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京都地方裁判所 平成17年(ワ)1209号 判決 2006年11月24日

京都市<以下省略>

原告

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

杉島元

木内哲郎

加藤進一郎

東京都中央区<以下省略>

被告

株式会社小林洋行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

青田容

主文

1  被告は原告に対し,3051万9655円及びこれに対する平成7年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決第1項は仮に執行することができる

事実及び理由

第1請求

被告は原告に対し,6903万9310円及びこれに対する平成7年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,元従業員であるC(以下「C」という。)に対して多額の債権を有しており,Cは無資力であり,かつCは被告に委託して行った商品先物取引において,被告従業員の違法行為によって多額の損害を被り,被告に対して不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求権を有しているとして,Cに代位して,被告に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償及び不法行為の後である平成7年7月10日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  基礎となる事実(争いのない事実及び末尾記載の証拠等によって明らかに認定することのできる事実。)

(1)(当事者)

ア 原告は,呉服の製造卸業を営む株式会社である。

イ Cは,昭和48年○月○日,原告に入社し,本部経理課に配属された。昭和61年4月1日から本部経理課主任となり,平成15年11月末日退職(懲戒免職)に至るまで同職にあった。

ウ 被告は,商品先物取引の受託取引業務等を行う株式会社であり,東京工業品取引所等の会員たる商品取引員である。

(2)(原告のCに対する債権)

ア Cは,昭和60年ころから平成15年にかけて,原告から合計5億6759万9109円を横領した。

イ 原告は,平成15年12月○日,京都地方検察庁にCを横領罪で刑事告訴した。同人は平成16年4月○日,京都地方裁判所で懲役4年6月の実刑判決を受け,現在,滋賀刑務所に服役中である。

ウ よって,原告はCに対し,Cの不法行為に基づき,5億6759万9109円の損害賠償請求権を有しているが,Cには,その支払能力がない。(甲1,2,4)

(3)(Cと被告との間の取引)

ア Cは,被告との間で,平成4年12月11日ころ,商品先物取引委託契約を締結し,同月14日から平成7年7月7日までの間,被告会社に委託して商品先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。

イ 本件取引の回数は667回に及ぶところ,その日付,商品名,場節,限月,銘柄,売り買いの別,枚数,1枚あたりの値段,約定金額,新規・仕切の別,売買損益金額,取引所税額,委託手数料額,消費税額,差引損益金額,差引損益累計額は,別紙1「建玉分析表」の「No」欄から「差引損益累計」欄までに記載のとおりであり,同表記載のとおり,Cは,本件取引によって,6103万9310円の損失を被った。また,本件取引における必要証拠金の推移,預け委託証拠金,余剰委託金の推移,損益金の推移,返還可能額,値洗総合計,残玉手数料,仕切った場合の返還額,投機損益は,別紙2「C・返還可能額・投機損益分析表」記載のとおりである。

(4)(消滅時効の援用)

被告は,平成17年9月9日に開かれた本訴第1回口頭弁論期日において,答弁書を陳述することにより,Cの被告に対する不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償請求権について消滅時効を援用した。

3  争点及び当事者の主張

原告は,本件取引には,次の(1)のアないしウ,(2)のアないしキ記載のとおりの違法があったから,Cは被告に対し,不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権を有していると主張した。被告は,本件取引の違法の主張を争うとともに,仮に違法であったとしても,Cの被告に対する不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権は時効消滅したと主張した。個別の争点についての当事者の主張は次のとおりである。

(1)  取引勧誘段階での違法事由

ア 無差別電話勧誘規制違反

(原告の主張)

平成4年当時,委託者保護及び委託者の自由な取引参加を確保するために,迷惑,執拗な勧誘,目的不告知,誤認勧誘をすることは,商品取引所法(平成16年法律第43号による改正前のもの,以下「法」という。)136条の18第5号,同法施行規則46条5号,6号等により禁止されていた。

平成4年12月ころ,被告担当者は,Cが卒業した高校の同窓生を名乗ってCに対して一方的に電話をし,無差別電話勧誘を行った。

(被告の主張)

被告担当者によるCに対する当初の勧誘は,特に迷惑と感じられるような方法でなされたものではなく,無差別勧誘による違法性を根拠づける事実はない。

イ 適合性原則違反,不適格者勧誘

(原告の主張)

法136条の25第1項4号,日本商品先物取引協会が定めた規則である受託等業務に関する規則(以下「受託業務規則」という。)3条,5条1項1号等は,先物取引の受託契約においては,顧客の知識経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる者の勧誘を行うことを禁止している。

Cは,商品先物取引の経験,株式取引の経験もなく,自己の判断で先物取引を遂行するにふさわしい知識も能力もなかったし,先物取引を行うにふさわしい財産も有していなかった。

また,被告の社内規則である受託業務管理規則は,委託の勧誘を禁止する者として,平成4年当時は「農業・漁業等の協同組合,信用組合,信用金庫等及び公共団体の公金出納取扱者」(2条6号)を,現在は,「金融機関勤務者,官庁及び地方自治体の出納・会計業務責任者並びに企業,団体等の経理,会計責任者等,本人以外の資金を直接取り扱うことができる者」(4条12号)を指定しているところ,Cは,本件取引開始時,原告の経理課主任の立場にあった。公金取扱者が商品先物取引を行い,取引資金の捻出のために横領を行う事例が後を絶たないことは公知の事実である。被告は,原告の経理担当者であったCに対して委託を勧誘するについては,適合性原則遵守の見地から特に高度の注意義務が課せられていたのに,これに違反し,Cを横領行為に追い込んだ。

よって,被告によるCの勧誘行為には,適合性原則違反,不適格者勧誘の違法がある。

(被告の主張)

Cは,商品先物取引に必要な知識能力を有していた。また,経理担当者であっても,被告の社内審査によって勧誘が認められることもあり,被告の受託業務管理規則により一律に受託が禁じられているものではない。

よって,Cを勧誘したこと自体が違法となるものではない。

ウ 説明義務違反

(原告の主張)

(ア) 説明義務について規定した受託業務規則5条4号・4条1項2号・2項は,先物取引の勧誘をするには,その仕組みや危険性を十分に説明した上で勧誘しなければならず,そのため,先物取引の投機的本質,損失が発生する可能性,取引の仕組み,追証等について事前交付書面に基づいて説明しなければならない旨定めている。これは,商品先物取引が複雑,難解な仕組みを有している上,商品取引員が,商品先物取引の受託業務を独占し,一般消費者が商品先物取引をするためには,商品取引員に委託するほかないこと,商品先物取引に関して専門的な知見を有し,顧客はそれを信頼し,依存して取引を委託していることに鑑み,商品取引員及びその従業員に対し,顧客に対して商品先物取引の受託勧誘をするにあたって,商品先物取引の仕組みや危険性に関する十分な情報を提供し,顧客が自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託するか否かを決することができるように,実質的は説明を尽くすべき信義則上の義務を負わせたものである。

(イ) Cは,投機取引の経験がなく,難解な先物取引の仕組みについては理解力に欠ける者であり,被告担当者もこれを熟知していたのであるから,一般人に対するのと比べ,より詳細かつわかりやすい説明が必要であったにもかかわらず,そのような説明を尽くさなかった。

説明義務が履行され,委託者が先物取引の仕組み,危険性を理解したか否かは,その後の取引内容を見れば一目瞭然である。本件取引においては,後記のように,同一限月の「損切り直し」「減玉直し」「同枚数直し」等という無意味な取引が繰り返し行われており,このことから,Cが,先物取引の仕組み,危険性を理解していなかったこと,説明義務が履行されなかったことが明らかである。

(被告の主張)

被告担当者はCに対し,「商品先物取引委託のガイド」というパンフレットによって,先物取引の仕組み,売買の仕組み,ハイリスクハイリターンであるという取引の性質について説明した。これを受けてCは,商品先物取引の危険性を了知した上で自らの判断と責任において取引を行うことを承諾し,取引を開始した。

(2)  取引継続段階での違法事由

ア 新規委託者保護義務違反

(原告の主張)

(ア) 昭和60年9月に全国商品取引所連合会が定めた受託業務指導基準は,「新規受託者(新たに取引が開始した受託者につき,3か月を保護育成期間とする)からの売買取引の受託にあたっては,原則としてその建玉枚数が20枚を超えないこと」と定めていた。平成2年の商品取引所法改正後は,新規受託者保護規定は日本商品先物取引協会の自主規制に移行したが,かかる規制の流れからして,新規委託者保護義務は,各取引員に課せられた一般的な注意義務である。

本件取引では,Cは,取引開始後わずか2日後の平成4年12月16日の時点で,300万円もの多額の出資をさせられ,同日時点で50枚もの過大な建玉を行っている。これは先物取引未経験,未習熟のCを取引開始当初から極めて危険な状態に陥れるものであり,違法である。

(イ) 被告は,後記のとおり,上記の50枚の取引の受託が社内規則に違反しないと主張するが,商品取引員が上記の「3か月20枚」という基準を自社の社内規則によって緩和することは許されない。

(被告の主張)

本件取引が開始された当時,被告の受託業務管理規則では,取引開始後3か月以内における外務員の受託枚数にかかる判断枠は20枚であり,20枚を超えて50枚までは管理担当班の責任者の審査においてその受託の適否を判断し,50枚を超える建玉については,総括責任者が審査してその受託の適否を判断するとされていた。

本件取引については,取引開始後3か月以内に20枚を超える取引を受託しているが,これについては,受託業務管理規則にしたがった手続を経ている。

イ 一任売買

(原告の主張)

法136条の18第3号,同法施行規則46条3号,受託契約準則24条等は,一任売買〔商品取引員が顧客から取引の種類,上場商品の種類,限月,枚数,指値の値段,等の全部又は一部の決定を一任され,顧客の計算で行う売買取引〕を禁止している。

Cが被告担当者に対して,売買取引について最終的な判断を下し,指示を出したことはないから,本件取引は一任売買にあたる。

(被告の主張)

Cの売買については,売買の都度売買報告書を送付していたので,Cは取引の内容を認識しており,売買は全てCの意思の下に行われていたものである。

C自身も,他に何か儲かる銘柄はないかと被告担当者に問いかけていることを認めている。

ウ 無意味な「直し」売買

(原告の主張)

「直し」とは,既存の売玉又は買玉を仕切って,同一日内に新規で同じ売玉又は買玉をすることをいう。「直し」は,既存の建玉を維持することと何ら変わりはなく,委託手数料の負担がかさむだけ委託者にとっては有害無益なものである。とりわけ,必要以上の枚数を仕切った上で一部を建て直す「減玉直し」,仕切った枚数と同枚数を建て直す「同枚数直し」は,委託者にとって全く無意味である。また,仕切った玉によって損失を出しながら,再度同一の建玉を行う「損切り直し」も無意味な取引である。本件取引では,別紙3のとおり,「減玉直し」が12回,「同枚数直し」が14回,「損切り直し」が10回行われている。

これらの取引の受託は,手数料稼ぎが目的であるとしか考えられない。

(被告の主張)

各「直し」売買が無意味であるという主張は争う。原告主張の「直し」売買は,限月の乗り換えや,仕切と新規建玉との間に情勢の変化があったとみられるものであり,それぞれの取引にはいずれも理由があった。

エ 手数料稼ぎのための取引

(原告の主張)

本件取引では,多くの特定売買〔直し(売り直し,買い直し),途転(建玉を仕切って,同一日内に新規で反対の建玉をすること(異限月含む)),日計(新たな建玉をしてその日のうちに仕切ること),両建(同一商品の建玉と反対の建玉をすること),不抜け(売買損益では利益だが,委託手数料を支払えば差引損金が生じる取引)〕がなされている。特定売買は,委託手数料がかさむばかりで顧客にとっては無益な取引である。本件取引では,Cの無知,理解力不足に乗じて,特定売買が頻繁に行われた。

従前の先物取引被害裁判例においては,農水省が定めた旧チェックシステム等を考慮して,特定売買率が20パーセント,月間売買回転率〔玉を建てて落として1回とする取引を,月平均何回行っているかを表す指標〕が月3回,手数料化率(顧客の損失に占める委託手数料の割合)が10パーセントを超える場合は違法とされてきた。

本件取引における特定売買は,別紙1「建玉分析表」の右端欄に,①直しについては「直」,②途転については「途」,③日計については「日」,④両建については「両」,⑤手数料不抜けについては「不」と表示したとおりであり,売買回数667回のうち264回が特定売買であり,特定売買率は39.5パーセントに達している。また,仕切回数が363回に及ぶので月間売買回転率は約11.6回であり,本件売買によって被告が得た手数料の合計額は,2568万9000円であるから,手数料化率は,42.09パーセントに達している。

このように手数料化率,売買回転率,特定売買率が高いことから,本件取引は被告の手数料稼ぎのために行われたことは明らかである。

(被告の主張)

(ア) 農水省が特定売買比率が20パーセントを超えた場合には監督官庁が指導をすることが定められたとの誤った報道がなされたが,特定売買の比率について述べた判決例の多くは,この報道が真実であることを前提に言い渡されたものである。特定売買は,後記のとおり,それぞれ有用性を持つ取引であり,比率のみをもって売買の妥当性を判断することは適当でない。

(イ) 本件取引の目的物であるパラジウムや金の取引は,ザラ場方式で行われており,委託者から一定数量の売買の注文が出された場合に,取引所の市場で売り注文と買い注文で値段が合致したものから順次売買が成立するので,その売買の一つ一つがそれぞれ1回の売買と扱われる。ところで,特定売買率を取引の妥当性の指標とする場合,1回の売買注文を1回の売買と数えるべきであり,ザラ場方式における上記の売買回数の数え方は不合理である。

原告の特定売買比率の計算方法は,ザラ場方式で行われた取引の売買回数の数え方についての上記問題点をなんら顧慮しておらず,不合理である。

(ウ) 特定売買の有用性について

特定売買は,次のとおり,それぞれ有用な取引である。

a 「直し」(売直し,買直し)について

売直し,買直しという取引が行われるについては,同じ商品の「売り」又は「買い」であっても,相場の状況によって期近のものから期先のものに(状況によっては期先のものから期近のものに)乗り換えるために行われることがある。また,一旦仕切っても,その後の相場の状況で建て直すことが良いと判断されることもある。

そして相場の流れに遅れないように進めていくためには,短時間の間にこの取引を行ってしまうことが適切である場合が多い。

その他,建玉に利益が出ている場合で更に同一方向での値動きが予測される場合に,一旦益が出ている建玉を仕切って利益金を出してそれを証拠金に積み足して建玉数を増やし,大きな利益をねらうというケースもある。

b 「途転」について

相場が予測と逆に動いた場合又は動きそうな場合に,手仕舞いをして一時休むか,反対方向に動いて利益を積極的にねらうか,そのまま建玉を維持して値の回復を待つか,又は後述のとおり両建して様子を見るかは,利益を得ようとして取引を行っている者の判断により戦法として選択されるものであり,どの戦法が正しい又は有利であるとは言いきれない。

c 「日計り」について

日計りは,規定上委託手数料が半額とされていることもあり,短時間で利益を確保し,又は損失の拡大を防ぐために行われる有用な取引方法である。

d 「両建」について

(a) 両建は,委託者が相場の様子を見ながら取引を継続して相場の回復を待つ,すなわち,値が予測と逆の方向に動いて生じた計算上の損が,値が戻ってきて損でなくなり,更に値が当初の予測の方向に動いて利益となるのを待つことがねらいの有効な取引である。両建するためには手数料が必要であるが,その手数料は決して,無意味なものではない。

(b) 異限月間の両建においては限月それぞれに割高感,割安感がある場合にその値動きの差によって利益を得ようとする手法があるのであり,その場合,リスクも小さくなるので,同限月の両建とは違った意味で十分に意味のある取引である。

(c) 委託者は損が出た玉を仕切って損を確定されることはしたくない,自分の建てた玉の値の回復を待ちたいという心理を持っており,両建にして,損が拡大していく不安を回避しながら値の動きを見ていたいという心理もあって両建という方法を選択するのである。このような取引をする者の心理を無視して,両建を全く無意味な取引であると主張するのは,先物取引という投機性の高い取引を行っている者の取引心理を無視した机上の空論である。

e 「不抜け」について

先物取引における値の動きによる損益の発生が短時間で大きく生じることはしばしばあり,手数料が抜けるか抜けないかで建玉の仕切りの時期を決めるのは本末転倒である。結果的に手数料不抜けになる場合でも,それ以上建玉を維持することが利益につながらないと判断されるときは建玉を仕切ることが適切である。

オ 説明義務違反

(原告の主張)

委託者が個々の売買をする際にも,商品取引員は,その売買の意味,リスク,他の有効な方法の有無等について十分な情報を提供し,委託者がこれを理解したうえで,自らの判断によって個別の取引を行うことができるよう説明を尽くすべき義務を負っている。

本件では,Cにとって無意味な売買が繰り返されており,取引継続中の説明義務が尽くされていなかったことは,客観的な取引経過より明らかである。

(被告の主張)

本件取引については,売買報告書がすべてCに送付され,Cの意思の下に行われていたものであるから,原告の主張は争う。

カ 因果玉の放置

(原告の主張)

値洗いが損となっている建玉をそのまま放置して損が増えるに任せる一方,これと反対の建玉をして表面上利益を出すと,委託者の損勘定に対する感覚を誤らせるおそれがある。

本件では,多数の建玉が,因果玉として長期間保有,放置され,多額の損失を発生させている。

(被告の主張)

本件取引については,売買報告書がすべてCに送付され,Cの意思の下に行われていたものであるから,原告の主張は争う。

キ 不当な増し建玉

(原告の主張)

(ア) 新規委託者に対しては,精算は原則として1回ごとに行い,取引を継続するかどうかを十分検討させ,納得させてから新たに証拠金を預託させて取引を継続させるべきである。

建玉を仕切っても,委託者に精算金を返還せずに,証拠金振り替えによって次の証拠金に充当することは,1回の値下がりでそれまでの利益を失ってしまう危険があるだけでなく,取引を過大なものにし,新規委託者保護の趣旨にも反する。

(イ) 被告は,多額の金銭をCに無断で証拠金に振り替えた。Cは,利益が出ていた取引があったにもかかわらず,一度も精算金を受け取っていない。

(被告の主張)

本件取引については,売買報告書がすべてCに送付され,Cの意思の下に行われていたものであるから,原告の主張は争う。

(3)  消滅時効完成の有無

(被告の主張)

ア 本件取引は,平成7年7月7日に全建玉が仕切られ,同月10日に証拠金残金6万0690円がCに返還されたことにより,すべて終了した。

イ 仮に,本件取引に関して,Cが被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有していたとしても,同請求権は,次のとおり,時効により消滅した。

すなわち,Cは,被告担当者の言動も,本件取引の内容も十分に認識していた上,本件取引終了前に,消費生活センター等に相談することを考えたのであるから,Cは,本件取引が終了した時点,あるいは,それから程ない時点(少なくとも本件訴訟が提起された平成17年5月25日より3年前の平成14年5月25日より以前である)において,本件取引について違法性の認識を有していたと認めるべきであり,この時点が短期消滅時効の起算点になる。

ウ 仮に,本件取引に関して,Cが被告に対して債務不履行に基づく損害賠償請求権を有していたとしても,同請求権は,取引終了後5年を経過した平成12年7月10日の経過をもって時効により消滅した。

なお,委託商品先物取引は,絶対的商行為であり,被告にとって,商品先物取引の委託を受ける行為は営業としてなされている行為であり,営業的商行為でもある。

Cの被告に対する委託の対象となっていたのは,一定期間にわたり多数回繰り返される,投機性が高く,取引所においてする取引として絶対的商行為とされている極めて商事性の高い取引であるから,その委託についての連絡,指示の有無,適否の確認等については,商取引に要求される迅速な処理が求められている。

したがって,これらの委託行為についての連絡,指示の有無,適否等に起因する債務不履行に基づく損害賠償請求権も商事債権として短期消滅時効の適用があると解すべきである。

エ 本件は,取引終了後10年近くが経過した後に提起された訴訟であって,被告は,資料が散逸し,担当者の記憶も薄くなっていて,本件取引当時の複雑な事情を説明することができず,原告の主張に対して有効な反論をすることに困難をきたしている。原告の本件請求を,消滅時効を理由に排斥することは現実的な合理性をもった結論である。

(原告の主張)

ア 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点

Cにおいて,本件取引が不法行為となることを認識することが可能となったのは,Cが原告代理人弁護士らと滋賀刑務所で面会した平成17年4月12日であり,不法行為に基づく損害賠償請求権の時効の起算点は,同日である。

イ 債務不履行に基づく損害賠償請求権の非商事債権性

(ア) 本件取引は,商品取引所での商品取引の取次委託契約であり,民法上の委託契約に過ぎず,絶対的商行為や営業的商行為には該当しない。

(イ) 仮に本件取引が被告にとって商行為に該当するとしても,原告が請求している債務不履行に基づく損害賠償請求権は商事債権ではなく,商事時効の適用はない。

原告請求にかかる,Cの被告に対する損害賠償請求権は,債務の履行不能による損害賠償請求権のように,前提となる法律行為から変形した債権ではなく,本件取引に付随する信義則上の各種義務に違反して発生したものであるから,商行為に属する法律行為から生じたもの,またはこれに準じるものとはいえない。

(ウ) また,原告の主張する損害賠償請求権の内容は,通常の商取引上発生するような定型的な債権,例えば売買代金債権等とは異なり,極めて非定型的で,訴求するとしてもその義務の有無,内容の確定など困難な事情が生じるものであるから,一般の商取引におけるような迅速性を要求することは妥当ではない。

(エ) したがって,本訴請求にかかる債務不履行に基づく損害賠償請求権には,商法522条の趣旨は及ばず,その消滅時効の期間は10年と解すべきである。

(4)  損害

(原告の主張)

ア 被告の不法行為ないし債務不履行により,Cは,出捐額と返金額の差額である6103万9310円の損害を被った。

イ Cは,被告の不法行為ないし債務不履行により,多額の現金を詐取され,甚大な精神的苦痛を被ったものであり,これを金銭に見積もると200万円を下回らない。

ウ 原告は,本件訴訟手続を原告代理人らに委任し,弁護士費用として600万円の支払をしたが,これは,被告の不法行為ないし債務不履行と因果関係のある損害である。

(被告の主張)

争う。

(5)  過失相殺の主張の当否

(被告の主張)

本件取引による損害の発生及び拡大に関しては,次のとおり,Cにも重大な過失が存在するので,損害額を定めるについては,これを斟酌すべきである。

ア Cは,本件取引当時,38歳から41歳という社会的能力,判断力を備えた年齢にあり,また,長年の経理事務の経験から,通常の取引では,高率での利益が発生することなどあり得ないことを知っていたから,本件取引を開始するに当たり,あるいはその継続中,取引のリスクがあることを十分に認識していた。しかるに,Cは,自己が横領した金銭の穴埋めをする目的で,リスクを承知の上で取引を拡大し,損害を増大させた。

イ Cは,本件取引が終了した後も,自らの横領行為が発覚するのを恐れ,本件取引について被告に対する責任追及をしなかった。そのため,原告がCに代位して本件訴訟を起こしたときには,被告の側では,原告の主張に反論するための資料が散逸しており,被告は,本件訴訟において,不当に不利な地位におかれた。また,本件請求が一部でも認容される場合,不当に長期間にわたる遅延損害金が発生することになった。

(原告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  前記基礎となる事実に証拠(甲1,3,15,乙1,3,証人Cの証言(以下「証人C」という。))及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。

(1)(Cの横領行為)

ア Cは,高校卒業後の昭和48年に原告に入社して,経理事務に従事したが,昭和49年ころからは,原告の本部経理全般を事実上一人で担当していた。(甲3)

イ Cは,昭和60年ころ,妻子及び妻の母と同居しており,生活費がかさんで住宅ローンの支払に困ったことから原告の金銭を横領し,その後,住宅ローンや車のローンの支払,パソコンやオーディオ機器の購入,飲食費等のために横領を繰り返すようになった。原告においては,Cに全幅の信頼をおいて経理事務を任せており,支払や入金の伝票類,金庫内の小切手,現金額についてCの上司や同僚が確認して照合する等のチェック態勢はとっておらず,会計事務所による経理監査も,支払伝票等の証票を照合するまでのことはしていなかったため,Cは,原告の現金を横領しても,それに見合う小切手残高を水増しする等の方法で,その発覚を容易に防ぐことができた。(甲3,証人C2頁)

ウ Cが本件取引を開始した平成4年12月当時,Cの横領額は約2000万円に達していた。(甲3,証人C3頁)

(2)(本件取引開始の経緯)

ア 平成4年12月初旬,被告担当者は,Cの出身高校の名簿を見てCを把握し,Cの職場に電話をかけてきた。そして,Cに対し,自分が高校の同窓生であると説明し,一度会って,話だけでも聞いてほしいと述べた。その後,被告の担当者2名が原告会社にCを訪ねて来たので,Cは原告会社の応接室で2名と面談した。その際,その2名は,Cにパンフレットを見せつつ,商品先物取引の説明をし,今は相場が上り調子であるなどと言って同取引を始めることを勧誘した。Cは,2名の説明によって,商品先物取引は,必ず儲かるとの印象を受け,儲かれば上記横領の穴埋めができると考えて取引を開始することとした。(甲3,甲15,証人C5頁)。

イ なお,Cは,本件取引を開始する以前,商品先物取引や証券株式取引,金融商品への投資経験はなかった。(甲15,証人C4頁)

ウ 平成4年12月11日,Cは,約諾書に署名押印して被告に差し入れるとともに,被告担当者から,受託契約準則,商品先物取引委託のガイド(危険開示告知書並びに充用有価証券の種類,銘柄及び充用価格の基準を明記した書面を含む。)を受け取った(甲7,乙1)。

(3)(本件取引開始後の経緯)

ア 平成4年12月14日,Cは,被告担当者から,パラジウム25枚の買建を勧誘された。Cは,「25枚」が「25万円分」のことだと思って同取引を委託して,本件取引が始まった(別紙1「建玉分析表」の1,2番)。これに伴い,Cは,被告担当者から,証拠金として同日150万円の,翌15日150万円の各支払を求められた。Cは,驚愕したが,取引をしてしまった以上仕方がないと考え,原告の金銭を横領して,被告に対し,その金銭を振り込んだ(別紙2「C・返還可能額・投機損益分析表」の1,3番)。Cは,同月16日にもパラジウム25枚を買建し,その時点でCの建玉は50枚に達した。(甲3,証人C12頁)

イ 本件取引は,東京工業品取引所のパラジウムから始められたが,平成5年4月からは東京穀物商品取引所の粗糖の取引も開始され,その後は,東京工業品取引所の金,白金,ゴム,東京穀物商品取引所のコーン,米大豆,小豆,関門商品取引所の一般大豆,コーン,大阪繊維取引所の大繊40の各取引がなされた。取引枚数は,上記のとおり25枚から開始され,取引開始後約3か月が経過した平成5年3月12日において建玉の枚数は92枚に及び,その後も増加の一途をたどって,同年10月8日には400枚を超えた。その後しばらくは400枚前後で推移した後,徐々に減少し,平成6年1月ころからは数十枚ないし100枚前後で推移していたが,平成7年5月ころから再び増加を始め,同年6月ころには400枚を超えたが,同年7月7日にすべてが手仕舞いされた。取引の回数(建玉と仕切の回数の合計)は,667回に及ぶ。

ウ 本件取引は,確定損益では当初は利益を計上しており,平成5年9月13日ころの確定損益は約1300万円の利益であったが,その後,損失が増え出し,同年11月15日には確定損益がマイナスに転じ,マイナス額は,同年12月24日には1000万円を,平成6年1月28日には2000万円を,同年12月22日には3000万円を,平成7年6月21日には4000万円を,同月26日には5000万円を超えた。もっとも,確定損益が利益を計上していた当時も,建玉に含み損があったため,全建玉を仕切った場合の投機損益は,本件取引の全期間を通じてマイナスであった。Cは,本件取引期間中,被告から,本証拠金,追証拠金,臨時増証拠金等として一方的に入金を求められ,その都度原告の金銭を横領してその求めに応じた。その累計額は,平成5年7月には1000万円,同年9月には2000万円,平成6年7月には3000万円,同年12月には4000万円,平成7年3月には5000万円,同年6月には6000万円を超えた。一方,初期の確定利益はその全額が証拠金に振り替えられて取引の拡大に使用され,Cに引き渡されることはなく,Cが被告から返金を受けたのは,取引終了時の6万0690円だけであった。

エ 本件取引のうち,いわゆる特定売買に当たるものは,別紙1「建玉分析表」の「直」「途」「日」「両」「不」の欄に印が付けられているものである。これは,順に「直し」(既存の建玉を仕切って,同一日内に新規で同じ建玉をすること)「途転」(既存の建玉を仕切って,同一日内に新規で反対の建玉をすること,異限月を含む。)「日計り」(新たな建玉をして,それを同一日中に仕切ること)「両建」(既存の建玉と反対の建玉をすること)「不抜け」(売買では利益を計上しているが,手数料を考慮すると損になる仕切のこと)を意味する。その回数は,同表末尾に記載のとおりであり,直しが95回,途転が58回,日計りが15回,両建が69回,不抜けが27回に及ぶ。

オ とりわけ,上記の95回の直しのうち,仕切った枚数の一部を建て直す「減玉直し」が12回,仕切った枚数と同枚数を建て直す「同枚数直し」が14回ある。また,仕切った玉によって損失を出しながら,再度同一の建玉を行う「損切り直し」も10回ある。その明細は,別紙3記載のとおりである。

カ Cは,被告担当者から追証の入金を求められた際,被告担当者に対し,「金がない。預金もない。借金をしている。親の金も使い込んでいる。このままでは家を売らんならん。これ以上の金は出せない。」等と訴えたことが何回もあった。

2  以上の事実を前提に,原告が主張する違法事由について検討する。なお,原告が主張する違法事由は,いずれも投資家保護のために定められた商品取引所法,同法施行規則,商品取引所の受託契約準則,被告内部の規則等に違反するというものであるが,これらは行政的取締法規ないし業法的,内部的取り決めであって,これらに違反するからといって直ちに私法上違法であるとはいえない。しかし,これらに違反することによって,取引全体が社会的相当性を逸脱したと評価できるときは,その取引全体が私法上の違法性を帯びるというべきである。そして,社会的相当性の逸脱の有無を判断するについては,商品先物取引が投機性の極めて高い取引であること,商品取引員と一般の顧客との間には,情報,経験,能力等の面で歴然とした格差があり,顧客は,業者の助言や勧誘を信頼していること,商品取引員は,商品取引所法によって特権的な地位が与えられ,その反面として投資家の保護,育成を図るべき立場にあることを考慮すべきである。

(1)  取引勧誘段階での違法事由の主張について

ア 無差別電話勧誘規制違反の主張について(争点(1)ア)

(ア) 平成4年当時,法136条の18第5号,同法施行規則46条5号,6号は,商品取引員に対して,取引の委託をしない旨の意思を表示した者に対して勧誘すること及び顧客に迷惑を覚えさせるような時間に行う勧誘その他の迷惑を覚えさせるような仕方での勧誘を行うことを禁止していた。

(イ) 1の(2)のア事実によれば,被告担当者は,Cの出身高校の名簿を見てCに対して無差別の電話勧誘をしたものではあるが,Cがこれを迷惑に感じたことの証拠はなく,Cが取引の委託をしない旨の意思を表示したことの証拠もないから,被告のCに対する本件取引の勧誘が,上記の法や施行規則に違反すると認めることはできない。

イ 適合性原則違反の主張について(争点(1)イ)

(ア) 平成4年当時,法136条の25第1項4号,受託業務規則3条,5条1項1号によると,商品取引員に対して,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行うことを禁止していた。

(イ) 本件取引の勧誘を受けた当時,Cは,年齢的にも相応の社会的経験を積んでおり,特に経理面では専門的知識を有していたと考えられる。しかし,Cは,それ以前,商品先物取引や証券取引等の経験がなく,一給与所得者にすぎなかったから,投機性の高い商品先物取引を勧誘する相手として適当であったとは言いがたい。しかも,Cは,原告の経理担当者であり,原告の金銭を着服横領することが可能な立場にいたから,商品先物取引で多額の損失を被ったときには,横領等の犯罪行為を誘発しかねない顧客であった。なお,被告の受託業務管理規則は,平成4年当時は,「農業・漁業等の協同組合,信用組合,信用金庫等及び公共団体の公金出納取扱者」に対する勧誘を禁じていたが,企業の経理担当者の勧誘を明示的に禁止してはいなかった。しかし,「農業・漁業等の協同組合,信用組合,信用金庫等及び公共団体の公金出納取扱者」に対する勧誘を禁止した趣旨が,犯罪行為の誘発を防ぐことにあることは明白であるから,その趣旨は,明示されていなくとも,企業の経理担当者にも及ぶのであって,そのことは,被告の担当者も容易に理解できたはずである。そうすると,被告の担当者としては,Cに対して商品先物取引を勧誘することは,特段の事情のない限りこれを控えるべきであったというべきであり,特段の事情を認めるに足る証拠はない。

(ウ) なお,本件取引を開始するに当たり,Cが被告の担当者に対して,自らの担当職務を説明したとまで認め得る証拠はない。しかし,一般に,商品先物取引業者は,顧客を勧誘するに当たっては,その適合性を判断するために,その職業,担当職務,収入等を調査するはずであり,Cが被告の担当者からその旨の質問を受けたときに,正直に答えなかったとは考え難いから,被告の担当者は,Cが経理を担当していることを知っていたと推認すべきであり,仮に知らなかったとすれば,そのこと自体が担当者の落ち度であるというべきである。

ウ 取引勧誘段階での説明義務違反の主張について(争点(1)ウ)

(ア) 商品取引員に対し,受託業務規則4条1項2号は,取引の仕組み,その投機的本質及び預託資金を超える損失が発生する可能性について,同条2項は,取引のために預託した証拠金額をはるかに超える金額の取引を行っている事実及び委託追証拠金制度の概要について,それぞれ顧客に説明することを求めており,同規則5条4号は,商品取引員が,上記説明すべき内容について,事前交付書面に基づいて説明をしないで勧誘し,受託すること等を禁止している。

(イ) 1(2)ウで記載したように,本件取引開始に当たり,Cは被告担当者から,受託契約準則,商品先物取引委託のガイド(危険開示告知書並びに充用有価証券の種類,銘柄及び充用価格の基準を明記した書面を含む。)を受け取ったものであり,C自身が,取引開始前の説明は詳しく丁寧にしてもらった旨供述している(証人C13頁)ことにも鑑みると,被告担当者は,(ア)の説明すべき内容について,書面に基づいて一応の説明はしたと認められる。しかしながら,1(3)アの事実によれば,Cは,最初の具体的な取引勧誘を受けた際,被告担当者の説明中の「25枚」の意味を全く理解していなかったから,被告担当者がCが理解できるように丁寧な説明をしたかについては疑問なしとしない。もっとも,それ以上に積極的に説明義務に違反したと認めるに足る証拠はないし,原告は,その後,無意味な取引が繰り返し行われたことが取引開始時の説明義務を尽くさなかったことを裏付けていると主張するが,その後の取引は,個別の事情や経緯の下で行われたものであるから,上記主張は採用できない。

(2)  取引継続段階での違法事由の主張について

ア 新規委託者保護義務違反の主張について(争点(2)ア)

(ア) 証拠(乙3)によると,本件取引当時被告が定めていた「受託業務管理規則」には,商品先物取引の経験のない委託者については,3か月間の習熟期間を設け,当該委託者の資質・資力を考慮の上,相応の建玉枚数の範囲においてこれを行うこと等が定められていたこと(6条),その付属文書である「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱要領」によると,商品先物取引の経験のない委託者につき外務員の判断で受託できるのを20枚までとすること,これを超える建玉の要請があったときは,当該顧客のサービスチームの責任者の判断で50枚の範囲内で受託できること,これを超える建玉の要請があったときは,顧客サービスの統括責任者が判断することが定められていたこと,以上の事実が認められる。

(イ) 1の(3)ア,イで記載したように,被告は,Cの取引開始後3日目には,50枚の建玉を保有させ,保護育成期間内に92枚もの建玉を保有させたのである。被告は,Cから20枚を超える取引を受託するについては受託業務管理規則にしたがった手続を経ている旨主張するが,問題は,Cの資質・能力に照らし,新規受託者保護のための原則的な建玉制限である20枚を超えることを許容すべき事情があったか否かであるところ,被告は,その事情を主張しないし,1の(1)イで認定したCの生活状況(住宅ローンの残った自宅で妻子や妻の母と同居していたこと),投資経験がなかったこと,収入が給与所得しかなかったこと等に照らし,その事情が認められるとは考えがたい。

(ウ) そうすると,本件取引の初期における被告の受託状況は,新規委託者の保護の要請に実質的に違反するものであったというべきである。

イ 一任売買の主張について(争点(2)イ)

(ア) 法136条の18第3号,同法施行規則45条は,商品取引員が,商品の種類,取引の種類及び期限,数量,対価の額又は約定価格等について顧客の指示を受けないで受託することを禁じ,法136条の18第5号,同法施行規則46条3号は,顧客の指示を受けないで顧客の計算によるべきものとして取引をすることを禁じている。

(イ) Cの供述中には,「『両建』という言葉は分かるが意味は分からない。『途転』『直し』という言葉は知らない。取引の銘柄は,パラジウムと金以外は覚えていない。被告の担当者に『何とかしてくれ』と言うと,具体的な取引を推奨してくるので,『それでお願いします』と言った」との部分があり,その供述の信用性を疑うに足りる事情はない。本件取引は,約2年7か月間に667回の回数を数え,取り扱った商品も多岐にわたっているところ,Cに投資経験がなかったこと,本件取引を開始した後,Cが商品先物取引について俄に調査研究を始めたと認めうる証拠がないことに照らし,これらの取引がCの主導的な意思でなされたとは認めがたく,Cの上記供述内容にも照らすと,むしろ,Cは,ほとんどの場合,被告担当者から勧められた取引をそのまま委託していたと認めるのが相当である。

しかしながら,被告の担当者が商品の種類,取引の種類,期限,数量,対価の額,約定価格等について具体的に説明して勧め,Cがそのとおり取引を委託したのであれば,それが上記法令に違反するということはできないし,上記認定を超えて,被告の担当者が上記の商品の種類等について具体的な説明をしないで取引を受託したとまで認めるに足る証拠はない。

ウ 無意味な「直し」売買の主張について(争点(2)ウ)

原告は,「直し」取引,とりわけ,必要以上の枚数を仕切った上で一部を建て直す「減玉直し」,仕切った枚数と同枚数を建て直す「同枚数直し」は,委託者にとって全く無意味である,また,仕切った玉によって損失を出しながら,再度同一の建玉を行う「損切り直し」も無意味な取引であると主張するところ,これらの取引が相当回数みられるのは1の(3)オで認定したとおりであるし,これらは,その有用性を認める特段の事情のない限り,無益な取引と評価されてもやむを得ないというべきである。

被告は,「直し」取引には,限月を乗換える必要がある場合や,一旦仕切った後に相場の情勢に変化が生じた場合等があり,いずれも無益な取引ではないと主張するところ,なるほど別紙3に記載のとおり,本件で行われた「減玉直し」「同枚数直し」「損切り直し」には,限月が異なるものが相当数あるが,同一限月のものも少なくなく,これらの場合に,相場にどのような情勢変化があったかについて,被告は具体的な主張をしないから,少なくとも同一限月のものについては,無益な取引であったと評価せざるを得ない。

エ 手数料稼ぎのための取引の主張について(争点(2)エ)

(ア) 特定売買は,相場の変動状況等によっては,それぞれに有用な方法である場合があり,常に無益な取引手法であるとはいえないが,相場の動きの予想に関する情報や,それに対処する専門的知識を持たない顧客としては,担当者からの情報提供及びこれに基づく勧めがあれば,その説明内容が十分理解できなくとも,その勧めに従うことになりがちであるから,商品取引員としては,さしたる有用性がなくとも,手数料稼ぎのために特定売買を勧める強い誘惑があるということができる。そうすると,特定売買の不当性を判断するためには,本来的には,個々の特定売買ごとに如何なる有用性があったかを検討すべきであるが,取引を全体的に観察して,取引総回数のうち特定売買が占める割合(特定売買率)を算出し,これと,取引の1か月当たりの頻度(月間売買回転率),顧客の損失に占める手数料の割合(手数料化率)を指標として,商品取引員の手数料稼ぎの動機を推認するのは,理由のないものではない。

(イ) 1の(3)エで記載したように,本件取引のうち,特定売買は264回に及び,全取引回数の39.5パーセントを占めていて,その割合は相当に高いと言わなければならない。また,取引期間が約31か月,仕切回数が363回に及ぶので月間売買回転率は約11.7回であり(363÷31=11.709(小数点以下4桁以下切り捨て。以下同じ。),Cの損失合計は6103万9310円,そのうち手数料は2568万9000円であるから,手数料化率は42パーセントである(2568万9000÷6103万9310=0.420)。これらの数値は,従前,我が国で先物取引受託の違法性が認められた多くの裁判例の事例と比較しても,相当高率であるということができ,被告の担当者に手数料稼ぎの目的があったことを否定できないというべきである。

なお,被告は,特定売買率を算出するに当たり,ザラ場方式の取引について,順次成立する取引の一つ一つを1回の取引として特定売買の回数を数えるのが不合理であると主張するが,特定売買以外の取引についても,同様の数え方をしているのであるから,これを不合理ということはできない。

オ 取引継続段階での説明義務違反の主張について(争点(2)オ)

(ア) イの(イ)で記載したとおり,本件取引のほとんどは,被告担当者の勧めにCが応じる形で行われたと認められるところ,商品先物取引が投機性の極めて高い取引であること,商品取引員と一般顧客との間の商品の値動きに関する情報や対処の手法についての知識の大きな格差等に照らすと,商品取引員は,具体的な取引を勧めるに当たり,その取引の意味,有用性,危険性,取引を繰り返すことによって手数料が嵩むこと等について委託者に十分に説明し,その理解を得て取引の受託を受けるべきである。

(イ) 本件取引は,エの(イ)で記載したように,回数が頻繁であり,特定売買の回数が多く,Cは被告に対し,2500万円を超える手数料を支払う結果になっているから,Cが個々の取引の意味,有用性,危険性等を理解,認識して各取引を被告に委託したものとは考えがたい。そうすると,被告担当者が具体的な取引を勧める際にCにした説明は,不十分だったと認めざるを得ない。

カ 因果玉の放置の主張について(争点(2)カ)

(ア) 因果玉〔安値で売った後に相場が上がりまたは高値で買った後に相場が下がって,損計算となっているため手仕舞えなくなっている建玉のこと〕といっても,相場が逆転すれば利が乗った建玉となるものであるから,建玉に対して事後的な評価をしたものにすぎない。将来の相場を見通すことは容易ではないから,一般的にいって,顧客が自ら実損を確定させる決断をせずに取引を継続した場合に,ある一定の建玉が因果玉として残ってしまうことは商品先物取引の構造上,ある程度やむを得ないものである。

(イ) そうすると,特段の事情のない限り,因果玉が残ったことだけで商品取引員の投資勧誘に違法があったとはいえないところ,本件では,具体的にどの建玉が因果玉であるかの指摘もなく,まして,上記特段の事情の主張もない。

キ 不当な増し建玉の主張について(争点(2)キ)

(ア) 利益が出た場合に,利益金の返還を受けるか,これを証拠金に振り替えるかは,顧客が自由な意思で決めるべきことであり,商品取引員が返還を求める顧客の意思に反して証拠金に振り替えたり,顧客の意思を確認しないで証拠金に振り替えたりすれば,その行為は違法の評価を免れない。

(イ) 本件取引においては,別紙2「C・返還可能額・投機損益分析表」の「帳尻から証拠金への振替額」欄に記載のように,利益金(帳尻)から証拠金への振替が頻繁になされ,取引終了時を除き,被告から原告に返金がなされたことはなかった。

(ウ) Cの供述中には,

「被告担当者に対し,利益金の返還を求めたのにこれが証拠金に振り替えられ,返還されなかった」との部分がある(証人C10頁等)。Cは原告の多額の金銭を横領をしていたのみならず,被告に入金する証拠金も原告から横領して調達していたから,利益が出たときは少しでも横領の穴埋めをしたいと考えるのは自然であり,Cの上記の供述を疑うべき事情はない。そうすると,被告担当者には,Cの意思に反して利益金を証拠金に振り替えた違法があったというべきである。もっとも,その回数や金額を認定するに足る証拠はない。

(3)  以上の検討の結果によると,被告の担当者は,Cが商品先物取引については不適格者であったのに,これを勧誘し,取引の初期から新規委託者の保護の要請に違反して大口の取引をさせ,その後の取引は,有用性が不明な直し売買が相当数あり,これを含めて,特定売買の数も割合も多く,被告が取得した手数料も多額に上り,被告担当者に手数料稼ぎの目的があったことを否定しがたく,個々の取引についての説明が不十分だったと認めざるを得ず,Cの意思に反して利益金を証拠金に振り替えたことまであったのであるから,被告の担当者がCに対してした本件取引にかかる投資勧誘は,全体として社会的相当性を逸脱し,違法であると評価すべきである。

(4)  消滅時効完成の有無(争点(3))

ア 不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから3年間行使しないときは,時効によって消滅する(民法724条)。ここに「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度においてこれらを知った時を意味すると解するべきである。(最高裁判所昭和48年11月16日判決,民集27巻10号1374頁参照)。

イ 不法行為の被害者が加害者に対して賠償請求をするためには,加害者の違法行為を認識する必要がある。通常の不法行為の場合,損害が発生した事実が何らかの違法行為があった事実と直結するが,商品先物取引の勧誘を巡る不法行為の場合は,これが直結しない。すなわち,商品先物取引の委託及び受託,並びに商品取引員の外務員がする取引の受託に向けての投資勧誘行為は,それ自体は全くの適法行為である。そして,商品先物取引の本質が投機であるから,これによって顧客が損失を被ったとしても,原則的には,顧客が相場判断を誤ったことの結果,すなわち自己責任である。また,外務員の勧誘行為に問題があっても,それが違法かどうかについては明確な境界線を引くことができるものではない。したがって,外務員の違法行為によって顧客が損失を被った場合であっても,顧客がその違法行為を認識することは,法律専門家等の助言のない限り,多くの場合困難であるということができる。

ウ 本件においても,本件取引が終了した平成7年7月10日の時点でCにおいて被告担当者の違法行為を認識し得たとは言えないし,本件訴訟が提起された平成17年5月25日から3年を遡る平成14年5月25日までの間に,Cが,被告の担当者の違法行為を認識したと認めるに足る証拠はないし,通常人であれば認識し得たと認めうる事情も認められない。なるほど,Cは,証人尋問において,本件取引において,追証の支払を求められるばかりで,利益金を全く入手できなかったため,取引を開始して半年が経過したころから,被告の担当者の口車に乗ってしまったな,騙されたなと感じた旨供述するが,だからといって,セールストークとして許される範囲を超えて違法であるとまで認識し得たとは認めがたい。また,Cは,取引継続中,手仕舞いをすれば追い銭がいると思ったので,追い銭なしに被告との取引を止める方法がないか,消費生活センターに相談に行こうと思った旨供述するが,だからといって,被告の担当者の違法行為を認識していたとは認めがたい。

エ よって,Cの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権が時効消滅した旨の被告の主張は採用できない。

(5)  損害(争点(4))

ア Cは,被告担当者らの不法行為の結果,差引損益金6103万9310円の損害を被ったと認められる。

イ 原告は,Cの損害として慰謝料を主張するが,一般に財産的損害が金銭賠償により填補された場合には,特段の事情のない限り損害賠償によって慰謝すべき精神的損害は発生しないというべきところ本件において特段の事情があったことを認め得る証拠はないから,これを損害と評価することはできない。

ウ なお,原告は,弁護士費用をも請求するが,弁護士費用はCに生じた損害ではないし,原告は,被告の不法行為の被害者ではないから,原告が被告に対し,弁護士費用の請求はできない。

(6)  過失相殺の主張の当否(争点(5))

ア Cは,少なくとも本件取引を開始した後は,商品先物取引にリスクがあることを身をもって知りながら,横領の穴埋めをする目的で取引を続けたものである。そして,Cが,本件取引を続け,被告担当者から勧められるままに多数の取引を委託し,求められるままに証拠金の支払いを続けたことには,必要な金銭を横領によって安易に捻出できたことが影響していると考えざるを得ない。証拠金を自らの金銭で捻出するのであれば,もっと慎重に対処したと考えられるし,もっと早期に手仕舞いしていたと考えられるのである。すなわち,Cが原告の金銭を横領していたこと,本件取引の必要資金も横領によって捻出していたことが,Cの損害を拡大させた要因の一つであったというべきである。もっとも,被告担当者らは本件取引開始当初からCの財産状態は把握していたはずであり,かつCからその窮状を訴えられていた(1の(3)のカ)のにCに6000万円を超える金銭を支出させたことに鑑みると,Cが原告の金銭を横領していることを少なくとも知り得たと考えられる。

イ 被告は,Cが長期間被告に対する責任追及をしなかったことを過失相殺事由として主張するが,Cに被告担当者の違法行為を認識し得なかったことについて過失があるとは認めがたいから,上記主張は採用できない。

ウ アの事情は,Cの被告に対する損害賠償の額を定めるに当たって斟酌すべきである。そして,アの事情,被告担当者の違法行為の程度,内容,その他,本件に現れた一切の事情を考慮すると,Cの過失割合を5割として,これを被告が支払うべき損害賠償額から控除するのが相当であり,そうすると,過失相殺後の損害額は3051万9655円となる。

3  結論

以上の検討の結果によれば,被告担当者の使用者である被告は,民法715条により,Cの代位者である原告に対し,金3051万9655円及びこれに対する不法行為の後の日である平成7年7月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであり,原告の請求は,この限度で正当として認容すべきであり,その余は棄却すべきであるから主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井戸謙一 裁判官 土井文美 裁判官 大川潤子)

<以下省略>

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