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京都地方裁判所 平成18年(ワ)1266号 判決 2008年9月16日

主文

1  被告は,原告Aに対し,別紙物件目録第1の(1)記載の土地上に設置しているフェンスのうち,別紙図面のロ点からイ点の方向に8メートルの範囲のフェンスを,現在設置されているものと同様の材質及び色調で,その高さを現在のものより1.2メートル高く付け加えて設置せよ。

2  被告は,原告Aに対し,金20万円及び内金10万円に対する平成18年6月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らの被告に対する将来の損害の賠償を求める訴えをいずれも却下する。

4  原告Aの被告に対するその余の各請求及び原告Bの被告に対するその余の各請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

1  被告は,原告らに対し,別紙物件目録第1の(1)記載の土地上に設置しているフェンスのうち,別紙図面のイ,ロ,ハ及びニ,ホの各点を直線で結んだ部分のフェンスを,目隠しのため,現在設置されているものと同様の材質及び色調で,その高さを現在のものより1.5メートル高く付け加えて設置せよ。

2  被告は,平成18年5月19日から上記フェンスを設置する日まで,原告Aに対し月額2万5000円を,原告Bに対し,月額5000円をそれぞれ支払え。

3  被告は,原告らに対し,50万円及びこれに対する平成18年6月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,共有する居宅で居住している原告らが,道路を隔てた隣地で葬儀場を経営する被告に対し,宗教的感情の平穏に関する人格権に基づき,あるいは民法235条の類推適用により,原告らの視線から葬送儀礼を隠すために,現在の葬儀場のフェンスを1.5メートル嵩上げすることを求めるとともに,被告が原告らのこの求めに応じないで葬儀場経営を続けていることは原告らに対する不法行為に当たるとして,損害(本訴提起の日である平成18年5月19日から上記嵩上げの日までの慰謝料及び弁護士費用)の賠償を求めた事案である。

1  前提事実(当事者間で争いがないか,各項末尾に記載の証拠及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる。)

(1)  当事者

ア 原告A(昭和31年8月25日生)とC子(昭和37年2月15日生)は夫婦であり,原告B(昭和4年3月30日生)は,C子の父である。原告らは,平成6年7月3日,別紙物件目録2記載の建物(以下「原告居宅」という。)を新築した(共有持分は,原告Aが6分の5,原告Bが6分の1)。以来,原告らは,本件建物で,原告Bの妻D子(昭和8年11月25日生),C子,原告A・C子間の長男(昭和63年12月3日生)及び二男(平成2年9月13日生)と共に居住している。また,原告Aは,原告居宅で,事務機器の卸売業(パソコンのシステム開発等)を営んでいる。(甲3,24,30)

イ 被告は,葬祭請負業を目的として昭和59年12月1日に設立された株式会社である。被告は,平成16年4月30日,別紙物件目録1の(1)記載の土地(以下「被告土地」という。)を購入し,平成17年9月2日,被告土地上に,同目録1の(2)記載の建物(以下「本件ホール」という。)を新築し,これを「葬儀会館Eホール」と名付け,同年10月から,葬儀場としての利用を始めた(以下「本件葬儀場」という。)。

(2)  原告居宅及び本件ホール付近の状況

ア 原告居宅の敷地は,京阪宇治線甲駅の南東約500メートルに位置し,東側で南北に通じる市道乙線(以下「南北市道」という。)に面している。原告居宅よりも北側では,南北市道の西側は住宅地であって主として戸建て住宅が建ち並んでいるが,東側は,丙大学の施設等が存在して,宅地開発はなされていない。原告居宅よりも南側では,南北市道の両側が宅地開発されていて,戸建て住宅が建ち並んでいる。(甲4,乙15)

イ 被告土地は,原告居宅から南北市道を隔てた東側にあり,被告がこれを購入する前は茶畑であった。平成17年2月までに,市道戊線(以下「東西市道」という。)が供用開始されたが,東西市道は,南北市道の原告方の北側付近を起点として東側へ伸びており,両市道によってT字型の交差点(以下「本件交差点」という。)が形成されている。被告土地は,北側で東西市道,西側で南北市道に接する角地である。被告土地の南側には,5階建てマンション(以下「南側マンション」という。)が存在する。(甲4,乙15)

ウ 南北市道及び東西市道は,いずれも片側1車線の道路であるが,本件交差点手前では右折車線が設けられ,3車線となっている。南北市道の幅員は,原告居宅付近で,両側歩道を含めて,15.3メートルである。(甲35,乙12の2,乙16の2,弁論の全趣旨)

エ 原告居宅敷地及び被告土地は,いずれも都市計画法上の第一種住居地域に指定されている。なお,第一種住居地域とは,住居の環境を保護するため定める地域であるが(都市計画法9条5項),床面積が3000平方メートルまでの店舗,事務所,ホテル等を建築することは可能である。(建築基準法48条5項)

オ 原告居宅は,南北市道の歩道と接する境界からほとんど余地なく建てられており,玄関は,南北市道に面した東側に設けられている。原告居宅の1階にはリビング・ダイニング,居室及び店舗部分が,2階には東側に2室(以下「2階北東居室」,「2階南東居室」という。),西側に2室,合計4室の居室があるが,2階北東居室及び2階南東居室には,いずれも東側に出窓が設けられており,各居室の間にある階段ホールにも東側に窓が設けられている。また,2階の南端には,ベランダが設けられている。原告Aは,2階北東居室を昼間は仕事部屋,夜は寝室として使用している。原告Bは,1階の南西の居室を使用している。

(3)  本件葬儀場の開業及び本訴に至る経緯

ア 被告が被告土地を購入する前,被告土地が農地であったので,被告が被告土地を購入するに先立ち,平成16年4月15日ころ,農業委員会に対し,農地法5条1項3号所定の届出がなされたが,その転用目的は,「資材置場」とされていた。(甲4)

イ 同年4月ないし5月ころ,原告ら地元自治会の会員は,被告土地に葬儀場の建設が予定されていることを知った。(甲24,原告A本人)

ウ 原告らが所属するa自治会(以下「本件自治会」という。)第9組は,原告Aを代表者として,同年7月5日,宇治市長に対し,地元住民は葬儀場の建設に反対なので,被告に対して適切な行政指導を求める旨の陳情書を提出した。なお,本件自治会第9組は,南北市道の西側の一画の原告ら方を含む23軒で構成されており,このうち,南北市道に面しているのが原告ら方を含む3軒であった。(甲4,31,原告A本人)

エ 被告は,同年8月1日から同年11月21日までの間,前後6回にわたり,地元説明会を開催した。(乙1の1ないし6)

オ 上記地元説明会が開催されていた同年10月ころ,本件自治会第9組及び第10組の各幹事は,周辺住民等1930人の賛同署名を添えて宇治市長に対し,本件葬儀場建設反対の要望書を提出するとともに,被告に対し,書面で質問及び要望をした。要望事項の主たるものは,次のとおりである。(甲5,24)

(ア) 駐車場の確保

(イ) 路上駐車防止対策

(ウ) 防音・防臭対策

(エ) 周辺住宅から敷地内の参列者が見えないようにするための対策,具体的には,西側に計画されている玄関を北側に変更し,出棺の見送りを霊柩車ごと建物内で行うこと,それができない場合は,周辺の住宅から敷地内が完全に見えないようなフェンスに変更すること

カ 平成16年11月4日ころ,被告土地について開発行為の許可申請がなされ,同年12月24日ころ,開発行為の変更許可申請がなされた。これは,道路から本件葬儀場敷地への入口の位置を,南北道路に面した部分から,本件交差点の角切り部分に変更するものであった。平成17年4月11日ころ,建築確認がなされ,間もなく本件ホールの建築工事が着工された。(弁論の全趣旨)

キ 本件ホールが完成した後の平成17年9月27日,本件自治会長,第9組幹事,同前幹事は,連名で,被告に対して要望書を送付した。要望事項の主なものは次のとおりである。(甲21)

(ア) 町内の住宅から本件葬儀場敷地内の参列者が見えないようにすること,具体的には,本件ホール玄関のガラス扉をスモークフィルムやブラインドカーテン等で遮蔽すること,フェンスの内側に植樹を行うこと

(イ) 町内の住宅地としての環境を損なわないようにすること,具体的には,照明についての配慮

(ウ) フェンスにつや消しの処置をすること,フェンスの高さについては,オーブン後の状況も見て,もう少し高さが必要な場合は,対策を講じること

(エ) 参列者の駐車違反行為,自動車の騒音等に対策をとること

ク 平成17年12月18日,本件自治会第9組と被告は,和解協定書を作成した(以下「本件和解協定」という。)。但し,本件自治会第9組の組員の内,原告A(原告らを代表して原告Aがその意思を表示した)ほか2名は,本件和解協定に参加しなかった。原告らが参加しなかったのは,オの(エ)の要望が満たされていなかったからである。

本件和解協定の骨子は次のとおりである。(甲24,乙2)

(ア) 本件自治会第9組は,被告が次の点について所要の対策を講じたことを認める。

a 駐車場の確保

b 本件葬儀場敷地への入口を町内の正面から移動したこと

c 二重玄関ドア等の防音,防臭対策

d 目隠しフェンスの設置

e 花輪,樒を建物外で使用しないこと

f 町内に参列者の車が進入しないよう葬儀の都度看板を設置

g フェンス内側に緑地帯を移動

(イ) 被告は,本件自治会第9組が,「葬儀場建設絶対反対」のポスター等の一部を撤去したことを認める。

(ウ) 今後,本件自治会第9組と被告は,次のとおり行動することに合意する。

a 被告は,フェンス内側の緑地帯にシラカシ2本を植樹する。

b 被告は,玄関の自動ドア上部にカーテンを設置する。

c 本件自治会第9組は,「葬儀場建設絶対反対」のポスター等を撤去する。ただし,後記の未同意組員が掲げるものは除く。

ケ 原告らは,平成18年2月3日,被告を相手取って宇治簡易裁判所に対し,調停を申し立て,フェンスを現状よりも1.5メートル高くすることを求めたが,同年4月17日,同調停は不成立となって終了した。(甲6)

コ 同年5月19日,原告らは,京都地方裁判所に対し,本件訴訟を提起した。

サ 被告は,本件和解協定成立後,クの(ウ)aのシラカシ2本の植樹及びbの玄関自動ドア上部のカーテンの設置をした。なお,本件和解協定に同意しなかった原告A以外の2名について,そのうちの1名は,後日本件和解協定に同意した。他の1名は,その後被告に対し,何らの要求をしていない。(乙10)

(4)  本件目隠しフェンスの現況

別紙図面は,本件葬儀場の平面図である。同図面のイ,ロ,ハの各点,ニ,ホの各点をそれぞれ直線で結んだ部分に目隠しフェンスが設置されている(以下「本件目隠しフェンス」という。)。本件目隠しフェンスの高さは,本件葬儀場の地表面から178センチメートルである。本件葬儀場の地表面は,南北道路及び東西道路よりも高く,境界部分にコンクリート擁壁が設置されている。その高さは,原告居宅の正面付近で114センチメートルである。よって,本件目隠しフェンスの上端部は,原告方正面の南北道路の地表からは,292センチメートルの高さとなる。(乙17の1ないし4,乙18の1,2)

(5)  原告居宅から本件葬儀場への見通し状況(甲7の1ないし6,甲8ないし甲13の各1ないし3)

ア 原告居宅1階からは,コンクリート擁壁及び本件目隠しフェンスにより,本件葬儀場敷地内を観望することはできない。

イ 原告居宅2階の北東居室,同南東居室,階段ホール及びベランダからは,目隠しフェンス越しに本件葬儀場敷地内を見渡すことができる。本件ホールの玄関は,本件ホールの西面の北側寄りに位置しており,遺体は玄関から本件ホールに搬入され,出棺の際は,玄関から運び出された棺が,玄関前に停車している霊柩車に積み込まれ,参列者が火葬場に向けて出発する霊柩車を見送ることになるが,原告居宅2階からは,これらの様子を克明に見ることができる。なお,被告は,本件和解協定にしたがって,フェンス内側の緑地帯にシラカシ2本を植樹したが,生育が悪い上に,1本は枯れてしまった。その後,これに代わる1本が植えられたものの,現在においても目隠しの効果は乏しい。

2  主たる争点と主たる争点についての当事者の主張

(1)  原告らは,原告らの宗教的平穏に関する人格権ないし人格的利益に基づいて被告に対し,差止め(原告居宅から本件葬儀場敷地への観望を遮蔽する措置)を請求できるか

【原告らの主張】

ア 人(生者)は,誰しも,人の死や死者及び死体について,これを恐れ,忌み,避けようとする本能的な反応を備えている。社会は,葬送儀礼を制度化し,葬送儀礼は,一般に死者が属していた宗教の儀礼体系から規制されるが,民衆生活のレベルでは,基層的な習俗慣習に密着しており,葬送の日取り決定から,入棺,出棺,埋葬などの過程で死を忌む事柄のタブーが人の行為を制約している。葬儀場は,火葬場,納骨堂,墓地と並んで,このような基層的な習俗慣習が人々の行為に大きな影響を与える世界であり,葬儀場が,人々が日常的な居住生活を営む住宅街に設けられた場合には,上記の基層的な習俗慣習を介して,日常的な居住生活の場において確保されるべき宗教的感情の平穏が侵害されることとなる。

イ 葬儀は,主催者,近親者,会葬者等にとって,死者への思慕哀惜の態度を規定として,厳粛な雰囲気を損なってはならない等,強い心理的緊張を伴う様々な行動規制が働くが,これは,上記の葬儀関係者に止まらず,葬儀場の周辺住民にも及ぶものである。葬儀場利用者にとっては,一回的なものにすぎないが,周辺住民にとっては,これが常態化し,常に心理的緊張と強い精神的負担が強いられることになる。このように,葬儀場は,周辺住民にとって,精神的平穏を侵害する強い攻撃的施設である。

ウ 被告土地とその周辺地域は,住居の環境が保護されるべき第一種住居地域に指定されており,閑静な住宅が建ち並ぶ住宅地であって,原告ら住民は,本件葬儀場が営業を始めるまでは,平穏な日常生活を営んできたものである。平穏な日常生活を営む人格的利益は,人格権の一環である平穏生活権として,法的保護を受ける。このような地域で本件葬儀場の営業が始まったため,原告ら周辺住民は,日常生活の平穏が害された。本件葬儀場の立地は,明らかに不適格,不適切なものであった。

エ 原告らは,本件葬儀場で執行される葬儀に無関係な第三者であるにもかかわらず,本件葬儀場で毎日のように通夜や葬儀が行われているため,原告居宅の2階東側の各居室にいるときは,大声をあげて笑うことができないことはもとより,2階東側各居室の東側窓のカーテンを閉め切った上,本件葬儀場に目を向けないようにして息を潜めて生活するという状況を日常的に強いられている。このような状態は,原告らの宗教的平穏を確保する法的利益ないし宗教的平穏に関する人格権を侵害するものである。

オ 人格権ないし人格的利益の侵害に対しては,侵害行為の差止めを請求することができる。

【被告の主張】

原告らが主張する利益は,単に,「異質なものを排除したい」という感情に過ぎず,かかる感情を害されることを「宗教的平穏の侵害」といっているにすぎない。これはそもそも法的保護に値しない。

(2)  民法235条の類推適用の可否

【原告らの主張】

ア 民法235条は,境界線から1メートル未満の距離で他人の宅地を観望できる窓または縁側を設けた者に,目隠しの設置義務を課している。この「1メートル」の定めに特別の合理性があるわけではなく,政策的に定められたものである。したがって,1メートル以上離れた場所に窓や縁側がある場合であっても,そこからの観望により隣地居住者の私生活が侵害される特段の事情がある場合には,上記条文が類推適用されるべきである。

イ 本件においては,本件葬儀場の営業によって,原告らの私生活の平穏が著しく侵害されているのであるから,民法235条の類推適用により,原告らは,被告に対し,原告居宅から本件ホールへの死体の出入り及び葬送の儀式を見えなくするよう必要な目隠しを設置することを請求できるというべきである。

【被告の主張】

民法235条は,境界線付近に窓又は縁側を設けた者に対し,隣地所有者のプライバシーを守るために,目隠しの設置を義務づけたものである。本件においては,原告らのプライバシーが侵害される危険が生じているものではなく,また,原告居宅から本件目隠しフェンスまでは15メートル以上の距離があるから,民法235条を類推適用すべき理由はない。

(3)  原告らの差止請求との関係で,被告による現状フェンスを前提とする本件葬儀場の経営によって原告らが被っている被害が受忍限度を超えるか

【原告らの主張】

原告らは,現状の本件目隠しフェンスを前提とする本件葬儀場の営業によって,宗教的感情の平穏が侵害され,強い心理的緊張にさらされ,重大な精神的苦痛を被っている。そして,次の事情によれば,原告らの差止請求との関係で,原告らが被っている精神的苦痛は社会生活上受忍すべき限度を超えて,違法であるというべきである。

ア 本件土地の地域性

被告土地は,第一種住居地域に指定されており,本件葬儀場周辺は,一戸建て住宅や共同住宅等が立ち並んだ閑静な住宅地で,良好な居住環境が維持,形成されてきている。

イ 原告らの先住性

原告らは,平成6年7月に原告居宅を新築してここに居住してきたものであり,本件葬儀場の営業が開始される10年以上も前から,平穏で良好な居住環境を享受して日常生活を営んできたものである。

ウ 被害回避の容易性

原告らが受ける被害を回避するためには,本件目隠しフェンスを現在のものより1.5メートル高くする措置をとることで可能であり,被告がその措置をとることは,技術的にも費用的にも容易である。

エ 被告の不誠実性

被告代表者は,本件葬儀場の営業開始前に原告居宅の2階から本件葬儀場の観望状況を確認しているのに,原告らによる,本件目隠しフェンス嵩上げの要望を拒否する等,その態度は極めて不誠実である。

オ 原告らの被害の重大性

(ア) 原告らが原告居宅を新築したのは,くも膜下出血の後遺症で左手足が不自由になったD子の介護のため,それまで別居していた原告B夫婦と原告Aの家族が同居する必要が生じたためである。原告らがその敷地として原告居宅の敷地を選んだのは,同敷地の周囲が落ち着いた住宅地で,環境に恵まれており,D子が安心して老後を過ごすことができると考えたからであった。したがって,原告居宅の正面に本件ホールが建てられ,本件葬儀場の営業が始まったことによって,原告ら,とりわけ原告B夫婦の老後の生活設計は,根本から破壊されるに至った。高齢者にとって,葬儀を毎日のように目にすることは,否応なしに死という冷厳な現実に直面することを余儀なくされ,精神の安定と安心が根本からかき乱されるのである。

(イ) はたして,D子は,本件葬儀場が営業を開始して間もない平成17年12月ころ,痴呆とパーキンソン病の症状を発症した。これは,本件葬儀場ができたことによるD子本人のストレスや家族のストレスが影響したものと考えられる。

(ウ) 原告居宅の2階東側の各居室からは,①喪服を着た遺族や参列者の顔の表情や服装,②遺体が本件ホールに搬入される様子,③遺族が遺影,位牌等を抱えた光景,④出棺の様子や霊柩車が出入りする状況等が間近に,手に取るように見える。そのため,原告らは,これらが見えないようにするため,原告居宅2階北東居室及び同南東居室の東側の窓をすべてカーテンで閉め切っている。そのため,こららの居室は,夏は蒸し風呂同然の状況となり,カビくさくなる。それでも,カーテンの隙間から葬儀の様子が見えることがあるので,原告ら家族は,東側窓に目を向けないようにして,日常生活を過ごしている。

(エ) 原告Aは,原告居宅の2階北東居室で日常的にパソコン作業をしているが,気分転換のために窓を開けることができず,不自由を強いられている。C子は,原告居宅2階のベランダで洗濯物や布団を干すについて,あるいは2階東側の窓を掃除するについて,葬儀が執り行われる時間帯を避けており,不便を強いられている。

(オ) 原告らは,本件葬儀場が営業を始めるまでは,2階北東居室を客間としても使用していたが,営業開始後は,1階のダイニングルームを客間に兼用することとした。本件葬儀場の営業開始後は,そもそも客を自宅に招くことが減った。

【被告の主張】

次の事情に照らすと,原告らが被っている精神的苦痛は受忍限度内に止まっており,現状のフェンスを前提とする本件葬儀場の営業に違法性はない。

ア 葬儀場の公共性

我が国においては,近年,自宅での葬儀が減少し,葬儀場で葬儀を執り行うことが増加している。そして,高齢化社会に伴って,葬儀場のアクセスの良さが求められていること等に鑑みれば,本件葬儀場は,周辺住民の社会生活上欠くことができない高度の公共性を有する。

イ 本件土地の地域性

第一種住居地域には,住宅のみならず,3000平方メートルまでの店舗,事務所,ホテル等を建てることができる。そもそも東西市道には,半日で6761台もの自動車が通行しており,原告ら自身,原告居宅の敷地内に5台もの自動販売機を設置している。原告居宅及び本件葬儀場付近は,閑静な住宅街ではなく,人や車の往来が激しい場所なのである。

ウ 原告らが求める措置をとることの困難性

原告らの請求どおりに,本件目隠しフェンスの高さを現状よりも1.5メートル高くした場合,相当の費用を要するのみならず,威圧感が増す。また,出棺の様子等は,南側マンションの居室からも容易に見通すことができるところ,南側マンションの住民らから原告と同様の措置を求められた場合,被告は,到底これに対処することができない。

他方,原告らの被害回避のためには,原告居宅の2階東側の窓を磨りガラスに変更するなり,ルーバーを設置するなり,安価な代替方法が存在する。

エ 被告の誠実性

被告は,本件ホールを建築し,本件葬儀場の営業を開始するに当たり,地元自治会と協議を重ね,可能な限りその要望に応え,誠実に対応してきた。

(4)  原告らの損害賠償請求との関係で,被告による現状フェンスを前提とする本件葬儀場の経営によって原告らが被っている被害が受忍限度を超えるか

【原告らの主張】

受忍限度を超える。その理由は,(3)の原告らの主張と同様である。

【被告の主張】

受忍限度を超えない。その理由は,(3)の被告の主張と同様である。

第3当裁判所の判断

1  原告らは,原告らの宗教的平穏に関する人格権ないし人格的利益に基づいて被告に対し,差止め(原告居宅から本件葬儀場敷地への観望を遮蔽する措置)を請求できるか(争点(1))

(1)  人が,他者から自己の欲しない剌激によって心を乱されないで日常生活を送る利益、いわば平穏な生活を送る利益は,差止請求権の根拠となる人格権ないし人格的利益の一内容として位置づけられるべきである。

(2)  一般に,生者が死者に対して抱く態度には,恐怖と思慕の念が交錯しており,死者のためにあの世への再生復活と死霊の安息を祈るとともに,反面,死者の祟りを恐怖し,死者との関係を排除しようとする願望があるとされる。したがって,人は,近親者や知人の葬儀に対しては,上記の二面的な思いを抱くが,縁のない他人の葬儀に対しては,恐怖の念のみを抱くことになる。人が葬儀に接したときの感情については,その者の年齢,経験,性格,宗教的感情の多寡,信じる宗教の有無,その教えの内容等に応じて様々であると考えられるが,程度の差はあれ,縁のない他人の葬儀に接することにより,上記の恐怖の念を抱き,心の静謐を乱されるのは一般的なことと考えられる。また,上記の恐怖の念は,葬儀に接する者をして,心の静謐を乱されるに止まらず,葬儀の厳粛な雰囲気を傷つけてはならないという行動規制まで働かせることになる。

(3)  そうすると,通りがかりの者が一回的に縁のない他人の葬儀に接する場合や,反復していても,それが職場や通勤経路等において接する場合とは異なり,人が最も安息と寛ぎを求める自宅において,日常的に縁のない他人の葬儀に接することを余儀なくされることは,その者の精神の平安にとって相当の悪影響を与えるものといわなければならない。

(4)  原告居宅は,幅員15.3メートルの南北市道を隔てて本件葬儀場と隣接しており,1階の各部屋からは,本件目隠しフェンスのために本件葬儀場敷地内への視線が遮られるものの,2階の各居室からは,本件目隠しフェンス越しに本件葬儀場敷地内を見渡すことができ,本件ホールへの遺族や参列者の出入りのみならず,遺体が納められた棺が本件ホールに搬入される状況や出棺の状況を観望することができる。そうすると,原告居宅2階の北東居室を仕事室兼寝室として使用している原告Aは,自宅において,このような状況に置かれることによって,心の静謐を乱され,平穏な生活を送る人格権ないし人格的利益を侵害されているというべきであって,この侵害が受忍限度を超えている場合には,人格権ないし人格的利益に基づいて,その差止めを求めることができるというべきである。

(5)  他方,原告Bは,居室が1階にあり,2階を使用していることについては何らの証拠がないから,上記のとおり原告居宅2階から本件葬儀場敷地内を観望できることによってその人格権ないし人格的利益を侵害されていると認めることはできない。

2  民法235条の類推適用の可否(争点(2))

民法235条は,境界線付近に窓又は縁側を設けた者に対し,隣地所有者のプライバシーを守るために,その窓ないし縁側に目隠しの設置を義務づけたものである。これに対し,原告が本件目隠しフェンスの嵩上げを求めているのは,被告の関係者から原告住居への視線を遮るためではなく,原告らから本件葬儀場敷地への視線を遮るためであるから,本件においては,民法235条を類推適用する条件を欠くというべきであって,本件において,民法235条が類推適用できるとする原告らの主張は採用できない。

3  原告Aの差止請求との関係で,被告による現状フェンスを前提とする本件葬儀場の経営によって原告Aが被っている被害は受忍限度を超えるか(争点(3))

(1)  建築基準法における用途地域内の建築物の制限について,葬儀場は,事務所に準ずるものとして扱われており,第一種低層住居専用地域,第二種低層住居専用地域,第一種中高層住居専用地域では,建築ができないものの,住居系地域のうち,第二種中高層住居専用地域,第一種住居地域,第二種住居地域等では建築が可能とされている。そして,それ以外には,葬儀場の建築について法令上,直接の規制はなく,墓地,埋葬等に関する法律において,葬儀場と同種の施設である墓地,納骨堂及び火葬場の経営を都道府県知事の許可制にしているのと対照をなしている。

とはいえ,被告が本件ホールを建築し,本件葬儀場の営業をしていることについて公法上の規制に反する点は全くない。また,葬儀場のフェンスについても何らの規制はない。本件葬儀場を営業している被告の行為は,手続的には,全く適法行為なのであるから,これを違法というためには,被害の程度,地域性,先住性,交渉経緯,被害及び加害の回避可能性等を総合勘案し,原告Aの被害が社会生活上受忍すべき限度を超えていることを要するというべきである。

(2)  証拠(甲30,証人C子,証人F)及び弁論の全趣旨によると,原告Aの被害の内容について次のアの事実が,本件葬儀場の営業開始についての被告と本件自治会第9組との交渉経緯について,次のイの事実が認められる。

ア 原告Aが受けている被害について

(ア) 原告居宅2階東側の各居室,階段ホール及びベランダからは,本件目隠しフェンス越しに本件葬儀場敷地内を見通すことができ,喪服を着た遺族や参列者の顔の表情や服装,遺体が本件ホールに搬入される様子,遺族が遺影,位牌等を抱えた光景,出棺の様子や霊柩車が出入りする状況等を克明に見ることができる。

(イ) 原告居宅2階北東居室は,昼間は原告Aの仕事室として,夜は原告A,C子夫婦の寝室として利用され,2階南東居室は大学生である長男の部屋として利用されている。原告Aは,上記の葬儀等の光景を目にしたくないため,2階北東居室及び2階南東居室の窓及びカーテンを常時閉めている。そのため,とりわけ2階北東居室は,夏期には蒸し風呂のように暑く,カビくさくなっている。原告Aは,本件葬儀場が営業を開始する前は,2階北東居室を客間としても利用していたが,営業開始後は,これを止め,1階のダイニングルームを客間に兼用している。

(ウ) C子は,本件葬儀場で告別式が行われる日は,晴天であっても,ベランダで布団を干すことができない。また,ベランダに洗濯物を干す作業や,2階東側の窓ガラスの拭き掃除も,本件葬儀場に人の出入りがない時間帯を見はからってしている。C子がたまたま2階ベランダにいたとき,火葬場から帰ってきた子供が本件葬儀場敷地内からC子に向かって遺影を掲げたことがあり,これにショックを受けたC子は,以来,極めて神経質になっている。

(エ) 原告A及びC子夫婦は,D子の介護のために原告B及びD子夫婦と同居することを決意し,原告居宅敷地が環境に恵まれていることから気に入り,同土地上に原告居宅を建築した。しかるに,その間近で本件葬儀場の営業が始まったことから,高齢者である原告B及びD子が苦痛を感じていると心配していたところ,間もなくD子に痴呆やパーキンソン症状が生じたことから,これには本件葬儀場の開業からくるストレスが影響していると考え,原告B及びD子夫婦に対して申し訳ないと思って気に病んでいる。

(オ) 本件葬儀場で執り行われるのは,通夜と告別式である。通夜については,通常,遺族が午後3時30分ないし4時ころから出入りし,遺体の入った棺は午後5時ないし6時ころに本件ホールに搬入され,午後8時ころまでには参列者は散会する。遺族は深夜まで本件ホールに残ることがある。告別式は,昼前に1時間程度執り行われることが多く,遺族は開始の30分ないし1時間前から本件ホールに出入りする。告別式が終了した後,出棺が行われ,遺体が火葬場に搬送される。火葬が終わるとその日のうちに本件ホールで初七日まで済ませることがあり,その場合は,夕方まで遺族や参列者が本件ホールを出入りする。

(カ) C子が,平成19年1月から6月までの間,本件葬儀場を使用して行われた通夜及び告別式の回数を記録したところ,延べで127回(平均すると,1月当たり約21回)であった。

イ 被告と本件自治会第9組との交渉経緯について

被告は,本件自治会第9組との交渉の結果,第2の1(3)ク(ア)のaないしgのとおり,対策を講じた。このうち,フェンスについては,被告は,当初は,高さ1.2メートルのメッシュのフェンスを予定していたが,本件自治会第9組の要望を考慮し,高さ1.8メートルの目隠しフェンスとした。また,本件葬儀場敷地への入口を南北道路に面した部分から,本件交差点の角切り部分に変更したこと,フェンス内側の緑地帯にシラカシ2本を植樹したこと及び玄関の自動ドア上部にカーテンを設置したことは,原告らの要望に応えたものであった。

(3)  上記事実及び前提事実に基づいて検討する。

ア 原告Aは,その家族も含め,本件葬儀場で行われる葬儀等を見たくないとの強い観念を抱き,原告居宅2階東側の各居室の窓とカーテンを閉め切っているのみならず,居室の使用方法や日常家事の方法も制約を受けていて,身体症状こそ現れていない(D子に現れた痴呆やパーキンソン症状が本件葬儀場の営業と因果関係があると認めるに足る証拠はない)ものの,相当のストレスを抱いており,日常生活に相当の影響を受けているということができる。もっとも,本件葬儀場で通夜も告別式も執り行われない日が相当日数あるし,執り行われる日であっても,それに関連する人の出入りがある時間帯は限られるのであるから,原告Aが,2階北東居室及び南東居室の窓やカーテンを常時閉めているというのは過剰な反応であるといわざるを得ない。

イ 被告は,本件自治会第9組との交渉において,本件自治会第9組から要望された駐車場対策,防音・防臭対策等をとり,入口の移動,目隠しフェンスの設置,緑地帯の移動と植樹,玄関自動ドア上部のカーテンの設置等の各種要望に応じ,原告ら一部の自治会員を除いて本件和解協定を成立させたのであって,本件自治会第9組に対し,相当程度誠実に対応したということができる。しかしながら,フェンスについては,遅くとも平成16年10月には,本件自治会第9組から,周辺の住宅から敷地内が完全に見えないようなフェンスとすることが求められていたのに,178センチメートル以上の高さにできなかった理由については明らかでない。他方,本件自治会第9組の大部分の構成員が本件和解協定を成立させたのに対し,原告らはこれに参加しなかったが,自宅が本件葬儀場に最も近く,本件葬儀場の営業によって最も被害を受けるのが原告らであるから,原告らが他の大部分の本件自治会第9組構成員と同一歩調をとらず,本件和解協定に参加しなかったからといって,原告らの要求が過大であるということはできない。

ウ 原告居宅及び本件ホールが所在する地域は,住居の環境を保護するため定める地域である「第一種住居地域」である。第一種住居地域には,床面積が3000平方メートルまでの店舗,事務所,ホテル等の大型の建物を建築することができ,一定程度の喧噪は避けることはできないが,遊戯施設や風俗施設等の建築を規制する等の方法で環境の保護が図られている。原告らは,平成6年から本件建物に居住しており,被告は,原告居宅その他本件自治会の構成員らの居宅が立ち並んだ後に,本件ホールを建築したものである。

エ 原告Aが被告に対して求めているのは,本件目隠しフェンスの1.5メートルの嵩上げにすぎず,証拠(甲74)によると,同嵩上げ工事についてG株式会社が提出した見積書では,金額が約221万円,工事期間が4日間とされていることが認められるから,被告がこれに応じるのはさほど困難なこととはいえない。被告は,南側マンションの住民から同様の措置を求められてもこれに対処することができない旨主張するところ,なるほど,証拠(乙11)によると,南側マンションの居室からも,本件ホールに出入りする遺族や参列者,遺体が納められた棺が本件ホールに搬入され,出棺される様子等を見ることができることが認められる。しかしながら,弁論の全趣旨によると,被告は,現在まで,南側マンション住民から何らの要求をされていないことが認められる上,弁論の全趣旨によると,南側マンションの居室から本件ホールの玄関までの距離は,50メートルを超えていることが認められ,南側マンションの住民が本件葬儀等の様子を観望しても,死者の祟りに対する恐怖感や自らの行動を規制する心理は,原告Aの場合とは質的な差があると考えられるから,被告が原告Aからの本件目隠しフェンスの嵩上げ要求に応じたからといって,南側マンションの住民からの同様の要求に応じる義務があるとは断じがたい。

他方,原告居宅の2階東側の窓を磨りガラスに変更するなり,ルーバーを設置するなり,あるいは,原告らが現にしているように,窓やカーテンを閉め切れば,本件葬儀場敷地内への観望は遮蔽されるが,これらの方法では,本件葬儀場敷地内だけでなく,その他の眺望も遮り,原告居宅の住環境を悪化させる結果となる。

オ 被告は,本件葬儀場の営業には公共性がある旨主張する。しかしながら,原告Aは,本件葬儀場の営業の差止めを求めているのではなく,フェンスの嵩上げを求めているにすぎないし,フェンスの嵩上げ工事に要する費用が本件葬儀場の営業を困難にするような金額に上るとも考えがたいから,仮に,本件葬儀場の営業に公共性があると評価できるとしても,本件差止請求についての受忍限度を考慮する上での要素とはなりえない。

カ 以上のように,原告が受けている被害は,過剰反応の一面があるとはいえ,相当程度のものであること,第一種住居地域内において,立ち並んだ居宅の直近で本件葬儀場を開設しようとした被告としては,周辺住民の平穏な生活を侵害しないように相当の配慮をなすべきこと,被告が本件目隠しフェンスを嵩上げすることは,技術的にも費用的にもさほど困難なこととは考えがたいこと,原告Aが観望できることによって最も心の静謐を乱されるのは,遺体が納められた棺であると考えられること等の諸事情を勘案すると,少なくとも,棺が本件ホールに搬入される様子や出棺の様子を原告居宅2階の各居室等から観望できる限りにおいて,原告Aが受けている被害は,受忍すべき限度を超えているというべきである。

しかしながら,被告による本件ホールの建築,本件葬儀場の営業の手続に何らの違法がなく,被告は,本件自治会第9組との交渉において,相当程度誠実に対応したこと等に照らすと,本件葬儀場が営業することによって,本件葬儀場敷地の内外で遺族や参列者あるいは霊柩車の姿を目にすることについては原告Aにおいて受忍するべきものというべきである。

4  原告Aの本件目隠しフェンス嵩上げ請求の可否

(1)  上記のとおり,被告の現状における本件葬儀場の営業は,原告Aが原告居宅2階の各居室等から棺の搬入及び出棺の様子を観望できる状況で行っている限りにおいて違法であるというべきであるから,原告Aは,人格権ないし人格的利益に基づく妨害排除請求として,被告に対し,本件目隠しフェンスを嵩上げする方法で,少なくとも,原告居宅2階の各居室から,本件ホール玄関への棺の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子の観望を妨げる遮蔽物の設置を求めることができるというべきである。

(2)  原告Aは,別紙図面のイ,ロ,ハ及びニ,ホの各点を直線で結んだ部分の目隠しフェンスを,1.5メートル嵩上げすることを求めているが,上記のとおり,原告Aが被告に対して遮蔽物の設置を求めることができるのは,本件ホール玄関への遺体の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子の観望を妨げる限度であるから,嵩上げを求めることができる高さ及び範囲もこれによって制限される。そして,証拠(甲8の1ないし3,甲9の1ないし3,甲10の1ないし3,甲11の1ないし3,甲12の1ないし3,甲13の1ないし3,甲第38号証の10ないし25)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告Aが,原告居宅2階北東居室,南東居室,ベランダ,階段ホールにおいて通常の生活をする場合,本件目隠しフェンスが,別紙図面のロ点からイ点の方向に8メートルの範囲で,現状よりも1.2メートル嵩上げされれば,本件ホール玄関への遺体の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子の観望を概ね妨げることができると認められる。

(3)  よって,原告Aの本件目隠しフェンス嵩上げ請求は,別紙図面のロ点からイ点の方向に8メートルの範囲で,現状よりも1.2メートルの嵩上げを求める限度で正当である。

5  原告Aの損害賠償請求との関係で,被告による現状フェンスを前提とする本件葬儀場の経営によって原告Aが被っている被害が受忍限度を超えるか(争点(4))

3の(2)の事実によれば,被告の現状における本件葬儀場の営業は,原告Aが原告居宅2階の各居室等から,本件ホール玄関への遺体の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子が観望できる限度で受忍限度を超えているというべきである。差止請求についての受忍限度の判断と損害賠償請求についての受忍限度の判断は,必ずしも一致するものではないが,本件における差止請求は,本件葬儀場の営業に公共性があるとしても,それを阻害するものではないから,同様に考えることができる。

6  原告らの損害賠償請求の可否

(1)  過去の損害賠償請求について

ア 原告Aは,3の(2)のアの(ア)ないし(カ)のとおりの被害を受けているが,弁論の全趣旨によると,これは,原告らが本件訴えを提起した平成18年5月19日以前から今日まで継続しているものと認められる。被告は,本件訴えを提起されたことによって,原告Aの被害の事実を知りながら,原告居宅2階の各居室から,本件ホール玄関への遺体の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子の観望を妨げる遮蔽物の設置措置を講じなかったもので,これは原告Aに対する不法行為に当たる。

イ 原告Aが原告居宅2階北東居室を日常的に仕事室として使用していること,本件葬儀場敷地内を観望できないようにするために,日常的に同居室の窓及びカーテンを閉め切っており,気温,通風等の面で,悪条件下で仕事をしていること等に照らすと,被告の不法行為の結果,原告Aは精神的苦痛を被ったと認められ,その金額は,過剰反応の面があることを考慮すると,金10万円と評価するのが相当である。

ウ 1の(5)で記載したように,原告居宅2階から本件葬儀場敷地内を観望できることによって原告Bが人格権ないし人格的利益を侵害されていると認めることはできないから,原告Bの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

エ 被告の不法行為と因果関係のある弁護士費用としては,本件訴訟の性質,経緯,認容額等に照らし,10万円と認めるのが相当である。

(2)  将来の損害賠償請求について

将来の給付を求める訴えは,あらかじめその請求をする必要がある場合に限り,提起することができる(民訴法135条)。そして,継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,その基礎となるべき事実関係・法律関係がすでに存在し,その継続が予測され,請求権の成否・内容につき債務者に有利な影響を生ずる事実の変動としては,あらかじめ明確に予測しうる事由に限られ,しかも請求異議の訴えによってその主張をしなければならないとの負担を債務者に課しても不当とはいえないときにのみ将来の給付の訴えを提起できると解するべきである(昭和56年12月16日最高裁判所大法廷判決・民集35巻10号1369頁参照)。

本件についてこれをみるに,今後も不法行為の継続は予想されるとしても,その慰謝料額等は,本件葬儀場において葬儀等が執り行われる頻度,原告Aにおける原告居宅2階東側各室の使用状況等によって左右されるから,請求権の内容につき債務者に有利な影響を生ずる事実の変動があらかじめ明確に予測しうる事由に限られるとはいえず,このような損害賠償請求権の成立要件の具備については,請求者においてその立証の責任を負担するべきものと解せられる。

そうすると,原告らの損害賠償請求のうち,将来の損害の賠償を求める部分については,権利保護の要件を欠き,不適法というべきである。

7  結論

以上の検討の結果によれば,原告Aの差止請求は,本件目隠しフェンスのうち,別紙図面のロ点からイ点の方向に8メートルの範囲で,現状よりも1.2メートルの嵩上げを求める限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきであり,原告Aの過去の損害についての賠償請求は,金20万円及び内金10万円に対する継続的不法行為が開始された後である平成18年6月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきであり,原告Bの差止請求及び過去の損害についての賠償請求はいずれも失当として棄却するべきであり,原告らの将来の損害についての賠償請求については,訴えを却下するべきである。

なお,主文1項についての仮執行宣言は相当でないから,同2項についての仮執行宣言は認容額に照らして必要がないから,いずれも付さない。

(裁判官 井戸謙一)

(別紙は省略)

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