京都地方裁判所 平成18年(ワ)2475号 判決 2007年10月24日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは,原告に対して,連帯して2193万3283円及びこれに対する,被告有限会社乙山金物については平成18年10月8日から,被告セメダイン株式会社については同月11日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は,原告が被告らに対して,原告は,平成17年4月以降,被告有限会社乙山金物(以下「被告乙山金物」という。)から,被告セメダイン株式会社(以下「被告セメダイン」という。)製造にかかるPOSシールLMというコーキング材(以下「本件製品」という。)を購入し,建売住宅の外壁に用いたところ,本件製品と塗料との密着性が不良であったため塗装に剥離が生じ,その補修費2193万3283円の損害を被ったが,これは被告らが平成17年3月に行った本件製品に関する説明が事実に反していたことに起因するとして,契約締結上の過失の法理を根拠とする説明義務違反に基づき,2193万3283円及びこれに対する訴状送達日(被告乙山金物については平成18年10月7日,被告セメダインについては同月10日)の翌日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
二 当事者間に争いのない前提事実
1(1) 原告は,建設工事の請負,企画及び設計等を目的とする株式会社である。
(2) 被告乙山金物は,建築金物及び家具金物の販売等を目的とする有限会社である。
(3) 被告セメダインは,接着剤及びその加工品の製造販売等を目的とする株式会社であり,その大阪支社の丙谷三郎(以下「丙谷」という。)は,平成17年3月ころ,卸売業者(代理店)である高橋化成産業株式会社(以下「高橋化成」という。)との取引を担当していた。
2 本件製品について
(1) コーキング材(シーリング材ともいう。)とは,サッシ回り,プレハブ材の接合部,建築物の目地回りに充填するゴム状物質,合成樹脂等の総称であり,本件製品は,一成分形変性シリコーン系のコーキング材である。
(2) 本件製品の容器には,本件製品の「使用方法」,「特長」,「標準施工量」,「注意事項」等が記載されているが,その「特長」には「⑤塗装が出来る。※塗料の種類によっては密着性の悪いものや,塗装面がベタつくことがありますので,あらかじめ確認の上ご使用下さい。特にフタル酸系(アルキッド樹脂)塗料には適しません。」との記載がある。
(3) 本件製品のカタログ(乙3,以下「本件カタログ」という。)の「使用上の注意」には,「4.塗料の種類によっては密着性の悪いものや汚染が起きる場合もあるので,事前に確認してください。」との記載がある。
(4) 被告セメダインのホームページ(甲2の2)には,本件製品の「性状・性能」の「塗料密着性」について「◎(良好)」と表示されている。
3(1) 原告の代表取締役である甲野太郎(以下「甲野」という。)は,平成17年3月ころ,被告乙山金物に対し,外壁の目地に用いるコーキング材について問い合わせた。そこで,当時,被告乙山金物に勤務し,原告との取引を担当していた乙川二郎(以下「乙川」という。)は,被告乙山金物に商品を卸していた高橋化成の担当である丁田四郎(以下「丁田」という。)に相談した(その詳細は争いがある。)。
(2) そこで,丁田は,丙谷に商品説明を依頼し,乙川,丁田及び丙谷は,平成17年3月ころ,原告本社に赴いて甲野と面談した。丙谷は,その場で,甲野に対し,本件製品の説明を行い,本件製品の色見本とパンフレットを交付した。原告が本件製品を購入するにあたって,丙谷から本件製品の説明を受けたのはこの1回だけである(この日の面談を「本件面談」という。)(本件面談の詳細等については争いがある。)。
(3) 原告は,平成17年4月以降平成18年5,6月ころまで,被告乙山金物から本件製品を購入した。
(4) 原告は,平成18年5,6月ころ,被告乙山金物に対し,本件製品を用いた部分の上の塗装に問題が生じているとして本件製品のクレームを述べた。
三 争点
1 被告らの説明義務違反
2 原告の損害
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1(説明義務違反)について
(1) 原告の主張
ア 原告は,被告乙川金物からコーキング材(MDパテ,水性コーキング材,ウレタンコーキング)が納入され,使用する度に,MDパテは固いために使用が難しいこと,水性コーキング材は塗りやすく使いやすいが乾く際に伸縮が激しく塗装の亀裂がたくさん発生すること,ウレタンコーキングは乾燥に時間がかかり,すぐに塗装すると亀裂がたくさん発生することを相談していた。また,甲野は,ウレタンコーキングの使用後,被告乙山金物の代表取締役である乙山一郎(以下「乙山」という。)に対し,ペンギンシールという商品を取り扱っていないか,ペンギンシールであれば塗装がのるか,と尋ねた。これに対し,乙山は,調査すると回答した。
イ 乙川及び丙谷は,平成17年3月,本件面談において,本件製品が原告の需要に完全に一致し最適である旨説明した。本件面談の時間は1時間程度であった。また,この日に交付された本件製品のパンフレットは,本件カタログよりももっと簡略なものであった。
ウ 原告は,本件面談の説明を受けても本件製品の使用に躊躇していたところ,乙山は,本件面談の数日後,甲野に電話してきて,「変化しないから変成というのですよ。絶対大丈夫です。使ってください。」などと述べ,本件製品を強く推奨した。
エ しかし,本件製品と塗料(近庄化学株式会社のアクリスタッコ及び弾性型リシン)との密着性が不足したため,本件製品を用いた部分の上の塗装は,ことごとく浮き上がり,指でさわるとめくれる状態となった。
オ 以上からすると,被告らは,契約締結過程にある者又はその履行補助者として求められるべき説明義務に違反したというべきである。
(2) 被告乙山金物の主張
ア 上記(1)アは否認する。
甲野は,被告乙山金物に対し,コーキング材を使うと塗装がはげてしまうが,コーキング材と塗料との色が違うとそのはげた部分が目立って困るので,はげても目立たないような色のコーキング材を知りたいと尋ねてきた。
イ 上記(1)イについては,上記第二の二3(2)の限度で認め,その余は否認する。
被告乙山金物は,本件で問題となっているようなコーキング材の性能等について顧客に説明する知識等を有しておらず,原告の主張するような製品説明等をした事実はない。
ウ 上記(1)ウは否認し,同エは不知,同オは争う。
(3) 被告セメダインの主張
ア 上記(1)アは否認する。
イ 上記(1)イについては,上記第二の二3(2)の限度で認め,その余は否認する。
丙谷は,本件面談に先立って,丁田から,原告は塗装に亀裂が生じても外見上亀裂が目立たないコーキング材を探していると聞いており,また,本件面談の際も,甲野から同旨の要望があった。そこで,丙谷は,本件製品は着色されており,色の種類も80色と多いことから,塗料と似た色の本件製品を用いることによって,仮に塗装に亀裂が生じても外観上これを目立たなくすることができるとの説明を行った。本件面談の際の商品説明の時間は約10分から15分程度である。また,丙谷が本件面談で交付したのは本件カタログである。
ウ 上記(1)ウは不知。
エ 上記(1)エについては,塗装の剥離等の原因が本件製品と塗料との密着性不足にあるとの点を否認し,その余は不知。
オ 上記(1)オは争う。
コーキング材及び塗料は種類が非常に多く,双方の適合性(密着性,相性)はその種類(系統,メーカー)によって異なるため,適合性を判断するためには事前確認が不可欠である。したがって,原告は,実際に建築現場で塗装する前に,コーキング材と塗料との事前確認を行うべきであった。また,被告セメダインは,本件製品に塗布する塗料の種類を原告から知らされておらず,本件製品の塗料との適合性を判断,説明することは不可能である。
2 争点2(損害)について
(1) 原告の主張
原告は,別紙コーキング剤使用住宅現場一覧表記載のとおり,被告乙山金物から購入した本件製品を建売住宅の外壁の目地埋めに使用したが,その塗装のやり直しには,上記一覧表記載のとおり,合計2193万3283円の費用を要する。
(2) 被告らの主張
不知ないし否認する。
第三 当裁判所の判断
一 事実認定
1 上記第二の二で認定した事実に加えて,後掲証拠等によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,ダイライトという外壁材の表面に塗装する塗料として,近庄化学株式会社のアクリスタッコ及び弾性型リシンを用いていた(甲13の1・2,甲15,原告代表者〔14頁〕,弁論の全趣旨)。
(2) 被告セメダインのホームページの「適材適所一覧表」には,「各種外装パネル」の「窯業系サイディング」(ダイライトはこれにあたる。)の塗装をする「パネル間目地」には,本件製品を推奨する旨の記載があるが,同時に,「※3」として,備考欄に「仕上塗材の種類により,不具合が発生することがあります。事前検討が必要です。バリアプライマーの使用を推奨します。」との注記がされている(甲2の3,弁論の全趣旨)。
(3) 原告は,平成17年3月ころまでに,外壁のコーキング材として,MDパテ,水性コーキング材,ウレタンコーキングを用いていたことがあったが,それぞれ,固いために使用が難しい,乾く際に伸縮が激しく塗装の亀裂がたくさん発生する,乾燥に時間がかかり,すぐに塗装すると亀裂がたくさん発生する,という問題点があった。そこで,原告は,その旨を被告乙山金物の乙川に伝えていた(甲12,15,乙川証言〔4頁〕,原告代表者〔3,34,35頁〕)。
(4) 乙川は,平成17年3月ころ,原告からの要請を高橋化成の丁田に相談した。そこで,丁田は,被告セメダインの丙谷にその旨相談したところ,丙谷は,色のバリエーションが多い本件製品であれば,塗装に亀裂が生じても目立たなくて原告のニーズに応えることができると考え,その旨を丁田に伝えた。その結果,丙谷は,丁田から,原告に対して本件製品の説明をしてもらいたいと要請され,乙川及び丁田とともに,原告を訪問することとなった(乙5,丙5,丙谷証言〔1,2頁〕)。
(5)ア 丙谷,乙川及び丁田は,平成17年3月,甲野と面談した(本件面談)。
イ 甲野は,丙谷に対し,MDパテ,水性コーキング材,ウレタンコーキングを用いたが,それぞれ問題点があったことを説明した。これに対し,丙谷は,甲野に対して,本件製品の色見本と本件カタログを交付し,色のバリエーションが多い本件製品であれば,塗装に亀裂が生じても目立たなくて原告のニーズに応えることができる旨を説明した。そこで,甲野は,塗装がひび割れしても外壁と異なる色のコーキング材のちらつきが目立って見た目が悪くなることにはならず,タッチアップ(塗装がひび割れした場合,塗装業者が補修すること)をせずにすむと考え,本件製品を購入することとした(甲12,15,乙5,乙川証言〔22頁〕,丙谷証言〔3ないし5,19,22頁〕)。
ウ 甲野は,その場で,丙谷に対し,プライマー(目地にコーキング材を充填する際に,目地とコーキング材との接着性を良くするために目地に塗布する下塗り剤である。)は別のものを使うので本件製品に付いている専用のプライマーを抜いてその分値段を安くしてもらいたいと要請した。しかし,丙谷は,コーキング材とプライマーにも相性があるから,本件製品に付いている専用プライマーを抜いて本件製品のみを販売することはできない旨回答した(乙5,丙5,丙谷証言〔8,9頁〕,原告代表者〔40頁〕)。
エ 甲野は,本件面談において,丙谷に対し,塗料として近庄化学株式会社のアクリスタッコ及び弾性型リシンを用いていることを説明せず,また,これらの塗料と本件製品との相性について尋ねたこともない。他方,丙谷は,甲野に対し,本件製品と塗料にも相性があるので事前確認を行うべきであるとの警告はしなかったが,本件製品の塗料密着性は良好であるとか,あらゆる塗料を塗装することができるなどといった説明をしたこともない(乙5,丙5,丙谷証言〔5,6頁〕,乙川証言〔18,22頁〕,原告代表者〔13,14頁〕)。
オ 本件面談の場で本件製品の説明をしたのは専ら丙谷であった(丙5,乙川証言〔2,23頁〕)。
(6) 一般論として,コーキング材と塗料との間には相性があり,その組合せによっては塗装ができなかったり,塗料密着性が悪いことがあるということは建築業界においては常識であり,甲野も,本件面談当時,一般的知識として,同様の認識を有していた(甲5の2〔6頁〕,乙1〔32,33頁部分〕,乙2,5,丙2,5,原告代表者〔13,14頁〕)。
2(1) これに対し,原告は,上記第二の四1(1)のとおり主張し,乙川の陳述書(甲12,17),甲野の陳述書(甲15)及び甲野の供述にはこれに沿う部分がある。
(2) しかし,以下のとおり,上記(1)の証拠のうち上記1の認定に反する部分は信用できない。
ア 丙谷の本件面談における説明について
(ア) 本件製品と塗料の相性は塗料の種類によって異なり,一律に本件製品の塗料密着性を論じることはできない(前提事実2(2)及び(3),上記1(2)及び(6)で認定した事実,なお,前提事実2(4)のとおり,被告セメダインのホームページには,本件製品の塗料密着性が良好である旨の記載があるが,各製品ごとの特長の詳細をホームページに掲載することは事実上不可能であるから,上記認定を左右するものではない。)。
したがって,原告が用いる塗料の種類等が明らかにされないにもかかわらず,丙谷が甲野に対し,本件製品が原告の需要に完全に一致し最適であるとか,本件製品の塗料密着性は良好であるなどと説明するとは考え難い。
(イ) 原告は,本件面談の際に交付されたパンフレットは本件カタログではない旨主張するが,この点に関する甲野の記憶はあいまいであり(15ないし17頁),本件製品に本件カタログ以外のパンフレットが存することを窺わせる証拠がないことも併せ考慮すると,原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告は,訴状においては,被告セメダインが持参した資料にも塗料密着性が「◎」である旨の記載があったと主張していたにもかかわらず,甲野は,その尋問において,その記載は被告セメダインのホームページ上の記載にすぎず,訴状における上記主張が事実に反することを認めざるを得なかった(原告代表者〔16,17頁〕)。
(エ) 甲12(乙川の陳述書)には,丙谷が本件面談において,本件製品には「塗装の密着性があり」,「塗装はうまくのります」との説明をしたとの記載があり,乙川の証言にも同旨の部分がある。
しかし,甲12や乙川の証言には,本件面談の際に,本件製品の塗料密着性が「◎」であるとの記載のある説明書があったとの部分があり,これが事実に反すること(甲1〔写真③,④〕,乙3,上記(イ)及び(ウ)で認定した事実)からすると,甲12及び乙川証言のうち,丙谷が本件製品について塗料密着性があると説明したとの部分は信用できない。
しかも,乙川は,「塗料がのる,のらない」ということは,塗布した塗料が流れ落ちるか流れ落ちないか,といった程度の意味で理解しているにすぎない(乙川証言〔23頁〕)。そして,例えば,シリコーン系のコーキング材であれば,塗装は一切できないのであるから(甲2の2,丙谷証言〔11頁〕),本件面談において,本件製品は,シリコーン系のコーキング材と異なり,塗料が流れ落ちることはないという程度の会話がなされたにすぎない可能性も十分考えられる。
イ 乙山及び乙川の説明ないし推奨について
(ア) 原告は,上記第二の四1(1)ウのとおり,乙山が本件製品を推奨した時期につき,本件面談の数日後であると主張しているにもかかわらず,甲野は,その尋問においては本件面談の前であると供述している(7,39,40頁)。しかし,原告の主張内容からすると,本件面談と乙山の推奨との先後関係について記憶が変遷するのは不自然である。
このことからすると,そもそも,乙山が甲野に対して本件製品を推奨したとの甲野の陳述書(甲15)の記載及び甲野の供述は信用できず,他に,乙山が甲野に本件製品を推奨したことを認めるに足りる証拠はない。
(イ) 原告は,上記第二の四1(1)イのとおり,乙川が本件面談の際に,本件製品は原告の需要に完全に一致し最適である旨説明したと主張する。しかし,甲12(乙川の陳述書),甲15(甲野の陳述書)には,乙川が塗装の色に適合した商品として本件製品を推奨した旨の記載しかなく,甲野の供述及び乙川証言にも,乙川が本件製品の塗料密着性が良好である旨説明したとの部分はない。そして,乙川は,本件製品を含めたコーキング材について知識が乏しく,本件製品の説明のためにわざわざ丙谷に同行してもらったのであるから(乙川証言〔2,14ないし18,20頁〕),乙川が丙谷を差し置いて本件製品の塗料密着性を説明するとは考え難い。
したがって,原告の上記主張が,乙川は本件製品の塗料密着性が良好であるとの説明をしたという趣旨であれば,理由がない。
3 他に上記1の認定を左右するに足りる証拠はない。
二 判断
1 上記一1で認定した事実からすると,乙川及び丙谷が甲野に対し,本件面談の際に本件製品の塗料密着性について事実に反する説明をしたとは認められないし,乙山については本件製品を推奨,説明した事実すら認められない。
2 また,丙谷は,本件面談の際に,本件製品と塗料にも相性があるので事前確認を行うべきであるとの警告は行わなかったが(上記一1(5)エで認定した事実),甲野はコーキング材と塗料には相性があるとの一般的知識を有し,かつ,それは建築業界における常識であること(上記一1(6)で認定した事実),本件製品の容器や原告に交付された本件カタログには同旨の記載があること(前提事実2(2),(3),上記一1(5)イで認定した事実),本件面談の際に本件製品とプライマーにも相性があるという話題が出ていること(上記一1(5)ウで認定した事実),からすると,丙谷や乙川に上記警告を行うべき義務があったとはいえず,被告乙山金物についても同様である(なお,甲野は,再主尋問では撤回したものの,反対尋問においては,コーキング材一般に限らず,本件製品についても塗料との相性の問題があることを認識していたとの供述を行っている〔13,14,35,36頁〕。)。
3 以上からすると,そもそも卸売業者である被告乙山金物が原告に対し,本件製品の性能等についていかなる説明義務を負うのか,また,原告と直接の法律関係にない被告セメダインがいかなる場合に原告に説明義務を負うのかについて詳細な検討をするまでもなく,被告らが原告に対して説明義務違反行為を行ったとは認められない。
第四 結論
よって,原告の請求はいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
別紙 コーキング剤使用住宅現場一覧表<省略>