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京都地方裁判所 平成19年(ワ)161号 判決 2007年11月29日

主文

1  被告は,原告ら各自に対し,1000万円及びこれに対する平成18年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その9を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告ら各自に対し,1億円及びこれに対する平成18年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告らが,被告に対し,原告らを含む京都市民が,平成5年から同15年にかけて,平成14年法律第65号による改正前の地方自治法(以下「旧地方自治法」という。)242条の2第1項4号に基づき,被告に代位して,訴外Aに対する損害賠償請求訴訟を提起し(以下,各審級につき,「前訴1審」「前訴控訴審」「前訴上告受理申立審」といい,併せて「前訴」という。),その訴訟追行を弁護士に委任し,京都市弁護士報酬規定に基づく報酬金の支払を約したところ,原告らを含む京都市民が一部勝訴したとして,旧地方自治法242条の2第7項に基づき,原告らが弁護士に払うべき報酬額の範囲内で「相当と認められる額」及びそれに対する請求の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を不可分債権として請求する事案である。

1  基礎となる事実(争いのない事実並びに末尾記載の各書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)

(1)  被告は,平成4年7月,通称ポンポン山付近の土地を開発業者から47億5623万円で買い取った(以下,買い取りの対象となった土地を「本件土地」という。)。原告らは,上記買い取り価格が不当に高いことに疑念を抱き,「ポンポン山ゴルフ場予定地買収疑惑を追及する市民の会」(以下「追求する市民の会」という。)を発足させた。

(2)  原告らを含む京都市民4000名弱(一部当事者取下げ等を経て,1審判決時の人数は3801名。以下「前訴原告ら」という。)は,平成5年5月20日に,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に代位し,Aに対し,43億5429万6613円及びこれに対する平成5年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めて損害賠償請求訴訟を提起した(前訴1審・当庁平成5年(行ウ)第9号)。

前訴原告らは,上記訴訟の提起及び遂行を京都弁護士会所属の21名の弁護士に委任した。

前訴1審は,Aに,被告に対して,4億6892万4260円及びこれに対する平成5年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じる判決をした。

(3)  前訴1審に対しては,双方が控訴し,控訴審が大阪高等裁判所に係属した(前訴控訴審・大阪高等裁判所平成13年(行コ)第41号損害賠償控訴事件,同第105号附帯控訴事件)。

前訴原告ら(ただし,当事者の整理を経て,最終的に,控訴人兼被控訴人が369名,被控訴人兼附帯控訴人が519名となった。)は,控訴審においても,控訴及び附帯控訴の提起並びに遂行を前訴1審の代理人のうち7名の弁護士に委任した。

前訴控訴審は,Aに,被告に対して,26億1257万7972円及びこれに対する平成5年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じる判決をした。

(4)  前訴控訴審に対しては,A及びその参加人の京都市長から上告受理の申立てがなされた(前訴上告受理申立審・最高裁判所平成15年(行ヒ)第144号事件)。

前訴原告らは,その審理についても,引き続き対応を前訴控訴審の代理人に委任した。

前訴上告受理申立審は,平成17年9月15日,当該事件を上告審として受理しない旨の決定をし,その結果,前訴控訴審判決が確定した。

(5)  前訴の審理を通じて,京都市長は,Aの側に参加人として参加した。

(6)  原告らは,平成18年3月13日付内容証明郵便にて,被告に対し,弁護士報酬の「相当と認められる金額」を請求をし,さらに,同年7月6日付内容証明郵便にて,原告らが主張する相当と認められる金額(1億6782万4678円)を明示して弁護士報酬を請求し,同郵便は翌7月7日被告に到達した。

(7)  前訴原告らは,前訴における訴訟代理人弁護士(以下「前訴代理人弁護士」という。)との間で,京都弁護士会報酬等規程(京都弁護士会会規第5号,甲7)に基づく報酬(着手金及び報酬金)を支払う旨約した。

その際,前訴原告らは,前訴代理人弁護士に支払う報酬については,着手金も含めて,判決確定後に旧地方自治法に基づき,被告に対し,相当な報酬額を請求し,被告から得られた額をもって,その支払に充てることを合意していた。

(8)  平成7年11月7日制定の京都弁護士会報酬規程(以下「報酬規程」という。甲7)によれば,民事訴訟事件についての報酬は,原則として,「着手金は事件等の対象の経済的利益の額を,報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定する」とされている(12条)。訴訟事件の着手金及び報酬金は,上記の「経済的利益」を基準として次表のとおり算定される(16条1項,報酬等規定早見表)。

経済的利益の額

着手金

報酬金

300万円以下の場合

8%

16%

300万円を超え,3000万円以下の部分

5%+9万円

10%+18万円

3000万円を超え,3億円以下の部分

3%+69万円

6%+138万円

3億円を超える部分

2%+369万円

4%+738万円

なお,会員(弁護士会の会員のことを指す。以下同じ。)は,事件の内容により,着手金及び報酬金を,上記基準から30%の範囲内で増減額することができ(16条2項),また,民事事件につき同一会員が引き続き上訴事件を受任するときは,着手金を適正妥当な範囲内で減額することができる(16条3項)。

(9)  原告らは,前訴における原告団の中心的な存在であり,前訴代理人弁護士との間で,原告らが前訴における前訴代理人弁護士の報酬の全額について不可分に支払義務を負い,上記(7)の合意に基づき,本訴を通じて,被告に前訴代理人弁護士の相当な報酬額を請求し,その認容額をもって,前訴代理人弁護士の報酬に充てることを合意した。

2  争点及び当事者の主張

(1)  本件の争点は,原告らが,前訴代理人弁護士に対して支払う前訴の弁護士報酬額のうち,原告らが被告に請求できる「相当と認められる額」(以下「相当報酬額」という。)がいくらか,である。

(2)  原告らの主張

ア 原告らは,相当報酬額の算定の基準となる経済的利益については,被告が判決主文で得られた経済的利益を基準とすべきと考える。

とすれば,相当報酬額は,当時の京都弁護士会報酬等規程(甲7)に基づき,着手金5594万1559円(26億1257万7972円×2パーセント+369万円)及び報酬金1億1188万3119円(26億1257万7972円×4パーセント+738万円)の合計1億6782万4678円である。

イ また,前訴の審理の概要は以下のとおりである。

(ア) 争点

前訴の争点は,①買収金額の相当性,及び京都市の依頼に基づき作成された鑑定評価書の信憑性の有無,②買収を命じた調停・簡易裁判所の確定した決定の効力の問題,③市議会の買収を認める議決があること,④京都市(市民)の被った損害額の算定など,多岐にわたった。

(イ) 被告の関与

前訴原告らは被告に代位して前訴を提起したのであるが,被告の機関である京都市長は,逆に,前訴被告であるA側に補助参加した。

そして,被告は,前訴原告らの求める釈明や資料の開示などをほとんど行わなかったため,前訴原告らは,疑惑に覆われた事案を,自ら調査し,分析したりして,真実を解明する作業を一から粘り強く進めて行かざるを得なかった。

(ウ) 審理期間及び審理経過

前訴は,訴え提起から判決確定まで,実に12年4か月もの長期間を要した。

その間の審理経過は以下のとおりである。

前訴1審では,平成5年5月に提訴し,平成13年1月31日に判決言渡となったが,この間弁論期日回数は38回を重ねた。

前訴控訴審では,弁論期日開催までに進行協議も行われ,その後の弁論期日としては5回開かれた。

前訴上告受理申立審では,弁論期日が開催されることはなく,平成17年9月15日決定が下され,前訴控訴審判決が確定した。

(エ) 前訴代理人弁護士の訴訟活動

前訴原告らは,弁論の期日毎に,準備書面をほぼ毎回提出した。弁論の開かれない最高裁に対しても準備書面等を提出した。

また,原告らの側で提出した書証類は,第56号証までとなった(ただし多数の枝番号のものあり。)。そのうち,鑑定書類としては,C作成の平成8年8月5日付鑑定評価書,同人作成の平成12年7月11日付意見書を提出した。

さらに,以下の者について証人等の尋問を行った。

・ B(不動産鑑定士) 前訴1審第14,15回口頭弁論期日

・ C(不動産鑑定士) 前訴1審第20,21回口頭弁論期日

・ D(当時京都市企画調整局活性化推進室調整課長) 前訴1審第23,25,26回口頭弁論期日

・ E(当時京都市理財局財務部財産管理課長) 前訴1審第23,24,25回口頭弁論期日

・ 前訴被告A本人  2回(京都市立病院での出張尋問)

・ F(調停時京都市代理人弁護士) 前訴1審第34回口頭弁論期日

・ G(開発会社代表取締役) 前訴1審第35回口頭弁論期日

(3)  被告の主張

ア 旧地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づく訴えに係る利益は,地方公共団体の損害が回復されることによって原告らを含む住民全体の受けるべき利益であり,それは,その性質上,勝訴によって地方公共団体が直接受ける利益,すなわち請求に係る賠償額と同一ではあり得ない。

すなわち,同法242条の2第1項4号に定める,「損害填補に関する住民訴訟は,地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが,この場合でも,実質的に見れば,権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく,住民としての固有の立場において,財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心目的となっているのであり,この目的を実現するための手段として,訴訟技術的配慮から代位請求形式によることとしたものと解される」(最高裁昭和53年3月30日判決・民集32巻2号485頁)のであり,当該訴訟によって受ける原告らの利益は,普通地方公共団体の受ける利益ではなく,地方公共団体の損害が回復されることにより地方財務行政が適正に是正されるという住民全体が受ける利益である。

前訴については,土地の買取手続について,裁判所が違法と判断し,既に処理が行われた時期から相当の期間が経過したこともあり,被告が当時と同じ処理を繰り返すことはもはやないものである。その「是正」こそが,住民訴訟制度により市民が享受する利益であり,それは,認容額の多寡とは直接関係がない。

イ これは経済的利益としては算定不能に準じるものであり,原告らの支払うべき相当報酬額の算定にあっても,この原告の経済的利益を基準として算定されるべきものである。相当報酬額の算定の基準となる経済的利益については,算定不能の場合を基準にして判断することが相当である。

ウ 前訴は,弁論回数,証人尋問の回数,準備書面等の提出回数,出頭の有無等を考慮しても,前訴代理人弁護士にとって,特に処理が困難な事件ではなかった。その理由は,次のとおりである。

(ア) 前訴は,事案の性質上,京都市長が,行政庁として訴訟参加をした上で,事案の内容を明らかにするところとなり,京都市長は,最終的に丙75号証まで書証を提出するなど積極的に審理に必要と思われる資料を開示し,事件に関連する制度の説明も適宜行った。

(イ) 相対的に弁論回数が多く,審理期間が長期化したのは,証人尋問・本人尋問が多数必要とされたためである(計7名。しかも,うち5名については,同一人の尋問に複数の期日を要している。)。

また,採用された人証も不動産鑑定士等3名及び参加人京都市長側の被告職員については,前訴被告らが申し出たものであり,京都市長側の職員の方が打ち合わせその他の準備に相当の時間と労力を要した。

(ウ) 法的な争点は,不動産の取得価額の妥当性とAの責任等であり,明確であった。取得価額の妥当性については,前訴原告らが別の不動産鑑定評価を取り,それに基づき主張したものであり,特に困難な処理ではない。

前訴原告らは,被告にポンポン山周辺土地を売却した業者の土地取得代金の使途等が問題であるとも主張していたが,このことは不動産の取得手続の是非を問う前訴の請求とは,関係ないものであって,相当報酬額を算定する上では不要な労力であったといわざるを得ない。したがって,前訴においては,相当報酬額を増額し得るような特別の事情はない。

エ 被告は,上記の考えに立脚して,本件訴え提起前の原告らの相当報酬額の支払請求に対し,経済的利益の額を算定不能の場合の800万円として,これを基準に,報酬規程に基づき各審級における着手金及び報酬金を算定すると下記のとおり,相当報酬額は,被告が回答した190万3650円である(なお,前訴控訴審については,前訴1審と訴訟内容が同一であり,弁護士の負担が軽減されていることから,報酬規程16条2項において定められている3割を減額している。)。

(ア) 前訴1審着手金  51万4500円

(800万円×0.05+9万円)×1.05

(イ) 前訴控訴審着手金  36万0150円(第1審着手金の3割減)

(ウ) 前訴上告受理申立審に関する着手金については,上告手続の詳細(委任の有無等)が不明であり,考慮していない。

(エ) 報酬金  102万9000円

(800万円×0.1+18万円)×1.05

(オ) 合計  190万3650円

第3争点に対する判断

1(1)  旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟(以下「旧4号訴訟」という。)は,個人の利益を離れて,地方財務行政の適正化のために特別に普通地方公共団体の住民に原告適格が付与された客観訴訟であり,住民が普通地方公共団体に代位して,普通地方公共団体が有する損害賠償請求権や不当利得返還請求権に基づく請求を行う訴訟である。

その結果,住民が勝訴すれば,その普通地方公共団体に生じている損害が填補され,当該地方公共団体が本来有するべき財産が確保されることになるため,旧地方自治法242条の2第7項は,公平の見地から,住民が勝訴した場合,住民は,自らが支払うべき「報酬額の範囲内で」,「相当と認められる額」(相当報酬額)については,当該地方公共団体に支払を請求することができるとしたものである。

(2)  そこで,まず,前訴原告らと前訴代理人弁護士の間における,弁護士報酬額がどのように合意されていたかを検討する。

この点,証拠(甲3)上,前訴原告らは,前訴の請求額は40億円を超える高額なものであり,弁護士報酬が多額になるものと予想されたため,現地調査などを手伝うなどして,前訴代理人弁護士が負担する費用を抑えることに協力することとし,他方,実際に支払う報酬については,着手金も含めて,判決確定後に旧地方自治法に基づき,被告に対し,相当報酬額を請求し,被告から得られた額をもって,その大半を支払うことを合意していたことが認められる。

上記認定事実から,前訴原告らと前訴代理人弁護士は,その報酬につき,その具体的な額を定めず,報酬規程に基づく額と合意したこと及び旧地方自治法242条の2第7項の規定により,被告から将来支払を受ける弁護士報酬の「相当と認められる額」がいくらであるかによって,住民が具体的に負担する報酬額を調整する予定であったことが推認できる。

(3)  そこで,本件における,「相当と認められる」報酬額がいくらであるかを検討する。

ア 報酬を算定する上で,報酬規程において着手金の算定基準となる「事件等の対象の経済的利益の額」及び報酬金の算定基準となる「委任事務処理により確保した経済的利益の額」は,当該訴訟の遂行により依頼者に生じる経済的利益を前提としていると解されるところ,前訴において,依頼者とは原告らである以上,前訴で前訴原告らが勝訴した場合に被告が受ける経済的利益をもって,これが直ちに依頼者である前訴原告らの受ける利益であると考えることはできない。

とすれば,前訴における認容額を,直ちに経済的利益の額(報酬規程13条1号,甲7)とすることはできないというべきである。

もっとも,前訴において,弁護士報酬額算定の基礎となる経済的利益の額は算定不能として扱い,どのような規模の住民訴訟においても,その認容額の多少にかかわらず,常に住民訴訟の報酬金算定の基準額を報酬規程15条1項をそのまま適用して800万円と擬制するのは硬直的に過ぎるというべきであり,本件において,そのような合意があったと解することもできない。そもそも,委任契約における報酬は,両当事者の合意に基づき決せられるのが原則であり,報酬規程にも,算定不能の場合に擬制すべき経済的利益の額については,事件等の難易,軽重,手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して,当事者間の協議により増減額できる旨の規定が置かれている(報酬規程15条2項,甲7)。

そこで,原告らが前訴代理人弁護士に支払うべき金額及びその範囲内で相当と認められる額については,前訴判決の認容額,被告が前訴判決により確保できた経済的利益,事案の性質・難易度,審理の経過・期間,前訴代理人弁護士が要した費用・労力などの一切の事情を総合して勘案する必要がある。

イ 前訴判決の認容額,被告が前訴判決により確保できた経済的利益,審理の経過・期間等については,証拠(乙2の1ないし2の37,乙3の1ないし3の5)及び弁論の全趣旨から,以下の事実が認められる。

(ア) 前訴は,前訴1審の訴え提起から前訴控訴審判決が確定するまで,12年4か月の期間を要した。

(イ) 前訴における認容額は,前訴1審において,元金のみでも4億6892万4260円,前訴控訴審において,元金のみでも26億1257万7972円と,極めて高額であった。

(ウ) 前訴1審の弁論期日回数は38回(言渡し期日を含む。)を重ね,前訴控訴審では,弁論期日回数は5回(言渡し期日を除く。)であった。前訴代理人弁護士は,これらの全期日に出頭した。

(エ) また,前訴上告受理申立審においては,弁論が開かれることはなく,前訴代理人弁護士は上告受理申立理由書に対する反論を記載した準備書面を提出するなどした。

(オ) 証人等の尋問は7人についてなされ,人証が行われた期日は出張尋問を含め,計12期日に上った。

(カ) 前訴代理人弁護士が提出した書証類は,第56号証までとなった(ただし枝番号が付されたものがある)。

(キ) 前訴において京都市長が提出した書証類は,第75号証までとなった(ただし枝番号が付されたものがある)。

(ク) 前訴1審の第2回口頭弁論期日において,裁判長は,前訴の争点は,被告による本件土地の取得が適正な価格で行われたかどうかであることを確認し,平成6年3月に開かれた第4回口頭弁論において,本件土地の鑑定を検討するよう促しているところ,最終的に,前訴原告らが,本件土地の鑑定書を提出したのは平成8年8月に開かれた第17回口頭弁論になってからであった。

(ケ) 前訴1審においては,前訴被告のAの本人尋問が前訴原告らから申請されていたが,当時Aは入院中であり,Aの本人尋問についての方法が検討された平成10年3月13日に開かれた第26回口頭弁論から,実際にAの本人尋問がなされた平成11年2月2日まで,10か月以上の期間を要した。

(コ) Aは,平成14年12月26日に死亡し,Aの相続人は限定承認の手続きをした。被告が,Aの相続財産から回収できる前訴の損害賠償請求債権は8827万2001円の見込みである(乙1)。

ウ 判断

(ア) 前訴の着手金の算定基準となる「事件等の対象の経済的利益の額」及び報酬金の算定基準となる「委任事務処理によって確保した経済的利益の額」につき,報酬規程15条1項により,800万円として,弁護士報酬額を算定すると,各審級における着手金が49万円,成功報酬が98万円となる。

他方,これらの経済的利益の額について,前訴における判決認容額を基準とすると,原告ら主張のとおり,各審級における着手金が5594万1559円,成功報酬が1億1188万3119円となる。

また,前訴において前訴原告らが代位した被告が,前訴代理人弁護士の訴訟活動によって現に確保した経済的利益に着目し,前訴における「委任事務処理により確保した経済的利益の額」を,被告が前訴請求債権につき将来的に回収を見込んでいる8827万2001円として算定すると,報酬金は667万6320円となり,着手金算定の基礎となる経済的利益の額にもこの額を当てはめると,各審級における着手金は333万8160円となる。

(イ) そして,上記イ記載の各事実を踏まえれば,前訴のように,認容額が大きく,12年以上にわたる長期の訴訟で,1審と控訴審を通じて言渡し期日を除いても計42回もの口頭弁論期日が重ねられ,訴訟代理人が多大な費用と労力を要したと認められる事件において,前訴における前訴代理人弁護士の報酬額を算定する際の「経済的利益の額」につき,それが算定不能であるとしても報酬規程15条1項をそのまま適用して800万円とすることは妥当でない。

また,旧4号訴訟が,地方公共団体の財産の回復に向けた制度であることからすれば,現実に地方自治体に財産が回復する見込みがないにもかかわらず,経済的利益の額について,訴訟物の価額や判決の請求認容額を単純に基準とすることも妥当でない。

そこで,旧4号訴訟の制度趣旨からすれば,本件においては,経済的利益の額(報酬規程15条2項)について,前訴によって,被告に財産が回復することが見込まれる額である8827万2001円と擬制して原告らが前訴代理人弁護士に支払うべき報酬額と算定し,かつ,それを相当報酬額と解するのが相当である。

(ウ) その上で,前訴においては,前訴代理人弁護士が長期間の審理に対処し,多大な費用・労力を費やしたことが認められる一方,被告側も市長が補助参加して審理に必要な資料を提出していること,前訴が長期化した事情としては,前訴原告らの事情で必要な鑑定に取りかかる時期が遅れたり,尋問予定者の体調不良により本人尋問の実施に時間がかかったりなど,必ずしも事件自体の難易,繁簡とは関係のない要因があり,これらの点につき,前訴代理人弁護士が特段の費用・労力を要したとまで認められないこと,前訴においては,前訴第1審,前訴控訴審,前訴上告受理申立審をいずれも共通の弁護士が受任し,前訴上告受理申立審については結局弁論が行われることなく事件が終了するなど,着手金については各審級について相当減額する事由があることなどを,総合的に評価し,相当報酬額としては,各審級を合計した着手金400万円,報酬金600万円の合計1000万円と算定するのが相当である。

2  結論

よって,原告らの請求は,1000万円及びこれに対する平成18年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条を,仮執行の宣言につき法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 下馬場直志 裁判官 向健志)

(別紙省略)

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