京都地方裁判所 平成17年(行ウ)23号 判決 2007年3月28日
主文
1 精華町長Aが原告に対し平成17年4月1日付けでした以下の各処分を取り消す。
(1) 国民健康保険病院事務部事務課課長補佐を命ずる
(2) 庶務係長事務取扱を命ずる
(3) 行政職給料表6級特9号給44万7300円を給する
2 被告は,原告に対し,金20万円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主文1項同旨
2 被告は,原告に対し,金500万円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,精華町長A(以下「精華町長」という。)が,同町国民健康保険病院事務課事務長の職にあり,行政職給料表7級特6号給44万8100円を受給していた原告に対し,平成17年4月1日付けでした,同病院事務部事務課課長補佐を命ずる処分,庶務係長事務取扱を命ずる処分及び行政職給料表6級特9号給44万7300円を給する処分(以下「本件処分」という。)は,違法なものであるとして,原告が,被告に対し,その取り消しを求めるとともに,原告が本件処分を命じられたことによって人格・名誉等を害され精神的損害を被ったとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料500万円及びこれに対する不法行為の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。
2 基礎となる事実(争いのない事実並びに末尾記載の各書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)
(1) 原告は,平成13年4月以来,精華町国民健康保険病院事務課事務長(課長職)の職にあり,平成17年1月1日から行政職給料表7級特6号給44万8100円を受給していた(甲1)。
(2) 本件処分に至る経緯
ア 精華町長は,助役をして,原告に対し,平成17年3月16日,原告が管理職としての資質に欠けているなどと説明させ,精華町職員希望降任制度実施要綱(乙3)が定める希望降任制度による降任を打診したところ,原告は,これを拒否した。
イ 精華町長は,同月22日,臨時部長会議において,さらに,同月23日,臨時部課長会議において,それぞれ,平成17年4月期の人事異動方針を示し,被告の総務部長をして,異動手順及び日程に関する報告を行わせた(乙4ないし6)。
ウ 精華町長は,原告に対し,平成17年3月23日,上記病院事務課課長補佐への人事異動を内示した(以下「本件内示」という。)。
エ 本件内示に対し,原告から異議申立てがなされたことから,同月25日,総務部長及び総務課長が,同申立てに対応し,原告に対して,本件内示の理由を口頭で説明した。
オ 同日,精華町長,助役,総務部長及び総務課長で構成される理事者協議において,原告からなされた上記申立てについて審議が行われ,その結果,本件内示を覆さずに,精華町長が本件内示どおり同年4月1日付けで辞令を発令することが確認された。
カ 精華町長は,同月26日,総務部長をして,原告に対し,本件内示に対する上記申立てを却下して,本件内示どおりに辞令を発令することを通告させた。
(3) 精華町長は,原告に対し,平成17年4月1日,辞令書を交付して本件処分を行った。(甲2)。
(4) 原告は,精華町長に対し,同日,地方公務員法(以下「地公法」という。) 49条2項に基づき,本件処分の事由を記載した説明書(以下「処分事由説明書」という。)の交付を請求したところ(甲3),精華町長は,原告に対し,同月14日,回答書(甲4,以下「本件回答書」という。)を交付した。
本件回答書には,本件処分が,分限処分という手法ではなく,人事台帳への不記載を含め人事措置として配慮してきた旨及びこのような配慮が伝わらないのであれば,改めて分限処分の手続を採る旨が記載されている。
また,本件回答書には,地公法49条4項所定の,精華町公平委員会(以下,単に「公平委員会」という。)に対して不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間の記載はない。
(5) 被告は,分限処分に関する手続について,「職員の分限に関する手続及び効果に関する条例」(以下「本件分限条例」という。)を制定しており,その2条2項は,「職員の意に反する降任,若しくは免職又は休職の処分は,その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わせなければならない。」と定めている(乙8)。
(6) 原告は,本件処分を不服として,公平委員会に対し,平成17年9月12日に審査請求を行ったところ(精華町公平委員会平成17年(不)第1号事案),公平委員会は,平成18年2月27日付けで,本件処分に違法はないとして,上記審査請求を棄却する旨の判定をした(乙11,これに対する再審請求に対しても,同年10月13日付けで,これを棄却する旨の判定がなされている(甲7)。)。
3 争点及び争点についての当事者の主張
(1) 本件処分の適法性
(原告の主張)
ア 本件処分は,分限処分としてなされたものではなく,人事措置としてなされたものである。本件回答書は,地公法49条所定の処分事由説明書に該当するものであるところ,これにも,人事措置と分限処分とが法的性格を異にする別個の処分であることを前提とした上で,本件処分を人事措置として行った旨が明記されている。
しかしながら,本件処分は,原告に対する不利益処分にほかならず,その実質において,同法27条2項にいう降任・降給の処分にあたることは明らかである。
しかるに,精華町長は,同法に定めがない人事措置として本件処分を行ったものであり,本件処分は,法律上の根拠を欠き,違法である。
イ 精華町長は本件処分の理由として,原告が管理職としての適格を欠くとしているが,原告において適格性を欠くという事実はない。
すなわち,本件回答書の「理由」欄には「管理職としての適格性を欠く行為」として,原告が「積極性や協調性に欠ける」,「信頼性に乏しい」,「管理職としての責務に対する認識が乏しい」等の事実が列挙されているが,これらの記載は,それ自体,具体性を欠き,日時や行為が特定されていない。更に,実際にも,原告には,回答書理由欄に列挙されたような事実はないのである。
なお,精華町長は,本件回答書に記載されていない事実を処分理由に掲げているが,このような処分理由の追加主張は許されない。
したがって,本件処分は,実体的にも処分の理由を欠き,違法である。
(被告の主張)
ア 本件処分は,降任処分であるところ,精華町長は,原告に対し,平成17年4月1日,辞令を交付しており,地公法28条3項を受けて規定された本件分限条例所定の手続を履践している。
また,精華町長は,本件処分の前に,被告の職員をして,原告に対し,管理職としての資質に欠けていることを説明させ,希望降任制度による降任を打診させ,臨時部長会議,臨時部課長会議の場で人事方針を明示した上で,本件内示をなし,さらに,総務部長及び総務課長をして,本件内示に対する異議申立てについても対応させるなど,降任理由を十分説明し,弁明の機会を与えている。
なお,精華町長が,原告に対し,本件処分の際,処分事由説明書を交付していなかったとしても,処分自体が所定の方式で適法に行われている限りは,本件処分の効力について影響が生じるものではない。
また,精華町長は,原告の名誉を守るために,人事台帳には当面の間「降任」という記載をしないという点で,本来の降任処分としての取扱いを一部しなかっただけにすぎず,本件回答書もその旨を記載したものである。
以上のとおり,精華町長は,本件処分につき,地公法と本件分限条例が求めている降任手続を確実に履践し,原告に十分な弁明の機会を保障しており,本件処分の手続には分限処分としての違法はない。
イ 原告は,その外部に表れた行動,態度等に徴すると,原告については,被告の管理職たる課長職としての円滑な遂行に支障があり,または支障が生ずる高度の蓋然性が認められることが明らかであるので,地公法28条1項3号所定の「その職に必要な適格性を欠く場合」にあたる。
(2) 原告の損害及びその額
(原告の主張)
原告は,違法な本件処分によって,被告においては極めて異例の降格,降給という処分を受けたことにより,その人格・名誉を著しく毀損された。これによる苦痛と屈辱は,本件処分が取り消されても,それだけで癒されるものではない。
このような原告の精神的苦痛を慰謝するためには,少なくとも500万円をもってするのが相当である。
(被告の主張)
争う。
本件処分には何ら違法はないから,原告の損害を賠償する責任はない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件処分の適法性)について
(1) 地公法27条2項は,職員は,同法に定める事由による場合でなければ,その意に反して降任されることがない等と定め,同法28条1項には降任等の該当事由を,同条3項には降任等の手続及び効果は,法律に特別の定がある場合を除く外,条例で定めなければならないと規定しており,任命権者が職員に対し,任意に,いわゆる分限処分を行うことを認めないこととして,職員の身分を厚く保障している。
また,地公法27条2項の分限処分は,同法49条にいう不利益な処分にあたると解されるところ,同条及び同法49条の2は,このような任命権者の職員に対する不利益な処分に関する不服申立て制度を設けて,職員の身分保障を担保するとともに,他方,同法49条の2第2項は,同法49条1項にいう不利益な処分にあたらない限り,職員に対する処分については,不服申立てをすることができないと定めているから,当該処分が分限処分としてなされたものであるか否かは,処分を受けた職員にとって極めて重大な関心事といわなければならない。
してみると,同法27条,28条は,単に,法定の事由による場合でなければ分限処分ができないことを定めているだけではなく,職員の分限は手続上も分限処分としてなされるべきことを要請しているものと解するのが相当である。
(2) 地公法27条2項に規定する降任とは,給料の職務の等級が下がること又は給料の職務が同等のときには,職制上,上下の別が判定される上位の職から下位の職に下がることをいうところ,本件処分は,課長職にあった原告を,課長補佐,庶務係長事務取扱とするとともに,給料の職務の等級について,行政職給料表7級特6号給44万8100円を,同表6級特9号給44万7300円としたのであるから,降任にあたることは明らかである(なお,本件処分は,降任に付随して給料の額が下がるものであるから,降任とは別個に,同項に規定する降給があったものと解すべきではない。)。
したがって,本件処分は,本来,手続上も分限処分としてなされなければならないものである。
(3) この点,精華町長は,原告に対し,平成17年4月1日,辞令を交付して,本件分限条例所定の手続を履践している上,本件処分に先立って,原告に対し,降任の理由を十分説明し,弁明の機会を与えるなどした以上,本件処分は,分限処分としてなされたものであるなどと主張する。
しかしながら,前記基礎となる事実記載の本件処分に至る経緯からすると,本件処分は通常の人事異動と同様の手続でなされたことが認められる上,本件回答書の記載からは,精華町長が,本件処分につき,あえて分限処分の手続を避けて,人事措置という方法をとったことが明らかである。
加えて,本件回答書には,地公法49条4項所定の,公平委員会に対して不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間の記載がなく,また,本件全証拠によるも,本件処分時及び本件回答書の交付時に,精華町長から,原告に対し,不服申立てに関して,口頭での説明があったとは認められない。
そうすると,仮に,本件処分に実質的には分限処分事由があるとしても,分限処分として通常行う手続を避け,かつ,事後的にも,不服申立てについて,原告に対し,何ら地公法の規定に則った説明を行わなかった以上,本件処分は,分限の手続による処分ではなかったといわざるを得ない。
これに対して,被告は,本件処分を形式上人事措置としたことは,人事台帳への記載等,原告に対する不利益を回避するための配慮に出たものであるなどと主張するが,このような主張は,分限処分に関する諸規定によって職員の身分保障を図ろうとした地公法の意義を没却するものであり,本末転倒といわなければならない。
以上により,本件処分は,分限処分としてなされたものと認めることはできない。
(4) よって,本件処分は,地公法27条・28条に規定される分限処分とは認められず,法律上の根拠を欠く降任処分であり,本件処分の適法性に関するその余の争点について判断するまでもなく,違法なものとして取消しを免れない。
2 争点(2)(原告の損害及び数額)について
(1) 上記のとおり,本件処分は,精華町長が本来なすべき分限処分という手続を履践せずにした違法なものであるから,国家賠償法上も違法と認められ,被告が,本件処分によって原告が被った損害を賠償する責任を負うべきことは明らかである。
(2) 原告は,分限処分の手続によらず,法律に根拠のない精華町長の人事措置によって実質的な降任処分を受け,原告の不服申立てを受理した公平委員会によっても身分回復の救済が得られず,やむなく本件訴訟を提起するに至ったものであって,原告は,本件処分により精神的苦痛を被ったものと認めることができる。他方,①本判決によって本件処分が取り消されること,②原告が,地公法49条の3所定の不服申立期間内に公平委員会に対して,自ら不服申立てを行ったこと,③精華町長は,本件処分に先立ち,原告に対し処分の理由を説明し,弁解の機会を与えていたなど,原告の身分保障に一応の配慮をしていること等を総合考慮すると,原告に対する慰謝料の額としては,20万円が相当である。
第4結論
以上のとおり,原告の請求は,本件処分の取消しを求め,かつ,慰謝料20万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限りで理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条及び同64条本文を適用し,仮執行宣言について,相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 向健志)
裁判官森田浩美は,差し支えにより署名押印することができない。裁判長裁判官 中村隆次