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京都地方裁判所 平成17年(ワ)2402号 判決 2007年9月25日

甲事件原告兼乙事件原告

株式会社整理回収機構

(以下「原告」という。)

同代表者代表取締役

奧野善彦

同代理人支配人

大澤博久

同訴訟代理人弁護士

川口直也

甲事件被告兼乙事件被告

乙川昭雄

(以下「被告」という。)

同訴訟代理人弁護士

小川眞澄

被告補助参加人

丙山三郎

同訴訟代理人弁護士

椎名麻紗枝

高橋裕次郎

主文

1  (甲事件)

原告の請求を棄却する。

2  (乙事件)

被告は,原告に対し,被告人甲野太郎にかかる大阪高等裁判所平成17年(う)第1901号偽造有印私文書行使,詐欺被告事件の上告審又はその差戻審において,被告が京都地方裁判所に提出した3750万円の保釈保証金(うち3000万円について平成17年6月27日提出,保管金提出書進行番号平成17年度第40055号,うち750万円について平成17年11月2日提出,保管金提出書進行番号平成17年度40198号,ただし,いずれも,平成19年3月14日付け決定をもって同月8日付け保釈許可決定における保釈保証金3800万円の一部に流用〔代納〕)の還付がなされることを条件として,3750万円及びこれに対する同還付の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  (訴訟費用)

訴訟費用は,原告と被告との間に生じたものは,これを20分し,その11を被告の負担とし,その余は原告の負担とし,原告と被告補助参加人との間に生じたものは被告補助参加人の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  (甲事件)

被告は,原告に対し,被告人甲野太郎にかかる大阪高等裁判所平成17年(う)第1901号偽造有印私文書行使,詐欺被告事件の上告審又はその差戻審において,被告が京都地方裁判所に提出した3000万円の保釈保証金(平成17年6月27日提出,保管金提出書進行番号平成17年度第40055号,ただし,平成19年3月14日付け決定をもって同月8日付け保釈許可決定における保釈保証金3800万円の一部に流用〔代納〕)の還付がなされることを条件として,3000万円及びこれに対する同還付の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  (乙事件)

主文第2項と同旨。

第2  事案の概要

1  本件は,甲野太郎及び甲野一郎に対する連帯保証契約に基づく金銭債権につき執行力ある債務名義を有する原告が,甲野太郎を被告人とする偽造有印私文書行使,詐欺被告事件の弁護人であり,甲野太郎の保釈保証金を裁判所に提出した被告(弁護士)に対して,①甲野太郎が被告に対し保釈保証金相当額の金銭(3000万円)を預託したと主張して,その預託金返還請求権の債権差押命令を得て,その取立請求を行う甲事件と,②甲野一郎が被告に対して保釈保証金相当額の金銭(3750万円)を預託したと主張して,その預託金返還請求権の債権差押命令を得て,その取立請求を行う乙事件とからなる。

2  当事者間に争いのない事実等

次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。

(1)  関係者(乙38,40,証人二郎)

ア 原告は,破綻した金融機関から譲り受けた債権の回収等を目的とする株式会社である。

イ 被告は,肩書地に事務所(以下「被告事務所」という。)を開設する弁護士であり,甲野太郎を被告人とする下記刑事事件の第1審における同人の弁護人であったものである。

ウ 甲野太郎(以下「太郎」という。)は,偽造有印私文書行使,詐欺の罪で起訴された被告人である。

エ 甲野花子(以下「花子」という。)は,昭和58年に離婚した太郎の元妻である。両者は,その間に,長男甲野一郎(以下「一郎」という。),二男甲野二郎(以下「二郎」という。),長女カズミ及び二女丙山次美(以下「次美」という。)をもうけた。被告補助参加人丙山三郎(以下「三郎」という。)は次美の夫である。

二郎は,京都地方裁判所において,平成17年4月5日午後5時,破産宣告を受け,平成18年7月31日,免責許可決定を受けた。

(2)  刑事事件の経緯(甲4,12,甲16の1,2)

ア 太郎は,偽造有印私文書行使,詐欺の被疑事実で,逮捕(平成17年2月26日),勾留された後,同年4月19日,京都地方裁判所に起訴された(同裁判所平成17年(わ)第360号偽造有印私文書行使,詐欺被告事件)。太郎は,同年6月27日,保釈保証金を3000万円とする保釈許可決定を受け,保釈された(以下,この保釈を「本件保釈」という。)

被告は,本件保釈の際,太郎又は太郎の関係者から3000万円(以下「本件預託金①」という。)を預かり,これを上記保釈保証金(保管金提出書進行番号平成17年度第40055号,以下「本件保釈保証金①」という。)として提出した。

太郎は,平成17年11月1日に,上記事件において,懲役3年6月の実刑判決を受け,本件保釈はその効力を失った。

イ 太郎は,上記第1審判決に対し,大阪高等裁判所に控訴を申し立てた(同裁判所平成17年(う)第1901号偽造有印私文書行使,詐欺被告事件)。太郎は,平成17年11月2日,保釈保証金を4500万円とする保釈許可決定を受け,保釈された(以下,この保釈を「本件再保釈」という。)。

被告は,本件再保釈の際,太郎又は太郎の関係者から750万円(以下「本件預託金②」といい,本件預託金①と併せ「本件各預託金」という。)を預かり,これを上記保釈保証金の一部(750万円)(保管金提出書進行番号平成17年度第40198号,以下「本件保釈保証金②」という。)として提出した(残額の3750万円のうち,3000万円については,平成17年11月2日付け決定をもって,本件保釈保証金①を流用し,750万円については弁護士小川眞澄(被告代理人)の保証をもって代えることを許された。)。

太郎は,平成19年3月6日,上記事件において判決の言い渡しを受け,本件再保釈はその効力を失った。

ウ 太郎は,上記控訴審判決に対し,最高裁判所に上告を申し立てた。太郎は,平成19年3月8日,保釈保証金を3800万円とする保釈許可決定を受け,保釈された(以下この保釈を「本件再々保釈」という。)。上記保釈保証金のうち3750万円については,平成19年3月14日付け決定をもって本件保釈保証金①及び同②を流用(代納)し,残額50万円については,控訴審における弁護人が現金で納付した(以下,太郎を被告人とする上記偽造有印私文書行使,詐欺被告事件を,審級を問わず,総称して,「本件刑事事件」といい,本件保釈保証金①と本件保釈保証金②を併せて「本件各保釈保証金」という)。

(3)  確定判決・債権差押命令(甲1ないし3,5,7ないし11,13ないし15)

ア 原告が日本工業株式会社(代表取締役・太郎),太郎及び二郎を相手方として京都地方裁判所に提起した貸金請求事件(同裁判所平成11年(ワ)第2196号)において,京都地方裁判所は,平成14年11月22日,太郎に対し,原告に対する384億7725万3982円と遅延損害金の支払を命ずる判決を言い渡した。これに対して,太郎が大阪高等裁判所に控訴したが(同裁判所平成15年(ネ)第80号),大阪高等裁判所は,平成15年7月16日,控訴棄却の判決を言い渡し,同月31日の経過により上記第1審判決は確定した。

京都地方裁判所は,原告の申立てにより,平成17年7月22日,執行力ある債務名義の正本(執行文の付された上記確定判決の正本)に基づき,太郎(債務者)の被告(第三債務者)に対する本件預託金①の返還請求権を差押債権とする債権差押命令(京都地方裁判所平成17年(ル)第1074号,以下「本件債権差押命令①」という。)を発令した。同命令の正本は太郎(同月24日送達)と被告(同月25日送達)にそれぞれ送達された。

イ 原告が,日本農林株式会社(代表取締役・二郎),二郎及び一郎を相手方として京都地方裁判所に提起した貸金返還請求事件(同裁判所平成13年(ワ)第670号)において,京都地方裁判所は,平成13年11月27日,一郎に対し,原告に対する3241万3589円及びうち1571万3589円に対する平成8年1月29日から,うち1670万円に対する平成8年4月1日からそれぞれ支払済みまで年14パーセントの割合による遅延損害金の支払を命ずる判決を言い渡した。同判決は,平成13年12月13日の経過により確定した。

京都地方裁判所は,原告の申立てにより,平成17年12月28日,執行力ある債務名義の正本(執行文の付された上記確定判決の正本)に基づき,一郎(債務者)の被告(第三債務者)に対する本件預託金①及び本件預託金②の返還請求権を差押債権とする債権差押命令(京都地方裁判所平成17年(ル)第1896号,以下「本件債権差押命令②」という。)を発令した。同命令の正本は一郎(平成18年1月7日送達)と被告(平成18年1月4日送達)にそれぞれ送達された。

3  争点

(1)  本件預託金①を被告に預託したのは誰か。

(2)  本件預託金②を被告に預託したのは誰か。

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告の主張)

本件預託金①は,太郎又は一郎が被告に対して預託したものである。

(被告の主張)

否認する。本件預託金①を被告に預託したのは三郎である。

(2)  争点(2)について

(原告の主張)

本件預託金②は,一郎が被告に対して預託したものである。

(被告の主張)

否認する。本件預託金②のうち300万円を被告に預託したのは花子であり,残金450万円を被告に預託したのは次美である。

第3  争点に対する判断

1  当事者間に争いのない事実等,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件債権差押命令①の正本が,平成17年7月24日太郎(債務者)に対し,同月25日被告(第三債務者)に対しそれぞれ送達された。被告は,民事執行法147条1項に基づく陳述において,「差押えに係る債権はない。本件保釈保証金①は太郎(債務者)から預かったものではない。」と陳述した(甲3)。

(2)  原告は,平成17年9月29日,本件預託金①を被告に預託したのは太郎であると主張して,甲事件の訴えを提起し,同年10月5日,被告に訴状副本が送達された(記録上明らかである。)。

(3)  被告は,甲事件の答弁書(平成17年11月10日提出,同月11日の第1回口頭弁論期日陳述)において,次のとおり主張した(記録上明らかである)。

ア 本件預託金①を太郎が被告に預託し,太郎が被告に対し3000万円の返還請求権を有するとの原告の主張を否認する。

イ 本件預託金①は,一郎が被告に預託したものであり,被告に対し3000万円の返還請求権を有するのは,太郎ではなく一郎である(具体的には,一郎が3000万円を「都合」し,二郎を通じて被告に手渡した。)。

ウ 上記3000万円に関し,太郎と一郎との間には金銭消費貸借契約等の契約関係はない。

エ 一郎が3000万円を都合した経過については次回に詳述する。

(4)  被告は,甲事件の準備書面(平成17年12月9日提出,同日の第2回口頭弁論期日陳述)において,次のとおり主張した(記録上明らかである。)。

ア 本件預託金①は,被告が一郎より預かり一郎に返還するものである。

イ 一郎は,三郎に借用を申し込み借り受けたものである。

ウ 3000万円は進栄建設協同組合(以下「訴外組合」という。)が所有していた金である。

(5)  本件債権差押命令②の正本が,平成18年1月7日一郎(債務者)に対し,同月4日被告(第三債務者)に対しそれぞれ送達された。被告は,民事執行法147条1項に基づく陳述において,「差押えに係る債権はない。弁済の意思はない。本件保釈保証金①及び②の返還先が一郎(債務者)であるかどうか不明である。」と陳述した(甲11)。

(6)  被告は,甲事件の準備書面(平成18年1月24日提出,同月27日の第1回弁論準備手続期日陳述)において,次のとおり主張した(このうち,アは従前の主張と必ずしも矛盾しないが,イはあいまいであり,従前とは異なる主張であると考えることもできた。)(記録上明らかである。)。

ア 本件預託金①の原資は訴外組合の資金であり,これを三郎が訴外組合から借り入れた。

イ 三郎は,体調が悪かったため,用意しておいた3000万円を一郎に渡し,被告に届けた。

(7)  原告は,平成18年1月31日,本件預託金①及び②を被告に預託したのは一郎であると主張して,乙事件の訴えを提起し,同年2月16日,被告(訴訟代理人弁護士)に訴状副本が送達された(記録上明らかである。)。

(8)  被告は,乙事件の答弁書(平成18年3月20日提出,同月22日の第2回弁論準備手続期日陳述)において,次のとおり,従前の主張と明確に異なる主張をした(記録上明らかである。)。

ア 3000万円を出したのは三郎であり,一郎は,使者にすぎない。

イ したがって,被告に対し本件預託金①の返還請求権を有するのは,一郎ではなく三郎である。

(9)  被告は,甲・乙事件の準備書面(平成18年6月8日提出,同日の第4回弁論準備手続期日陳述)において,「三郎が,訴外組合から借り入れた3000万円を,使者としての一郎に渡し,一郎の使者である二郎が,被告事務所の事務員と一緒に裁判所に行き納付した。」と主張した。また,被告は,甲・乙事件の準備書面(平成19年7月2日提出,同月3日の第7回口頭弁論期日陳述)において,「三郎は,平成17年6月27日,心労から胃痛がしたことから,妻の次美を通じ,二郎を使者として被告事務所に持参した。」と主張した(記録上明らかである。)。

(10)  被告は,本件預託金②の750万円について,一郎あての預かり証を作成し交付している(乙29,被告本人)。

(11)  被告は,被告事務所では,本件預託金①及び②を預かり金としての経理処理をしていないので,帳簿を書証として提出することはできないと主張し(平成18年10月26日の第4回口頭弁論期日),当法廷においては,関係者の間で合意ができなかった場合には,本件預託金①を誰に返還すべきかわからないと述べている(被告本人・3,4,10,16頁)。また,被告は,原告が一郎に対して債務名義を有することを知らなかったと述べている(被告本人・15頁)。

(12)  なお,被告は,変更後の主張に沿う書証(乙35〔三郎の平成19年4月5日付け陳述書〕,36〔二郎の平成19年3月20日付け陳述書〕,41〔一郎の平成19年2月8日付け陳述書〕)を提出し,証人三郎及び二郎は,被告の変更後の主張に沿う証言をするが,主張を変更した合理的な説明はされていない(証人三郎は,被告訴訟代理人に対し当初から「十二分に説明した」と証言する〔証人三郎・15頁〕。なお,証人三郎及び証人二郎は,本件預託金①は,三郎が次美を通じて(一郎を介さず直接)二郎に渡し,二郎が被告事務所に持参した旨,被告の主張とは異なる証言をしている〔証人三郎・13頁,証人二郎・3,7頁〕。)。

2 前記認定の事実関係によれば,一般に保釈保証金を工面し弁護人に預託するのは保釈の対象となる被告人(太郎)又は家族(離婚した元妻である花子,長女一美,長男一郎,二男二郎,二女次美及びその夫である三郎)であるという理解の下,原告が甲事件の訴えを提起したところ,弁護士である被告は,(ア)被告に本件預託金①を預託したのは太郎ではなく一郎である,(イ)原資は訴外組合の資金である,(ウ)具体的には,一郎が3000万円を三郎から借り受け,二郎を使者として被告に預託したと明確に主張しているのであるから,特段の事情のない限り,本件預託金①を被告に預託したのは一郎であり,被告に対して3000万円の返還請求権を有するのは一郎であるものと認めるのが相当である。そして,前判示のとおり,被告は,本件債権差押命令②の送達を受けるや,主張を一変させているが,主張を変更する合理的な理由を説明しないこと,加えて,刑事弁護事件を取り扱う弁護士の法律事務所において,保釈保証金に充てるための預託金を預かり金として経理処理をしないことは,通常考え難いこと(本件各預託金についての経理処理がされていれば,預託したのが太郎,一郎,三郎その他の第三者の誰であるかが容易に判明するものと考えられる。)を考え併せると,上記特段の事情は認め難いものというほかはない。

そして,前判示のとおり,被告は,本件預託金②の750万円については,預かり証を作成し交付しているが,その宛名が一郎であるというのであるから,その原資が花子(300万円〔花子は,預金を払い戻し一郎に貸し付けたと説明する。〕〔乙27,40〕)及び次美(450万円〔被告は,次美は無職であるが常時1000万円位の現金は手元に持っていると主張する。〕〔第2回弁論準備手続期日〕)の資金であるか否かを問わず,被告との関係においては,本件預託金①の3000万円と同様,被告に本件預託金②を預託したのは一郎であり,被告に対して750万円の返還請求権を有するのは一郎であるものと認めるのが相当である。

3  なお,被告は,(ア)訴外組合が資金を保有していた経緯,(イ)三郎が訴外組合から本件預託金①の3000万円の貸付を受けた経緯について詳細に主張し,(ア)に沿う証拠(乙1ないし26〔枝番号を含む〕)を提出し,(イ)に沿う証拠(乙28〔三郎作成の覚書〕,30〔理事会議事録〕,31〔三郎作成の領収証〕,32〔訴外組合作成の領収書〕,33,43〔元帳の写し〕,34〔訴外組合の理事長の陳述書〕)を提出するが,本件預託金①の原資が訴外組合の資金であったとしても,これは,被告が一郎から本件預託金①の預託を受けたことと矛盾するものではなく(前判示のとおり,被告は,主張を変更する直前には,一郎が訴外組合の資金である本件預託金①の3000万円を三郎から借り受けたと主張していたところである。),上記認定判断を左右しない。

第4  結論

以上によれば,原告の乙事件請求は理由があるからこれを認容し,甲事件請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 中嶋謙英)

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