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京都地方裁判所 平成19年(ヨ)243号 決定 2007年10月30日

債権者

同訴訟代理人弁護士

福山和人

古川美和

村松いづみ

高山利夫

佐藤克昭

小笠原伸児

黒澤誠司

岡根竜介

債務者

Y株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

山川良知

野口晋司

藤原誠

安田嘉太郎

島田荘子

伊藤知佐

大塚千代

岸本行正

谷中克行

巴山勝旭

主文

1  債権者が債務者に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は,債権者に対し,平成19年6月から本案判決確定日まで毎月28日限り,1か月金20万円を仮に支払え。

3  債権者のその余の申立てを却下する。

4  申立費用は,債務者の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

1  主文第1項と同旨。

2  債務者は,債権者に対し,平成19年6月から本案判決確定日まで毎月28日限り,20万4354円を仮に支払え。

第2事案の概要

本件は,平成19年4月4日に同年5月20日をもって雇止めにする旨を通告された債権者が,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるとともに,賃金の仮払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(疎明資料を引用していない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  債権者(昭和○年○月○日生まれ)は,平成13年1月,債務者に入社し,債務者のb営業所に勤務していた(債権者の生年月日は甲19によって一応認められ,他の事実は当事者間に争いがない。)。

(2)  債務者においては,60歳定年制が採用されており,債権者は,平成16年5月,60歳になる直前に,債務者との間で,契約期間を1年とする有期雇用契約を締結した。

(3)  債権者は,平成17年5月,債務者との間で,契約期間を1年とする有期雇用契約を締結した。

同年3月21日に施行された就業規則(以下「平成17年度版就業規則」という。)17条1項は,定年は満60歳に達した日の属する月の末日(賃金締切日をいう)とする旨規定しており,同条2項は,定年後に継続して雇用されることを希望する者については,在籍中の勤務内容により会社が判断した上で再雇用を決定する旨や採用を決定した者については,身分を嘱託とし,1年間の雇用契約を締結し,それ以後の雇用契約についても同様とする旨規定していた。

(4)  債務者とa労働組合は,平成18年3月20日付けで,「再雇用制度の適用対象者を選定する基準に関する協定書」をもって,労使協定を締結した(<証拠省略>)。

(5)  債務者は,平成18年4月1日施行の改正後の就業規則(以下「平成18年度版就業規則」という。)を制定したが,a労働組合は,同月26日付けの意見書を提出し,労働基準監督署への届出は,同年5月19日になされた(<証拠省略>)。

平成18年度版就業規則18条1項は,定年は満60歳に達した日の属する月の末日(賃金締切日をいう)とし,高年齢者雇用安定法9条2項に基づく労使協定(前記(4)の協定)の定めるところにより,次の各項目に掲げる基準のいずれにも該当しない者については,再雇用する旨を規定していた(<証拠省略>)。

1号 直近の健康診断の結果,最大血圧150mmHg以上のもの,心電図で異常が見受けられるもの

2号 無断欠勤があるもの(やむを得ず会社に連絡が取れず後で証明が出来たものを除く)

3号 契約更新時の直近半年間における会社員月間平均売上の80パーセント未満のもの

4号 第1原因事故で重大な事故に起因したもの(自損事故含む)

5号 苦情があるもの

6号 組合の懲罰委員会で制裁を受けた者

もっとも,平成18年度版就業規則18条2項は,前項の基準に該当した場合であっても状況に応じては再雇用をする場合がある旨規定し,同条3項は,雇用契約期間は62歳までとし,63歳以降については1年単位とし,契約更新上限は定めない旨規定していた。

(6)  債権者は,平成18年4月29日,債務者との間で,同日付けの嘱託労働契約書をもって,期間を同年5月21日から平成19年5月20日までとする有期雇用契約を締結した(<証拠省略>・以下この更新された有期労働契約を「平成18年度の更新契約」という。)。

(7)  b営業所に勤務する従業員であるBは,平成18年8月10日から同月11日にかけて,自家用車で得意先であるc社d支局のCを広島まで送迎し,Cは,その後,謝礼の趣旨で,c社d支局がCに交付しているタクシーチケット2枚を債務者の他の乗務員を介してBに交付した。

(8)  b営業所のE所長は,平成18年8月13日及び同月14日,Bはいずれも公休日で出勤していなかったが,Bが業務で使用する車両(京都<省略>号)に係るタコメーター及び営業日報(以下これらの記録のことを「本件記録」という。)に,あたかも本件記録に記載されたとおりの運行実績があるかのごとき体裁を整えるよう部下に命じ,その部下は,E所長の指示に従った(<証拠省略>)。

(9)  債権者は,a労働組合e支部から,a労働組合e支部委員長であるF(以下「F元支部長」という。)名義のK・a労働組合中央執行委員長宛の平成18年8月24日付け文書を入手したが,同文書には,E所長及びBから聞き取り調査をし,白タク営業があったことや,メーターが不正に操作され,営業日報がねつ造されている疑惑があるとした上で,b営業所内の雰囲気については,白タク疑惑を多数の社員が抱いていること,G執行副委員長も知っているとの認識から本部の対応が注目されていること,e支部役員に対し,その後の経過報告を求める声が日増しに強くなっていること,社員の中から「会社上層部に直訴する」,「陸事に訴える」とすぐにでも行動を起こすような風潮が見られること,Bが頻繁に白タク営業を行っているとの証言があること,中型社員によるお客様の私物化,お客様との癒着疑惑の声も多いこと,今回は休日の日の出勤扱いのため,メーター操作も別件で実施された疑惑もあることなどを報告し,本部の早急な対応を要望する旨が記載されていた(甲26の②)。

(10)  F元支部長は,平成18年9月14日付けで,a労働組合執行委員長に対し,債権者,H及びIが,同年8月24日に,今後一切支部長の意見に従わず,勝手に行動を起こす旨の文書を提出したこと,陸運事務所及びg警察署に話を持ち込んだこと,同年9月13日午前6時から行われた支部役員会において自分勝手な要求(E所長の解任,Bの組合脱退,再発防止,Bの出勤停止,全組合員及び会社全役員への報告,陸運事務所への報告)を通そうとしたことなどが統制違反に当たるとして,懲罰委員会を開催するように求める書面を作成した(<証拠省略>)。

(11)  債権者は,前記(7)ないし(9)の出来事に関し,平成18年9月15日,Hとともに,a労働組合の全支部長宛の,同月22日には,債務者代表者宛の真相解明及び問題の解決を求める書面を作成し,それぞれ送付をした(<証拠省略>)。

(12)  債権者は,平成18年9月19日,京都運輸支局を訪れ,E所長が,白タク行為に関する報告にやってきたかどうかを確認した。

(13)  F元支部長は,平成18年9月20日まで,a労働組合e支部長を務めたが(乙8),同月21日以降,J支部長が同支部長を務めるようになった。

(14)  債権者は,平成18年9月22日ころ,h警察署に対し,白タク行為を把握した旨を申告したが,告発状等の書面は提出しなかった(審尋の全趣旨[債権者平成19年10月5日付け準備書面21頁オ,第4回審尋調書])。

(15)  a労働組合執行三役は,平成18年9月27日付けで,a労働組合賞罰委員長に対し,債権者及びHが平成18年9月19日から同月21日までの間に,京都陸運支局に告発し,同月22日に会社幹部に一連の内容を記載した文書を送付したとして,懲罰を上申した(<証拠省略>)。

(16)  a労働組合は,平成18年10月1日,債権者が問題として指摘した点については,同年9月16日に支部役員会議で問題解決に向け,支部労使会を開催することで対処する旨が決定されていたのに,同月15日付けで執行委員に対して文書を送付し,同月22日付けで会社幹部への文書送付を行ったことが,賞罰規則10条1項,6項に該当するとして,債権者に対し,同11条1項に基づき戒告(始末書をとり,制裁違反の事実を明らかにして将来を戒める)とするとともに,同条2項に基づき基本活動手当の50パーセントを1か月間徴収し,返納とする旨の罰金に処する旨の制裁処分をし(以下「本件制裁処分」という。),同月10日付けで,労働組合員に対し,本件制裁処分を周知した(<証拠省略>)。なお,a労働組合規約(<証拠省略>)に基づいて制定された当時の賞罰規定10条には,制裁の基準として,「1.」として「組合規約,労働協約又は組合決議に反した者,「6.」として「組合員及び組合役員が権限を越えて行動した場合」が列挙されていた(<証拠省略>)。

(17)  h警察署は,平成18年11月24日,b営業所等を道路運送法違反を被疑事実として捜索差押えをしたが,京都地方検察庁は,平成19年7月31日付けで,E所長及びBに対し,不起訴とした旨を告知した(<証拠省略>)。

(18)  債務者は,平成19年4月1日施行の就業規則(以下「平成19年度版就業規則」という。)を制定し,同月20日に労働基準監督署に対する届出をしたが,平成19年度版就業規則においては,18条1項に7号として「その他就業規則違反がある者」が追加され,18条2項につき,再雇用契約期間は63歳までとし,64歳以降については1年単位とし,再雇用の上限年齢は70歳までとする旨の改正がされた(<証拠省略>)。

(19)  E所長は,平成19年4月4日,債権者に対し,同年5月20日をもって雇止めにする旨を通告した。E所長は,この際,有期労働契約の期間が経過したという理由を述べただけで,なぜ有期労働契約を更新しないのかについては理由を説明しなかった。

2  争点

(1)  本件雇止めに解雇権濫用の法理が類推適用される余地があるか。

(債権者の主張)

平成18年度版就業規則によると,債務者においては,60歳定年制が採用されているが,60歳に達した後も就業規則18条1項各号所定の事由に該当しない限り,62歳まで再雇用されることとされており,63歳以降についても1年単位で再雇用される旨定められ,特に再契約の上限は設けられていなかった。実際上も,債務者においては,60歳に達した後も,就業規則18条1項各号所定の事由がない限り,労働者本人が希望すれば,基本的に全員が極めて形式的な手続で雇用継続されてきた。債権者も入社時点では既に56歳であったが,入社時の説明の時から,60歳を過ぎても重大な事故,苦情等特に問題がなければ体が続く限り頑張って下さいと言われていた。そして,債権者は,平成16年5月20日に定年に達した際も,債務者から特に雇用継続をするか否かにつき意見を求められることもなく,5月14日の直前に,b営業所の事務所に呼ばれ,当然のように雇用契約の手続を行ったし,その後も同様な方法で更新がされた。

したがって,債権者には,有期労働契約が更新される合理的期待があった。

(債務者の主張)

ア 解雇権濫用法理が類推適用されるかどうかについては,雇用の臨時性の有無,契約更新の回数,雇用の通算期間,契約更新の管理状況,雇用継続の期待を抱かせる言動・制度の有無等を総合的に勘案すべきである。

労働基準法14条は,雇用契約の期間については,原則として3年以内とする旨規定しているが,60歳以上の者については,例外的に5年以内とする旨規定しており,法は,高齢者を区別することを予定している。60歳以上の高齢者にとっては,期間雇用を認めたほうが,利益にかなうが,これを認めた上で契約の複数回更新を予定しないとしうことであれば,使用者にとっても,臨時的・臨機応変な労働力確保が可能となり,労使双方の利益の調和が図られる。そうすると,高齢労働者が雇用の継続に期待することは合理的とはいえない。

イ 債権者は,本件の雇止めの意思表示の前から,就職口として他のタクシー会社を探すなどしており,債務者との間の有期労働契約が更新されることについて合理的期待を有していたとはいえない。

(債権者の反論)

高齢者の雇止めに解雇権濫用の類推適用がないとはいえないし,本件では,平成18年版就業規則において,60歳到達後も就業規則18条1項各号所定の事由に該当しない限り,62歳まで再雇用され,63歳以降も1年単位で再雇用され,再契約に特に上限が設けられていなかったのであるから,解雇権濫用が類推適用されることは明らかである。

(2)  雇止め当時に労働者に対して雇止めの理由として明示していなかった事由を訴訟上主張することが許されるといえるか

(債務者の主張)

ア 懲戒解雇の事案に関しては,懲戒が企業秩序違反行為を理由とする一種の秩序罰であることから,訴訟において懲戒解雇事由を追加主張することは許されないと解されている。

しかしながら,雇止めは,懲戒と異なり,秩序罰を与えるものではないから,追加主張が許されないとはいえない。

イ 普通解雇の場合は,解雇理由を当該労働者本人に明示すべき法律上の要請はないものとするのが判例である(最高裁昭和28年12月4日民集7巻12号1318頁)。

雇止めの場合も理由を明示すべき法的義務はなく,訴訟においてその理由を追加するごとが許されないとはいえない。

ウ 労働基準法14条2項に基づく「有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準」(平成15年10月2日厚生労働省告示第357号)は,有期労働契約に関するトラブルを未然に防ぐことを目的としたものにすぎず,この基準に違反したとしても,必ずしも雇止めが無効になるものではない。

また,債権者は,雇止めの理由について質問しておらず,そのためE所長が詳細な理由を述べていないだけである。

(債権者の主張)

労働基準法14条及び労働基準法14条2項に基づく「有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準」(平成15年10月2日厚生労働省告示第357号)は,同法14条の改正時期に同時に改正された89条において,解雇事由を就業規則の絶対的記載事項としたことに照らせば,雇止めの際に理由を明示することが必要なことを明らかにしたものというべきであり,雇止め当時に労働者に対して雇止めの理由として明示していなかった事由を訴訟上追加して主張することは許されないというべきである。

(3)  本件雇止めが解雇権濫用の法理に照らして無効なものといえるか。

(債権者の主張)

ア 前記争点(2)(債権者の主張)のとおり,労働基準法14条1項等によって,雇止めには理由を明示する必要があるものと解されるところ,本件雇止めは,理由が明示されていないから,無効である。

イ 債務者は,債権者が,E所長及びBが,白タク行為をしていないのに,Bに対する私怨からE所長及びBを攻撃したとか,白タク行為が存在しないことを知りながら捜査機関に告発した旨主張する。

しかし,E所長及びBは,白タク行為(事業用自動車でない自家用自動車で運賃を取って運送役務を提供すること)の有無について,平成18年8月27日に行われた債権者による聞き取り調査に対して,「8月8日だと思います。お客様の依頼で広島行きの仕事を請けました。中型車両では燃料が切れるおそれがあるため,自家用車にてお客様をお乗せして業務についております。尚この事実は上司に報告し許可を得ております。タクシーを使用せず自家用車で営業を行う事は,これまでも度々ありました。業務終了後お客様よりタクシーチケット2枚を受け取りました。そして,料金は,上司相談の上走行距離×2.2で計算しております。」と述べており(甲1,2),E所長も,F元支部長に対し,「Bより『8月8日夜10時ころ,c社の依頼で勤務あけの深夜2時ころから広島方面へ行ってくれないかと依頼されましたが,営業車ではガスが持たないので,私の自家用車でお客様をお送りするので許可してください。ついては幾らくらいもらえばよいのか。』ということでしたので,私は1キロメートルあたり200円貰えばよいのではないかと指示した。」旨を述べている(甲1)。このように,E所長もBも,会社ぐるみで白タク行為があったことを認めていた。債務者は,答弁書では,チケットについては,やはり返還すべきであるとの結論に至り,後日Cに返還するということになった旨主張しておきながら,債務者の平成19年9月21日付け準備書面においては,チケットを入金扱いとし,後でチケット券面額相当の現金をc社に返還することで解決しようとしたなどと矛盾した主張をしている。本当に無償で広島まで送ったというのであれば,チケットを受け取らなければよいのに,債務者によると,これを受け取ってE所長が部下に命じてわざわざ虚偽の走行記録と日報を作成させたというのである。しかし,このような処理を行う必要性は全くなく,不自然な工作によって営業記録を偽装していたこと自体,白タク行為があったことの何よりの証左である。むしろ,前記のような偽装は,自家用車で営業してチケットを受け取ったことを糊塗するためのものと理解するのが自然である。

また,債権者は,a労働組合の決定に基づいて調査と問題解決に当たっていたもので(甲1,25),Bに対する私怨から行動をしたものではない。

さらに,平成18年9月20日付けのa労働組合e支部のE所長宛の申入書(<証拠省略>)には,議題として,「1.平成18年8月14日発生の不法行為について」と記載されており,当時,a労働組合がBの行為を不法行為ととらえていたことは明らかであり,a労働組合が白タク行為がないと判断した旨のF元支部長の陳述書(乙8)は,事実無根のものである。

加えて,債権者は,闇雲に告発をしようとしたものではなく,平成18年8月28日,E所長が債権者に対し,「今回のことは私の責任であり,申し訳なく思っている。白タクは違法なことはわかっているが,社員と利益のためと顧客との関係を考えて許可した。修学旅行の場合にもしばしば違法行為があるので,理解してもらえないか。ついては,Bには1週間c社の配車を停止し,私がe支部の全社員に点呼時に謝罪するので,穏便に済ましてほしい」と述べたことから,同月29日,a労働組合の執行部にそのことを報告し,F元支部長から,穏便に済ますようにとの指示を受け,同月30日,a労働組合本部の了解を得た上で,違法行為を訴えた従業員に申告の取下げの了解を得た。ところが,その後,E所長の態度が豹変し,Bへの1週間の配車停止を撤回するとともに,K委員長が債権者に対し,「この件についてはこれ以上追及するな。終結せよ。」と圧力をかけてくる等の事態に至り,債権者としては,もはや内部での穏便な解決は困難と考え,債権者及びHが真相を明らかにして解決を求める書面を,同年9月15日にa労働組合の全支部長に(<証拠省略>),同月22日に会社幹部に(<証拠省略>)それぞれ送付するとともに,同日ころ,捜査機関にも告発をしたものである。

ウ 白タク行為という道路運送法違反行為は,公益通報者保護法2条3項にいう「通報対象事実」である。そして,こうした事実を行政機関(警察を含む。)に通報することは,公益通報者保護法によって保護される公益通報である(同法2条1項)。公益通報が保護されるためには,不正の目的がないことのほか,通報対象事実が生じ,まさに生じようとしていると信ずるに足りる相当な理由がある場合であることが必要なものとされているが(真実相当性の要件・同法3条2号),債権者の通報は,専ら違法行為の是正の目的でなされたものであり,不正の目的は認められない。また,債権者は,Bらに対する聞き取り調査等を通じて,白タク行為を認めるE所長らの供述を得るとともに,それを裏付ける偽装された走行記録や営業日報をも入手していたのだから,真実相当性の要件もみたしている。

こうした債権者の公益通報行為を理由に解雇等は許されず,本件雇止めは無効である。

エ 以上によれば,債権者に,組合規約,労働協約又は組合決議に反した行為(賞罰規定10条1項)も,権限を越えて行動した事実(同条6項)もなく,本件制裁処分は無効である。

(債務者の主張)

ア 平成18年度版就業規則によれば,債務者は,a労働組合の懲罰委員会で制裁を受けた者に関して,定年後の再雇用を認めておらず,同様の労使協定も締結されている。

イ 債権者は,過去に接客不良による苦情を申し出られた事実があり,また,公私を問わず,自動車の運転に際して数多くの交通違反を犯しているのであって(<証拠省略>),タクシードライバーとしての適格性が欠如していた。

ウ また,債権者は,タクシーの乗客が車内に置き忘れた遺失物を,債務者に報告することなく,無断で自宅に持ち帰ったこともあった。

エ さらに,債権者は,成績不良のため,月間の売上高から諸経費を控除した残額が,給与額を下回る状態が常態化しており,改善計画書の提出も求めたが,この申入れに真摯に応えず,改善計画書を2回提出したのみであった。

(4)  保全の必要性があるといえるか。

(債権者の主張)

債権者は,平成19年2月から同年4月までの間,月額平均20万4354円の賃金の支払を受けていたが,これに加えてa労働組合から組合の役員在任に伴う水揚減に対する補填として,毎月4万円余りの組合役員手当の支給を受けており,毎月合計24万円余りの手取り収入を得ていた。ところが,債務者の雇止めにより,収入を失った。

債権者は,平成19年6月から11月までの180日間は,月額14万0700円の失業給付を得られる見通しであり(<証拠省略>),その後は,退職を前提とした場合,月額16万2375円の老齢厚生年金の支給を受けられる見込みではあるが(甲19),債権者は,妻と3歳の娘の3人家族であり,こうした給付だけでは家計を支えることができない。

(債務者の主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  本件雇止めに解雇権濫用の法理が類推適用される余地があるか(争点(1))について

(1)  有期労働契約が締結された場合においても,使用者が景気変動等の原因による労働力の過剰状態を生じない限り,契約が継続することを予定し,実質において,当事者双方とも,いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するのが相当なものと考えられるような場合には,当該有期労働契約は,期間の満了ごとに当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず,雇止めの意思表示は,このような契約を終了させる趣旨のもとにされたものとして,実質において解雇の意思表示に当たるもので,解雇に関する法理を類推適用すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和49年7月22日判決判例時報752号27頁・以下この類型を「期間の定めのない労働契約類似ケース」という。)。

また,有期労働契約の更新によって,当該労働契約が期間の定めのない契約に転化したり,期間の定めのない契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたとまでは認められない場合においても,ある程度の継続が期待されていた場合は,雇止めをするにあたっては,解雇に関する法理が類推され,解雇であれば解雇権の濫用,信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば,期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年12月4日判決判例タイムズ629号117頁・以下この類型を「有期労働契約更新ケース」という。)。

(2)  これを本件についてみると,前記1(1)ないし(3),(5)に一応認定したとおり,債務者においては,債権者が債務者に入社した当時から60歳定年制が採用されており,60歳までは期間の定めなく雇用される期間の定めのない労働契約が締結されていたところ,60歳に達した後は,債権者についても有期労働契約が締結されるに至ったもので,平成18年版就業規則によれば,一定の場合は,労働契約を更新しないことがある旨を規定し,1年ごとに更新の可否を債務者として審査することとされていることを考慮すれば,平成18年度の更新契約後の債権者と債務者の間の法律関係が期間の定めのない労働契約類似ケースに該当するとはいえない。

しかしながら,前記1(5)に一応認定したとおり,平成18年度版就業規則においては,雇用契約期間は62歳までとし,63歳以降については1年単位としながらも,契約更新上限はない旨定められていたことを考慮すれば,平成18年度の更新契約後の債権者と債務者の間の法律関係は,ある程度の継続が期待されていたものと解するのが相当であり,有期労働契約更新ケースに該当することは明らかである。

これに対し,債務者は,高齢労働者の雇止めには解雇の法理が類推適用されることはあり得ない旨主張する。

しかしながら,前記のとおり,債務者は,平成18年度版就業規則において,高齢労働者である60歳以上の労働者について,63歳以降については1年単位としながらも,契約更新上限はない旨定めていたのであるから,債権者が高齢労働者であることをもって,解雇の法理が類推適用されないものと解することができないことはあまりにも明白である。

なお,労働者が雇止めになるかもしれないという情報を得た場合に,それについて法的措置をも辞さない決意で対応するとともに,生計を維持するために仮の就職先を探しておくということは不自然な行為とまではいえず,そうした行為をしたことをもって有期労働契約が更新されることへの合理的期待があったことが否定されるものではない。

(3)  したがって,平成18年度の更新契約後の債権者と債務者の間の法律関係には,解雇の法理が類推適用され,債務者が,当時の就業規則上更薪契約をしない場合の要件として掲げられた事実が存在しないのに,雇止めがされたり,その事実が存在するが,当該事情のもとで雇止めをすることが著しく裁量を逸脱したものとして,客観的合理的理由を欠くと評価できる場合は,期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解するのが相当である。

2  雇止め当時に労働者に対して雇止めの理由として明示していなかった事由を訴訟上主張することが許されるといえるか(争点(2))について

(1)  労働基準法14条2項は,厚生労働大臣は,期間の定めのある労働契約の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労働者と使用者との間の紛争が生ずることを未然に防止するため,使用者が講ずべき労働契約の期間の満了に係る通知に関する事項その他必要な事項についての基準を定めることができる旨規定し,平成15年10月22日厚生労働大臣告示第357号「有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準」1条1項は,使用者は,期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約という。)の締結に際し,労働者に対して,当該契約の期間の満了後における当該契約に係る更新の有無を明示しなければならないと規定し,同条2項は,前項の場合において,使用者は,労働者に対して当該契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準を明示しなければならないと規定し,同2条は,使用者は,有期労働契約(雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務している者に係るものに限り,あらかじめ当該契約を更新しない旨明示されているものを除く。次条2項において同じ。)を更新しないこととしようとする場合には,少なくとも当該契約の期間の満了する日の三十日前までに,その予告をしなければならないと規定し,同3条1項は,前条の場合において,使用者は,労働者が更新しないこととする理由について証明書を請求したときは,遅滞なくこれを交付しなければならないと規定し,同条2項は,有期労働契約が更新されなかった場合において,使用者は,労働者が更新しなかった理由について証明書を請求したときは,遅滞なくこれを交付しなければならない旨規定している。

しかしながら,前記の法の規定及び告示の規定は,雇止めの意思表示をする際に,理由を明示すべき旨を規定したものではなく,労働者が雇止めの理由についての証明書の交付を求めた場合にこれを遅滞なく交付すべき旨を規定したものにすぎない。

また,労働基準法18条の2は,解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効となる旨を規定しているが,同規定は,平成15年法104号による労働基準法の一部改正の際,従前の最高裁判決判例から窺われる判例法理を成文化したものにすぎないところ,従前の最高裁判例は,懲戒解雇の場合はともかく,普通解雇において解雇権の濫用があるかどうかが問題になる事案については,一般的に理由を明示することが必要な旨を判示したものは存在しない(もっとも,労働者が,口頭で理由の明示を求めたのに対し,使用者が特定の理由を明示した場合において,労働者が,他の理由の存否について具体的な説明を求め,使用者が他の特定の理由の存否について存在しない旨の返答をした場合は,事案によっては,信義則(禁反言の原則)に照らして,当該特定の理由について訴訟上主張し得なくなることがあり得るものと解される余地があるし,使用者は,雇止めをする場合,その理由が一応の説明に堪えうるかどうかを検討した上でその決断をするのが通常であることを考慮すると,理由を明示していなかったことが,他の事情と相まって,実際には当該理由が存在したとは認め難いという評価を受けるなどして,事実認定上不利益な取扱を受ける可能性があることはいうまでもない。)。

他方,最高裁判例は,懲戒解雇の場合,原則として,懲戒解雇当時に懲戒解雇事由とされた事由とは異なる解雇事由を訴訟上主張することは許されない旨を明らかにしているが,雇止めが実質的に見て懲戒解雇の趣旨でなされたものと認められる場合においては,懲戒解雇の場合と同様な取扱いをするのが相当である。

以上によれば,前記の法及び告示の解釈としては,使用者が雇止めの意思表示の際に明示していなかった理由を訴訟上主張することは許されるが,雇止めが懲戒解雇事由の存在を根拠として,実質的に懲戒解雇の趣旨でなされた場合においては,懲戒解雇事由以外の普通解雇事由に該当するにすぎないような解雇理由を主張することは許されないものと解するのが相当である。

そして,事実認定の問題として,雇止めの際に,懲戒解雇事由の存在以外の雇止めの理由を明示しなかった場合は,具体的な状況の下において,使用者が解雇当時は懲戒解雇事由以外の普通解雇事由には特段注目しておらず,当該雇止めが実質的には懲戒解雇の趣旨でなされたものと推認されることがあるのは当然のことである。

(2)  これを本件についてみると,疎明資料によっては,債権者について,直近の健康診断の結果,最大血圧150mmHg以上とされたり,心電図で異常が見受けられた(平成18年度版就業規則18条1号)とか,無断欠勤があった(同2号)とか,重大な事故を惹起した(同4号)とは認められない。また,疎明資料(<証拠省略>)によれば,平成13年9月7日に接客不良の旨の苦情があったことが一応認められるが,同資料には「扱いせず」との記載があり,債務者が処分の対象としなかったことが窺われる記載があるほか,疎明資料(<証拠省略>)によれば,債務者においては,営業実務マニュアルが存在し,MNOシステムにより累積減点が7点以上になり,査問委員会に至ったときに,懲戒解雇となる場合があることが規定されているところ,債権者については,「平成18年9月26日現在MN減点0点」との記載があることが一応認められることに照らせば,雇止めの理由となるような苦情があった(同条5号)とは評価できない。さらに,債務者は,契約更新時の直近半年間における他の会社員の売上に係る資料(高齢労働者を含めた平均や高齢労働者の平均売上等が把握できる資料)を提出していないこと,答弁書において,売上の問題については特段の主張をしてないことを考慮すれば,債務者は,本件の雇止めの際に平均売上の80パーセント未満であった(同条3号)との要件には全く着目していなかったと推認できる。そして,疎明資料(<証拠省略>)には,平成16年3月20日に「その他」の「社内違反」があったこと,「GPS」の「無応答」があったこと,「交通違反」があったことが記載されているが,就業規則に雇止めをしない事由として「その他就業規則違反がある者」が掲げられるようになったのは,平成19年版就業規則に改訂されてからのことであるだけでなく,前記の「GPS」の「無応答」については,いずれも平成16年中のもので,平成18年5月21日から平成19年5月20日までの間のものではないだけでなく,前記の「交通違反」についても「社用」での違反は平成12年10月7日以前のもので,「自家用」での違反も平成16年6月8日以前のものにすぎない。

これらの事情を考慮すると,債務者は,組合の懲罰委員会で制裁を受けた者(同条6号)に該当することを唯一の理由として雇止めをしたことは明白であり,本件の雇止めは,懲戒解雇の趣旨でなされたものであることが明らかである。

したがって,債務者は,債権者がa労働組合の懲罰委員会で制裁を受けたこと以外の雇止めの理由を主張することは許されない(主張しても雇止めが正当であることの根拠とはできない。)ものといわざるを得ない。

3  本件雇止めが解雇権濫用の法理に照らして無効なものといえるか(争点(3))について

前記2に説示したとおり,本件雇止めは懲戒解雇の実質を有するものであることから,前記3に認定説示した懲戒解雇事由の存否及び疎明資料によって一応認められる事実によって懲戒解雇の実質を有する雇止めをすることが著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められるかどうかについて検討する。

ところで,本件においては,前記に認定説示したとおり,平成18年度版就業規則においては,労働組合によって制裁を受けた者は再雇用しないことがある旨が規定されているが,こうした規定に基づいて使用者が労働組合に対して雇止めをすべき義務を負うのは,労働組合による処分が有効な場合に限られ,処分が事実の基礎を欠くとか,当該事実をもって処分を行うことが著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められ,無効と解される場合は,使用者は雇止めをすべき義務を負わないものと解するのが相当である。

そして,使用者が,労働組合に対する義務の履行として使用者が行う雇止めは,雇止めの義務が発生している場合に限り,客観的に合理的理由があり社会通念上相当なものとして是認することができるのであり,処分が無効な場合には,使用者に解雇義務が生じないから,このような場合には,客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認することができず,他に解雇の合理性を基礎付ける特段の事情がない限り,解雇権の濫用として無効であるといわなければならない(ユニオンショップ協定に基づく解雇の効力に関するものではあるが,最高裁昭和50年4月25日判決民集29巻4号456頁参照)。

さらに,平成18年度版就業規則は,18条各号所定の基準に該当した場合であっても,状況に応じては再雇用をする場合がある旨規定しているから,労働組合による処分が事実の基礎を欠くとか,当該事実をもって処分を行うことが著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められ,無効と解される場合は,使用者は雇止めをすべき義務を負わず,このような場合には,客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認することができず,他に解雇の合理性を基礎付ける特段の事情がない限り,解雇権の濫用として無効となることは明らかである。

これを本件についてみると,前記1(7),(8)に一応認定したとおり,Bが自家用車でCを広島方面まで送迎したことについて,Cがお礼の趣旨でBに対してタクシーチケットを交付したことに関し,E所長が,同チケットをそのまま返戻することなく,あたかも,別の日にCが正規にタクシーチケットを正規に使用したかのごとく装うために,Bの公休日に,車庫内のB使用の営業車を作動させ,内容虚偽の本件記録を作成させたことは明らかであり,債権者が白タク行為があったとして,これを問題にすることは,それ自体,不当なものとは決めつけられない。特に,疎明資料(乙8)にあるように,Cが,社用ではなく,「知人の命に関わる一大事」が発生したことから広島に赴いたというのであれば,個人で謝礼金を出捐せずに社用のチケットを謝礼として渡すという行為自体,c社に対する関係で違法な行為にはならないかという疑問が生じるし(陳述書[甲26の1]には,Cが個人的に親しくしていた広島県在住の女性が自殺するおそれがあるとかで,説得のために急遽広島に向かったもので,個人的な用件のために会社のチケットを渡したと聞いている旨が記載されている。),E所長やBが,そうした違法行為の完結に加担したことにならないのかという疑問が生じる。そして,c社に対してどのような説明がなされ,どのように処理されたのか,今後同種の事態が発生した場合はどのように対応すべきこととするかという点についての労働組合としての方針等が明確化されない場合,売上高に応じて給与の計算方法が変わるという形で従業員同士の厳しい競争にさらされる乗務員にとって,お互いが不適切な対応に加担してでも営業成績を向上させさえすればよいのかという重要なテーマにかかわる問題が解決されないことになり,企業とは異なる視点から企業倫理について意見を言うべき立場に立つこともある労働組合にとっては,軽微な問題とはいえないはずである(H作成の陳述書[甲26の1]には,個人的な用件に会社のチケットを使用したのは先方の問題であり,Hらはこれを問題にしていないとしているが,関係行政機関への申告行為を適切なものではないと考えるかどうかを判断するにあたっては,当該事案における当該行為の客観的な意味内容を考慮する必要がある。)。

他方,疎明資料によっても,こうした行為について,E所長及びBがどのような処分を受けたのかが明らかでなく,むしろ,債務者が白タク行為は一切なかった旨主張し続けていることを考慮すれば,E所長及びBは処分を受けていないことが推認できる。

また,実際の作成者がだれであるかは必ずしも明らかでないものの,F元支部長作成名義の平成18年9月14日付けの懲罰委員会を開催するように求める書面には,債権者らがg警察署に話を持ち込んだとの的外れな記載があるだけでなく(債権者はh警察署に話を持ち込んだことをH及びJ支部長に話したとしており,同書面は,それ以外の者が想像で記載をしたものであることが推認できる。),F元支部長作成の陳述書(乙8)においてすら,前記の書面に記載されている「8月28日に今後一切支部長の意見に従わず,勝手に行動を起こす旨の文書を提出した」としているその文書が存在したのかどうか,それらしい文書が存在したとしてその内容がどのようなものかが明らかでないなど,その内容の信憑性には疑問がある。加えて,同書面に指摘のある支部役員会で自らの要求を通そうとしたことが統制違反に当たるとしている点は,会議で自らの見解を最後まで変えないというのは,会議における多数決による議決を終了する過程で不可避的に生じうる出来事であり,そのようなことをもって統制違反と指摘すること自体,不合理なものである。

こうしたことを考慮すると,同年8月24日ころのF元支部長の認識について,同支部長の真意に沿う内容が記載されているのは,陳述書(乙8)ではなく,前記1(9)に一応認定した同年8月24日付けの書面(甲26の②)というべきであり,債権者らの指摘について,E所長や,a労働組合の幹部役員が,穏便な対応(その問題を表面化させずに隠すこと)をする方針を固め,債権者もこれに沿って対応したが,そのような処理をする前提としてBに対し1週間の配車停止をする旨の方針がその後撤回されたことから,債権者が穏便な対応をすることに反発をするようになり,a労働組合が債権者の動きを牽制しようとして懲罰委員会を開催したものであることが推認でき,途中から,E所長やF元支部長の対応が手のひらを返したように変わったとの陳述書の記載(甲1)は,あながち信用できないとはいえない。

また,債務者が,答弁書において,本件記録に関し,筆跡がBによるものではなかったということや,平成18年8月13日から同月16日までの間Bが休暇中であったことについて,不知と答弁し,料金がチケットで納入されていることを否認していたこと,裁判所が,平成19年8月9日に開かれた第3回審尋期日において,この点を問題にして,双方に実際の事実関係について主張疎明準備をするように指示した後になってから,E所長が指示をして虚偽の内容の本件記録を作成したことを認め,チケットを入金扱いとしたことを認めるに至ったこと(現金を返したとしているが,裏付けとなるような客観的資料は提出されていない。),債務者は,F元支部長について参考人としての審尋を申し出たこともないこと,F元支部長作成の陳述書(乙8)には,本件記録の記載内容等については,なんらの説明がなく,単に白タク行為がなかった旨の債務者の主張に合致する結論のみが記載されているといわざるを得ないことを考慮すると,債務者の関与の下作成されたF元支部長作成の陳述書(乙8)の信用性は低いものといわざるを得ない。

そして,公益通報者保護法が制定された趣旨に鑑みると,警察署に話を持ち込んだり,陸運支局にE所長が報告に訪れたかを確認したり,その後,不正に作成された本件記録の写しを持ち込んだこと自体,労働組合による処分に相当するものとは評価すべきではない。

したがって,債権者らの行動が,組合員が労働組合が告発等をしない方向性を打ち出している状況の下で告発等をしたという意味で,形式的には権限を越えて行動した場合に該当するとはいえても,前記の事情を考慮すれば,本件制裁処分は,もともとの問題行為への関与者であるBを処分せずにこれを指摘した債権者らのみを処分するものとして不平等であり,著しく裁量を濫用したものとして無効といわざるを得ず,本件の雇止めは,解雇無効とされるような事実関係の下になされたものといわざるを得ないから,期間満了後における債権者と債務者の間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解すべきである。

そして,疎明資料(<証拠省略>)によれば,債権者は,最近は,少ない月でも約20万円の給与所得を得ており,今後も同程度の収入を得る可能性があることが窺える。

4  保全の必要性(争点(4))について

疎明資料(甲19)及び審尋の全趣旨によれば,債権者については,国民年金法の附則による経過措置に基づき,65歳に達しなくても国民年金が支給され得るところ,債権者が退職をした場合,国民年金の支給額は,年194万8500円であることが一応認められ,これを12で割ると,1か月16万2375円の収入が得られる可能性があることが一応認められる。

他方,債権者は,最近は,前記3に説示したとおり少ない月でも約20万円の給与所得を得ていたほか,a労働組合から基本活動費を別途支給されていたことが一応認められ,月16万円余の年金収入のみでは,生活に支障が生じることが窺われる。

また,厚生年金法の適用のある従業員について,その退職,再就職の際に手続的に不備が生じることによって,年金保険料の「未納問題」が生じるなど,社会問題が発生していることは公知の事実であるから,前記のとおり解雇が一応無効なものと判断される以上は,退職という扱いがいったん生じた後,その扱いをもとに戻すまでの期間を極力短くする必要があることは明らかであって,その意味で仮の地位を定める仮処分を発令しておく必要があることは明らかである。

したがって,債権者が労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに,1か月20万円の賃金の仮払を命ずる必要性があるというべきである(一件記録によっても,債権者が毎月さらに4354円の仮払を受けなければ生活が困窮することになるとまでは認め難い。)。

なお,債権者が賃金仮払を命ずる仮処分命令を得た場合に,本案訴訟の進行に協力しないなど,円滑な審理の妨げになる行動を取ることが具体的に予想される場合は,例えば賃金仮払の終期を仮処分命令発令日から1年以内とすることも考えられるが,本件においては,債務者が円滑な審理に協力して来なかったことが窺えるものの,債権者にそのような審理に協力しない態度が見受けられることはなかったから,賃金仮払の終期は,本案判決確定日とすることが適当である。

5  結論

以上のとおり,本件申立ては,債権者が労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに,本案判決確定日まで,1か月20万円の賃金の仮払を命ずる限度で理由があるから,認容し,その余の部分を却下することとし,申立費用については,一部却下された部分が全体から見ると僅かであることを考慮して,すべて債務者に負担させることとして,主文のとおり決定する。

(裁判官 和久田斉)

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