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京都地方裁判所 平成18年(ワ)1665号 判決 2007年1月24日

原告

甲野春子

同訴訟代理人弁護士

浅野則明

被告

乙川太郎

同訴訟代理人弁護士

張替剛

主文

1  被告は原告に対し,15万円及びこれに対する平成18年7月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その1を被告のその余を原告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,150万円及びこれに対する平成18年7月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は,丙山花子(以下「花子」という。)の戸籍上の子である原告が,花子の遺言執行者で司法書士の被告に対し,被告は,京都弁護士会が原告の申出を受けて行った遺言執行の内容について照会する弁護士法23条の2に基づく照会に対し,報告を拒否し,原告からの民法1011条1項に基づく財産目録の作成及び交付請求にも回答しなかったとして,不法行為責任に基づき,これらの報告義務違反ないし回答拒否により原告が受けた精神的損害に対する慰謝料150万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな平成18年7月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  基礎となる事実(証拠の記載のないものは当事者間に争いがない。)

(1)  原告は,戸籍上,花子の子として記載されている人物である。

(2)  被告は,司法書士事務所を経営する司法書士で,後記(3)の遺言書により花子の遺言執行者に指定されている。

(3)  花子は,平成16年2月13日,被告を遺言執行者に指定し,その遺産を,春野一郎(以下「春野」という。),有限会社A(以下「A」という。),秋山二郎(以下「秋山」という。),丙山三郎(以下「三郎」という。),三郎死亡の場合には三郎の子である丙山四郎及び同冬子にそれぞれ遺贈する旨記載した福岡法務局所属公証人加賀邦夫作成にかかる遺言公正証書(甲11)を作成した(以下「本件遺言」という。)。

(4)  花子は,平成17年5月8日に死亡した。

(5)  原告から各受遺者に対する遺留分減殺請求手続の委任を受けた弁護士浅野則明(以下「浅野弁護士」という。)は,平成18年3月8日,弁護士法23条の2に基づく照会(以下「23条照会」という。)制度に基づき,京都弁護士会に対し,「司法書士乙川太郎」に照会して花子の遺言執行状況について報告を求めることを申し出た(甲12)。同弁護士会は,上記申出を正当と認め,これに基づく23条照会を行った(以下,京都弁護士会の行った当該23条照会を「本件23条照会」という。)。

(6)  被告は,京都弁護士会に対し,平成18年3月,本件23条照会に対する報告には応じられない旨の回答書を送付し(甲13),その後,春野及びAへの各遺言執行状況については順次報告をしたものの(甲17,18),その余の受遺者への送金額については未だ報告をしていない。

(7)  浅野弁護士は,平成18年4月4日,遺言執行者たる被告に対し,民法1011条1項に基づく相続財産の目録の作成及び交付請求(以下「本件財産目録交付請求」という。)を行った(甲19)が,被告は本件財産目録交付請求にも何ら回答をしなかった。

3  当事者の主張

(1)  本案前の主張

(被告の主張)

原告は,花子の遺言執行者としての被告の執行行為の瑕疵を問題として慰謝料請求を行っており,被告個人の行為を問題としているのではないから,個人である被告には当事者適格がない。

(原告の主張)

争う。

(2)  本件23条照会に対する報告拒否についての不法行為責任の成否

(原告の主張)

ア 被告は,本件23条照会に対する報告を拒否した。しかし,以下のとおり,上記報告拒否には正当事由がない。

(ア) 被告は,受遺者の同意が得られないことを理由とするが,これは,相続人の代理人とみなされている遺言執行者であるにもかかわらず,受遺者の利益のみを優先し,相続人である原告の利益をないがしろにしたものである。

(イ) 被告は,原告が相続人であることの確証がないことを理由に報告を拒否しているが,遺言執行者としては,相続人の範囲については戸籍の記載を尊重すべきであり,それと異なる判断を独自に行うべきではない。

イ 原告が各金融機関に対する23条照会により調査した結果によれば,被告が各受遺者に送金した額と,本件遺言に基づき各受遺者が配分を受け得る金額との間には大幅な齟齬が生じている。被告が報告を拒否している真の理由はここにあると考えられる。

(被告の主張)

ア 被告は報告拒否をしたのではなく受遺者の同意が得られるまで報告を留保したにすぎない。これを報告拒否と解するとしても,報告拒否についての正当事由の有無は,報告義務の履行により得られる利益と拒否によって守られるべき利益との比較衡量によるべきである。以下の事情を総合考慮すれば,被告の報告拒否には正当事由がある。

(ア) 被告は,照会を受けた当時,原告が真実花子の子供であるかどうかについて確証が得られなかった。従って,被告が安易に報告をして受遺者が遺留分減殺請求を受けることになると,受遺者の間で混乱が生じ,被告が受遺者から損害賠償請求を受ける可能性があった。

(イ) 確かに,原告は戸籍上の子であるが,そのような場合でも必ずしも親子関係があるとは限らず,遺言の解釈及び執行にあたっては,遺言書作成当時の事情等を勘案して解釈すべきであり,戸籍の記載からだけで親子関係を判断することはできない。

(ウ) 原告は,本件遺言の内容を入手したことにより,花子の財産内容を把握し,関係金融機関や受遺者の連絡先もここから知ることができていたはずであるから,原告にとっては,本件23条照会が花子の遺言執行状況を知る唯一の方法ではなく,ほかに代替手段を有していた。

イ 仮に,被告の報告拒否が違法であったとしても,そもそも23条照会に対する報告義務は罰則により強制されるものではなく,その報告拒否が直ちに不法行為を構成するものではない。報告拒否が不法行為を構成するのは,強度の違法性が認められる場合に限る。

被告は,本件23条照会に対し,ただ報告を拒否したのではなく,可能な限り報告しようと各受遺者と交渉調整するなど努力をし,承諾を得られた2名については開示をしている。残る2名のうち,秋山については,原告は,後記第3の2の認定事実(1)記載の別訴において状況を十分に知っているはずであるし,残る三郎の情報については,三郎に代理人がつき事実関係について調査中との連絡が平成18年5月24日付けであったので,そのことを理由に報告を保留したもので,原告にもその旨伝えている。また,被告は,事態の把握のため,原告に対しても原告と花子の関係についての情報提供を求めたが,原告からは何ら回答がないのであり,このような状況で被告が報告を留保したとしても,強度の違法性は認められず,不法行為とはなり得ない。

ウ 本件遺言に基づく遺贈額と実際の受遺者への送金額が齟齬しているのは,遺言執行のための費用を控除しているためであるし,控除については各受遺者から承諾を得ている。

(3)  本件財産目録交付請求に対する不回答についての不法行為の成否

(原告の主張)

被告は,遺言執行者として,民法の規定に基づき財産目録を調製し交付する義務を負うところ,これを無視し,回答を拒否しているので,不法行為責任が発生する。

(被告の主張)

争う。

(4)  慰謝料の額

(原告の主張)

原告は,被告の上記不法行為により,遺留分減殺請求手続を円滑に進めることができなかった。かかる精神的苦痛に対する慰謝料としては150万円が相当である。

(被告の主張)

争う。

原告は,関係金融機関への照会や各受遺者との連絡等により遺留分減殺請求に必要な情報は得ている。

第3  当裁判所の判断

1  被告の本案前の答弁について

本件は,遺言執行者である被告が,本件23条照会に対する報告をせず,また,本件財産目録交付請求に答えなかったという行為を問題とするものであり,被告に遺言執行者としての別個の法人格がなく,原告がその行為主体を被告としている以上,被告は本件についての当事者適格を有しているというべきである。被告は,原告が遺言執行者たる被告の行為を問題としているというが,原告は被告の行為の違法性の根拠を遺言執行者たる地位に求めているにすぎず,そのことにより被告が本件について当事者適格を有しないことにはならない。

2  認定事実

前記第2の2の事実に証拠(甲11ないし24,乙1ないし3)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,秋山が平成17年11月ころ本件遺言により遺贈された保険金の支払を求めて保険会社に対し提起した訴訟において,当該保険会社から訴訟告知を受けたことにより,本件遺言の存在及び内容を知った。そこで,原告は,各受遺者に対し遺留分減殺請求を行うため,浅野弁護士を通じて,本件23条照会の申出を行った。

(2)  本件23条照会の書面は,京都弁護士会から「司法書士乙川太郎」宛に,被告の自宅住所地に送付された。

(3)  被告は,平成18年3月,本件23条照会に対し,京都弁護士会会長宛に「照会には応じられない」と記載して報告を拒否する旨の回答書(甲13,以下「第1回答書」という。)を送付した。被告は,同回答書において,報告を拒否する理由として,花子が本件遺言作成時に推定相続人がいないと述べていたこと,花子の周囲に原告を知る人がいないこと等から,被告としては,原告が花子の戸籍上の子であったとしても,実質的な親子関係はなく,両者間には親子としての愛情がなかったのではないかと推測される旨記載し,今後回答をする条件として,原告が花子の子であることを知っている人の氏名及び連絡先を教えること,花子から原告への手紙等親子の愛情を示すようなものがあれば示すことを求めた。さらに,今後の連絡先を司法書士事務所宛にするよう求めて自宅所在地とは別の事務所の所在地を付記した。

(4)  浅野弁護士は,上記報告拒否に正当理由はないとして,京都弁護士会に対し,被告に再度報告を求めるよう要請し,京都弁護士会は,これに応じ,被告に対し,平成18年4月5日付けで,23条照会に対する報告義務について説明した上,被告の報告拒否には正当な理由がないこと,報告をしなかった場合には損害賠償責任が発生する場合もあり得ることを記載して,再度報告を求める文書(甲15)を同弁護士会会長浅岡美恵の名で作成し,被告の自宅住所地宛に送付した。なお,同弁護士会は,第1回答書で被告が求めた事項に対する応答は行わなかった。

(5)  被告は,京都弁護士会会長浅岡美恵に対し,平成18年4月19日付け再回答書(甲16)により,被告が受遺者の承諾なく報告すれば,受遺者から損害賠償請求を受けるおそれがあるため,現時点では照会には応じられないが,花子の命日である同年5月8日の後に各受遺者に事情を伝え,各受遺者の意見を聞いた上で報告したい旨回答した。被告はここでも今後の連絡先は事務所宛てにするよう求めている。

(6)  被告は,各受遺者に対し,平成18年5月8日付け文書により,被告は現在原告から遺贈の内容の開示を求められており,回答をした場合には原告から各受遺者に対し遺留分減殺請求をされる可能性があることを通知し,原告に対し遺贈の内容を教えて良いかどうかを尋ねた。

(7)  被告から送付された上記文書に対し,Aが本件23条照会に応じることを同意したことから,被告は,平成18年5月25日,京都弁護士会に対し,Aの受遺額として1709万2618円を送金した旨報告し,春野と三郎からは承諾がないので現段階では報告ができないが,今後連絡をして同意を得られ次第連絡する旨回答した(甲17)。

(8)  その後,被告は,新たに春野の同意を得たことから,平成18年6月ころ,京都弁護士会に対し,春野に対し1317万9184円を送金したことを報告したが,三郎については,三郎から委任を受けた弁護士から報告を猶予してほしいと言われたとして,その時点での報告を拒否した(甲18)。

(9)  原告は,京都弁護士会を通じ,遺贈の対象となっている花子名義の口座がある株式会社福岡銀行守恒支店及び株式会社西日本シティ銀行徳力支店に対し23条照会を行い,その残高等について報告を得た(甲20ないし23)。

3  本件23条照会に対する報告拒否についての不法行為責任の成否

(1) 弁護士法23条の2は,第1項において,個々の弁護士は,その受任している事件について,所属弁護士会に対し,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる旨定めると共に,当該弁護士会は,上記照会申出が適当でないと認めるときはこれを拒絶することができると定め,第2項において,弁護士会は,前項の規定による申出に基づき,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる旨規定しているところ,同法の趣旨は,弁護士が,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命としていることに鑑み,受任事件についての事実の調査及び証拠の収集を容易にし,職務の遂行を円滑ならしめるため,照会を申し出る権限を個々の弁護士にかからせるとともに,その公共的性格に鑑み,上記照会請求の必要性,相当性の判断を,弁護士に対する指導,連絡,監督に関する業務を行う公的機関としての性格を有する弁護士会の自律的判断に委ねることとして,その適正かつ慎重な運用を確保しようとしたものと解される。

このような同法の趣旨に照らせば,23条照会を受けた相手方は,自己の職務の執行に支障のある場合及び照会に応じて報告することの持つ公共的利益にも勝り保護しなければならない法益がほかに存在する場合を除き,原則としてこれを拒否することができないというべきである。

(2)  もっとも,前記第2の2記載のとおり,本件23条照会においては,京都弁護士会は,照会先を「司法書士乙川太郎」とした上で,被告の自宅住所地宛に,照会文書を送付しているところ,そもそも23条照会制度においてその照会先を公務所又は公私の団体に限定した趣旨は,公務所又は公私の団体からの報告は,一般に,個人からの報告に較べて信用性が高く,資料の保管,報告の手続も整備されていることから,同制度の公共的性格の維持に資すると考えられる点にあると解されることに照らせば,法人格を有さない司法書士事務所等に対する照会であっても,個人と区別できるほどに団体としての実体を備え上記趣旨を損なわない場合には,適法な照会と解するべきである。そして,本件では,司法書士事務所宛とは明示せず,事務所所在地と異なる被告の自宅所在地宛に送付されているものの,弁論の全趣旨によれば,京都弁護士会は,司法書士事務所に送付する意図で被告の名前に司法書士の肩書きを付して照会文書を送付していると認められるし,上記2の認定事実によれば,被告は,本件23条照会を受けた当時から,その効力そのものは争っておらず,むしろ,自分の回答書に事務所の住所を記載して,今後は事務所宛へ送付するよう依頼していることからすれば,被告は,既に送付された本件23条照会文書は司法書士事務所に対する照会文書として受理しており,ただ,今後の連絡について別の対応を求めていたに過ぎないというべきであるから,本件23条照会は有効と解するのが相当である。

(3)  そこで,被告が司法書士事務所として報告拒否をしたことが原告に対する不法行為を構成するか否かを検討する。

被告は,本件23条照会に対し,原告が相続人か否か確証が得られないため,各受遺者から承諾のない限りは報告できないとして報告を拒否または留保したことに正当事由があると主張する。

確かに,被告には,司法書士としての守秘義務があるから,職務上知り得たあらゆる事実を常に弁護士法23条の2の照会に応じ開示することまで要求されるものではない。

しかし,本件では,被告は,遺言執行者に指定され,相続人に対しては遺言執行の内容について報告する義務を負っている(民法1012条2項,645条,1015条)のであるから,原告が真正な相続人である限り,被告には,そもそも,遺言執行者として,原告に対し遺言執行状況について報告する義務があり,これを前提にすれば,もはや,原告との関係では,受遺者や花子への守秘義務を理由に遺言執行状況の開示を拒むことはできない立場にあるといえる。したがって,受遺者の同意がないことを理由とした被告の報告拒否には正当理由はない。

また,被告は,戸籍に記載があっても相続人でない可能性もあり,その場合には被告に損害賠償義務が発生し得るとも主張するが,遺言執行者は,善管注意義務をもって円滑迅速に遺言執行の職務を遂行すべき義務を負い,かつ,それで足りるところ,戸籍上原告が花子の子とされている以上,原告は花子の子であると事実上推認され,原告が相続人であることを疑うべき特段の事情が存在しない本件においては,被告は,戸籍の記載に従った相続人との関係で任務を遂行すれば足り,それ以上に独自に原告の相続人性を調査し,独自の判断で相続人の範囲を定めるまでの権限も義務もないというべきである。

その結果,仮に戸籍上の記載が実際の相続人を反映していなかったとしても,各受遺者は,別途当該遺留分減殺請求を受けた段階でその効力を法的に争い,その当否の判断を裁判所に求めることが可能なのであるから,これにより受遺者が不当に損害を受けるとはいえない。むしろ,被告が,合理的な根拠もないのに独自に原告の相続人性を判断した結果,正当な権利者であると事実上推定される原告が,期間制限のある遺留分減殺請求の機会を失う危険こそが重視されるべきである。

(4)  以上のとおり,被告が本件23条照会を拒否したことについて,正当な事由があるとは認められないから,その報告拒否は違法の評価を免れない。かつ,少なくとも,司法書士として,また遺言執行者として当然有すべき被告の法的知見及び上記2(4)認定のとおり弁護士会から23条照会に基づく報告義務について教示した文書を受領していることに照らせば,被告が,上記の理由により報告拒否の判断をしたことについては,少なくとも過失があるといえる。このことは,仮に受遺者の同意が得られたなら報告をする予定であったとしても,そもそも受遺者の不同意を理由とすることが相当でない以上,違法性の程度を左右しない。なお,結果的に原告が被告への本件23条照会以外の方法で遺言執行状況についての情報を得ることができたとしても,報告拒否の時点での不法行為責任の成否そのものには影響しないというべきである。

(5) もっとも,本件23条照会の報告拒否の相手方は弁護士会であるから,被告の報告拒否が,照会の申出をした弁護士の依頼者たる原告に対する不法行為を構成するか問題となりうるが,法が23条照会の主体を弁護士会としたのは,上記のとおり,その適正かつ慎重な運用を担保する趣旨であり,23条照会の情報を得ることにより自己の権利の実現ないし法的利益の享受を求めている実質的な主体は,申出をした弁護士であり,ひいてはその依頼者であることからすれば,相手方の違法な報告拒否が,かかる依頼者の権利ないし法的利益を侵害する場合には,依頼者に対する損害賠償義務が生じ得るというべきである。

本件においてこれをみるに,原告は,被告の報告拒否により,本来であれば戸籍上の花子の子として,遺言執行者たる被告から,直ちに開示されてしかるべき遺言執行状況を知ることができず,ほかの迂遠な手段を講じてその内容を憶測することを余儀なくされ,期間制限のある遺留分減殺請求権の円滑な行使を阻まれたのであるから,被告の違法な報告拒否は原告に対する不法行為を構成すると認められる。

4  本件財産目録交付請求に対する不回答についての不法行為の成否

被告は,前記第2の2(7)記載のとおり,本件財産目録交付請求に対する回答を行っていないところ,被告は,遺言執行者であるから,民法1011条により,戸籍の記載から相続人と事実上推認される原告に対し,相続財産目録の調製,交付義務を負い,これを拒否するべき正当事由がないことは,上記3(3)(4)の説示と同様である。かかる被告の不回答により,原告は戸籍上母親とされている人物の相続財産の内容について知ることができず,遺留分減殺請求手続を円滑に行うことができなかったのであるから,これは原告に対する不法行為を構成すると認められる。

5  慰謝料の額について

上記のとおり,被告には本件23条照会に対する報告義務違反と民法1011条に基づく財産目録交付義務違反があり,これにより原告は精神的損害を受けたと認められるところ,以上の事実に,前記2の認定事実及び甲25ないし29号証によって認められる,原告が既に本件遺言から受遺者の住所,氏名,遺贈の内容等一定の情報を得て,各金融機関に対する23条照会,受遺者との連絡などを通じ遺留分減殺請求に必要な遺言執行の内容の概要を知り得ていること,被告は受遺者の一部に対する遺言執行状況については報告していることその他上記認定に顕れた本件23条照会に至る経緯,内容等一切の事情を勘案すると,原告が被告の上記一連の義務違反行為により受けた精神的損害に対する慰謝料の額は,15万円とするのが相当である。

第4  結語

よって,原告の本訴請求は,主文1項の限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言について同法259条1項をそれぞれ適用し,仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判官・土井文美)

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