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京都地方裁判所 平成18年(行ウ)6号 判決 2007年11月07日

主文

1  原告らの訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1(1)  京都市建築主事Aが平成17年7月29日に株式会社ユニホーに対して行ったH17確更建築京都市00002号建築確認処分を取消す。

(2)  京都市建築審査会が平成17年度第4号審査請求事件について行った平成18年3月10日付け裁決を取消す。

(3)  京都市長Bが京都市a区b町c番地dほかの土地において株式会社ユニホーに対して行った平成17年7月29日付け開発行為非該当確認処分を取消す。

(4)  京都市開発審査会が平成17年度第2号審査請求事件について行った平成18年2月24日付け裁決を取消す。

2(1)  京都市長は,建築基準法9条1項に基づき,株式会社ジョイント・コーポレーションに対し,別紙物件目録記載1の建物の別図斜線部分を除却しろ,との命令をせよ。

(2)  京都市長は,建築基準法9条1項あるいは都市計画法81条1項に基づき,株式会社ユニホー,株式会社麦島建設及び株式会社ジョイント・コーポレーションに対し,別紙物件目録記載2の各土地において,都市計画法33条1項7号の要件を充足する擁壁の設置をせよとの命令をせよ。

(3)  京都市長は,建築基準法9条1項あるいは都市計画法81条1項に基づき,株式会社ユニホー,株式会社麦島建設及び株式会社ジョイント・コーポレーションに対し,別紙物件目録記載2の各土地において,都市計画法33条1項3号及び7号の各要件を充足する排水施設を設置せよとの命令をせよ。

第2事案の概要

株式会社ユニホーは,別紙物件目録記載2の各土地(以下「本件敷地」という。)上に別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建築物」という。)を建築することを計画(以下「本件建築計画」という。)し,平成17年7月29日,京都市長より開発行為非該当確認(以下「本件開発行為非該当確認」という。)を受け,京都市建築主事より建築確認(以下,「本件建築確認」という。)を受けた。

本件は,本件敷地の周辺の不動産を所有し,あるいは周辺に居住する原告らが,本件建築計画は開発行為を伴うので,本件開発行為非該当確認は違法な処分であり,これを前提として,都市計画法29条1項に基づく開発行為の許可を経ずになされた本件建築確認は違法であるとして,本件開発行為非該当確認及び本件建築確認の取消しを求めると共に,本件開発行為非該当確認につき原告らを含む申立人らの申立てを却下した京都市開発審査会の裁決(以下「本件開発審査会裁決」という。)及び本件建築確認につき原告らを含む申立人らの申立てを却下した京都市建築審査会の裁決(以下,「本件建築審査会裁決」といい,本件開発審査会裁決と併せて「本件各裁決」という。)が違法であるとしてその取消しを求める(以下,併せて,「本件各取消請求」という)事案である。

平成18年9月25日,本件建築物につき建築基準法7条5項の規定による検査済み証が交付された。これを受けて,原告らは,平成18年12月19日,第5回口頭弁論期日において,訴えの追加的変更を行った。原告らが追加した訴えは,同法9条1項に基づき,本件建築物の所有者である株式会社ジョイント・コーポレーションに対して,本件建築物の一部を除却せよとの命令(以下「本件除却命令」という。)を京都市長がすることを求め,同法9条1項あるいは都市計画法81条1項に基づき,前記株式会社ユニホー,本件建築物を建設した株式会社麦島建設及び前記株式会社ジョイント・コーポレーションに対して,都市計画法33条1項7号の要件を満たす擁壁並びに同法33条1項3号及び7号の各要件を充足する排水施設を設置せよとの命令(以下,それぞれ,「本件擁壁設置命令」,「本件排水施設設置命令」という。)を京都市長がすることを求めるもの(以下,併せて「本件各義務付け請求」という。)である。

1  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実)

(1)  株式会社ユニホーは,本件建築物の建築主である。

株式会社麦島建設は,本件建築物の建築工事施工者である。

株式会社ジョイント・コーポレーションは,本件建築物の所有者である。

(2)  株式会社ユニホーは,平成16年12月28日,本件敷地上の建築物につき,建築確認を得た(建築確認番号平成16年12月28日第H16確認建築IPEC00302号,以下「旧建築確認」という。)。

(3)  訴外Cほか7名は,平成17年2月22日に京都市建築審査会に対して建築確認審査請求書を,同年3月7日に京都市開発審査会に対して開発審査請求書を,それぞれ,提出した。

(4)  被告は,同年4月11日,旧建築確認案件に関して,業者を指導し,本件建築物の高さと容積を低減させると発表を行った。ユニホーは,同年6月13日,計画変更案を住民に提示した。

(5)  同年7月29日,変更後の本件建築計画につき,京都市長Bは本件開発行為非該当確認を,京都市建築主事Aは開発行為に該当しないことを前提とする建築確認(以下,「本件建築確認」という。)を行った。

(6)  本件建築物につき,平成18年9月25日に工事が完了し,建築基準法7条5項の規定による検査済証が交付された(乙21)。

2  争点及び争点に関する当事者の主張の要旨

(1)  本件各取消請求について

ア 訴えの適法性について(本案前の争点)

(原告らの主張)

(ア) 本件建築確認取消請求の訴えの利益

建築確認を受けた建築物につき工事が完了しても,当該建築確認取消しの訴えの利益を失わないというべきである。

(イ) 本件各裁決取消請求の訴えの利益

後述のとおり,本件各裁決には,原処分の違法性とは異なる独自の違法性があるから,本件各裁決取消請求には訴えの利益が認められる。

(ウ) 本件開発行為非該当確認の行政処分性

従前,被告において,開発行為非該当確認は,「開発許可不要証明発行」によりなされ,被告の開発審査会も行政処分性を認めていた(甲2)。その後,「開発行為非該当確認」という名称に変わったが,公権力の行使という行為性において実質上変化はない。また,実質的にも,「開発行為非該当確認」処分は,「開発許可」処分と同等あるいはそれ以上に原告らの法律上の地位に影響を与えるものである。

そうであるから,本件開発行為非該当確認につき,行政処分性を認めるべきである。

(エ) 原告適格

原告らは,がけ崩れの危険のある本件敷地に隣接もしくは近接して,土地,建物を所有もしくは居住し,あるいは本件開発行為により搬出される土砂の搬出道路に沿接もしくは近接して土地,建物を所有もしくは居住する地域住民である。そして,最高裁判所第3小法廷平成9年1月28日判決(民集51巻1号250頁)において,「被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命,身体等を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨」から,開発行為により,生命,身体,健康,財産に多大の不利益を直接受ける者に原告適格を認めているところ,この趣旨は,本件のような,許可を要する開発を伴う建築行為が存在するにもかかわらずなされた開発行為非該当確認処分及びそれを前提とする建築確認の取消しを求める場合にも妥当するものである。したがって,本件各取消請求につき,原告らに原告適格が認められる。

(被告の主張)

(ア) 本件建築確認取消請求の訴えの利益

本件建築物につき,平成18年9月25日,建築基準法7条5項の規定による検査済証が交付され,当該建築物の工事は既に完了したから,本件建築確認の取消しを求める訴えの利益がない(最高裁第2小法廷昭和59年10月26日判決(民集38巻10号1169頁))。

(イ) 本件各裁決取消請求の訴えの利益

原処分取消訴訟と裁決取消訴訟とを同時に提起している場合にあっては,原処分取消訴訟についての裁判所の判断がなされれば,裁決取消訴訟に意味はなくなり,訴えの利益が消滅するのであるから,本件において,本件各裁決の取消しを求める訴えの利益はない。

(ウ) 本件開発行為非該当確認の行政処分性

抗告訴訟の対象となる行政処分とは,公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によつて,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうところ(最高裁第1小法廷昭和39年10月29日判決・民集18巻8号251頁),都市計画法施行規則第60条による本件開発行為非該当確認は,単なる証明行為であり,行政処分に当たらない。

(エ) 原告適格

a 原告D,同E,同F,同G及び同Iは,本件建築確認がその根拠となる法令に違反してなされたことにより,大地震等による本件建築物の倒壊等を仮に想定した場合,本件建築物の高さやその敷地が斜面地にあることを考慮しても,被害を受けるとは通常考えにくく,また,そのような利益侵害を受けるおそれがあると認めるに足る証拠も見当たらないから,本件建築確認及び本件建築審査会裁決の取消請求について,原告適格を有しない。

b 仮に,本件開発行為非該当確認が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するとしても,原告D,同E,同F,同G,同J,同K,同L,同M,同I,同N及び同Oは,本件敷地において仮に開発行為があったとした場合,当該開発行為による崖崩れ等によって直ちにその身体に被害が生じるおそれが高いとは認められず,具体的利益を有するとは認められないため,本件開発行為非該当確認及び本件開発審査会裁決の取消しを求める訴えについて,原告適格を有しない。

イ 本件各確認についての違法性の有無(本案の争点1)

(原告らの主張)

(ア) 本件建築物の北半分の西面,北面,東面には,ドライエリアが設けられ,そのドライエリアと周囲の地盤とは側壁で区切られるよう設置されている。

また,本件建築計画では,本件建築物北側のドライエリア擁壁の天端付近において2メートルを超える切土が行われることが明らかである。

さらに,本件建築物の建築にあたっては,本件建築計画とは無関係な切土,盛土が行われ,本件敷地内に存した多数の石積擁壁及びコンクリート擁壁はほぼ完全に除去され,植栽は伐採され,抜根されている。

これらのドライエリア側壁設置,切土,盛土,擁壁除去,樹木抜根及び伐採は,「形質の変更」,「形状の変更」であり,開発行為に該当する。

(イ) 上述のとおり,本件開発行為非該当確認は,本件建築計画が都市計画法第4条12項に定める開発行為を伴うものであるにもかかわらずなされたものであって,違法である。

(ウ) 本件建築確認は,京都市建築主事が,上述のように違法である本件開発行為非該当確認を前提として行ったものであり,違法である。

(被告の主張)

(ア) 都市計画法29条1項への適合性に関する点

都市計画法29条1項の規定は,建築基準関係規定の一つとされており,建築主事は,建築計画が同項の規定に適合しているか否かの審査を行う必要があるが,その審査の範囲については,建築確認に先立って都市計画法上開発許可の権限を与えられた市長(具体的にはその権限を分掌する開発許可担当部局)が,当該建築計画について許可を要しないと判断しており,かつ,そのように判断されたことが建築主事に顕著である場合には,建築主事は審査に当たり,上記判断の適法不適法に立ち入ることなく,当該建築計画が都市計画法29条の規定に適合しているものと確認すべきであり,また建築主事の審査の範囲はそれをもって足りると解するのが相当である。

本件建築確認に係る確認申請書には,都市計画法上の開発行為の許可の権限がある京都市長が交付した「開発行為非該当確認書」が添付されており,建築主事は,本件建築計画が開発行為に該当しないことを確認してから本件建築確認を行ったものであるから,本件建築確認に違法はない。

(イ) 仮に,建築主事が本件建築確認に当たり本件開発行為非該当確認の適法不適法に立ち入って審査をしなければならなかったとしても,本件建築計画は,開発行為に該当しないから,本件各確認に違法はない。

ウ 本件各裁決につき違法性の有無(本案の争点2)

(原告らの主張)

本件開発審査会裁決は,開発行為非該当確認が処分性を欠くことを理由に,結論として原告らの審査請求を却下し,他方,本件建築審査会裁決は,建築主事は開発行為非該当確認の存否のみを審査する権限を有するに過ぎず,その点のみ審査すれば仮に開発行為該当性が客観的に存在する場合においても違法ではなく,建築審査会は開発行為該当性について判断しないという態度を示している。

このような「両すくみ」ないし「キャッチボール」状態により,審査請求を受ける権利を否定する上記両審査会の裁決は,審査請求前置主義が採用されているもとでは,憲法第32条の保障する国民の裁判を受ける権利をも侵害する,違憲,違法なものである。

(被告の主張)

本件各裁決は,被告側の主張の内容を踏まえて,原告らを含む審査請求人らの審査請求を棄却し,又は却下したものであり,適法である。

(2)  本件各義務付け請求について

ア 本件除却命令義務付け請求の訴えの適法性(本案前の争点1)

(原告らの主張)

(ア) 本件除却命令がなされないことにより重大な損害が生ずるおそれがあること

a 景観法6条は,都市計画行政が不十分な場合に,住民自らが景観を保全するために立ち上がることを求めているものと解され,良好な景観は,個人の人格にとどまらず,都市の人格をも形成するものであり,良好な景観を享受する権利は人格権の外延(発展)として憲法13条,25条により保障された権利である。

そして,後述のとおり,船岡山の眺望景観は,地域の景観状況とその成熟性,景観地区及び景観条例等保全策の指定もしくはその検討の有無及び内容,地域住民の景観保全に対する取り組みの状況等を総合すると,法的保護に値する景観権ないし景観利益であるというべきである。

b 船岡山は,平安京造営時の起点であり,その山頂には古代信仰の対象となった盤座(いわくら)が鎮座し,応仁の乱の際には船岡山城・西陣が構築された等,歴史遺産として極めて貴重な「聖なる山」であり,風致地区指定(第2種)を受け,国の史跡に指定されている。現代においても,船岡山は,京都市街を一望し,京都三山等を眺望できる,四季の息づく閑静な自然公園であり,保育園児からお年寄りまで自由かつ手軽に緑と自然にふれあうことができる貴重な憩いの場である。京都の伝統行事である大文字の送り火の際には送り火を4つも拝むことができる場所でもある。このような地であるから,京都市が検討中である眺望景観保全のための新条例において,船岡山は眺望景観保全の拠点として指定されている(甲43)。

本件建築物の建設地及びその周辺地域は,船岡山の国史跡部分からわずかに外れているため住宅の建築こそ可能であるものの,同地域において現実に建築されてきたのは,船岡山の風致地区指定(第2種,高さ10メートル以下)の高さ基準を大幅に下回る低層の一戸建て住宅ばかりである。このような何十年以上にもわたる周辺住民の自己規制によって形成された建築秩序により,船岡山の南側からの眺望景観が維持され,緑豊かな船岡山の麓の景観が保たれてきた。

このようなことに鑑みると,本件建築物についても,同建築秩序に従うべきは当然であり,高さ10メートル,一戸建て住宅という規模しか許されないのである。

c また,本件建築物は,次のとおり,京都市風致地区条例に違反するものであるから,船岡山の景観利益を侵害するものと客観的にも評価しうる。

すなわち,京都市風致地区条例において,船岡山は,風致地区第2種と指定され,高さ10メートル以下,建ぺい率30%以下に,船岡山の麓に位置する本件建築物の建設地は風致地区5種と指定され,建ぺい率は40%以下に規制されている(同条例5条1項ウ(イ),別表)が,本件建築物の建ぺい率は46.82%であり,この風致地区5種の規制を越えており,同条例に反する。

また,同条例に基づく審査基準において,斜面地における建築物につき,建築基準法施行令2条2項に規定する地盤面の数が3を越えてはならない(同審査基準3条2項)とされている(甲45)。平均地盤面における建築物の高さが都市計画法の制限内であっても,平均地盤面を多く設定すれば建築物の最上部と最下部の高低差を大きくできるところ,同条例に基づく審査基準は,平均地盤面数を制限することにより斜面地の景観を保護することを目的としたものである。本件建築物については平均地盤面が4つとられており,本件建築物は同条例に反する。

d しかるに,本件建築物は,高さ,幅,容積等の規模からして,上記建築秩序に全く適合せず,船岡山南斜面の景観を完全に破壊するものである。

(イ) 上記損害を避けるため他に適当な方法がないこと

本件建築物による重大な景観破壊を避けるためには,本件建築物の規模につき,周辺地域の建築秩序においてかろうじて許容される程度に抑えるしか方法がない。

そのために,平均地盤面を4から3に変更し,各平均地盤面からの高さを10メートルとし,建ぺい率を40%の基準内に極力近づける必要があるところ,本件除却命令を命ずるより他に適当な手段がない。

(被告の主張)

(ア) 「重大な損害を生ずるおそれ」がないこと

ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である(最高裁平成18年3月30日第1小法廷判決・民集60巻3号948頁)と理解されており,原告らの主張する景観権ないし景観利益を侵害するという内容は,前記最高裁判決に照らして,行訴法37条の2が規定する「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれ」といえるものではない。

なお,原告らは,本件建築物の京都市風致地区条例違反を主張するが,本件建築物は,同条例にもとづく京都市長の許可を受けて適法に建築されたものである。

(イ) 原告らは,「その損害を避けるため他に適当な方法がない」事由を何ら明らかにしない。

イ 本件擁壁設置命令義務付け請求の訴えの適法性(本案前の争点2)

(原告らの主張)

(ア) 本件擁壁設置命令がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあること

本件建築物の北側部分は,最大傾斜角33.7度程度の急な傾斜地であって,擁壁の設置等,防災構造を講じなければならない急傾斜地崩落危険箇所に指定されるべき形状であるにもかかわらず,本件建築物の北側部分には擁壁が設置されず,前記斜面地の土圧をドライエリア擁壁が設けられた本件建築物の躯体自体で支える構造になっている。そうすると,マンションが撤去されようとする場合に,土圧を支えるものがなくなってしまう。

また,本件建築計画については,開発行為非該当確認がなされているため,ドライエリア擁壁につき,本件建築物の一部として,建物の存立にとっての強度計算がなされているに過ぎず,開発行為であれば要求されるところの「擁壁」としての強度を有しているか否かにつきまったく検討がなされていない。そうであれば,経年劣化や通常起こる程度の地震等の自然現象により,地盤の沈下,崖崩れその他の災害によって,本件建築物の周辺に建物を所有して居住する原告らの生命,身体,財産に重大な損害が生ずることも懸念される。

(イ) 上記損害を避けるため他に適当な方法がないこと

上述のとおり,本件建築計画は都市計画法にいう開発行為に該当するから,都市計画法(33条1項7号)の要件を充足する擁壁を設置すべきであり,他に適切な手段はない。

(被告の主張)

(ア) 「重大な損害」がないこと

原告らは,本件建築物撤去時のことを捉えて「重大な損害」となるというのであるが,取壊し後のことは,当該敷地についての新たな建築計画の建築確認等の中での,当該敷地の安全性等の審査の中で検討されるべきことであり,どのような土地利用計画になるか不明の段階で論じられるものではない。将来発生するか否かも不明であり,現実のものとなっていないことについてまで,義務付け訴訟の要件である行訴法37条の2第1項に定める「一定の処分がされないことによる重大な損害」に該当するというのは失当である。

また,本件建築計画においては,本件建築物が船岡山の南西側の斜面に沿って建築されることから,建築物の安全性とともに建築後の斜面地の安全性を確認する必要があり,建築基準法19条4項及び20条の規定に基づき,土圧や地すべり等の検討が行われている。斜面地の安全性については,地質調査結果とそれに基づく構造計算書によると,計画建物の北東側一端が基盤岩上にあり,その反対側は「剛な建物」で土砂地盤を押さえるように計画していることから,十分確保されている。

(イ) 原告らは,「その損害を避けるため他に適当な方法がない」事由を何ら明らかにしない。

ウ 本件排水設備設置命令義務付け請求の訴えの適法性(本案前の争点3)

(原告らの主張)

(ア) 本件除却命令がなされないことにより重大な損害が生ずるおそれがあること

本件敷地には地下水又は雨水の浸透水が存在する(甲24)。しかるに,本件建築物により,かかる地下水の流路が遮断され,地下水が滞留し,地中の含水率が上昇し,その結果,本件建築物の西側階段及び宅地,東側宅地の地盤沈下,不等沈下をもたらすおそれがある。

また,地中の含水が飽和状態に達した時,溢水がドライエリア側壁に沿って西側及び東側の土地に向かって水路を造り,その結果,これらの土地の地盤の空隙を発生させ,地盤沈下,不等沈下をもたらすおそれがある。ひいては,その地上の住居の倒壊のおそれがある。

(イ) 上記の損害を避けるため他に適当な方法がないこと

前述のとおり,本件建築計画は都市計画法にいう開発行為に該当するから,都市計画法(33条1項3号及び7号)の要件を充足する排水設備を設置すべきであり,他に適切な手段はない。

(被告の主張)

(ア) 本件土地に原告ら主張の地下水流はなく,「重大な損害」はない。

(イ) 原告らは,「その損害を避けるため他に適当な方法がない」事由を何ら明らかにしない。

エ 本件除却命令義務付け請求に係る理由の有無(本案の争点1)

(原告らの主張)

(ア) 建築基準法9条1項は,特定行政庁をして,建築基準法令の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については,当該建築物の建築主,当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者等,管理者若しくは占有者に対して,当該建築物の除却,移転,改築,増築,修繕,模様替,使用禁止,使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができると規定する。

この点,開発行為に該当するにもかかわらず開発非該当確認がなされた場合,それを前提としてなされた建築確認は同法6条1項違反である。

また,同法6条1項にいう建築基準関係規定には憲法が含まれるところ,船岡山の眺望景観は,憲法13条,25条及び29条によって保護される人格的権利の一内容である景観権ないし景観利益として保護され,かつ,建築基準法上も保護された利益であるところ,本件建築物はこれを侵害している。

従って,本件建築物につき,建築基準法6条1項,ひいては,同法1条に違反していることは明らかであり,京都市長は,これに対する是正命令を発することができる。

(イ) そして,是正命令を下すか否かに関する京都市長の裁量権が仮に認められるとしても,それは合理的な範囲に制限されるのであって,侵害されたと主張する景観利益が主観的なものに留まる場合はさておき,歴史的経過から既に客観的なものであると評価されたり,法律,条例及び当該地域の建築秩序等の規範により保護されるものである場合には,その侵害に対する是正を命じない場合には,裁量権の逸脱,濫用になると解される。

a 高さ10メートルを超える部分の除却命令の根拠

少なくとも,船岡山の風致地区第2種(高さ10メートル以下)の基準を上回る規模の建築物をもって,船岡山の眺望景観を遮断してしまうことを許容することは,歴史的経過から既に客観的なものであると評価され,かつ,当該地域の建築秩序規範により保護される景観権ないし景観利益の侵害に該当するから,その侵害に対する是正を命じないことは京都市長の裁量権の逸脱,濫用になる。

b 建ぺい率40パーセントを超える部分の除却命令の根拠

京都市長は,京都市風致地区条例に定める建ぺい率40%の基準に適合するよう,是正命令を発することが同条例により義務付けられており,少なくとも,本件除却命令を発しないことは,権限の逸脱,濫用である。

c 本件敷地奥側部分の除却命令の根拠

京都市長は,京都市風致地区条例及びこれに基づく審査基準に定める地盤面の審査基準に適合するよう,是正命令を発することが同条例により義務付けられているし,少なくとも,本件除却命令を発しないことは,権限の逸脱,濫用である。

d 上記の各事情に加え,被告は,「京都市斜面地等における建築物等の制限に関する条例」を制定し,その公布後,同条例施行(平成17年8月8日)直前の同年7月29日に,同条例には適合しないにもかかわらず,建築主事において本件建築確認をおこなったこと,本件建築物は開発行為に該当するにもかかわらず,それを看過して本件建築確認を行い,また,建築完了検査済証を交付して本件建築物の完成を許容したことといった是正命令を発しない方向での裁量権を収縮させ,是正命令を発すべきことを義務付ける重要な事情も加味すれば,本件建築物につき原告らが主張する除却命令を発しないまま,本件建築物の存在を許容することは,京都市長の裁量権の逸脱,濫用になる。

(被告の主張)

(ア) 建築基準法6条の許可がある以上,同条に反する関係法令違反は建築基準法9条による命令の根拠たりえない。

(イ) 「建築基準関係規定」は,建築基準法6条1項に定めるところによると,「この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地,構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるもの」とされ,「政令で定めるもの」は,建築基準法施行令9条各号に掲げる法律の規定並びにこれらの規定に基づく命令及び条例の規定で建築物の敷地,構造又は建築設備に係るものとすることとされている。

したがって,建築基準法6条1項の建築基準関係規定に憲法及び京都市風致地区条例が含まれないことは明らかである。

(ウ) なお,本件建築物は,京都市風致地区条例に基づく京都市長の許可を受けており,同条例違反はない。

オ 本件擁壁設置命令及び本件配水施設設置命令義務付け請求に係る理由の有無(本案の争点2)

(原告らの主張)

(ア) 建築基準法6条1項にいう建築基準関係規定には,都市計画法4条12項に規定する開発行為について定める都市計画法29条1項の規定も含まれている(建築基準法施行令9条12号)。

建築計画が,これに伴う開発行為について都市計画法29条1項の規定による許可を要するものであるにもかかわらず,これを受けないまま建築確認がされた場合にあっては,特定行政庁(本件にあっては京都市長)は,都市計画法29条1項という「建築基準関係規定」に違反していることを内容とする建築基準法6条1項違反を理由として,同法9条1項に基づき,都市計画法29条1項に適合するように適当な措置を命ずることができる。

そして,都市計画法29条1項に適合するためには,同法33条1項各号の許可基準を満たす必要がある。したがって,特定行政庁(京都市長)は,建築基準法9条1項に基づき,当該建築物の建築主等に対し,都市計画法33条1項各号の許可基準を満たすに適当な措置を命ずることができる。

(イ)a 都市計画法81条は,指定都市の長等をして,同法若しくは同法に基づく命令の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者又は当該違反の事実を知って,当該違反に係る土地若しくは工作物等を譲り受けた者等に対し,都市計画上必要な限度において,相当の期限を定めて,建築物その他の工作物若しくは物件の改築,移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができると規定する。

この点,建築計画が実体的には開発行為を伴い,これについて許可を要するものであった場合,すなわち,知事等による当該建築計画に係る行為が開発行為に該当しない旨の判断に誤りがある場合には,必要な開発許可を受けていない当該計画は,都市計画法29条1項の規定に適合しないことは明らかである。

そうであれば,建築計画が,これに伴う開発行為について都市計画法29条1項の規定による許可を要するものであるにもかかわらず,これを受けないまま建築確認がされた場合にあっては,特定行政庁は,都市計画法29条1項に違反していることを根拠として,同法81条に基づき,都市計画法29条1項に適合するように適当な措置を命ずることができるというべきである。

そして,都市計画法29条1項に適合するためには,同法33条1項各号の許可基準を満たす必要があるから,京都市長は,同法81条に基づき,当該建築物の建築主等に対し,同法33条1項各号の許可基準を満たすに適当な措置を命ずることができる。

b この点,同法33条1項は,特定行政庁に対し,実体的要件について同条に掲げる基準に適合している場合に限り,開発許可をしなければならないとしていることからすれば,同条は,同条に掲げる基準に適合していないにもかかわらず,特定行政庁が開発許可をした場合には,特定行政庁に対し,申請者をして同条に掲げる基準に適合するように是正措置を講ずべきことを命じていると解するのが相当である。

c その他,上述の,是正命令を発しない方向での裁量権を収縮させ,是正命令を発すべきことを義務付ける事情も加味すれば,是正命令を発しないまま,本件建築物の存在を許容することは,京都市長の裁量権の逸脱,濫用になるといえる。

(被告の主張)

(ア) 開発行為に関しては,京都市長に対し,都市計画法81条1項に基づく違反を是正するための措置を命じる権限が与えられているが,この権限行使については,京都市長の合理的判断に基づく裁量に委ねられているものであり,たとえ監督処分権限を行使し得る法律上の要件が具備されたとしても,その行使が一義的に義務付けられるという関係にはなく,第三者が京都市長に対して是正措置命令をとるべきことを求める権利があるものということはできない。

したがって,この場合においては,行訴法37条の2第5項が定める「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」に該当するとは到底認められないのであるから,原告らの請求に理由がないことは明らかである。

(イ) 建築基準法9条1項に基づく命令を発することができるのは,建築基準法令違反に限定されているところ,都市計画法29条1項は建築基準法令の規定にあたらない。

(ウ) なお,本件建築計画につき開発許可を要しないことは前述のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  本件各取消請求について

(1)  訴えの適法性(本案前の争点)について

建築確認は,それを受けなければ当該工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから,当該工事が完了した場合においては,建築確認及びこれについての裁決につき,その取消しを求める訴えの利益が消滅したといわざるを得ない(最高裁昭和58年(行ツ)第35号同59年10月26日第2小法廷判決・民集38巻10号1169頁,最高裁平成3年(行ツ)第46号同5年9月10日第2小法廷判決・民集47巻7号4955頁参照)。

前記基礎となる事実によると,本件建築物について,工事が完了し,平成18年9月25日に建築基準法7条5項の規定による検査済証が交付されたというのであるから,本件建築確認及びそれについての裁決の取消しを求める訴えについては,訴えの利益を欠く。

(2)  また,本件においては,本件建築計画が開発行為に該当しないことを前提として本件建築確認がなされ,それに基づく本件建築物の工事が完了して,前示のとおり検査済証が交付されたというのであるから,本件開発行為非該当確認及びそれについての裁決の取消しを求める訴えについても,その行政処分性について判断するまでもなく,同様に訴えの利益を欠くというべきである。

(3)  そうすると,その余について判断するまでもなく,本件各取消請求に係る訴えはいずれも不適法であり,却下を免れない。

2  本件各義務付け請求について

(1)  訴えの適法性について

ア 本件各義務付け請求は,行政事件訴訟法3条6項1号の規定による,いわゆる「非申請型義務付け訴訟」であると解され,一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり,かつ,その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り(同法37条の2第1項),かつ,行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り(同条の2第3項),提起することができる。

そこで,以下,本件各義務付け請求の適法性につき検討する。

イ 本件除却命令義務付け請求について(本案前の争点1)

建築基準法9条は,同法又は同法に基づく命令等を実効あらしめるため,特定行政庁に警察行政上の措置として違反建築物について措置命令等を発する権限を認めたものである。そうすると,上記是正命令等を発する権限を行使すべきか否かの判断において考慮の対象となる損害とは,是正命令権限の行使によって保護されることが法律上予定されている利益,すなわち建築基準法が定める各種の規制によって法律上保護されていると解される利益に係る損害に限られるものと解すべきである。

そして,同法は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする(1条)ものであるところ,建築基準関係規定等においても,景観利益を住民個々人の個別的な利益として保護していると解することは困難である。なお,憲法及び京都市風致地区条例は建築基準関係規定ではなく(建築基準法6条1項,同法施行令9条1項),建築基準法と趣旨及び目的を共通にするものともいえない。

そうすると,原告らが景観利益を有するか否かはさておき,景観利益の侵害が本件除却命令がなされないことにより生ずる重大な損害であるとは認めがたく,また,原告らが本件除却命令を求めるにつき法律上の利益を有するとも認めがたい。

なお,本件除却命令義務付け請求は,本件建築確認取消請求の追加的変更としてなされたものであるから,建築基準法に基づく是正命令(同法9条1項)を求めるものと解され,京都市風致地区条例に基づく是正命令(同条例8条1項)を求めるものと解することはできない。

その他本件除却命令がされないことにより生じるおそれのある重大な損害を認めることはできない。

ウ 本件擁壁設置命令義務付け請求について(本案前の争点2)

(ア) 原告らは,本件建築物のドライエリア擁壁は,本件建築物と一体となっており,独立していないから,建築基準法9条1項又は都市計画法81条に基づく本件擁壁設置命令がなされないことにより,本件建築物撤去の際に地盤の沈下,崖崩れその他の災害が生じ,原告らの生命,身体,財産に重大な損害が生じるおそれがある旨主張する。

しかし,本件建築物を撤去する際に常に損害が生じるおそれがあるとはいえず,撤去の際に原告らに損害が生じない方法によることが必要であるとしても,それは撤去者に求められるものであり,現時点において重大な損害が生じるおそれがあるということはできない。

(イ) また,原告らは,本件建築計画については,開発行為非該当確認がなされたため,ドライエリア擁壁につき,擁壁それ自体での強度等の確認がなされていないとして,経年劣化や自然現象により,地盤の沈下,崖崩れ等により,原告らの生命,身体等に重大な損害が生じることも懸念される旨主張する。

しかし,本件建築計画については,建築基準法19条4項及び20条に定める敷地の安全性,構造耐力の確認がなされ(乙3),同法6条1項に基づく建築許可がなされたのであり,ドライエリア擁壁と一体となった本件建築物について,安全性,構造耐力の確認がなされているのであるから,ドライエリア擁壁それ自体についての強度等の確認がなされていないことをもって原告ら主張の損害が生じるとは認められない。

(ウ) なお,仮に,本件敷地周辺地の地盤に変位等が生じているとしても,それが自然現象によるものか,建物等の経年変化によるものか,本件建築物に係る工事によるものか(なお,建築基準法90条1項は,建築物の建築等の工事の施工者は,当該工事の施工に伴う地盤の崩落,建築物又は工事用の工作物の倒壊等による危害を防止するために必要な措置を講じなければならないとしている。),不明であり,本件擁壁設置命令によりこれらが改善されるとはいえない。

(エ) そうすると,本件擁壁設置命令がなされないことにより重大な損害が生じるとは認められない。

エ 本件排水設備設置命令義務付け請求について(本案前の争点3)

原告らは,本件敷地に存在する地下水等により,本件敷地周辺の土地の地盤沈下等が生じ,原告らの生命,身体等に重大な損害が生じるおそれがある旨主張する。

しかし,本件全証拠をみても,かかる地下水の存在を認めるに足りる証拠はなく(甲24,31,32,47は,本件敷地に水が溜まっていた状況があったことをうかがわせるが,この水が地下水であると認めるに足りる証拠はない。乙11)本件排水設備設置命令がなされないことにより重大な損害が生じるとはいえない。

(2)  そうすると,その余について判断するまでもなく,本件各義務付け請求に係る訴えは,一定の処分がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあるとの要件を欠き,いずれも不適法であり,却下を免れない。

3  以上より,本件各訴えは,いずれも不適法であるから,これらを却下することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 下馬場直志 裁判官 豊田里麻)

(別紙は省略)

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