京都地方裁判所 平成17年(ワ)341号 判決 2006年1月24日
主文
1 被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成15年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,523万円及びこれに対する平成15年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被告の従業員から浮気調査の対象とされた原告が,違法な行為によって損害を受けたとして,民法715条に基づき,損害賠償を請求した事案である。
2 前提事実(争いがないか,証拠上明白な事実)
被告は,平成14年12月頃,Aから,当時Aの夫であったBの浮気調査の依頼を受け,被告の従業員をして,平成15年1月11日から同月18日まで,Bの浮気調査を行わせ,その結果,原告の個人情報が記載され,原告がBから経済的援助を受けているかの如くに窺われる報告書(甲4・以下「本件報告書」という。)を作成した。
3 争点
(1) 被告の従業員は,上記浮気調査及び本件報告書の作成に当たり,以下のとおり各種の違法行為を行ったか。
(2) 原告の損害額
4 争点に関する原告の主張
(1) 違法行為について
ア 郵便物の盗取
被告の従業員は,平成15年1月12日頃から同月18日頃の間に,原告の居住するマンション「a」(以下「本件マンション」という。)前に設置された原告居室用の郵便ポスト(以下「本件ポスト」という。)内から,本件ポストに投函された原告宛の携帯電話料金請求書,原告が支払を行っていた電気・ガス・水道等の公共料金の請求書を盗み出した。
イ プライバシー侵害
(ア) 被告の従業員は,平成15年1月12日頃から同月22日頃の間に,原告宛の携帯電話料金請求書を原告に無断で開封するなどして,同請求書の記載から,原告の氏名,原告の使用していた携帯電話の機種,原告の通話先に東北地方が多いことなどの原告の個人情報を不当に入手して,原告のプライバシーを侵害した。
(イ) 被告は,平成15年1月12日頃から同月18日頃の間に,本件マンション2階のエレベーター脇にヴィデオカメラを設置し,原告の居室に出入りする人物や原告の容貌を無断で撮影し,原告のプライバシーを侵害した。
(ウ) 被告は,平成15年1月12日午前1時頃,赤外線ヴィデオカメラで原告の居室内を撮影しようとして,原告のプライバシーを侵害した。
ウ 虚偽報告
被告は,本件報告書に,第二対象者(原告の意味。)の生活状況について,「第二対象者の出入りが見受けられない」「第二対象者は同室に於いてテレビを視聴していると判断される」というような第二対象者が平日も本件マンションに在室しているかの如き記載をし,「第二対象者の勤務している様子はなかった」と虚偽の事実を記載した。
(2) 損害について
ア 原告は,被告が原告の居住していたマンションに侵入し,原告の居室近くにヴィデオカメラを設置して盗撮していたことや,原告宛の郵便物が抜き取られていたことを知り,上記マンションに住み続けることが怖くなり,まだ賃貸借契約期間中であったにもかかわらず,上記マンションを引っ越すほどの精神的苦痛を被った。
原告は,本件報告書の記載を鵜呑みにしたAの代理人弁護士から「原告は勤務しておらず,Bから経済的援助を受けている」などと,一方的に決め付けられ,精神的苦痛を被った。
上記の原告の精神的苦痛を慰謝するには500万円が相当である。
イ Aは,本件報告書をBと原告との不倫を裏付ける証拠であるとして,平成15年6月21日,Aを原告,本件原告を被告とする500万円の慰謝料を求める訴訟を提起し,原告は,その応訴のために弁護士費用23万円を支払った。
5 争点に関する被告の主張
(1) 違法行為について
ア 郵便物の盗取
否認する。
イ プライバシー侵害
(ア) 被告が原告の個人情報を得たのは,Aから,Bがよく電話をかけているという電話番号の情報提供を受けて,被告の従業員Cが調査会社に調査を外注したことによる。この調査の結果判明したのは,請求書の送付先が本件マンションであること,携帯電話会社がJ-フォンであること,契約者が原告であり,契約の住所地が東北になっていたということである。被告は原告の通話履歴など取得していないし,本件報告書の「第二対象者は東北とつながっている」という記載は,住所地から原告が東北と関連があるという趣旨に過ぎない。
(イ) 被告の従業員Dが,本件マンション2階のエレベーター脇部分にヴィデオカメラを設置し,廊下部分を撮影したことは認める。
(ウ) 撮影対象が不鮮明であり,この程度の内容では,プライバシーの侵害にまで至らない。
なお,撮影は,普通のヴィデオカメラである。
ウ 虚偽報告
本件報告書の記載内容は認める。しかし虚偽であることは否認する。被告は,調査の結果判明したことを記載したに過ぎない。
(2) 損害について
いずれも因果関係を否認する。
第3判断
1 事実認定
証拠(甲22,乙9,10,証人C,同D,原告)及び文中掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) Aが,当時の夫であったBの浮気調査の相談のため,被告の事務所を訪れたのは,平成14年12月28日である。被告の従業員であったCが応対し,その際,Aは,Bの浮気相手の旦那と称する男性から電話があったこと,相手の女性は宮城県の女性であるらしいことを話し,平成15年1月11日,正式に被告に対し,Bの調査を依頼した。この時,Aは,Bが頻繁にかけている携帯電話の番号と,Bが不動産を賃借した際の不動産仲介業者の担当者の名刺と振込内容を写した写真を持参した。
(2) 被告においては,Bの尾行調査はDが担当し,電話番号からの調査はCが担当した。
(3) Cは,電話番号専門の調査業者(乙1ないし乙6参照)に依頼し,1週間ほどで調査結果の回答がなされた。それによると,携帯電話会社がJ-フォン,契約者名が原告,請求書の送付先が本件マンションb号室,契約書の住所地が宮城県になっていた(甲4の35枚目,甲14)。
また,Cは,本件マンションb号室の公共料金の支払名義人を調査するため,電気,ガス,水道いずれかの会社等に電話をし,「本件マンションb号室の契約者はBさんですね。」と問い合わせを行い,確認を取った。
(4) 一方,Dは,平成15年1月11日午後6時30分から尾行を開始し,同日午後11時39分,Bが本件マンションに入ったことが確認されたものの,部屋番号までは特定できなかった(甲4の11枚目)。同月12日,午後10時51分,Bと原告が本件マンションのb号室に入るのが確認できた(甲4の16枚目)。そこでDは,同月17日,本件マンション2階の配電盤(甲6の2)上にヴィデオカメラを遠隔操作で撮影できるように設置させ,2日間にわたり,原告の居室であるb号室の出入口を撮影した。これらの映像には,原告の居室に出入りするBや原告が写っている(甲4の29枚目,30枚目,32枚目ないし34枚目)。Dの尾行調査は,同月19日午前2時40分まで行われた(甲4の34枚目)。
(5) Cは,自己やDの上記調査結果を踏まえ,Bは,本件マンションb号室で一人暮らしをしている原告と密会していること,原告の携帯電話会社がJ-フォンであること,本件マンションb号室の公共料金の支払名義はB名義であること,原告が東北とつながっていること,原告の勤務している様子はなかったこと,などとする内容の本件報告書を同月22日付けで作成し(甲4の1枚目),Aに渡した。
(6) Aは,原告を相手方として,Bとの不貞行為を理由に500万円の損害賠償請求訴訟を提起した(当庁平成15年(ワ)第1749号・甲20)。原告は,被告の調査が違法であり,これに基づくAの訴訟の提起は言い掛かりであるなどとして,慰藉料500万円を請求する反訴(当庁平成16年(ワ)第94号・甲20)を提起したが,平成17年1月31日,原告とBが連帯して,Aに対し,解決金100万円の支払義務を認め,これを毎月3万円宛支払うとの内容の和解をした(甲20)。原告は,この分割金のうち,1万円を毎月支払っている。
(7) なお,現在,原告は,Bと同居している。
2 検討
(1) 郵便物の盗取について
ア 被告の従業員が,平成15年1月12日頃から同月18日頃の間に,本件マンション前に設置された原告居室用の本件ポスト内から,本件ポストに投函された原告宛の携帯電話料金請求書,原告が支払を行っていた電気・ガス・水道等の公共料金の請求書を盗み出したとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
イ 原告は,被告の従業員が郵便物を盗取したことの裏付けとして,本件ポストの鍵が壊され(甲6の28,甲13の1ないし8),原告宛の郵便物が届かなかったこと,本件報告書の記載内容が原告宛の郵便物から得られる情報と一致することなどを挙げている。
しかし,本件ポストの鍵が壊されたのに原告が気づいたのは,平成15年7月頃であるというのであるから(甲22,原告),平成15年1月頃に鍵が壊されたとの事実を認めることはできず,平成15年1月分のJ-フォンからの携帯電話の請求書,大阪ガスの料金明細と振込用紙が原告に配達されなかった(甲22,原告)としても,前記認定事実からすると,被告は,別の方法で本件報告書の記載内容に沿う情報を入手していたのであるから,原告の主張する事実は,裏付けとはならない。
(2) プライバシー侵害について
ア 被告の従業員が,平成15年1月12日頃から同月22日頃の間に,原告宛の携帯電話料金請求書を原告に無断で開封するなどして,同請求書の記載から,原告の氏名,原告の使用していた携帯電話の機種,原告の通話先に東北地方が多いことなどの原告の個人情報を不当に入手したといえないことは,前示のとおりである。
イ 上記認定事実によると,被告は,従業員をして,平成15年1月17日から同月19日までの3日間,本件マンション2階の配電盤の上にヴィデオカメラを設置し,原告の居室に出入りする人物や原告の容貌を無断で撮影したことが認められる。
これによって,原告のプライバシーが侵害されたことは明らかである。
ウ 被告の従業員が,平成15年1月12日午前1時頃,赤外線ヴィデオカメラで原告の居室内を撮影しようとして,原告のプライバシーを侵害したとの事実は,認められない。
原告は,本件報告書(甲4)の13枚目の上段の写真をその根拠とするが,この写真自体からしても,その被写体がなんであるかはまったく不明である上,これは,Dが,当時現場で張り込みをしていたことを裏付けるために近隣の風景を撮影したというのであるから(証人D),原告のプライバシーが侵害されたとは認められない。
(3) 虚偽報告について
被告が,本件報告書に,第二対象者(原告の意味。)の生活状況について,「第二対象者の出入りが見受けられない」「第二対象者は同室に於いてテレビを視聴していると判断される」というような第二対象者が平日も本件マンションに在室しているかの如き記載をし,「第二対象者の勤務している様子はなかった」と記載したことは,争いがない。
しかし,前記認定事実によると,被告は,DやCの調査結果に基づき前記のような記載を本件報告書に行ったものと認められ,虚偽であることを認識しながらことさら本件報告書に記載したものであるとまで認めることはできない。
したがって,本件報告書の記載内容が真実と異なっていた(甲17)としても,これをもって被告の原告に対する不法行為と認めることはできない。
(4) 損害について
上記のとおり,ヴィデオカメラの設置によって,原告の居室に出入りする人物や原告の容貌が無断で撮影され,原告のプライバシーが侵害されたことは明らかであるが,その期間は3日間であること,本件報告書の記載内容を前提にAが原告に対して訴訟を提起したこと,その訴訟において,原告は,Aに対し100万円を支払うことで和解したこと,その和解金の支払状況や現在,原告はBと同居していること等を総合考慮すると,原告に対する慰藉料の額としては,50万円が相当である。
なお,原告は,Aとの前記訴訟における弁護士費用23万円も損害である旨主張するが,前記認定の被告の不法行為と相当因果関係があるとは認めがたいので,これを損害と認めることはできない。
第4結論
以上のとおりであるから,主文のとおり判決する。
(裁判官 中村隆次)