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京都地方裁判所 平成17年(ワ)1247号 判決 2007年10月23日

主文

1  被告は,原告らに対し,それぞれ615万円及びこれに対する平成12年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告らに対し,それぞれ2997万6119円及びこれに対する平成12年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告の設置・運営する京都府立医科大学附属病院(以下「被告病院」という。)において,被告との間で診療契約を締結し,気管支喘息(以下,単に「喘息」ともいう。)に対する入院治療を受けていたAが死亡したことにつき,Aの相続人である原告らが,被告病院の医師には,①Aの喘息の重症度の診断を誤った過失,②本件当時は喘息治療薬として厚生大臣(現厚生労働大臣)の承認(以下「適応承認」という。)を受けていなかったソル・メドロール(ステロイド薬)を不相当に大量投与した過失,③喘息の治療薬としての有用性のない免疫抑制剤を投与した過失,④汎血球減少の症状が現れたにもかかわらず,上記免疫抑制剤の投与を中止しなかった過失があるなどと主張し,被告に対し,債務不履行及び不法行為(使用者責任)に基づき,損害(死亡逸失利益2300万2239円,死亡慰謝料3000万円,葬儀費用150万円,弁護士費用545万円の合計5995万2239円を,原告らそれぞれの相続分〔各2分の1〕に応じた割合で按分した額である各2997万6119円)の賠償及びこれに対する遅延損害金(Aの死亡の日である平成12年4月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によるもの)の支払を求める事案である。

2  当事者間に争いのない事実等

次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(後掲のもの)により容易に認定できる。

(1)  関係者

ア 被告等(乙A6,9,14)

被告は,被告病院を設置・運営する地方公共団体である。

D医師は,平成7年3月に京都府立医科大学(以下「被告大学」という。)を卒業し,被告病院で研修医を2年,朝日大学附属村上記念病院の勤務医を2年経験した後,平成11年4月被告大学大学院医学研究科の博士課程に入った。D医師は,平成12年当時,被告大学大学院の博士課程に在籍するとともに,被告病院第二内科に勤務していた医師である(なお,現在も,被告大学に助手として在籍し,被告病院呼吸器内科に勤務している。)。

E医師(以下「E医師」という。)は,昭和58年3月に和歌山県立医科大学を卒業し,平成12年当時,被告大学に講師として在籍するとともに被告病院に勤務していた医師である(なお,現在も,被告大学大学院に准教授として在籍し,被告病院に診療部長として勤務している。)。

なお,被告病院第二内科(現在の呼吸器内科)の構成員は,平成12年3月時点では,E医師(講師)を筆頭に,F1医師(助手),F2医師(大学院4年),F3医師(修練医2年),D医師(大学院1年),F4医師(修練医1年)及びF5医師(修練医1年)の合計7名であり,同年4月時点では,同様に,E医師(講師)を筆頭に,F3医師(助手),D医師(大学院2年),F4医師(修練医2年),F5医師(修練医2年),F6医師(大学院1年)及びG医師(修練医1年)の合計7名であった。このほか,複数の医師が研修医として勤務していた(以下,E医師,D医師をはじめとして,平成12年当時,被告病院に勤務していた医師を総称して,「被告病院医師」という。)。

イ Aの家族関係(甲A1)

A(昭和14年生・平成12年4月23日当時60歳)と原告B(大正9年生)(以下「原告B」という。)は,昭和50年に婚姻した夫婦であり,その間に,原告C(昭和51年生)をもうけた。Aは,平成12年4月23日に死亡し,原告らは,Aが生前有していた権利義務を法定相続分(各2分の1)に従い相続した。

ウ 原告Bの経歴等(甲A3,7,乙A2)

原告Bは,被告大学を卒業した医師であり,昭和26年5月から昭和54年3月まで京都市内に診療所を開設し,内科,小児科及び呼吸器科の診療を行っていた。昭和54年3月から昭和55年3月までH1病院の副院長として勤務し,昭和55年3月から昭和59年4月までの間,H2病院及びH3病院で呼吸器科の医師として勤務し,昭和59年4月から平成元年3月までの間,H4病院で検診部長として勤務し,平成元年3月からH5検診センターの所長を務め,平成8年8月に退職した。また,原告Bは,上記のとおり,勤務医として勤務する傍ら,昭和55年5月から平成8年8月までの間,夜間のみ診療を行う診療所を開設し,診療を行っていた。原告Bは,長年,喘息患者の治療にあたってきた。

原告Bは,平成12年3月9日から,硬膜動静脈奇形について,被告病院脳神経外科で治療を受け始め,同年4月3日から同年5月3日まで入院し,同年4月10日,手術(硬膜動静膜奇形摘出術〔根治術〕)を受けた(乙A2-229,251頁)。

(2)  Aの被告病院における入院治療の経緯(甲A2,6,乙A1,2)

ア Aは,平成11年10月12日から同月21日まで,被告病院に入院し,気管支喘息,狭心症に対する治療を受けた(以下「前回入院」という。)。主治医は,D医師,F7医師,F8医師であった。

イ Aは,被告との間で診療契約を締結した上で,平成12年3月15日(以下,年の記載のないものは平成12年の出来事である。)から被告病院に入院し(以下「本件入院」という。),心不全,気管支喘息に対する治療を受けた(具体的には,別紙投薬経過一覧表記載のとおりのステロイド薬の投与などの治療を受けた)が,汎血球減少症による敗血症のため,同年4月23日午前零時,死亡した。主治医は,D医師,G医師,I医師,J医師,K医師であった。

ウ 本件入院期間中の診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおり(なお,同一覧表中,「面会欄」は,原告らがAに面会に来た日を表す。)であり,本件入院期間中に行われた動脈血液ガス分析検査(以下「血液ガス検査」という。),血液検査の主な結果は,別紙血液ガス検査・血液検査結果一覧表記載のとおりである(乙A1-18ないし20頁,乙A2-95ないし109頁,121ないし123頁)。

(3)  各薬剤について

ア ソル・メドロール(甲B1,乙B3)

(ア) ソル・メドロール(販売名)は,粉末状の注射用ステロイド薬(コハク酸メチルプレドニゾロンナトリウム)であり,使用時には添付の溶液にて溶解し,注射器又は点滴により静注する。平成12年当時,喘息治療薬としての適応承認を受けていなかったが,平成13年3月に喘息治療薬としての適応承認を受けた。

(イ) ソル・メドロールには,有効成分コハク酸メチルプレドニゾロンの含有量により,ソル・メドロール40,同125,同500,同1000の4種類がある(ただし,ソル・メドロール40には,乳糖が添加されている。)。なお,上記適応承認を受けたのは,ソル・メドロール40及び同125のみである。

(ウ) ソル・メドロールの添付文書(平成15年8月改訂版)には,①成人には,中等度以上の発作を呈する患者,気管支拡張剤の投与では十分な効果がみられない患者,又は,既にステロイド薬が投与されている患者に使用すること,②通常,成人にはメチルプレドニゾロンとして初回量40ないし125mgを緩徐に静注又は点滴投与し,その後,症状に応じて40ないし80mgを4ないし6時間ごとに,緩徐に追加投与することと記載されている。なお,以下,ソル・メドロールの投与量の記載は,メチルプレドニゾロンとしての量をいう。

(エ) ソル・メドロールの副作用としては,消化管出血,感染症の誘発・悪化等がある。

イ リンデロン(甲B2,乙B4)

(ア) リンデロン錠(販売名)は,経口投与用のステロイド薬(ベタメタゾン)であり,有効成分ベタメタゾンの含有量により,1錠あたり0.1mgのリンデロン錠(0.1mg)と,1錠あたり0.5mgのリンデロン錠の2種類がある(以下,単に「リンデロン錠」というときは,後者を意味する。)。なお,以下,リンデロン錠の投与量は,ベタメタゾンとしての量をいう。

(イ) リンデロン注は,注射用のステロイド薬(リン酸ベタメタゾンナトリウム)であり,0.5ml(有効成分ベタメタゾン2mg),1mlのもの(同4mg),5mlのもの(同20mg)の3種類がある。なお,以下,リンデロン注の投与量は,ベタメタゾンとしての量をいう。

(ウ) リンデロン錠,リンデロン注のいずれも,平成12年以前から喘息の治療薬としての適応承認を受けている。

ウ メトトレキサート,シクロホスファミド(甲B3,乙B9)

(ア) メトトレキサートは,免疫抑制作用等を有する薬剤(葉酸代謝拮抗薬)であり,抗ガン剤・免疫抑制剤(販売名メソトレキセート)やリウマチ治療薬(販売名リウマトレックス)として適応承認を受けた薬剤である。

(イ) シクロホスファミドも,免疫抑制作用等を有する薬剤(アルキル化薬)であり,抗ガン剤・免疫抑制剤(販売名エンドキサン)として適応承認を受けている。

(ウ) また,メソトレキセート,リウマトレックス,エンドキサン(いずれも販売名)は,いずれも,喘息治療薬として適応承認を受けたことはない。また,代表的な副作用としては,汎血球減少,骨髄抑制等があり,投与期間中は臨床検査を行い,骨髄抑制の副作用に関しては,白血球数が2000/μl以下,好中球数が1000/μl以下,血小板数が5万/μl以下,ヘモグロビンが8.0g/dl以下になった場合には,投与を中止する必要があるとされている。

(4)  酸素分圧,二酸化炭素分圧(甲B6の1の4)

ア 酸素分圧(PO2)は,動脈血中に血液ガスとして溶け込んでいる酸素の分圧であり,正常値は,(104-0.25×年齢)Torr(mmHg)である。したがって,平成12年当時のAの年齢からすれば,酸素分圧の正常値は,89Torr(mmHg)となる。

イ 二酸化炭素分圧(PCO2)は,動脈血中に血液ガスとして溶け込んでいる二酸化炭素の分圧であり,正常値は,35ないし45Torr(mmHg)である(以下,酸素分圧及び二酸化炭素分圧の単位の表記は省略する。)。

3  争点

(1)  Aの喘息の重症度

(2)  Aに対しソル・メドロールを投与すべきではなかったか及びソル・メドロールの投与量・方法は相当性を欠くものであったか。

(3)  Aに対し免疫抑制剤(メソトレキセート,エンドキサン)を投与すべきではなかったか。

(4)  4月10日,11日又は12日の時点で免疫抑制剤の投与を中止すべきであったか。

(5)  Aに対しリンデロンを投与すべきではなかったか。

(6)  因果関係

(7)  損害

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(Aの喘息の重症度)について

(原告らの主張)

平成12年3月当時,Aの気管支喘息は軽症(又は,少なくとも中等症)であった(Aの呼吸困難の主な原因は,重症の喘息によるものではなく〔喘息の発作としては軽度の発作であった。〕,右中葉気管支に粘稠な痰が貯留し,これに起因して右中葉気管支に限局性の閉塞が起こり〔右中葉の気管支における粘液栓による閉塞〕,右中葉が無気肺に陥ったことによるものであった。)(したがって,Aの呼吸困難に対する最も適切な治療法は,Aの右中葉気管支に限局して貯留している喀痰を排出することであった。この喀痰を排出することさえできれば,Aの呼吸困難は解消することができた。具体的には,タッピング法,体位ドレナージ法,〔このような方法で喀痰の排出が困難であった場合は〕気管支ファイバースコープを用い,直視下で喀痰を吸引するという方法をとるべきであった。)。それにもかかわらず,被告病院医師は,次のとおり,血液ガス検査結果,胸部レントゲン検査の結果,胸部CT検査の結果の評価を怠り又は誤り,Aの喘息をステロイド抵抗性の重症喘息と診断した。

ア 血液ガス検査の評価について

喘息発作の重症度判定については,「今日の診断指針ポケット版(第4版)」(甲B6の1の3)887頁の表4(以下「診断指針表」という。)があり,これによれば,喘息発作が軽度の場合は,「酸素分圧は正常,二酸化炭素分圧は45以下,酸素飽和度(SPO2)は95%以上」,中等度の場合は,「酸素分圧が60以上,二酸化炭素分圧が45以下,酸素飽和度が90ないし95%」,高度の場合は,「酸素分圧が60以下,二酸化炭素分圧が45以上,酸素飽和度が90%以下」とされており,この指標は,喘息発作が重症化すればするほど,酸素分圧及び酸素飽和度は低くなり,二酸化炭素分圧が高くなるということを示している。

被告が,Aが大発作を起こしたと主張する日(別紙投薬経過一覧表参照)において,Aの二酸化炭素分圧が45以上になったことはなく,むしろ正常値よりも低い35以下になっていて,重症喘息患者に特徴的な高炭酸ガス血症が全く生じていない上,酸素分圧も,4月6日午前10時28分のものを除き,60以下になっていないし,酸素飽和度も,90を下回っていない(Aは当時60歳であったから,酸素分圧の正常値は76,二酸化炭素分圧の正常値は35ないし45である。)。

イ レントゲン,CTの評価について

3月15日及び同月19に実施された胸部レントゲン検査の結果において,既に右中葉の無気肺が認められるにもかかわらず,被告病院医師はこれを胸水と診断し,さらには,3月23日に実施された胸部CT検査の結果において,右中葉の区域気管支(B4)に明らかな閉塞所見が認められる(右中葉の気管支に気管支透亮像の途絶像と狭窄像が認められ,粘液栓によるものと読影できる)にもかかわらず,また,3月16日のレントゲン検査の結果では無気肺が改善していて,このような劇的な変化は粘液栓による閉塞でしか説明できないにもかかわわず,被告病院医師はこれを見落とした。

(被告の主張)

Aは,平成12年3月当時,重症持続型の喘息に対する治療を受けていたにもかかわらず,中等度以上の発作を繰り返しており,Aの喘息はステロイド抵抗性の重症喘息と診断すべきものであった。被告病院医師の診断に誤りはない。また,Aは,本件入院中も,別紙投薬経過一覧表の「大発作」欄記載のとおり,大発作を繰り返し起こしていた(なお,仮に,Aの無気肺の原因が原告らの主張するように粘液栓だとしても,粘液栓の原因となっている喘息が重篤なものであれば,結局,この重症喘息に対する治療は避けられないことになるから,重症喘息であるとの前提で被告が行った治療は妥当なものとなる。)。

ア 血液ガス検査の評価について

厚生省免疫・アレルギー研究班作成の「喘息予防・管理ガイドライン2003(JGL1998改訂第2版)」(乙B1,15,以下,単に「ガイドライン」という。)には,喘息発作の重症度と血液ガス検査結果との関連について,次の内容の記載がある。

喘息発作の初期には,気道狭窄のフィードバックにより呼吸中枢が刺激され,一般に過換気気味となり二酸化炭素分圧は低下する。さらに発作が高度になると,肺の換気・血流比不均等の増悪のために,二酸化炭素分圧も軽度から中等度の低下を示す。さらに気道狭窄が高度になると,換気不全となり酸素分圧は高度に低下し,二酸化炭素分圧は増加し,意識低下,喘鳴も聴取し難くなり,呼吸停止切迫となる。二酸化炭素分圧は,1秒量が予測値の25%程度までは低下傾向を示すが,1秒量が15%以下になると急激に二酸化炭素の貯留が起こる。

したがって,原告らの主張するように,喘息発作が重症化すればするほど二酸化炭素分圧が高くなるという関係にあるものではない(二酸化炭素分圧が高値を示すのは,高度の発作が持続し,重篤な発作となったような場合で,そのような場合には,人工呼吸管理が必要になることが多い。)。また,Aは,本件入院期間中,酸素投与を受けていたのであり,酸素分圧及び酸素飽和度に関する原告らの主張は,これを看過するものである。

また,喘息発作の重症度は,血液ガス検査の結果だけでなく,呼吸困難(横になれる,起座呼吸,動けない,チアノーゼ,錯乱,意識障害),動作(やや困難,かろうじて歩ける,歩行不能,会話困難,会話不能),ピークフロー(ピークフローメーターによるPEF値)及び治療内容等を総合的に判断すべきものであるから,血液ガス検査の結果のみから,Aの喘息発作の重症度を判断する原告らの主張は相当でない(入院後のAは,発作時には起座呼吸で,苦しくて動けず歩行不能・会話困難な状態であった。)。

イ レントゲン,CTの評価について

Aの右中葉に無気肺があったことは認めるが,これが,粘稠な痰が固まった粘液栓による閉塞性の無気肺であったこと,Aの発作の主な原因であったことは否認する。3月23日撮影のCT検査の結果から,原告らの主張する閉塞所見を認めることはできない。すなわち,原告らの主張するように,粘稠な痰が閉塞して無気肺が生じている場合,閉塞部よりも末梢の部分には,気管支透亮像は認められないはずであるが,同CT検査の結果では,原告らが閉塞があると主張する部分よりも末梢の部分に,気管支透亮像が明確に認められている。加えて,一般的に,葉気管支より中枢側の閉塞は無気肺を起こすことはあっても,区域気管支より末梢の閉塞は通常側副換気により無気肺を来さない。

Aの無気肺の原因は不明であるが,長期間に及ぶステロイド薬の投与を受けた結果,沈着した脂肪が肺を圧迫していたことが,その一因と考えられる(肺の周囲からの圧迫性の無気肺)。

(2)  争点(2)(Aに対しソル・メドロールを投与すべきではなかったか及びソル・メドロールの投与量・方法は相当性を欠くものであったか。)について

(原告らの主張)

ア ソル・メドロールは,平成12年当時,喘息治療薬としての適応承認を受けていなかったのであるから,被告病院医師は,Aに対し,喘息治療薬としてソル・メドロールを投与すべきではなかった。Aにソル・メドロールを投与したのは,添付文書遵守義務(最高裁判所平成8年1月23日判決民集50-1-1参照)に違反する行為である。

イ 仮に,およそ喘息患者にソル・メドロールを投与すべきでなかったとはいえないとしても,①ソル・メドロールは,現在でも,中等度以上の発作の状態を呈する喘息患者,又は,既にステロイド薬が投与されている患者にのみに投与すべき薬剤であるところ,前記のとおりAの喘息は軽症であって,Aは,ソル・メドロールの適応がなかったし,②ソル・メドロールは消化管出血,感染症の誘発・悪化等の副作用を有するのであるから,被告病院医師は,事前に気管支拡張剤を投与してその効果をみることなく,いきなり大量のソル・メドロールを投与すべきではなく,③ソル・メドロールはAにとって禁忌薬であった(サクシゾンはAにとって禁忌薬であったところ,ソル・メドロールとサクシゾンは分子式が酷似しているので,ソル・メドロールもAにとって禁忌薬であったはずである。)から,被告病院医師は,ソル・メドロールをAに投与すべきではなかった。

しかるに,被告病院医師は,Aに対して,別紙投薬経過一覧表記載のとおり,ソル・メドロールを投与した。

ウ 仮に,およそAにソル・メドロールを投与すべきでなかったとはいえないとしても,ソル・メドロールは消化管出血,感染症の誘発・悪化等の副作用を有するから,被告病院医師は,Aにソル・メドロールを投与するにあたり,喘息治療のガイドラインやソル・メドロールの添付文書の記載に従い,1日あたり365mg以下の投与量を,4ないし6時間ごとに,数回に分けて(1回あたり40ないし80mgずつ)緩徐に投与すべき義務を負っていた。

しかるに,被告病院医師は,上記記載に反し,別紙投薬経過一覧表記載のとおり,ソル・メドロールを大量に投与した。

(被告の主張)

ア ソルメドロールは,平成13年3月に,中等度以上の発作の状態を呈する喘息患者に適応がある喘息治療薬として適応承認を受けており,平成12年以前から喘息治療薬として一般的に用いられていたものであるところ,前記のとおりAの喘息は重症であったから,Aには,ソル・メドロールの適応があり,投与自体に過失はない。

Aにとってソル・メドロールが禁忌薬であったとの原告らの主張は否認する。前回入院の際に,ソル・メドロールの投与を受け,これにより喘息発作が改善している。本件入院の際も,ソル・メドロールの投与後に喘息が憎悪したことはない(3月16日から3日間ソル・メドロール500mgの投与を受けているが,中発作以上の発作は起きていない。)。

イ 喘息治療のガイドライン及びソル・メドロールの添付文書の記載に従えば,ソル・メドロールの1日あたりの最大投与量は525mgである。したがって,1日あたりのソル・メドロールの投与量は,3月19日,4月1日及び4月6日を除き,最大投与量の範囲内であり,3月19日,4月1日及び4月6日については,Aの喘息発作を抑えるためにやむを得ず投与したものであるから,Aに対して発作治療薬として使用したソル・メドロールの投与量は,相当性を欠くものではない。

ウ ソル・メドロールの投与方法について,1日量を1度に投与する方法と,数回に分けて投与する方法のいずれの方法によっても,治療効果及び副作用の有無に差異はなく,また被告病院医師は,Aにソル・メドロールを投与する際には,1ないし2時間の時間をかけて緩徐に点滴投与していたから,Aに対するソル・メドロールの投与方法は相当であった。

(3)  争点(3)(Aに対し免疫抑制剤〔メソトレキセート,エンドキサン〕を投与すべきではなかったか。)について

(原告らの主張)

ア メソトレキセートは,本件当時,喘息治療薬として適応承認されていない(なお,現在でも適応承認されていない。)ばかりか喘息治療薬としての有用性についても確立されておらず(なお,現在では有用性は否定される方向にある。),汎血球減少等の副作用を有するものであるから,被告病院医師は,Aに対して,メソトレキセートを投与すべきではなかった。

エンドキサンは,喘息治療薬として適応承認されていないばかりか有用性も認められておらず(喘息治療薬として試されたこともない。),汎血球減少等の副作用を有するものであるから,被告病院医師は,Aに対して,エンドキサンを投与すべきではなかった。

仮に,メソトレキセートやエンドキサン等の免疫抑制剤に喘息治療薬としての効能があるとしても,前記のとおり,Aの喘息は軽症であったのであるから,被告病院医師は,Aに対し,メソトレキセートやエンドキサン等の免疫抑制剤を投与すべきではなかった。

しかるに,被告病院医師は,Aに対して,4月6日以降,別紙投薬経過一覧表記載のとおり,メソトレキセート,エンドキサン(以下まとめて「本件免疫抑制剤」という。)を投与した。これは,医師が負うべき危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務(最高裁判所昭和36年2月16日判決民集15-2-244参照)に違反する行為であるとともに,添付文書遵守義務(最高裁判所平成8年1月23日判決民集50-1-1参照)に違反する行為である。

イ なお,被告は,被告病院医師が,A及び原告Bに対して,本件免疫抑制剤の使用に関する説明をしたと主張するが,そのような説明は受けていない。

(被告の主張)

ア Aの喘息はステロイド抵抗性の重症喘息であったところ,4月6日の段階では,最大限のステロイド薬を投与しても,Aの喘息は制御が困難な状態であった。そこで,被告病院医師は,免疫抑制剤による治療を試みることとし,同日,A及び原告Bに説明を行い同意を得た上で,本件免疫抑制剤の投与を開始した。

本件当時,免疫抑制剤の使用が,喘息に対する標準的・一般的な治療法として確立したものではないとしても,①ステロイドの効果が不十分な場合(ステロイド抵抗性喘息),②ステロイド減量・離脱が困難な場合,③副作用のためステロイド薬の十分な投与ができない場合に有用性を認めるいくつかの報告が存在していたから,ステロイド抵抗性の重症喘息に対する治療法としては相当なものであった。

イ したがって,Aに本件免疫抑制剤を投与した被告病院医師の処置は相当であり,本件免疫抑制剤の使用につき被告病院医師に過失はない。

(4)  争点(4)(4月10日,11日又は12日の時点で免疫抑制剤の投与を中止すべきであったか。)について

(原告らの主張)

Aには,4月10日の時点で,汎血球減少症の症状が現れており,被告病院医師はそのことを認識していたのであるから,被告病院医師は,4月10日,11日又は12日の時点で本件免疫抑制剤の投与を中止すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,別紙投薬経過一覧表記載のとおり,本件免疫抑制剤の投与を継続した。

(被告の主張)

4月10日の時点で,Aに汎血球減少の症状が現れていたこと及び被告病院医師がそれを認識していたことは認めるが,その余は争う。4月10日の時点で,Aの喘息はステロイド抵抗性で重症であり,喘息による死亡を回避するためには,汎血球減少,敗血症等の危険性を考慮してもなお,本件免疫抑制剤の投与を継続することはやむを得なかったし,免疫抑制剤投与の減量・中止基準としては,「白血球数が2000ないし3000/μl以下,好中球が1000/μl以下で,減量・中止する。」とされているところ,細菌・真菌に対する防御の中心となっているのは好中球であるから,本件免疫抑制剤の中止基準としては好中球の数を重視すべきであり,4月12日になってはじめて,好中球の数が1000/μlになったのであるから,4月12日まで,本件免疫抑制剤の投与を継続した被告病院医師の処置に過失はない。

(5)  争点(5)(Aに対しリンデロンを投与すべきではなかったか。)について

(原告らの主張)

ア Aの喘息は軽症であったから,Aに対するリンデロン注の投与は,1日あたり1.5ないし3mgで十分であった。しかるに,被告病院医師は,Aに対し,4月12日から同月22日までの間,別紙投薬経過一覧表記載のとおり,リンデロン注を大量投与した。

イ なお,4月12日の段階では,Aの感染症,敗血症は重篤な状態となっており,上記リンデロン注の投与がなくとも,Aの死亡は回避できなかったものというべきであるが,Aの死因となった敗血症の症状をさらに増悪させ,Aの死亡に寄与したという意味において,D医師の責任が問われてしかるべきであるし,Aの適正な医療行為を受けるべき期待権を侵害したものとして,慰謝料の算定において考慮されるべきである。

(被告の主張)

争う。Aの喘息はステロイド抵抗性の重症喘息であり,喘息の症状を治めるためには,別紙投薬経過一覧表に記載された程度のリンデロン注の投与が必要であった。

(6)  争点(6)(因果関係)について

(原告らの主張)

被告病院医師が,Aに対し,ソル・メドロールを大量投与したことにより,Aの免疫力は大幅に低下して易感染状態となり,消化管出血,感染症を発症し,このような病態にあるAに対し,本件免疫抑制剤を投与し始め,これを4月10日以降も継続した結果,Aは,免疫不全状態となり,重症感染症から敗血症をきたし死亡するに至った。

(被告らの主張)

争う。なお,因果関係を判断する上では,上記のとおり,Aの喘息がステロイド抵抗性の重症喘息であったことも考慮すべきである。

(7)  争点(7)(損害)について

(原告らの主張)

ア 逸失利益  2300万2239円

平成12年当時,Aは満60歳の主婦として家事労働に従事していたから,基礎収入を349万8200円(平成12年賃金センサス,産業・企業規模・学歴計・女子労働者全年齢平均賃金)として,就労可能年数を13年(平均余命26.86年の2分の1,対応するライプニッツ係数は9.3935),生活費控除率を30%として計算すると,Aの逸失利益は,上記金額となる。計算式は,

349万8200円×(1-0.3)×9.3935=2300万2239円(1円未満切り捨て)

である。

イ 死亡慰謝料  3000万円

ウ 葬儀費用  150万円

エ 弁護士費用  545万円

オ 小計  5995万2239円

カ 相続による損害賠償請求権の取得

原告らは,Aが生前有していた権利義務を法定相続分(各2分の1)に従い相続したから,原告らは,それぞれ,被告に対する各2997万6119円(5995万2239円÷2〔1円未満切り捨て〕)の損害賠償請求権を取得したことになる。

(被告らの主張)

事実は否認し,法的主張は争う。

第3争点に対する判断

1  前記当事者間に争いのない事実等,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  Aの病歴(甲A6,7,乙A1,乙A2-178頁,乙A3)

ア Aは,原告Bと婚姻後まもなくのころ気管支喘息に罹患し,平成6年4月17日から2週間(甲A7,原告B),又は,同年11月16日から1か月程度(訴状-4頁),京都民医連第二中央病院(以下「民医連病院」という。)に入院して治療を受け,その後は定期的に通院して治療を受けていた。

イ Aは,このほか,①昭和56年ころ,丸太町病院に入院して胆嚢摘出手術を受け,②平成2年ころから狭心症による胸痛発作が月に1,2回あり(ニトログリセリンを服用すると20分位で消失していた。),平成11年9月ころ,きつい狭心症発作が3回あり,③平成6年ころ,糖尿病に罹患し,④平成7年3月ころ,多発性関節リウマチに罹患してL診療所,ついで京都大学附属病院(以下「京大病院」という。)において通院治療を受け,また,平成7年6月ころ,右大腿骨骨頭壊死に罹患して社会保険京都病院において治療を受けた後,平成8年2月22日からは,被告病院整形外科で,リウマチに対する治療を受けていた。

(2)  被告病院での前回入院(甲A6,乙A1)

ア Aは,平成11年10月8日ころ,慢性関節リウマチ・第4・第5腰椎椎間板ヘルニアの傷病名で,被告病院整形外科に通院し,経過観察を受けた際,同科の主治医であるM医師に対し,狭心症の発作が1か月に4回程度あり,心臓の状態を精査することを希望したことから,M医師は,被告病院第二内科に対する照会状(乙A1-2頁と3頁の間)を作成した。

イ A(身長160cm,体重77kg)は,同月12日,被告病院第二内科を外来受診し,N医師の診察を受けたが,Aが,狭心症の治療のため順番待ちをしていた際,喘息発作が起こり,同日の朝に喘息発作を起こしており,同診察時も症状が残存していたことから,N医師は,喘息の急性増悪と診断し,Aは被告病院に入院することとなり,喘息の症状が治まってから心臓の検査を受けることとなった。

なお,原告Bは,「N医師から,今は空き病室がないので心臓検査をするのは何時になるか分からない,喘息の発作で緊急入院ということから大部屋であればすぐに入院できるからそうしたらどうかと勧められた」と説明するが(甲A7,原告B本人),的確な裏付けを欠くから,にわかに信用することができない。

ウ Aは,平成11年10月12日から同月21日まで,①気管支喘息・②冠攣縮性狭心症の疑い・③糖尿病・④慢性関節リウマチ・⑤躁鬱病の傷病名で,被告病院に入院した(前回入院)。Aは,①についてはソル・メドロール,ネオフィリン注(気管支拡張薬・テオフィリン薬,以下,単に「ネオフィリン」という。)の点滴投与,フルタイド(吸入ステロイド薬)の吸入等の治療を受けて喘息症状が軽快し,その後は大きな発作が出現しなかったたため,今後は民医連病院で経過観察してもらうこととなり,②については同月18日に心臓超音波検査,翌19日に冠動脈造影カテーテル検査を受けたが問題は発見されず(なお,同検査時に,Aが喘息発作を起こしたため,左心室造影カテーテル検査は実施されず,ソル・メドロール125mgの点滴投与が行われ,症状は治まった。),今後は被告病院外来で経過観察することとなり,③④については血液検査以外の精査を行わず,今後は京大病院で経過観察してもらうこととなり,⑤については,特に呼吸困難・胸痛以外の症状の訴えもなく落ち着いていたことから,今後は被告病院精神神経科で経過観察することとなった。

エ Aは,その後,①気管支喘息については,民医連病院での通院又は入院治療を受ける一方,平成11年10月29日,同年11月26日,同年12月24日,被告病院外来で上記②冠攣縮性狭心症の疑いについて経過観察を受け,ニトログリセリンの処方を受けていた。

(3)  民医連病院での入院治療(甲A5,6)

ア Aは,平成11年1月29日から,気管支喘息の傷病名で民医連病院を受診し,同年9月1日からは狭心症の傷病名でも受診し,同年11月29日からは肺真菌症の傷病名でも受診していた。Aは,同年11月29日,前日(同月28日)午前零時から午前7時まで激しい発作が起こった(リンデロン5錠を追加して服用した)ことから民医連病院を受診し,一旦軽減した。主治医は,O医師であった。Aは,同年12月3日午後5時ころ,喘息重症発作(「ひどい発作」「こんなに長い呼吸苦は最近ない」〔甲A6-13,14枚目各表〕)を起こし,原告Bが,リンデロン注,ネオフィリンの点滴を行ったものの症状が改善しなかったため,民医連病院を受診し,P医師の診察を受けた上,同月4日午前零時5分ころ,気管支喘息重積発作にて同病院に緊急入院した。Aは,民医連病院での入院中(主治医はQ医師),リンデロン注の点滴投与,ネオフィリンの持続点滴等の治療を受け,同月6日,症状は軽快したものの喘鳴は残存していたが,Aの希望により,退院後は,原告Bが喘息の管理をすることを前提として退院した(同日受けた潜便血検査の結果では,陽性であった〔甲A6-20頁〕。)。

なお,原告Bは,12月3日の発作は「軽い喘息発作」であると説明するが(甲A7),前判示の治療経過に照らし,にわかに信用することができない。

イ 上記入院時,Aは,大量の薬物を携帯していた。Aは,民医連病院のP医師に対し,①最近4,5か月は毎日小発作があり,1週間に1,2回は中発作がある,②1年間喘息教室に通いいろいろと学んだ,③小発作なら自分で直せるが中発作はしんどいなどと説明し,また,前回入院について,狭心症の検査の順番待ちをしている間に喘息発作が起きたため入院し,喘息のコントロールを付けた上で,心臓カテーテル検査を受けたと説明した。

(4)  京都民医連あすかい診療所(以下「あすかい診療所」という。)での通院(甲A5)

ア Aは,平成11年12月8日から,気管支喘息(アスピリン特異体質),肺真菌症,狭心症,慢性関節リウマチの傷病名で,あすかい診療所に通院し,フルタイド(吸入ステロイド薬),サルタノール(気管支拡張薬・β刺激薬),プロカプチン錠,アムロジン錠(降圧薬),リンデロン錠,オノンカプセル(抗アレルギー剤),ジフルカンカプセル(抗真菌薬)等の投薬治療を受けた。なお,リンデロン錠は,1日あたり6錠(3mg),フルタイドは1日あたり800μgとして計算され処方されていた。

イ O医師は,初診日である平成11年12月8日,Aの気管支喘息は,コントロールの乏しい,ステロイド依存性のものであり,Aは,アスピリン特異体質であると診断した。O医師は,同日,日曜当直医及び外来担当医に対して,①Aは,アスピリン特異性の気管支喘息・ステロイド依存性の気管支喘息・リウマチが合併している,②Aは,気管支喘息がコントロール不良で,夜間等に来院することが多いと思われると説明した上で,③Aが来院した場合において,二酸化炭素停滞を来すような発作でないときの治療内容を示し,記載した治療内容で改善しない場合には,O医師に連絡してもよいと申し送った。また,Aは,前医から,リウマチの治療薬メトトレキサートを処方されていたが,原告Bから服用しないように言われて服用していなかったため,O医師は,Aに対し,原告Bの意見に左右されず,主治医の指示にしたがって,リウマチの治療を続けるようにと指示した。

ウ Aは,同月19日,喘息発作を起こし,リンデロン錠を服用したところ,発作は,7時間程度で治まった。

エ Aは,腰痛と椎間板ヘルニアで寝たきりの状態となり,平成12年1月5日,同年2月9日,同月23日,同年3月1日と続けてあすかい診療所に通院できなかったため,O医師は,家人だけでも来院するようにと指示し,同年3月8日,ようやく来院したAから,Aが①平成11年12月中旬ころ,大発作を起こし,原告Bに,ネオフィリンとリンデロン注を点滴投与してもらったこと,②1週間に2回程度の発作があり,最近1か月間は,リンデロン錠を1日あたり5錠内服していることを聴き,Aを診察して左肺全野で喘鳴を確認した上で,入院治療が必要であると判断した。

(5)  原告Bの診療情報提供書(乙A1-8頁)

ア 原告Bは,Aの気管支喘息が増悪し,喘息発作が続くことから,平成12年2月28日,被告病院に赴き,同年3月2日に被告病院呼吸器内科の責任者であるE医師との面談の約束をとりつけた。

イ 原告Bは,3月2日,Aを伴って,被告病院に赴き,①Aが大発作を頻回に起こしていること,②3週間前からリンデロンを1日5錠服用していることを説明し,同月25日付け診療情報提供書(乙A1-8頁に貼付されたもの,以下「本件診療情報提供書」という。)と平成11年12月15日付けアレルギー情報(乙A1-30頁)を提出した。本件診療情報提供書には,①平成11年12月から週1回の頻度で大発作が発現し,殊に平成12年1月からは4,5日に1回の割合で大発作が発現している,②そのため,午前1時から午前10時まで,ソルマルト(生理食塩水)200ccにリンデロン注4mgとネオフィリン5ccを入れた点滴を2,3本投与している,③現在の処方薬は,吸入剤としてフルタイド(吸入ステロイド薬)200μg,サルタノール(吸入β刺激薬)13.5ml,内服剤としてプロカプチン錠(経口β刺激薬)50mg×2錠,アムロジン錠2.5mg×2錠,リンデロン錠(経口ステロイド薬)0.5mg×5ないし6錠,オノンカプセル(ロイコトリエン拮抗薬)4カプセルである(発作時には,リンデロン錠を1日6錠に増量し服用させている。),④Aの喘息は増悪傾向にあり,改善の徴候がない(多発性関節リウマチもやや増悪している。),⑤Aの主治医である原告Bは脳腫瘍の手術を受けるため近日中に入院予定であるため,万一,もし大発作が起きたときにはAを被告病院に入院させたいなどと記載されていた。同日,E医師は,Aを診察し,左右の肺に喘鳴を認めた。

なお,原告Bは,①本件診療情報提供書に大発作があると書いたのは,そのように書けば入院を優先的にしてもらったり,個室を与えられる可能性が高いと考えたからであり,事実ではない,②被告病院医師に対し,上記記載が事実とは異なると言わなかったと説明するが(原告B本人),事実と異なる病状説明をすれば治療に支障を来しかねないから,Aの健康を気遣う原告Bがそのような危険を冒したとは考え難く,にわかに信用することができない。

(6)  被告病院での本件入院(乙A2,6,証人D)

ア 3月15日,Aは,入院期間を2週間ないし4週間と予定して,被告病院に入院した。Aは,同日午前9時ころ喘息発作が起き,しばらく安静にしていたため,予定より遅れ,午後2時10分ころ,被告病院に入院した(乙A2-1ないし19,92,178,197頁)。Aは,入院に先立って,J医師の診察を受けた。J医師は,Aの両肺全体に喘鳴を認め,「ステロイド抵抗性の気管支喘息の症例。胸部レントゲン検査の結果心不全の合併が疑われる。薬物アレルギーがかなりあり,ステロイド30mg内服下でも発作頻発しており,かなり難治性である。」との診断をしている。ついで,I医師がAを診察し,Aの両肺に軽度喘鳴を認め,胸部レントゲン検査の結果から,心拡大と右中葉の陰影(J医師は無気肺と判断し〔乙A2-10頁〕,I医師は右葉間胸水・両側胸水と判断している〔乙A2-15頁〕。)を認めた。I医師は,同日,原告らに対し治療方針の概要を説明した(乙A2-15頁)。

なお,原告Bは,①Aの喘息発作は週に1回から2回の頻度で起こっていたが,入院しなければならないほどの発作は,民医連病院への2回だけ(平成6年の入院前の1回と平成11年12月3日の1回との合計2回)であり(甲A7〔原告Bの陳述書〕),平成11年には喘息の発作はほとんどなかった(原告B本人),②Aの入院は,治療目的ではなく,原告Bが脳腫瘍の手術を受けることになったため,原告Cに負担をかけてはいけないとの思いから(甲A7〔原告Bの陳述書〕),あるいは,Aにそばにいてもらいたいと考えたためである(原告B本人),③原告Bは,E医師に対し,ステロイドを極力少なくしてほしい,使うことを控えてほしい,呼吸が止まりそうな最悪の場合にはステロイドではなく気管内挿管をしてもらいたいと治療方針に希望を述べた(原告B本人)と説明するが,前判示の事実経過(本件診療情報提供書の記載内容が,A及び原告Bが民医連病院及びあすかい診療所で説明した内容や治療内容に符合していること)のほか,後に説示するとおり,原告Bが頻回に面会に訪れ,被告病院医師から説明を受け,場合によっては被告病院医師に対し使用する薬に関する希望を述べているにもかかわらず,Aに対するソル・メドロールの投与が過剰であるとの苦情を申し出ていないことからすれば,原告Bの説明をにわかに信用することができない(かえって,本件診療情報提供書は,原告Bがその認識を正しく記載したものであると認められるところである。)。

また,I医師は,4月1日に作成した引き継ぎメモ(乙A2-46頁)に,「家族構成上父が医者で娘が医学生ということもあり,治療薬,治療方針に関して詳細な説明が必要と考える。」と記載している。証拠(甲A8,乙A2-178,301頁,乙A13)によれば,原告Cは,大学は文学部を卒業していて,医学の教育を受けたことはないこと,原告Cは,少なくとも平成12年4月12日に主治医及び看護師から「あなたは医師でしょ」と言われた際これを訂正した形跡がないこと,看護師は,本件入院にあたり,A,原告らのいずれかから,「原告Cが医学部を卒業し今春国家試験だが,医師としての入局は保留する」との説明を聞き,被告病院医師及び看護師は原告Cが医学部の卒業生であると考えていたことがそれぞれ認められ,後に判示するとおり,被告病院医師は,原告らに対し,原告らが医学の素養を有することを前提に,入院から退院までの本件入院の期間を通じて,Aの病状,治療方針について,たびたび,かつ詳細に説明していることが認められる。

イ 3月16日,D医師は,原告らに対し,Aの症状及び治療方針について,①Aの喘息は,ステロイド抵抗性の重症喘息である,②喘息死の高度危険群(ハイ・リスク・グループ)である,③胸部レントゲン検査の結果,胸水の貯留もあり心不全の合併がある,④治療は,ステロイドを大量に併用し,徐々に吸入・内服に移行する,⑤ステロイドの副作用,胃潰瘍,感染症などが要注意であり,入院中に急変の可能性も十分ある,⑥入院期間は約1か月になるなどと説明し,原告らは了承した(乙A2-17頁)。

同日,D医師は,右中葉の陰影を右側葉間胸水と判断し,①喘息に対する治療として,最初にステロイドパルス療法,具体的には,最初の4日間(3月16日から同月19日まで)は,静注ステロイド薬の大量投与(ソル・メドロール500mgを1日1回点滴投与)を行い気管支の炎症を抑えた上で,その後は,経口ステロイド薬(プレドニゾロン40mg)及び吸入ステロイド薬(フルタイド1600μg)に切り替えた上,ステロイド薬の投与量を漸減させていき,喘息のコントロールをつけ,また,②心不全に対しては,ラシックス(利尿剤)の投与を行い,水分制限をした上で,尿量の測定等,経過観察を行うこととした。

なお,Aは,同日午後2時から3時にかけて,IVH(中心静脈カテーテル)挿入の前提として,カテーテルの位置の確認のため胸部レントゲン検査を受けたが,その結果,右肺の陰影が改善していることが確認され,D医師及びJ医師は,胸水の貯留が改善していたものと判断した(乙A2-19,20,199頁)。

ウ 3月17日,18日,Aは,喘息発作が起こる前のような胸の重い感じがあると,持参してきたサルタノール(気管支拡張剤・β刺激薬)を服用しており,サルタノールに依存している様子がうかがえたことから,被告病院医師は,いったんは,発作が起きたときにはサルタノールを使用しないで看護師に連絡するようにと指示したものの,Aがこの指示を守ることができないため,サルタノールを頻回吸入すると気道過敏性を亢進する可能性があると説明し,服用しても良いが発作が起きたときには必ず報告するようにと指示した(乙A2-21ないし23,200,201頁)。

エ 3月19日午前7時半ころ,喘息発作があり,サルタノールを吸入しても治まらなかったため,同日午前7時45分ころ,ソル・メドロール125mg,ネオフィリン0.5A(アンプル)の点滴投与を受けたが,呼吸困難感は改善しなかった。D医師が診察を行ったところ,両肺全体に喘鳴が認められた。午前9時30分から午前10時30分にかけて,ステロイドパルス療法のため投与する予定であったソル・メドロール500mgの点滴投与が行われたが,その後も症状は改善せず,呼吸困難,喘鳴が残存していたため,酸素投与量が4リットル/分に増量された。同日午前11時40分に,ボスミン(気管支拡張薬・β刺激薬)0.3ccを皮下注射により投与され,一時的に症状は改善したが再び悪化した。J医師は,診察の結果,肺全体に強い喘鳴を認めたため,午後2時30分から午後4時20分ころまで,ソル・メドロール500mgとネオフィリン1Aを点滴投与するとともに,ビソルボン注(去痰薬)を投与した。なお,上記点滴の際,Aは,点滴速度が速くて苦しいとして,自ら点滴速度を遅く調節した。上記点滴後も,症状が完全に治まることはなかったが,午後7時30分ころには,Aの呼吸状態は落ち着いた(乙A2-25,26,203ないし205頁)。

また,同日夕方,原告らは,看護師に対し,「Aは,ネオフィリンを使用すると症状がよけいに悪くなる。」などと述べてネオフィリンを使用したことを抗議し,主治医との面談を求めたことから,I医師は,同月18日実施した胸部レントゲン検査の結果を基に,原告らに対して,①今後発作が頻発するならステロイドの大量投与もやむを得ないが,副作用の危険性も高くなるので,Aの症状と相談の上慎重に投与するか否かを決定する,②ステロイドで治療した場合でも,コントロール不良のときには,急激な呼吸不全に至るおそれもあるなどと説明し,ネオフィリンの使用はとりあえず中止することとなった。I医師は,その後,同日実施した胸部レントゲン検査の結果を検討し,胸水のほか右肺下葉の無気肺の疑いを認め,胸部CT検査を行う必要があると判断した(乙A2-26,205頁)。

オ 3月20日,ソル・メドロールの点滴に代えて,フルタイドの吸入,プレドニゾロンの内服による経過観察を始めた。同日,D医師は,ようやく右肺の陰影が胸水というよりは右中葉の無気肺であると判断するに至り,胸部CT検査を行うよう指示した。

また,D医師は,同日,電話で,原告Bに対し,①ステロイドパルス療法の実施中にも喘息発作が起こっており,②ステロイド抵抗性の喘息としてもかなりの重症である,③喘息死の可能性はやはりある,④場合により気管内挿管・人工呼吸管理も必要となり得ることを説明した(乙A2-27,28頁)。

カ 3月21日,D医師は,Aと原告Bに対し症状説明を行い,ネオフィリン注を使用の同意を得た(乙A2-29頁)。

キ 3月22日午後11時30分ころ,Aは,同日午後11時ころから隣りのベッドの患者が不穏になり暴れたことから,不安・興奮状態となり,喘息発作を起こした。Aは,サルタノールを吸入しても症状が治まらなかったため,ネオフィリン1Aの点滴投与を受け,それでも症状の改善が見られなかったため,午後11時55分ころから,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受け,酸素投与量が5リットル/分に増量された。その結果,翌午前0時30分ころには,発作は治まった。発作が治まってからも,Aは興奮した状態であったため,Aは1日限りで個室へ移動することとなった(乙A2-210頁)。

ク 3月23日,I医師は,同日実施した胸部CT検査の結果,右中葉無気肺の疑いを認めたが,右肺中葉に明らかな閉塞機転があるかは判断できないと診断した。同日,J医師も,右中葉無気肺の疑いを認めた。同日,D医師も,同月15日に実施したレントゲン検査の結果認めた右肺の陰影が右中葉の無気肺の所見であると判断するに至った(乙A2-32,33,119頁,乙A4-2頁,証人D)。

ケ 3月24日,J医師は,Aの症状について,腰痛がひどく身動きできないため精神的に不安定であり,発作が誘発されるおそれがあり,要注意であると診断した(乙A2-33頁)。

コ 3月25日午後4時35分ころ,Aは,喘息発作を起こし,サルタノールを吸入しても症状は改善せず,午後4時50分ころ,ナースコールをした。看護師が病室を訪れた際,喘鳴が顕著に認められたため,ネオフィリン0.5Aの点滴投与行った。また,Aは,坐位をとりたいと希望し,午後5時25分ころから,腰痛を軽減するためにソセゴン(鎮痛薬)の点滴投与を受けた(しかしながら,結局腰痛は改善せず,坐位をとることはできなかった。)。上記ネオフィリンの投与終了後も,症状の改善が見られなかったため,午後5時35分ころから,ソル・メドロール500mgの点滴投与が開始された。その際,病室に居合わせた原告Bから,ゆっくりと点滴を行うよう指示があったため,2時間かけて点滴投与が行われた。ソル・メドロールの点滴投与が終了するころには,呼吸状態は改善した(乙A2-215,216頁)。

なお,同日,D医師は,原告Bに対し,バクタ(抗菌薬)の副作用について質問し,原告Bから使用しても問題はないとの答えを得ている(乙A2-34頁)。

サ 3月27日,プレドニゾロンの量が1日あたり35mgに減量された。同日午後10時,Aは喘息発作を起こし,肺全体に喘鳴が認められた。サルタノールの吸入によっても症状は改善せず,ネオフィリンの点滴で喘鳴が徐々に改善したが,Aは,痛みを取ってくれ,座らせてくれと興奮状態にあり,整形外科医に電話で問い合わせたところ,発作中に硬膜外麻酔を行うことはできないとのことであったため,生食とロヒプノールを点滴し,興奮が徐々に治まると,眠剤を服用した(乙A2-36,37頁)。

シ 3月28日午前1時50分ころ,Aは喘息発作を起こし,喘鳴が認められ,ネオフィリン0.5Aの点滴投与が開始されたが,Aが「苦しい。昨日くらいからリウマチの痛みが出現してきた。ステロイドが足りなくなっている。」と述べてステロイドの減量に不満を示し,ステロイドの投与を求めたため,看護師はJ医師に連絡をとり,同医師の指示に従って,ネオフィリンの投与はいったん中止され,ソル・メドロール500mgの点滴投与が開始された。その後,J医師が診察を行ったところ,Aがネオフィリンの同時投与を希望したため,午後2時45分ころからネオフィリンの点滴投与が再開された。上記ソル・メドロール,ネオフィリンの点滴投与が終了するころには,喘鳴は改善したが,呼吸困難感は残存していた。同日,I医師は,現在腰痛のため座位が困難になっていることが発作増悪の一因子になっている様子であるから,腰痛に関して早急に対策をとる必要があると診断した(乙A2-38,219,220頁)。

なお,D医師は,投薬内容について,A及び原告Bと相談している(乙A2-39頁)。

ス 3月29日午後2時30分ころ,Aは,咳き込み,サルタノールを吸入しても治まらず,呼吸困難となり,喘鳴が著明に認められ,午後3時ころからネオフィリン0.5Aの点滴投与を受け始めた。I医師は,看護師から連絡を受けてAの診察を行ったが,ネオフィリンの投与開始後も,発作が治まる気配がなく,午後3時45分ころ呼吸困難が増悪し,酸素飽和度も低下してきたため,同医師の指示により,ソル・メドロール500mgの点滴投与が行われ,点滴投与が終了する直前から症状が改善し始めた(乙A2-40,41,221頁)。

セ 3月30日午前4時30分ころ,Aは喘息発作を起こし,サルタノールを吸入しても治まらず,ネオフィリン0.5Aの点滴投与を受け,症状は改善した。同日午後1時20分ころ,Aは咳の悪化を感じ,サルタノールを吸入しても治まらず,午後1時30分ころ,喘鳴,呼吸困難が認められたため,午後1時40分ころ,ネオフィリン0.5Aの点滴投与が行われ,午後2時40分ころには,喘鳴は軽減し呼吸状態も改善した。また,同日の胸部レントゲン検査の結果,無気肺の改善が認められた(乙A2-42,49,222頁)。

ソ 3月31日午前3時30分ころ,Aは喘息発作を起こし,サルタノールを吸入しても治まらず,ネオフィリン0.5Aの点滴投与を受けたが,症状があまり改善しなかったため,ソル・メドロール250mgの点滴投与を受け,その後,症状は改善した。同日午後5時ころ,Aは喘息発作を起こし,サルタノールを吸入しても治まらず,同日午後5時50分ころ,ネオフィリン0.5Aの点滴投与を受け,症状が改善した(乙A2-224頁)。同日午後9時50分ころ,Aは呼吸困難感を感じ,サルタノールを吸入しても治まらず,ソル・メドロール250mgの点滴投与を受けたが,4月1日午前2時になっても,症状が改善しなかったため,さらに,ソル・メドロール250mgの点滴投与を受けた。その後も,症状は治まらず,同日午前4時になっても,呼吸困難は改善しなかったため,同日午前4時30分から,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受け,その後,ネオフィリン0.5Aの点滴投与,ビソルボンの投与を受けた。なお,その後,家族からネオフィリンを点滴してほしいとの希望が出されたが,興奮のためとの印象があったため,家族にはネオフィリンと思わせておいて,ロヒプノールの点滴が行われた。

なお,3月31日午後11時30分ころ,Aは,腰痛のため座位をとることができず,原告Bの希望で,メチコバール,1%キシロカインの筋肉注射を受けた(乙A2-43,44,224,225頁,乙A3-6頁)。

タ 4月1日,Aの主治医が,I医師,J医師から,K医師,G医師に変更となった(乙A2-1,46,47頁)。

チ 4月2日,Aは腰痛が強く座位がとれなかった(乙A2-49頁)。

ツ 4月3日の夕食後,Aは,息苦しさを訴え,看護師が計測したところ血圧が140/96mmHg,脈拍が138回/分であったため,ネオフィリンの投与は受けず,午後7時20分から,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受けた。その後,症状は徐々に軽快していったが,完全に消失はしなかった(乙A2-229頁)。

テ 4月4日,D医師は,被告病院第二内科で実施されたカンファランス(症例検討会)において,E医師に対し,Aの喘息がステロイド薬の投与によっても改善していないことを報告した。これに対し,E医師は,免疫抑制剤であるメソトレキセートの使用を示唆し,検討の結果,被告病院においてウェゲナー肉芽腫性炎や急性間質性肺炎等の治療に用いられていたエンドキサンをメソトレキセートと併用することとした(乙A9,証人D,証人E)。

同日午後10時20分ころ,Aは,呼吸困難となり,サルタノールを吸入しても治まらず,同日午後11時ころから,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受け始め,4月5日午前零時ころには症状は治まった(乙A2-231頁)。

ト 4月5日午前8時ころ,Aは,呼吸困難となり,サルタノールを吸入しても治まらず,同日午前8時15分ころからソル・メドロール500mgの点滴投与を受け始め,点滴投与が終了する同日午前9時50分ころには,症状は治まった(乙A2-231頁)。

ナ 4月6日午前3時45分ころ,Aは,呼吸困難となり,サルタノールを吸入しても治まらず,脈拍が130ないし140回/分であったため,ネオフィリンの投与は行われず,ソル・メドロール500mgの点滴投与が行われるとともに,酸素投与量が3リットル/分に増量され,自覚症状や喘鳴は改善したものの,酸素飽和度の上昇は認められなかったため,酸素投与量が4リットル/分に増量された。その結果,同日午前6時ころには,酸素飽和度も95%に改善したため,酸素投与量が2リットル/分に戻された(乙A2-234頁)。同日午前8時45分ころ,Aは,喘息発作を起こし,K医師の診察を受けた上で,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受けたが,症状の改善は見られず,午前10時40分ころ,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受けた。また,同日,Aに対し,メソトレキセートの投与が開始された(乙A2-55,56,234,235頁)。

同日,D医師は,Aに対するメソトレキセートを開始するのに先立ち,原告Bに対し,同時点でのAに対する治療内容を説明した上で,①Aの喘息は,ステロイド抵抗性でコントロール不良な重症喘息であり,喘息による死亡の危険もあり,万が一の場合は人工呼吸管理となること,②メソトレキセートを使用した免疫抑制療法を実施すること,③同療法の有効率は50%であるなどと説明し,メソトレキセートを使用することの同意を得たが,Aに対しては,説明しなかった(乙A2-56,235頁,乙A9,証人D)。

ニ 4月7日,CRP値が21.9まで上昇し,下痢が5回あり,便潜血も認められたことから,被告病院医師は,感染症を疑い,メロペン(抗菌薬),アミシカン(抗菌薬)の投与を開始し,また,エンドキサンの投与を開始した(乙A2-58ないし60頁)。同日午後11時ころ,Aは,呼吸困難を訴え,ネオフィリン0.5Aの点滴投与を受けたが,症状は治まらず,4月8日0時50分ころ,K医師の診察を受けた上で,ソル・メドロール500mgの点滴投与を受けた。ソル・メドロールの投与後も症状は改善しなかったが,同日午前4時,午前6時にK医師が診察を行ったところ,酸素飽和度は96%を保てており,喘鳴もやや軽減していたことから,これ以上の投薬は行わず,経過観察することとなった。同日午前7時35分ころ,Aは,ロヒプノール(睡眠薬)の点滴投与を受け,その後,症状は軽快した(乙A2-61,240,241頁)。

なお,4月7日午前5時45分ころ,原告Bは,看護師詰所に来訪し,看護師に対し,腸管出血が心配であるとして,血圧,ヘモグロビン値,ヘマトクリット値を尋ねた上,ヘマトクリット値が35%以下になった場合には,輸血を行うよう依頼した(乙A2-238頁)。

また,同日,D医師は,原告らに対し,Aの病状につき,ステロイドの大量投与に伴う敗血症の状態であり(感染巣としては第一に消化管が考えられる。),これに対しては抗菌治療を強力に行うが,急変の可能性も十分にあると説明した(乙A2-59,239頁)。

ヌ 4月8日夕方,原告Bは,K医師に対し,「娘への説明はほどほどにしてくれ」と申し出た(乙A2-66頁)。

ネ 4月9日午前5時ころ,Aは,喘鳴が出現したため,ロヒプノールの投与を受けるとともに,酸素投与量が5リットル/分に増量された。その後,F3医師の診察を受け,ネオフィリン0.5Aの点滴投与を受けたが症状は改善しなかった。同日午前7時ころから,再度ネオフィリン0.5Aの点滴投与を受け,同日午前7時20分ころには症状はやや改善した(乙A2-245頁)。同日昼,呼吸困難,喘鳴が増悪したため,K医師が診察を行ったところ,肺全体に喘鳴が認められた。Aは,同日午後1時10分ころから,ソル・メドロール250mgの点滴投与を受け,喘鳴は軽減したものの,同日午後4時ころ,再び増悪し,サルタノールの吸入や,酸素投与方法の変更(鼻カニュレからマスクへの変更)を受けたものの,喘鳴,呼吸困難感が持続していたため,同日午後6時20分ころからネオフィリン0.5Aの点滴投与を受けた(乙A2-65,66,246頁)。

また,D医師は,同日の血液検査の結果から,汎血球減少の兆候を認め,本件免疫抑制剤の影響としては早すぎると判断し,本件入院当初から投与していたザンタック(H2ブロッカー)の投与を翌日(4月10日)から中止することとした(本件免疫抑制剤の投与は中止しなかった。)(乙A2-65頁)。

なお,同月9日,D医師は,原告Bに対し,Aの病状につき,ステロイド薬の効果は乏しく,免疫抑制剤の効果もはっきりせず,感染症,DIC(伝播性血管内凝固症候群)も合併しており,症状悪化傾向にあること,現在行っている以上の喘息治療は考えられず,重積発作時には,人工呼吸管理をするほかないこと,感染症,DICにより死亡する可能性もあることを説明した(乙A2-64,193頁)。

ノ 4月10日,Aは,胸部CT検査を受け,その結果,経気道性感染の所見が認められた(乙A2-120頁,乙A4-4頁)。

ハ 4月11日午前10時ころ,Aに,咳,喘鳴,呼吸困難が出現し,午前10時20分ころから,ネオフィリン0.5A,ソル・メドロール125mgの点滴投与が行われたが,大きな改善は認められず,その後も,ロヒプノール,セレネース(抗精神病薬)の投与,ネオフィリン0.5Aの点滴投与,ソル・メドロール250mgの点滴投与等が行われたが,症状は持続していた。4月12日午前3時になっても,喘鳴,呼吸困難感は持続しており,同日午前4時55分ころ,ソル・メドロール500mgの点滴投与が行われたが,症状は改善せず,同日午前10時30分ころ,リンデロン注100mgの点滴投与が行われたところ,症状は徐々に軽快し,同日午後1時ころには消失した(乙A2-252ないし256頁)。

なお,同月11日,K医師は,原告Cに対し,同原告から精神安定剤の点滴の希望があったが,呼吸状態が悪化していて喘息の治療を行う必要があると説明し,了解を得て,ソル・メドロールの点滴をした(乙A2-70頁)。また,D医師は,原告Cに対し,Aの病状につき,①治療に反応しておらず喘息は増悪していること,②これ以上増悪のとき患者の苦痛は大きく,また,喘息死の結果を導く,③その場合,速やかに人工呼吸管理を行い救命する,④ステロイド薬の投与量は既に上限に達していて,副作用の危険性が大きく,あらゆる合併症が考えられるなどと説明した(乙A2-71,193頁)。

ヒ 4月12日午前4時30分ころ,原告CからR医師(当直医)に対し,治療方針について説明の希望があり,その際,原告Bと治療方針について相談したいので,原告Bの病態が落ち着く3,4日間,気管内挿管を待てないかとの質問がされたたため,R医師は,主治医に連絡する旨答えた(乙A2-71,255頁)。

同日午後5時ころ,呼吸困難,喘鳴が増悪し,ネオフィリン0.5A,リンデロン注100mgの点滴投与を受け,同日午後7時30分ころ,喘鳴は残存していたものの,呼吸困難は治まりはじめた(乙A2-256,257頁)。

同日,D医師は,原告Cとおばに対し,症状説明を行った際,原告Cから,Aを民医連病院に転院させたいとの申し出を受けたが,現時点での転院は,窒息,不整脈,骨折等の危険があり,全身状態不良な現状では,転院許可を出すことはできないと答えた。そして,D医師は,①現在まで,ステロイドパルス,ステロイド大量吸入,ラシックス吸入,免疫抑制療法による治療を行ったが,全て効果を認めなかった,②様々な薬剤の副作用として,汎血球減少が出現し,感染,出血などの危険性の一因となっており,ステロイドもかなり長期使用に及んでおり,骨折,下血,感染,血管炎など様々なものが出現しつつある,③リンデロンの点滴は本日効果があったので,試してみる価値があると思われる(唯一の希望である),④転院するか否かは,移送時の危険,受け入れ病院の体制などもう一度じっくり考えていただき,その後方針を決定する(当方として家族の意向に沿うよう全力で努力する),⑤人工呼吸器に関しては,救命のため必要時は施行するなどと説明し,原告Cとおばの了解を得た(乙A2-73,74,194,258,259頁)。

同日,原告Bは,D医師に対し,①転院は絶対にさせない,②治療方針については被告病院医師に一任すると申し出た(乙A2-74,195頁)。

同日,D医師は,本件免疫抑制剤の投与を中止するとともに,上記リンデロン注の投与後に症状が改善したことを踏まえ,Aの喘息にリンデロン注が有効である可能性を考え,翌日(4月13日)から,リンデロン注を用いたステロイドパルス療法(リンデロン注100mgを1日1回3日間投与し,その後は1日16mgに減量)を実施することとした(乙A2-73,74,76頁)。

フ 4月13日午前中,ステロイドパルス療法としてリンデロン注100mgの点滴投与が行われた(乙A2-76頁)。同日午後2時30分ころ,喘鳴が増悪し,呼吸困難も出現し,痰を吸引するも症状は治まらず,ビソルボン,メプチンの吸入が行われ,同日午後3時20分ころからは,ネオフィリン0.5Aの点滴投与が行われ,その後,症状は徐々に改善した。同日午後7時ころ,再び喘鳴が増悪し,血の混じったベージュ色の痰が吸引されたが,同吸引後も,喘鳴は残存していた。同日午後8時30分ころから,リンデロン注100mgの点滴投与が行われたが,その後も,症状は持続していた(乙A2-260,261頁)。また,G医師は,同日の血液検査の結果(前日と比較し,血小板数は増加したものの白血球数は減少)から,バクタの投与を中止することとした(乙A2-76頁)。

なお,同日,D医師は,原告らと会い,好中球減少が進行している,喘息の制御が不良である,転院するにせよしないにせよ,早めに結論を出してほしいと申し入れた(乙A2-76頁)。

ヘ 4月14日,D医師は,原告らに対し,①本日から強力な鎮静ネオフィリン大量投与を開始した,②汎血球減少が持続しており,感染症が危惧される,③あらゆる合併症に対して全力で支持療法を行う,④上記理由で本日から面会謝絶とする(朝夕30分のみ面会許可する),⑤なおAには病状説明をしないなどと説明した(乙A2-77頁)。

4月14日以降も,別紙診療経過一覧表記載のとおり,Aは,頻繁に喘息発作を起こし,ネオフィリンの持続点滴や,リンデロン注,ロヒプノール投与,ドルミカム(全身麻酔剤)の持続投与等の治療が行われていたが,症状は完全には改善せず,徐々に増悪していた(乙A2-77ないし81頁)。

ホ 4月17日午後6時ころ,K医師は,原告らの了承を得て,同日午後8時45分ころ気管内挿管を行い,人工呼吸管理が開始された(乙A2-83,85頁)。

マ 4月18日,D医師は,原告らに対し,①消化管出血が認められた,②感染中の検査は侵襲も大きく病態を悪化させる可能性もあるため,止血剤の胃注のみで経過観察する,③失血死の可能性もあるなどと病状を説明した(乙A2-86,196頁)。その後も,D医師は,4月19日原告Bに対し,4月20日及び同月22日原告らに対し,Aの病状の説明を行っている(乙A2-86,88,90,91,196頁)。

ミ Aの全身状態は,徐々に悪化し,4月23日午前零時ころ,敗血症により死亡した(乙A1-3頁,乙A2-3,84ないし90,91,289頁)。

ム なお,Aの死亡後,D医師は,原告Bに対し,病理解剖につき説明したが,原告Bは病理解剖を行うことを拒否した(乙A2-91頁)。

(7)  喘息に関する医学的知見(乙B1,B15)

ガイドラインには,次の記載があり,これは,平成12年当時においても,現在においても,わが国の喘息治療における一般的な医学的知見であると認められる。

ア 喘息の定義

喘息は,気道の慢性炎症と種々の程度の気道狭窄と気道過敏性,そして臨床的には繰り返し起こる咳,喘鳴,呼吸困難で特徴づけられる。気道狭窄は,自然に,あるいは治療により可逆性を示す。気道炎症には,好酸球,T細胞,肥満細胞,気道上皮細胞をはじめとする多くの細胞と,種々の液性因子が関与する。繰り返す気道炎症は,しばしば気道構造の変化(リモデリング)を惹起し,気道狭窄の可逆性の低下を伴う。また,気道炎症と気道リモデリングは気道過敏性の亢進をもたらす。

イ 喘息の重症度の判断

(ア) 喘息の重症度は,喘息症状の強度(発作強度),頻度,及び日常のPEF,1秒量(FEV1)とその日内変動,日常の喘息症状をコントロールするのに要した薬剤の種類と量により,軽症,中等症,重症の3段階に分けることができる。いくつかの重症度の分類(日本アレルギー学会,国際コンセンサスレポートなど)があるが,ほぼ一致しているのは,軽症とは,喘鳴のみ,ないし軽度の喘息症状(小発作)が散発的に出現するもので,治療は原則的に気管支拡張薬の頓用で足りるものである。重症とは,中等度ないし高度の喘息症状(中・大発作)が頻発して,日常生活がほとんど不能なもので,高用量吸入ステロイド薬800ないし1600μg/日の連用を要し,また,経口ステロイド薬の追加的連用を必要とするものである。中等症とは,両者の中間の広い範囲を示すもので,慢性的に軽症ないし中等症の症状があり,しばしば日常生活,睡眠が妨げられ,持続した気管支拡張薬と抗炎症薬の投与を要する。

(イ) 上記の重症度の判定は,治療を行っていないときの症状をもとに行われるものであり,実際には患者は何らかの治療を受けているので,医師は,患者の症状と治療から重症度を推定して治療を開始し,ステップアップないしステップダウンして,適切な治療レベルを設定することになる(ステップ療法)。

ウ 喘息重症度の分類

喘息の重症度は,ステップ1(軽症間欠型)からステップ4(重症持続型)の4段階に分類される。各ステップの症状の特徴は次のとおりである。

(ア) ステップ1(軽症間欠型)の症状の特徴

・症状が週1回未満

・症状は軽度で短い

・夜間症状は月に1ないし2回

(イ) ステップ2(軽症持続型)の症状の特徴

・症状は週1回以上(しかし毎日ではない。)

・月1回以上,日常生活や睡眠が妨げられることがある。

・夜間症状が月2回以上

(ウ) ステップ3(中等症持続型)の症状の特徴

・症状がほぼ毎日ある

・短時間作用性吸入β2刺激薬(気管支拡張薬)頓用がほとんど毎日必要

・週1回以上,日常生活や睡眠が妨げられる。

・夜間症状が週1回以上

(エ) ステップ4(重症持続型)の症状の特徴

・治療下でもしばしば増悪

・症状が毎日

・日常生活に制限

・しばしば夜間症状

(オ) 上記重症度の分類は,治療前の臨床所見による重症度の分類である。患者が既に治療を受けている場合には,症状をほぼ(ステップ1程度に)コントロールするのに要する治療ステップを基準に,重症度を判断する。上記症状の特徴のうち,いずれか1つの特徴が認められれば,そのステップを考慮する。重症度は,肺機能,症状,現在の治療レベルから総合的に判定する。

エ 治療薬

(ア) 喘息の治療薬は,長期管理薬(長期管理のために継続的に使用する薬剤)(コントローラー)(抗炎症薬と長期作用性気管支拡張薬)と,発作治療薬(喘息発作治療のために短期的に使用する薬剤)(リリーバー)の2種類に大別して使用される。

(イ) 重症度別の長期管理薬の投与

a ステップ1(軽症間欠型)

一般的には,長期管理薬は必要でない。症状があるときに短時間作用性β2刺激薬の吸入若しくは頓用,又は短時間作用性テオフィリン薬の頓用を行う。症状の頻度がやや高いときなどは,吸入ステロイド薬(最低用量),テオフィリン徐放製剤,ロイコトリエン拮抗薬,抗アレルギー薬のいずれかの連用を考慮する。

b ステップ2(軽症持続型)

長期管理薬の投与(吸入ステロイド薬〔低用量〕の連用,又はテオフィリン徐放製剤,ロイコトリエン拮抗薬,DSCG吸入のいずれかを併用で継続投与する。)が必要である。夜間症状,持続する気道閉塞に対して必要があれば,長時間作用性β2刺激薬(吸入,貼付又は経口)を,吸入ステロイド薬などと併用する。吸入ステロイド薬を使用しない場合で,コントロールが不十分である場合は,吸入ステロイド薬に変更(又は追加併用)する。

c ステップ3(中等症持続型)

長期管理薬として,吸入ステロイド薬(中用量)を継続投与し,テオフィリン徐放製剤,ロイコトリエン拮抗薬,長時間作用性β2刺激薬(吸入,貼付又は経口)のいずれか又は複数を継続併用する。

d ステップ4(重症持続型)

吸入ステロイド薬(高用量)を継続投与し,テオフィリン徐放製剤,ロイコトリエン拮抗薬,長時間作用性β2刺激薬(吸入,貼付又は経口)の複数を併用する。吸入ステロイド薬(高用量)でコントロールが不十分な場合などは,中量ないし大量の短期間作用性経口ステロイド薬(プレドニゾロン0.5ないし1mg/kg前後又は同等量)を短期間(通常1週間以内)投与する。その後は,吸入ステロイド薬(高用量)で維持するが,コントロールが不十分で経口ステロイド薬の連用が必要な場合は,短時間作用薬を用いて維持量が最少量となるように,1日1回ないし隔日に投与する。

オ 難治性喘息

(ア) 重症の喘息の中で,喘息症状を最小限にするために吸入ステロイド薬の最大量の吸入と,経口ステロイド薬(プレドニゾロン換算10mg/日以上)を長期(1年以上)にわたり維持量として必要な症例を,特に難治性喘息として扱う。

(イ) 治療は,上記重症持続型喘息に対する治療に加え,継続して短時間作用性経口ステロイド薬(プレドニゾロン10mg/日以上又はその換算量)を使用する。プレドニゾロン10mg/日以上を要する場合には,ほかのステロイド薬への変更や,免疫抑制剤の併用を考慮する場合がある。

カ 急性増悪(発作)時のステロイド薬の使用について

気管支拡張薬の効果が失われた増悪例,中等度以上の発作,すでにステロイド薬を投与している場合に,発作治療薬としてステロイド薬を使用する。初回量は,ヒドロコルチゾン200ないし500mg又はメチルプレドニゾロン40ないし125mgとし,以後ヒドロコルチゾン100ないし200mg又はメチルプレドニゾロン40ないし80mgを必要に応じて4ないし6時間ごとに静注する。ただし,ステロイド薬の明らかな効果発現には4時間を要する。最初のステロイド薬静注で症状が増悪する場合には,その薬剤による発作誘発の可能性を考慮し,ほかのステロイド薬に変更する。特にアスピリン喘息患者では,40ないし60%でコハク酸エステルによる発作誘発の可能性がある。

ステロイド薬の全身投与は,①中等度以上の発作の場合,②ステロイド薬の全身投与を必要とする重症喘息発作の既往がある場合,③入院を必要とする高度重症喘息発作の既往がある場合,④その他,患者がハイリスクグループ(<ア>ステロイド薬の全身投与中あるいは中止したばかりの場合,<イ>過去1年間に喘息発作により入院の既往がある場合,<ウ>過去1年間に喘息発作による救急外来を受診したことがある場合,<エ>喘息発作で気管内挿管を行ったことがある場合,<オ>精神障害の合併がある場合,<カ>喘息の治療計画に患者が従わない場合)に属する場合に適応がある。

キ 重篤喘息症状に対する対応

上記一連の治療に反応せず,最大限の酸素投与を行っても,血液ガス検査で,酸素分圧が50未満である場合,又は急激な二酸化炭素分圧の上昇(1時間あたり5以上の上昇若しくは意識障害を伴う急激な上昇)が見られる場合には,気管内挿管,人工呼吸管理をはじめとする救急医療の適応となる。二酸化炭素分圧が45を超え始めた場合,気管内挿管の準備が必要である。

ク 喘息発作の程度と血液ガス検査結果の関係について

喘息発作の重症度の判定には,血液ガスの測定が重要である。喘息発作の初期には,気道狭窄のフィードバックにより呼吸中枢が刺激され,一般に過換気気味となり二酸化炭素分圧は低下する。さらに発作が強度になると,肺の換気・血流比不均等の増悪のために,二酸化炭素分圧も軽度から中等度の低下を示す。さらに気道狭窄が高度になると,換気不全となり酸素分圧は高度に低下し,二酸化炭素分圧は増加し,意識低下,喘鳴も聴取し難くなり,呼吸停止切迫となる。二酸化炭素分圧は,1秒量が予測値の25%程度までは低下傾向を示すが,15%以下になると急激に二酸化炭素の貯留が起こる。

(8)  ステロイドパルス療法について(乙B3,16,18の1,2)

ステロイドパルス療法は,1日1回大量のステロイド薬(ソル・メドロールであれば,500mgないし1000mg)を短期間(3日間程度)連続投与する療法であり,膠原病,急性循環不全等の疾病に対し,一般的に用いられており,喘息患者に対しても,同療法を実施し効果があったとの報告が存在する。

(9)  本件免疫抑制剤について(乙B5ないし9,25,26,証人E)

ア メソトレキセートは,喘息治療薬として適応承認を受けたことはないが,海外では,重症喘息患者に対し投与を行った結果,ステロイドの投与量を減少させることができたとの報告(昭和63年のS1の報告,平成2年のS2の報告)がある一方で,有意差が認められなかったとの報告(平成3年のS3の報告)もある。

まず,東京大学物療内科教授(当時)のS4医師は,平成3年に発表した論文(乙B6)の中で,メソトレキセートを使用した免疫抑制療法は,注目に値する療法であるが,わが国での使用報告はまだ見当たらないと述べた。

また,岡山大学医学部第2内科所属(当時)のS5医師及びS6医師は,平成3年に発表した論文(乙B5)の中で,メソトレキセートを使用した免疫抑制療法について,メソトレキセートの長期投与の副作用等の危険性を慎重に検討する必要があるが,メソトレキセートがステロイド剤に代わる有効な治療薬となる可能性があると述べた。

次に,獨協医科大学アレルギー内科助教授(当時)のS7医師は,平成7年に発表した論文(乙B7)の中で,メソトレキセートの有用性は必ずしも確立されておらず,安全性も含めてさらに検討されなければならないと述べた。

さらに,国立療養所南岡山病院(当時)のS8医師は,平成9年に発表した論文(乙B8)の中で,メソトレキセートの効果は必ずしも確定しておらず,副作用の点も考慮すると,免疫抑制療法に対する結論的な評価を行うためには,なお,臨床経験を重ねる必要があり,現時点でのメソトレキセートの適用は,①ステロイド薬の効果が不十分な場合(ステロイド抵抗性喘息例),②ステロイド薬の減量・離脱が困難な症例,③副作用のためステロイド薬の十分な投与ができない場合(ステロイド薬投与禁忌例)などに限定されようなどと述べた。

イ シクロフォスアミドも,喘息治療薬として適応承認を受けたことはないが,アレルギー性肉芽腫性血管炎(チャーグ・ストラウス症候群),ウェゲナー肉芽腫症等保険適用外の疾患を含む様々な疾患の治療に用いられている。

(10)喘息死について(甲Bの2の2,証人E)

喘息による死亡は,窒息によるもの,すなわち,気管支全体が粘液栓により閉塞され,酸素が十分に供給されなくなった結果,呼吸不全により死亡するものが多いが,被告病院における喘息による死亡例は,Aの一例だけである。なお,和歌山生協病院内科のS9医師は,「①喘息は本来,死ぬ必要のない病気であり,死なせてはならない病気である。全ての医療従事者はそのことを銘記しなければならない。②患者が喘息死した場合,家族と医療機関の間でトラブルが生じることが多い。大抵の家族は『喘息で死ぬはずがない』と信じており,喘息死してしまったのは『病院側に何か手落ちがあったからだ』と考えがちだ。喘息は死に至る可能性があるという意味で,決して良性疾患とは言えない。最善の治療を尽くしても死亡する例が希にはある。喘息は死に至る病なのだ。そうした最悪の結果に備えるためにも患者教育は重要なのである。」と述べている(甲Bの2の2)。

(11)T医師の意見(甲B5,9,25,証人T)

原告らから意見を求められたT医師は,その意見書(甲B5,9,25,以下,総称して,「T意見書」という。)及び証人尋問において,本件についての意見(以下「T意見」という。)を述べている。その概要は,次のとおりである。

ア Aは,3月15日当時,通常の(典型的な)喘息重積状態のように,気道全体が狭窄する汎発性気道閉塞ではなく,主に右中葉気管支が狭窄する限局性の気道閉塞であった。その原因は,おそらく,粘稠な痰(粘液栓)が中葉気管支の分岐部付近に付着あるいは塞栓していたものと考えられる。

イ Aの気管支喘息の3月15日時点の重症度判定は,軽度である。

(ア) 3月15日の血液ガス検査の結果は,酸素分圧が83.0,二酸化炭素分圧が36.7,pHが7.454,重炭酸イオン濃度(HCO3-)が25.4,ベースエクセスは1.8,酸素飽和度(SpO2)は96.5%であった。やや低酸素状態であったが,診断指針表に基づけば,喘息発作の重症度判定では,「軽度」である。それにもかかわらず,呼吸困難感が強かったのは,右中葉の無気肺が関係していたのであろう。肺の一部に無気肺があれば,わずかであっても循環血液が低酸素状態となるために呼吸困難感が生じる。右肺中葉全体が無気肺に陥れば,相当な換気不全のために低酸素血症となり,呼吸困難感を覚え,代償性の過換気が生じ,低炭酸ガス状態となる。気管支喘息でも軽症ないし中等症程度の場合には,しばしば呼吸性アルカローシスになるが,換気不全が高度となり重積状態になれば炭酸ガスが蓄積し,高炭酸血症(二酸化炭素分圧が45超)となるとともに,著しい低酸素血症(酸素分圧が60未満,酸素飽和度が90%未満)となる。

(イ) 3月16日に実施されたレントゲン検査の結果によれば,ソル・メドロールを実施せずとも,3月18日に近い程度に改善していたから,痰が一部にせよ喀出できていた。

(ウ) 3月23日の胸部CT検査の結果(乙A5の19,23)によると,右中葉のB4気管支のB5気管支から分岐した直後の部分に明らかな閉塞所見が認められ,粘稠な痰による同気管支の閉塞が疑われる。閉塞部分の先には気管支透亮像が認められるが,気管支透亮像はむしろ,無気肺に特徴的な所見であり,気管支透亮像が認められることは,気管支の閉塞を否定するものではない。

ウ Aの3月19日朝の発作の重症度判定は,軽度ないし中等度の発作である(ただし,閉塞性障害は汎発性ではなく,限局性と考えられるので,喘息としては非典型的である)。3月19日朝の発作は,酸素分圧が60.3,二酸化炭素分圧が34.2,pHが7.516,重炭酸イオンは27.5,ベースエクセスは4.4,酸素飽和度(SaO2)は92.9%と,著しい低炭酸ガス血症の状態にあり,診断指針表に基づけば,喘息としては,軽度ないし中等度の発作である。

エ Aの喘息は,「重症喘息」あるいは「喘息重積状態」と呼べるような状態ではなかったから,3月15日の時点,又は遅くとも3月19日の時点では,無気肺の確定診断をCTにより行い,また,無気肺の原因精査を集中的に行うべきであった。そして,治療方法は,浮腫(胸水も多少はあったかもしれない。)の軽減を図ることと,おそらく無気肺の原因となっていたと考えられる中葉気管支内に貯留した粘稠な痰の排出(具体的には,物理的な手段による排痰,すなわち十分な量の酸素吸入を実施しつつ,サルブタモールのネブライザー吸入を頻回に行うこと,ネブライザーを休止している間は,タッピング法〔もし保存的除去が不能であるならば,気管支ファイバースコープを用いて直視下で痰を特定し,吸引除去すること〕を行うこと)である。

オ Aは,それまでは入院するほどの喘息発作は起こしていなかったにもかかわらず,アムロジンが開始された後には入院するほどの発作が出現するようになってきた。

カ Aの喘息は,「重症喘息」あるいは「喘息重積状態」と呼べるような状態ではなかったから,ソル・メドロールの適応はなかった。仮に,そうでないとしても,ソル・メドロールの大量投与は必要なく,最大でも,1日あたり80mgの投与で十分であった(1日80mg以上を投与しても,飽和状態となるため,効果はなく,副作用のみが増強することとなる。)。

Aは,本件入院前にも,1日30mgのプレドニゾロン(又はリンデロン3mg)を常用していたので,ステロイド薬による治療は,プレドニゾロンとして1日30mg程度を継続する必要があった。

キ 免疫抑制剤(メソトレキセート・エンドキサン)の適応はなかった。

(ア) メソトレキセートは,喘息重積状態で適切な治療がなされたにもかかわらず,ステロイド薬にも反応しなくなった重症気管支喘息に対して,試験的に用いられているが,世界的にも未確立な方法であって,平成8年を最後に,ランダム化比較試験も実施されていないことから,その治療的価値は未確立であり,探求的研究のまま終えたといえるのではないかと思われ,平成12年当時には,世界的にも,わが国においても,有用性は否定されていたとみることができる。

(イ) エンドキサンは,特殊なごく一部の喘息(チャーグ・ストラウス症候群)を除いては,試験的にも用いられたことはなく,ガイドラインなどにも紹介されていない。

(12)平成12年当時のAの状況(乙A2-151,178,179頁)

ア 平成12年当時のAのADL(日常生活動作)は,多発性関節リウマチ及びその治療薬の副作用による右大腿骨壊死,腰椎椎間板ヘルニア等の疾病により,概ね次のとおり制限されていた。すなわち,食事は自分でとることができ,トイレへの移動は,伝い歩きにより自力で移動できていたが,排泄,入浴,洗髪,及び洗面には介助を要する状態であって,家事は,1週間に3回家政婦を依頼していたほかは,原告Cが行っていた。

イ 本件入院時,Aの身長は約160cm,体重は約78kgであった。

2  争点(1)(Aの喘息の重症度)について

(1)  前記認定の平成11年10月以降のAの喘息発作及びこれに対する治療内容等(①平成11年10月12日喘息発作を起こして被告病院に同日から同月21日まで入院し〔前回入院〕,ソル・メドロール,ネオフィリンの点滴投与,フルタイドの吸入等の治療を受けて喘息症状が軽快したものの,②同年11月28日午前零時から午前7時まで激しい発作を起こして,リンデロン5錠を追加して服用し,翌29日民医連病院を受診し,③同年12月3日午後5時ころ,喘息重症発作を起こし,リンデロン注,ネオフィリンの点滴を受けても症状が改善しなかったため,同月4日午前零時5分ころから同月6日まで,気管支喘息重積発作で民医連病院に緊急入院し,リンデロン注の点滴投与,ネオフィリンの持続点滴等の治療を受け,④同月19日にも喘息発作を起こし,リンデロン錠を服用しても発作が治まるまでに7時間程度を要している。)によれば,Aは,ステップ4(重症持続型)の喘息に対する治療を受けていたにもかかわらず,繰り返し喘息発作を起こし,経口投与用のステロイド薬であるリンデロン錠及び注射用のステロイド薬であるリンデロン注から離脱できない状態であったことが認められるのであるから,Aの気管支喘息は,前判示の喘息重症度のステップ1(軽症間欠型)からステップ4(重症持続型)の4段階の中では,ステップ4(重症持続型)にあたるのみならず,「コントロールの乏しい,ステロイド依存性の気管支喘息」であり(あすかい診療所のO医師の平成11年12月8日の診断),「ステロイド抵抗性の気管支喘息であり,かなり難治性」であって(J医師の平成12年3月15日の診断),ステロイド抵抗性の重症喘息であったものというべきである。

(2)  これに対し,原告らは,血液ガス検査の結果,二酸化炭素分圧が高くなく酸素分圧及び酸素飽和度が低くないことを根拠に,Aの気管支喘息は軽症であるか,又は少なくとも中等症であると主張し,これに沿う証拠(T医師の意見書)がある。しかしながら,前判示の気管支喘息に関する医学的知見によれば,血液ガス分析の結果だけで気管支喘息の重症度を判断することは相当ではない上,血液ガス分析の結果についてみても,喘息の二酸化炭素分圧は喘息発作の初期には低下し,極めて重度の発作の場合にはじめて上昇するものと認められるから,二酸化炭素分圧の上昇がなくとも,重度の発作と評価すべき場合は十分にあり得るものと考えられ,また,酸素分圧及び酸素飽和度については,治療の一環として実施されていた酸素投与を考慮に入れると,酸素分圧及び酸素飽和度の数値から直ちにAの発作の程度が軽度であったものということはできないから,原告らの上記主張を採用することはできない。

(3)  また,原告らは,Aの呼吸困難の主な原因は,右中葉の気管支における粘液栓による閉塞によって生じた右中葉の無気肺であると主張し,これに沿う証拠(T医師の意見書)がある。確かに,前判示のとおり,Aには3月15日の時点で無気肺が認められるけれども,これが閉塞性のものであることを認めるに足りる証拠はない。3月23日に実施された胸部CT検査の結果について,T医師は,明らかな閉塞所見が認められる(右中葉の気管支に気管支透亮像の途絶像と狭窄像が認められる)と証言するのに対し,D医師は,明らかな閉塞所見は認められないと証言しているところ,T医師は,3月16日には無気肺が顕著に改善していると説明するにもかかわらず,これに沿う痰の喀出を裏付ける証拠がなく,肺の周囲からの圧排性の無気肺である可能性を否定することができないからである。

そして,仮に,3月15日の時点でAに認められた無気肺が閉塞性のものであるとしても,証拠(甲B13,24〔関西労災病院放射線科部長のU医師作成の意見書〕)によれば,①中葉全体の完全なる閉塞による無気肺ではなく,中葉の一部の部分的な無気肺があったと考えられる,②閉塞気管支の部位は主にB4aと思われるというのであり(なお,中葉気管支全体に著しい狭窄ないしは完全な閉塞が存在したことについては,可能性が考えられるだけである。),閉塞気管支の部位が葉気管支より中枢側ではなく,区域気管支より末梢側である上,前判示のとおり,Aは,T医師が明らかな閉塞所見が認められるとする3月23日には大きな発作を起こしていないこと,Aには,喘鳴が右中葉に限局することなく両肺に認められたことからすると,無気肺がAの呼吸困難に寄与した程度は軽度であったものと推認することができる。

(4)  以上によれば,Aの喘息は,ステロイド抵抗性の重症喘息であったものというべきであり,Aの呼吸困難の主な原因が無気肺であったとは言えないから,原告らが主張するように,Aの右中葉気管支に限局して貯留している喀痰をタッピング法等で排出することが最も適切な治療法であったとは言えず,仮に,無気肺が閉塞性であったとしても,その原因が重症喘息にある以上,重症喘息に対する治療を行うことがすなわち無気肺に対する治療にもなるという関係に立つものというべきである。

3  争点(2)(Aに対しソル・メドロールを投与すべきではなかったか及びソル・メドロールの投与量・方法は相当性を欠くものであったか。)について

(1)  まず,原告らは,ソル・メドロールが平成12年当時喘息治療薬として適応承認を受けていなかったことを根拠に,被告病院医師がAに対してソル・メドロールを投与したことが添付文書遵守義務違反にあたると主張する。しかしながら,前判示のとおり,ソル・メドロールは,平成12年当時は喘息薬として適用承認を受けていなかったけれども,平成13年3月には喘息治療薬として適応承認を受けており,Aが被告病院医師からソル・メドロールの投与を受けたことは,Aがより進んだより効果的な治療を受けたことを意味するのであるから,原告らの上記主張を採用することはできない(なお,前判示のとおり,平成13年3月に適用承認を受けたのは,ソル・メドロール40及び同125のみであるが,前判示のとおり,ソル・メドロールは,有効成分コハク酸メチルプレドニゾロンの含有量によって4種類あるだけで,ソル・メドロール500の成分がソル・メドロール40及び同125と異なるものではない〔ただし,ソル・メドロール40には,乳糖が添加されている。〕。)。

(2)  次に,原告らは,Aの喘息が軽症であったことを根拠に,ソル・メドロールの適応がなかったと主張するが,Aの喘息がステロイド抵抗性の重症喘息であったことは前判示のとおりであるから,原告らの上記主張は,その前提を欠き採用することができない。また,原告らは,事前に気管支拡張剤を投与してその効果をみるべきであったと主張するが,Aの喘息がステロイド抵抗性の重症喘息であったことをふまえると,被告病院医師の治療方法が直ちに違法であるということはできない。さらに,原告らは,ソル・メドロールがAにとって禁忌薬であったと主張するが,前判示のとおり,Aは,平成11年10月12日から同月21日までの前回入院の際,ソル・メドロールの投与を受けて喘息症状が軽快しているのであるから,原告らの上記主張は,その前提を欠き採用することができない。

(3)  さらに,原告らは,被告病院医師が添付文書の記載に反しソル・メドロールを大量に投与したと主張する。確かに,前判示のとおり,被告病院医師は,3月16日から同月18日まで3日連続でソル・メドロールを1日1回500mg点滴投与し,同月19日には喘息発作の症状が改善しなかったため,ソル・メドロールを合計1125mg投与しているけれども,前判示のとおり,Aの喘息がステロイド抵抗性の重症喘息であったこと,ステロイドパルス療法としてソル・メドロールを投与する場合は,500mgないし1000mgを1日1回,短期間(3日間程度)連続投与するものであり,被告病院医師の投与の方法及び量がおおむねこれに沿ったものであることからすると,被告病院医師の上記点滴投与が直ちに違法であるということはできないものというべきである(なお,T医師は,①ソル・メドロールは,1日80mgで飽和状態となり,それ以上の投与を行っても効果は上がらない,②添付文書及びガイドラインの定める1日最大投与量が365mgである旨の意見を述べているが〔甲B5〕,①については,具体的な裏付けを欠く上,前判示のとおり,ステロイドパルス療法は,膠原病,急性循環不全等の疾病に対し一般的に用いられており,喘息患者に対しても,同療法を実施し効果があったとの報告が存在するのであるから,上記T医師の意見を採用することはできないし,②については,添付文書及びガイドラインの定める1日あたりの最大投与量は525mgであって,T医師の上記意見は,独自の見解であって,採用することができない。)。

(4)  以上によれば,争点(2)に関する原告らの主張は,いずれも理由がない。

4  争点(3)(Aに対し免疫抑制剤(メソトレキセート,エンドキサン)を投与すべきではなかったか。)について

(1)  原告らは,Aに対し免疫抑制剤を投与したことが,医師が負うべき危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務に違反するとともに,添付文書遵守義務に違反すると主張する。確かに,前判示のとおり,免疫抑制剤は喘息治療薬として適用承認を受けたことはなく,免疫抑制剤の使用は喘息に対する標準的・一般的な治療法として確立したものではない。しかしながら,前判示のとおり,Aの喘息は,3月15日の時点で,ステロイド抵抗性の重症喘息であった上,Aは,本件入院中,重度の喘息発作を繰り返し,しかも,徐々に喘息の症状が悪化し,大量のステロイド薬を投与しても制御が困難な状態であったところ,①ガイドラインでは,難治性喘息に対する治療法として,免疫抑制剤の併用を考慮する場合があるとされていること,②平成12年当時,メソトレキセートを喘息治療に用いることの有効性を示す研究結果が複数報告され,これをふまえて,「免疫抑制療法に対する結論的な評価を行うためには,なお,『臨床経験』を重ねる必要があり,現時点でのメソトレキセートの適用は,①ステロイド薬の効果が不十分な場合(ステロイド抵抗性喘息例),②ステロイド薬の減量・離脱が困難な症例,③副作用のためステロイド薬の十分な投与ができない場合(ステロイド薬投与禁忌例)などに限定されよう」などと,限定された条件の下,臨床で試みることを提唱する論文も発表されていたことからすると,被告病院医師が,Aの喘息が上記①の場合にあたることを前提に,免疫抑制剤のうち,上記研究結果で用いられているメソトレキセートを使用したことが直ちに違法であると言うことはできない。そして,エンドキサンについても,前判示のとおり,アレルギー性肉芽腫性血管炎,ウェゲナー肉芽腫症等保険適用外の疾患を含む様々な疾患の治療に用いられていたのであるから,そこで確認されている効果と同一の効果を期待して使用を試みることや,メソトレキセートとの併用を試みることもまた,直ちに違法であると言うことはできない。

(2)  もっとも,免疫抑制剤が喘息治療薬として適用承認を受けたことはなく,免疫抑制剤の使用が喘息に対する標準的・一般的な治療法として確立したものではないことに加え,免疫抑制剤には重大な副作用が認められることからすれば,免疫抑制剤を使用した治療方法を選択するにあたっては,医師は,患者(患者が説明を理解することができない場合は,患者に代わるべき親族)に対し,①当該治療方法の具体的内容,②当該治療方法がその時点でどの程度の有効性を有するとされているか,③想定される副作用の内容・程度及びその可能性,④当該治療方法を選択した場合と選択しなかった場合とにおける予後の見込み等について,説明を受ける者の理解力に応じ,具体的に説明し,その同意を得た上で実施しなければならず,このような説明と同意を欠いた場合には,たとえ,当該治療方法がその時点における選択肢として最善のものであったとしても,当該治療方法を実施したこと自体が違法であるとの評価を受けるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに,前判示のとおり,D医師は,4月6日,Aに対するメソトレキセートの投与を開始するのに先立ち,原告Bに対し,同時点でのAに対する治療内容を説明した上で,①Aの喘息は,ステロイド抵抗性でコントロール不良な重症喘息であり,喘息による死亡の危険もあり,万が一の場合は人工呼吸管理となること,②メソトレキセートを使用した免疫抑制療法を実施すること,③同療法の有効率は50%であるなどと説明し,メソトレキセートを使用することの同意を得たが,Aに対しては,説明しなかったこと,D医師は,4月12日,原告Cとおばに対し,症状説明を行った際,免疫抑制療法による治療を行ったが,効果を認めなかったなどと説明したことがそれぞれ認められるところである。そして,本件全証拠によっても,Aが,4月6日の時点で,D医師の説明を理解する能力を全く欠いていたとまでは認められないから,D医師が,患者本人であるAに対する説明をせず,同意を得なかった点において,免疫抑制剤を使用した治療方法を選択する前提要件を満たしていないものというべきである。加えて,仮に,Aが永年喘息患者の治療にあたってきた医師である原告Bに,治療方針を一任していたとしても(前判示のとおり,原告Bは,Aがリウマチの治療薬としてメトトレキサートの処方を受けた際,Aに指図して服用させていないし,本件入院中も,被告病院医師に対し,Aに対する治療内容について注文をつけている。),D医師の原告Bに対する説明は,原告Bが医学の素養を有することを考慮しても,年齢及び経歴から見て最先端の知見には通じていなかったものと推認することができることをふまえると,免疫抑制療法の有効性に関する説明が抽象的である上,50%という数値にも合理的な裏付けが認められないこと,エンドキサンを併用することの説明をしたことを認めるに足りる証拠がないことからすれば,説明内容において不十分であった点において,免疫抑制剤を使用した治療方法を選択する前提要件を満たしていないものというべきである。

(3)  以上によれば,被告病院医師は,Aの救命のために本件免疫抑制剤を使用したものではあるものの,前提要件を満たしていないから,違法であるとの評価を免れない。

5  争点(4)(4月10日,11日又は12日の時点で免疫抑制剤の投与を中止すべきであったか。)について

前判示のとおり,本件免疫抑制剤の使用自体が違法なものであると認めるべきであるから,争点(4)については判断の必要がない。

6  争点(5)(Aに対しリンデロンを投与すべきではなかったか。)について

前判示のとおり,4月12日の時点で,Aは,それまでステロイド薬の投与等様々な治療を受けてきたにもかかわらず,重度の喘息発作を繰り返していた上,免疫抑制剤の投与も,副作用が出現したことから中止されていたのであるから,D医師が,Aの救命のため,従前効果のあったリンデロン注を用いて,ステロイドパルス療法を実施したことに,何らの違法性も見出すことができないのであって,争点(5)に関する原告らの主張を採用することはできない。

7  争点(6)(因果関係)について

前記認定の事実関係によれば,Aは,何らかの感染症(なお,感染源は,本件全証拠によっても明らかではない。)に罹患していたところ,本件免疫抑制剤の投与により,感染症の症状が悪化し,敗血症をきたして死亡するに至ったものと認めることができるから,本件免疫抑制剤の投与とAの死亡との間には因果関係があるものと言うべきである(なお,D医師は,Aの汎血球減少について,本件免疫抑制剤の影響にしては早すぎる旨を証言するが,Aは,前判示のとおり,長期間ステロイド薬の投与を受けていたから,免疫機能がかなり抑制されていたものと推認することができる上,全身状態も芳しくなく,バクタ,ザンタック等,汎血球減少の副作用を有する薬剤の投与も受けていたのであるから,通常よりも短期間で,汎血球減少の症状が発現することも不自然ではないものと言うべきである。)。

なお,被告は,因果関係を考える上では,Aがステロイド抵抗性の重症喘息であったことも考慮すべきであると主張するけれども,前判示のとおり,本件免疫抑制剤の投与により感染症の症状が悪化したものと認められる以上,被告の上記指摘を考慮しても,上記認定判断を左右しないものと言うべきである。

8  争点(7)(損害)について

(1)  逸失利益  0円

原告らは,平成12年当時,Aは主婦として家事労働に従事していたと主張するが,前判示の平成12年当時のAのADLや喘息の症状に照らせば,家事に従事することは不可能であったものと認めざるを得ず,原告らの主張は採用できない。

(2)  死亡慰謝料  1000万円

Aの病状,本件入院の経緯,受けた治療内容,違法とされた本件免疫抑制剤の投与に至る経緯等諸般の事情を考慮し,Aの死亡による慰謝料としては,上記金額を認めるのが相当である。

(3)  葬儀費用  120万円

本件と相当因果関係を有する損害としての葬儀費用は120万円と認めるのが相当である。

(4)  小計  1120万円

(5)  弁護士費用  110万円

上記認定の損害額及び本件訴訟の審理経過等に照らし,本件と相当因果関係を有する損害としての弁護士費用は,上記金額を認めるのが相当である。

(6)  小計  1230万円

(7)  相続

前判示のとおり,原告らは,Aが生前有していた権利義務を法定相続分(各2分の1)に従い相続したから,原告らは,それぞれ,被告に対する各615万円(1230万円÷2)の損害賠償請求権を取得したことになる。

第4結論

以上によれば,原告らの請求は,被告に対し,それぞれ615万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成12年4月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 中嶋謙英)

(別紙診療経過一覧表及び別紙投薬経過一覧表の添付は省略)

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