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京都地方裁判所 平成17年(ワ)1262号 判決 2007年5月29日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告らに対し,それぞれ3433万6730円及びこれに対する平成16年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,京都市立A高等学校内の掲示板に別紙記載の謝罪文を3か月間掲示し,かつ同謝罪文を平成16年8月16日当時の同校アメリカンフットボール部員及びチアリーダー部員全員に対して送付せよ。

第2事案の概要

1  本件は,被告の設置する高等学校のアメリカンフットボール部の合宿における練習中に急性硬膜下血腫の傷害を負い死亡したBの両親である原告らが,(1)同部の顧問及び監督である教諭には,①同部における指導を行うにあたり頭部外傷事故を防止する注意義務を怠った過失,②Bが不調を訴えたとき直ちに救急車の出動を要請しなかった過失があるなどと主張して,被告に対し,国家賠償法1条に基づき,Bの死亡による損害の賠償及びBが死亡した日である平成16年8月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,(2)Bの死亡後に開かれた同校における説明会で,同校の校長が不適切な説明をしたため,B及び原告らの名誉が毀損されたなどと主張して,被告に対し,国家賠償法1条,4条,民法723条に基づき,謝罪文の掲示及び送付を求めた事件である。

2  争いのない事実等

(1)  当事者等(甲1,15,乙18,20)

ア 被告は,京都市a区b町c番地に所在する京都市立A高等学校(以下「A高校」という。)を設置,管理する地方公共団体である。

C(以下,「C教諭」という。)及びD(以下「D校長」という。)は,いずれも被告の公権力の行使にあたる公務員であり,C教諭は,平成4年4月1日からA高校の教諭として勤務し,そのころから現在まで同校アメリカンフットボール部(以下,単に「アメフト部」という。)の顧問及び監督の立場にあり,D校長は,平成13年ころから現在までA高校の校長の職にある。

イ Bは,原告ら夫婦の間に生まれた男子(昭和63年4月7日生まれで,平成16年8月17日当時16歳であり,平成16年6月当時,身長は178cm,体重は70kgであった。)であり,平成16年4月(以下,平成16年については,年の記載を省略することもある。)A高校に入学し,そのころからアメフト部の練習に参加し始め,6月6日の入部式を経て正式に同部に入部し,8月17日に死亡するまでの間,アメフト部員として,その活動に参加していた。なお,Bは,A高校に入学するまでの間,アメリカンフットボールをした経験がなかった。

原告らは,Bが死亡したことにより,Bが生前有していた権利義務を法定相続分(各2分の1)に従い相続した。

(2)  合宿の実施(甲1,3,27)

アメフト部(部員は,選手が,1年生6名,2年生10名,3年生7名〔小計23名〕,女子マネージャー7名の合計30名であった。)及びA高校チアリーダー部(以下,単に「チアリーダー部」という。)は,8月14日(土曜日)から同月19日(木曜日)までの間の予定で,兵庫県養父郡d町(現養父市)eに所在する民宿(以下「本件民宿」という。)及びこれに隣接するグラウンド(以下「本件グラウンド」という。)において合宿(以下「本件合宿」という。)を行った。本件合宿には,アメフト部員及びチアリーダー部員,顧問の教師4名(C教諭のほか,E〔以下「E顧問」という。〕,F〔以下「F顧問」という。〕,G〔以下「G顧問」という。〕の3名),Hコーチ,OB,マネージャーが参加した。参加者は,8月14日午前9時ころ本件民宿に向けてA高校を出発し,本件民宿に到着した後である午後3時ころから午後5時30分ころまで練習を行い,翌15日は,午前6時30分ころから午前7時ころまでランニングをしたほか,午前9時ころから午前11時30分ころまで及び午後3時ころから午後5時30分ころまで練習を行った。

(3)  8月16日の練習内容及びBの死亡(甲5,7,9,27,36,64,乙7の16ないし20,乙9,20)

ア 8月16日は,午前9時(以下,8月16日については,年月日の記載を省略することもある。)ころから午前11時30分ころまで午前の練習を行った。

イ 昼食及び休憩の後,午後3時ころから午後の練習を開始し,ウォーミングアップ,ストレッチ,反応練習,ダッシュ等をした後,午後3時30分ころから10分間の予定でオクラホマ練習(以下「本件オクラホマ練習」という。)を行った。本件オクラホマ練習に参加したアメフト部員(以下,単に「部員」ということもある。)は19名であり,Bを含む10名(1年生5名,2年生3名,3年生2名〔うち1名は,アメフト部のキャプテンであり,ポジションはクォーターバックであった。〕)のグループ(以下「Aグループ」という。)と9名のグループ(以下「Bグループ」という。)の2つに分かれて練習を行った。

本件オクラホマ練習時,本件グラウンド上には,C教諭のほか,Hコーチ及びOB5名がいて,部員らの指導にあたっていた。なお,当時,G顧問は,チアリーダー部の指導にあたっていて不在であり,E顧問及びF顧問は,本件合宿の途中から帰宅する生徒に付き添って一緒に帰宅していた。

ウ Bは,10分間の予定であった本件オクラホマ練習が間もなく終了する午後3時39分ころ,OBのIに頭痛を訴え,ふらついた状態で歩いていた。これを見たC教諭は,Bに声をかけ,地面に仰向けに寝かせ頭部の冷却を行うなどの応急措置を行った。その後,Bの意識がほぼなくなったため,C教諭は,Iに救急車の出動の要請を指示し,これを受けたIは午後3時51分ころ119番通報を行い,救急車は,午後4時14分ころ到着してBを収容し,午後4時23分ころ,G顧問及びマネージャー1名を同乗させ,J病院に向け出発した。

Bは,救急車内で既に両側瞳孔が散大しており,午後4時52分ころJ病院に搬送された時点では,すでに昏睡状態になっており,急性硬膜下血腫と診断され,午後7時52分ころから午後9時16分ころまで,開頭血腫除去術及び減圧開頭術(以下「本件手術」という。)を受けたが,翌17日午後0時50分ころ死亡した(以下,本件オクラホマ練習開始後,Bが死亡するまでの上記一連の事実経過を総称し「本件事故」という。)。

(4)  オクラホマ練習について(甲4,乙7の19,乙8の2,弁論の全趣旨)オクラホマ練習とは,アメリカンフットボールにおける練習の一種であり,オフェンス(攻撃)側2名(ブロッカー役及びキャリア〔ランニングバック〕役),ディフェンス(防御)側1名の合計3名で行い,ブロッカー役とディフェンス役が当たり押し合っている間に,その横をキャリア役がボールを持って突破する練習であり,その内容は次のとおりである(以下,オクラホマ練習を含めた,タックル・ブロックの練習又はこれらを交えた練習を総称して「当たり練習」という。)。

① ブロッカー役とディフェンス役が向かい合い,いずれも手を地面についた姿勢で構え,ブロッカー役の後ろにキャリア役がボールを持って立つ。

② ディフェンス役は,キャリア役にタックルするなどして,キャリア役の突破を阻止する。

ブロッカー役は,ディフェンス役に当たり,ディフェンス役がキャリア役に対しタックルを行うのを阻止する。

キャリア役は,当たり押し合っているディフェンス役とブロッカー役の横を突破する。

なお,ディフェンス役は,ブロッカー役が動き出すまでは動くことができない。

(5)  説明会の実施(甲31,乙16,18)

A高校は,本件事故後の8月18日,原告らを含めたアメフト部員の保護者を対象に,本件事故についての説明会(以下「第1説明会」という。)を実施し,同月24日には,アメフト部員,マネージャー,チアリーダー部員を対象に,本件事故についての説明会(以下「第2説明会」という。)を実施した。第2説明会においては,D校長及びC教諭をはじめとするアメフト部の顧問4名が説明にあたった。

3  争点

(1)  アメフト部の指導にあたってのC教諭の過失の有無及び因果関係

(2)  救護にあたってのC教諭の過失の有無及び因果関係

(3)  Bの死亡による損害

(4)  D校長の説明がB及び原告らの名誉を毀損する違法なものであったか

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告らの主張)

ア C教諭には,アメフト部の指導にあたり,頭部の衝突による重症頭部外傷の発生を予防すべく,①入部から1年間は頸部の筋力強化トレーニングを行わせ,頸部に十分な筋力がつくまでの間は,オクラホマ練習をはじめとする本格的な当たり練習を行わせるべきではなかったにもかかわらず,本件合宿において,Bをはじめとするアメフト部の新入部員(以下「新入部員」という。)に対し本件オクラホマ練習を行わせた過失,及び②オクラホマ練習をはじめとする当たり練習を行わせるにあたっては,頭部から衝突することのないよう,必ず手を前に出して当たることを徹底して指導すべきであるのに,これを行わなかった過失がある。

イ 上記C教諭の過失により,Bは,十分な頸部の筋力をつける以前に本件オクラホマ練習に参加し,頭部から当たるという誤ったヒッティングフォームで当たった結果,頭部を強打し,急性硬膜下血腫の傷害を負い死亡するに至った。

(被告の主張)

ア 原告らの主張アについて,事実は否認し,法的主張は争う。

(ア) C教諭は,アメフト部の指導にあたり十分な配慮を払っている。

(イ) 具体的には,①日常的に,部員の頸部を他の部員が押してこれに耐えて頸部の筋力を鍛える練習や,筋力トレーニング,ウエイトトレーニング,サーキットトレーニングなどの基礎体力を向上させるトレーニングを行わせており,②当たり練習は,フォームタックルと呼ばれる当たりの姿勢を身につける練習から始め,徐々に当たる強さを強くしていくなど段階を踏んだ練習方法をとっていたし,また,5月下旬ころからは,新入部員と上級生部員とを一緒に練習させていたが,最初は,上級生が1年生の当たりを受けるのみの練習であった。

また,ヒッティングフォームについても,頭から当たるのではなく,両手を前に出して当たるヒッティングフォームを指導していた。

(ウ) 手を前に出して当たっても,結果的に頭部同士が衝突してしまうことは完全には避けられず,急性硬膜下血腫は衝撃が弱くても発症するものであるから,本件の場合,Bの死亡という結果を回避することは不可能であった。

イ 原告らの主張イについて,Bが急性硬膜下血腫で死亡したことは認めるが,その余は否認する。

(2)  争点(2)について

(原告らの主張)

アメフト部の監督及び顧問であるC教諭は,Bが頭痛を訴えふらついていた午後3時39分ころの段階で,直ちに救急車の出動を要請すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,午後3時52分ころまで救急車の出動を要請しなかった。

(被告の主張)

原告らの主張する事実は認めるが,法的主張は争う。C教諭は,Bが頭痛を訴えたことから,Bをテントに運び寝かせるなどの処置を行っており,午後3時52分ころには,Iを通じ救急車の出動を要請しているのであり,適切な救護処置を施している。

また,急性硬膜下血腫が発生した場合,早期に手術しても予後は不良であり,死亡率も高いのであるから,午後3時39分ころの段階で直ちに救急車の出動を要請していたとしても,死亡という結果を回避することは不可能であった。

(3)  争点(3)について

(原告らの主張)

ア Bの損害

(ア) 治療費,遺体搬送費 9万4615円

(イ) 交通費 7万1430円

(ウ) 葬祭関係費 192万6850円

(エ) 死亡届関係費 5400円

(オ) 逸失利益 5557万4641円

Bは,大学進学の志望を持っており,またBの両親である原告らも,大学に進学させたいと思っていた。したがって,Bの逸失利益は,

674万4700円(平成14年度賃金センサス男子大卒平均)

×0.5(生活費控除率)

×16.4795(16歳4か月に対応するライプニッツ係数)

=5557万4641円(1円未満切り捨て)

となる。

(カ) 死亡慰謝料 2400万円

(キ) 損害の一部填補(日本体育・スポーツ振興センターからの死亡見舞金) 2499万9475円

(ク) 小計 5667万3461円

イ 原告ら固有の損害

近親者慰謝料 各300万円

ウ 弁護士費用 各300万円

エ 前記のとおり,原告らは,Bが生前有していた権利義務を法定相続分(各2分の1)に従い相続し,それに上記原告ら固有の損害及び弁護士費用を合わせると,被告は,原告らに対し,それぞれ3433万6730円の支払義務を負っていることになる。

(被告の主張)

争う。

(4)  争点(4)について

(原告らの主張)

上記のとおりBの死亡の原因は本件オクラホマ練習時の衝突によるものであり,またBに持病はなかったにもかかわらず,D校長は,第2説明会において,アメフト部員及びチアリーダー部員に対し,「Bの死亡はアメリカンフットボールの練習に起因するものではない。Bの素因としての体質が原因である。Bは硬膜下血腫という病気で亡くなった。」と説明し,その結果,アメフト部員,チアリーダー部員及びその保護者に,Bの死亡がアメリカンフットボールの練習に起因するものではなく,Bの体質や持病等が原因であるかのように誤解させ,B及び原告らの名誉を毀損した。

B及び原告らの名誉を回復するためには,謝罪文の掲示及び上記部員らに対する謝罪文の送付を命ずることが適当である。

(被告の主張)

否認する。D校長は,第2説明会において,アメフト部員及びチアリーダー部員に対し,急性硬膜下血腫につき「これは誰にでも起こることだ。」とか「ただ座っているときにも起こることもあり得る。」などと説明したことはあるが,Bの死亡原因がBの持病や体質であるというような説明をしておらず,原因は不明であると説明したに過ぎないから,D校長の説明により,B及び原告らの名誉は毀損されていない。

第3争点に対する判断

1  前記争いのない事実等,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

(1)  日本アメリカンフットボール協会公式規則改正の経緯(甲56の1,甲57ないし60,弁論の全趣旨)

日本アメリカンフットボール協会公式規則(以下「公式規則」という。)においては,従前,オフェンス側の選手がブロックを行う際に手や腕を使用することが禁止されていたが,昭和59年の改正により,手や腕の使用が許されることとなり(ただし,腕をその長さの2分の1以上伸ばすことや,手を広げたり,掌を相手に向けることなどは禁止されていた。),昭和62年の改正により,腕を全部伸ばすことや掌を相手に向けることが許された。

(2)  日本アメリカンフットボール協会における頭部外傷事故の認識(甲52の1,2,乙12,証人C)

ア 日本アメリカンフットボール協会(以下,「協会」という。)では,平成12年ころから,アメリカンフットボールの試合及び練習中における重大な事故の統計を取り始めた。平成13年から本件事故発生までの間に,協会が報告を受けた重大事故の件数は10件(平成13年に2件,平成14年に3件,平成15年に5件)であり,このうち死亡事故は2件(平成13年に1件,平成15年に1件)であり,また,急性硬膜下血腫又は外傷性くも膜下出血の事故が,上記死亡事故のうち1件(急性硬膜下血腫によるもの)を含め7件であった。

イ 協会は,上記平成13年の死亡事故(関東大学連盟所属の大学のアメフト部員が練習中に頭部を打撲し急性硬膜下血腫の傷害を負い死亡した事故)の報告を受け,平成13年9月17日,「重大事故防止のために」と題する文書(甲52の2-4ないし9枚目,以下「平成13年文書」という。)を作成し公表した。同文書には,調査の経緯,同事故の内容のほか,事故の予防策の提言(各選手へのヒッティングフォームの指導を十分に行う必要があることなど)が記載されていた。

ウ 協会は,本件事故後の平成16年9月2日,「重大事故の予防策の提言」と題する文書(乙12,以下「平成16年文書」という。)を作成し公表した。同文書には,「選手への指導」として「頭から当たるブロックやタックルは絶対にやめてください。必ず『手を先に出して』当たるように指導してください。ショルダーブロックでの1 on 1は頭部外傷の危険性があります。1 on 1は原則として必ず『ハンドファースト』です。頭と両手の3点で当たる1 on 1指導法は場合によっては頭が先に当たり,頭部外傷の危険性があります。指導の原則はあくまで『ハンドファースト』です。」などと記載されていた。

エ C教諭が初めて平成13年文書を読んだのは本件事故後であった。

(3)  C教諭の経歴(乙20,証人C)

ア C教諭は,昭和55年3月A高校を卒業し,同年4月にK大学体育学部体育学科に入学し,昭和59年3月同大学を卒業し,同年4月,非常勤講師として被告に採用され京都市立L中学校で勤務した後,翌60年4月に教諭として被告に採用され引き続き同中学校で勤務し,昭和62年から2年間,M養護学校で勤務し,平成元年から3年間,N高等学校で勤務し,平成4年4月からA高校で勤務していた。

イ C教諭は,A高校及びK大学在学中は,アメフト部に所属しており,その後も昭和60年4月から2年間は社会人のアメリカンフットボールチームに所属していた。また,N高等学校ではラグビー部の顧問を担当しており,A高校に赴任した直後からアメフト部の監督及び顧問を担当していた。

(4)  アメフト部における練習(乙7の10,乙20,証人C)

ア C教諭は,平成16年度の新入部員に対し,次のように練習を行わせていた。

(ア) ヘルメットを購入する5月2日ころまでの間は,ランニング,サーキットトレーニング,ボール投げ等の基礎練習のみを行わせていた。

(イ) ヘルメット購入後(4月29日採寸,5月2日納品)から,ヘルメットを着用した状態でのパス練習,キャッチ練習等の基礎練習,ダミーを使用した当たり練習等を行わせていた。その後,新入部員同士でフォームタックル及びフォームブロック(1対1でゆっくりと当たり合い,正しいヒッティングフォームを身につけるための練習)を行わせ,ついで,①オフェンス役のみが当たり,ディフェンス役は動かず,ただ台になる練習,②オフェンス役のみが当たり,ディフェンス役は力を入れてその場に踏みとどまろうとする練習,③双方が前に出て押し合う練習と,段階的に当たり練習を行わせていた。

(ウ) また,7月ころからは,上級生を相手とした当たり練習を始めたが,はじめは,上級生は新入部員の当たりを受けるのみにとどめ,ついで上級生も前に出て押し合う形での当たり練習に進めていた。なお,新入生が,1対1の当たり練習にキャリア役が加わるオクラホマ練習を始めたのは,本件合宿のころからである。

イ また,C教諭は,上級生に対しては,上記新入部員の練習とは別に,秋期の試合シーズンを念頭におき,基礎練習から応用練習までを段階的に組み合わせた計画を組んで,練習を行わせており,5月下旬までの間は,基本的に新入部員は,上級生とは違う練習メニューで練習を行わせていたが,5月下旬ころからは,練習内容によっては,上達の早い一部の新入部員にも上級生の練習に参加させていた。

(5)  C教諭らのヒッティングフォームの指導(甲1,17,20ないし25,65,67,証人C)

ア C教諭は,新入生に対し,初めてヘルメットを身につけた時期から,①ヘルメットは武器ではない,②オフェンス側のブロッカーとしてディフェンス側にブロックをする際は顔を上げて当たる(頭から当たるのはスピアリングという反則になる。)と指導し,その後も正しい当たり方のできない新入生に対しては,繰り返し同様の指導をしていた。

イ C教諭は,本件事故の際Bと同じAグループに入っていたO(1年生,身長177cm,体重114kgであった)に対しては,頭を低くす。るよう指導していたが,これは,同人のスタートが遅く立ち上がるようなフォームであったため,このフォームを矯正するためであり,頭部と頭部とが当たるように指導していたものではない。

ウ C教諭は,選手としてアメリカンフットボールを行っていたときは,顔を上げ,頭部と両腕(ないし両肩)の3点で当たるようにとの指導を受けていたが,A高校アメフト部において指導するにあたっては,前判示の公式規則の改正を踏まえ,また戦術面での有利さを考え,相手の動きを的確に把握するために顔を上げ(頭を下げると地面しか見えない。),相手から払いのけられないようにするために,掌を相手に向けて前に差し出して当たるように指導していた。もっとも,C教諭は,手を前に出しても勢いがあって腕では支えられないことから頭部が当たること自体はやむを得ず,また接近戦において,結果的に頭部が先に当たることは競技の性格上避けられないと考えていた。

エ C教諭は,本件合宿を実施するに当たり,参加するOBが自らかつて指導した者たちであったことから,自分の行う指導と同様の内容の指導をしてくれるものと考え,Hコーチのみならず,OBに対しても,ヒッティングフォームを含め具体的な指導内容の詳細な指示をしなかった。本件合宿で部員らの指導にあたっていたHコーチ及びOBは,部員らに対し,概ね,C教諭と同様に,手から先に当たるヒッティングフォームを指導していたが,Hコーチは出身大学(P大学)で受けた指導に従い,頭と掌の3点で当たるよう指導していた。

オ 新入生の中には,本件合宿の時点でも,なお,正しいヒッティングフォームが身に付いていない部員もおり,本件オクラホマ練習において,手よりも頭が先に当たる場合もあったが,C教諭,Hコーチ及びOBはその全ての場合に注意及び指導を行っていたわけではなかった。

(6)  本件事故の発生(甲5,7,9,36,51,64,乙5,6,乙7の2ないし7,乙9,乙11の5,乙18,20,証人C,証人Q)

ア 8月16日午後3時30分ころから10分間の予定で本件オクラホマ練習が行われ,Bは,主にオフェンス側のキャリア役として同練習に参加していたが,ディフェンス役として参加し,相手方であるブロッカー役のOと当たった際,頭部と頭部が衝突した(以下「本件衝突」という。)。もっとも,本件全証拠によっても,Bが本件オクラホマ練習の際,ほかの部員との間で頭部と頭部とが衝突していないと認めることはできないし,Bの頭部が,他の部員の肩や腕,さらには地面に衝突していないとも認めることができない。

イ Bは,10分間の予定であった本件オクラホマ練習が間もなく終了する午後3時39分ころ,Iに頭痛を訴え,同人の指示によりヘルメットを外し,ふらついた状態で歩いていた。

C教諭は,上記Bの状態を見てBに声をかけたところ,Bが頭痛を訴えたため,Bを抱きかかえ,練習を行っていた場所の横の地面に仰向けに寝かせたところ,Bは嘔吐した。

その後,Bが再び嘔吐したため,C教諭は,嘔吐物が詰まるのを防止するため,Bの上体を起こし背中を叩いた。

その後,C教諭は,頭部の冷却等の処置を行っていたが,Bの意識が朦朧としてきたために,担架を使用し,Bを本件グラウンドの脇に設置されたテントの下に運び,首筋と額に冷湿布を貼り,防具を外した。

その後,Bが再び嘔吐をし,意識もほぼなくなったため,C教諭は,Iに救急車の出動の要請を指示し,これを受けたIは,本件民宿まで戻り午後3時51分ころ119番通報を行い,救急車は午後4時14分ころ到着し,G顧問及びマネージャー1名が救急車に同乗しJ病院へ向かった。

救急車が本件グラウンドに到着するまでの間,C教諭らは,Bに対し,頭部の冷却や気道の確保を行うとともに,防具を外し,スパイク及び靴下を脱がせるなどの処置を行っていたが,このころから,Bは大きないびきをかく状態となっていた。

ウ 上記Bの搬送を受け,診察を行ったJ病院のQ医師は,頭部CT検査等から急性硬膜下血腫と診断し,既に状態が悪く手術適応はないと判断したが,原告らに電話しその旨説明したところ,原告らが手術を強く希望したため,本件手術を実施することとした。

本件手術中,Bの前頭部に皮下血腫が認められ,硬膜下には大量の出血が認められたが,脳実質には,脳挫傷その他の損傷は認められなかった。

エ Bは8月17日午後0時50分ころ死亡し,翌18日午後1時10分ころから午後3時30分ころまでの間,R大学医学部法医学教室のS医師によって,Bの遺体の解剖が行われ,その結果,同医師は,Bの死因につき「頭部外傷(推定)による急性硬膜下血腫」と判断した。

オ なお,本件全証拠によっても,Bの上記頭部外傷が本件衝突によるものと認めることはできない。

(7)  本件事故後の経緯(甲13,14,乙7の12,13,乙16,18,証人D,証人C)

ア C教諭は,本件事故後,兵庫県養父警察署(以下「養父警察署」という。)の警察官から事情聴取を受け,その中で,A高校アメフト部内における喧嘩やリンチ等のトラブルの有無や,頭部に対する大きな衝撃の有無等について質問を受けたが,いずれも否定する回答を行った。

養父警察署の警察官は,8月23日,A高校格技室において,C教諭,G顧問,Hコーチ,OB5名,アメフト部員及びマネージャーの協力を得て,本件オクラホマ練習の状況等を再現し検証した。

イ 養父警察署の警察官は,上記事情聴取の結果等を踏まえ,D校長に対し,本件事故に関し「事件性はない。」と説明した。

ウ 8月24日にA高校で開かれた第2説明会において,D校長が概括的な説明を行った後,C教諭が本件事故につき説明し,その後,D校長が,急性硬膜下血腫につき黒板に図を書きながら説明を行った。

上記説明の際,D校長は,本件事故はアメリカンフットボールやその他のスポーツを行っている限り起こりうることである,本件事故の原因が何であるか(誰が加害者であるか)を調査するようなことはしない,警察からは事件性がないと聞いているなどと説明した上,急性硬膜下血腫につき,「これは誰にでも起こることだ。」,「ただ座っているときにも起こることもあり得る。」などと説明した。

D校長の上記説明を受けた一部の部員及びその保護者は,Bが持病により死亡したものと理解した。

エ D校長は,上記急性硬膜下血腫の説明を行うにあたり,A高校の校医から,医学書の写し(乙17)を示され,急性硬膜下血腫についての説明を受けていた。

2  証拠(甲33,51,68,証人Q)及び弁論の全趣旨によると,急性硬膜下血腫につき次の知見が認められる。

(1)  硬膜は,頭蓋骨の内部にあり脳実質を被っている膜であるが,急性硬膜下血腫とは,外傷等により硬膜と脳実質との間(硬膜下)に血腫が生じ,この血腫により脳実質が圧迫される傷害であり,外傷性の急性硬膜下血腫には,脳実質に損傷のない単純型と,脳実質の損傷を伴う複雑型とがある。

単純型の急性硬膜下血腫は,脳実質が揺さぶられることにより脳実質と硬膜をつなぐ架橋静脈が損傷し,硬膜下に血液が貯留し血腫が生じるものである。複雑型の急性硬膜下血腫は,頭部に対する強い衝撃により,架橋静脈や脳実質表面の血管が損傷し,硬膜下に血液が貯留し血腫が生じるものであり,脳挫傷等,脳実質の損傷を伴う。単純型の急性硬膜下血腫は,複雑型の急性硬膜下血腫とは異なり,比較的軽微な外傷によっても発症することがある。

上記のとおり単純型の急性硬膜下血腫は脳実質が揺さぶられることにより生じるものであるから,頸部の筋力を高めることにより,単純型硬膜下血腫の発生をある程度は防止することができる。

(2)  急性硬膜下血腫が発生すると,ごく軽度のものであれば自然に血腫が消失し治癒に至ることもあるが,多くの場合,早急に血腫を除去する手術を行わなければ死亡率は高く,また手術を行った場合の死亡率も6割を超える。また,手術を行うためには診断,手術の準備等に時間を要するところ,急性硬膜下血腫の傷害を被った患者が,設備の整った病院に搬送されても,直ちに手術を受けることはできない。

3  争点(1)について

(1)  C教諭の注意義務違反の有無について

ア アメリカンフットボールは,数あるスポーツの中でも,競技者が互いに激しく接触,さらには衝突することが避け難いだけでなく,むしろ本来的に予定されている競技であるから,接触・衝突に付随して様々な事故が生じ,競技者の身体・生命に危害が及ぶことの高度の危険性を内在している。したがって,アメリカンフットボールを高等学校における教育の一環である部活動として行う場合には,生徒の指導にあたる顧問の教員は,アメリカンフットボールに内在する危険を可及的に排除すべく,最大限の注意を払うべき義務を負っているものというべきである。そして,本件オクラホマ練習のごとく,参加者同士の身体の衝突を不可避とし,生徒の身体・生命に危害が加わる危険性が特に高い練習を行わせる場合には,その指導にあたる教員には,特に高い注意義務が要求されるものというべきである。

加えて,前判示の単純型の急性硬膜下血腫の発症の経緯に照らせば,頸部の筋力が不十分である者は単純型の急性硬膜下血腫発症の危険性がより高いものと考えられるところ,成長過程にあり頸部の筋力も未熟な高校生がアメリカンフットボールを行う場合には,大学生や社会人が行う場合にも増して,頭部の衝突から生じる危険につき,より一層の注意が払われなければならないものといえる。

イ 当たり練習については,頭部のみをもって相手方の身体(頭部を含む。)から衝突することは頭部外傷発生のおそれが高い危険な当たり方(ヒッティングフォーム)であることは自明であるところ,前判示のとおり,公式規則の改正により,本件事故当時,腕全部を伸ばし掌を相手に向けて当たることが許されていたのであるから,アメフト部の顧問であったC教諭は,事故防止の観点から,部員に対し,頭部よりも手を先に相手の身体に当てるヒッティングフォームを徹底して指導すべき注意義務,具体的には,当たり練習を実施するにあたり,まず,①頭部から当たることの危険性(ヘルメットをかぶっていても危険であること)を部員に説明し,理解させ,②フォームタックル及びフォームブロックの練習を十分に行わせることにより正しいヒッティングフォームを身に付けさせ,また,③部員が正しいヒッティングフォームを身に付けたか否かにつき注意を払い,危険なヒッティングフォームで当たっている部員に対しては,適時,適切に,注意及び指導を行い,④正しいヒッティングフォームを身に付けたことを確認した上で,本格的な当たり練習を行わせるべき注意義務を負っていたものというべきである。

なお,前判示のとおり,協会は,本件事故以前から,アメリカンフットボールの練習における急性硬膜下血腫及び外傷性くも膜下出血の事故の報告を受けており,平成13年文書においても,平成16年文書におけるほど具体的な形ではないものの,事故の予防策としてヒッティングフォームの指導を十分に行うことの必要性について指摘していたことからすれば,本件事故当時の一般的・平均的な高等学校の部活動におけるアメリカンフットボールの指導水準の下でも,指導者においてヒッティングフォームの指導を徹底することにより急性硬膜下血腫等の頭部外傷発生の危険を軽減することができることの認識を持つことは十分に可能であったものといえる。

ウ ところで,原告らは,入部から1年間は頸部の筋力強化トレーニングを行わせ,その後に初めて本格的な当たり練習を行わせるべきであったと主張する。確かに,頸部の筋力が十分に発達してから本格的な当たり練習を行うことが頭部外傷事故を防止するという観点からは望ましいことは原告らの主張のとおりであるが,他方で,①高等学校における教育の一環である部活動としてアメリカンフットボールを行うことが教育上有益であることは否定できないところ,成長過程にある高校生に対しては,頸部の筋力が十分に発達するまでは当たり練習を行わせるべきではないとすると,およそ高校生にはアメリカンフットボールを行わせるべきではないということになりかねず,また,②部活動の運営上,新入部員に対し一律に基礎練習や筋力トレーニングのみを長期間にわたって行わせることは現実的ではなく,③前判示のとおり,正しいヒッティングフォームを徹底的に指導することにより,事故の発生をある程度防止することができるものと考えられることからすると,新入部員に対し一律に原告ら主張の取扱いをすべきであるとまではいうことができず,この点に関する原告らの主張は採用することができない。

エ そして,前判示のとおり,C教諭は,新入生に対し,顔を上げ,掌を相手に向けて前に差し出して当たるという安全なヒッティングフォームを正しいヒッティングフォームとして指導しており,また,当たり練習についても段階的に行っていたものと認めることができるから,その指導方法が直ちに誤っていたものということはできない。

オ しかしながら,前判示のとおり,C教諭は,主として,戦術面での有利さを考えて正しいヒッティングフォームの指導をしており,新入生に対し,頭部から当たることの危険性,そして正しいヒッティングフォームで当たることが事故防止の観点からいかに大切であるかについて説明し,新入生に理解させる努力を十分に行っていたものとはいえないし,そのため,本件合宿においても,Hコーチは頭と手の3点で当たるように指導し,また,本件オクラホマ練習において手よりも頭が先に当たった場合においても,C教諭,Hコーチ及びOBがその都度適切な指示を行っていないなど,C教諭の正しいヒッティングフォームについての指導は徹底していなかったものというほかない。

カ この意味において,C教諭には前判示の注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

(2)  因果関係の有無について

ア 前判示のとおり,Bが,本件オクラホマ練習中に頭痛を訴え,その後意識を失っていること,解剖の結果,Bの死因は「頭部外傷(推定)による急性硬膜下血腫」とされていること,Bが頭部に疾患を抱えていたことを窺わせる事情が存在しないことからすれば,Bは,本件オクラホマ練習における何らかの頭部打撲により,急性硬膜下血腫の傷害を負ったものと認めることができる。

イ しかしながら,前判示のとおり,単純型の急性硬膜下血腫は,比較的軽度の衝撃でも発生しうること,頭部よりも手を先に相手の身体に当てる正しいヒッティングフォームで当たっても,頭部が相手の身体(頭部を含む。)に当たること自体は避けられないこと,Bがどのような態様で急性硬膜下血腫の原因となる頭部打撲を被ったのかについてその具体的な状況を認めるに足りる証拠が存在しないことからすれば,C教諭の上記注意義務違反の結果,B又は練習相手が,頭部から当たる危険なヒッティングフォームで練習相手又はBと当たったとも,さらに,頭部から当たる危険なヒッティングフォームで当たった結果,Bが,急性硬膜下血腫の原因となる頭部打撲を被ったものとも認めることができない。

ウ したがって,前判示のC教諭の過失とBの死亡との因果関係を肯定することはできず,アメフト部の指導にあたってのC教諭の注意義務違反を理由とする原告らの請求には理由がない。

4  争点(2)について

原告らは,午後3時39分ころの段階で直ちに救急車の出動を要請すべきであったと主張するが,前判示のとおり,C教諭は,頭痛を訴えてふらついていたBをテントの下に運び寝かせ,頭部冷却などの処置を行った後,Iに対し,救急車の出動の要請を指示しているところ,Bが頭痛を訴えた直後の段階で,直ちに脳損傷等の重大な傷害の可能性を具体的に予見することは困難であり,Bが嘔吐を繰り返し,意識を失い,大きないびきをかく状態となった時点で初めて,Bが重大な傷害を負ったことを認識することが可能であったものとみるべきであり,C教諭の対応に遅れは認められない。なお,前判示のとおり,急性硬膜下血腫の手術を行う前に,診察,手術の準備の時間を要すところ,前判示のBの症状の経過に照らせば,午後3時39分の時点で直ちに医師がBを診察したとしても,Bの死亡という結果を回避できたか否かは不明であるものといわざるを得ない。

したがって,救護にあたってのC教諭の注意義務違反を理由とする原告らの請求には理由がない。

5  争点(4)について

前判示のとおり,D校長は,第2説明会において,急性硬膜下血腫につき,「これは誰にでも起こることだ。」とか「ただ座っているときにも起こることもあり得る。」などと説明したものと認めることができるが,この説明がBの死亡の原因がBの体質や持病等であるかのような不適切な説明であったものとみることはできない。

すなわち,上記説明内容は,急性硬膜下血腫の発症に関する一般論として誤りではないことに加え,前判示のとおり,D校長は,上記説明にとどまることなく,本件事故はアメリカンフットボールやその他のスポーツを行っている限り起こりうることである,本件事故の原因が何であるかを調査するようなことはしないなどと,アメリカンフットボールの練習とBの死亡との関係を窺わせるような説明も行っていて,D校長の説明は,Bの死亡原因がその体質や持病であると特定したものとは認められないのであり,このような一連の説明を聞いた通常の者が,Bが持病により死亡したものと受け取るとは考えにくいからである。

なお,前判示のとおり,一部の部員及びその保護者は,Bが持病により死亡したと理解したものと認めることができるが,それは,その部員又は保護者が,D校長の説明を誤解したものに過ぎないものと考えられるから,そうした事実のみをもって,D校長の説明が,Bの死亡の原因がBの体質や持病等であるかのような不適切な説明であったものということはできない。

したがって,D校長の説明がB及び原告らの名誉を毀損する不適切なものであったことを理由とする原告らの請求には理由がない。

第4結論

以上の次第で,その余の点につき判断するまでもなく,原告らの請求にはいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 中嶋謙英)

裁判官関根規夫は,転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 池田光宏

別紙省略

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