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京都地方裁判所 平成17年(行ウ)4号 判決 2006年9月29日

主文

1  被告会社は,原告に対し,7448万6491円を支払え。

2  被告Bは,原告に対し,5320万4637円及びこれに対する平成17年3月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告会社及び被告Bに対するその余の請求並びにその余の被告に対する請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,原告に生じた費用の10分の9と被告会社及び被告Bに生じた費用を両被告の連帯負担とし,原告に生じたその余の費用と被告C,被告D及び被告Eに生じた費用を原告の負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告会社は,原告に対し,7807万0384円を支払え。

2  被告B,被告C,被告D及び被告Eは,原告に対し,連帯して5579万2410円及びこれに対する平成17年3月18日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告会社が介護保険法(以下「法」という。)の指定居宅サービス事業者(法41条1項本文)及び指定居宅介護支援事業者(法46条1項本文)の指定の要件を満たしていないにもかかわらずそれらの指定を受けるなどの「偽りその他不正の行為」により,居宅介護サービス費(法41条6項)及び居宅介護サービス計画費(法46条4項。以下,併せて「介護給付費」という。)を受給したとして,原告が,被告会社に対しては,法22条3項に基づいて,介護給付費の返還と,これに対する4割の加算金を支払うよう請求するとともに,不当利得(民法703条)に基づいて,被告会社に支払った訪問介護利用者負担額減額公費負担金及び介護扶助費(生活保護法15条の2)の返還を請求するものであり,さらに,被告会社の代表取締役ないし取締役であった他の被告らに対しては,商法266条の3第1項に基づき,原告の損害を賠償するように求めている事件である。

2  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び末尾記載の証拠等によって認められる事実)

(1)ア  原告は,法3条に基づく保険者であり,法による介護給付費等の請求に関する審査及び支払の事務を京都府国民健康保険団体連合会に委託している。

イ  被告会社は,その所在地において,株式会社A訪問介護事業所(以下「本件事業所」という。)を開設し,以後管理していたものである。

ウ  被告会社は,平成元年2月に設立され,当初は,被告Cが代表取締役であり,被告Cの実子である被告Dも取締役として登記されていた(丙5)。被告Cの妻である被告Bも平成元年から監査役であり,後に取締役となった(乙69,丙5)。

エ  被告Cは,平成12年2月21日に被告会社の代表取締役及び取締役を辞任し,被告Bが被告Cに代わって代表取締役となり,被告Eが新たに取締役として登記された(弁論の全趣旨)。

(2)ア  被告会社は,平成11年10月14日,本件事業所について,訪問介護をサービス内容とする指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者の指定申請書(甲2,以下「本件申請書」という。)を京都府知事宛に提出した。本件申請書において,サービス提供責任者欄にFの氏名が記載されていた。(甲2,13)

イ  京都府知事は,平成12年4月1日,被告会社に対して,本件事業所について,指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者として指定(法70条1項,79条1項)を行った。

(3)ア  原告は,被告会社からの請求により,平成12年4月から平成15年3月までの介護サービス提供分につき居宅介護サービス費として合計5320万4637円を被告会社に支払った。

イ  原告は,被告会社からの請求により,平成12年4月から平成15年3月までの居宅介護サービス計画費として合計249万0300円を被告会社に支払った。

ウ  原告は,訪問介護利用者負担額につき,一定額を減額するための公費負担分を支出するが,平成12年4月から平成15年3月までの訪問介護について,原告は2732円の公費を負担し,被告会社に支払った。

エ  原告は,平成12年4月から平成15年3月までの本件事業所のサービスについて,生活保護法15条の2により,生活保護受給者に支払われるべき介護扶助9万4741円を支出し,被告会社に支払った。

(4)ア  京都府知事は,被告会社の本件事業所における指定居宅サービス事業者としての指定について,法77条1項2号,同項3号に該当することを理由に,平成15年3月31日付けで取り消した(甲9)。

イ  京都府知事は,被告会社の本件事業所における指定居宅介護支援業者としての指定について,法84条1項2号,同項3号,同項4号に該当することを理由に,平成15年3月31日付けで取り消した(甲11)。

3  関係法令等

(1)  訪問介護サービスについて

ア 法74条は,指定居宅サービス事業者について,当該指定に係る事業所ごとに,厚生労働省令で定める基準に従い厚生労働省令で定める員数の当該指定居宅サービスに従事する従業者を有しなければならないものとし,そのほか,指定居宅サービスの事業の設備及び運営に関する基準は,厚生労働大臣が定めるものとしているが,同条等をうけて,「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」(平成11年3月31日厚生省令第37号,以下「居宅サービスの省令」という。)が制定されている(甲3)。また,居宅サービスの省令の解釈については,「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準について」(平成11年9月17日厚生省老人保健福祉局企画課長通知,以下「居宅サービスの通知」という。)がある(甲4)。

イ 指定訪問介護事業者は,指定訪問介護事業所ごとに,常勤(一週間の勤務すべき時間が少なくとも32時間)の訪問介護員等(①介護福祉士,②訪問介護員1級課程研修修了者,③同2級課程研修修了者であって3年以上の介護などの業務に従事した者)であって専ら指定訪問介護の職務に従事するもののうち事業の規模に応じて一人以上の者をサービス提供責任者としなければならない(居宅サービスの省令5条2項,居宅サービスの通知)。また,サービス提供責任者は,利用者の日常生活全般の状況及び希望を踏まえて,指定訪問介護の目標,当該目標を達成するための具体的なサービスの内容等を記載した訪問介護計画を作成しなければならない(居宅サービスの省令24条1項)。また,サービス提供責任者は,指定訪問介護事業所に対する指定訪問介護の利用の申込みに係る調整,訪問介護員等に対する技術指導等のサービスの内容の管理を行う(居宅サービスの省令28条3項)。

(2)  居宅介護支援サービスについて

ア 法81条は,指定居宅介護支援事業者について,当該指定に係る事業所ごとに,厚生労働省令で定める員数の介護支援専門員を有しなければならないものとし,そのほか,指定居宅介護支援の事業の運営に関する基準は,厚生労働大臣が定めるものとしているが,同条等をうけて,「指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準」(平成11年3月31日厚生省令第38号,以下「介護支援の省令」という。)が制定されている(甲10)。また,介護支援の省令の解釈については,「指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準について」(平成11年7月29日厚生省老人保健福祉局企画課長通知)がある(甲24,乙42)。

イ 指定居宅介護支援事業者は,当該指定に係る事業所ごとに1以上の員数の指定居宅介護支援の提供に当たる介護支援専門員であって常勤であるものを置かなければならない(介護支援の省令2条1項)。

介護支援専門員は,居宅サービス計画の原案の内容について利用者又はその家族に対して説明し,文書による利用者の同意を得なければならない(介護支援の省令13条10号)。介護支援専門員は,居宅サービス計画の実施状況の把握(利用者についての継続的なアセスメントを含む。)を行い,必要に応じて居宅サービス計画の変更,指定居宅サービス事業者等との連絡調整その他の便宜の提供を行うものとする(同条12号)。

4  争点及び当事者の主張

(1)  被告会社は「偽りその他不正の行為」(法22条3項)によって介護給付費の支払を受けたか(争点1)

(原告の主張)

ア 介護給付費の支払要件

(ア) 居宅介護サービス費について

被告会社は,以下のとおり,居宅介護サービス費の支払要件が欠如していた。

Ⅰ 本件申請書においてサービス提供責任者として記載されていたFは,登録ヘルパーとして訪問介護を行ってはいたものの,サービス提供責任者としての業務は当初から一切行っていなかったものであり,被告会社は,当初から指定要件を満たしていなかったにもかかわらず,それを満たすかのように装い指定居宅サービス事業者としての指定を受けたものである。

Ⅱ 被告会社において,開設当初から指定取消しがなされるまでの間,実際にサービス提供責任者の業務を行っていた者は誰もおらず,訪問介護計画の作成を行っていなかった。

ⅰ 被告会社が提出した書類(乙1,11ないし40,43ないし68(枝番のあるものはそれを含む,以下同じ。),以下「本件書類」ともいう。)は,訪問介護計画として作成されたのではなく,居宅介護支援の業務として居宅サービス計画として作成されたものである。

ⅱ 被告B及びHは,共に被告会社の従業者ではあるが,指定訪問介護事業所のサービス提供責任者ではなく,両者が訪問介護計画を作成していたとしても,基準に従ったことにはならない。

ⅲ Hは,指定居宅介護支援事業者の指定居宅介護支援の提供に当たる常勤の介護支援専門員であるから,その同一人が,指定訪問介護事業所の常勤の訪問介護員等であって,専ら指定訪問介護の職務に従事することは不可能である。

被告Bは,居宅介護支援事業の管理者であるから,サービス提供責任者の資格がないだけではなく,専ら指定訪問介護の職務に従事することは不可能である。

(イ) 居宅介護サービス計画費について

被告会社は,以下のとおり,法の規定に基づく,居宅介護支援サービスを提供していなかったのであり,居宅サービス計画費の支払要件が欠如していた。

Ⅰ 被告会社は,居宅サービス計画の作成等の一連の業務を行っていなかった。

仮に,本件書類が居宅サービス計画であったとしても,利用者の同意が得られていないもの,居宅サービス計画の変更ができていないものがあり,法の定める基準に従った居宅介護支援が行われていない。また,これらの書類がHによって作成されたかどうか疑わしい。

Ⅱ 居宅サービス計画については,その記載された居宅介護サービスが法の要件を満たすものではない以上,それが記載された居宅サービス計画の作成についても,法の要件を満たすものではない。しかも,居宅サービス計画を作成したのが,居宅介護サービスの主体である被告会社であるから,当然,居宅介護サービスが法の要件を満たすものではないことを知っていたものであり,したがって,居宅サービス計画が法の要件を満たすものではないことを知っていた。

イ 法22条3項の要件

(ア) 指定取消との関係について

法22条3項は,介護給付費の支払が,「偽りその他の不正の行為」によってされていれば,指定居宅サービス事業者等の指定が取り消されるかどうかなどに係わらず,指定居宅サービス事業者等に対して介護給付費の返還及び加算金の支払を請求することができる趣旨の規定と解される。

(イ) 故意等について

被告会社は,本件事業所における事業が,法の要件を満たすものではないことを知りながら,介護給付費を請求したのであるから,「偽りその他の不正の行為」により介護給付費の支払を受けたものであり,介護給付費を返還し,4割の加算金を支払う義務がある。

(ウ) 利得等について

被告会社が,被保険者に対し法が定める介護サービスと同一内容のサービスを内容とする契約を締結し,それに基づきサービスを事実として提供したとしても,法の定める資格要件を満たしていない以上,法の規定に基づく事業者には該当せず,したがって,被告会社が締結した契約及び提供したサービスも法の規定に基づくものとは認められない。したがって,被告会社が原告から受領した上記金員は,法律上の原因がない利得である。

(被告らの主張)

ア 介護給付費の支払要件

(ア) 居宅介護サービス費について

Ⅰ 被告会社に対する指定の取消しの効果は遡及しないものであるから,それまでの間,被告会社は,指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者として,法の趣旨に従った十分な介護等のサービスを被保険者に提供したものである。したがって,介護給付費の支払要件は具備している。

平成11年10月の指定居宅サービス事業者の指定申請の際には,Fは,サービス提供責任者の資格要件(訪問介護員1級課程研修修了者)を有していた一方で,被告会社において指定サービス事業は開始されていないので,サービス提供責任者としての常勤性の要件を満たすか否かや,サービス提供責任者としての業務の有無については,確定していない状況であった。したがって,被告会社は,本件申請時において,指定居宅サービス事業者等の指定の要件が欠けていたものではない。

Ⅱ また,届出者と現実の業務を行う者が異なっているという行政上の手続違反はあったとしても法が予定する適正な介護計画の確保はされているのであり,そこに実質上の違法はない。

ⅰ 被告会社においては,依頼のあった全ての介護保険の被保険者について,月別に介護サービス計画を作成し,また,この月別計画に基づき,1日ごとの計画も作成していた。

そして,この各計画の作成には,主に,被告会社の介護支援専門員であるHと被告Bが携わっていた。すなわち,被告会社が指定居宅介護支援事業所であり,指定訪問介護事業者である場合には,Hが,居宅サービス計画兼訪問介護計画として,本件書類のうち,乙1,11ないし40を作成した。また,他の事業所が指定居宅介護支援事業所であり,被告会社が指定訪問介護事業者である場合には,他の事業所が作成した居宅サービス計画を利用して,被告Bが訪問介護計画として,本件書類のうち,乙43ないし68を作成した。

ⅱ Hは,介護支援専門員の資格を有するとともに,訪問介護員2級課程研修修了者で介護経験もあるため,サービス提供責任者の資格も有していた。介護支援専門員とサービス提供責任者との兼務は何ら禁止されるものではない。

ⅲ 被告Bは,被告会社において毎日業務に従事しており,平成13年4月には,サービス提供責任者の資格要件を有するに至ったものであり,届出はしていなかったものの,サービス提供責任者としての要件に欠けるところは全くなかった。指定居宅介護支援事業の管理者とサービス提供責任者の兼務は何ら禁止されるものではない。

(イ) 居宅介護サービス計画費について

Ⅰ 被告会社が指定居宅介護支援事業所である場合には,Hが,居宅サービス計画(兼訪問介護計画)として,本件書類のうち,乙1,11ないし40を作成した。

Ⅱ 利用者欄の署名押印については,記載がないものもあるが,全ての案件において利用者から同意を得ている。

サービス提供時間が若干変更されたような僅かな変更については,逐一計画表を変更して,その都度,変更後の計画表を利用者に渡す必要はない。

イ 法22条3項の要件

(ア) 指定取消について

京都府の被告会社に対する指定居宅サービス事業者等の指定取消処分(平成15年3月31日付け)は,京都府から被告会社に特段の指導等をすることなくなされたものであるから,その手続に瑕疵がある。

(イ) 故意等について

「偽りその他不正の行為」という文言は,「偽り」という言葉から明らかなように,故意行為を前提としている。また,法214条4項において,「偽りその他不正行為」により保険料その他徴収金の徴収を免れたものは過料の罰則を受けることがあることが規定されており,罪刑法定主義の観点からも,「偽りその他不正の行為」には,過失は含まれず,故意行為を前提としているといえる。

被告会社は,過失により指定居宅サービス事業者等の指定申請書の記載を誤ったものであり,悪意はなく,被告会社に「偽りその他不正の行為」は認められない。

また,被告会社は,有効に指定を受けたものと信じ,被保険者との間で介護サービス等の契約を締結し,実際に,十分な介護サービスを提供し,介護給付費の支払を受けているのであって,それが不正なものであることにつき全く認識していなかった。

(ウ) 利得等について

被告会社は,被保険者との間で,正当に介護サービス契約を締結し,かかる契約に基づき,十分な介護サービスを被保険者に提供している。その対価として被告会社は介護給付費を受領しているので,その介護サービス契約は,法律上の原因といえるのであるから,被告会社が受領した介護給付費は不当な利得ではない。また,被告会社が受領した介護給付費自体も,直接又は間接的に必要な経費に充てられており,いわゆる架空請求や水増し請求とは全く異なり,実体を伴うものであることから,法律上の原因なく利益を受けたものではない。さらに,被保険者は,原告から要介護認定を受けて介護サービスを必要とするものであることから,被告会社を利用しない場合には,他の介護サービス事業者を利用せざるを得ないことになり,その場合には,他の介護サービス事業者に原告は介護給付費を払うことになっていたのであるから,原告に損失はない。

(2)  不当利得(民法703条)の有無(争点2)

-訪問介護利用者負担額減額公費負担分及び介護扶助費について

(原告の主張)

原告は,被告会社に対し,平成13年4月から平成15年3月までの間,介護給付費のほか,訪問介護利用者負担額につき一定額を減額するための公費負担分として2732円,生活保護法15条の2により生活保護受給者に支払われるべき介護扶助9万4741円を支払っているところ,当該金員についても,被告会社は,法律上の原因なくして利得を得たものであり,同額について原告に損害がある。

(被告らの主張)

被告会社は,その指定の取消しを受けるまで,京都市内の介護サービスを必要とする市民に対して,介護サービスを行ったのであり,その介護サービスの費用について,原告が被告会社に支払ったものであるから,被告会社が法律上の原因なく利益を受けたとはいえず,また,原告に損失はない。

(3)  相殺の抗弁(争点3)

(被告らの主張)

被告会社は,現実に資格を有する訪問介護員を有償で雇用して各被保険者に十分な介護サービス提供を行い,訪問介護員への給与等多額の経費を実際に支出しているという損害がある一方で,このような被告会社の各被保険者への十分な介護サービス提供により,介護サービスを必要とする各被保険者は別途介護サービス事業者の利用をする必要がなくなったため,原告は,介護サービスを必要とする各被保険者が別の介護サービス事業者を利用した場合には本来当然支出された介護給費等相当額の支払を免れた結果となったものであり,原告のかかる利得及び被告会社の損失との因果関係も認められ,このような原告の利得には特段の法律上の原因もないものである。したがって,これを自働債権として対当額にて相殺する(相殺の意思表示・平成17年8月24日第3回口頭弁論期日)。

(原告の主張)

被告会社は,そもそも当初から法に基づく事業者としての資格要件を満たしていなかったのであるから,介護保険制度の適用がなく,介護保険制度の適用を前提として保険者である京都市に対し不当利得返還請求権が発生するということもない。

(4)  忠実義務違反による責任(争点4)

(原告の主張)

ア 被告Bは,被告会社が,原告に対し介護給付費等を不正に請求することを知りながら放置していた点で,取締役としての任務懈怠が存在し,当該懈怠に故意または重過失が存する。

イ 被告Cは,被告会社が内容虚偽の指定居宅サービス事業者の申請行為を行うとともに,そのことを知りながら放置していた点で,取締役としての任務懈怠が存在し,当該懈怠に故意または重過失が存する。

被告Cは,平成12年2月に取締役たる地位を辞任した以降も,被告会社の事実上の取締役として活動していた。

ウ 被告Dは,平成12年4月から現在に至るまで,被告会社の取締役であり,仮に,名目的取締役であったとしても,代表取締役の業務執行が適切に行われるように監視し是正すべき職務上の注意義務を負担するものと解すべきところ,被告Dが被告会社の取締役としてのかかる職責を十分に果たしていたとは到底考えられない。

エ 被告Eは,被告会社が指定居宅サービス事業者であった平成12年4月から平成16年3月26日まで,被告会社の取締役の地位にあった。仮に,名目的取締役であったとしても,被告Eが被告会社のずさんな経営実態を指摘し,その是正を求めていたならば,経営当初から取締役として名を連ねている以上,その信頼関係の高さから,被告C及び被告Bがその求めに従った可能性が高かったと考えられるところ,被告Eがその求めをした形成は窺われない。

オ 原告は,本件不正請求についての被告会社からの返還を受けていないため,原告の損害額は,被告会社が不正に請求した全額に相当する額である。

(被告らの主張)

ア 被告B及び被告C

原告は,被告会社に対し不正請求相当額の支出をしているとしても,それに代わり,不当利得返還請求権という債権を取得したものであるから,原告においては,損害がなく,少なくとも,損害は確定していない。

イ 被告C

被告Cが行った平成11年10月の指定居宅サービス事業者等の指定申請は,少なくとも,その当時においては,何らの違法もなかった。これが,後日,平成12年4月に指定介護サービスが開始された後,Fの常勤性の要件が欠け,あるいは,サービス提供責任者としての業務を行わなかったという事後的な理由によって,6か月以上も遡って被告Cの申請行為が違法とされるのは不当である。

被告Cが代表取締役であった平成11年10月の被告会社の申請行為と,その後の被告Cが取締役を辞任した平成12年2月以降の被告会社の介護給付費等請求行為との因果の流れの中において,被告会社の判断や,サービス提供責任者の常勤の問題等,不確定な要素が多数存在することから,平成11年10月の申請行為と原告主張の平成12年4月以降の損害との間には相当因果関係があるとはいえない。

被告Cは,取締役を辞任した後,被告会社においては全く業務執行をしておらず,実際上,被告Bが被告会社の代表者として業務執行していたのであるから,事実上の取締役とは認められない。そもそも,およそ取締役として登記されていない者に対しては,事実上の取締役であることを理由として取締役の責任を追及することは許されない。

ウ 被告D及び被告E

被告Dは,被告Bとは義理の関係で同居したこともなく,被告Cは実父であるが,高校時代から別居し,被告会社設立当時もアパレル業界に身をおいて別々に暮らしてきたが,被告会社設立に際して,被告Cから取締役の登記につき名義貸しを求められたことから,自己の名義を貸したのみである。

被告Eは,被告会社のOA機器の保守点検作業を行う出入り業者に過ぎず,名目上の取締役であり,しかも,1年間に限定して,名義を貸したにすぎない。すなわち,被告Eは,被告Cから,平成12年初めころ,I株式会社の役員になって上場に向けての活動をするので,別の業者の取締役になっていると都合が悪いので,上場に至る1年間だけ取締役として名義を貸してほしいと依頼されたことから,名前を貸したのみで,何ら,被告会社の経営に関わっていない。

取締役会議事録に押印している両被告の印鑑については,両者が所持している印鑑ではなく,この印鑑を被告会社に預けたものでもない。

両被告とも,取締役会の開催通知も報酬も受けたこともなく,被告会社の取締役として扱われたことはない。現実の取締役としての委任契約を会社との間で締結したこともなく,あくまでも名義上の取締役であり,会社に対する何らの権利も義務もなく,両被告とも,他の取締役に対する監視義務がない。したがって,両被告は,被告会社の経営を監視できる立場にはなく,たとえ監視したとしても,被告会社の問題点を見つける能力も情報もなく,進言する立場にもなく,万一,進言したとしても,両被告は会社経営に何ら関係がないので,それを被告会社の代表者が受け入れるとは考えられない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記基礎となる事実,文中掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  被告会社は,平成元年2月に,主に被告Cが中心となり,人材派遣の会社として設立されたが,平成3年ころから,家事代行の仕事を中心にやるようになった。また,被告Cは,平成6年12月にI株式会社に入社し,同社の役員となり,その勤務で忙しくなったことから,家事ヘルパーの経験もある被告Bが被告会社を主に運営するようになった(乙7,8,69,70,被告B本人)。

被告Dは,平成元年12月から被告会社の取締役として登記されているが,被告Cが名義を借りて登記したものであった。被告Dは,被告Cの実子であるが,被告Cと同居しておらず,また,印鑑も被告Cなどが用意して,必要書類に押印していたものであり,被告会社に何ら関与していなかった(丙3,5,被告B本人)。

被告Cは,勤務するI株式会社が上場に向けて活動する関係で,被告会社の取締役を辞任する必要が生じたことから,平成12年2月に被告会社の代表取締役及び取締役を辞任した。被告Eは,昭和54年ころ,被告Cと仕事を通じて知り合うようになり,被告会社のOA機器の保守点検作業の仕事をしていたが,被告Cから頼まれ,被告会社の取締役として名義を貸すことになり,被告Cに代わって登記されるに至った。被告Eの印鑑は,被告Bなどが用意して必要書類に押印しており,被告Eが被告会社の経営に関与したことはなかった。(丙4,被告B本人)

(2)  介護保険法が施行される直前の平成12年当時において,被告会社は,登録ヘルパーを利用者宅に派遣するという業務をしていたが,その内容には,掃除や介護などがあり,その当時の利用者は40件程度であった(被告B本人)。

Fは,被告会社に登録するヘルパーの一人であったが,訪問介護員1級課程研修修了者であり,主として,介護が必要な利用者宅に派遣されるヘルパーとして,被告会社において中心的な役割を果たしていた(乙69,被告B本人)。(この点,被告B本人は,当時のFの勤務時間について,週32時間以上であったと供述するが,定かではない。)

(3)  被告会社は,平成12年4月から介護保険法が施行されることから,指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者の資格を取得して事業をすることを計画し,また,被告Bも研修会に参加するなどして,その事業の概要について学習した。そして,被告Bは,行政書士の資格を持つ被告Cに依頼して,本件申請書を作成した上で申請手続をしたが,本件申請書の管理者の欄には被告Bの氏名が,サービス提供責任者の欄には,訪問介護員1級課程研修修了者であり,サービス提供責任者としての資格要件を有するFの氏名が記載された。もっとも,Fが被告会社のサービス提供責任者となることについて承諾したことはなかった。(甲2,6,被告B本人)(この点,被告B本人は,本件申請書を作成した前日にFに対してサービス提供責任者となる承諾を得たと供述するが,Fの供述書(甲6),Fがその後も登録ヘルパーの一人にすぎないこと(後記)などからすると,その供述を信用することはできない。)

(4)  被告会社は,平成12年4月から,本件事業所において,指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者としての業務を開始した。当初の介護保険の利用者は2件であったが,その後,利用者が増えていった。被告会社が居宅介護支援事業者でもある利用者については,被告会社が,介護支援専門員であるHの下で,居宅サービス計画として,本件書類のうち乙1,11ないし40を作成した。一方,他の事業所が居宅介護支援事業者である利用者については,他の事業所が作成した居宅サービス計画を被告会社が受け取り,被告Bが,事務手続の必要から,その記載内容をそのままパソコンに入力して保管していた。それを出力したものが本件書類のうち乙43ないし68である。(乙1,乙11ないし40,乙43ないし69,被告B本人)

被告会社においては,上記居宅サービス計画に基づいて,被告Bないし被告会社の登録ヘルパーが各利用者宅に赴き,訪問介護サービスを提供した。もっとも,被告会社は,上記居宅サービス計画のほかに,実際に訪問介護サービスを提供するに当たって参照する書面を作成することはなかった。また,被告会社においては,被告B及びHのほかに常勤の職員はおらず,実際の訪問介護サービスを提供する者は,Fも含めて,いずれも登録ヘルパーであった。(被告B本人)

なお,被告Bは,平成13年4月10日に訪問介護員2級課程研修を修了した(乙3)。

(5)  被告Bは,平成12年3月20日,平成13年11月30日及び平成14年3月20日付けの被告会社の取締役会議事録を作成したが,同議事録には,F及びKをサービス提供責任者として,被告会社の執行役員に選任した旨の記載がある。そして,被告D及び被告Eが取締役として記載されており,記名の部分に押印がされている。しかし,それに対応する取締役会が開催された事実はなく,押印についても,被告Bが購入した三文判が使用されたものであった。(甲16,被告B本人)

(6)  被告会社は,平成15年2月ころ,京都府から調査を受けることとなった。Fは,平成15年2月14日に京都府から聴取を受けたが,その際,被告会社のサービス提供責任者として勤務していたと供述した。また,被告Bは,同年2月18日に京都府から聴取を受けた際,サービス提供責任者であるF,J及びK,介護支援専門員であるHについては,いずれも月曜日から金曜日まで10時から17時までの勤務となっているという供述をした。(甲5,6,乙10,41)

しかし,Fは,同年3月17日に再び京都府から聴取を受けた際には,被告C及び被告Bからサービス提供責任者として勤務していたと供述するように前日に言われたことから嘘の報告をしたが,サービス提供責任者及び常勤職員として勤務したことは平成12年4月1日から一度もないと供述した。また,J及びKも,同年3月17日,京都府からの聴取を受けた際,被告会社に常勤したこともサービス提供責任者となったこともない旨の供述をした。(甲6ないし8)

その後,京都府は,同年3月31日付けで,被告会社の指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援業者としての指定を取り消した(甲9,11)。

2  争点1(被告会社は「偽りその他不正の行為」によって介護給付費の支払を受けたか)について

(1)  居宅介護サービス費について

ア 上記認定事実によれば,被告会社は,指定居宅サービス事業者として訪問介護サービスを提供するに際しては,常勤(一週間の勤務時間が少なくとも32時間)の訪問介護員等であって専ら指定訪問介護の職務に従事するもののうち一人以上の者をサービス提供責任者とし,サービス提供責任者は,利用者の日常生活全般の状況及び希望を踏まえて,指定訪問介護の目標,当該目標を達成するための具体的なサービスの内容等を記載した訪問介護計画を作成しなければならないにもかかわらず,そのようなサービス提供責任者を欠いたまま,指定居宅サービスを提供したというべきである。

これに対して,被告らは,被告B及びHが実質的にサービス提供責任者として勤務していたと主張するが,被告Bは管理者,Hは介護支援専門員として勤務していたのであり,そのような者がサービス提供責任者としての業務もしていたとは考え難い。それに加えて,被告会社においては,Hまたは他の事業所が作成した居宅サービス計画(本件書類)とは別に,居宅サービスの省令によって要求されている訪問介護計画を作成することなく,居宅サービスを提供していたというのであるから,実際にサービス提供責任者としての業務をしていた者がいたということもできない。

イ そして,法が,サービス提供責任者が計画性のある訪問介護を実現するために重要な役割を果たすことを要求していることに鑑みれば,サービス提供責任者を欠いたままされた訪問介護サービス事業は,法の要件を欠く訪問介護サービス事業というべきであり,そのような事業を行った事業者に対して,法41条6項に基づき,居宅介護サービス費を支払うことはできない(法41条9項)というべきである。

ウ 被告Bは,上記のとおり,実際にFにサービス提供責任者となってもらうことをせず,また,他にサービス提供責任者を置くことなく,サービス提供責任者を欠いたまま居宅サービスを提供していたものであり,そのよう事業が法の要件を欠くことは認識していたというべきである。被告らは,サービス提供責任者を欠いたことに故意はないという趣旨の主張をするが,指定居宅サービス事業者として事業を開始するに当たっての研修などにおいて,被告Bがサービス提供責任者についての説明を受けていたはずであることからすれば,被告らの主張は採用できない。

エ 以上のとおり,被告会社は,法の要件を欠く居宅介護サービス事業を行ったにもかかわらず,居宅介護サービス費を請求し,原告から居宅介護サービス費の支払を受けたのであるから,偽りその他の不正の行為により居宅介護サービス費の支払を受けた(法22条3項)というべきである。したがって,被告会社が支払を受けた居宅介護サービス費の合計5320万4637円とその4割に相当する加算金2128万1854円(円未満切捨て)について,被告会社は原告に対して支払う義務がある。

オ 被告らは,被告会社が利用者に実際に介護サービスを提供していることから,被告会社に利得はなく,一方,介護サービスを必要とする市民が受けた介護サービスの利用料の一部を原告が支払ったのであるから原告に損害はないという趣旨の主張をするが,原告から被告会社に対する介護給付費の支払が要件を欠く違法なものである以上,介護給付費の支払は法律上の原因がないというべきであり,原告の損失のもとに被告会社の利得がある。

なお,被告会社は,介護サービスを提供した利用者に対して,提供した介護サービスに要した費用の支払を求めることも考えられるが,法の要件を欠く介護サービス事業について,法に定める自己負担分を超える利用料(法41条4項1号)の支払を受けられるかどうか疑わしいと言わざるを得ず,被告会社の利得及び原告の損害を否定すべき事情があるということはできない。

カ また,被告らは,指定取消処分の手続上の瑕疵を主張するが,法22条3項は,指定取消処分の有無に関わらないものであるから,被告らの主張は失当である。

(2)  居宅介護サービス計画費について

一方,被告会社は,指定居宅介護支援事業者として,介護支援専門員であるHの下で,居宅介護支援として,居宅サービス計画(乙1,11ないし40)を作成していたことが認められるものであり,被告会社が提供した介護支援事業については,居宅介護サービス計画費の支給の要件(法46条4項,6項)を欠くということはできず,「偽りその他不正の行為」(法22条3項)によって介護給付費の支払を受けたということはできない。

この点,原告は,居宅サービス計画について,利用者の同意(介護支援の省令13条10号)が得られていないもの,居宅サービス計画の変更(介護支援の省令13条12号)ができていないものがあり,法の定める基準に従った居宅介護支援が行われていないと主張する。確かに,被告会社の提出する書類(乙1,11ないし40)は,利用者の確認印などがないものがほとんどであるが,同書類に従って実際に居宅介護サービスが提供されていることからすると,何らかの形で利用者の同意が得られていたと考えるのが相当であって,単に,被告らの提出する居宅サービス計画に利用者の確認印などがないことのみをもって,利用者の同意がないとすることはできない。また,被告会社が居宅サービス計画を変更しなければならないのに変更していなかったと認めるに足りる証拠もない。

さらに,原告は,居宅サービス計画(乙1,11ないし40)を作成したのが,居宅介護サービスの主体である被告会社であるから,当然,居宅介護サービスが法の要件を満たすものではないことを知っていたものであり,したがって,当該居宅サービス計画が法の要件を満たすものではないことを知っていたと主張する。しかし,法は,指定居宅介護支援事業と指定居宅サービス事業を別個のものとして定めており,被告会社が作成した居宅サービス計画(乙1,11ないし40)には,サービス提供事業者として被告会社が記載されているが,被告会社以外の事業者が訪問介護サービスを提供するに支障がある計画であったとは解されないことなどからすれば,被告会社が作成した居宅サービス計画(乙1,11ないし40)のサービス提供事業者として被告会社が記載されていることのみをもって,居宅介護サービス計画費の支給の要件(法46条4項,6項)を欠くということはできない。

したがって,原告の被告会社に対する法22条3項に基づく請求のうち,居宅介護サービス計画費についての請求は理由がない。

3  争点2(不当利得の有無)について

-訪問介護利用者負担額減額公費負担分及び介護扶助費

上記認定のとおり,被告会社の訪問介護サービス事業は,法の要件は欠いていたものの,利用者に対して一定の訪問介護サービスが利用者に提供されていたことは認められる。そうすると,被告会社は,その訪問介護サービスの相応の利用料を受領する権利をなお有しているとみる余地があり,利用者が被告会社に対して支払うべき自己負担分が厚生労働大臣が定める基準により算定した費用の額の10分の1であること(法41条4項1号),被告会社と利用者の間で,少なくとも,その範囲については訪問介護サービスの利用料として支払う合意が存続しているとも考えられることからすれば,このような自己負担分については,被告会社に不当利得があるとまでいうことはできない。したがって,原告が,生活保護法15条の2などに基づいて,利用者に代わって自己負担分の全部又は一部(公費減額分)を支払った場合においても,それについて,被告会社が不当に利得を得たということはできない。

よって,原告の被告に対する不当利得(民法703条)に基づく請求は理由がない。

4  争点3(相殺)について

被告らは,被告会社が実際に居宅介護サービスを提供し,その経費を支払ったことにより損害を被ったものであり,原告が介護サービスの提供を受けた市民がいるにもかかわらず居宅介護サービス費相当額の提供を免れたという利得を得たものであるとして,被告会社から原告に対して居宅介護サービス費相当額の不当利得に基づく返還請求権があると主張する。

しかし,原告が居宅介護サービス費相当額の支払義務を負うのは,法に基づく居宅介護サービス費の支払要件がある場合に限られるのであるから,居宅介護サービス費の支払要件を欠くために居宅介護サービス費相当額の支払義務を免れる場合があったとしても,それは,法に基づくものであり,それをもって,法律上の原因のない利得があるということはできない。

また,原告が被告会社から居宅介護サービス費の返還を受けるのは,上記のとおり法22条3項に基づくものであるから,原告に法律上の原因のない利得があるということはできない。

したがって,この主張は採用できない。

5  争点4(忠実義務違反)について

ア  被告B

被告Bは,上記基礎となる事実及び認定事実のとおり,平成12年2月21日から被告会社の代表取締役であり,上記居宅介護サービス費の支払を受ける際,被告会社の提供する居宅介護サービスが法の要件を満たしていないことを知っていたというべきであるから,原告が被告会社に違法に上記居宅介護サービス費を受給していることについて認識があったというべきである。

したがって,被告Bは,商法266条の3第1項に基づき,被告会社が原告に賠償すべき上記居宅介護サービス費5320万4637円及びこれに対する訴状送達日の翌日(平成17年3月18日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について,損害賠償の責任があるというべきである。

イ  被告C

原告は,被告会社に対して,上記基礎となる事実及び認定事実のとおり,平成12年4月から平成15年3月までの介護サービス提供分につき居宅介護サービス費を支出し,損害を被っているが,被告Cは,平成12年2月21日に被告会社の代表取締役及び取締役を辞任しており,上記サービス提供及び居宅介護サービス費の請求の時期には被告会社の取締役ではなかった。

原告は,被告会社が,平成11年10月14日に本件申請書により指定申請を行った当初から,サービス提供責任者を置くことなく訪問介護事業をしようとしていたと主張するが,その当時は,訪問介護員1級課程研修修了者としての資格を有するFの氏名を記載したのみではあったものの,その後に,Fにサービス提供責任者として勤務してもらう了解を得るか,資格を有する他の者に介護サービス提供責任者を依頼することを考えていた可能性も否定できず,本件事業所におけるサービスの提供を開始した際の利用者が予想外に少なかったという事情がうかがわれることに照らしても,本件申請書を作成した時点において,サービス提供責任者なしで訪問介護サービスを提供することを計画していたとまで断じることはできない。

そうすると,被告Cが取締役であった時期の故意又は重過失による任務懈怠により原告に損害が生じたとまでいうことはできない。

なお,原告は,被告Cが被告会社の事実上の取締役であったと主張するが,被告Cは,平成12年2月21日に取締役を辞任しており,上記認定のとおり,それ以前からI株式会社での勤務で忙しく,被告Bが被告会社を主に運営するようになっていたと認められるのであり,被告Cが被告会社の業務の運営ないし執行について取締役に匹敵する権限を有し,これに準ずる活動をしていたと認めることはできないから,被告Cが事実上の取締役として商法266条の3第1項の責任を負うものであったということはできない。

したがって,原告の被告Cに対する請求は理由がない。

ウ  被告D

上記基礎となる事実及び認定事実のとおり,被告Dは,被告Cの実子であるが,被告Cと同居していたものではなく,また,被告Cが被告Dの名義を借り,必要書類の印鑑も被告Cや被告Bが用意して,被告会社の取締役としたのみであることが認められる。そうすると,被告Dが被告会社の他の取締役の業務執行を監視できる立場にあったということはできず,監視したところで原告の損害の発生を防ぐことはできたということもできず,被告Dに商法266条の3第1項の責任があるということはできない。

したがって,原告の被告Dに対する請求は理由がない。

エ  被告E

上記認定事実のとおり,被告Eは,被告会社のOA機器の保守点検作業の仕事をしていた業者にすぎず,被告Eは,被告会社の取締役として名義を貸すことに承諾したものの,必要書類の印鑑も被告Bらが用意して,被告会社の取締役としての形式を整えただけであることが認められる。そうすると,被告Eが被告会社の他の取締役の業務執行を監視できる立場にあったということはできず,また,監視したところで原告の損害の発生を防ぐことができたということはできず,被告Eに商法266条の3第1項の責任があるということはできない。

したがって,原告の被告Eに対する請求は理由がない。

第4結論

以上のとおり,原告の請求は主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこれらを認容し,その余は理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条,65条1項ただし書に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 下馬場直志 裁判官 豊田里麻)

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