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京都地方裁判所 平成17年(ワ)2670号 判決 2007年10月23日

京都市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

長谷川彰

大阪市<以下省略>

被告

株式会社コムテックス

同代表者代表取締役

大阪府豊中市<以下省略>

被告

Y1

被告ら訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して612万6785円及びこれに対する平成16年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを100分し,その66を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して933万9245円及びこれに対する平成16年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,商品取引員である被告株式会社コムテックス(以下「被告会社」という。)を通じて商品先物取引を行った原告が,同取引において,被告会社及びその被用者が行った不法行為により損害を被ったとして,被告会社に対しては,民法709条又は同法715条に基づき,上記被用者の1人であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対しては,同法709条に基づき,上記損害933万9245円(財産的損害,慰謝料及び弁護士費用。後記4(4)エ)の賠償及びこれに対する遅延損害金(不法行為の日である平成16年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によるもの)の支払を求める事案である。

2  争いのない事実等

次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。

(1)  当事者等(甲4,11,乙4,証人C,証人D,原告本人,被告Y1本人)

ア 被告会社は,商品取引所法の適用を受ける商品取引所の商品市場における上場商品の売買及び売買取引の受託業務等を目的とする株式会社であり,東京工業品取引所,東京穀物商品取引所,大阪商品取引所等の国内各商品取引所の商品取引員である。

被告Y1,C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)はいずれも,平成16年当時,被告会社の従業員であったものである(Cが新規顧客開拓担当の従業員,被告Y1がその上司で本店営業部係長,Dがその上司で店長であった。)。

イ 原告は,昭和○年○月○日生まれ(平成○年4月当時○歳)であり,●●●大学を卒業後,●●●メーカーであるa株式会社(以下「原告勤務先」という。)に就職し,現在に至るまで同会社に勤務している技術職の会社員である。原告は,本件取引(後記(2)ウ)を行う前に,商品先物取引や証券取引をした経験はなかった。

(2)  事実経過

ア Cは,平成16年4月6日(以下,平成16年については年の記載を省略することもある。),原告勤務先に電話を掛け,原告に対し,商品先物取引の勧誘を行った。

4月15日,Cは,原告と面談し,被告会社作成の「商品先物取引委託のガイド」という名称の冊子(乙1の1の1,2,乙1の2,以下「本件取引ガイド」という。)等に基づき,商品先物取引についての説明を行い,取引を勧誘した。

原告は,上記勧誘を受け,商品先物取引を始めることとし,被告会社との間で,商品先物取引委託契約を締結した。

イ 4月17日,原告は,被告会社に対し,商品先物取引の委託証拠金として,105万円を預託した。

ウ 4月19日,原告は,被告会社を通じ,東京工業品取引所のガソリン(以下「東工ガソリン」という。)10枚の買建を行った。同日以降,別紙建玉分析表記載のとおり,原告を委託者とする取引(以下「本件取引」という。)が行われた(なお,同分析表中,「東工」とあるのは東京工業品取引所を,「大阪」とあるのは大阪商品取引所を,「東」又は「東穀」とあるのは東京穀物商品取引所を意味し,「ガソ」とあるのはガソリンを,「アルミ」とあるのはアルミニウムを,「アラビカ」とあるのはアラビカコーヒー生豆を,「大豆」とあるのは一般大豆を意味する。)。

原告は,本件取引により,合計401万1685円の損失を被った。

3  争点

(1)  勧誘・取引の違法性の有無

(2)  仕切拒否の有無

(3)  本件取引全体が,被告会社の組織的,計画的な一連の不法行為によるものといえるか。

(4)  損害

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告の主張)

ア 不招請・迷惑・執拗勧誘

消費者が希望しない取引を業者側が一方的に勧誘する不招請勧誘は禁止されている(平成16年法律第43号による改正前の商品取引所法〔以下「法」という。〕136条の18第5号,平成17年2月22日農林水産省,経済産業省令第3号による改正前の商品取引所法施行規則〔以下「施行規則」という。〕46条5号,6号等)ところ,被告会社は,C等の従業員をして,無差別的な電話勧誘を行っており,しかも,原告が取引をしない旨告げた後にも,執拗に迷惑な勧誘を継続した。

イ 適合性原則違反

(ア) 法136条の25第1項4号等により,顧客の知織,経験及び財産の状況に照らし,不適当と認められる者に対する勧誘を行うことは禁止されている(適合性の原則)。

(イ) 原告は,商品先物取引はおろか,株式の現物取引の経験さえもなく,投機的取引の知識も経験もない人物である。また,経済関係や金融関係の職に就いたこともない素人であって,上記適合性を欠く者であった。

被告会社又はその従業員は,原告のかかる属性を十分に認識した上で,原告に対し,積極的に勧誘し,本件取引を開始させたのであるから,上記勧誘は,適合性の原則に違反し,違法である。

ウ 説明義務違反

(ア) 商品取引員又はその従業員が商品先物取引の勧誘をするにあたっては,顧客が商品先物取引の仕組みや危険性等を十分に理解し,自主的な判断に基づいて,取引を始めるか否かを決断することができるように,商品先物取引の仕組みや危険性について,具体的に説明すべき義務がある。

(イ) 被告会社又はその従業員は,前記イ(イ)のとおりの属性を有する原告に対し,必ず儲かると単純に申し向け,また,取引の内容について全く説明を行わず,その危険性についての実質的な説明を全く行わずに勧誘し,本件取引を開始させたのであるから,上記勧誘は,説明義務に違反し,違法である。

エ 断定的判断の提供

(ア) 商品先物取引は,極めて投機性の高い危険な取引であり,また,取引価格は需要と供給の関係のみならず,政治的動向,為替の変動,投機家の思惑等,様々な要素が複雑に絡み合って形成されるものであるから,「絶対儲かる」などと断定できる取引ではない。「絶対儲かる」などという取引の勧誘は,先物取引の本質に反する虚偽の勧誘として禁止されている。

(イ) しかるに,Cは,原告に対し,「300万円くらいのお金があれば,今買えば必ず儲かりますよ」「ストップ高で700円付けば,50万円の儲けになります」などと勧誘して,本件取引を開始させており,上記勧誘は,断定的判断を提供したものであり,違法である。

オ 新規委託者保護義務違反

(ア) 新規委託者保護義務は,商品取引員に課せられた一般的な注意義務であるところ,本件取引では,別紙建玉分析表及び入出金一覧表記載のとおり,初回取引からわずか3日で合計49枚の建玉がなされており,さらに1週間後には建玉を全て仕切った上,利益を原告に還元することなく,委託証拠金に振り替え,増玉を行っている。その後も,利益金を証拠金に振り替え増玉が繰り返されており,これらは,新規委託者保護義務に違反するものである。

また,被告会社が定めている受託業務管理規則(以下「被告業務規則」という。)7条においても,新規委託者保護義務として,原告のような商品先物取引の経験のない者については,初回取引から3か月間の習熟期間につき,投下資金の限度額を500万円とし,当該限度額を超える取引を行うことができないと定められている。

(イ) ところが,本件取引では,既に500万円の委託証拠金の預託を受けていたにもかかわらず,5月20日には,原告からさらに約300万円の委託証拠金を預託させることを前提として,取引が行われており,上記限度額の定めに違反し,違法である。

カ 特定売買

(ア) 両建

売玉と買玉とを同時に建てること(従前から存在したどちらかの建玉を存続させたまま,反対建玉を行うことを含む。)を両建という。両建を行うと,反対建玉は新たな建玉であるから,新たな委託証拠金が必要となる。両建は,ある商品を,一方で売建しながら,一方で買建するというもので,委託手数料を無意味に発生させ,明らかに委託者に損失を与える行為である。また,両建をすれば,買玉と売玉両方を持つことになり,仕切の判断が困難となるから,両建の勧誘は禁止されている(施行規則46条11号)。

本件取引においては,5月10日と同月19日の大阪商品取引所のアルミニウム(以下「大阪アルミ」という。)の両建など別紙建玉分析表「両」欄に記載された両建が行われているほか,5月7日にも,実質的な両建が行われている。

a 5月7日の実質的な両建

ガソリンは,原油を精製した工業品であり,その値動きは必ず原油と連動するものであるから(甲6の1の価格変動グラフは,灯油,ガソリン及び原油が全く同じ値動きをすることを示す。),5月7日に,東工ガソリンの売建(68枚)を行うとともに,東京工業品取引所の原油(以下「東工原油」という。)の買建(100枚)を行った行為は,実質的に両建に該当する。

b 5月10日と同月19日の大阪アルミの両建

被告らは,5月10日,原油の建玉を取り崩し,大阪アルミの買建(220枚)を行った上,同月19日,大阪アルミの売建(100枚)を行った。これらは,両建であり無意味に建玉を増やして委託手数料を収奪する目的で行われた客殺しである。

(イ) 両建以外の特定売買

両建のほか,直し(仕切と同一日内に同一方向の新規建玉を行うこと),途転(仕切と同一日内に反対方向の新規建玉を行うこと),日計り(新規で建てた建玉を同一日内に仕切ること),手数料不抜け(仕切により若干の取引益を出すがそれを上回る手数料損が発生しているため損失が発生すること)などの特定売買は,委託者保護,公正取引価格形成の阻害という両面から禁止されているが,本件取引においては,別紙建玉分析表「直」欄(直し),「途」欄(途転),「日」欄(日計り)及び「不」欄(手数料不抜け)に記載されたもののほか,次のとおり,実質的な直しが行われている。

すなわち,4月28日,東工ガソリンの買玉46枚を全て仕切った上で,同月30日に利益を乗せて新たに東工ガソリン84枚の買建を行っており,実質的な直しに該当する(間に祝日を挟んで次の取引日に再度同じ限月の建玉をしている行為は直し以外の何物でもない。)。

(ウ) 特定売買比率等

特定売買の頻度は,商品取引員の手数料収奪目的のもと委託者が食い物にされたことを徴表するものであり,概ね特定売買比率が20%,手数料化率が10%を超える場合は,違法とみるべきであるところ,本件取引では,別紙建玉分析表記載のとおり,特定売買比率が43.6%,手数料化率が244.71%と異常なまでの高率に及んでおり,本件取引において委託手数料収奪を目的とする違法な特定売買が繰り返されたことが明らかである。

キ 無断・一任売買

本件取引において,5月20日以後の各取引は全て原告に無断でなされている。また,5月7日及び同月19日の各取引も,原告がその内容を理解していない一任売買である。

ク 薄敷取引

無敷,薄敷取引(証拠金の全額を徴収しないで建玉させることを無敷,一部を徴収しないで建玉させることを薄敷という。)は,禁止されている(法97条1項等)ところ,5月20日,被告会社は,原告から委託証拠金が入金される前に,東京穀物商品取引所のアラビカコーヒー生豆(以下「東穀アラビカ」という。)40枚の買建を行っており,この取引は薄敷取引として違法である。

(被告らの主張)

ア 不招請・迷惑・執拗勧誘について

Cが勧誘した際,原告が取引を断ったことはないから,不招請・迷惑・執拗勧誘はない。

イ 適合性原則違反について

商品先物取引は,損得勘定の最たるものであり,特別理解が困難なものではない上,原告は,●●●大学を卒業し,a株式会社に勤務していた会社員であり,理解能力,資力ともに問題はなく,被告会社が定めている被告業務規則の不適格者には当てはまらない。したがって,適合性原則違反はない。

ウ 説明義務違反について

Cは,原告に対し,本件取引ガイドを交付し,商品先物取引の仕組み及び危険性等につき十分な説明を行った上,原告に対し,アンケート(乙4)を実施して,原告が説明を理解したことを確認したのであるから,説明義務違反はない。

エ 断定的判断の提供について

Cは,ガソリンにつき,OPECが減産の見通しであることから,ガソリンが値上がりするとの予想を示し,ガソリンの取引を勧めただけであり,「絶対に」などという表現は使用していない。したがって,断定的判断の提供はない。

オ 新規委託者保護義務違反について

(ア) 被告業務規則の規定は,委託者の資力その他の投資投機経験,知識,取引経過等に関係なく,一律に定められたものであり,これらの諸事情によっては,同規定の限度を超える取引を行うことも違法ではない。

(イ) また,本件取引で原告が習熟期間中に預託した金員は,4月19日の105万円,同月20日の210万円,同月21日の199万5000円の合計514万5000円であり,上記規則の制限をわずか14万5000円超えているに過ぎず,違法ではない。

カ 特定売買について

(ア) 両建について

両建は,両建となった後は相場がどのように動いても買玉の損益と売玉の損益とが相殺され新たに損益が拡大,縮小することがないものであり(損益発生の固定),①相場観に迷いが生じ,当面相場の動きを見極めようとするとき(片建による委託追証拠金〔以下「追証」という。〕発生の危険の回避,相場の急変による損金発生の防止),②追証の資金はあるが,すぐに入金ができない場合に,建玉の強制処分を回避するため両建によって損益を固定させ時間稼ぎするときなどに有用な取引方法であり,常に違法とされるものではない。

施行規則46条11号も,同一限月,同枚数の両建の「勧誘」を禁止しているのであり,両建そのものを禁止しているわけではない。この趣旨は,追証発生時等に,ほかの選択肢(損金,追証入金)を説明することなく,両建を勧めることを禁止したものとみるべきである。

本件取引において行われた両建は,いずれも合理的理由のあるものであり,違法と評価されるものではない。また,5月7日,同月10日及び同月19日の取引の理由は次のとおりである。

a 5月7日の取引について

ガソリンと原油は別個の商品であり,両建には当たらない。なお,5月7日に東工ガソリンの買玉84枚を仕切って,68枚の売建を行うとともに,東工原油100枚の買建を行ったのは,4月30日に建てた東工ガソリンの買玉から相当な利益がでており,被告Y1が,ガソリンについては相場の転換点(上げ止まり)であるが,原油については未だ転換点ではなく従前からの上げ相場がしばらく継続すると考えたため,上記の売建及び買建を勧めたところ,原告がこれに応じたため,上記取引が行われたものである。

b 5月10日及び同月19日の取引について

被告Y1は,アルミ相場が上がると思ったために,原告に対し,アルミの買建を勧め,5月10日,大阪アルミの買建(220枚)が行われた。これは,当時の新聞(乙26)に,「北米メーカーなどが生産を増やしたが好景気が続く中国や米国などでそれ以上に需要が伸びた」と報じていたためである。しかるに,相場は,被告Y1の予想に反し値下がり傾向となった。そこで,同月19日,被告Y1は,原告に連絡し,その旨説明したところ,原告が損切りを嫌ったため,原告に対し,両建を勧め,原告がこれに応じたことから,同日,大阪アルミの売建(100枚)が行われた。

(イ) 両建以外の特定売買について

直し,途転,日計り,手数料不抜け等の特定売買は,それ自体が無意味で違法なものではなく,委託者の意思,相場の動き,相場観等を総合し,専ら手数料稼ぎとしか評価されないような場合にのみ,違法となるものであって,具体的状況につき個別的に検討することが必要である。

本件取引において行われた特定売買は,いずれも合理的理由のあるものであり,違法と評価されるものではない。

(ウ) 特定売買比率等について

上記のとおり,特定売買には,合理的理由がある場合があるから,特定売買比率等を根拠に,取引が違法であるということはできない。

キ 無断・一任売買について

原告の主張キは否認する。被告Y1及びDは,原告の指示を受けた上で,本件取引を行っていた。

ク 薄敷取引について

5月20日,原告から委託証拠金が入金される前に,東穀アラビカ40枚の買建を行ったことは認め,取引が違法であるとの主張は争う。同日には追証が発生し,それに対処するために,委託証拠金入金が可能であることを原告に確認の上,被告会社が委託証拠金を立て替え,同日の取引を行ったものであるから,違法ではない。

(2)  争点(2)について

(原告の主張)

ア 商品取引員は,当然,委託者の指示に従い取引を行うべきであるから,委託者が仕切を指示しているのにこれに従わないのは違法である。

イ 5月19日,原告は,被告Y1に対し,建玉を全部仕切るように指示したが,被告Y1は,一度に仕切ると税金がかかる,少しずつ処分し損切りもすると税金が安くなるなどと,虚偽の事実を申し向け,原告の仕切指示を拒否したものであり,これは違法である。

ウ 被告Y1は,5月20日午前中,原告に電話を掛け,東工ガソリンがストップ高となり,追証がかかっていると説明し,300万円を用意すれば何とか対処する旨告げた。これに対し,原告が全建玉を仕切った場合にはどうなるのかを尋ねたところ,被告Y1は,実は,全建玉を仕切った場合,利益が出るにもかかわらず,原告に対し,元金程度しか戻ってこない旨虚偽の説明をした。

そして,同日昼,原告が被告Y1に電話を掛け,全建玉の仕切を指示したところ,被告Y1は,全建玉を仕切った場合,元金割れする旨虚偽の説明をし,再び,300万円の入金を要求した。

その後,被告Y1は,原告に対し,292万6540円の入金を要求し,上記説明を信じていた原告をして,同月21日,同額の金員の支払をさせた。

以上のとおり,被告Y1は,原告に対し,虚偽の説明をし,原告をしてその旨誤信させて全建玉を仕切ることを断念させ,上記金員を支払わせたものであり,これは違法である。

(被告らの主張)

ア 原告の主張イは否認する。

原告は,5月19日に全建玉の仕切を指示していない(ただし,同日に,被告Y1が,原告に対し,税金に関する話をしたことはある。)。原告は,同月20日及び同月21日に,被告会社に対し,同時点での建玉の存在を確認する書面(乙18の3,4)を提出しているし,同日には,292万6540円の委託証拠金を入金している。

イ 原告の主張ウは否認する。

5月20日は,東工ガソリン(平成16年11月限)が,前日終値から640円高で始まり,その後ストップ高(700円高)となり,原告につき追証が発生した。

そのため,被告Y1は,原告に対し,これを通知し,①全建玉の仕切であれば,1800万3740円の実損が発生するが,取引当初からみれば,140万5100円の利益となること,②追証を入金するのであれば,1407万円が必要であることを説明し,指示を求めたが,原告は迷っていたため,考えた上で再度連絡してくることとなった。

その後,被告会社に,原告から電話があり,Dが対応した。原告が,全建玉の仕切も,追証入金も拒否し,何とかならないかと尋ねたため,Dは,原告に対し,入金可能な金額を尋ねた。これに対し,原告が300万円程度であれば入金可能であると答えたため,Dは,同金額で対応可能な取引を考え,①東工ガソリン売玉28枚,東京穀物商品取引所の一般大豆(以下「東穀大豆」という。)買玉20枚,東穀アラビカ売玉10枚をそれぞれ仕切り,②東穀アラビカ40枚を買建することを提案したところ,原告がこれに応じたため,同取引を行うことになった。その際,Dは,委託本証拠金として292万6540円が必要である旨説明したが,原告は,入金できるのが翌日になると答えたため,被告会社が立て替えて,同取引を行うことになった。

(3)  争点(3)について

(原告の主張)

前記のとおりの本件取引における被告会社従業員の違法行為のほか,次の各点にかんがみれば,本件取引全体が,被告会社の客殺し体質が発現した組織的,計画的な一連の不法行為によるものというべきである。

ア 商品先物取引の特質

商品先物取引は,その仕組みも複雑であり,相場の変動によって投下資金をはるかに超える大きな損失を生ずるおそれが高いのみならず,高率の手数料の累積により,損失が生じる。しかも,商品取引員が相場の変動に影響を及ぼす各種情報を入手することは比較的容易であるのに比して,委託者は,そのような情報の入手が必ずしも容易ではない。

そこで委託者は,商品取引員の勧誘,助言等に一定の合理的根拠があると考え,それに依存し,黙従するのが常態である。他方で,商品取引員は,相場の変動に関係なく,取引の注文さえあれば,安定的に手数料を取得することができる上,商品取引員やその営業担当者は,自己の利益の確保,営業成績の向上をも目的としているから,顧客に対しての勧誘,助言が過剰なものになることは避けられない。

イ 特定売買比率及び手数料化率

特定売買比率が20%,手数料化率が10%を超える場合は違法と考えられるところ,本件取引においては,特定売買比率が43.6%,手数料化率が244.71%と異常なまでの高率に及んでおり,委託手数料収奪目的の違法な特定売買が繰り返されたことが明らかである。

ウ 向い玉,取組高均衡

(ア) 被告会社は,大阪アルミにつき,毎日の取組高が,売玉,買玉同数になるよう,差玉向いを行い又は委託者の建玉を操作して,取組高均衡状態を作出していた(甲9)。

(イ) 商品取引員が,恒常的に取組高均衡状態を作出すると,商品取引所との間での毎日の差金決済が不要(もしくは著しく低額)となるため,商品取引員は,委託者から預かった金員を商品取引所に支払う必要がなくなる。そして,このように取組高均衡状態が作出されると,商品取引員は,委託者が利益を上げ市場から撤退しない限り,損をすることはない(逆にいえば,委託者が利益を上げ市場から撤退すると,商品取引員は損害を被ることとなる。)。

このように,向い玉による取組高均衡状態の存在は,商品取引員の客殺し体質を推認させるものである。

(被告らの主張)

否認する。

ア 特定売買比率及び手数料化率について

特定売買比率や手数料化率から,個々の取引の違法性やそれが被告会社により組織的かつ計画的に行われたことを推認することはできない。

イ 向い玉・取組高均衡について

法律上,商品取引員が自己玉を建てることは禁止されておらず,委託者の中には,売建を行う者,買建を行う者の双方が存在するから,商品取引員が向い玉を建てることは避けられないことである。また,差玉向い,取組高均衡状態の作出が行われても,委託者は,相場の変動により損益を受けることには変わりがなく,上記作出が行われたことから,個々の取引の違法性やそれが被告会社により組織的かつ計画的に行われたことを推認することはできない。

(4)  争点(4)について

(原告の主張)

ア 財産的損害 749万0245円

原告は,被告会社又はその従業員の上記不法行為により,5月20日の時点で749万0245円の損害を被った。その計算は次のとおりである。なお,本件取引全体が,被告会社の組織的,計画的な不法行為であり,4月6日の勧誘開始の時点から不法行為が始まっているものであるが,5月20日の行為は,その中でも極めて悪質なものであるから,同時点を基準に損害の算定を行うべきである。

(ア) 別紙建玉分析表記載のとおり,5月19日までの差引差益が1940万8840円であり,原告が被告会社に対し,委託証拠金として預けた金額は814万5000円であるから,その合計額は2755万3840円である。

(イ) 一方で,5月20日に存在した建玉である,東工ガソリン売玉68枚,東穀アラビカ売玉50枚(10枚仕切って40枚を両建する行為は原告の仕切指示を無視したものであるから考慮しない。),東穀大豆買玉20枚,大阪アルミ買玉120枚(5月10日の買玉220枚のうち100枚,同月19日の売玉100枚は,客殺しの違法な両建であるから,考慮しない。)を仕切ることによる損金は,次のとおり合計1600万3740円である。

a 東工ガソリンについて

東工ガソリン売玉の建玉時の価格は,1単位あたり3万2040円(1枚あたり320万4000円),仕切時(5月20日)の価格は,1単位あたり3万3670円(1枚あたり336万7000円)であるから,1枚あたりの差損金は16万3000円となり,68枚の差損金は1108万4000円となる。

そして,委託手数料は,1枚あたり売買往復で7980円(消費税込)であるから,

7980円×68枚=54万2640円

となり,東工ガソリン売玉68枚を仕切ることによる損金は,計1162万6640円となる。

b 東穀アラビカについて

東穀アラビカ売玉の建玉時の価格は,1単位あたり1万4250円(1枚あたり71万2500円),仕切時(5月20日)の価格は,1単位あたり1万4750円(1枚あたり73万7500円)であるから,1枚あたりの差損金は2万5000円となり,50枚の差損金は125万円となる。

そして,委託手数料は,1枚あたり,新規建玉時3150円,仕切時2100円(いずれも消費税込)であるから,

(3150円+2100円)×50=26万2500円

となり,東穀アラビカ売玉50枚を仕切ることによる損金は,計151万2500円となる。

c 東穀大豆について

5月20日に全て仕切られており,差損金は89万円,委託手数料(消費税込)は13万8600円となっているから,東穀大豆買玉20枚を仕切ることによる損金は,計102万8600円となる。

d 大阪アルミについて

大阪アルミ買玉の建玉時の価格は,1単位あたり189円90銭(1枚あたり94万9500円),仕切時(5月20日)の価格は,1単位あたり188円10銭(1枚あたり94万0500円)であるから,1枚あたりの差損金は9000円となり,120枚の差損金は108万円となる。

委託手数料は,1枚あたり売買往復で6300円(消費税込)であるから,

6300円×120枚=75万6000円

となり,大阪アルミ買玉120枚を仕切ることによる損金は,合計183万6000円となる。

(ウ) 上記(ア)の2755万3840円から,上記損金合計1600万3740円を差し引くと1155万0100円となり,既に返却済の405万9855円との差額が749万0245円となる。

イ 慰謝料 100万円

原告は,被告らに,金員を詐取されたことで,精神的に不安定になり,医師による診断の結果,初期のうつであると診断された(甲5)。被告らの不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は100万円を下らない。

ウ 弁護士費用 84万9000円

エ 合計 933万9245円

(被告らの主張)

争う。原告は,被告会社が客殺しを行っており,本件取引全体が,組織的,計画的な一連の不法行為によるものであると主張しているにもかかわらず,本件取引の途中である5月20日時点を損害算定の基準時としており,矛盾している(本件取引全体が一連の不法行為によるというのであれば,上記不法行為による財産的損害は,原告に生じた実損〔401万1685円〕ということになる。)。また,原告に精神的損害は発生していないから,慰謝料の主張は争う。

第3争点に対する判断

1  前記第2の2の事実,証拠(甲6の2,甲7,11,甲13の1,2,甲14,乙1の1の1,2,乙1の2,乙3ないし11,乙12の1ないし4,乙14,15,乙18の1ないし4,乙19の1ないし30,乙20,乙22の1ないし5,乙23の1ないし3,乙67ないし69,証人C,証人D,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件取引前の経緯

ア 4月6日,被告会社従業員であるCは,被告会社の保有する名簿に基づき,電話勧誘を行い,その中で,原告勤務先に電話を掛け,原告に対し,商品先物取引の勧誘を行った。これに対し,原告は,直ちに取引を始めようとは思わなかったが,Cが,資料だけでも見てほしいと申し向けたため,資料を受け取ることとした。

イ 4月14日,Cは,原告勤務先を訪れ,原告に対し,商品先物取引に関する資料を交付した。

ウ 4月15日午前中,Cは,原告勤務先に電話を掛け,原告に対し,商品先物取引の説明のための面談を求め,同日夕方に面談を行うこととなった。

Cと原告は,同日午後5時から7時ころまでの間,原告勤務先近くの飲食店において面談を行った。その際,Cは,原告に対し,OPECが減産の見通しであることから,必ずガソリンの値が上がると言い,ガソリンの取引を勧めるとともに,本件取引ガイド及び「先物取引のテクニック」と題する書面(乙5,6)に基づき,商品先物取引について,その仕組み(買玉を建てる方法,売玉を建てる方法,損益計算方法,委託証拠金等),取引方法,予測が外れた場合の対処方法(両建,難平等)及び危険性(元金保証のないこと,多額の利益となることもあるが,逆に,預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性もあること,追証が必要となる可能性があること等)等について説明し,取引の勧誘を行った。

Cは,原告に対し,上記説明を理解出来たかを尋ねたところ,原告は,概ね理解できたと答えた。

原告は,上記勧誘を受け,商品先物取引を始めることとしたが,原告が,印鑑を所持していなかったため,委託契約の契約書等の作成は,後日行うこととなった。

(2)  本件取引開始後,5月19日の前まで

ア 4月17日(土曜日),原告は,Cに対し,商品先物取引の委託証拠金として,105万円を交付するとともに,約諾書(乙3)に署名・押印等を行い,商品先物取引口座開設申込書(乙4)に署名等を行った上で,これらの書類をCに提出し,Cの勧めに従い,同月19日(月曜日)に東工ガソリン10枚を買建することとした。また,同日,原告は,上記口座開設申込書と一体となっている商品先物取引内容確認アンケートについて,本件取引ガイドの交付を受け説明を受けたこと,取引の仕組みについてだいたい理解したことなどを回答した。

イ 4月19日,原告は,被告会社を通じ,東工ガソリン10枚の買建を行った。

Cは,上記取引後,原告に電話を掛け,上記取引の成立につき連絡をするとともに,増玉の勧誘を行ったところ,原告が増玉の説明を受けることを了承したため,同日午後5時30分ないし6時ころ,Cと被告Y1(Cの上司である本店営業部係長)は,原告自宅近くのイトーヨーカ堂●●●に赴いて原告に会い,同店内の喫茶店において,増玉の説明・勧誘を行った(原告は,上記説明・勧誘の前に,Cの求めに応じ,同店内のATMで,自分の銀行口座から,3回にわたり合計180万円を引き出した。)。これを受け,原告は,増玉(東工ガソリンを更に10枚買建すること)を行うことを決め,近くのコンビニエンスストアのATMを利用して30万円を引き出し,上記180万円と併せ,被告Y1に対し,委託証拠金として210万円を交付した(なお,証人C及び被告Y1は,この210万円につき,原告と会ったとき原告が持参してきていた〔証人C19頁,被告Y1・3頁〕とか,原告は,上記説明・勧誘の際,途中で,金銭を引き出しに店外のATMに行ってはいない〔証人C29頁,被告Y1・4頁〕などと述べるが,これに反する証拠〔甲13の1,2〕〔原告が,同日午後6時5分から7分までの間に,イトーヨーカ堂●●●のATMから3回に分けて合計180万円を引き出し,同日午後7時7分から8分までの間に,コンビニエンスストアのATMから2回に分けて合計30万円を引き出したことが裏付けられている。〕に照らし,信用することができない。)。

ウ 4月20日,被告Y1は,原告に電話を掛け,更なる増玉(東工ガソリンを更に20枚買建すること)を勧誘したところ,原告は,これに応じ,同月21日,被告会社に対し,委託証拠金として199万5000円を支払った。

エ 4月28日,被告Y1は,東工ガソリンの買玉から利益が上がっていたため,原告に対し,同買玉を仕切り,利益を証拠金に振り替え,東京工業品取引所の灯油(以下「東工灯油」という。)を買建することを勧誘した。原告は,これに応じ,同買玉46枚を仕切り,帳尻金から134万3940円を委託証拠金に振り替えた上で,東工灯油59枚を買建した。また,同日,被告会社は,原告に対し,証拠金のうち29万3940円及び帳尻金のうち6060円を返還した。

オ 4月30日,被告Y1は,原告に対し,東工灯油の買玉59枚を仕切り,東工ガソリン84枚の売建をすることを勧誘したところ,原告は,これに応じ,上記取引を行った。

カ 5月7日,被告Y1は,原告に対し,東工ガソリンの買玉84枚を仕切って,東工ガソリン68枚の売建を行うとともに,東工原油100枚の買建を行うことを勧誘したところ,原告はこれに応じ,上記取引を行った。

キ 5月10日,被告Y1は,原告に対し,中国の経済発展に伴い,アルミニウムの需要が伸びているから,アルミニウムの値上がりが期待できる旨説明し,大阪アルミの買建を勧誘したところ,原告は,これに応じ,大阪アルミ220枚の買建を行った。

(3)  5月19日

ア 5月19日,被告Y1は,原告に対し,大阪アルミの両建を勧誘したところ,原告は,これに応じ,大阪アルミ100枚の売建を行った。

イ 5月19日夕方,原告は,被告Y1に電話を掛け,本件取引開始からそろそろ1か月が経つので,全建玉を仕切って取引を終了させたい旨告げたところ,被告Y1は,実は,全建玉を一度に仕切らずに少しずつ仕切ることにより税金が安くなり原告にとって利益があるという事実はないのに,原告に対し,全建玉を一度に仕切ると税金がかかるが,損金と相殺しながら少しずつ仕切れば税金が安くなり原告にとって利益がある旨虚偽の説明をした。原告は,この説明を信じ,全建玉を直ちに仕切るのは止めることとし,被告Y1に対し,仕切の方法は任せるが,少しずつ仕切っていずれは全建玉を仕切るように指示した。

(4)  5月20日及び同月21日

ア 5月20日,東工ガソリン(平成16年11月限)は,前日終値から640円高で始まり,その後ストップ高(700円高)となったことから,原告につき追証が発生した。

同日午前中,被告Y1は,原告に対し,電話で,追証発生の通知を行うとともに,300万円の入金があれば何とか対処することが可能である旨告げ,300万円の入金を求めた。これに対し,原告は,全建玉を仕切った場合どうなるのか尋ねたところ,被告Y1は,実は,全建玉を仕切った場合,幾ばくかの利益が生ずる状態であったのに,原告に対し,元金が戻ってくる程度である旨虚偽の説明をした。原告は,この説明を信じ,全建玉を仕切るか,300万円を入金するか迷ったため,考えた上で再度連絡することとした。

同日昼ころ,原告は,被告会社に電話を掛け,被告Y1に対し,全建玉を仕切るように指示したところ,被告Y1は,実は,上記のとおり,全建玉を仕切った場合,元金割れすることはなく,かえって,幾ばくかの利益が生ずる状態であったのに,原告に対し,全建玉を仕切ると元金割れする旨虚偽の説明をした。原告は,この説明を信じ,全建玉を仕切るのをやめ,被告Y1に対し,300万円を入金して被告Y1に対処を任せることとするが,同日の入金は不可能である旨告げたところ,被告Y1は,被告会社で,立て替えて取引を行うと説明した。

その後,被告会社は,別紙建玉分析表記載のとおり,同日午後の取引を行い,同日午後2時ころ,D(被告Y1の上司である店長)が原告に電話を掛け,同取引の内容を説明した。

同日夕方,被告Y1は,原告に対し,上記取引につき説明するとともに,委託本証拠金として,292万6540円(甲7〔当日の取引が終了した後である午後3時46分にプリントアウトされた被告会社の「建玉状況《シミュレーション》」と題する書面〕記載の金額である。)が必要であることを告げ,これに対し,原告は,翌日に必ず入金することを約した。

イ 原告は,同月21日,被告会社に対し,上記292万6540円を支払った。

(5)  原告は,4月19日から9月3日までの間,別紙建玉分析表記載のとおり,本件取引を行い,これにより401万1685円の損失を被った。

本件取引期間中における委託証拠金,帳尻金の入出金状況は別紙入出金一覧表記載のとおりである(乙14,15。ただし,被告会社従業員が原告から金員の交付を受けた日の翌日又は翌々日に,被告会社での入金処理がなされた場合,被告会社における入金処理の日が記載されている。)。

2  原告は,本件取引においてなされた違法行為により原告が被った財産的損害として,5月10日の大阪アルミの買建(220枚のうち100枚)及び同月19日の大阪アルミ(100枚)の売建がなされず,かつ,被告Y1が,5月19日及び同月20日に仕切拒否をせず,5月20日に全建玉を仕切っていた場合の利益状態が侵害されたと主張し,上記利益状態に回復させるための損害賠償を求めているので(前記第2の4(4)ア),まず,その主張する財産的損害の原因とされている上記買建・売建の勧誘並びに被告Y1による5月19日及び同月20日の上記仕切拒否について,上記勧誘が違法であったか否か,そして,上記仕切拒否があったか否かについて,それぞれ検討する。

3  争点(1)(勧誘・取引の違法性の有無)のうち原告の主張カ(ア)b(5月10日と同月19日の大阪アルミの両建)について

5月19日の大阪アルミの売建は,既に大阪アルミの買玉が存在しているにもかかわらず行われたものであるところ,このような両建は,相場の動きの予測が困難な場合に,追証を防ぎつつ相場の動向の様子見をするために行うなど特段の事情がない限り,意味のない取引であり,上記特段の事情がないにもかかわらず,両建を勧誘する行為は,手数料収受目的の違法な行為と評価すべきである。

上記大阪アルミの売建については,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はなく(この点に関し,被告らは,大阪アルミの相場が被告Y1の予想に反し値下がり傾向となったため,原告にこれを報告したところ,原告が損切りを嫌ったために,両建を行うことになり,上記売建を行ったものであるから,合理的な両建である旨主張するが,同日の時点の建玉の状況と委託証拠金の額〔2414万円〕に照らせば,同日に大阪アルミの買玉を仕切ることも両建することなく様子見することも十分に可能であり,両建を行う必要性はなかったものといえるし,原告が大阪アルミの買玉を仕切って損切りを行うことを拒否した事実は,本件全証拠によっても認めることができないから,被告らの上記主張は採用することができない。),上記売建の勧誘(以下「本件両建勧誘」という。)は,手数料収受目的の違法な両建の勧誘であり,不法行為を構成するものといわざるを得ない。

なお,原告は,5月10日の大阪アルミ220枚の買建のうち100枚について,同月19日の上記売建とともに違法な両建を構成する旨主張するが,上記買建につき,その勧誘がなされた時点で,勧誘した被告Y1において,後に両建の勧誘を行うことを意図していたとの事実を認めるに足りる証拠はないから,上記買建の勧誘を違法ということはできない。

4  争点(2)(仕切拒否の有無)について

(1)  前記1(3)の事実によれば,5月19日夕方,被告Y1は,原告から全建玉を仕切るように指示された際,原告に対し,全建玉を一度に仕切ると税金がかかるが,損金と相殺しながら少しずつ仕切れば税金が安くなり原告にとって利益がある旨虚偽の説明をし,この説明を信じた原告をして,全建玉を直ちに仕切ることを翻意させたものというべきであるから,被告Y1の上記行為は仕切拒否として不法行為を構成するものというべきである。

この点に関し,被告らは,5月19日に,全建玉の仕切指示を受けていないと主張し,被告Y1はこれに沿う供述をするが(乙68,被告Y1本人),他方で,被告Y1は,税金の話をしたことを認める供述をしているところ,税金の話が出たのは全建玉の仕切の話が出ていたからと考えるのが合理的であること,仮に,全建玉の仕切の話が出ていなかったというのであれば,いかなる経緯で被告Y1が税金の話をしたのかが問題となるところ,被告Y1は,税金の話をするに至った経緯につき覚えていないなどと曖昧な供述をしていることに照らすと,この点に関する被告Y1の供述は採用できず,原告の供述するとおり(甲11,原告本人),原告は5月19日に全建玉の仕切指示をしたものと認めるのが相当である。

また,被告らは,原告が,5月20日以降に,建玉の存在を確認する書面を提出していることや,委託証拠金を入金していることを指摘し,仕切指示はなかったと主張するが,これらの事実は,被告Y1が行った上記の虚偽の説明や5月20日に行った虚偽の説明(後記(2))を受け,原告が翻意した結果のものとみることができるから,上記認定を左右するものではない。

(2)  また,前記1(4)の事実によれば,5月20日,被告Y1は,実は,全建玉を仕切った場合,元金割れすることはなく,かえって,幾ばくかの利益が生ずる状態であったのに,原告に対し,全建玉を仕切ると元金が戻ってくる程度であるとか,元金割れするなどと虚偽の説明をし,原告をしてその旨誤信させ,全建玉を仕切る意向を有していた原告を翻意させたものというべきであるから,被告Y1の上記行為は,仕切拒否として不法行為を構成するものというべきである(以下,この仕切拒否及び上記(1)の仕切拒否を「本件仕切拒否」という。)。

この点に関し,D及び被告Y1は,5月20日の原告とのやり取りにつき,①午前中に,被告Y1が原告に電話を掛けた際,パソコン上で,全建玉を仕切った場合のシミュレーションを行い,全建玉を仕切ると取引開始時から見れば140万5100円の利益となると説明した,②昼ころ,原告から電話があった際応対したのはDである,③Dは,原告に対し,パソコン上で,全建玉を仕切った場合のシミュレーションを行い,「現在追証が発生している。全建玉を仕切ると取引開始時から見れば140万円程度の利益が出た状態で終わる。ただ,損切りをすると利益がかなりなくなっています。」などと説明したところ,原告が追証を支払うことも全建玉を仕切ることのいずれについても躊躇したので,原告が用意できる資金の範囲内でできる取引を提案した,④被告Y1が,全建玉を仕切ると元金程度しか戻ってこないとか元金割れするなどと説明したことはないなどと供述する(乙68〔被告Y1の陳述書〕,69〔Dの陳述書〕,証人D,被告Y1本人)。しかしながら,①被告Y1は,前判示のとおり,4月19日に原告から交付を受けた210万円を原告がどのように用意したかについて,事実と異なる供述をしていること,②D及び被告Y1は,原告に電話で説明を行った時間帯の記憶がないと説明し,また,原告からかかってきた電話に担当者である被告Y1が対応しないで,その上司であるDが対応した経緯について合理的な説明ができないなど,その供述内容が曖昧かつ不自然であること,③D(昼ころ)及び被告Y1(午前中)がパソコン上で全建玉を仕切った場合のシミュレーションを行い原告に説明したとする140万5100円あるいは140万円程度の利益という金額は,被告らの試算結果(平成19年7月3日付け被告ら準備書面別紙記載のもの)(午前9時30分に仕切った場合には285万9100円の利益,午前10時30分に仕切った場合には204万7100円の利益,午前11時30分及び午後零時30分に仕切った場合には82万2100円の利益)に符合しないこと(特に,時々刻々相場が変動しているにもかかわらず,異なる時点でほぼ同額であるとしている点で不可解というほかはないこと)に加え,④原告は,5月19日夕方,被告Y1に対しいったんは全建玉を仕切るように指示したものの,被告Y1から虚偽の説明を受けて翻意し,建玉を少しずつ仕切りいずれは全建玉を仕切るように指示したという前判示の経過からすれば,仮に,全建玉を仕切れば取引開始時からみれば140万円程度の利益となり追証を支払う必要もないとの説明を受ければ,全建玉の仕切を指示することが自然な流れであることなどの諸点を考え合わせると,D及び被告Y1の上記証言又は供述を採用することはできないものというべきである。

5  争点(3)(本件取引全体が,被告会社の組織的,計画的な一連の不法行為によるものといえるか。)について

原告は,本件取引全体が,被告会社の客殺し体質が発現した組織的,計画的な一連の不法行為によるものというべきであると主張し,その根拠として,①本件取引において被告会社従業員が争点(1)(2)についての原告の主張記載の不招請・迷惑・執拗勧誘をはじめとする様々な違法行為を行ったことのほか,②商品先物取引がその仕組みが複雑であり,相場の変動により投下資金をはるかに超える大きな損失を被るおそれが高いこと,高率の手数料の累積により損失が生じること,委託者は,商品取引員の勧誘,助言等に依存し,黙従するのが常態であるのに対し,商品取引員は,取引の注文さえあれば,安定的に手数料を取得することができるなどの特質があること,③本件取引における特定売買比率及び手数料化率が高率であること,④被告会社が大阪アルミについて差玉向いを行い,又は委託者の建玉を操作して取組高均衡状態を作出していたことなどを指摘する。

しかしながら,まず,本件取引における被告会社の従業員による個々具体的な措置が違法との評価を受けることから,本件取引全体が,被告会社の客殺し体質が発現した組織的,計画的な一連の不法行為によるものであると,直ちに推認することはできない(上記①)。次に,商品先物取引において,委託者が商品取引員の勧誘,助言等に依存し,黙従するのが常態であることを認めるに足りる証拠はないことに加え,商品先物取引の仕組みが複雑であること,相場の変動により投下資金を超える大きな損失を被るおそれあること,取引を重ねれば,相場の動向や委託者が取引で利益を得たか損失を被ったかを問わず,委託者は多額の手数料の支払を要し商品取引員は多額の手数料を取得できることは,法的に許容されている商品先物取引の一般的な特質を指摘しているだけであって,このことから,本件取引全体が,被告会社の客殺し体質が発現した組織的,計画的な一連の不法行為によるものであると,直ちに推認することはできない(上記②)。さらに,本件取引における特定売買比率及び手数料化率は,委託者が行った本件取引の結果であって,委託者が特定売買比率及び手数料化率が高率となる取引を行ったことから,本件取引全体が,被告会社の客殺し体質が発現した組織的,計画的な一連の不法行為によるものであると,直ちに推認することはできない(上記③)。そして,証拠(甲9,10)によれば,被告会社が大阪アルミの注文を出すにあたり,自己玉を建てることにより売玉と買玉の数をほぼ同数に揃えていたこと(原告が主張する取組高均衡状態である。)が認められるけれども,被告会社が委託者の建玉を操作することにより売玉と買玉の数をほぼ同数に揃えていたことを認めるに足りる証拠はないことに加え,被告会社が自己玉を建てること自体は禁止されていないこと(利益を得るか損失を被るかは相場の動向によるから,被告会社が自己玉を立てることが,被告会社を委託者との関係において利益相反の立場に置き,委託の本旨に反するとまではいえないこと),自己玉を建てることには損失を被るリスクがあり,売玉と買玉の数をほぼ同数に揃えることは,このリスクを上回る別の利益があることをふまえた便宜の措置であると考えられることなどを考えると,被告会社が大阪アルミの注文を出すにあたり,自己玉を建てることにより売玉と買玉の数をほぼ同数に揃えていたことから,本件取引全体が,被告会社の客殺し体質が発現した組織的,計画的な一連の不法行為によるものであると,直ちに推認することはできない(上記④)。

以上の次第で,原告の上記主張を採用することはできない。

6  争点(1)(勧誘・取引の違法性の有無)のうち原告の主張カ(ア)b(5月10日と同月19日の大阪アルミの両建)(上記3)以外の原告の主張について

(1)  原告は,本件取引においてなされた不法行為として,5月10日及び同月19日の大阪アルミの買建・売建並びに本件仕切拒否のほか,被告会社従業員が,①不招請・迷惑・執拗勧誘に当たる勧誘,②適合性原則違反の勧誘,③説明義務違反の勧誘,④断定的判断の提供による勧誘,⑤新規委託者保護義務違反に当たる勧誘,⑥委託手数料収奪を目的とした特定売買(上記の5月10日及び同月19日の大阪アルミの買建・売建以外の特定売買)の勧誘,⑦無断・一任売買及び⑧違法な薄敷取引を行った旨主張する。

(2)  しかしながら,まず,原告は,本件仕切拒否の前になされた被告会社従業員の上記①ないし⑧の行為によって財産的損害を被ったことを主張していない(原告は,上記行為による取引がなされなかった場合における利益状態を回復させるための損害賠償を求めてはおらず,上記行為による取引がなされたことを前提とする利益状態に回復させるための損害賠償を求めている。これは,原告が,後記のとおり,本件仕切拒否がなされた時点において,全建玉を仕切っていた場合,上記行為によりなされた取引により利益を得ていたためであると考えられる。)。したがって,本件仕切拒否の前になされた被告会社従業員の上記①ないし⑧の行為についての原告の主張は,不法行為による損害賠償請求における違法行為の主張としては,意味を持たないことになる。

(3)  次に,原告は,本件仕切拒否の後になされた被告会社従業員の上記①ないし⑧の行為自体によって被った財産的損害を主張していない(原告は,前記のとおり,本件仕切拒否がなされた時点において全建玉を仕切っていた場合に得ていたであろう利益状態に回復させるための損害賠償を求めている。)。したがって,本件仕切拒否の後になされた被告会社従業員の上記①ないし⑧の行為についての原告の主張は,不法行為による損害賠償請求における違法行為の主張としては,意味を持たないことになる。また,仮に,原告が,本件仕切拒否による損害とは別に,被告会社従業員が本件仕切拒否の後に行った行為自体により原告が被った損害について主張しているとしても,これは,本件仕切拒否による損害賠償が認められない場合に備えた,予備的な主張と考えられる(なお,本件取引において,原告が損害賠償の対象となる精神的損害を被ったものとは認められないのは,後記のとおりである。)。

(4)  以上の次第で,原告の上記主張について判断する必要はない。

7  被告らの責任原因について

以上のとおり,被告Y1が行った本件両建勧誘及び本件仕切拒否は,不法行為を構成するから,被告Y1は,民法709条に基づき,本件両建勧誘及び本件仕切拒否により原告が被った損害を賠償する責任を負う。

また,前記1の事実によれば,被告Y1の上記不法行為は,被告会社の被用者がその事業の執行について行ったことが認められるから,被告会社は,被告Y1の使用者として,民法715条に基づき,被告Y1と連帯して,原告が被った損害を賠償する責任を負う。

なお,前判示のとおり,本件取引は,被告会社が組織的,計画的に行った一連の不法行為によるものであるとの原告の主張は採用できないから,被告会社が民法709条に基づき上記損害賠償責任を負うものとはいえない。

8  争点(4)(損害)について

(1)  財産的損害 557万6785円

ア 原告は,5月10日の大阪アルミの買建(100枚)と同月19日の大阪アルミの売建(100枚)の各勧誘及び本件仕切拒否が違法であるとして,上記買建及び売建並びに本件仕切拒否がなされず,5月20日に存在した建玉(ただし,大阪アルミの上記買玉及び売玉を除く。)を仕切っていた場合の利益状態に基づく損害を主張しているところ,前判示のとおり,上記のうち大阪アルミの買建の勧誘を違法ということはできないが,大阪アルミの上記売建の勧誘(本件両建勧誘)及び本件仕切拒否は違法というべきであるから,本件両建勧誘及び本件仕切拒否(5月19日夕方及び同月20日に行われたもの)がいずれもなされなかった場合の利益状態に基づき損害の算定をするのが相当である。すなわち,前判示のとおり,原告が仕切指示を行ったのは5月19日夕方であり,その際,被告Y1による本件仕切拒否がなされたことからすれば,同月20日に全建玉(ただし,本件両建勧誘により建玉が行われた大阪アルミの上記売玉は除く。)を仕切っていた場合の利益状態と,現実の利益状態の差を損害とみるべきこととなるが,同日中のどの時点で各建玉を仕切ることができたかは,本件全証拠によっても明らかでないから,控えめな損害算定という見地から,原告に最も不利な条件で算定せざるを得ない。もっとも,同日の取引開始時に,全建玉の仕切注文を出していれば,ストップ高となった東工ガソリン売玉を除き,同日の午前中には,全建玉の仕切が完了した蓋然性が高いというべきであるし,東工ガソリン売玉についても,同日に28枚が仕切られていることからすれば,遅くとも同日中には,全て仕切ることができた蓋然性が高いというべきである。したがって,次の方法により,本件両建勧誘及び本件仕切拒否がなかった場合の利益状態を算定するのが相当である。すなわち,①同日に仕切られた建玉に関しては実際の損益を,②同日に仕切られていない建玉のうち,東工ガソリン売玉については,同日における原告に最も不利な時点(最高値)を,その余の建玉については,同日の午前中における原告に最も不利な時点(買玉については最安値,売玉については最高値のとき)で仕切った場合を想定して算出した損益を合計することにより,同日に,上記全建玉を仕切っていた場合の累計差引損益を算定することとなる。

イ 別紙建玉分析表記載のとおり,5月19日の取引終了時点の差益金は1940万8840円であり,同時点で存在した建玉(ただし,大阪アルミの上記売玉を除く。)は次のとおりである。

(ア) 東工ガソリン売玉(平成16年11月限) 68枚

(イ) 東穀アラビカ売玉(平成17年5月限) 50枚

(ウ) 東穀大豆買玉(平成17年4月限) 20枚

(エ) 大阪アルミ買玉(平成17年3月限) 220枚

ウ そして,前記第2の2の事実,証拠(甲6の2,甲14,乙1の2)及び弁論の全趣旨によれば,上記の算定方法により算定した差損金合計は,次のとおりとなる。

(ア) 東工ガソリンについて(差損金1166万6640円)

a 5月20日に実際に仕切られた28枚について

委託手数料を含む差損金が478万7440円であることは,当事者間に争いがない(別紙建玉分析表記載のとおりである。)。

b 残りの40枚について

上記東工ガソリンの売玉は,建玉時の価格は1単位(1kl)あたり3万2040円(1枚〔100kl〕あたり320万4000円),5月20日の最高値は1単位あたり3万3680円(1枚あたり336万8000円)であるから,1枚あたりの売買差損は16万4000円となり,建玉数は40枚であるから,売買差損は656万円となる。

また,委託手数料は,売買往復で1枚あたり7980円(消費税込み)であるから,

7980円×40枚=31万9200円

となり,上記東工ガソリン売玉40枚を仕切ることによる差損金は,687万9200円(=656万円+31万9200円)となる。

c 小計 1166万6640円

(イ) 東穀アラビカについて(差損金167万2500円)

a 実際に仕切られた10枚について

委託手数料を含む差損金が30万2500円であることは,当事者間に争いがない(別紙建玉分析表記載のとおりである。)。

b 残りの40枚について

上記東穀アラビカ売玉は,建玉時の価格は1単位(69kg)あたり1万4250円(1枚〔3450kg〕あたり71万2500円),5月20日午前中の最高値(前場第1節)は1単位あたり1万4830円(1枚あたり74万1500円)であるから,1枚あたりの売買差損は2万9000円となり,建玉数は40枚であるから,売買差損は116万円となる。

委託手数料は,売買往復で1枚あたり5250円(消費税込み)であるから,

5250円×40枚=21万円

となり,上記東穀アラビカ買玉40枚を仕切ることによる差損金は,137万円(=116万円+21万円)となる。

c 小計 167万2500円

(ウ) 東穀大豆について(差損金102万8600円)

委託手数料を含む差損金が102万8600円であることは,当事者間に争いがない(別紙建玉分析表記載のとおりである。)。

(エ) 大阪アルミ買玉について(差損金347万6000円)

上記大阪アルミ買玉は,建玉時の価格は1単位(1kg)あたり189円90銭(1枚〔5000kg〕あたり94万9500円),5月20日午前中の最安値(前場第3節)は1単位あたり188円(1枚あたり94万円)であるから,1枚あたりの売買差損は9500円となり,建玉数は220枚であるから,売買差損は209万円となる。

委託手数料は,売買往復で1枚あたり6300円(消費税込み)であるから,

6300円×220枚=138万6000円

となり,上記大阪アルミ買玉を仕切ることによる差損金は,347万6000円(=209万円+138万6000円)となる。

(オ) (ア)ないし(エ)の差損金の合計 1784万3740円

エ 以上の次第で,5月20日に,上記建玉を全て仕切っていた場合の同日までの累計差益は,156万5100円(=1940万8840円-1784万3740円)となる。

そして,原告の現実の利益状態については,前判示のとおり,原告は本件取引により401万1685円の損失を被ったものであるから,本件両建勧誘及び本件仕切拒否により原告が被った財産的損害は,

156万5100円-(-401万1685円)=557万6785円

となる。

(2)  慰謝料 0円

原告は,本件取引における被告会社又はその従業員の不法行為により精神的苦痛を受け,初期のうつ病に罹患したなどとして,上記精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は100万円を下らない旨主張する。しかしながら,本件取引における被告会社又はその従業員の行為により原告がうつ病に罹患したことについては,これを認めるに足りる証拠がない(証拠〔甲5〕によれば,原告が平成16年6月17日に医療法人bを受診し,うつ状態〔軽度〕との診断を受けたことが認められる。しかしながら,原告本人は,上記の診察を受けたのは,職場の対人関係がその理由であり,本件取引とは関係がない旨供述している〔原告本人22頁〕。)。そして,本件全証拠によっても,原告が,本件取引における被告会社又はその従業員の行為により財産的損害の填補によってもなお慰謝されないほどの精神的苦痛を被ったとは認めることができない。したがって,原告の上記主張は採用できない。

(3)  過失相殺の可否について

前判示のとおり,本件取引において,原告が被った損害の発生に結びつく不法行為は,本件両建勧誘及び本件仕切拒否であるところ,本件全証拠によっても,本件両建勧誘及び本件仕切拒否による損害の発生につき,原告に格別の落ち度を認めることはできない。のみならず,本件両建勧誘及び本件仕切拒否は,被告会社従業員が,委託手数料を収受するために違法な両建を勧誘し,さらに,原告に対して虚偽の説明をして仕切の意向を有していた原告を翻意させ仕切を拒否したというものであり,厳しい非難を免れない違法行為であるから,仮に,原告に何らかの落ち度があったとしても,過失相殺の基礎をなす衡平の観点にかんがみれば,損害賠償の額を定めるにつき,過失相殺減額を行うことは相当でない。

以上の次第で,本件において,過失相殺を行うことはできない。

(4)  弁護士費用 55万円

上記認定の損害額,本件訴訟の審理経過等に照らせば,本件両建勧誘及び本件仕切拒否の不法行為と相当因果関係がある損害としての弁護士費用は,55万円と認めるのが相当である。

(5)  合計 612万6785円

第4結論

以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,連帯して612万6785円及びこれに対する不法行為の日又はその後である平成16年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないからこれをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 中嶋謙英)

<以下省略>

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