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京都地方裁判所 平成18年(ワ)2236号 判決 2007年7月17日

主文

1  被告Aは,原告に対し,125万3280円及びこれに対する平成18年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告Bは,原告に対し,12万5184円及びこれに対する平成18年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,これを2分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。

5  この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Aは,原告に対し,261万1000円及びこれに対する平成18年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告Bは,原告に対し,26万0800円及びこれに対する平成18年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は,原告が被告らに対し,原告は,平成18年1月23日,被告ら所有にかかる株券を拾得し,翌24日にこれを届け出たとして,被告Aに対しては報労金261万1000円及びこれに対する被告Aに対する訴状送達日の翌日である同年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の,被告Bに対しては,報労金26万0800円及びこれに対する被告Bに対する訴状送達日の翌日である同月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の,各支払を求めた事件である。

二  当事者間に争いのない事実

1(1)  原告は,理容店を営んでいる者である。

(2)  被告Aは,東京電力株式会社の100株券10枚及びファナック株式会社の100株券10枚(以下併せて「本件株券1」という。)の名義人として本件株券1を所有し,本件株券1にかかる株式を保有していた。また,被告Bは,日本航空株式会社の1000株券4枚(以下「本件株券2」といい,本件株券1と併せて「本件各株券」という。)の名義人として本件株券2を所有し,本件株券2にかかる株式を保有していた。

2  被告Aは,平成18年1月20日,自宅(当時,向日市a町b)前で,本件各株券が入った鞄(以下「本件鞄」という。)を自転車のかごに入れていたところ,何者かに本件鞄を窃取された。

3  原告は,平成18年1月24日,京都府山科警察署のc交番に,以下の拾得物の届出をした。

拾得の日時場所  平成18年1月23日午後0時ころ

京都府向日市d町e池付近

物件         株券(本件各株券ほか),手帳

4(1)  被告Aは,平成18年1月25日,山科警察署から原告が本件各株券を拾得して届け出た旨の連絡を受けたため,原告に電話を掛け,原告は,同月30日,被告A宅を訪れた。

(2)  被告らは,平成18年2月7日,山科警察署から本件各株券の返還を受けた。

(3)  本件各株券にかかる株式の平成18年2月7日当時の時価は次のとおりである。

東京電力株式会社  2945円

ファナック株式会社  1万0110円

日本航空株式会社  326円

三  争点

1  原告は本件各株券を拾得したか

2  原告の報労金請求は権利濫用か

3  報労金の額

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(1) 原告の主張

原告は,平成18年1月23日,京都府向日市d町のe池で釣りをしていたところ,本件鞄が流れてきたのでこれをすくい上げた。原告は,その後,地面にばらまいた本件鞄の中身に株券が入っていることを示す文言のある封筒があることに気づいたが,濡れていてその場で中を見ようとすると封筒が破れるおそれがあったためそのまま放置した。

原告は,釣りを終えて帰ろうとした時点でも封筒が濡れていたため,自宅に持ち帰ってこれを乾かし,その翌日に本当に封筒に本件各株券が入っていることを確認したので,最寄りの交番に届け出た。

(2) 被告らの主張

上記(1)の事実は不知。原告が拾得現場であると主張するe池は,釣りが禁止されているし,釣りができるようなスペースもない。

2  争点2について

(1) 被告らの主張

ア 原告は,被告Aに対し,脅迫的言動を行った。

イ(ア) 向日町署のC刑事は,平成18年2月9日又は10日,被告Aの依頼で,拾得現場に,本件鞄内の被告Aの所有物を探しに行ったが,場所がよく分からず,同月13日,原告を伴って再度拾得現場に赴き,拾得現場付近のゴミ捨て場所で原告が捨てた物品を回収した(乙3の1ないし27)。しかし,被告Aは,本件鞄内にあった1万円札入りの封筒や日記帳のうち破り捨てられた記帳済みのページ部分等は回収できなかった。

(イ) 原告は,拾得した本件鞄を物色し,被告Aの所有物すべてを警察に届け出ず,被告Aにとって重要な日記やメモ,受取書等の物品を破り捨てるなどした。

ウ 原告は,特別な理由もないのに,わざわざ拾得物を自宅に持ち帰り,翌日に,拾得場所の最寄りの向日町署ではなく,自分の住所地の管轄の警察署に届けており,遺失物法施行令(ただし,平成19年政令第21号による改正前。以下同じ) 1条1項に違反した。

エ 以上の経過に照らして,原告の請求は権利の濫用である。

(2) 原告の主張

ア 上記(1)アは否認する。被告Aがけんか腰で話をしてきたため売り言葉に買い言葉で激しい言葉遣いをしたにすぎない。

イ 原告は,本件鞄を拾得した後,本件鞄を利用しようと思って,その中身を辺りにばらまいたが,その時点では,ゴミと認識していた。その後に,よく見ると株券入りと思われる封筒や手帳があったため,重要と思い,持ち帰ったにすぎない。また,原告が本件鞄を物色したり,日記等を破り捨てたことはない。

ウ 届出が拾得の翌日となった理由は上記1(1)のとおりである。

エ 上記(1)エは争う。

3  争点3について

(1) 原告の主張

ア 本件各株券は,第三者により容易に善意取得されるおそれがあるから,その株式の時価(本件株券1につき,1305万5000円〔=2945円×1000+1万0110円×1000〕,本件株券2につき,130万4000円〔=326円×4000〕)が報労金算定の基礎となる。

イ 被告らが報労金を一切支払おうとしないことに照らすと,報労金の割合は20%とすべきである。

ウ 1305万5000円×0.2=261万1000円

130万4000円×0.2=26万0800円

(2) 被告らの主張

本件各株券は,その拾得場所や拾得状況からすると,善意取得される可能性は極めて低い。また,被告らは,株券の盗難被害について警察への届出の他に,証券会社への通知,報告や株券喪失登録手続を速やかに行っている。これらの事情に加えて,原告の拾得物の届出が遅延したことからすると,報労金の額は極めて低額となるべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  上記第二の二で認定した事実に加えて,証拠(甲5,6,原告本人)によれば,①原告は,平成18年1月23日(月曜日),京都府向日市d町のe池で釣りをしていたところ,本件鞄が流れてきて,じゃまになるのでこれをすくい上げ,後ろに置いた,②その後,原告は,本件鞄は捨てられたものと思い,これを利用しようと考えて,その中身を辺りにばらまいて放置した,③原告は,その後も釣りを続けていたが,本件鞄から出した物の中に,株券が入っていることを示す文言のある封筒があることに気づいた,④しかし,当該封筒は濡れていてその場で中を見ようとすると破れるおそれがあったため,原告は,これをそのまま放置し,帰る際に,地面にあった本件鞄の内容物のうち,重要と思われる上記封筒と手帳を持ち帰った,⑥原告は,自宅で上記封筒を乾かし,これに本件各株券が入っていることを確認したため,最寄りのc交番に,拾得物の届出をした,との各事実が認められる。

2  被告らは,上記第二の四1(2)のとおり,原告がe池で釣りをしていたこと自体に疑問を呈する。

しかし,Cは,平成18年2月13日,原告とともにe池を訪れた際に,他の釣り人が残したと思われるゴミがビニール袋に入れられていたことを現認しているし(証人C〔5,6,20,21項〕),平成18年1,2月当時の水位からすると,e池に釣りができる場所はあったと認められる(甲5,証人C〔14,17項〕,原告本人〔2項〕)。

3  他に上記1の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  争点2について

1(1)  上記第二の二で認定した事実,上記一1で認定した事実に加えて,後掲証拠等によれば,以下の事実が認められる。

① 被告Aは,平成18年1月25日,山科警察署から原告が本件各株券を拾得して届け出た旨の連絡を受けたため,原告に電話を掛けた。これに対し,原告は,同月30日,被告A宅を訪れ,その場で,被告Aに対し,本件各株券の報労金を請求したところ,被告Aには報労金を支払う意思が全くなく,原告に対して,資力がないなどとして報労金の支払を拒否した(甲6,乙6,原告本人〔20,21項〕,被告A本人〔7,8,24項〕)。

② 被告Aは,その後,向日町署に出向き,原告から脅迫されたなどと訴えたが,向日町署の盗犯捜査係長であったCは,脅迫にあたらないと判断した(乙6,証人C〔4項〕,被告A本人〔9項〕)。

③ 原告は,平成18年2月9,10日ころ,被告Bから事情を聞いたD弁護士が発信した内容証明郵便を受け取り,被告Aに電話を掛けた。原告と被告Aは,その電話の中で,売り言葉に買い言葉となり,互いに激しい言葉遣いをした(甲1,6,乙6,原告本人〔7,24項〕,被告A本人〔25項〕,弁論の全趣旨)。

(2)ア  被告らは,原告が被告Aに対して脅迫的言動を行った旨主張し,被告Aはこれに沿う供述をする上,乙第6号証(被告Aの陳述書)には同旨の記載がある。

イ  しかし,被告Aは,当初から,原告に対して報労金を支払う意思が全くなく,本件訴訟における訴訟追行態度からしても,原告に対する応対ないし言動も相当激しいものであったと推認されるから(原告本人〔7,20,21項〕,被告A本人〔24,25項〕,弁論の全趣旨),原告の発言の中に穏当でない言葉遣いがあったとしても,それをもって被告に対する脅迫的言動ということはできない。

(3)  他に,上記(1)の認定を超えて,原告が被告Aに脅迫的言動を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

2(1)  被告らは,本件鞄の中には,1万円札入りの封筒等があった旨主張し,被告Aの供述や乙第6号証にはこれに沿う部分があるが,これを裏付ける客観的証拠はない。また,仮に,被告Aが本件鞄を窃取された時点では,1万円札入りの封筒等が本件鞄に入っていたとしても,原告が本件鞄に拾得した時点でそれらが本件鞄内に残っていたことを裏付ける証拠もない。

(2)  原告は,本件鞄内にあった物のうち,メモや被告A宛の葉書等を拾得せず,e池に放置したが(乙3の1ないし27,証人C〔5ないし7,9,11,13項〕,原告本人〔4,14,15項〕),その経過は,上記一1で認定したとおりであるし,上記メモや葉書等について,原告が具体的にその存在を認識したと認めるに足りる証拠もない。

したがって,原告が本件鞄を物色したなどということはできない。

また,原告は,本件鞄内にあった物をすべて拾い集めた上で拾得物として届け出るべき義務を負っているわけではないから,原告が,本件鞄の内容物すべてを警察に届け出なかったことを非難することもできない。

(3)  Cがe池で拾得したメモや手帳には破れているものがあるが(乙3の7・10),これらを原告が破ったと認めるに足りる証拠はない。

3  被告らは,第二の四2(1)ウのとおり,原告が本件各株券を拾得した翌日に京都府山科警察署のc交番に拾得物の届出をしたことが遺失物法施行令1条1項に違反している旨主張する。

しかし,遺失物法施行令1条1項は,「拾得した物件の警察署長への差出は,事情の許す限り,当該物件を拾得した場所のもよりの警察署長にしなければならない。」と規定しているにすぎないところ,上記一1で認定した事実からすると,原告が遺失物法施行令1条1項に違反したものでないことは明らかである。

また,遺失物法施行令1条1項は,その文言に照らして,訓示規定にすぎないことが明らかであって,仮に,この規定に反したとしても,遺失物法(ただし,平成18年法律第73号による改正前) 9条が定める報労金請求権喪失の要件に該当しない以上,原告が被告らに対して報労金請求権を行使できなくなると解すべき理由はない。

4  他に,原告の報労金請求が権利の濫用にあたると認めるに足りる主張,立証はない。

三  争点3について

1(1)  証拠(乙1,5,6,被告A本人〔3,4項〕)によれば,①被告Aは,平成18年1月20日午後7時53分ころ,日興コーディアル証券京都支店に対し,本件各株券が盗難の被害にあった旨を電話で連絡した,②被告Aは,同月24日までに,東京電力株式会社の名義書換代理人である三菱UFJ信託銀行株式会社に対し,本件株券1のうち東京電力株式会社の株券について株券喪失登録の申請を行い,その余の本件各株券についても同様の申請がなされている,と認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(2)  しかしながら,被告らが本件各株券について株券喪失登録の申請を行っても,本件各株券が無効となるのは登録日の翌日から1年間を経過した日であり(平成17年法律第87号による改正前の商法230条の6第1項,会社法228条1項),その間に本件各株券が善意取得されるおそれがあることは明らかである。

(3)  原告が本件各株券を拾得したe池には,原告以外にも釣りをする者やその清掃をする者が出入りしていることからすると,その拾得場所や拾得状況から本件各株券が善意取得されるおそれがないとはいえない。

(4)  上記認定,説示に加えて,上記第二の二4(3)で認定した本件各株券にかかる株式の価値からすると,報労金算定の基礎となる本件株券1及び本件株券2の経済的価値は,それぞれ,株式の価値の80%相当額である1044万4000円(1305万5000円×0.8)及び104万3200円(130万4000円×0.8)と認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

2  本件訴訟に現れた諸事情を考慮すると,原告の被告らに対する報労金の割合は12%とするのが相当である。

なお,被告らは,原告の拾得物の届出が遅延したから報労金の割合を低くすべきである旨主張するが,上記一1で認定した事実からすると,被告らの上記主張は理由がない。

3  したがって,原告が被告A及び被告Bに対して請求できる報労金の額は,それぞれ125万3280円(1044万4000円×0.12)及び12万5184円(104万3200円×0.12)が相当であり,この判断を左右するに足りる主張,立証はない。

第四結論

以上によれば,原告の請求は主文第1,2項の限度で理由があるから一部認容し,その余は棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条,65条,61条を,仮執行宣言について同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 阪口彰洋)

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