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京都地方裁判所 平成17年(行ウ)19号 判決 2006年9月05日

原告

同訴訟代理人弁護士

中尾誠

井関佳法

被告

京都府

同代表者兼処分行政庁

京都府労働委員会

上記委員会代表者会長

佐賀千惠美

同訴訟代理人弁護士

松浦正弘

同指定代理人

ほか2名

参加人

京都市

同代表者京都市公営企業管理者

同訴訟代理人弁護士

森田雅之

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

京都府労働委員会が,京労委平成16年(不)第2号京都市不当労働行為救済申立審査再開事件について,平成17年7月29日付けでした棄却命令を取り消す。

第2事案の概要

1  原告は,京都市交通局(以下「交通局」という。)施設部車両課において主事として勤務し,交通局の職員で組織される京都交通労働組合(以下「本件組合」という。)の組合員であり,組合支部長であったが,平成11年4月1日付けで,その意に反して,a営業所庶務係長に昇任させられた(以下「本件異動」という。)。

本件は,原告が,京都府労働委員会(なお,救済申立当時の名称は京都府地方労働委員会)に対し,本件異動により労働組合員及び組合支部長の資格を失い,また政治活動や部落解放運動への関与も制限されることになったもので,本件異動が支配介入に該当する不当労働行為であると主張して,参加人を被申立人として,救済の申立てをしたが,棄却命令(以下「本件命令」という。)を受けたので,本件命令には事実認定及び法律判断を誤った違法があると主張し,その取り消しを求める事件である。

2  争いのない事実

(1)ア  原告(昭和○年○月○日生)は,交通局で勤務する地方公営企業法上の企業職員である。

イ  京都府労働委員会は,労働組合法(以下「法」という。)19条の12に基づき,京都府知事の所轄の下に設置された機関である。

ウ  参加人は,普通地方公共団体であり,地方公営企業法2条1項4号の自動車運送事業及び同項5号の鉄道事業を経営しており,これらの地方公営企業を担当する部局として交通局を設置し,これらの業務を遂行させるため,同法7条に基づき,管理者として京都市公営企業管理者交通局長(以下「交通局長」という。)を置き,交通局長は,交通局に所属する職員の任免権限を有している(同法15条1項)。

(2)ア  交通局長は,平成11年4月1日,原告に対し,原告をa営業所庶務係長に昇任させ,企業職第1,6級19号給を給する旨の人事異動(本件異動)を行った。

イ  原告は,本件異動当時,施設部車両課勤務の係員たる主事で,給与は4級30号給であった(<証拠省略>)。

また,原告は,本件組合の組合員であり,b支部の組合支部長であった。

(3)ア  原告は,平成11年6月16日,京都府労働委員会に対し,本件異動が法7条1号の不利益取扱い及び同条3号の支配介入に該当する不当労働行為であるとして,参加人を被申立人として,救済申立て(京労委平成11年(不)第6号)をした。

京都府労働委員会は,平成12年7月4日,不利益取扱いに係る申立てについては本件異動が不当労働行為にあたらないとして棄却し,支配介入に係る申立てについては労働者個人による申立ては認められないとして却下する旨の命令を発した。

イ  原告は,同命令につき取消訴訟(京都地方裁判所平成12年(行ウ)第22号,大阪高等裁判所平成14年(行コ)第28号,最高裁判所平成15年(行ヒ)第109号)で争ったが,最高裁判所は,平成16年7月12日,同命令のうち,不利益取扱いに係る救済申立てを棄却した部分については判断を維持し,支配介入に係る救済申立てを却下した部分については取消す旨の判決をした。

ウ  京都府労働委員会は,平成16年7月23日,上記最高裁判決に従い,原告の支配介入に係る救済申立てについて,審査を再開した(京労委平成16年(不)第2号)。京都府労働委員会は,平成17年7月29日,審査再開後の申立事件について,本件異動は法7条3号の支配介入の不当労働行為に該当しないとして棄却する旨の命令を行い(以下「本件命令」という。),原告は,同日,本件命令の命令書の写の交付を受けた。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

本件命令が違法か否か。その内容として,本件異動が法7条3号の支配介入にあたるか否か。

(原告の主張)

次の事実に照らすと,本件異動は,使用者たる交通局長が行った,労働組合たる本件組合の組織運営に支障または影響を与える可能性のある行為(結果の発生までは不要と解すべきである。)であり,支配介入にあたるので,本件命令は違法である。なお,労働組合については,その内部の主流派のみならず,反主流派等も含めて全体としてとらえるべきである。また,支配介入の意思は不要と解すべきである。

仮に,支配介入の成立のために支配介入の意思が必要であるとしても,支配介入と評価される行為をなそうとする意思(意欲)までは必要でなく,その意思の有無は認定事実から客観的に判断されるべきであり,次の事実に照らすと,支配介入の意思が認められる。

(1)ア 原告は,本件組合において,支部長として,勤務時間内に組合活動を行うことが保証されており,月1回の中央委員会とおおむね2か月に1回の支部長会議に出席するなど,重要な役割を担っていた。

イ 本件組合には,主流派である「京交を育てる会」(以下「育てる会」という。)と,反主流派である「たたかう労働組合をめざす京交労働者連絡会(以下「めざす会」という。)」があったが,原告は,めざす会の会員であった。

本件異動当時,めざす会は,本件組合の役職においては,原告1人が支部長であるのみであったものの,役員選挙の得票数で見ると,育てる会とめざす会が約2対1の割合であって,本件組合に一定以上の影響力を有していた。育てる会と交通局とは協調関係にあったため,大会等で質問や発言をするのは,ほとんどがめざす会の者であった。原告は,他の活動との兼ねあいもあり,肩書上はめざす会の正式な代表委員ではなかったが,実質的には代表的な存在であった。

ウ 原告は,長年,部落解放運動に携わってきており,本件異動当時,交通局の部落解放運動においてはトップの地位にあった。交通局では,その3分の1以上の職員が部落出身者であり,部落問題は職員の労働条件に関わる面もあり,解放運動に取り組んできた原告が支部長として組合活動に取り組むことの意義は大きかった。

(2) 交通局は,本件組合に対し,平成11年2月16日,労働者にとって厳しい内容を含んだ合理化案であるプログラム21を明らかにした。交通局は,同年9月1日,プログラム21を本件組合に提案した。めざす会は,プログラム21の受け入れに反対していたが,本件組合は,同年11月12日,臨時大会において,出席代議員114人,反対31人,保留23人,賛成60人で,プログラム21の受け入れを決定した。上述のような原告の本件組合における役割から,交通局は,プログラム21の実施のために原告を本件組合から排除する必要があった。

(3)ア 本件異動により,原告は,労働組合員及び組合支部長の資格を失った。本件異動後,本件組合は,b支部に支部長代行を置き,同年6月16日に新支部長が任命されたが,新支部長は組合経験もなく原告と同じような活動ができなかった。本件異動がなければ,本件組合がプログラム21を受け入れなかった可能性があり,本件異動が本件組合に与えた影響は大きい。

イ 平成13年5月,本件組合の書記が組合費を使い込むという事件により,三役が同年10月末日をもって辞任したが,その後の役員選挙において,めざす会の候補者がこれまでにも増して得票し,当選する勢いであった。原告に本件異動がなく組合員資格があり立候補していれば,当選していたことも充分に考えられる。

ウ 原告は,部落解放運動や組合運動,政治運動一筋の人生を歩んできたにも関わらず,本件異動により,働きなれた職場で仕事ができなくなるとともに,労働組合員及び組合支部長の資格を剥奪され,政治運動について法的に規制を受けるようになり,時間的な制約から部落解放運動をも阻害された。加えて,本件異動により,組合に相対峙する立場を強いられたことは,上記のような原告の生き方,信念をも否定するものである。

(4) 本件異動は,次のように,慣行を逸脱したものであり,業務上の必要性はなかった。

ア 係長昇任の打診は,直属の上司が行うのが通常であるのに,原告は,平成11年1月下旬に,直属の上司ではないC施設部長(以下「C部長」という。)から係長昇任を強く打診,説得された。

イ 原告は,同年2月2日,D次長(以下「D次長」という。)に対し,原告の部落解放運動歴や,組合の現職支部長という役職に照らして係長昇任打診自体がおかしいと抗議し,係長昇任は絶対に受け入れられないと直接伝えた。Dは,原告に対し,「いつまでも運動,運動って化石みたいに言うたらあかん,もうええかげんに卒業した方がええのと違うか」「市長も,副市長も了解している」などと,露骨に組合活動から手を引くよう働きかけを行った。

ウ 組合員の昇任については,事前に交通局が本件組合に対して意向打診を行い,打診を受けた組合員が昇任を希望する場合には組合の職を辞任するという慣行があったにも関わらず,本件異動はこれに反して行われた。また,本件異動は,組合員本人の意向に反する昇任は行わない慣行に反して行われた。

エ 交通局は,地下鉄とバスの2つの事業を行い,事業ごとに,営業部門(営業系)と保守管理部門(技術系)があり(以下,営業系と技術系を併せて,現場で仕事を行うという意味で「現業」という。),局全体を統括する部局として,総務及び事務全般を行う本課(事務系)がある。

本件異動は,地下鉄の技術系の業務から部局も職種も異なるバスの事務系の業務に異動させたものであり,業務上の必要性がなかった。

オ 本件異動は,試験採用者,昇任のための試験(係長能力認定試験及び特別指定職試験)合格者,本庁勤務または本課勤務経験者を除いた者(以下「試験採用者等を除いた者」という。)について,技術職から指定職とする場合,主任を経るという慣行に反して行われた。

カ 原告は,本件異動により,給料表4級から6級へと異例の昇給をした。

キ 原告は,本件異動の後,平成15年4月に交通局の外郭団体である関連事業部停留所維持管理係に異動させられており,関連事業部の業務は,交通局の基本的な事業の付帯的業務にすぎないことに照らすと,本件異動は交通局が主張するような抜擢人事であったとはいえない。

(被告の主張)

本件異動は,本件命令のとおり支配介入にあたらず,本件命令は違法ではない。

(参加人の主張)

次の事実に照らすと,本件異動は,本件組合の活動を懐柔・弱体化させるものでも,妨害するものでも,干渉するものでもないから,客観的に支配介入にあたらない。

また,支配介入と評価される行為は,ある具体的態様で,組合の結成を阻止ないし妨害しようとしたり,組合を懐柔し,弱体化しようとしたり,組合の運営・活動を妨害しようとしたり,組合の自主的決定に干渉しようとする行為と評価される行為であり,これらは一定の具体的意思をもった行為であるから,これらの具体的な反組合的意思が支配介入の成立要件となると解されるところ,本件異動は,このような反組合的意思に基づいてなされたものではないから,この点からも支配介入に該当するものではない。

よって,本件命令は違法ではない。

(1)ア 原告は本件組合の支部長にすぎず,団体交渉メンバーではなく,組合業務専従者でもなかった。

イ めざす会の本件組合に占める割合は1割程度にすぎなかった。

(2) プログラム21に対しては,めざす会のみならず本件組合の組合員の大半が危惧の念を抱いていたのであり,プログラム21の実施につき原告だけを本件組合から排除する必要はなかった。

(3)ア 本件異動後も,本件組合は,プログラム21に関して臨時大会や職場懇談会,団体交渉を重ねて活発に活動をしていた。

イ 原告の後任の支部長もめざす会の会員であり,本件異動後も,本件組合内におけるめざす会の勢力には特段の変化がない。

(4) 本件異動は,業務上の必要性及び原告の経歴,能力に鑑み,係長昇任選考基準に則って発令されたものである。原告主張のような昇任ルールや慣行があったものではない。

ア そもそも誰をどの職務に配置するかは,経営者の裁量に属する問題であり,特に労働契約や労働協約において定めがない限り,労働者あるいは労働組合の同意を要することなく,その裁量により決定することができる。交通局において,交通局と本件組合との間に「組合役員の昇任については本件組合の同意を要する」旨の協約ないし慣行はなかった。

イ 本課が上位部局にある等とする原告の主張は,独自の解釈である。技術職から事務職への異動は異例ではなく,本課を経由するという慣行はなかった。また,主任とは職種であって職(位)ではなく,昇任とは別次元の問題であるし,主任を経ずに係長級に昇任している例は原告に限られない。

ウ 平成15年4月の関連事業部停留所維持管理係への異動についても,原告がその業務に要求される相応の対人折衝能力を有すること等に鑑みて発令されたものである。

第3争点に対する判断

1  前記基礎となる事実のほか,各項文中掲記の各証拠,(証拠省略),原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,中学校卒業後,昭和37年4月に養成工として交通局に採用され,技工員を経て,昭和55年12月,係員になり,平成元年9月に主事に昇任した。原告は,一貫して軌道事業の車両整備に従事し,地下鉄開業後は鉄道事業の車両整備に従事していた(<証拠省略>)。

原告は,19歳のときから部落解放運動との関わりを持ち始め,本件異動当時,全国部落解放京都市協議会副議長,京都市職員連合部落問題学習協議会副会長及び京都市交通局部落問題学習協議会会長等の地位にあった。

原告は,昭和37年4月に交通局に採用されて以来,本件組合の組合員として活動し,昭和61年4月から平成9年10月までの間は高速技術支部中央委員の,平成9年11月から本件異動までの間はb支部支部長の役職にあった。

(2)ア  本件異動当時,交通局の職員で組織する労働組合としては,本件組合(組合員数約2200ないし2300人)と京都市交通局労働組合(組合員数約70人)があったが,交通局職員の大多数は本件組合に加入していた。

本件組合には,執行委員長,副執行委員長2人及び書記長の計4人の三役並びに9人の執行委員が置かれている(以下,併せて「三役等役員」という。)。本件組合と交通局長が,昭和61年12月16日に締結し,その後現在まで更新されている労働関係の基本に関する協約(乙3の2,以下「本件協約」という。)によれば,三役等役員は,交通局との団体交渉に出席し,組合業務に専従することが認められていた。本件組合には,三役等役員の他に,組合の各支部(本件異動当時は15支部)から組合員の選挙で選出された支部長及び中央委員(本件異動当時は支部長を含めて40人)が役員,委員として置かれていた(<証拠省略>)。

地方公営企業等の労働関係に関する法律5条2項は,労働委員会は,労働組合について,職員のうち法2条1号に規定する組合員にならない者の範囲を認定して告示する旨定めているが,本件組合について認定及び告示はされていない。本件協約は,指定職員を本件組合の組合員の範囲から除外している(2条)。交通局における指定職員は,地方公営企業法39条2項の規定に基づき市長が定める職に関する規則により「係長及びこれに準ずる職以上の職」にある者である(<証拠省略>)。

イ  本件異動当時,本件組合の主流派は,育てる会を組織し(会員数は約250人),反主流派は,めざす会を組織していた(会員数は約200人)。育てる会とめざす会は,2年に1回実施される組合の三役等役員及び支部長選挙に候補者を擁立して争っていたが,めざす会の候補者が三役等役員に選出されたことはない。また,本件異動当時,本件組合の中央委員のうち,めざす会会員は4人であった(<証拠省略>)。

育てる会は,本件組合の役員選挙前には同選挙に向けてレセプションを行っているが,それには交通局の人事担当者も出席しており,本件組合の役員と交通局の幹部がゴルフコンペを合同で行うこともあった(<証拠省略>)。また,平成14年4月,本件組合は,交通局と合同で経営合理化事例についての業務視察を行った(<証拠省略>)。

ウ  原告は,本件異動当時,本件組合において唯一のめざす会所属の支部長であった。支部長は,本件協約では勤務時間中の組合活動を保証されていないが,原告は,事実上,支部長として勤務時間中に組合活動を行い,それが黙認されていた(<証拠省略>)。原告は,本件組合内において,定期大会で積極的に発言するなど(<証拠省略>),本件組合において一定の発言力を有していた。

めざす会は,本件組合の支部に対応する職場ごとに15人の職場代表委員を定め,そのうちの一部が執行部を構成する代表委員として会の方針等を決めていた。原告は,本件異動当時,めざす会の職場代表委員ではあり,中心的メンバーであったが(<証拠省略>),執行部を構成する代表委員ではなかった。

(3)  交通局は,経営合理化のために,平成6年に「経営健全化計画」,平成8年に「京都市自動車運送事業の今後の展望について」と題する経営計画を策定し,それらを実施したが,さらに,平成10年9月及び10月に労働組合との団体交渉において「京都市自動車運送事業の今後の展望について」に関して一定の総括を行い,その上に立って新たな経営計画を策定し,平成11年2月16日,本件組合に対して,プログラム21の骨子を提示した(<証拠省略>)。その内容は,平成12年度以降3年間にわたって,全職員の給料,調整手当及び期末勤勉手当の5%を削減することなど,過去の合理化提案に比べて職員に不利益なものであった(<証拠省略>)。

同年8月31日,交通局は,本件組合との団体交渉においてプログラム21を提案した(<証拠省略>)。同年9月19日,めざす会は,総会で,プログラム21の白紙撤回を求めることを決定した(<証拠省略>)。同月27日,本件組合は,プログラム21は認めがたく,組合員の納得できる解決策を示すよう要求するとの態度を交通局に示したが,交通局は,プログラム21に対する理解を求める旨の回答をした(<証拠省略>)。

同年11月12日,本件組合は,臨時大会において,出席代議員114人中,賛成60人,反対31人,保留23人でプログラム21を承認した。なお,出席代議員中,めざす会の会員は12,3人であった(<証拠省略>)。交通局と本件組合は,その後,数回の団体交渉を行い,同年12月22日,プログラム21について大綱において妥結した(<証拠省略>)。

(4)ア  京都市職員任用規則(以下「本件規則」という。<証拠省略>)は,昇任は職員を現に在職する職より職の任用段階において上位にある職に任命する場合をいうものと規定し,一般職の任用段階を,上から,局長及びこれに相当する職,部長及びこれに相当する職,課長及びこれに相当する職,課長補佐及びこれに相当する職,係長及びこれに相当する職,その他の職と定め(2条2号,別表第1),昇任については選考によるものとした上で(14条),選考は,昇任選考基準(別表第3)に定める資格基準に該当する者のうち任命権者から申請のあった者について行う旨定めている(15条本文)。そして,別表第3は,昇任選考基準として,昇任させる職の任用段階に応じた資格基準に該当すること及び勤務成績の良好であることを定め,係長及びこれに相当する職に昇任させる場合の資格基準のひとつとして,技能労務職について免許または資格を有する者は在職15年以上,その他の者は在職20年以上と定めている(<証拠省略>)。

京都市交通局職員の職及び職種に関する規程(<証拠省略>)は,職員の職名を,下から,主事,総括主事,担当係長,区長,係長と定め(3条,別表第1),職種として主任,係員等を定めている(3条,別表第2)。

京都市交通局職員給与規程は,各職の級別職務区分を定め,主事の職務またはこれに準ずるものと管理職が認める職務を4級,統括主事の職務またはこれに準ずるものと管理職が認める職務を5級,係長の職務またはこれらに準ずるものと管理職が認める職務を6級と区分している(<証拠省略>)。

イ  交通局における係長昇任等の人事異動の運用は,次のとおりであった。

(ア) 4月の定期人事異動を行うにあたって,前年の12月ころに,交通局の人事異動を所管する交通局企画総務部職員課(以下「職員課」という。)が,各部の庶務担当課長あるいは各所属の課長からヒアリングを行う。対象職員から意見を聴取するかどうかは,各所属の課長の判断に委ねられる。対象職員に対して意見が聴取される場合は,通常は直属の上司により行われる(<証拠省略>)。

(イ) 本件異動以外に,本人が明確な反対の意思表示をしているにもかかわらず,係長昇任がされた例はなかった(<証拠省略>)。

(ウ) 平成9年度から本件異動があった平成11年度までの係長級昇任者は41人であったが,そのうち試験採用者等を除いた者は12人であった。これら12人の昇任前の職種は,原告及び他の1人が係員,その他の10人は主任等であり,昇任前の職名は主事,統括主事が6人ずつであった(<証拠省略>)。

平成12年度から17年度までの係長級昇任者は90人であったが,そのうち試験採用者等を除いた者は38人であった。これら38人の昇任前の職種はいずれも主任等であり,昇任前の職名は,20人が主事,18人が統括主事であった(<証拠省略>)。

(エ) 交通局においては,従来から,技術系の業務に従事している職員を事務系の業務に異動させることはあったが,平成2年頃から,現場の技術系の業務に従事している職員を,能力に応じて事務系の業務の管理職に積極的に登用するという方針を採用していた(<証拠省略>)。

(オ) 原告と同時期に養成工として採用選考された職員で,本件異動時に在職している者は14人であったが,そのうち本件異動前に既に係長に昇任した者が5人,本件異動と同時に区長に昇任した者が1人あった(<証拠省略>)。

(カ) 交通局においては,本件組合の三役等役員は異動対象から外す扱いがされている。また,本件異動以外に,現職の組合の支部長が支部長のまま係長級に昇任し,その結果,支部長を退任した例はなかった(<証拠省略>)。

(5)  平成11年1月下旬,施設部長であったC部長は,原告に対し,本件異動の打診をし,その際,本件異動が交通局次長であったD次長の意向に基づくものである旨伝えた。原告は,その場で,C部長に対し,これを拒否する意向を明確に示し,本件異動は原告の長年にわたる部落解放運動そのものを否定することになるなどと抗議した。原告は,同年2月2日,D次長に対して直接拒否の意向を伝えたが,D次長は,原告に対し,いつまでも運動,運動とシーラカンスみたいに言わずに,いい加減に卒業してはどうかという趣旨の発言をした。本件異動当時の原告の直属の上司は車両課長または車両工事長であったが,原告は,部落解放運動において京都市職員と交渉等を行っていたことから,C部長,D次長とも顔なじみであった。原告は,本件異動の打診があったことを本件組合の本部には連絡しなかった。

同年2月に本件組合の役員選挙が行われた。原告は,異動の打診があったことを本件組合の本部に連絡しないまま,本件組合のb支部の支部長に立侯補し,同月9日,無投票で再選された。

職員課は,同年2月終わりころ,原告が本件異動を拒否する意向であることを把握していたが,原告が所属する交通局高速鉄道部から職員課に対して係長昇任候補者として原告及び他1人が内申されていること,原告が本件組合の三役等役員ではないこと,原告が在職36年を超え勤務成績も良好であり,本件規則の定める昇任選考基準を満たすことなどから,本件異動を行うための事務手続を進めた(<証拠省略>)。

同年3月30日,原告に対し,本件異動の内示がされ,原告はこれに抗議した。同年4月1日,交通局長は,原告に対し,本件異動の通知を行った(<証拠省略>)。しかし,原告は,上記通知書を受け取ることを拒否した。

原告は,苦情処理共同調整会議に対し,本件異動について,地方公営企業等の労働関係に関する法律及び本件協約に基づいて不当労働行為に該当するとして調整を申し立てた。平成11年4月5日,本件組合本部において職別苦情処理共同調整会議が開かれ,同会議の決定により,審議が中央苦情処理共同調整会議に移管された。同月7日,本件組合の支部長会議が開かれ,そこでは本件異動を撤回させるべきであるという意見が多く出され,支部長15人中9人が本件異動を容認できないという趣旨の発言をした(<証拠省略>)。本件組合は,同月8日,中央苦情処理共同調整会議において,交通局に対し,本件異動の白紙撤回を検討すること,人事異動の職務命令を同月12日の本件組合の中央委員会まで発令しないこと及び組合役員の人事異動については,事前に組合と協議することを申し入れた。交通局は,白紙撤回はできない,職務命令の発令及び事前協議については持ち帰って検討する旨の回答をし,その後,本件組合と交通局は,今後の組合役員の人事異動については事前協議できるよう誠意をもって協議していきたい旨確認した(<証拠省略>)。本件組合は,同月12日,中央委員会を開催し,同委員会は,本件異動はいちがいに不当労働行為にあたるとは思えないと判断し,同日付の書面で,原告に対してその旨を伝えた(<証拠省略>)。本件組合の三役等役員も含めて構成された中央苦情処理共同調整会議は,同日,原告が本件異動についてした苦情処理申請について,本件異動は不当な人事異動とは認められず,任命権者の合理的裁量の範囲内の行為である旨判断し,その審議結果を原告に対して通知した。なお,同審議結果には,今後,組合役員の人事異動にあたっては,当局側と組合側で事前調整を行うことが望ましく,調整の対象及び方法等については両者で誠意をもって協議する旨の付帯意見が付されていた(<証拠省略>)。

交通局長は,平成11年4月12日付けで,原告に対して書面で出勤命令を出し,原告は,同月15日付けで,被告に対し,本件異動及び前記出勤命令に対して異議を留めた上で出勤に応じる旨の回答をした(<証拠省略>)。

(6)  原告は,本件異動により,本件組合の組合員の資格及び支部長の資格を失った。

また,原告は,本件異動の結果,地方公営企業法39条2項の適用が除外される職員となって,政治活動が地方公務員法36条により制限されることとなり,非勤務日が火曜日及び水曜日となったことから,週末の会議開催が多い部落解放運動への参加が大幅に制限されることとなった。原告は,本件異動により,a営業所庶務係長として勤務することとなったが,その業務の内容は,職員の勤務状況の把握,配車の計画及び確認,市民からの苦情処理など,営業所の運営全体に関わるものであり,また,原告は,a営業所の組合支部との協議の際には,当局側の人間として協議を行うようになった。

(7)  平成15年4月1日,交通局長は,原告を,自動車部担当係長に任命するとともに,公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律(平成12年法律第50号)に基づき,社団法人京都市交通局協力会に派遣した。同協力会は,交通局と調整の上,原告を関連事業部門の停留所担当係長とした。

原告の前任の停留所担当係長は,同年2月に病気治療のため入院することを理由とする異動希望を提出しており,その後任として原告が選任されたのは,対人折衝能力等の観点から適任と判断されたためであった(<証拠省略>)。

平成16年4月,a営業所は廃止された。

(8)  平成15年から同16年にかけて,原告は,めざす会の会員である組合のc支部支部長の相談を受け,業務の変更や懲戒処分の軽減を実現するなど,本件異動後も交通局の職員からの相談を受け,問題解決に尽力している。

2  争点についての判断

(1)  本件異動は,原告の本件組合における組合員資格を喪失させるものではあるが,そのような係長昇任の人事異動それ自体が直ちに組合活動に対する侵害となるものではないから,支配介入の成否については,当該人事異動が,組合活動を支配し,これに介入するものと評価しうるか否かを判断する必要がある。そこで,支配介入の成否について,当該人事異動の組合活動に対する影響及び業務上の必要性の有無等により総合的に判断する。

(2)  本件異動の組合活動に対する影響

ア 上記認定事実によると,確かに,原告は,本件組合及びめざす会において一定の発言力を有していたといえる。

しかし,本件異動当時,原告は,本件組合の三役等役員ではなく,本件組合の運営に直接携わっていたものではない。また,本件異動当時,原告が唯一のめざす会所属の支部長であり,めざす会は,本件組合内で主流派に対抗する活動を行っていたとはいえ,その会員が本件組合の三役等役員に選出されたことはなく,役員数から見ても本件組合において大きな勢力であったとはいえない。

さらに,原告は,めざす会の執行部を構成する代表委員ではなく,その運営に直接携わってはいなかった。

そうすると,原告の本件組合及びめざす会における発言力は,本件組合あるいはめざす会の組合活動家としてというよりも,むしろ,組合運動外の部落解放運動やその人柄によるものであると考えられる。

イ 上記認定事実によると,本件異動当時,交通局と本件組合とは敵対的な関係が続いているような状況ではなかった。また,交通局は,本件組合の主流派と友好的な関係であったが,上述のめざす会の本件組合における勢力からも,めざす会を特に敵対視していたわけでもなかった。

そして,合理化計画であるプログラム21について,本件異動前にその骨子が本件組合に提示され,本件異動後に承認された事実は認められるものの,プログラム21が平成6年からの一連の合理化計画の流れの中での提案であったこと,プログラム21が本件組合に正式に提案されたのは本件異動後であること,プログラム21提案当初,めざす会を含む本件組合全体が反対の意思を表明したこと,その後,当局の回答をふまえ,本件組合の代議員の過半数の賛成を得て決議されたこと,承認決議において反対票を投じたのはめざす会に所属する組合員だけではなかったことからすると,本件異動当時,交通局が,プログラム21を実施するために,めざす会を含めて本件組合を弱体化させる必要があったとはいえない。

ウ 上記認定事実によると,本件異動後も,本件組合は,プログラム21に反対して団体交渉を行うなど自主的かつ積極的な活動を継続している。

また,本件異動により原告がb支部支部長を退任した後,同支部には支部長代行が置かれ,その後,後任の支部長が選出されており,また,その後任支部長はめざす会の会員であったから,本件異動によって,本件組合の運営に支障は生じず,めざす会の本件組合内における勢力にも影響はなかった。そして,めざす会も,プログラム21に反対するなど自主的かつ積極的な活動を継続している。

エ 前述のように,原告の発言力は,組合運動外の部落解放運動やその人柄によるものであると考えられ,本件組合の組合員の資格を失っても,部落解放運動が制限されるものではないことからも,本件異動がその発言力等に影響するとも思われない。現に,原告は,本件異動により本件組合の組合員資格を喪失した後も,めざす会の会員の相談を受けて問題に対処する等している。なお,原告は,本件異動後,週末に開催される部落解放運動への参加が制約された等と主張するが,そのような問題は,週末に職員が交代で出勤しなければならない職場での人事異動一般に生じうるものであり,特別に本件異動によるものとはいえない上,原告の部落解放運動参加の制約が直接本件組合の活動に関係するものとはいえず,これをもって,本件異動が本件組合に対する支配介入であるとは評価できない。

オ そうすると,本件異動について,組合活動に対する影響が大きいものであったということはできない。

(3)  本件異動の業務上の必要性

ア 上記認定事実によると,確かに,本件異動は,原告の明確な反対の意思に反して行われたこと,それにより原告が本件組合支部長を退任せざるをえなくなったこと,試験採用者等を除いた職員で原告のように係員から主任を経ずに係長になった者が少数であったことに照らすと,異例の人事異動であったといえる。

しかし,交通局長は,本件規則に従い,その昇任の選考基準に則って本件異動の発令をしたのであり,本件異動は原告の対人折衝能力が評価されたものであったが,a営業所庶務係長の業務は,営業所全体の労務管理,財産管理,苦情対応等運営全般にわたっていて相当の能力を要する業務であったこと,交通局が平成2年頃から組織の活性化のために現業職員を事務系の業務の管理職に積極的に登用するとの方針を採用していたこと,原告と同時期に交通局に入局した者のうち約半数が本件異動と同時期あるいはそれより前に係長級に昇任していたことに加え,上述のように,本件異動当時,原告を排除して本件組合を弱体化する必要があったとはいえないことに照らすと,本件異動に業務上の必要性がなかったとはいえない。

イ なお,原告が本件異動について直属の上司ではないC部長からの打診を受けたとしても,前記認定のようにC部長と原告が顔なじみであったことから不自然とはいえないし,主事から係長に昇任する場合には給与等級は4級から6級になり,そのような昇任をする者は一定数存在するのでその点において本件異動が異例であるとはいえず,交通局において支部長を含めた組合役員の異動について事前協議等を必要とする旨の慣行が存在したとも認められない。また,原告は,平成15年4月の停留所担当係長への異動により付帯的業務に従事させられたことから本件異動の業務上の必要性が存在しないことを伺われる旨の主張をするが,平成15年4月の異動は本件異動から4年を経過した後に行われたものであり,また,平成16年4月にa営業所が廃止されたというのであるから,このことをもって本件異動の業務上の必要性を否定することはできない。

(4)  以上のことからすると,本件異動について,組合活動に対する影響が大きいものであったということも,支配介入を主たる目的として行われたものであるということもできず,支配介入(法7条3号)と評価することはできない。

第4結論

上記のとおり,本件異動は支配介入にあたらず,本件処分は適法であり,原告の請求は失当であるからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 下馬場直志 裁判官 豊田里麻)

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