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京都地方裁判所 平成18年(ワ)316号 判決 2008年9月18日

主文

1  被告は,原告らに対し,京都府向日市a町b番地において設置管理するA高等学校の第1校舎南側に設置したエアコン室外機から発する騒音を京都府向日市a町cの原告らが居住する居宅敷地内に,50デシベル(特定工場等において発生する騒音の規制に関する基準(昭和43年11月27日厚生省・農林省・通商産業省・運輸省告示1号)に定める測定方法による)を超えて到達させてはならない。

2  被告は,原告らに対し,各10万円を支払え。

3  原告らの被告に対する本件口頭弁論終結後の将来の不法行為に対する損害賠償請求を却下する。

4  原告らの被告に対する差止め請求のうちその余の部分及びその余の損害賠償請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  被告は,京都府向日市a町b番地において経営するA高等学校の第1校舎南側に設置したエアコン室外機のうち,別紙1の番号1ないし19記載の室外機を撤去せよ。

2  被告は,原告らに対し,金154万円を支払え。

3  被告は,原告らに対し,平成18年2月22日から上記各室外機撤去済みまで,1か月2万円の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告が設置管理する高等学校の隣地で居住している原告らが,同高校で使用しているエアコンの室外機から発せられる騒音が受忍限度を超えているとして,これらの室外機のうち原告方に近い19台の撤去を求めると共に,過去及び将来の騒音被害に対する慰謝料の支払を求めた事案である。

1  前提事実(争いがないか,各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる。)

(1)  当事者

ア 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い,仏教主義に基づき学校教育を行うことを目的とする学校法人であり,京都府向日市a町b番地にA高等学校(全日制普通科,通信制普通科,以下「被告高校」という)を設置管理している。(弁論の全趣旨)

イ 原告らは,夫婦であり,昭和37年ころから,被告高校敷地の南側に隣接する土地(京都府向日市a町c,以下「原告方敷地」という)上の2階建居宅(以下「原告方居宅」という)で居住している。昭和37年当時,既に原告方敷地北側には,被告高校が存在した。(原告甲,弁論の全趣旨)

(2)  原告方居宅と被告高校の校舎及びエアコン室外機との位置関係等

ア 被告高校敷地は,不整形な形状をしているが,南側境界線の一部は概ね直線であり(以下「南側境界線」という),その南側には10軒余の居宅が立ち並んでいる。南側境界線の北側に東西に長い4階建の校舎が建っている(「第1校舎」と呼ばれている)。第1校舎と南側境界線との間の空地部分の地上に,第1校舎で使用するエアコンの室外機56台(以下「本件各室外機」という)が並んで設置されている。(乙5)

イ 原告方居宅は,本件境界線の南側に立ち並ぶ居宅の1つであり,その中央付近に位置する。概ね南北に長い長方形の形状をしており,玄関は南側にある。被告高校に向かった北面には,1階にも2階にも窓がある。原告方敷地は,北側で約7.29メートルにわたって被告高校敷地と接している(南側境界線のうち,原告方敷地との境界を「本件境界線」という)。原告方居宅と本件境界線との距離は,東側で約0.65メートル,西側で約1.6メートルである。第1校舎と本件境界線との距離は,約7.68メートルである。(乙5,18,21)

ウ 本件各室外機は,4か所にまとめて設置されており,1か所毎の台数は,東側から,14台,20台,18台,4台である(以下,順に「第1グループ室外機」「第2グループ室外機」「第3グループ室外機」「第4グループ室外機」という)。第1及び第2グループ室外機は2列に,第3及び第4グループ室外機は1列に,いずれも第1校舎と平行に設置されている。原告方居宅の真北に第3グループ室外機の東側の6台が位置する。原告方居宅は,第2グループ室外機からも距離が近い。(乙5)

エ 第1ないし第4各グループ室外機の南側に防音壁が設置されている。本件境界線から防音壁までの距離は,約4.46メートルである。(乙5)

オ 本件各室外機は,騒音規制法2条1項の「特定施設」に該当し,被告高校は,同法2条2項の「特定工場等」に該当する。

(3)  本件騒音問題の経緯

ア 被告高校では,昭和63年ころ自習室等に,平成5年ころコンピューター室にそれぞれエアコンを設置したが,更に平成7年ころ,全教室にエアコンを設置した。その際,被告は,室外機を第1校舎南側の地上に並べて設置した。その理由は,第1校舎が,もともと3階建の建物を増築して4階建にしたものであって,屋上の強度が弱く,屋上にエアコン室外機を設置することができなかったこと,第1校舎は,南側に教室が,北側に廊下があり,北側地上に設置するには,配管のために梁に穴を貫通させる必要があるが,その場合,建物の強度を弱める結果になること,北側地上には,室外機を設置するスペースが乏しかったことにあった。(弁論の全趣旨)

イ 平成7年3月20日,被告は,向日市長に対し,騒音規制法6条に基づく特定施設の設置の届出をし,そのころ,第1校舎の全教室に設置したエアコンの運転を開始した。これらのエアコンは,夏場の冷房,冬場の暖房に運転された。原告らは,運転時に本件各室外機から発する騒音(以下「本件騒音」という)を大変苦痛に感じ,被告高校の職員に対して直接苦情を訴えたほか,次のような措置をとった。(乙12ないし17,弁論の全趣旨)

(ア) 平成8年7月ころ,向日市環境課に苦情を訴えた。

(イ) 平成9年6月ころ,向日市環境課に苦情を訴えた。

(ウ) 平成10年5月ころ,向日市に抗議をした。

(エ) 平成10年7月ころ,向日市の市会議員に苦情を訴えた。

(オ) 平成16年8月,向日市議会議長宛に,「平穏な住環境を取り戻すための陳情」をし,被告に対する行政指導を求めた。これについては,平成16年9月14日,同年12月10日,平成17年3月14日に開かれた建設環境常任委員会でいずれも継続審議となり,同年5月13日の同委員会で不採択とされた。なお,同年4月13日には向日市によって,現地で騒音測定がなされたが,その結果は,第1校舎のエアコン運転時に本件各室外機が発する騒音は,騒音規制法による規制値である50デシベルを超えていないとされた。

ウ 平成7年に第1校舎のエアコンの運転が開始された後,原告らから苦情が寄せられたこと,向日市からの指導があったこと等から,被告は,次のとおり,4度にわたって,防音壁設置工事をした。設置された防音壁(以下「本件防音壁」という)の配置図,平面図,立面図,断面図は,別紙2記載のとおりである。(乙5,弁論の全趣旨)

(ア) 第1回工事(平成7年8月)

次の防音壁を5か所に設置した。これに669万5000円を要した。

a 第1グループ室外機の南側に高さ2.55メートル,幅7.14メートルの防音壁(以下「防音壁A」という)

b 第2グループ室外機の南側に高さ2.55メートル,幅11.975メートルの防音壁(以下「防音壁B」という)

c 第3グループ室外機のうち,東側10台の南側に高さ約2.55メートル,幅8メートルの防音壁(以下「防音壁D」という)

d 第3グループ室外機のうち,西側8台の南側に高さ2.55メートル,幅7.14メートルの防音壁(以下「防音壁E」という)

e 第4グループ室外機の南側に高さ約2.05メートル,幅6.13メートルの防音壁(以下「防音壁H」という)

(イ) 第2回工事(平成8年1月)

防音壁Bと同Dの間隙部分に高さ約2.55メートル,幅8.154メートルの防音壁(以下「防音壁C」という)を設置した。これに67万8770円を要した。

(ウ) 第3回工事(平成10年7月)

防音壁Dに接して南側に,高さ4.5メートル,幅8メートルの防音壁(以下「防音壁G」という)を設置した。これに102万9000円を要した。

(エ) 第4回工事(平成12年6月)

防音壁Cに接して南側に,高さ4.33メートル,幅8.154メートルの防音壁(以下「防音壁F」という)を設置した。これに110万2500円を要した。

(4)  騒音に関する公法上の基準

ア 原告方居宅及び被告高校が存在する地域は,都市計画において,第2種住居地域と定められている。

イ 騒音規制法

(ア) 騒音規制法は,都道府県知事に対し,騒音を防止することにより住民の生活環境を保全する必要があると認める地域を,特定工場等〔特定施設(工場又は事業場に設置される施設のうち,著しい騒音を発生する施設であって政令で定めるもの)を設置する工場又は事業場〕において発生する騒音及び特定建設作業に伴って発生する騒音について規制する地域として指定すること,地域を指定するときは,環境大臣が定める基準の範囲内で,時間及び区域の区分ごとの規制基準を定めることを義務づけている(同法3条1項,4条1項)。

(イ) これを受けて,昭和43年11月27日厚生省・農林省・通商産業省・運輸省告示1号「特定工場等において発生する騒音の規制に関する基準」は,騒音の規制に関する基準を,「デシベル」を単位として,区域の区分,時間の区分毎に定めているが,その外,騒音の測定方法等について,次のとおり定めている。

a デシベルとは,計量法(平成4年法律第51号)別表第2に定める音圧レベルの計量単位をいう。

b 騒音の測定は,計量法71条の条件に合格した騒音計を用いて行う。この場合において,周波数補正回路はA特性を,動特性は速い動特性(FAST)を用いることとする。

c 騒音の測定方法は,当分の間,日本工業規格Z8731に定める騒音レベル測定方法によるものとし,騒音の大きさの決定は,次のとおりとする。

(a) 騒音計の指示値が変動せず,又は変動が少ない場合は,その指示値とする。

(b) 騒音計の指示値が周期的又は間欠的に変動し,その指示値の最大値がおおむね一定の場合は,その変動ごとの指示値の最大値の平均値とする。

(c) 騒音計の指示値が不規則かつ大幅に変動する場合は,測定値の90パーセントレンジの上端の数値とする。

(d) 騒音計の指示値が周期的又は間欠的に変動し,その指示値の最大値が一定でない場合は,その変動ごとの指示値の最大値の90パーセントレンジの上端の数値とする。

(ウ) 京都府知事は,平成12年8月18日京都府告示第500号「騒音規制法に基づく地域の指定」において,向日市のうち,都市計画法8条1項1号に掲げる用途地域として定められた区域を,騒音規制法3条1項の規制区域として指定しており,また,昭和45年5月1日京都府告示第250号「指定された地域における規制基準」において,第2種住居地域を第2種区域(住居の用に供されているため,静穏の保持を必要とする区域)とし,第2種区域の規制基準を,昼間(午前8時から午後6時まで)は50デシベル,朝・夕(午前6時から午前8時まで,午後6時から午後10時まで)は45デシベル,夜間(午後10時から午前6時まで)は40デシベルと定めるとともに,第2種区域内に所在する学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校等の敷地の周囲50メートルの区域内における規制基準は,昼間及び朝・夕について,上記値から5デシベルを減じた値とする旨を定めている。

(エ) また,平成7年12月25日京都府条例第33号「京都府環境を守り育てる条例」33条1項は,京都府知事に対し,特定工場等における事業活動に伴って生じる騒音発生について,特定工場等の設置者が遵守すべき基準を規則で定めなければならない旨定め,平成8年3月14日京都府規則第5号「京都府環境を守り育てる条例施行規則」第5条別表第4の5は,規制基準を適用する地域,区域の区分,規制基準,騒音の測定方法について,平成12年8月18日京都府告示第500号「騒音規制法に基づく地域の指定」,昭和45年5月1日京都府告示第250号「指定された地域における規制基準」,昭和43年11月27日厚生省・農林省・通商産業省・運輸省告示1号「特定工場等において発生する騒音の規制に関する基準」と同一の定めをした上,騒音の測定場所について,「工場等の敷地境界線上とする。ただし,敷地境界線上において測定することが適当でないと認められる場合は,敷地境界線以遠の適切な地点において測定することができるものとする」と定めている。

ウ 環境基本法

環境基本法は,政府に対し,騒音に係る環境上の条件について,人の健康を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めることを義務づけており(同法16条1項),これを受けて,平成10年9月30日環境庁告示第64号「騒音に係る環境基準について」は,地域の類型及び時間の区分ごとに環境基準をもうけ,各類型を当てはめる地域は都道府県知事が指定することとしている。そして,昭和51年8月24日京都府告示第479号「騒音に係る環境基準の地域の類型指定」によると,向日市の第2種住居地域は「B]に指定されている。上記環境庁告示によると,B地域の環境基準は,昼間(午前6時から午後10時までの間)は55デシベル以下とされている。更に,上記環境庁告示は,環境基準の評価は,個別の住居等が影響を受ける騒音レベルによることを基本とし,騒音の評価手法は,等価騒音レベル(不規則かつ大幅に変動する騒音を,これとエネルギー的に等価の,変動しない騒音レベルに置き換えて表示した評価量の1つで,騒音レベルが時間とともに変化する場合,測定時間内で,これと等しい平均二乗音圧を与える連続定常音の騒音レベルをいう)によるものとし,測定は,計量法71条の条件に合格した騒音計を用いて行い,周波数補正回路はA特性を用い,測定に関する方法は,原則として日本工業規格Z8731によること等が定められている。

(5)  本件現場での騒音測定の結果

本件騒音については,都合5回にわたって測定がおこなわれた。その結果は,次のとおりである。

ア 第1回測定

向日市によって,平成9年2月6日午前8時10分から20分までの間,測定がなされた。その結果は,52デシベルから55デシベル程度であった。測定に使用した機器は,リオンNA-20型であるが,その他の測定条件は不明である。(甲1)

イ 第2回測定

向日市によって,平成16年9月13日午後1時30分00秒から1時40分29秒までの間,測定がなされた。その結果は,別表1記載のとおりであり,向日市は,最大値の平均(Lmax)が59.3デシベル,最小値(Lmin)が48.1デシベル,等価騒音レベル(Leq)が51.6デシベルであり,規制基準を超過していると判断した。なお,測定条件は不明である。(甲3,乙13(63頁))

ウ 第3回測定

向日市によって,平成17年4月13日午前11時00分00秒から11時09分59秒までの間,測定がなされた。11時00分から2分間及び11時07分から3分間,第1校舎のエアコンが運転された。測定は2か所(原告宅側と防音壁内側とされているが,具体的な場所は不明である。)でなされ,その結果は,別表2の(1)(2)記載のとおりであり,エアコン運転中の等価騒音レベル(Leq)は,原告宅側では,45デシベル程度で,50デシベルに遠く及ばず,防音壁内側で55デシベル程度であった。使用機器は,リオン騒音計NL-06が2台であるが,その他の測定条件は不明である。(甲4の1ないし3,乙16(20頁,添付の表2枚及び「A学園の校舎と冷暖房機・防音壁について」と題する書面))

エ 第4回測定

向日市によって,平成19年9月12日午前8時13分ころから8時32分ころまでの間,測定がなされた。同時に,本件訴訟の進行協議期日が現地で開かれ,当職も測定状況を確認した。測定器としては,リオン普通騒音計NL-06が2台使用され,その設置場所は,1台が原告方居宅居間,1台が原告方居宅北側の本件境界線上であった。被告は,その主張にかかる通常運転〔4教室(設定温度27度),生物準備室(同27度),被服準備室(26度),通信第1職員室及び同第2職員室(同28度)を運転〕,通常の最大数運転〔通常運転に加え,ドレスメイキングルーム(設定温度26度),生物室(同27度),調理室2室(同25度),書道室(同27度),セミナー室(同27度)を運転〕,最大数運転(第1校舎の全エアコンを運転)を順次行い,それぞれについて測定がなされたが,本件境界線上での測定結果によると,運転開始前から50デシベル程度であり,通常運転時,通常の最大数運転時においても顕著な差はなく,最大数運転時において,53デシベル程度を記録したに止まった。なお,当日は,9月中旬としては涼しく,外気温は,午前9時においても23度2分にすぎなかった。(甲5,弁論の全趣旨,当裁判所に顕著な事実)

オ 第5回測定

原告らから依頼を受けた株式会社環境工房によって,平成20年1月18日(金)午前7時51分から8時31分までの間,測定がなされた。この測定については,事前に被告側には知らされていなかった。測定場所は,原告方居宅北側の本件境界線上で,地上1.5メートルの地点であった。測定方法は,計量法第71条の条件に合格した騒音レベル計を用い,日本工業規格Z8731に準じる方法によった。騒音の大きさの測定は,暗騒音(対象音がないときのその場所の騒音,すなわちエアコンの運転開始前の騒音)は,指示値が不規則かつ大幅に変動したので,測定値の90パーセントレンジの上端の数値(LA5)とされ,エアコンの稼働中は,指示値の変動が少なかったのでその指示値とされた。その結果,評価値は,次のとおりとなった。(甲6)

(ア) 午前7時51分から午前8時01分(暗測定) 46デシベル

(イ) 午前8時01分から午前8時11分(稼働中) 51デシベル

(ウ) 午前8時11分から午前8時21分(稼働中) 50デシベル

(エ) 午前8時21分から午前8時31分(稼働中) 52デシベル

は,次のとおりである。(甲6)

2  当事者の主張

(1)  原告らの室外機撤去請求の可否

【原告らの主張】

本件騒音は,次の事実によると,原告らにとって受忍限度を超えて違法であり,原告らは,静謐な環境の下で平穏な生活を営む人格権を侵害されているから,人格権に基づく差止めとして,被告に対し,請求の趣旨1項記載のエアコン室外機19台の撤去を求めることができる。

ア 本件騒音は,再三,騒音規制値である50デシベルを上回っている。

イ 本件騒音によって,原告らには,不快感,圧迫感,落ち着かない,立腹しやすい,集中力や思考能力の低下,神経過敏,焦燥感等が生じている。また,胃液の分泌減少,自律神経のアンバランス,内分泌系の異常,体調不良,慢性疲労,ストレスによるアレルギー症状等を来している。

【被告の主張】

次の事情に照らすと,本件騒音は,なお受忍限度を超えていないというべきである。

ア 被告が第1校舎のエアコン室外機を第1校舎南側地上に設置したのは,第2の1(3)アに記載したとおりの理由によるものであって,これはやむを得なかった。

イ 被告は,原告らの要請に応え,多額の費用をかけて4度にわたって防音壁設置工事をしてきた。

ウ 近時,被告は,電力消費を少しでも少なくし,経費を節約するため,使用していない部屋にはエアコンを作動させないよう工夫している。

エ 被告においては,「エアコン使用規定」を定め,使用期間(夏季は6月20日から9月20日まで,冬季は12月1日から3月20日まで),使用条件(夏季は,室温28度以上,冬季は,室温12度以下),使用時間(始業10分前から授業終了時限まで)等を定めて,秩序あるエアコンの使用に努めている。

(2)  原告らの損害賠償請求の可否

【原告らの主張】

上記のとおり,本件各室外機が発する騒音は,原告らにとって受忍限度を超えて違法であり,この点について被告に少なくとも過失があることは明らかであるから,原告らは被告に対し,過去(平成6年6月から平成18年1月まで)の損害賠償として154万円,将来(訴状送達の日の翌日である平成18年2月22日から請求の趣旨1項記載の各室外機撤去済みまで)の損害賠償として1か月2万円の割合による金員の各支払を求める。

【被告の主張】

上記のとおり,原告らの本件各室外機からの騒音被害は受忍限度を超えていないから,原告らの損害賠償請求は理由がない。

(3)  被告の消滅時効の主張の当否

【被告】

仮に,被告に損害賠償義務があるとしても

ア 平成15年2月8日以前の騒音被害についての原告らの損害賠償請求権は,本件訴訟提起までに消滅時効が完成した。

イ 被告は,答弁書の送達によって原告らに対し,上記消滅時効を援用した。

【原告らの主張】

本件における被告の不法行為は継続的行為であり,消滅時効は,その行為が終了した時点から進行を開始する。よって,本件においては,消滅時効は完成していない。

第3当裁判所の判断

1  原告らの室外機撤去請求の可否(争点(1))

(1)  人は,その居住場所において,静謐な環境の下,平穏な生活を営む人格的利益を有しており,この利益は排他的な性質を有するというべきであるから,他の者がその居住場所に到達させた騒音によって上記人格的利益を違法に侵害された場合には,他の者に対し,その侵害行為の差止めを求めることができるというべきである。

(2)  もっとも,人が社会の中で生活を営む以上,他の者が発する騒音に晒されることは避けられないのであるから,その騒音の侵入が違法というためには,被害の性質,程度,加害行為の公益性の有無,態様,回避可能性等を総合的に判断し,社会生活上,一般に受忍すべき限度を超えているといえることが必要である。

そこで,以下,本件各室外機が発する騒音が原告らにとって受忍限度を超えているか否かについて検討する。

ア 騒音が受忍限度を超えているか否かを検討するに当たって大きな考慮要素になるのは,その騒音が公法上の基準を超えているか否かである。

第2の1(4)記載のとおり,公法上の基準としては,騒音規制法による規制基準と環境基本法による環境基準がある。騒音規制法は,工場及び事業場における事業活動並びに建設工事に伴って発生する相当範囲にわたる騒音について必要な規制を行うこと等により,生活環境を保全し,国民の健康の保護に資することを目的とする(同法1条)もので,指定区域内に特定工場等を設置している者は,規制基準の遵守を義務づけられており(同法5条),市町村長は,特定工場等において発生する騒音が規制基準に適合しないことによりその特定工場等の周辺の生活環境が損なわれると認めるときは,騒音の防止の方法等に関する計画の変更を勧告,命令することができ(同法9条,12条1項,2項),命令に違反した者に対しては罰則を課すこととされている(同法29条)。他方,環境基本法は,環境の保全について,基本理念を定め,並びに国,地方公共団体,事業者及び国民の責務を明らかにするとともに,環境の保全に関する施策の基本となる事項を定めることにより,環境の保全に関する施策を総合的かつ計画的に推進し,もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とするものであって(同法1条),環境基準は,人の健康を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として定められている(同法16条1項)。

そうすると,環境基準が,いわば政策目標であるのに対し,規制基準は,特定工場等の設置者に遵守を義務づけて周囲の居住者の生活環境の保全を図ろうとするものである。そして,被告は、特定工場等である被告高校の設置者として、規制基準の遵守を義務づけられているのであるから、本件騒音が規制基準を超えている場合は,特段の事情がない限り,受忍限度を超えているものと認めるのが相当である。

イ そこで,本件各室外機から発する騒音が規制基準を超えているか否かを検討する。

(ア) 本件各室外機が発する騒音について,受忍限度判断の基準とすべき規制基準は,昼間において,50デシベルであると解するべきである。被告高校は,学校教育法1条に定める学校であるところ,昭和45年5月1日京都府告示第250号「指定された地域における規制基準」によって,学校の敷地の周囲50メートルの区域内における規制基準は,本来の第2種区域の規制基準である50デシベルから5デシベルを減じた45デシベルとする旨の特例が定められているが,これは,学生,生徒が静謐な環境下において勉学に取り組めるよう特別の配慮をする趣旨であるから,一般の居住者である原告らの受忍限度を評価するに当たっては,上記特例を適用するのは相当でない。

(イ) 第1回ないし第5回測定の評価

a 第1回測定は,規制基準を上回っていた可能性が強いが,具体的な測定条件が不明であるため,上回っていたと断定することはできない。

b 第2回測定は,規制基準を上回っていた可能性が強いが,等価騒音レベルで評価していて,規制基準による評価方法と異なるほか,具体的な測定条件が不明であるため,上回っていたと断定することはできない。

c 第3回測定は,具体的な測定条件が不明であるほか,証拠(証人B)によると,被告職員の立会の下で実施されたことが認められるが,実施日が4月13日であって本来エアコンの運転をしない時期であるから,測定時にした運転が,暖房運転であったにしろ,冷房運転であったにしろ,どのような条件下でエアコンを運転したかが重要な要素になるところ,これを認めるに足る証拠がない。そうすると,第1校舎のエアコンの通常の運転時の騒音を評価するについて,第3回測定の結果を参考にすることはできないというべきである。

d 第4回測定は,第1校舎エアコンの運転条件,測定条件は特定できるが,当日の外気温が設定温度以下であったから,第1校舎のエアコンの通常の運転時の騒音を評価するについて,第4回測定の結果を参考にすることはできない。

e 第5回測定は,被告に知らされないで行われたから,第1校舎のエアコンが作為なく運転された時の騒音が測定されたものと認められる。そして,その測定方法も評価の手法も,規制基準について定められた方法に則っていると認められる。そうすると,第5回測定の評価値は,51,50,52であるから,3回のうち2回は規制基準を超過していたことになる。もっとも,弁論の全趣旨によると,日本工業規格Z8731では,暗騒音と対象音との差が4ないし5デシベルのときは「-2」の,6ないし9デシベルのときは「-1」の暗騒音補正を要することが認められるから,第5回測定においても,少なくとも「-1]の補正が必要であるというべきである。また,本件防音壁の存在によって,原告方では,1階よりも2階の方が到達する騒音レベルが高いと認められるから,到達する騒音レベルを測定するためには,本件境界線上の高さ4.5メートルないし5メートルの地点で測定するのが相当であったというべきであり,その場合,上記評価値以上の評価値が出た可能性が高いというべきである。

(ウ) 本件騒音の程度は,第1校舎の各教室に設置されたエアコンのうち何台を運転するか,エアコンの設定温度,外気温等によって様々である。第5回測定の結果は,上記の検討の結果によれば,規制基準を若干上回る程度であるというべきであるが,このときのエアコン運転の状況が不明であるから,第1校舎でエアコンが運転されるときに,常に規制基準を上回っていると認めることもできないし,第5回測定時が特別であって,通常は規制基準を下回っていると認めることもできない。しかしながら,少なくとも,第1校舎のエアコンが運転される場合,原告敷地との境界線上において,規制基準を前後する騒音が到達しており,規制基準を超えている時間帯も相当程度あるものと推認するのが相当である。

ウ 原告らが受けた被害について,証拠(原告甲,同乙)によると,次の事実が認められる。

(ア) 平成7年当時,原告甲は会社勤めをしており,昼間は原告方居宅にいなかった。その後,退職して昼間も自宅で過ごすようになったが,本件騒音のために神経がいらいらするようになり,その影響で夜も熟睡できないようになった。

(イ) 原告乙は,平成7年以前から,原告方居宅でニット編みや糸撚の仕事をしていたが,本件騒音のため,仕事に集中できなくなり,これらの仕事を辞めた。また,本件騒音のために,食欲不振になり,消化器の調子が悪く,医者の診察を受けたところ,神経症と診断され,平成7年夏に約1月間,通院した。平成12年ころにはジンマシンが出て,その後約3年間通院した。今でも時々ジンマシンが出る。最近は,騒音のために頭痛がする。

(ウ) 原告らは,本件騒音は,以前は,午前7時30分ころから午後5時30分ころまで続いていたおり,近年は,午前7時50分ないし55分から午後5時ないし5時30分ころまで続いていると認識している。4度にわたって本件防音壁の設置工事がなされたが,原告らは,その効果があったとは感じていない。但し,最近は,被告高校の生徒数が減って第1校舎の4階を使っていないので,平成7年当時の騒音よりは改善されていると感じている。

(エ) 夏期は,原告方居宅の窓を開けているので,本件騒音による苦痛は大きい。冬期は,原告方居宅も窓を閉めているので,本件騒音による苦痛は夏期よりは軽減される。

エ 証拠(乙1,証人B)によると,被告高校においては,「エアコン使用規定」を定め,使用期間(夏季は6月20日から9月20日まで,冬季は12月1日から3月20日まで),使用条件(夏季は,室温28度以上,冬季は,室温12度以下),使用時間(始業10分前から授業終了時限まで)等を定め,被告高校におけるエアコンの運転は,事務次長兼管財課長が管理することとしていることが認められる。もっとも,証拠(証人B,乙32)によると,現実には,始業(午前8時30分)の10分前ではなく,午前8時ころからエアコンの運転を開始しているし,夜間も,教師が残業するときや生徒が学校行事の準備等で居残るときは,エアコンが運転されていることが認められる。また,設定温度も,第2の1(5)エに記載したように,教室によっては,25度ないし27度とされていることに留意を要する。被告が本件騒音問題に対してとった対策として,証拠上認められるのは,本件各防音壁の設置工事をしたことのほかは,上記「エアコン使用規定」を定めたことのみである。

オ 以上の事実に基づいて検討する。

(ア) 第1校舎のエアコンを運転することによって本件各室外機から原告方居宅敷地に到達している騒音は,規制基準を前後するレベルであり,規制基準を超えている時間帯も相当程度ある。

(イ) 第1校舎のエアコンが運転されるのは,夏季は6月20日から9月20日まで,冬季は12月1日から3月20日までであり,休日は,行事やクラブ活動等のために運転されることがあるが,運転される台数は平日よりは少ないと考えられる。そして,その時間帯は,原則的には,午前8時前後から午後5時すぎまでであるが,夜間にまで及ぶことがある。原告らは,一日中原告方居宅で生活しているのであるから,騒音によって原告らが受けている精神的苦痛は,とりわけ夏期においては重大であり,これによる身体症状が,原告乙が平成7年ころに神経症と診断されて約1月間通院した以外には生じていない(原告乙のジンマシンについては,騒音からくるストレスが原因である可能性を否定はできないが,積極的に騒音が原因であるとまで認めるに足る証拠はない)としても,到底軽視できるものではない。

(ウ) 被告が,平成7年に第1校舎の全教室にエアコンを設置した際,第1校舎の強度の点から,室外機を屋上に設置できず,地上に設置したのはやむを得なかったというべきである。しかし,多数の室外機を,第1校舎北側ではなく,隣接家屋が建ち並んでいる南側に設置したことについて,首肯できる理由は説明されていない。梁を貫通させなくても各教室から第1校舎北側地上まで配管することは可能であったと考えられる。

(エ) 被告は,原告らの苦情に対し,平成12年6月までは,4度にわたって多額の費用をかけて防音壁を設置しており,これは,誠実な対応であったというべきである。しかしながら,その後は,向日市がした第2回測定で,等価騒音レベルが51.6デシベルという結果が出たのにもかかわらず,何らの対策をとらなかった。せっかくエアコン使用規定を定めながら,これも遵守されていない。本件訴訟においては,裁判所の仲介によって和解協議が続けられたが,被告は,騒音レベルを下げるための実効的な対策の提案を全くしなかった(当裁判所に顕著な事実)。一部の室外機の移転,騒音の小さな機種への更新,防音壁の強化等,具体的な対策を検討することが困難とは考えがたい。

(オ) 以上の事実を総合すれば,本件騒音は,原告らが受忍すべき限度を超えているというべきであり,今後も規制基準を超える騒音が原告方敷地に到達する現実的な危険性があるから,原告らは,被告に対し,規制基準を超える騒音が原告方敷地に到達することの差止めを求めることができるというべきである。

(3)  ところで,原告らは,本訴において,本件各室外機のうち,別紙1記載の番号1ないし19記載の室外機の撤去を求めているが,これは,原告方敷地への受忍限度を超える騒音の到達を差し止める具体的方法として特定請求しているものと解せられる。しかしながら,本件騒音が規制基準を超えているとはいえ,その程度は僅かであり,これを規制基準以下に抑えるためには,室外機の撤去だけではなく,防音壁の強化,騒音の小さな機種への更新,設定温度の変更等,様々な方法が考えられるところ,被告には,本件騒音を規制基準以下に抑える義務があるが,そのためにどのような方法を採用するかは,個々の方法に要する費用,個々の方法によって想定される効果,個々の方法が与える影響等を勘案して,被告において自由に選択することを容認するべきである。そうすると,原告らの被告に対する差止め請求については,上記各室外機の撤去請求は許されず,原告方敷地に50デシベルを超える騒音の到達を差し止める,いわゆる抽象的不作為請求の限度で認容すべきものと解せられる。そして,その測定は,特定工場等において発生する騒音の規制に関する基準(昭和43年11月27日厚生省・農林省・通商産業省・運輸省告示1号)に則った方法でなされるべきである。

2  原告らの損害賠償請求の可否(争点(2))

(1)  過去の損害賠償について

上記のように,現在においても,原告方敷地に規制基準を超える騒音が到達している時間帯が相当程度あるところ,この状態は,平成7年に本件各室外機を設置した当時から継続しているものと推認するのが相当であり,これは,受忍限度を超えるものというべきである。

しかしながら,被告は,平成12年6月まで,4度にわたり,合計約950万円の費用をかけて騒音レベルを下げるための対策をとったのであるから,当時の被告に,故意過失があると認めることはできない。

もっとも,第4回工事が完了した後になされた第2回測定において,向日市は,なお,原告方居宅敷地に到達している騒音は規制基準を超過していると判断しており,その測定結果及び向日市の判断が被告に伝達されなかったとは考えられないが,被告は,これに対して新たな対策をとらなかった。そうすると,第2回測定が行われた翌月である平成16年10月以降,今日まで,被告が何らの対策をとることなく,原告方敷地に規制基準を超える騒音を到達させたことについては,被告に故意又は過失が認められ,これを不法行為と評価するべきである。

そして,これによって原告らが被った損害は,既に認定した原告らの精神的苦痛の内容,程度,その他本件で現れた一切の事情を考慮して,原告らそれぞれについて各10万円と評価するのが相当である。

なお,不法行為と評価したのは,平成16年10月以降の被告の行為であるから,争点(3)については検討する必要がない。

(2)  将来の損害賠償について

将来の給付を求める訴えは,あらかじめその請求をする必要がある場合に限り,提起することができる(民訴法135条)。そして,継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,その基礎となるべき事実関係・法律関係がすでに存在し,その継続が予測され,請求権の成否・内容につき債務者に有利な影響を生ずる事実の変動としては,あらかじめ明確に予測しうる事由に限られ,しかも請求異議の訴えによってその主張をしなければならないとの負担を債務者に課しても不当とはいえないときにのみ将来の給付の訴えを提起できると解するべきである(昭和56年12月16日最高裁判所大法廷判決・民集35巻10号1369頁参照)。

本件についてこれをみるに,今後,被告において原告ら宅敷地に騒音を到達させる行為が違法性を帯びるか否か,及びこれによって原告らが受ける損害の有無,程度は,今後の第1校舎のエアコンの運転台数,運転時間及び設定温度等の運転状況,被告によってハード面での騒音防止対策がなされれば,その対策内容等によって左右されるから,損害賠償請求権発生の基礎となるべき事実関係・法律関係の継続が予測されるとしても,請求権の成否・内容につき債務者に有利な影響を生ずる事実の変動があらかじめ明確に予測しうる事由に限られるとはいえず,このような損害賠償請求権の成立要件の具備については,請求者においてその立証の責任を負担するべきものと解せられる。

そうすると,原告らの損害賠償請求のうち,将来の損害の賠償を求める部分については,権利保護の要件を欠き,不適法というべきである。

3  以上の検討の結果によれば,原告らの被告に対する差止め請求は,主文1項の限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきであり,損害賠償請求のうち,口頭弁論終結までの不法行為に対する損害賠償請求は主文2項記載の限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきであり,口頭弁論終結後の将来の不法行為に対する損害賠償請求は不適法として却下するべきである。訴訟費用の負担については,民訴法61条,64条本文,65条1項を適用する。主文1項についての仮執行宣言は相当でないから,主文2項についての仮執行宣言はその金額に照らして必要がないから,いずれも付さない。

(裁判官 井戸謙一)

(別紙 別表は省略)

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