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京都地方裁判所 平成17年(ワ)2092号 判決 2007年2月13日

平成17年(ワ)第2092号 損害賠償請求事件(甲事件)

平成18年(ワ)第871号 損害賠償請求事件(乙事件)

主文

1  被告は,原告Aに対し,80万円及びこれに対する平成17年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,60万円及びこれに対する平成17年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告Cに対し,60万円及びこれに対する平成18年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,原告Aと被告との間で生じた費用はこれを5分し,その4を被告の負担とし,その余は原告Aの負担とし,原告Bと被告との間で生じた費用はこれを5分し,その3を被告の負担とし,その余は原告Bの負担とし,原告Cと被告との間で生じた費用はこれを5分し,その3を被告の負担とし,その余は原告Cの負担とする。

6  この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告A(甲事件)

被告は,原告Aに対し,100万円及びこれに対する平成17年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告B(甲事件)

被告は,原告Bに対し,100万円及びこれに対する平成17年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告C(乙事件)

被告は,原告Cに対し,100万円及びこれに対する平成18年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告の信徒であった原告らが,被告との間で納骨所の使用契約を締結し,被告が管理する納骨所に遺骨を納骨した後,他の寺院に転寺したことを理由に,被告に対し遺骨の返還を求めたところ,被告が原告らの遺骨をほかの遺骨と混合してしまったために,遺骨の返還が不可能になったと主張して,被告に対し,債務不履行及び不法行為に基づき,損害の賠償及びこれに対する遅延損害金(原告A及びBについては甲事件訴状送達の日の翌日である平成17年9月9日から,原告Cについては乙事件訴状送達の日の翌日である平成18年4月9日から,各支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。

2  争いのない事実等

(1)  当事者等

ア 被告は,佛立開導日扇の開講の本旨に基づき,宗祖日蓮の教義をひろめ,儀式行事を行い,信者を教化育成することを目的とし,この目的を達成するための業務及び事業を行う宗教法人(寺院)である。

イ Eは,被告代表者の子であり被告の副住職の地位にある。

F,G及びHは,いずれも被告の信徒かつ役員である。

ウ 原告らは,いずれも被告の信徒であったが,原告Aは平成15年6月ころ,原告Bは平成15年10月ころ,原告Cは平成5年3月ころ,被告に対しそれぞれ転寺の申出を行い,いずれもそのころ別の寺院の信徒となった。

(2)  被告が設置・管理する納骨堂の概要(甲8,9,乙6ないし8,16,証人E,弁論の全趣旨)

ア 被告は,肩書地の境内に納骨堂(以下「本件納骨堂」という。)を設置し,その地下室に,被告の信徒(被告所属信者及び門末信者)が遺骨を納めるための専用納骨所(以下,単に「専用納骨所」という。),一般納骨所(以下,単に「一般納骨所」という。)を設けている。

専用納骨所は全588区画からなるロッカーであり,遺骨を納める場合には,遺骨を所定の容器(高さ8.3センチメートル,差渡し6センチメートルの八角形の骨壺)に納め,各使用者ごとの家名が記された白大理石の小型墓標が置かれた1区画(間口19センチメートル,高さ11センチメートル,奥行き31センチメートル)に同容器を納めるようになっている。

一般納骨所は専用納骨所(ロッカー)の下部に作られた引き出しであり,遺骨を納める場合には,遺骨は上記容器に納め,上記引き出し内に同容器を納めるようになっている。

イ 本件納骨堂には,専用納骨所,一般納骨所及び歴代住職の遺骨を納めるための特別納骨所のほか,床をコンクリートで固めた総骨室(以下単に「総骨室」という。)が設けられている。専用納骨所又は一般納骨所に遺骨を納めるにあたり,所定の容器に収まりきらない遺骨(残骨)は総骨室に納めることとされており,松影寺納骨堂管理規則(以下「本件規則」という。)7条は,これを「合祀する」と表現している。遺骨が総骨室に納められると,既に総骨室に納められているほかの遺骨と分別が不可能な状態となる。

ウ 被告の信徒が専用納骨所に遺骨を納めることを希望する場合には,被告は,信徒に対し,専用納骨所使用願と題する書面(以下「本件使用願」という。)に署名・押印させて,信徒との間で,専用納骨所に遺骨を納骨する契約(以下,単に「納骨契約」という)を締結し,。所定の使用冥加料と所定の年度管理費を納付させるという取扱をしている。

本件使用願には,「私は裏面記載の納骨堂管理規則を承知いたしましたので,左記使用冥加料を相添え専用納骨所の使用をお願い致します」と不動文字で印刷されており,裏面には,本件規則の内容が同様に不動文字で印刷されている(記載内容は別紙のとおりである。)。

(3)  納骨契約の締結と終了(甲5,乙6ないし8,原告C,弁論の全趣旨)

ア 原告Aは,昭和53年7月24日,専用納骨所使用願に署名・押印して被告との間で納骨契約(以下「本件納骨契約(A)」という。)を締結し,そのころI(原告Aの夫)の遺骨(以下「本件遺骨(A)」という。)を専用納骨所に納めた。

イ 原告Bは,平成9年3月9日,専用納骨所使用願に署名・押印して被告との間で納骨契約(以下「本件納骨契約(B)」という。)を締結し,同年5月12日ころ,J(原告Bの父)の遺骨(以下「本件遺骨(B)」という。)を専用納骨所に納めた。

ウ 原告Cは,亡K(以下「K」という。)の代理人として,昭和47年3月12日,専用納骨所使用願に署名・押印して被告との間で納骨契約(以下「本件納骨契約(C)」という。)を締結した(以下,本件納骨契約(A),本件納骨契約(B),本件納骨契約(C)を合わせて「本件各納骨契約」という。)。Kは昭和56年3月13日に,Kの妻(原告Cの母)であるLは同年5月26日に,それぞれ死亡した。S家の祭祀承継者(祭祀承継者が原告Cであるか否かは当事者間に争いがある。)は,昭和56年7月26日ころ,Lの遺骨(以下「本件遺骨(C)」という。)を専用納骨所に納めた(以下,本件遺骨(A),本件遺骨(B)及び本件遺骨(C)を合わせて「本件各遺骨」という。)。

エ 本件各納骨契約は,上記のとおり原告らがそれぞれ被告に対し転寺の申出を行いいずれもそのころ別の寺院の信徒となったことにより,それぞれ終了した。

(4)  総骨室への納骨

被告は,本件遺骨(A)については平成15年9月ころ,本件遺骨(B)については平成15年12月ころ,本件遺骨(C)については平成5年8月ころ,いずれも所定の容器から遺骨を取り出して総骨室に納めた(以下「本件各行為」という。)。現在,本件各遺骨はいずれも,総骨室へ納められたほかの遺骨と分別ができない状態にある。

3  争点

(1)  遺骨は所有権の客体となるか

(2)  原告Cは,本件納骨契約(C)の当事者か及び本件遺骨(C)の所有権を有していたか

(3)  本件各行為が債務不履行を構成するか

(4)  本件各行為が不法行為を構成するか

(5)  損害

(6)  原告Cの損害賠償請求権の消滅時効の起算点はいつか

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告らの主張)

遺骨も有体物である以上,当然に所有権の客体となる。

(被告の主張)

遺骨は所有権の客体とはならない。

(2)  争点(2)について

(原告Cの主張)

Kが昭和56年3月13日に,Lが同年5月26日に,それぞれ死亡し,原告Cは,専用納骨所の使用権を祭祀承継者として又は遺産分割協議により単独で承継し,昭和56年7月26日ころ,本件遺骨(C)を専用納骨所に納めた。本件遺骨(C)は,S家の祭祀財産というべきものであるから,S家の祭祀承継者である原告Cが所有していたものである。

(被告の主張)

否認ないし争う。

(3)  争点(3)について

(原告らの主張)

ア 本件各納骨契約は,遺骨を目的物とする寄託契約であるから,本件各納骨契約の終了により,被告は原告らに対し本件各遺骨を返還する義務を負う。

イ 被告は,本件規則6条の存在を理由に,遺骨返還義務の存在を争うが,原告らは,本件各納骨契約締結時,本件規則の内容を示されておらず,本件規則の内容に同意したこともなく,被告から本件規則の内容を説明されてもいなかった。したがって,本件規約の内容は,本件各納骨契約の内容とはなっていない。仮に,本件規則が,本件各納骨契約の内容になっていたとしても,本件規則6条は,納骨者の転寺を不当に妨げ信教の自由を侵害するものであるから,公序良俗に反し無効である。

ウ よって,被告は,原告らに対し,本件各納骨契約の終了により,本件各遺骨を返還する義務を負うとともに,本件各遺骨を返還するまでの間,本件各遺骨を善良なる管理者の注意をもって保管すべき義務(以下「善管注意義務」ともいう。)を負っていたにもかかわらず,同義務に違反し本件各行為を行い,本件各遺骨の返還を不可能にしたから,債務不履行責任を負う。

(被告の主張)

ア 本件各納骨契約は,専用納骨所を目的物とする賃貸借契約であるから,本件各納骨契約が終了しても,被告は,原告らに対し,本件各遺骨の返還義務を負わない。

イ また,本件規則6条には,「納骨された舎利(お骨)は如何なる場合も一切返還しない。」との記載があり,本件規則の内容は,本件各納骨契約締結の際に,原告A,原告B及び原告C(Kの代理人)に示され,原告らは,この内容に同意して本件各納骨契約を締結した。

ウ 本件規則6条は,被告が遺骨の返還をめぐる紛争に巻き込まれあるいは遺骨の引取人が現れないことによる不都合などを避けるための規定であり,遺骨をめぐる紛争・不都合を避ける適切な規定である。加えて,遺骨は納骨堂という教義上及び社会通念上適切な場所に合祀されるのであるから,本件規則6条は,公序良俗に反するものではない。

エ よって,被告は原告らに対し本件各遺骨の返還義務を負っていない。

オ さらに,本件各納骨契約は賃貸借契約であるから,被告は本件各遺骨につき善管注意義務を負うものではないが,仮に善管注意義務を負うとしても,本件各行為は,「合祀」という,遺骨の取扱方法として宗教上及び社会通念上相当なものであるから,同義務に違反するものではない。

(4)  争点(4)について

(原告らの主張)

ア 本件各行為が行われるまで,本件各遺骨の所有権は,それぞれ原告らに帰属していたのであり,また,人の遺骨は一般社会通念上,遺族等の故人に対する敬愛・追慕の情に基づく宗教的感情と密接に結びついたものである。したがって,本件各行為は,本件各遺骨の所有権及び原告らの人格的利益を侵害する行為であり,不法行為を構成する。

イ 仮に,本件規則が本件各納骨契約の内容となっており,本件規則6条が公序良俗に反せず有効であったとしても,本件規則6条は,被告に本件各行為を行う権限を与えたものではないから,本件各行為が本件各遺骨の所有権及び原告らの人格的利益を侵害するものであることに変わりはない。

ウ よって,被告は,原告らに対し,不法行為に基づき,本件各行為によって生じた損害を賠償する責任を負う。

エ 仮に本件各行為が不法行為を構成しないとしても,被告は,本件各行為により,本件各遺骨と既に総骨室に納められている遺骨とを混和させ,本件各遺骨の所有権を消滅させたのであるから,被告は原告らに対し償金支払義務を負う。

(被告の主張)

ア 遺骨は所有権の客体とはならないから,被告が行った本件各行為は,所有権を侵害するものではない。

イ 仮に,遺骨に所有権が観念できるとしても,原告らは,本件規則6条,11条により,本件各遺骨についての返還請求権を放棄している上,本件各行為は,「合祀」という,遺骨の取扱方法として宗教上及び社会通念上相当なものであるから,本件各遺骨の所有権及び原告らの人格的利益を侵害するものではない。

ウ 被告は,本件各行為により利得を受けていないから,被告は,原告らに対する償金支払義務を負わない。

(5)  争点(5)について

(原告らの主張)

慰謝料 各100万円

(被告の主張)

否認する。原告らは,遺骨に対する愛惜の気持ちを持っていないから,本件各行為により精神的苦痛を受けていない。

(6)  争点(6)について

(被告の主張)

ア 原告Cは,遅くとも平成5年5月末日には,本件遺骨(C)の返還を受けられないことを知ったのであるから,原告Cが被告に対して有する損害賠償請求権は,債務不履行を理由とするものについては遅くとも平成15年5月末日の経過により,不法行為を理由とするものについては遅くとも平成8年5月末日の経過により消滅時効が完成している。

イ 被告は,上記時効を援用する。

(原告Cの主張)

原告Cが,本件遺骨(C)が総骨室に納められたことを知ったのは,平成17年3月16日である。したがって,債務不履行に基づく損害賠償請求権についても,不法行為に基づく損害賠償請求権についても消滅時効は完成していない。

第3争点に対する判断

1  前記争いのない事実等,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1)  本件納骨堂の管理形態(証人E,弁論の全趣旨)

本件納骨堂は,普段,施錠されており,本件納骨堂に遺骨を納骨した被告の信徒は,本件納骨堂に自由に出入りすることができず,1年に3回(彼岸の中日及び盆施餓鬼の日)だけ,本件納骨堂に立ち入り礼拝を行うことができるものとされている。

(2)  原告らの転寺の経緯(甲9,10,19ないし21,23,乙9,10,証人M,証人F,証人E,原告B,原告C)

ア 原告Aは,平成15年6月ころ,被告に対し,転寺の申出を行ったところ,被告の信徒かつ役員であるF及びGは原告Aの自宅に赴き,原告Aに対し,転寺を思いとどまるよう説得し,その際,原告A又はM(原告Aの子)に対し,転寺した場合には本件遺骨(A)は返還できない旨説明した。

イ 原告Bは,平成15年10月ころ,被告に対し,転寺の申出を行ったところ,被告の信徒かつ役員であるF及びHは原告Bの自宅に赴き,原告Bに対し,転寺を思いとどまるよう説得し,その際,原告Bに対し,転寺した場合には本件遺骨(B)は返還できない旨説明した。

ウ 原告Cは,平成5年3月ころ,被告に対して,転寺の申出を行うとともに本件遺骨(C)の返還を請求したが,被告代表者又はEは,転寺した場合には本件規則により遺骨は返還できない旨説明した。

エ なお,原告A及び原告Bが被告の信徒かつ役員であるFとG又はHから転寺を思い止まるようにとの説得を受けた際,転寺した場合には遺骨の返還を受けられないことを承諾した旨の証拠(乙9,10〔FとG又はHとの連名の陳述書〕,証人F)がある(原告Aは「わかりました」と頷いて了解し,原告Bは「それは承知しております」とのことで了解をいただいたとする。)が,これに反する証拠(甲20〔原告Bの陳述書〕,証人M,原告B)があることに加え,的確な裏付けを欠くから,上記証拠をにわかに採用することはできない。なお,仮に,原告A及び原告Bが,被告の信徒かつ役員であるFとG又はHから転寺した場合には遺骨を返還しないとの説明を受けた際に,直ちにこれに対して抗議することなくこれを受け入れるかのような受け答えをしたとしても,事柄の重要性に鑑みると,被告が遺骨の返還をしないという立場に立つことを理解しただけで遺骨の返還を受けられないことを承諾したのではないものと評価するのが相当である。

(3)  Nの養子縁組及び離縁等(甲4ないし6,21,23,24,原告C,弁論の全趣旨)

ア K・L夫妻は,その間に,長女O,二女P,三女C及び四女Qをもうけた。長女O,二女P及び四女Qは,いずれも婚姻し夫の氏(長女Oは甲,二女Pは乙,四女Qは丙)を称する旨の届け出をした。

イ Nは,昭和39年3月27日,K・L夫妻の養子となる縁組の届出を行い「S」姓になるとともに三女Cと婚姻し夫の氏(S)を称する旨の届出をした。Nは,昭和42年6月8日,K・L夫妻と協議離縁の届出を行い,「T」姓に復した。上記養子縁組は,NがS家の継承者となるべくして行われたものであったが,昭和42年ころ,Nの実兄が死亡しT家を継承する者がいなくなったため,NがT家を承継するために上記協議離縁をしたものである。

ウ K・L夫妻は,昭和54年8月4日,Rを養子とする縁組の届出を行っている。

エ K・L夫妻の死後,S家の祭祀に関わる事項については,主に原告Cが取り仕切っており,K・L夫妻の共同相続人である長女O,二女P,四女QのほかR(養子)は,いずれも,原告CがS家の祭祀を承継し本件納骨契約(C)を引き継いだことを承認している。

(4)  本件に先立つ調停事件(甲13,14,17,原告C,弁論の全趣旨)

ア 原告A,原告B,Nほか1名は,平成16年12月6日,被告を相手方として,本件各遺骨等の返還を求める調停の申立てを行い(伏見簡易裁判所平成16年(ノ)第92号納骨返還請求調停申立事件,以下「本件調停事件」という。),本件調停事件は,平成17年4月20日,調停不成立により終了した。

イ 原告Cは,本件調停事件の期日(平成17年3月16日)に出席し,その席上で,初めて,本件遺骨(C)が既に総骨室に納められていることを知った。

(5)  本件各遺骨(甲20,21,証人M,原告B,原告C,弁論の全趣旨)

ア 本件遺骨(A)は,Iの遺骨の一部であり,残部は,原告Aが本件遺骨(A)を専用納骨所に納めた際に総骨室に納められた。

イ 本件遺骨(B)は,Jの遺骨のうちの一部であり,残部は,滋賀県彦根市内の墓地に納められている。

ウ 本件遺骨(C)は,Lの遺骨のうちの一部であり,残部は,京都市内の墓地に納められている。

2  争点(1)について

遺骨は,有体物であるから所有権の対象となるものの,故人に対する敬愛・思慕の思いと密接に結びついていることから,遺骨に対する所有権の行使は,法令(民法206条,墓地,埋葬等に関する法律〔たとえば4条1項による焼骨の埋蔵場所の制限〕等)のみならず,慣習ないし条理により認められた範囲内においてのみ許されるものと解するのが相当である。これと異なる被告の主張は,独自の見解に立つものであり採用することができない。

3  争点(2)について

前判示の事実関係によれば,K・L夫妻は,いったんは,両名の養子となり三女Cと婚姻したNを「(S家の)祖先の祭祀を主宰すべき者」と指定したものの,その後の事情の変更でNと協議離縁したことにともない上記指定を取り消しているものと推認することができることに加え,K・L夫妻は,Rを養子とする縁組の届出を行ってはいるものの,Kを代理して被告との間で本件納骨契約(C)を締結したのは原告Cであり,K・L夫妻の死後,S家の祭祀に関わる事項を主として取り仕切っているのも原告Cであって,K・L夫妻がRを「(S家の)祖先の祭祀を主宰すべき者」に指定したことをうかがわせる事情は認められないこと,K・L夫妻の共同相続人が一致して原告CがS家の祭祀を承継し本件納骨契約(C)を引き継いだことを承認していることによれば,原告Cが「(S家の)祖先の祭祀を主宰すべき者」であり,原告Cは,民法897条1項本文に基づき,慣習にしたがって,本件納骨契約(C)の権利を承継し本件遺骨(C)の所有権を承継したものと認められる。

なお,前判示のとおり,本件調停事件を申し立てたのは原告CではなくNであり,また,本件訴訟において当初被告に対し損害賠償を請求していたのもNであるが(当裁判所に顕著である。),過誤によるものであり,上記認定判断を左右しない。

4  争点(3),(4)について

(1)  本件各納骨契約の性質

証拠(甲8,乙6ないし8)によれば,原告A,原告B及び原告C(ただしKの代理人として)が,本件各納骨契約を締結するにあたって作成し被告に提出した本件使用願の裏面に印刷されていた本件規則には遺骨の所有権の帰属につき定めた規定は設けられておらず,本件各納骨契約は,遺骨の所有権の帰属に影響を及ぼすものではないものと(納骨により遺骨の所有権が被告に移転することはない。)認められる。そして,前判示のとおり,本件使用願の標題には,本件各納骨契約があたかも専用納骨所の1区画を目的物とする賃貸借契約であるかのような「専用納骨所使用願」という名称が使用されている。

しかしながら,前判示のとおり,専用納骨所に遺骨を納めた信徒であっても普段は本件納骨堂に立ち入ることさえ許されておらず,1年に3回だけ被告の定める方法により,本件納骨堂に立ち入って礼拝することが認められているに過ぎないのであるから,専用納骨所(全588区画からなるロッカー)の1区画はもとより,専用納骨所に納められた遺骨自体を管理しているのは,遺骨を納め所有権を有する信徒ではなく被告であるものというほかなく,本件各納骨契約をもって賃貸借契約と捉えることは実体にそぐわず,むしろ遺骨を目的物とする寄託契約に類似した無名契約とみるのが相当である。

(2)  本件規則の効力・内容

証拠(甲8,乙6ないし8)によれば,原告A,原告B及び原告C(ただしKの代理人として)が,本件各納骨契約を締結するにあたって作成し被告に提出した本件使用願の裏面に印刷されていた本件規則は11条で構成されておりその文言も簡明であるから,原告らは,本件規則の内容を認識した上で,本件各納骨契約を締結したものと推認することができる。

そこで,本件規則の内容について検討するに,本件規則は,6条で「納骨された舎利(お骨)は如何なる場合も一切返還しない。」と規定する一方,8条で「年度管理費が5ヶ年以上滞納された場合は,無縁佛として合祀し,専用納骨所の使用権は消失する。」と規定している。本件規則は,7条で「総骨室にほかの遺骨と分別することができない状態で遺骨を納めること」を「合祀する」と表現しているから,専用納骨所に遺骨を納めた信徒が年度管理費を5年以上滞納した場合には所定の容器を一般納骨所(専用納骨所〔ロッカー〕の下部に作られた引き出し)に移すのではなく,遺骨を所定の容器から取り出して総骨室にほかの遺骨と分別することができない状態で納め,また,一般納骨所に遺骨を納めた信徒が年度管理費を5年以上滞納した場合にも,遺骨を所定の容器から取り出して総骨室にほかの遺骨と分別することができない状態で納めることが規定されていることになる。これに対し,本件規則は,信徒が転寺して被告が設置する納骨堂を使用する資格を喪失した場合における遺骨の取り扱いに関する規定を設けていないから,被告は,6条の規定だけを根拠にして,専用納骨所内の所定の容器から遺骨を取り出して総骨室にほかの遺骨と分別することができない状態で納めることは許されない。そして,証拠(乙19)及び弁論の全趣旨によれば,本件規則の6条は,被告が「遺骨の引取をめぐる故人の親族間の争いに当寺(被告)が巻きこまれることを,心配して定めたもの」であることが認められるから,本件規則6条は,信徒から専用納骨所又は一般納骨所に納められた遺骨の返還を求められた場合であっても,合理的な理由がある場合には,被告は,信徒に遺骨を返還しないことができる旨を定めたものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに,当裁判所に提出された全証拠を子細に検討しても,遺族間で遺骨の帰属について争いがあるなど被告が本件各遺骨の返還を拒む合理的理由となり得る事情は一切認めることができないから,原告らから本件各遺骨の返還を求められた被告は,速やかに,原告らに対し,本件各遺骨を返還しなければならならず,本件各遺骨を返還するまでの間は,本件各遺骨を善良なる管理者の注意をもって保管していなければならなかったものというべきである。

なお,本件規則6条は,その意味するところが上記のとおりであるから,「納骨者の転寺を不当に妨げ信教の自由を侵害するもの」ではなく,民法90条に違反するものではない。

(3)  債務不履行責任の存否

前判示のとおり,被告は,原告らに対し本件各遺骨を返還する義務を負うとともに,本件各遺骨を返還するまでの間は,本件各遺骨を善良なる管理者の注意をもって保管する義務を負っていたものと認められるところ,被告が,本件各遺骨を所定の容器から取り出して総骨室にほかの遺骨と分別することができない状態で納めたことにより,上記返還義務の履行が不能の状態にあるから,被告は,原告らに対し,上記返還義務の履行不能による損害を賠償する責任を負うものというべきである。

なお,被告は,本件各行為が「合祀」という遺骨の取扱方法として宗教上及び社会通念上相当なものであるから,被告が本件各行為を行ったことは善管注意義務に違反しないと主張するけれども,遺骨を丁寧に取り扱い,宗教上相当な方法により適切な場所に納めたとしても,遺骨の所有者の同意がなければ,遺骨の上記返還義務を免れることがないことは明らかであり,本件全証拠によっても,本件各行為を行うことにつき原告らが同意した事実は認められないから,被告の上記主張を採用することはできない。

(4)  不法行為責任の存否

前判示の事実関係によれば,本件各行為は,本件各遺骨の所有権を侵害するものであることが明らかであるから,不法行為を構成する。なお,原告らは,本件各行為は,同時に原告らの人格的利益を侵害するものであると主張するが,侵害された所有権の対象(遺骨)の性質から所有権の侵害に伴い原告らの人格的利益が損なわれるという関係にあるから,原告ら主張の要素は所有権の侵害に含まれるものと解するのが相当である。

これに対し,被告は,本件各行為が「合祀」という遺骨の取扱方法として宗教上及び社会通念上相当なものであるから,本件各行為は不法行為を構成しないと主張するけれども,前判示のとおり,本件全証拠によっても,本件各行為を行うことにつき原告らが同意した事実は認められないから,被告の上記主張を採用することはできない。

5  争点(5)について

(1)  前判示のとおり,本件各行為は,原告ら所有の本件各遺骨を対象とする債務不履行又は不法行為を構成するものであり,遺骨の性質上遺骨自体の金銭的評価を行うことは社会通念上相当でないから,本件各行為による損害は,本件各行為により原告らの受けた精神的苦痛に対する慰謝料として評価するのが相当である。そして,前判示の事実関係によれば,原告らは,本件各行為によってそれぞれ相当な精神的苦痛を被ったものと認められ,原告らの被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,諸般の事情を考慮し,原告Aにつき80万円,原告Bにつき60万円,原告Cにつき60万円と認めるのが相当である。

(2)  被告は,原告らが本件各行為により精神的苦痛を受けていないと主張し,これを基礎づける事情であるとして原告らが本件各遺骨の返還を受けられないことを承知しながら些細な理由で転寺したなどと縷々主張するが,前判示のとおり,原告らが本件各遺骨の返還を受けられないことを承知していたとの前提事実を認めることができない上,原告らが転寺をした理由により原告らの本件各遺骨に対する思いを推し量ることはできないから,被告の上記主張を採用することはできない。

6  争点(6)について

(1)  債務不履行責任の消滅時効

債務不履行による損害賠償請求権の消滅時効は,本来の債務の履行を請求し得る時点からその進行を開始するものと解するのが相当である。これを本件についてみるに,前判示の事実関係によれば,原告Cは,平成5年3月ころには,被告に対し転寺の申出を行い別の寺院の信徒となり,そのころには本件納骨契約(C)は終了しているのであるから,遅くとも平成5年5月末日の時点(被告が消滅時効の起算点として主張する時点)では,原告Cは,被告に対し,本件遺骨(C)の返還を請求することが可能であったものというべきである。したがって,遅くとも平成15年5月末日経過の時点では,原告Cの被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権につき10年の消滅時効期間が経過していることとなる。

(2)  不法行為責任の消滅時効

民法724条にいう「損害及び加害者を知ったとき」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知ったときを意味し(最高裁判所第二小法廷昭和48年11月16日判決・民集27巻10号1374頁参照),同条にいう被害者が損害を知ったときとは,被害者が損害の発生を現実に認識したときをいうものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決・民集56巻1号218頁参照)。これを本件についてみるに,前判示の事実関係によれば,被告が本件遺骨(C)を所定の容器から取り出して総骨室にほかの遺骨と分別することができない状態で納めたことを原告Cが初めて知ったのは,平成17年3月16日(本件調停事件の期日)であり,原告Cは,少なくとも同日の時点までは,被告に対する損害賠償の請求が可能である程度に,損害及び加害者を現実に認識したとはいえないから,少なくとも同日の時点までは,原告Cの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は進行を開始していないものと解される。したがって,この点に関する被告の主張は採用することができない。

第4結論

以上の次第で,原告Aの請求は,80万円及びこれに対する不法行為の日の後であり甲事件訴状の送達により催告した日の翌日である平成17年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告Bの請求は,60万円及びこれに対する不法行為の日の後であり甲事件訴状の送達により催告した日である平成17年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告Cの請求は,60万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成18年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由があるから,これらを認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 関根規夫 裁判官 中嶋謙英)

別紙松影寺納骨堂管理規則

第一条

当山納骨堂は、当山所属信者及び門末信者に限り使用することが出来る。

第二条

納骨堂内に左の三種の納骨所を設ける。

1 特別納骨所

2 専用納骨所

3 一般納骨所

第三条

専用納骨所使用希望者は、所定の使用冥加料を納めなければならない。

第四条

納骨に際しては、規定の納骨料及び回向料を志納しなければならない。

但し専用納骨所使用者は納骨料の志納を必要としない。

第五条

1 納骨所使用者は、所定の年度管理費を納付しなければならない。

2 既納の専用納骨所使用冥加料、一般納骨料及び管理費は、一切返還しない。

3 納骨所使用冥加料及び年度管理費の金額は、松影寺事務局役員会で定める。

第六条

納骨された舎利(お骨)は如何なる場合も一切返還しない。

第七条

納骨に際しては、松影寺所定の容器を使用し、残骨は総骨室に合祀する但し全骨の場合は別に規定の納骨料を志納しなければならない。

第八条

年度管理費が五ケ年以上滞納された場合は、無縁佛として合祀し、専用納骨所の使用権は消失する。

第九条

松影寺の都合により、納骨堂の移転、改築又は祭祀の方法が変る場合は松影寺の方針に従うものとする。

第十条

専用納骨所使用権は、相続に依る場合の外、譲渡することが出来ない。

但しやむを得ない特別の事由ある場合に於ては、親族が住職の許可を得て使用権を承継することが出来る。

第十一条

専用納骨所使用者及びその承継者が、松影寺及びその門末を離れた場合は使用権を消失する。

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