京都地方裁判所 平成17年(ワ)168号 判決 2005年12月16日
主文
1 被告は,原告に対し,15万円及びこれに対する平成16年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,150万円及びこれに対する平成16年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,京都府警察の警察署附属の留置場に勾留中の刑事被告人の国選弁護人である原告が,警察署の留置担当官及び刑事被告人の余罪捜査のためポリグラフ検査を実施していた司法警察職員により被告人との接見を妨害されたとして,被告京都府に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償として150万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,京都弁護士会所属の弁護士であり,平成16年11月19日C(以下「被告人」という。)に対する出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下,「出資法」という。)違反被告事件の国選弁護人に選任された。
(2) 被告は,京都府五条警察署(以下「五条署」という。)の代用監獄である留置場(以下「本件留置場」という。)を設置管理して留置担当官(留置主任官及び留置係員)をして留置管理業務を遂行させ,司法警察職員をして捜査を遂行させる等して公権力の行使にあたらせていた。
(3) 被告人は,平成16年10月27日,貸金業の規制等に関する法律違反と出資法違反の被疑事実で逮捕され,本件留置場に勾留された。被告人は,同年11月16日,出資法違反により公訴を提起され,同年11月24日には本件留置場に勾留中であった(乙5,6)。
(4) 被告人は,平成16年11月24日(以下,日付を記載せず,時刻のみ記載している場合は,平成16年11月24日の出来事である。),別件銃砲刀剣類所持等取締法違反及び器物損壊事件(以下「別件余罪事件」という。)の捜査のため,午後1時6分,本件留置場から出場し,午後1時14分から午後2時53分まで,五条署5階情操室で京都府警察本部(以下「府警本部」という。)刑事部科学捜査研究所のD技術吏員によるポリグラフ検査を受け,午後3時1分,本件留置場に入場した(乙2の2,乙10)。この検査には,捜査を担当する府警本部刑事部捜査第4課のE警部補が立ち合い(乙2の3),同課のF警部及びG巡査部長,京都府山科警察署(以下「山科署」という。)のH巡査部長及びI巡査(いずれも当時の役職名。)が五条署2階の応接室で待機していた(乙4ないし6,8,9)。
(5) 原告は,午後1時40分ころ,五条署に来署し,同署4階留置管理係受付でJ巡査部長に対し,被告人との接見を申し込んだ。同署警務課留置管理係長K警部補(留置主任官)(以下「K係長」という。)は,被留置者の出場と入場の時刻及び出場先等が記録されている被留置者出入簿で,被告人がポリグラフ検査中であることを確認し,原告に対し,現在被告人がポリグラフ検査のため出場中である旨を告げた。
(6) 原告は,これを聞いて「すぐに会わせなさい。」などと強い口調で接見を要求したことから,K係長の要請により,G巡査部長とI巡査が,午後1時50分ころ,留置事務室前の西側通路に来て原告と面会した。原告は,G巡査部長に対し,被告人との即時の接見を申し入れたが,G巡査部長は,ポリグラフ検査中であることを理由に接見を待つように求めた。
(7) K係長は,原告とG巡査部長とが即時接見を行うかポリグラフ検査の終了を待つかでやりとりをしている間,留置事務室に戻り,電話応対などの日常事務に戻った。
(8) 原告は,起訴検事に電話をすると言って留置事務室に行き,面会・差入受付室の電話で,被告人の起訴担当検事であった京都地方検察庁L検察官(以下「L検事」という。)に電話をかけ,同検事に対し,被告人との接見を直ちに認めるように申し入れた。同検事は,調査してから連絡すると答えた(甲2,3)。G巡査部長とI巡査は,原告がL検事に電話をしている間,五条署2階の応接室に戻っていた。
(9) 原告は,K係長に対し,強い口調で,G巡査部長らを呼び戻すように要求したことから,K係長の要請により,G巡査部長とI巡査が,午後2時5分ころ,留置事務室前の西側通路に来て原告と面会した。原告は,G巡査部長に対し,被告人との即時の接見を申し入れたが,G巡査部長は,ポリグラフ検査中であることを理由に接見を待つように求めた。
(10) 原告は,午後2時13分,接見を果たせないまま五条署を出た。
(11) L検事は,午後2時45分,H巡査部長に電話をし,公訴提起後の余罪取調中であっても弁護人が接見に来た場合には接見させなければならない旨の判例があり,申出を延ばすことはできないので直ちにポリグラフ検査を中止して接見させるよう指示した(乙6,8)。
(12) H巡査部長は,午後2時50分ころ,原告の所属するN法律事務所(以下「原告事務所」という。)に電話をしたが,原告は留守であるとの回答であったので,女性事務員に接見が可能である旨を伝えた。
(13) 原告は,午後8時10分ころ,再び五条署に来署し,午後8時20分から午後9時32分まで,被告人との接見を行った(乙3)。
第3争点及び争点に関する当事者の主張
1 司法警察職員の行為の違法性の有無
(原告の主張)
(1) 接見交通権は,実質的に有効な弁護活動を受ける権利を守るため保障された憲法上の権利として位置付けられる重要な権利であり,捜査機関は,接見の申出が弁護人からあったときはいつでも接見の措置を講じなければならないのであって,接見を制限したこと自体,弁護人の弁護権,被告人の防御権双方を侵害するものである。
刑事訴訟法39条3項は,違憲の疑いが強いものであるが,仮に同条にしたがった場合でも,同条は,公訴の提起前に限り必要やむを得ない例外措置として捜査機関が接見を制限できることを認めているに過ぎないのであって,起訴後の本件で接見を制限できる正当化根拠はない。
したがって,余罪について捜査の必要がある場合でも,起訴後は接見を制限できないのは当然である。
(2) しかるに,G巡査部長は,即時の接見を要求する原告に対し,ポリグラフ検査中であることのみを理由に,検査が終わるまで接見を待つよう要請した上,F警部及びG巡査部長は共にこれが違法な接見妨害であることは十分認識していたというのであるから,被告は,組織的に本件接見妨害を行ったものといえる。
また,そもそもポリグラフ検査自体が自白強要の手段として用いられる極めて危険な捜査手法であること,このときの接見は原告と被告人にとって特に重要性の高い初回接見であったことに鑑みれば,本件接見妨害行為の違法性は重大である。
(3) G巡査部長の要請は,理解と協力を求めたものではなく,断固として接見を拒否する態度であった。
また,G巡査部長らが理解と協力を求めたか否かにかかわらず,被告人との接見を強く求める原告に対し警察機関がポリグラフ検査を理由にポリグラフ検査を終えるまで接見させない措置をとったのであり,接見指定にほかならない。
夜間に接見ができたとしても,即座に接見の機会を与えなかった警察機関の違法性は重大である。
(被告の主張)
(1) 被告は,被告人がポリグラフ検査中であったことから,やむを得ず同検査が終了するまで原告に接見を待ってもらうように懇願し,理解と協力を求めたのであり,接見を妨害する意図を持っていたものではなく,ひいては接見を妨害したものではない。
(2) ポリグラフ検査は,特定の質問刺激に対して生じる被検査者の呼吸,皮膚電気反射などの生理的変化を機械で測定し,供述の真偽を吟味する科学的検査法であり,被告人の同意もとっていて適法なものであったから,自白強要の手段であるという原告の主張は失当である。
2 留置担当官の行為の違法性の有無
(原告の主張)
(1) 留置担当官は,代用監獄において,留置業務に関し捜査機関から独立してその職務を遂行する権限を有している。捜査官が被疑者の身柄を常時捜査のために利用し,違法不当な取調による自白強要を防止して被疑者や被告人の権利を保障する捜査・留置業務の分離原則の趣旨からすれば,留置担当官は接見についての権限を行使するにあたり,独自の権限と責任においてその権限を行使すべきであり,捜査を担当する司法警察職員との関係でも,不当な接見妨害や捜査から被告人,弁護人の接見交通権を擁護する職責を負う。
本件では,被告人に対し公訴の提起がされており,他の事件での身柄拘束がない以上,接見指定権の行使はあり得ず,直ちに接見を認めるべきことは明らかであったのであるから,K係長は,G巡査部長による接見妨害行為を排除すべき措置をとることを要請すべき職務上の義務を負っていた。しかるに,K係長は,その対応をG巡査部長に任せ,その職責を放棄した。よって,K係長が原告に即座に接見をさせず,また接見に向けた措置をとらなかったことは違法である。
(2) 原告は,接見に行く前にあらかじめK係長に電話をし,これから接見に行くことを伝えていたにもかかわらず,接見をさせなかった。
(被告の主張)
K係長は,原告からの電話で被告人の外出予定の有無を聞かれただけであったため,在署しているといっただけで,接見に来るという連絡は受けていない。
3 損害
(原告の主張)
原告は,本来自由であるべき接見交通権を侵害され,適切な弁護活動を確保できない危険にさらされ,また円滑な業務の遂行に支障が生じ著しい精神的苦痛を受けたのであり,これを慰謝するには130万円が相当である。また,本件訴訟遂行のための弁護士費用は20万円が相当である。
(被告の主張)
G巡査部長らは,被告人からポリグラフ検査の同意を得て検査を行っていたところに,偶然,原告が接見の申込みをしたため,検査の信用性を担保するために接見開始の猶予を懇願したのであって,積極的に接見を妨害したものではない。また,H巡査部長において,午後2時50分には原告の事務所に接見が可能となった旨電話をし,可及的速やかに対応した結果,原告は6時間40分後には接見を実現したのであるから,実質的に弁護権が侵害される結果となることはなかった。
したがって,仮に違法な接見妨害行為が認められたとしても,その程度は低く,原告に実質的な損害はなかったのであるから,損害の算定には上記事情が斟酌されるべきである。
第4当裁判所の判断
1 前記認定の事実(前提となる事実),証拠(甲2,3,乙3ないし6,8,9,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 被告人は,平成16年11月24日,別件余罪事件の捜査のため,午後1時6分,本件留置場から出場し,午後1時14分から五条署5階情操室で府警本部刑事部科学捜査研究所のD技術吏員によるポリグラフ検査を受け始めた。
(2) 原告は,被告人の国選弁護人に就任して5日目の同日午後1時20分,五条署留置管理係に電話をし,K係長に対し,「今から接見に行くのですが,C(被告人)はいますか。」と尋ねた。
K係長は,護送予定表を見て,署外への護送の予定がないことを確認の上,在署している旨を答えた。原告は,K係長の回答を聞いて,今から五条署に向かえば,午後2時15分ころまで接見をして午後2時半から京都地方裁判所で行われる破産事件の審尋期日に間に合うと考えて五条署に赴いた(なお,被告は,原告から被告人の在署の有無を確認されただけであり今から接見に行くとは聞かされていない旨主張するが,原告は限られた時間の中で接見を行いたいと考えていたのであり,できる限り円滑に接見を行うため,被告人の在署の有無のみならず接見に向かうことも告げることが自然であるに照らし,原告主張のとおり,原告は,今から五条署に接見のため向かう旨述べたものと認められる。)。
(3) K係長は,午後1時40分ころ,五条署留置管理係を訪れた原告から被告人との接見の申込みを受け,捜査担当者に連絡すべくポリグラフ検査を実施中の情操室に赴いた。K係長は,情操室前で,部屋の外からノックをして小声で呼び掛けたが,返事がなかった。
K係長は,ポリグラフ検査への影響を危惧し,それ以上の呼び掛けを断念し,午後1時43分ころ,事件捜査担当の警察署である山科署のM警部補に対し,国選弁護人である原告が接見のため五条署に来ているから捜査担当者に留置管理係まで来てほしいと伝えた。
(4) M警部補は,午後1時48分ころ,五条署2階の応接室で待機中のI巡査の携帯電話にその旨連絡した。
I巡査は,電話の内容をG巡査部長に伝え,G巡査部長がF警部に指示を仰いだところ,F警部は,起訴後の接見指定ができないことは十分承知していたものの,ポリグラフ検査の実施中であったことから,中断は困難であると判断し,検査が終わるまで待ってもらえないか頼めば弁護士からも理解を得られるのではないかと考えて,G巡査部長とI巡査に対し,「弁護士と会い,ポリグラフ検査中なのでポリグラフ検査終了まで待ってもらうようにお願いしてこい。」などと指示した(乙5,6,9)。
(5) G巡査部長とI巡査は,午後1時50分ころ,留置事務室前の西側通路で原告と面会したが,このときのやりとりは,以下のようなものであった。
まず,G巡査部長が「現在ポリグラフ検査中であり終了まで待ってほしい。」と述べたところ,原告は「待てない。起訴後の捜査であり,追起訴予定なしと書いてあるのに何でポリグラフ検査なのか。その事案は本件とは別か。逮捕など身柄拘束はされているのか。」などと問い質した。
これに対し,G巡査部長が「本件とは別件であり,身柄拘束はされていない。任意捜査として本人の同意を得ている。終わるまで待ってほしい。」などと述べたところ,原告は「待てない。話にならない。担当検事に電話する。」といって,留置事務室に入り,K係長に対し,「担当検事に電話をかけたい。」と申し入れた。K係長は,原告が面会・差入受付室の電話を使用することを認めた。
G巡査部長とI巡査は,原告がL検事に電話をしている間,五条署2階の応接室に戻り,F警部に対し,原告に対しポリグラフ検査の終了まで接見を待つように依頼しても原告がこれに納得せず,起訴検事に電話をしていることを報告していた(乙5,6)。
(6) K係長は,原告とL検事との電話により検事からG巡査部長らに対し何らかの指示がされ,G巡査部長らが再度原告と応対するものと思って待っていたところ,原告から,強い口調で,G巡査部長らを呼び戻すように要求されたことから,午後2時ころ,再度山科署に連絡をして,G巡査部長らに連絡をとり,G巡査部長に対し,電話で,「原告がまた捜査員を呼んでほしいと言っています。来てもらえますか。」と要請した。
G巡査部長は,電話の内容をF警部に伝え,指示を仰いだところ,F警部は,G巡査部長に対し,「再度弁護士さんにポリグラフ検査の特殊事情を説明し,あとしばらく待ってもらうよう低姿勢でお願いしてこい。」などと指示した(乙5,6,9)。
(7) G巡査部長とI巡査は,午後2時5分ころ,再度,留置事務室前の西側通路で原告と面会したが,このときのやりとりは,以下のようなものであった。この時点ではL検事からG巡査部長らに対する指示はされていなかった。
まず,原告が「検事から連絡があったでしょ。」と尋ねたが,G巡査部長は「いやありませんけど。」と答え,原告が再度「とにかく会わせなさい。すぐに会わせなさい。」と要求したが,やはり,G巡査部長は「ポリグラフ検査が終わるまで待ってほしい」と述べた。
そこで,原告は,接見させない法的根拠を問い質したところ,G巡査部長は,「本人の同意を得ている。」と答えたため,原告は,「本人に弁護士が来ていることを告げて接見するかどうか確認してほしい。」と要求したが,G巡査部長は,「検査中なのでそれはできない。」と答え,原告が,「そんなことも確認しないのに本人同意の任意捜査だということが接見拒否の理由になるはずがない。直ちに接見させなさい。」と述べても,G巡査部長は,「検査終了まで待ってほしい。」と答えた。
そして原告が,「検査終了を待つ義務はないがあとどれくらいかかる予定か。」と尋ねたところ,G巡査部長は,「あと1時間程度で3時ころには終わると思う。」と答えた。原告は,「私は2時30分に裁判所に着いていないといけない。検査終了を待つことはできない。」と述べたが,G巡査部長は「検査終了まで待ってほしい。」と繰り返した。そこで,原告が「あくまで接見させないということですね。」と述べると,G巡査部長は「させないとは言っていない。検査終了まで待ってほしい。」と答えた。
このようなやりとりを行っている間に,京都地方裁判所で行われる破産事件の審尋期日の開始時刻(午後2時30分)が迫ってきたことから,原告は,G巡査部長に対し「接見妨害として受け取る。国家賠償請求をする。」と述べ,午後2時13分ころ,接見を果たすことのできないまま,G巡査部長の名前を聞いた上で,五条署を出た。
なお,原告は,道路が混雑していたことから,公共交通機関(地下鉄)で京都地方裁判所に向かい,午後2時35分から40分ころ到着した。
(8) 原告は,京都地方裁判所で破産事件の審尋期日が終了した後,原告事務所に電話をした際,接見が既に可能となっている事実を知った。しかし,原告は,午後3時30分から京都弁護士会で委員会の会議の予定が,その後大阪で弁護団の会議の予定があったことから,直ちに接見に行くことはせず,これらの業務に全て出席した後の午後8時10分ころ,五条署を訪れ,午後8時20分から午後9時32分まで,被告人との接見を行った。
2 司法警察職員の行為の違法性の有無
(1) 憲法34条前段は,「何人も・・・直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されない」と規定し,憲法37条3項は,「刑事被告人は,いかなる場合も,資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼できないときは,国でこれを附する」と規定する。この両規定は,公訴を提起された被告人に対し,単に,弁護人を依頼することを妨害されないことを保障するだけではなく,弁護人から援助を受けることを実質的に保障するものと解するのが相当である。そして,刑事訴訟法39条1項は,憲法34条前段及び37条3項の趣旨をふまえ,弁護人からの援助を受ける機会を確保するため,「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は,弁護人又は弁護人を選任できる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあっては第31条2項の許可があった後に限る。)と立会人なくして接見し,又は書類若しくは物の授受をすることができる。」と規定している。この意味において,刑事訴訟法39条1項は,憲法の保障に由来するものである(最高裁判所大法廷平成11年3月24日判決・民集53巻5号514頁参照)。そして,検察官,検察事務官又は司法警察職員は,公訴の提起後は,たとえ余罪捜査のため必要があるときであっても,被告人が余罪について逮捕・勾留されていない場合には,刑事訴訟法39条3項に基づく接見指定権を行使することができないから(最高裁判所第一小法廷昭和55年4月28日決定・刑集34巻3号178頁参照),既に公訴が提起されている被告人について,弁護人から接見等の申出がされた場合,捜査機関としては,余罪について逮捕・勾留がされていない限り,可及的速やかに接見実現のため必要な措置をとらなければならないのであり,この理は,申出のされた接見等が弁護人選任後初回のものであるか否かを問わないものと解するのが相当である。
(2) 本件において,被告人に対するポリグラフ検査を現場で指揮していたのはF警部であるから,F警部は,原告が接見に来ていることを知った時点で,被告人のポリグラフ検査を一旦中止して,速やかに原告と被告人との接見を実現すべく手配する義務があった。したがって,F警部は,原告に対し,被告人の同意を得て開始したポリグラフ検査が終了するまで接見を待つことを依頼することは許されるとしても,原告にはこれに応じる義務はないのであるから,原告が即時の接見を求める姿勢を明確にした場合には,直ちに原告と被告人との接見を実現すべく手配しなければならなかった。それにもかかわらず,F警部は,上記認定のとおり,起訴後であり接見指定権行使の余地がないことを知りながら,G巡査部長に,原告に対しポリグラフ検査の終了まで接見を待つように依頼することだけを指示し,原告が即時の接見を求めた場合にとるべき措置を指示しておらず,また,原告が起訴検事と電話をしている間に一旦戻ってきたG巡査部長らから,原告に対しポリグラフ検査の終了まで接見を待つように依頼しても原告がこれに納得せず,起訴検事に電話をしていることの報告を受けたにもかかわらず,原告と再度話し合うため留置事務室前に赴くG巡査部長らに対し,原告に対しポリグラフ検査の終了まで接見を待つように依頼することだけを指示し,原告が即時の接見を求めた場合にとるべき措置を指示しておらず,その結果,F警部は,原告を,少なくとも,五条署に到着した午後1時40分ころから,L検事がH巡査部長に対し電話でポリグラフ検査を中止して原告と接見させるよう指示した午後2時45分までの1時間余りの間,被告人と接見できない状態に置き,所用で午後2時13分ころ五条署を出た原告の接見を妨害したものと評価するほかはない。また,G巡査部長は,F警部の指示に従って,原告に対しポリグラフ検査の終了まで接見を待つように依頼したのに対し,原告が即時の接見を求めたにもかかわらず,これをF警部に報告してその了承を得た上で接見実現のために必要な措置をとることを怠っていることが認められるのであるから,同様に,原告の接見を妨害したものと評価するほかはない。
被告は,接見を待ってほしいとの協力依頼をしていただけであって,拒否したものではない旨主張するが,上記認定のとおり,F警部はG巡査部長に対し,原告が即時の接見を求めた場合の措置を指示しておらず,また,G巡査部長は,原告が被告のいう協力依頼を拒絶し,即時の接見を求めているにもかかわらず,接見実現のために必要な措置をとろうとしていないのであるから,被告の上記主張を採用することはできない。
被告は,ポリグラフ検査の特殊性や,本人の同意を得た上での捜査である点を縷々述べるが,そもそも余罪取調による接見指定ができないことは既に説示したとおりであるから,接見交通権の重要性に鑑み,被告指摘の事実が仮に存したとしても,上記結論が左右されるものではない。
3 留置担当官の行為の違法性の有無
(1) 留置担当官(留置主任官及び留置係員)は,留置管理業務を遂行するにあたり,刑事訴訟法,監獄法その他関係法規を遵守してその職務を遂行すべき義務を負うから,接見事務に関しては刑事訴訟法39条1項に定める接見交通権を侵害するような取扱いをしてはならない反面,同条3項の検察官等の接見指定権を失わせるような事務の遂行をすることも許されないと解される。また,留置担当官は,弁護人から被疑者又は被告人に対する接見の申出を受けたときは,接見を実現するため必要な措置を講じなければならない(被疑者留置規則29条1項,35条1項)。
以上によれば,接見申出を受けた留置担当官は,被留置者が被疑者である場合には,刑事訴訟法39条3項による捜査機関の行う接見指定の可能性があるものの接見日時の指定につき権限がないため,権限のある捜査官に対して接見申出のあったことを連絡し,その具体的措置について指示を受ける等の手続をとる必要があり(最高裁判所第二小法廷平成12年3月17日判決・裁判集民事197号397頁参照),かつそれで足りるというべきであるが,被留置者が公訴提起後の被告人である場合には,別件の被疑者として逮捕・勾留されていない限り,刑事訴訟法39条3項による接見指定はあり得ないのであるから,直ちに接見を実現させるため接見場所を提供し身柄を同行するなどの措置をとらなければならない。そして,被留置者が余罪取調のため既に留置場から出場している場合には,留置担当官は,被留置者の勾留と留置場の管理の権限を有するにとどまるから,捜査と留置の分離及び捜査の流動性に鑑み(捜査に介入することは許されないし,余罪について逮捕・勾留などの措置がいつとられるかわからない。),現に被留置者に対する任意捜査を行っている捜査担当者に対し,速やかに接見申出の事実を連絡し,接見が円滑に行われるように配慮する義務があり,かつ,それで足りるものと解するのが相当である。
(2) 前記認定の事実関係によれば,K係長は,午後1時40分ころ,原告から接見の申出を受けた際には,そのことを捜査担当者に伝えるため,ポリグラフ検査が実施されている部屋まで赴き,小さくノックをし小声で呼び掛けていること,それにもかかわらず中から返事がないため,山科署に電話をし,捜査担当者を原告の待機している留置事務室前の西側通路まで呼んでいること,また,原告が検事に電話をしたいと申し出たときは面会・差入受付室の電話の使用を認めていること,さらに,原告が捜査担当者を呼び戻すよう要求した際も直ちに山科署に連絡をとって同人らを呼び戻していることが認められる。以上によれば,K係長は,原告からの要求の都度,捜査担当者への連絡を迅速に行って,原告が捜査担当者と協議ができるよう手配し,現に原告は捜査担当者と留置事務室前の西側通路で話合うことができているのであるから,K係長の措置には,違法な点は見出し難い。
これに対し,原告は,K係長が独自に接見を実現させるべきであったとし,G巡査部長に原告との協議を任せ職責を放棄していた旨主張する。しかしながら,原告がK係長に対し接見の申出をした時点では,被告人は捜査のために本件留置場を出場し,捜査担当者の協力がなければ身柄を留置場に戻すことはできない状況にあったこと,前判示のとおり,捜査と留置が分離され,K係長には捜査を中断することはもとより,流動的な捜査の内容を把握することもできなかったこと(したがって,この時点では,被告人が弁護人から接見申出がされたことを知った上でポリグラフ検査の継続を希望する可能性もあったが,K係長には,これを知ることはできなかった。),原告が任意にポリグラフ検査終了まで待つことを了承する可能性もあったこと,仮に原告と捜査担当者との協議がまとまらなかったとしても,原告が既に被告人の起訴検事に善処方を申し入れており,起訴検事から捜査担当者に対して速やかに連絡があり原告と被告人との接見が円滑に実施できるものと考えたことにも無理からぬところがあること等の事実関係に照らせば,K係長が,少なくとも原告が五条署にいた30分あまりの間,接見を即時に始めるかどうかを,原告と捜査担当者との間の協議に委ね,これにより接見が円滑に実施されるものと考え,協議の結果が出るのを待っていた対応にもそれなりの合理性があり,K係長の対応が職責を放棄した違法な行為であるとまではいえないものというべきである。
なお,前記認定のとおり,K係長は,あらかじめ原告から接見に赴く旨の電話連絡を受けていたことが認められるが,ポリグラフ検査のため本件留置場を出場させた時点では,いまだ電話連絡を受けていないことが認められるから,被告人を出場させた措置をもって接見を妨害したと認めることはできない。また,K係長は,上記電話の際,原告に対し被告人がポリグラフ検査中であることを告げていないけれども,前判示のとおり,弁護人にはポリグラフ検査中であっても接見する権利があるのであり,弁護人が接見のため来署してから適切に対応することができるから,電話で被告人がポリグラフ検査中であることを告げていないことをもって,原告の接見交通権を妨害したものと評価することもできない。
4 原告の損害について
被告は,F警部及びG巡査部長をして公権力の行使にあたらせていたのであるから国家賠償法1条1項により原告の被った損害を賠償すべき義務があるところ,前記認定の一切の事情を考慮すると,原告がF警部及びG巡査部長の接見妨害の違法行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料は12万円が相当であり,違法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては3万円が相当である。
5 以上の次第で,原告の請求は,主文1項の限りで理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用につき民訴法61条,64条本文を適用し,仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 土井文美 裁判官 岩橋照美)