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京都地方裁判所 平成19年(レ)36号 判決 2007年6月29日

主文

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文第1,2項と同旨。

第2被控訴人の請求

控訴人は,被控訴人に対し,65万円及びこれに対する平成18年7月14日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

第3事案の概要

1  本件は,被控訴人が,父である訴外Aが墓地を経営する宗教法人である控訴人との間で墓地使用契約を締結し,墓地使用料として65万円を支払っていたところ,Aの相続人として,控訴人に対し,同契約を解約するとの申入れをした上で,不当利得返還請求権に基づき,上記墓地使用料及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成18年7月14日以降の遅延損害金の支払いを求めた事案である。

原審は,控訴人が墓地使用料を不当利得しているとした上で,その利得額は,控訴人が14年間上記墓地使用契約に拘束されていたこと等を考慮して65万円の4割相当額であるとし,26万円及びこれに対する平成18年7月14日以後の遅延損害金の支払いを求める範囲で被控訴人の請求を一部認容し,その余を棄却したところ,控訴人が敗訴部分を不服として控訴した。

2  前提となる事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 控訴人は,墓地の経営等を行う宗教法人である。

イ 被控訴人は,Aの相続人である。

(2)  本件墓地使用契約

ア Aは,平成4年3月7日,控訴人との間で,控訴人が経営する墓地(京都市a区b町正覚山念仏寺霊苑第九区東側5番。以下「本件墓地」という。)の使用契約(以下「本件墓地使用契約」という。)を締結し,同日,墓地使用料(以下「本件墓地使用料」という。)として65万円を支払った。

イ 控訴人は,その経営にかかる墓地の使用に関し,平成元年に「墓地使用規則」(甲1。以下「本件墓地使用規則」という。)を設けている。

同規則には,①墓地は控訴人の檀徒が使用すること(第1条),②新規の使用者は墓地使用料を志納しなければならないこと(第5条),③墓地の使用権は,使用者の相続人以外の第三者には原則として譲渡することができないこと(第6条),④墓地相続者又は控訴人から墓地使用者と認められた者は控訴人に墓地使用承継届けを提出すること(第7条),⑤檀徒でなくなった場合は,原則として墓地を返還すること(第8条),⑥墓地管理費を5年以上滞納したときは墓地使用権を取り消し,控訴人は無縁墓地として処理することができること(第11条)が規定されているが,墓地の使用期間についての規定及び本件墓地使用料の返還についての規定はない。

(3)  Aの死亡及びその後の経緯(弁論の全趣旨)

ア Aは平成17年12月16日に死亡した。Aは本件墓地に墓石等を設置しておらず,被控訴人を含むAの相続人らは,Aの墳墓を本件墓地以外の場所に設けることとした。また,遺産分割協議により,本件墓地使用契約に基づく墓地使用権ないし本件墓地使用料の返還請求権は被控訴人が取得した。

イ 被控訴人は,平成18年2月7日,控訴人に本件墓地使用契約の解約を申し入れるとともに,本件墓地使用料の返還を求めたが,控訴人は返還を拒絶した。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  争点

控訴人の利得の有無及び額並びに利得があるとすれば法律上の原因を欠くか否か。

(2)  当事者の主張

(被控訴人の主張)

ア 墓地使用権は,永続的・永久的性格を持つ期間の定めのない継続的契約関係であり,途中解約された場合,解約後の期間に対応する本件墓地使用料は不当利得となる。

イ 本件墓地には未だ墓石等は設置されておらず,控訴人は他の信者に永代使用権を転売して利益を得られるから,本件墓地使用料を返還しないことは不当利得になる。

ウ ①Aや被控訴人が墓地を使用していなかったこと,②本件墓地使用契約の解約の理由が不当ではないこと,③同契約締結後,毎月維持管理料が支払われてきたこと,④本件墓地使用規則に途中解約の場合に使用料を返還しない旨の定めがないこと等を考慮すると,控訴人が本件墓地使用契約に14年間拘束され他の者に使用させることができなかった不利益を考慮しても,控訴人が本件墓地使用料を全く返還しないのは当事者間の公平を欠くから,不当利得分を返還すべきである。

(控訴人の主張)

ア 本件墓地使用料は,本件墓地を永続的に使用しうる地位そのものの対価として支払われたものであって,全部あるいは一部の返還を予定しないものである。

イ 控訴人とAは,本件墓地使用契約当時,本件墓地使用料が上記の性質の金員であると認識していたのであって,同使用料を返還しない旨の黙示の合意があった。

ウ 仮に,本件墓地使用料が返還を予定するものであるとしても,控訴人は,本件墓地使用契約により14年間これを他に使用させることができなかったものであり,本件墓地使用料はこの間にすべて消費されているから被控訴人に返還する義務はない。

第4当裁判所の判断

1  本件墓地使用契約及び本件墓地使用料の性質について

(1)  前記前提となる事実(2)イの本件墓地使用規則の内容によれば,本件墓地使用契約は,墓地の使用期間の定めはなく,使用者の死亡にかかわらず,相続人又は控訴人から認められた祭祀承継者に引き続き墓地の使用を許諾するものであるから,賃借権又は使用借権のように一定期間の使用権を設定するものではなく,永続的ないし永代的な使用権を設定するものということができる。

(2)  本件墓地使用契約の上記性質に加えて,本件墓地使用料は使用開始時に一括払いが予定されていること(本件墓地使用規則第5条及びAは契約締結時に一括払いしていることからそのように解される。)及び本件墓地使用規則には本件墓地使用料の返還についての規定はないことを考慮すれば,本件墓地使用料は使用期間に対応した使用の対価とはいえず,墓地使用権の設定に対する対価と解するのが相当である。

2  本件墓地使用契約の解約申入れによる控訴人の不当利得の有無について

(1)  本件墓地使用契約の本質は墓地使用権設定契約であり,本件墓地使用料の支払いによって契約当事者の双方の債務は履行済みある。

したがって,被控訴人が本件墓地使用契約の解約を申し入れ,爾後墓地を使用しないこととなっても,それは墓地使用権の放棄であって,支払済みの本件墓地使用料の全部又は一部について不当利得返還請求権が発生するとはいえない。

以上によれば,解約後の期間に対応する本件墓地使用料が不当利得となるとの被控訴人の主張は採用できない。

(2)  もっとも,被控訴人の解約申入れによって,控訴人は,他の檀徒に対して新たに墓地使用権を設定し,その対価として本件墓地使用料を収受することができるから,この点において,解約申入れによって控訴人に利得が生じるといえる。

しかし,控訴人の新たな墓地使用権の設定は,墓地の土地所有権に基づくものであるから,上記利得が法律上の原因を欠くということはできず,このような利得を生じるからといって,本件墓地使用料の全部又は一部を返還しないことが不当利得になるとはいえない。

(3)  また,被控訴人の主張ウの諸事情は,いずれも控訴人に不当な利得を生じさせるものではない。

(4)  したがって,控訴人は本件墓地使用料の全部又は一部を返還する義務を負わない。

3  結論

以上によれば,被控訴人の請求は理由がなく,本件控訴は理由がある。

よって,原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中義則 裁判官 阪口彰洋 裁判官 溝口優)

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