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京都地方裁判所 平成18年(ワ)156号 判決 2007年10月02日

主文

1  被告Bは,原告Aに対し,110万円及びこれに対する平成17年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告Aの被告Bに対するその余の請求,原告会社の被告Bに対する請求及び原告らの被告会社に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中,原告会社と被告らとの間で生じたものは原告会社の負担とし,原告Aと被告Bとの間で生じたものは,これを2分し,それぞれを各自の負担とし,原告Aと被告会社との間で生じたものは原告Aの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告会社に対し,各自300万円及びこれに対する平成18年2月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Aに対し,各自237万3686円及びこれに対する平成17年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,(1)原告会社が,被告Bに対し,①主位的には,被告Bの所有する賃貸マンションの一室について,原告Aを入居者とする賃貸借契約が原告会社と被告Bとの間で成立したにもかかわらず,被告Bが上記一室を第三者に賃貸したと主張し,上記賃貸借契約の債務不履行に基づき,②予備的には,被告Bが正当な理由がないのに上記賃貸借契約の締結を拒絶したと主張し,契約締結の準備段階における信義則上の義務違反に基づき,損害(ただし一部)の賠償と損害に対する訴状送達の日の翌日である平成18年2月2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求め,(2)原告会社が,上記賃貸借契約の仲介を行った被告会社に対し,①不動産仲介契約の債務不履行又は②不法行為に基づき,損害(ただし一部)の賠償と損害に対する訴状送達の日の翌日である平成18年2月2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,(3)原告Aが,被告らに対し,不法行為に基づき,損害の賠償と損害に対する不法行為の日の後である平成17年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  当事者間に争いのない事実等

次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(後掲のもの)により容易に認められる。

(1)  当事者等(甲8,9,14,15,34,乙7,8,丙2,3,原告A)

ア 原告会社は,婦人服の製造販売等を目的とする株式会社である。

原告Aは,韓国籍の女性であり,原告会社の従業員であって,原告会社代表者であるCの姉である。

イ 被告Bは,京都市内に所在する「D」という名称の賃貸マンション(以下「本件マンション」という。)等を所有し,不動産賃貸業等を営んでいる。

E株式会社(以下「E」という。)及びF株式会社(以下「F」という。)は,いずれも,被告Bが代表取締役を務める不動産の売買・賃貸・仲介・管理等を目的とする株式会社であり,被告B所有のマンションの管理や賃貸借の仲介等の業務を行っている。本件マンションに関しては,Eが賃貸借の仲介業務を,Fが管理業務を行っていた。

G及びHは,平成17年当時,いずれもEの従業員としてE京都支店に勤務していた(Gは,同支店の支店長の地位にあった。)。

ウ 被告会社は,不動産の仲介及び売買等を目的とする株式会社であり,被告Bから本件マンション等の賃貸借契約の仲介を委託されていた。

I及びJは,平成17年当時,いずれも被告会社の従業員として被告会社の烏丸店(以下「エリッツ烏丸店」という。)に勤務していた(Jは,同店の店長の地位にあった。)。

(2)  本件の経緯(甲1,13,16ないし20,40,乙6の1,2,乙7ないし9,丙2,原告A,証人I,証人G)

ア 原告Aは,平成16年当時,京都市内に所在する「K」という名称の賃貸マンションの一室(301号室,以下「旧物件」という。)に居住していたが,被告会社のホームページで本件マンションを知って転居しようと考え,平成17年1月24日(以下,年の記載を省略しているものは,平成17年の出来事である。),エリッツ烏丸店を訪れた。

同日,原告Aは,エリッツ烏丸店の担当者であるIに対し,本件マンションへの入居を希望する旨を伝え,E所定の入居申込カード兼入居者カード(甲1,乙9,以下「本件入居カード」という。)の契約者欄に原告会社,入居者及び保証人欄に原告A,入居希望日欄に4月9日とそれぞれ記入して提出した(本件入居カードの入居者及び保証人欄では,国籍及び本籍が記入事項とされていない。)(以下,被告会社が原告Aから本件マンションの賃貸借契約の媒介を引き受けたことにより成立した仲立契約を「本件仲介契約」という)。Iは,被告会社は,原告Aに対し,本件マンションの503号室(以下「本件物件」という。)について,いわゆる部屋止めをすることを約し,E京都支店に本件入居カードをファクシミリ送信した。

1月29日,原告Aは,被告会社に対して,本件物件の申込金として6万2000円を支払った。

イ 3月17日,E従業員は,本件物件の賃貸借契約書(甲17,以下「本件契約書」という。)(賃貸借物件の表示,契約条件,特約事項〔入居者Aが退去する場合,本契約は解除されるものとする〕等が印字されたもの)を持参してエリッツ烏丸店に赴き,Iに対し,所定欄に原告らの署名(記名)・押印等を得て,3月31日までに,必要書類とともにEに提出するように求めた。

ウ 3月25日又は28日,Iは,原告Aに本件契約書を手渡し,所定欄に原告らの署名(記名)・押印等をして同月30日までに被告会社に提出するように求めた。

エ 3月30日,原告Aは,エリッツ烏丸店を訪れ,敷金,礼金,4月・5月分の賃料・共益費・管理費・インターネット利用料金のほか,火災保険料と仲介手数料(借主手数料)合計47万6190円から上記申込金6万2000円を控除した残額41万4190円を支払い,被告会社はこれを受領した。

オ 4月8日,Iは,E京都支店に,本件契約書及び必要書類(原告Aの外国人登録原票記載事項証明書,印鑑登録証明書等)を持参したが,Hが,上司のGと相談し,被告Bの意向を確認した上で本件契約書等を受け取ると答えたため,本件契約書等をいったん持ち帰った(そのため,本件契約書の「賃貸人被告B」の名下に押印がされておらず,賃貸借契約書として完成していない)。その後,Hは,被告Bの指示を仰ぎ,その指示にしたがい,Iに対し,電話で,本件物件を原告会社に賃貸しない旨を告げ,Iは,同日,これを原告Aに伝えた。

カ その後,被告Bは,被告会社とは別の仲介業者(株式会社L)を通じ,原告会社とは別の賃借人(以下「新賃借人」という。)との間で本件物件の賃貸借契約を締結し,新賃借人は,4月29日ころ,本件物件に入居した。

(3)  別の物件の賃貸借(甲26ないし30)

原告会社は,4月12日,被告会社とは別の仲介業者(M)を通じ,「N」という名称の賃貸マンションの一室(705号室,以下「新物件」という。)を賃借することとし,5月6日,賃貸借契約を締結し,原告Aは,そのころ旧物件から新物件に転居した。

3  争点

(1)  賃貸借契約は成立していたか。

(2)  被告Bが本件物件の賃貸を拒絶した理由

(3)  被告Bの責任原因

(4)  被告会社の責任原因

(5)  損害

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告らの主張)

被告会社に対し本件契約書が提出され,原告会社が敷金,礼金,4月・5月分の賃料・共益費・管理費・インターネット利用料金のほか,火災保険料と仲介手数料(借主手数料)を支払った3月30日の時点で,原告会社と被告Bとの間で,本件物件につき,次の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が成立した。すなわち,被告Bは,本件入居カードの提出を受け,Eによる入居審査を経た上で,3月17日,被告会社に対し,次の内容が記載された本件契約書を交付することにより申込の意思表示を行い,原告会社は,本件契約書に記名・押印して,3月30日,被告会社に対し,本件契約書を提出することにより,承諾の意思表示を行っている。なお,本件賃貸借契約が成立したことを前提に,被告会社は,原告会社から仲介手数料を受領し,被告Bからも広告料名目で仲介手数料を受領し,被告Bは,原告会社から敷金,礼金,前払賃料等を受領している。また,原告会社は,Fとの間で,インターネット接続サービス(以下「本件インターネット接続サービス」という。)の利用契約を締結した。

ア 賃貸人  被告B

イ 賃借人  原告会社

ウ 入居者  原告A

エ 賃料   1か月6万2000円

オ 共益費  1か月5500円

カ 期間   平成17年4月9日から平成18年4月8日まで

(被告らの主張)

否認する。被告Bは,本件賃貸借契約締結の意思表示をしておらず,本件賃貸借契約は成立していない。本件契約書を交付したのは,契約締結の準備行為に過ぎない。

(2)  争点(2)について

(原告らの主張)

被告Bは,原告Aが韓国籍であることを理由に,本件物件の賃貸を拒絶した。

(被告Bの主張)

否認する。被告Bは,4月8日に外国人登録原票記載事項証明書が提出されて,原告Aが韓国籍であることを初めて知り,原告会社を賃借人とする契約形式がとられていたことや,必要書類の提出が遅れていたことなどから,原告らが意図的に国籍を秘匿していたのではないかとの疑いを抱き,原告らとの間では信頼関係を築くことが不可能であると判断したことから,本件物件を賃貸しないこととしたのである。

なお,原告らは,被告会社と共謀の上,4月8日まで,原告Aの国籍を秘匿していたものと考えられる。

(3)  争点(3)について

(原告らの主張)

ア 被告Bは,本件賃貸借契約に基づき,原告会社に対し,本件物件を引渡すべき義務を負っていたにもかかわらず本件物件を引き渡さず,新賃借人との間で本件物件につき賃貸借契約を締結して同人に本件物件を引き渡し,上記引渡義務の履行を不能にしたから,原告会社に対して,債務不履行責任を負う。

仮に,本件賃貸借契約が成立していないとしても,本件賃貸借契約についての交渉過程に照らせば,被告Bは,信義則上,正当な理由なく本件賃貸借契約の締結を拒絶することができないにもかかわらず,原告Aが韓国籍であるという正当でない理由で本件賃貸借契約の締結を拒絶したものであるから,上記信義則上の義務違反に基づく損害賠償義務を免れない。

イ 被告Bは,本件入居カードの提出を受けて原告Aが本件物件に入居予定であることを認識し,原告Aが韓国籍であるという正当でない理由で本件物件の賃貸を拒絶し,原告Aの居住利益を侵害したものであるから,原告Aに対して不法行為責任を負う。

(被告Bの主張)

ア 本件賃貸借契約は成立していないから,被告Bは,原告会社に対し,本件賃貸借契約に基づく本件物件の引渡義務を負わない。

イ 被告Bは,正当な理由により本件物件の賃貸を拒絶したものであるから,原告会社に対して,契約準備段階における信義則上の義務違反を理由とする損害賠償責任を負わないし,原告Aに対して,不法行為に基づく損害賠償責任を負わない。

(4)  争点(4)について

(原告らの主張)

ア 被告会社は,本件仲介契約の付随義務として,原告会社に対し,本件賃貸借契約が問題なく締結され,本件賃貸借契約上の義務が問題なく履行されるよう配慮すべき義務を負っていたところ,次のとおり,被告会社は同義務を十分に果たさなかった。すなわち,(ア)被告会社は,原告Aが韓国籍であること,原告Aがそのことを理由に入居を拒否されることを危惧していることを知っていたのであるから,あらかじめ,被告Bに対し,外国人の入居を拒む意思を有しているか否か確認すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを行わなかった。(イ)原告Aは,被告会社に対し,1月29日に外国人登録原票記載事項証明書等の必要書類を交付したのであるから,被告会社は,これらの書類を直ちに被告Bに提出すべき義務を負っていたにもかかわらず,これらの書類を4月8日まで提出しなかった。(ウ)原告Aが3月30日に被告会社に提出した本件契約書には不備(原告Aの契印が実印によるものではなかった。)があったのであるから,被告会社は,原告Aに対し,早急にこの不備の修正を行うよう指示すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを行わなかった。

イ 上記被告会社の義務違反により,被告Bが,本件物件の賃貸を拒絶するという事態に陥った(少なくとも,被告会社が上記義務を果たしていれば,入居予定日の前日になって,はじめて被告Bが本件物件の賃貸を拒絶するという事態は回避できた。)。

ウ よって,被告会社は,原告会社に対し,上記義務の債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。

エ 被告会社は,本件物件に原告Aが居住予定であることを認識していたにもかかわらず,上記義務違反により,原告Aの居住利益を侵害したものであるから,原告Aに対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(被告会社の主張)

ア 争う。

イ 原告らがア(ア)で主張する被告会社の注意義務は,不当な国籍差別を容認するものにほかならず,被告会社は,そのような法的義務を負わない。被告会社が,原告Aの危惧を認識していたことは否認する。

ウ 原告らの主張ア(イ)を争う。被告会社は,一般的に,入居希望者から必要書類の提出があった場合,契約書の記載内容と照合をした上で,家主に提出する取扱を行っているところ,本件の事務処理もこれに沿って行われたものであり,被告会社には,原告らが提出した書類を,直ちにその都度被告Bに提出すべき義務はない。また,必要書類の提出が,4月8日になったのは,本件契約書に不備(原告Aの契印が実印によるものではなかった。)があり,原告らが,本件契約書を最終的に被告会社に提出したのが4月7日になったためであり,このことについては,E従業員の了解を得ている。

エ 原告らの主張ア(ウ)を争う。Iは,4月3日(原告Aが本件契約書を提出したのは3月30日ではなく4月3日である。)に,原告Aから,本件契約書の提出を受け,その際,上記不備を発見したため,原告Aに対し,再提出が可能な日を尋ねたところ,4月7日になると答えた。Iは,これを受け,直ちに,Eに連絡を取り,上記事情を説明し,本件契約書及び必要書類の提出が4月7日以降になる旨を伝えたところ,E従業員はこれを了承したのであるから,被告会社は,原告Aに対し,早急に上記不備の修正を行うよう指示すべき義務はなかった。

(5)  争点(5)について

(原告らの主張)

ア 原告会社の損害

(ア) 賃借権相当額  700万円

原告会社は,被告らの債務不履行により,本件物件の賃借権を喪失ないし得ることができず,本件賃借権価格相当額の損害を被った。

(イ) 新物件への入居費用  47万3500円

原告会社は,新物件についての賃貸借契約を締結するにあたり,次の費用の支払を余儀なくされた。

保証金  40万円

仲介手数料  3万5700円

害虫駆除費  1万6800円

入居者相互会費  2万1000円

合計  47万3500円

(ウ) 差額賃料・共益費  51万円

本件物件の賃料・共益費が月額6万7500円であったのに対し,新物件の賃料・共益費は月額7万6000円であり,1か月あたり8500円の差額がある。本件では,とりあえず5年分の差額を損害として主張する。

(エ) 弁護士費用  30万円

(オ) 合計  828万3500円

イ 原告Aの損害

(ア) 逸失利益  9万0186円

原告Aは,本件物件に入居できなかったことにより,本件インターネット接続サービスを利用することができなかった。

原告Aは,従前から,原告会社における打合せ等の業務をインターネットを利用して自宅で行っており,本件物件への入居予定日であった4月9日からは,本件物件において,本件インターネット接続サービスを利用し,原告会社の業務を行う予定であったところ,同サービスを利用できなかった(旧物件において,契約していたインターネット接続サービスは,本件物件への転居が予定されていたため既に解約していた。)ため,次のとおり,勤務時間外又は休日に,神戸市内に所在する原告会社本社に出勤し,業務を行わざるを得なくなった。

4月10日 午前9時から午前11時まで(勤務時間外)

4月11日 午前10時から午後5時まで(休日)

4月12日 午後1時から午後5時まで(休日)

4月14日 午後1時から午後5時まで(休日)

4月18日 午前9時から午前11時まで(勤務時間外)

4月21日 午前10時から午後4時まで(休日)

4月25日 午前11時から午後5時まで(休日)

このため,原告Aは,時間外手当相当額(1時間あたり2193円×4時間=8772円),休日出勤手当相当額(1時間あたり2632円×27時間=7万1064円)及び通勤交通費(4月10日は2500円,4月18日は1850円,その余の日は各1200円の合計1万0350円)の合計9万0186円の損害を被った。

(イ) 慰謝料  100万円

(ウ) 新物件への入居費用  47万3500円(原告会社の損害として認められない場合の予備的主張)

上記新物件への入居費用(上記ア(イ))を現実に負担したのは,原告Aであるから,これは,被告らの不法行為により原告Aが被った損害とみるべきである。

(エ) 差額賃料・共益費  51万円(原告会社の損害として認められない場合の予備的主張)

新物件の賃料・共益費を現実に負担しているのは,原告Aであるから,上記差額賃料・共益費(上記ア(ウ))は,被告らの不法行為により原告Aが被った損害とみるべきである。

(オ) 弁護士費用  30万円

(カ) 合計  237万3686円

(被告らの主張)

いずれも否認する。

第3争点に対する判断

1  前記当事者間に争いのない事実等,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1)  Eにおける一般的取扱等(乙9,証人G)

Eは,被告Bを賃貸人とする賃貸借契約を締結するにあたっては,まず,入居希望者から,必要事項を記入した本件入居カードの提出を受けて,これに基づき,賃借人となる者の資力,保証人となる者の保証意思確認等の調査を行い(以下「第1次審査」という。),問題がなければ次に,入居予定者に対し,賃貸人欄に被告Bと印字された賃貸借契約書を交付し,署名(記名)押印等をしてもらうとともに,住民票などの必要書類の提出を受けて,賃貸借契約書の記載事項や必要書類を確認し(以下「最終審査」という。),これらに齟齬があるなどの問題がなければ,被告Bが押印して賃貸借契約書を完成させるという取扱を一般的に行っている。なお,最終審査は,特段の問題がなければ,数分間ないし数時間程度で行うことができる。

(2)  本件賃貸借契約の経緯(甲1,3ないし7,9ないし13,18ないし20,32ないし34,40,乙7,8,丙2,3,証人I,証人J,証人G,原告A)

ア 原告Aは,平成16年当時,旧物件に居住していたが,新築物件で日当たりが良く通勤先(O)まで徒歩5分以内の賃貸マンションに転居したいと考え,同年末ころから条件に合う賃貸マンションを探していたところ,被告会社のホームページで,本件マンションが建設中で入居者を募集していることを知り,平成17年1月24日,エリッツ烏丸店を訪れた。

同日,原告Aは,Iの案内で本件マンション建設現場を見分した後,Iに対し,本件マンション503号室(本件物件)への入居を希望する旨を伝え,E所定の本件入居カードの契約者欄に原告会社,入居者及び保証人欄に原告A,入居希望日欄に4月9日とそれぞれ記入して提出した。Iは,原告Aに対し,本件物件について,いわゆる部屋止めをすることを約し,E京都支店に本件入居カードをファクシミリ送信した。なお,Eが被告会社に対しあらかじめ交付していた本件入居カードの記入要領(甲2)には,①入居申込にあたり,保証人の住民票及び印鑑証明書を必要書類として提出すること(FAX可)(契約時原本要),②本件入居カードと①の必要書類を確認の上,入居の可否を連絡すると記載されていた。

Iは,原告Aから入居申込を受けるにあたり,必要書類として,原告Aの①印鑑登録証明書,②住民票,③社会保険証写し,④源泉徴収票,⑤運転免許証写し及び⑥写真のほか,⑦原告会社の会社概要を提出するように求めた。これに対し,原告Aが,運転免許証は紛失中であると説明したところ,⑤の運転免許証写しの提出は不要とされ,原告Aは,③の社会保険証写しにあたる国民健康保険被保険者証(甲10)のほか,⑤の運転免許証写しに代わる身分証明書として,外国人登録証明書(甲12)及びOの入店証(甲11)(以下「本件保険証等」という。)を提示し,Iは,複写機で本件保険証等のコピーをとった(なお,原告らは,原告AがIに対し,原告Aが韓国籍であることが本件物件の賃貸借契約にあたって支障とならないか確認したところ,Iは大丈夫であると断定したと主張し,これに沿う証拠〔甲40《原告Aの陳述書》,原告A〕があるが,的確な裏付けを欠くからにわかに採用することができず,他に,原告らの主張する事実を認めるに足りる証拠はない。また,原告会社と被告会社が本件仲介契約を締結するにあたり,「入居予定者である原告Aが日本国籍を有していないことが本件物件の賃貸借にあたり支障とならないかについて,被告Bに確認を取ること」との特約を設けた事実は認められない。)。

イ 同月29日,原告Aは,エリッツ烏丸店に赴き,Iに対し,申込金として,6万2000円を支払った(なお,その際,原告Aは,I又はその他の被告会社従業員に対し,同月28日に神戸市a区役所から交付を受けた①の印鑑登録証明書〔甲7〕及び②の住民票に代わる外国人登録原票記載事項証明書〔甲9〕のほか,④の源泉徴収票〔甲6〕及び⑥の写真〔甲5〕,並びに⑦の原告会社の会社概要〔甲4〕〔以下,①から④まで及び⑥⑦の必要書類を合わせて「本件必要書類」という。〕を預けた)。

ウ 2月下旬ないし3月はじめころ,Iは,原告Aに対し,電話で,原告会社の登記事項証明書を提出するよう求めた。原告Aは,3月3日,神戸地方法務局から,原告会社の履歴事項全部証明書(甲8)の交付を受け,翌4日,これをエリッツ烏丸店にファクシミリ送信し,被告会社は,これをEにファクシミリ送信した。

エ 同月15日,E従業員は,Iに対し,電話で,本件物件の賃貸借につき第1次審査が通った旨を伝えた(E従業員は,後に説示するとおり,本件入居カードの記入要領〔甲2〕に記載されている保証人〔原告A〕の住民票〔に代わる外国人登録原票記載事項証明書〕がファクシミリ送信されていないにもかかわらず,Iに対し,本件契約書を手渡しているが,これは,第1次審査が済んだことを前提に本件物件の賃貸借契約締結に向けた次のステップに進んだことを意味する。)。

オ 同月17日,E従業員は,本件契約書を持参してエリッツ烏丸店に赴き,Iに対し,所定欄に原告らの署名(記名)押印等を得て,3月31日までに,必要書類とともにEに提出するように求めた。

カ Iから電話で連絡を受けた原告Aは,同月25日又は同月28日,エリッツ烏丸店を訪れ,Iから,本件契約書及び敷金・礼金等の請求書(甲18,以下「本件請求書」という。)を受け取った。その際,Iは,原告Aに対し,本件契約書の所定欄に署名(記名)押印等をして同月30日までに被告会社に提出するように求め,併せて,本件請求書に記載された合計47万6190円(内訳は,敷金15万円,礼金16万円,4月分賃料4万5467円,5月分賃料6万2000円,4月分共益費・管理費4033円,5月分共益費・管理費5500円,4月分インターネット利用料金1540円,5月分インターネット利用料金2100円,火災保険料1万3000円,仲介手数料〔借主手数料〕3万2550円)から上記申込金6万2000円を控除した残額41万4190円を同月30日までに被告会社名義の口座に振り込んで支払うように求めた。

キ 同月30日,原告Aは,エリッツ烏丸店を訪れ,上記41万4190円を支払い,被告会社は,これを受領した。被告会社従業員は,同日,上記敷金・礼金等合計47万6190円から,火災保険料1万3000円,仲介手数料(借主手数料)3万2550円及び広告料(家主側仲介手数料)6万2000円(合計10万7550円)を差し引き,その残額36万8640円をEに送金した。

なお,原告Aは,同日,エリッツ烏丸店を訪れた際,Iに対し,本件契約書の提出が少し遅れると述べたことから,Iは,Eに連絡をとりHの了承を得たうえで(Hは,本件必要書類等も本件契約書と同時に提出すれば足りると述べた。),4月3日に原告Aがエリッツ烏丸店まで本件契約書と原告会社の履歴事項全部証明書を持参することになった(なお,Iが上記のとおりHの了承を得たか否かについては争いがあるが,本件契約書と本件必要書類等が指定した3月31日までに提出されなかったにもかかわらず,Hその他のEの従業員が被告会社に対し,そのことを理由に本件物件を原告会社に賃貸しないと通知した形跡がないことからみて,Iは,Hの了承を得ていたものと認めることができる。)。

ク 同月3日,原告Aは,エリッツ烏丸店を訪れ,本件契約書と原告会社の履歴事項全部証明書を提出したが,本件契約書には,原告Aの契印がいわゆる実印によるものではないという不備があった。そこで,Iは,原告Aに対し,契印のやり直しを求めたが,原告Aが,いわゆる実印を原告会社に保管しているため契印をやり直して本件契約書を持参できるのは4月7日になると答えたため,Eに連絡をとり,本件契約書の提出が4月7日以降になることについてHの了承を得た。なお,その際,Hは,本件必要書類等は,本件契約書と同時に提出すれば足りると述べた(なお,Iが上記のとおりHの了承を得たか否かについては争いがあるが,本件契約書と本件必要書類等が従前延期の了承を得た4月3日に提出されなかったにもかかわらず,同月8日に至るまで,Hその他のEの従業員が被告会社に対し,そのことを理由に本件物件を原告会社に賃貸しないと通知した形跡がないことからみて,Iは,Hの了承を得ていたものと認めることができる。)。

ケ 同月7日,原告Aは,エリッツ烏丸店を訪れ,契印をやり直した本件契約書を提出した。その際,Iが不在であったため,原告Aは,電話でIと打合せを行い,同月9日午前10時に本件物件の鍵の引渡しが行われることとなった。

コ 同月8日午前中,Iは,本件契約書及び本件必要書類等を持参してE京都支店に赴いたが,Hは,上司のGに相談し,被告Bの意向を確認した上で本件契約書と本件必要書類等を受け取ると答えたため,Iは,いったん,エリッツ烏丸店に本件契約書と本件必要書類等を持ち帰った。

その後,Hは,被告Bの指示を仰ぎ,その指示に従い,Iに対し,電話で,本件物件を原告会社に賃貸しない旨を告げた。

Iは,同日午後,上司のJとともに,E京都支店に赴き,Gに対し,再考を求めたが,Gは,「住民票を提出できないのであれば事前に連絡があって然るべきであるのに,入居予定日の直前になってから,住民票ではなく外国人登録原票記載事項証明書を提出するような者とは契約を締結することができない」旨を述べ,翻意しなかった。I及びJは,被告Aが本件物件を原告会社に賃貸しないのは,原告Aが韓国籍であることが判明したためであると考えた(なお,Gの説明内容については争いがあり,被告会社は,①Gが,J及びIに対し,「住民票が用意できない方は入居を断っている。」と説明した,②これは日本国籍でない者には本件物件を賃貸しないという意味であり,被告Bは原告Aの国籍を理由に本件物件を原告会社に賃貸しないこととしたものであると主張し,これに沿う証拠〔丙2《Iの陳述書》,丙3《Jの陳述書》,証人I,証人J〕がある。これに対し,被告Bは,①Gが,J及びIに対し,「住民票が提出できず必要書類が揃わないのであれば,事前に連絡があってしかるべきであり,そもそも指定期限〔3月31日〕までに必要書類を提出せず,入居予定日〔4月9日〕の前日になって本件入居カードに合致した必要書類を提出できない人とは契約できない。」と説明した,②これは,日本国籍でない者には本件物件を賃貸しないという意味ではなく〔1月24日の入居申込みの段階で国籍が明らかにされ,それに沿った書類が提出されれば,問題はなかった。〕,原告会社が原告Aの住居として使用する目的であるにもかかわらずあえて法人契約の体裁とし原告Aの身元を隠そうとした疑いが濃厚であったのであり,原告らのこのような不誠実を理由に本件物件を原告会社に賃貸しないこととしたものであると主張し,これに沿う証拠〔乙7《Gの陳述書》,証人G〕がある。そこで検討するに,中小の個人経営の法人が,税金対策の観点等から,法人を契約者として住居を賃借し親族を居住させることは世情まま見受けられることである上,前判示のとおり,原告Aが記入した本件入居カード〔甲1〕の入居者の欄には国籍及び本籍の記入欄が設けられていなかったのであるから,原告らに原告Aの国籍を秘匿する意図があったものと認めることはできない上,H及びその上司であるGが原告Aの国籍を4月8日の時点まで知らなかったのは,被告会社の担当者であるIが本件入居カードの記入要領〔甲2〕に従わず,原告Aの住民票に代わる外国人登録原票記載事項証明書をEにファクシミリ送信しなかったにもかかわらず,Hが,第1次審査を経た上で進べき次のステップ,すなわち本件契約書の作成に進んだことによるものである。そして,被告Bは,原告らが本件入居カードに合致した原告Aの外国人登録原票記載事項証明書を提出しているにもかかわらず,これが住民票ではないことを理由に,本件物件を原告会社に賃貸しないこととしたのであるから,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸しなかった理由が原告Aの国籍〔すなわち,原告Aが日本国籍ではなかったこと〕にあることは明らかであるというべきである。これに対し,被告Bは,本件マンション以外の被告B所有の賃貸マンションには日本国籍でない者〔具体的には韓国籍の者〕も入居していると主張し,これに沿う証拠〔乙1,2の各1,2〕があるが,被告Bと入居者との関係,入居の経緯等が明らかではないことからすると,上記認定・判断を左右しない。)。

同日午後1時ころ,Iは,原告Aを勤務先に尋ね,原告Aに対し,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸することを拒絶した旨を伝えた。Iは,その際,理由を説明しなかったが,同日夜,Jが,原告Aに対し,電話で,原告Aが住民票を用意できないことが理由だと説明した。

同月9日午後5時ころ,Jは,上司(部長代理)であるPとともに,Eを再び訪れ,Gに対し再考を求めたが,Gは,翻意しなかった。

(3)  新物件の賃貸借(甲26ないし30,原告A)

原告Aは,本件物件に転居することを予定していたため,3月中旬ころ,旧物件の賃貸人に対し,旧物件の賃貸借契約を解約するとの意思表示を行い,その際,旧物件の明渡期限は4月9日とされた。

しかしながら,上記のとおり,原告Aが本件物件に転居することができなくなったため,旧物件の賃貸人の了承を得て旧物件に居住したまま,被告会社とは別の仲介業者(M)を通じて転居先を探し,5月6日,新物件につき原告会社名義で賃貸借契約を締結し,そのころ,新物件に転居した。新物件は,原告Aが転居を希望していた新築物件ではなかった。原告会社は,同賃貸借契約締結にあたり次の費用を支払った。

ア 保証金  40万円

イ 仲介手数料  3万5700円

ウ 害虫駆除費  1万6800円

エ 入居者相互会費  2万1000円

オ 合計  47万3500円

(4)  原告会社に対する返金(甲32,33)

被告Bは,4月20日,原告会社に対し,被告会社を通じ,敷金,礼金等合計43万0640円を返金した。被告会社は,同日ころ,原告会社に対し,火災保険料1万3000円,仲介手数料(借主手数料)3万2550円(合計4万5550円)を返金した。

(5)  本件物件の賃貸(乙6の1,2)

被告Bは,4月9日,被告会社とは別の仲介業者(L)を通じ,新賃借人から本件物件の賃借の申込を受けた。新賃借人は,同月29日ころ,本件物件に入居した。

2  争点(1)について

(1)  前記認定の事実関係によれば,本件物件の賃貸借契約の借主となる原告会社が仲介業者である被告会社を通じて貸主となる被告Bに対して本件契約書と本件必要書類を提出したが,最終審査の段階で,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸しないこととして本件契約書の賃貸人Bの名下に押印をしなかったため本件契約書が完成していないのであるから,本件賃貸借契約が成立していないことは明らかである。

(2)  これに対し,原告らは,①被告会社が,仲介手数料を借主(原告会社)(借主手数料3万2550円)及び貸主(被告B)(広告料6万2000円)の双方から受け取っていること,②被告Bが,敷金,礼金,4月・5月分の賃料,共益費・管理費を受け取っていることを指摘するけれども,賃貸借契約が成立する前にこのような金員の授受が行われ,契約が成立しなかった場合に全額返金されることは,世情まま見受けられることであるから,原告らの上記指摘の事実は,上記認定・判断を左右しない。

3  争点(2)について

(1)  前判示のとおり,被告Bは,原告Aが日本国籍ではなかったことを理由に,本件物件を原告会社に賃貸しなかったものと認められる。原告らは,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸しなかったのは,原告Aが韓国籍であったからであると主張するが,被告Bが,様々な国籍が考えられる中で,殊更韓国籍であることを理由に本件物件を原告会社に賃貸しなかったことを認めるに足りる証拠はない。

(2)  なお,被告Bは,原告らが被告会社と共謀の上4月8日まで原告Aの国籍を秘匿していたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

4  争点(3)について

(1)  まず,前判示のとおり,本件賃貸借契約は成立していないから,本件賃貸借契約の成立を前提として,被告Bが債務不履行責任を負うとする原告らの主張を採用することはできない。

(2)  次に,前記認定の事実関係によれば,原告会社は,1月24日,仲介業者である被告会社を通じて,被告Bに対して本件物件の賃借を申し込み,被告Bが被告会社を通じて求める必要書類を用意し,3月30日までに被告会社に敷金,礼金,4月・5月分の賃料,共益費・管理費,インターネット利用料金,火災保険料のほか仲介手数料(借主手数料)合計47万6190円を支払い,被告Bは,同日,被告会社から,上記金額から火災保険料1万3000円と仲介手数料(広告料)を控除した残金36万8640円の送金を受け,被告Bの了解を得て延期した4月8日(入居予定日の前日),本件契約書を完成させて本件賃貸借契約を締結する段階に至って,原告会社に対して十分な説明を行うことなく,一方的に本件賃貸借契約の締結を拒み,しかも,本件賃貸借契約の締結を拒むについて何ら合理的な理由がなかったのであるから,被告Bは,本件賃貸借契約の成立に向けて準備を行ってきた原告会社に対し,本件賃貸借契約の成立についての強い信頼を与え,客観的にみて,本件賃貸借契約の成立が合理的に期待される段階まで両者の準備が進んでいたにもかかわらず,しかも,合理的な理由がないにもかかわらず,本件賃貸借契約の締結を一方的に拒んだものであって,信義則上,原告会社が被った損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。

(3)  さらに,前記認定の事実関係によれば,本件賃貸借契約は,原告Aを入居者として予定していたのであり,その原告Aが日本国籍ではないことを理由に,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸しないこととしたのであるから,被告Bは,原告Aに対し,不法行為に基づき,原告Aの損害を賠償する責任を負うものというべきである。

5  争点(4)について

(1)  前判示のとおり,原告AがIに対し,原告Aが韓国籍であることが本件物件の賃貸借契約にあたって支障とならないか確認したところ,Iが大丈夫であると断定したことを認めるに足りる証拠はないし,原告会社と被告会社が,本件仲介契約を締結するにあたり,「入居予定者である原告Aが日本国籍を有していないことが本件物件の賃貸借契約を締結するにあたり支障とならないか被告Bに確認を取ること」という特約を設けた事実は認められないところである。

原告らは,被告会社が仲介業者として,賃借人を法人(原告会社)とする賃貸マンション(本件物件)の賃貸借契約の締結を仲介するにあたり,入居予定者(原告A)の国籍を確認し,入居予定者が日本国籍を有していなかった場合には(原告Aは韓国籍である),上記賃貸マンションの所有者(賃貸人)(本件物件についていえば,被告B)が国籍を理由に入居を拒む意思を有しているか事前に確認すべき注意義務を負っていたと主張するけれども,当事者(原告会社と被告会社)が特約を設けた場合は格別,そうでない限り,仲介業者である被告会社は,そのような注意義務を負わないものと解するのが相当である。賃貸マンションの所有者が,もっぱら入居申込者の国籍を理由に賃貸借契約の締結を拒むことは,およそ許されないからである。

次に,原告らは,原告会社が提出した書類を被告会社が速やかに被告Bに提出しなかったこと,本件契約書の不備の補正を被告会社が速やかに指示しなかったなどと主張するけれども,前判示のとおり,後者についてはこれを認めるに足りる証拠がないし(被告会社の担当者であるIは,4月3日,直ちに本件契約書の不備の補正を求めている),被告Bが本件物件を原告会社に対し賃貸しないこととした理由は,原告らが指摘する事項にあるのではなく,原告Aが日本国籍を有していないことにあるのであるから(被告会社の担当者であるIは,本件入居カードの記入要領〔甲2〕に従わず,原告Aの住民票に代わる外国人登録原票記載事項証明書を被告Bにファクシミリ送信していないけれども,これは被告Bとの間の契約に関する問題である),原告らの上記主張を採用することはできない。

結局,原告らが主張する債務不履行は認められないし,不法行為に該当する行為を認めることもまたできない。

(2)  以上の次第で,原告らの主張を採用することはできない。

6  争点(5)について

(1)  原告会社の損害

ア 賃借権相当額  0円

被告Bが前判示のとおり信義則に基づき原告会社に対して負う損害賠償責任は,原告会社が本件賃貸借契約の成立により得られるはずの利益相当の損害について認められるものではなく,本件賃貸借契約が成立するとの期待が侵害されたことによる損害について認められるものと解するのが相当である。原告会社が主張する賃借権相当額は,後者の損害ではなく前者の損害であるから,原告会社の損害として計上することはできない。

イ 新物件への入居費用  0円

原告会社が主張する新物件への入居費用は,原告Aが賃貸マンションである新物件に居住するために要する費用であって,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸しないこととしたこととの間に事実的因果関係が認められるものの,本件賃貸借契約が成立するとの原告会社の期待が侵害されたことによる損害にあたると解するのは相当でなく,原告会社の損害として計上することはできない。

ウ 差額賃料・共益費  0円

新物件の賃料・共益費は,新物件を利用する対価であり,新物件の賃料・共益費と本件物件の賃料・共益費との差額(差額賃料・共益費)は,賃貸借の対象が異なることによるものであるから,いずれも,本件賃貸借契約が成立するとの原告会社の期待が侵害されたことによる損害にあたると解するのは相当でなく,原告会社の損害として計上することはできない。

エ 弁護士費用  0円

前判示のとおり,原告会社の主張する上記各損害は,いずれも本件賃貸借契約が成立するとの原告会社の期待が侵害されたことによる損害であるとはいえないから,そのような損害の賠償を請求するために要する弁護士費用相当額もまた,原告会社の損害として計上することはできない。

(2)  原告Aの損害

ア 逸失利益  0円

原告Aの主張に沿う証拠(甲40,原告A)があるが,これを裏付ける的確な証拠がないから,にわかに信用することができず,他に原告Aの主張する事実を認めるに足りる証拠はないから,その余の点について判断するまでもなく,原告Aが主張する逸失利益を原告Aの損害として計上することはできない(原告Aは,当法廷で,①仮に本件インターネット接続サービスを利用することができたとしても,原告Aが主張する時間は仕事にあてなければならなかった,②本件インターネット接続サービスを利用することができなかったことにより,仕事にあてる時間帯を夜間ではなく昼間にしなければならなかった,③原告会社本社に出向かなければならなかったが,そのための時間は原告Aが主張する時間に含まれていないとそれぞれ説明していることからすると,原告Aが主張する時間について逸失利益が生じることはないし,また,原告会社作成名義の原告Aの給料支払明細書は,平成17年2月が29日まであり,同年4月が31日まであることを前提としているところである〔甲31の1,3〕。)。もっとも,被告Bが本件物件を原告会社に賃貸しないこととしたことにより,原告Aの業務のみならず日常生活に支障を生じたことは認められるから,この点は,原告Aの慰謝料を算定するにあたって考慮する。

イ 新物件への入居費用  0円

原告会社は,原告Aが新物件に転居するために要した費用を原告会社の損害として主張しており(当裁判所に顕著である),原告Aが現実に支出したことを認めるに足りる証拠はないから(甲30〔預かり証〕は,原告会社が新物件を賃借するにあたり,仲介業者に支払った手付金等の預かり証の宛名が原告Aであることを示しているだけである。),その余の点について判断するまでもなく,原告Aが主張する新物件への入居費用を原告Aの損害として計上することはできない。

ウ 差額賃料・共益費  0円

新物件の賃料・共益費は,新物件を利用する対価であり,新物件の賃料・共益費と本件物件の賃料・共益費との差額(差額賃料・共益費)は,賃貸借の対象が異なることによるものであるから,いずれも,被告Bの上記不法行為による損害とはいえない。

エ 慰謝料  100万円

前記認定の事実関係によれば,原告Aは,被告Bの上記不法行為により,慰謝料100万円に相当する精神的苦痛を受けたものと認められる。

オ 弁護士費用  10万円

上記認定の損害額,本件訴訟の審理経過等に照らし,被告Bの上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は,10万円と認めるのが相当である。

カ 合計  110万円

第4結論

以上によれば,原告会社の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,原告Aの被告会社に対する請求は理由がないからこれを棄却し,原告Aの被告Bに対する請求は,110万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成17年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 中嶋謙英)

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