京都地方裁判所 平成17年(行ウ)8号 判決 2009年12月14日
平成17年(行ウ)第8号,同第14号,平成19年(行ウ)第16号 生活保護変更決定取消等請求事件
平成19年(行ウ)第44号,同第45号 生活保護変更決定取消請求事件
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告Aの請求
(1) 平成17年(行ウ)第8号事件
ア 京都市山科福祉事務所長が原告Aに対してした平成16年4月1日付け生活保護変更決定を取り消す。
イ 京都市山科福祉事務所長は,原告Aに対する生活保護の種類及び程度を,平成16年4月1日以降,生活扶助9万5660円,住宅扶助3万1000円の合計12万6660円及び医療扶助現物給付と決定せよ。(以下「原告A義務付けの訴え」という。)
(2) 平成19年(行ウ)第45号事件
京都市山科福祉事務所長が原告Aに対してした平成17年3月24日付け生活保護変更決定及び平成18年3月24日付け生活保護変更決定をいずれも取り消す。(以下,前記(1)アと合わせて「原告A各取消請求」という。)
2 原告Bの請求
(1) 平成17年(行ウ)第14号事件
ア 京都市北福祉事務所長が原告Bに対してした平成16年4月1日付け生活保護変更決定を取り消す。
イ 京都市北福祉事務所長は,原告Bに対する生活保護の種類及び程度を,平成16年4月1日以降,生活扶助9万5660円,住宅扶助4万2000円の合計13万7660円及び医療扶助現物給付と決定せよ。(以下「原告B義務付けの訴え」という。)
(2) 平成19年(行ウ)第44号事件
京都市北福祉事務所長が原告Bに対してした平成17年3月24日付け生活保護変更決定及び平成18年3月23日付け生活保護変更決定をいずれも取り消す。(以下,上記(1)アと合わせて「原告B各取消請求」という。)
3 原告Cの請求
(以下の(1)(2)いずれも平成19年(行ウ)第16号事件)
(1) 城陽市福祉事務所長が原告Cに対してした平成18年3月28日付け生活保護変更決定を取り消す。(以下「原告C取消請求」といい,原告A各取消請求及び原告B各取消請求と合わせて「本件各取消請求」という。)
(2) 城陽市福祉事務所長は,原告Cに対する生活保護の種類及び程度を,平成17年5月1日以降,生活扶助8万5630円,住宅扶助2万円の合計10万5630円及び医療扶助現物給付と決定せよ。(以下「原告C義務付けの訴え」といい,原告A義務付けの訴え及び原告B義務付けの訴えと合わせて「本件各義務付けの訴え」という。)
第2事案の概要
本件は,生活保護を受けている原告らが,厚生労働大臣が生活保護基準を改定したことにより,原則として70歳以上の者を対象として支給される老齢加算が削減・廃止され,各処分行政庁である福祉事務所長らがこの老齢加算の削減・廃止を内容とする保護変更決定を原告らに対しそれぞれ行ったところ,これらの決定は憲法25条や生活保護法の規定に照らし違憲・違法であるとして,その取消しを求める(本件各取消請求)とともに,福祉事務所長らが老齢加算の削減・廃止のないことを前提とする保護決定をすることの義務付けを求めた(本件各義務付けの訴え),という事案である。
1 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告A
原告Aは,大正14年8月25日に出生した。平成7年6月ころに体調を崩して入院し,退院後に復職するのも困難であったことなどから,平成7年6月28日付けで生活保護申請を行い,同月21日を開始日として,現在まで京都市山科福祉事務所から継続して保護を受けている。(甲A5等)
イ 原告B
原告Bは,昭和4年5月28日に出生した。平成7年2月28日付けで右下肢体幹機能障害等により2種4級の障害認定を受け,その際に支給された給付金でしばらく生活した後,平成8年8月2日付けで生活保護申請を行い,同日を開始日として京都市山科福祉事務所から保護を受け,その後京都市北区内に転居したため,同年12月1日以降は京都市北福祉事務所から,現在まで継続して保護を受けている。(甲B4,B15等)
ウ 原告C
原告Cは,昭和10年4月27日に出生した。平成9年7月ころ以降,前記住所に居住しながら仕事をしてきたが,平成16年6月7日付けで生活保護申請を行い,同日を開始日として城陽市福祉事務所から保護を受けるようになった。以降は,平成18年7月1日から同年12月31日まで及び平成19年7月1日以後の数か月間など,就労収入の増加により保護が停止されていた期間もあったが,これらを除けば,継続して保護を受けている。(甲C7等)
エ 処分行政庁
京都市山科福祉事務所長,京都市北福祉事務所長及び城陽市福祉事務所長は,いずれも,保護を必要とするその所管区域内の者に対し,地方自治法2条9項1号の法定受託事務である生活保護に係る決定,支給等の事務を行う者である。
(2) 取消請求の対象たる処分
ア 原告A
京都市山科福祉事務所長は,原告Aに対し,平成16年4月1日付けで,老齢加算の削減(第1段階の削減)等を内容とする生活保護変更決定(以下「本件処分1」という。)を行い,平成17年には,同年3月24日付けで,老齢加算の削減(第2段階の削減)等を内容とし,同年4月1日を実施年月日とする生活保護変更決定(以下「本件処分2」という。)を行い,平成18年には,同年3月24日付けで,老齢加算の廃止等を内容とし,同年4月1日を実施年月日とする生活保護変更決定(以下「本件処分3」という。)を行った。(甲A1,A4,A5,A7,A11)
本件処分1直前の原告Aの受給していた保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助9万8870円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助3万1000円の合計12万9870円であったが,本件処分1により,生活扶助8万7400円(老齢加算が減額され,冬季加算が削除された等),住宅扶助3万1000円の合計11万8400円となった(保険料の委任払分1960円を除くと,口座に振り込まれるのは11万6440円である)。(甲A5の291,293頁)
本件処分2直前の保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助9万0460円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助3万1000円の合計12万1460円であったが,本件処分2により,生活扶助8万1490円(老齢加算が減額され,冬季加算が削除された等),住宅扶助3万1000円の合計11万2490円となった(保険料の委任払分1960円を除くと,口座に振り込まれるのは11万0530円である)。(甲A5の301,303頁)
本件処分3直前の保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助8万4550円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助3万1000円の合計11万5550円であったが,本件処分3により,生活扶助7万8150円(老齢加算及び冬季加算が削除された等),住宅扶助3万1000円の合計10万9150円となった(保険料の委任払分2380円を除くと,口座に振り込まれるのは10万6770円である)。(甲A5の311,313頁)
イ 原告B
京都市北福祉事務所長は,原告Bに対し,平成16年4月1日付けで,老齢加算の削減(第1段階の削減)等を内容とする生活保護変更決定(以下「本件処分4」という。)を行い,平成17年には,同年3月24日付けで,老齢加算の削減(第2段階の削減)等を内容とし,同年4月1日を実施年月日とする生活保護変更決定(以下「本件処分5」という。)を行い,平成18年には,同年3月23日付けで,老齢加算の廃止等を内容とし,同年4月1日を実施年月日とする生活保護変更決定(以下「本件処分6」という。)を行った。(甲B1,B4,B6,B10)
本件処分4直前の原告Bの受給していた保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助9万8870円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助4万2000円の合計14万0870円であったが,本件処分4により,生活扶助8万7400円(老齢加算が減額され,冬季加算が削除された等),住宅扶助4万2000円の合計12万9400円となった(保険料の委任払分1960円を除くと,口座に振り込まれるのは12万7440円である)。(甲B4の33,35頁)
本件処分5直前の保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助9万0460円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助4万2500円の合計13万2960円であったが,本件処分5により,生活扶助8万1490円(老齢加算が減額され,冬季加算が削除された等),住宅扶助4万2500円の合計12万3990円となった(保険料の委任払分1960円を除くと,口座に振り込まれるのは12万2030円である)。(甲B4の43,45頁)
本件処分6直前の保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助8万4550円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助4万2500円の合計12万7050円であったが,本件処分6により,生活扶助7万8150円(老齢加算が削除され,冬季加算が削除された等),住宅扶助4万2500円の合計12万0650円となった(保険料の委任払分2380円を除くと,口座に振り込まれるのは11万8270円である)。(甲B4の51,53頁)
ウ 原告C
原告Cは,満70歳の誕生日を迎えた平成17年4月27日の次に到来する月である同年5月以降,第2段階の削減後の老齢加算の受給を開始した。
そして,城陽市福祉事務所長は,原告Cに対し,平成18年3月28日付けで,老齢加算の廃止を内容とし,同年4月1日を実施年月日とする生活保護変更決定(以下「本件処分7」といい,本件処分1~6と合わせて「本件各処分」という。)を行った。(甲C4,C7)
本件処分7直前の保護費の月額(一時扶助を除く)は,生活扶助8万0300円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算を含む),住宅扶助2万円の合計10万0300円であったが,本件処分7により,生活扶助6万8950円(老齢加算,冬季加算及び介護保険加算が削除された),住宅扶助2万円の合計8万8950円となった。なお,平成19年7月には生活扶助7万1840円(介護保険加算を含む)と住宅扶助2万円の合計9万1840円を受給している。(甲C7の20,21,27頁)
(3) 不服申立て等
ア 原告A
(ア) 本件処分1について
本件処分1は,原告Aに対し平成16年6月23日付けで通知されたところ,原告Aは,同処分を不服として,同月22日付けで,京都府知事に対し審査請求(生活保護法64条。以下の審査請求につき同じ。)を行った。京都府知事が同年9月6日これを棄却したため,原告Aは,同年10月5日付けで,厚生労働大臣に対し再審査請求(同法66条。以下の再審査請求につき同じ。)を行い,同請求は平成17年1月5日付けで棄却された。その後同年4月27日付けで,原告Aは,本件処分1の取消しを求める訴訟(平成17年(行ウ)第8号事件)を提起した。(甲A1~3,乙52)
(イ) 本件処分2について
原告Aは,本件処分2を不服として,平成17年5月30日付けで,京都府知事に対し審査請求を行い,同年10月5日これが棄却されたため,同年11月4日付けで,厚生労働大臣に対し再審査請求を行った。同請求に対する裁決がないまま,同請求の約2年後である平成19年11月7日,原告Aは,本件処分2の取消しを求める訴訟(平成19年(行ウ)第45号事件)を提起した。なお,上記再審査請求については,同請求の約2年8か月後である平成20年7月8日付けで棄却された。(甲A8~10,乙53)
(ウ) 本件処分3について
原告Aは,本件処分3を不服として,平成18年5月19日付けで,京都府知事に対し審査請求を行い,同年10月4日これが棄却されたため,同年11月2日付けで,厚生労働大臣に対し再審査請求を行った。同請求に対する裁決がないまま,同請求の約1年後である平成19年11月7日,原告Aは,本件処分3の取消しを求める訴訟(平成19年(行ウ)第45号事件)を提起した。なお,上記再審査請求については,同請求の約1年8か月後である平成20年7月8日付けで棄却された。(甲A12~14,乙53)
イ 原告B
(ア) 本件処分4について
本件処分4は,原告Bに対し平成16年6月2日付けで通知されたところ,原告Bは,同処分を不服として,同年5月28日付けで,京都府知事に対し審査請求を行った。京都府知事が同年9月6日これを棄却したため,原告Bは,同年10月5日付けで,厚生労働大臣に対し再審査請求を行い,同請求は平成17年1月5日付けで棄却された。その後同年7月1日付けで,原告Bは,本件処分4の取消しを求める訴訟(平成17年(行ウ)第14号事件)を提起した。(甲B1~3)
(イ) 本件処分5について
原告Bは,本件処分5を不服として,平成17年5月30日付けで,京都府知事に対し審査請求を行い,同年10月5日これが棄却されたため,同年11月4日付けで,厚生労働大臣に対し再審査請求を行った。同請求に対する裁決がないまま,同請求の約2年後である平成19年11月7日,原告Bは,本件処分5の取消しを求める訴訟(平成19年(行ウ)第44号事件)を提起した。なお,上記再審査請求については,同請求の約2年8か月後である平成20年7月8日付けで棄却された。(甲B7~9,乙54)
(ウ) 本件処分6について
原告Bは,本件処分6を不服として,平成18年5月19日付けで,京都府知事に対し審査請求を行い,同年10月4日これが棄却されたため,同年11月2日付けで,厚生労働大臣に対し再審査請求を行った。同請求に対する裁決がないまま,同請求の約1年後である平成19年11月7日,原告Bは,本件処分6の取消しを求める訴訟(平成19年(行ウ)第44号事件)を提起した。なお,上記再審査請求については,同請求の約1年8か月後である平成20年7月8日付けで棄却された。(甲B11~13,乙54)
ウ 原告C
(ア) 原告Cは,本件処分7を不服として,平成18年5月19日付けで,京都府知事に対し審査請求を行った。同請求に対し,京都府知事は,同年10月4日,原告が日本国籍を有しないことを理由に,「現在,行われている外国人に対する保護は,・・・生活保護法第1条の規定により日本国民に限定されている保護の対象を,同法を準用し,予算措置として永住者,定住者等に拡大して行われているものであって,法律上の権利として保障されたものではない」として,却下裁決を行った。なお,同裁決には,再審査請求期間及び取消訴訟の出訴期間の教示はなかった。原告Cは,上記裁決に対し,同年11月2日付けで,厚生労働大臣に対する再審査請求を行った。同請求に対する裁決がないまま,同請求の約5か月後の平成19年4月18日,原告Cは,本件処分7の取消しを求める訴訟(平成19年(行ウ)第16号事件)を提起した。(甲C1~3)
(イ) なお,原告Cについては,国籍を理由に本件処分7の処分性が否定されることはなく,審査請求の前置に欠けるところもない。また,国が永住者に生活保護を実施してきたこと,原告Cが永住者として生活保護を受けてきたこと等の経緯などに照らせば,原告Cの国籍を理由に,本件の原告Cの各請求につき,原告適格が否定されることもない。
(4) 関係する法の定め及び生活保護制度の概要
ア 基本原理
(ア) 憲法25条
1項 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2項 国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(イ) 生活保護法(以下「法」ともいう。)
1条 この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。
2条 すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護を,無差別平等に受けることができる。
3条 この法律により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
4条1項 保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
5条 前4条に規定するところは,この法律の基本原理であつて,この法律の解釈及び運用は,すべてこの原理に基いてされなければならない。
イ 生活保護実施上の原則
(ア) 申請保護の原則
保護は,要保護者,その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基づいて開始するものとされている(法7条)。
(イ) 基準及び程度の原則
保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うこととされている(法8条1項)。
そして,その基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならないとされている(法8条2項)。
(ウ) 必要即応の原則
保護は,要保護者の年齢別,性別,健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して,有効かつ適切に行うものとされている(法9条)。
ウ 生活保護制度の概要
(ア) 扶助の種類及び内容
a 生活扶助
生活扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して,衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの及び移送の範囲内において行うものである(法12条)。
生活扶助は,金銭給付によって行うものとされているが,これによることができないとき,これによることが適当でないとき,その他保護の目的を達するために必要があるときは,現物給付によって行うことができる(法31条1項)。
b 住宅扶助
住宅扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することができない者に対して,住居及び補修その他住宅の維持のために必要なものの範囲内において行うものである(法14条)。
住宅扶助は,金銭給付によって行うものとされているが,これによることができないとき,これによることが適当でないとき,その他保護の目的を達するために必要があるときは,現物給付によって行うことができる(法33条1項)。
c 医療扶助
医療扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して,①診察,②薬剤又は治療材料,③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥移送の範囲内において行うものである(法15条)。
医療扶助は,現物給付によって行うものとされているが,これによることができないとき,これによることが適当でないとき,その他保護の目的を達するために必要があるときは,金銭給付によって行うことができる(法34条1項)。
d その他
その他の扶助として,教育扶助,介護扶助,出産扶助,生業扶助及び葬祭扶助がある(法11条)。
(イ) 厚生労働大臣の保護基準
厚生労働大臣が定める保護基準は,要保護者の年齢,世帯構成,所在地域等による一般的な需要が考慮されているほか,健康状態等による当該個人又は世帯の特別の需要の相違等をも考慮し得るものとなっており,この基準に従って,要保護者の属する世帯における最低生活費や保護費が算出される。概要は以下のとおりである。(乙4,5)
a 全国の市町村を1級地-1,1級地-2,2級地-1,2級地-2,3級地-1,3級地-2の6区分の級地に分類し,それぞれに応じて基準が定められ,各世帯に適用される(おおむね,大都市及びその周辺市町は1級地に,県庁所在地をはじめとする中都市は2級地に,その他の市町村は3級地に分類されており,京都市は1級地-1,城陽市は2級地-1に分類されている。)。
b 生活扶助基準
基準生活費は,個人単位に消費される経費(飲食費,被服費等)に対応する基準として年齢別に定められた第1類の表に定める個人別の額を合算した額(第1類費)と,世帯全体としてまとめて支出される経費(光熱水費,家具什器費等)に対応する基準として世帯人員数別に定められた第2類の表に定める世帯別の額(第2類費)の合計額とされる。なお,第2類の表に定める額には,冬季(例年11月から翌年3月まで)の暖房費等の経費に対応する基準として冬季加算基準額が含まれるが,この額は,都道府県を単位とした区分を基に定められている。
また,基準生活費において配慮されていない個別的な特別需要を補てんすることを目的として,加算の制度が設けられている。すなわち,障害があるため最低生活を営むためには健常者に比してより多くの費用を必要とする障害者や,通常以上の栄養補給を必要とする在宅患者,胎児のための栄養補給を必要とする妊婦等のように,特別需要を有する者について,これらの特別需要に対応できるよう,基準生活費に加え,加算制度が設けられている。老齢加算も,このうちの一つであった。
2 争点
(1) 本案前の争点
本件各義務付けの訴えの適法性
(2) 本案の争点
本案の争点は,本件各処分の違憲性・違法性である。より具体的には,以下の各項目について争いがある。後記4において,以下の項目ごとに,当事者の主張を示す。
ア 違憲性・違法性の判断方法等(争点①)
イ 生活保護制度の在り方に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)における検証から厚生労働大臣による保護基準変更に至るまでの過程の合理性等の有無(争点②)
ウ 老齢加算の削減・廃止による被保護者の最低生活の侵害の有無(争点③)
エ 本件各処分の手続上の違法性の有無(争点④)
3 本案前の争点に関する当事者の主張
(1) 原告A義務付けの訴え及び原告B義務付けの訴えについて
(原告A及び原告Bの主張)
ア 70歳以上の単身高齢者は,老齢加算と一般基準生活費を合算した額の支給により,平成16年3月までは最低生活がかろうじて保障されていたが,本件処分1及び本件処分4の実施された平成16年4月以降,原告A及び原告Bは憲法25条で保障された健康で文化的な最低限度の生活を下回る暮らしを余儀なくされている。平成16年3月以前における老齢加算相当金額が直ちに支給されない限り,憲法25条に反する状態は是正されず,他に適当な方法もないことは明らかであるから,生活保護法25条2項,行政事件訴訟法3条6項1号,37条の2第1項に基づき,保護変更決定の義務付けを求める。
イ 被告京都市の主張に対する反論
(ア) 保護変更決定が取り消されたとしても,行政処分にはいわゆる公定力が認められ(行政事件訴訟法25条1項参照),たとえ違法な行政行為であっても行政庁又は裁判所がこれを取り消さない限り,一応有効なものとして取り扱われるから,本件で取消しを求めている処分以降の処分を争うためには,別途訴訟を提起するなどするほかなく,原告A及び原告Bの各義務付けの訴えには独自の意義がある。
(イ) また,仮に取消請求が認容されたとしても,当然には保護費は支給されず,通常,実施機関による別途の変更決定がされるはずである。保護廃止処分の取消裁決がされた後に実施機関が過去にさかのぼって同一趣旨の廃止処分を改めて行った事例も実際にあったから,取消請求が仮に認容されたとしても,直ちに被保護者が現実の救済を受けられるわけではない。
(ウ) 取消判決がされただけでは,被保護者は変更日以降の利息について債務名義を得ることができない。この点からも,取消請求以外の請求方法を認める必要がある。
(被告京都市の主張)
ア 原告A及び原告Bの各義務付けの訴えはいずれも不適法であるから,却下されるべきである。
本件処分1及び本件処分4を取り消す旨の判決がされれば,当然に,これら処分前の内容,すなわち老齢加算削減前の内容の生活保護費が支給されることになる。保護変更決定は,従前の保護決定が存在することを前提としてされるものであるから,保護変更決定が取り消されれば,新たな処分がされることなくそれ以前の処分が効力を有することになるのである。つまり,原告A及び原告Bが義務付けを求めている処分の内容は,同人らの取消請求の認容により実現することになるから,それ以外に新たな保護変更決定を求める必要もないし,そのような新たな処分が二重にされることはあり得ない。その意味で,原告A及び原告Bの各義務付けの訴えは,求める対象となるべき処分がされる可能性のない訴えであり,不適法である。
イ 原告A及び原告Bの反論に対する再反論
(ア) 反論(ア)に対して
処分を取り消す判決は,その事件について,処分をした行政庁その他の関係行政庁を拘束するとされているが(行政事件訴訟法33条1項),これは拘束力,すなわち,「行政庁に,処分又は裁決を違法とした判決の判断内容を尊重し,その事件について判決の趣旨に従って行動し,これと矛盾する処分等がある場合には,適当な措置を執るべきことを義務付ける効力」として,判決理由中に示された裁判所の判断に生じるものである。仮に,老齢加算の廃止自体が違法であるとして本件各処分を取り消す旨の判決が確定した場合,行政庁は,取消判決の拘束力により,本件各処分後にされた老齢加算の段階的廃止を前提とする変更決定を同判決と整合しない処分として取り消すことになり,その結果,原告A及び原告Bは,削減される前の老齢加算部分を前提とした保護費の支給を受けることになる。したがって,処分の取消しを求めることによって原告A及び原告Bの訴えの目的は達せられるのであり,義務付けの訴えは救済の必要性に関する要件を欠くものというべきである。
(イ) 反論(イ)に対して
原告A及び原告Bが指摘する事例というのは,「保護廃止決定通知書中の廃止理由が抽象的に過ぎ不備があるとして取消裁決が出された」というものであり,手続違反を理由に原処分を取り消す旨の裁決がされ,過去にさかのぼって原処分と同一趣旨の廃止処分が改めてされたというものであって,被告京都市の主張の結論を左右するものではない。
(ウ) 反論(ウ)に対して
義務付けの訴えにおいても,利息について債務名義が得られないことは取消訴訟と同じであるから,原告A及び原告Bの各義務付けの訴えが救済の必要性に関する要件を充たしているとする根拠とはなり得ない。
(2) 原告C義務付けの訴えについて
(原告Cの主張)
ア 老齢加算が削減・廃止されたことを前提とした保護費しか支給されないことにより,原告Cは憲法25条で保障された健康で文化的な最低限度の生活を下回る暮らしを余儀なくされているところ,平成16年3月以前における老齢加算相当金額が直ちに支給されない限り,憲法25条に反する状態は是正されず,他に適当な方法もないことは明らかであるから,生活保護法25条2項,行政事件訴訟法3条6項1号,37条の2第1項に基づき,保護変更決定の義務付けを求める。
イ 被告城陽市の主張に対する反論
被告城陽市は,健康で文化的な生活水準を維持することができるもの(法3条)としての最低生活保障(法1条)を行う責任を負い(法19条1項1号),かつ,法3条,1条の規定は生活保護法の基本原理として,同法の「解釈及び運用は,すべてこの原理に基づいてされなければならない」(法5条)から,たとえ法8条1項に「厚生労働大臣の定める基準」と記載されているからといって,同大臣の定める基準が法3条等に反する場合には,当然義務付けは許容される。
また,平成16年3月以降老齢加算の段階的廃止がされた結果,原告Cの健康で文化的な最低限度の生活が脅かされているのであって,「重大な損害」が生ずるおそれがある。
(被告城陽市の主張)
原告C義務付けの訴えは不適法であり,却下されるべきである。
同訴えにおいて求められている処分の内容は,老齢加算の段階的削減等を内容とする,法8条の厚生労働大臣の定める基準の改定が行われる以前の基準に基づいた保護費の支給を求めるものである。厚生労働大臣が既に基準の改定をしている以上,処分をすべき城陽市福祉事務所長には,同改定以前の基準に基づいた保護費の支給処分をすべき権限はない。要するに,法的に不可能な処分の義務付けを求めるものであって,不適法というほかない。
また,非申請型の処分の義務付けの訴えについては,「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあ」る場合であることが訴訟要件とされている(行政事件訴訟法37条の2第1項)。この「重大な損害」が生ずるか否かを判断するに当たっては,裁判所は,「損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するもの」とされているところ(同条2項),原告C義務付けの訴えの内容は,金銭の給付にすぎず,しかも,被告城陽市は,老齢加算部分の段階的な削減をしているとはいえ,原告Cの保護申請に対して生活保護費を支給しているのであるから,「重大な損害」が生ずることはない。
4 本案の争点に関する当事者の主張
(1) 違憲性・違法性の判断方法等(争点①)
(原告らの主張)
ア 保護受給権の性質と厚生労働大臣の裁量の範囲
憲法25条1項の規定の趣旨を具体的に実現するために生活保護法によって与えられた保護受給権は,法3条の規定等に照らせば,「健康で文化的な生活水準」=「生存権」を保障する適正な保護基準による保護を受け得る権利であると解されなければならず,厚生労働大臣が最低限度の生活を維持するに足りると認めて設定した保護基準による保護を受ける権利しかないと解することはできない。したがって,厚生労働大臣の保護基準設定行為は,客観的に存在する最低限度の生活水準の内容を合理的に探求して,これを金額に具現する法の執行行為でなければならず,その判断を誤れば違憲・違法となって裁判所の審査に服すべきこととなる。
そして,法8条1項は,生活保護基準を厚生労働大臣が定め,それは要保護者の需要を基としなければならないこととしており,同条2項は,厚生労働大臣の定める保護基準は,最低限度の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならないと規定しているが,生活保護法における全ての規定の解釈及び運用は,法1条(目的),3条(最低生活保障)等の基本原理に基づいてされなければならない(法5条)のであるから,法8条1項及び2項についても,上記の保護受給権の性質に関する理解に基づいて解釈することとなる。そうすると,厚生労働大臣は,最低限度の水準が客観的に特定し得る一定の生活水準としてあることを前提に,要保護者の需要を基として,そのような水準を維持できるような保護基準を定めなければならないことになり,その裁量の範囲は極めて限定されている。また,法8条2項は,基準設定に際して考慮すべき要素を列挙しているが,これらはいずれも生活に密接に関連する生活内的要素であり,仮に財政事情等の生活外的要素を考慮するとしても,それは生活実態に基づく需要の補足的な考慮要素と位置付けられなければならない。
イ 基準切り下げの場合の判断基準について
保護基準によって保護受給権が具体化され,ひと度あるレベルの生活が最低生活の内容として一般に受け入れられる状況が形成されれば,その生活を切り下げることについては,憲法25条2項の規定との関係からも,原則として許されず,国側において,切り下げ後の基準が,憲法規範として吸い上げられている社会通念としての健康で文化的な最低限度の生活に妥当しているか否か具体的に論証しない限り違憲となる。しかも,切り下げの際の違憲審査基準としては,例えば厳格な合理性基準を用いるなど,切り上げの際の基準よりも厳格な審査基準が用いられなければならない。
被告らは,最高裁昭和42年5月24日判決に基づき,健康で文化的な最低限度の生活であるか否かの認定判断は,厚生労働大臣の合目的的裁量にゆだねられており,裁量権の逸脱・濫用がない限り違法とならない旨を主張するが,健康で文化的な最低限度の生活の判断について,同判決が厚生労働大臣に極めて広範な裁量を認めたものであると解釈するのは誤りである。
ウ 以上ア,イによれば,老齢加算の削減・廃止によって厚生労働大臣が保護基準を適法に変更するためには,憲法25条,法1条,3条,8条,そして必要即応の原則を規定する法9条との関係から,以下の要件が必要である。
① 国民の生活水準とりわけ高齢者の生活実態が何らかの理由によって大きく変化し,保護基準の切り下げを妥当ならしめる事情が生じたこと
② 生活保護利用者とりわけ70歳以上の生活保護利用者の生活実態を調査し,老齢加算を削減・廃止しても70歳以上の生活保護利用者の健康で文化的な最低限度の生活が維持されることが実証されること
③ 保護基準の減額処分が①,②で示した要件を充足するものであることを検証するために,審議会等において十分な論議が尽くされ,国民ないし関係者の共通認識が得られたこと
エ 法56条について
(ア) 厚生労働大臣の保護基準設定行為への適用
保護実施機関である被告らがした本件各処分が厚生労働大臣の定める保護基準に一致している以上,厚生労働大臣の保護基準設定行為の違憲・違法が問題になり,法56条が適用される。
(イ) 正当な理由の立証責任
法56条は,保護を受けることを国民の権利であるとした以上,一度決定された保護を,単に保護の実施機関の義務とするだけでなく,被保護者の権利として法律上確立するとともに,保護の実施機関の保護の決定及び実施を慎重,適正なものにならしめるために規定されたものである。法律上いったん確立されたはずの生存権という重要な権利の一部を奪う以上,不利益な処分を行う被告らにおいて,当該処分によって被保護者の生存権を侵害することにはならない正当な理由を主張立証しなければならない。
この正当な理由の観点からも,被告らは,前記ウで原告らの主張した①~③の要件を立証しなければならないのであり,また,被告らは,本件各処分後の原告らの生活が依然として健康で文化的なものであることも積極的に立証する必要がある。
オ 老齢加算の削減・廃止の違憲性・違法性
後記(2),(3)のとおり,専門委員会での議論を通じても,70歳以上の生活保護利用者の生活が極めて劣悪なもので,現在の保護基準では高齢者の生存権を保障するに不足こそすれ減額を基礎付ける十分な根拠がないことは明らかであり,前記①~③の要件を満たしていないのに,厚生労働省が老齢加算を削減・廃止する保護変更を行った結果,本件各処分が行われたのであり,これらは憲法25条,法1条,3条,8条,9条,56条等に反し違憲・違法である。
(被告らの主張)
ア 厚生労働大臣の裁量の範囲
憲法25条は,国家が生活水準の確保向上に努めるべきことを,国民一般に対し,概括的に国政上の任務として定めたのであって,国民に具体的権利を付与したものではなく(最高裁判所昭和23年9月29日大法廷判決・刑集2巻10号1235頁),具体的権利としては,同条の趣旨を実現するために制定された生活保護法によって初めて与えられるところ,この権利は保護基準による保護を受け得ることにあると解すべきである。
保護基準も法8条2項所定の事項を遵守したものであることを要し,憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならないが,健康で文化的な生活なるものは,抽象的で相対的な概念であり,その具体的な内容は,文化の発達,国民経済の進展に伴って向上するのはもとより,国民一般の所得水準・生活水準や社会経済情勢等の多数の不確定要素を総合的に考慮して初めて決し得るものである。したがって,何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断(保護基準の設定)は,厚生労働大臣の合目的的裁量にゆだねられており,当該裁量権を行使した結果として具体的に定まった保護基準は,裁量権の逸脱・濫用がない限り,生活保護法が規定する正に最低限度の保護基準そのものであると解され,違法とされることはない(最高裁判所昭和42年5月24日大法廷判決・民集21巻5号1043頁参照)。
イ 法56条について
(ア) 正当な理由の性質,立証責任
被保護者に対する保護の変更決定は,保護基準に基づいてされなければならず(法8条1項),保護の実施機関は,厚生労働大臣の裁量判断で定められた保護基準に拘束される。そうすると,保護基準の改定に伴ってされた保護の変更決定については,保護の実施機関である被告らが自ら行った不利益変更決定の適法性を基礎付ける事実(正当な理由の評価根拠事実)として,上記保護基準が改定された事実を主張立証することをもって足り,他方において,原告らは正当な理由を争う当事者として,保護基準の改定が違法であることを基礎付ける具体的事実(正当な理由の評価障害事実)を主張立証すべきである。
保護基準の改定が違法であることを基礎付ける具体的事実とは,保護基準の改定が厚生労働大臣の合目的的裁量にゆだねられ,裁量権の逸脱・濫用がない限り違法とされることはないことからして,厚生労働大臣の裁量権の逸脱・濫用を基礎付ける具体的事実である。
(イ) 厚生労働大臣の保護基準設定行為への適用
以上のような法56条の趣旨からすれば,厚生労働大臣の保護基準定立行為自体には,その適用は及ばないことは明らかである。
ウ 老齢加算の削減・廃止の合憲性・適法性
老齢加算の段階的廃止は,専門委員会の平成15年12月16日付けの意見集約文書である「生活保護制度の在り方についての中間取りまとめ」(以下「中間取りまとめ」という。)の提言及び一般低所得高齢者世帯の消費実態を検証した結果,70歳以上の高齢者に老齢加算に相当するだけの特別な消費需要がないことが認められたことなどから,国民の所得・生活水準の変化に伴う厚生労働大臣による保護基準の変更が行われたというものであり,これに基づいて本件各処分がされたのであるが,後記(2),(3)のとおり,この保護基準変更については厚生労働大臣の合目的的な裁量権の範囲内であり,何らの裁量の逸脱・濫用はなかったから,憲法25条1項,法8条2項,56条等の規定に違反せず,本件各処分にも違憲・違法はない。
(2) 専門委員会における検証から保護基準変更に至るまでの過程の合理性等の有無(争点②)
(原告らの主張)
ア 専門委員会における検証手法の不合理性
(ア) 専門委員会における検証手法
専門委員会では,①全世帯平均,第1-5分位,第1-10分位の,60~69歳の者と70歳以上の者の生活扶助相当消費支出額をそれぞれ比較し,また,②70歳以上の者の老齢加算を除いた生活扶助基準額と第1-5分位の70歳以上の単身無職世帯の生活扶助相当消費支出額を比較するという手法が採られた。(なお,第m-n分位とは,調査対象者を年間収入額順に並べ,対象者数をn等分した場合における年間収入額が低い側から数えてm番目のグループのことをいう。以下同じ。)
(イ) 消費支出を比較していること
法8条1項の規定によれば,憲法及び生活保護法で保障する最低限度の生活とは,もともと「要保護者の需要」に基づいて定めなければならないとされている。しかし,中間取りまとめは,消費支出額の比較を根拠としており,最低限度の生活を維持するために必要な高齢者の需要の中身を十分に検討した上で,老齢加算を削減又は廃止してもその保障がされているかどうかを検討したものではない。
(ウ) 低所得高齢者と比較していること
専門委員会で行われたような,低所得高齢者の消費水準と生活扶助基準を比較するという手法は,以下のとおり,高齢者の特別需要を測ることができない不十分,不合理なものである。
a 変曲点を用いた分析結果
専門委員会では,第2回の委員会において,いわゆる「変曲点」(所得の減少に伴って消費支出はゆるやかに減少するが,ある所得階層以下になると,それまでのゆるやかな低下傾向と離れて,急激に下方へ変曲する所得分位があり,これを「変曲点」という。ある水準の所得を超えて低くなると,消費水準を維持できなくなり,急激に消費水準が低下するために生じるとされている。)を想定し,生活保護基準一般の妥当性について検証している。これによると,昭和54年の検討では,変曲点は2.99-50分位にあるものとされたが,近年の検討では,3.32~3.70-50分位,すなわち,より上位の収入階級に相当するポイントに変曲点は移行しつつあるとされた。
このように,急激に低下した,いわば異常な消費傾向を示す階層が広がりつつあり,この階層の中には,生活保護基準以下でありながら保護を受給せずに暮らしている人々も多数含まれるし,収入が少ないため貯蓄を取り崩す等しながら切りつめた生活をせざるを得ない高齢者も多数含まれている。
b 漏給層の問題(捕捉率の問題)
我が国では,生活保護の捕捉率が極めて低く漏給が頻発している。各種調査では,捕捉率はせいぜい20%台であることが示されており,被保護者の5倍から20倍の膨大ないわゆる漏給層が存在していて,第1-5分位や第1-10分位層の生活はこの意味で圧縮されている。
c 高齢者世帯の特徴
貯蓄ゼロ世帯が増加し,年金の切り下げ,医療費・介護保険料の負担増などに対する生活不安が続く中で,今後の就労を望みにくい70歳以上の高齢単身無職世帯(特に貯蓄がゼロであるか乏しい高齢者世帯)においては,需要があっても消費が強く抑制されていることは明らかである。また,高齢者単身世帯の貧困率も高い。
d 以上a~cでみたように,低所得の高齢者世帯の消費には大きな抑圧がかかっており,本来の需要は消費支出には現れてこない。
したがって,低所得高齢者の消費水準と比較しても,高齢者の特別需要を測ることはできない。むしろ,この手法は,貧困にあえぐ低所得層が消費を抑制していることを逆手にとって,高齢者に更なる貧困を強いるものである。
e 被告らの主張に対する反論
被告らは,相対的水準論ないし水準均衡方式を,低所得者との比較をした根拠として主張しているが,水準均衡方式においては,「低所得者の消費水準」なる概念は出てこないから,これは比較手法の根拠にはならない。仮に水準均衡方式を堅持しその中で老齢加算廃止を検討しようとする場合には,第1-10分位のような生活が圧縮されている世帯ではなく,国民の平均像で捉えた一般国民の生活水準の動向を把握しなければならない。
また,被告らは,過去から一貫して一般低所得世帯の消費実態に着目し基準の策定ないし検証が行われてきたとも主張するが,マーケットバスケット方式,エンゲル方式のいずれも需要を金銭に換算するための手法であって,「一般低所得世帯の消費実態」に着目したものではない。
(エ) 高齢者同士を比較していること
また,加齢に伴う特別需要をもった高齢者同士の消費支出を比較しても特別需要は正確に把握できないから,60~69歳の高齢者と70歳以上の高齢者の生活扶助相当消費支出額を比較したことは不合理である。
(オ) 採用すべきであった検証手法
高齢者の特別需要を把握するためには,昭和55年から58年にかけての検証が行っていたような,幅広い他の年齢層との消費構造や生活実態の比較に基づく詳細な分析を行う必要がある。ここでは,高齢者の消費性向や消費行動の特徴を分析し,具体的な費目毎の積算を行った上で,当時の老齢加算の必要性,金額の妥当性が確認されていた。高齢者に貧困が集中していた実態も考慮したものであったということができる。
これと比較しても,中間取りまとめは,平成11年の調査のみに依拠しており,過去のデータにさかのぼり需要の経年変化を分析したり将来を予測したりなどといったことを欠いており,70歳以上の者と60~69歳の者との間での消費支出額を比較検討しただけであって,特別需要が喪失したとする合理的根拠に極めて乏しく,法1条によって生活保護の目的とされている自立の助長を高齢者に対して実現しようとする視点も欠落しているといわざるを得ず,明らかに判断を誤っている。
イ 高齢者の特別需要の存在
(ア) 特別需要が認められてきた経過
高齢者については,第1類費,第2類費の各範疇には収まりきらない特別需要が存在するとして,昭和35年4月に老齢加算が創設され,そのような需要を充足してきた。昭和55年12月,昭和58年12月には,当時の老齢加算の金額が高齢者の特別需要に見合う金額であることが確認され,平成16年3月に至るまで,老齢加算は,それが存在し,その支給水準が維持されることによって,高齢者の最低限度の生活が保障されるものであることが検証され,維持されてきたものである。
(イ) 第1類費との関係での老齢加算の需要の存在根拠
a 老齢加算は,昭和59年以降,基準生活費第1類相当の消費者物価指数の伸び率による改訂に改められたところ,70歳以上の高齢者については,昭和59年以降,他の年齢層,とりわけ青壮年層との対比で,第1類費の伸びが著しく低く抑えられてきた。例えば,1級地では,1984年から2005年まで及び1989年から2005年まで,それぞれ4歳子は1.23倍及び1.13倍,29歳女は1.29倍及び1.16倍,33歳男は1.24倍及び1.16倍なのに対し,70歳男は1.06倍及び1.05倍,70歳女は1.11倍及び1.05倍となっている。
この理由は,老齢加算の存在であり,70歳以上の高齢者については,老齢加算が充足してきた特別需要の中に,第1類費によって充足されるべき需要と連続性を有するものが含まれ,老齢加算が高齢者の特別需要を含めた生活費に充てられてきたため,第1類費を抑制することが可能だったのである。つまり,高齢者の「健康で文化的な最低限度の生活」は,第1類費と老齢加算が合算された金額で初めて守られてきたのである。しかし,老齢加算の削減・廃止は,代替的な第1類費の増額もないまま進められたのであり,不当である。
b 被告らは,第1類費の関係につき,低所得層との間で消費支出を比較し,70歳以上の第1類費が相対的に高いと主張しているが,その手法自体,最低生活需要を算定するには不適切であるし,そもそも高齢になればなるほど,所得の低下が消費行動を妨げ「もっと積極的な生活を送る」状態からも遠ざかることになる傾向が強まるのであるから,被告らの主張は失当である。
(ウ) 今日における特別需要
これまでに認められてきた需要のうち,社会的費用を今日的に捉え直せば,例えば,昭和35年当時に認められていた「観劇」は,今日的には映画,コンサートなどに当たる。「雑誌,通信費等」は,俳句や短歌等の同人誌の購入や通信教育等の生涯学習費用などに当たる。そして,近隣,知人,親戚等への訪問や墓参などの社会的費用については,バリアフリー法,ハートビル法等の法律によって鉄道の駅のみならず空港の整備も含めたインフラの整備が進められ,高齢者も新幹線や飛行機を利用して長距離の移動をするのが当たり前になったことを踏まえれば,遠い故郷に飛行機で墓参りに行ったり,親戚縁者の葬式や結婚式に参加したりすることも,老齢加算が満たすべき需要というべきである。その他の需要も,加齢に伴う身体機能の低下や社会からの孤立を防止する重要性などに着目したもので,今日もなお存在していることは明らかである。むしろ,交際費や教養娯楽費については,高齢者のうつ病や自殺が増加し,その対策が喫緊の課題となっている今日,その需要が一層増大している。また,最近の調査(甲88)では,保健衛生費については,60代よりも70代の方が多額の支出が必要となっていることも明らかになっている。
(エ) 昭和58年当時の検証手法による特別需要の確認
また,「高齢単身世帯における消費実態と生活扶助基準との比較について」(乙13の資料10~13頁)を基に,昭和58年当時と同じ手法で検討すると,全体平均で9804円,第1-5分位で8180円,第1-10分位で1万3453円の特別需要額が認められ,この意味でも高齢者の特別需要はなお存在する。
この点からも,昭和58年当時の検証手法とは異なる今回の検証手法の不合理性は明らかである。
(オ) 被告らの主張への反論
a 被告らは,老齢加算以外の生活保護費によって高齢の被保護者の生活需要が全て充足されると主張するようであるが,これまでの基準生活費の改定において,特に老齢加算以外の保護費によって高齢者の特別需要を満たすような改定がされた経緯はない。
b 被告らは,社会情勢の変化が,加算の特別需要消失の要因になり得るとし,保護基準も所得水準や社会情勢等の変化に応じて変動し得るから,加算についても,この変化に応じて,厚生労働大臣の裁量の範囲内で変更し得ると主張する。
被告らは,その社会情勢等の変化として,一般国民の消費水準の低下や消費者物価の動向等を挙げているが,結局のところ,これらは一般国民の生活水準に関する統計データの変化にすぎず,これらが生活扶助基準本体の参考資料となり,基準生活費に影響を及ぼすものであるとしても,高齢者の特別需要の消失につながるものではないし,特別需要の検証手法を変えることの根拠となるものでもない。
仮に一般国民の消費水準の低下を理由に老齢加算の廃止を行うとすれば,高齢者は同一の理由で,基準生活費の引き下げと加算の廃止という二重の負担・犠牲を強いられ,不合理な結果を導くことは明らかである。
また,70歳以上の者の方が60歳以上69歳以下の者より消費支出が少ないことは,少なくとも,昭和54年当時から同様であったし,70歳以上の単身無職者のうち第1-5分位の者の消費支出額がかなり低額である点についても以前から同様である(甲71,85,89の調査報告等による)から,老齢加算を支える社会通念に変化は生じていない。
また,実際のところ,昭和58年当時に検証された社会実態との比較や生活実態の変化の検討は行われていない。この点,生活扶助基準改定率,消費者物価指数,賃金及び基礎年金改定率の推移を比較した資料は,第6回専門委員会において事務局から提出されたが,この資料に基づき老齢加算の削減・廃止が検討された事実はないし,この資料の内容も,何ら老齢加算の削減・廃止に関する社会情勢等の変化を示すものではない。
c 被告らは,資料(乙17の資料3~4頁)によると,老齢加算は貯蓄等に回っているから,老齢加算に相当する特別な需要はない旨主張しているが,実際の被保護世帯において被告らが主張するような貯蓄がされているのかについては甚だ疑わしい。被告らの計算上の数値自体が恣意的に算出された疑いが強いのみならず,貧困に陥った高齢者の生活実態を無視した主張である。生活保護を受けている多くの世帯が,最低限度の生活を削って繰越金を残している実態があり,福祉事務所も,耐久消費財などの買い換え等のために,繰越金を残すように指導しているのである。現に,原告Aは,居住する賃借物件の更新料(2年に1回,2か月分)について,住宅扶助により支給されるのは1か月分のみであるため,2年間かけて1か月分を積み立てなければならない。
また,被告らの根拠とする資料を前提としても,翌月への繰越金があるとの点については,前月からの繰入金を無視した計算を行っており,不合理である。
ウ 専門委員会における検証の基礎資料たる平成11年全国消費実態調査特別集計(以下「特別集計」という。)に信頼性がないこと
(ア) 特別集計では,60歳代無職世帯の消費支出額(生活扶助相当)について,第1-10分位の方が第1-5分位よりも金額が多く,教養娯楽費,交際費は,全体平均では60歳代よりも70歳以上の方が金額が大きいものの,教養娯楽費について,第1-5分位,第1-10分位では60歳代の方が70歳以上よりも金額が多い(乙13の資料11~13頁)。このような現象について,本来であれば高齢者の特別な消費行動の有無及びその内容が分析されなければならないが,何らそのような分析はされていない。
(イ) また,そもそも特別集計は,消費支出額の全体から,生活保護制度中の生活扶助以外の扶助に該当するもの(家賃,地代=住宅扶助,教育費=教育扶助,医療診療代=医療扶助,被保護世帯は免除されているもの(NHK受信料),最低生活費の範疇のなじまないもの(家事使用人給料,仕送り金)を除いたもの)とされている(被告京都市第1準備書面18頁)が,教育費,医療診療代として控除されたものが,生活保護が予定する扶助の対象となるものかは不明であり,如何なる支出が「最低生活費の範疇のなじまないもの」とされたのかも全く不明である。むしろ,高齢者の生活を支える基礎的費用である仕送り金など,加齢に伴う特別需要を測るに際し重要なものが控除されており,老齢加算廃止の結論を導くために,恣意的にこれらの控除を行ったものと考えられる。
(ウ) また,総務省統計局が行った平成11年全国消費実態調査における単身世帯のサンプル数では,男女でのサンプル数の違いが顕著であるが,特別集計においてこの点がどのように取り扱われたかについても不明である。
(エ) そして,特別集計は,基のデータの内容が正しく反映されているかどうか検証されておらず,どのような資格を持った者が集計を担当し,どのような手法をもって集計したのかも全く明らかではなく,集計完了後に速やかにデータを消去し,そのデータ自体が後に残存していないものであって,正確性も検証されていなければ,客観性も妥当性も全くない。
(オ) 平成11年全国消費実態調査・高齢者世帯結果表の第26表(甲72)によると,65~69歳の平均が15万6981円,70~74歳の平均が16万1600円であり,70~74歳の世帯は,65~69歳の世帯よりも月額世帯消費支出が多い結果となっている。この点に関連し,原告らは,上記表の数字をもとに特別集計になるべく近い方法で,被告らの主張する消費支出の比較を試みたところ,65~69歳と70~74歳を比較すると,消費支出から「家賃・地代」,「保健医療」,「自動車等関係費」,「教育」,「仕送り金」の合計を除いたものの金額は,前者が13万3151円,後者が14万5660円であり,後者が前者を上回っており,老齢加算廃止の合理的理由を検証することができなかった。この点からも,特別集計には信用性がない。
エ 専門委員会における検証の手続及び厚生労働大臣の保護基準変更に関する問題点
(ア) 老齢加算廃止の結論が当初から決まっていたこと
財務大臣の諮問機関である財政制度審議会は,既に平成15年6月19日に,平成16年度の予算編成の方針として,老齢加算や母子加算の廃止を求めていた事実が先行しており,専門委員会には,その実現を図らなければならないという圧力が掛けられていた。また,小泉内閣が打ち出したいわゆる骨太の方針(平成15年6月27日閣議決定)の中でも,財政対策を目的とした生活保護費抑制のための制度改革が必要であるとの課題が当初から設定されており,ここでも,老齢加算等の扶助基準など制度,運営の両面にわたる見直しが必要である旨指摘されていた。
このように,老齢加算の廃止は,いわゆる三位一体改革の一環として,生活保護費削減という至上命題のもと,財政問題主導,結論先にありきのものとして進められたものである。専門委員会もそうした経緯を経て設置されたことが,生活保護関係全国係長会議の資料において明らかにされている上,新聞でも,老齢加算廃止があたかも既定路線であるかの如き報道がされている。
また,昭和55年から58年にかけての検証手法と,今回の検証手法を比較すると,予算削減を目的とした老齢加算の廃止の結論が先にあり,専門委員会の議論が後付けの理由として利用されたことがよくわかる。
老齢加算の廃止は,このように,予算という生活外的要素が過大に考慮されたものといわざるを得ない。
(イ) 中間取りまとめ作成に当たり委員の意見が無視されたこと
専門委員会の委員のうち,D委員,E委員,F委員,G委員長などから,老齢加算の廃止についての慎重意見や,懸念意見が出されるなどしていたのに,第6回委員会開催後の平成15年12月16日には,これらの意見を無視して,中間取りまとめが作成された。
(ウ) 中間取りまとめでも,需要の消失が確認されていないこと
中間取りまとめは,特別需要の存在,特に高齢者世帯の社会生活に必要な費用が存在することを前提として「老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められない」と,当時の老齢加算に相当するだけの需要の数字的検証ができなかったとしているにすぎず,老齢加算の特別需要自体が消失したとは述べていない。
(エ) 代替策が存在しないこと
中間取りまとめでは,「ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,生活保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要がある。」と記載されているが(以下この部分を「ただし書部分」という。),この点については今日に至るまで何らの検討もされていない。
専門委員会における議論の経過,事務局の案に対して修正が加えられた経過等に照らせば,ただし書部分により,老齢加算の削減・廃止と同時にこれに代わる何らかの措置が採られることが条件とされていたことは明らかである。
また,中間取りまとめでは,「被保護世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩和の措置を講じるべき」と記載されており,第6回専門委員会におけるH委員と事務局の発言からすれば,これは,一時扶助など何らかの形で特別需要に応えるという意味であり,これも老齢加算廃止の条件の一つである。被告らの主張するように,段階的廃止をもって激変緩和措置であるとすることは許されない。
(オ) 以上のような手続経過により作成された中間取りまとめは,何ら廃止の適法性を支えるものではない。そして,厚生労働大臣による保護基準の変更は,(ウ)(エ)のような中間取りまとめの結論にも反しているものである。
(被告らの主張)
ア 専門委員会における検証手法の合理性
(ア) 消費支出を比較したことについて
保護基準の内容ないし性格について規定しているのは,法3条及び法8条2項である。法3条にいう生活水準というのは,消費生活の具体的内容を示す言葉で,消費生活がどのような仕方で営まれているかをその内容としており,生活保護法で保障すべき最低限度の生活水準は消費生活における水準であるとされる。そして,「消費」とは,生活の必要を満たすために財やサービスを購入し,消耗することをいい,生活水準は「消費」に依存する程度が高いと考えられることからすれば,消費支出額によって需要を測定することには合理性がある。
原告らは,「要保護者の需要」と「消費支出」が全く異なるものであるかのような主張を展開し,生活実態に関する検証が別途必要である旨強調するが,消費によって実現される生活の内容が最低限度の生活としてふさわしいか否かが争点であり,その水準が著しく合理性を欠き,明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような場合でなければ,それは厚生労働大臣の裁量の範囲内というべきである。
(イ) 低所得高齢者と比較したことについて
a 低所得高齢者と比較することの合理性
現在,生活保護基準は,マーケットバスケット方式のように生存に必要な物資を積み上げるなどして算出する,生存に必要な栄養所要量を満たすぎりぎりの絶対的貧困水準の時代を脱して,一般国民の生活水準との比較において定める相対的最低生活水準の考え方に立って算定されているが,それは一般国民の生活水準と均衡のとれた最低限度のものでなければならない。したがって,一般低所得世帯との比較において公平,妥当な基準を設定することが求められている。
また,高齢者世帯は,無職世帯であったとしても,長年の勤労期間を通じて形成した保有資産に格差があるため,資産効果が働き,若年層に比べて同一年齢階級内の消費支出格差が大きいと考えられる。このため,最低生活費の検証に高額所得者及び高額資産保有者を含めた平均値を用いるのは適当でない。法8条2項では,最低生活需要を満たしつつこれを超えてはならないとされているのであり,最低生活水準を検証するため,一般低所得高齢者世帯と比較するのにも合理性がある。
b 変曲点,漏給層(捕捉率)について
原告らは,変曲点やそれ以下の低所得者層の存在について主張しているが,何ら具体的事実は主張立証されていない。そもそも専門委員会の検証は,変曲点の概念によって保護基準の水準の妥当性を判断したものではなく,原告らの主張は失当である。
漏給層に関する原告らの主張に関し,確かに生活保護の捕捉率が20%程度と結論付ける研究はあるが,低所得世帯の定義や前提条件が異なるため,研究者によって結果は様々であり,また,これら研究における捕捉率の推計値が低いのは,保有資産について考慮していなかったり,低所得世帯を定義する際の保護基準が高いことなどが理由になっているからとも考えられる。したがって,原告らが主張する,被保護者の5倍から20倍の膨大な漏給層が存在すること,第1-5分位や第1-10分位層の生活が圧縮されていることには理由がない。
なお,今日の保護基準は,一般国民の消費水準との格差縮小を達成し,かつての低劣な水準ではない。したがって,保護基準以下の消費支出を示す低所得者層の存在は想定されるが,それが原告らの主張するような漏給層であるとは限らないし,変曲点以下の低所得者層を意味するものでもない。
c 高齢者の消費支出の抑制について
高齢者世帯の多くは無職世帯であり,稼働年齢期の労働で得た所得を引退後の消費を保障するために貯蓄し,それを引退後に取り崩して生活することは高齢者世帯にとって一般的である。社会生活に関する調査結果・社会保障生計調査結果概要報告書(乙9の資料2)をみると,補正消費支出グループ別の世帯類型別の構成比のうち高齢者世帯は,どの補正消費支出区分にも20%以上の占有率があり,原告らが主張するような消費支出の抑制がないことは明らかである。原告らの挙げる世論調査は,一般世帯の貯蓄動向を示すものにすぎず,貯蓄がない世帯や将来を不安に感じている世帯が,健康で文化的な最低限度の生活を維持できない程度に消費が抑制されていることを何ら立証するものではない。
d 原告らの反論について
原告らは,仮に水準均衡方式の下で老齢加算廃止を検討しようとする場合には,第1-10分位のような生活が圧縮されている世帯ではなく,国民の平均像で捉えた一般国民の生活水準の動向を把握しなければならない旨主張する。しかし,生活扶助基準の改定方式として水準均衡方式を採用する一方,生活扶助基準の妥当性の検証については,保護基準が最低限度の生活需要を満たしつつこれを超えてはならないとされていることから(法8条2項),過去から一貫して,一般低所得世帯の消費実態に着目し,基準の策定(マーケットバスケット方式,エンゲル方式)ないし検証が行われてきた。このように,基準改定方式と生活扶助基準の妥当性の検証手法とは自ずと異なるものであって,原告らの主張は,生活扶助基準の改定方式と生活扶助基準の妥当性の検証手法を混同したものであり,失当である。
(ウ) 高齢者同士を比較したことについて
60~69歳の高齢者と70歳以上の高齢者を比較しても消費特性が近く,同じ特別需要を持っているのであれば,なおのこと不合理な差があってはならず,老齢加算は廃止する必要があるというべきである。
(エ) 採用すべき検証手法について
以上のような専門委員会の検証手法の合理性によれば,専門委員会が20年前と同一の手法による検証を採用しなかったからといって,その検証結果に合理性がないことにはならない。
イ 高齢者の特別需要の不存在
(ア) 特別需要の考え方について
a 相対的生活水準の考え方に照らせば,基準生活費と加算の合計である生活扶助基準は,一般国民の生活水準との関連において相対的に定められるべきものである。そして,生活保護制度において加算制度が想定する特別需要とは,基準生活費ではカバーされない需要であって,加算対象者の最低生活に必要なものをいう。つまり,生活保護の加算制度の必要を裏付ける特別需要とは,基準生活費では賄えない需要であって,かつ,健康で文化的な最低限度の生活に必要なものとして認められるものでなければならない。よって,老齢加算における特別需要の有無は,基準生活費との関係において捉える必要があり,高齢になって生じる需要と高齢になって減少する需要とを総合し,なお基準生活費で賄えない需要という意味で理解されるべきである。
b そもそも最低生活需要は,基準生活費でカバーすべき部分と老齢加算でカバーすべき部分とが厳密に区分されているわけではない。第1類費,第2類費及び加算の区分は制度上の分類であって,実際の日常生活需要,すなわち食費,被服費,光熱水費などの需要と制度上の分類とを対応させて,基準生活費に係る需要と老齢加算に係る需要が別々に存在すると理解するのは正しくないし,基準生活費と切り離して後者のみで需要の有無を判断することはできない。
(イ) 社会情勢の変化が特別需要の存否の要因となること
a 上記(ア)のように,生活扶助基準は,一般国民の生活水準との関連において相対的に定められるべきものであるところ,一般国民の消費水準が低下すれば,あるべき生活扶助基準の水準もそれに伴って低下する関係にあり,また,加算は基準生活費でカバーされない特別需要に対応するものであるから,基準生活費が引き上げられれば特別需要は相対的に減少していく関係にある。
したがって,社会情勢の変化は,加算の特別需要消失の要因になり得る。
b 保護基準は,各種の不確定要素を総合的に考慮して決定されるものであるから,厚生労働大臣が自らに与えられた合目的的な裁量の範囲内でいったん定まった保護基準は,合理性を有するものとして,その後相当期間にわたり客観的基準として利用されることは当然であるが,それは絶対的・永続的なものではなく,所得水準や社会情勢等の変化に応じて変動し得る。
厚生労働大臣は,その裁量の範囲内で毎年水準均衡方式により保護基準を改定しており,各種加算制度についても,所得水準や社会情勢等の変化に応じて,厚生労働大臣の裁量の範囲内で変更し得る。
なお,保護基準の合理性を基礎付けていた消費水準や社会情勢等の各種要素の変化に応じて,保護基準を改定することがあっても,当該改定により従前の保護基準の設定及び運用の合理性が失われるものではない。基準の改定時に,改定前の基準の内容や運用が一見不合理と思われることや,多少のギャップや違和感を覚えることもあり得るかもしれないが,これらは,そもそもある程度の持続性を前提として設計される,制度や基準というものの性質に内在するやむを得ない事柄である。そのようなギャップや違和感を緩和することも含め,経過措置や,緩和措置といった手法は,改定作業の合理性を担保するものであり,本件でも,平成18年度までに老齢加算を段階的に廃止するという緩和措置を講じているものである。
(ウ) 特別需要が存在しない根拠
a 社会経済情勢の変化等
老齢加算が創設されたのは,老齢福祉年金の創設が直接の契機であるが,当時の基準生活費が,肉体的生存に不可欠の栄養所要量ぎりぎりで算定されており低劣であったことから,特に社会的弱者である高齢者にはこの基準のみでは被保護世帯の生活需要を賄うのに十分でなく,保護費の上乗せを図る必要があるとの判断に立って,高齢者の生活実態に特有の消費が特別需要として認められたものである。
その後,高度経済成長を背景に一般国民の生活水準との格差縮小が政策課題となり,エンゲル方式又は格差縮小方式による基準改定が行われてきた。そして,昭和58年12月23日付けの「生活扶助基準及び加算のあり方について(意見具申)」(以下「昭和58年意見具申」という。)のころには,基準生活費自体がおおむね妥当な水準に達した。一方,その後,我が国の経済は,平成2年10月のバブル崩壊により生じた長引く不況の影響から,一般国民の消費水準は低下するとともに,デフレ状況になった。
保護基準は一般国民の生活水準との関係で相対的に定められるべきところ,このような社会経済情勢の変遷と保護基準の改定とを背景に,専門委員会において20年ぶりに基準の本格見直しを行い,老齢加算は廃止すべきとの結論に至ったものである。
b 社会情勢の変化についての専門委員会での検討
専門委員会においては,昭和58年当時の情勢との比較は行っていないが,第6回の委員会において,生活扶助基準改定率,消費者物価指数,賃金及び基礎年金改定率の推移を比較した資料が提出され,検討が行われている(乙17の資料1頁)。これによれば,生活扶助基準は,昭和59年度を100として,平成14年度においては累積で135.5に上昇しているのに対し,消費者物価指数(暦年)は116.5,賃金は131.2となっており,生活保護の改定率がこれらを上回っていること,特に平成7年度を100とした場合には,生活扶助基準が104.3に上昇しているのに対し,消費者物価指数99.9,賃金は98.7となっており,物価,賃金ともにマイナスであることが分かる。
また,専門委員会は,昭和55年と平成12年の消費支出の構成を10大費目別に検討している。それによると,一般世帯,一般低所得世帯,被保護世帯ともにエンゲル係数が低下していることなどが分かる(乙11の資料9~14頁)。
以上のように,専門委員会は,昭和58年当時との比較を老齢加算廃止の直接の根拠とするものではないが,この間の社会情勢の変化に着目し,各種指標の推移について検討を行っている。
c 特別需要がないことについての専門委員会での検証の内容
第4回専門委員会では,特別集計に基づき,高齢単身世帯の消費支出を所得階層別に集計し,「60歳~69歳」と,「70歳以上」の生活扶助相当消費支出額を比較した資料(乙13の資料10~13頁)により検討が行われた。
同資料によると,一般世帯の生活扶助相当消費支出額は,「全体平均」,「第1-5分位」,「第1-10分位」のいずれにおいても,70歳以上が60歳~69歳よりも1万円以上低く,特に,第1-10分位においては,1万7540円の差がある。他方,70歳以上の生活扶助基準額(老齢加算を含む)は8万8112円であり,60歳~69歳の生活扶助基準額よりも1万3603円高く,一般世帯の生活扶助相当消費支出額と比較すると,第1-5分位(6万5843円)及び第1-10分位(6万2277円)を大きく上回っている。さらに,老齢加算を除いた場合(7万1190円)でも,第1-5分位及び第1-10分位の生活扶助相当消費支出額よりも高い。
以上のとおり,70歳以上の高齢者について,老齢加算に相当するだけの需要がないことは明らかである。
また,第6回専門委員会で配布された資料(乙17の資料3~4頁)により,被保護高齢単身世帯の家計消費の実態を,加算有世帯(主に70歳以上)と加算無世帯(主に60歳~69歳)で比較した場合,加算有世帯の方が貯蓄純増,繰越金,繰入金の額が多く,合理的理由のない差が生じており,老齢加算は,必ずしも老齢加算が想定する需要を満たすためには費消されず,貯蓄等に回っていることも明らかになった。ここからも,老齢加算に相当する特別な需要があるとは認められない。
(エ) 原告らの主張に対する反論
a 原告らは,高齢者のうつや自殺の増加から,交際費や教養娯楽費の需要が増大し,更に最低生活需要が増大すると主張しているが,論拠が不明である。この主張は,課題の存在と,そこに最低生活需要があることを混同したものであり,論証されていない。
b 原告らは,老齢加算の存在により,70歳以上の高齢者の第1類費の伸びが抑えられてきたとして,老齢加算と第1類費との関係性について主張しているが,単身世帯における年齢階級別の第1類費相当消費支出と第1類費を比較した専門委員会の資料(乙15の資料7~8頁)によると,以下のとおりとなっており,老齢加算がなくても70歳以上の第1類費は相対的に高い。
20~40歳
41~59歳
60~69歳
70歳以上
第1-5分位
100
97.3
92.2
78.9
第1-10分位
100
97.5
95.2
79.3
第1類費基準額
100
95.5
90.3
80.9
c 原告らは,社会情勢の変化に関して,専門委員会においては,昭和58年当時との社会情勢の比較は行われていない旨を強調している。
確かに,このような比較自体は行われていないが,この間の社会情勢の変化については,委員会も着目しており,第6回の委員会において,当該期間中の生活扶助基準改定率,消費者物価指数,賃金及び基礎年金改定率の推移を比較した資料(乙17の資料1頁)が提出され,検討が行われた。
ウ 専門委員会における検証の基礎資料(特別集計)の信頼性について
特別集計は,厚生労働省において,適法な手続によって入手した資料としての価値の高い調査票を基礎として集計したものであるから,その内容が正確なものであり,かつ客観性,妥当性を有するものであることはいうまでもない。
エ 専門委員会における検証の手続及び厚生労働大臣の保護基準変更に関する問題点について
(ア) 結論が当初から決まっていたとの点について
専門委員会では,老齢加算の削減の意見も,老齢加算の存在意義について疑問を呈する意見も委員からそれぞれ複数述べられている。老齢加算廃止の結果だけが事前に決められていたとの原告らの主張には根拠がない。
(イ) 中間取りまとめが委員の意見を無視したとの点について
専門委員会には,老齢加算廃止に対して賛成の意見,反対の意見もあった。しかし,老齢加算に相当するだけの特別需要が認められず,廃止の方向で見直すべきとした中間取りまとめは,検証の結果,最大公約数の集約された意見としてまとめられたものである。
(ウ) 代替策が存在しないとの点について
原告らは,ただし書部分が老齢加算削減・廃止の条件であった旨主張している。しかし,中間取りまとめにおける様々な提言については,順次,行政庁内部において検討を行うものであり,いつどのように実施するかは,厚生労働大臣の合目的的裁量権の範囲内というべきであるところ,中間取りまとめは,「現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められない。」との理由で,「廃止の方向で見直すべきである。」と結論付けており,ただし書部分以降を廃止の前提条件とするような構成にはなっていない。ただし書部分以降は,廃止を前提としつつ,その後に必要と思われる検討事項について付言したものと解するのが相当である。また,専門委員会は,平成16年12月15日付けの報告書において,単身世帯基準設定の検討等について提言していることからも,ただし書部分は老齢加算廃止の条件ではないと解するのが相当である。
また,激変緩和措置については,3年間かけて段階的に廃止したことで実現されている。原告らは,これは一時扶助等の代替措置を廃止の条件とするとの意味であった旨主張しているが,専門委員会での発言の経過によれば,そのようには解されない。
(エ) 厚生労働大臣の保護基準変更が中間取りまとめの結論に反しているとの主張について
中間取りまとめは,老齢加算という定額に見合う特別需要は認められず,そのため老齢加算という形態は廃止の方向で見直すべきであるというものであり,厚生労働省が行った老齢加算の廃止は専門委員会の中間取りまとめに沿ったものである。
(3) 老齢加算の削減・廃止による被保護者の最低生活の侵害の有無(争点③)
(原告らの主張)
老齢加算の削減・廃止により,被保護者の健康で文化的な最低限度の生活は侵害された。
ア 健康で文化的な最低限度の生活の実質的意味について
a 法1条は,最低限度の生活を保障するだけではなく,被保護者の自立についても目的として規定している。健康で文化的な最低限度の生活は,衣食住が事足りることだけでなく,被保護者が様々な面で自己実現及び社会参加を行い,自立に向けた足がかりとなり得るだけの内容を持つものでなければならない。
b 家族や地域社会との関わりを維持し,社会参加を積極的に行い,文化的な活動に関わっているという高齢者の生活の現状,国も高齢者の積極的な社会参加を支援していることなどからすると,現代の日本において高齢者は,家族や知人との付き合い,余暇活動,生涯学習等による自己実現や社会参加なしに「健康で文化的な生活」を実現し得ないことからも,一定の社会参加活動を実現して初めて「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されたことになる。
また,高齢者施策に関する法律は,高齢社会対策基本法の目的を実現するものでなければならず,それは生活保護法においても同様であるから,生活保護法も,高齢者に適用される場面においては当然,高齢者福祉の一環となる。とすれば,国及び地方公共団体は,生活保護法の運用においても高齢者の自立ないし社会参加の実現に努めなければならない。
c また,貧困という概念の定義,理解や,健康で文化的な最低限度の生活の構成要素と考えられる「機能」やそのような生活を達成するための「能力・手段」といった視点を以て,健康で文化的な最低限度の生活の内容は把握されるべきである。この視点を全く欠いた被告らの主張には正当性がない。
イ 佛教大学社会学部I教授の報告
佛教大学社会学部のI教授を中心とするグループによる検討結果(甲12。以下「I報告」という。)によると,単身高齢者の税込月額最低生計費は,1か月当たり18万5061円であり,生活保護を受けている単身高齢者についての最低生計費は,予備費を含めて11万4291円+住居費相当額,予備費を含めない場合であっても9万9291円+住居費相当額となる。
以上によれば,70歳以上の高齢被保護世帯は,老齢加算が満額受給されていた状態においてようやく,最低生活がかろうじて保障されるか否かの瀬戸際だったのであって,老齢加算が削減・廃止された今となっては,最低生活を大きく下回る生活を余儀なくされているということがいえる。
ウ 全日本民主医療機関連合会ソーシャルワーカー委員会の調査報告
全日本民主医療機関連合会ソーシャルワーカー委員会は,同連合会加盟の事業所を利用している70歳以上の被保護者(老齢加算が廃止となった人)のうち,入院・入所中の者を除いた在宅生活者で単身又は夫婦のみ世帯の者を対象として,平成19年6月5日から同年8月6日の間,対象者にソーシャルワーカーが訪問・面談して聞き取りを行う方法で生活実態調査を行い,「生活保護受給者老齢加算廃止後の生活実態調査報告」(甲58。以下「民医連調査報告」という。)として公表した。民医連調査報告では,調査結果を基にして,老齢加算廃止の影響と,老齢加算廃止後の生活保護の水準が「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しているかについて考察を行い,高齢の被保護者が一般の高齢者世帯と比べて非常に低い水準での生活を強いられ,健康で文化的な最低限度以下の生活を強いられていることが明確であり,老齢加算廃止によって生活の基本的な部分にまで支出の抑制が及び,最低限度の生活からは大きく乖離している,そして,現在の生活保護制度は憲法25条に定められた健康で文化的な最低限度の生活を保障しておらず,また老齢加算廃止により更に生活が悪化し,絶対的貧困の救済の流れに逆行しているなどとしている。
このように,民医連調査報告から,老齢加算が廃止された現在の多くの高齢被保護世帯の生活状況が,原告らと同じく,あるいはそれ以上に,厳しいものであることが明らかになった。
エ 最低生活の侵害
このように,70歳以上の高齢被保護世帯は,老齢加算が満額受給されていた状態においてようやく,最低生活がかろうじて保障されるか否かの瀬戸際だったのであって,老齢加算が削減・廃止された今となっては,最低生活を大きく下回る生活を余儀なくされている。老齢加算は,高齢者の生活需要をみたし,高齢者の「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するために支給され続けてきたが,このような需要は,老齢加算の削減が開始された前後においても変わらずに存続している。原告らは,老齢加算の削減・廃止後の生活保護費によって,従前と同様の需要を充足することができなくなり,今なお需要が充足されない状態が続いている。
オ 原告らの生活の状況
原告らは,その生活状況が把握されることもなく,事前の説明も一切されないまま,老齢加算の削減・廃止が行われたことにより,その生活に大きな影響を受けた。
原告Aは,老齢加算の廃止により,食生活においても質の低下がもたらされ,外出の機会が減らされ,友人との交流がなくなり,旅行という楽しみまでをも奪われたのであり,老齢加算の廃止によって余儀なくされた生活は,それまでかろうじて保障されていた人間としての尊厳を奪うものとなっていることは明白であって,憲法25条が国民に保障した健康で文化的な最低限度の生活とは到底いえない。
また,原告Bは,老齢加算が廃止され,腰痛を抱えているのに冬場の寒さに震えることまで強いられ,食生活においても質の低下がもたらされ,銭湯に行く回数も減り,葬式等の参加における旧友たちとの交流も奪われている。原告Bの生活は,憲法25条が国民に保障した健康で文化的な最低限度の生活とは到底いえない。
原告Cは,老齢加算が廃止されたことによって,生きがいである友人との食事の回数を減らさざるを得ず,もう一つの生きがいであるカラオケも回数を減らさざるを得なくなり,友人知人の冠婚葬祭にも行けなくなり社会参加の機会を奪われたのであり,憲法25条の健康で文化的な最低限度の生活とは到底いえない。
(被告らの主張)
老齢加算の削減・廃止によっても,被保護者の健康で文化的な最低限度の生活は侵害されていない。
ア 原告らの主張する各種老人福祉施策の展開と,老齢加算の削減・廃止との関連性は不明であり,むしろ,老齢加算が創設された当時は,老人福祉法が創設される以前であり,基準生活費も低劣であったため,老齢加算には高齢者の特別需要を充足する大きな意義があったものの,その後の原告らが指摘する各種老人福祉施策の充実は,法4条の定める補足性の原理からは,老齢加算の役割,意義を相対的に低下させるものである。また,高齢者施策に関する法律は,高齢社会対策基本法の目的を実現するものでなければならないとするが,原告ら独自の解釈であって失当である。
イ I報告について
(ア) I教授の調査は,一定の組織目的に沿って活動する団体の構成員を対象として実施しており,無作為抽出の調査と比べて抽出した客体に著しい偏りがあるといわざるを得ず,その調査結果をもって,京都市又は全国の高齢者の最低生計費を論ずること自体,著しく不相当である。
(イ) I教授の算定した最低生計費は,マーケットバスケット方式によるものであり,その計算過程に恣意的な要素が入っている。まず,価格設定について,同種商品のうち,最低でも中間くらいの価格帯を採用したとされており(他の裁判所での同種訴訟における証人尋問調書・甲49の24頁),最低生計費を算定する上で,なぜ,中間以上の価格帯を選択するのかについて,何ら合理的な説明がない。また,耐用年数についても,賃金引上げ要求や社会保障の要求のために算定された旧総評のものを用いている。さらに,交際費の算定に当たり,男単身70歳以上平均から月額2万2041円を計上しているが,高額所得者や高額資産を有する世帯を含めた平均を用いているため高くなっている。なお,厚生労働省及び専門委員会が検証に用いたのは,全国消費実態調査を特別集計して年間所得階級別にしたものであるが,それによれば,第1-5分位で7045円,第1-10分位で6599円であり(乙13の資料12~13頁),その差は第1-5分位で1万4996円,第1-10分位で1万5442円になる。また,「こづかい」として5000円が計上されているが,単身世帯の場合,使途が明確な消費支出は何らかの支出科目に計上されるため,I教授も指摘しているとおり,額としてはほとんどゼロであり,重ねて計上することは二重計上になると考えられる(甲12の62~64頁)。この差を合計すると,第1-5分位で1万9996円,第1-10分位で2万0442円となり,「交際費」及び「こづかい」を見直しただけでも老齢加算の額を上回る。
(ウ) I報告で算定された最低生計費は,全国でそれ以下の消費生活をしている世帯の割合が,65歳以上の高齢単身世帯で87.1%,65歳以上の夫婦のみ世帯で52.1%存在するという高い水準のものであり(甲12の66頁),一般国民の生活実態から遊離している試算であり,到底最低生活保障水準の基礎とはなり得ないものである。I教授は,老齢加算廃止前の生活保護水準も不十分であるとの認識のもとに(甲49の19頁),I教授及び京都総評最低生計費試算プロジェクトにとって望ましい,あるいは将来の達成目標としての最低生計費を算定したにすぎず,同算定結果は一般国民の生活水準との比較において定める相対的最低生活水準の考え方に立って設定されるべき最低生活費の基準とは到底なり得ないものである。
ウ 民医連調査報告について
民医連調査報告は,調査の対象が,老齢加算を削減された世帯であり,激変緩和措置として段階的に廃止されたとはいえ,老齢加算の削減によって保護基準が引き下げられた以上,老齢加算廃止前の基準による消費水準をそのまま維持することはできないのであるから,そこでの被調査者が従前の生活水準と比べて不足が生じたと答えるのはむしろ当然と考えられるのであって,そのことをもって加算廃止が正当化できないことの証左であるなどとする主張は,そもそも理由がない。
また,そもそもこの調査は,民医連加盟の事業所利用者を対象に,生存権裁判の支援などに活用するために実施され,「生活保護制度を後退させない運動推進・強化に活用する」とあるように(乙45の6頁),当初から老齢加算の必要性を根拠付けることを意図し,これを目的とした調査であり,被調査者にもそのような目的のものである旨を告知して調査への協力を求めた結果(甲58の118頁),これに賛同し応じて回答した者の回答結果のみが集計されているものであって,その調査対象の選定や調査項目の設定等について客観性,公正性が担保されているかは甚だ疑問といわざるを得ない。
(4) 本件各処分の手続上の違法性の有無(争点④)
ア 適正手続の保障
(原告らの主張)
法56条は,保護受給権を権利として保障するための規定であるが,同条の趣旨が貫徹されるためには,老齢加算の削減・廃止や最低生活費の切り下げが厚生労働大臣の告示の名の下に実施される場合でも,何らかの手続保障が必要と解すべきである。なぜなら,切り下げがされた場合,具体的不利益については個々の対象者一人一人にかかってくるからである。とすれば,本件のように厚生労働大臣の裁量権によって生活保護基準が切り下げられるような場合(不利益処分)には,法56条が要請する手続的要件に代替する何らかの手続的な保障をもって対応しなければならない。本件のように生活扶助費の老齢加算の削減が問題となっている場合に,対象者全員について生活実態の聴取手続を設けることは技術的困難を伴い現実的でないにせよ,生存権が個人の人格的生存に必要不可欠な権利であることに鑑み,また,法56条が個々の被保護者との関係で規定されていることとの対比からしても,少なくとも,例えばパブリックコメントを行うとか,あるいは専門委員会に被保護者とりわけ高齢者の被保護者の利益を代表する委員を選任する等して,対象者の意見を聴取する必要があったというべきであるし,また,少なくとも被保護者を直接の対象とする十分な実態調査も不可欠であった。本件各処分は,このような,不利益を受ける者にとっての手続保障が全く履行されないままされたものであるから,憲法25条及び法56条の趣旨に反し,違憲・違法というべきである。
また,手続の法定ないし適正を規定する憲法31条は行政手続にも準用される(最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)ことからしても,老齢加算の対象となっている被保護者ないしその代表者が何ら手続に関与せず,専門委員会の委員にも被保護者自身又は被保護者の立場を代表した者が一切入っていない点において,行政手続における適正な手続の具体的内容たる重要な告知聴聞の機会が実質的に全く保障されていないということができ,本件各処分に至る手続は適正を欠くから,この点からも本件各処分は取り消されなければならない。
(被告らの主張)
保護基準は,被保護者の最低生活を保障しているだけでなく,我が国の最低生活保障水準を定めるものであることから,客観的な指標に基づいて合理的に定められるべきであり,現に保護を受けている利益代表者との利害調整の過程で定められるべき性質のものではない。
また,厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会の専門委員会に,被保護者自身又は被保護者の立場を代表した者を参加させるべきであるとの原告らの主張は,独自の見解に基づくものであり,具体的な法律上の根拠がないことは明らかである。基準の見直しに際し,どのような専門家から意見を求めるかは,専門委員会の委員の人選も含め,厚生労働大臣の合理的・合目的的裁量にゆだねられているものである。
イ 保護基準改正告示日との関係
(原告A及び原告Bの主張)
本件処分2及び5は,平成17年4月1日を実施年月日として同年3月24日に,本件処分3及び6は,平成18年4月1日を実施年月日として同年3月23日及び同月24日に行われたが,平成17年度の厚生労働大臣告示は平成17年3月31日付け,平成18年度の厚生労働大臣告示は平成18年3月31日付けでそれぞれ行われている。よって,本件処分2,3,5,6は,いずれも,厚生労働大臣の告示(法8条1項)に基づかない処分であり,法8条1項に違反しているから,手続的違法の観点から取消しを免れない。
(被告京都市の主張)
生活保護は,要保護者に対して保護を行い,その最低限度の生活を保障することを目的としていることから,生活扶助のための保護金品は,原則として金銭給付により,1か月分以内を限度として前渡しすることとされている(法31条1項,2項)。このため,保護の実施機関は,おおむね毎月1日ないし5日を保護費の定例支給日と定めており,4月分の保護費の支給を適切に行うためには,前月に支給決定のための準備を行う必要がある。そして,保護の実施機関は,保護の変更決定を行い,これを被保護者に対し書面をもって通知しなければならないとされており(法25条2項,24条2項),告示を待って保護の変更手続を行っていては支給事務に支障を来すおそれがある。このため,厚生労働省においては,例年,3月初旬に全国生活保護担当係長会議を開催し,全国の自治体に対して次年度の基準改定告示案を示すとともに,改定の趣旨及び留意点等について周知している。被告京都市のした本件処分2,3,5,6は,この厚生労働省が示した告示案に基づくものである。
処分の決定日が告示日前となっている事情は上記のとおりであるし,これら処分の実施年月日は,平成17年4月1日又は平成18年4月1日であり,その時点では,上記告示による保護基準の改正が既にされている上,いずれの年においても,処分行政庁が保護変更決定の前提とした告示案どおりに保護基準の改正が告示され,4月1日から適用となっている。告示案どおりに基準改定が行われ,その適用日において法的要件を満たしているのであるから,決定日が告示日前であることのみをもって,瑕疵ある処分ということにはならないというべきである。
したがって,本件処分2,3,5,6はいずれも違法ではない。
第3当裁判所の判断
1 本案前の争点に対する判断
(1) 本件各義務付けの訴えは,いずれも行政事件訴訟法3条6項1号の規定によるいわゆる非申請型義務付け訴訟であり,一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり,かつ,その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り提起することができる(同法37条の2第1項)。以下,これらの要件について検討する。
(2) 「重大な損害を生ずるおそれ」
原告らの本件各義務付けの訴えは,老齢加算の削減・廃止がない状態を前提とする保護決定を求めるものである。そして,仮に原告らの主張するとおり,老齢加算の削減・廃止によって健康で文化的な最低限度の生活が侵害されており,削減・廃止が違法であると判断されるのであれば,原告らは,上記のような内容の保護決定がされていないことによって,加算相当の保護費を受給できずに健康で文化的な最低限度の生活を下回る状況に置かれているということになるから,重大な不利益を受けているといえる。
被告城陽市は,原告Cが保護費の支給を受けていることを理由に「重大な損害」の存在を否定する旨の主張をしているが,上記の検討に照らし失当である。
以上によれば,本件各義務付けの訴えは,「重大な損害を生ずるおそれ」の要件を満たす。
(3) 「損害を避けるため他に適当な方法がないとき」
ア 取消判決の拘束力
行政事件訴訟法33条1項によれば,処分を取り消す判決は,その事件について,処分をした行政庁その他の関係行政庁を拘束するとされており,この拘束力は,主文を導き出すのに必要な判決理由中の認定判断についても生じるものと解されるから,仮に,本件各取消請求が認容され,その理由として,老齢加算の削減・廃止が違法であるとの判断がされれば,各処分行政庁は,その判断に従って,当該取り消された処分に代わる保護決定を新たにし直すほか,当該判断と抵触する他の保護決定を変更することになるものと考えられる。
したがって,まずこの点において,原告A及び原告Bが,本件で取取消しを求めている処分以降の保護決定の存在と行政処分の公定力を根拠に,同人らの義務付けの訴えの正当性を主張しているのには,理由がない。
イ 本件各取消請求の判断内容との関係
そして,以上のような判決の拘束力によれば,原告らは,本件各取消請求をすることにより,前記の重大な損害を避けることができるようにも思われる。
しかし,本件各取消請求の認容に際し,老齢加算の削減・廃止が違法であると判断されるとしても,それには種々の理由があり得る。例えば,①削減・廃止によって健康で文化的な最低限度の生活を下回ることとなったことを理由に削減・廃止が違法であると判断された場合には,各処分行政庁は,取消判決の拘束力によって,当該取り消された処分に代わる保護決定を新たにし直すのみならず,老齢加算の削減・廃止を前提とした全ての保護決定を変更することになると考えられるが,②削減・廃止の判断過程や判断資料が不十分であり,削減・廃止に十分な根拠がないことが違法の理由であるとされた場合には,拘束力はその範囲でしか生じないと解されるから,各処分行政庁及び厚生労働大臣は,再度の検討により別の判断根拠,判断資料によって老齢加算の削減・廃止を再度決定し,当該取り消された処分に関しても,老齢加算の削減・廃止を内容とする保護決定を再度行うこともできると解される。
そうすると,本件において,原告らは,本件各取消請求の認容とその判決の拘束力を前提としても,前記の重大な損害を必ずしも避けられるとはいえないことになる。
ウ 被告京都市の主張について
(ア) 被告京都市は,取消判決の拘束力を理由に,取消請求が損害を避ける他の方法になる旨を主張しているが,前記イに照らし,失当である。
(イ) また,被告京都市は,保護変更決定が取り消されれば,新たな処分がされることなくそれ以前の処分が効力を有することになるから,取消請求の認容により,義務付けの訴えの内容が実現される旨も主張している。
しかし,前記イのように,再度老齢加算の削減・廃止を内容とする処分がされる可能性もあること,また,原告らについては,毎年4月1日を実施年月日として,冬季加算の削除による保護変更決定が行われているから,本件各取消請求が認容された場合も,各処分行政庁は,少なくとも冬季加算の削除を内容とする,取り消された処分と同一の実施年月日の新たな処分を行う可能性が極めて高いことなどに照らすと,被告京都市の主張するように,以前の処分が効力を有する状況になるとは考え難い。
よって,被告京都市の上記主張は採用できない。
エ 以上によれば,原告らの本件各義務付けの訴えは,「損害を避けるために他に適当な方法がないとき」に該当する。
(4) 被告城陽市の主張について
被告城陽市は,厚生労働大臣が既に基準の改定をしている以上,処分行政庁は,法8条1項により,その改定後の基準に従うことになり,改定以前の基準に基づいた処分をすべき権限はない旨主張している。
しかし,そもそも法8条1項の厚生労働大臣の定める基準は,最低限度の生活の需要を満たすに十分かつこれを超えないものであることが求められており(法8条2項),上記の改定が違法なものであると判断された場合に,処分行政庁が,その改定された基準をいわばなかったものとして,それには従わずに,改定前の基準に従った処分を行うことは,むしろ生活保護法の基本原理に合致し,法8条1項の解釈としても問題がないと解することができる。
したがって,被告城陽市の上記主張には理由がない。
(5) まとめ
以上のとおり,本件各義務付けの訴えは,いずれも行政事件訴訟法37条の2第1項の「重大な損害を生ずるおそれ」及び「損害を避けるために他に適当な方法がないとき」の要件を満たし,適法である。
2 本案の争点に対する判断
(1) 老齢加算制度の創設から削減・廃止までの経緯
本案の争点の検討の前提として,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,標記の点に関し,以下の事実が認められる。
ア 生活扶助基準算定方法の推移(乙7の資料26~27頁,乙25)
生活保護制度創設の当初は,当時の経済安定本部が定めた世帯人員別の標準生計費を基に算出する標準生計費方式が採用されていた。
昭和23年8月からは,最低生活を営むために必要な飲食物費や衣類,家具什器,入浴料といった個々の品目を一つ一つ積み上げて算出するマーケットバスケット方式により算定されていた。この方式では,一般国民の消費構造の変化や,一般労働者の賃金の上昇に対応して保護基準を大幅に引き上げることは容易ではなかった。
そこで,昭和36年度からは,マーケットバスケット方式に代わってエンゲル方式が採用された。飲食物費のみをマーケットバスケット式に積み上げによって求め,低所得世帯の実態調査から,この飲食物費と同額を支出している世帯のエンゲル係数の理論値を求め,更にその飲食物費をエンゲル係数で除して最低生活費とする方式である。これによって,昭和36年度において18%の高い改定率が実現された。
昭和37年8月には,社会保障制度審議会が,「社会保障制度の総合調整に関する基本方策についての答申および社会保障制度の推進に関する勧告」の中で,生活保護基準の改善については,「最低生活水準は一般国民の生活の向上に比例して向上するようにしなければならない。」とした上で,「国民一般の生活水準が高くなった今日,従来の保護基準はそれにおくれている。」,「生活保護水準の引き上げは,当面,昭和45年に少なくとも昭和36年度当初の水準の実質3倍になるように年次計画をたてる。」と勧告した(乙27)。その後,昭和39年12月に社会福祉審議会生活保護専門分科会から提出された,生活保護水準の改善についての審議内容の中間報告が,「第Ⅰ・10分位階級における消費水準の最近の上昇率に加えて,第Ⅰ・10分位階級と生活保護階層との格差縮少を見込んだ改善を行なうべきである。」などとした(乙26)。
これらを受けて,格差縮小方式が昭和40年度から導入された。格差縮小方式とは,政府経済見通しにおける個人消費の対前年度伸び率に格差縮小分をプラスアルファして翌年度の保護基準改定率を決定する方式である。
生活扶助基準の評価については,中央社会福祉審議会生活保護専門分科会の昭和55年12月付けの「生活保護専門分科会審議状況の中間的とりまとめ」(乙29。以下「昭和55年中間的とりまとめ」という。)が,昭和40年度以降格差縮小方式により相当の改善が図られたとし,さらに,同分科会の昭和58年意見具申(乙23)は,「生活保護において保障すべき最低生活の水準は,一般国民の生活水準との関連においてとらえられるべき相対的なものであることは,既に認められているところである。」,「国民の生活水準が著しく向上した今日における最低生活の保障の水準は,単に肉体的生存に必要な最低限の衣食住を充足すれば十分というものではなく,一般国民の生活水準と均衡のとれた最低限度のもの,即ち家族全員が必要な栄養量を確保するのはもちろんのこと,被服及びその他の社会的費用についても,必要最低限の水準が確保されるものでなければならない。」とし,「このような考え方に基づき・・・分析検討した結果,現在の生活扶助基準は,一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準に達している。」とした。
この意見具申を受けて,昭和59年度から,水準均衡方式が導入された。政府経済見通しにおける当該年度の民間最終消費支出の伸び率を基礎として,前年度までの一般国民の消費水準との調整を行い,改定率を決定する方式である。
以後,現在までこの水準均衡方式が採用されている。
イ 老齢加算制度の創設
老齢加算は,昭和35年4月より,前年度に開始された老齢福祉年金を収入認定する代わりに,福祉年金の月額と同額(月額1000円)を加算するものとして設けられた。老齢加算は,老人の特殊な需要に対応するものとされ,観劇,雑誌,通信費などの教養費,下衣,毛布,老眼鏡等の被服・身回り品費,炭,ゆたんぽ,入浴料等の保健衛生費,茶,菓子,果物等のし好品として積算された。(甲1)
ウ 方式の変更
その後,老齢福祉年金の額が大幅に改善されて基礎的生活需要に対応するという性格が強められ,生活扶助基準額との調整が必要となったため,検討の結果,加算の額は本来通常の基準額で賄うことができない老人の特別の需要に見合うべきであり,第1類基準額との間にある程度の均衡が保たれていることが望ましいとされ,昭和51年1月からは,老齢福祉年金と同額を加算する方式が廃止されて,1級地65歳以上男女の第1類基準平均額の50%とされた(甲1,2,乙28)。その後の老齢加算額は,生活扶助基準改定率により改定されていた(乙13の資料8頁)。
上記の老齢に伴う特別需要の内容について,厚生省は,「1 食料費-生鮮魚介,野菜等の中でも消化吸収がよく,ビタミン等の豊富な食品を他の年齢層より余分に摂取する必要がある。2 光熱費-老人は小人数世帯の場合が多く,肉体的条件から暖房等のための費用を余分に必要とする。3 被服費-寒気,湿気等に対応できるよう寝具,衣料品などの費用を余分に必要とする。4 保健衛生費-保健医療,理容衛生費としての家庭薬,栄養剤等また入浴関係などの費用を余分に必要とする。5 雑費-墓参,親戚知人への訪問関係の費用,交際費また老人クラブ関係費などの教養娯楽費等を余分に必要とする。」と説明していた(昭和51年1月20日付け厚生省社会局保護課長通知・甲41)。
エ 昭和55年時の老齢加算についての検討
(ア) 検討の経過
a 昭和55年5月17日に行われた生活保護専門分科会では,参考資料として,「加算の考え方について」との資料(甲22の2の13枚目)が提出され,検討された。
同資料では,老齢加算における老齢者に特有の需要として,「(1)食料費…老齢者は咀しゃく力が弱いため,他の年齢階層に比較し,消化吸収がよくビタミン等の豊富な良質の食品を摂取する必要があり,そのための費用が余分に必要となる。また高齢者は動脈硬化症,高血圧症など特に栄養摂取上特別の配慮が必要な者が多い。しかし,生活保護基準では低所得世帯の各食品群へのカロリー配分・平均カロリー単価を基礎として算定しており,特に栄養摂取上特別な配慮が必要な高齢者は余分な費用が必要となる。」,「(2)光熱費…老人は少人数世帯が多く,また肉体的条件から暖房等のための費用を余分に必要とする。」,「(3)被服費…寒気,湿気等に対応できるよう寝具,衣料品,湯たんぽ等の費用を余分に必要とする。」,「(4)保健衛生費…老齢者は気温の変化等に対する適応性に欠けるため,風邪などをひきやすく,普段から家庭薬,栄養剤等健康の保持のための費用を余分に必要としている。」,「(5)雑費…高齢者は孤独感におちいりやすく,親戚知人への訪問,老人クラブへの加入,近隣との交際,観映劇,墓参,供養料などの費用が余分に必要となる。」とされていた。
b 昭和55年6月28日に行われた生活保護専門分科会では,昭和49年全国消費実態調査の統計結果を基にして,老夫婦世帯と一般夫婦世帯の構成比の比較を行った「老夫婦世帯の収入・支出の内訳」との資料(甲23の2の1の2~3枚目)が提出され,検討された。
この資料は,世帯主が「60~64歳」,「65~69歳」,「70歳以上」の各年齢層の世帯を「老夫婦世帯」とし,それぞれについて,各消費費目の構成比を算出し,これと一般夫婦世帯(世帯主平均42.8歳)の各消費費目の構成比を比較するというものであった。その結果によれば,主に食料費,光熱費,交通通信費,教養娯楽費,交際費の構成比は,各年齢層の老夫婦世帯のいずれもが,一般夫婦世帯を上回っていた。また,食料費及び光熱費の構成比は,年齢とともに高くなっており,食料費の細目のうち副食とし好品についても,年齢とともに構成比は高くなっていた。また,消費支出の額は,一般世帯が12万1282円であったのに対し,60~64歳の世帯は10万1857円,65歳~69歳の世帯は9万9760円,70歳以上の世帯は8万9954円であった。
(イ) 昭和55年中間的とりまとめ
以上のような資料の検討等を経た上で,昭和55年中間的とりまとめが作成された。
そこでは,前記昭和51年1月の改定は,老齢の「特別需要を算定するに当って,福祉年金の趣旨・給付額・家計調査等から得られる消費実態,外国の加算制度の実態等を総合的に勘案して定めたものであり,その妥当性の根拠は現在も変っていない。又,現在利用可能な資料を用いて特別需要額を推計してみると,現行の加算額は,金額的にもそれぞれの特別需要にほぼ見合うものと考えられる。」との見解が示され,また,老齢者の特別需要として「老齢者は咀しゃく力が弱いため,他の年齢層に比し消化吸収がよく良質な食品を必要とするとともに,肉体的条件から暖房費,被服費,保健衛生費等に特別な配慮を必要とし,また近隣,知人,親せき等への訪問や墓参などの社会的費用が他の年齢層に比し余分に必要となる。」とされ,この特別需要が存在することに対応して老齢加算が設定されており,その必要性は客観的に認められるとされた。(乙29)
オ 昭和58年時の老齢加算についての検討等
(ア) 検討の内容
a 昭和57年9月21日に行われた生活保護専門分科会では,「高齢単身世帯の生活扶助相当経費のうちの特別需要調べ」との資料(甲30の2の1)が提出され,検討された。
この資料は,昭和54年全国消費生活実態調査の統計結果を基にして,70~74歳及び75歳以上の各単身世帯の消費支出と,51~59歳,60~64歳及び65~69歳の各単身世帯のそれとの比較をしたものであり,その際,70~74歳及び75歳以上の各単身世帯の消費支出全体に占める各消費費目の割合を構成比として算出し,その他のそれぞれの世帯の消費支出額にこの構成比をそれぞれ乗じて得た額を,70~74歳及び75歳以上の各単身世帯の消費支出額の修正値とした上,この修正値と,他の各単身世帯の各消費費目の支出額とをそれぞれ比較した。その結果によれば,70~74歳の世帯は,51~59歳の世帯と比較すると8365円の,60~64歳の世帯と比較すると5146円の,65~69歳の世帯と比較すると5763円の特別需要額があるとされ,また,75歳以上の世帯は,51~59歳の世帯と比較すると1万3591円の,60~64歳の世帯と比較すると1万4052円の,65~69歳の世帯と比較すると1万3481円の特別需要額があるとされた。
また,この資料によると,消費支出の額は,51~59歳の世帯は7万5032円,60~64歳の世帯は7万9023円,65~69歳の世帯は8万0805円であったのに対し,70~74歳の世帯は7万2250円,75歳以上の世帯は5万3700円であった。
b 昭和58年5月24日に行われた生活保護専門分科会には,「加算対象世帯の特別需要の測定及び加算額との比較」との資料(甲35の2の1)が提出され,検討された。
この資料は,昭和54年全国消費実態調査の統計結果を基にして,70~74歳及び75歳以上の各単身女性世帯の消費支出と,51~59歳の単身女性世帯のそれとの比較,老夫婦(70歳,180万円未満)世帯の消費支出と,夫婦(140万円未満)世帯のそれとの比較,老夫婦(71~75歳,180万円未満)世帯の消費支出と,夫婦(180万円未満)世帯のそれとの比較をしたものである。その際,各比較における前者の世帯の消費支出全体に占める各消費費目の割合を構成比として算出し,この構成比を,各比較における後者の世帯の各消費費目の消費支出額にそれぞれ乗じて得た額を,各比較の前者の世帯の消費支出額の修正値とした上,この修正値と,各比較の後者の世帯の各消費費目の消費支出額とを比較した。その結果,51~59歳の単身女性世帯と比較すると,70~74歳の単身女性世帯は9977円の,75歳以上の単身女性世帯は1万1178円の特別需要額があるとされた。また,夫婦(140万円未満)の世帯と比較すると,老夫婦(70歳,180万円未満)の世帯は1万1472円の特別需要額があるとされ,夫婦(180万円未満)の世帯と比較すると,老夫婦(71~75歳,180万円未満)の世帯は1万6005円の特別需要額があるとされた。
また,この資料によると,消費支出の額は,51~59歳の単身女性世帯は7万5012円,70~74歳の単身女性世帯は7万0050円,75歳以上の単身女性世帯は5万1405円,夫婦(140万円未満)の世帯の消費支出額は9万9941円,夫婦(180万円未満)の世帯の消費支出額は12万5340円,老夫婦(70歳,180万円未満)の世帯は9万3271円,老夫婦(71~75歳,180万円未満)の世帯は14万2685円であった。
(イ) 昭和58年意見具申
昭和58年意見具申は,以上のような資料の検討等を経た上でまとめられ,そこでは,「低所得世帯の家計に関する各種の資料を基にして,加算対象世帯と一般世帯との消費構造を比較検討した」結果,老齢の「特別需要としては,加齢に伴う精神的又は身体的機能の低下・・・に対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費などの加算対象経費が認められているが,その額は,おおむね現行の加算額で充たされているとの所見を得た。」とされ,老齢などの加算の「実質的水準が今後とも維持できるようにすることが必要であるが・・・特定の需要に対応するものであることから,その改定に当たっては,生活扶助基準本体の場合とは異った取り扱いをするよう検討すべきである。」とされた。(乙23)
(ウ) 老齢加算の改定方式の変更
この意見具申を受けて,昭和59年度以降,老齢加算の改定は,生活扶助第1類費相当の消費者物価伸び率をもって改定する方式に改められた。(乙13の資料8頁,乙25)
カ 老齢加算の削減・廃止
(ア) 各種の提言(乙1)
a 平成12年5月の社会福祉事業法等一部改正法案に対する附帯決議(衆議院,参議院)では,介護保険制度の全般見直しの際に,生活保護の在り方についても十分検討を行う旨が明記された。
b 平成15年6月16日の社会保障審議会意見では,「生活保護については・・・今後,その在り方についてより専門的に検討していく必要がある。」などとされた。
c 同月19日の財政制度等審議会建議では,「近年,高齢化の進展や経済活動の低迷等を受けて生活保護受給者が急増してきている・・・保障水準やその執行状況によっては,モラルハザードが生じかねず,かえって被保護者の自立を阻害しかねないという面も指摘される。このため,制度・運営面について・・・しっかりとした点検と見直しが必要である。」,「生活扶助基準・加算の引下げ・廃止・・・など制度・運営の両面にわたり多角的かつ抜本的な検討が必要である。」,「特に,原則70歳以上の高齢者に上乗せされる老齢加算(17,930円1級地-1)は福祉年金創設との関係から昭和35年に創設されたが,年金制度改革の議論と一体的に考えると,70歳未満受給者との公平性,高齢者の消費は加齢に伴い減少する傾向にあること等からみて,廃止に向けた検討が必要である」などとされた。
d 同月27日の,骨太の方針と呼ばれる経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003(閣議決定)では,「生活保護においても,物価,賃金動向,社会経済情勢の変化,年金制度改革などとの関係を踏まえ,老齢加算等の扶助基準など制度,運営の両面にわたる見直しが必要である。」などとされた。
(イ) 専門委員会の設置
厚生労働省は,以上のように生活保護制度見直しの必要が指摘されたことなどから,生活保護制度全般について議論するため,社会保障審議会福祉部会内に専門委員会を設置し,平成15年8月6日,第1回委員会が開かれ,以後議論が重ねられた。
(ウ) 第4回専門委員会
平成15年11月18日に開かれた第4回専門委員会において,特別集計に基づいて作成された「高齢単身世帯における消費実態と生活扶助基準との比較について」という資料(乙13の資料10頁以下)が各委員に配付された。この資料における検討の内容は,以下のとおりであった。
a 生活扶助相当消費支出額(消費支出額の全体から,生活保護制度中の生活扶助以外の扶助に該当するもの,生活保護制度で基本的に認められない支出に該当するもの,被保護世帯は免除されているもの及び最低生活費の範疇になじまないものを除いたもの。)について,高齢単身無職世帯における消費実態と生活扶助基準との比較を行うと,①全世帯平均では,60~69歳は11万8209円であるのに対し,70歳以上は10万7664円であり,②第1-5分位では,60~69歳は7万6761円であるのに対し70歳以上は6万5843円,③第1-10分位では,60~69歳では7万9817円であるのに対し,70歳以上は6万2277円であり,いずれも60~69歳の者より70歳以上の者の生活扶助相当消費支出額が低い状況となっていた。
b 第1-5分位の70歳以上の単身無職世帯の生活扶助相当消費支出額が6万5843円であるのに対し,70歳以上の者の老齢加算を除いた生活扶助基準額は7万1190円であり,生活扶助基準額の方が高い状況となっていた。
(エ) 第6回専門委員会
平成15年12月2日に開かれた第6回専門委員会において,平成11年被保護者生活実態調査に基づいて作成された,被保護高齢単身世帯の家計の状況についての資料(乙17の資料2~4頁)が各委員に配付された。この資料によると,老齢加算有世帯(主に70歳以上)と,老齢加算無世帯(主に60歳~69歳)で比較した場合,①老齢加算無世帯の貯蓄純増額(「預貯金」と「保険掛金」の合計から「預貯金引出」と「保険取金」を差し引いたもの)は9407円,可処分所得(「実収入」から税金,社会保険料などの「非消費支出」を差し引いた額)に占める割合(平均貯蓄率)は8.4%であるのに対し,老齢加算有世帯の貯蓄純増額は1万4926円,平均貯蓄率は12.1%であり,②老齢加算無世帯の翌月への繰越金(月末における世帯の手持ち現金残高)は3万6094円であるのに対し,老齢加算有世帯の翌月への繰越金は,4万7071円であった。
(オ) 中間取りまとめ
以上のような資料による検討も経て,第6回専門委員会では,「生活保護制度の在り方についての中間取りまとめ(案)」(以下「中間取りまとめ(案)」という。乙17の11枚目以下)が各委員に配付され,その内容のうち,老齢加算に関するものは,以下のとおりであった。
① 一般に,加算は被保護者の特別の需要に対応するものであり,必要即応の観点,実質的最低生活の確保の上から検討する必要がある。しかし,歴史的な経緯で設けられてきた加算には現在の状況に合わないものもある。
② 単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について,70歳以上の者と60歳~69歳の者との間で比較すると,前者の消費支出額の方が少ないことが認められる。
③ したがって,消費支出額全体でみた場合には,70歳以上の高齢者について,現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められないため,廃止の方向で見直すべきである。
④ また,見直しに当たっては,以下の点について考慮すべきとの意見があった。
・ 高齢者世帯の社会的費用については一定の需要があると認められるので,生活保護基準の体系の中でその点に配慮すること
・ 年金受給者と非受給者とを区別して取り扱うことについて検討すること
・ 被保護世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩和の措置を講じるべきこと
専門委員会は,この案について議論を経た上で,平成15年12月16日,意見集約をした文書として,中間取りまとめ(乙3)を作成した。その内容のうち,老齢加算に関するものは以下のとおりである。
① 加算は被保護者の特別の需要に対応する方策の一つであり,必要即応の観点,実質的最低生活の確保の上から検討する必要がある。しかし,歴史的な経緯で設けられてきた加算には現在の状況に合わないものもある。
② 単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について,70歳以上の者と60歳~69歳の者との間で比較すると,前者の消費支出額の方が少ないことが認められる。
③ したがって,消費支出額全体でみた場合には,70歳以上の高齢者について,現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められないため,加算そのものについては廃止の方向で見直すべきである。ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,生活保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要がある。
④ また,被保護世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩和の措置を講じるべきである。
(カ) 老齢加算の削減・廃止
a 厚生労働大臣は,中間取りまとめの結果等を受け,平成16年3月25日付け厚生労働省告示第130号により保護基準を改正(同年4月1日から適用)して老齢加算額を減額した(以下「本件保護基準変更1」という。)。これにより,1級地の在宅者の老齢加算の額は,それまでの月額1万7930円から9670円になった。
b 厚生労働大臣は,平成17年3月31日付け厚生労働省告示第193号により保護基準を改正(同年4月1日から適用)して更に老齢加算額を減額した(以下「本件保護基準変更2」という。)。これにより,1級地の在宅者の老齢加算の額は月額3760円に,2級地の在宅者の老齢加算の額は,それまでの月額8800円から3420円になった。(乙36の1)
c 厚生労働大臣は,平成18年3月31日付け厚生労働省告示第315号により保護基準を改正(同年4月1日から適用)して,老齢加算を廃止した(以下「本件保護基準変更3」といい,本件保護基準変更1及び2と合わせて「本件各保護基準変更」という。)。(乙36の2)
d 本件各処分は,これらの本件各保護基準変更に基づいて行われた。
(2) 違憲性・違法性の判断方法等について(争点①)
ア 厚生労働大臣の裁量の範囲等
(ア) 本件各処分は,厚生労働大臣が告示によって変更した保護基準に基づいて行われたものであるが,厚生労働大臣が保護基準を定める際の裁量は,法8条2項により制約されており,厚生労働大臣は,最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであってかつこれを超えない程度の範囲で,保護基準を定めなければならない。
(イ) そこで,この「最低限度の生活」の意義が問題となるところ,憲法25条1項は,「健康で文化的な最低限度の生活」と規定しているが,法においても,保障されるべき生活水準に関し,「最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」という表現(法3条)をしているにとどまり,その文言は,憲法25条1項の「健康で文化的な最低限度の生活」をより具体化したものとはなっていない。
そもそも,健康で文化的な最低限度の生活は,抽象的・相対的概念であって,それを言葉でより具体化することができず,法8条では,せいぜい要保護者の需要を基とすることとし,その需要を測定するための基準を厚生労働大臣が定めるとしか規定できなかったものである。その基準を定めるための考慮要素は法8条2項に列挙されているが,いずれにせよ,需要の具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において,多数の不確定要素を総合考量して初めて決定できるものであって,厚生労働大臣がその定める基準を通じて行使する合目的的な見地からの裁量にゆだねられていると解すべきである。また,そもそも健康で文化的な最低限度の生活を具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,多方面にわたる複雑多様な,高度の専門技術的考察とそれに基づいた政策的判断を必要とする面があることも否定できない。そうすると,上記の厚生労働大臣の判断は直ちに違法の問題を生ずることはないが,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反し,裁量権の限界を超えたり,裁量権を濫用した場合には,違法となるものと解される(以上につき,最高裁判所昭和42年5月24日大法廷判決・民集21巻5号1043頁,最高裁判所昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。
(ウ) 原告らは,保護基準を切り下げる場合には,上記最高裁判決の理は妥当せず,憲法や生活保護法の趣旨からは,原則として切り下げは許されず,国の側で切り下げ後の基準が健康で文化的な生活に妥当しているか論証しなければならないとか,切り下げの際にはより厳しい審査基準によって厚生労働大臣の裁量の範囲が画されるべき旨を主張している。しかし,法1条,3条,8条2項及び憲法25条等の規定からは,保護基準の設定は,健康で文化的な最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならないということしか導き得ず,特に基準切り下げの場合について何らかの特別の要件が設定されているものではない。したがって,原告らの主張を直ちに採用することはできない。
イ 法56条について
(ア) 法56条は,「被保護者は,正当な理由がなければ,既に決定された保護を,不利益に変更されることがない。」と規定している。
まず,「正当な理由」の意義について検討すると,法56条の趣旨は,被保護者は,法の定めるところの事情の変更の場合に被保護者が該当し,かつその変更についての手続を正規に採らない限り,保護を不利益に変更されない,というところにあるものと解されるから,「正当な理由」とは,法の定めるところの保護の変更,停止等が行われるべき場合に被保護者が該当し,かつその変更等の手続が正規の要件を充足することをいうものと解される(甲10)。
同条が,厚生労働大臣による保護基準設定行為,すなわち保護基準の定立及び変更にも適用されるのかについては当事者間に争いがあるところ,保護基準が不利益に変更されれば,個々の被保護者に対して行われる保護も,これと軌を一にして不利益に変更されることとなるといえるから,厚生労働大臣の保護基準設定行為にも同条が適用され,「正当な理由」が必要となるといえる。
(イ) 本件各保護基準変更は,前記アのような厚生労働大臣の裁量にゆだねられたものであるところ,その裁量の範囲内である限りは,保護基準の変更は適法かつ正当であるから,原則として,上記のような保護の変更,停止等が行われるべき場合に該当するものといえる。逆に,本件各保護基準変更が厚生労働大臣の裁量の範囲を逸脱するものであった場合には,保護基準の変更自体が違法であり,上記のような保護の変更,停止等を行うべき場合に該当しないことになるといえる。
要するに,法56条の正当な理由は,保護基準設定行為時の厚生労働大臣に与えられた裁量に対する制約と同様の制約を意味するにすぎず,これらの判断も重なり合うものである。
(ウ) そして,本件各保護基準変更が裁量の範囲内で行われ,法56条の正当な理由も認められる場合には,処分行政庁は,法8条1項により,その変更後の保護基準に従って,保護を変更する処分をすることになるから,原則として,本件各処分にも法56条の正当な理由が認められ,逆に,本件各保護基準変更が裁量の範囲を逸脱し,正当な理由が認められない場合には,本件各処分についても,法8条1項により保護を変更すべき場合に該当せず,正当な理由も認められないことになる。
ただ,保護基準変更自体は,裁量の範囲を逸脱していないとしても,その基準に基づいてその被保護者に処分をすることが,従来有していたその被保護者特有の需要を満たさなくなるという場合には,例外的に,法56条を根拠に,変更処分が違法となる余地がある。その特有の需要が具体的なものであって金額で測れる場合は,原則としてその部分がその被保護者特有の需要となるが,需要の総額が基準によって得られる金額を超えるがどの部分が特有といえるのか不明な場合には,結局のところは,総額としてみたときに健康で文化的な最低限度の生活を下回る結果をもたらしている部分をもって,被保護者特有の需要というほかないであろう。
(エ) 原告らの主張について
以上のような理解によれば,原告らの主張するように,法56条が,「正当な理由」を,前記アのような厚生労働大臣の裁量の範囲を更に限定する加重要件として定めたものとは解されないし,法56条の解釈から,厚生労働大臣が保護基準を切り下げる際の特別の要件が導かれるとも解されない。
ウ まとめ
(ア) 以上のとおり,厚生労働大臣が保護基準を不利益に変更する場合に,その裁量について,原告が主張するほどの特別な制約を課されるとは考えられないが,変更前の保護基準は,厚生労働大臣が法8条2項の要件を充足する基準としていたものであり,変更が被保護者に不利益を与えるものであることを考慮すると,全く新たに保護基準を定立する場合に比べて,厚生労働大臣の裁量の幅は小さくなるというべきである。
そこで,次に,本件各保護基準変更がこのような厚生労働大臣の裁量の範囲内であったか否かを判断することになるが,その際には,本件各保護基準変更の内容,そこに至る判断過程,判断資料の合理性等を検討した上で判断すべきである。これらの点に関しては,後記(3)以下で検討する。
(イ) 立証責任について
法56条の正当な理由についての立証は,保護基準設定行為が厚生労働大臣の裁量の範囲内であったか否かの立証と重なることになる。そして,本件においては,理論上は,本件各処分の適法性を主張する被告らに,本件各処分の適法性を根拠付けるところの,本件各保護基準変更の適法性,すなわち,これらが厚生労働大臣の裁量の範囲内であったこと(法56条の正当な理由があったこと)を立証する責任があるが,これについては,その裁量の範囲内であることを基礎付ける事実についての主張立証が行われれば足りる。他方,原告らは,この裁量の範囲外であることを基礎付ける事実について主張立証を行うべきことになる。
当事者双方が主張立証した事情を前提に,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反し,裁量権の限界を超えたり,裁量権を濫用したといえるかどうかは法的判断であるから,立証責任の問題は生じないが,その際,上記(ア)記載の保護基準を不利益に変更する場合の裁量の幅の限定を加えることになる。
なお,仮に厚生労働大臣の保護基準変更がその裁量の範囲内にあったとしても,上記イ(ウ)記載の原告らそれぞれに特有の需要があるかどうかは,その判断の必要が生じた場合に,最後に検討することとする。
(3) 専門委員会における検証から本件各保護基準変更に至るまでの過程の合理性等についての検討(争点②)
ア 厚生労働大臣の判断
前記(1)カで認定した老齢加算の削減・廃止の経緯に係る事実及び弁論の全趣旨によれば,厚生労働大臣は,第4回専門委員会で各委員に配付された資料(乙13の資料10~14頁)における検討の結果,①高齢単身無職世帯における消費実態と生活扶助基準との比較を行うと,全世帯平均,第1-5分位,第1-10分位のいずれにおいても,60~69歳の者より70歳以上の者の生活扶助相当消費支出額が1万円以上低い状況となっていたこと(前記(1)カ(ウ)a。以下「比較①」という。),②70歳以上の者の老齢加算を除いた生活扶助基準額は第1-5分位の70歳以上の単身無職世帯の生活扶助相当消費支出額より高い状況となっていたこと(前記(1)カ(ウ)b。以下「比較②」という。)から,これら比較①及び②も踏まえて70歳以上の高齢者に老齢加算に相当するだけの特別な需要がないとした中間取りまとめの判断を採用し,本件各保護基準変更を行ったものと認められる。
そこで,以下,このような厚生労働大臣の判断の根拠となった上記比較①及び②を含む専門委員会における検証及び中間取りまとめの合理性,また,これを基にした厚生労働大臣の判断自体等の合理性について検討する。
イ 最低限度の生活の判断方法等からの検討
(ア) 前記(1)アのような生活扶助基準の算定方法の推移に関する事実によれば,生活扶助の基準は,絶対的な需要の積み上げによるものではなく,一般国民の消費水準との関係で相対的に定められてきたものということができる。また,前記(2)ア(イ)のとおり,そもそも健康で文化的な最低限度の生活は,抽象的・相対的な概念であって,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断されるべきものである。
(イ) そうすると,生活扶助についての加算である老齢加算制度についても,老齢加算のみに対応する絶対的な需要というものを念頭において加算額を検証するのではなく,老齢加算も含めた全体の生活扶助基準額が,その時々の社会的諸事情や一般的な国民生活の状況との相関関係によって相対的に検証され,それによって加算に対応する需要の有無が測られ,加算の妥当性や加算額の妥当性が判断されると考えるのが,合理的である。
この点,老齢加算などの加算については,絶対的な基準によって上乗せするものであるという考えも成り立ち得なくはない(例えば,第4回専門委員会におけるG委員長の発言(乙12の6頁)参照)が,これは一つの考え方にすぎないし,老齢加算が生活扶助についての制度であること,その生活扶助基準の改定については,昭和40年度以降,相対性を前提とした格差縮小方式,水準均衡方式が採用されていたこと,老齢加算も昭和51年以降,生活扶助基準改定率による方式によって改定されていたこともあったことなどの事情からすると,老齢加算も生活扶助の一部として,一般的な国民生活の状況との相関関係によって決められるものであるという考え方には,相応の根拠があるといえる。
(ウ) そうすると,生活扶助相当消費支出額によって,老齢加算のない世帯との消費水準を比較検討し,老齢加算も含めた生活扶助基準額が妥当かどうかを判断することにより,上記のような相対的な捉え方による老齢加算に対応する需要を測ることができるし,このような比較検討の結果を老齢加算削減・廃止の根拠とすることにも十分な合理性が認められる。
したがって,生活扶助相当消費支出額と生活扶助基準額の比較である比較①及び②も,老齢加算に対応する需要を測るための検討手法として合理的であるということができる。
そして,比較①及び②の内容からすると,一応,老齢加算がなくとも,70歳以上の単身無職者の消費支出を充足するに足りているということができ,これはすなわち,70歳以上の単身無職者には,上記のような相対的な捉え方によったところの特別の需要というものが認められないことを意味するものである。
したがって,比較①及び②並びにこれを踏まえた中間取りまとめの判断等を根拠に,厚生労働大臣が本件各保護基準変更を行い,老齢加算を削減・廃止したことも,合理的であって,一応,厚生労働大臣の裁量の範囲内であるものと考えられる。
ウ 原告らの主張の検討
一方,原告らは,前記第2の4(2)(原告らの主張)のように,本件各保護基準変更の根拠となった中間取りまとめや比較①及び②等には合理性がなく,また,そもそも本件各保護基準変更はそのような中間取りまとめの結論にも反しているなどという旨,種々の根拠を挙げて主張しているので,次に,この原告らの主張を検討しつつ,比較①及び②を含む専門委員会における検証及び中間取りまとめの合理性や,厚生労働大臣の判断自体等の合理性について検討する。
(ア) 消費支出を比較した点について
原告らは,消費支出を比較したことは,最低限度の生活を維持するために必要な高齢者の需要の中身を検討するというものではない点において不当であるとか,各支出費目の比較を行うことによって消費構造の比較検討を行ったり,幅広い年齢層との比較から高齢者に特有の需要を拾い出そうとしていた従来の手法を変更したのは誤りである旨主張している。
しかし,法3条の「生活水準」とは,消費生活の具体的内容を示す言葉で,消費生活がどのような仕方で営まれているかをその内容とするものと考えられ(乙20),したがって,生活保護法の予定する最低限度の生活水準とは,消費生活によって測られるべきものと解される。そして,消費とは,生活の必要を満たすために財やサービスを購入し,消耗することをいうと解されるから(乙21),消費支出の額は,生活上の需要の有無,程度を反映したものということができる。
よって,生活扶助相当消費支出額の比較をすることにより,特別需要の存否を判断し,最低限度の生活水準が満たされているかを判断することには合理性がある。
(イ) 低所得高齢者と比較した点について
原告らは,低所得高齢者と比較したことについて,低所得高齢者世帯の消費には大きな抑圧がかかっており,本来の需要は消費支出に現れてこないから,低所得高齢者の消費水準と比較しても,高齢者の特別需要を測ることはできない旨主張している。
a 変曲点の関係
原告らが主張するとおり,第2回専門委員会で提出された資料によると,家計調査特別集計結果を基に,勤労者3人世帯(夫婦子1人世帯)の消費支出額の傾向から仮定の上で計算した結果,変曲点は,3.32~3.70-50分位にあると算出されていることが認められる(乙9の資料1の12~16頁)。
しかし,変曲点を用いて生活保護基準の妥当性を検証することも十分に可能なものであるとはいえ(昭和58年意見具申時にはこの手法が用いられていた。乙9の資料1の10頁),①変曲点が仮定を経た上での計算上の数値であり,基礎とする資料の範囲等によって変動する可能性があって,必ずしも最低限度の生活水準を示すともいえないことや(横軸を収入階層から収入にするなどすれば,変曲しなかったり,変曲点が変わる可能性もあり,上記資料による変曲点が生活水準の低さを示していない可能性があることについて,第2回専門委員会でJ委員から指摘されているところでもある。乙8の5~6頁),②変曲点,すなわち消費水準が急激に低下する点を下回る生活と,社会の状況等との相関関係により決せられる相対的概念である健康で文化的な最低限度の生活とは必ずしも同一であるとはいえない別個の概念であることなどからすれば,変曲点という概念は,これを下回れば健康で文化的な最低限度の生活を下回っていると直ちに判断できる基準そのものであるとか,変曲点によらなければ最低限度の生活が測れないというような性質のものであるとは認められない。
以上のような変曲点の概念の性質によれば,仮に原告らの主張するように,比較①が比較の対象とした第1-5分位及び第1-10分位に変曲点以下の層が含まれていたとしても(上記の数値を前提とすると,第1-5分位の33.2~37%,第1-10分位の66.4~74%は変曲点以下の層ということになる。),そのことから,比較①が検討手法として不合理であるということにはならない。
b 漏給層の関係
生活保護受給者の捕捉率について,確かに生活保護を受けられるのに受けていない者が存在することはあり得るが,仮にその割合が原告らの主張するとおりの20%程度であったとしても,これらの者の生活が健康で文化的な最低限度の生活を下回っているとは限らない。すなわち,格差縮小方式及び水準均衡方式が採られた結果,平成14年の時点で,一般世帯と被保護世帯の消費支出格差は,73%にまで縮まっていること(乙22),水準均衡方式の採用された昭和59年から平成14年までの消費支出額の実質伸び率は,平均が0.7%であるのに対し,第1-5分位は5.8%,第1-10分位は7.2%であり,同時期の生活扶助相当消費支出額の実質伸び率は,平均が0.5%であるのに対し,第1-5分位は6.7%,第1-10分位は7.9%であること(乙13の資料5~6頁)などによると,第1-5分位及び第1-10分位の者のうち,その生活が健康で文化的な最低限度を下回っていない割合がそれなりに高い可能性も十分に認められる。
したがって,漏給層の存在から,比較①が比較の対象とした単身無職高齢者の第1-5分位及び第1-10分位の者の消費が抑圧されているとは必ずしもいえない上,これらの者と比較することが不合理であるということにもならない。
c 高齢者の消費支出の抑制について
この点の原告らの主張についても,上記bのように,第1-5分位及び第1-10分位の者のうち,その生活が健康で文化的な最低限度を下回っていない割合がそれなりに高い可能性も十分に認められ,これは高齢者にも当てはまるといえるし,本件では,高齢者世帯一般に消費が抑制されていることを具体的に根拠付けるに足る証拠はない。
d 低所得者と比較することの合理性
原告らは,低所得者とではなく,一般国民の平均水準と比較する方が妥当である旨の主張もしているが,一般国民の平均的な消費支出額をそのまま保護基準とすると,健康で文化的な最低限度の生活水準からは乖離してしまい,保護基準の性質にそぐわないこととなる。
そして,一般国民のうちのどの層の消費支出額と比較するかについては,一般的・客観的基準が存在するとは認められないところ,「健康で文化的な最低限度」を測るという意味からしても,低所得者の消費支出額との比較を行う手法には一定の合理性がある。
また,生活扶助基準の改定方式の面から検討しても,第1-10分位階級と生活保護階層との格差縮小を見込むものとして格差縮小方式が導入され(前記(1)ア),その結果,昭和45年度当時には,54.6%であった一般世帯と被保護世帯の消費支出比率が,同方式が採られた最終年である昭和58年度には66.4%に上昇して格差が縮小し(乙22),その後昭和58年意見具申においては,これらの事情を前提に,「現在の生活扶助基準は,一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準に達している」とされて,昭和59年度から水準均衡方式が導入されたところ(前記(1)ア),以後,一般世帯と被保護世帯の消費支出比率は,平成14年で73.0%にまで上昇し(乙22),また,そのほか,勤労者3人(夫婦子1人)世帯について,その生活扶助基準額の平成8年~12年の平均値(14万3409円)は,全体平均の生活扶助相当消費支出額(20万7013円)の約69.3%に達し,第1-10分位平均の生活扶助相当消費支出額(13万7708円)を上回り,第1-5分位平均の生活扶助相当消費支出額(14万6126円)に近いものとなっている状況となったこと(乙13の資料1頁)などからすると,第1-10分位という低所得者層との比較の観点から改定されるなどしてきた生活扶助基準は合理的なものであったということができ,したがって,同様に,生活扶助の一部である老齢加算の妥当性の検証においても,低所得者層との比較をして,最低限度の生活水準に必要な需要に対応するものとして老齢加算が必要かどうかを検討することにも,十分合理性が認められる。
なお,原告らは,水準均衡方式には低所得者の消費水準という概念は出てこない旨も主張するが,水準均衡方式は,生活扶助が相対的に定められてきたことの根拠になるにすぎず,老齢加算の特別需要を測る際の根拠になっているものではなく(その限りで原告らの主張は正当である),したがって,水準均衡方式があるからといって,国民の平均像で捉えた一般国民の生活水準との比較をしなければならないということにもならないから,低所得者の消費水準と比較することには矛盾はない。
e まとめ
以上のとおり,低所得高齢者と比較していることが不合理である旨の原告らの主張にはいずれも理由がない。
(ウ) 高齢者同士を比較した点について
原告らは,この点も不合理である旨主張しているが,老齢加算は原則として70歳以上の者に限って認められるものであるから,加算のない60~69歳の者と比較して,相対的に70歳以上の者に加算に対応する需要が認められるか否かを検討することは合理的である。仮に原告らの主張するように,69歳以下の者と比較しても加齢に伴う特別需要をもった高齢者同士の比較であるから特別需要が正確に把握できないのだとすれば,むしろ,70歳以上の者に限って支給される老齢加算の根拠がなかったことになる。
(エ) 採用すべき検証手法と,特別需要の存否について
原告らは,昭和58年意見具申時の検証手法を挙げ,これが高齢者の特別需要を把握するために本来採られるべき検証手法であり,これに従うと,高齢者の特別需要がなお存在することが認められる旨を主張している。
a 原告らの強調する昭和58年意見具申時の検証手法は,前記(1)オのとおりであり,要するに,70歳以上の高齢者の支出について,その支出総額が比較対象となる年代の支出総額と同一になると仮定した上で,この額を,高齢者の各支出項目ごとの構成比に基づいて案分し,その案分した額を,高齢者の各項目ごとの支出額とした上で(従ってこれは仮の数字である。),比較対象となる年代よりも高齢者の方が高い支出項目のみを積算していったというものである。
これは,確かに,70歳以上の高齢者と他の年代との間に消費傾向の差異が存在することを示すものとはいえるが,70歳以上の高齢者の方が低い項目を考慮していないのは合理的とはいえず,高齢者の特別需要の存在についての合理的根拠と考えるのは困難であるといわざるを得ない。なぜなら,そもそも,生活扶助は金銭によって支給されるものであるところ(法31条),他の年代より高い支出項目があっても,その合計が,他の年代より低い項目の合計を上回っていない限り,70歳以上の高齢者は,加算によってではなく,基準生活費から必要な需要に対する消費を実現することができるのであるから,70歳以上の高齢者に特別の加算をするための特別の需要が認められるか否かは,特定の項目の積算ではなく,消費支出全体の総額に着目して判断するべきだからである。実際に,昭和58年意見具申時の検討当時にも,生活保護専門分科会において,委員から,このような検証手法の不合理性を指摘する発言があったり,事務局であった厚生省の担当者から,「加算制度を擁護する立場で理屈のつく限り高い数字が出るように作ったことは事実だ」との発言もあったことが認められ(甲37の1),これらの事情からも,当時の検証手法が,必ずしも合理的に高齢者の特別需要を測った合理的なものであったとは評価できない。
b 以上によれば,昭和58年意見具申時の検証手法を採らなかったことが不合理であるとはいえないし,原告らがこの手法に沿って行った検討結果も,70歳以上の高齢者の特別需要を合理的に根拠付けるものとはいえない。
c その他の特別需要に関する主張について
以上の他にも,原告らは,老齢加算創設時から,高齢者の特別需要に見合うものであることが確認され,維持されてきたのであり,本件各保護基準変更時においてもこれは消失していない旨主張している。
確かに,老齢加算の創設時,昭和51年の方式変更時,昭和55年中間的とりまとめ,昭和58年意見具申等の際,老齢加算に対応する特別の需要の存在が認められてきたことは,前記(1)で既に認定したとおりであり,この点は原告らの主張するとおりである。
しかし,これらは,その検討がされた当時に特別の需要が認められたということを示すものにすぎず,直ちに,本件各保護基準変更時にもその需要が継続していたことにはつながらない。なお,原告らは,過去に認められていた需要の費目の点にも着目し,このような費目についての需要が継続している旨などをも主張しているが,当該費目の需要があると認められた上で,かつ基準生活費ではその需要を満たしきれない場合に,生活扶助における高齢者特有の需要が初めて認められるのであるから,この点の原告らの主張は,本件各保護基準変更時における高齢者の特別需要の存在の根拠となるものではない。
d 被告らの主張について
なお,被告らは,社会情勢の変化によって特別需要の消失が根拠付けられる旨を主張し,原告らは,これに反論しているのであるが(前記第2の4(2)イ),いずれにせよ,この社会情勢の変化というものは,本件各保護基準変更の中心的な根拠となっていたものとは認められず(前記ア),専門委員会で社会情勢の変化について詳細に検討されたとも窺われないから,その意義としては,特別需要が消失したことを,後から分析すれば合理的に説明できるという程度のものにすぎないと考えられる。いずれにせよ,この点に関する当事者らの主張を検討しても,それが,比較①及び②やこれを踏まえた中間取りまとめの結果,本件各保護基準変更の合理性に影響を及ぼすものとは認められない。
(オ) 第1類費との関係に関する主張について
原告らは,70歳以上の者の第1類費の伸びが抑えられてきたのは,老齢加算が存在したからであり,代替的な第1類費の増額もなく老齢加算の削減・廃止を行うのは不当である旨主張している。
確かに,原告らの主張によると,他の年齢層に比べて,70歳以上の者の第1類費の伸び率は低いが(前記第2の4(2)(原告ら主張)イ(イ)),比較①及び②は,平成11年度の全国消費実態調査を前提に,第1類費及び第2類費を併せて検討し,70歳以上の高齢者に老齢加算に相当するだけの特別な需要がないとの中間取りまとめに至っているのであり,過去の経緯,まして第1類費の他の年齢層との比較だけを根拠に不当性を指摘しても失当といわざるを得ない。
(カ) 専門委員会における検証の基礎資料(特別集計)の信頼性等
原告らは,特別集計について,種々の点を挙げて論難し,これは恣意的なものであって,被告らの主張の前提に信頼性がない旨主張している。
特別集計に関しては,以下で掲げた証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。すなわち,①総務省は,旧統計法2条の指定統計を作成するための指定統計調査(同法3条)の一つとして全国消費実態調査を行っていたが(乙33の1),②厚生労働省は,平成14年2月8日付けで,総務省に対し,平成11年の全国消費実態調査の調査票の使用を申請したところ,③平成14年3月19日,総務大臣は,厚生労働大臣に対し,旧統計法15条2項に基づきその使用の承認をするとともに(乙34の1),その旨を同年4月23日付けで告示し,同項所定の公示を行った(平成14年総務省告示第256号。乙34の3)こと,④同調査票は,その使用目的が,「厚生労働省が,生活保護制度における生活扶助基準等の検証を行う基礎資料として属性別の収入・支出額を把握するため・・・全国消費実態調査の・・・調査票(いずれも磁気テープに転写分)から所要の事項を転写し,集計する。」とされ,さらに,その使用者の範囲も限定されていた上(上記告示。乙34の3),⑤上記磁気テープについては,承認された目的以外の使用の禁止,知り得た事項の漏洩の禁止,複製,貸与,再提供の禁止,集計完了後のデータ消去とその総務省統計局長への報告,集計結果報告書への出所の明示,結果報告書の総務省統計局長への提出などの遵守事項が課されていたこと(乙34の2),⑥以上の経過を経て適法に入手した平成11年全国消費実態調査の調査票データに基づき,厚生労働省が,特別集計を作成したことが認められる。
以上のような特別集計の作成経過,その基となった資料の信頼性,資料の使用に関し厳格な制約があった事実等に照らせば,特別集計は,客観性と妥当性を有するものであると認められる。
また,調査票の様式(乙33の1)によれば,調査票のデータには,家族構成,収入,財産等の私生活上の秘密に属する事項が多数記載されているものと認められ,上記のデータ使用の制約に関する事実も併せ考慮すれば,集計完了後にデータが消去され,データ自体が残存していないとしても,それは特別集計の正確性や客観性に影響を及ぼす事情とはいえない。
また,原告らは,特別集計では,第1-10分位の方が第1-5分位よりも金額が大きい箇所があったり,60歳代よりも70歳代の方が金額が大きい項目があるなどの点を挙げており,確かに,これらは自然な結果であるとはいえないが,必ずしも起こり得ない事柄であるともいえないから,これらが特別集計の信頼性を損ねる事情となるとまではいえない。
また,原告らは,特別集計において,消費支出額全体から生活扶助以外の扶助に該当するもの及び最低生活費の範疇になじまないものが除かれた点についても疑義がある旨主張しているが,その費目が除かれた趣旨,当該費目の種別等に不合理な点は窺われず,その他にも,これらの控除が,生活扶助に相当する支出額を算出するのに不合理であったことを示す事情を窺わせる証拠はない。したがって,この点は,特別集計の信頼性を害するような事情であるとはいえない。
また,原告らは,平成11年全国消費実態調査・高齢者世帯結果表の第26表(甲72)によると,70~74歳の世帯は65~69歳の世帯よりも月額世帯消費支出が多い結果となっており,同表の数字をもとに特別集計になるべく近い方法で検討しても,65~69歳を70~74歳が上回っているから,この点からも特別集計は信用性に欠ける旨を主張している。しかし,専門委員会の資料は,60~69歳と70歳以上を比較したものであり,上記の原告らによる比較とは対象年齢層が異なるから,上記の比較結果が専門委員会の資料と矛盾するとは直ちにいうことができない。したがって,この点が特別集計の信用性に影響するとはいえない。
以上によれば,原告らの主張に照らして検討しても,特別集計の信頼性に疑義を容れるような事情は認められない。
(キ) 専門委員会における検証の手続及び厚生労働大臣の保護基準変更に関する問題点について
a ただし書部分に関して
原告らは,専門委員会での議論の経緯等に照らし,中間取りまとめにおけるただし書部分が,老齢加算の廃止と同時にこれに代わる何らかの措置が採られることを条件としていたのに,これが行われていない旨主張している。専門委員会の委員の1人であったHも,他の裁判所での同種訴訟における証人尋問(甲52)や,意見書(甲51)において,老齢加算の廃止とそれに対する何らかの対応はセットで具体化されるというのが中間取りまとめの趣旨であり,大方の委員の意見であった旨を述べている。
確かに,老齢加算の削減・廃止に当たってはそれに代わる何らかの代替策を条件として求めるべきという趣旨の発言があった事実は認められる。例えば,第4回専門委員会におけるG委員長の,「私の考えは,まず加算を廃止して,その後の対応を考えるという議論ではないと思います。もし,議論の結果,加算を廃止するとすれば,当然,別のこういうものが必要だという議論になります。・・・もともと加算の意味とか,今言ったようないろいろな実態ということを考えれば,例えばこういうニーズがある世帯は当然存在するということになります。・・・仮に加算としてはなくしてもいいという結論に達したとしても,それは代わりにこういう仕組みを設けるということを,セットで出さざるを得ないと思います。」との発言があったり,その他にも,第4回から第6回にかけて,老齢加算を生活扶助基準等との全体の枠組みで議論すべきとの意見や,老齢加算を廃止した場合にその代替措置をどこかに置くような制度設計をすべきである旨の意見などが各委員から述べられている(乙12,14,16)。
しかし,中間取りまとめの文言をみると,老齢加算を「廃止の方向で見直すべきである」と結論付けており,ただし書部分も,「生活保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要がある」としているにすぎず,具体的にどのような代替策を採るべきかを明示してはいないし,結語部分も,検討の必要性を示しているにすぎないものである。
この点,原告らは,事務局が第6回専門委員会に提案した中間取りまとめ(案)が,「見直しに当たっては,以下の点について考慮すべきとの意見があった」としていたものが,専門委員会での議論を経て,中間取りまとめのようなただし書の形に変わり,この趣旨は,ただし書部分が老齢加算の削減・廃止の条件とするものであったのであると強調するのであるが,第6回専門委員会の議事録(乙16)を検討しても,最終的にこれをただし書の形とすることになった前後の発言をみると,D委員から,「例えば今までの老齢加算の考え方に沿った需要は,確かに検証されなかったと。ただ一方で社会的費用には一定の需要があるのではないかと,こういうことも議論されたんだと。・・・ほかにもいろんな細かい問題が提起されまして,それを全部書く必要はありませんが,そういった部分も含めて生活保護体系の中で見直すべきであるというようなことであれば,議論の中身にそれなりの説明は付くだろうと。それで結果として,例えば仮に加算がなくなった場合にでも,十分説明の付くとりまとめになるのではないかと思います。」との発言があり,これを受けて,G委員長が,「そうしますと・・・『したがって』以降のところに,現行の老齢加算の内容に相当するだけの特別な需要があるとは,必ずしも認められないというところで切って,ただしということで,高齢者世帯の社会参加の促進等の内容については一定の需要があると認められるので,生活保護基準体系の中でその点を配慮することというふうに,上に持っていくというのはどうでしょう。」と発言し,更にD委員が,「忘れないうちに申しあげますと,文章の中に盛り込むか,あるいはその後の追加で入れるかというのはあるんですが,・・・例えば生活扶助基準の中で含み込むべきかとか,・・・他の制度の充実ということで考えるべきなのかというようなところを入れておいた方が,問題の構造が見えやすいかなと思いますので,そういう工夫をしていただければと思います。」と発言しており,その後には,K委員から,「『したがって』というセンテンス・・・『ただし』という形で一体なものにして付けて,・・・何かの高齢者の社会参加が,加算が取れたことによってできなくなるというようなことがないような配慮をするという意味で付けて」と発言し,更に会議の終盤には,G委員長が,「先ほどの老齢加算も含めて修正をしまして,一度委員の先生方にはごらんいただいた上で,確認していただいて,それをもって中間取りまとめとさせていただくということでよろしゅうございますか」と発言し,その後会議は終了している。以上によると,ただし書部分は,老齢加算の削減・廃止と同時にこれに代わる何らかの措置が採られることが条件とされるという趣旨で付け加えられたものではなく,老齢加算の削減・廃止の場合に高齢者の社会参加の観点から何らかの措置を採ることについて議論がされたし,この点を事後検討し,何らかの配慮をする必要があるということが記載されたもので,これを明らかにするために,中間取りまとめ(案)にあるような,「意見があった」という形ではなく,取りまとめ結果の本文の一部として,ただし書として付加されたものであると解するのが相当である。
なお,老齢加算に関する各委員の第6回専門委員会におけるその他の発言を検討しても,ただし書部分を削減・廃止の条件とするニュアンスで発言したものと解される委員もいれば,ただし書部分のようなことを議論し検討したことを示し,事後検討を続けるべきというのがただし書部分の趣旨であるという発言をしているように解される委員もおり,要するに,この点からも,委員会の総意として,ただし書部分は老齢加算の削減・廃止と同時にこれに代わる何らかの措置が採られることを条件としたものであると考えられていた,と認めるのは困難である。
また,上記のように,H委員は,その意見書や証人尋問において,ただし書部分により,老齢加算の削減・廃止と同時にこれに代わる何らかの措置が採られることが条件であった旨を述べているのであるが,これも,同委員個人がそのように考えていたことを示すにすぎないとも解されるから,上記の判断を左右しない。
そうすると,以上の文言の観点からの検討結果と,委員会の議論の経過の検討結果を併せ考慮すれば,ただし書部分は,老齢加算の削減・廃止と同時にこれに代わる何らかの措置が採られることを削減・廃止の条件とするものではなかったと認められる。
b 激変緩和措置について
また,原告らは,第6回専門委員会におけるH委員と事務局の発言を根拠に,激変緩和措置は,一時扶助等の代替措置を老齢加算廃止の条件とするとの意味であった旨主張し,H委員も,その旨供述している(他の裁判所での同種訴訟における証人尋問調書・甲52,意見書・甲51)。
しかし,第6回専門委員会における発言の経過によると,確かに,H委員から,激変緩和措置の趣旨について,代替措置に関係する趣旨であるのかという旨の質問をする発言があったものの,その後K委員,G委員長が,激変緩和措置とは関係なく代替措置についての発言をし,そこでG委員長が事務局に対し,一時扶助等の対応があるか否かの質問をしたため,事務局から,「御議論の結果を踏まえて適切な対応をしたい」という発言があったという経過が認められる(乙16)。したがって,事務局のこの発言は,激変緩和措置が一時扶助等の代替措置を意味するという趣旨で回答されたものとは認められない。
したがって,原告らのこの点の主張は失当である。
c 中間取りまとめでも,需要の消失が確認されていないとの主張について
原告らは,中間取りまとめは老齢加算の特別需要自体が消失したとは述べていないと主張しているが,中間取りまとめは,「老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められない」としており,これは正に老齢加算の特別需要が存在しないことを示していると考えるほかなく,原告らの主張は失当である。
d 厚生労働大臣による保護基準の変更が中間とりまとめの結論に反しているとの主張について
原告らは,上記a~cの主張を根拠に,厚生労働大臣による保護基準の変更が中間とりまとめの結論に反している旨主張しているのであるが,以上の検討結果に照らし,そのようにはいえないことが明らかであるから,この点の原告らの主張も失当である。
e 結論が当初から決められていたとの主張について
原告らは,そもそも老齢加算の廃止は,当初から結論が決まっていたとか,中間取りまとめも,各委員の意見を無視してされたものであるなどという旨主張している。
前記(1)カ(ア),(イ)のとおり,専門委員会の設置自体が,経済活動の低迷等を受けて生活保護受給者が急増してきた状況を背景に,生活扶助基準・加算の引下げ・廃止など制度・運営の両面にわたり多角的かつ抜本的な検討が必要であり,老齢加算についても廃止に向けた検討が必要であるとの各種提言を契機にされたものであるから,専門委員会においても,廃止を視野に入れた資料や手法で検討が進められたことは否定できない。
しかし,そもそも,保護基準は,最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならず(法8条),その時々の社会的諸事情や一般的な国民生活の状況との相関関係によって決定しなければならないものであることからすると,昭和58年の生活保護専門分科会の検討以来20年間も基準が見直されなかったこと自体が問題であるともいえるのであり,状況を踏まえた検討をすることに問題はない。そして,上記で検討したように,専門委員会における資料や手法はそれ自体不合理なものとはいえず,恣意性があるとはいえないものである。
また,上記aで述べたような第6回専門委員会の議論の経過によると,中間取りまとめ(案)について,各委員から意見が述べられ,これについて,特に老齢加算についてはただし書部分の記載の仕方等も含めて活発に意見が交わされた上で,委員長が議論をまとめ,事務局にもそこでの議論の内容,ただし書の記載の仕方も含めた取りまとめの仕方について確認がされた上で,中間取りまとめが作成されたものである。以上のような経緯によれば,中間取りまとめが委員会全体の意見として作成されたものであることは明らかであって,委員の意見を無視してされたものであるとはいえない。
さらに,専門委員会の議事録(乙6,8,10,12,14,16)によれば,各委員から,当時の老齢加算制度の廃止について,生活保護全体の在り方,加算自体の在り方等も踏まえ,積極,消極等の多様な意見が活発に交わされており(例えば,第4回専門委員会でのJ委員の発言(乙12の3頁)以降のL委員,F委員,G委員長,K委員,M委員,N委員,D委員の各発言等,第5回専門委員会でのH委員の発言(乙14の1頁)以降のD委員,G委員長,L委員の各発言等,第6回専門委員会での中間取りまとめ(案)についての各委員の上記aで挙げた発言等),各委員がすべて上記の提言等に従って老齢加算廃止の意見を述べていたわけではないし,逆に,委員がすべて廃止に反対していたわけでもない。このような議論の状況や,中間取りまとめが作成されるまでの上記のような経過に照らせば,中間取りまとめが,各委員の意見を無視したものであるとはいえないし,結論が先に決まっていたものと評価することもできない。
なお,原告らは,第2回の委員会以降は厚生労働省の用意した資料に基づいて議論がされていたことも指摘しているが,上記のような議論の状況等の事情に照らせば,原告らの主張を根拠付けるものであるとはいえない。
(ク) まとめ
以上のとおり,比較①及び②を含む専門委員会における検証及び中間取りまとめの合理性や,厚生労働大臣の判断自体等の合理性について論難する原告らの主張には,いずれも理由がない。
エ 以上によれば,本件各保護基準変更における厚生労働大臣の判断は,老齢加算に対応する需要を測るための検討手法として合理的である比較①及び②並びにこれを踏まえた中間取りまとめを根拠として,その内容に従ってされたものであると認められ,本件各保護基準変更が原告に不利益を与えるものであるから,新たに保護基準を定立する場合に比べて,厚生労働大臣の裁量の幅は小さくなるとの前記(2)ウ(ア)の視点を考慮しても,本件各保護基準変更が,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反し,裁量権の限界を超えたり,裁量権を濫用したものであるとはいえず,基準の変更自体に違憲・違法はない。
(4) 老齢加算の削減・廃止と最低限度の生活についての検討(争点③)
原告らは,本件各保護基準変更の結果,個々人に対して具体的に行われる保護が,健康で文化的な最低限度の生活を下回る結果をもたらしていると主張している。
本件各保護基準変更の違憲・違法性については前記(3)で判断したとおりであるが,老齢加算の廃止の結果もたらされた被保護者らの生活状況に関する事実は,本件各保護基準変更が裁量の範囲内であったか否かの判断に関係するので,原告らの上記主張について検討する。
ア I報告について(甲12,甲48(意見書),甲49(他の裁判所における同種訴訟での証人尋問調書))
(ア) 原告らは,I報告に基づき,生活保護を受けている単身高齢者の最低生計費は,予備費を含めて11万4291円+住居費相当額,予備費を含めない場合であっても9万9291円+住居費相当額となるから,老齢加算の廃止された後,70歳以上の高齢被保護世帯は,健康で文化的な最低限度を下回る生活をしている旨主張している。
(イ) しかし,被告らの主張するように,I教授の算定した最低生計費は,まず,家具等の物品の価格設定について,同種商品のうち,最低でも中間くらいの価格帯のものを採用したものであり(甲49の24頁),最低生計費を算定する上でふさわしいものではないし,高齢者単身世帯の交際費について,男単身70歳以上平均から月額2万2041円を計上しているが,高額所得者や高額資産を有する世帯をも含めた平均を用いている点や専門委員会の資料とは第1-5分位で1万4996円,第1-10分位で1万5442円という大きな差がある点(乙13の資料12~13頁)において不合理である。また,こづかいとして5000円を計上している点も,家計調査ではこづかいは使途不明金として扱われるため単身世帯の場合は額としてはほとんどゼロであり,二重計上になると考えられる(甲12の資料62~64頁)から,不合理である。なお,この交際費とこづかいについて,専門委員会の資料と比較すると,第1-5分位で1万9996円,第1-10分位で2万0442円となり,老齢加算の額を上回る。また,I報告で算定された最低生計費は,全国でそれ以下の消費生活をしている世帯の割合が,65歳以上の高齢単身世帯で87.1%,65歳以上の夫婦のみ世帯で52.1%存在するというものであり(甲12の66頁),一般国民の生活実態から乖離しているといわざるを得ず,健康で文化的な最低限度の生活の基準となるものとは到底いえない。この点,I教授自身,試算を行った際に,老齢加算廃止前の生活保護費は,最低限度の生活を営むのに不十分であるとの認識を持っていたことを認めている(甲49の19頁)。
(ウ) 以上によれば,I報告は,健康で文化的な最低限度の生活を下回るか否かを判断する基準としてはおよそ参考にならないものというほかない。したがって,原告らのI報告を基礎とする主張には全く理由がない。
イ 民医連調査報告(甲58)について
原告らは,民医連調査報告によれば,老齢加算が廃止された現在の多くの高齢被保護世帯の生活状況が,原告らと同じく,あるいはそれ以上に厳しいものであることが明らかであると主張する。
上記調査報告によれば,確かに,老齢加算の廃止により,食事,その他の基本的生活場面に加えて,社会的活動の場面も含め,被保護者の生活が苦しくなり,厳しい生活環境に置かれている者がいることは十分に窺える。
しかし,同調査報告によっても,老齢加算の廃止によって不足した費用項目はないと回答している者も20%程度の一定割合存在し(甲58の30頁),老齢加算廃止前に比べて支出が減ったと回答した者の割合は半数以下であり(同35頁),生活保護費によって最低限の生活が保障されているかについても,思うと答えている者が20%前後の一定割合存在すること(同46頁)に加え,調査対象者らの食事の内容や記述回答の具体的内容(同資料1及び2)などによると,必ずしも健康で文化的な最低限度の生活を下回っていない者も一定割合存在することが窺われる。
さらに,同調査がアンケートの方式であり,調査対象者の主観に左右される側面もないとはいえない上,調査の対象が,老齢加算を削減された世帯であり,老齢加算の削減・廃止によって保護基準が引き下げられたため,従前の生活水準と比べて不足が生じたと感じて,老齢加算廃止に否定的に回答する者がいたとしてもごく自然のことであるといえ,調査対象者の属性によって結果が左右された面もなくはないと考えられる。
また,そもそも同調査は,老齢加算の廃止に対する不服申立て及び裁判が行われていることを前提に,その裁判の支援などに活用するという目的で行われたものである(乙49)。そして,実際には,民医連加盟の事業所利用者を対象に,老齢加算の廃止等に関する裁判などに活用するためであることを説明した上で実施されている(甲58の2及び118頁)。また,同調査報告の「考察」の項の冒頭部分には,原告らの主張とほぼ同旨のことが記載されている(同47頁)。これらの事実からすると,同調査は,その目的,調査対象の選定,調査結果の評価等について,客観性,公平性,中立性が担保されたものとはいい難い。
以上によれば,民医連調査報告によっても,老齢加算の廃止によって,被保護者らの生活が健康で文化的な最低限度の生活を下回るものになったと認めることはできない。
ウ その他の原告らの主張について
以上のほかにも,原告らは,健康で文化的な最低限度の生活の意義等についても論じるなどして,老齢加算の削減・廃止によって健康で文化的な最低限度以下の生活がもたらされた旨を主張しているが,その議論の当否をひとまず置き,原告らの主張を前提としても,本件においては,健康で文化的な最低限度の生活を下回ったことを窺わせる証拠はない。
エ 以上のとおりであるから,老齢加算の廃止の結果としての被保護者らの生活状況に関する原告らの主張を検討しても,本件各保護基準変更が裁量の範囲内であり,違憲・違法ではないとの前記(3)の判断は左右されない。
(5) 老齢加算の削減・廃止による原告らへの影響について
次に,前記(2)イ(ウ)記載の原告らに特有の需要があったかについて検討する。
ア 原告らの生活状況
(ア) 原告A(甲A6,A15,A16,原告A本人尋問)
① 住居
現在は,前記住所地の古いアパートの6畳一間で単身で暮らしている。台所は小さな流しと小さなコンロがあるだけで狭く,まな板をしっかり置く場所がなく,包丁を使うときに後ろのガラス戸に肘が当たることがあるし,コンロに向かうときも半身にならなければならない。トイレ,風呂も狭く,洗濯機を置いてあるベランダも狭い。部屋には隙間風が吹く。換気扇の枠があるだけで,換気扇そのものがない部分がある。
② 家具等
家具はほとんどなく,電化製品も,クーラーや電子レンジはない。洗濯機,こたつなどはもらい物である。炊飯器やラジカセ,扇風機も古い。
③ 入浴等
風呂は,水をつぎ足しながら使い,水を入れ替えるのは4日に1回である。月に2回くらいスーパー銭湯に行く。洗濯は1週間に1回である。
④ 食事
料理をすることは好きなため,自炊して食費を節約している。肉を買うことはそれほどなく,買うときは単価を見てだいたい豚のバラ肉を買っている。野菜は,もやしや小松菜など安いものを買うことが多い。スーパーでの買い物で,タイムサービスまで待つことはよくあり,何軒も店を回って鮮度や値段を見比べることもあるが,常に安売り商品ばかり探すことに気疲れや情けなさを感じることがある。老齢加算削減後,1日当たりの食費は700~1000円程度に切りつめざるを得なくなり,食事の質が下がった。牛肉は安いものでもなかなか買わなくなり,刺身やしめさば,1人用の鍋セットも安いものを買うようになった。以前は月に1回くらい1000円ほどをかけてすき焼きをしていたが,やらなくなった。果物も,100円くらいのバナナを買っている。
⑤ 衣類
衣類はふだんほとんど買わず,3年前に8000円程度で購入したスーツがいわゆる一張羅で,15年前ほど前に買った傷物のジャンパーも自宅内では着つづけている。外出用には7~8年前に買ったジャンパーを着ている。靴は3足あるが,うち2足の革靴は2万円の地域振興券が支給されたときに買い,もう1足のスニーカーは2500円くらいで買った。
⑥ 日常生活,趣味等
家にいても特にすることがなく,外出することが多い。趣味は読書,映画鑑賞やクラシック音楽鑑賞であるが,CDやDVDなどの媒体は買えず,ラジオ放送をカセットテープに録音したり,ビデオつきのテレビをリサイクルショップで購入し,気に入った番組を録画して繰り返し鑑賞したり,1本100~300円程度の安価な中古ビデオテープを購入して映画鑑賞を楽しんでいる。コンサートには,3000円くらいのものに年2回ほど行ったりしているほか,入場料500円程度のものにも行っている。老齢加算削減前は映画にも行くなどしたが,現在はほとんど行っていない。本は,古本屋でまとめて購入し,読み終えたら売りにいっている。新聞は2紙購読している。コーヒーが好きであり,回数券を利用するなどして喫茶店のコーヒーとその場の雰囲気を楽しんでいるが,老齢加算の削減・廃止により,回数は減った。また,500円玉を貯金して年2~3回の国内旅行を楽しみにしていたが,老齢加算の削減後,貯金箱から金を出さざるを得ないことが増え,ほとんど貯まらなくなり,誘いがあっても断るようになり,現在は年に1回行く程度である。
⑦ 交友関係等
友人関係の付き合いにはどうしても金がかかるので,誘われても断っていると,今ではほとんど友人関係がなくなった。母親の墓参りもしていないし,姉との行き来も30年くらいない。
⑧ 健康状態
平成7年から血圧の薬,心臓の薬,胃腸薬を服用している。また,現在は,心臓の疾患のための貼り薬も使用している。
⑨ その他
老齢加算の削減・廃止により,買いたいと思うものが買えなくなり,自分のしたいことができなくなったと感じている。ストレスがたまり,精神の拠り所がなくなってきているように感じている。
(イ) 原告B(甲B5,B14,B21,原告B本人尋問)
① 住居
古い5軒長屋で間取りは2DKであり,同じ長屋に暮らす知人と助け合いながら生活をしている。隙間風が寒く,虫も多い。
② 家具等
たんすやクーラーなど,家具,電化製品等の大半はもらい物であり,日用品も近所づきあいの中からもらうことが多い。ストーブやクーラーはなるべく使わないようにしているが,老齢加算の削減後,石油価格の高騰で灯油代が1缶当たり数百円上がったとき,買えないことがあった。冬の寒さは腰痛にこたえる。
③ 入浴等
住居に風呂はあるが,腰が悪く掃除ができないため,ほとんど使用せず,銭湯を利用している。回数券を買って節約し,以前は1日おきくらいに行っていたが,老齢加算の削減後,3~4日に1回程度となった。
④ 食事
食事は節約のため自炊しており,上記の知人らの分もまとめて作り一緒に食べるのが常で,食材の有効活用も図っている。食材は専らスーパーで買っていたが,削減された老齢加算の分を節約しようと工夫して,食材宅配サービスを活用するようになった。敷地にはネギを種から植えて育て,食材として使用している。酒は,現在はほとんど飲まず,ビールのミニ缶を飲む程度である。以前は,ごくたまに,持ち帰り用のすしや,中華料理店での650円程度の定食を食べるなどしていたが,老齢加算削減後,買わなくなった。
⑤ 衣類
衣類は,2着1組で200円のTシャツや,1000円くらいの靴など安いものしか買わない。老齢加算削減後は,下着1枚買うにしても悩んでしまう。
⑥ 日常生活,趣味等
ふだんはたいてい自宅におり,楽しみは草花いじりや犬猫の世話であり,そのためペットフードなどを買う必要がある。天体観測が趣味なので,望遠鏡をもらってきてときどき見ている。
⑦ 交際等
知人の葬式の連絡があっても,香典を出す余裕がないので行かないでいると,そのうち連絡がこなくなった。金がなく,孫の葬式にも行けなかった。現在は,彼岸の墓参りも行かなくなった。
⑧ 健康状態,通院状況
内科に1か月に1回(高血圧),整形外科に月2回ほど(腰)通っている。晴れている日はバイクで通院するが,雨の日はバス停まで歩くのも腰に負担がかかるのでタクシーを使わざるを得ず,片道900円くらいかかる。毎日十数種類の薬を飲むよう処方されている。
⑨ その他
老齢加算削減後,散髪の回数は1か月に1回から1か月半に1回に減らした。貯金箱に買い物の釣り銭を入れているがなかなか貯まらなくなった。また,植木にやる水は雨水にしたり,トイレのタンクにペットボトルを入れたりして水道料金を節約し,ガス料金も,練炭を代わりに使って節約し,電気も電話もできるだけ使わないようにしている。
(ウ) 原告C(甲C6,C8,原告C本人尋問)
① 住居
前記住所に単身で暮らしている。古い2Kのアパートで,風呂はない。台所にガス台や湯沸かし器などの設備はなく,板の間にカセット式のガスコンロを置いて使っている。
② 家具等
部屋には必要最小限の家財道具類しかなく,炊飯器やビデオデッキはない。生活必需品の大半は,友人知人や,亡くなった知人などからのもらい物である。クーラーはあるものの電気代節約のためほとんど動かすことはない。カセットテープのプレーヤーも持っているが,古く,巻き戻しはできない。
③ 入浴
住居に風呂はないが,銭湯には行かず,城陽市立西部老人福祉センター陽幸苑で無料の風呂を利用して節約している。
④ 食事
調理が得意でなく,台所にガス台もないので,外食が多い。自宅での食事の大半は,安売り時にまとめ買いしたインスタントラーメンやうどんである。働いていないときは,朝がゆっくりしているので,朝昼兼用にして1日2食にしている。
⑤ 衣類
衣類はもらい物が多く,下着くらいしか自分では買わない。
⑥ 交際,趣味等
葬儀や結婚式などは,包む金がなく,行きたくても行けない。
生きがいは,カラオケと,友人知人と会って話をすることで,近所に行きつけの喫茶店兼居酒屋があり,そこで店主や顔なじみの常連客と話しながら,食事をしたり,カラオケを歌ったりするのが楽しみであるが,老齢加算の削減・廃止により,行く回数は減った。カラオケの発表会や大会に出て人前で歌うことも楽しみで,何度も賞を取ったことがある。現在は,毎年参加していて義理もある会には参加しており,これが年に3回以内くらいであるが,その他民間のカラオケ業者が主催する大会は,1回4000~5000円の参加費がかかるため,3か月に1回程度しか参加していない。また,10数年来のカラオケ仲間たちと一緒に,毎年1回,1泊2日の温泉旅行にいき,バスの中や宴会場で歌うのも楽しみであったが,ここ10年のうち5~6回しか参加できず,最後に参加したのは平成16年である。
シルバー人材センターで年に数か月間働いているが,働きたいからではなく,カラオケや人付き合いをして人間らしく生活するための金が欲しいからである。シルバー人材センターで働いていた平成19年5月から11月には,知人の母の葬式に行くことができ,甥の結婚式にも参列でき,夏にはカラオケ大会にも出場したり,同年9月にはカラオケ店主催の歌謡祭にも参加することができた。
新聞は,朝刊のみを2紙,日曜日のみを1紙購読している。
イ 衣食住に関する生活状況の検討
(ア) 原告らの住居はいずれも古く,台所も狭く設備が十分ではなかったり,隙間風が吹くなど,住環境は快適とはいい難い。
しかしながら,いずれの原告についても,住居の基本的な機能に大きな支障があるとまでは認められず,健康で文化的な最低限度の生活を営むことのできない住環境にあるとはいえない。
(イ) また,いずれの原告についても,家具,電化製品も十分にはそろっておらず,もらい物で古い物も多く,買い換えもままならない状況にあって,生活に不便,不自由な面があることは否定できない。しかし,いずれの原告も洗濯機を保有していたり,台所にガス台のない原告Cは電子レンジを保有しているなど,原告らの家具及び電化製品の保有状況が,健康で文化的な最低限度の生活を下回っていることを示すほどのものとまではいえない。
(ウ) 入浴に関しては,水の入替えの頻度を減らしたり,銭湯に行く回数を少なくするなど,節約せざるを得ない厳しい状況にあることが窺われる。
しかし,原告Cは,節約の結果とはいえ,無料で入浴することができているし,1週間に2回程度という入浴の回数(原告B),あるいは4日に1回水を入れ替える(水を入れ替えた日のみに入浴すると考えても,1週間に約2回入浴することになる)という状況(原告A)についても,原告らが高齢者であることを考慮すると,健康で文化的な最低限度の生活を下回ることを示す事情とはいえない。
(エ) 衣類や食事についても,節約のため,購入したい衣類や食材の購入や外食等が制約されている状況にあることが認められる。
原告らが,いずれも不自由な思いをしていることや,節約のために多大な努力をしていることは理解できるが,しかし,原告Aについては,安価なものではあれ,刺身等を購入して食べることもできていること,原告Cについては外食が多いことなどの状況に加え,原告らの実際の生活の様子(甲A16,B21,C8)などに照らせば,原告らは,生活をしていくのに必要な食事を摂取することはできており,衣類についても,生活していくのに必要なものは入手できていると認められ,これらの点から,健康で文化的な最低限度の生活を下回っていると評価することはできない。
ウ その他の生活状況に関する検討
憲法や生活保護法の定める健康で文化的な最低限度の生活の内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるところ,現在の社会状況に鑑みれば,健康で文化的な最低限度の生活とは,肉体的生存を維持できることのみを意味するものではなく,親族や友人知人との交際,生きがい,趣味等に余暇の時間を当てるなどの文化的,社会的活動を一定程度行うことも,当然にその内容として含まれるものと解される。そこで,以下,この観点から原告らの生活状況を検討する。
(ア) 原告Aは,安価な中古ビデオテープを購入したり,コーヒーを飲むのに回数券を利用するなどの節約をしていたり,また,交友関係についても金銭面での制約を受けていることが認められる。しかし,それでも,自宅でビデオテープで映画を見ることはできているし,また,コンサートには3000円程度のものに年2回,加えて500円程度のものにも行くことができている上,新聞も2紙購読し,原告Aの大きな楽しみである喫茶店のコーヒーも,回数が減ったとはいえ定期的に楽しむことができているし,回数が減ったとはいえ,年1回の国内旅行はすることができているのである。
以上によれば,原告Aが,一定程度の文化的,社会的活動ができていないということはできず,この面で,健康で文化的な最低限度の生活を下回っているとは認められない。
(イ) 原告Bも,親族や知人との交際について,金銭面からの制約を受けていることが認められる。しかし,草花の世話をしたり,犬を飼ってペットフードを買って与えたり,望遠鏡で天体観測をするなど,一定程度の趣味活動をすることはできている。その他原告Bの生活状況を全体として検討しても,健康で文化的な最低限度の生活を下回っていると評価できるほどに社会的活動ができていないとは認めることができない。
(ウ) 原告Cも,友人知人や親族との交際,そしてカラオケ等の趣味活動について,金銭面からの制約を受けていることは認められる。しかし,新聞については,複数紙を購読できている上,稼働収入がなく生活保護を受けて暮らしている際にも,行きつけの店に行って友人知人と話をしたりすることが全くできていないようには窺われない。その他原告Cの生活状況を全体として検討しても,健康で文化的な最低限度の生活を下回っていると評価できるほどに社会的活動ができていないとは認めることができない。
エ 以上のとおり,原告らに特有の具体的な需要は見いだせないし,本件各保護基準変更の結果,原告らに対して具体的に行われる保護が,健康で文化的な最低限度の生活を下回る結果をもたらしているとはいえず,結局,法56条を根拠に,本件各処分を違法であるということはできない。
(6) 本件各処分の手続上の違法性の有無について(争点④)
ア 適正手続に関する主張について
原告らは,生活保護基準を切り下げる場合には,個々の被保護者らが具体的な不利益を受けるから,パブリックコメントを行うとか,専門委員会に被保護者の利益を代表する委員を選任する等して,被保護者の意見を聴取する必要があったとか,少なくとも被保護者を直接の対象とする実態調査が不可欠であったのであり,このような手続が欠けている点で,憲法25条及び法56条の趣旨に反し違憲・違法であるとか,行政手続における適正手続の内容たる重要な告知聴聞の機会が保障されていない点で適正を欠くなどと主張している。
この点,確かに,一般的に,行政手続にも憲法31条の適正手続の規定は妥当するものであるが,行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えるかどうかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではない。そして,法は,そもそも生活保護の受給に関する処分については,行政手続法の適用を排除している上(法29条の2),厚生労働大臣による保護基準の変更の際に,被保護者の意見を聴取すべきことを定めた具体的な規定もない。そうすると,法の趣旨は,厚生労働大臣による保護基準の変更の際に必要な手続については,一応厚生労働大臣の合理的・合目的的裁量にゆだねており,厚生労働大臣が,憲法や生活保護法の制約の下での裁量の範囲を逸脱したと評価されるような手続を採ったものでない限りは,適正手続違反を理由として保護基準の変更が違法とされることはないものと解される。例えば,厚生労働大臣が何らの手続も経ずに突如保護基準を切り下げるなどすれば,それは,厚生労働大臣の当該措置に合理的根拠が欠け,裁量の範囲内とは評価できないのが通常であるから,そのような場合には,(それを手続的違法と呼ぶか,単に裁量の範囲を逸脱したと呼ぶかはひとまず置くとして)違憲・違法となり得るが,これはあくまで,憲法や生活保護法の制約の下での厚生労働大臣の裁量の範囲を逸脱したと評価されるからであるにすぎず,原告らの主張するような,手続の履践を怠ったということ自体から導かれる結論ではない。
そして,本件各保護基準変更は,既に述べたように,合理的な判断過程,判断資料をもって行われたもので,厚生労働大臣の裁量の範囲内であると認められるものである。
したがって,原告らのこの点の主張には理由がない。
イ 厚生労働大臣の保護基準改正告示日に関する主張について
原告A及び原告Bは,本件処分2,3,5,6は,厚生労働大臣の告示前にされた処分であり,告示に基づかない処分であるから法8条1項に違反し,違法である旨主張している。
この点,本来は,保護変更の処分は厚生労働大臣の告示に基づかなければならない(法8条1項)から,告示後に処分がされるのが通常である。
しかし,生活扶助のための保護金品は,原則として金銭給付により,1か月分以内を限度として前渡しするとされていること(法31条1項,2項),保護の実施機関は,保護の変更決定を行い,これを被保護者に対し書面をもって通知しなければならないとされていること(法25条2項,24条2項)からすると,4月分の保護費の支給を適切に行うためには,前月に支給決定のための準備を行うのが望ましく,したがって,告示を待って保護の変更手続を行うよりも,その告示の内容が既に明らかになっているのであれば,告示に従った保護変更決定を実際の告示よりも先に行った上で被保護者に通知しておくのが合理的であり,これは被保護者の利益にこそなれ,不利益となることはない。
厚生労働省においては,このような観点から,例年,3月初旬に全国生活保護担当係長会議を開催し,全国の自治体に対して次年度の基準改定告示案を示すとともに,改定の趣旨及び留意点等について周知しており,被告京都市のした本件処分2,3,5,6は,このようにして厚生労働省が示した告示案に基づいている(乙37の1~4)。
また,本件処分2,3,5,6の実施年月日は,平成17年4月1日又は平成18年4月1日であり,その時点では,上記告示による保護基準の改正が既にされている上,内容面でも,いずれの年においても,処分行政庁が処分の前提とした告示案どおりに保護基準の改正が告示されている(乙36の1,2)。
以上によれば,原告A及び原告Bの主張するように,処分の日が厚生労働大臣の保護基準改正告示日の前であることのみをもって,本件処分2,3,5,6に違法とされるべき手続的瑕疵があるということはできない。
ウ 以上から,本件各処分に手続上の違法はない。
3 結論
以上検討したとおり,本件各保護基準変更にも,本件各処分にも違憲・違法はない。したがって,本件各取消請求にはいずれも理由がないし,本件各義務付けの訴えについても,処分行政庁が当該義務付けるべきとされる処分をすべきことが法令の規定から明らかであるとも,当該処分をしないことに裁量の逸脱又は濫用があるともいえないから,その請求にはいずれも理由がない。
したがって,原告らの請求をいずれも棄却する。
(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 谷口園恵 裁判官 梶山太郎)