていた。「Cと別れて,おれとやり直せ。」とか,「Cが死ぬところを見て,おまえが苦しめ。」とも言った。逃げたら包丁で刺されて確実に死ぬと思った。このとき,私は泣いていた。被告人は,奥の方の部屋のテーブルの上に包丁を置き,ベッドに座って私の携帯電話を見ており,私が携帯電話を取り戻そうとすると,ベッド上の包丁を素早く手に取り,逆手に持って,振り下ろして刺すそぶりをし,「今,本当に刺しそうになった。」と言った。その後,食事を作ろうとし,生姜焼き用の肉を炒めようとしたが,家に包丁は1本だけしかなく,その包丁も被告人の近くにあって,自分が使えなかったので,料理ができないと思った。なお,自分は常に手帳(被害者の検察官調書(甲22)にその一部のコピーが添付されている。)を持ち歩いているが,それの8月21日の欄の「あってない」,28日の欄の「あってる?」との各記載については,宇治署で取調べを受けた後に書いたもので,最初は会ったのが21日か28日か分からなかったが,被告人と会ったときには私がスパゲッティをおごっているところ,21日には多分お金がなかったので,その日には確実に会っておらず,他方,28日に母からもらったピザとサラダが残っていてうれしく思ったが,同日午後に被告人に呼び出され,せっかくうれしく思ったのにという気持ちがあったので,被告人と会ったのは28日であることが分かった。また,今度の事件の関係で,弁護人から10万円が送られてきて,被告人はお金がないとずっと言っていたから,かわいそうだと思ったが,実際にはお母さんが出したということを知り,私も,自分の弟が何か罪を犯したとしたら,何かやりたいと思うだろうと思って,受け取ることにした。被告人には,自分の汚いところもきちんと見つめて,強くなってほしい。被告人に対する刑罰については,特に言いたいことはい。」
(3) 他方,被告人の公判供述の要旨は以下のとおりである。
「私は,平成17年9月28日に被害者から着信拒否をされて腹が立ったことは覚えていない。本件犯行当日,Cのことで被害者とけんかになったのは覚えている。被害者に暴言を言ったかもしれないが,「Cを殺す。」とか,「Cと別れておれとやり直せ。」などと言ったかははっきり覚えていない。被害者の首の下から胸の辺りに包丁の刃先を突き付けたが,包丁と同女との間隔は50センチメートルくらい空いていたと思う。そのとき,以前に被害者に暴力を振るって中立売署に行った際に,警察官から,2人で仲良くし,そのようなことはしてはいけない旨の注意を受けたことを思い出し,暴力はいけないと思って,包丁をすぐに元の置かれていた台所に戻した。その後も私が包丁を持っていたなどという被害者の供述がうそとは思わないが,同女は恐怖感もあって,私がそのとき持っていた携帯電話を包丁と見間違えたのではないかと思う。被害者の携帯電話を持って,情報をチェックしたことはあるが,同女が携帯電話を取り返そうとした記憶はない。」
(4) そこで,まず,被害者の上記供述を見るに,(ア)体験したものでなければ語り得ない具体性,迫真性を備えていること,また,(イ)Cが警察官調書(甲9)において,「被害者との電話後,同じ番号で男から電話があり,「おまえ殺すぞ。」などと言われ,その後携帯電話の電源を切っていたが,同じ番号からの多数の着信が残っていた。」旨供述していることと整合していること,そして,(ウ)本件事件の翌日に作成された被害届(甲1)には,「被告人は,顔の近くで包丁を振り回したり,近づいて来て刺す真似を何度も繰り返した」旨,公判供述とほぼ一致する内容の記載があり,供述は一貫していると見られること,(エ)元の交際相手である被告人に対し,厳罰までは望んでおらず,被告人を気遣う内容の供述すらしており,かかる供述態度からみて,殊更被告人に不利な供述をする動機があるとは考え難いことなどにかんがみると,その信用性は高いというべきである。
なお,弁護人は,Dの供述(警察官調書写し(弁1))及びホテルのカード(平成18年押第44号の2)によれば,平成18年8月28日,被告人は同女と会ってホテルで性交渉をしているのが明白であるのに,被害者は,これに反して同日に被告人と会った旨の虚偽の供述をするなど,思い込みが激しく,一概に同女の供述の全てを信用することはできない旨主張するところ,同女は,同月21日には金が手元になかったことや,同月28日にはピザとサラダが残っていたことなど,同女なりの根拠に基づき,同日に被告人と会ったと推測して供述しているのであり,単なる思い込みに基づく供述ではないことは明らかであって,たとえ,その推測が事実と反していたとしても,それゆえに,同女が被告人から包丁で脅されたという上記供述部分の信用性が左右されることはないと解される。
これに対し,被告人は,上記のとおり,被害者に包丁を突き付けるというかなり危険な脅迫行為に及びながら,警察官の注意を思い出して,すぐに包丁を戻した旨供述しているところ,(ア)これを前提とすると,被告人はいったん激こうした後,突然,冷静な精神状態になったということになるが,被告人自身,包丁を戻した後,被害者の携帯電話の情報を見ていた旨供述しており,Cの上記供述により認められる,多数回被告人がCの携帯電話に電話をかけた事実にかんがみても,被告人が被害者に最初に包丁を突き付けた後,携帯電話の情報を見たり,Cに電話をかけるなどして,なおも被害者とCとの関係を執ように追及する態度にあったことは明らかで,被告人がすぐに冷静な精神状態となっていたとは到底考えることはできず,したがって,包丁をすぐに元の台所に戻したとの供述は疑わしいこと,また,(イ)被告人は,犯行に至る経緯や自分の発言内容についてはっきりした記憶がないという一方で,包丁を突き付けた回数及び部位のみならず,包丁と被害者との間の距離といった細部事項にわたるまで,はっきりと記憶しているかのように述べており,このような供述の状況は,以前の交通事故により頭部を打つなどして一時は相当ひどい記憶障害があったことなどを考慮したとしても,不自然,不合理であること,(ウ)被告人自身,捜査段階では,被害者の目の前に包丁を突き付けた旨(警察官調書写し(弁19)),あるいは,同女の顔から胸にかけて包丁を突き付けた旨(検察官調書(乙4)),いずれも同女の顔付近に包丁を突き付けたともとれる内容の供述をしていたことなどに照らすと,被告人の上記公判供述の信用性は低いといわざるを得ない。
(5) 以上によれば,被告人が判示第2の犯行に及んだことは優に認めることができる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法130条前段に,傷害の点は同法204条に,脅迫の点は同法222条1項に,判示第2の所為は暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法222条1項にそれぞれ該当するところ,判示第1の住居侵入と傷害及び脅迫との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により結局以上を1罪として最も重い傷害罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1及び第2の各罪についていずれも懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,なお同法25条の2第1項前段を適用して被告人をその猶予の期間中保護観察に付し,訴訟費用は,刑訴法181条1項本文によりこれを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は,(1)深夜,女性方に侵入の上,同女に対し頭部を打ち付けるなどの暴行を加えて傷害を負わせ,その際同女に脅迫文言を申し向けたという住居侵入,傷害及び脅迫(判示第1)と,(2)元の交際相手の女性に対し,顔面に包丁を突き付け,脅迫文言を申し向けたという暴力行為等処罰に関する法律違反(判示第2)からなる事案である。
まず,(1)の事案について見るに,被害者方侵入の目的及び被害者に対する暴行の目的を確定することはできず,真の犯行動機は定かではないが,飲酒の影響もあったとはいえ,正当な理由なく,被害者の住居の平穏を害するとともに,同女の身体に危害を加えようとしたというもので,その動機は身勝手かつ卑劣なもので,酌量の余地は全くない。そして,犯行の態様も,深夜,マンションのベランダを乗り越え,異変に気付いた被害者が窓を閉めようとしたのに対し,力まかせに窓を開けることによって同女方に侵入の上,必死で抵抗する同女に対し,頭髪をわしづかみにして額を硬い家具類に多数回打ち付け,首を絞めるなどの,強度の暴行を繰り返し,「声を出したら殺す。」という過激な脅迫文言も申し向けているものであり,その犯行態様は,危険,卑劣かつ執ようなものというほかなく,犯情は悪質である。被害者は,本来最も安心して過ごすことのできるはずの自宅で就寝中,突然見知らぬ男性に侵入された挙げ句,上記のような強度の暴行及び脅迫の被害を受け,傷害を伴う肉体的苦痛と,状況からして強姦されるかもしれないという多大な恐怖感等の精神的苦痛を受けており,被害後に引越をしていることなどからも明らかなように,再び同様の被害に遭うかもしれないという同女の恐怖感は今後も払拭し難いものであって,結果も重大である。そして,被害者は,被告人からの治療費等の支払の申出を拒絶しており,今なお強い処罰感情を示している。
次に,(2)の犯行について見るに,被告人は,自分自身は他にも交際相手がいながら,元の交際相手である被害者との交際も継続しようとする一方,被告人の度重なる暴力等が原因で,被害者から別れ話を持ち掛けられていたところ,同女が自分との電話等のやりとりを拒否し,他の男性と親しく交流していることを知って激しく立腹し,犯行に及んだものであって,その犯行動機は短絡的かつ自己中心的なものであり,やはり酌量の余地はない。犯行の態様は,2度にわたり被害者の顔面等に包丁の刃先を突き付け,「叫んだり声を出したりしたら刺す。」などと過激な脅迫文言を申し向けたというもので,危険かつ執ようなものであり,これまた犯情悪質である。被害者は,被告人から交際中にしばしば暴力を受けていた中で,上記のような強度の脅迫を受け,今回は殺されかねないという多大な恐怖感等の精神的苦痛を受けており,結果にも重いものがある。
その上,被告人は,本件各犯行の暴行及び脅迫の内容を明白に過小に偽るなど,現実に真剣に向き合おうとしておらず,刑責を免れ,あるいは軽減しようという態度がうかがわれ,どの程度真剣に反省しているのか疑問である。
このような事情に照らすと,被告人の刑責には軽視できないものがあり,実刑に処することも考えられるところである。
しかしながら,(1)の犯行について,被害者方に侵入し,同女に傷害を負わせたことと,(2)の犯行についても,少なくとも被害者に包丁の刃先を突き付けたことはそれぞれ認め,自己に責任がある旨の供述をし,反省の態度を示していること,(1)は飲酒の影響下での犯行であり,判断能力,あるいは行動抑制能力がある程度低下していたことがうかがわれること,(1)の被害者の負傷の程度が,加療約7日間と幸いにして比較的軽かったこと,(2)の被害者に対し,謝罪文を作成するとともに,慰謝料として10万円を送金し,受領もされており,同女が被告人の厳罰までは望んでいないこと,(1)の被害者に対しても,慰謝料及び治療費として50万円の支払を申し出るも,同女に受領を拒絶され,その全額を贖罪寄附に充てていること,交通事故により頭部に重傷を負い,それに起因する記憶障害等により,後遺障害5級に認定されているところ,同事故後,家族の協力もあって,懸命なリハビリ等を経て,日常生活に大きな支障がない程度まで回復し,その後は勤務先で差別的待遇に遭うこともありながらも,それにめげず,本件当時は,まじめに準社員として弁当配達の仕事に従事していたこと,これまで全く前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情を考慮すると,一度も自力による更生の機会を与えることなく,今直ちに実刑に処するのはやや酷に過ぎるといわざるを得ず,今回に限って,保護観察を付した上でその刑の執行を猶予することが相当であると考えた。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役7年)
(裁判長裁判官 東尾龍一 裁判官 景山太郎 裁判官 炭村啓)