京都地方裁判所 平成18年(ワ)2513号 判決 2007年10月09日
主文
1 被告は,原告Aに対し,3290万9014円及びこれに対する平成16年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,3120万9014円及びこれに対する平成16年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,165万円及びこれに対する平成16年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを100分し,その35を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。
6 この判決は,第1項ないし3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告Aに対し,7701万5744円及びこれに対する平成16年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,7526万5404円及びこれに対する平成16年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,2937万8900円及びこれに対する平成16年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告が所有し運転する普通貨物自動車(フォードブロンコ)(以下「被告車」という。)との間の交通事故により死亡した亡Dの父母及び姉である原告らが,被告に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。) 3条及び民法709条,711条に基づき,損害賠償を求めた事案である。
1 当事者間に争いのない事実等
次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 原告ら(甲3の3)
原告A(昭和39年生)と原告B(昭和37年生)は,平成元年に婚姻した夫婦であり,その間に,長女C(平成2年生)及び長男D(平成8年生)(本件事故当時8歳)の2子をもうけた(なお,平成18年に二女が出生している〔甲29-17頁〕)。
(2) 交通事故の発生
次の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
ア 発生日時 平成16年12月12日午後5時55分ころ(天候は,小雨で,路面は乾燥湿潤状態であった〔甲3の6-2頁,甲3の12-5頁〕。)
イ 発生場所 京都府久世郡a町大字b小字cd番地のe所在のEa店駐車場(以下「本件駐車場」という。)の車両用通路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 事故態様 被告が,被告車を運転し,本件事故現場を東から西に進行していたところ,上記通路上に立ち止まっていたDに被告車を衝突させた上,轢過し,その場で死亡させた(甲3の2)。
(3) 相続
ア Dは,本件事故による轢過のため頭蓋骨挫滅創の傷害を負い,本件事故現場において死亡(即死)し,その後,F病院に救急搬送され治療を受けたが,回復しなかった。なお,上記治療には,5万1650円の治療関係費を要した(甲3の2,甲10)。
イ 原告A及び原告Bは,Dが死亡したことにより,Dの権利義務を,その法定相続分(各2分の1)に従い相続した。
(4) 被告の責任原因
ア 被告は,本件事故当時,被告車を所有し,自己のために運行の用に供していたものであるから,自賠法3条に基づき,本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 被告は,前方不注視の過失により,本件事故を起こしたものであるから,民法709条,711条に基づき,本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。
(5) 本件駐車場及び本件事故現場付近の状況(甲3の6,15)
本件駐車場及び本件事故現場付近の状況は,別紙図面1(甲3の6-26頁),2(甲3の15-4頁),3(甲3の8-3頁)記載のとおりである。
ア 本件駐車場は,別紙図面1記載のとおり,大規模小売店の西側の敷地の屋外に設置された大規模駐車場であり,白線で区画された多数の駐車枠と車両用通路とから構成されている(甲3の10-41ないし43頁)。歩行者用通路としては,本件駐車場のほぼ中央付近に,東西に一本屋根付きのもの(以下「本件歩行者用通路」という。)が設けられているほかは,歩行者が車両用通路を横断するための歩行者用誘導帯(いわゆるグリーンベルト)(以下「本件誘導帯」という。)(甲5-5頁,甲27)が設けられているだけである。したがって,自動車を利用して来店した買物客は,駐車区画に自車を駐車した後,空いている駐車区画又は駐車車両の間を通り,また,車両用通路を横断して最寄りの本件歩行者用通路又は歩行者用誘導帯まで歩き,その後は本件歩行者用通路を通って店舗に至り,買物後は,同じ順路を逆に歩いて自車まで戻ることが予定されている。
イ 被告が被告車(車長4.58メートル,車高2.06メートル,車幅2.35メートル,総排気量5.76リットル〔甲3の6-28頁,甲3の9-2頁〕)をD(身長133センチメートル〔甲3の9-3頁〕)に衝突させた地点(以下「本件衝突地点」という。)は,別紙図面2の<×>地点付近であり,本件駐車場内を東西に走る車両用通路(以下「本件車両用通路」という。)上の地点である。被告車の左前部が佇立していたDに衝突して仰向けに転倒させ,左前輪,ついで左後輪で転倒したDを轢過し,血痕を別紙図面3の「血痕」と記載された地点に残した(甲3の12-3頁,甲28-4ないし6頁)。
ウ 本件衝突地点は,本件歩行者用通路の北端から約6.3メートル(甲3の15-4頁)ないし約7.1メートル(甲1-3頁,甲3の8-3頁)の地点であり,本件歩行者用通路の北側に設けられている駐車枠から本件車両用通路(幅員約6.1メートル)に約1.5メートルないし約2.7メートル入り込んだ地点であるが,本件車両用通路を横断するために設けられている本件誘導帯の西端からはわずかに外れた地点である(甲28-37頁)。なお,本件衝突地点の南側のスペースは,駐車枠ではなく,買物用のカートを返却するためのスペース(以下「本件カート置き場」という。)とされている。
(6) 原告らの通院(甲11ないし21〔枝番を含む。〕,甲29ないし31)
ア 原告Aは,平成16年12月20日,G病院において,急性アルコール中毒の傷病名で1日間の入院治療を受け(以下「本件入院」という。),治療関係費8970円を支払った。
イ 原告らは,平成17年4月9日,H医院に通院し,同医院のI医師(以下「I医師」という。)の診察を受け,原告A及び原告Bは,PTSD(心的外傷後ストレス障害)との,原告Cは,神経症(後に,睡眠障害,情緒障害の傷病名も追加された。)との診断をそれぞれ受け,その後も,原告らは,別紙通院一覧表記載のとおり,H医院に通院し治療を受け(以下「本件通院」という。),同一覧表記載のとおり,治療関係費を支払った。
2 争点
(1) 過失相殺の可否・過失割合
(2) 原告らのPTSD等の罹患の有無及び本件事故との因果関係
(3) 損害
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(被告の主張)
本件事故については,次のとおり,D,原告A及び原告Bにも過失があるから,相応の過失相殺が行われるべきである(刑事事件の控訴審判決は,量刑の事情において,「被害者側に全く落ち度がないとまではいえない」と認定している。)。
ア Dには,車両が多数通行する大型駐車場の本件車両用通路を横断中に,通行車両に対する安全の確認をせずに本件車両用通路に立ち止まっていて,危険な状態に身をさらしていたのであるから,過失がある。
イ 原告A及び原告Bは,Dの手を引くなり,Dが本件車両用通路に身体を出さないように注意する等して,監督,見守りをして,その安全を図れる立場にあったのに,Dと離れ,Dの本件車両用通路への立ち入り,傍立を容認した過失がある。
(原告らの主張)
ア 争う。
イ Dは,本件車両用通路の左端であり,しかも本件誘導帯に沿う位置に立っていた。本件車両用通路を通行する車両は,その中央を通るのが当然であり,本件車両用通路の端で,しかも本件誘導帯付近で動かずじっとしていて車両をやり過ごすという行動をとることは極めて合理的で相当な判断であった。したがって,上記地点でじっと立っていたDの行動には何ら過失はなく,Dに被告車の接近を知らせて,同地点でじっとしているよう指示した原告Aの指示には何の過失も存在しない。原告Bも同様である。
ウ これに対し,被告の運転態様は,事故の危険性が極めて高く,歩行者の安全を全く顧みないもので,故意に近い無謀な行為として強い非難が加えられるべきものである。すなわち,被告車は大型のオフロード車であり,ひとたび事故を引き起こせば重大な結果を引き起こすことからしても,被告には,通常の車両の運転よりも慎重な運転が求められていた。しかも,本件事故現場は大型ショッピングセンターの駐車場であり,歩行者,特に周囲の子どもの様子などについて注意しながら運転すべきは当然のことであった。さらに,本件衝突地点は,本件誘導帯を跨いですぐの場所にあり,付近に本件カート置き場があることからも,被告には極めて慎重な運転態度が求められていた。にもかかわらず,被告は駐車枠を探すことに気を奪われ,同乗者の動静にも注意をそらされながら運転するなか,前方左右を十分に確認しないまま被告車を進行させ,その結果,わずかな注意さえ払っていれば容易に視認できたはずのDの姿を見落とし,回避行動や減速も一切することなくひき殺したものである。
(2) 争点(2)について
(原告らの主張)
ア 本件事故を目撃した衝撃,Dを失った悲しみから,原告A及び原告Bは,PTSDに罹患し,原告Cは,神経症,睡眠障害,情緒障害等の精神疾患に罹患し,上記のとおり,H医院に通院し治療を受けた。なお,原告Cについては,若年であるため,PTSDとの診断を受けられないものではあるが,症状の程度等は,原告A及び原告Bと同様である。
イ また,原告Aは,本件事故後,普段は飲まない酒を大量に飲み,急性アルコール中毒となり,上記のとおり,G病院に入院し治療を受けた。
(被告の主張)
ア 原告A及び原告BがPTSDに罹患したことは,否認する。
イ 仮に,原告らがPTSD等の精神疾患に罹患したとの事実が認められるとしても,これらによる損害は,いわゆる間接損害であり,本件事故との相当因果関係を欠く。
ウ 仮に,上記損害と本件事故との相当因果関係が肯定されるとしても,原告らの心因的要因が多分に関与しているものであるから,相応の素因減額が行われるべきである。
(3) 争点(3)について
(原告らの主張)
ア Dの損害
(ア) 治療関係費 5万1650円
(イ) 逸失利益 3329万3017円
Dは,死亡時8歳の男子であったから,本件事故がなければ,18歳から67歳までの49年間就労し,その間,平成16年の賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計・男性労働者の平均賃金である1年あたり542万7000円を下らない収入を得ることができたというべきである。したがって,Dの逸失利益は,生活費控除率を45パーセントとして,ライプニッツ方式により年5パーセントの割合による中間利息を控除すると,
542万7000円×(1-0.45)×(18.876-7.722)=3329万3017円(小数点以下四捨五入)となる。
(ウ) 慰謝料 5000万円
通常の慰謝料として4000万円,懲罰的・制裁的慰謝料として1000万円の合計5000万円を請求する。
(エ) 合計 8334万4667円
(オ) 相続
Dの死亡により,原告A及び原告Bが各2分の1(4167万2334円〔小数点以下四捨五入〕)ずつ相続により承継した。
イ 原告Aの損害
(ア) 葬儀費用 150万円
(イ) 治療関係費 13万5890円
原告Aは,急性アルコール中毒に罹患してG病院に入院して治療を受け,また,PTSDに罹患してH医院に通院して治療を受け,これらの入通院にかかる治療費,投薬料等として上記金額を支払った。
(ウ) 通院交通費 4万7520円
原告Aは,上記通院のため,片道660円(f〔自宅最寄り駅〕からgまで〔京阪電車〕260円,gからhまで〔近鉄電車〕150円,hからi〔H医院最寄り駅〕まで〔京都市営地下鉄〕250円),通院回数は36回で,上記金額の交通費を支払った。計算式は,660円×2(往復)×36回=4万7520円である。
(エ) 通院慰謝料 166万円
(オ) 近親者慰謝料 2500万円
通常の慰謝料として2000万円,懲罰的・制裁的慰謝料として500万円の合計2500万円を請求する。
(カ) 小計 2834万3410円
(キ) Dの損害(相続分) 4167万2334円
Dの受けた損害(8334万4667円)の2分の1にあたる4167万2334円(小数点以下四捨五入)の損害賠償請求権を相続した。
(ク) 弁護士費用 700万円
(ケ) 合計 7701万5744円
ウ 原告Bの損害
(ア) 治療関係費 8万5550円
原告Bは,PTSDに罹患し,H医院に通院して治療を受け,同通院にかかる治療費,投薬料等として上記金額を支払った。
(イ) 通院交通費 4万7520円
原告Bは,上記通院のため,上記交通費を支払った。その内容(通院経路,片道料金,通院回数)は,原告Aと同じである。
(ウ) 通院慰謝料 166万円
(エ) 近親者慰謝料 2500万円
通常の慰謝料として2000万円,懲罰的・制裁的慰謝料として500万円の合計2500万円を請求する。
(オ) 小計 2679万3070円
(カ) 相続 4167万2334円
Dの受けた損害(8334万4667円)の2分の1にあたる4167万2334円(小数点以下四捨五入)の損害賠償請求権を相続した。
(キ) 弁護士費用 680万円
(ク) 合計 7526万5404円
エ 原告Cの損害
(ア) 治療関係費 7万1380円
原告Cは,神経症,睡眠障害及び情緒障害等の精神疾患に罹患し,H医院に通院して治療を受け,同通院にかかる治療費,投薬料等として上記金額を支払った。
(イ) 通院交通費 4万7520円
原告Cは,上記通院のため,上記交通費を支払った。その内容(通院経路,片道料金,通院回数)は,原告Aと同じである。
(ウ) 通院慰謝料 166万円
(エ) 近親者慰謝料 2500万円
通常の慰謝料として2000万円,懲罰的・制裁的慰謝料として500万円の合計2500万円を請求する。請求の根拠は民法711条の類推適用である。
(オ) 小計 2677万8900円
(カ) 弁護士費用 260万円
(キ) 合計 2937万8900円
オ 慰謝料について
前記のとおり,原告らは,通常の慰謝料に加えて,懲罰的・制裁的慰謝料を請求する。前者においても,加害者及び加害行為の悪質性を十分考慮し,慰謝料額を大幅に増額すべきである。これに加えて後者を請求しているのは,(ア)被害者たる原告らの救済,(イ)被告の行為の悪質性に対する非難,(ウ)不法行為の抑止といういずれの観点からしても,前者(従来の「損害の填補」の建前による低額の損害賠償)のみでは,我が国の損害賠償制度の究極の目的である実質的な公平ないし社会的正義が実現されない結果となってしまうからである。すなわち,
(ア)被害者たる原告らの救済の観点というのは,
①本件事故の事故態様の悲惨さが際立ち,D及び原告らの受けた恐怖感,苦痛の質及び程度において,高速走行車両との衝突事故とは全く性質を異にするものであること,②Dや原告A及び原告Bには責められるべき事情は全くなく,被告の一方的な悪質性により本件事故が惹起されていること,③原告らは,悲惨な本件事故の一部始終を目の前で目撃したことにより,極めて大きい精神的衝撃を受けており,通常の交通事故における親族の損害と同視して考えることはできないこと,④Dや原告らのように,一般的な交通事故とは同視し得ない悪質な運転により極めて大きな苦痛を負わされてきた者に対して,我が国における定額かつ低額化された賠償額基準に依拠して賠償額を算定するのでは,被害者の十分な救済は果たされないから,実質的公平を確保するためにも,上記基準を大幅に上回る賠償額が認められなければならないことである。次に,
(イ)被告の行為の悪質性に対する非難の観点というのは,
①被告が,速度超過,整備不良車運転等,道路交通法違反の罪の罰金前科3犯,交通違反歴12件があり,3回の免許停止処分を受けているにもかかわらず,運転免許の効力停止中にこれを無視して車両を運転し,かつ,悪質な運転態度への反省もなく不注意な運転により本件事故を惹起した点において,被告に対する非難の程度は高く,原告らの精神的損害を増大させたこと,②被告が,大型ショッピングセンター内において,歩行者の安全を全く省みない,事故の危険性が極めて高い不注意な運転態様により本件事故を引き起こしたから,故意に近い無謀な行為として強い非難が加えられるべきものであること,③被告が,事故後においても,自らの罪を詫びたり,原告らの精神的損害を慰謝しようとしたりする真摯な態度を全く見せることはなく(例えば,被告が原告ら宅に謝罪に来た際にも,被告の父親が主導的で,被告自身は主体的に謝罪を述べる態度を欠落させていたものであり,自らの罪責を軽減させるために謝罪の形式を作ろうと画策したこととさえ感じられるものであった。更に,被告は,刑事裁判の公判中に,被告車とは別の自動車を運転しているところを原告Aに目撃されている。),刑事裁判においても不合理な供述を繰り返して(例えば,Dが事故直前に飛び出してきたとか,前方車両との関係では事故は回避し得なかった等,自らの罪責を不当に軽減させようとの動機から,事実と異なり,自らの記憶に反する不合理な供述を繰り返していた。),原告らの苦痛の念をより深める結果となったことである。さらに,
(ウ)不法行為の抑止の観点というのは,
被告は,刑事罰,行政罰の両面において,幾度となく処分を経験してきたにもかかわらず,不注意な運転態度を改めることなく,本件事故を惹起せしめていて,刑事罰・行政罰による抑止効の限界を示す事案であるから,裁判所は,民事不法行為責任制度における抑止的効果を活用するべく法を解釈運用すべきであり,本件においても,懲罰的・制裁的損害賠償を認容すべきであることである。
なお,近年,被害者の権利の高まり,社会や国民の意識の変化を受けて,懲罰的・制裁的慰謝料を認容できる社会環境が整ってきたこと,損害賠償命令制度の創設によって,不法行為に関する民刑の峻別があいまいになりつつあり,懲罰的・制裁的慰謝料を認容できる法環境も整ってきている。
(被告の主張)
ア 原告らの主張ア(Dの損害)について
(ア) 原告らの主張ア(ア)(治療関係費)を認める。
(イ) 同(イ)(逸失利益)は争う。生活費控除率は50パーセントをもって相当と考える。
(ウ) 同(ウ)(慰謝料)は争う。原告らの主張する慰謝料は,高額に過ぎるし,わが国の不法行為に基づく損害賠償においては,填補賠償主義が採られていて,懲罰的・制裁的慰謝料は認められていない。
(エ) 同(オ)(相続)については,原告A及び原告Bが各2分の1ずつ相続したことは認め,その余は争う。
イ 原告らの主張イ(原告Aの損害)について
(ア) 原告らの主張イ(ア)(葬儀費用)を認める。
(イ) 同(イ)(治療関係費),同(ウ)(通院交通費)及び同(エ)(通院慰謝料)は争う。これらの損害は,間接損害であって,本件事故との相当因果関係を欠く。
(ウ) 同(オ)(近親者慰謝料)は争う。
(エ) 同(キ)(相続)については,原告Aが2分の1相続したことは認め,その余は争う。
(オ) 同(ク)(弁護士費用)は争う。
ウ 原告らの主張ウ(原告Bの損害)について
(ア) 原告らの主張ウ(ア)(治療関係費),同(イ)(通院交通費)及び同(ウ)(通院慰謝料)は争う。これらの損害は,間接損害であって,本件事故との相当因果関係を欠く。
(イ) 同(エ)(近親者慰謝料)は争う。
(ウ) 同(カ)(相続)については,原告Bが2分の1相続したことは認め,その余は争う。
(エ) 同(キ)(弁護士費用)は争う。
エ 原告らの主張エ(原告Cの損害)について
(ア) 原告らの主張エ(ア)(治療関係費),同(イ)(通院交通費)及び同(ウ)(通院慰謝料)は争う。これらの損害は,間接損害であって,本件事故との相当因果関係を欠く。
(イ) 同(エ)(近親者慰謝料)は争う。
(ウ) 同(カ)(弁護士費用)は争う。
オ 原告らの主張オ(慰謝料)について
争う。
第3争点に対する判断
1 前記争いのない事実等,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件事故の状況(甲3の12,14,15,甲4の1ないし4,甲5,甲7)
ア 被告は,被告車を運転して本件駐車場に北出入口から進入し,適当な駐車枠を探しながら,時速約10キロメートルの速度で(甲3の12-6頁)本件車両用通路を東から西に向けて進行していた。
イ 原告Aの運転する自動車(以下「原告車」という。)で買い物に来ていた原告A,原告B,原告C及びDの家族は,原告車で帰宅しようと,原告A,原告C及びDが,原告Bから少し離れて,原告Bに先立って本件歩行者用通路を東から西に向けて歩き,本件事故現場の北西に駐車してあった原告車を目指していた。原告Aは,妻子よりも先に原告車まで赴いて鍵を開けようと考え,原告C及びDを別紙図面2の<ア>地点付近に残し,本件歩行者用通路をさらに西に進み,その後,本件車両用通路上の別紙図面2の<目2>地点付近に至ったところ,原告Bを待っている筈の原告C及びDのうち,Dは,本件歩行者用通路上にある別紙図面2の<ア>地点付近から,北側の駐車枠及び本件カート置き場のさらに北にある本件衝突地点まで進み佇立していた(なお,原告Cが本件事故発生時点にいた位置は本件全証拠によっても確定できない)。原告Aは,別紙図面2の<目3>地点付近まで進み,Dが本件衝突地点で佇立しているのを認めた際には,Dに対し特に注意喚起をしなかったが,その後,別紙図面2の<目3>地点付近まで進んだ際,本件車両用通路の別紙図面2の①地点付近を東から西に向けて進行してくる被告車を発見し,Dに対し注意喚起をした(Dは,そのまま本件衝突地点で佇立していた。)。
ウ 被告は,前方注視を怠っていたため,Dが本件衝突地点に佇立していることに気付かないまま被告車を東から西に向けて進行させ,被告車の左前部をDに衝突させ,仰向けに転倒したDを左前輪,ついで左後輪で轢過し,Dを死亡(即死)させた。被告は,被告車の左車輪がDを轢過した後初めて事故が起こしたことに気付き,別紙図面2の③地点付近で,被告車を停止させた。
エ 原告Aは,別紙図面2の<目3>地点(本件衝突地点まで約14.2メートルの地点)付近で本件事故を目撃し,原告B及び原告Cは,本件事故後のDの変わり果てた姿を目の当たりにした。
(2) 本件事故後の被告の対応(甲3の14,甲5,7,8)
ア 被告とその父親は,平成16年12月13日に営まれたDの通夜に赴いたが,原告Aは,被告らの謝罪を受け入れる気持ちになることができず,会うことなく,受付で被告らの参列を拒否した。
イ 被告の父親は,平成17年1月11日ころ,原告Aに対し,電話で,原告ら宅に赴いて,謝罪し,お参りをさせてほしいと申し出たが,原告Aは,被告らの謝罪を受け入れる気持ちになることができず,この申し出を拒んだ。被告の父親は,その1週間後ころにも,原告Aに対し,電話で,同様の申し出を行ったが,原告Aは,同様に,この申し出を拒んだ。被告の父親は,同年2月11日ころ,原告Aに対し,三度,電話で,同様の申し出を行ったところ,原告Aは,Dの四十九日も終わり,Dが天に召される前に加害者に謝罪をさせる姿を見せたいと考え,被告らが原告宅に来ることを許可した。被告の父親は,同年2月11日,被告を伴って原告ら宅を訪れ,土下座をして謝罪し,ついで被告も土下座をし,被告の父親が謝罪の言葉を述べ,被告は脇で頭を垂れていたが,原告Aは,被告が主体的に謝罪していない,真摯な態度ではないと感じた。当日,原告Aは,被告らが同年3月12日の月命日に再び原告宅に来て謝罪とお参りをすることを許可したが,その後,被告が,捜査官の取調べの際,従前とは異なり,Dが駐車車両の陰から出てきた可能性はないかと供述したことから,被告が真摯に反省していないと考え,同年3月11日,被告らに対し,原告ら宅への訪問をしないように伝えた。
ウ 被告は,平成16年12月29日以降何度か原告ら宅に赴き,玄関先に花を供えていたところ,平成17年3月11日に原告宅への訪問を拒まれた後も,同様に,何度か原告ら宅に赴き,玄関先に花を供えていたが,原告Aは,被告の謝罪を受け入れる気持ちにはなれず,供えられていた花をDの仏前に供えることなく廃棄していた。
(3) 被告の前歴(甲1,甲3の1,6,甲4の1,3,4,乙1,弁論の全趣旨)
被告は,速度超過(平成11年,平成12年),整備不良車運転(平成16年)の罰金前科を有していたほか,速度超過,赤信号無視等の交通違反歴も12件あり,過去2回の運転免許停止処分を受け,本件事故当時も3回目(平成16年11月から180日間)の運転免許停止中であった。
2 争点(1)について
前判示のとおり,原告Dが佇立していた場所が本件車両用通路上であり,しかも,本件事故が発生した時刻が12月12日の午後5時55分ころであって,天候が小雨であったという,車両の運転者にとって前方が見えにくい状況であったことを勘案すると,Dが,原告A,原告B及び原告Cと一緒に行動するか,あるいは,1人で佇立しているとしても,その位置が本件車両用通路上ではなく本件歩行者用通路上であれば,本件事故の発生を未然に防ぐことができたのではないかとの思いを払拭することができない。このような観点から,被告を被告人とする刑事手続において,控訴審判決(乙1)は,被告指摘のとおりの説示(「被害者側に全く落ち度がないとまではいえない」)をしたものと思われる。
しかしながら,前判示のとおり,①被告は,前方注視義務という運転者にとって最も基本的な注意義務を怠って,本件事故を発生させたこと,②Dが佇立していた位置が本件車両用通路の中央部分ではなく,しかも歩行者用誘導帯及び本件カート置き場近くであったこと(従って,大規模小売店に設置された大規模駐車場を利用する運転者としては,歩行者の通行を予想して運転をしなければならなかったにもかかわらず,被告は,衝突し轢過するまでDに気付いておらず,被告の前方不注視の程度には大きなものがあると考えられること),③被告は,本件事故当時,運転免許停止中であったこと等の諸事情が認められることからすると,D,原告A又は原告Bに何らかの落ち度を観念することができるとしても,法の基礎をなす衡平の観点からすれば,本件においてD及び原告らの損害額を算定するにあたって,過失相殺減額を行うことは相当でないものというべきである。
3 争点(2)について
(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲26,29ないし31,34ないし36,証人I)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,本件事故を目撃したことによりPTSDに罹患し,原告B及び原告Cは,本件事故後のDの変わり果てた姿を目の当たりにして,原告BはPTSDに罹患し,原告Cは神経症,睡眠障害,情緒障害等の精神疾患に罹患したたものと認められ,これを覆すに足りる証拠はない(被告は,原告らが本件事故により精神疾患に罹患したことにつき,抽象的に争うだけで,具体的な反論,反証を行っていない。)。
(2) しかしながら,原告らは,本件事故が発生した際,本件不法行為の直接の被害者であるDの近くで,本件事故を目撃し,あるいは本件事故後のDの変わり果てた姿を目の当たりにしているものの,本件事故に直接巻き込まれたものではなく,本件不法行為の直接の被害者ではないから,原告らが精神疾患に罹患したことによる損害は,本件事故による損害とみることはできない(そこで,後に説示するとおり,民法711条の趣旨にしたがい,原告らが精神疾患に罹患したことを,近親者固有の慰謝料の額を算定するにあたって斟酌することとする。)。また,同様の理由から,原告Aが急性アルコール中毒に陥ったことによる損害も,本件事故による損害とみることはできない。
4 争点(3)について
(1) Dの損害
ア 治療関係費 5万1650円(当事者間に争いがない。)
イ 逸失利益 3026万6379円
Dは,本件事故当時8歳の男子であったから,将来の逸失利益を算定するにあたっては,基礎収入としては平成16年の産業計・企業規模計・学歴計・男性労働者の平均賃金(年542万7000円)を用いるのが相当である。そして,生活費控除率は50パーセント,就労可能期間は18歳時から67歳時までとみるのが相当であるから,Dの逸失利益は,上記の金額となる。計算式は,542万7000円×0.5×(18.8757〔59年に対応するライプニッツ係数〕-7.7217〔10年に対応するライプニッツ係数〕)=3026万6379円である。
ウ 慰謝料 2250万円
本件事故の態様,本件事故による重大な結果等諸般の事情を考慮すれば,本件事故によってDが被った精神的損害に対する慰謝料としては,上記金額を認めるのが相当である。なお,原告らは,懲罰的・制裁的慰謝料が認められるべきと主張するが,後に説示するとおり,原告らの主張を採用することはできない。
エ 合計 5281万8029円
(2) 原告Aの損害
ア 葬儀費用 150万円(当事者間に争いがない。)
イ 治療関係費・通院交通費・通院慰謝料 0円
前判示のとおり,原告AがPTSDに罹患したこと及び急性アルコール中毒に陥ったことによる損害である治療関係費,通院交通費,通院慰謝料を,本件事故による損害とみることはできない。
ウ 近親者慰謝料 300万円
本件事故の態様,本件事故による重大な結果のほか,原告Aが本件事故を目撃したことによりPTSDに罹患したこと等諸般の事情を考慮すれば,Dの死亡によって原告Aが被った精神的損害に対する慰謝料としては,上記金額を認めるのが相当である。
エ 小計 450万円
オ Dの損害(相続分) 2640万9014円
Dの受けた損害(5281万8029円)の2分の1にあたる2640万9014円(1円未満切り捨て)の損害賠償請求権を相続により承継した。
カ 弁護士費用 200万円
上記認定の損害額,本件訴訟の審理経過,原告Aが自賠責保険金を請求していないこと等を考慮すると,本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用相当額の損害としては,上記金額を認めるのが相当である。
キ 合計 3290万9014円
(3) 原告Bの損害
ア 治療関係費・通院交通費・通院慰謝料 0円
前判示のとおり,原告BがPTSDに罹患したことによる損害である治療関係費,通院交通費,通院慰謝料を,本件事故による損害とみることはできない。
イ 近親者慰謝料 300万円
本件事故の態様,本件事故による重大な結果のほか,原告Bが本件事故後のDの変わり果てた姿を目の当たりにしたことによりPTSDに罹患したこと等諸般の事情を考慮すれば,Dの死亡によって原告Bが被った精神的損害に対する慰謝料としては,上記金額を認めるのが相当である。
ウ 小計 300万円
エ Dの損害(相続分)2640万9014円
Dの受けた損害(5281万8029円)の2分の1にあたる2640万9014円(1円未満切り捨て)の損害賠償請求権を相続により承継した。
オ 弁護士費用 180万円
上記認定の損害額,本件訴訟の審理経過,原告Bが自賠責保険金を請求していないこと等を考慮すると,本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用相当額の損害としては,上記金額を認めるのが相当である。
カ 合計 3120万9014円
(4) 原告Cの損害
ア 治療関係費・通院交通費・通院慰謝料 0円
前判示のとおり,原告Cが神経症,睡眠障害,情緒障害等の精神疾患に罹患したことによる損害である治療関係費,通院交通費,通院慰謝料を,本件事故による損害とみることはできない。
イ 近親者慰謝料 150万円
本件事故の態様,本件事故による重大な結果のほか,原告Cが本件事故後のDの変わり果てた姿を目の当たりにしたことにより精神疾患に罹患したこと等諸般の事情を考慮すれば,Dの死亡によって原告Cが被った精神的損害に対する慰謝料としては,上記金額を認めるのが相当である。
ウ 小計 150万円
エ 弁護士費用 15万円
上記認定の損害額,本件訴訟の審理経過等を考慮すると,本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用相当額の損害としては,上記金額を認めるのが相当である。
オ 合計 165万円
(5) 懲罰的・制裁的慰謝料について
ア 原告らが主張するところは,原告らが実際に被った損害以上の賠償(いわゆる懲罰的損害賠償)が認められるべきというものである。しかしながら,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり(最高裁大法廷平成5年3月24日判決・民集47巻4号3039頁参照),加害者に対する制裁や,将来における同様の行為の抑止,すなわち一般予防を目的とするものではなく,加害者に対して損害賠償義務を課することによって,結果的に加害者に対する制裁ないし一般予防の効果を生ずることがあるとしても,それは被害者が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたことの反射的,副次的な効果にすぎず,加害者に対する制裁及び一般予防を本来的な目的とする懲罰的損害賠償の制度とは本質的に異なるというべきである。したがって,不法行為の当事者間において,被害者が加害者から,実際に生じた損害の賠償に加えて,制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは,上記の不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであるから(最高裁第二小法廷平成9年7月11日判決・民集51巻6号2573頁参照),懲罰的損害賠償を認めることはできないものといわざるを得ず,原告らの主張を採用することはできない。
イ なお,原告らは,損害賠償命令制度の創設によって,不法行為に関する民刑の峻別があいまいになりつつあり,懲罰的・制裁的慰謝料を認容できる法環境も整ってきていると主張するが,損害賠償命令制度は,犯罪被害者救済の観点から,被害者が,刑事裁判の結果を利用し,簡易・迅速な手続により損害賠償を受けることを可能にするためのものであり,被告人に対して制裁・懲罰を与えることを目的とするものではないから,原告らの主張を採用することはできない。
第4結論
以上の次第で,原告Aの請求は,被告に対し3290万9014円及びこれに対する不法行為の日である平成16年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,原告Bの請求は,被告に対し3120万9014円及びこれに対する不法行為の日である平成16年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,原告Cの請求は,被告に対し165万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 井田宏 裁判官 中嶋謙英)
(別紙関係の添付は省略)