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京都地方裁判所 平成18年(ワ)2455号 判決 2007年10月18日

主文

1  被告らは原告に対し,連帯して,50万円及びこれに対する平成18年10月7日から支払済みに至るまで年5%の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用はこれを4分し,その3を原告の,その1を被告らの負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,連帯して,原告に対し,200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5%の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件訴訟の概略

原告は,被告Y1の所有家屋の賃借人である。被告Y2社は,被告Y1から当該家屋の管理の委任を受けた業者であり,原告との間で明渡しの交渉を行った。

本件は,原告が,交渉の過程において被告Y2社の従業員による脅迫ないし嫌がらせにわたる所為があったと主張して,精神的損害に対する慰謝料を請求した事案である。

2  前提事実(証拠を示さない事実は当事者間に争いがない。日付けはすべて平成18年のものである。)

(1)  原告は,肩書住所地において,被告Y1から木造2階建ての家屋(以下「本件家屋」という。)を賃借して居住している。

(2)  本件家屋は,同一区画内に建てられた被告Y1所有の4軒の家屋のうちの1軒である。4軒の家屋はいずれも昭和28年に建築されたもので,壁を接して2軒ずつ建てられたほぼ同一構造の木造2階建ての家屋の2組から成る。

1月30日の段階では,本件家屋に隣接する家屋(以下「隣接家屋」という。)は,空き家となっていた。他の2軒のうち,1軒には訴外A氏が居住しており,1軒は空き家であった。

(3)  1月30日,被告Y2社の従業員Bが原告方を訪れ,本件家屋の明渡しを求めた。

(4)  2月2日,2月6日,2月16日,3月3日,3月24日に,A宅で,本件建物の明渡しを求めるBと,これを拒む原告及びAとの間で,協議が行われた。これらの協議には,被告Y2社側ではBに加えて被告Y2社代表者が同席することがあり,原告側ではケアマネージャーのC氏又は市会議員のD氏が同席した。

(5)  4月9日に,被告Y2社の依頼した解体業者が,空き家になっていた2戸の家屋の取壊し作業に着手したが,原告の抗議を受けて作業を終了し引き揚げた。当日は,Bも解体業者と同行していた。

3  争点及び当事者の主張

(1)  被告Y2社の不法行為責任

〔原告〕

被告Y2社は,B及び代表者の脅迫的言辞により原告を恐怖させ,困惑させた。また,空き家の取壊しにより,原告が通路を通行する権利,安全・安心に生活する権利を妨害し,四六時中更なる嫌がらせを受けるのではないかという不安に陥れ,もって本件家屋の明渡しを強要しようとした。これらの行為により,原告の平穏な生活を著しく侵害した。

〔被告ら〕

原告の立退きの要請及びA宅における協議において,B又は被告Y2社代表者が脅迫的言辞を用いたことはない。また,隣接家屋の取壊し作業は相当な手順を踏んで平穏に行われていたにもかかわらず,原告がこれを中断させたものである。

(2)  被告Y1の不法行為責任

〔原告〕

被告Y1は,被告Y2社の不法行為を放置し,原告が抗議をしても誠実に対応せず,被告Y2社の不法行為を黙認してきた。

〔被告ら〕

争う。

(3)  損害額

〔原告〕

被告らの不法行為により原告が被った精神的損害に対する慰謝料の額は200万円が相当である。

〔被告ら〕

争う。

第3当裁判所の判断

1  被告Y2社の不法行為責任

(1)  脅迫的言辞について

ア 原告の供述(甲19,原告本人)によれば,1月30日の経緯は以下のとおりであると認められる。

① 原告は突然のBの来訪に困惑して退去を求めたが,Bはなかなか退去しようとしなかった。

② 原告が,夕方にAが帰宅した後にAと一緒に再度話を聞く旨を約束して初めて,Bは退去した。

③ 午後8時ころ,BはA宅を訪れ,Aに対して明渡し又は家賃の倍増を強い口調で求めた。原告に対しても,2月2日に再度訪問する旨を告げた。

被告らは,Bは丁寧な口調で本件家屋の明渡しを求めたと主張し,Bもその旨供述するが(乙6,B証人),下記イのとおりの2月2日以降の協議におけるBらの言辞からすれば,1月30日においても,相当強硬に明渡しを求めたものと推認されるところであり,被告らの主張は採用できない。

イ 2月2日以降の協議の録音テープ(甲10~13)によれば,これらの協議の席上,Bないし被告Y2社代表者は,「どんなことをしてでもあけてもらう」「強硬手段でいかんなん」「つぎの手をうつ。くさびを打ちに。がんと」「おれとこかて力でいくで」等と発言したことが認められる。

ウ 上記ア,イに認定した事実からすれば,B及び被告Y2社代表者の言辞はいささか穏当を欠いていた。しかし,原告が本件家屋の明渡しに応じない意向であった以上,被告Y2社としては交渉の方法の一つとして強硬姿勢を示さざるを得なかったともいえる。そして,2月2日以降の協議においては,原告側の立場で前記C氏やD氏のような男性が立ち会っていたことも考慮すれば,B及び被告Y2社代表者の言辞が,不法行為を構成するに足るほどの違法性を帯びるとはいえない。

(2)  隣接家屋の取壊し作業について

ア 原告の供述(甲19,原告本人)及び写真(甲14,17)によれば,解体業者が行った隣接家屋の取壊し作業は,以下のような内容のものであったと認められる。そして,解体業者は被告Y2社の依頼を受けて作業を行っており,Bが実際の作業に立ち会っていたことからすれば,このような作業内容も被告Y2社の指示によると認められる。

① 本件家屋と隣接家屋は壁を接しているにもかかわらず,本件家屋の養生は全くなされていない。

② 具体的な作業内容は,2階屋根の中央に穴を開ける,窓枠や建具を破壊して通路に散乱させる,1階の軒の屋根瓦を通路に落とす,壁を引き剥がす,等であった。

被告らは,取壊し作業は通常の解体の手順に従って丁寧に行っており,上記写真は作業直後の状況とは異なると主張し,Bもその旨供述する。しかし,原告側が写真を撮影するに当たってわざわざ建具等を破壊して散乱させるとは通常考えられないし,上記①②のような方法が解体作業の通常の手順であると認めるに足る証拠はない。

イ 次いで,隣接家屋の取壊し作業を被告Y2社が行ったことの目的について検討する。

作業に先立つ3月24日の協議では,被告Y2社代表者及びBは,「そんだけどうしても抵抗しはんねやったら,うちはうちのやり方でするさかい」「それは力で出さなしゃあないやん」等と発言している(甲13-1)。また,本件家屋を原告から明け渡してもらわない限り跡地の利用はできないこと,及び,本件家屋の明渡しを受けた後に2軒一緒に取り壊す方が作業も簡便で費用は相対的に少なくて済むはずであること,に照らすと,隣接家屋だけを先に取り壊すのは経済的にみて不合理である。これらの事情に,上記アのとおりの作業内容をあわせ考えれば,被告Y2社による隣接家屋の取壊し作業は,原告に対して心理的圧力をかける目的で行われたと推認することができる。

この点につき,Bは,隣接家屋が老朽化していて危ないから取り壊してほしい,という被告Y1の意向に沿って取壊し作業を行ったと供述する。しかし,隣接家屋が建てられたのは本件家屋と同時であり,本件家屋は現に原告の居住に耐えているのであるから,隣接家屋が,すぐに取り壊さなければ危険なほどに老朽化していたとは考えられない。

ウ 上記ア,イに認定した事実からすれば,隣接家屋の取壊しは,社会的相当性を欠く方法及び目的によって行われたものであり,不法行為を構成するに足る違法性を帯びる。

2  被告Y1の不法行為責任

上記1(2)のとおり,隣接家屋の取壊し作業は,被告Y2社の不法行為を構成する。そして,取壊し作業の目的が上記1(2)イのとおりであった点については,被告Y1がこれを認識していたとまでは認められないが,本件家屋の明渡しを受けていないにもかかわらず隣接家屋だけを取り壊すのは経済的に不合理であること等からすれば,被告Y2社の目的を認識しないで取壊し作業に承認を与えたことについて,被告Y1には少なくとも過失がある。

したがって,被告Y1も隣接家屋の取壊し作業について不法行為責任を負う。

3  損害額

上記(2)アのとおりの取壊し作業の内容及びその他本件証拠に顕れた一切の事情を考慮すると,原告の被った精神的損害は50万円と評価される。

4  以上の次第で,原告の請求は,50万円の損害賠償を求める限度で理由がある。よって,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条,65条を,仮執行の宣言について民事訴訟法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 上田卓哉)

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