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京都地方裁判所 平成18年(行ウ)28号 判決 2010年3月23日

主文

1  被告は,Aに対し,35万2800円の賠償の命令をせよ。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを50分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,Bに対し,1583万9000円を請求せよ。

2  被告は,Aに対し,386万9000円の賠償の命令をせよ。

3  被告は,Cに対し,1197万円の賠償の命令をせよ。

第2事案の概要

1  本件は,京都市の住民である原告らが,(1)京都市教育委員会(以下「市教委」という。)が実施又は関与した「歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定」の事業(以下,「本件事業」という。)は,公権力による教育内容への不当な支配であって,憲法13条,19条,23条及び26条,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)24条並びに平成18年法律第120号による改正前の教育基本法(以下「旧教育基本法」という。)7条及び10条に反するなど違法なものである,(2)本件事業に関し,平成17年度から平成18年度にかけて行われた,①「京都・観光文化検定」の関連書籍220冊の購入(代金34万1000円),②システム構築及び運営準備業務の委託(委託料352万8000円)及び③「歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定テキストブック」3万8000部の購入(代金1197万円)に伴う公金支出にも財務会計法規に反する違法がある,(3)専決権者として上記①②の各支出負担行為を行ったA(市教委総務部総務課長)は上記①②の各支出による損害につき,専決権者として上記③の支出負担行為を行ったC(市教委総務部長)は上記③の支出による損害につき,京都市に対し,それぞれ,地方自治法243条の2第1項後段に基づく損害賠償責任を負う,(4)当時の京都市教育長であったBは,違法である本件事業を自ら推進するとともに,上記各支出につき管理監督責任を怠ったものであるから,上記各支出による損害につき,京都市に対し,民法709条に基づく損害賠償責任を負っているところ,同損害賠償請求権の行使が怠られている事実があると主張して,京都市長である被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号前段及び同号後段に基づき,A及びCに対する損害賠償の命令並びにBに対する損害賠償の請求をすることを求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実,当裁判所に顕著な事実並びに後掲の書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは,いずれも京都市の住民である。

イ 被告は,京都市長であり,地方自治法242条の2第1項4号の執行機関として,京都市が受けた損害について,賠償請求や賠償命令を行う権限を有する者である。

ウ D(以下「D市長」という。)は,平成17年度及び平成18年度当時に京都市長であった者,B(以下「B教育長」という。)は同当時に市教委教育長であった者である。

エ C(以下「C部長」という。)は平成17年度及び平成18年度当時に市教委総務部長であった者,A(以下「A課長」という。)は平成17年度当時に,E(以下「E課長」という。)は平成18年度当時に,それぞれ市教委総務部総務課長であった者である。

オ F(以下「F部長」という。)は,平成17年度及び平成18年度に,市教委生涯学習部長であった者,G(以下「G課長」という。)は,同当時に市教委生涯学習部家庭地域教育支援課長であった者,H(以下「H係長」という。)は,同当時に,市教委生涯学習部みやこ子ども土曜塾推進係長であった者である。

(2)  本件事業の概要(甲7,30,甲31の1~184,甲48の1~5,甲64,乙12,弁論の全趣旨)

ア 本件事業は,京都商工会議所が実施していた京都観光文化検定(以下「京都検定」という。)の子ども版として,主に京都市内の小中学生を対象とし,京都の歴史・文化に関する検定試験(習熟度に応じて,基礎コース,発展コース及び名人コースの3種類)を実施するとともに,京都市立の小学校・総合養護学校(以下「各学校」という。)の4~6年生の児童(以下「配布対象児童」という。)に,同検定試験用のテキストである「歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定テキストブック」(以下,「本件テキスト」という。)を配布し,学習の機会を設けるというものである。

イ 平成18年度に実施された本件事業の内容は,おおむね次のとおりである。

(ア) 本件テキストの配布

市教委は,平成18年5月ころ,配布対象児童に対し,本件テキストを無償で配布した。

(イ) 本件テキストを用いた学習

各学校は,社会科等の授業時間又は授業時間外の時間を利用して,本件テキストを用いた学習を実施した。

(ウ) 検定試験の実施

平成18年11月20日から同年12月1日にかけて,各学校において基礎コースの検定試験が実施され,各学校の小学校5,6年生(以下「受検対象児童」という。)が受検した(検定料は無料とされた。)。

同年11月25日,京都市総合教育センター等の会場において,受検対象児童以外の者を対象として,基礎コースの検定試験が実施された(検定料は1000円であった。)。

その後,平成19年2月14日から同月28日にかけて,通信検定の方法で発展コースの検定試験が実施された(なお,名人コースの検定試験については,平成19年度に入ってから実施された。)。

(3)  推進プロジェクト(甲14,15,50)

ア B教育長は,平成17年10月27日,地方自治法180条の2の規定に基づき,市長権限に属する事務についての補助執行権限として,「『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定』推進プロジェクト」(以下「推進プロジェクト」という。)の設置要綱を決定するとともに,推進プロジェクトの委員16名(うち1名はB教育長)及び顧問8名(うち1名はD市長)を委嘱した。同設置要綱では,推進プロジェクトの事務局は,市教委生涯学習部に置かれることになった。

イ 平成17年11月10日,推進プロジェクトの第1回会議が開催され,I(以下「I委員長」という。)が推進プロジェクトの委員長に選任されるとともに,F部長が事務局長に選任された。その後,平成18年2月14日に第2回会議が実施された。

(4)  各コースの実施要項の決定(乙12,60)

B教育長は,平成18年9月14日に基礎コースの検定試験の実施要項を,同年11月22日に発展コースの検定試験の実施要項を,それぞれ決定した。

(5)  本件テキストについて(甲8の1~11,甲10の1~4,乙2)

ア 本件テキストは,京都市小学校社会科教育研究会(以下「小社研」という。),京都市図画工作教育研究会,京都市生涯学習研究会,京都市立中学校教育研究会社会科部会,京都市立中学校教育研究会美術部会等に所属する教員や,極覧会(小社研のOB団体)の会員が分担して執筆等を行い(以下,これらの執筆等に関わった教員等を「執筆関係者」という。),その後,京都新聞開発株式会社(以下「京都新聞開発」という。)による編集作業等を経て完成したものである。

具体的には,平成17年6月15日に,執筆関係者が集まり,第1回執筆者会議を開催した上で,主に小社研に所属する教員が原稿の執筆を行って,平成17年7月28日,同年8月29日及び同年9月27日に開催された執筆者会議や,同年8月4日及び同年9月14日に開催された執筆責任者会議において原稿の集約を行い,京都市図画工作教育研究会及び京都市立中学校教育研究会美術部会に所属する教員等が挿絵の挿入を行うなどした上で,原稿を京都新聞開発に提供し,同社が編集作業や写真の挿入などを行い,株式会社石田大成社が印刷して,京都新聞出版センターが発売したものである。

イ 本件テキスト(初版)(乙2)は全184頁であり,「歴史」「寺院・神社」「祭りと行事」「町並みと道」「文化」「産業」「知とスポーツ」「暮らしと食」「環境と自然」「観光」の分野別に記載されており,別紙「本件テキスト記載内容一覧表」(以下「別紙一覧表」という。)の「記載内容等」欄記載のとおりの内容の記載等がある(又は,原告らの主張する事項が記載されていない。)。

また,本件テキストのうち,63,126,149,170~178頁(全12頁)及び裏表紙(表裏とも)は,私企業等の広告にあてられている。

ウ 本件テキスト(初版)の奥書には,発行日として平成18年3月31日と記載されており,編集者として京都新聞開発が,発行者として推進プロジェクト及び市教委の名前が掲げられている。

(6)  本件事業に伴う各支出

ア 関連書籍の購入(乙3の1,2,乙25)

(ア) 京都市は,平成17年9月21日付け支出負担行為(以下「本件支出負担行為①」という。)により,京都商工会議所から,「京都観光文化検定試験(公式テキストブック)」(淡交社)及び「第1回京都観光検定問題と解説」(京都新聞出版センター)(以下,総称し「本件関連書籍」という。)をそれぞれ110冊ずつ代金34万1000円で購入(いずれの書籍についても定価での購入であった。)することを決定し,同年11月18日付け支出命令(以下「本件支出命令①」という。)の上,同月28日,京都商工会議所に対し,上記代金を支払った(以下,この一連の財務会計行為を総称し,「本件支出①」という。)。

本件支出負担行為①の支出負担行為書(以下「支出負担行為書①」という。)には,本件関連書籍の購入の目的は,「ジュニア京都検定協力者の資料として使用するため」と記載されている。

(イ) 本件支出負担行為①及び本件支出命令①を行ったのは,専決権者たるA課長であった。

(ウ) 支出負担行為書①には,起案日は平成17年9月16日,決裁日は同月21日と記載されているが,実際の起案日は同年11月1日であり,決裁日は同日以降であった。

本件支出命令①の支出命令書(以下「支出命令書①」という。)には,「履行年月日」は平成17年9月26日と記載されており,検収の確認印として,H係長の押印がある。

イ 委託契約の締結(乙4の1ないし5,乙27)

(ア) 京都市は,平成18年2月28日付け支出負担行為(以下「本件支出負担行為②」という。)により,M社との間で,委託料を352万8000円として,本件事業のシステム構築及び運営準備業務の委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結することを決定し,平成18年5月1日付け支出命令(以下「本件支出命令②」という。)の上,同月16日,M社に対し,上記委託料を支払った(以下,この一連の財務会計行為を総称し,「本件支出②」という。)。

本件委託契約は,随意契約により締結されたものであり,本件支出負担行為②の決定書には,随意契約による理由として,地方自治法施行令167条の2第1項2号(不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき)が挙げられていた。

(イ) 本件支出負担行為②を行ったのは,専決権者であるA課長であり,本件支出命令②を行ったのは,専決権者であるE課長であった。

(ウ) 本件支出負担行為②の決定書(以下「支出負担行為書②」という。)には,起案日は平成18年2月22日,決定日(決裁日)は同月28日と記載されているが,実際の起案日は同年4月26日であり,決裁日は同日以降であった。

本件支出命令②の支出命令書(以下「支出命令書②」という。)には,「履行年月日」は平成18年3月31日と記載されており,検収の確認印として,H係長の押印がある。

(エ) 本件委託契約の内容は,おおむね,次のとおりであった。

a 業務の名称  平成17年度ジュニア京都検定システム構築・運営準備業務

b 成果物  スケジュール表,仕様確認資料,システム構築・運営イメージ資料,システム操作マニュアル資料,受験票等帳票サンプル見本,議事録

c 契約期間  平成18年3月1日から同月31日まで

d 委託料  352万8000円

e 委託料の支払  M社が成果物を提出した後,京都市が成果物を検査し,検査に合格したときは,M社が委託料を請求し,京都市は,請求の日から30日以内に支払う。

ウ 本件テキストの購入(乙5の1,2,乙26)

(ア) 京都市は,平成18年3月27日付け支出負担行為(以下「本件支出負担行為③」という。)により,京都新聞開発から,本件テキスト3万8000冊を代金1197万円(1冊当たり315円)で購入することを決定し,平成18年4月26日付け支出命令(以下「本件支出命令③」という。)の上,同年5月2日,京都新聞開発に対し,上記代金を支払った(以下,この一連の財務会計行為を総称し,「本件支出③」といい,本件支出①及び本件支出②と併せて「本件各支出」という。)。

本件テキストは,随意契約により購入されたものであり,本件支出負担行為③の支出負担行為書(以下「支出負担行為書③」という。)には,随意契約による理由として,地方自治法施行令167条の2第1項1号(売買,貸借,請負その他の契約でその予定価格〔貸借の契約にあつては,予定賃貸借料の年額又は総額〕が別表第5上欄に掲げる契約の種類に応じ同表下欄に定める額の範囲内において普通地方公共団体の規則で定める額を超えないものをするとき)が挙げられていた。

(イ) 本件支出負担行為③を行ったのは,専決権者たるC部長であり,本件支出命令③を行ったのは,専決権者たるE課長であった。

(ウ) 支出負担行為書③には,起案日及び決裁日は平成18年3月27日と記載されているが,実際の起案日は同年4月21日であり,決裁日は同日以降であった。

本件支出命令③の支出命令書(以下「支出命令書③」という。)には,「履行年月日」は平成18年3月31日と記載されており,検収の確認印として,H係長の押印がある。

エ 本件各支出の会計年度

本件各支出は,いずれも,平成17年度の予算を執行したものである。

オ 専決権者について

上記の各支出負担行為及び各支出命令については,本来,京都市長の権限に属するが,京都市においては,京都市教育長等専決規程(乙13,14)により,市教委の主管事務の一部が,総務部長や総務課長の専決事項とされており,C部長,A課長及びE課長は,これに従い,上記の各支出負担行為及び各支出命令を行ったものである。

また,専決者は,権限を行使するに当たっては,上司への報告,相談等を行うこととされ,専決者の上司は,専決者による専決処理の状況について常に注意を払い,事務事業の厳正な進行管理に努めることとされている(乙15)。

(7)  監査請求(甲1,2,弁論の全趣旨)

ア 原告らは,平成18年7月27日(原告Jについては同年8月10日),京都市監査委員に対し,本件各支出は,本件テキスト,本件事業に問題があることからすると違法・不当な公金支出であるとして,地方自治法242条1項の規定により,必要な措置(D市長,B教育長及びC部長が連帯して1197万円,D市長,B教育長及びA課長が連帯して386万9000円の損害賠償金を支払うことの勧告)を求める内容の監査請求を行った(以下「本件監査請求」という。)。

イ 京都市監査委員は,平成18年9月25日,原告らの上記監査請求を棄却し,そのころ,同監査結果を原告らに通知した。

(8)  訴えの提起等

ア 原告らは,平成18年10月25日,「被告は,D,B,C,Aに対し,連帯して1583万9000円を支払うように請求せよ。」との判決を求め,本件訴えを提起した。その後,原告らは,平成19年1月17日の本件第1回口頭弁論期日において陳述された平成18年11月10日付け「訴状の補正について」と題する書面により,上記請求の趣旨を「被告は,(1)B,Aに対し,連帯して34万1000円を,(2)D,B,Aに対し,連帯して352万8000円を,(3)D,B,Cに対し,連帯して1197万円を京都市に支払うように各請求せよ。」と補正した。

イ 原告らは,平成21年8月19日の本件第16回口頭弁論期日において陳述された同日付け「訴状の補正の訂正申立」と題する書面により,請求の趣旨を,「(1)被告は,①Bに対し,34万1000円を,②D及びBに対し,連帯して352万8000円を,③D及びBに対し,連帯して1197万円を京都市に支払うように各請求せよ。(2)被告は,Aに対し,386万9000円の賠償の命令をせよ。(3)被告は,Cに対し,1197万円の賠償の命令をせよ。」と「訂正」した(以下「本件訂正」という。)。

ウ 原告らは,平成21年12月18日の本件第18回口頭弁論期日において,D市長を相手方とする訴えを取り下げた。

(9)  本件に関連する規則等

ア 京都市公文書管理規則(甲38,乙48)

第1条 この規則は,京都市情報公開条例第37条の規定に基づき,公文書の分類,作成,保存及び廃棄に関する基準その他の公文書の管理に関し必要な事項を定めることにより,公文書の適正な管理を図ることを目的とする。

第6条 意思決定に当たっては,公文書を作成するものとする。ただし,処理に係る事案が特に軽易なものにあっては,この限りでない。

2 意思決定と同時に公文書を作成することが困難な場合にあっては,口頭により処理するものとし,事後速やかに公文書を作成するものとする。

イ 京都市契約事務規則(甲52)

第27条 随意契約により契約を締結しようとするときは,2人以上の者から見積書を徴さなければならない。ただし,予定価格が100,000円以下の契約を締結しようとする場合その他特別の理由があるときは,この限りでない。

第29条 (地方自治法施行)令第167条の16第1項及び京都市病院事業の業務に係る地方公営企業法施行令第21条の15の規定による契約保証金の額は,当該契約金額の100分の10以上に相当する額とする。

2,3  (略)

第29条の2 契約保証金の納付に代えて提供させることができる担保は,次の各号に掲げるものとする。

(1)(2)  (略)

第30条 市長は,次の各号に掲げる場合においては,契約保証金の全部又は一部を免除することがある。

(1)~(5)  (略)

(6) 随意契約により契約を締結する場合において,契約金額が少額であり,かつ,契約の相手方が契約を履行しないこととなるおそれがないと認められるとき。

第35条 契約書を作成する場合においては,契約の目的,契約金額,履行期限及び契約保証金に関する事項のほか,次に掲げる事項を記載するものとする。ただし,契約の性質又は目的により該当のない事項については,この限りでない。

(1) 契約の履行の場所

(2) 契約代金の支払又は納付の時期及び方法

(3) 監督及び検査

(4) 履行遅滞その他義務の不履行の場合における遅延利息,違約金その他の損害金

(5) 危険負担

(6) かし担保責任

(7) 契約の履行の際生じる第三者との紛争の解決の方法

(8) 契約の解除の要件

(9) その他市長が必要と認める事項

2,3  (略)

ウ 京都市会計規則(甲51)

第53条 支出命令書(還付命令書を含む。以下同じ)には次に掲げる書類を添付しなければならない。ただし,当該出納機関の承認を得て第2号に掲げる書類の全部又は一部を省略することができる。

(1) 請求書(請求書により難い場合は支出調書)又は納入通知書(これに類するものを含む。次項及び第66条において同じ。)及び支出調書

(2)  (略)

2,3  (略)

エ 京都市教育委員会通則(乙43)

第13条 委員会は,次の各号に掲げる事項を除き,委員会の権限に属する事務を教育長に委任する。ただし,教育長は,委任された事項のうち,特に重要なものについては,委員会に報告するものとする。

(1)~(19)  (略)

(10) 随意契約に関するガイドラインについて(甲57)

京都市は,地方自治法施行令167条の2第1項各号に掲げる随意契約を行うことができる場合の基準として,「京都市物品等の調達に係る随意契約ガイドライン」(以下「随意契約ガイドライン」という。)を定めている。

同ガイドラインでは,同施行令167条の2第1項1号2号(不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき)の基準のひとつとして,「特定の1者でなければ提供できない役務に係る契約」で「特殊な技術又は秘密の技術に関する情報その他の他の者が有し得ない専門的な知識,技術等を必要とするもの」がこれに該当すると定めており,この場合の「運用上の留意点」として,「他の者では履行し得ない役務の提供であることについて同業他社に確認するなど客観的に確認すること」「実績のある者が他にないこと又は実績が豊富であることのみをもって特定の1者でなければ履行できない理由にはならないこと。契約の確実な履行には実績の有ることが望ましい場合は実績要件を入札参加条件として競争入札に付すこと」「独自のノウハウ等の必要性については,他の者が別の手段(ノウハウ等)によって達成できないか確認すること」と定められている(同ガイドライン2(1)イ(イ))。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  B教育長を怠る事実の相手方とする訴えは不適法か(本案前の争点1)。

(被告の主張)

ア 本件監査請求において原告らが監査を求めた対象は,本件各支出であり,B教育長を相手方とする怠る事実は,本件監査請求の対象となっていない(なお,監査結果においても,B教育長の不法行為責任の有無については,全く言及されていない。)。したがって,B教育長を相手方とする訴えは,適法な監査請求を経ていない。

イ また,職員の非財務会計行為が不法行為に該当すると主張し,当該職員に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を理由として住民訴訟を提起できるとすれば,地方公共団体の財務について創設された住民訴訟制度の趣旨に反するから,そのような住民訴訟は,住民訴訟の対象に該当しないとして却下されるべきであるところ,B教育長を相手方とする訴えは,これに該当する。

ウ 以上のとおり,B教育長を相手方とする訴えは不適法であるから却下されるべきである。

(原告らの主張)

ア 被告の主張アについて

被告の主張を争う。監査請求の内容と訴えの内容を比較して,相手方又は請求が同一であれば,適法な監査請求を経ているというべきところ,原告らは,本件監査請求において,B教育長が違法な本件事業を行ったことや,これに基づく違法・不当な公金支出を具体的に指摘し,京都市はB教育長に対する実体法上の請求権を有していると主張しているから,B教育長を怠る事実の相手方とする訴えは,適法な監査請求を経ている。

イ 被告の主張イについて

被告の主張を争う。

(2)  C部長及びA課長を相手方とする訴えは出訴期間を徒過しているか(本案前の争点2)。

(被告の主張)

ア 本件訂正は,請求の趣旨を質的に変更させるものである上,賠償請求の請求(地方自治法242条の2第1項4号本文)と賠償命令の請求(同号ただし書)とは,請求の内容も根拠規定も異にするほか,その後の手続も全く異なっており,訴訟物を異にするものというべきであるから,訴えの交換的変更に該当する。

イ そして,訴えの変更は,変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから,変更後の訴えに関する出訴期間が遵守されているか否かは,両者の間に存する関係から,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴え提起のときに提起されたものと同視し,提訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情がある場合を除き,訴えの変更のときを基準時として,これを決さなければならない(最高裁昭和54年(行ツ)昭和58年9月8日第一小法廷判決・裁判集民事139号457頁参照)ところ,本件訂正は,平成21年8月19日になされたものであり,本件監査請求が棄却されてから30日以上を経過している。

ウ したがって,C部長及びA課長を相手方とする訴えは不適法であるから却下されるべきである。

(原告らの主張)

ア 被告の主張を争う。

イ 住民訴訟における訴訟物は,住民の利益のために認められた住民自身の権利としての違法是正請求権であるとみるべきであり,その一環としての賠償請求の請求と賠償命令の請求とは同一の訴訟物であるから,本件訂正は,訴えの変更には該当しない。

ウ 仮に,訴えの変更に該当するとしても,本件では,旧請求,新請求ともに,同一の公金支出を問題とし,その賠償請求を被告に促すものであり,その違法性についての主張も全く同一であるから,被告の掲げる判例がいう「出訴期間遵守において欠けることがないと解すべき特段の事情」があるというべきである。

(3)  本件事業の違法性が本件各支出に承継されるか。

(原告らの主張)

ア 原因行為となる事業自体が違法な行為であればそれに伴う財務会計行為も違法になると解すべきであるところ,本件事業を原因行為とする本件各支出は違法である。

イ 仮に,原因行為の違法が常に財務会計行為に承継されないとしても,少なくとも,①原因行為の違法が重大かつ明白である場合や,②原因行為と財務会計行為を同一の行為者が行うなど,違法な原因を自ら是正することが可能である場合,③当該財務会計行為自体に違法が認められる場合には,原因行為の違法は財務会計行為に承継されると解すべきである。

本件では,後述のとおり,①本件事業の違法は重大かつ明白であるし,②本件事業の実施には市教委が関与しているところ,本件各支出に伴う各財務会計行為を行ったC部長,A課長及びE課長はいずれも市教委の職員であって,本件事業の実施に深く関与し,原因行為たる本件事業の違法に加担しており,③本件各支出は,それ自体が様々な財務会計法規に反しており違法なものであるから,本件事業の違法は,本件各支出に承継される。

(被告の主張)

原告らの主張を争う。財務会計上の行為を行った職員に対し損害賠償責任を問うことができるのは,先行する原因行為に違法事由がある場合であっても,原因行為を前提にしてなされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られるというべきであるから,仮に,本件事業に違法事由があったとしても,その違法性は,本件各支出に承継されるものではない。

(4)  本件事業の違法性

(原告らの主張)

ア 本件事業の目的・内容の違法性

(ア) 本件テキストの内容

a 本件テキスト(初版)には,別紙一覧表記載のとおり,①多くの誤りがあるのみならず(別紙一覧表の1~12),②天皇を中心に京都の歴史を叙述し,人権や平和に関する記述を排除するなど,偏った特定の価値観,歴史観に立って作成されている(別紙一覧表13~23)。また,③京都市で使用されている社会・歴史の教科書の内容とも矛盾・相違する点(別紙一覧表24~31)が多いし,④男女共同参画社会の教育に相反する記載(別紙一覧表32~41)もある。

b また,「義務教育諸学校教科用図書検定基準」(以下「教科書検定基準」という。)では,「図書の内容に,特定の営利企業,商品などの宣伝や非難になるおそれのあるところはないこと」とされており,この趣旨は教材にも当てはまるところ,本件テキストには,⑤特定の企業の紹介(別紙一覧表42~49)・協賛広告が数多く入っており,同基準にも反する。

c 以上からすると,本件テキストは,教材として有益適切なもの(学校教育法34条2項)とはいえない。

(イ) 本件テキストの作成者

a 本件テキストの作成者は,本件テキストの奥書に発行者として記載されている推進プロジェクト及びこれを補助した市教委である。

b 推進プロジェクトは,本件事業を推進することにより,市長の施策に基づく一方的な観念を児童らに植え付けることを目的とした組織であり,そのような事業主体が教材を作成すること自体が教育に対する「不当な支配」であるし,また,教育委員会が教材の作成に関わることは,地教行法23条,33条,旧教育基本法10条の趣旨から許されない。

(ウ) 学習及び受検の強制

a 市教委は,各学校の児童らに対し,本件テキストを用いた学習及び検定試験の受検を強制していた。

すなわち,①各学校の校長に対し,2度にわたり,受検対象児童全員が受検できるよう配慮を依頼することを内容とする文書が送付され,検定試験を受検対象児童全員に受検させることが指示されていること,②各学校の校長らは,保護者に対し,市教委から送付された例文をもとに,検定試験の告知文書を作成・送付したが,その例文の中では,受検が任意のものであることは記載されていなかったこと,③各学校に対する本件テキストの必要部数の調査も,配布対象児童の数を尋ねるものであり,本件テキストの使用の有無・必要部数を尋ねるものではなかったこと,④受検対象児童が,学校単位で検定試験を受検した場合には,受検料が無料とされており,利益誘導があること,⑤検定試験では,解答は記名式とされ,各学校は受検番号を把握でき,児童の氏名,学年及び組につき管理され,情報管理業者を通じて,市教委にも把握されるようになっていること,⑥受検した児童には参加証が交付され,いわゆる「踏み絵」として,児童に対する心理的強制が行われていること,⑦現に,京都市立の全小学校において,本件テキストを用いた学習及び検定試験が実施されていることに(大部分の学校においては,検定試験は授業時間内に行われた)照らせば,事実上の強制があったものと評価できる。

b 被告は,検定試験を実施するか否か及び本件テキストを授業で使用するか否かは,各学校の校長の裁量に委ねられていると主張するが,仮に校長がそれを拒否すれば,当該校長へのマイナス評価や不利益処分が課されることは明白であり,校長に対する関係でも,検定試験の実施や本件テキストの使用が強制されているものといえるし,本件テキストについては教材使用届が提出されておらず,各学校の校長が使用することを決定したものではないから,被告の主張は失当である。

(エ) 本件事業の目的

本件事業の目的は,児童らに特定の思想を植え付けること(日本人であることの誇りを取り戻すこと及び愛国心を育成すること)にある。

①上記のとおり,偏った特定の価値観,歴史観に立って本件テキストが作成されていること,②D市長は,本件事業は「京都創生」の取組の一環として行うことを再三強調しているが,この「京都創生」の取組自体が,愛国心やナショナリズムを前面に打ち出したものであること,③B教育長は,平成18年5月30日に開催された第164回国会衆議院教育基本法に関する特別委員会の会議において,本件事業について,「郷土を愛し,日本を愛する子供たちの育成につながっていく」と述べていること(乙1),④推進プロジェクトが発行した「ジュニア京都検定通信」には,「日本人であることの誇りを取り戻すことが検定の目的」というような委員の発言が掲載されていること,⑤推進プロジェクトのI委員長は,「新しい歴史教科書をつくる会」理事,「日本女性の会」代表委員,「首相の靖国神社参拝を求める国民の会」代表発起人等を務めていたことに照らせば,本件事業の目的が上記のとおりであることは明らかである。

(オ) まとめ

以上のとおり,本件事業は,①児童らに特定の思想を植え付けることを目的とし,②教材を作成することができない市教委及び推進プロジェクトが,特定の価値観・歴史観に立って,内容が有益適切ではない本件テキストを作成し,③児童らに対し,本件テキストで学習しジュニア検定を受検することを強制することを内容とするものであり,学校教育及び社会教育の教育内容に対する公権力による「不当な支配」であって,憲法13条,19条,23条及び26条,地教行法24条並びに旧教育基本法7条及び10条に反する違法なものである。

イ 意思決定手続を経ていないこと

(ア) 本件事業は,正式な意思決定手続を経ずに進められていたものであり,違法である。

(イ) 被告は,口頭での意思決定があった旨主張するが,京都市公文書管理規則6条によれば,「特に軽易なもの」以外は,公文書による意思決定が必要であり,口頭での意思決定というものは存在しない。

さらに,被告は,検定試験実施の準備段階であれば,意思決定が不要であると主張するが,本件テキストの作成等は,本件事業の実施の準備段階ではなく,本件事業そのものである。本件テキスト作成等は,本件事業の不可欠の部分をなしており,これを「準備段階」とする被告の主張は詭弁である。

(被告の主張)

ア 原告らの主張ア(本件事業の目的・内容の違法性)について

(ア) 原告らの主張(ア)(本件テキストの内容)について

a 原告らの主張を争う。本件テキストは,教材として有益適切なものである。

b 原告らは,とりわけ,本件テキストの歴史に関する記述に拘泥しているようであるが,本件テキストは,歴史の学術専門書ではなく,児童らが幅広く京都のことを学べる読み物として,歴史以外にも京都に関する暮らしや産業等,多彩な内容をコンパクトに収める必要があり,原告らが主張する内容全てを説明するようなことは,本件テキストの趣旨ではない。学校の授業は,教科書に基づいて行われており,歴史の詳述は教科書に記載されている。

本件テキストは,補助教材として「表現が正確適切である」ことはもちろんであり,原告らが指摘する項目についても,小中学生の読み物として不適切な記述はない。

c また,本件テキストに特定の企業の紹介が記載されていることは,新しい京都の一端として京都の先端企業を紹介するという目的に照らして相当な表現の範囲内である(なお,本件テキストは教科書ではないから,教科書検定基準は適用されない)し,協賛広告についても,市教委は,掲載にあたり,その内容が「京都市の広報媒体への広告掲載に関する要綱」(乙10)及び「京都市の広報媒体への広告掲載基準」(乙11)に準拠し,妥当なものであるかどうかについて検討するなどの配慮を行っている上,分量も全体と比べるとわずかであって,相当と認められる範囲を逸脱するものではない。

(イ) 原告らの主張(イ)(本件テキストの作成者)について

原告らの主張を争う。本件テキストは,市教委が,初期の原稿提供や内容の確認など作成に関与したものであるが,実際には,京都新聞開発が作成したものであるから,推進プロジェクトや市教委が本件テキストを作成したことを前提とする原告らの主張には理由がない。

なお,地教行法は教育委員会による教科書以外の教材の作成を制限するものではなく,他にこれを制限する法令はないから,市教委が本件テキストの作成に関与したとしても違法となるものではない。

(ウ) 原告らの主張(ウ)(学習及び受検の強制)について

原告らの主張を争う。市教委は,検定試験を実施することや本件テキストを授業で使用することを義務付けておらず,これらは,各学校の校長の裁量に委ねられている。

(エ) 原告らの主張(エ)(本件事業の目的)について

原告らの主張を争う。本件事業の目的は,その実施要項(乙12)に記載されているとおり,京都で培われた日本の文化,伝統を次代の子どもたちに伝えていくことである。

(オ) 原告らの主張(オ)(まとめ)について

原告らの主張を争う。上記のとおり,本件事業は,公権力が教育内容へ介入するものではない。仮に,本件事業が教育内容への介入と評価されるとしても,本件事業の目的は上記のとおりであって,旧教育基本法,現教育基本法,学校教育法,学習指導要綱で規定する目的や目標にかなうものであり,その内容も必要かつ合理的なものであるから,「不当な支配」にはあたらない。

イ 原告らの主張イ(意思決定手続を経ていないこと)に対して

原告らの主張を争う。B教育長が推進プロジェクトの委員に就任したころには,市教委として本件事業を実施する方針を意思決定していた。ただし,その段階では,本件事業の内容が決定書による決定を行う程度に定まっていなかったため,事業の詳細については,推進プロジェクトの委員の意見を踏まえて市教委として決定する予定であった。

(5)  本件支出①の違法性

(原告らの主張)

ア 購入の必要性を欠くこと

(ア) 支出負担行為書①によれば,本件関連書籍は,執筆関係者の資料として使用する目的で購入されたものであるところ,本件テキストの執筆作業は,平成17年6月15日から始まっており,同年7月22日には執筆関係者から原稿が提出され,同年9月27日以降は執筆者会議も開かれていない。したがって,同月26日に納品されたとされる本件関連書籍は,執筆関係者が資料として使用できるものではなかった。

したがって,本件支出①は支出の合理的必要性を欠き,地方財政法4条1項に反し違法である。

(イ) 仮に,本件関連書籍の購入自体が適法なものであったとしても,本来であれば,出版社から定価の71~80%の価格で購入すべきものであるところ,京都市は,京都商工会議所から定価で購入しており,少なくとも,その差額については,支出の合理的必要性を欠く。

イ 支出負担行為書による支出負担行為を欠くこと

(ア) 前記のとおり,支出負担行為書①は,平成17年11月1日以降に決裁されたものであるところ,仮に,被告の主張するように,本件関連書籍が,平成17年6月15日の第1回執筆者会議で配布するために購入されたものであるとすると,支出負担行為書による支出負担行為がないまま,本件関連書籍が購入され納品されたこととなる。

したがって,本件支出①は,地方自治法232条の3に反し違法である。

(イ) 被告は,平成17年6月13日又は同月14日に,A課長による口頭の決定があった主張するが,京都市公文書管理規則6条1項によれば,意思決定においては公文書を作成しなければならない上,京都市の契約事務においては,支出の内容等を明確にした上で支出負担行為を行うこととされており,支出負担行為書の記載事項が全て決定して初めて支出負担行為の決定といえるのであるから,口頭での意思決定という概念は存在せず,文書の決裁日を意思決定の日とみるべきである。

ウ 支出の原因となる根拠を欠くこと

前記のとおり,推進プロジェクトの設置要綱の決定は,平成17年10月27日であるところ,本件支出負担行為①は,それよりも前に行われており,支出の原因となる根拠なくなされたものであるから,違法である。

エ 検収が行われていないこと

本件関連書籍の購入にあたり,支出命令書①には納品書も添付されておらず,複数の職員による履行確認もされていないにもかかわらず,H係長は支出命令書①の検収の確認印を押印しているし,A課長もその不備を知りながら本件支出命令①を行っている。

したがって,本件支出命令①は,契約の履行の確保のために検査を行うことを定めた地方自治法234条の2第1項に反し違法である。

オ 支出負担行為書・支出命令書の虚偽記載

前記のとおり,支出負担行為書①には,実際の起案日及び決裁日とは異なる年月日が記載されている。また,支出命令書①には,履行年月日は平成17年9月26日とされているが,被告の主張するように,本件関連書籍が同年6月15日までに納品されていたのであれば,この記載も虚偽ということになる。

このような虚偽記載は,虚偽公文書作成罪(刑法156条)にも該当する重大な違法行為である。

(被告の主張)

ア 原告らの主張ア(購入の必要性を欠くこと)について

原告らの主張を争う。本件関連書籍は,第1回執筆者会議において,出席した執筆関係者に配布されているし,欠席者にも後日送付されている。本件関連書籍の購入については,A課長が,平成17年6月13日又は同月14日に口頭で支出負担行為を行い,同月15日に京都商工会議所から本件関連書籍が納品されたが,京都商工会議所が提出した見積書,納品書及び請求書に不備があり,作り直しを繰り返していたために,事務処理が遅れたものであり,見積書,納品書及び請求書の最終確認ができた同年9月20日の日付を支出負担行為書①に記入したものである。

地方財政法4条1項の規定は,公金の支出を具体的に規制しているものではなく,同条項にいう「必要かつ最少の限度」の判定にあたっては,広く社会的,政策的ないし経済的見地から総合的にこれをなすべきであるところ,本件関連書籍は,本件テキストの執筆の資料として活用するために執筆関係者に配布されたものであり,定価での購入であって適切であるから,本件関連書籍の購入は,社会的,政策的ないし経済的見地から判断しても何ら問題はなく,地方財政法4条1項に反しない。

イ 原告らの主張イ~オについて

原告らの主張を争う。

(6)  本件支出②の違法性

(原告らの主張)

ア 契約の必要性を欠くこと

(ア) 本件委託契約における業務は,具体的な成果を得るための準備に過ぎない業務であり,システム構築等業務の委託契約を締結する際に,その委託料にその作業に係る経費が反映されることはあっても,システム構築等の業務の委託もされないうちに,本件準備業務のみを独立させて委託することは通常考えられない。本件委託契約は,その締結時において,何ら実質的な意義のある成果を得ることのできない契約であって,契約の目的が明らかに合理性を欠くものであった。

(イ) したがって,本件委託契約は合理的必要性を欠き,本件支出負担行為②は,地方財政法4条1項に反し違法である。

イ 随意契約理由の不存在等

(ア) 本件委託契約における業務は,M社でなければ提供できない役務ではなく,地方自治法施行令167条の2第1項各号及び随意契約ガイドラインの定める基準に該当しない。

(イ) また,本件委託契約締結にあたり,「他の者では履行し得ない役務の提供」であることについて,同業他社に対する確認等も行われておらず,随意契約ガイドライン2(1)イの「運用上の留意点」にも反するし,M社以外からの見積書は取られていないから,京都市契約事務規則27条に反する。

(ウ) 上記のとおり,本件委託契約は,違法な随意契約であるから,本件支出負担行為②は違法である。

ウ 契約内容の不備

本件委託契約においては,その契約書(乙4の1)が,委託内容や契約の目的等の記載及び仕様書の添付を欠くし,危険負担や,瑕疵担保責任,第三者との紛争の解決方法に関する事項が定められていない(京都市契約事務規則35条違反)上,契約保証金やそれに代わる担保を納めさせていない(地方自治法施行令167条の16,京都市契約事務規則29条,29条の2違反)など,数々の不備があるから,本件支出負担行為②は違法である。

エ 会計年度独立の原則に反すること

(ア) 前記のとおり,支出負担行為書②の実際の決裁日は平成18年4月26日以降であり,この実際の決裁日を支出負担行為の日とみるべきである。また,支出命令書②には,履行年月日は平成18年3月31日と記載されているが,同日までに成果物は提出されていない。

(イ) このように,本件支出負担行為②及び本件委託契約に基づく履行は,平成18年度に入ってからなされたものであるから,本件支出②については平成18年度予算から支出されるべきものであった。

したがって,本件支出②は,会計年度独立の原則(地方自治法208条)に反し違法である。

(ウ) 被告は,A課長が平成18年2月28日に口頭で決定したと主張し,契約書上の契約締結日も同年3月1日とされているが,これは,同月16日の京都市とM社との間の議事録(甲54-10頁)の内容(京都市が京都商工会議所に委託し,京都商工会議所がM社に委託する形が予定されていた。)に反する上,前記のとおり,口頭での意思決定という概念は存在しないから,被告の主張は失当である。

(エ) 仮に,被告の主張するように,本件支出負担行為②及び本件委託契約に基づく履行が平成17年度内になされたものであるとしても,前記のとおり,本件委託契約は,その締結時において,京都市にとって何ら実質的な意義のある成果を得ることのできない契約であって,契約の目的が明らかに合理性を欠くものであり,本来的な契約の最終的な成果を得る目的からは,その実質的な成果を得られる平成18年度の支出とすべきであったから,平成17年度の予算の執行としてなされた本件支出②は,会計年度独立の原則に反する。

オ その他

(ア) 支出負担行為書による支出負担行為を欠くこと

本件委託契約は,支出負担行為書による支出負担行為のないまま締結されたものであり,本件支出②は地方自治法232条の3に反し違法である。

(イ) 契約書,支出負担行為書,支出命令書の虚偽記載

本件委託契約の契約書や支出負担行為書②には,虚偽の契約締結日,起案日,決裁日が記載され,支出命令書②にも,虚偽の履行年月日が記載されており,これらは,虚偽公文書作成罪(刑法156条)に該当する重大な違法行為である。

(ウ) 履行確認がされていないこと

支出命令書②では,履行年月日は平成18年3月31日とされ,H係長は,検収の確認印を押印しているが,完了届も添付されておらず,複数の職員による履行確認もされていない上,前記のとおり,平成18年3月31日までに成果物が提出されていないことは明らかであって,本件支出命令②は,履行確認のないまま決裁されたものであるから,地方自治法234条の2第1項に反し違法である。

(エ) 契約締結前から,M社に業務を行わせていたこと

平成18年3月1日に本件委託契約が締結されたとの被告の主張によったとしても,市教委は,平成17年夏ころから,検定業務運営について,委託契約も締結しないまま,M社に業務をさせており,契約締結以前にM社に業務を行わせていたことになるから,本件支出②は,地方自治法232条の3に反し違法である。

(被告の主張)

ア 原告らの主張ア(契約の必要性を欠くこと)について

原告らの主張を争う。本件委託契約は,①京都検定を参考にした子ども向けプログラムが短期間で組めるかどうかの見極め,②検定料を決定するにあたり概算の数字の把握,③事業実施に際しての課題を明らかにすることを目的としたものであり,委託したスケジュールや操作マニュアル資料等の作成は,平成18年度以降の検定実施に向けての作業として必要不可欠なものである。また,M社からも委託内容に合致した成果物が提出されており,本件委託契約には合理的必要性がある。

イ 原告らの主張イ(随意契約理由の不存在等)について

(ア) 原告らの主張を争う。

(イ) 本件委託契約締結当時,本件事業の実施にあたっては,京都商工会議所が実施する京都検定との提携を想定していた。M社は,京都検定に関して唯一実績がある業者であり,京都検定のほかにも検定業務に関する実績があったため,問題作成や事業運営にあたり,京都検定の業務を行っていたM社のノウハウを活用できるメリットがあり,M社と随意契約を締結することが妥当であると判断したものである。

したがって,本件委託契約は,随意契約ガイドライン基準2(1)イ(イ)の「特殊な技術又は秘密の技術に関する情報その他の者が有し得ない専門的な知識,技術等を必要とするもの」に該当するから,地方自治法施行令167条の2第1項2号の要件を満たす。

(ウ) なお,本件委託契約にあたり,M社以外の業者との契約はあり得ず,京都市契約事務規則27条に規定する「特別な理由」があるから,他の業者から見積書を取っていないことは,同条に反するものではない。

ウ 原告らの主張ウ(契約内容の不備)について

(ア) 原告らの主張を争う。

(イ) 本件委託契約は,委託料が352万8000円と「契約金額が少額」であり,京都市契約事務規則30条6号に該当するから,同規則29条,29条の2で規定される契約保証金又はそれに代わる担保の提供は必要でない。

(ウ) また,京都市契約事務規則35条1項で記載事項としている,危険負担,瑕疵担保責任等については,契約書に記載されていない場合には,民法の規定を適用することになるから,これらの記載が契約書に記載されていないことをもって,同条項に反することにはならない。なお,同条項は,契約の履行の確保や紛争の予防及び速やかな処理を期すための規定であり,記載事項とされている事項を契約書に記載しないことをもって,直ちに契約が無効となったり,これに基づく公金の支出が違法となるものではない。

エ 原告らの主張エ(会計年度独立の原則に反すること)について

原告らの主張を争う。G課長は,本件委託契約について,A総務課長に対し,支出の可否を確認し,支出してよいとの了解を平成18年2月28日までに得た。したがって,A課長の了解を得た時点で本件支出負担行為②があったものとみるべきであるし,支出命令書②のとおり,本件委託契約に基づく履行は平成17年度中にされていたのであるから,本件支出②は会計年度独立の原則に反するものではない。

オ 原告らの主張オ(その他)について

原告らの主張を争う。

(7)  本件支出③(本件テキストの購入)自体の違法性

(原告らの主張)

ア 無償配布決定の不存在

(ア) 平成18年2月14日の第2回推進プロジェクト会議で,本件テキストにつき,配布対象児童に対して有償配布(300円程度)する予定であることが決定されたが,その後,市教委生涯学習部の職員は,内部で協議を行っただけで,本件テキストを無償配布することを決めた。

推進プロジェクトは本件事業の実施主体であるところ,生涯学習部の職員の協議だけで,推進プロジェクトの決定を変更することは許されない。

(イ) また,被告の主張するように,市教委が本件事業の実施主体であったとしても,市教委内部において,本件テキストの無償配布につき,正式な意思決定手続はとられていない。

被告は,支出負担行為書③により本件テキストの無償配布が決定されたと主張するが,本件テキストの購入決定が直ちにテキストの無償配布につながるものではない。

(ウ) 以上のとおり,本件支出負担行為③は,無償配布の決定を経ないままなされたものであり違法である。

イ 購入の必要性を欠くこと

前記のとおり,本件テキストは,有益適切なものではなく,1197万円もの費用をかけて購入する必要性に乏しいものであり,本件支出負担行為③は,地方財政法4条1項に反し違法である。また,被告の主張によれば,配布対象児童及び教員への配布数は3万6197冊であったということであり,それ以外に1803冊も多く購入したことになるが,この意味でも,本件支出負担行為③は,地方財政法4条1項に反する。

ウ 会計年度独立の原則に反すること

(ア) 前記のとおり,支出負担行為書③の実際の決裁日は平成18年4月21日以降であり,この実際の決裁日を支出負担行為の日とみるべきである。また,支出命令書③には,履行年月日は平成18年3月31日と記載されているが,本件テキストは,平成18年3月31日までに納入されていない。

(イ) このように,本件支出負担行為③及び本件テキストの納入は,平成18年度に入ってからなされたものであるから,本件支出③については平成18年度予算から支出されるべきものであった。

したがって,本件支出③は,会計年度独立の原則(地方自治法208条)に反し違法である。

(ウ) 被告は,C部長が平成18年3月27日に口頭で決定したと主張するが,前記のとおり,口頭での意思決定という概念は存在しないから,被告の主張は失当である。

エ その他

(ア) 支出負担行為書による支出負担行為を欠くこと

前記のとおり,支出負担行為書③の実際の決裁日は,平成18年4月21日以降であったにもかかわらず,支出負担行為書③上,納品日は同月31日となっているから,本件テキストは,支出負担行為書による支出負担行為のないまま購入・納品されたことになる。したがって,本件支出③は,地方自治法232条の3に反し,違法である。

(イ) 随意契約理由の不存在

本件テキストの購入は,契約金額が,地方自治法施行令167条の2第1項1号の定める金額(160万円,同施行令別表第5-2)を超えていることは明らかであり,違法な随意契約であるから,本件支出負担行為③は違法である。なお,被告は,同施行令167条の2第1項7号の誤りであると主張するが,そのような誤りに基づいてなされた随意契約の決定手続は無効である。

(ウ) 物件供給契約書の不存在

支出負担行為書③には,京都市契約事務規則35条1項に定める契約書が添付されていない。したがって,本件支出負担行為③は,同条項に反し違法である。

(エ) 支出命令書に請求書番号を欠くこと

支出命令書③には,請求書番号が記載されておらず,添付されている京都新聞開発の請求書にも請求書番号は記載されていないから,本件支出命令③は,京都市会計規則53条に反し,違法である。

(オ) 支出負担行為書,支出命令書の虚偽記載

前記のとおり,支出負担行為書③には,虚偽の起案日・決裁日が記載され,支出命令書③には,虚偽の履行年月日が記載されており,これらは,虚偽公文書作成罪(刑法156条)に該当する重大な違法行為である。

(カ) 京都新聞開発に対する過剰な便宜供与

市教委は,本件テキストの著作権者は,京都新聞開発であると明言している(甲47)ところ,執筆関係者は,京都新聞開発から原稿料・印税等の支給を受けていない。

そうすると,市教委が,執筆関係者の了解もなく,京都新聞開発に対し,執筆関係者の著作権を集約して本件テキストの著作権を無償譲渡したことにほかならない。その結果,京都新聞開発は,何ら執筆の労を割くことなく,著作料に相当する金額を儲けることができた反面,市教委は,本件テキストを高額で買い取ることとなった。

なお,今後も本件事業の実施を継続する限り,毎年,本件テキストを大量に購入し続けることが予定されており,このように,市教委による京都新聞開発への著作権譲渡を起点として,今後も永続的な不当な公金支出がなされる癒着が生じている。

(被告の主張)

ア 原告らの主張ア(無償配布決定の不存在)について

原告らの主張を争う。本件テキストの無償配布については,本件テキスト購入時に,本件支出負担行為③によりC部長が決定している。すなわち,有償配布の場合は,各学校が保護者から集金し,直接業者に代金を支払うこととしているため,市教委で代金をまとめて支払う場合は,無償配布が前提となっている。

また前記のとおり,推進プロジェクトは,本件事業の実施主体ではないし,本件テキストを有償で配布することを決定してもいない。

イ 原告らの主張イ(購入の必要性を欠くこと)について

原告らの主張を争う。前記のとおり,本件テキストは教材として有益適切なものであるし,本件テキストの購入量も適正である。

ウ 原告らの主張ウ(会計年度独立の原則に反すること)について

原告らの主張を争う。G課長は,本件テキストの購入について,C部長に対し,支出の可否を確認し,支出してよいとの了解を平成18年3月27日に得た。したがって,C部長の了解を得た時点で本件支出負担行為③があったものとみるべきであるから,本件支出③は会計年度独立の原則に反するものではない。

エ 原告らの主張エ(その他)について

原告らの主張を争う。なお,原告らの主張(イ)について,本件支出負担行為書③に随意契約による理由として挙げられている「地方自治法施行令167条の2第1項1号」は,同条項7号(時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき)の誤りである。

(8)  損害

(原告らの主張)

ア 本件事業が違憲・違法であることによる損害

本件事業自体が,違憲・違法なものである以上,本件各支出によって得られたものは,京都市にとって有用なものではない。したがって,京都市は,本件各支出によって,その支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

イ 本件支出①による損害

前記のとおり,本件関連書籍の購入は必要性を欠くものであるから,京都市は,本件支出①により,その支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

ウ 本件支出②による損害

(ア) 必要性を欠く契約を締結したことによる損害

前記のとおり,本件委託契約は必要性を欠くものであるから,京都市は,本件支出②により,その支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

なお,M社は,平成18年度の基礎コース及び発展コースの検定処理業務を受託しているが,これらの業務委託契約においては,本件委託契約に基づく業務を含まないとは明記されておらず,準備業務と本業務を分離することは困難である上,もし,他の会社が平成18年度の検定処理業務を受託した場合には,その業務は準備業務から始めなければならなくなってしまうものであったから,京都市が損害を被ったことは明らかである。

(イ) 違法な随意契約による損害

前記のとおり,本件委託契約は,違法な随意契約であるところ,公正な手続がとられていれば,M社以外の会社が,より安価な価格で受託していた可能性が高い。このことは,平成19年度の検定処理業務においては,プロポーザル方式を採用し,この際のM社の見積額は2321万8000円で,ワールドビジネスセンターの1695万4350円,株式会社オクトパスの2145万765円と比較して,最も高額であった(ワールドビジネスセンターの見積額は,M社の73%であった)ことからも明らかである。

公正な手続がとられていた場合の価格は,上記各見積額に照らし,257万5440円(352万8000円の73%)程度であったと推測され,その差額95万2560円が京都市が被った損害となる。

(ウ) 杜撰な発注による損害

前記のとおり,本件委託契約には多くの不備があり,その内容が極めて杜撰であり,契約金額の根拠が不明であって,M社の言いなりで決められたといわざるを得ず,この点からも京都市が損害を被っていることは明らかである。

(エ) 会計年度独立の原則違反による損害

本件支出②は,平成18年度に入ってから,平成17年度に割り当てられた予算の執行残を不正な方法で支出したものであるから,京都市は,本件支出②により,支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

エ 本件支出③について

(ア) 本件テキストを無償で配布したことによる損害

前記のとおり,本件テキストは,無償配布決定のないまま,配布対象児童らに無償で配布するために購入されたものであるから,京都市は,本件支出③により,その支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

(イ) 本件テキストが有益適切でないことによる損害

前記のとおり,本件テキストは,前記のとおり有益適切なものではなく,本件テキストを購入し,小学生に無償で配布することは,京都市にとって有用といえないから,京都市は,本件支出③により,その支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

(ウ) 会計年度独立の原則違反による損害

本件支出③は,平成18年度に入ってから,平成17年度に割り当てられた予算の執行残を不正な方法で支出したものであるから,京都市は,本件支出③により,その支出された公金全額に相当する額の損害を被ったものというべきである。

(被告の主張)

原告らの主張を争う。

(9)  各職員の責任

(原告らの主張)

ア C部長及びA課長について

(ア) 本件事業は教育内容への教育行政への介入の一環としてなされているところ,これが教育委員会の存在理由に反することは明らかである。また,本件事業につき,市教委及びその他の機関で正式な決定がなされていなかった。これらは,教育委員会の職員であれば誰でも容易に理解し得る事柄であるし,A課長及びC部長はそのことを認識していた。

A課長は,上記事実を知りながら,故意又は重過失に基づき本件支出負担行為①及び本件支出負担行為②を行ったものであるし,C部長は,上記事実を知りながら,故意又は重過失に基づき本件支出負担行為③を行ったものである。

(イ) A課長は,本件支出負担行為①及び本件支出負担行為②の専決権者であるところ,「当該職員」として,故意又は重過失により,前記のとおり違法な支出負担行為①及び本件支出負担行為②を行ったものであるし,前記のとおり,A課長は,平成18年3月31日の時点で本件委託契約に基づく成果物が提出されていないことを知りながら後任のE課長に虚偽の引継を行ったものであるから,本件支出命令②についても故意又は重過失がある。

(ウ) C部長は,本件支出負担行為③の専決権者であるところ,「当該職員」として,故意又は重過失に基づいて,前記のとおり違法な支出負担行為③を行ったものであるし,前記のとおり,E総務課長が本件支出命令③を行うにあたり,指揮監督を怠ったものであるから,「当該職員」として,故意又は重過失がある。

(エ) よって,A課長は,京都市に対し,地方自治法243条の2第1項後段に基づき,本件支出①及び本件支出②による損害を賠償する責任を負い,C部長は,京都市に対し,同項後段に基づき,本件支出③による損害を賠償する責任を負う。

イ B教育長について

(ア) B教育長は,推進プロジェクトの設置要綱を決定しており,前記のとおり違法である本件事業の実施を決定したものであるから,本件事業の実施につき故意又は過失がある。

また,本件事業は,前記のとおり,違憲・違法なものであり,B教育長は,その立場上,それを容易に知り得たから,本件事業やそれに伴う本件各支出が行われないように市教委の職員を指揮監督すべき義務を負っていた。しかしながら,B教育長は,同義務を怠るのみならず,自ら率先して本件事業を推進し,その結果,本件各支出が行われた。

(イ) さらに,B教育長は,本件事業や本件各支出についての指揮監督権者であったにもかかわらず,C部長やA課長に対する指揮監督を怠ったことにより,前記のとおり,それ自体が違法である本件各支出が行われた。特に,本件支出②及び本件支出③については,虚偽記載された支出負担行為書や支出命令書に基づき,会計年度を偽って支出されたものであり,これだけの悪質な違法行為が,部長や課長レベルの判断で行われたことはあり得ず,市教委事務局全体としての違法行為であって,B教育長が最も重大な責任を問われるべきである。

(ウ) よって,B教育長は,京都市に対し,不法行為に基づき,本件各支出による損害を賠償する責任を負う。

(被告の主張)

ア 原告らの主張ア(C部長及びA課長について)について

(ア) 原告らの主張を争う。

(イ) 仮に,本件事業が違法であったとしても,C部長及びA課長が本件事業の違法性を事前に認識することは不可能であったし,本件各支出に原告らが主張する違法事由があったとしても,その違法性を判断することは容易ではないから,C部長及びA課長には,重過失がない。

イ 原告らの主張イ(B教育長について)について

(ア) 原告らの主張を争う。

(イ) 前記のとおり,職員の非財務会計行為による不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実を理由として提起された住民訴訟は,住民訴訟の対象に該当しないとして却下されるべきであるが,仮に却下すべきでなくとも,請求に理由がないとして棄却されるべきである。

(ウ) また,B教育長は,本件各支出については指揮監督権限を持っていないから,本件事業の実施の過程において,違法な支出があるとしても,B教育長は,これらの支出を実際に行った職員に対する指揮・監督について過失はなく,不法行為上の責任を負わない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(B教育長を怠る事実の相手方とする訴えは不適法か)について

(1)  ある怠る事実が監査請求の対象とされているかどうかは,監査請求の内容を総合して合理的実質的に考えるべきであるところ,前記のとおり,原告らは,本件監査請求において,①本件事業及び本件各支出が違法であると主張し,②とるべき措置として,B教育長に対して損害賠償を請求することを求めているのであり,これは,実質的には,本件で主張されている怠る事実(B教育長が本件事業に関する指揮監督責任等を怠った不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を京都市が不法に怠る事実)を監査請求の対象としているものとみるのが相当であるから,B教育長を怠る事実の相手方とする訴えは,適法な監査請求を経ているものというべきである。

(2)  また,被告は,職員の非財務会計行為による不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実を理由として提起された住民訴訟は,住民訴訟の対象に該当しないとして却下されるべきであると主張するが,地方自治法242条の2第1項4号の文言からして,直ちに住民訴訟制度の目的,趣旨に反するものとして不適法であるとはいえず,その主張する違法の内容,程度,損害の内容,金額等,その請求内容に照らして住民訴訟制度の濫用と認められるものを不適法とするのが相当であり,そうでなければ,実体判断をすべきであり,その実体判断の過程では,職員の非財務会計行為たる職務行為を不法行為と評価できるだけの著しい違法性があるかどうかを判断することになるものである。

そして,本件訴訟では,その請求内容に照らして,住民訴訟制度を濫用したものとまではいえず,これを不適法な訴えということはできない。

(3)  したがって,B教育長を怠る事実の相手方とする訴えは適法である。

2  争点(2)(C部長及びA課長を相手方とする訴えは出訴期間を徒過しているか)について

(1)  前記のとおり,原告らは,C部長及びA課長を相手方とする訴えにつき本件訂正を行っているところ,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づく賠償請求の請求と,同号ただし書に基づく賠償命令の請求とでは,請求の内容も根拠規定も異なるものであって訴訟物を異にすることは明らかであるから,本件訂正は,訴えの交換的変更にあたる。

(2)  そして,変更後の訴えに関する出訴期間が遵守されているか否かは,両者の間に存する関係から,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴え提起のときに提起されたものと同視し,提訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべき特段の事情がある場合を除き,訴えの変更のときを基準時として,これを決するのが相当であるところ,本件訂正前後の訴えの内容を検討するに,相手方が同一である上,違法と主張される財務会計行為もおおむね同一であり,その違法事由に関する主張についても,訴え当初から変遷を繰り返してはいるものの本件訂正の前後では同一であって,本件訂正前の訴えと本件訂正後の訴えとでは,単に,被告に対し求める行為が異なるものに過ぎないから,本件においては,上記特段の事情を認めることができる。

(3)  したがって,C部長及びA課長を相手方とする訴えは,いずれも,出訴期間を徒過しておらず適法である。

3  前記前提事実,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件事業の経緯

ア 商工会議所からの提案,本件事業の実施方針(甲10の1~4,乙60,証人G)

(ア) 京都検定を主催していた京都商工会議所のプロジェクト推進室の次長であったK(以下「K次長」という。)は,平成16年10月ころ,市教委を訪れ,F部長をはじめとする市教委生涯学習部の職員に対し,京都検定の子ども版テキストを市教委で作成することを提案した。この提案は,具体的な話ではなかったが,F部長は,K次長に対し,全てを市教委で行うのは無理だが,大枠を京都商工会議所で決めてもらえば形にできる旨回答した。

その後,平成16年12月に実施された京都検定が好評であったことから,市教委の職員の間でも,子ども版の京都検定を実施してはどうかとの話が持ち上がっていた。

(イ) F部長,G課長及びH係長は,平成17年4月27日,京都商工会議所を訪れ,K次長らに対し,京都商工会議所が実施主体となって子ども版の京都検定を実施してもらいたい旨伝えたところ,K次長らは,明確な返答をしなかった。

(ウ) K次長らは,平成17年5月11日,市教委を訪れ,B教育長及びG課長に対し,子ども版の京都検定は市教委で実施した方が良いと思うと提案するとともに,検定用のテキストの作成が必要であれば,京都商工会議所から京都新聞グループの会社に対し協力を依頼することができる旨を伝えた。

(エ) B教育長は,平成17年10月27日,推進プロジェクトの設置要綱を定めること及び推進プロジェクトの顧問及び委員等を委嘱することを決定したが,この原案はG課長が作成したものであり,F部長,G課長,H係長らも,その決定書に押印している(甲10の1~4,乙60-6頁)。

イ プロジェクト会議の実施(甲14,15,50,64,乙60)

(ア) 平成17年11月10日,推進プロジェクトの第1回会議が開催され,事務局である市教委生涯学習部からの説明や各委員による協議等が行われた。

(イ) その後,平成18年2月14日に第2回会議が,平成18年9月14日に幹事会が(幹事会においては,検定試験の実施要項につき協議が行われた。),平成19年3月26日に第3回会議が,平成20年1月18日に第4回会議が,それぞれ開催された。

ウ 検定試験の実施要項の決定等(乙12,60)

B教育長は,平成18年度の検定試験の実施に関し,平成18年9月14日に基礎コースの実施要項を,同年11月22日に発展コースの実施要項を,それぞれ決定した。

基礎コースの実施要項(乙12)には,「検定の趣旨」として,「京都は,山紫水明の自然や景観の中で,日本文化が暮らしに息づく世界でも有数の歴史都市であり,このような優れた文化を守り,次代へ継承していく子どもたちを育むことは京都の責務である。こうした文化を子どもたちが知識と共に体験を通して学ぶ機会を市民ぐるみで創出する取組として,文化・伝統産業・観光など幅広い分野の市民からなる『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定推進プロジェクト』を創設し,実施する。」と記載されており,「検定の目的」として,「(1)京都から日本の文化・伝統を次代の子どもたちにしっかりと伝えていくものとする。(2)子どもたちが親,祖父母等と共に学び,体験することができ,親子や家族の絆を一層深める契機とする。(3)『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定テキストブック』(以下『テキストブック』という)等を通して学んだことにより興味を持った内容について,感性を研ぎ澄ます多様な体験(茶道,華道,伝統行事,博物館や文化財など)へとつなげ,知識と体験を子どもたちそれぞれの生活の中で,一体化させる。(4)子どもたちの体験の場を地域全体で創出することにより,子どもたちは地域をもっと好きになり,大人たちは互いの結びつきを強め,地域の子どもは地域で育む取組を一層推進する視点から取り組む。」と記載されている。

エ 本件テキストの作成過程(甲8の1~11,甲47,49,乙54,60,証人G)

(ア) 市教委は,本件事業の実施にあたり,独自のテキストが必要であると考え,テキストの内容作成を,執筆関係者に依頼することとした。

(イ) 平成17年6月15日に,執筆関係者が集まり,第1回執筆者会議が実施された。市教委生涯学習部は,上記第1回執筆者会議の後,同会議に欠席した執筆関係者に対し,平成17年6月17日付けの文書(乙54)とともに,同会議で配布された資料として,本件関連書籍を送付した。

(ウ) その後も,同年7月28日,同年8月29日,同年9月27日に,執筆者会議が開催され,テキストの内容等につき協議が行われた。

(エ) 平成17年10月27日の推進プロジェクト設置の際に,推進プロジェクトにテキスト等作成部会が設置され,執筆関係者は,その部会員に委嘱された。

(オ) G課長は,平成18年2月28日,B教育長名で本件テキストの協賛広告の依頼文書(甲49-2頁)を作成し協賛広告を依頼することを決定し,そのころ,京都新聞開発に対し,同文書を送付し,京都新聞開発は同文書を用い,協賛広告を募集した。

その後,上記募集に応じ,各企業から広告が集まったが,市教委において,広告の内容を点検し,商品の宣伝が前面に出ていたものを企業イメージを中心とする広告にするよう意見を述べる等,一部の企業に対して広告の修正を依頼した。

オ 本件テキストの完成・配布等(甲43,46,54,乙60,証人G)

(ア) G課長は,平成18年4月17日ころ,各学校の校長に宛て,本件テキストを配布対象児童に無償で配布する予定であることを告げ,回答期限を同月19日と定めて,配布対象児童の人数の調査を行った。

(イ) 平成18年4月27日,本件テキストの完成報告会が実施され,I委員長,B教育長に加え,執筆関係者代表として小社研のL会長が出席した。

(ウ) 市教委は,平成18年5月1日及び同月2日,各学校に本件テキストを配布した(実際の配布作業は京都新聞開発が行った。)。

各学校に配布された本件テキストは,児童・教員分の3万6197冊に加え,各学校及び京都市立の各中学校に一部ずつの273冊を加えた3万6470冊であった。その余部のうち1487冊は,推進プロジェクトの委員・顧問,事務局関係者配布用や広報用として使用され,残43冊が在庫となった。

(エ) その後,本件テキストは,一般書店においても販売された。定価は,952円(消費税別)であった。

カ 各学校に対する通知等(甲9,16,乙60)

(ア) G課長は,平成18年4月26日,各学校の校長に対し,「『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定』テキストブック配布のお知らせ」と題する書面(甲9-2枚目)を送付することを決定し,そのころ,同書面を送付した。

上記書面は,本件テキストが完成したことや配布対象児童に本件テキストを配布すること,検定試験の詳細については,同年5月末から6月初めにかけて説明会を行う予定であることを通知するとともに,①各学校から配布対象児童に本件テキストを配布すること,②保護者に対し本件テキストの趣旨を説明すること,③受検対象児童全員が検定試験を受検できるように各学校で配慮することを依頼する内容のものであった。

(イ) 市教委は,平成18年5月30日,各学校の校長・教頭を対象として,本件テキストの活用方法についての説明会を実施した。その際,担当者は,いくつかの活用例を示したが,活用するかどうかや具体的な活用方法については,各学校で考えるよう説明した。市教委は,同年6月5日にも校長・教頭以外の教員を対象として同様の説明会を実施した。

(ウ) G課長は,平成18年9月29日,各学校の校長に対し,「『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定』基礎コースの実施について(協力依頼)」と題する書面(甲16-3枚目)を送付することを決定し,そのころ,同書面を送付した。

上記書面は,①各学校において,平成18年11月20日から25日までの間の任意の時間に検定試験を実施すること,②受検対象児童全員が受検することができる機会を設けること,③各学校で受検日時を設定し保護者に対し通知することを依頼する内容のものであった。また,同書面には,保護者に対する案内文の例文(甲16-2枚目)が添付されており,同例文では,検定試験を実施する旨の記載があるのみであり,受検が任意のものであるとは記載されていないが,他方で,必ず受検しなければならないものとも記載されていない。

キ 各学校における検定試験の実施(甲30,31の1~184)

平成18年11月20日から同年12月1日にかけて,各学校において基礎コースの検定試験が実施され,受検対象児童が受検した。多くの学校では,授業時間内に実施されたが,授業時間外に実施した学校もあった。

(2)  D市長及びB教育長の発言(甲7,乙1-3頁)

ア D市長は,平成17年11月2日の定例記者会見において,京都検定の子ども版として本件事業を実施することを発表した。この会見の中で,D市長は,本件事業の目的につき「京都のまちが有する日本の伝統や優れた文化を学び,体験することにより,京都をよりよいまちにしていこうという意欲や,次代に伝えていこうという気持ちをもった子どもたちを育む。」ことであると説明し,本件事業につき,「京都の文化や景観を次代に伝え,国を挙げて守り活かす『京都創生』の取組の裾野を広げることにつなげてまいります。」と説明した。

イ B教育長は,平成18年5月30日に開催された第164回国会衆議院教育基本法に関する特別委員会の会議において,生涯学習につき「京都の文化力,地域力,人間力を最大限活かした生涯学習を進めていこう。そしてその成果を,子供の学びを支えるものに,子供の学びにつなげていこう,そんな取り組みをしています。」「土曜日,日曜日に,大人が子供たちのためにいろいろな取り組みをしよう。町全体を子供の学びと育ちの場に,大人はみんな先生に,そんな取り組みをしまして,1年半で4千の企画,10万人の親子がこうした取り組みに参画しております。それをさらに発展させまして,『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定』,ジュニア京都検定と言っています。京都の子供たちにしっかりと日本の文化,伝統を知識として学ばせたい。同時に,体験もさせたい。お茶,お花,伝統芸能,それらを,今京都検定が非常に好評でございますけれども,子供版の日本文化検定,そうしたものを進めていきたい。」と述べた上で,「こうした取り組みが,郷土を愛し,日本を愛する子供たちの育成につながっていく,そのように確信しておるところであります。」と述べた。

(3)  本件事業に関する各書面の記載(甲14,15,41,43,48の2,3)

ア 平成17年11月10日に開催された推進プロジェクトの第1回会議において配布された書面(甲14)では,①本件事業の実施主体は推進プロジェクトであり,市教委生涯学習部が事務局であること,②本件テキストの刊行は平成18年3月を予定していることが記載されていた。

イ 市教委が平成18年1月ころに作成し,京都市議会に提出した平成18年度の当初予算案(甲41)では,本件テキストの刊行予定は,平成18年4月とされていた。

ウ 平成18年2月14日に開催された推進プロジェクトの第2回会議において配布された書面(甲15)では,①本件テキストの価格は800円とし,配布対象児童については特別価格(300円程度)で提供する予定であること,②本件テキストの作成スケジュールとして,同月末に第一稿が完成し,校正作業に入り,同年4月中旬に最終稿が完成し発売予定であることが記載されていた。

エ G課長は,平成18年4月19日,上記完成報告会の実施に先立ち,「『歴史都市・京都から学ぶジュニア日本文化検定テキストブック』完成報告会の実施について」と題する書面(広報資料)(甲43-2枚目)のとおり広報することを決定した。同書面では,①本件テキストを配布対象児童に無償で配布すること,②本件テキストの発行日は5月中旬を予定していること等が記載されている。

オ 平成18年度の基礎コース及び発展コースの検定試験のパンフレット(甲48の2,3)では,本件事業の主催者は,推進プロジェクト及び市教委と記載されている。

(4)  G課長とM社との間のやり取り(甲54)

G課長は,次のとおり,M社の担当者と,本件事業のシステム構築業務につき,打合せを行った。

ア 平成17年11月18日の打合せにおいては,検定試験の実施に関する具体的事項(基礎,発展,名人の3コースを設けることや,検定試験の実施時期,試験問題の数等)につき協議が行われ,G課長は,M社の担当者に対し,当初費用とランニング費用の提示や,システム稼働に向けてのスケジュール案の提出を要求した。その結果,M社は,同月21日から同月25日までに,社内で調整・準備を行い,同月28日に,京都市に対して上記費用の概算を提示することとなった。

イ 平成18年2月10日の打合せにおいては,G課長は,M社の担当者に対し,①京都市が業者を選定するにあたり,実績があり信頼できる業者を選定するため,京都市が京都商工会議所に委託し,京都商工会議所が業者に再委託する方針で検討されていること,②平成17年度の予算もある程度見込まれており,平成17年度の作業分は,平成17年度の費用で実施する予定であり,そのため,契約日付を平成18年3月末とした上で,遅くとも同年4月下旬までに平成17年度作業分の成果物を提出する必要があることを伝えた。

ウ 平成18年3月16日の打合せの結果,平成17年度の契約としては,京都市が京都商工会議所に委託し,京都商工会議所が,M社に委託する形式をとることとなり,M社としては,平成17年度作業分の成果物について,何を提出するかを検討して通知することとなった。

(5)  平成18年度及び平成19年度の検定処理業務(甲58~62)

ア 京都市は,平成18年10月1日ころ,平成18年度の基礎コースの検定処理業務につき,M社との間で業務委託契約を締結した。同委託契約は随意契約により締結されたが,次のとおり3社から見積書を提出させた上で,随意契約による理由を地方自治法施行令167条の2第1項7号(時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき)としたものである。

(ア) M社   2997万2000円

(イ) N社   3724万円

(ウ) O社   3924万円

イ 京都市は,平成18年12月22日ころ,平成18年度の発展コースの検定処理業務につき,M社との間で業務委託契約を締結した。同委託契約は随意契約により締結されたが,次のとおり3社から見積書を提出させた上で,随意契約による理由を地方自治法施行令167条の2第1項7号(時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき)としたものである。

(ア) M社   550万7000円

(イ) N社   2399万円

(ウ) O社   1910万円

ウ 京都市は,平成19年度の検定処理業務については,基礎コース,発展コース及び名人コースの3コースをまとめて,プロポーザル方式を採用して受託候補事業者を募り,これに応じて提案書を提出したM社,株式会社オクトパス及びO社の3社につき,提案書の内容等を比較検討し,その結果,O社と随意契約により業務委託契約を締結した。なお,上記委託契約に基づく支出予定額は1695万4350円であったのに対し,M社の見積額は約2320万円であった。

4  争点(3)(本件事業の違法性が本件各支出に承継されるか)について

(1)  本件各支出に伴う各財務会計行為を行ったC部長及びA課長は,いずれも市教委の職員であるとはいえ,本件事業の実施に事務局として関与した市教委生涯学習部には属さず,本件事業についての意思決定に直接関与したことはないから,仮に各財務会計行為の原因行為となる事業自体が違法であるとしても,それが著しく合理性を欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過することのできない瑕疵があるという場合に限り,本件各支出に伴う各財務会計行為を拒否することが許されるというべきであり,そうでない限り,C部長及びA課長の行った財務会計行為は違法とはならないということができる。そうすると,C部長及びA課長の関係では,本件事業の違法性について,本件事業に上記のような瑕疵があるかどうかを判断すれば足りるということになる。

(2)  B教育長は,教育長であり,市教委事務局の事務を統括し,所属の職員を指揮監督する立場にあり(地教行法20条1項),C部長及びA課長の上司として同人らに対する指揮監督権限を有していたから,B教育長の関係でも,本件事業の違法性についてC部長及びA課長の関係と同様の観点で判断をすべきである。

また,B教育長が教育行政の一環としての本件事業を自ら推進したことについて,職員の非財務会計行為たる職務行為そのものを不法行為と評価できるだけの著しい違法性があるといえるためには,教育長としての裁量権を逸脱し又は濫用したといえることが必要であり,この観点からも,本件事業の違法性について判断をすべきことになる。

5  争点(4)(本件事業の違法性)について

(1)  原告らの主張ア(本件事業の目的・内容の違法性)について

ア 原告らの主張(ア)(本件テキストの内容)について

(ア) 原告らの主張①について

原告らの主張は,いずれも,本件テキストの記載の中で些末な誤りを取り上げ,ことさらに問題視するものであるところ,原告らが主張するように別紙一覧表1~12の記載内容に誤りがあったとしても,本件テキスト自体が直ちに有益適切でなくなるものではない。

(イ) 原告らの主張②について

原告らは,別紙一覧表13~23の記載内容等は偏っており,特定の価値観・歴史観に基づいて本件テキストが作成されたことが窺われると主張するが,本件事業の目的は歴史を網羅的に学習する機会を設けるためではないのであって,本件テキストで取り上げる内容に原告らの主張する内容が盛り込まれていないとしても,そこから,直ちに,特定の価値観・歴史観に基づいて本件テキストが作成されたということはできない。

なお,別紙一覧表17,21の記載は,身分による差別を肯定するかのような記載であり不適切であるといえるが,全体の分量からすれば,これらの記載から,本件テキスト全体が有益適切でなくなるものとはいえない。

(ウ) 原告らの主張③について

教材の内容・表現が教科書と全て同一でなければ,その教材は有益適切でないとはいえないから,このような立場による原告らの主張は採用できない。

(エ) 原告らの主張④について

原告らは,別紙一覧表32~41の記載内容等から,本件テキストが性別に基づく役割分担意識に基づいていることが窺われると主張するが,①本件テキストに取り上げられた人物は,主に「歴史」分野で取り上げられているところ,女性の数が少ないことは日本の歴史に照らしやむを得ず(原告らも,取り上げられるべき女性として具体的な人物を指摘しない。),②本件テキストに記載された着物姿の女性の写真は,そのほとんどが本文との関係で意味のある写真であるものと認められるし,③原告らの指摘する「性別によってイメージを固定した表現,男女で異なった表現」は,いずれも本文の内容とは直接関係がない些末な点を取り上げるものに過ぎず,これらの記載から,性別に基づく役割分担意識が窺われたり,本件テキスト全体が有益適切でなくなるものとはいえない。

(オ) 原告らの主張⑤について

a 教材として使用される書籍等に私企業を紹介する記述があることから,直ちに,当該書籍が教材としての有益適切さを欠くことになるものとはいえず,当該書籍が教材として有益適切か否かは,その具体的な記載内容を考慮して決すべき問題である。

本件事業の目的は後述のとおりであり,京都の私企業を紹介する別紙一覧表42~48の記載内容等は,この目的に沿うものであるし,その内容についても,私企業をやや積極的に宣伝する内容とも思われるものも見受けられるところではあるが,全体として観察すれば,上記目的に沿った私企業の紹介という範疇を逸脱するものではないから,これらの記載内容等があることをもって,本件テキストが有益適切でないとはいえない。そして,別紙一覧表49の記載内容についても,本件事業に関し寄付等の協力を行った企業名を挙げているものに過ぎないから,不適切なものとはいえない。

b また,協賛広告についても,広告が掲載された書籍等を教材として使用することを禁じる法令は存在せず,本件テキストに協賛広告が掲載されていることをもって,直ちに,本件テキストが有益適切でなくなるものではないから,当該書籍が有益適切なものでないか否かは,広告の分量や内容に照らし判断すべきところ,本件テキストにおいては,広告にあてられているのは全184頁中12頁と裏表紙のみであり,広告の分量は過剰なものとはいえず,その内容にも教育上問題となるべき点は全く見受けられないから,協賛広告が掲載されていることをもって,本件テキストが有益適切でないとはいえない。

(カ) 以上のとおり,本件テキストが教材として有益適切でないとの原告らの主張はいずれも採用できず,その他,本件テキストの記載内容を精査しても,本件テキスト全体が教材として有益適切でなくなると認められるような記載は見受けられない。

イ 原告らの主張(イ)(本件テキストの作成者)について

本件全証拠によっても,本件テキストの作成者は明らかでないといわざるを得ないが,仮に,本件テキストの作成者が,推進プロジェクト及び市教委であったとしても,原告らの主張するように,推進プロジェクトが一定の政治的意図を持った団体であることを認めるに足りる証拠はないし,教育委員会が教材の作成に関与すること自体が違法であるとの原告らの主張は採用できない。

ウ 原告らの主張(ウ)(学習及び受検の強制)について

(ア) 前記認定の事実関係によれば,本件テキストは配布対象児童全員に配布されたものの,本件テキストを使用するか否か,どのように使用するかは各学校の校長の判断に委ねられており,また,検定試験についても,授業時間内に実施するか否かや,受検の自由の有無についていかなる告知を行うかについても,各学校の校長の判断に委ねられていたものと評価できるから,市教委により,本件テキストを使用した学習や検定試験の受検が,児童らに強制されていたものとみることはできない。。

(イ) 原告らは,市教委生涯学習部から各学校の校長に対し,受検対象児童全員が受検できるよう配慮を依頼したことをもって,「全員受検」が指示されたと主張するが,前記のとおり,これは,全員が受検することができる機会を設けるよう依頼したものに過ぎないから,原告らの主張は採用できない。

また,原告らは,参加証の交付や受検料が無料となることをもって,「踏み絵」であるとか「利益誘導」であるとか主張するが,これらが,児童らに受検を強制する契機であるとまではいえない。

(ウ) さらに,原告らは,本件テキストの使用や検定試験を実施しないと校長が判断すると,校長に対する不利益処分やマイナス評価につながると主張するが,憶測を述べるものであり採用できない。

また,原告らは,本件テキストについて,教材使用届が提出されていないから,各学校の校長が本件テキストの使用を決定したものではないと主張するが,証拠(甲44)によれば,教材使用届の提出が義務付けられているのは,継続的(おおむね1学期間)に使用する場合のみであるから,継続的に使用されていなかったと考えられる本件テキストにつき,教材使用届が提出されていないことは当然であり,原告らの主張は採用できない。

エ 原告らの主張(エ)(本件事業の目的)について

(ア) 前記認定の本件テキストの内容や本件事業の内容,平成18年度の基礎コースの検定試験の実施要項の内容,D市長及びB教育長の発言内容,本件事業は京都商工会議所の提案から始まっていることからすると,本件事業の目的は,児童らが,京都に関する知識を得たり様々な体験をするなどして,日本や京都の伝統・文化を学習する機会を設けることにあると認められ,原告らの主張するように,児童らに特定の思想を植え付けることが本件事業の目的であると認めることはできない。

(イ) 原告らは,本件テキストの内容,D市長やB教育長等の発言の一部分や,推進プロジェクトの一委員の発言を取り上げ,本件事業の目的が原告ら主張のとおりであることが推認されるかのように主張する。

しかしながら,上記のとおり,特定の価値観・歴史観に基づいて本件テキストが作成されたものと認めることはできないし,前記のとおり,本件テキストの作成に関わったのは主に執筆関係者や京都新聞開発であり,これらの者に対して,市教委や推進プロジェクトの委員等が本件テキストの具体的内容につき指示を行った等の事実は窺われない。また,D市長やB教育長の発言内容を総合すると,原告らの指摘する発言は本件事業の主たる説明内容ではなく,同人らの発言から本件事業の目的が原告ら主張のとおりであると推認することはできないし,推進プロジェクトの一委員の発言をもって,本件事業の目的が決まるものではない。したがって,原告らの主張は採用できない。

また,原告らは,本件事業の背景には「京都創生」の取組があり,「京都創生」の取組自体が愛国心やナショナリズムを前面に打ち出したものであると主張するが,本件全証拠によっても,「京都創生」の取組が本件事業の背景にあるとは認められない上,また,証拠(甲12,13)によれば,「京都創生」の取組自体,観光の振興を目的とするものに過ぎないと認められるから,原告らの主張は採用できない。

(2)  原告らの主張イ(意思決定手続を経ていないこと)について

ア 前記認定の事実関係によれば,本件事業を市教委が行うにつき明確な意思決定手続を欠いていることは明らかである。

イ もっとも,京都市教育委員会通則13条によれば,市教委に関する権限は包括的に教育長に委任されているものと解され,B教育長は,市教委として本件事業を実施することの意思決定権限を有していたものといえる。

そして,前記のとおり,B教育長は,市長権限に属する事務についての補助執行権限として,推進プロジェクトの設置要綱を自ら決定している上,自ら推進プロジェクトの委員に就任しているし,推進プロジェクトの事務局を市教委生涯学習部に置くことが決定され,F部長が事務局長に選任されているのであるから,遅くとも推進プロジェクトの設置要綱決定の時点では,推進プロジェクトとの役割分担はともかくとして,市教委として本件事業を実施することの意思は固まっていたものとみることができる。

したがって,本件事業の実施につき実質的な意思決定は行われているのである。

ウ なお,本件事業の実施主体について,前記認定の事実関係によれば,当初は,推進プロジェクトの設置要綱に記載されていたように,推進プロジェクトが実施主体となって本件事業に関する様々な協議・決定を行うことが予定されており,市教委生涯学習部はその事務局に過ぎなかったものと認められるが,同時に,推進プロジェクトと市教委生涯学習部との間の役割分担が明確に定められていなかったものと認められ,両者の役割・権限の分担は,当初から曖昧なものであったものといえる。また,推進プロジェクトが,第1回会議以降,本件事業に関し何らかの具体的意思決定を行った事実は窺われない上,前記のとおり,市教委が中心となって本件事業を進めていたのに対し,推進プロジェクトの委員が異議を述べたような事情も全く見受けられない。

これらの事情に照らすと,推進プロジェクトの設置要綱の定めに反し,市教委が,実質的な実施主体となって,当初から本件事業に関する業務を行っており(生涯学習部が実際の業務を行っていた。),推進プロジェクトは諮問機関的な役割を果たしていたに過ぎないものとみるのが相当である。

このように,実施主体に関する明確な手続を欠いたまま,市教委が本件事業を実施してきたことは,本件事業に関する責任の主体等を不明確にするものであり不適切といわざるを得ないが,市教委が実施主体となって本件事業を実施すること自体には問題はなく,正式な手続を欠いたという手続上の問題に過ぎない。

(3)  まとめ

以上のとおり,(1)本件事業の目的・内容,(2)意思決定手続を経ていないことの点から,本件事業の違法性について問題となり得る点を検討してきたが,前記4で検討した,本件事業が著しく合理性を欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過することのできない瑕疵があるとか,本件事業の推進が教育長としての裁量権を逸脱し又は濫用したものであるとかということはできないから,本件事業自体の違法性という観点からの原告らの主張はいずれも採用できない。

6  争点(5)(本件支出①の違法性)について

(1)  原告らの主張ア(購入の必要性を欠くこと)について

ア 原告らは,本件関連書籍は,執筆関係者に配布されていないと主張し,本件関連書籍の購入が不必要であったと主張するが,前記のとおり,第1回執筆者会議を欠席した執筆関係者には,同会議で出席者に配布された資料として本件関連書籍が平成17年6月17日付けの文書とともに送付されていることからすれば,そのときには,既に本件関連書籍が納入されており,同会議に出席した執筆関係者にも配布されているものと認められる。したがって,原告らの主張は前提を欠き採用することができない。

イ また,原告らは,本件関連書籍は,出版社から割引価格で購入すべきものであったから,定価で本件関連書籍を購入した本件支出負担行為①は違法であると主張するが,本件関連書籍の購入冊数(各110冊)に照らせば,定価を超える価格で購入したのであれば格別,定価で購入したことが違法であるとまではいえないから,原告らの主張は採用できない。

(2)  原告らの主張イ~オについて

原告らは,上記の違法事由以外にも,本件支出①の違法事由として縷々主張するが,これらの違法事由と因果関係のある損害が京都市に生じるとはいいがたいし,損害については原告らから具体的な主張もないから,原告らの主張イ~オについてはこれ以上判断しないこととする。

7  争点(6)(本件支出②の違法性)について

(1)  原告らの主張ア(契約の必要性を欠くこと)について

前記認定の事実関係によれば,本件委託契約は,契約締結当初においては,締結の必要性に乏しく(すなわち,平成18年度の検定処理業務と一括で業務を委託すれば足り,準備業務のみを切り取って委託契約を締結する必要性に乏しい。),平成18年度の検定処理業務の一部を前倒しして委託したものと評価せざるを得ない。

もっとも,前記のとおり,M社は,平成18年度の基礎コース及び発展コースの検定処理業務を受託しており,また,その仕様書(甲61,62)を見ると,本件委託契約の成果物と重複するものは含まれていないのであるから,M社は,本件委託契約の成果物を前提として平成18年度の検定処理業務を行ったものと推認される。そうすると,結果として,本件委託契約が無意味な契約であったとみることはできない。

したがって,本件委託契約の締結は,結果として,必要性を欠くものであったとみることはできず,原告らの主張アは採用できない。

(2)  原告らの主張イ(随意契約理由の不存在等)について

ア 前記のとおり,本件委託契約は随意契約により締結され,その理由として,地方自治法施行令167条の2第1項2号が挙げられている。

イ 随意契約ガイドラインでは,地方自治法施行令167条の2第1項2号に該当する場合として,「特定の1者でなければ提供できない役務に係る契約」で「特殊な技術又は秘密の技術に関する情報その他の他の者が有し得ない専門的な知識,技術等を必要とするもの」が挙げられており,被告は,本件委託契約がこれに該当すると主張するが,本件委託契約の内容や成果物(乙61~63,64の1,2,乙65の1~23)を精査しても,本件委託契約における業務がM社でなければ提供できない役務であると認めることはできない(被告は,京都検定との連携のためM社との契約が必要であったと主張するが,そのような事情は見受けられない。)。さらに,同ガイドラインでは,「運用上の留意点」として,「他の者では履行し得ない役務の提供であることについて同業他社に確認するなど客観的に確認すること」「独自のノウハウ等の必要性については,他の者が別の手段(ノウハウ等)によって達成できないか確認すること」などが挙げられているが,本件委託契約の締結にあたり,このような確認は一切行われていない。

ウ 以上によれば,本件委託契約は,地方自治法施行令167条の2第1項2号には該当せず,その他随意契約によることを違法でないとする理由は何ら見受けられないから,本件支出負担行為②は違法であるものといわざるを得ない。

(3)  原告らの主張ウ(契約内容の不備)について

原告らは,本件委託契約においては,①委託内容や契約の目的等の記載及び仕様書の添付を欠く上,②契約保証金やそれに代わる担保を納めさせていないなどの不備があると主張する。

しかしながら,①委託内容が「成果物」とされているのものの作成であることや,契約の目的が本件事業のための準備であることは,契約書上明らかであるし,②証拠(甲77-15頁)によれば,京都市においては,入札予定金額が4億円以上の工事請負契約について入札保証金の納付を原則とする運用を行っていることが認められ,これに照らすと,委託料が352万8000円である本件委託契約は,「契約金額が少額」であるといえるし,後述のとおり,M社は,本件委託契約締結前から業務を行っており,本件委託契約締結時には,本件委託契約の成果物はおおむね完成していたものと考えられることからすると,「契約の相手方が契約を履行しないこととなるおそれがな」かったものと評価でき,契約保証金又はそれに代わる担保の提供は必要でないものと認められる(京都市契約事務規則30条6号)から,原告らの主張は採用できない。

(4)  原告らの主張エ(会計年度独立の原則に反すること)について

ア 平成18年2月28日付けの支出負担行為書②の実際の決裁日が同年4月26日以降であったことは当事者間に争いがない。

イ そして,前記認定のG課長とM社との間のやり取り(前記3(4))に加え,本件委託契約が契約締結当初は必要性に乏しい契約であったことや,本件委託契約が,随意契約理由が存在しないにもかかわらず,随意契約により締結され,しかも,同業他社に対する確認も行われていないこと等に照らせば,①M社は,平成17年度中から,事実上,本件事業に関する業務を行っていたこと,②市教委とM社は,その業務の一部を切り取って本件委託契約の対象としたこと,③M社は,平成18年3月末までに本件委託契約に基づく成果物を提出していないこと,④京都市とM社は,平成18年度に入ってから,平成18年3月1日付けで本件委託契約を締結したことが認められ,したがって,平成18年度に入ってから本件委託契約の締結やそれに基づく成果物の提出があったにもかかわらず,市教委は,平成17年度中にこれらが行われた形式を整えたということになる。

ウ 被告は,平成18年2月28日にA課長が口頭で支出負担行為を行ったと主張し,これに沿う証拠(乙60,証人G)があるが,Gの証言は,上記各事実に照らし,にわかに採用することができない。

エ 以上のとおり,本件委託契約に基づく履行(成果物の提出)は平成18年度に入ってなされたものであるから,本件支出②は平成18年度の会計年度に属するものであるところ(地方自治法施行令143条1項4号),平成17年度の予算において支出がなされた本件支出②には,会計年度独立の原則に反する違法があり,直接の財務会計行為である本件支出命令②のみならず,会計年度を偽る目的で行われた本件支出負担行為②も違法であるものといわざるを得ない。

(5)  原告らの主張オ(その他)について

原告らは,上記の各違法事由以外にも,本件支出②の違法事由として縷々主張するが,これらの違法事由と因果関係のある損害が京都市に生じるとはいいがたいし,損害については原告らから具体的な主張もないから,原告らの主張オについてはこれ以上判断しないこととする。

(6)  まとめ

以上のとおり,本件支出②については,随意契約理由を欠く違法(本件支出負担行為②の違法)及び会計年度独立の原則に反する違法(本件支出負担行為②及び本件支出命令②の違法)が認められる。

8  争点(7)(本件支出③の違法性)について

(1)  原告らの主張ア(無償配布決定の不存在)について

ア 原告らは,推進プロジェクトが,本件テキストを有償で配布することを決定したと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない(前記のとおり,推進プロジェクトの第2回会議において,有償配布の方針が示されているが,これが決定されたことを認めるに足りる証拠はない。)。

イ また,原告らは,市教委内部においても本件テキストを無償で配布することの意思決定手続がとられていないと主張するが,本件テキストの無償配布に際し,京都市において,本件支出負担行為③と別に何らかの意思決定手続が必要であったとしても,これを欠いたことは手続上の問題に過ぎず,本件支出③の違法性の判断に影響を与えるものではないから,原告らの主張は採用できない。

(2)  原告らの主張イ(購入の必要性を欠くこと)について

ア 原告らは,本件テキストは有益適切なものではないから,本件テキストの購入は必要性を欠くと主張するが,前記のとおり,本件テキストが有益適切でないとはいえないから,原告らの主張は採用できない。

イ また,前記のとおり,本件テキスト3万8000冊の大部分は,実際に配布対象児童や教員,各学校に配布されていて,その余部のうち1487冊は,推進プロジェクトの委員・顧問,事務局関係者配布用や広報用として使用され,残43冊が在庫となったものと認められ,この冊数が,上記使用目的に照らし,不相当であるとは認められないから,京都市が不必要に過剰な量の本件テキストを購入したとの原告らの主張は採用できない。

(3)  原告らの主張ウ(会計年度独立の原則に反すること)について

ア 平成18年3月26日付けの支出負担行為書③の実際の決裁日が同年4月21日以降であったことは当事者間に争いがない。

イ そして,①平成17年11月10日当時,本件テキストは平成18年3月に完成予定であったのが(前記3(3)ア),平成18年2月14日の時点で,同月末第一稿完成,同年4月完成予定と変更されていた(同ウ)にもかかわらず,それが再び同年3月中に完成することになったのは不可解であること,②G課長は,同年2月28日に,B教育長名の文書で本件テキストの協賛広告を依頼することを決定しているが,それからわずか1か月間で,協賛広告を募集し,広告内容の点検等が行われ,本件テキストが同年3月31日に完成したとは考え難いこと,③G課長は,同年4月17日に各学校に対する配布対象児童の人数の照会文書を送付しており,これ以前の時点で,本件テキストの購入部数が確定していたか疑問を差し挟まざるを得ないこと,④本件委託契約の締結も日付を遡らせたものであると認められること等に照らせば,①本件テキストが完成したのは平成18年度に入ってからであり,本件テキストの納入・検収が行われたのもそのころであったこと,②C部長は,平成18年度に入ってから本件支出負担行為③を行ったことが認められ,したがって,平成18年度に入ってから本件支出負担行為③や本件テキストの納入・検収があったにもかかわらず,市教委は,平成17年度中にこれらが行われた形式を整えたということになる。

ウ この点につき,被告は,本件テキストの購入につき,平成18年3月26日ころに,C部長による口頭での意思決定があった,平成18年3月31日に,本件テキストのゲラ刷りを確認することによって検収を行ったと主張し,これに沿う証拠(乙60,証人G)があるが,Gの証言は,上記各事実に照らし,にわかに採用することができない。なお,Gの証言するように,平成18年3月31日の時点で,ゲラ刷りを確認したとしても,その時点では,本件テキストは完成すらしていなかったと認められるから(完成していれば,京都新聞開発は実物を見本として持参するはずである。),これをもって,本件テキストの納入・検収があったものと評価することはできない。

エ 以上のとおり,本件テキストの納入は平成18年度に入ってなされたものであるから,本件支出③は平成18年度の会計年度に属するものであるところ(地方自治法施行令143条1項4号〔なお,本件テキスト購入に係る契約書が提出されていないが,京都新聞開発の請求書や支出命令書③の日付や実際の支払日に照らすと,本件テキストの納入があってから,代金を支払う約定であったと認めるのが相当であるから,同号が適用されると解される。〕),平成17年度の予算において支出がなされた本件支出③には,会計年度独立の原則に反する違法があり,直接の財務会計行為である本件支出命令③のみならず,会計年度を偽る目的で行われた本件支出負担行為③も違法であるものといわざるを得ない。

(4)  原告らの主張エ(その他)について

原告らは,随意契約理由がなかったと主張するところ,確かに地方自治法施行令167条の2第1項1号には当たらないが,本件テキスト(乙2)の内容,装丁,分量などからすると,定価の3割である300円という価格は時価に比して著しく有利であるということができ,被告が正しくは同項7号に当たるというべきであったと主張するところに合致するので,随意契約理由の点をもって,本件支出③が違法であったということはできない。

また,原告らは,上記の各違法事由以外にも,本件支出③の違法事由を縷々主張するが,これらの違法事由と因果関係のある損害が京都市に生じるとはいいがたいし,損害については原告から具体的な主張もないから,原告らの主張エについてはこれ以上判断しないこととする。

(5)  まとめ

以上のとおり,本件支出③については,会計年度独立の原則に反する違法(本件支出負担行為③及び本件支出命令③の違法)が認められる。

9  争点(8)(損害)について

(1)  前記のとおり,本件支出①は違法なものとは認められないので,同支出による損害については判断の必要がない。

(2)  本件支出②について

ア 前記のとおり,本件委託契約は違法な随意契約により締結されたものであり,本件支出負担行為②は違法であると認められる。

そこで,上記違法による損害につき検討するに,前記のとおり,平成19年度の検定処理業務では,プロポーザル方式を採用して受託候補事業者を募り,その結果,O社との間で委託契約が締結されたが,その契約における支出予定額(1695万4350円)は,M社の見積額(2320万円)と比較し約73%と大幅に安価であったことに照らせば,本件委託契約についても,このようにプロポーザル方式によって契約の相手方を選択するなど適正な方法を採っていた場合の契約金額(以下「本来の契約金額」という。)は,実際の契約金額(352万8000円)と比較して相当程度安価になっていたと推認され,その差額につき,京都市は損害を被ったものとみることができる(なお,前記のとおり,平成18年度の検定処理業務については,M社が最も安価な金額を見積もっているが,これは,M社が,本件委託契約の成果物を利用することができるなどの点で他の者に比べ有利であった結果に過ぎないと考えられるから,上記判断を左右しない。)。

もっとも,プロポーザル方式においては各業者の提案に係る具体的な業務内容が異なることにも照らし,上記割合から直接,損害額を算出するのは相当でない。そこで,損害の控えめな認定という見地から,損害額を算定するに,本来の契約金額と実際の契約金額の差は,1割を下ることはないとみるのが相当である。したがって,本件委託契約が違法な随意契約であることによる損害額は,352万8000円×0.1=35万2800円となる。

イ なお,前記のとおり,本件支出②に関しては,会計年度独立の原則に反する違法も認められるが,本件委託契約の締結は,結果として京都市にとって不必要であったものとは認められず,本件支出②については,平成17年度予算において支出されなくても,平成18年度の予算で支出されていたものと認められるから,京都市に損害が発生しているものと認めることはできない。

(3)  本件支出③について

前記のとおり,本件支出③に関しては,会計年度独立の原則に反する違法が認められるが,本件テキストの購入は,京都市にとって不必要であったものとは認められず,本件支出③については,平成17年度予算において支出されなくても,平成18年度の予算で支出されていたものと認められるから,京都市に損害が発生しているものと認めることはできない。

10  争点(9)(各職員の責任)について

(1)  前記のとおり,本件支出負担行為②については,違法な随意契約により本件委託契約が締結されたという違法が認められ,これによる損害も認められる。したがって,この点に関するA課長及びB教育長の責任についてのみ検討する。

(2)  A課長について

A課長には,本件支出負担行為②を行うにあたり,随意契約ガイドラインに定められているように同業他社に確認することをG課長に指示するなどして,本件委託契約が地方自治法施行令167条の2第1項2号に該当するか否かを確認すべき義務を負っていたにもかかわらず,同義務を怠った過失がある。

そして,A課長は,その立場上,地方自治法施行令167条の2第1項2号の要件や随意契約による場合の手続について熟知していたものと認められ,本件支出負担行為②の時点において,本件委託契約が地方自治法施行令167条の2第1項2号に該当しない可能性を認識し,上記の確認を行うことは極めて容易であったものといえるから,A課長には,本件支出負担行為②を行うにつき,重過失があったものと認めることができる。

よって,A課長は,京都市に対し,地方自治法243条の2第1項後段に基づき,前記損害35万2800円を賠償する責任を負う。

(3)  B教育長について

B教育長は,教育長であり,市教委事務局の事務を統括し,所属の職員を指揮監督する立場にあり(地教行法20条1項),C部長及びA課長の上司として同人らに対する指揮監督権限を有していたといえる。

しかし,前記のとおり,本件支出負担行為②のような支出負担行為については,本来は京都市長の権限であるものが,京都市教育長等専決規程により総務課長の専決事項とされていたのであって,教育長がこれらの専決権者に対し個々の支出負担行為について具体的指揮監督を行うことは予定されていないとみるべきである上,専決権者が決裁する事項は多岐にわたると考えられ,その全てを教育長が指揮監督することはおよそ不可能であるものといわざるを得ない。したがって,専決権者が日常的に違法な支出負担行為を行っており教育長がそのことを知っていたとか,教育長が専決権者から当該支出負担行為について相談を受けていたなど,具体的指揮監督義務を基礎付けるような特段の事情のない限り,教育長は,個々の支出負担行為について専決権者を具体的に指揮監督すべき義務を負っているものとみることはできない。

本件では上記特段の事情は認められないから,本件支出負担行為②につき,B教育長がA課長を具体的に指揮監督すべき義務を負っていたものとみることはできず,原告らの主張は採用できない。

11  結論

以上の次第で,原告らの請求には,A課長に対する35万2800円の損害賠償命令を求める限度で理由があるからその範囲で認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 佐野義孝 裁判官 中嶋謙英)

(別紙省略)

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