京都地方裁判所 平成18年(ワ)2623号 判決 2007年10月26日
主文
1 被告は,原告に対し,311万5128円及びこれに対する平成15年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,936万8911円及びこれに対する平成15年10月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,原告が,被告は原告外1名所有地と位置指定道路との間に被告の管理する土地が存在するとの事実と異なる説明をした上,被告が管理すると称する土地上にブロック塀を設置し,原告外1名の土地分譲計画を妨げようとしたため,原告は後記第4の3記載の損害を被ったとして,被告に対し,不法行為に基づき,損害金合計936万8911円及及びこれに対する不法行為の日である平成15年10月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。以下,特に断らない限り,月日は平成15年のものである。)
(1) 原告は,5月14日,国(近畿財務局京都事務所が担当)から,京都市左京区a町b町15の土地(817.59平方メートル)を代金1億2352万円で購入した。同土地の物件調書には,接面道路の状況として,「北東側 舗装私道 幅員約6.0m(法第42条第1項第5号道路)」との記載があった。
(2) 原告は,6月12日,上記京都市左京区a町b町15の土地から同所b町16の土地を分筆し(以下,分筆後の同所b町15の土地を「b町15の土地」といい,所在を京都市左京区a町とするその余の土地についても同様に表記することとする。また,b町15の土地とb町16の土地を合わせて呼称するときは,「本件土地」という。),b町16の土地を,株式会社甲設計(以下「甲設計」という。)に譲渡した(日付につき,甲25)。
(3) 6月12日時点における本件土地と周辺土地の位置関係は,別紙1図面のとおりであり,本件土地の北東側には,本件土地に接して,被告所有のc町42の土地及びc町22の土地(以下,c町42の土地とc町22の土地のうち本件土地とc町6の土地に挟まれた東西に延びた土地部分とを,合わせて「本件北東土地」という。)が存在し,本件北東土地は,その全体が道路として使用されており,本件北東土地の北側部分は,京都市乙市営住宅の敷地となっている。
(4) 原告及び甲設計は,被告から建築確認を得て,原告がb町15の土地上に,甲設計がb町16の土地上に,それぞれ建物を建築して,これらの土地建物を分譲しようとしたが,被告は,8月17日までに,原告に対し,本件土地と本件土地の北東側の位置指定道路(以下「本件位置指定道路」という。)との間には被告が管理する土地が存在する旨指摘した。
(5) これに対し,原告は,9月5日ころ,被告に対し,建築基準法42条1項本文にいう「幅員」には側溝を含むと考えられており,建築基準法施行令144条の4第1項5号は,位置指定道路の基準として「道及びこれに接する敷地内の排水に必要な側溝,街渠その他の施設を設けたものであること」を要求していることから,側溝部分が本件位置指定道路と独立した別個のものと考えることは困難であり,道路位置指定の申請図面に,側溝についても明示されており,側溝部分を除いた部分の幅員の数字も記載されているなら,側溝部分を含めて位置指定されていると解すべきであるとして,本件土地が本件位置指定道路に接している旨記載したA弁護士作成の「見解書」と題する書面を交付した(甲27)。
(6) しかし,被告は,上記「見解書」の提出後もその見解を変更せず,10月28日ころ,原告に対し,本件土地と本件位置指定道路の間に,被告が管理する土地があること,同土地を保全するために囲障設置工事を行うことを通知するとともに,11月7日,本件土地と接する本件北東土地上に二段積みブロック(以下「本件ブロック」という。)を設置した。このため,本件土地から本件北東土地への通行ができない状態となった。
(7) 原告及び甲設計は,被告が本件ブロックを設置する実力行使に出たことにより,本件土地の分譲計画が遂行できなくなったため,12月9日,国に対し,本件土地と本件位置指定道路との接道状況に関する説明や,その根拠となる資料の提供を求めたが,国は,同月15日ころ,原告及び甲設計に対し,本件土地の一部について,位置指定道路を接面道路として建築基準法6条の2第1項の規定による確認が下りていることを根拠として,本件土地が本件位置指定道路に接面している旨回答した(甲35)が,他に根拠は示さず,資料の提供もしなかった。
(8) 原告は,上記(7)の国からの回答を受けて,被告との間で,本件土地と本件位置指定道路の接道状況につき協議したが,被告は,その際も,本件北東土地と本件土地との境界線は本件北東土地の南側側溝の南端であるが,本件北東土地内にある本件位置指定道路の幅員の始点は本件北東土地の北側側溝の道路側内面であり,終点は始点から5.5mの位置にあるので,本件北東土地の幅員が実際には5.9mあることからすると,本件土地と本件位置指定道路の間には被告が管理する土地が存在するとの見解を維持した。
(9) このため,原告及び甲設計は,被告の見解に従わざるを得ないと判断し,原告,甲設計及び被告は,本件北東土地の道路幅員が6mになるように,原告及び甲設計がそれぞれ被告に対し本件土地の一部を寄付し,原告が土地分筆費用及び本件北東土地の南側側溝の移動費用等を負担することにより,本件位置指定道路の幅員を実際の道路幅員に合致させ,本件土地が本件位置指定道路に接道できるようにすることで合意し,原告及び甲設計は上記寄付をし,原告は上記費用を負担した。
(10) 原告は,平成16年8月20日,国に対し,本件土地と本件位置指定道路の接道状況に関する国の説明義務違反を理由に,損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起し(同裁判所平成16年(ワ)第9537号損害賠償請求事件以下,「前訴」という。),平成17年2月16日には,被告に対し,訴訟告知をしたところ,被告は,同年3月24日,原告に補助参加した。
(11) 大阪地方裁判所は,平成17年11月10日,本件土地は本件位置指定道路に接面しているとして,原告の請求を棄却する旨の判決をし,同判決は確定した。
第3争点
1 被告の過失の有無
2 因果関係の有無
3 損害の発生の有無及びその額
第4当事者の主張
1 被告の過失の有無(争点1)について
(原告の主張)
(1) 本件北東土地について,道路位置指定を申請したのは被告と考えられ,かつ,同土地について道路位置指定処分を行った(以下「本件道路位置指定」という。)のも被告であるから,被告が本件道路位置指定に関する情報をすべて保管していること,位置指定道路の範囲は,土地の外形から必ずしも明らかではないこと,道路位置指定に関する情報は,土地の価格に決定的な影響を与えること,被告は,地方公共団体として,市民から職務執行の正確さ及び公正さに対して大きな信頼を受けていること,地方自治法10条2項によれば,住民は,法律の定めるところにより,その属する地方公共団体の役務の提供を等しく受ける権利を有する旨定められていることから,道路位置指定処分をなす被告には,位置指定道路の場所及び範囲に関する情報を管理する義務並びに位置指定道路の場所及び範囲について市民からの問い合わせに正確に回答・報告する義務がある。そして,その回答・報告義務の前提として,被告には,位置指定道路の場所及び範囲について調査する義務がある。
(2) 被告は,上記(1)記載のとおり,位置指定道路に関する調査報告義務があり,本件位置指定道路の位置指定図(甲66)(以下「本件位置指定図」という。)には「幅員5.5M」という記載がある一方で,本件北東土地の幅員は5.9mであるから,本件位置指定道路の範囲を調査し,その正確な範囲を原告に報告すべき義務があった。そして,実際には,本件土地と位置指定道路の間には位置指定を受けていない土地など存在せず,本件土地は本件位置指定道路に接面していたにもかかわらず,被告は,必要な調査を行わず,以下のとおり誤った判断をして,上記第2の2(6)記載のとおり,10月28日ころ,原告らに対し,本件土地と本件位置指定道路の間には位置指定を受けていない土地が存在する旨報告し,11月7日には,本件土地と本件北東土地の境界線上に本件ブロックを設置して,本件土地から本件北東土地への通行ができない状態にした。
ア 本件位置指定図には,「指定道路南側境界線上にはコンクリート製杭を持って明示してある」旨の記載があり,実際に,本件北東土地とb町15の土地との境界にコンクリート製杭が存在した(以下,同コンクリート製杭を「本件コンクリート杭」という。)。そうすると,本件コンクリート杭は,位置指定道路の南側の境界線を示すものと考えるのが自然であり,これと異なる判断をするのであれば,本件位置指定図に記載されたコンクリート杭が別に存在することや,本件コンクリート杭の設置された時期,設置者などを調査して,本件コンクリート杭が本件位置指定図に示されたコンクリート製杭でないことを積極的に調査すべきであったのに,被告は,このような調査を怠り,本件コンクリート杭が本件道路位置指定がなされた昭和27年1月21日当時に設置されたものでないとした。
イ 工事には誤差がつきものであるから,観念上の幅員が完全に工事によって再現されることはあり得ない。そうすると,道路の幅員を外形的に明示する存在こそが重要となるところ,本件北東土地の北側及び南側には側溝があるから,両方の側溝をもって,道路の幅員を明示したものと考えるのが自然であり,これと異なる判断をするのであれば,南北それぞれの側溝の,設置時期やその後の位置変更の有無等を調査して,南側側溝が本件位置指定道路の幅員を示すものでないことを積極的に調査すべきであったのに,被告はこのような調査を怠り,観念上の幅員を採用した。
ウ 本件位置指定図には,側溝の内側から道路中心部まで2.25mという記載がある一方で,「幅員5.5M」という記載もあり,矛盾する点があったのに,被告は,漫然と観念上の幅員を採用した。
エ 建築基準法施行令144条の4第1項5号によれば,「幅員」には側溝が含まれるところ,被告は,これを考慮せずに漫然と,観念上の幅員を本件北東土地の北側側溝の内側から当てはめた。
(被告の主張)
(1) 原告の主張事実は否認し,法的評価は争う。
(2) 一般に,道路位置指定に関する情報は,当該位置指定処分を行った特定行政庁が保有しており,本件道路位置指定処分がなされた昭和27年1月21日当時は,京都府知事が特定行政庁であった。昭和31年ころ,道路位置指定処分の権限は,京都市長に委譲されたが,特定行政庁は,申請受付時に図面の提出を受け,道路位置指定処分を行った上で,道路位置指定図を備え,情報提供を行うのであるから,被告が提供する情報は,道路位置指定図に記載されているものに限られ,被告には,それ以上に調査する義務はない。
(3) 被告は,以下の判断過程を経て,本件位置指定図の記載に従い,本件北東土地の北側側溝の内側を始点として,そこから5.5mの位置を本件位置指定道路の南側境界と考え,本件北東土地の幅員が実際には5.9mあったことから,本件位置指定道路が本件土地に接道していないと判断したのであり,この判断は合理的であって,被告には,何ら説明義務違反はない。
ア 本件位置指定図には,「指定道路南側境界線上にはコンクリート製杭を持って明示してある」との記載があるが,被告が境界を示す杭を設置するのであれば,境界を示す矢印が被告の所有地内に本件土地に向いた形で設置するはずであるのに,本件コンクリート杭は境界を示す矢印が本件土地内に本件北東土地に向いた形で設置されていた。また,本件コンクリート杭は,その劣化の程度からして,本件道路位置指定がなされた昭和27年1月21日当時に設置されたものとは認め難かった。このため,被告は,本件コンクリート杭は本件位置指定図にいうコンクリート製杭には該当しないと判断した。
イ 本件北東土地の北側側溝は,材質及び幅員が位置指定道路に接続している南北の在来道路の側溝と同様であるので,本件道路位置指定がなされた昭和27年1月21日当時の原形を残していることが確実であった。他方,本件北東土地の南側側溝は,在来道路の側溝に比べて幅が若干広く,比較的整ったものであり,その劣化の程度は,北側側溝及びこれに接続するc町22の土地の南北の道路の側溝と比較して明らかに少なかったため,昭和27年1月21日当時に設置されたものとは認め難かった。このため,被告は,本件位置指定道路の範囲を決定するに当たって,本件北東土地の南側側溝を基準とすることはできないと判断した。
ウ 本件位置指定図には,側溝内側から道路中心部まで2.25Mという記載がある一方で,「幅員5.5M」という記載もあるが,これについては,本件位置指定図の側溝の詳細図は,側溝を造成するに当たっての設計図であり,位置指定に関する情報とは異なって,誤った記載がなされることもあり得た。したがって,被告は,2.25Mの記載は誤った記載であると判断した。
エ 被告においては,平成15年当時は,位置指定道路の所有者が,自らの土地を提供して,道路として認定された範囲よりも広い道路を建設する事例があり,その場合には,指定幅のみが位置指定道路の範囲となることから,位置指定道路の観念上の幅員と実際の幅員が異なっていた場合には,観念上の幅員を採用する運用がなされていた。また,建築基準法施行令144条の4第1項5号によれば,「幅員」には側溝が含まれるとされているが,同施行令は,本件道路位置指定がなされた昭和27年1月21日当時は制定されておらず,現実には,建物の敷地となっていない箇所については側溝を設置していない例も多数あった。このため,被告は,「幅員」に側溝が含まれるという判断を採用しなかった。
オ 道路位置指定の申請書には,指定を受けようとする道路の敷地となる土地の所有者及びその土地又はその土地にある建築物若しくは工作物に関して権利を有する者の承諾書を添付することとされている。したがって,被告は,申請者及び関係権利者の同意を得ないで,勝手に,道路位置指定図に記載された事項を超えて位置指定道路の範囲を決めることは許されなかった。
(4) 被告が本件ブロックを設置したのは,以下のとおり,正当な理由に基づくものである。
ア 原告及び甲設計は,被告と位置指定道路の範囲について交渉中であったにもかかわらず,10月14日,一方的に,本件土地上に建築工事を開始した。
イ このため,被告は,このまま上記建築工事を放置すれば,原告及び甲設計により,本件北東土地のうち位置指定を受けていない道路部分が勝手に使用されることになるので,これを保全するために,原告及び甲設計に対し,本件土地と本件北東の土地の境界線上に何らかの囲障工事を実施する旨を通知した。
ウ しかし,原告及び甲設計は,本件土地における建築工事を中止せず,10月28日には,棟上げが完成した状態になったことから,被告は,上記の位置指定を受けていない道路部分を保全するために,やむを得ず,本件ブロックを設置した。
2 因果関係の有無(争点2)について
(原告の主張)
原告は,本件土地を分譲する計画で,国から同土地を購入したが,同土地を区画分筆して建売住宅を販売するには,建物建築に関する建築確認を取得する必要があり,そのためには,同土地が建築基準法上の道路に接していなければならない。しかし,被告は,上記第2の2(6)記載のとおり,本件土地と位置指定道路との間には,道路指定を受けていない土地があるという判断を示し,本件土地の北東側に本件ブロックを設置したため,原告及び甲設計は,本件土地上に建物を建築することができなくなった。このため,原告は,本件土地への投下資本を回収するために,やむなく,上記第2の2(8)及び(9)記載のとおり,被告と調整を計り,本件土地の一部を寄付したり,費用を負担して側溝工事を行ったりし,上記第2の2(10)記載のとおり,国に対する前訴の提起及びその準備のために鑑定を実施したのであるから,被告の上記1記載の不法行為と後記3記載の損害の発生との間には因果関係がある。
(被告の主張)
(1) 原告の主張事実は否認する。
(2) 原告及び甲設計が,上記第2の2(9)記載のとおり,本件土地の一部を被告に寄付し,費用を負担して側溝を移設したのは,原告及び甲設計が,被告及び国双方の見解を踏まえて,被告の説明内容に納得し,被告と協議するという判断に達したからであり,原告の自由意思に基づくものであって,被告が強制したからではない。また,本件土地の西側は,川端通りに接しているため,原告及び甲設計は,川端通りと接する箇所から位置指定道路を築造すれば,建物敷地として使用できる面積は小さくなるにしても,本件土地において事業を行うことは可能である。したがって,因果関係はない。
(3) 原告が,上記第2の2(10)記載のとおり,国に対し前訴を提起した点についても,上記(2)と同様に因果関係はない。
3 損害の発生の有無及びその額(争点3)について
(原告の主張)
原告は,被告の上記1記載の不法行為により,次のとおり,合計936万8911円の損害を被った。
(1) 上記第2の2(9)記載の原告及び甲設計と被告との間の合意を実行したことによる損害 合計244万9171円
原告が甲設計に対するb町16の土地の売主であることから,以下の費用や本件土地に係る土地の減価は,すべて原告が負担した。
ア 被告に本件土地の一部を寄付するための分筆費用 25万0000円
イ 本件北東土地の南北の側溝を移動するための費用 165万0000円
ウ 被告に本件土地の一部を寄付したことによる本件土地の減価 合計23万4171円
(計算式)
123,520,000(購入価格)÷817.59(総面積)=151,078(1m2当たりの価格)
151,078×(0.84<原告が寄付した土地の面積>+0.71<甲設計が寄付した土地の面積>)=234,171(寄付による減価合計)
エ 本件土地に関する鑑定評価手数料 31万5000円
(2) 上記第2の2(10)記載の国に対する前訴提起のための費用 合計106万9740円
ア 印紙代 8万6000円
イ 郵券代 3740円
ウ 弁護士費用(着手金) 98万0000円
(3) 慰謝料 500万0000円
原告は,被告の一貫しない対応,誤った判断,強硬な対応に翻弄され,精神的苦痛を受けた。これに対する慰謝料額は500万円が相当である。
(4) 本訴提起の弁護士費用 85万0000円
(5) 上記(1)ないし(4)の損害の総合計 936万8911円
(被告の認否)
否認する。
第5当裁判所の判断
1 認定事実
第2の2の事実に,証拠(甲1,30,36,37,42ないし48,55ないし64,66,81ないし85,88,89,92ないし96,乙1,3ないし5)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 本件位置指定図について
昭和27年1月21日,本件道路位置指定処分がなされ,同処分の内容を示すものとして,本件位置指定図が作成された。本件位置指定図は,本件北東土地の北側に所在する京都市乙市営住宅の工事設計図の青焼きの複写を基に,その上に,別紙2のとおり記載され,朱色の線をもって指定道路の巾の境界線が示されたほか,以下の事項を手書きで加筆する形で作成された。
ア 地目 道路指定申請地は畑地
イ 土地所有者 京都市長 B
ウ 道路延長 23m
エ 道路幅員 5.50m
オ 道路境界線の表示方法 側溝による
(2) 建築基準法施行令等について
ア 建築基準法施行令144条の4第1項5号は,位置指定処分の対象とする基準として,「道及びこれに接する敷地内の排水に必要な側溝,街渠その他の施設を設けたものであること」と規定している。
イ 昭和27年当時,建築基準法施行令144条の4第1項5号は,制定されていなかったが,側溝は道路の幅員に含まれるとした行政実例(昭和27年住指発第1280号)があった。
(3) 平成15年当時の本件北東の土地の現況について
ア 本件北東土地の現況は道路であり,その北側部分には,同土地上に,同土地とc町6の土地との境界線に沿って側溝が存在し,本件北東土地の南側部分には,同土地上に,同土地と本件土地との境界線に沿って側溝が存在した。南北両側の側溝部分を含め,本件北東土地の幅員は5.9mであった。
イ 本件土地と本件北東の土地との境界線付近には,c町21の土地とc町22の土地との南北の境界線と,c町22の土地とb町15の土地の境界線とが交わる地点に,本件コンクリート杭が存在したが,ほかには,位置指定道路の南側境界線を示すコンクリート製杭は存在しなかった。
(4) 当事者等の交渉経緯等について
ア 原告は,8月13日,当時,開発許可及び位置指定道路を所管していた被告都市計画局都市景観部開発指導課(以下「開発指導課」という。)に対し,本件土地が本件位置指定道路に接道するとした開発行為の申請書を提出した。
イ 開発指導課は,本件位置指定図に記載されている道路幅員を5.5mとする記載と,上記アの開発申請に記載された道路幅員5.9mとが異なっていたことから,本件位置指定道路を管理していた被告都市計画局住宅室住宅管理課(以下「住宅管理課」という。)に対し,接道に関する照会を行った。
ウ 住宅管理課は,開発指導課から本件位置指定図の写しを入手した上で,本件北東土地を実測し,現状の道路幅員が5.9mであることを確認するとともに,本件北東土地の北側及び南側の側溝の状況や,コンクリート製杭の有無を調査した。その結果,当時存在した南側側溝が本件道路位置指定処分がなされた当時から移設された形跡は見い出せず,c町21の土地とc町22の土地との南北の境界線と,c町22の土地とb町15の土地の境界線とが交わる地点に,本件コンクリート杭が存在したが,道路境界明示以外に本件コンクリート杭の設置が必要となるような事情も見い出せなかったし,ほかには,本件位置指定道路の南側境界線を示すコンクリート製杭も見い出せなかった。
エ しかし,住宅管理課は,上記ウの調査の結果によっても,①本件位置指定図の道路幅員5.5mとの記載と,実際の幅員5.9mとが異なっており,②本件北東土地の周辺に本件コンクリート杭が存在していたが,同杭は本件北東土地上ではなく,本件土地内に設置されており,境界を示す矢印が本件北東土地の方に向いた形で表示されていたことから,本件コンクリート杭は被告が設置したとは考えられないとし,③本件北東土地の北側側溝は,これとc町6の土地の南東角で接続している,南北方向の側溝と,幅員,形状,劣化の具合ともに同一のものであり,京都市乙市営住宅の入居状況と併せて考えると,当初から設置されたものであると判断するのが妥当であり,④位置指定図に表示された道路幅員が実際の幅員と異なる場合には,位置指定図に表示された幅員を採用するのが相当であるとして,本件位置指定道路は本件土地に接道していないと判断し,開発指導課に対し,その旨伝えた。
オ 開発指導課は,上記エの住宅管理課の判断を踏まえ,8月17日までに,原告に対し,本件土地と本件位置指定道路の間に,道路指定を受けていない土地がある旨の判断を伝え,開発行為の中止を求めた。
カ このため,原告の取締役で甲設計の代表取締役でもあるCが8月18日に,原告の販売代理店である株式会社丙住宅販売のD及び丁登記測量事務所のEが,同月20日,同月21日及び同月26日に,それぞれ住宅管理課に赴き,住宅管理課職員との間で,本件土地が本件位置指定道路に接しているか否かについて協議を重ねたが,住宅管理課は,本件土地が本件位置指定道路に接道していないという判断を変更しなかった。
キ 原告は,9月5日,被告に対し,上記第2の2(5)記載のとおり,A弁護士作成の「見解書」を示して,本件土地が本件位置指定道路に接している旨を通知したところ,これに対し,住宅管理課は,本件位置指定道路が本件土地に接道していないという従前の判断に変更がない旨を返答した。
ク これに対し,甲設計は,既にb町16の土地のうち2区画を売却しており,既に2棟の建物の建築工事を開始していたことから,原告及び甲設計は,本件土地上の建築工事を中止すれば多大な損失を被ることになるとして,住宅管理課の指導に従うことなく,建物建築工事を続行した。
ケ 住宅管理課は,10月14日,原告及び甲設計が本件土地で建物建築工事を続行していることを確認し,このまま原告及び甲設計による建物建築工事の続行を許せば,原告及び甲設計に,本件土地と本件位置指定道路の間に存在する,道路指定を受けていない土地を勝手に使用されてしまうことになると考え,この道路指定を受けていない土地を保全する必要があると判断して,10月28日ころ,Cに対し,本件土地と本件北東土地との境界上に囲障工事を実施する旨を通知したが,原告及び甲設計は,建物建築工事を中止しなかったので,被告は,11月7日,本件ブロックを設置した。
コ 被告が本件ブロックの設置という実力行使に出たため,11月11日に,Dと,原告及び甲設計から依頼を受けた戊建設協同組合理事長のFが,同月12日には,Fが,同月20日には,D,C及びF外1名が,12月1日及び同月5日には,F外1名が,住宅管理課に赴き,本件ブロックの設置及び本件位置指定道路の範囲について,住宅管理課職員と協議をしたが,住宅管理課は,本件土地が本件位置指定道路に接道していないという従来からの判断を変更しなかった。
サ 原告及び甲設計は,これらの協議を経ても,住宅管理課が判断を変更せず,他方,本件土地の売主である国は,本件位置指定道路への接続について明確な根拠を示さなかったため,本件土地を区画分筆して建売住宅を販売するには,建物建築に関する建築確認を取得する必要があり,そのためには,本件土地が建築基準法上の道路である本件位置指定道路に接している必要があるところ,このままでは,原告及び甲設計の土地分譲計画が頓挫し,本件土地の購入資金を回収できなくなるなど,多額の損失を被ってしまうことを恐れた。このため,原告及び甲設計は,被告の判断に従わざるを得ないと考え,平成16年1月20日ころ,被告との間で,本件北東土地の現状の道路幅員が6mになるようにするために,原告及び甲設計がそれぞれ本件土地の一部を被告に寄付するとともに,そのための本件土地の分筆費用や本件北東土地の南側側溝の移動費用などを原告が負担することとして,本件位置指定道路の幅員を実際の幅員に併せて変更し,本件土地が本件位置指定道路に接道できるようにすることで合意した。
シ 原告は,上記合意を履行するために,平成16年7月までに,本件土地の一部を分筆するための調査測量及び登記手続についての土地家屋調査士に対する報酬等25万円,本件北東土地の南側側溝移転のための工事代金165万円を支払い,b町16の土地の売主であることから,甲設計との間で,上記報酬等,代金,後記スの土地の減価及び後記セの鑑定費用全部を原告が負担する旨の合意をした。
ス また,原告及び甲設計は,平成16年3月4日,被告に対し,上記土地を寄付した。国からの購入代金に,上記寄付をした土地の本件土地全体に対する面積割合を乗じると,上記寄付をした土地の価格は23万4171円となる。
セ そして,被告の主張によれば,原告は国から本件位置指定道路に接道していないにもかかわらず,接道しているものとして本件土地を買い受けたことになるから,原告は,国を相手方として,本件土地と本件位置指定道路の接道状況に関する国の説明義務違反を理由に,損害賠償請求訴訟を提起することとし,平成16年7月27日,接道していない場合のb町15の土地の価格について鑑定料31万5000円を支払って不動産鑑定を得た上,同年8月20日,これを基に,大阪地方裁判所に対し,国を相手方として,前訴を提起し,そのための印紙代8万6000円,郵券代3740円,弁護士費用(着手金)98万円を負担した。
2 被告の過失の有無(争点1)について
(1) 上記1の認定事実によれば,本件は国家賠償法1条1項が適用されるべき事案であるところ,原告は,民法709条に基づく請求をするが,国家賠償法1条1項の要件事実についても主張されているから,以下,同法1条1項によって判断する。
前訴において,被告は,原告から,訴訟告知を受け,原告に補助参加したが,大阪地方裁判所は,本件土地は本件位置指定道路に接面しているとして,原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は確定したから,原告と被告の間には,本件土地は本件位置指定道路に接面している旨の前訴の判断につき,民事訴訟法46条本文の参加的効力が生じるところ,本件位置指定図には,「道路境界線の表示方法 側溝による」と記載されており,同記載に照らすと,本件位置指定道路と指定外土地との境界は側溝によって現場で表示されているとみるほかなく,当時側溝は道の幅員に含まれるとした行政実例が存在したことをも勘案すると,本件北東土地に係る位置指定道路の両側には側溝があり,二つの側溝で画された範囲をもって位置指定道路としたとみるのが相当であり,平成15年当時存在した南側側溝が本件道路位置指定処分がなされた当時から移設された形跡は見い出せなかったほか,本件位置指定図には,「指定道路南側境界線上にはコンクリート製杭を以て明示してある」との記載があり,c町21の土地とc町22の土地との南北の境界線と,c町22の土地とb町15の土地の境界線とが交わる地点には,本件コンクリート杭が存在したが,道路境界明示以外に本件コンクリート杭の設置が必要となるような事情も見い出せなかったし,ほかには,本件位置指定道路の南側境界線を示すコンクリート製杭も見い出せなかったのであるから,被告は,上記の本件位置指定図の記載及び現場の状況から,本件土地は本件位置指定道路に接面していると判断すべきであったのであり,本件土地と本件位置指定道路との間には被告の管理する土地があると判断し,同土地を保全するため,原告及び甲設計に対し,建築工事の中止を求め,本件ブロックを設置して,原告及び甲設計の土地開発計画を妨害した被告の担当者の行為には,過失があり,その行為は,公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて,行われたというべきである。
(2) これに対し,被告は,被告が提供する情報は道路位置指定図に記載されているものに限られ,それ以上調査する義務を負わないし,本件位置指定図に道路幅員が5.5mと記載されており,被告の判断は合理的であると主張する。しかし,本件位置指定図の記載を前提としても,上記(1)説示のとおり被告の判断には過失があると認められるし,道路の幅員には計測地点によってある程度の誤差が生じ得るものであり,位置指定処分をするに際してその範囲を幅員によって決定し,それを超えた部分には位置指定処分が及ばないとすることは,道路位置指定の趣旨を没却することになりかねないから,被告の判断は合理性を欠くといわざるを得ない。
また,被告は,本件ブロックの設置は,本件北東の土地のうち,位置指定道路とされていない部分を保全するため,やむを得ず行われたものであって,不法行為を構成するものではないと主張する。しかし,原告及び甲設計の財産上の利益を具体的・現実的に侵害する可能性を生じさせてまで,位置指定道路とされていないと被告が主張する部分を保全する必要性・緊急性があったとは言い難く,被告の国家賠償責任を否定する理由にはならない。
したがって,被告の主張は理由がない。
3 因果関係の有無(争点2)並びに損害の発生の有無及びその額(争点3)について
(1) 第2の2の事実及び上記1の認定事実によれば,原告は,上記2説示の過失行為により,本件土地が本件位置指定道路に接道していれば本来負担する必要のない本件土地の一部を分筆するための調査測量及び登記手続についての土地家屋調査士に対する報酬等25万円,本件北東土地の南側側溝移転のための工事代金165万円を支払い,土地を寄付して,その価格23万4171円の損害を被ったほか,国を相手方として,本件土地と本件位置指定道路の接道状況に関する国の説明義務違反を理由に,本件土地が本件位置指定道路に接道していれば本来提起する必要がない前訴を提起し,印紙代8万6000円,郵券代3740円,弁護士費用(着手金)98万円を負担し,前訴を提起するために,接道していない場合のb町15の土地の価格について不動産鑑定を行い,鑑定料31万5000円を支払ったと認められ,これらの支出及び寄付は上記過失行為と相当因果関係がある原告の損害というべきである。
(2) これに対し,被告は,原告及び甲設計が本件土地の一部を被告に寄付し,費用を負担して側溝を移設したのは,原告及び甲設計が被告及び国双方の見解を踏まえて被告の説明内容に納得し,被告と協議するという判断に達したからであり,原告の自由意思に基づくものであって,被告が強制したからではないと主張するが,被告は,地方公共団体であって,道路位置指定処分の権限を有しており,原告及び甲設計は,そのような立場にある被告が本件ブロックを設置するとの実力行使に出たため,被告の判断に従って寄付や移設等をしたものであって,最終的には原告の自由意思によるものではあるとしても,なお,これらの損害は,上記過失行為と相当因果関係があるというべきである。また,被告は,本件土地の西側は,川端通りに接しているため,原告及び甲設計は,川端通りと接する箇所から位置指定道路を築造すれば,建物敷地として使用できる面積は小さくなるにしても,本件土地において事業を行うことは可能であるとも主張するが,原告及び甲設計が理由もないのに被告に計画を縮小することを強いられる理由はないから,同主張も理由がない。
(3) このほかに,原告は,慰謝料の支払を求めるが,上記財産上の損害が賠償されることにより原告のすべての損害が填補されるというべきであるから,原告の同支払請求は理由がない。
(4) 以上によれば,原告の損害額は合計351万8911円となるが,本件位置指定図の記載及び現場の状況からすれば,本件土地は本件位置指定道路に接面していると判断することが可能であったのであり,そのように判断するについては,ほかに格別の専門知識等を要しないから,上記損害の発生には原告及び甲設計の過失もあったというべきであり,上記の本件位置指定図及び現場の状況に照らし,過失相殺としてその2割を減ずるのが相当であるから,原告は,281万5128円(円未満切り捨て)の限度で賠償を求めることができる。
(5) そして,本訴の審理経過,本訴請求の内容,認容額,その他本件証拠から認められる一切の事情を斟酌すると,本訴提起と相当因果関係がある弁護士費用の額は,30万円とするのが相当である。
(6) また,原告は,Cに対し本件土地と本件北東土地との境界上に囲障工事を実施する旨を通知した10月28日をもって不法行為が成立すると主張するが,同時点では原告及び甲設計の土地開発等の財産上の利益が侵害される危険性が具体化・現実化したとはいえず,被告が本件ブロックを設置した11月7日に国家賠償法1条1項の違法行為があったというべきである。
4 結語
以上の次第で,原告の本件請求は,被告に対し,損害合計311万5128円及びこれに対する違法行為の日である平成15年11月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 上田卓哉 裁判官 森里紀之)
(別紙の添付は省略)