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京都地方裁判所 平成17年(ワ)1285号 判決 2007年11月13日

主文

1  被告は,原告Aに対し,82万5000円,原告Bに対し,27万5000円及びこれらに対する平成15年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を各支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は50分し,その1を被告の,その余を原告らの各負担とする。

4  この判決は1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告Aに対し,4086万4360円,原告Bに対し,1784万1453円及びこれらに対する平成15年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を各支払え。

第2事案の概要など(以下,平成15年は特に断らない限り,月日のみで記載する。)

1  事案の概要

本件は,原告Aの妻で,原告Bの母であるCが3月初めころから精神的に不安定となり,4月13日から被告が運営するH病院(以下「被告病院」という。)に医療保護入院したが,5月1日,肺血栓塞栓症に起因する出血性肺梗塞により死亡したところ,原告らが,Cとの診療契約の当事者,あるいは被告病院でCの診療を担当した医師及び看護師(以下,被告病院の医師を単に「医師」といったり,また,看護師を単に「看護師」といったりする。)の使用者である被告に対し,以下の各事由を理由として債務不履行ないし不法行為に基づいて原告Aに対し,4086万4360円,原告Bに対し,1784万1453円及びこれらに対するC死亡の日である平成15年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(1)  Cの死亡を前提とする事由

医師ないし看護師(ただし,看護師は,以下のア及びイⅰ,ⅲに係る部分のみ)に以下の行為がなければ,Cは,死亡することがなかった。

ア 訴外D医師を含む医師及び看護師は,Cに対する同診療当時,Cに肺血栓塞栓症が発症することを予見すべきであったのに予見しなかった。

イ 医師ないし看護師は,肺血栓塞栓症発症を予防すべきであったのに,その契機となることが予想された不適切な治療ないし行為(ⅰ身体拘束の必要性がないのに身体拘束をして点滴治療をした,また,ⅱアナフラニールを投与する必要性がなかったのに身体拘束下でそれを点滴で投与した,ⅲ入院して臥床状況にあり,また,身体拘束下で点滴治療を受けていたCに対して,肺血栓塞栓症の前駆症状が発症していないかその経過を観察すべきであったのにそれを怠った。)を行った。

(2)  Cの死亡を前提としない事由

ア 上記(1)イのⅰ,ⅱの事由

イ 看護師は,Cに対する看護において,Cの人格を踏まえた看護などをなすべきであったのにそれに違反した看護を行った。

ウ 医師は,Cや原告Aに治療内容を説明し,その理解と同意を得て治療をすべきであったのに,一方的に決定した方針に基づき治療を行った。

2  前提事実(ただし,文章の末尾に証拠などを掲げた部分は証拠などによって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)

(1)  当事者

ア C(昭和24年10月2日生まれ)は,原告Aの妻で,原告B及び訴外Eの母である。

なお,Eは,平成16年8月1日,死亡している(甲C1)。

イ 被告病院は,精神科のみを有する単科病院で,被告が開設して運営している。

(2)  Cの症状ないし経過

ア Cは,3月初めころから突然不安感を訴えるようになり,些細なことに気を病むなど精神的に不安定な状態となった。その後,症状が改善することなく推移したため,4月10日,I医院(心療内科)を受診したところ,そこでうつ病で入院治療が必要との診断を受け,その際,J病院の紹介を受けたが,空きベッドがなかったため入院することができず,その後,症状が悪化したこともあって同月13日,精神科救急情報センターの紹介で同日午前8時35分ころ,被告病院に医療保護入院することになり,同所で入院治療を受けることになった(以下,後記イで記載したK病院内科〔以下「K病院」という。〕に転院するまでの間の被告病院での入院を「初回入院」という。)。

イ Cの診療を主治医として担当していたD医師は,4月18日,Cの尿に血尿が認められ,同月19日,頚部硬直があり,発熱が継続したことから髄膜炎を発症しているのではないかと疑い,同月20日,その確定診断のための検査,血尿の原因追究のためK病院にCを転院させた。Cは,同病院で検査などを受けたところ,髄膜炎ではないとの診断を受け,同月22日,再び被告病院に医療保護入院することになった(同日から再度K病院に転院するまでの被告病院での入院を,以下「本件入院」という。)(D医師が主治医であること,Cの4月18日からの症状について乙A1,2)。

なお,K病院での当初入院時にはCに対して向精神薬の投与がされなかった。

ウ(ア) 4月22日からの本件入院後,D医師は,Cについて,別紙2病棟建物平面図に観察室と記載された観察室で治療を行い,点滴のため身体的拘束の措置をとった。Cは,その後の同月24日,観察室から同図面に保護室5と記載された保護室(以下「本件保護室」という。)に転室し,同日午後10時から翌25日早朝にかけて両上肢と胴を抑制下でアナフラニールなどの薬剤の点滴投与を受けた。

(イ) 本件入院時におけるCに対する身体拘束の状況は以下のとおりである(乙A2)。

4月22日午後1時40分

本件入院開始

この間,特に拘束はない。

午後6時10分

胴と両下肢の拘束開始

午後11時30分

胴のみの拘束に変更

23日午前9時15分

拘束を全て解除

この間,特に拘束はない。

24日午後10時00分

胴と両下肢の拘束開始

(ウ) 看護師は,4月25日午前6時48分,心肺停止状態のCを発見した。その後,被告病院としては時間をおくことなくK病院にCを転院させた。Cは,同病院で一旦蘇生したが,脳死状態に陥り,5月1日午後3時15分,同病院で肺血栓塞栓症に起因する出血性肺梗塞により死亡した(Cの初回入院から死亡した当時を「本件当時」という。)。なお,Cについて行政解剖がなされ,その結果,死因は出血性肺梗塞と判断された。

(3)  初回入院時及び本件入院時にCに投与された薬剤は別紙薬剤表記載のとおりで,同使用された薬剤の適応は別紙薬剤の説明書記載のとおりで,また,Cの尿量,血圧は別紙尿量・血圧表記載のとおりである(甲B12,乙A1,2,弁論の全趣旨)。

(4)  肺血栓塞栓症

ア 肺動脈が何らかの塞栓子により閉塞する疾患を肺塞栓症といい,その塞栓子が血栓である場合を肺血栓塞栓症という。肺血栓塞栓症は欧米では3大循環疾患に数えられる非常に頻度の高い疾患で,入院患者にその発症率が高く,また,発症した場合には死亡率が高いこともあって入院患者を含めてその発症予防に力が入れてこられた。近年日本でも発症例が少なくないことが明らかにされ,その予防の重要性が説かれている。

ところで,肺血栓塞栓症が発症した場合の死亡率は14%で,重症例の死亡率は30%,死亡例の40%以上が発症1時間以内の突然死との報告がある(重症例以下の部分について甲B3)。

イ 肺血栓塞栓症の自覚症状としては呼吸困難,胸痛が多く,そのいずれかが認められる頻度は80%という報告がある。他覚所見としては頻呼吸,頻脈が多く見られる。

ウ 肺血栓塞栓症を誘発する因子は,①血流の停滞,②静脈内皮障害,③血液凝固能の亢進があり,①の原因には長期臥床など,③の原因には感染症や脱水などが挙げられている。

エ 予防

予防としては,血液凝固能活性の調節と下肢への静脈うっ滞の防止が不可欠で,その方法として,理学的予防法(①早期離床及び積極的な運動〔例えば,早期歩行開始,下肢の挙上やマッサージ,足関節運動など〕,②弾性ストッキング,③間欠的空気圧迫法など)と薬物予防法(①低用量未分画ヘパリン,②用量調節未分画ヘパリン,③用量調節ワルファリンの各投与)などがある(甲B3の13,14頁,同25,乙B6,21)。

(5)  身体拘束に関する法令など

ア 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)36条1項は「精神科病院の管理者は,入院中の者につき,その医療又は保護に欠くことのできない限度において,その行動について必要な制限を行うことができる。」と規定している。その制限のうち,身体的拘束については「指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない。」(同条3項,昭和63年4月8日厚生省告示第129号)とされている。

イ また,同法37条1項に基づいて厚生大臣が定めている処遇の基準(昭和63年4月8日厚生省告示第130号,最終改正は平成18年3月28日厚生労働省告示第660号)の「第4 身体的拘束について」の項には以下のとおりの定めがある。

「1 基本的な考え方

(1) 身体的拘束は,制限の程度が強く,また,二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため,代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり,できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。

(2) 身体的拘束は,当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり,制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならないものとする。

(3) 身体的拘束を行う場合は,身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし,手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐,縄その他の物は使用してはならないものとする。

2 対象となる患者に関する事項

身体的拘束の対象となる患者は,主として次のような場合に該当すると認められる患者であり,身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。

ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合

イ 多動又は不穏が顕著である場合

ウ ア又はイのほか精神障害のために,そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合

3  遵守事項

(1)  身体的拘束に当たっては,当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに,身体的拘束を行った旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記録するものとする。

(2)  身体的拘束を行っている間においては,原則として常時の臨床的観察を行い,適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする。

(3)  身体的拘束が漫然と行われることがないように,医師は頻回に診察を行うものとする。」

ウ 平成12年7月,当時の厚生省大臣官房障害保健福祉部精神保健福祉課は,日本精神病院協会からの「点滴・鼻注などの医療行為中の一時的な身体の固定」が同法36条1項ないし上記処遇基準でいう身体拘束に当たるかという疑義照会に対して,「生命維持のために必要な医療行為のために短時間の身体固定をすることは,指定医の診察を必要とする身体拘束には当たりません。ただし,長時間にわたって継続して行う場合は,身体拘束として精神保健指定医の診察及び診療録への記載を要します(厚生省告示第130号第四)。」と回答している(乙B23,24,25の②)。

(6) 看護業務基準について

日本看護師協会が,1999年に作成した精神科看護領域の看護業務基準(甲B28)によれば,看護師には以下の事項(以下「本件看護実践内容」という。)に配慮すべきことが求められる。

ア 患者に対して治療的な環境を提供し,患者が回復する力を持てるように治療的な患者看護師関係を展開すること(看護実践の内容1.1,1.2)。

イ 患者が自分で満たすことのできないセルフケアニーズに対し援助するとともに,必要なセルフケアが自分でできるよう支援すること(看護実践の内容1.3)。

ウ 身体拘束を受けた患者に対して,その基本的なニーズが満たされるよう援助し,拘束に伴う弊害がなるべく少なくなるよう援助すること(看護実践の内容1.4.2,1.4.4)。

エ 家族の不安やストレスを軽減すると共に,家族が力量に応じた患者援助ができるように支援すること(看護実践の内容1.7)。

オ 看護を必要とする人を継続的に観察,判断して問題を予知して対処すること(看護実践の内容3)。

カ 緊急事態に対する効果的な対応を行うこと(看護実践の内容4)。

(7) 精神科病院における医師,看護師の配置について

ア 医療機関は,医療法21条によって備えるべき医師や看護師の人数などが義務づけられているところ,その具体的内容は医療法施行規則19条で具体的に定められている。

イ ところで,精神科病院は,下記のとおり一般診療病院と異なった取扱い(以下「精神科特例」という。)がなされている(乙B26,27)。

一般診療病院        精神科病院

(ア) 平成13年の医療法改正以前

① 医師   概ね入院患者16人に1人  概ね入院患者48人に1人

② 看護者  概ね入院患者4人に1人  概ね入院患者6人に1人

(イ) 平成13年の医療法改正以降

① 医師   上記(ア)①と同じ

② 看護者  概ね入院患者3人に1人  概ね入院患者4人に1人

ウ 実際にも,精神科病院では一般診療病院と比較すると,精神科特例に応じた配置がなされている(乙B28)。

3  争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  肺血栓塞栓症の発症の予見の成否及び同予見を前提とする過失,不完全履行の成否について

ア 肺血栓塞栓症発症の予見可能性の成否について

(原告ら)

(ア) 精神科における肺血栓塞栓症発症の予見可能性について

肺血栓塞栓症はそれに罹ると致死率が高いところ,その前駆症状としては呼吸困難,胸痛,頻呼吸,頻脈などの症状が発症する可能性が高い。同疾病を誘発する因子としては①血流の停滞,②静脈内皮障害,③血液凝固能の亢進とされているところ,①の原因としては入院などによる長期臥床など,③の原因としては感染症や脱水などが挙げられている。

ところで,精神科においても昭和53年ころから,肺血栓塞栓症の発症に向精神薬が関係するのではないかと述べる論文が発表されたり(甲B4ないし6),平成15年ころからは,向精神薬だけではなく,患者が体動の少ない環境に置かれることによって肺血栓塞栓症が誘発される危険性が高い旨記載された論文が発表されたりしている(甲B8,9)。また,精神科のみの領域ではないが,肺血栓塞栓症の患者が最近10年で急増し,平成6年には肺血栓症研究会も発足している。さらに,平成14年10月には,精神科病院で数日間の身体拘束を受けていた入院中の患者が肺血栓塞栓症を発症した旨同病院の医師が発表し,かかる事例はまれではない可能性があり,足のマッサージをするなど予防措置に努めるべきだと指摘したことが全国紙で報道されたりした(甲B13)。

一般的にも外科手術,長期臥床,脱水,血液濃縮など入院中の患者に肺血栓塞栓症が発症する可能性が高いことは,遅くとも1990年代後半までには指摘されており,平成14年4月には,臨床各科にまたがる問題として,術中術後の安静,長期臥床,長期間の着席が肺血栓塞栓症の発症原因になると述べる論文が発表されている(甲B14)。

これらの状況からすれば,Cに肺血栓塞栓症による心肺停止が発生した4月25日当時(本件当時),Cが入院治療を受けていた被告病院の医師及び看護師を含む精神科医療に携わっていた医師及び看護師は,少なくとも長期臥床と脱水などが原因となって肺血栓塞栓症が発症し得ることの知見(認識)ないし予見を持つべき注意義務があった。

(イ) Cの具体的状態からの肺血栓塞栓症の認識・予見可能性について

Cは,初回入院中,4月20日から同月22日までのK病院での入院中,さらに本件入院中,身体拘束や点滴を含めて医師の指導によりほとんど体動のない臥床状況の中,精神病薬の投与を継続的に受け,また,発熱,血尿などが継続して尿路感染症ないし何らかの感染症を疑うべき状況にあり,そして,脱水傾向も示していたことからして,D医師及び担当の看護師は,本件当時,Cに対して,肺血栓塞栓症発症を認識,予見することができたにもかかわらず,そのような認識,予見を抱いていなかった。

(被告)

(ア) 精神科における肺血栓塞栓症の認識・予見可能性について

精神科において入院患者に対する肺血栓塞栓症発症の危険性を認識できるようになったのは平成15年7月以降に精神科の代表的医学誌にそれに関する論文(甲B8,9,乙B5)が発表された以降で,本件当時は精神科病院入院患者に肺血栓塞栓症が発生しやすいとの知見は殆ど皆無という状態であり,精神科臨床医療一般において同知見は全くないような状況であった。

それを裏付けるように平成15年12月発表の「精神病院における急性肺血栓塞栓症」(乙B5)には,「精神病院に医療保護入院,措置入院となり身体拘束されている患者に,深部静脈血栓症から急性肺血栓塞栓症が生じることがあることは,欧米で指摘され始めてはいるものの,わが国では報告例がほとんどなく注目されていない」(同1539頁),「身体拘束によって生じた急性肺血栓塞栓症の症例は,過去の文献を渉猟した限り6例存在する。この関連性を初めて言及したのFujitaらであるが,法医学領域の雑誌に報告されたために,ほとんど注目されていなかった。」(同1542頁)との記載がある。

ところで,原告提出の各文献(甲B4,5,7,10)は,平成15年4月以前に発表されたものであるが,いずれも少数症例についての事例報告であり,そのうちの甲B4は発表後それに関する研究が続くことなく20年以上顧みられなかった文献であり,甲B5は臨床精神科医が接する機会の乏しい他診療科の専門誌での掲載であるため,これらの文献が臨床精神科医の知識に影響を及ぼしたことはほとんどなかった。また,甲B8,9は,C死亡の約3か月後である平成15年7月以降に発表された論文である。そして,原告ら指摘の論文の中で記載されている「臨床各科にまたがる」とする「各科」の中には,精神科は含まれていなかった。後に出版された「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症予防ガイドライン」におけるリスク因子分類(乙B6,8頁表2)を見ても,精神科入院患者は最初から「予防対象」に入っていない。

したがって,本件当時,被告病院の臨床精神科医師及び看護師を含む臨床精神科医師及び看護師の間では精神科病院入院患者に肺血栓塞栓症が発症するとの認識可能性ないし予見可能性はなく,それを前提とする同認識,予見義務はなかった。

(イ) Cの具体的状態からの肺血栓塞栓症の予見可能性について

D医師を含む被告病院の医師及び看護師は,Cの具体的状態を踏まえるまでもなく,上記のとおり本件当時,Cのような精神科病院に入院していた患者について,肺血栓塞栓症発症について予見することはできず,したがって,同認識,予見を前提とする認識,予見義務はなかった。

イ 肺血栓塞栓症発症の予見を踏まえた医師らの注意義務の内容について

(原告ら)

被告病院のD医師を含む医師(ただし,以下の(ア)の③,(イ)は看護師を含む。)は,上記肺血栓塞栓症に対する知見に対する認識可能性ないしその発症の予見可能性を踏まえた同認識,予見義務を負うべきところ,それを前提として,Cの死亡との関係で,Cに対し,以下の各注意義務を負っていた。なお,同各注意義務が履行されていたら,Cの肺血栓塞栓症の発症のみならずそれに引き続いた心肺停止を予防することができた。

(ア)① Cに対する身体拘束下での点滴治療は肺血栓塞栓症発症の危険性があったことから,同疾病の発症を予防するため,同治療の必要性,合理性が認められない治療を回避すべき注意義務を負っていた。

② また,Cが4月24日22時以降投与されたアナフラニールによって意識障害に陥いることがなければ,Cは,肺血栓塞栓症の前駆症状である息切れ,胸痛,咳嗽,発熱,失神,血痰,発汗,胸内苦悶,不安感などを担当医のD医師らに訴えることができ,同訴えにより同疾病の発症を回避することができた。したがって,必要以上に意識障害をもたらす危険性のあったアナフラニールを主剤とする点滴治療をしてはならない注意義務を負っていた。

③ 肺血栓塞栓症発症の予防措置としてCに対してマッサージをしたり足関節運動を行わせたり,弾性ストッキングを使用するなどすれば,肺血栓塞栓症発症を予防することができ,それによる心肺停止を予防できた。したがって,同各予防措置を取るべき注意義務を負っていた。

(イ) 早期にCに発症していたと思われる上記肺血栓塞栓症の前駆症状を発見していれば,Cに対して肺血栓塞栓症発症を予防するため,抗凝固療法などの薬物療法を中心とする治療を行うことができ(甲B3,20頁),Cに発症した肺血栓塞栓症,それに引き続く心肺停止を避けることができた。したがって,医師ないし看護師は,同前駆症状などを見つけるためCに対するバイタルチェックや頻回の観察を行うべき注意義務を負っていた。

(被告)

(ア) 否認ないし争う。

(イ) D医師及び被告病院の看護師には,上記のとおり肺血栓塞栓症発症について予見可能性がない以上,同疾病の発症を踏まえた注意義務が生じる余地はない。

ところで,Cに発症した肺血栓塞栓症の血栓は肺動脈の主幹血管を閉塞するほどの大きさであったことからすると,Cに対する点滴前に既に生じていた大きな静脈血栓が点滴中に何かのきっかけで遊離して肺動脈に流入したものと考えられ,仮に本件点滴中に上肢と胴体を拘束していなくとも,肺血栓塞栓症が発症した可能性が同程度にある。したがって,身体拘束がなければ肺血栓塞栓症が発症しなかったという関係にない。そうすると,同身体拘束下での点滴とCの死亡との間の因果関係はない。

ウ 上記イで記載した各注意義務違反のうち,(ア)の①②及び(イ)の有無について

(ア) 不必要な身体拘束下での点滴治療をしない義務違反の有無について

(原告ら)

① 点滴の必要性について

Cは,本件入院以降,家族が面会した際には,少しずつ食事をし,服薬もしていた。家族の協力を積極的に得て,食事や服薬を勧めれば,経口による投薬,水分・栄養補給の量を増加させられる可能性もあった。したがって,4月23日以降,Cに実施された点滴が必要不可欠だったとはいえない。

また,アナフラニールは,通常1週間以内に効果の発現を見るといわれている。しかし,Cに対してはアナフラニールが4月13日から同月20日まで使用されているが,Cの症状は改善せず,かえって意識障害なども発症している。ところで,同月20日から同月22日までのK病院入院中にはアナフラニールをはじめとする精神病薬が用いられなかったところ,その際,Cの意識レベルは向上していた。以上のアナフラニールの投与状況にアナフラニールによって意識低下などの副作用が発症したとの厚生労働省の副作用情報(甲B34)を踏まえると,Cは,アナフラニールにより意識レベルの低下(意識障害)を発症したといえ,同月23日,Cにアナフラニールを点滴投与する必要性はなかった。

② 身体拘束の必要性について

前提事実(5)で記載した法令で規定されているとおり,精神科病院で入院中の患者に対する身体拘束は患者に自殺企図や自傷行為などの危険が認められる場合など,切迫性(利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高い場合),非代替性(他に代替する方法がないこと),一時的(行動制限が一時的なものである)なものとしてやむを得ない措置として許容されているに過ぎないし,同身体拘束中は原則として常時臨床的観察を行い,適切な医療及び保護を確保しなければならないとされている。

ところで,Cは,本件入院時の4月22日は3回の服薬全部を完了し,同月23日は午前10時25分から同日の夜間まで身体拘束を施さないまま持続的な点滴が行われたが,Cは「睡眠中断なく,穏やかな笑顔で良眠」しており(乙A2,41頁),昼食,夕食後の服薬をしている。また,同月24日は午前11時ころに点滴自己抜去をしているが,その後も,「看護師が退室する時,強引に出室しようとすることあるが制止可。不穏さはみられない。」と記録されている。同日午後1時10分の家族との面会では「笑顔をみせ,普通に喋っている。水分経口で採れる。」状態にあり,午後3時30分に医師がCに転室することと治療方針を伝えたところ,自分から転室の準備を始め,「こちらの話は充分に理解している。」とされている。午後4時ころには,「なにか本ない?」と看護師に尋ね,午後7時50分ころには,自力で排尿排便を行って,「おむつありますか?すいません。」と看護師に話しかけるなどしているし(乙A2,43頁),夕食後と就寝時は服薬を行っている。

Cは,被告病院の医師や看護師などのスタッフに対して拒絶的な態度を示すこともあったが,上記のとおり本件入院時家族に対しては心を開いて会話し,与えられた薬を服薬し,食事もとるようになっており,スタッフとまったくコミュニケーションを取ることができない状況ではなかった。

また,Cは,上記のとおり同月24日午前11時ころ,点滴を自己抜去して出室しようとしたこともあったが,同点滴は静脈に穿刺されており,入院中の自己抜去が大きな問題となることはほとんどなく,精神科病院において看護上さして重要視される問題ではない。むしろ,自己抜去の問題は,医療機関のスタッフの過剰な監視を必要としたり,何度も穿刺し直さなければならないというスタッフの手間にある。

そうすると,医師や看護師などの観察が手薄となる夜間にCに対して点滴をする必要性があったか疑問であるうえ,仮に夜間にその必要性があったとしても同日の夜間にCが不穏な行動に出る可能性はほとんど認められず,したがって,同日の夜間,安全を守るためにCの身体を拘束する必要性まではなかった。

③ D医師は,Cに対して,上記のとおりⅰ必要性がない点滴を行ったため,また,ⅱ必要性がないアナフラニールを投与し,その結果,意識レヴェルが低下したCからの訴えによって肺血栓塞栓症の前駆症状を認識することができなくなり,その結果,Cに表れていた同疾病の前駆症状ないし発症を看過したため,そして,ⅲ必要性のない身体拘束をしたため,Cを死亡にいたらしめた。

(被告)

① 点滴の必要性について

a Cの本件入院時における内服及び食事・水分摂取状況は別紙「服薬状況等一覧表」記載のとおりで,内服は必要量の約半分,食事及び水分もわずかしか経口摂取できていなかった。人間が1日に必要とする水分量は2000mlとされているところ,Cの経口水分摂取量は,4月23日が915ml+α,4月24日が約700ml+αにとどまっていたため,Cに対して点滴による投薬とともに栄養・水分補給が必要であった。

被告病院は,4月23日午前10時25分から同月25日午前2時20分までの間に7本の点滴を施行している。かかる2日間(同月23日午前7時から同月25日午前7時まで)における水分の最低必要量は4000mlであり,さらに,Cの脱水状態からその補正分として700ml必要であるから,合計必要量は4700mlである。これに対して,摂取量は点滴3100ml及び経口摂取量1700mlで合計4800mlである。点滴の少量の過多は尿量に転化されるだけで問題はないが,不足は脱水を引き起こすため,余分に投与するのが鉄則であり本件の点滴は適量の範囲内である。

b Cの精神症状の経過は初回入院当初の激しい興奮状態がその後のアナフラニールなどの向精神薬投与により少しずつ鎮静化の傾向を示していたところ,4月20日のK病院への転院で向精神薬投与が中断したこともあって,4月21日には不穏,興奮状態が再出現し,妄想を疑わせる症状も出現している。かかる経過からすると,Cに対するアナフラニールなどの向精神薬による治療は必要な治療というべきである。

ところで,アナフラニール(抗うつ剤)とリントン(抗精神病薬)はうつ病治療の主剤と併用薬である。しかし,4月23日と同24日の内服薬の服用率は50%に止まっていた。主剤の抗うつ薬の必要量をアナフラニールの注射剤に換算すると,2A/日と考えられていたため,Cが内服できなかった分(必要量の50%で,アナフラニールの注射剤に換算すれば1A)を点滴で補充する必要があった。

なお,Cは,原告らが主張するようにアナフラニールによって意識障害を発症したことはなく,かえって,上記のとおりその服用によって精神状態は改善されている。また,本件入院時にCに意識レヴェルの低下が発生していないことは診療経過に照らして明らかである。

② 身体拘束の必要性について

D医師は,Cの自発性を引き出し,活動性を回復させることを重視して治療に当たっていたところ,日中に点滴を行うことにすれば,「日中は点滴のため静止,夜は睡眠で静止」となって活動性の回復が妨げられるため,そのような処置をとることなく,夜間に点滴を施行しようと判断した。

また,Cの拒否的問題行動は一時的なものであるが,繰り返し,しかも特別な要因なく突然に起こり,予測がつかなかったところ,Cは,K病院での初回入院時及び被告病院での4月24日の非抑制下の点滴時に点滴を自己抜去したことがあった。Cの点滴に対する拒否性,点滴の自己抜去に対する積極性は明らかである。

ところで,点滴の自己抜去は,太い血管に貫通した針を無造作に引き抜くものであり,非常に危険な行為であるため,点滴を安全に行うべき責任を負っている被告の担当医師(D医師)は,身体拘束なしでのCへの点滴は危険と判断し,身体拘束のうえ点滴を行った。また,Cに対する身体拘束の程度であるが,胴と両上肢は拘束されていたが,その拘束状態は緩やかな抑制状態であって,両下肢は自由であった(乙A3)。

③ したがって,Cに対して4月24日午後10時から実施した本件点滴,アナフラニールの投与はCに対する治療として必要性があり,妥当性を有するもので,そのための身体拘束も相当性の範囲内にある。

④ ところで,本件で行った点滴のための身体拘束は,精神保健福祉法36条3項で言う身体拘束にあてはまるのか,解釈の分れるところで,その点について平成12年7月,当時の厚生省は前提事実(5)ウ記載のとおり回答しているところ,本件でのCに対する身体拘束は点滴治療の必要性からなされたものであるため,同条項の適用はないと考えるが,仮に,その適用があるとしても以下の(イ)の(被告)の主張部分で記載したとおり被告病院での医師や看護師のCに対する対応は同条項を受けて厚生大臣が定めた処遇の基準(厚生省告示第130号)に従ってなされている。

(イ) バイタルチェックや頻回の観察を行うべき注意義務違反の有無について

(原告ら)

① 注意義務違反の有無について

前提事実(5)で記載した厚生省令のとおり精神科病院で入院中の患者に対して身体拘束を行う場合,「原則として常時の臨床的観察を行い,適切な医療及び保護を確保しなければならない。」とされている。

ところで,Cが,4月24日午後3時20分に転室した本件保護室には画像モニターが設置されていたが,ナースステーションで見える同部屋の画像は室内の一部についておおまかな状況が分かる程度のものでしかなく室内での患者の詳細な動きを判別するのにはまったく役立たないものである。また,実際にこの画像を通してCが観察されていた様子もない。また,Cに対して両腕と胴体を拘束した状態で点滴が開始された同月24日午後10時以降も,Cには心臓モニターが付けられることもなく,同月25日午前6時48分に心肺停止状態で発見されるまでの間,医師の診察もなく,血圧,呼吸回数,脈拍,酸素飽和度の測定などもされていない。看護師がCが入っていた本件保護室を何度訪室したか明らかでない。

Cが同月24日,転室した本件保護室の扉には小窓が付いていたが,仮にそこから覗き見ても,Cの呼吸状態まで観察,判断することはできなかった。

以上のとおり看護師らは,Cに対するバイタルチェックや頻回の観察を行うことをしなければならなかったのに,それをしなかったため,Cに発症した肺血栓塞栓症の前駆症状を看過し,その結果,Cをして肺血栓塞栓症を発症させ,死亡にいたらしめた。

② 看護師の訪室の記録について

4月23日までの看護記録には,点滴を更新する以外の夜間の状況はほとんど記載されていないところ,同月24日の夜間の看護記録には,突然,約1時間ごとに本件保護室を訪室したうえCを観察して異変がない旨確認したとの記載がなされている。

しかも,看護記録の頁に余白を残して次頁に記載すると,記載の連続性の信頼性が失われるため禁忌であるとされているにもかかわらず,同月25日午前6時10分の記録の後は余白とされ,同日午前6時48分の呼吸停止発見から次頁上段の記載が始まっている。

これらの点からすると,同日午前3時10分以降午前6時10分までの看護記録は観察の都度記載したものではなく,後日書き加えられた可能性が高い。

(被告)

① 注意義務違反の有無について

4月24日午後11時に本件点滴を開始した後のCに対する観察の経過は以下のとおりである(乙A2,43,44頁)。

24日午後12時

看護師が入室してCの状態を観察し,異常なく入眠していることを確認

25日午前2時20分

看護師が入室して点滴の更新処置をし,Cの状態に問題ないことを確認

午前3時10分

看護師が入室してCが異常なく眠っていることを観察して確認

午前4時15分

同上

午前5時10分

看護師が入室し,Cが眠っていて,体動が少しあり,呼吸状態が安静であることを確認

午前6時10分

看護師が入室して観察。点滴残量が薬100ccあり,Cは入眠していて,安静呼吸であることを確認

午前6時48分

看護師が点滴残量を見ようとして入室し,Cの心肺停止を確認

上記の他,記録には残されていないが,同日午前6時10分から48分の間にF看護師が点滴残量を見るために入室して,Cに異常のないことを確認し,また,当夜はCが入っていた本件保護室の近くの部屋(別紙2病棟建物平面図に観察室2号と207号病室と記載された各部屋)の患者の状態が悪かったこともあって,何回か看護師がそれらの部屋を訪問した際,Cの様子も扉の小窓からのぞき見て点滴の落下と呼吸状態に問題がないことを観察している。

そうすると,Cに対する観察は不十分であったとはいえない。

本件保護室の小窓から,患者が視野にさえ入れば,布団の状態で隠れるなど特殊な場合を除き,患者の呼吸状態を知ることができる。当日,Cが使用していたベッドは部屋のほぼ中央にあり,布団は首より少し低い位置にあったため,同部屋の小窓から呼吸状態を観察することができた。そして,点滴残量は小窓からは確認できなかったため,看護師は,通常の巡回時以外にもCがいた部屋に何度か入室して点滴残量とCの状態観察を行っている。

ところで,肺血栓塞栓症は「疑わなければ決して見えてこない病気」(甲B25)といわれているところ,同病気を念頭において頻回の見回りなどを通してその病態の把握に務めることが必要であるが,そのような医療を本件当時の精神科の医療で行うことはできなかった。また,Cが入っていた本件保護室内にはナースコールは設置されていなかったし,また,特別重篤な病態でない精神科病院入院患者の点滴にあっては心電図モニターを装着しないし,そして,点滴中を意識してバイタルサインの測定までは行っていないが,それらのことは現在の精神科病院において一般的なことであり,精神科の医療水準に反していることはない。Cに対してはその当時の症状からして原告主張のような心臓モニターの装着やバイタルサイン(血圧,呼吸回数,脈拍,酸素飽和度)のチェックが必要な状況ではなかった。

② 看護師の訪室記録について

看護記録には,経時記録方式と経過記録方式がある。経時記録は起こったことをその都度,記載していく方式で,経過記録は行った看護内容を後でまとめて記録する方式である。経過記録は記録に割く時間の無駄を省き,より多くの時間を患者への対応に注げる点が優れているが,あとでまとめて記載するため,患者の容態変化が激しいときにはその変化を捉えきれないという欠点がある。

そこで,被告病院では平時は経過記録を採用し,容態悪化時や急変時には,随時,経時記録に切り替えるようにしてきた。ただし,夜間の記録は,社会保険事務局の指導とともに昼間と比較して看護師が少人数になる夜間の患者への対応がおろそかにならないようにするため,患者の容態に変化が無ければ,管理日誌に巡回時間だけを記載して,診療録への記載は不要とした。

4月23日,同月24日の各深夜帯の看護記録はCの症状について特に変化がなかったため巡回ごとの記録は省かれ,経過記録として勤務の終わり(だいたい午前7時から8時ころ)に記載された。同月25日午前6時48分以降の記録は,Cの容態に急変があったことから,急遽,経時記録に切り替え,巡回時の様子をまとめて,時間を追って記載された。

また,同日の看護記録に余白があるのは,救急処置時の看護師のメモ記載をそのまま看護記録としたからである。通常,救急処置時は記録に手間がとられて処置がおろそかになるのを防ぐため,記録は最低限のメモに止め,事後にメモを見ながら看護記録をまとめることが多いところ,本件の看護記録ではたまたまメモ自体が良く記載されており,十分に詳細であったため,書き直すことなくそのまま看護記録として採用したものである。メモは別紙にとっているので,用紙の冒頭から記載されることになり,結果として,直前の看護記録用紙の残りが余白となったのであり,同日午前3時10分以降午前6時10分までの看護記録が後日書き加えられたことはない。

(2)  肺血栓塞栓症の発症の認識可能性,予見可能性を前提としない過失,不完全履行の成否について(不必要な身体拘束下での点滴などをしない義務違反の有無について)

(原告ら)

ア(ア) 上記(1)ウ(ア)の原告ら主張のとおりD医師及び看護師(ただし,看護師は,アナフラニールの投与義務違反は除く。)は,アナフラニールの投与を含めて注意義務に反して不必要な身体拘束下での点滴治療を施行した。

(イ) Cを担当していた被告病院の看護師は,上記(1)ウ(イ)の原告ら主張のとおり,Cに対してバイタルチェックや頻回の観察を行べきであったのに,それを行わなかった。

なお,Cに発症した肺血栓塞栓症は再発型である(甲B25)。

イ Cは,D医師及び看護師が上記義務違反のない適切な治療行為を行うとの期待を有していたのにその期待を裏切られたため,無用な身体拘束とともに不必要な治療を受けるなどして精神的苦痛を被った。

(被告)

ア 上記(1)ウ(ア)の被告の主張のとおりCに対する身体拘束下での点滴治療は必要であった。また,被告は,上記(1)ウ(イ)の被告の主張のとおりCに対して適切な観察を行っているので,点滴中のCに対する状態観察の看護には注意義務違反は存在しない。

なお,Cが発症した致死性急性肺血栓塞栓症は1回発作型で(乙B19,20),何ら前兆となるものはなく,その発症時には時間的余裕はなく,治療の手立てがない。したがって,原告の上記主張は認められない。

ところで,Cに対しては点滴中を意識してバイタルサインの測定までは行っていないが,それらの事情については上記(1)ウ(イ)の被告の主張のうち,①で主張するとおりである。

イ 原告の期待権侵害などの主張は否認ないし争う。

(3)  初回入院時,本件入院時における看護の注意義務違反の有無について

(原告ら)

ア 看護師は,上記前提事実(6)で記載した精神科看護領域の看護業務基準を踏まえ,本件看護実践内容を行うべきことが求められる。

イ しかし,Cを担当していた被告病院の看護師が以下のとおり上記事項について履行しなかったため,Cは,無用な身体拘束を受け,人格権を侵害され,精神的苦痛を被った(甲B28,29)。

(ア) Cは,平成15年3月ころまでは,家族とともに平穏な生活を過ごしていた主婦であり,精神科受診の経験もなく健康であったが,急激に精神症状が現われ,それが悪化し,医療保護入院したもので,平穏な生活から突如として隔離,拘束,点滴,オムツという体験を余儀なくされ,それだけで心理的衝撃を受けていた。しかし,被告病院の看護師は,Cの初回入院以降,同人の心理面に配慮した治療環境を提供し,Cと被告病院スタッフとの信頼関係を確立しようとはしなかった。

(イ) Cは,初回入院翌日の4月14日,入院したときの衣服のまま着替えさせられることもなく,顔面は汚れ,口内の洗浄もされなかった。同月16日以降,Cは導尿を受けるようになったが,それ以後,血尿が続いた。それにもかかわらず,清潔に配慮した処置が取られず,Cの家族が口腔ケアについて疑問を提示し,投薬の方法が乱暴であることなどを指摘したが,これらが改善されることはなかった。同月18日,Cの右頬と右手指は腫れていたが,看護師は,面会に訪れた家族の指摘によってこのようなCの身体の変化に気付くありさまで,被告病院看護師は,Cの身体の状態に十分配慮し,その不足を補い,症状に応じてみずからセルフケアを行うことができるような適切な支援を行わなかった。

(ウ) Cは,長時間の身体拘束を受けており,特に初回入院時はほとんどの時間,身体拘束を受け,意識障害の状態にあり,ベッド上で不動であった。しかし,被告病院の看護師は,Cに対して体位交換やマッサージなどを行い,拘束に伴う弊害を緩和するケアを行うこともなかった。

(エ) Cの家族は,これまで母親,妻として十分な役割を果たしていたCが突然精神に変調をきたし,入院,治療を余儀なくされることに至ったことへ複雑な思いをもちつつ,積極的に治療や看護に関わろうとした。しかし,被告病院看護師は,Cとの関係成立に向けて家族と相談したこともなく,面会は週に2,3回でよい,面会時間終了前の午後6時に退室してほしいと述べるなど家族がCと接触することを忌避する態度に終始した。

(オ) 看護師は,Cに対してバイタルチェックなどを行わず,頻回に見回り(小窓からの観察)を行うこともなく,訪室は点滴交換の際にしかなされていない。訪室がカルテ記載どおりに1時間毎になされていたかは疑問である。看護師がCの治療効果や看護治療効果はどうかについて継続的に観察し,Cに起こりうる問題を予測していない状態であったことは疑いない。

(カ) 看護師は,Cの呼吸停止発見以後,十分な救命救急措置を行うことができなかった。

(被告)

ア 原告らの上記主張のうち,アは認めるが,その趣旨は争う。同イは否認ないし争う。

イ 原告が上記指摘する看護基準はそれぞれの項目が意味する基本的な意図を大きく捕らえることが大切であって,原告らは,それらの意図するところを誤解している。

看護実践の内容1.3は看護師の過保護な看護を戒めたものである。

看護実践の内容1.7は患者の家族が退院後の患者援助をうまくできるように指導するためのものである。

看護実践の内容3は患者自身が自己の状況を言葉で表現できないことも多く,そのため異常の発見が遅れがちになることから,これを少しでも少なくするために示された指針である。また,看護実践の内容3に,点滴治療時の血圧の測定,パルスオキシメーターの測定などの指摘はない。

看護実践の内容4は患者の精神運動興奮状態による自傷・他害などの精神的緊急事態を想定したもので,患者の呼吸停止や心肺停止などの身体的緊急事態を想定したものではない。

ウ 被告病院の看護師は,Cを含めた入院患者に対し,治癒まで看るという方針で,人的にも看護の内容面でも病棟での良好な治療環境を提供し,重症うつ病であったCに対しても声かけをしながら働きかけを行っていた。

Cは,初回入院時,重症のうつ病であったことから,同入院時における看護の目標は1番目に「点滴による栄養・水分の補充を安定的に可能とすること」,2番目に「拒食を含む病状の全てがうつ病に由来するものであったため,うつ病の治療に途がつくこと」であった。この点は看護を行う上で譲れないところで,C自身のセルフケアを促せることができる段階ではなく,同目標以外の事項はCの回復にあわせて徐々に行うことが想定された。

D医師は,同各目標を踏まえ,初回入院時,Cの危機的な脱水状態及び低栄養状態を脱するため,まず,Cの生命維持のため点滴が不可欠と判断し,水分及び栄養補給のための点滴を安全に施行するため,身体拘束が必要と判断し,そのような措置をとった。同身体拘束は初回入院時,本件入院時のいずれも点滴穿刺部の安定と自己抜去防止が目的で,その程度も上記(1)ウ(ア)の(被告)②で記載したとおり四肢がほぼ自由で体も捩らせることができる程度のものであった。また,身体拘束中,適宜体位を変換するなどのケアを行っている。

D医師及び看護師は,その後の4月16日以降,Cの症状が鎮静化してきたこともあって身の回りの世話から,セルフケアを考慮してCに食事をさせたり,排尿をさせたり自立に向けた看護を行うようにした。

D医師は,Cの治療に当たって,できる限り家族の協力を得ていく方針を採用し(乙A2の23頁),実際にも面会をほぼ無条件で認めたりしているし,同協力も踏まえて家族に対する説明もほぼ毎日のように行っている。

看護師は,Cには心不全状態や呼吸不全状態が想定されていなかったため,Cにパルスオキシメーターを装着する必要性はなく,また,同月24日,Cの睡眠を妨げることまでして血圧や心拍などのバイタルサインを測定する必要性はなかった。

看護師は,4月25日のCの心肺停止という緊急時,その発見後5分以内にモニター装着,心マッサージ及びアンビューバッグ換気の施行,点滴ルートの確保,昇圧剤投与が即座にできるトランスセットの準備など被告病院で可能であった応急措置を完了している。

エ ところで,精神科病院での看護の医療水準を考える場合,前提事実(7)で記載したとおりの精神科特例を踏まえて検討する必要があることはいうまでもない。

(4)  説明義務違反の有無について

(原告ら)

ア 医療行為,とりわけ身体への侵襲行為は一方的,専断的に行われてはならず,患者が自ら選択し,受容した場合にのみ許されるのであるから,医療機関が治療のために患者の身体に侵襲を加えようとする場合には,そのような侵襲が必要不可欠なものであることを患者が理解し,これに同意すること,いわゆるインフォームドコンセントを得ることが必要である。

イ Cのような医療保護入院患者の場合には,保護者である原告Aが,Cが受ける治療の意味と危険性を理解し,これに同意することが必要である。

しかし,被告病院においては医師が一方的に決定した方針に基づき治療が進められており,Cや原告Aの理解と同意を得て治療・看護が行われていたとはいえない。

(被告)

ア 原告の上記主張のうち,アは認め,イは否認ないし争う。

イ 被告病院のD医師らのみならず看護師も原告Aを含むCの家族に対し,点滴の必要性,点滴のための身体拘束の必要性,点滴を夜間に行う理由を含めてその治療方法や内容について説明し,その了解を得たうえで実施している(乙A1の36頁,38頁,39頁,2の32頁,34頁,38頁,40頁)。

(5)  損害

(原告ら)

Cは,D医師らの上記各注意義務違反行為により死亡し,以下のアで記載した損害を,また,原告らは,Cの同損害に係る賠償請求権を相続するとともに以下のイ,ウで記載した固有の損害を被った。

ア 訴外Cの損害

(ア) Cの逸失利益  2188万5814円

Cは,死亡時52歳で上記逸失利益金額相当の損害を被った。

351万4100円〔平成13年賃金センサス52歳女性高校卒業者の平均賃金〕×(1-0.4〔生活費控除〕)×10.380〔52歳から67歳までのライプニッツ係数〕=2188万5814円

(イ) 慰謝料  2000万円

Cは,死亡などに伴い精神的苦痛を被った。それを金銭的に評価すると,2000万円を下らない。

(ただし,初回入院時,本件入院時における看護の注意義務違反と相当因果関係があるのは500万円の範囲)

(ウ) 相続

Cの死亡により,原告AはCの被告に対する損害賠償請求権の2分の1(各2094万2907円)を,原告B及びEは各4分の1(1047万1453円)を相続によって取得した。

さらに,Eの死亡により,原告AはEが相続によって取得したCの被告に対する損害賠償請求権を相続によって取得した。

イ 原告らの損害

(ア) 葬儀費用  各 75万円

Cの葬儀費用として150万円を要した。

(イ) 慰謝料  各500万円

Cの死亡などにより原告らは,精神的苦痛を被った。それを金銭的に評価するとそれぞれ500万円を下らない。

ウ 弁護士費用  原告A370万円 原告B162万円

原告らは,本件訴訟前の交渉ないし本件訴訟の提起,遂行を原告ら訴訟代理人に委任し,同代理人は,同委任事項を遂行した。同弁護士費用相当損害金としては本件で原告らそれぞれが請求している損害賠償額(原告A3716万4360円,原告B1622万1453円)の1割相当額である原告A370万円,原告B162万円が各相当である。

(被告)

原告らの上記主張のうち,ア(ウ)の相続の事実は知らず,その余は否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1(1)  原告らは,Cに肺血栓塞栓症による心肺停止が発生した4月25日当時(本件当時),精神科医療の領域においても,長期臥床と脱水などが原因となって肺血栓塞栓症が発症し得ることの知見ないし予見を持つべき注意義務があった旨主張するので,まず,この点について検討することとする。

(2)  上記前提事実及び証拠(甲B3ないし10,13,乙B2ないし7,8の①②,9,17の②,証人D)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 我が国では精神科入院患者の肺血栓塞栓症に焦点を当てた疫学的調査・研究はこれまでほとんど行われていない。

イ 大学病院やある程度設備の整った総合病院に勤務する心臓血管関係の内科医が中心となって平成6年に肺塞栓症研究会を発足させているところ,同会の当初の目的の一つとしては肺塞栓症に対する認識を高め,それに対する警鐘を鳴らすところにあったが,その発足後10年を経て同疾患に対する啓蒙という目的は一応の成果を上げたと評価され,同疾患の発症の一次予防という観点から一つの指針として平成16年6月30日付けで肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会(平成13年結成)による肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドラインが作成発行されている(甲B3,乙B6,9)。同ガイドラインによれば,上記前提事実(4)ウ記載のことが静脈血栓症の誘発因子とされている。

なお,同作成委員会には精神科領域の学会,医師は関与していない。

ウ 臨床精神科医師は,広く公刊されている「精神科治療学」,「精神医学誌」,「臨床精神医学誌」,「精神神経学」という雑誌から主としてその当時における精神医学の知識や情報を得ている。

ところで,肺血栓塞栓症に関して,雑誌などに以下のような記事,論文が発表されている。

(ア) 荻田和宏らは,昭和53年9月に発行された「精神医学」の中で「向精神薬の重篤な副作用の1つとして静脈血栓,肺血栓,肺梗塞が欧州中心に多数報告されているところ,本邦では報告がないが,勤務する病院で,最近10年間に8例の肺動脈血栓,肺梗塞による死亡例(解剖所見)を経験したとして,その特徴的臨床症状・臨床経過から,向精神薬が何らかの形で肺動脈血栓,肺梗塞の発症に関与していることは間違いないものと考えられる。」旨発表している(甲B4)。

(イ) 都築等らは,昭和56年に発行された「精神神経学雑誌」の中で昭和44年から昭和48年までの5年間に確認された群馬県内の入院施設在籍中死亡した695例の死因について調査してその死亡分類を発表しているが,その中には,肺血栓塞栓症に関する記載はない(乙B2)。

(ウ) 小林宏らは,昭和59年に発行された「精神神経学雑誌」の中で「民間単科病院(医療法人守山荘病院)における過去14年間(1969年から1982年まで)の在院者348名の死亡統計調査(解剖)を行い,そのうちの2例が肺出血,肺出血性梗塞であった。」旨発表しているが,その中には肺血栓塞栓症にかかる記載はない(乙B3)。

(エ) 安井正は,平成8年に発行された「北里医学」の中で東京近郊の私立単科精神科病院で昭和45年から平成7年までの26年間に確認された院内死亡例411例の死因について調査してその死亡分類を発表しているが,肺血栓塞栓症に関する記載はない(乙B4)。

(オ) 中田正幸らは,平成9年に発行された「日本呼吸器学会雑誌」の中で「東邦大学第1内科で平成3年1月から平成6年12月までに向精神薬内服中に肺血栓塞栓症を発症した4症例を踏まえて,抗精神薬内服中の患者は常に肺血栓塞栓症合併の危険性を念頭に置く必要がある。」旨発表している(甲B5)。

(カ) 堀治らは,平成11年10月に発行された「精神科看護」の中で「大阪市立総合医療センターにおいて入院中に寝たきりの状態が長く続いたうつ病の患者が肺塞栓症を起こした例」について紹介している(甲B10)。

(キ) 岩田正明らは,平成13年に発行された「精神神経学雑誌」の中で症例報告として「平成7年1月からの6年間に島根県立中央病院精神神経科に入院し,血栓症を発症した全患者6名に対する調査を踏まえ,精神科領域でも血栓症が発症する可能性があることを念頭に置く必要があり,その対策として精神症状のみならず身体的な状態も的確に把握しておくことが必要である。」旨発表している(甲B7)。

(ク) 室井秀太らは,平成15年7月に発行された「精神科治療学」の中で「精神科医にとって肺血栓塞栓症は稀な疾患である印象がある。・・・精神科医も肺血栓塞栓症を予防するため,過鎮静や傾眠にならないような薬物療法を心がけ,精神症状に応じて薬物の減量を行う。糖尿病や高脂血症,心不全などの肺血栓塞栓症の誘因となる身体疾患に注意する。日常も生活療法などにより十分な運動を行うよう指導する。やむを得ず,身体抑制を行う際は最低限に控え,抑制帯や服装は適度な緩みをもたせ,定期的な体位変換やマッサージを行い,抑制を解除した際には急には動かさない。飲水量が少ない場合や発熱時などは充分な水分補充や輸液を行う。このような,日常からの肺血栓塞栓症に対する配慮が予防に繋がると考える。」旨発表している(甲B8)。

(ケ) 岩田正明らは,上記(キ)で記載した調査などを踏まえ,平成15年8月に発行された「精神医学」の中で「精神科領域でも静脈系の血栓症発症の可能性を念頭に置き,身体疾患の精査,脱水や長期臥床の予防,状態に応じた適切な治療方法や環境の選択などを行うことが重要である。」旨発表している(甲B9)。

(コ) 浜中聡子らは,平成15年10月に発行された「日本救急医学会雑誌」の中で「平成10年1月から平成14年12月までに北里大学法医学教室で解剖され,その死因が急性肺動脈血栓塞栓症と診断された患者のうち,死亡時まで抗精神病薬を服用していた8症例を踏まえて,特に抗精神病薬使用歴を有する女性患者において,急性肺動脈血栓塞栓症発症のリスクが高いことが示唆された。」旨発表している(甲B6)。

(サ) 岡田保誠らは,平成15年12月に発行された「臨床精神医学」の中で「精神病院に医療保護入院,措置入院となり身体拘束されている患者に,深部静脈血栓症から急性肺血栓塞栓症が生じることがあることは,欧米では指摘され始めてはいるものの,わが国では報告例はほとんどなく注目されていない。しかし,最近,身体拘束中の精神病院入院患者の急性肺血栓塞栓症の報告が散見されるようになっており,発症は稀とはいえない可能性がある。そのような患者に対しては,間欠的圧迫装置の使用などの予防措置の必要性があることを注意喚起したい。」旨発表している(乙B5)。

エ(ア) 平成14年10月21日付けの毎日新聞に「精神病院(公立昭和病院)の患者が身体拘束が原因でエコノミークラス症候群と同じ急性肺血栓塞栓症を発症した。」旨の記事が掲載されている(甲B13)。

(イ) 平成16年11月7日付け読売新聞に「精神科に入院中,身体拘束を受けていた患者がエコノミークラス症候群で突然死したケースが東京都内で過去5年間に4件あった。」旨の記事が掲載され,同年12月6日付けの読売新聞にも「日本精神神経学会理事長の山内俊雄埼玉医大教授が,11月7日付け記事の事実を踏まえ,今回のような事例が起きていることは知らなかった,また,学会として肺塞栓症の予防対策はしていない旨述べ,そして,厚生労働省の身体拘束に関する研究班の元班長の精神科医もこれまで身体拘束中の突然死の報告がほとんどなく,今後,対策を講じる必要がある旨述べた。」旨の記事が掲載されている(乙B8の①②)。

オ 精神科の先駆的病院である都立松沢病院では平成14年7月,東京都からの各都立病院長宛てに肺塞栓症の発生予防に努める予防策を講じるよう「都立病院における肺塞栓症に対する取り組みについて」と題する通知が出されたことを受けて,院内で総合病院の「静脈血栓塞栓症予防手順」を参考に身体合併症患者を重視した「静脈血栓塞栓症予防手順」を作成し,平成15年度から実施したが,平成16年12月,精神科のリスク因子として①精神症状,②隔離室使用,③身体拘束,④ECT,⑤向精神薬の服用を踏まえた「松沢病院 肺塞栓予防ガイドライン」を作成し,肺塞栓症予防対策実施の周知徹底をはかった(乙B17の②)。

(3)ア(ア) 確かに,上記(2)イで認定した事実によれば,肺血栓塞栓症に着目して医師らが平成6年に肺塞栓症研究会を発足させているうえ,同会がその当初から目的の一つとして,肺塞栓症に対する認識を高め,それに対する警鐘を鳴らすという活動をしてきたことが窺われる。しかし,同会は,大学病院やある程度設備の整った総合病院に勤務する心臓血管関係の内科医が中心となって結成されたもので,精神科領域の学会や医師がそこに関与していたことを窺わせる証拠はない。また,その後,同会のメンバーが中心となって結成された肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会が平成16年6月30日付けで肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドラインを作成しているが,同ガイドラインの作成はCの死亡後1年以上も経過した後であり,精神科領域の学会や医師が同委員会のメンバーになっていないし,同ガイドラインの作成にも関与していない。以上の同肺塞栓症研究会の発足,その活動,その後の肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会の同予防ガイドラインの作成という事実からすると,被告病院の医師ないし看護師が本件入院当時,精神科に入院する患者について,その身体拘束なども踏まえた治療により肺血栓塞栓症が発症するとの認識を持っていたり,また,社会通念上,同認識を持ち得る可能性があったとまで認めることはできない。

(イ) また,医学雑誌などに掲載された論文であるが,確かに,本件入院当時以前に発表された上記ウ(ア)で認定した論文には向精神薬が何らかの形で肺動脈血栓,肺梗塞の発症に関与している旨の記載がある。しかし,その後に精神科病院に入院中に死亡した患者の死因を調査した内容が記載された上記ウの(イ)ないし(エ)の論文には死因として肺血栓症,肺血栓塞栓症などの記載がない。その後,上記認定したウの(オ)ないし(キ)の論文が発表されているが,それらはいずれも総合病院の中で勤務する精神科医が発表したものであるが,そのうち,同(オ)記載のものは精神科関連の雑誌に発表されたものではなく,また,同(カ)記載のものも特異な症例(自発運動のない状況が21日続き,脱水状況も入院では考えがたい状況〔甲B10〕)の紹介であることを踏まえると,同症例をもって一般化することができない事例であった。そして,同(キ)記載のものは「精神神経学」に掲載されたものではあるが,症例報告にとどまり,それをもって,精神科領域の医師ないし看護師が精神科に入院する患者について,その身体拘束なども踏まえた治療により肺血栓塞栓症が発症するとの認識を持っていたり,また,社会通念上,それを持ち得る可能性があったとまで認めることはできない。

ところで,C死亡後である平成15年7月以降相次いで上記(2)ウの(ク)以下で認定したとおり臨床精神科医が主としてその知識や情報を得ていた「精神医学」や「臨床精神医学」などの雑誌に肺血栓塞栓症に関する論文が掲載され,その結果,遅くとも同年末ころまでには,被告病院の医師を含む臨床精神科領域の医師の間で精神科に入院する患者について,社会通念上,その身体拘束なども踏まえた治療などにより肺血栓塞栓症が発症するとの認識を持ち得る可能性があったことが窺われる。

イ そして,新聞記事であるが,確かに,エコノミークラス症候群が本件以前においても新聞などの記事でかなり取り上げられることがあり(乙B9,弁論の全趣旨),また,上記エ(ア)で認定したとおり精神科病院での身体拘束を受けた患者について,突然死した新聞記事も出ている。しかし,エコノミークラス症候群の発症という事実(記事)があったとしても,そこで想定される乗客の状況,具体的には,①じっと動かないこと,②座位による下肢の圧迫,③飛行中の気圧の低下による酸素不足,④飛行中の低湿度による脱水と精神科病院における身体拘束などの治療を踏まえた患者の状況との間には相違する部分も多く(乙B9),以上のことを踏まえると,エコノミークラス症候群にかかる記事から精神科病院で身体拘束などを含めた治療にあたっている医師や看護師が同治療上,同趣旨の疾患が発症する可能性があるとの認識を持つ,また,持ち得たとまで認めることはできない。また,上記エ(ア)の新聞記事であるが,同記事が被告病院を含む精神科病院などで勤務する精神科の医師や看護師の間で認識されたのか,また,どのような認識の変化をもたらしたのか,本件証拠によるも必ずしも明かでないうえ,その後の平成16年11月に掲載された上記エ(イ)で認定した新聞記事記載の事実について,日本精神神経学会理事長の山内俊雄埼玉医大教授が「今回のような事例が起きていることは知らなかった。」,「学会として肺塞栓症の予防対策はしていない。」旨述べていること,また,厚生労働省の身体拘束に関する研究班の元班長の精神科医も「これまで身体拘束中の突然死の報告がほとんどなく,今後,対策を講じる必要がある。」旨述べていることを踏まえると,同エ(ア)の新聞記事をもってしても,同記事が掲載された時点において,被告病院の医師ないし看護師が精神科に入院する患者について,その身体拘束なども踏まえた治療により肺血栓塞栓症が発症するとの認識を持っていたり,また,社会通念上,それを持ち得る可能性があったとまで認めることはできない。

ウ また,都立松沢病院の肺塞栓症の取り組みは,上記(2)オで認定したとおり平成14年7月以降始まっているが,そのきっかけは東京都からの精神科病院である松沢病院に着目して発せられた通知ではなく,傘下の都立病院に対する通知であったことからすると,松沢病院の同時点以降の取り組みをもって,その時点当時において,被告病院の医師ないし看護師が精神科に入院する患者について,その身体拘束なども踏まえた治療により肺血栓塞栓症が発症するとの認識を持っていたり,また,社会通念上,それを持ち得る可能性があったとまで認めることはできない。

(4)  そうすると,原告らの本件当時,被告病院の医師を含む精神科医療の領域の医師ないし看護師においても,長期臥床と脱水などが原因となって肺血栓症が発症し得ることの知見ないし予見を持つべき注意義務があった旨の主張は理由がない。したがって,同注意義務違反を前提とする原告らの主張はいずれも理由がない。

2(1)  原告らは,肺血栓塞栓症の発症の認識可能性,予見可能性を前提としない過失,不完全履行として,不必要な身体拘束下で点滴などをしてはならない注意義務違反をした旨主張するので,次に,これらの点について検討する。

(2)  上記前提事実及び証拠(甲A2,4,甲B21,34ないし37,乙A1ないし3,6,乙B10,11,13,21,証人D)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア(ア) Cは,初回入院の数日前から精神症状が悪化して食事も水分も取らないようになり,また,全くの不眠となり,私が悪いと自己を責め続け,焦燥,興奮が強くなったこともあって初回入院となった。

(イ) D医師は,初回入院時,Cに対する視診,問診,家族の話などとともにCの以下のようなことを総合して重症うつ病と診断した(乙A1,乙A6,乙B11)。

①a 抑うつ気分がある。

b 興味と喜びの喪失。

c 3月以降,日常活動が減少して活力がなくなり,疲れやすい。

②a 診察中,落ち着かず,集中できなかった。重度の集中力・注意力の低下がある。

b 仕事に穴を空けてしまった,仕事ができない,失敗する,私があかんなど自信低下や悲観的な発言がある。

c 診察中,私が悪いと繰り返すなど重度の罪責感がある。

d 自傷及び自殺の観念はなかった。

e 入院前数日間の睡眠障害,欠食ともいうべき食欲不振がある。

③ 初回入院時,精神病症状(幻覚や妄想)はなかった。

(ウ) Cは,初回入院時,別紙薬剤表記載のとおりの投薬を受け,大声で叫ぶようなことはなくなったが,食事や水分摂取はほとんどできないような状況で,診察時の問診にも答えることがなく,意思疎通も困難を極めた。また,内服薬の服用も自発的にすることは難しく,看護師がその服用をさせる際にも難しいことが多かった。

ところで,D医師は,初回入院中の4月16日以降,Cの白血球の数値は正常の範囲ではあったが,持続的に血尿が認められたり,また,発熱や頚部硬直が認められたため,髄膜炎(内科的疾患)を疑い,また,持続的に認められる血尿に対する診断・治療の必要性を考え,K病院への転院を考え,C及びその夫(原告A)らにその旨説明をし,同人らの承諾を得たうえで4月20日,Cを同病院に転院させた。

(エ) Cは,K病院でルンバール検査(髄膜炎検査)を受けたところ,脳骨髄液に異常がなかったため,髄膜炎が否定され,また,腹部エコー検査の結果,水腎症もなかったため,持続的血尿もバルーンカテーテルの施行留置などに伴うものでないとの診断を受け,すぐに泌尿器科で対応しなければならない疾患があるとは判断されなかった。また,同入院中に取られた胸部X線写真でも特に異常所見は認められず,心電図検査でも正常範囲内の心電図結果であった。

ところで,K病院入院中,被告病院で投与されていた薬が中止されていたこともあって,Cの体動は著明で,鎮静がはかれず,睡眠障害や不穏状態の時も多くあり,4月22日にはCは,ソルデム3AG(電解質輸液薬)に係る点滴を自己抜去したり,モニターの装着を拒否したり,また,導尿のための留置バルーンカテーテルも自己抜去したりしたことがあった。また,同日には幻覚,被害妄想ともいうべき「ヘリコプターから見られてる。」「私の考えている事,全部知られてる。」「テレビのリモコンが盗聴器である。」旨の発言もあった。

なお,K病院でも脱水防止のため,ソルデム3AGが4月20日には1000ccが,同月21日には2000ccが投与され,同月22日にも2000ccが予定されていたが,上記自己抜去のため,全量は投与されなかった(甲A2の19頁,21頁,29頁)。

K病院の医師は,上記のとおりCに対する内科的疾患の可能性が否定などされたこともあって,原告Aらに対し,被告病院への転院の話をしたりしたが,同原告らは,被告病院の看護師らのCに対する内服薬の投与の仕方や血尿が認められた際の対応に不満があったこともあって,被告病院ではなくJ病院への転院を望むこともあったが,最終的には被告病院への転院を承諾したため,Cは,同月22日,再び,被告病院に入院(本件入院)することとなった。

(オ) D医師は,本件入院後,Cが家族の勧めなどに応じて牛乳やジュースなどを自ら採ることができるようになってきていたが,Cの食事及び水分の摂取量が別紙服薬状況等一覧表記載のとおり食事も水分摂取(なお,水分補給は1日あたり2000cc以上を想定していた。)も不足していたため,水分補給と栄養補給の趣旨で①4月23日午前10時25分から同月24日午前11時まで,②同日午後10時から同月25日のCの心肺停止状態が発見されたときまでの2回,点滴を行うこととした。また,K病院入院中に上記(エ)で認定したとおりCに幻覚,被害妄想と思われる発言があったが,Cの服薬状況も同一覧表記載のとおりであったところ,当初からの重症うつ病が継続しているとの判断から,別紙薬剤表記載のとおり抗うつ剤であるトリプタノールの経口服用量が不足していると思われたため,それを補う趣旨で4月23日以降,同点滴の際に同表記載のとおり抗うつ剤アナフラニールを投与した。なお,一般的に脱水症状が進むと,腎機能などに問題を生じ,合併症を併発する危険性が高くなる。

Cは,本件入院後,初回入院時に認められた覚せい(反応)不十分な状態,過睡眠とは相違して4月23日,同月24日,朝には覚せいしないことがあったり,看護師の呼びかけに反応がなかったりしたことがあったが活動的になってきており,日中,家族,特に,E,原告Aと自然な会話を交わしたり意思疎通が徐々にではあるができてきているような状況で,意識障害が疑われる様な状態はなかった。

なお,初回入院に認められた覚せい不十分な状態は意識障害というよりは,当時,投与されていた鎮静剤(ワイパックス)による過鎮静の可能性が高い。

D医師は,Cの4月22日,同月23日,うつ病が改善傾向にあり,活動性が高まってきていることを踏まえ,日中に点滴をすると同点滴中,臥床することになるため,それを避け,また,意思疎通もできてきた家族とできるだけ日中一緒に生活をしてもらうことがうつ病の改善につながると判断して,より家族との面接がしやすい部屋への転室とともに夜間に点滴を行うこととして,同日には寝ている間の午後10時から行うこととした。

ところで,D医師は,本件入院した当初,家族に入院は3か月の見込みで,内服で治療開始し,なるべく点滴,抑制,バルーンの留置を避ける旨,また,その当時,Cの興奮状態が認められたこともあって,家族の介助ができない場合は抑制する旨説明した(乙A2の32頁,33頁)が,CがK病院入院中に点滴を自己抜去し,また,留置されていたバルーンカテーテルをも自己抜去したこと,また,上記1回目の点滴の際,点滴を自己抜去したこともあって上記2回目の点滴の際,自己抜去を防ぐため,身体抑制をすることとした。同身体抑制の程度であるが,胴と両上肢の抑制で下肢の抑制はなく,同胴などの抑制も緩やかなものであった。

イ Cのような成人女子が1日当たり取らなければならない水分摂取量はCのような入院患者でも2000cc以上といわれている(乙B13,証人D)。

ウ うつ病に対しては抗うつ剤を投与することが不可欠で,その投与量も有害作用がない限り,最も推奨される量まで増量し,その薬物が無効と判断されるまで,少なくとも4~5週間その量を維持することが相当である(乙B13の資料1ないし5)。

ところで,アナフラニール(注射液)は精神科領域におけるうつ病,うつ状態に効能効果がある抗うつ剤で,1日1回1アンプルを点滴静注し,その後漸増し,1回3アンプルまで投与することができるとされ,それによる副作用としては,ショックや悪性症候群などが想定されているが,意識障害はその薬剤情報には記載されていない(乙B10)。しかし,厚生労働省には平成17年度以降アナフラニールによる副作用情報として,同年度に意識レベルの低下と傾眠が各1件,平成18年度に傾眠が各報告されている。

我が国においては経口以外で投与できる抗うつ剤はアナフラニール以外認められていない。

なお,初回入院時にCに投与されたワイパックス錠(ロラゼパム)についても厚生労働省に平成16年度以降副作用情報として,同年度に意識レベルの低下,嚥下障害などが1件,平成17年度に意識レベルの低下が1件報告されている。

(3)ア  原告らは,本件入院時における点滴はCに不必要であった旨主張する。確かに,Cは,本件入院時,家族との意思疎通も徐々にではあるができるようになり,家族の勧めなどに応じて牛乳やジュースなどを自ら採ることができるようになってきていた。しかし,本件入院時における食事及び水分の摂取量は別紙服薬状況等一覧表記載のとおり(ただし,4月22日は,同記載の他,被告病院転院までにK病院でおにぎり2個,お茶を少し飲んでいる。〔甲B33の4月22日欄〕)であるところ,同摂取水分量はCのような成人女子が取らなければならない摂取量(1日当たり2000cc以上)からすると,非常に少なく,そのままでは脱水状態に陥り,合併症を併発する危険性があり,また,食事量も少なく,身体を維持すべき栄養摂取量としても非常に懸念されるような状況であった。以上のような状況を踏まえると,D医師が本件入院時にCに対して行った点滴はそれが不必要であったということはできず,かえって,必要な処置であったと推認される。

そうすると,原告らの本件入院時における点滴がCに不必要であったとの主張は理由がないといわなければならない。

イ  原告らは,本件入院時におけるアナフラニールの点滴はCに不必要であった旨主張する。確かに,Cは,本件入院の直前に入院していたK病院で幻覚や被害妄想を伴う発言があり,また,アナフラニールの点滴投与をしていた初回入院時,覚せい(反応)不十分な状態であったところ,甲B21,27は,同症状をもって意識レベルの低下であることを前提として,その原因が不明であることと被告病院で投与されていた薬剤の投与を中止したK病院でのCの症状(被害妄想なども発現)を踏まえ,アナフラニールによる治療の継続の妥当性に乏しく,妄想に着目して,意識レベルに注意しながら,抗精神薬を中心とした治療を試みるべきであった旨指摘する。しかし,Cに上記被害妄想などが伴った場合,それによって当然にうつ病が否定されるわけではないうえ,本件入院時におけるCの症状は初回入院時におけるうつ病の症状も呈しており,D医師も現に,それらのことを踏まえて本件入院時におけるCの症状について,精神病症状を伴ったうつ病との診断をして抗うつ剤と抗精神病薬(リントン,PZC)の併用投与を行っている。ところで,初回入院時におけるCの覚せい(反応)不十分な状態とその原因であるが,確かに,上記(2)ウで認定したとおりアナフラニールの投与によって意識レベルの低下が発生したとの厚生労働省による薬剤情報があるが,ワイパックスについても同趣旨の薬剤情報があり,それに本件入院時における薬剤の投与状況(ワイパックスは大幅減量し,その後中止。アナフラニールはそのまま継続投与)とCの本件入院時の状況(初回入院時に認められた長時間にわたって覚せい(反応)不十分な状態が本件入院時に認められず,意識障害も認められない。)に証人Dのそれにかかる証言を踏まえると,アナフラニールではなく鎮静剤(ワイパックス)による過鎮静・過睡眠の可能性が高く,意識障害があったとは考えがたい。以上の事実に上記(2)ウで認定した事実及び本件入院時におけるトリプタノール(抗うつ剤)の量を踏まえると,本件入院時,Cにとってアナフラニールの点滴は不必要であったと認めることはできず,かえって,必要であったことが推認される。

そうすると,原告らの本件入院時におけるCに対するアナフラニールの投与が不必要であったとの主張は理由がないといわなければならない。

ウ  原告らは,本件入院時における身体拘束はCに不必要であった旨主張する。確かに,上記前提事実(5)で記載した法令などで規定されているとおり,精神科病院で入院中の患者に対する身体拘束は患者に自殺企図や自傷行為などの危険が認められる場合など,やむを得ない処置として許容されているに過ぎないし,同身体拘束中は原則として常時臨床的観察を行い,適切な医療及び保護を確保しなければならないとされている。

ところで,Cに対する点滴治療のための身体拘束であるが,平成12年7月,厚生省は「生命維持のために必要な医療行為のために短時間の身体固定をすることは,指定医の診察を必要とする身体拘束には当たりません。ただし,長時間にわたって継続して行う場合は,身体拘束として精神保健指定医の診察及び診療録への記載を要します。」と回答しているところ,同回答からするとCに対する同身体拘束が精神保健福祉法36条,37条1項に基づいて厚生大臣が定めた処遇の基準でいう身体拘束に当たるのか疑義の生じるところである。

そこで,本件であるが,Cは,本件入院時,被告病院の医師や看護師などのスタッフに対して拒絶的な態度を示すこともあったが,上記認定したとおり家族との間では徐々に意思疎通ができるような状況となってきていたし,家族の勧めもあって薬を経口服薬し,食事もとるようになってきていた。D医師は,Cの4月22日,同月23日のうつ病が改善傾向にあり,活動性が高まってきたことを踏まえ,日中に点滴をすると同点滴中,臥床することになるため,それを避け,また,意思疎通もできてきた家族とできるだけ日中一緒に生活をしてもらうことがうつ病の改善につながると判断して,より家族との面接がしやすい部屋への転室とともに夜間に点滴を行うこととして,同月24日には寝ている間の午後10時から行うこととしたが,その判断は医師の裁量の範囲内のものであって,法的に問題となるものではない。そこで,Cに対する夜間の点滴の際の身体拘束であるが,Cは,本件入院直前のK病院で入院していた際,点滴及びバルーンカテーテルを自己抜去したことがあり,また,本件入院時の4月24日午前11時ころにも点滴を自己抜去したことがあったところ,以上の事実を踏まえると,Cに対して夜間点滴を行った場合,点滴の自己抜去をする可能性が想定されたこと,点滴の自己抜去は太い血管に貫通した針を無造作に引き抜くものであって,非常に危険な行為であること,D医師は,点滴の自己抜去を防止する意図でCに対する本件入院中の身体拘束を行ったことが推認される。以上の事実にCに対する身体拘束の程度(胴と両上肢は拘束されていたが,その拘束状態は緩やかな抑制状態であって,両下肢は自由であったこと〔乙A3〕)を総合すると,D医師がCに対して行った上記身体拘束は不必要であったと認めることはできず,かえって,必要であったことが推認される。

そうすると,原告らの本件入院時におけるCに対する身体拘束が不必要であったとの主張は理由がないといわなければならない。

3(1)  原告らは,本件入院時,CのバイタルチェックやCに対する頻回の観察を行うべき注意義務を怠った旨主張するので,この点について検討する。

(2)  前提事実及び証拠(乙A2〔43,44頁〕,3ないし5,7,8,証人F)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 4月24日午後10時以降,看護師が,Cが入院していた本件保護室へ訪室して確認した状況は以下のとおりである。

(ア) 同月24日午後12時   本件保護室に入室してCの状態を観察し,異常なく入眠していることを確認

(イ) 同月25日午前1時ころ  本件保護室に入室してCの状態を観察している。

(ウ)      午前2時20分  本件保護室に入室して点滴の更新処置をし,Cの状態に問題ないことを確認

(エ)      午前3時10分  本件保護室に入室してCが異常なく眠っていることを観察して確認

(オ)      午前4時15分  同上

(カ)      午前5時10分  本件保護室に入室し,Cが眠っていること,体動が少しあること,呼吸状態が安静であることを確認

(キ)      午前6時10分  本件保護室に入室し,点滴残量が約100ccあり,Cが入眠していて,安静呼吸であることを確認

(ク)      午前6時48分  本件保護室に入室し,点滴残量を確認しようとした際,Cの心肺停止を確認

イ 4月24日午後10時以降,看護師らは,上記確認の他,本件保護室近くの部屋(別紙2病棟建物平面図の観察室2号と207号病室と記載された部屋)の患者の状態が悪かったこともあって,何回か看護師がそれらの部屋を訪問した際,少なくとも3,4回,本件保護室の扉の小窓からのぞき見てCの顔色や表情,点滴の落下及び呼吸状態に問題がないことを観察している。

ウ 4月24日午後10時以降,Cには心臓モニターが付けられることはなく,パルスオキシメーターで経皮的酸素飽和度の測定もしていなかった。また,同時以降,同月25日午前6時48分にCが心肺停止状態で発見されるまでの間,医師の診察はなく,その間,Cに対して血圧,呼吸回数,脈拍,酸素飽和度の測定などがなされることはなかった。

エ Cが入っていた本件保護室にはテレビ監視モニターが設置され,同部屋のCの状況がナースステーションで見ることができるようになっていたが,その画面は14cm×22cmと小さく,その設置場所も,ナースステーションの中で仕事をしながら常時見ることができる場所ではなかった(乙A4〔ただし,添付の2階平面図〕,5)。

(3)  確かに,被告病院では本件入院以後,Cに対してバイタルチェックをしていないし,パルスオキシメーターによる経皮的酸素飽和度の測定もしていないし,心臓モニターを装着していないし,また,本件保護室に入室した後,医師は,同部屋に訪室して診察することも含めて診察していなかった。しかし,Cは,本件入院の直前に入院していたK病院で髄膜炎などの内科的疾患の存在について否定され,また,同入院中に取られた胸部X線写真でも特に異常所見が認められず,心電図検査も正常範囲内の心電図であったうえ,本件全証拠によるも,本件入院時,Cに心臓疾患や呼吸器疾患を疑わせるような徴候も認められなかったし,本件保護室へ入室した以降のCの状況が上記(2)アで認定したとおりであったことを踏まえると,被告病院で本件入院以後,Cに対するバイタルチェックをしていないこと,パルスオキシメーターによる経皮的酸素飽和度の測定をしていないこと,心臓モニターを装着してないこと,また,本件保護室に入室した後,医師は,同部屋に訪室して診察することも含めて診察をしていないことをもって直ちに違法とまでいえるか,疑問といわざるを得ない。

また,看護師のCに対する観察状況は上記(2)アで認定したとおりであるが,この点についてもCの同身体状況(K病院で髄膜炎などの内科的疾患について否定されていること,本件入院の際,Cに心臓疾患や呼吸器疾患を疑わせるような徴候は認められなかったことなど)に同部屋を訪室した際のCの状況を踏まえると,Cに対する頻回の観察を行わなかったとまで認めることができず,その他,それを認めるに足りる証拠はなく,かえって,被告病院の看護師らは,常時の臨床的観察として相当な範囲の経過観察を行っていたというべきである。

ところで,原告らは,その記載の体裁などから4月25日以降の本件保護室への訪室部分に該当する看護記録(乙A2の43頁,44頁部分)について後日書き加えられた可能性が高く,信用性がない旨主張するところ,確かに,証拠(乙7,証人F)によれば,同部分を含む4月25日以降の記録は訪室の都度記載されたものではなく,Cの心臓停止が起こった後の同日午前10時ころないしそれ以降に記載されたことが認められるが,同事後に記載されたからといって直ちにその記載に信用性がないとまでいえず,かえって,同各記載と証拠(乙7,証人F)を踏まえると,同各記載内容は信用できる。そうすると,原告らの同主張は理由がない。

4(1)  原告らは,看護師は,上記前提事実(6)で記載した精神科看護領域の看護業務基準を踏まえ,本件看護実践内容を行うべきところ,Cを担当していた看護師は,同内容を履行しなかったため,Cが無用な身体拘束を受け,また,人格権を侵害され,その結果,精神的苦痛を被った旨主張する。

(2)  前提事実及び証拠(甲A2,3,甲B21,29ないし33,乙A1,2,6ないし8,証人D,証人F,原告A)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 初回入院時

(ア) 看護師は,初回入院時,点滴の更新や食事,服薬などの際,Cの入っていた部屋を訪室して,Cに声をかけたり,体温を測ったり,様子を見たりしている。しかし,Cと看護師との意思疎通は難しく,食事や水分の摂取を勧めても,それに従って摂取されることは少なかった。

ところで,Cに対する清拭(体を拭く)は看護記録上は4月18日のみその記載があるに過ぎない。

(イ) 初回入院時,Cの家族は,急激に症状が進展して初回入院になったこともあって,毎日,Cの面会に訪れ,Cの様子を心配して見ていた。なお,D医師から「面会は週2・3回でいいですよ。」と言われたこともあったが,その趣旨は週2・3回に面会を制限する趣旨ではなかった。

4月16日,Cに対して導尿のため,バルーンカテーテルが留置されるようになったが,その日からCに色の濃い血尿が認めらるようになり,それが継続するようになった。家族は,同血尿に対して特にその原因を解明するための措置や改善をはかる処置もなかったため,導尿,血尿に対する処置について疑問を抱いていた。さらに,上記入院したK病院でもバルーンカテーテルが留置されていたところ,そこでは洗浄,消毒がなされていたのに,被告病院ではそれがなされなかったとの思いもあって,被告病院での導尿,血尿に対する処置について不適切な処置であったのではないかとの疑問を抱いていた。

また,看護師は,Cに薬を飲ませる際,覚せいが不十分であったのに経口投与し,その際,吸い口で水を飲ませたりしていたが,Cが咳き込んだり,口の中で薬が層になって貯まっていたりしたこともあったため,家族は,看護師の薬の投与の仕方について不満とともに疑問を抱いていた。そして,Cの口の周りが汚く,口の中も汚かったため,家族は,Cの歯を磨いたりしてきれいにしていたが,看護師がCの身の回りの処置を適切にしないとして不満を抱いていた。さらに,4月18日,Cの右ほほ,右手の指が腫れていたが看護師らはそれに気づかないと家族は不満を抱いたことがあった。

イ 本件入院時

(ア) 本件入院時,Cの症状は興奮が激しく,状態が悪かった。しかし,同入院後,数日して家族とは普通の会話ができたりすることもあり,徐々に意思疎通をとることもできるようになってきていた。

(イ) しかし,Cは,本件入院当初から,家族と話をしていても,看護師がその場に行くと,看護師に顔を背けたり,横を向いたり拒否的な対応を取ることが多かった。D医師は,4月24日には,それまでのCの看護師らに対する明示的な拒否的対応から,ナースステーションの話し声や職員の動きも被害妄想の対象になっている可能性が大きいとの判断から本件保護室への転室を実施している。

看護師とCとはCの上記対応もあって,意思疎通をすることが難しいような状況であった。

(ウ) 看護師は,4月25日午前6時48分,Cの呼吸が停止していることを発見した際,直ちに当直医師の呼出をするとともに,被告病院医師及び看護師は,その発見後5分以内にCにモニター装着をし,また,心マッサージ及びアンビューバッグによる換気の施行,点滴ルートの確保,昇圧剤投与がなされている。また,K病院にも速やかに連絡がなされ,同日7時23分には被告病院を出発してK病院への搬送措置がとられた。

(エ) 家族は,初回入院時にも看護師のCに対する対応に不満を持っていたが,本件入院時以降,更にその不満とともに不信感を増長させていた。

(3)ア  ところで,被告病院の看護師を含む精神科領域の診療に関与する看護師は,原告らが指摘するように上記前提事実(6)で記載した精神科看護領域の看護業務基準を踏まえ,本件看護実践内容を行うべきことが抽象的には要請されているが,同内容は同看護の指針として述べられているもので,それに違反したからといって法的に直ちに違法となるものではないが,同内容は個々具体的な看護師の行為の違法性判断の要因になることはいうまでもない。

そこで,被告病院の看護師の上記認定した行為などを踏まえてその看護に違法な行為があったか検討することとする。

イ  Cの家族である原告A及びEは,被告病院でのCの治療に対して,Cを保護し,Cを受容する姿勢を持ち,その支援の姿勢を見せていたところ,同病院の看護師との間では上記(2)で認定したとおり初回入院時からCへの投薬の仕方,身の回りのことへの対応,バルーンカテーテルによる導尿,血尿への対応などで行き違いを生じ,初回入院の短期間の間に看護師らのCに対する対応への不満とともに看護師らに対する不信感を募らせている。また,適切,的確な投薬は,治療,看護の基本的事項であり,清潔な状況下で治療を受けること及び自己への治療行為の安全性についての疑問解消は患者の医療機関に対する基本的な要求であるところ,同不満及び不信感は,治療,看護の基本的な事項及び医療機関に対する基本的な要求に関する不満,不信感であるといえる。そして,C自身も初回入院時はその後半,覚せいが不十分であったことから顕在化することはなかったと推測されるが,本件入院時は看護師に対して明示的に拒否的な行動を取るようになっている。

Cの治療,看護に当たって,被告病院の医師や看護師は,必ずしもその家族の気に入られるような治療や看護をしなければならないことはなく,Cの症状などに照らして必要で,かつ,適切な治療,看護をすべきことはいうまでもないが,精神科の治療,看護の場合,それ以外の診療科の治療,看護とは相違して,患者との意思疎通が難しい場合も多く,また,患者に対して興奮状態や自損行為などを押さえるため身体拘束などをしなければならない場合もあるため,患者の人格(人権)や家族との円滑な関係に配慮しなければならない場合も多い。特に,家族がその治療に対して積極的に関与する姿勢を示し,それが一定の効果をもたらすこと(例えば,患者に安心感などを与える。)が想定される場合には治療,看護に当たって家族への配慮も必要不可欠である。しかし,被告病院の看護師は,初回入院の当初から原告AないしEらの医療機関に対する基本的な要求に関する不満,不信感を契機として同人らとの良好な関係がとれていなかったうえ,上記(2)で認定した事実を踏まえると,その関係は入院が進むにしたがってより悪化の状況を呈し,それがCの看護師に対する拒否的態度にも出てきたり,また,Cへの治療ないしその効果にも悪影響をもたらしていたことが強く窺われる。

また,Cは,食事や水分の摂取が極めて不十分で,そのことに問題があったため,看護師としては,Cの生命の保持などから点滴などを通した栄養状況の確保とともに脱水防止を第一義に考えなければならなかったことはいうまでもないが,Cに対する経口服薬の際,それが口の中に薬が残っていないか確認することは容易であるのにそのようなこともなされず,そして,Cの口の周りや体を清潔に保ったりすることも口の周りを拭いてやったり,体を拭いてやったりすることも容易であるのにそのようなことも余りなされていないし,バルーンカテーテルの導入により血尿が生じたのに,それに対してその原因解明や改善のための処置がなされていないなど病人である前に人間としてのCの人格への配慮に問題を残している。

以上のことを踏まえると,Cに対する看護の側面において,上記認定したとおり一部不適切な違法ともいうべき行為が認められ,その結果,Cに対して精神的苦痛を与えたことが推認される。

ところで,被告は,看護師の医療水準を考える場合,精神科特例を踏まえなければならない旨主張するところ,弁論の全趣旨によれば,被告病院においても看護師の人数にも精神科特例に沿った人的配置がなされていたことが窺われるが,そのような精神科特例に従った看護師の配置であったとしても,Cやその家族に対する上記違法な行為との認定を覆すことはできない。そうすると,被告の同主張は理由がない。

(4)  上記Cが被った精神的苦痛を金銭的に評価すると100万円が相当である。

5(1)  原告らは,医療機関が治療のために患者の身体に侵襲を加えようとする場合には,そのような侵襲が必要不可欠なものであることを患者が理解し,これに同意すること,いわゆるインフォームドコンセントを得ることが必要であるところ,Cのような医療保護入院患者の場合には,保護者である原告Aが,Cが受ける治療の意味と危険性を理解し,これに同意することが必要であったのに,被告病院においては医師が一方的に決定した方針に基づき治療が進められており,Cや原告Aの理解と同意を得て治療・看護が行われていたとはいえない旨主張する。

(2)  前提事実及び証拠(甲B29ないし33,乙A1,原告A)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告AとEは,初回入院時,本件入院時,少なくともいずれか1人が毎日Cの面会をしていたところ,D医師を含む被告病院の医師や看護師は,初回入院時,本件入院時,原告AやEから質問を受けた際にはそれに対して応答していた。

イ D医師は,初回入院時の4月14日,原告AとEに対し,「現時点では,言語による疎通とれず苦悶状態で叫声をあげる状態。1週間後に面談して経過と今後の方針を説明する。」旨説明をした。また,D医師は,同月15日も原告AとEに面談し,同月17日にはG医師が原告AとEからCの状態説明を求められたため,「動けない状態について,基本的には精神的な病気のせい,薬の影響もあるかもしれない。入院したときのような焦燥ないのでゆっくり休めてきている印象があるが,重症なので,油断は禁物,身体的にも要注意。身体拘束はずせないかについて,可能な限りはずすようにしてます。しかし,拘束していた方が安全と判断される場合は続けることにしております。薬は入っているのかについて,経口薬は入っているように思います。」との説明をしている。また,同月18日もG医師,看護師が原告Aに対し,「病気(うつ病)は重症で,今は薬の効果がでるまで身体的な面や薬での鎮静具合など色々なことを考えあわせながら,しのいでいくことが必要な時期。今のところ,ここで身体的な面も含めてここでみられると判断するが,場合によっては身体科の病院に搬送することもありえる。」旨説明をした(乙A1の35頁ないし39頁,49頁)。

ウ D医師は,本件入院時,上記2(2)ア(オ)で認定したとおりの説明をし,4月24日にも原告AとEに対し,「現在,点滴に抗うつ剤を入れて点滴→内服に切りかえているところ。食事,内服が入らない状態が長びくようであれば,電気治療を行って,回復を早めた方が良い。」と伝え,電気治療について説明をした。また,同日,「保護室5号への転室。10時→16時開放。ゴールデンウィーク中は日中家族になるべく面会に来てもらい,経口摂取,服薬促してもらう。22時→6時 抑制下で点滴1000ml。」についても説明をし,その了解を受けるとともにCにも同転室などについて説明をしている(乙A2の32ないし35頁)。また,看護師も4月23日,Eから経口投与に係る質問について主治医に聞くよう,また,洗面・歯磨きなどに係る質問について,朝タオルで顔をふいている,歯磨きまではできてないと思うが,含嗽はしている。」旨説明をしている(乙A2の41頁)。

エ 原告Aは,Cの診療に関して,原告A本人尋問の際,上記アないしウで認定した内容全てについて説明を受けたという認識を持っていなかった。

(3)  そこで,検討するに,確かに,原告Aは,Cの診療に関して,本人尋問の際,上記アないしウで認定した内容全てについて説明を受けたという認識を持っていなかった。しかし,Cの3月以降の突然の症状の発現,悪化,初回入院,K病院への転院,本件入院,そして4月25日の心停止,K病院への再入院後の5月1日の死亡という経過を踏まえると,原告AやEが被告病院での上記アないしウで認定した説明を記憶していなかったとしても,不自然なことではなく,それによって説明がなかったとも言えず,また,同各説明に対して了解していなかったとも言えない。かえって,同各説明内容からすると,被告病院のD医師らの説明には,説明義務違反とまで認めることはできず,Cの診療に必要な説明がなされたことが推認される。現に,原告Aも本人尋問の中でD医師の本件入院時の際の説明事項について,上記認定したような説明(供述ではカルテ〔乙A2の32頁〕記載のような説明)がなされたとすると,十分な説明がなされたものと受け止める旨の供述をしている。

(4)  そうすると,原告らの説明義務違反の主張は理由がないといわなければならない。

6  以上によれば,上記4(4)のとおりCが慰謝料として100万円の損害を被ったところ,同損害額に本件訴訟の経過などを踏まえると看護師の上記違法な行為と相当因果関係のある損害として弁護士費用10万円の損害も被っているとするのが相当である。

原告らは,Cの被告に対する同110万円の損害賠償請求権を原告Aが82万5000円,原告Bが27万5000円の割合でそれぞれ相続によって承継した(ただし,原告AはEが相続によって承継した分もEの死亡により相続した。)。

7  よって,被告は,原告Aに対し,82万5000円,原告Bに対し,27万5000円及びこれらに対するCが死亡した日である平成15年5月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村哲 裁判官 和久田斉 裁判官 波多野紀夫)

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