京都地方裁判所 平成18年(ワ)3346号 判決 2008年7月09日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,506万8543円並びにうち金339万5269円に対する平成18年12月21日から及びうち金167万3274円に対する平成19年4月21日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を各支払え。
第2事案の概要など
1 事案の概要
原告は被告との間で,嘱託職員として雇用契約を締結し,被告の業務に従事していたところ,原告の労働は被告の一般職員(以下,単に「一般職員」という。)の労働と同一であるのに被告が平成16年4月から平成19年3月までの間,原告に対して原告を一般職員として被告の給与規定及び退職手当支給規定にあてはめた賃金よりも低い嘱託職員の賃金を支給したこと(以下「本件賃金処遇」という。)は憲法13条及び14条,労働基準法3条及び4条,同一価値労働同一賃金の原則並びに民法90条に違反するから,違法無効であり,原告について一般職員としての被告の給与規定及び退職手当支給規定にあてはめた賃金と実際に受領した差額相当の損害を被ったとして,被告に対して不法行為に基づき,506万8543円並びにうち金339万5269円に対する不法行為後の日である平成18年12月21日から及びうち金167万3274円に対する不法行為後の日である平成19年4月21日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
・※ 当事者等
ア 被告は女性の自立と広範な社会参加を支援する事業を幅広く展開し,男女が共に自立し参画し,及び創造する都市としての京都の実現に寄与することを目的として,平成5年,京都市によって設立された財団法人である。
イ 被告は京都市から委託を受けて,平成6年4月から男女共同参画推進を目的とした京都市女性総合センターを開館・運営してきた。
被告は平成18年4月,京都市から京都市男女共同参画センター(京都市が京都市女性総合センターの名称を変更)の管理者として指定を受け,指定管理者として京都市男女共同参画センターを管理するようになった。
・※ 原告と被告の雇用契約
ア 原告は平成6年2月1日,被告に嘱託職員として雇用され,平成12年3月末日,一旦退職した(以下,平成6年2月1日から平成12年3月末日までの期間を「当初雇用期間」という。)。
イ 原告は平成16年4月1日,被告に再度嘱託職員(週35時間契約)として雇用され,平成17年及び平成18年の各4月にそれぞれ嘱託職員としての雇用契約を更新し,平成19年3月末日退職した(以下,平成16年4月1日から平成19年3月末日までの期間を「本件雇用期間」という。)。
・※ 被告の本件雇用期間の運営体制等
ア 被告の平成17年度ないし平成19年度の運営体制は,事務局長の下に総務課と事業企画課の2課が設置され,総務課には庶務係及び総合窓口係,事業企画課には平成17年度は事業相談係及び調査研究係,平成18年度及び平成19年度は事業調査係及び相談係(平成19年度は名称を事業相談係と変更)が設置されていた(乙A5・12頁,6・10頁,25・10頁)。各係の担当業務は以下のとおりであった。
・※ 庶務係 総務業務一般
・※ 総合窓口係 施設運営,図書館業務,情報収集,提供,啓発紙の発行
・※ 事業調査係(平成17年度は事業相談係の名称) 男女共同参画講座の運営,自主事業の企画・実施,情報誌等の発行
・※ 相談係(事業相談係)〔相談室と呼ばれていた。〕 相談業務
イ 被告の常勤職員は専務理事1名,一般職員11名,嘱託職員7名で,アルバイトは平成18年9月末日までが2名,その後は1名であった。
一般職員の男女構成比は計10名のうち女性8名,男性2名であった
ウ 本件雇用期間中に被告の相談係に,一般職員である係長が事業企画課長と兼任で配置されていた他には一般職員が配置されたことはなかった。
・※ 被告の給与規定等
ア 被告の職員給与規定(平成16年4月1日から施行されたもの)は概ね以下のとおり規定している(甲A1)。
・※ 一般職員には給料,扶養手当,通勤手当,住居手当,調整手当,特殊勤務手当,時間外勤務手当,期末手当,勤勉手当を支給する(2条1項)。
・※ 嘱託職員には嘱託給,通勤手当,特殊勤務手当,時間外勤務手当,期末手当,勤勉手当を支給する(2条2項)。
・※ 一般職員には同規定別表第1の給料表を適用する(3条1項)。
・※ 嘱託職員に支給する嘱託給は,その都度,理事長が決定する(3条5項)。
・※ 新たに採用する一般職員で,採用前の前歴のある者の級及び号給の決定については,京都市職員の例による(4条2項)。
・※ 一般職員が現に受けている号給を受けるに至ったときから,12月を下まわらない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる(6条1項)。
・※ 調整手当の月額は,給料の月額及び扶養手当の月額の合計額の100分の10に相当する額とする(17条)。
イ 被告の職員給与規定は平成17年及び平成18年に改正され,それぞれ4月1日施行(ただし,平成18年改正の給与表は同年6月1日から施行)されたが,上記ア・※ないし・※の規定は平成18年改正で・※及び・※が以下のとおり改正され他は従前どおりであった(甲A2,3)。
・※につき
新たに採用する一般職員で,採用前の前歴のある者の級及び号給の決定については,経験年数換算表によって決定する。
・※につき
一般職員が現に受けている号給を受けるに至ったときから,12月を下まわらない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる。ただし,55歳に達した日の属する年度末日を超えて在職する者については昇給しない。
ウ 本件雇用期間当時,週35時間契約の嘱託職員の給与は月額14万2000円,週40時間契約の嘱託職員の給与は月額16万2000円であった。
エ 原告は一般職員と同様に,親睦会費,財団法人京都中小企業振興センター会費を支払った。
・※ 条約
ア ILOは昭和26年,「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」(以下「ILO100号条約」という。)を採択し,日本は昭和42年,ILO100号条約を批准した。
イ 国際連合は昭和41年,「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」(以下「国際人権規約A規約」という。)を採択し,日本は昭和54年,国際人権規約A規約を批准した(ただし,留保している権利がある)。
ウ 国際連合は昭和54年,「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下「女子差別撤廃条約」という。)を採択し,日本は昭和60年,女子差別撤廃条約を批准した。
エ ILOは昭和56年,「男女労働者,とくに家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する条約」(以下「ILO156号条約」という。)を採択し,日本は平成7年批准した。
オ ILOは平成6年,「パートタイム労働に関する条約」(以下「ILO175号条約」という。)を採択した。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
・※ 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為といえるか(争点・※)。
ア 原告
・※ 憲法14条は法の下の平等を定め,社会的身分による差別を禁止している。また,労働は社会参加の中で自己実現,自己の能力開発の場であり,労働者は自己の能力が適切に評価され開発されることにより生きがいを得るという権利(幸福追求権,憲法13条)を有している。
・※ 後記・※のとおり,原告の労働と被告の一般職員の労働は同一であるから,本件賃金処遇は社会的身分による差別であり憲法14条に反し,また,本人の能力と無関係に低賃金で扱うことにより適切に評価され開発されることにより生きがいを得るという権利を侵害しているから,憲法13条に反し,違法であり不法行為となる。
・※a 原告は相談室で電話及び面接の方法による相談,相談記録の作成,弁護士が行う法律相談の同席等の相談業務を行った。電話及び面接による相談の具体的な対応は全て原告を含む相談員らの判断により行われていた。また,相談業務に関連したクレームは原告を含む相談員らが対応していた。
上記相談業務は被告の主要6事業の1つであり,被告の平成19年度事業計画においても男女共同参画に関する事業として位置づけられている。また,相談業務と他の業務内容に質的な差異がないことは被告の専務理事が認めている。
なお,原告が窓口ローテーションを担当していないのは電話相談に対応するためであり,日曜日が休みであるのは公的機関等の関係機関の休日と合わせたものであり,いずれも相談業務の特殊性によるものであって一般職員でないことによるものではない。
b 原告は契約書類の作成,公印の押印などの庶務業務を行った。
c 原告は相談業務の内容,企画業務の内容を事例報告として被告が発行していた情報誌「ウイングスきょうと」に掲載する原稿を作成した。また,原告は当初雇用期間中にグループワーク形式の相談会(以下「グループ相談会」という。)の資料として「離婚読本」を作成した。さらに,原告は「ドメスティック・バイオレンス 夫・恋人からの暴力を考える」を作成した。
d 原告は企画,立案,企画書の作成,調査,講師交渉,広報,募集,当日の運営,報告書の作成等の企画業務を行った。稟議書に原告が決裁印を押印しているように,原告が責任をもって行ったもので,一般職員の補助ではない。
e 被告は平成16年以降,京都市から苦情等処理制度について業務委託を受けた。同苦情等処理制度は京都市男女共同参画推進条例に基づく制度であり,被告は非常に重要な業務であると認識し,原告に同業務を担当させた。そこで,原告は苦情の受付業務の他,2か月に1回開催される専門員会議の世話をして議事録を作成するなどした。
f 原告は一般職員とともに被告内部の連絡会議に参加した。
g 原告は外部との連絡会議,例えば京都市域の女性への暴力に関するネットワーク会議,女性のための相談ネットワーク会議及び京都府警性犯罪被害者対策研究分科会等へ出席した。
女性のための相談ネットワーク会議は各自治体の他,京都弁護士会の両性の平等に関する委員会委員長又は副委員長,京都府警察本部生活安全課課長又は課長補佐等,一定の権限と責任をもつ立場にある者が構成員となっている会議であるところ,被告は幹部会議で諮った上で原告を出席者として指名した。
h 原告は平成16年7月,児童福祉センター職員向けのドメスティック・バイオレンス(以下「DV」という。)についての講師を務めた。これは,被告の人材養成事業としての研修講師派遣によるもので,一般職員だけではなく嘱託職員も派遣先が割り当てられ,原告はその一環として上記講師を務めた。
i 平成18年度から被告全体の業務として自己評価委員会及び自己評価作業部会が設置され,各係の代表者が参加した。相談係以外の係では一般職員が代表者となっていたが,事業相談係は原告が代表者となり,他の一般職員と同様に相談事業について評価項目を作成し,相談事業の改善に取り組むなどした。
また,平成18年度には相談連絡会議が設置された。同会議の構成員は原告を含む事業相談係の嘱託職員2名の他,事業調査係,総合窓口係の一般職員及び相談業務に協力を依頼している外務カウンセラーであり,相談業務を行う中で浮かび上がってくる利用者のニーズを把握・検討し,京都市へ報告していた。
j 以上のとおり,原告は一般職員と同等もしくはそれ以上の能力を期待され,一般職員と同一の業務を分担し,その責任を果たした。よって,原告の労働と一般職員の労働は同一である。
イ 被告
・※ 本件賃金処遇が憲法13条,14条に反し不法行為であるとの原告の主張は否認ないし争う。
・※a 原告の労働と一般職員の労働が同一であるとの原告の主張は否認する。
原告は具体的に,原告と同一の労働を担っている対比可能な通常の労働者を特定していない。そして,原告は特定された同一労働の担い手の賃金と原告の賃金の差を特定してない。
b なお,原告の労働が一般職員の労働と同一と評価できるかは,①業務の内容の責任の程度,②人材活用の仕組みや運用,③契約期間で判断すべきである。
ところで,本件雇用期間中,被告の相談係に一般職員が配属されたことはなかったから,厳密な意味において原告の労働と対比できる一般職員は存在しない。
c 相談員の職務内容は電話相談,面接相談,グループ相談会,企画立案,運営,DV被害者支援ボランティア入門講座の企画立案,運営,相談事業報告,月次統計処理等である。
これに対し,一般職員の職務内容はクレーム対応,他機関との連絡,調整,照会対応,あらゆる電話への応対,事業の枠組み提示,企画指導,講師決定,経費の確保,講座等事業の枠組み提示,企画指導,講師交渉,経費の確保,事業報告,統計報告作成,分析を加えた年次事業報告書作成,パンフレット作成,業務システムの改良,各種ネットワーク機関との協議,業務関連書類決定,保存,全事業企画とその運営,総合窓口業務のローテーション勤務担当,協会の経営に関わっての計画立案,予算編成,人材育成である。
上記のとおり,相談員と一般職員の職務は異なる。
d 相談員は相談受付件数のノルマがなく,関係機関等との連携を単独では行わず,相談や相談関連事業の成果について報告義務があり,トラブル,クレームを受付けた場合は初期対応した上で報告し,相談件数や事業と相談との並行業務は勤務時間内の範囲で優先順位を指示されて対応し,残業時間は月平均1時間以内である。
これに対し,一般職員は予算組みを行い,関係機関,講師との交渉連携を行い,事業の成果について京都市や市民に対して責任を持ち,トラブル,クレームに対処して解決し,組織で情報共有できるようにし,期限内に事業の企画,実施,評価,報告を残業等も含めてやり上げなければならない。その残業時間は月平均15時間であり,給与と連動しない役職(チーフ)に就き責任ある業務を担当させることがある。
上記のとおり,相談員と一般職員の責任は異なる。
e 相談員は係をこえた配置変更,異動はないのに対し,一般職員には係を横断した異動があり,業務を補完しあっている。
f 原告は被告の管理運営と関わりがなかった。これに対し,一般職員は基幹事項に関わり,それに伴う大きな責任を負うことからこれらを処理する能力を有することが要求される。また,一般職員は,毎年2回理事会や評議会へ提出する議案書を作成したり,貸室利用の際の附属設備の設置を行ったり,非常ベルが鳴った際の連絡放送を行うことなど,様々な事項について対処できるような体制を整えていた。
g 以上のとおり,原告と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,原告の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
・※ 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為となるか(争点・※)。
ア 原告
・※ 労働基準法3条は法の下の平等の原理(憲法14条)を実体法化し,社会的身分による差別的取扱いを禁止している。
そして,原告の嘱託職員という地位は名目的であるから同条の社会的身分に該当する。なお,民事上の損害賠償請求の場面である私法的側面で労働基準法を解釈する場合には,嘱託職員という地位が社会的身分に該当することは明らかである。
・※ 上記・※ア・※のとおり,原告の労働と一般職員の労働は同一であるから,本件賃金処遇は労働基準法3条が禁止する社会的身分による差別であり,同法3条に反し,違法であるから不法行為となる。
イ 被告
・※ 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為であるとの原告の主張は否認ないし争う。
・※ 労働基準法3条の社会的身分とは契約や意思を媒介としないで生じた地位,状態という伝統的な意味での身分と解するべきであるから,嘱託職員は社会的身分に該当しない。
・※ そして,上記・※イ・※のとおり,原告と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,原告の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
・※ 本件賃金処遇が男女平等を定める労働基準法4条に反し不法行為となるか(争点・※)。
ア 原告
・※ 非正規職員の圧倒的多数が女性であることから非正規職員を一般職員より低賃金とすることは結果的に多くの女性の賃金が低くなるという事実を招来する。したがって,使用者がかかる賃金処遇制度の業務上の必要性,正当性を立証できない限り,非正規職員を一般職員よりも低賃金とすることは間接的に性差別となり,労働基準法4条に違反する。
・※ そして,原告は非正規職員であり,かかる原告に一般職員の給与より低い給与を支給したことにつき,被告は業務上の必要性,正当性を立証できていないから,本件賃金処遇は労働基準法4条に違反し,違法であるから不法行為となる。
なお,一般職員に女性が多いが,嘱託職員は京都市職員の退職者を除けば全員が女性である。
イ 被告
・※ 本件賃金処遇が間接的に性差別となり労働基準法4条に反し不法行為となるとの主張は否認ないし争う。
・※ 被告の一般職員10名のうち8名が女性であって,被告が嘱託職員に対して一般職員よりも低い給与を支給することが間接的に性差別となるとの主張は誤りである。
・※ 上記・※イ・※のとおり,原告と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,原告の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
・※ 本件賃金処遇が同一価値労働同一賃金の原則もしくは公序に反し不法行為となるか(争点・※)。
ア 原告
・※a ILO100号条約は同一価値の労働についての男女労働に対する同一報酬の原則を規定しており,日本は同条約を批准している。
ILO156号条約及び165号勧告はパートタイム労働者とフルタイム労働者との均等待遇原則を規定し,ILO175号条約及び182号勧告はパートタイム労働者に対する雇用・職業上の均等待遇の保障を宣言している。
国際人権規約A規約7条はすべての者が同一価値の労働についての同一報酬を受ける権利を定めており,日本は同条約を批准している。
国連女性差別撤廃条約11条1項・※は同一価値の労働についての同一報酬及び同一待遇についての権利並びに労働の質の評価に関する取扱の平等についての権利を定めている。
以上のとおり国際的公序として同一(価値)労働同一賃金の原則が確立している。
なお,同一(価値)労働同一賃金原則とは,同一の労働の場合また異なる職種,職務であっても,労働の価値が同一又は同等であれば,その労働に従事する労働者に,性別などの違いにかかわらず同一の賃金を支払うことを求める原則のことである。
b そして,上記各条約は性を理由とする差別の撤廃や男女平等の権利などを含む差別禁止条項であり自動執行力がある。
また,自動執行力がないとしても,国内法を解釈,適用する際に上記各条約の趣旨を取り入れるべきであり,上記各条約の趣旨を取り入れると労働基準法4条は同一(価値)労働同一賃金の原則を含むものと解され,国内法上も同原則は裁判規範性を有する。
さらに,ILO100号条約2条2項は国内法令,法令に基づく賃金決定制度,労働協約,あるいはこれらの手段の組み合わせのいずれかによって男女同一(価値)労働同一賃金の原則を適用すると規定しているが,日本政府は批准するにあたって同条約の趣旨は労働基準法4条において規定されているとして新たな国内法の整備を行わなかった。そうすると,労働基準法4条は男女同一(価値)労働同一賃金の原則を定めたものと解される。
したがって,同一(価値)労働同一賃金の原則は裁判規範性を有する。
・※ また,平成5年6月に成立し同年12月から施行された短時間労働者の雇用管理の改善などに関する法律の制定経過,内容からすると,同一(価値)労働同一賃金の原則は本件雇用期間当時,公序となっていたといえる。
・※ そして,上記・※ア・※のとおり,原告の労働と一般職員の労働は同一であるから,本件賃金処遇は確立した法規範としての同一(価値)労働同一賃金の原則もしくは公序に反し違法であるから不法行為となる。
イ 被告
・※ 本件賃金処遇が同一価値労働同一賃金の原則もしくは公序に反し不法行為となるとの主張は否認ないし争う。
・※ 同一(価値)労働同一賃金原則が裁判規範として確立しているとはいえない。
・※ 上記・※イ・※のとおり,原告と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,原告の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
・※ 損害(争点・※)
ア 原告
・※a 原告の学歴及び職歴を一般職員として被告の職員給与規定(平成18年6月からは変更後の給与表)にあてはめ,原告の勤務時間7時間(一般職員は8時間)に応じて8分の7した場合の給料,調整手当及び期末手当並びに原告の在職期間等を退職手当支給規定にあてはめた退職手当の額は以下のとおりである。
・※ 給料,調整手当 766万4938円
平成16年4月から平成17年3月まで 243万3576円
平成17年4月から平成18年3月まで 248万4396円
平成18年4月及び5月 42万2536円
平成18年6月から平成19年3月まで 232万4430円
・※ 期末手当 282万6005円
平成16年4月から平成17年3月まで 89万2311円
平成17年4月から平成18年3月まで 91万0945円
平成18年4月及び平成19年3月まで 102万2749円
・※ 退職手当 69万円
・※ 小計 1118万0943円
b 原告が実際に受領した額は以下のとおりである。
・※ 嘱託給 511万2000円
・※ 期末手当 187万4400円
・※ 退職手当 42万6000円
・※ 小計 741万2400円
c 上記受領すべき額から原告が受領した額の差額である376万8543円(1118万0943円-741万2400円)は被告の不法行為がなければ得られた利益であるから,相当因果関係のある損害である。
・※ 原告は被告に対し何度も賃金差別等労働条件の是正を申し入れたが,被告はこれを無視し是正しようとしなかった。この結果,原告は一般職員との賃金差別という屈辱を味わいながら労働を継続せざるを得なかった。労働の場における差別的取扱いは人間の尊厳に対する侵害であり人格権を深く侵害する。
原告は本件賃金処遇により精神的苦痛を被った。かかる精神的苦痛を慰謝するのに100万円が相当である。
・※ 原告は本件訴訟提起,遂行を原告訴訟代理人らに委任し,弁護士費用として30万円を支払う旨約した。かかる30万円は被告の上記不法行為と相当因果関係がある。
・※ 以上を合計すると原告の損害は506万8543円である。
イ 被告
原告の損害についての主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 請求の趣旨の変更について
・※ 原告の平成20年3月7日付け訴えの変更申立て(以下「本件訴えの変更」という。)に対して被告は訴えの変更を許さない旨の決定を求める旨申し立てたので検討する。
・※ 本件訴えの変更前の原告の請求は原告の労働が一般職員の労働と同一であったから本件賃金処遇は違法であるとして月給につき原告を一般職員として被告の給与規定にあてはめた額と実支給額の差額相当額の合計額を損害であると主張する不法行為に基づく損害賠償の請求であり,本件訴えの変更後の原告の請求は被告の上記不法行為により発生した損害に期末手当及び退職手当の差額相当額を付け加えて請求するものである。
そうすると,本件訴えの変更前と本件訴えの変更後の訴訟物は同一であり,請求原因は損害の数額を除いて同一であるから請求の基礎が同一であることは明らかである。また,本件の主たる争点は原告の業務内容及び同業務内容を行った原告に対する本件賃金処遇が違法か否かであり,上記請求の拡張によって争点が増えることはないから,著しく訴訟手続を遅滞させることはない。
よって,本件訴えの変更は適法であり,被告の上記申立ては理由がない。
・※ この点,被告は期末手当や退職手当について一般職員と原告との間の差額について防御の機会が奪われる旨,本件訴えの変更が時機に後れている旨,禁反言法理からして信義則に反する旨主張する。
確かに,本件訴えの変更により期末手当及び退職手当として原告が現実に受領した金額と原告を一般職員給与規定にあてはめた金額との差額が新たに主張されることになるが,原告の受領額と原告を一般職員として被告の給与規定にあてはめた金額との差額相当額が損害であることは当初から原告が主張していたのであり,被告は答弁書11頁で原告に退職手当の支給がある旨指摘し,被告代理人は原告本人尋問の際に原告に対して退職手当の受領の有無について質問している(原告本人・44頁)ことも合わせ考えると被告の防御の機会を不当に奪うことにはならない。また,著しく訴訟手続を遅滞させることがないことは上記説示のとおりである。さらに,原告が期末手当及び退職手当に関して,その差額相当額の請求の拡張をしない旨の陳述をしたことはなく,原告のそれまでの訴訟活動にかんがみても,請求の拡張をしないと被告が信じることが相当であったとまではいえないから本件訴えの変更が禁反言法理に反して許されないとはいえない。
よって,被告の主張はいずれも採用できない。
2 前提事実並びに証拠(甲A8,9,16,17,19ないし25,28ないし30,32ないし37,39,40の1,40の2,50,52ないし55,58,59,63ないし65,80,83ないし85,乙A1の1ないし1の6,2の1ないし2の3,4ないし6,14,25ないし27,29,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
・※ 当初雇用期間以前ないし当初雇用期間後の経緯等
ア 原告は昭和56年から京都いのちの電話で相談ボランティアの活動を始めた。
原告は平成2年,佛教大学社会学部社会福祉学科に入学しソーシャルワークについて学んだ。ソーシャルワークとは社会に存在する障壁,不平等及び不公正に働きかけてその改善に取り組むことである。
イ 原告は佛教大学4年生時の平成5年7月,一般職員の募集に応募したが年齢制限のため不採用となった。しかし,原告は平成6年1月,京都市から嘱託職員として採用したい旨の申し出を受け,採用試験を経て被告に委嘱期間を平成7年3月31日までとする嘱託職員として採用され,平成6年2月1日から勤務した。(甲A16,乙A1の1,原告本人)
原告及び被告は,平成7年ないし平成11年の各4月1日に委嘱期間をそれぞれ翌年3月31日までとする嘱託職員の雇用契約を更新した(乙A1の2ないし1の6)。
ウ 原告は相談室運営指針の原案を起案するなど被告の相談室立ち上げ作業の中心的な役割を果たして行った(甲16,17,原告本人・5頁)。また,原告は相談の記録をデータベース化することを提案し,それを実践した(原告本人・8頁)。
原告はグループ相談会を企画,実施し,相談室の他の職員らと共に,その資料となる「離婚読本」を作成した(甲A16,25,証人A・4頁,原告本人・15頁)。
原告は平成6年5月,社会福祉士資格を取得した(甲A16)。
原告は相談室の案内,相談室が受けた相談の結果の分析及び相談事例を抽象化,一般化して一般女性に参考になる記事などを書き,被告発行の情報誌「ウイングスきょうと」に掲載した(甲A16,19ないし24,28ないし30,32ないし37)。
エ 原告は被告での6年間の相談業務の経験を理論化したいとの思いもあって,平成12年3月末日,被告を退職し,同年4月,龍谷大学大学院社会学研究科(社会福祉学専攻)に入学した(甲A16)。
オ 原告は平成14年3月に上記大学院を修了した後,同年4月から専門学校で社会福祉原論の講師を務めた(甲A16)。
カ 原告は相談の仕事をしたいとの希望を持っていたことから,平成15年2月,名古屋市男女平等参画推進センターの相談員の募集に応募し採用通知を受けたが,単身赴任となることによる経済的理由等から採用を辞退した(甲A16,39)。
・※ 本件雇用期間に至る経緯,原告の退職等
ア 原告は平成16年3月,京都府婦人相談所相談員の募集に応募し,採用の連絡を受けた(甲A16,原告本人・9頁)。
イ 原告は同年3月10日及び11日,被告のBから以前と同じ条件で相談員として被告で勤務することを検討してほしい旨及び給料は以前と同じであるが,4月からの新組織に原告の力を求めている旨の連絡を受けた(甲A16,40の2,40の3)。
原告は以前勤めていた被告の役に立ちたいとの思いもあってBからの申し出を受け入れ,被告で相談員として働くこととした。
ウ・※ 原告は同年3月30日,被告庶務係から労働条件の説明を受け,概要以下の記載のある嘱託職員雇用契約書に署名した(甲A16,乙A2の1)。
a 勤務内容 総務課事業相談係 相談業務
b 雇用期間 平成16年4月1日から平成17年3月31日
c 勤務時間 午前10時45分から午後6時30分まで(うち休憩時間45分,休息時間15分)
d 基本賃金 月額14万2000円
e 諸手当 通勤手当,時間外手当,期末手当,特殊勤務手当,勤勉手当
f 定期昇給 無し
・※ 原告は平成17年及び平成18年の各4月1日,勤務時間の一部変更があった他は雇用期間を1年間とし上記・※と同旨の嘱託職員雇用契約書に署名した(甲A9,乙A2の2,2の3)。
エ 被告は平成17年11月,定年退職者再雇用制度を創設し,他方,嘱託職員の60歳以降の雇用契約を更新しない旨の就業規則の変更をした(甲A16,80)。
そのこともあって,原告は平成19年3月31日以降の契約の更新を希望せず,同日付けで被告を退職した(甲A16)。
・※ 原告の本件雇用期間中の業務内容
ア 原告は本件雇用期間中,相談係に配属された。
イ・※ 原告は本件雇用期間の当初,他の相談員から面接相談及び継続相談はしないように指示を受けている旨説明されたが,匿名の電話相談及び1回だけの相談では実際的で本当の支援はできないと考え,Bにその旨説明し,面接相談及び電話相談を実施することについて承諾を得た(甲A16)。
・※ 原告は本件雇用期間中,面接及び電話の方法で相談を行い,相談内容を記録した。原告は相談業務を行うにあたって,利用者の話をよく聞き,利用者の自己決定をサポートする姿勢で相談に臨んだ(原告本人・14頁)。
・※ 原告は本件雇用期間中,法律相談に立会い,利用者が忘れていた質問や言い出せない質問をリードしたり,難しい用語で説明する弁護士にわかりやすい言い回しを求めたりした(甲A16)。
ウ 原告は本件雇用期間中,企画業務,具体的には企画,立案,講師交渉,広報,募集,当日の運営や講義,経費支出,記録を行った。企画業務の1つであるグループ相談会では,原告が進行役や講義を担当したこともあった。
原告は担当した企画について決定書を起案し,自ら決裁印を押印して,被告内の決裁手続を経て企画を実施した(乙A29)。
原告はこれらの企画業務の結果報告として情報誌に記事を書くこともあった。
原告が担当した企画は平成16年のシンポジウム「DV被害者がサバイバルするまで」(甲A53),平成17年のDV被害者支援ボランティア入門講座(甲A54),平成18年のグループ相談会「年金分割とこれからの生き方を考える」(甲A55),グループ相談会「人生の選択 離婚」などであり,その他にも相談室として担当した企画もあった。
エ 被告は平成16年,京都市から京都市男女共同参画条例に基づく苦情等処理制度の受付業務を受託した。この受付業務は相談室の担当となったことから,原告は苦情処理制度に基づく申立ての受付業務を行った。
また,原告は上記受付業務の他に,2か月に1回開かれる専門員会議の世話,議事録作成を行った。なお,平成18年からは議事録作成は不要とされたため議事録作成は行っていない。
オ 原告は被告と京都弁護士会,ウィメンズカウンセリング京都,男性相談カウンセラー,産業カウンセラーとの各契約締結に関して契約書類を作成し,公印の押印などの庶務事務を行った(甲A16,弁論の全趣旨)
カ 原告は2か月に1回開催される総合窓口係,事業係及び外部カウンセラーが参加する相談事業連絡会議などに参加した(甲A16)。
キ 原告は京都市域の女性への暴力に関するネットワーク会議(乙A26・16頁),女性のための相談ネットワーク会議(甲A58),京都府警性犯罪被害者対策研究分科会(甲A59)にBに同行もしくは単独で出席した(甲A16,58,59)。
ク 原告は平成16年,京都市児童福祉センターで外部講師としてDV研修を担当した(甲A16)。
ケ 被告は平成16年7月,平成18年5月,全職員を対象に被告の事業についてのヒアリングを行い,原告もヒアリングに応じた(甲A16,63,64)。
コ 被告は平成18年,被告職員が自己評価をするための自己評価委員会及び自己評価作業部会を設置した。自己評価作業部会の構成員には相談員1名が含まれていたが,原告は平成18年に同作業部会の構成員に選任された(甲A16,65)。
・※ 被告における相談事業の位置づけ
ア 被告の主要事業は平成15年度は情報提供事業(広報・啓発事業),学習研修事業(調査・研究事業),相談事業,交流促進事業,健康増進事業及び人材養成事業,平成16年度ないし18年度は情報提供事業(広報・啓発事業),学習研修事業,健康増進事業,相談事業,調査・研究事業及び交流促進事業であった(乙A4・10頁,5・12頁,6・10頁,25・10頁)。
イ 被告が作成した「平成19年度事業計画」には,相談のニーズや課題を協会(被告)として共有し,それらの課題やニーズの中から事業を企画するなど,相談業務を協会事業の中心に位置づけられるようにする旨の記載がある(甲A52・28,29頁)。
ウ 被告は京都市の指定管理者の応募にあたって財団(被告)職員は図書館司書資格,社会教育主事,産業カウンセラー,教職員,社会福祉士等の資格を有しており,これらの資格を生かして市民ニーズを感じ取り,仕事を遂行できる人材を配置している旨を記載した(甲A83)。
エ 被告の平成17年ごろの職員採用方法は原則ハローワークで公募し,相談員は例外的に相談関係機関からの推薦で選考することとしていた。また,嘱託職員に関しては専門的な経験を考慮し,原則的に35歳以上の者であることを採用条件としていた(甲A50)。
オ 被告専務理事は相談業務の質が一般職員の業務内容と比べ低いとは全く考えていない(乙A27・6頁,証人A・20,28,29頁)。
・※ 原告の給与額等(甲A1ないし4,101)
ア 原告の本件雇用期間中の嘱託給及び期末手当の額は次のとおりであった(平成16年度ないし18年度の各年間支給額はいずれも同じ。)。
・※ 嘱託給 170万4000円
・※ 期末手当 62万4800円
イ 原告が受領した退職手当額は42万6000円であった(甲A98)。
・※ 本件に至る経緯
ア 被告の専務理事は原告を含む被告職員に対し,平成17年11月24日,給与体系等の試案に対する質問について嘱託職員の給与は現行通りであるが,賞与に能力主義を導入することによって,個人差がつくことが考えられる旨及び職員の有する資格が仕事に生かされていると判断された場合は能力主義分で評価される可能性もある旨の回答をした(甲A8)。
イ 原告を含む相談室の職員はBに対して,同月22日,嘱託職員の給料が指定管理者制度の下でどのようになっていくのか,資格が嘱託職員の給料に反映されるのかについて書面で質問した(甲A84)。
ウ 被告のCは原告を含む嘱託職員に対して,同年12月12日,嘱託職員の給料の低さは管理職内で話題になっていたが,給料のパイは決まっているので,嘱託職員の給料を上げると一般職員の給料を下げることになり,そうなると一般職員と嘱託職員の違いが分からなくなる旨の回答をした(甲A85)。
エ 原告を含む嘱託職員は被告に対して,同月19日,新給料体系と比較しても嘱託職員の給与は低く一般職員と比較して格差を感じるので,嘱託職員の処遇の改善を要望する旨の書面を提出した(乙A14)。
3 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為となるか(争点・※)
・※ 憲法の規定は国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので,もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり,私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない(参照・最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁)ところ,被告は京都市が全額出資して設立された財団法人であり,被告の行為に憲法13条及び14条が直接適用されるかには疑義があり,実体法規の解釈にあたって憲法の規定を考慮要素とすることによってその趣旨を適用するのが相当である。
・※ そして,憲法14条は機会の平等を規定しているところ,労働基準法3条及び4条等の解釈・適用を通じて私人関係を規律することとなる。
しかし,憲法13条はその文言自体抽象的であり,それ自体から賃金処遇についてどうあるべきかを具体的に明らかにしておらず,仮に同条が直接に適用されるとしても,具体的な法規範性を見いだすことは困難であり,実体法規の解釈にあたって考慮要素としてどのように参酌すればよいのかも明らかでない。また,憲法13条は自由権であって,現に存在する差別を積極的に是正するという積極的な効果をもたらすような人権規定ではない。
・※ 以上のとおり,本件賃金処遇が憲法13条及び14条に直接反するとの原告の主張は採用できないが,憲法14条の趣旨を踏まえて以下の検討をする。
4 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為といえるか(争点・※)
労働基準法3条が憲法14条の趣旨を受けて社会的身分による差別を絶対的に禁止したことからすると,同法同条の「社会的身分」の意義は厳格に解するべきであり,自己の意思によっては逃れることのできない社会的な身分を意味すると解するのが相当である。また,同条の解釈は民事上の損害賠償請求の場面においても特定の行為が違法か否かの基準となるのであるから,上記場面においても同様に解釈するのが相当である。
そして,嘱託職員という地位は自己の意思によって逃れることのできない身分ではないから同条の「社会的身分」には含まれないというべきである。
よって,本件賃金処遇が労働基準法3条に違反し違法であるとはいえず,これに反する争点・※についての原告の主張は採用できない。
5 本件賃金処遇が男女平等を定める労働基準法4条に反し不法行為となるか(争点・※)。
・※ 証拠(甲A1ないし3,50)によれば,被告は相談員として採用する嘱託職員については,募集にあたって性別を問わないものとしていたことが認められ,嘱託職員に適用する給料表において男女別の給料表を作成していたわけではないことを考慮すると,原告が女性であることを理由にして機会の平等を侵害するような作為を行ったとは認められない。したがって,原告についての本件賃金処遇が女性であることを理由とする差別的な取扱いとはいえないことは明らかである。
・※ 原告は被告の嘱託職員は京都市退職者を除いて全員女性である旨及び非正規職員のうち女性が多数であり,非正規職員に対して一般職員より低い処遇をすることは女性の待遇を低くするものであって,間接差別である旨主張する。しかし,前記・※のとおり,京都市役所を退職した女性であっても,被告の嘱託職員となり得ること,被告における業務の内容及び男女共同参画センターの利用者である女性からみた場合,女性が上記業務を担当するほうが利用しやすい側面があること,女性の立場から女性の社会における地位の向上に役立つ仕事をしたいとして被告への就職を希望する者も多いものと考えられることを考慮すると,嘱託職員の待遇それ自体が間接的に女性を差別するものになっているとは認め難い。
また,そもそも労働基準法4条は機会の平等を定めた規定であると解されるところ,原告は,本件賃金処遇が非正規職員のうち女性が多数であることによって,原告についてどのような機会の平等を侵害しているのかについて,具体的な主張はなく,その立証もない。
・※ よって,本件賃金処遇が男女平等を求める労働基準法4条に違反するとはいえず(同一価値労働同一賃金の原則との関係については後述する。),争点・※についての原告の主張は採用できない。
6 本件賃金処遇が同一価値労働同一賃金の原則ないし公序等に反し不法行為となるか(争点・※)。
・※ 原告の主張する条約等が自動執行力を有するといえるかについて
ア ILO100号条約2条1項は「各加盟国は,報酬率を決定するため行われている方法に適した手段によって,同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬の原則のすべての労働者への適用を促進し,及び前記の方法と両立する限り確保しなければならない」と規定しており,同一価値労働同一賃金の原則についても言及している。
しかし,同条約3条1項には,その適用を促進し,各加盟国の報酬率を決定するために行われている方法と両立する限り同一価値労働同一賃金の原則を確保しなければならないということを宣言をしたにとどまり,その具体的な実現については,各加盟国が,各加盟国の報酬率を決定するために行われている方法を考慮して策定していく具体的な適用促進策によって具体化が図られることを当然の前提とした文言を使用していることを考慮すれば,同条約に自動執行力があるとはいえない。
イ 次に,国際人権規約A規約7条柱書は「この規約の締約国は,すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認める。この労働条件は,特に次のものを確保する労働条件とする。」と規定し,同条・※・※は「公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬。特に,女子については,同一の労働について同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること。」と規定しており,同一価値労働同一賃金の原則を一般的に宣言するとともに,男女差別の観点からは,同一労働に同一賃金が支払われるべきことを宣言している。
しかしながら,前記の文言は,男女差別の観点からは,同一労働同一賃金の原則が貫徹されるべき旨を明言しているが,男女差別の観点を含まない,例えば男性労働者相互,女性労働者相互で比較した場合に,同一価値労働同一賃金が保障されるべきであるとまで明言しているのかという観点からみると,国際社会のあるべきルールについて具体的な宣言をしたものではないことを考慮すると,上記人権規約の規定が原告の主張する同一価値労働同一賃金の原則という観点から見て自動執行力を有するものと解することは困難である。
ウ 国連女性差別撤廃条約11条1項は柱書で「締約国は,男女の平等を基礎として同一の権利,特に次の権利を確保することを目的として,雇用の分野における女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとる。」と規定している。
しかし,同条約も男女差別の点から国際社会のあるべきルールを宣言しているにとどまり,同一価値労働同一賃金の原則それ自体について,具体的な共通の規範を策定したものとはいえないから,同条約が同一価値労働同一賃金の原則という観点から見て自動執行力を有するものと解することはできない。
・※ そこで,労働基準法4条が同一価値労働同一賃金の原則を定めたものと解することができるか検討する。
ア 労働基準法4条の文言は「同一価値労働」ではなく「同一労働」となっており,前記・※イに説示した点も考慮すると,「同一労働」が「同一価値労働」と同義であるとは解釈し難い。
イ また,日本においてはILO100号条約が批准された昭和42年当時,諸外国とは異なり,終身雇用・年功賃金・企業別労働組合という3つの特徴からなる日本的労使関係が形成されていたこと,労働者の賃金引上げについても,職務分析・評価の基準手法を団体交渉事項とすることなく,労働組合がどのような職種かを問わず全労働者に一律のベースアップを求め,経営者側がこれに回答するという手法が長い間続いていたこと,大企業を中心とする労働組合は春闘等により個々の大企業の枠を超えた労働組合運動を行い賃金水準の引上げを勝ち取っていたが,これらの労働組合は正規の従業員(正職員・本工)を組織していたにすぎず,大企業ないしその関連企業と正規の雇用関係がない労働者(社外工・臨時工等)は上記労働組合に組織されず,高度経済成長期にある程度賃金格差が縮小された時期を除けば,同一の職場にありながら賃金水準が異なる労働者が存在し続けたこと,パートタイマーについても配偶者等が課税最低限度額,扶養認定の関係等から低賃金で雇用される労働市場が形成されたこと,その後,家計補助的にではなく自ら自活するために就業を希望しているにもかかわらず,非正規雇用に従事せざるを得ない,いわゆるワーキングプアの問題が生起してきていること,以上は公知の事実である。
ウ このような非正規雇用者の賃金について,一定の法律上の枠組みが設定されたのは短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成5年12月1日施行)が初めてであり,同法においては,「通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ることを通じて短期時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし,もってその福祉の増進を図り,あわせて経済及び社会の発展に寄与することを目的とすることを定め(1条),賃金等の待遇に関しては,「事業主は,業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)が当該事務所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(以下「職務内容同一短時間労働者」という。)であって,当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結しているもののうち,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる者(以下「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については,短時間雇用者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」と規定し(8条),通常の労働者と同視すべき短時間労働者に該当しない短時間労働者については,通常の労働者との均衡を考慮して,その雇用する短時間労働者の職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験等を勘案し,その賃金を決定するように務めるものとすることが規定された(9条)にすぎず,これらの定めにより通常の労働者と同視すべき短時間労働者については同一価値労働同一賃金の原則を貫徹するような規定が置かれたものの,そこまでの事情が認められないパートタイマーについては努力義務規定が置かれたにすぎないことは明らかである。
また,近時制定された労働契約法においても,その3条2項で均衡処遇の原則(労働契約は,労働者及び使用者が,就業の実態に応じて,均衡を考慮しつつ締結し,又は,変更すべきものとする。)と規定されているにすぎず,同一価値労働同一賃金の原則の採用を正面から義務付けるような規定は置かれていない。
エ 上記ア,ウの法律規定の状況,同イの事実に加えて,本件全証拠をもってしても,ILO100号条約の批准にあたって日本における年功賃金制,企業別労働組合との交渉の結果により賃金が決定されてきたという実情を踏まえて,今後どのような手法で同一価値労働同一賃金の原則を定着させていくのかについての議論が行われたとは認められないことを考慮すると,労働基準法4条の解釈として,同条が同一価値労働同一賃金の原則を定めたものと解することはできない。
オ そして,低賃金を余儀なくされているパートタイマーへの対策として制定された短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の規定内容及びその後制定された労働契約法の内容にかんがみると,これらの法律の施行後においても,いまだ労働基準法4条にILO100号条約等の条約の内容をそのまま反映させるような解釈をすることは困難である。
カ しかしながら,短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条,10条の趣旨を,私人間の雇用関係を律するにあたって参酌することは許されるものと解される。
そして,本件全証拠によるも,現時点の日本において,特定の労働がいかなる価値を有するかを評価する基準が確立し,それに対していかなる水準の賃金が支払われるべきかの判断基準が確立しているとはいえない。このことは,短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律及び労働契約法が同一価値労働に対して同一賃金の支払をすべき旨の文言を用いず,均衡を考慮するとの文言を用いていることからも窺える。
さらに,本件全証拠によっても,日本において成果主義賃金の原則が貫徹されているとまでは認められず,短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に反するという事情がある場合を除けば,社会通念上年功的要素を考慮した賃金配分が行われることが違法視されているとまでいうことは困難である。
以上によれば,憲法14条及び労働基準法4条の根底にある均等待遇の理念,上記各条約等が締約されている下での国際情勢及び日本において労働契約法等が制定されたことを考慮すると,(公序というか否かはともかく)証拠から短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に反していることないし同一価値労働であることが明らかに認められるのに,給与を含む待遇については使用者と労働者の交渉結果・業績等に左右される側面があること及び年功的要素を考慮した賃金配分方法が違法視されているとまではいい難いことなどを考慮してもなお,当該労働に対する賃金が相応の水準に達していないことが明らかであり,かつ,その差額を具体的に認定し得るような特段の事情がある場合には,当該賃金処遇は均衡処遇の原則に照らして不法行為を構成する余地があるというべきである。
キ そこで,上記のような特段の事情が証明されているといえるかについて検討する。
・※ 前記2・※ないし・※に認定したとおり,原告は被告から当初雇用期間中の相談員としての経験を評価され,請われて被告で相談員として勤務することとなり,本件雇用期間中,それまでの経験を生かし,さらに工夫をして専門家への単なるつなぎ役としてのレベルを超えた質の高い相談業務を行っていたといえる。また,本件雇用期間以前から本件雇用期間中を通して,相談業務は被告の主要事業の1つであり重要な事業として位置づけられていた。そして,本件雇用期間中,相談室に一般職員が配属されたことはなく,被告専務理事は相談業務の質が一般職員の業務内容と比べて低いとは全く考えていなかった。また,上記2・※ウのとおり,原告はDV等をテーマとした企画を立案し,決定書を起案した上,自ら決裁印を押印して被告内の決裁手続を経て企画を実施し,記録していると認められ,決定書の押印は責任の所在を示すものであることからすると原告は一定の責任をもって企画業務を行っていたといえる。さらに,外部との連絡会議に参加するなど対外的にも被告の担当者として業務を行ったといえる。加えて,被告の事業についてのヒアリングや自己評価作業部会にも参加して,被告の事業の検証等に関与した。
・※ こうした点を考慮すると,原告は本件雇用期間中,被告の主要事業の1つである相談業務を高い質を維持して遂行し,一定の責任をもって企画業務を行い,外部との会議にも単独で出席するなどしていることから,原告は一般職員の補助としてではなく主体的に相談業務及びこれに関連する業務につき一定の責任をもって遂行していたといえ,他の相談員と比べても質の高い労務を提供していたといえる。
ところが,証拠(甲1ないし3)によれば,被告の職員給与規定には,嘱託職員が質の高い労務を提供した場合,どのような加給をするかという点について何らの定めを置いておらず,また,上記のように嘱託職員が質の高い労務を提供した場合に,何らかの形で一般職員に登用する可能性がある等の具体的な定めをしていることも見受けられない。
したがって,被告の職員給与規定は原告の提供した労務の内容に対して,適切な対応をし得るような内容になっていなかったといえる。
・※ 他方,証拠(甲A50,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,一般職員については事実上,教員免許,社会教育主事等の資格を有している者を採用していること,一般職員は職務ローテーション(終身雇用を前提とする職場においては,オンザジョブトレーニング[OJT]によって組織全体の職務を把握しながら管理職員として処遇されていくために,職務ローテーションを伴うことが多い。)を実施しており,異なった業務に就くことがあること,被告に対する苦情対応については,嘱託職員が行うのではなく,一般職員が引き継ぎを受けた事後の責任ある処理をすることとされているなど責任の度合いが異なること,一般職員には自らのスキルアップのために一旦退職をして大学等で学んだ後に必ず再雇用するといった保障があるわけではないこと,これに対して,原告の勤務内容は相談員としての相談業務及びこれに関連する業務を中心とするものであり,雇用期間を1年間とする契約を締結し同旨の契約を更新していたのであって,職務ローテーションの対象とはなっておらず,また,本件雇用期間前ではあるが,原告は研究のため一旦退職するなどしていることが認められる。
このような事実を考慮すると,原告は,通常の労働者と同視すべき短時間労働者に該当するとまでは認め難く,原告に形式的に一般職員の給与表を適用して賃金水準の格差ないし適否を論ずることは適切なものとはいえない。
また,本件全証拠をもってしても,原告が従事していたのと同様の相談業務を実施している他の法人等における給与水準がどの程度か,その中でも原告のように質の高い労務を提供した場合にどのような処遇が通常なされているのかという点や,被告において原則図書館司書資格を要するものとされている図書情報室勤務の嘱託職員と比べ,原告については具体的にどの程度賃金額を区別すれば適当なのか,被告の他の相談業務に従事する嘱託職員と比べた場合,どの程度賃金額を区別すれば適当なのかという点について具体的な事実を認めるに足りず,したがって,(これらの事実を認定した上で)原告に支給されていた給与を含む待遇について,一般職員との格差ないしその適否を判断することは困難である。
そうすると,原告については特段の事情が証明されているとはいえない。
・※ 上記・※及び・※に述べたとおりであって,争点・※についての原告の主張は,いまだ証明が十分ではなく,採用することができない。
7 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 辻本利雄 裁判官 和久田斉 裁判官 波多野紀夫)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>